(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025003012
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患の予防又は治療のための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20241226BHJP
A61K 31/18 20060101ALI20241226BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20241226BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20241226BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20241226BHJP
A61P 31/22 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
A61K45/00
A61K31/18
A61P25/00
A61P29/00
A61P43/00 105
A61P31/22 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023103446
(22)【出願日】2023-06-23
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年6月24日 Advanced Seminar Series on Microbiology and Immunologyにて発表 令和4年7月17日 第35回ヘルペスウイルス研究会予稿集にて発表 令和4年7月23日 第35回ヘルペスウイルス研究会(オンライン)にて発表 令和4年10月14日 第69回日本ウイルス学会予稿集にて発表 令和4年11月14日 第69回日本ウイルス学会にて発表 令和5年3月16日 令和4年度「感染・免疫・がん・炎症」全国共同研究拠点シンポジウム予稿集にて発表 令和5年3月29日 令和4年度「感染・免疫・がん・炎症」全国共同研究拠点シンポジウムにて発表 令和5年6月8日 bioRxivにて発表 令和5年6月22日 第36回ヘルペスウイルス研究会予稿集にて発表
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100152331
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 拓
(72)【発明者】
【氏名】川口 寧
(72)【発明者】
【氏名】丸鶴 雄平
【テーマコード(参考)】
4C084
4C206
【Fターム(参考)】
4C084AA17
4C084MA17
4C084MA66
4C084NA05
4C084NA10
4C084NA14
4C084ZA021
4C084ZA022
4C084ZB111
4C084ZB112
4C084ZB331
4C084ZB332
4C084ZC201
4C084ZC202
4C206AA01
4C206AA02
4C206JA13
4C206KA04
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA37
4C206MA86
4C206NA05
4C206NA10
4C206NA14
4C206ZA02
4C206ZB11
4C206ZB33
4C206ZC20
(57)【要約】
【課題】新規医薬組成物の提供。
【解決手段】本発明は、ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患の予防又は治療のための医薬組成物であって、カルモジュリン阻害剤を有効成分として含む、医薬組成物を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患の予防又は治療のための医薬組成物であって、カルモジュリン阻害剤を有効成分として含む、医薬組成物。
【請求項2】
カルモジュリン阻害剤が、ナフタレンスルホンアミド化合物又はその医薬として許容される塩である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
ナフタレンスルホンアミド化合物が、N-(6-アミノヘキシル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミド;N-(6-アミノヘキシル)-1-ナフタレンスルホンアミド;N-(6-アミノエチル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミド;及びN-(10-アミノデシル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミドから成る群から選択される、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
ナフタレンスルホンアミド化合物の医薬として許容される塩が塩酸塩である、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記疾患が、ヘルペスウイルスの遺伝子発現カスケードにおけるβ遺伝子群以降の発現に起因する、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項6】
ヘルペスウイルスのICP4タンパク質と、カルモジュリンとの結合が阻害されることにより、β遺伝子群及び/又はγ遺伝子群の発現が阻害される、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
ヘルペスウイルスのICP4タンパク質におけるIQ様モチーフとの結合が阻害される、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
前記疾患が、口唇ヘルペス、性器ヘルペス、脳炎、新生児ヘルペス、角膜炎及びひょう疽から成る群から選択される、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項9】
対象の脳内に投与される、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項10】
ヘルペスウイルスの感染不均一性を制御する方法であって、ヘルペスウイルスと、カルモジュリン阻害剤とを接触させる工程を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は広く、特定のカルモジュリン阻害剤の新規用途等に関する。
【背景技術】
【0002】
高い感染多重度で単純ヘルペスウイルス(HSV)を培養細胞に感染させても、それぞれの細胞におけるウイルス遺伝子発現の進行は不均一であることが知られている。この要因を理解することは、HSVの新規ウイルス遺伝子発現制御機構に繋がることが考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、ヘルペスウイルスの遺伝子発現を制御し、ひいてはヘルペスウイルスの感染に起因する疾患を予防乃至治療する新規手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、カルモジュリンを阻害することがヘルペスウイルスの遺伝子発現カスケードを負に制御すること等を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本願発明は以下の発明を包含する。
[1]
ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患の予防又は治療のための医薬組成物であって、カルモジュリン阻害剤を有効成分として含む、医薬組成物。
[2]
カルモジュリン阻害剤が、ナフタレンスルホンアミド化合物又はその医薬として許容される塩である、[1]に記載の医薬組成物。
[3]
ナフタレンスルホンアミド化合物が、N-(6-アミノヘキシル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミド;N-(6-アミノヘキシル)-1-ナフタレンスルホンアミド;N-(6-アミノエチル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミド;及びN-(10-アミノデシル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミドから成る群から選択される、[2]に記載の医薬組成物。
[4]
ナフタレンスルホンアミド化合物の医薬として許容される塩が塩酸塩である、[2]に記載の医薬組成物。
[5]
前記疾患が、ヘルペスウイルスの遺伝子発現カスケードにおけるβ遺伝子群以降の発現に起因する、[1]~[4]のいずれかに記載の医薬組成物。
[6]
ヘルペスウイルスのICP4タンパク質と、カルモジュリンとの結合が阻害されることにより、β遺伝子群及び/又はγ遺伝子群の発現が阻害される、[5]に記載の医薬組成物。
[7]
ヘルペスウイルスのICP4タンパク質におけるIQ様モチーフとの結合が阻害される、[6]に記載の医薬組成物。
[8]
前記疾患が、口唇ヘルペス、性器ヘルペス、脳炎、新生児ヘルペス、角膜炎及びひょう疽から成る群から選択される、[1]~[7]のいずれかに記載の医薬組成物。
[9]
対象の脳内に投与される、[1]~[8]のいずれかに記載の医薬組成物。
[10]
ヘルペスウイルスの感染不均一性を制御する方法であって、ヘルペスウイルスと、カルモジュリン阻害剤とを接触させる工程を含む、方法。
【発明の効果】
【0007】
カルモジュリン(CaM)は、ICP4(Infected Cell Protein 4)と結合し、β、及びγ遺伝子プロモーターへの結合を正に制御し、ヘルペスウイルスの遺伝子発現カスケードを促進することで、ヘルペスウイルスの効率的なウイルス増殖に貢献すると考えられる。本発明者らが、単純ヘルペスウイルスに感染したマウスにナフタレンスルホンアミド化合物であるN-(6-アミノヘキシル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミド(W-7)を投与して、病原性及び脳内ウイルス力価を評価した結果、W-7がコントロールとの比較でマウスの生存率及び脳内におけるウイルス増殖を顕著に阻害することが明らかとなった。
【0008】
ヘルペスウイルス感染症にはアシクロビルをはじめとして効果的な抗ウイルス剤が開発されているが、それにもかかわらず多くのヘルペスウイルス感染症患者が問題となっているのはヘルペスウイルスが潜伏感染するからである。現在までに開発されている抗ヘルペスウイルス剤は、ウイルスが増殖期(溶解感染期)のウイルス感染細胞を標的としている。よって、潜伏感染している感染細胞には、既存の抗ヘルペスウイルス剤は全く効果を示すことができない。つまり、一度ヘルペスウイルスに感染してしまうと、潜伏感染部位からヘルペスウイルスを除去することは既存の抗ヘルペスウイルス剤では不可能である。
【0009】
ウイルスの遺伝子複製を阻害するアシクロビルのような既存の抗ウイルス薬と異なり、カルモジュリン阻害剤、特にナフタレンスルホンアミド化合物は、ヘルペスウイルスの遺伝子発現カスケードを阻害することでヘルペスウイルスの感染に起因する疾患の治療乃至予防を実現するものである。このような既存の抗ウイルス薬とは異なる作用機序を通じて、従来にはない効果を奏する新規の医薬組成物の提供が可能となる。
【0010】
WO2011/118779号公報では、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)の阻害剤がヘルペスウイルスの細胞への侵入を防ぐことが開示されている。同公報では、MLCK阻害剤としてW-7が一応記載されているが、ヘルペスウイルスの遺伝子発現カスケードにおけるβ遺伝子群以降の発現を制御することは記載も示唆もされていない。
【0011】
ヘルペスウイルス感染の不均一性は遺伝子発現カスケード進行の不均一性に由来すると考えられる。本発明者らは、カルモジュリンをコードするCALM1遺伝子を感染の不均一性を司る遺伝子として同定した。このような感染不均一性を制御する宿主因子の同定や、不均一性の原因解明は、ウイルスの増殖機構の理解、ウイルス増殖の制御方法に繋がることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1A】CRISPR/Cas9によって作製したCALM1/2 KO細胞におけるsgRNAのターゲット配列と各アリルの配列。親の配列を配列番号1とし、アレルの配列を配列番号2,3とする。
【
図1B】野生型、CALM1 KO、CALM1/2 KO細胞におけるカルモジュリン発現量のウェスタンブロッティング解析結果。
【
図1D】HeLa細胞にHSV-1野生株をMOI5で感染させ、6時間後に記載のHSV-1遺伝子のmRNA量をqPCR法によって解析した結果。
【
図1E】
図1Dにおいて野生型HeLa細胞に対するCALM1 KO、CALM1/2 KO細胞における発現量の減少倍率。
【
図1F】野生型、CALM1 KO、CALM1/2 KO細胞にHSV-1野生株をMOI5で感染させた場合の12時間後のウイルス力価。
【
図1G】野生型、CALM1 KO、CALM1/2 KO細胞にHSV-1野生株をMOI0.05で感染させた場合の48時間後のウイルス力価。
【
図2A】1.野生型もしくはCALM1 KO HeLa細胞にrICP47/vUs11をMOI5で感染させ、12時間後に感染細胞をフローサイトメトリーで解析した結果。
図AはTagRFPの平均蛍光強度(MFI)。
【
図2C】TagRFPとVenusの2次元プロット。
【
図2E】2.野生型、CALM1 KO、CALM1/2 KO HeLa細胞にrICP47/vUs11をMOI5で感染させ、12時間後に感染細胞をフローサイトメトリーで解析した結果。
図2EはTagRFPのMFI。
【
図2G】TagRFPとVenusの2次元プロット。
【
図3A】ICP4におけるIQ motifと相同性が高いアミノ酸領域。
【
図3B】HeLa細胞にHSV-1野生株をMOI5で感染後、9時間後に固定し、透過処理した後、ICP4とカルモジュリン抗体で染色し、共焦点顕微鏡で観察した結果。
【
図3C】HeLa/puroR、HeLa/Flag-CaMにHSV-1をMOI5で感染させ、Flag抗体により免疫沈降した結果。
【
図3D】293FT細胞で発現させたICP4/ΔIQの設計。図中に示されている配列の下線は、IQモチーフのコンセンサス配列上でアミノ酸配列が限定され、かつICP4のアミノ酸配列とその配列が一致しているアミノ酸を指す。
【
図3E】293FT細胞で発現させたICP4/WT、ICP4/ΔIQ、及びEGFPをCaM-ビーズもしくはProtein Aビーズでプルダウンした結果。
【
図4A】HeLa細胞にHSV-1野生株(HSV-1(F))、ICP4/ΔIQ, ICP4/ΔIQ-repairをMOI5で感染させ、図に記載の各遺伝子のmRNA量をqPCR法によって解析した結果。
【
図4B】HeLa細胞にICP4/ΔIQ、その復帰株であるICP4/ΔIQ-repairをMOI5で感染させ、3.5時間後にICP4の抗体でChIPアッセイを実施した結果。
【
図4C】野生型もしくはCALM1 KO HeLa細胞にHSV-1野生株をMOI5で感染させ、3.5時間後にICP4の抗体でChIPアッセイを実施した結果。
【
図5A】(125μgのW-7を3週齢の雌のICRマウスに接種し、その2時間後に500PFUのHSV-1野生株と50μgのW-7を脳内に同時に投与した結果。
図5Aはマウスの生存曲線。
【
図5C】3週齢の雌のICRに500PFUのHSV-1野生株と図に記載の量のW-7、アシクロビル(ACV)を脳内に同時接種した際の生存曲線。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の態様又は実施形態について説明するが、本発明の範囲は以下の態様又は実施形態に限定して解釈されない。
【0014】
(医薬組成物)
第一の態様において、ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患の予防又は治療のための医薬組成物であって、カルモジュリン阻害剤を有効成分として含む、医薬組成物、が提供される。
【0015】
ヒトのカルモジュリンには、カルモジュリン1(例えば、NCBI Reference Sequence: NP_001350598.1))、カルモジュリン2(例えば、NP_001292553.1)及びカルモジュリン3(例えば、NP_001316850.1)の3種類が知られている。これらはそれぞれCALM1遺伝子、CALM2遺伝子、CALM3遺伝子によってコードされるが、同一のタンパク質としてコードされているため、本明細書で使用する場合、「カルモジュリン阻害剤」とは、カルモジュリン1~3に対する阻害剤を意味する。
【0016】
カルモジュリン阻害剤として種々の化合物が存在しているが、ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患を予防又は治療する観点、特にヘルペスウイルスの遺伝子発現を制御する観点からは、ナフタレンスルホンアミド系のカルモジュリン阻害剤が好ましい。ナフタレンスルホンアミド系のカルモジュリン阻害剤としては種々の化合物が知られているが、N-(6-アミノヘキシル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミド塩酸塩(CAS登録番号61714-27-0)(W-7塩酸塩。以下、単に「W-7」ともいう。)若しくはその遊離体、又はそれらに構造が類似しているものが特に好ましい。そのようなW-7の類似の化合物として、例えばナフタレン骨格に結合している側鎖の炭素数がW-7と同じもの、例えばN-(6-アミノエチル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミド塩酸塩(CAS登録番号61714-25-8)(W-5塩酸塩。以下、単に「W-5」ともいう。)若しくはその遊離体;W-7の側鎖類似体、例えばN-(6-アミノエチル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミド塩酸塩(CAS登録番号78957-85-4)(A-3塩酸塩。以下、単に「A-3」ともいう。)若しくはその遊離体;N-(10-アミノデシル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミド塩酸塩(CAS登録番号79127-24-5)(A-7塩酸塩。以下、単に「A-7」ともいう。)若しくはその遊離体等がある。
【0017】
カルモジュリン阻害剤は、所望とする活性を有する限り、遊離体(原体という場合もある)、医薬として許容される塩、溶媒和物、水和物等の形態であってもよい。そのような塩としては、塩酸塩、硫酸塩等の無機塩酸、フマル酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩等の有機酸塩等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0018】
一実施形態において、カルモジュリン阻害剤はナフタレンスルホンアミド化合物又はその塩酸塩である。
【0019】
一実施形態において、特に好ましいカルモジュリン阻害剤は、N-(6-アミノヘキシル)-5-クロロ-1-ナフタレンスルホンアミド又はその医薬として許容される塩であり、中でも、W-7である。
【0020】
カルモジュリン阻害剤は、ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患の予防又は治療のための有効成分として使用される。ヘルペスウイルスは、系統発生学的に、アルファヘルペスウイルス亜科、ベータアルファヘルペスウイルス亜科及びガンマヘルペスウイルス亜科の3亜科に細分される。ヒトを宿主とするヘルペスウイルスとして、単純ヘルペスウイルス1型、単純ヘルペスウイルス2型、水痘・帯状疱疹ウイルス、ヒトサイトメガロウイルス、エプスタイン・バール(EB)ウイルス、ヒトヘルペスウイルス6A、ヒトヘルペスウイルス6B、ヒトヘルペスウイルス7、及びカポジ肉腫関連ヘルペスウイルスの9種類が同定されている。
【0021】
一実施形態において、ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患は単純ヘルペスウイルスのようなアルファヘルペスウイルス亜科に属するウイルスの感染、特に単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の感染に起因する疾患である。
【0022】
ヘルペスウイルスの遺伝子は発現時期によって前初期(immediate early:IE,α)遺伝子、初期(early:E,β)遺伝子、後期(late:L,γ)遺伝子に大別される。ウイルス遺伝子の発現はα遺伝子から始まり、γ遺伝子までカスケード状に制御されている。α遺伝子産物には、5つのウイルス因子(ICP0、ICP4、ICP22、ICP27及びICP47)が含まれており、それらの多くがヘルペスウイルスの増殖感染において極めて重要な役割を果たしている。
【0023】
ICP4はウイルス増殖における必須タンパク質であり、基本転写因子群をβ及びγ遺伝子プロモーターにリクルートすることによりβ及びγ遺伝子の発現に主要な役割を果たしている。カルモジュリンは、ICP4と結合し、β及びγ遺伝子プロモーターへの結合を正に制御し、HSV遺伝子発現カスケードを促進することで、効率的なウイルス増殖に貢献する。ICP4は、ヘルペスウイルスの中でも、アルファヘルペスウイルス亜科において広く保存されている。ヒトの感染症の原因となるアルファヘルペスウイルス亜科属のウイルスとしてで、単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)、単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)等が挙げられる。
【0024】
本発明者らは、αタンパク質群の中でもICP4にのみカルモジュリン結合モチーフであるIQモチーフ(X
1QX
2X
3X
4X
5GX
6X
7X
8X
9X
10X
11X
12;X
1はF、I、L又はVのいずれかであり、X
2~X
4、X
6~X
8、X
10及びX
11はいずれも任意のアミノ酸を意味し、それらは互いに同一であっても異なっていてもよく、X
5及びX
9はR又はKであり、X
12はF、I、L、V、W又はYである。)と相同性が高い配列(IQ様モチーフ)が存在することを見出した。IQ様モチーフは、
図3Dに記載されている「
1060VQCAVRWPAARDL
1072」(配列番号4)のうち「VQCAVRWPAAR」(配列番号5)であってもよい。W-7に代表される特定のカルモジュリン阻害剤は、ICP4とカルモジュリンとの間の結合を阻害し、ヘルペスウイルスの遺伝子発現カスケードにおけるβ遺伝子群以降の発現を阻害すると考えられる。そのため、このような特定のカルモジュリン阻害剤は、ヘルペスウイルスの遺伝子発現カスケードにおけるICP4発現、ひいてはβ遺伝子群以降の発現に起因する疾患の治療乃至予防に好適に使用され得る。
【0025】
カルモジュリン阻害剤は、ICP4の発現阻害剤、又はβ遺伝子群以降の発現阻害剤としても使用され得る。
【0026】
ヘルペスウイルスは初感染後、感染局所の粘膜上皮細胞で増殖する。増殖期(溶解感染期)にヘルペスウイルスが病態を引き起こすことは希であり、溶解感染の多くが不顕性感染であると考えられている。局所で増殖したヘルペスウイルスは病態発症の有無にかかわらず、感染局所を支配する知覚神経末端に感染する。そして、ウイルス粒子がアクソン内を逆行輸送され、三叉神経節又は仙髄神経節に到達し、一過性の増殖後、潜伏感染に移行する。潜伏しているヘルペスウイルスはある種の宿主の変化(紫外線照射、感冒、月経、免疫抑制、ストレス)によって再活性化され、ウイルス粒子の産生が開始される.再活性化されたウイルスはアクソン内を順行輸送され、再び局所に病態を引き起こす。このように、ヘルペスウイルスは潜伏・再活性化を繰り返し、宿主に終生存続する。
【0027】
ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患は数多く存在するが、単純ヘルペスウイルスにより引き起こされる疾患として、例えば口唇ヘルペス、性器ヘルペス、脳炎、新生児ヘルペス、角膜炎、ひょう疽、脳炎、皮膚疾患、眼疾患等の疾患が挙げられる。カルモジュリン阻害剤は、ヘルペスウイルスの神経病原性と脳内におけるウイルス増殖を著しく阻害するため、上記疾患の中でも特にヘルペス脳炎の治療乃至予防に効果を有すると考えられる。
【0028】
本明細書で使用する場合、「ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患」は、ヘルペスウイルスの遺伝子発現カスケードが促進されることに起因する、ヘルペスウイルスの効率的な増殖に関連する疾患を意味する。つまり、有効成分であるカルモジュリン阻害剤は、感染後の症状の発生の抑制を目的とするものであり、ウイルスの細胞への感染の阻止を目的とするものではない。
【0029】
一実施形態において、ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患はヘルペスウイルスの感染の不均一性又は神経病原性に起因する疾患である。神経病原性に起因する疾患として、ヘルペスウイルス脳炎が挙げられる。
【0030】
カルモジュリン阻害剤は上記の疾患の治療乃至予防以外にも、他の用途に使用可能である。例えば、野生型の単純ヘルペスウイルス(HSV)はβ遺伝子以降の遺伝子を発現する為、安全性の観点から、HSVに対するワクチンの有効成分として使用できないが、カルモジュリン阻害剤と併用することによって無害化され得る。
【0031】
カルモジュリン阻害剤の投与のタイミングは、ヘルペスウイルス感染と同時又はその直前が好ましい。感染の直前とは、感染の数十分前~5時間前、好ましくは1~3時間前、より好ましくは2時間前を意味する。
【0032】
カルモジュリン阻害剤を含む医薬組成物は、ヘルペスウイルス感染症の予防又は治療を目的として、ヒト又はヒト以外の哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ブタ、ウシ、ウマ、サル)等に投与することができる。
【0033】
本発明の医薬組成物に含まれる有効成分の量は、カルモジュリン阻害剤の種類、対象の種類、治療乃至予防すべき疾患の種類に応じて適宜決定することができる。例えば、W-7等のナフタレンスルホンアミド化合物の場合、ヒトに対する投与量は、0.01~50mg/kg、好ましくは0.1~25mg/kgであり、より好ましくは0.5~10mg/kg、さらに好ましくは1~5mg/kgとすることができるが、これに限定されない。
【0034】
カルモジュリン阻害剤は、ヘルペスウイルス感染症の予防又は治療に使用される公知の成分、例えばアシクロビル、バラシクロビル、ファムシクロビル等と組み合わせて使用することもできる。他にも、カルモジュリン阻害剤をαタンパク質を阻害する物質と組み合わせて使用することが想定される。そのような物質は低分子化合物に限定されず、核酸分子、タンパク質、ペプチド等の高分子化合物であってもよい。
【0035】
カルモジュリン阻害剤はヘルペス感染症以外の疾患にも使用可能である。例えば、最適化した量のカルモジュリン阻害剤を腫瘍溶解性単純ヘルペスウイルスと腫瘍に同時投与することによって、通常ではヒトに対する毒性が強い腫瘍溶解単純ヘルペスウイルスの毒性のみを低下させ、その結果として、単純ヘルペスウイルスによる理想的な腫瘍溶解効果を得ることができると考えられる。
【0036】
核酸分子として、例えば、α、β又はγ遺伝子の発現を機能的に抑制しうるsiRNA、アンチセンス核酸等が挙げられる。例えば、LAT(latency associated transcript)は約8.3kbの転写物であり、スプライシングされ約2kbと約1.5kbの安定したイントロンを発現するが、LAT遺伝子領域にコードされるsmall non-coding RNAは、α遺伝子であるICP4及びICP0の遺伝子発現を抑制し得るため、カルモジュリン阻害剤との併用により更にαタンパク質の発現を阻害すると考えられる。
【0037】
医薬組成物は、経口的又は非経口的に、全身にあるいは局所的に投与することができる。限定することを意図するものではないが、非経口投与には、腹腔内、脳内、静脈内、皮下、皮内、筋肉内、経皮、経鼻、経粘膜等が含まれる。
【0038】
一実施形態において、投与経路は脳内及び/又は腹腔内である。カルモジュリン阻害剤が複数回投与される場合、投与経路は同じであってもよいし、異なっていてもよい。例えば、二回投与する場合、感染前に腹腔内投与を行い、感染と同時に脳内投与を行うことが好ましい。
【0039】
投与方法としては注射、坐薬、注腸、経口性腸溶剤などを選択することができる。治療乃至予防が意図される疾患により適宜投与経路や投与方法を選択することができる。
【0040】
医薬組成物には、保存剤や安定剤等の製剤上許容しうる担体が添加されていてもよい。製剤上許容しうる担体とは、有効成分とともに投与可能であればどのようなものでもよく、特に制限されない。例えば、水、食塩水、リン酸緩衝液、デキストロース、グリセロール、エタノール等薬学的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ぺクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、界面活性剤、賦形剤、着香料、保存料、安定剤、緩衝剤、懸濁剤、等張化剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0041】
医薬組成物は、上記担体を用いて任意な形態に製剤化することができる。そのような製剤は、上記担体を用いて適宜調製される。製剤の形態としては特に限定はなく、治療目的に応じて適宜選択して使用される。その代表的なものとして錠剤、丸剤、散剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、坐剤、注射剤(液剤、懸濁剤、乳剤)等が挙げられる。これら製剤は、通常用いられる方法により製造すればよい。
【0042】
(感染不均一性の制御方法)
第二の態様において、ヘルペスウイルスの感染不均一性を制御する方法であって、ヘルペスウイルスと、カルモジュリン阻害剤とを接触させる工程を含む、方法が提供される。
【0043】
本明細書で使用する場合、「ヘルペスウイルスの感染不均一性」とは、感染の進行が不均一であることを意味する。
【0044】
このような不均一性はウイルスの前初期遺伝子から初期、及び後期遺伝子への発現移行効率の差に起因し、また、カルモジュリンをコードする3つの遺伝子、CALM1、CALM2及びCALM3はいずれも感染の不均一性を司る遺伝子であると考えられるため、カルモジュリン阻害剤は、感染不均一性を均一なものに制御することが期待される。
【0045】
ヘルペスウイルスの感染不均一性を制御する方法においては、カルモジュリン阻害剤以外の物質を添加してもよい。例えば、カルモジュリンアゴニストを添加することで、均一性を負に制御することもできる。そのようなアゴニストとしてCALP1(Calcium-like Peptide 1)等が挙げられる。
【0046】
カルモジュリン阻害剤を接触させるタイミングは感染前、感染時又は感染後のいずれでもよいが、均一な状態にすることが目的の場合、感染と同時又は感染直前が好ましい。カルモジュリン阻害剤は、ヘルペスウイルス自体に接触させてもよいし、ヘルペスウイルスに感染した細胞でもよい。
【0047】
感染の不均一性の程度は、感染細胞をフローサイトメトリーのような細胞の特性を評価できる手段にかけ、各細胞におけるヘルペスウイルス遺伝子の発現量を測定し、細胞間の発現量のばらつきの度合い(例えば、ジニ係数や変動係数)を評価することで決定することもできる。発現量を決定する手段として、1細胞トランスクリプトーム解析、FACS解析等がある。カルモジュリン阻害剤との接触により、ヘルペスウイルス遺伝子の発現量についてのばらつき度合いが下がれば、不均一な状態が均一になったと見做すことができる。
【0048】
(治療方法)
第三の態様において、対象におけるヘルペスウイルスの感染に起因する疾患を予防又は治療する方法であって、前記対象に対しカルモジュリン阻害剤を投与することを含む、方法が提供される。
【0049】
ヘルペスウイルスの感染に起因する疾患の予防又は治療はカルモジュリン阻害剤を必要とする対象に投与することで行うことができる。カルモジュリン阻害剤の剤形や投与経路は上記のとおり限定されず、当業者が適宜決定することができる。
【0050】
以下に実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0051】
CaMはCALM1, CALM2, CALM3という3つの遺伝子に全て同一のアミノ酸配列としてコードされる。CaM発現量とHSV-1の遺伝子発現を解析する為に、CRISPR/Cas9を用い、CALM1 KO HeLa細胞からCALM2をノックアウトすることでCALM1/CALM2のダブルノックアウト細胞を作製した(
図1A)。この時、CALM1/CALM2/CALM3のトリプルノックアウト細胞は細胞が致死性を示し作製できなかった。WT, CALM1KO, CALM1/2 KO細胞のCaM発現量をウェスタンブロッティングで解析すると、ノックアウトしたCALM遺伝子の数に伴うCaM発現量の減少が認められた(
図1B、C)。
【0052】
これらの細胞にHSV-1を感染させ6時間後にα、β、γ遺伝子の発現をqPCRで解析した結果、CALM1 KO HeLa細胞ではα遺伝子であるICP27, ICP0のmRNA量の有意な低下は認められなかったが、CALM1/2 KO HeLa細胞ではこれらの遺伝子の有意な低下が認められた(
図1D)。一方、β、γ遺伝子であるUL50, ICP8, VP22, Us2のmRNA量はCALM1 KO HeLa細胞では有意な低下が認められ、CALM1/2 KO HeLa細胞で更に低下するということが明らかとなった(
図1D)。CALM1/2 KO HeLa細胞におけるWTに対する各遺伝子発現の減少倍率は、α遺伝子はCALM1/2 KO HeLa細胞で1.6倍程度、β及びγ遺伝子は2~12倍程度の発現の減少が認められた(
図1E)。また、子孫ウイルス産生量も細胞集団のCaM発現量依存的に低下することが分かった(
図1F及びG)。これらの結果から、CaMはHSV-1の効率的な遺伝子発現に必要であり、特にβ、及びγ遺伝子発現への要求性が高いこと、また、CaMは効率的なウイルス増殖に貢献することが示唆される。
【0053】
本発明者は、α遺伝子であるICP47にtagRFPを、γ遺伝子であるUs11にVenusをそれぞれ付加したレポーターウイルス(rICP47/vUs11)を用いた解析によって、High MOIの条件においてもHSV-1感染HeLa細胞の遺伝子発現はタンパク質レベルにおいても不均一であること、つまり、感染多重度が高くれば少なくともタンパク質レベルでは不均一性が解消すると考えられるのに、実際にはそうではなかったこと、を明らかにしている(Moeka Nobeら、" Direct Relationship between Protein Expression and Progeny Yield of Herpes Simplex Virus 1 Unveils a Rate-limiting Step for Virus Production", 2023, bioRxiv, https://doi.org/10.1101/2023.06.07.544155)。また、こちらの論文では、細胞集団の子孫ウイルス産生はγ遺伝子発現量が閾値を超えた細胞(virus producing cells:VPC)の細胞集団における割合に依存すること、つまり、VPCの割合と子孫ウイルス産生との間には正の相関関係と呼べる関係が存在しており、細胞集団におけるVPCの割合が低いと細胞集団の子孫ウイルス産生が少なく、細胞集団に占めるVPCの割合が多いと細胞集団の子孫ウイルス産生量が多くなることも示されている。
【0054】
また、
図1の結果は、細胞内のCaM発現量とウイルス遺伝子発現量は相関し、CaMはHSV-1のβ及びγ遺伝子を優先的に正に制御することを示唆していた。従って、CaM発現量の不均一性は、細胞集団におけるβ及びγ遺伝子発現の不均一性に関与し、その結果細胞集団におけるVPCの割合を司る可能性が考えられた。そこで、細胞集団におけるCaM発現量とVPCの割合の関係性を解析する為に、WTもしくはCALM1 KO HeLa細胞にrICP47/vUs11をMOI5で感染させ12時間後に、フローサイトメトリーによってVPCの割合を解析した。
【0055】
rICP47/vUs11はα遺伝子であるICP47にtagRFPを、γ遺伝子であるUs11にVenusをそれぞれ付加したウイルスである為、感染細胞におけるTagRFPの蛍光強度はα遺伝子の発現を、Venusの蛍光強度はγ遺伝子の発現をそれぞれ示す。qPCRの結果と同様に、細胞集団全体のα遺伝子発現の指標となるtagRFPのMFIはCALM1KO細胞において有意な低下は認められなかったのに対して、γ遺伝子の発現の指標となるVenusの蛍光強度は有意な低下が認められた(
図2A、B)。この時VPCの割合はCALM1KO細胞で有意な低下が認められた(
図2C、D)。また、WT, CALM1 KO, CALM1/2 KOを用いた解析によってrICP47/vUs11感染細胞におけるVenusのMFI及びVPCの割合はCALM遺伝子ノックアウト数に応じて低下した (
図2E~H)。以上の結果から、CALM1 KO細胞における子孫ウイルス産生量の低下は、細胞集団のウイルス遺伝子発現の不均一性が変化し、VPC(γ遺伝子の発現量が子孫ウイルス産生に必要な量を超えた細胞)の割合が低下した事が原因であることが示唆された。
【0056】
これまでの結果は、CaMが、α、β、及びγ遺伝子の中でも特にβ、及びγ遺伝子発現への要求性が高いことを示している。β及びγ遺伝子の発現にはαタンパク質の発現が必要であることが知られている。従って、CaMはβ及びγタンパク質の発現に必要な特定のαタンパク質と結合し、その機能を正に制御する可能性が考えられた。そこで、β及びγ遺伝子の発現に必要であることが報告されているICP0, ICP27, ICP4, ICP22に存在するCaM結合モチーフをCaM databaseを用いて検索した結果、ICP4にCaM結合モチーフであるIQモチーフと相同性が高いアミノ酸配列が存在することが明らかとなった(
図3A)。
【0057】
HeLa細胞にHSV-1野生株をMOI5で感染後、9時間後に固定し、透過処理した後、ICP4とカルモジュリン抗体で染色し、共焦点顕微鏡で観察した。HSV-1感染細胞において、CaMはreplication compartment (核内におけるHSVの遺伝子発現の場)内でICP4と共局在していた(
図3B)。また、HeLa/puroR及びHeLa/Flag-CaMにHSV-1をMOI5で感染させ、Flag抗体により免疫沈降した結果、Flag-CaMを恒常的に発現するHeLa細胞の感染細胞ライセートによって共沈降することが明らかとなった(
図3C)。従って、実際にICP4は感染細胞内でCaMと会合していることが示唆された。
【0058】
次に、CaMがICP4内のIQ様モチーフを介してICP4と結合するかどうか調べる為に、293FT細胞で発現させたICP4/WT, ICP4ΔIQ, EGFPをCaMビーズで免疫沈降することにより、ICP4とCaMの結合におけるIQ様モチーフ欠失の影響を解析した。293FT細胞で発現させたICP4/ΔIQの設計を
図3Dに示す。コントロールのEGFPはCaMビーズ、もしくはProteinAビーズでプルダウンされなかったが、ICP4/WTはCaMビーズでのみプルダウンされたことから、ICP4はCaMとの直接結合能を有することが明らかになった(
図3E、F)。この時、ICP4/ΔIQはCaMとの結合が有意に減弱したことから、ICP4はIQ様モチーフを介してCaMと結合することが示唆された(
図3D~F)。
【0059】
ICP4とCaMの結合のHSV-1遺伝子発現における意義を解析する為に、ICP4のIQモチーフを欠失させたICP4/ΔIQ, 及びその復帰株であるICP4/ΔIQ-repairを作出し、α、β、γ遺伝子の発現を定量PCR法によって解析した。HeLa細胞にHSV-1野生株(HSV-1(F))、ICP4/ΔIQ, ICP4/ΔIQ-repairをMOI5で感染させ、α、β、及びγ遺伝子のmRNA量をqPCR法によって解析した結果を
図4Aに示す。ICP4/ΔIQ変異ウイルス感染細胞におけるα遺伝子、ICP27とICP0のmRNA量は野生株、及び復帰株と比較して有意に低下していたものの、その減少の程度はわずかであった。その一方で、ICP4/ΔIQ変異ウイルス感染細胞におけるβ遺伝子、ICP8, UL50, 及びγ遺伝子であるVP22、Us2のmRNA量は野生株、及び復帰株と比較して有意に低下し、その減少倍率はα遺伝子であるICP27とICP0よりも大きかった。これらの結果は
図1において示したCALM1/2 KO細胞における表現型と酷似していた。
【0060】
ICP4はウイルスゲノムに結合することでβ及びγ遺伝子の発現を活性化する。ICP4とCaMの結合がICP4のウイルスゲノムへの結合能を制御するのかどうかを調べる為に、ICP4/ΔIQ、もしくはICP4/ΔIQ-repair感染細胞をICP4抗体でクロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイを実施した。HeLa細胞にICP4/ΔIQ、その復帰株であるICP4/ΔIQ-repairをMOI5で感染させ、3.5時間後にICP4の抗体でChIPアッセイを実施した結果、ICP4ΔIQ変異の導入はICP4のHSVゲノム(ICP27、ICP8、VP22プロモーター領域)への結合能を減弱させた(
図4B)。更に、WTもしくはCALM1 KO HeLa細胞にHSV-1野生株をMOI5で感染させ、その3.5時間後に同様にICP4のChIP アッセイを実施した結果、CALM1 KO HeLa細胞において、ICP4/ΔIQと同様の表現型が認められた(
図4C)。これらの結果から、CaMはICP4と結合し、ICP4のウイルスゲノムへの結合を促進することで、HSV-1の遺伝子発現を正に制御することが示唆された。
【0061】
上記の結果から、CaMはICP4のウイルスゲノムへの結合能を制御し、ひいてはHSVのβ及びγ遺伝子の発現を正に制御することで、細胞集団におけるVPCの割合を増加させ、その結果として、ウイルス増殖に貢献すると考えられる。つまり、CaMはHSV-1の治療標的になり得る。W-7はCaMとその結合タンパク質の結合を阻害するCaM阻害剤として知られているが、上述の結果から、W-7はICP4とCaMの結合を阻害し、β、及びγ遺伝子の発現を抑制し、その結果としてVPCの割合を低下させる(不均一性を変化させる)ことで、HSVの病態を阻害する可能性がある。
【0062】
HSV-1脳内接種モデルにおいて、W-7を接種した際のウイルスの病態発現、及び脳内ウイルス力価への影響を検討した。125μgのW-7(メルク社製)を3週齢の雌のICRマウスに腹腔内投与し、その2時間後に500PFUのHSV-1野生株と50μgのW-7を脳内に同時に投与した(
図5A)。その結果、W-7は、HSV-1によるマウスの致死率、及びマウスの脳内におけるウイルス増殖をほぼ完全に阻害した(
図5A、B)。
【0063】
続いて、抗HSV薬として広く使用されているアシクロビルとの比較でW-7の病態発現阻害効果を検討した。3週齢の雌のICRマウスの脳内から、500PFUのHSV-1野生株と、W-7(50μg)、又はアシクロビル(50μg、150μg)(メルク社製)を同時に投与した。その結果、50μgのW-7による病態発現阻害効果は150μgのアシクロビルを投与した場合よりも高かった(
図5C)。従って、CaMはHSV-1感染症に対する治療標的となり、更に、W-7やその誘導体はHSV-1感染症に対する抗ウイルス剤となる可能性が示唆された。特に、既存の抗HSV薬であるアシクロビルはHSVのDNA複製を阻害するのに対し、W-7はDNA複製の前段階であるβ遺伝子の発現を阻害することが考えられる。