(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025030131
(43)【公開日】2025-03-07
(54)【発明の名称】運動解析システム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/11 20060101AFI20250228BHJP
A61B 5/389 20210101ALI20250228BHJP
【FI】
A61B5/11 310
A61B5/389
A61B5/11 320
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023135155
(22)【出願日】2023-08-23
(71)【出願人】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000626
【氏名又は名称】弁理士法人英知国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 誠
(72)【発明者】
【氏名】横浜 裕太
【テーマコード(参考)】
4C038
4C127
【Fターム(参考)】
4C038VA04
4C038VB07
4C038VB08
4C038VB09
4C038VB34
4C127AA04
(57)【要約】
【課題】複雑な運動を数学的に合理的な分割時間で分割し、特定の運動を解析するのに適した解析時間区間の提供。
【解決手段】表面筋電位時系列データを記憶するものであり、タイミング決定平面生成部は、表面筋電位時系列データに対して、第1の次元削減法を適用して、表面筋電位時系列データの次元数以下の予め定めた次元数に次元を削減し、得られたそれぞれの次元を一つの変数軸とし他の軸を時間軸としたタイミング決定平面を定めた次元数の数だけ作るものであり、選択部は、少なくとも一つのタイミング決定平面上の関数の形状から、形状的特徴を少なくとも一つ選択機能を備えており、解析部は、形状的特徴発生時間を基準として少なくとも一つの分割時間を定め、表面筋電位時系列データの時間軸を分割時間で分割して解析時間区間を取得し、解析時間区間に対して適宜な解析を行うことを特徴とする運動解析システム。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面筋電位測定電極と記憶部とタイミング決定部と解析部を備え、
前記表面筋電位測定電極は、筋肉の動きに伴い発生する表面筋電位時系列データを測定するものであり、
前記記憶部は、
運動期間に含まれる少なくとも所定の動作による前記表面筋電位時系列データを記憶するものであり、
前記タイミング決定部は、タイミング決定平面生成部と選択部を有し、
前記タイミング決定平面生成部は、前記表面筋電位時系列データに対して、第1の次元削減法を適用して、前記表面筋電位時系列データの次元数以下の予め定めた次元数に次元を削減し、得られたそれぞれの次元を一つの変数軸とし他の軸を時間軸としたタイミング決定平面を前記定めた次元数の数だけ作るものであり、
前記選択部は、少なくとも一つの前記タイミング決定平面上の関数の形状から、形状的特徴を少なくとも一つ選択することで、前記形状的特徴が起きた形状的特徴発生時間を少なくとも一つ取得する機能を備えており、
前記解析部は、選択された少なくとも一つの前記形状的特徴発生時間を基準として少なくとも一つの分割時間を定め、前記表面筋電位時系列データの時間軸を前記分割時間で分割して解析時間区間を取得し、前記解析時間区間に対して適宜な解析を行うことを特徴とする運動解析システム。
【請求項2】
前記タイミング決定平面生成部は、前記表面筋電位時系列データとして整流化した時系列データに対して前記第1の次元削減法を適用する請求項1記載の運動解析システム。
【請求項3】
前記表面筋電位測定電極は、多チャンネル電極である請求項1記載の運動解析システム。
【請求項4】
前記第1の次元削減法は、非負値行列因子分解である請求項1記載の運動解析システム。
【請求項5】
前記解析部は、選択された前記形状的特徴発生時間を基準として、前記形状的特徴発生時間から所定の時間または所定の時間割合前の時間を前記分割時間と定め、前記分割時間で分割して前記解析時間区間を取得し、前記解析時間区間に対して適宜な解析を行うことを特徴とする請求項1記載の運動解析システム。
【請求項6】
前記表面筋電位測定電極は、少なくとも舌骨上筋群表面筋電位測定電極および/または舌骨下筋群表面筋電位測定電極を含む請求項1記載の運動解析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運動時の筋活動を表面筋電位測定電極で測定し、解析する運動解析システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
嚥下は、食物を口腔から胃へと送り込む一連の運動であり、口腔期・咽頭期・食道期の3期に分けられる。嚥下のメカニズムを
図1の(a)、(b)に示す。咀嚼によって形成された食塊は、舌を口蓋に押し付けることにより咽頭へと送り込まれる。その後、嚥下反射が誘発され、舌骨上筋群の収縮により舌骨と喉頭が前上方に挙上する。さらに舌骨上筋群の収縮に伴う反射運動として、舌骨下筋群(甲状舌骨筋)が収縮することで喉頭が最高位に到達する。この舌骨と喉頭の挙上に連動して、喉頭蓋が反転することで喉頭を閉鎖する。これにより、誤嚥や窒息を起こすことなく食塊が食道を通過する。これが安全に嚥下を行うメカニズムである。
【0003】
このように嚥下は、「随意運動」と「反射性の不随意運動」が共存する複雑な機構によって実現される。随意運動は主に、食物を咀嚼して形成した食塊を、舌運動により咽頭へ送り込む口腔内の運動を指し(口腔期)、不随意運動は、嚥下反射によって食塊を咽頭通過させる運動を指している(咽頭期)。嚥下反射は、延髄にある中枢パターン生成器(central pattern generator:CPG)によってプログラムされた再現性の高い、極めて緻密なパターン運動となっている。
これまで出願人は、この運動を解析する手法を特許文献1~特許文献4のように提案してきた。
【0004】
摂食嚥下は、多数の器官の協調運動に構成される複雑な動作であるが、その動作は随意運動と不随意運動の混在した運動である。
摂食嚥下は、食物を認知して口に運び、口腔内で咀嚼し、咽頭、食道を通り胃まで運ぶ一連の動作であり、その基本のメカニズムは「5期モデル」という5つのステージ(先行期、準備期、口腔期、咽頭期、食道期)で説明される。また、4つのステージ(口腔準備期、口腔送り込み期、咽頭期、食道期)で説明する「4期モデル」や、咀嚼嚥下のプロセスを4つのステージ(stage I transport,processing,stage II transport,swallowing)で説明する「プロセスモデル」などもある。
様々なモデルが提唱されているということは、摂食嚥下運動の解析の難しさを象徴している。
【0005】
従来の口腔期・咽頭期・食道期の3期に分けるモデルを例に挙げると、年齢差や個人差もあり、運動区分は、厳密性を欠いており、たとえば口腔期と咽頭期の境界を正確に区分できるとは言えず解析に支障を生じていた。特に、舌骨上筋群は、口腔期と咽頭期のどちらにも関与するため、その表面筋電位信号から口腔期と咽頭期の境界を直接的に判定することは困難であった。
【0006】
さらに「随意運動」と「反射性の不随意運動」が共存する嚥下の可否には、口腔運動の問題の有無や嚥下反射の破綻が大きく関与する。
【0007】
嚥下反射によって誘発された嚥下運動は、再現性の高い運動パターンを示すが、一回嚥下量(食物の量)や食物の物性値(粘性や硬さなど)などの違いによって、舌骨の移動距離や移動速度、喉頭閉鎖のタイミングや閉鎖時間、食道入口部の開大時間などの嚥下の運動パターン(嚥下パターン)が変化することが知られている。このように、嚥下条件に合わせて嚥下関連器官の運動を微調整し、嚥下パターンを変えられる能力は、嚥下予備能と考えられている。これは窒息や誤嚥を引き起こさないための食物に対する嚥下の対応力である。しかし、脳血管障害や神経筋疾患、加齢による筋力低下、嚥下諸器官の位置変化、嚥下反射の遅れなどが原因で、嚥下予備能は低下する。さらに全身疾患等が原因で、嚥下に何らかの問題が生じた場合には、食塊の咽頭残留、喉頭侵入、誤嚥などが生じ、結果として誤嚥性肺炎の発症や窒息のリスクが増大することになる。
このように、嚥下運動の解析は、嚥下運動の正確な区分が難しいこと、随意運動と不随意運動(嚥下反射)が同時に起きる区間があり、厳密な区分が難しいこと、食物の違いによる分析の困難性が混在していた。
従来は、解析時間区間が正確に定まらないという問題があった。
【0008】
以上の説明は、嚥下運動の解析の困難性を説明するものである。発明者は、上述のように非常に複雑な運動である嚥下運動を詳細に分析するための解析時間区間が設定できるのであれば、あらゆる運動の分析における解析時間の設定に応用できることに気が付いた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2019-208629号公報
【特許文献2】特開2022-41316号公報
【特許文献3】特開2021-142087号公報
【特許文献4】特開2022-27304号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、複雑な運動を数学的に合理的な分割時間で分割し、複雑な運動に含まれる特定の運動を解析するのに適した解析時間区間を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
このような課題に鑑みて、本発明は、以下の構成を具備するものである。
表面筋電位測定電極と記憶部とタイミング決定部と解析部を備え、
前記表面筋電位測定電極は、筋肉の動きに伴い発生する表面筋電位時系列データを測定するものであり、
前記記憶部は、
運動期間に含まれる少なくとも所定の動作による前記表面筋電位時系列データを記憶するものであり、
前記タイミング決定部は、タイミング決定平面生成部と選択部を有し、
前記タイミング決定平面生成部は、前記表面筋電位時系列データに対して、第1の次元削減法を適用して、前記表面筋電位時系列データの次元数以下の予め定めた次元数に次元を削減し、得られたそれぞれの次元を一つの変数軸とし他の軸を時間軸としたタイミング決定平面を前記定めた次元数の数だけ作るものであり、
前記選択部は、少なくとも一つの前記タイミング決定平面上の関数の形状から、形状的特徴を少なくとも一つ選択することで、前記形状的特徴が起きた形状的特徴発生時間を少なくとも一つ取得する機能を備えており、
前記解析部は、選択された少なくとも一つの前記形状的特徴発生時間を基準として少なくとも一つの分割時間を定め、前記表面筋電位時系列データの時間軸を前記分割時間で分割して解析時間区間を取得し、前記解析時間区間に対して適宜な解析を行うことを特徴とする運動解析システム。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、運動解析に用いる解析時間区間を、数学的な背景を持った基準により定めることができる効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1(a)は嚥下運動のメカニズムの説明図であり、
図1(b)は舌骨上筋群と舌骨下筋群を示す説明図である。
【
図2】
図2は表面筋電位測定電極の説明図である。
図2(a)は舌骨上筋群表面筋電位測定電極の外観図であり、
図2(b)は舌骨下筋群表面筋電位測定電極の外観図である。
図2(c)は、被験者に表面筋電位測定電極を装着した外観図である。
【
図3】
図3は、表面筋電位測定電極から、記憶部2に表面筋電位時系列データが記憶される様子を説明する説明図である。
【
図4】
図4は、解析に使用する画像を構成するのに使用する画像構成部の説明図である。
【
図5】第1の次元削減法である非負値行列因子分解(NMF)で定めた次元数を2とし、処理対象となる被験者の行列(RMS)から、筋活動行列Mが作られる工程を説明する。そして、
図5は、筋活動行列Mに対して、非負値行列因子分解(NMF)が適用され予め決めた次元数である2つの次元の第1のタイミング決定平面と第2のタイミング決定平面が作られる工程を説明した説明図である。
【
図6】
図6は、
図5で得られた第1のタイミング決定平面と第2のタイミング決定平面から形状的特徴の選択を行う説明図である。
【
図7】
図7は、解析部が行う解析時間区間だけを含むデータを作成する説明図である。
【
図8】
図8は、表面筋電位時系列データにおける分割時間51の位置を示す説明図である。
【
図10】
図10は、Alex Net型の畳み込みニューラルネットワークの概要の説明図である。
【
図12】
図12は、距離測定部で測定されるユークリッド距離の説明図である。
【
図13】
図13は、疲労タスクを行う実験を、摂食嚥下障害の既往歴のない若年男性12名の若年群と高齢男性11名の高齢者群で行い、正規化されたユークリッド距離を求めた実験結果である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の実施例を説明する。以下の説明で、異なる図における同一符号は同一機能の部位を示しており、各図における重複説明は適宜省略する。
【実施例0015】
実施例の運動解析システムAは、嚥下関連筋群に関連するデータを解析するためのシステムである。明細書は、実施例を説明しながら、他の摂食嚥下時の運動解析を行う場合の変形例を説明することで、嚥下運動以外の運動にも適用可能な本発明の適用範囲の広さを説明して行く。
【0016】
(表面筋電位測定電極)
図2は表面筋電位測定電極1の説明図である。
図2(a)は舌骨上筋群表面筋電位測定電極11の外観図であり、
図2(b)は舌骨下筋群表面筋電位測定電極12の外観図である。図示していない接地電極(GND電極)とバイポーラ電極である不感電極は、左右の耳朶に、図示していないRLD電極は第7頸椎にそれぞれ配置された。
図2(c)は、被験者に表面筋電位測定電極1を装着した外観図であり、顎下と喉に舌骨上筋群表面筋電位測定電極11と舌骨下筋群表面筋電位測定電極12をそれぞれ装着する。
【0017】
(変形例)
表面筋電位測定電極1は、咀嚼をする際の咬筋、側頭筋を測定してもよい。また、表面筋電位測定電極1は、舌骨上筋群表面筋電位測定電極11と舌骨下筋群表面筋電位測定電極12に咬筋、側頭筋、頭部を安定化させる胸鎖乳突筋などを測定する表面筋電位測定電極1を加えてもよい。また、表面筋電位測定電極1は、舌骨上筋群表面筋電位測定電極11、舌骨下筋群表面筋電位測定電極12、咬筋表面筋電位測定電極、側頭筋表面筋電位測定電極、胸鎖乳突筋表面筋電位測定電極など、特定の筋群のみを測定する表面筋電位測定電極1であってもよい。どの筋群を測定するか、また、表面筋電位測定電極1の組み合わせは、解析の目的により変わる。
本発明は、解析の目的により、様々な筋群の表面筋電位測定電極1を使うことができる。
【0018】
(データの記憶)
図3は、表面筋電位測定電極1から、記憶部2に表面筋電位時系列データ21が記憶される様子を説明する説明図である。
舌骨上筋群表面筋電位測定電極11と舌骨下筋群表面筋電位測定電極12は、それぞれ22チャンネルの多チャンネル電極である。サンプリング装置13は、各チャンネルの微弱なsEMG(表面筋電位)を125倍に信号増幅し、2000Hzでサンプリングする。これにより表面筋電位時系列データ21である舌骨上筋群表面筋電位時系列データ211と舌骨下筋群表面筋電位時系列データ212が取得される。
【0019】
(表面筋電位時系列データ)
表面筋電位時系列データ21は、表面筋電位測定電極1から取得された生の電位データだけではなく、様々に加工されたデータでもよい。たとえば、表面筋電位時系列データ21は、ウエーブレット変換したデータであっても、RMS信号552のデータであってもよい。表面筋電位時系列データ21は、表面筋電位測定電極1から取得された何らかの時系列データを意味する。
実施例は、RMS信号552を行とし、列を時間軸(フレーム数)とした筋活動行列Mを使った。行列の行データは、研究者の研究目的に応じて変わり得るものであり、たとえば中央周波数(MDPF)を表面筋電位時系列データ21として取得してもよい。
【0020】
実施例は、整流化した表面筋電位時系列データ21として二乗平均平方根(RMS :Root Mean Square)したRMS信号552の時系列データを採用したが、表面筋電位時系列データ21に平滑化などの処理を加えても構わない。整流化には、二乗平均平方根(RMS :Root Mean Square)の他に整流平滑化(ARV :Average Rectified Value )や積分筋電位(iEMG: Integrated EMG )などがある。それから、最大随意収縮時の整流化した筋活動の最大値、または特定の動作時の整流化した筋活動の振幅で正規化して、表面筋電位時系列データ21としてもよい。本発明でいう表面筋電位時系列データ21は、生の表面筋電位時系列データ21に由来する時系列データであればよく、何らかの処理を施したものが含まれる。
【0021】
(時間軸)
本発明でいう「時間軸」とは、何らかの時系列であればよく、例えば、運動を1サイクルで表現し(例えば、椅子からの立ち上がりから歩行の第一歩までを1サイクルと定義、嚥下開始から終了までを1サイクルと定義)、1サイクルが100%になるように正規化して扱う場合も時間軸の概念に含む。
なお、実施例は、時間軸をフレーム数としている。
【0022】
(前処理部)
図4は、解析に使用する画像を構成するのに使用する画像構成部6の説明図である。
(1)Root Mean Square (RMS)
前処理部55は、分析に使用する分析値を得る処理部である。
実施例の前処理部55は、RMS信号552を求めるRMS計算部551を備えている。
RMS信号552は時間領域の特徴量であり、sEMG信号(表面筋電位信号)の振幅情報を含む。RMS計算部551は、各チャンネルのsEMG信号に対して、128msのフレームを16msの周期でシフトさせながら、時間領域の特徴成分であるRMS信号552(2乗平方根:Root Mean Square)を求める。RMS計算部551は、舌骨上筋群表面筋電位時系列データ211と舌骨下筋群表面筋電位時系列データ212の双方から、RMS信号552を計算する。
【0023】
(2)ケプストラム係数(Cepstrum coefficients (CC))
前処理部55は、ケプストラム係数計算部555を備えている。ケプストラム係数(Cepstrum coefficients)は、周波数領域の特徴量であり、sEMG信号をフーリエ変換したパワースペクトルに関する情報を含む。以下、ケプストラム係数は、CC値と略記される。CC値はsEMG信号の離散フーリエ変換により得られるデータの絶対値に対して対数値をとり、さらに逆フーリエ変換したものである。低次のCC値はなだらかな変動(包絡形状)に対応し、高次のCC値は細かな変動(微細構造)に対応する。実施例は、パワースペクトルの包絡形状に着目し、低次(1次~3次)のCC値を特徴量として採用する。実施例のケプストラム係数計算部555は、舌骨上筋群表面筋電位時系列データ211と舌骨下筋群表面筋電位時系列データ212の双方から、1次CC値556、2次CC557値及び3次CC値558値を計算する。
なお、実施例の嚥下に関する表面筋電位時系列データ21のケプストラム係数の次数は、高くなるにつれて平坦になり特徴を失うので、1次から3次としているが、分析の目的により、より高次のCC値まで求めて分析に使用することができる。
【0024】
(変形例)
解析の目的により、前処理部55で取得される分析値は、RMS信号552やCC値以外の分析値を使うことも可能である。たとえば、分析値は、中央周波数(MDPM)などを使うことができる。実施例は、一例に過ぎない。
【0025】
(画像構成部)
舌骨上筋群表面筋電位時系列データ211から得られたRMS信号552、3次CC値558、2次CC値557及び1次CC値556は、画像構成部6に送られる。画像構成部6は、時系列(182フレーム)を横軸としRMS信号552、3次CC値558、2次CC値557及び1次CC値556のチャンネルごとの強度を縦軸とした計4つの画像、すなわち、RMS画像61、1次CC画像62、2次CC画像63、3次CC画像64を作る。これら4つの画像は、画像構成部6で縦方向に連結され舌骨上筋群合成画像65が作られる。
同様に、舌骨下筋群表面筋電位時系列データ212から得られたRMS信号552、3次CC値558、2次CC値557及び1次CC値556は、画像構成部6に送られる。画像構成部6は、時系列(182フレーム)を横軸としRMS信号552、3次CC値558、2次CC値557及び1次CC値556のチャンネルごとの強度を縦軸とした計4つの画像、すなわち、RMS画像61、1次CC画像62、2次CC画像63、3次CC画像64を作る。これら4つの画像は、画像構成部6で縦方向に連結され舌骨下筋群合成画像66が作られる。
【0026】
なお、実施例は、舌骨上筋群合成画像65と舌骨下筋群合成画像66のRMS信号552、3次CC値558、2次CC値557及び1次CC値556は、
図4の順に並べた。後述するニューラルネットワーク7による解析において、順番は重要でないため、並べ方は自由である。
【0027】
舌骨上筋群合成画像65と舌骨下筋群合成画像66は、摂食嚥下期間の全てのデータを含んでいる。しかしながら、摂食嚥下期間の全てのデータは、そのままの形では、随意運動に関連する筋群だけを分析する、あるいは、不随意運動(嚥下反射)だけを分析することは、困難である。
随意運動を解析するのであれば、随意運動だけが行われる時間区間あるいは随意運動が主に行われる時間区間を解析時間区間として選択し解析する必要がある。
嚥下は、子供から老人などの年齢や個性によって、また、食物の柔らかい、固い、また、大きい、小さいなど、さらにゆっくり嚥下する者や素早く嚥下する者がいるなど、一様ではない。
発明者は、嚥下に関連する運動に対して、数学的に合理性を持った解析時間区間の分割法を見出した。
【0028】
(タイミング決定に使われる第1の次元削減法)
第1の次元削減法は、高次元空間から低次元空間へデータを変換しながら、低次元空間から元データの何らかの意味ある特性を取得しようとする方法である。
第1の次元削減法は、主成分分析(principal component analysis:PCA)、非負値行列因子分解(Nonnegative matrix factorization:NMF)、特異的分解(singular value decomposition:SVD)、独立成分分析(independent component analysis:ICA)など様々存在し、解析しようとする対象に応じて適宜選択することができる。
中でも、筋肉は縮む方向にのみ力を発揮するので、正の信号のみを取り扱い、筋肉の縮む方向と対応付けられる非負値行列因子分解(NMF)は、本発明の解析目的に合致する。そこで、発明者は、実施例の第1の次元削減法として非負値行列因子分解(NMF)を選択した。なお、非負値行列因子分解(NMF)は、非負制約による解釈容易性や教師なし学習モデルとしての理論的な裏付けがあることで知られている。
【0029】
非負値行列因子分解(NMF)は、最終的に低次元化される次元数の数を予め決めることができる。
図5は、第1の次元削減法である非負値行列因子分解(NMF)で定めた次元数を2とし、処理対象となる被験者の行列(RMS6111)から、筋活動行列Mが作られる工程を説明する。そして、
図5は、筋活動行列Mに対して、非負値行列因子分解(NMF)が適用され予め決めた次元数である2つの次元の第1のタイミング決定平面321と第2のタイミング決定平面322が作られる工程を説明した説明図である。
【0030】
まず、次の(1)の行列と、(2)の行列が作られる
(1)舌骨上筋群表面筋電位時系列データ211に含まれる22チャンネルデータは、前処理部55にあるRMS計算部551に送られる。
そして、RMS計算部551は、舌骨上筋群のRMS信号552を22チャンネル分、時系列順に並べた行列を出力する。
(2)舌骨下筋群表面筋電位時系列データ212に含まれる22チャンネルデータは、前処理部55にあるRMS計算部551に送られる。
そして、RMS計算部551は、舌骨下筋群のRMS信号552を22チャンネル分、時系列順に並べた行列を出力する。
【0031】
実際には、行列として扱われるため、画像化されている必要はないが、
図5では、説明を視覚化するため(1)の行列を舌骨上筋群RMS画像611で表し、(2)の行列を舌骨下筋群RMS画像612で表している。
第1の次元削減法である非負値行列因子分解(NMF)の適用対象となる行列は、(1)の行列と(2)の行列を連結した合計44チャンネル×182フレームの筋活動行列Mである。
図5は、説明のため筋活動行列MをRMS6111として視覚化して示している。
【0032】
(タイミング決定部)
タイミング決定部3は、筋活動行列Mに対して、予め定めた次元数を2と決めた非負値行列因子分解(NMF)を適用し、2次元に次元を圧縮する。
なお、予め定めた次元数は、運動の複雑さなどを考慮して適宜決めることができる。
そして、タイミング決定平面生成部31は、圧縮した2次元のそれぞれの次元を縦軸としたタイミング決定平面32を創り出す。創り出された2つのタイミング決定平面32が、第1のタイミング決定平面321(32)と第2のタイミング決定平面322(32)である。
【0033】
図6は、
図5で得られた第1のタイミング決定平面321と第2のタイミング決定平面322から形状的特徴の選択を行う説明図である
図6の例は、予め定めた次元数を2と決めたので、第1のタイミング決定平面321と第2のタイミング決定平面322の2つのタイミング決定平面32が作られる。選択部4は、2つのタイミング決定平面32を比較できる態様で表示する。第1の次元を縦軸とし時間軸を横軸とする第1のタイミング決定平面321には、第1のタイミング決定関数33が示されている。第2の次元を縦軸とし時間軸を横軸とする第2のタイミング決定平面322には、第2のタイミング決定関数34が示されている。
なお、
図6に図示するタイミング決定平面32の時間軸は、秒単位ではないため、時間軸に振った番号により、例えば、時間軸40番などという。
後述する(形状的特徴発生時間)の項で説明するように、時間軸は時系列であればよく、一般的な時間の単位でなくてもよい。
【0034】
(予め定めた次元数)
予め定めた次元の数は、分析の目的を考慮して研究者がタイミング決定部3および選択部4の機能を使い適宜決める。次元数の最大は、電極数になるので、研究者は、予め定める次元数を2~電極数の数の範囲で適宜定めることができる。解析のしやすさなどを考慮して、予め定める次元数は、一般的に2~数次元になるであろう。
【0035】
第1の次元削減法により得られたタイミング決定平面32上の関数は、何らかの筋活動に起因する情報を含んでいる。第1のタイミング決定平面321(32)と第2のタイミング決定平面322(32)は次元が異なるため、そこに含まれる情報も異なる。
さらに、第1のタイミング決定平面321の第1のタイミング決定関数33の形状と第2のタイミング決定平面322の関数の第2のタイミング決定関数34の形状的特徴41は、何らかの筋活動の変化に起因する情報を含んでいる。
これらの次元や形状的特徴41がどのような筋活動や変化と関連するかの解明は、研究者の研究にゆだねられる。たとえば、第1のタイミング決定平面321の第1のタイミング決定関数33は、時間軸80番あたりで傾斜が変化する形状的特徴41(肩部)がある。研究者は、この部分を解析したいと思えば、選択部4を使い、肩部の始まりと終わりを形状的特徴41として選択することで、形状的特徴41が始まる形状的特徴発生時間42(時間軸70番当たり)と、形状的特徴41が終了する形状的特徴発生時間42(時間軸83番当たり)を取得することができる。形状的特徴発生時間42は、そのまま解析時間区間を分割するための分割時間51として使うことができる。研究者は、時間軸70番~83番の範囲を解析時間区間として選択することができる。
そして、研究者はこの解析時間区間の筋運動の意味との関連を調べる。
このような解析時間区間の設定は、後述する解析部5で行われ、隣接する2つの形状的特徴41が生じる間に、どのような筋活動の変化があったのかを解析することができる。
【0036】
(形状的特徴発生時間)
上述の(時間軸)の項で説明したように、本発明でいう「時間」とは、何らかの時系列であればよく、例えば、リハビリなどで、立ち上がるという運動をいくつかのフェーズに分解し、運動を1サイクルで表現し正規化して解析する場合、各フェーズが個々の時間となる。各フェーズは、時系列データであることには変わりはなく、本発明の時間の概念に含まれる。
形状的特徴発生時間42は、これと同様であり、時間軸がフェーズ単位で構成されているのであれば、形状的特徴41が発生したフェーズが形状的特徴発生時間42となる。
【0037】
さらに、研究者は、選択部4を使って、形状的特徴41の中から、例えば、ピーク411、始点、終点、立上り、立下りであり、関数の一階微分、二階微分及び三階微分などを含む形状的特徴41の中から、特定の形状的特徴41を選択することができる。
第1のタイミング決定平面321と第2のタイミング決定平面322は、ディスプレイに表示され、研究者は、後述する選択部4の機能を使って適宜な位置をマウスで指定して、分割時間51の指定ができる。また研究者は、特定の形状的特徴41と別の形状的特徴41の間など、2つの形状的特徴41の間の任意の位置を必要に応じ分割時間51として指定できる。
例えば、研究者は、解析時間区間を2つの分割時間51を選択し、前期、中期、後期の3つの解析時間区間に分け、これら3つの解析時間区間に起きる変化を比較解析することも可能である。
分割時間51は、実験の目的により1以上設定できる。
【0038】
そして、研究者は、このように選択した形状的特徴41が発生する前と後を比較することで筋活動を研究することができる。また、選択した形状的特徴41(分割時間51)を中心として数フレーム前後の区間を解析時間区間として設定し、筋活動を研究することができる。本発明は、複雑な嚥下運動の中から、特定の筋活動の意味や変化を解析することを可能とする。
【0039】
発明者のこれまでの研究で、非負値行列因子分解(NMF)により2次元に削減された第1のタイミング決定関数33のピーク411を迎えるまでの時間区間が、随意運動が主たる時間区間であることが判明している。
【0040】
以上のように、タイミング決定部3は、2つのタイミング決定平面32を作り出し、選択部4は、2つのタイミング決定平面32を表示し、研究者に形状的特徴41の選択を促す。後述する実験では、形状的特徴41としてピーク411が選択された。第1のタイミング決定平面321のピーク411が第2のタイミング決定平面322のピーク411より早くピーク411を迎える。研究者は、選択部4を使い、形状的特徴発生時間42を選択するため、第1のタイミング決定平面321と第2のタイミング決定平面322を比較を可能に表示させ、「最も早いピーク時間421」を、解析時間区間を分割する分割時間51と決めた。
【0041】
なお、時間軸0番から最も早いピーク時間421となる時間軸63番までの区間は、前の解析時間区間512と呼ぶ。時間軸63番から時間軸82番までの区間は、後の解析時間区間513と呼ばれる。
【0042】
さらに、これまでの研究で、第1のタイミング決定関数33のピーク411を迎える時間である、最も早いピーク時間421には、若干の不随意運動(反射嚥下)がわずかに混在していることが判明している。そこで、純粋に随意運動だけを解析したい場合は、最も早いピーク時間421より少し前時間を分割時間51と定め、解析時間区間とすれば、純粋に随意運動だけの解析を行うことができる。
このように、研究者は、タイミング決定部3と選択部4を使い、解析の目的により一つの形状的特徴41の周囲に解析時間区間を分割する分割時間51を定めることもできる。
後の解析時間区間513は、不随意運動(反射嚥下)を解析するのに使うことができる。
【0043】
従来の解析時間区間の決定は、研究者の経験によるところが多く、また、前述の隣接する2つの形状的特徴41が生じる解析時間区間のような決定ができなかった。
本発明は、数学的な背景を有する解析時間区間の決定ができるため、複雑な嚥下運動の解析に寄与することができる。
【0044】
(解析部)
実施例の解析部5は、前処理部55、画像構成部6、ニューラルネットワーク7、距離測定部8を備えている。解析部5は、解析時間区間を決定し、処理すべき時系列データから解析時間区間を切り出し、最終的な解析結果を出力する。
【0045】
(解析時間区間のデータの作成)
図7は、解析部5が行う解析時間区間だけを含むデータを作成する説明図である。
図7は、分割時間51で前の解析時間区間512のみを解析時間区間としたことで減少した筋活動データを補うため、反転処理67により解析データを増やす工程の説明図でもある。
前述したように、タイミング決定平面32を用いて選択された最も早いピーク時間421が分割時間51として選択された。
当該分割時間51は、時間軸約63番になる。分割時間51を用いて、舌骨上筋群合成画像65と舌骨下筋群合成画像66は前の解析時間区間512だけの画像に切り取られる。解析データを増やすため、前の解析時間区間512だけの画像は反転される。その際、分割時間51が丁度中央に位置するように調整される。
【0046】
前の解析時間区間512の始点から分割時間51までに含まれるサンプリング数が3000となるように、表面筋電位時系列データ21は、十分長い時間サンプリングされた。前の解析時間区間512に含まれるサンプリング数が3000に満たないときは、無信号の区間を始点側に補完してもよい。特に、2つの形状的特徴41の間など、解析しようとする解析時間区間が短いときは、後のニューラルネットワーク7による解析の精度を上げるため、無信号の区間が補完される。
【0047】
次いで、結合処理68が行われ、反転された反転処理画像671と前の解析時間区間512だけの画像は連結され、結合処理画像681が生成される。これにより、分割時間51を軸に左右対称の結合処理画像681が作られる。舌骨上筋群の結合処理画像681と舌骨下筋群の結合処理画像681は、続く工程でニューラルネットワーク7による特徴ベクトルの抽出が行われる。
なお、結合処理68は、解析データを増やすために行われる処理であり、必須の処理ではない。以後の解析は、結合処理68を行わなくても可能であるため、反転処理67及び結合処理68は好ましい態様の一つである。
【0048】
図8は、表面筋電位時系列データ21における分割時間51の位置を示す説明図である。上段のグラフは、第1のタイミング決定平面321上にプロットされた第1のタイミング決定関数33であり、下段のグラフは、表面筋電位時系列データ21(sEMG signal)を表している。
図8は、第1のタイミング決定関数33のピーク411を分割時間51に設定することで、前の解析時間区間512と後の解析時間区間513が分割される様子を表している。
図8は、表面筋電位時系列データ21(sEMG signal)は複雑であり、分割時間51に相当する箇所に特段の特徴は無く、表面筋電位時系列データ21(sEMG signal)だけで分割時間51を設定することが困難であることを示している。
このように、本発明は数学的な背景を持った解析時間区間の設定を可能にする。
【0049】
(これまでの工程のまとめ及び全体構成)
図9は、実施例の全体構成の説明図である。
発明者は、これまで説明した実施例の構成をまとめ、今後説明する解析の概要について説明する。
【0050】
研究者は、表面筋電位測定電極1を用意し、舌骨上筋群表面筋電位測定電極11と舌骨下筋群表面筋電位測定電極12を用いて、表面筋電位(sEMG)信号を測定する。
測定された表面筋電位(sEMG)信号は、前処理部55へ送られ、RMS信号552、1次CC値556、2次CC値557、3次CC値558が計算される。画像構成部6は、時間軸(フレーム数)を横軸とし、縦軸をそれぞれRMS信号552、1次CC値556、2次CC値557及び3次CC値558とする合計4つの画像を作りだす。
【0051】
これら4つの画像は、並べて配置され舌骨上筋群合成画像65と舌骨下筋群合成画像66が作られる。
図9に図示していないが、次いでタイミング決定部3は、RMS画像61を用い第1の次元削減法で次元を削減し、タイミング決定平面32を作る。研究者は、選択部4を使い、タイミング決定平面32上の関数の形状から、形状的特徴41を選択し、形状的特徴発生時間42を取得することができる。
当該選択の結果選ばれた時間が、分割時間51である。
【0052】
舌骨上筋群合成画像65と舌骨下筋群合成画像66は、分割時間51で分割され、実施例では、前の解析時間区間512が解析時間区間として選ばれた。
舌骨上筋群合成画像65と舌骨下筋群合成画像66は、前の解析時間区間512を残して切断され、反転処理67で前の解析時間区間512を左右反転された画像が作られる。
前の解析時間区間512のオリジナル画像と左右反転された反転画像は、結合処理68が行われ結合処理画像681が作られる。
以上が、これまで説明してきた実施例の概要である。
【0053】
これらから先の解析は後述するが、実施例の運動解析システムAは、結合処理画像681を用い、ニューラルネットワーク7による特徴ベクトルの抽出と、特徴ベクトルの距離を測定する距離測定部8を有している。
【0054】
(ニューラルネットワーク)
実施例で使用されたニューラルネットワーク7は、Alex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7である。実施例は、解析手法としてAlex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7を中心に説明するが、本発明の特徴は、解析時間区間の決定にあり、解析手法については任意である。
【0055】
(Alex Net型の畳み込みニューラルネットワーク)
図10は、Alex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7の概要の説明図である。
実施例は、表面筋電位測定電極1のデータを用いて作られた結合処理画像681を、Alex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7を用いて特徴量の抽出を行う例である。
実施例のAlex Net型のニューラルネットワーク7は、Image Netのデータベースに収録されている100万枚以上の自然画像を用いて事前学習したものである。学習に表面筋電位測定電極1のデータに由来する結合処理画像681などの画像は一切用いていない。
表面筋電位測定電極1のデータに由来する画像を学習に用いていないAlex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7を用いても解析ができるのであれば、表面筋電位測定電極1のデータに由来する画像を十分な数、学習させたニューラルネットワーク7を使えば、解析精度は、さらに上がることを意味する。
実施例は、敢えて自然画像のみで学習されたAlex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7を用いて実験を試みた。
【0056】
図10に示すように、Alex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7は、5つの畳み込み層と2つのプーリング層、2つの正規化層、3つの全結合層から構成される。最終的に全結合層であるfc8から、マウス、コーヒーカップ、鉛筆や犬など1000個のカテゴリーに画像を識別することができる。
【0057】
実施例は、
図7で作成された舌骨上筋群合成画像65と舌骨下筋群合成画像66から、反転処理67と結合処理68を経て、それぞれ作られた2枚の結合処理画像681を作った。
実施例は、fc6から特徴ベクトルを取得する構成とした。Alex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7は、これら2枚の結合処理画像681が入力されると、それぞれ全結合層であるfc6から4096次元の舌骨上筋群特徴ベクトル75と4096次元の舌骨下筋群特徴ベクトル76を出力する。
4096次元の舌骨上筋群特徴ベクトル75と4096次元の舌骨下筋群特徴ベクトル76は、連結され8192次元の全特徴ベクトル77が生成される。
【0058】
前の解析時間区間512は、随意運動が主たる時間区間である。前の解析時間区間512を用いて作られた結合処理画像681から抽出された全特徴ベクトル77は、嚥下時の随意運動がもたらす特徴量を含んでいる。
【0059】
(分析)
分析は、比較対照となる嚥下運動時の全特徴ベクトル77と分析対象となる嚥下運動時の全特徴ベクトル77の違いを調べることでなされる。
違いを調べる分析手法の一例として、比較対照と分析対象の8192次元の全特徴ベクトル77間の類似度を数値化することで行うことができる。
【0060】
実施例に係る嚥下パターン画像の類似度を用いた嚥下機能評価方法は、全特徴ベクトル77を計算し、異なる嚥下条件における全特徴ベクトル77の角度や距離等を計算し、画像の類似度を数値化する。類似度には、コサイン類似度、ユークリッド距離、ハミング距離、マハラノビス距離、マンハッタン距離、ピアソンの相関係数、チェビシェフ距離、ミンコフスキー距離などがある。また、MSE(Mean Square Error)、PSNR(Peak Signal to Noise Ratio)、SSIM(structural similarity index measure)などの画像の類似度の評価法もある。評価工程は、画像の類似度から嚥下機能を評価する指標を作成し、個々人の嚥下機能を評価する工程である。このため、被験者に所定の嚥下条件で数回ずつ計測すれば十分であり、機械学習を用いることなく、嚥下予備能の変化を定量的にかつ日常的に把握できる安全で簡便な嚥下機能価方法とすることができる。
【0061】
(第2の次元削減法)
特徴量が多すぎると精度が悪くなることがある。そこで、第2の次元削減法を用いて、全特徴ベクトル77の次元数を削減し、類似度を数値化することは好ましい態様である。
実施例は、第2の次元削減法としてカーネル主成分分析(KPCA)を採用した。実施例で採用されたカーネル主成分分析(KPCA)は、8192次元の全特徴ベクトル77を線形分離可能な高次元空間に写像した後、その空間で主成分分析を行い、取り扱い容易な3次元の特徴ベクトルに次元圧縮する。カーネル主成分分析(KPCA)は、主成分分析(PCA)と異なり、非線形の特徴量を扱うことが可能である。
【0062】
実施例の比較対照と分析対象の全特徴ベクトル77は、第2の次元削減法であるカーネル主成分分析(KPCA)により、3次元に次元圧縮された次元圧縮特徴ベクトルに変換される。そして、比較対照と分析対象の次元圧縮特徴ベクトル間の正規化ユークリッド距離が計算され、類似度として扱われた。
なお、カーネル主成分分析(KPCA)は、類似度を計算する本発明の一例に過ぎない。分析目的により、適する類似度があり、研究者は適した類似度を選択することができる。
【0063】
第2の次元削減法も、第1の次元削減法と同様に、解析目的に沿い、様々な次元削減法を選択できる。第1の次元削減法も第2の次元削減法も、PCA: principal component analysis, FA: factor analysis, ICA: indepent component analysis, NMF: nonnegative matrix factorization, ICAPCA: ICA applied to the subspace defined by PCA, pICA: probabilistic ICA with nonnegativity constraintsなど様々であり得る。
さらに、本発明に含まれる次元削減法には、オートエンコーダ等の人工ニューラルネットワークなどを用いて次元圧縮する方法も含まれる。
【0064】
(実験)
図11は、実施例の実験の概要を示す説明図である。
発明者は、嚥下時の疲労を前述の全特徴ベクトル77から調べる実験を行った。
疲労は、嚥下時の舌による食塊の送り込みに着目した。嚥下時において舌を口蓋に押し付ける力は、食塊を効率的かつ安全に咽頭へと送り込むうえで重要な要素である。以下で行われる疲労タスクは、人為的に舌を疲労させるタスクである。実験は、後述する舌圧測定装置を用いて疲労タスクを行った。
【0065】
(比較対照)
被験者は、冷水10mlを意識してできるだけ強く飲み込むように指示される。
以下、この「できるだけ強く飲み込む行為」は、努力嚥下(Effortful swallowing)と呼ばれる。
努力嚥下は、試料である冷水10mlが口腔底に注入されることで開始される。そして、被験者は、安静3秒間の後、2秒以内で嚥下するよう指示される。
比較対照は、この努力嚥下の際の舌骨上筋群表面筋電位時系列データ211と舌骨下筋群表面筋電位時系列データ212である。
【0066】
(データの正規化)
被験者によって全特徴ベクトル77が異なるため、発明者は実施例において、次のような正規化を行なった。本測定前に、被験者は、基準となる嚥下動作(実施例では、1mlの冷水を普段通り嚥下)を行う。そして、その際の筋活動から抽出された全特徴ベクトル77の大きさ(ノルム)が1になるように、個人ごとに評価対象の全特徴ベクトル77の正規化を行う。
正規化は、前頸部のサイズが異なる被験者や、電極位置に対する筋の相対位置関係が異なる被験者に対しても、比較を可能にする。
【0067】
(舌圧測定装置)
舌圧測定装置(株式会社ジェイ・エム・エス TPM-01)は、口腔に挿入したバルーンを舌で押圧した時の圧力を測定する装置である。実施例は、舌圧測定装置を舌圧測定に使うと共に、舌を疲労させる疲労タスクにも使用した。
【0068】
(最大舌圧の測定)
最大舌圧は、個人ごとに異なるため、被験者は、舌圧測定装置を用いてバルーンを舌で口蓋に力の限り押し付ける動作を3回行い、そのうちの最大値を最大舌圧とした。
たとえば、1回目39.8kPa、2回目40.5kPa、3回目39.1kPaであれば、最大舌圧は、2回目に計測された40.5kPaとなる。
【0069】
(疲労タスク)
疲労タスクは、30秒間指示された舌圧を維持するタスクである。疲労タスクで被験者に指示される舌圧は、被験者の最大舌圧の6割の圧力である。
上記例の場合、40.5kPa×0.6=24.3kPa
被験者は、研究者からその舌圧24.3kPaを30秒間維持するように指示を受ける。疲労タスクは、被験者がバルーンを舌で押しながら、舌圧測定装置が出力する舌圧が24.3kPaとなるよう30秒間努力することで行われた。
【0070】
その後、被験者は、疲労タスクを行った後に冷水10mlを努力嚥下するよう指示される。すなわち、被験者は、疲労タスク直後に試料である冷水10mlが口腔底に注入され、そして、安静3秒間の後、2秒以内で出来る限り強く嚥下する。
その時の舌骨上筋群表面筋電位時系列データ211と舌骨下筋群表面筋電位時系列データ212が取得され、疲労タスク後の嚥下時の実験データとなる。
【0071】
(電位測定と舌骨上筋群合成画像と舌骨下筋群合成画像の作成)
図11に記載のように、測定された舌骨上筋群表面筋電位時系列データ211と舌骨下筋群表面筋電位時系列データ212は、前処理部55の前述の処理を経てRMS画像61、1次CC画像62、2次CC画像63と3次CC画像64が作られ、それらを連結し舌骨上筋群合成画像65と舌骨下筋群合成画像66が作られた。比較対照となる平時の嚥下時の舌骨上筋群合成画像65と舌骨下筋群合成画像66と疲労タスク後の嚥下時の舌骨上筋群合成画像65と舌骨下筋群合成画像66の合計4枚の画像が作られる。
【0072】
(タイミング決定部)
タイミング決定部3の詳細については、
図11に図示しないが、前述したように、タイミング決定部3は、第1の次元削減法である非負値行列因子分解(NMF)を用いて、分割時間51を導き出す。比較対象となる疲労タスク前の努力嚥下と実験の疲労タスク後の努力嚥下は、異なる嚥下運動である。タイミング決定部3は、それぞれの努力嚥下に対して、非負値行列因子分解(NMF)が行われ、分割時間51を導き出す。
【0073】
(解析時間区間の決定)
図示していないが、発明者は、形状的特徴発生時間42を選択するのに、選択部4を使い、第1のタイミング決定平面321と第2のタイミング決定平面322のピーク411を迎える時間を比較し、第1のタイミング決定平面321のピーク411を最も早いピーク時間421として選択することができる。
そして、最も早いピーク時間421は解析時間区間を分割する分割時間51として使われた。
前述したように、嚥下開始から最も早いピーク時間421に至るまでの時間区間は、随意運動が主たる区間であることが知られている。そこで実験は、随意運動を解析するのに適した解析時間区間として前の解析時間区間512を解析対象とした。
【0074】
(反転処理・結合処理)
図11に記載のように、舌骨上筋群合成画像65と舌骨下筋群合成画像66は、反転処理67と結合処理68が行われた。当該処理により、分割時間51を横軸の中心とする左右対称の結合処理画像681が作られた。
【0075】
結合処理画像681は、Alex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7で比較対照と分析対象それぞれの全特徴ベクトル77が計算される。
【0076】
(疲労の検出)
疲労の検出は、疲労タスク前の比較対照の全特徴ベクトル77(8192次元)と疲労タスク後の分析対象の全特徴ベクトル77(8192次元)を比較することで可能となる。
【0077】
(第2の次元削減法)
実施例は、第2の次元削減法として、カーネル主成分分析(KPCA)を採用した。
8192次元の全特徴ベクトル77は、カーネル主成分分析(KPCA)により、取り扱い容易な3次元に圧縮された次元圧縮全特徴ベクトルに変換された。
【0078】
(距離測定部)
図12は距離測定部8で測定されるユークリッド距離の説明図である。
距離測定部8は、疲労タスク前の嚥下次元圧縮全特徴ベクトル781と疲労タスク後の嚥下次元圧縮全特徴ベクトル782のユークリッド距離を計算し、類似度を求める。
疲労を調べる本実験では、類似度が低いときは、すなわち、距離が大きいときは、随意運動に疲労の影響が現れていると解釈される。逆に、類似度が高いとき、すなわち、距離が小さいときは、随意運動に疲労の影響が現れていないと解釈される。
【0079】
(実験の結果)
図13は、疲労タスクを行う実験を、摂食嚥下障害の既往歴のない若年男性12名の若年群と高齢男性11名の高齢者群で行い、正規化されたユークリッド距離を求めた実験結果である。
なお、本実験は、岩手大学人を対象とする医学系研究倫理審査委員会の承認(第202016号)を得て実施した。
【0080】
(統計処理)
若年者群と高齢者群の結果を比較するために、t検定(有意性;* P < 0.05)が用いられた。
【0081】
その結果、若年者群と高齢者群との間に有意な差が認められた。前述したように、若年者群に比べ、高齢者群は疲労タスクの影響を受けやすいことが判明した。
本実験で使用したニューラルネットワーク7は、表面筋電位測定電極1のデータに由来する画像を学習に用いていないAlex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7である。表面筋電位測定電極1のデータに由来する画像を学習に用いたAlex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7を使えば、より詳細な分析結果が得られることは明白である。
【0082】
実験データは示さないが、不随意運動(嚥下反射)が主となる後の解析時間区間513が解析された。疲労タスクの行う前と後の解析結果の距離が類似度として計測された。若年者群と高齢者群の類似度の差は小さく、有意な差はなかった。
舌に疲労を与える疲労タスクが、不随意運動(嚥下反射)に影響を与えていないと解釈することは早計である。実験は、自然画像のみで学習されたAlex Net型の畳み込みニューラルネットワーク7を用いて実験がなされたことに留意する必要がある。ニューラルネットワーク7は、嚥下運動時の電位画像を用いて学習がなされれば、より高精度の全特徴ベクトル77を出力できることは明らかである。
不随意運動(嚥下反射)に関する研究は、ニューラルネットワーク7の精度の向上をまって進められるであろう。
【0083】
(他の嚥下運動に関する応用例)
後の解析時間区間513は、不随意運動(反射嚥下)が主たる区間であることが判明している。不随意運動(反射嚥下)の機能の低下は、誤嚥や窒息のリスクを高める。通常の食事で不随意運動(反射嚥下)の機能の低下が検出された場合、介護者は、嚥下しやすい嚥下食に変更する必要がある。不随意運動(反射嚥下)が主たる後の解析時間区間513を分析することは、嚥下しやすい嚥下食に変更するタイミングを知るのに役立つ。
また、高齢者の食事前、食事の中間、食事後の全特徴ベクトル77を比較することで、高齢者がどのように疲労を蓄積して行くのかを解析することもできる。
【0084】
(嚥下運動以外の運動に関する応用例)
上述したように、嚥下運動は非常に多数の筋肉から成る筋肉群が関与し、また、随意運動と不随意運動(反射嚥下)の混在した運動である。複雑な嚥下運動の解析ができるということは、他の運動、例えば、腕の動きや、心筋の動き等、様々な運動の解析にも応用できる。
【0085】
以上、本発明に係る実施例や変形例を、図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成は、これらの実施例や変形例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があっても本発明に含まれる。
また、前述の実施例や変形例は、その目的および構成等に特に矛盾や問題がない限り、互いの技術を流用して組み合わせることが可能である。