(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025031015
(43)【公開日】2025-03-07
(54)【発明の名称】サツマイモ基腐病低減に関与する糸状菌
(51)【国際特許分類】
A01N 63/30 20200101AFI20250228BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20250228BHJP
【FI】
A01N63/30
A01P3/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023136947
(22)【出願日】2023-08-25
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 恵利華
(72)【発明者】
【氏名】染谷 信孝
(72)【発明者】
【氏名】吉田 重信
(72)【発明者】
【氏名】野口 雅子
(72)【発明者】
【氏名】関口 博之
(72)【発明者】
【氏名】野見山 孝司
(72)【発明者】
【氏名】越智 直
(72)【発明者】
【氏名】橋本 秀一
(72)【発明者】
【氏名】島 武男
【テーマコード(参考)】
4H011
【Fターム(参考)】
4H011AA03
4H011BB21
4H011DA11
4H011DD04
(57)【要約】
【課題】 サツマイモ基腐病に対する生物的防除手段を提供する。
【解決手段】 糸状菌を有効成分として含有するサツマイモ基腐病の防除剤であって、前記糸状菌がフミコラ(Humicola)属又はアクロフィアロフォラ(Acrophialophora)属に属し、サツマイモ基腐病菌の生育抑制効果を有する糸状菌であることを特徴とするサツマイモ基腐病の防除剤。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
糸状菌を有効成分として含有するサツマイモ基腐病の防除剤であって、前記糸状菌がフミコラ(Humicola)属又はアクロフィアロフォラ(Acrophialophora)属に属し、サツマイモ基腐病菌の生育抑制効果を有する糸状菌であることを特徴とするサツマイモ基腐病の防除剤。
【請求項2】
糸状菌が、フミコラ(Humicola) sp. 1-2株(受領番号:NITE AP-03947)、フミコラ(Humicola) sp. 3-18株(受領番号:NITE AP-03949)、又はアクロフィアロフォラ(Acrophialophora) sp. 1-4株(受領番号:NITE AP-03948)であることを特徴とする請求項1に記載のサツマイモ基腐病の防除剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のサツマイモ基腐病の防除剤を、植物又はその植物の栽培土壌に施用する工程を含むことを特徴とするサツマイモ基腐病の防除方法。
【請求項4】
植物が、ヒルガオ科の植物であることを特徴とする請求項3に記載のサツマイモ基腐病の防除方法。
【請求項5】
植物が、サツマイモであることを特徴とする請求項3に記載のサツマイモ基腐病の防除方法。
【請求項6】
フミコラ(Humicola) sp. 1-2株(受領番号:NITE AP-03947)、フミコラ(Humicola) sp. 3-18株(受領番号:NITE AP-03949)、又はアクロフィアロフォラ(Acrophialophora) sp. 1-4株(受領番号:NITE AP-03948)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サツマイモ基腐病の防除剤、これを用いたサツマイモ基腐病の防除方法、並びにこれらの防除剤及び防除方法に用いられる菌株に関する。
【背景技術】
【0002】
サツマイモ基腐病は、糸状菌であるサツマイモ基腐病菌(Diaporthe destruens)によって引き起こされる土壌伝染性病害である。罹病したサツマイモは最初に茎の地際基部に黒褐色の病斑が認められ、その後、病徴は地上部及び地下部に進展して生育に悪影響を及ぼし、生育不良となる。症状がひどい場合には、植物体は枯死し、サツマイモは収穫不可となる。本病は2018年に沖縄県、鹿児島県で国内の初発生が認められ、現在では国内のサツマイモの主要産地を含むほぼ全ての産地で発生が確認されており、特に南九州・沖縄で深刻な被害を及ぼしている。本病の防除策として、抵抗性品種の利用、圃場の排水対策、薬剤利用(2023年3月現在農薬登録されている茎葉散布剤:4剤)などが提案されている。しかし、土壌伝染による発病は長期間続き防除は困難となるため、土壌伝染に対する防除法の確立が必要である。
【0003】
従来技術の土壌くん蒸剤による土壌病害の防除法では、作業者の健康や周辺環境への影響が懸念されており、その使用低減を図る必要がある。さらに、近年の農業従事者の減少及び高齢化に伴い、病害防除の省力化・低コスト化を進める必要があるが、従来技術の防除法は労力やコストの負担が大きいことが問題となっている。このため、土壌くん蒸剤等を用いた化学的防除法以外の方法の開発が必要である。
【0004】
発病抑制効果を示す微生物等を用いた生物的防除技術は、化学的防除法の代替技術の一つとして期待が大きい。生物的防除技術は以前から数多く知られており、例えば、Humicola sp. JS-0112株が抗真菌活性を有するモノルデンによってイネいもち病、イネ紋枯病、コムギ葉サビ病などの植物病原性真菌を抑制すること(非特許文献1)やAcrophialophora jodhpurensis Msh5株がトマト早期枯病菌(Alternaria alternata)を抑制すること(非特許文献2)が報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Nguyen HTT et al. (2020) The Hsp90 inhibitor, Monorden, is a promising lead compound for the development of novel fungicides. Front. Plant Sci. 11, 371. doi: 10.3389/fpls.2020.00371
【非特許文献2】Daroodi Z et al (2014) Endophytic fungus Acrophialophora jodhpurensis induced resistance against tomato early blight via interplay of reactive oxygen species, iron and antioxidants. Physiolog Mol Plant Patholog. 115, 101681. doi:10.1016/j.pmpp.2021.101681
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の通り、微生物を利用して植物病害を防除する方法は以前から知られていたが、サツマイモ基腐病に対して、生物的防除を可能とする微生物は知られていなかった。本発明は、このような背景の下になされたものであり、サツマイモ基腐病に対する生物的防除手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、サツマイモ基腐病の発病程度が低下した土壌から、Humicola属又はAcrophialophora属に属する菌株を分離し、これらの菌株がサツマイモ基腐病菌の生育を抑制することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
上述したように、非特許文献1には、Humicola属に属する菌株がイネいもち病菌などを抑制することが記載されており、非特許文献2には、Acrophialophora属に属する菌株がトマト早期枯病菌を抑制することが記載されている。しかし、サツマイモ基腐病菌が子嚢菌類であるのに対し、イネいもち病菌やトマト早期枯病菌は不完全菌類であり、両者は分類学的に大きく異なる微生物である。また、サツマイモ基腐病がヒルガオ科の植物の病害であるのに対し、イネいもち病はイネ科の植物の病害であり、トマト早期枯病はナス科の植物の病害であり、対象とする作物も大きく異なる。これらのことから、Humicola属又はAcrophialophora属に属する菌株がサツマイモ基腐病菌の生育を抑制できるとは、当業者には予測できなかった。
【0009】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものである。即ち、本発明は、以下の(1)~(6)を提供するものである。
【0010】
(1)糸状菌を有効成分として含有するサツマイモ基腐病の防除剤であって、前記糸状菌がフミコラ(Humicola)属又はアクロフィアロフォラ(Acrophialophora)属に属し、サツマイモ基腐病菌の生育抑制効果を有する糸状菌であることを特徴とするサツマイモ基腐病の防除剤。
【0011】
(2)糸状菌が、フミコラ(Humicola) sp. 1-2株(受領番号:NITE AP-03947)、フミコラ(Humicola) sp. 3-18株(受領番号:NITE AP-03949)、又はアクロフィアロフォラ(Acrophialophora) sp. 1-4株(受領番号:NITE AP-03948)であることを特徴とする(1)に記載のサツマイモ基腐病の防除剤。
【0012】
(3)(1)又は(2)に記載のサツマイモ基腐病の防除剤を、植物又はその植物の栽培土壌に施用する工程を含むことを特徴とするサツマイモ基腐病の防除方法。
【0013】
(4)植物が、ヒルガオ科の植物であることを特徴とする(3)に記載のサツマイモ基腐病の防除方法。
【0014】
(5)植物が、サツマイモであることを特徴とする(3)に記載のサツマイモ基腐病の防除方法。
【0015】
(6)フミコラ(Humicola) sp. 1-2株(受領番号:NITE AP-03947)、フミコラ(Humicola) sp. 3-18株(受領番号:NITE AP-03949)、又はアクロフィアロフォラ(Acrophialophora) sp. 1-4株(受領番号:NITE AP-03948)。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、サツマイモ基腐病の新規な防除剤を提供する。本発明の防除剤は、生物学的にサツマイモ基腐病を防除するので、従来の化学的防除剤が有していた安全性や労力やコストなどの問題を解消するものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】サツマイモ栽培期間中の基腐病発病株率の経時変化を示す図。
【
図2】PCR-DGGEによる糸状菌群集構造解析によるバンドパターンを示す図(2022年6月定植時、処理×3区、DNA抽出:3連)。
【
図3】次世代シークエンスによるアンプリコン解析の結果を示す図(2021年度)。
【
図4】土壌消毒+堆肥区から分離したChaetomiaceae科のrRNA遺伝子(ITS)シーケンス結果に基づいた系統樹。
【
図5】PCR-DGGEよる土壌消毒+堆肥5t区のバンドパターンと分離株のバンド位置を示す図。
【
図6】Humicola sp. 3-18株位置のバンド強度と発病株数を示す図(2022年度)。
【
図7】分離株の基腐病菌に対する生育抑制効果を示す図。
【
図8】基腐病菌人工汚染土を用いたポット試験による分離株のサツマイモ基腐病抑制能評価の結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のサツマイモ基腐病の防除剤は、Humicola属又はAcrophialophora属に属し、サツマイモ基腐病菌の生育抑制効果を有する糸状菌を有効成分として含有することを特徴とするものである。
【0019】
使用する糸状菌としては、Humicola sp. 1-2株、Humicola sp. 3-18株、Acrophialophora sp. 1-4株を挙げることができる。これらの菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されている。寄託に関する詳細な情報は以下の通りである。
【0020】
(1)Humicola sp. 1-2株
(1-1)寄託機関の名称及び住所
名称:独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター
住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8郵便番号292-0818
(1-2)受領日:令和5年(2023年)7月19日
(1-3)受領番号:NITE AP-03947
(1-4)識別の表示:1-2
【0021】
(2)Humicola sp. 3-18株
(2-1)寄託機関の名称及び住所
名称:独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター
住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8郵便番号292-0818
(2-2) 受領日:令和5年(2023年)7月19日
(2-3)受領番号:NITE AP-03949
(2-4)識別の表示:3-18
【0022】
(3)Acrophialophora sp. 1-4株
(3-1)寄託機関の名称及び住所
名称:独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター
住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8郵便番号292-0818
(3-2) 受領日:令和5年(2023年)7月19日
(2-3)受領番号:NITE AP-03948
(3-4)識別の表示:1-4
【0023】
糸状菌は、上記菌株以外であっても、Humicola属又はAcrophialophora属に属し、サツマイモ基腐病菌の生育抑制効果を有する糸状菌であれば使用できる。このような糸状菌は、後述する実施例に記載したように、土壌消毒と堆肥施用によりサツマイモ基腐病の発生を低減させた土壌から分離することができる。例えば、1)土壌消毒と堆肥施用によりサツマイモ基腐病の発生を低減させた土壌を作製すること、2)前記土壌から微生物を分離すること、3)rRNA遺伝子を指標として、前記微生物の中からHumicola属又はAcrophialophora属に属する糸状菌を選択すること、4)選択した前記糸状菌をサツマイモ基腐病菌と対峙培養し、サツマイモ基腐病菌の生育抑制効果を有する糸状菌を選択すること、によって本発明に使用可能な糸状菌を得ることができる。
【0024】
本発明に使用する糸状菌の培養方法は特に限定されず、Humicola属又はAcrophialophora属の糸状菌に一般的に適用されている方法によって培養することができる。培地としては、例えば、PDA培地を使用することができる。培養温度は、25℃前後(例えば、20~30℃)とすることができる。
【0025】
本発明の防除剤に含まれる糸状菌の含有量は、サツマイモ基腐病の防除可能な範囲であれば特に限定されないが、例えば、104~109cfu/g soilとすることができ、好ましくは、106~107cfu/g soilとすることができる。
【0026】
本発明の防除剤は、上述した糸状菌の培養液又は乾燥物のみを含有するものであってもよいが、他の任意成分と組み合わせて通常の農薬製剤と同様の形態(例えば、粉剤、水和剤、乳剤、液剤、フロアブル剤、塗布剤等の形態)に製剤化されたものであってもよい。組み合わせて使用される任意成分としては、例えば、固体担体、補助剤を挙げることができる。固体担体としては、例えば、ベントナイト、珪藻土、タルク類、パーライト、バーミキュライト、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC)、ビール粕、サトウキビ絞り粕(バカス)、オカラ、フスマ、キチン、米糠、小麦粉等の有機物粉末を挙げることができ、補助剤としては、例えば、ゼラチン、アラビアガム、糖類、ジェランガム等の固着剤や増粘剤を挙げることができる。これらの添加剤は、微生物農薬製剤の分野において、従来公知の添加量で本発明の防除剤に添加することができる。また、以上の添加剤は、単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0027】
また、本発明の防除剤は、有効成分としての糸状菌の他に、必要に応じて、通常使用される他の有効成分、例えば殺虫剤、殺線虫剤、殺ダニ剤、除草剤、殺真菌剤、殺糸状菌剤、抗ウイルス剤、肥料、土壌改良剤(泥炭等)を含んでいてもよく、また、これら糸状菌以外の成分を混合施用するか、又は、混合せずに交互施用もしくは同時施用することも可能である。
【0028】
防除対象とする病害は、サツマイモ基腐病である。サツマイモ基腐病は、サツマイモ基腐病菌(ディアポルテ・デストルエンス、Diaporthe destruens)を原因とする病害であり、主にサツマイモに発生する。
【0029】
防除剤の対象植物は、サツマイモ基腐病菌が感染する可能性がある植物であれば特に限定されない。サツマイモ基腐病菌はヒルガオ科の植物、特にサツマイモ(Ipomoea batatas)に感染するので、好適な対象植物はヒルガオ科の植物であり、より好適な対象植物はサツマイモである。
【0030】
本発明のサツマイモ基腐病の防除方法は、本発明のサツマイモ基腐病の防除剤を、植物又はその植物の栽培土壌に施用する工程を含むことを特徴とするものである。
【0031】
防除剤の施用方法は特に限定されず、対象植物への散布若しくは塗布、対象植物の栽培土壌への接種などを挙げることができる。本発明の防除方法は、土壌伝染の防止を主な目的としているので、前記した施用方法の中では対象植物の栽培土壌への接種が好ましい。防除剤の土壌への接種は、対象植物の栽培土壌に対して直接行ってもよいが、ふすまなどの栄養材を加えた土壌に防除剤を接種し、土壌中の糸状菌を増殖させた後、その土壌を対象植物の栽培土壌に混合してもよい。
【0032】
本発明の防除剤の施用量は、サツマイモ基腐病の防除可能な範囲であれば特に限定されないが、例えば、1~7t/10aとすることができ、好ましくは、3~5t/10aとすることができる。
【実施例0033】
以下に、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0034】
〔実験方法〕
サツマイモ栽培とサツマイモ基腐病調査
鹿児島県鹿屋市内のサツマイモ圃場において、土壌消毒処理と堆肥施用の組み合わせによるサツマイモ基腐病防除効果試験を2021年及び2022年に行った。
2021年は、土壌消毒剤としてダゾメットを散布した土壌消毒区、牛糞完熟堆肥を2t/10a施用した堆肥区、ダゾメット散布後に牛糞堆肥を2t/10aもしくは7t/10a施用した土壌消毒+堆肥2t区、土壌消毒+堆肥7t区の計4処理区を設定し、圃場内に各処理区を3反復設けた。各土壌処理区へのダゾメット(30kg/10a)の散布は2021年4月19日に行い、散布後はスプリンクラーで散水後ビニール被覆し、10日後に被覆ビニールをはいだ。堆肥の施用は、2021年5月10日に牛糞完熟堆肥を堆肥区及び土壌消毒+堆肥2t、7t区に施用した。サツマイモ(品種:コガネセンガン)苗の定植は2021年6月18日に行い、各処理区あたり72株定植し、2021年11月8日に収穫した。
【0035】
2022年は、ダゾメットを散布した土壌消毒区、牛糞完熟堆肥を2t/10a施用した堆肥区、ダゾメット散布後に牛糞堆肥を2t/10aもしくは5t/10a施用した土壌消毒+堆肥2t区、土壌消毒+堆肥5t区及び無処理区の計5処理区を設けた。ダゾメットの散布は2022年4月18日に2021年と同様に行った。牛糞完熟堆肥の堆肥区及び土壌消毒+堆肥2t、7t区への施用は2022年5月18日に行った。サツマイモ苗(品種:コガネセンガン)の定植は2022年6月18日に2021年と同様に行い、2022年11月7日に収穫した。
【0036】
サツマイモ定植後のサツマイモ基腐病の発生調査は、サツマイモ基腐病の初発が確認されてから7日間隔でサツマイモ株の各基部を観察し、サツマイモ基腐病の発生した発病株数を計数した。2021年は収穫時まで、2022年は定植後100日以上経過しかつ無処理区での発病率が50%を超えた2022年10月11日まで上記の調査を実施した。
【0037】
DNA抽出及び糸状菌群集構造解析(PCR-DGGE、次世代シークエンス)
供試した土壌は、2021年及び2022年の定植時に各処理区から5点法によって土壌を採取した。採取した土壌は冷蔵で保存し、2mmの篩にかけ、Fast DNA SPIN Kit for Soil(MP Biomedicals社製, CA, USA)を用い、森本・星野(2008)に従い、土壌0.4gから3連で抽出した。キット付属のリン酸ナトリウムバッファーを添加する際、20%(w/v)スキムミルク溶液80mlを添加した後、破砕装置(Q-BioGene 社 FP シリーズ)を用いて回転速度5.5、30秒で破砕した。破砕後は、製品マニュアルに従いDNA抽出を実施した。抽出したDNAはDNA Clean &Concentrator-25(Zymo Research, CA, USA)で精製し、50μlで溶出した。
【0038】
PCR-DGGEによる群集構造解析は森本・星野(2008)に従い実施した。PCRは糸状菌 18S rRNA 遺伝子(18S rDNA) の V1-2 可変領域を標的としたプライマーセット(NS1:5'-GTA GTC ATA TGC TTG TCT C-3'(配列番号1)、 GCFung:5'-CGC CCG CCG CGC CCC GCG CCC GGC CCG CCG CCC CCG CCC CAT TCC CCG TTA CCC GTT G-3'(配列番号2))を用い、50ml系の反応液として、終濃度 1 × PCR buffer,0.2 mM dNTPs,1 mM MgSO4,0.3 μM 各 プライマー,0.4 μg/μl BSA,1.0 U/50 μl 酵素(KOD-Plus-, TOYOBO 社製)に調整し、鋳型DNA1mlを供試してPCR反応を実施した。反応条件は、94℃-2 分、[94℃-15 秒、50℃-30 秒、68℃-30 秒]× 30 サイクルとした。PCR産物はQIAquick PCR Purification Kit(Qiagen 社製)で精製し、NanoDrop One分光光度計(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて、DNA濃度を測定し、100ng相当をDGGEにアプライした。DGGEは、DCodeシステム (Bio-Rad社製)を用いて、変性剤濃度勾配20 ~ 45%の 7%アクリルアミドゲルで60℃,50 V, 20 時間で泳動した。マーカーとして、DGGE Marker IV(ニッポンジーン社製)とサツマイモ基腐病菌(D. destruens MAFF 246953)をサンプルと共にアプライした。マーカーとして用いたサツマイモ基腐病菌は、サツマイモ葉片培地(関口ら 特願2022-160007)で培養・集菌後、上記の土壌DNAと同じ方法で抽出・精製した。精製したDNAを鋳型DNAとして、上記と同様のPCR反応によって得られたPCR産物(DNA量5ng相当)をマーカーとして供試した。
【0039】
DGGE泳動後、DGGEゲルはSYBR Green I(タカラ バイオ社製)で 30 分間染色後,FUSION Chemiluminescence Imaging System FX7. EDGE (Vilber Bio Imaging社製)でバンドパターンを撮影した。撮影画像は、画像解析ソフト GelCompar II v.5.1(Fingerprint and Gel Analysis Software,Applied Maths 社製)を用いて、各 DGGE バンド の強度を数値化した。また、複数におけるゲル間のバンドパターンやバンド位置などを比較した。
【0040】
次世代シークエンスによるアンプリコン解析は、2021年度土壌のみITS2領域(gITS7-ITS4)をターゲット領域とし、真菌類の種構成について解析した(株式会社生物技研 神奈川県)。
【0041】
土壌からの糸状菌の分離及び選抜
2021年に採取した土壌消毒+堆肥7t区の土壌からローズベンガル寒天培地(1LあたりKH2PO4:1g、MgSO4・7H2O:0.5g、ペプトン:5g、グルコース:10g、ローズベンガル:0.033g、寒天:20g)、Czapek-dox寒天培地(1Lあたりスクロース:30g、NaNO3:3g、MgSO4・7H2O:0.5g、Fe2(SO4)3:0.01g、K2HPO4:1g、寒天:18g)又はmalt extract寒天培地(Difco社製)を用いて127株の糸状菌を分離した。得られた127株のうち形態的特徴からChaetomiaceae科に属すると推定された菌株について、既報(Saito et al. 2006. J.Gen.PlantPathol. 72:348-550)の方法でDNAを抽出し、ITS領域をターゲットとしたPCR(供試プライマー:ITS1:5‘‐TCC GTA GGT GAA CCT GCG G-3’ (配列番号3)、ITS4:5’-TCC TCC GCT TAT TGA TAT GC-3‘(配列番号4))の増幅産物の塩基配列をDNAシーケンサーで解析後、BLASTによる相同性検索を行い、最終的にChaetomiaceae科に属する12菌株を得た。
【0042】
分離菌株のサツマイモ基腐病菌生育抑制効果の評価
上記の方法で土壌より分離した12菌株のChaetomiaceae科のうち3菌株(Humicola sp.1-2株、3-18株、Acrophialophora sp. 1- 4株)を代表菌株として用いて、サツマイモ基腐病菌と対峙培養を行い、サツマイモ基腐病菌生育への影響を検証した。PDA培地(細断したジャガイモ200g/1Lを煮出した煮汁1L あたり、グルコース:20g、寒天:20g)を用いて、対象区として、分離株それぞれのみをプレートの端に接種した分離株区、サツマイモ基腐病菌のみをプレートの端に接種したサツマイモ基腐病菌区及び対峙区としてプレートの端に分離株それぞれを接種し、その対面の端にサツマイモ基腐病菌を接種した対峙区を設け、25℃ 7日間培養した。培養後、各処理区の菌の増殖を確認した。特に対峙区においては、サツマイモ基腐病菌の増殖範囲をサツマイモ基腐病菌区のものと比較し、分離菌株がサツマイモ基腐病菌の生育阻害の有無などの影響を確認した。
【0043】
分離菌株のサツマイモ基腐病発病抑制効果の評価
上記の代表3菌株(Humicola sp. 1-2株、3-18株、Acrophialophora sp. 1-4株)それぞれを、土壌とふすまを4:1(w/w)で混和して作製した土ふすま培地に接種し25℃で1か月間培養してふすま培養物を得た。対照は未培養の土ふすま培地とした。各菌株のふすま培養物及び対照を市販の園芸培土に10%(w/w)混和後、サツマイモ基腐病菌F3-MZ株の胞子懸濁液を培土1g当たり105個胞子となるように接種・混和し、9cmポットに充填した。各ポットにサツマイモ(品種ベニアズマ)の一節苗を7本/ポットで挿苗した。各ポット苗は温室(27-29℃)で25日間栽培後、サツマイモ基腐病の発病苗の発生割合を調査して各菌株の処理による発病抑制効果を評価した。試験は3反復で行った。
【0044】
〔実験結果〕
サツマイモ基腐病発病株率の経時変化
サツマイモ栽培期間中のサツマイモ基腐病発病株率の経時変化を
図1に示す。
図1に示すように、土壌消毒+堆肥区では、他の区(堆肥区、土壌消毒区)に比べ、サツマイモ基腐病の発生が低かった。
【0045】
PCR-DGGEによる糸状菌群集構造解析
PCR-DGGEによる糸状菌群集構造解析によるバンドパターンを
図2に示す。PCR-DGGEとは、環境等(土壌、水、植物など)から抽出したDNAをPCR増幅し、アクリルアミドゲルなどで電気泳動する方法であり、各DNAは塩基配列の違いにより分離される。理論上、バンド1本が1生物種を示し、バンド位置が同じであることは同じ生物種であることを示し、バンドパターンの違いはサンプル間の生物叢の違いを示し、バンドの濃淡はDNA量の違いを示す。
図2に示すように、土壌管理ごとに糸状菌群集構造は異なっていた。土壌消毒+堆肥区に優占的かつ特徴的なバンド(
図2中の矢印)を確認した。これは、土壌消毒+堆肥区において特徴的かつ優占的な糸状菌が存在している可能性を示唆する。
【0046】
次世代シークエンスによるアンプリコン解析
2021年に採取した土壌に対し、次世代シーケンスによるアンプリコン解析を行った(
図3)。また、rRNA遺伝子(ITS)シーケンス結果に基づき、土壌消毒+堆肥区から分離したChaetomiaceae科の糸状菌の系統樹を作成した(
図4)。
図3に示すように、土壌消毒+堆肥区では、Ascobolus属、Chaetomiaceae科、Mortierellales目が優占化していた。Chaetomiaceae科の3株(Humicola sp. 1-2株、3-18株、Acrophialophora sp. 1-4株)を土壌から分離した。
【0047】
土壌消毒+堆肥区のバンドパターンと分離株のバンドの対比
PCR-DGGEよる土壌消毒+堆肥5t区のバンドパターンと分離株(1-2株、3-18株、1-4株)のバンド位置を
図5に示す。矢印で示すバンドは土壌消毒+堆肥区に特徴的なバンドである。
図5に示すように、土壌消毒+堆肥区の土壌から分離した3株のうちHumicola sp.1-2株と3-18株のバンドが土壌消毒+堆肥区に特徴的なバンドと同位置であった。このことから、これら2株は土壌消毒+堆肥区に特徴的糸状菌であると考えられる。
【0048】
Humicola sp.3-18株位置のバンド強度(理論上DNA量を示す。)と発病株数(2022年度)との関係を
図6に示す。また、Humicola sp.1-2株と3-18株位置のバンド強度と発病株数に係る相関係数を表1に示す。
【表1】
【0049】
図6及び表1に示すように、2021年度被害株数とHumicola1-2株バンド強度、2022年度被害株数と3-18株バンド強度に負の相関があった。このことは、Humicola sp.1-2株又は3-18株が多く存在するとサツマイモ基腐病の発病が抑制される可能性があることを示唆する。
【0050】
分離株のサツマイモ基腐病菌への影響
分離株とサツマイモ基腐病菌との対峙培養を行い、分離株のサツマイモ基腐病菌に対する生育抑制効果を調べた(
図7)。また、サツマイモ基腐病菌人工汚染土を用いたポット試験により、分離株のサツマイモ基腐病に対する発病抑制能を評価した(
図8)。
図7に示すように、分離した3株すべてがサツマイモ基腐病菌の生育を抑制し、また、
図8に示すように、分離した3株すべてがサツマイモ基腐病の発病を抑制した。これらの結果は、分離株が基腐菌の生育やその被害を抑制する可能性があることを示唆する。