(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025003144
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】構造色部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 28/00 20060101AFI20241226BHJP
B32B 7/023 20190101ALI20241226BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20241226BHJP
C25D 11/26 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
C23C28/00 C
B32B7/023
B32B9/00 A
C25D11/26 302
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023103649
(22)【出願日】2023-06-23
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】菊地 竜也
(72)【発明者】
【氏名】芦澤 来虹
(72)【発明者】
【氏名】中島 大希
【テーマコード(参考)】
4F100
4K044
【Fターム(参考)】
4F100AA17B
4F100AA17C
4F100AA19B
4F100AA21B
4F100AA21C
4F100AB01D
4F100AB10A
4F100AB12D
4F100AB31A
4F100AT00A
4F100BA03
4F100BA04
4F100BA07
4F100DJ00B
4F100EH66D
4F100EJ12B
4F100GB07
4F100GB41
4F100JL10B
4K044AA01
4K044AB02
4K044BA02
4K044BA12
4K044BB03
4K044BB04
4K044BC09
4K044CA13
4K044CA16
4K044CA17
(57)【要約】
【課題】構造色を有し、耐久性に優れた構造色部材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】構造色部材1は、基材2と、金属酸化物からなり、基材2を被覆する酸化物皮膜3と、を有する。酸化物皮膜3は、複数の気孔311を含み、基材2上に配置された多孔質層31と、気孔311を含まず、多孔質層31に積層された緻密層32と、を有する。酸化物皮膜3の厚みが、150nm以上1000nm以下かつ酸化物皮膜3の厚みの平均値に対して0.75倍以上1.25倍以下の範囲内である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
金属酸化物からなり、前記基材を被覆する酸化物皮膜と、を有し、
前記酸化物皮膜が、複数の気孔を含み、前記基材上に配置された多孔質層と、
気孔を含まず、前記多孔質層に積層された緻密層と、を有し、
前記酸化物皮膜の厚みが、150nm以上1000nm以下かつ前記酸化物皮膜の厚みの平均値に対して0.75倍以上1.25倍以下の範囲内である、構造色部材。
【請求項2】
前記多孔質層に含まれる気孔の最長径が75nm以下である、請求項1に記載の構造色部材。
【請求項3】
前記多孔質層及び前記緻密層を構成する前記金属酸化物がチタン酸化物である、請求項1に記載の構造色部材。
【請求項4】
前記構造色部材は、金属からなり、前記基材と前記多孔質層との間に介在する金属層を有している、請求項1に記載の構造色部材。
【請求項5】
前記金属層がチタンの結晶粒から構成されており、前記結晶粒の最長径の平均値が10nm以上50nm以下である、請求項4に記載の構造色部材。
【請求項6】
前記基材がアルミニウムまたはアルミニウム合金から構成されている、請求項1に記載の構造色部材。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の構造色部材の製造方法であって、
スパッタリングにより前記基材上に金属膜を形成し、
その後、前記金属膜に、最大電圧が80V以上200V以下となる条件で陽極酸化処理を行うことにより前記基材上に前記酸化物皮膜を形成する、構造色部材の製造方法。
【請求項8】
前記金属膜がチタンの結晶粒から構成されており、前記結晶粒の最長径の平均値が10nm以上50nm以下である、請求項7に記載の構造色部材の製造方法。
【請求項9】
前記陽極酸化処理においてリン酸イオンを含む電解液を用いる、請求項7に記載の構造色部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造色部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有彩色の色調が付与された彩色部材は、建築材料や輸送機の外装材、電子機器の筐体などの種々の分野において意匠性を高めるために用いられている。部材の表面に有彩色の色調を付与する際には、塗料が用いられることが多い。しかし、塗料には、紫外線の照射等の種々の原因によって劣化しやすい有機物が含まれている。そのため、塗料によって有彩色の色調が付与された彩色部材は、使用中に塗膜の剥離や褪色、劣化が生じやすいという問題がある。
【0003】
これに対し、光の干渉を利用することにより、塗料を用いずに部材の表面に有彩色の色調を付与する技術が提案されている。例えば特許文献1には、干渉色を有する酸化皮膜が形成されたチタン系材料の表面に透明被覆層を被覆してなるチタン系材料であって、前記酸化皮膜の厚さが150~600nmであることを特徴とする表面に被覆層を有するチタン系材料が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、建築物や輸送機、電子機器等の意匠性をより高めるため、構造色を利用し、部材の表面を見る角度に応じて異なる色調に発色させることが望まれている。
【0006】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、構造色を有し、耐久性に優れた構造色部材及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、基材と、
金属酸化物からなり、前記基材を被覆する酸化物皮膜と、を有し、
前記酸化物皮膜が、複数の気孔を含み、前記基材上に配置された多孔質層と、
気孔を含まず、前記多孔質層に積層された緻密層と、を有し、
前記酸化物皮膜の厚みが、150nm以上1000nm以下かつ前記酸化物皮膜の厚みの平均値に対して0.75倍以上1.25倍以下の範囲内である、構造色部材にある。
【0008】
本発明の他の態様は、前記の態様の構造色部材の製造方法であって、
スパッタリングにより前記基材上に金属膜を形成し、
その後、前記金属膜に、最大電圧が80V以上200V以下となる条件で陽極酸化処理を行うことにより前記基材上に前記酸化物皮膜を形成する、構造色部材の製造方法にある。
【発明の効果】
【0009】
前記構造色部材における酸化物皮膜は、基材上に配置された多孔質層と、多孔質層上に積層された緻密層と、を有している。また、酸化物皮膜の厚みは前記特定の範囲内である。前記構造色部材は、基材上に前記酸化物皮膜を有することにより、構造色を発現し、構造色部材に対する視線の方向の角度に応じて異なる色調の有彩色を発色することができる。また、前記酸化物皮膜は金属酸化物から構成されているため、長期間にわたって光学的特性を維持することができる。それ故、前記構造色部材は優れた耐久性を有し、長期間にわたって構造色を発現することができる。
【0010】
また、前記構造色部材の製造方法は、基材上にスパッタ法によって金属膜を形成した後、前記特定の条件で金属膜に陽極酸化処理を施すという簡素な方法により前記構造色部材を得ることができる。
【0011】
以上のように、前記の態様によれば、構造色を有し、耐久性に優れた構造色部材及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施例における構造色部材の要部を示す一部断面図である。
【
図2】
図2は、実施例における、基材上に形成された金属膜の拡大写真である。
【
図3】
図3は、実施例における、試験材A1の酸化物皮膜の拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(構造色部材)
前記構造色部材の基材は、樹脂等の有機物から構成されていてもよく、金属やセラミックなどの無機物から構成されていてもよい。基材として用いられる有機物は、例えば、フェノール樹脂やエポキシ樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエステル樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリスチレン樹脂等であってもよい。基材として用いられる無機物は、例えば、鉄、鉄合金、アルミニウム、アルミニウム合金、銅、銅合金、チタン、チタン合金等の金属であってもよく、ガラスや酸化インジウムスズ(ITO)等のセラミックであってもよい。
【0014】
構造色部材の基材は、金属から構成されていることが好ましい。この場合には、構造色部材の耐久性をより高めることができる。また、金属からなる基材は導電性を有しているため、後述する構造色部材の製造過程において金属膜に陽極酸化処理を施す際に、金属膜に印加される電圧の偏りをより低減することができる。その結果、基材上に前記酸化物皮膜をより容易に形成することができる。
【0015】
また、構造色部材の基材は、アルミニウムまたはアルミニウム合金から構成されていることがより好ましい。アルミニウムやアルミニウム合金は、銀白色と呼ばれる、無彩色に近く明度の高い色調を有している。そのため、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材を用いることにより、基材の色調が構造色部材の色調に及ぼす影響をより軽減することができる。その結果、構造色部材が表現可能な色調の範囲をより広くすることができる。
【0016】
構造色部材の基材上には酸化物皮膜が形成されている。酸化物皮膜は、基材の表面全体を被覆していてもよく、表面の一部を被覆していてもよい。また、酸化物皮膜は、基材に積層されていてもよく、酸化物皮膜と基材との間にこれらとは異なる層が設けられていてもよい。
【0017】
酸化物皮膜の種々の位置において厚みを測定した場合における、各測定位置での酸化物皮膜の厚みは、150nm以上1000nm以下、かつ、酸化物皮膜の厚みの平均値に対して0.75倍以上1.25倍以下の範囲内である。前記構造色部材は、酸化物皮膜の厚みを前記特定の範囲内とすることにより、構造色を発現し、構造色部材に対する視線の方向の角度に応じて構造色部材を異なる色調に発色することができる。
【0018】
このような効果が得られる理由としては、例えば以下のような理由が考えられる。酸化物皮膜の厚みを150nm以上1000nm以下の範囲内とすると、多孔質層の厚みを十分に厚くすることができる。多孔質層の厚みが厚くなると、酸化物皮膜に入射した可視光の屈折や反射が多孔質層内において起こりやすくなる。そして、多孔質層内での屈折や反射によって散乱された光が干渉することにより、構造色部材に対する視線の方向の角度に応じて異なる色調の光を酸化物皮膜から出射させることができると考えられる。
【0019】
また、酸化物皮膜の厚みをその平均値に対して0.75倍以上1.25倍以下の範囲内とすることにより、酸化物皮膜の厚みのばらつきを低減し、酸化物皮膜の表面や緻密層と多孔質層との界面、多孔質層とその下の層との界面などの、光が反射し得る界面の凹凸を低減することができる。そして、これらの界面の凹凸を低減することにより、界面における光の乱反射が抑制され、酸化物皮膜内において光が干渉しやすくなると考えられる。
【0020】
従って、前述したように、多孔質層の厚みを十分に厚くすると共に、界面を平滑にすることにより、多孔質層内において反射した光を干渉させ、構造色を発現させることができると考えられる。
【0021】
酸化物皮膜の厚みが150nm未満の場合には、多孔質層の厚みが薄くなりやすいため、構造色を発現させることが難しくなるおそれがある。一方、酸化物皮膜の厚みが1000nmを超える場合には、酸化物皮膜内において可視光の干渉が起こりにくくなるため、構造色部材が有彩色を示さなくなるおそれがある。構造色部材に構造色をより確実に発現させる観点からは、酸化物皮膜の種々の位置において厚みを測定した場合における、各測定位置での酸化物皮膜の厚みは、150nm以上800nm以下であることが好ましく、150nm以上600nm以下であることがより好ましく、150nm以上400nm以下であることがさらに好ましい。
【0022】
また、酸化物皮膜の厚みがその平均値に対して0.75倍未満または1.25倍を超える場合には、酸化物皮膜に入射した可視光が酸化物皮膜の厚みのばらつきによって乱反射しやすくなる。そのため、この場合には、酸化物皮膜内において可視光の干渉が起こりにくくなり、構造色部材が有彩色を示さなくなるおそれがある。構造色部材に構造色をより確実に発現させる観点からは、酸化物皮膜の種々の位置において厚みを測定した場合における、各測定位置での酸化物皮膜の厚みがその平均値に対して0.8倍以上1.2倍以下であることが好ましく、0.9倍以上1.1倍以下であることがより好ましく、0.93倍以上1.07倍以下であることがさらに好ましい。
【0023】
構造色部材における酸化物皮膜の厚みは、透過型電子顕微鏡(つまり、TEM)観察により得られる拡大写真に基づいて計測することができる。
【0024】
酸化物皮膜には、複数の気孔を含む多孔質層と、気孔を含まない緻密層とが含まれている。酸化物皮膜は、多孔質層と緻密層とからなる2層構造を有していてもよく、多孔質層、緻密層及びこれらの層とは異なる層を含む多層構造を有していてもよい。構造色部材に構造色をより確実に発現させる観点からは、酸化物皮膜が多孔質層と緻密層とから構成されていることが好ましい。
【0025】
多孔質層には気孔壁によって区画された複数の気孔が含まれており、気孔壁は金属酸化物から構成されている。多孔質層を構成する金属酸化物の組成等は特に限定されることはないが、構造色部材の製造過程において多孔質層をより確実に形成する観点からは、多孔質層を構成する金属酸化物はチタン酸化物であることが好ましい。
【0026】
多孔質層の厚みは、例えば、酸化物皮膜の厚みの50%以上90%以下であればよい。多孔質層の厚みは、TEM観察により得られる拡大写真に基づいて計測することができる。
【0027】
多孔質層に含まれる気孔の最長径は75nm以下であることが好ましい。この場合には、多孔質層における可視光の散乱がより起こりやすくなり、より確実に構造色部材に構造色を発現させることができる。多孔質層に含まれる気孔の最長径は、TEM観察により得られる拡大写真に基づいて計測することができる。より具体的には、TEM観察により得られる拡大写真において、個々の気孔の輪郭上に、互いの距離が最も大きくなるように2つの点を配置する。この時の2つの点の距離を気孔の最長径とする。
【0028】
緻密層は、多孔質層上に積層されており、金属酸化物から構成されている。また、緻密層には気孔が含まれていない。緻密層を構成する金属酸化物と多孔質層を構成する金属酸化物とは同一であってもよく、互いに異なっていてもよいが、構造色部材をより容易に製造する観点からは、緻密層を構成する金属酸化物と多孔質層を構成する金属酸化物とは同一であることが好ましい。
【0029】
緻密層の厚みは、例えば、酸化物皮膜の厚みの10%以上50%以下であればよい。緻密層の厚みは、TEM観察により得られる拡大写真に基づいて計測することができる。
【0030】
前記構造色部材における酸化物皮膜は、基材に積層されていてもよい。また、酸化物皮膜と基材との間には、酸化物皮膜及び基材とは異なる層が設けられていてもよい。例えば、前記構造色部材は、金属からなり、基材と多孔質層との間に介在する金属層を有していてもよい。この場合には、基材が導電性を有しない場合であっても前記構造色部材の製造過程において金属膜の陽極酸化処理を容易に行い、多孔質層及び緻密層を形成することができる。金属層を構成する金属は特に限定されることはないが、構造色部材をより容易に製造する観点からは、金属層は、多孔質層を構成する金属酸化物に含まれる金属元素と同一の金属元素から構成されていることが好ましい。
【0031】
金属層はチタンの結晶粒から構成されており、前記結晶粒の最長径の平均値が10nm以上50nm以下であることがより好ましい。この場合には、構造色部材の製造過程において多孔質層をより確実に形成することができる。金属層におけるチタンの結晶粒の最長径は、TEM観察により得られる拡大写真に基づいて算出することができる。より具体的には、TEM観察により得られる拡大写真において、チタンの結晶粒の粒界上に、互いの距離が最も大きくなるように2つの点を配置する。この時の2つの点の距離をチタンの結晶粒の最長径とする。
【0032】
(構造色部材の製造方法)
前記構造色部材を作製するに当たっては、まず、スパッタリングにより、基材上に金属膜を形成し、その後、金属膜に、最大電圧が80V以上200V以下となる条件で陽極酸化処理を行うことにより基材上に前記酸化物皮膜を形成すればよい。
【0033】
スパッタリングにより形成される金属膜は、多数の結晶粒からなる多結晶体であり、金属膜中に多数の欠陥が存在している。このような金属膜に陽極酸化処理を施すと、金属膜中の欠陥が起点となって、多数の気孔が酸化物皮膜の内部に形成される。それ故、スパッタリングにより形成された金属膜に陽極酸化処理を施すことにより、多孔質層及び緻密層を含む酸化物皮膜を容易に形成することができる。
【0034】
スパッタリングにおける具体的な方式は特に限定されることはなく、2極法、3極法、4極法、マグネトロン法などの種々の方法を採用することができる。また、スパッタリングターゲットに電圧を印加するための電源は、直流電源であってもよく、高周波電源であってもよい。
【0035】
多孔質層及び緻密層を含む酸化物皮膜をより容易に形成する観点からは、DCマグネトロンスパッタリング法により金属膜を形成することが好ましい。また、同様の観点から、金属膜がチタンの結晶粒から構成されており、前記結晶粒の最長径の平均値が10nm以上50nm以下であることが好ましい。金属膜におけるチタンの結晶粒の最長径は、TEM観察により得られる拡大写真に基づいて算出することができる。より具体的には、TEM観察により得られる拡大写真において、チタンの結晶粒の粒界上に、互いの距離が最も大きくなるように2つの点を配置する。この時の2つの点の距離をチタンの結晶粒の最長径とする。
【0036】
陽極酸化処理に用いる電解液は、弱酸性の電解液であってもよく、弱塩基性の電解液であってもよい。より具体的には、弱酸性の電解液としては、例えば電解質としてリン酸塩、ホウ酸塩及びアジピン酸等を含み、pHが3.5以上7以下である電解液を用いることができる。また、弱塩基性の電解液としては、例えば電解質としてホウ酸塩及びリン酸塩等を含み、pHが7以上8以下の電解液を用いることができる。
【0037】
多孔質層及び緻密層を含む酸化物皮膜をより容易に形成する観点からは、陽極酸化処理においてリン酸イオンを含む電解液を用いることが好ましい。
【0038】
陽極酸化処理においては、最大電圧が80V以上200V以下となる条件で金属膜に電圧を印加する。陽極酸化処理において金属膜に印加する電圧は、直流電圧であってもよく、交流電圧であってもよく、パルス電圧であってもよい。すなわち、陽極酸化処理においては、金属膜に80V以上200V以下の直流電圧を印加して直流電解を行ってもよい。また、陽極酸化処理においては、金属膜にピーク電圧が80V以上200V以下の交流電圧を印加して交流電解を行ってもよい。さらに、陽極酸化処理においては、金属膜にピーク電圧が80V以上200V以下のパルス電圧を印加してパルス電解を行ってもよい。いずれの方式で陽極酸化処理を行う場合であっても、金属膜に印加する電圧の最大値を80V以上200V以下の範囲内とすることにより、多孔質層及び緻密層を含む酸化物皮膜を容易に形成することができる。
【0039】
また、陽極酸化処理における処理時間は、金属膜に印加する電圧や電流密度の大きさ、所望する酸化物皮膜の厚み等に応じて適宜設定すればよい。例えば、陽極酸化処理においては、金属膜の全体が金属酸化物となるような条件で金属膜に陽極酸化処理を行ってもよい。この場合には、基材に酸化物皮膜が積層された構造色部材を得ることができる。また、陽極酸化処理においては、金属膜の一部が金属酸化物となるような条件で金属膜に陽極酸化処理を行うこともできる。この場合には、金属膜における、陽極酸化処理において酸化されなかった部分が金属層となり、基材と、基材に積層された金属層と、金属層に積層された酸化物皮膜とを有する構造色部材を得ることができる。
【実施例0040】
前記構造色部材及びその製造方法の実施例について、
図1~
図3を参照しつつ説明する。本例の構造色部材1は、
図1に示すように、基材2と、基材2を被覆する酸化物皮膜3と、を有している。酸化物皮膜3は、基材2上に配置された多孔質層31と、多孔質層31に積層された緻密層32とを有している。多孔質層31は、金属酸化物から構成されており、複数の気孔311を含んでいる。緻密層32は、金属酸化物から構成されている。また、緻密層32には気孔が含まれていない。酸化物皮膜3の厚みは、150nm以上1000nm以下かつ酸化物皮膜3の厚みの平均値に対して0.75倍以上1.25倍以下の範囲内である。
【0041】
本例の構造色部材は、スパッタリングにより基材上に金属膜を形成し、その後、金属膜に、最大電圧が80V以上200V以下となる条件で陽極酸化処理を行って基材上に酸化物皮膜を形成することにより得られる。以下、構造色部材及びその製造方法のより詳細な構成を説明する。
【0042】
本例の構造色部材における基材は、純度99.99%のアルミニウムから構成された厚み320μmの板材である。なお、表1においては、純度99.99%のアルミニウムを「Al」と記載した。
【0043】
本例の酸化物皮膜は、チタン酸化物から構成されている。また、本例の構造色部材1における基材2と酸化物皮膜3との間には、チタンからなる金属層4が存在している。金属層4は、10nm以上50nm以下の最長径を有するチタンの結晶粒から構成されている。
【0044】
本例の構造色部材を作製するに当たっては、まず、基材に電解研磨を行い、基材の表面を平滑にする。電解研磨に用いる電解液は、例えば、酢酸と過塩素酸とを体積比において酢酸:過塩素酸=78:22の比率で混合してなる混合液である。また、電解研磨における印加電圧は例えば28Vとし、電解液の温度は例えば7℃とし、処理時間は例えば2分間とすればよい。
【0045】
次に、DCマグネトロンスパッタリング法により、電解研磨を行った後の基材上にチタンからなる厚み100nmの金属膜を形成する。スパッタリングターゲットとしては、例えば純度99.99質量%のチタンを用いればよい。また、スパッタリングを行う際のスパッタ電流は例えば150mAとし、雰囲気は例えば圧力5.0×10-3Paのアルゴン雰囲気とすればよい。なお、表1においては、純度99.99%のチタンを「Ti」と記載した。
【0046】
図2に、TEMを用いて金属膜30を観察することにより得られる金属膜30の拡大写真の一例を示す。
図2に示す拡大写真によれば、金属膜30には、最長径が10nmであるチタンの結晶粒33が含まれている。複数の視野において金属膜の拡大写真を取得し、これらの拡大写真に含まれるチタンの結晶粒の最長径の算術平均値を算出した場合、チタンの結晶粒の最長径の平均値は10nm以上50nm以下の範囲内となる。
【0047】
基材上に金属膜を形成した後、金属膜に陽極酸化処理を行う。陽極酸化処理における電解液としては、例えば表1に示すように、濃度0.3モル/Lのリン酸水溶液を用いることができる。陽極酸化処理における電解液の温度は、例えば20℃であってもよい。陽極酸化処理における印加電圧は、例えば表1に示す値を有する直流電圧であってもよい。また、陽極酸化処理における電流密度は、例えば1mA/cm2であってもよい。なお、表1においては、「モル/L」を「M」と省略して記載した。
【0048】
以上により、表1に示す構造色部材(試験材A1~A6)を得ることができる。なお、表1に示す試験材B1~B6は、試験材A1~A6との比較のための試験材である。
【0049】
試験材B1は、純度99.99質量%のチタンからなる基材と、チタン酸化物からなり、基材上に形成された酸化物皮膜とを有している。試験材B1の製造方法は、基材として純度99.99質量%のチタンからなる板材を使用する点、及び基材上に金属膜を形成せずに陽極酸化処理を行う点以外は試験材A1~A6の製造方法と同様である。
【0050】
試験材B2は、合金番号A5182で表される化学成分を有するアルミニウム合金からなる基材と、アルミニウム酸化物からなり、基材上に形成された酸化物皮膜とを有している。試験材B2の製造方法は、基材として合金番号A5182で表される化学成分を有するアルミニウム合金からなる板材を使用する点、基材上に金属膜を形成せずに陽極酸化処理を行う点、陽極酸化処理における電解液として、濃度0.5モル/Lのホウ酸及び濃度0.05モル/Lの四ホウ酸ナトリウムを含む水溶液を用いる点及び陽極酸化処理における電流密度を5mA/cm2に変更する以外は試験材A1~A6の製造方法と同様である。このような条件で形成される試験材B2の酸化物皮膜は、基材を緻密に覆う、いわゆるバリア型の陽極酸化皮膜であり、ポーラス型の陽極酸化皮膜のような気孔を有さない。
【0051】
試験材B3は、純度99.99質量%のアルミニウムからなる基材と、チタンからなり、基材上に形成された金属膜とを有している。試験材B3の製造方法は、基材上に金属膜を形成した後に陽極酸化処理を行わない点以外は試験材A1~A6の製造方法と同様である。
【0052】
試験材B4及び試験材B6は、酸化物皮膜の厚みが異なる以外は、概ね試験材A1~A6と同様の構成を有している。試験材B4及びB6の製造方法は、陽極酸化処理における印加電圧を表1に示すように変更する点以外は試験材A1~A6の製造方法と同様である。
【0053】
試験材B5は、純度99.99質量%のチタンからなる基材から構成されている。また、試験材B5の基材上には陽極酸化処理による酸化物皮膜が形成されていない。
【0054】
表2に、試験材A1~A6及び試験材B1~B6の酸化物皮膜の厚み、気孔の最長径及び色調の評価結果を示す。これらの評価方法は以下の通りである。
【0055】
〔酸化物皮膜の厚み〕
厚み方向における酸化物皮膜の全体が含まれるようにして、試験材からTEM観察用の試料を採取する。TEMを用いて試料を16万倍以上20万倍以下の倍率で観察し、酸化物皮膜の拡大写真を取得する。この拡大写真において、酸化物皮膜の厚み、つまり緻密層の厚みと多孔質層の厚みとの合計が最も厚くなる位置を特定し、この位置における酸化物皮膜の厚みを計測する。このようにして得られる酸化物皮膜の厚みの最大値は表2に示す通りである。
【0056】
また、拡大写真において、酸化物皮膜の厚みが最も薄くなる位置を特定し、この位置における酸化物皮膜の厚みを計測する。このようにして得られる酸化物皮膜の厚みの最小値は表2に示す通りである。
【0057】
さらに、拡大写真上に、酸化物皮膜の厚みが最大となる位置及び最小となる位置を含まないようにして、無作為に5点の計測位置を設定し、これらの計測位置における酸化物皮膜の厚みを計測する。そして、これらの厚みを算術平均した値を、酸化物皮膜の厚みの平均値とする。酸化物皮膜の厚みの平均値は表2に示す通りである。
【0058】
なお、酸化物皮膜の厚みの計測を行っていない試験材については、表2の「酸化物皮膜の厚み」欄に記号「-」を記載した。
【0059】
〔気孔の最長径〕
厚み方向における酸化物皮膜の全体が含まれるようにして、試験材からTEM観察用の試料を採取する。TEMを用いて試料を16万倍以上20万倍以下の倍率で観察し、酸化物皮膜の拡大写真を取得する。一例として、
図3に、TEMを用いて試験材A1の酸化物皮膜3を観察することにより得られる拡大写真を示す。
図3に示すように、試験材A1の酸化物皮膜3は、複数の気孔311を含む多孔質層31と、多孔質層31に積層された緻密層32とから構成されている。また、多孔質層31と基材との間には金属層4が形成されている。
【0060】
次に、拡大写真に基づき、多孔質層に含まれる個々の気孔の最長径を計測する。このようにして得られる気孔の最長径の最大値を表2の「気孔の最長径」欄に示す。なお、酸化物皮膜内に気孔が存在していない試験材については、表2の「気孔の最長径」欄に「気孔なし」と記載し、気孔の最長径の計測を行っていない試験材については、同欄に「-」と記載した。
【0061】
〔試験材の色調〕
試験材を、酸化物皮膜の表面の法線と視線の方向、つまり、実体顕微鏡における対物レンズの光軸の方向とが平行になるようにして実体顕微鏡のステージに載置し、実体顕微鏡を用いて酸化物皮膜を有する表面の色調を観察する。この時の色調を表2における「0°」の欄に示す。
【0062】
その後、試験材を、酸化物皮膜の表面の法線と視線の方向とのなす角度が20°、40°または60°のいずれかの角度となるようにして実体顕微鏡のステージ上で傾斜させ、実体顕微鏡を用いて酸化物皮膜を有する表面の色調を観察する。このように、試験材を傾斜させた際の色調を表2における「20°」、「40°」及び「60°」欄にそれぞれ示す。
【0063】
【0064】
【0065】
表1に示すように、試験材A1~A6は、スパッタリングにより基材上に金属膜を形成した後、前記特定の条件で金属膜に陽極酸化処理を行うことにより作製されている。そのため、これらの試験材の酸化物皮膜は、基材上に形成された多孔質層と、多孔質層上に形成された緻密層とを有している。また、表2に示すように、これらの試験材における酸化物皮膜の厚みは前記特定の範囲内である。それ故、試験材A1~A6は、構造色を発現することができ、試験材に対する視線の方向の角度に応じて異なる色調の有彩色を発色することができる。
【0066】
これに対し、試験材B1は、スパッタリングによる金属膜の形成を行っていないため、陽極酸化処理によって形成される酸化物皮膜の厚みのばらつきが大きくなりやすい。そのため、試験材B1は、構造色を発現することができず、試験材に対する視線の方向の角度を変化させてもほとんど同一の色調を示す。
【0067】
試験材B2は、アルミニウム合金からなる基材に陽極酸化処理を施している。試験材B2に形成される酸化物皮膜は、前述したように、気孔を有さず、基材を緻密に覆うバリア型の陽極酸化皮膜であり、試験材A1~A6における酸化物皮膜とは異なる構造を有している。そのため、試験材B2は有彩色を示さない。
【0068】
試験材B3及び試験材B5は、陽極酸化処理を行わないため、基材の表面に、基材が自然に酸化してなる自然酸化皮膜が存在している。これらの自然酸化皮膜は、厚みが薄く、多孔質層を有しない。それ故、試験材B3及び試験材B5は有彩色を示さない。
【0069】
試験材B4及び試験材B6は、酸化物皮膜の厚みが前記特定の範囲よりも薄いため、酸化物皮膜において可視光を複雑に散乱させることが難しい。そのため、これらの試験材は、構造色を発現することができず、試験材に対する視線の方向の角度を変化させてもほとんど同一の色調を示す。
【0070】
以上、実施例に基づいて前記構造色部材及びその製造方法の態様を説明したが、本発明に係る構造色部材及びその製造方法の具体的な態様は実施例の態様に限定されることはなく、本発明の趣旨を損なわない範囲において適宜構成を変更することができる。
【0071】
例えば、前記構造色部材は、以下の〔1〕~〔6〕に示す態様を採り得る。
【0072】
〔1〕基材と、
金属酸化物からなり、前記基材を被覆する酸化物皮膜と、を有し、
前記酸化物皮膜が、複数の気孔を含み、前記基材上に配置された多孔質層と、
気孔を含まず、前記多孔質層に積層された緻密層と、を有し、
前記酸化物皮膜の厚みが、150nm以上1000nm以下かつ前記酸化物皮膜の厚みの平均値に対して0.75倍以上1.25倍以下の範囲内である、構造色部材。
【0073】
〔2〕前記多孔質層に含まれる気孔の最長径が75nm以下である、〔1〕に記載の構造色部材。
〔3〕前記多孔質層及び前記緻密層を構成する前記金属酸化物がチタン酸化物である、〔1〕または〔2〕に記載の構造色部材。
【0074】
〔4〕前記構造色部材は、金属からなり、前記基材と前記多孔質層との間に介在する金属層を有している、〔1〕~〔3〕のいずれか1つに記載の構造色部材。
〔5〕前記金属層がチタンの結晶粒から構成されており、前記結晶粒の最長径の平均値が10nm以上50nm以下である、〔4〕に記載の構造色部材。
〔6〕前記基材がアルミニウムまたはアルミニウム合金から構成されている、〔1〕~〔5〕のいずれか1つに記載の構造色部材。
【0075】
また、前記構造色部材の製造方法は、例えば以下の〔7〕~〔9〕に示す態様を採り得る。
【0076】
〔7〕〔1〕~〔6〕のいずれか1つに記載の構造色部材の製造方法であって、
スパッタリングにより前記基材上に金属膜を形成し、
その後、前記金属膜に、最大電圧が80V以上200V以下となる条件で陽極酸化処理を行うことにより前記基材上に前記酸化物皮膜を形成する、構造色部材の製造方法。
【0077】
〔8〕前記金属膜がチタンの結晶粒から構成されており、前記結晶粒の最長径の平均値が10nm以上50nm以下である、〔7〕に記載の構造色部材の製造方法。
〔9〕前記陽極酸化処理においてリン酸イオンを含む電解液を用いる、〔7〕または〔8〕に記載の構造色部材の製造方法。