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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025038834
(43)【公開日】2025-03-19
(54)【発明の名称】てんかんの検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/92 20060101AFI20250312BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20250312BHJP
【FI】
G01N33/92 Z
G01N33/50 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】28
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023145685
(22)【出願日】2023-09-07
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001139
【氏名又は名称】SK弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100130328
【弁理士】
【氏名又は名称】奥野 彰彦
(74)【代理人】
【識別番号】100130672
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 寛之
(72)【発明者】
【氏名】村田 幸久
(72)【発明者】
【氏名】米澤 智洋
(72)【発明者】
【氏名】竹ノ内 晋也
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045CA26
2G045CB26
2G045DA60
2G045DB05
2G045DB30
(57)【要約】
【課題】 新規で且つ有効なてんかんの検出方法を得る。
【解決手段】 対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む、てんかんの検出方法を提供する。又は、脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物を含む、てんかんのマーカーを提供してもよい。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む、てんかんの検出方法。
【請求項2】
前記脂質代謝物がアラキドン酸代謝物、リノール酸代謝物、ジホモ-γ-リノレン酸代謝物、リゾ血小板活性化因子、血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、請求項1に記載の検出方法。
【請求項3】
前記脂質代謝物が6-ケト-プロスタグランジンF、20-カルボキシアラキドン酸、11,12-ジヒドロキシエイコサトリエン酸、9-ヒドロキシオクタデカジエン酸、プロスタグランジンF、リゾ血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、請求項1又は2に記載の検出方法。
【請求項4】
前記一酸化窒素代謝物がNO2 -又はNO3 -である、請求項1~3いずれかに記載の検出方法。
【請求項5】
前記工程は、前記脂質代謝物の濃度を測定する工程を含む、請求項1~4いずれかに記載の検出方法。
【請求項6】
前記工程は、前記脂質代謝物及び一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む、請求項1~5いずれかに記載の検出方法。
【請求項7】
前記工程は、脳脊髄液試料中のNO2 -又はNO3 -の濃度、又は血液試料中のNO2 -の濃度を測定する工程を含む、請求項1~6いずれかに記載の検出方法。
【請求項8】
前記てんかんが、特発性てんかん(IE)又は起源不明髄膜脳炎(MUO)である、請求項1~7いずれかに記載の検出方法。
【請求項9】
前記対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度とを比較する工程をさらに含む、請求項1~8のいずれかに記載の検出方法。
【請求項10】
前記対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度よりも高い場合に、対象がてんかんに罹患していることが示される、請求項1~9のいずれかに記載の検出方法。
【請求項11】
前記生体試料が体液である、請求項1~10のいずれかに記載の検出方法。
【請求項12】
前記生体試料が脳脊髄液試料又は血液試料である、請求項1~11のいずれかに記載の検出方法。
【請求項13】
対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む、てんかんに対する治療効果の判定方法。
【請求項14】
前記脂質代謝物がアラキドン酸代謝物、リノール酸代謝物、ジホモ-γ-リノレン酸代謝物、リゾ血小板活性化因子、血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、請求項13に記載の検出方法。
【請求項15】
前記脂質代謝物が6-ケト-プロスタグランジンF、20-カルボキシアラキドン酸、11,12-ジヒドロキシエイコサトリエン酸、9-ヒドロキシオクタデカジエン酸、プロスタグランジンF、リゾ血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、請求項13又は14に記載の判定方法。
【請求項16】
前記一酸化窒素代謝物がNO2 -又はNO3 -である、請求項13~15いずれかに記載の判定方法。
【請求項17】
前記対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度とを比較する工程をさらに含む、請求項13~16のいずれかに記載の判定方法。
【請求項18】
前記対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、治療前の対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度もしくはてんかんに罹った対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度より低い場合に、又は健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、治療効果があることが示される、請求項13~17のいずれかに記載の判定方法。
【請求項19】
前記生体試料が体液である、請求項13~18いずれかに記載の判定方法。
【請求項20】
前記生体試料が脳脊髄液試料又は血液試料である、請求項13~19のいずれかに記載の判定方法。
【請求項21】
脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物を含む、てんかんのマーカー。
【請求項22】
前記脂質代謝物がアラキドン酸代謝物、リノール酸代謝物、ジホモ-γ-リノレン酸代謝物、リゾ血小板活性化因子、血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、請求項21に記載のマーカー。
【請求項23】
前記脂質代謝物が6-ケト-プロスタグランジンF、20-カルボキシアラキドン酸、11,12-ジヒドロキシエイコサトリエン酸、9-ヒドロキシオクタデカジエン酸、プロスタグランジンF、リゾ血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、請求項21又は22に記載のマーカー。
【請求項24】
前記一酸化窒素代謝物がNO2 -又はNO3 -である、請求項21~23いずれかに記載のマーカー。
【請求項25】
対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の定量手段を含む、てんかんの検出用キット。
【請求項26】
てんかんの治療薬又は緩和剤の候補を対象に投与する工程と、前記対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程とを含む、てんかんの治療薬又は緩和剤のスクリーニング方法。
【請求項27】
対象のてんかんの治療に用いられるための医薬組成物であって、前記対象は請求項1~12いずれかに記載の方法によっててんかんであると予測された対象である、医薬組成物。
【請求項28】
(A)対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程と、(B)対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度とを比較する工程と、(C)対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度より高い場合に、対象がてんかんに罹患していると決定する工程と、(N)てんかんに罹患していると決定された対象に、てんかんに対する治療を実施する工程を含む、てんかんの治療方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の技術分野は、てんかんの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
てんかんは、ヒトやイヌを含む哺乳類によく見られる慢性的な脳機能障害であり、再発性のてんかん発作を特徴とする。イヌでは、てんかんは一般人口の約0.5~5.7%に発生すると推定されている(非特許文献1~3)。てんかんの中でも、起源不明髄膜脳炎(MUO)と特発性てんかん(IE)は、イヌにおいて発作を伴う脳疾患の原因としてよく知られている。
【0003】
MUOは、イヌにおける起源不明の脳や髄膜の炎症性疾患として知られている(非特許文献4)。MUOの少なくとも一部の症例は自己免疫性炎症によって引き起こされるが(非特許文献5~7)、ほとんどのMUO症例の病態生理は不明である(非特許文献4)。確定診断には剖検や病理組織学的アプローチが必要であるが、臨床医はやむを得ず臨床診断基準に基づいて推定診断を行っている(非特許文献4)。
【0004】
IEは、脳に器質的病変が存在せず、原因が特定できないてんかんとして知られる(非特許文献8)。イヌのてんかんの25~48%がIEであったと報告されている(非特許文献1)。IEは、MRI検査や脳脊髄液(CSF)検査で他の疾患を除外することが診断に重要である(非特許文献1)。現状の診断基準では、IEの積極的な診断が困難なことや、イヌのMRI検査には全身麻酔や鎮静が必要であること、多額な費用がかかることが課題になっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Berendt, M. & Gram, L. Epilepsy and seizure classification in 63 dogs: a reappraisal of veterinary epilepsy terminology. J. Vet. Intern. Med. 13, 14-20 (1999).
【非特許文献2】Hamamoto, Y. et al. Retrospective epidemiological study of canine epilepsy in Japan using the International Veterinary Epilepsy Task Force classification 2015 (2003-2013): etiological distribution, risk factors, survival time, and lifespan. BMC Vet Res. 12, 248 (2016).
【非特許文献3】Potschka, H., Fischer, A., von Ruden, E. L., Hulsmeyer, V. & Baumgartner, W. Canine epilepsy as a translational model? Epilepsia 54, 571-579 (2013).
【非特許文献4】Munana, K. R. Management of refractory epilepsy. Top Companion Anim. Med. 28, 67-71 (2013).
【非特許文献5】Toda, Y. et al. Glial fibrillary acidic protein (GFAP) and anti-GFAP autoantibody in canine necrotising meningoencephalitis. Vet. Rec. 161, 261-264 (2007).
【非特許文献6】Miyake, H., Inoue, A., Tanaka, M. & Matsuki, N. Serum glial fibrillary acidic protein as a specific marker for necrotizing meningoencephalitis in Pug dogs. J. Vet. Med. Sci. 75, 1543-1545 (2013).
【非特許文献7】Shibuya, M. et al. Autoantibodies against glial fibrillary acidic protein (GFAP) in cerebrospinal fluids from Pug dogs with necrotizing meningoencephalitis. J. Vet. Med. Sci. 69, 241-245 (2007).
【非特許文献8】De Risio, L. et al. International veterinary epilepsy task force consensus proposal: diagnostic approach to epilepsy in dogs. BMC Vet. Res. 11, 148 (2015).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
てんかんの検出方法は改善の余地を有していた。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、新規で且つ有効なてんかんの検出方法、バイオマーカー、又はバイオマーカーを利用した各種方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究を重ねたところ、MUO症例及びIE症例の生体試料において、特定の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物が有意に増加していることを見出した。本発明者らはまた、脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を指標にすることにより、MUO及びIEを検出できることを見出した。そして、これらの知見に基づき本発明に至った。
【0009】
本発明の一態様によれば、以下が提供される。
1. 対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む、てんかんの検出方法。
2. 上記脂質代謝物がアラキドン酸代謝物、リノール酸代謝物、ジホモ-γ-リノレン酸代謝物、リゾ血小板活性化因子、血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、上記1に記載の検出方法。
3. 上記脂質代謝物が6-ケト-プロスタグランジンF、20-カルボキシアラキドン酸、11,12-ジヒドロキシエイコサトリエン酸、9-ヒドロキシオクタデカジエン酸、プロスタグランジンF、リゾ血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、上記1又は2に記載の検出方法。
4. 上記一酸化窒素代謝物がNO2 -又はNO3 -である、上記1~3いずれかに記載の検出方法。
5. 上記工程は、上記脂質代謝物の濃度を測定する工程を含む、上記1~4いずれかに記載の検出方法。
6. 上記工程は、上記脂質代謝物及び一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む、上記1~5いずれかに記載の検出方法。
7. 上記工程は、脳脊髄液試料中のNO2 -又はNO3 -の濃度、又は血液試料中のNO2 -の濃度を測定する工程を含む、上記1~6いずれかに記載の検出方法。
8. 上記てんかんが、特発性てんかん(IE)又は起源不明髄膜脳炎(MUO)である、上記1~7いずれかに記載の検出方法。
9. 上記対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度とを比較する工程をさらに含む、上記1~8のいずれかに記載の検出方法。
10. 上記対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度よりも高い場合に、対象がてんかん害に罹患していることが示される、上記1~9のいずれかに記載の検出方法。
11. 上記生体試料が体液である、上記1~10のいずれかに記載の検出方法。
12. 上記生体試料が脳脊髄液試料又は血液試料である、上記1~11のいずれかに記載の検出方法。
13. 対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む、てんかんに対する治療効果の判定方法。
14. 上記脂質代謝物がアラキドン酸代謝物、リノール酸代謝物、ジホモ-γ-リノレン酸代謝物、リゾ血小板活性化因子、血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、上記13に記載の検出方法。
15. 上記脂質代謝物が6-ケト-プロスタグランジンF、20-カルボキシアラキドン酸、11,12-ジヒドロキシエイコサトリエン酸、9-ヒドロキシオクタデカジエン酸、プロスタグランジンF、リゾ血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、上記13又は14に記載の判定方法。
16. 上記一酸化窒素代謝物がNO2 -又はNO3 -である、上記13~15いずれかに記載の判定方法。
17. 上記対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度とを比較する工程をさらに含む、上記13~16のいずれかに記載の判定方法。
18. 上記対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、治療前の対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度もしくはてんかんに罹った対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度より低い場合に、又は健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、治療効果があることが示される、上記13~17のいずれかに記載の判定方法。
19. 上記生体試料が体液である、上記13~18いずれかに記載の判定方法。
20. 上記生体試料が脳脊髄液試料又は血液試料である、上記13~19のいずれかに記載の判定方法。
21. 脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物を含む、てんかんのマーカー。
22. 上記脂質代謝物がアラキドン酸代謝物、リノール酸代謝物、ジホモ-γ-リノレン酸代謝物、リゾ血小板活性化因子、血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、上記21に記載のマーカー。
23. 上記脂質代謝物が6-ケト-プロスタグランジンF、20-カルボキシアラキドン酸、11,12-ジヒドロキシエイコサトリエン酸、9-ヒドロキシオクタデカジエン酸、プロスタグランジンF、リゾ血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドである、上記21又は22に記載のマーカー。
24. 上記一酸化窒素代謝物がNO2 -又はNO3 -である、上記21~23いずれかに記載のマーカー。
25. 対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の定量手段を含む、てんかんの検出用キット。
26. てんかんの治療薬又は緩和剤の候補を対象に投与する工程と、上記対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程とを含む、てんかんの治療薬又は緩和剤のスクリーニング方法。
27. 対象のてんかんの治療に用いられるための医薬組成物であって、上記対象は上記1~12いずれかに記載の方法によっててんかんであると予測された対象である、医薬組成物。
28. (A)対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程と、(B)対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度とを比較する工程と、(C)対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度より高い場合に、対象がてんかんに罹患していると決定する工程と、(N)てんかんに罹患していると決定された対象に、てんかんに対する治療を実施する工程を含む、てんかんの治療方法。
【0010】
本発明によれば、例えば、てんかんの検出、又はてんかんを検出した対象の治療を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】簡略的な脂質代謝マップ上の中枢神経系疾患を有するイヌのCSF中の脂質代謝物レベル。群間で有意に変化した脂質代謝物レベルを簡略マップで示した。ドットは個々の値、横棒は各群の中央値である。数値はすべて内部標準物質(IS)に対する比で表した。矢印の横の略号は、それらの経路のメディエーターを意味する。AA、アラキドン酸;COX、シクロオキシゲナーゼ;CYP、チトクロームP450;HETE、ヒドロキシエイコサテトラエン酸;HODE、ヒドロキシ-10E,12Z-オクタデカジエン酸;HpODE、ヒドロパーオキシ-10E,12Z-オクタデカジエン酸;IE、特発性てんかん;LA、リノール酸;LOX、リポキシゲナーゼ;MUO、起源不明髄膜脳炎;PAF、血小板活性化因子;PG、プロスタグランジン;*及び**、p<0.05及び0.01の統計的有意性。
図2】CSFのlyso-PAFレベルと細胞数との相関関係を示す。XLSTATによりピアソンの相関分析を行った。lyso-PAFレベルはMUOイヌのCSF中の細胞数と正の相関があった(R=0.926, p<0.001)。実線はフィットした回帰直線、点線は変量正規楕円(p=0.950)をそれぞれ示す。
図3】簡略的な脂質代謝マップ上の中枢神経系疾患を有するイヌの血漿中の脂質代謝物レベル。群間で有意に変化した脂質代謝物レベルを簡略マップにて示した。ドットは個々の値、横棒は各群の中央値である。数値はすべて内部標準物質(IS)に対する比で表した。矢印の横の略号は、それらの経路のメディエーターを意味する。AA、アラキドン酸;COX、シクロオキシゲナーゼ;CYP、チトクロームP450;DGLA、ジホモ-γ-リノレン酸;DHET、ジヒドロキシエイコサトリエン酸;EET、エポキシ5Z,8Z,14Zエイコサトリエン酸; HETE、ヒドロキシエイコサトリエン酸;IE、特発性てんかん;OEA、オレイルエタノールアミド;MUO、起源不明髄膜脳炎;PG、プロスタグランジン;*及び**、p<0.05及び0.01の統計的有意性。
図4】中枢神経系疾患を有するイヌのCSF及び血漿中のNOxのレベル。IE、特発性てんかん;MUO、起源不明髄膜脳炎;N.S.、有意ではない;*及び**、p<0.05及び0.01の統計的有意性。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、同様な内容については繰り返しの煩雑を避けるために、適宜説明を省略する。
【0013】
本発明の一実施形態において「脂質代謝物」は、生体において酵素依存的酸化または酵素非依存的酸化による分解で生じた脂質の分解物を含む。脂質代謝物の例としては、アラキドン酸代謝物、リノール酸代謝物、ジホモ-γ-リノレン酸代謝物、エイコサペンタエン酸代謝物、又はドコサヘキサエン酸代謝物を含む。脂質代謝物の例としては、アラキドン酸代謝物(例えば、アラキドン酸のシクロオキシゲナーゼ代謝物(例えば、6-ケト-プロスタグランジンF、プロスタグランジンI2、11β-13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGF、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGJ2、テトラノル-PGDM、20-ヒドロキシ-PGE2、15-ケト-PGE2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGE2、テトラノル-PGEM、15-ケト-PGF、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF、テトラノル-PGFM、PGK2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-テトラノル-PGF、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGE2、6-ケト-PGF、TXB2)、アラキドン酸のシトクロムp450代謝物(例えば、20-カルボキシアラキドン酸、20-HETE、11,12 DHET、11,12 EET、17-HETE)、アラキドン酸のリポキシゲナーゼ代謝物(例えば、5-HpETEのようなアラキドン酸の5-LOX代謝物)、アラキドン酸の酵素非依存的酸化代謝物(例えば、8-iso-15(R)-PGF))、リノール酸代謝物(例えば、9-HODE又は9-HpODE)、ジホモ-γ-リノレン酸代謝物(例えば、PGF)、リゾ血小板活性化因子、血小板活性化因子、又はオレオイルエタノールアミドを含み、好ましくはてんかんに罹患した対象の生体試料中の濃度が健常な対象の生体試料中の濃度よりも有意に高いという特徴を有するものが挙げられる。
【0014】
本発明の一実施形態において「6-ケト-プロスタグランジンF」は、別名で6-keto-PGFと表記することもできる。この化合物は、別名で9α,11α,15S-trihydroxy-6-oxo-prost-13E-en-1-oic acidと表記することもできる。この化合物はCAS登録番号が58962-34-8の化合物の構造を有していてもよい。
【0015】
本発明の一実施形態において「20-カルボキシアラキドン酸」は、別名で20-carboxy-AAと表記することもできる。この化合物は、別名で5Z,8Z,11Z,14Z-eicosatetraenedioic acidと表記することもできる。この化合物はCAS登録番号が79551-84-1の化合物の構造を有していてもよい。
【0016】
本発明の一実施形態において「11,12-ジヒドロキシエイコサトリエン酸」は、別名で11,12-DHETと表記することもできる。この化合物は、別名で(±)11,12-dihydroxy-5Z,8Z,14Z-eicosatrienoic acidと表記することもできる。この化合物はCAS登録番号が192461-95-3の化合物の構造を有していてもよい。
【0017】
本発明の一実施形態において「9-ヒドロキシオクタデカジエン酸」は、別名で9-HODEと表記することもできる。この化合物は、別名で(±)-9-hydroxy-10E,12Z-octadecadienoic acidと表記することもできる。この化合物はCAS登録番号が98524-19-7の化合物の構造を有していてもよい。
【0018】
本発明の一実施形態において「プロスタグランジンF」は、別名でPGFと表記することもできる。この化合物は、別名で9α,11α,15S-trihydroxy-prost-13E-en-1-oic acidと表記することもできる。この化合物はCAS登録番号が745-62-0の化合物の構造を有していてもよい。
【0019】
本発明の一実施形態において「リゾ血小板活性化因子」は、別名でlyso-PAFと表記することもできる。この化合物は、別名で1-O-hexadecyl-sn-glyceryl-3-phosphorylcholine又は1-O-octadecyl-sn-glyceryl-3-phosphorylcholineと表記することもできる。この化合物はCAS登録番号が52691-62-0又は74430-89-0の化合物の構造を有していてもよい。リゾ血小板活性化因子は、lyso-PAF C-16又はlyso-PAF C-18であってもよい。
【0020】
本発明の一実施形態において「オレオイルエタノールアミド」は、別名でOEAと表記することもできる。この化合物は、別名でN-(cis-9-octadecenoyl) ethanolamineと表記することもできる。この化合物はCAS登録番号が111-58-0の化合物の構造を有していてもよい。
【0021】
本発明の一実施形態において「一酸化窒素代謝物」は、例えば、亜硝酸イオン(NO2 -)及び硝酸イオン(NO3 -)を含む。一酸化窒素代謝物の量は、例えば、ジアゾ化反応吸光度測定法、化学発光法、電極法、電子スピン共鳴法、又はGriess法で測定してもよい。これらの方法は、これらの方法を改良した方法を含む。ジアゾ化反応吸光度測定法は、例えば、一酸化窒素代謝物とアミン類を反応させる工程、又はジアゾ化合物の吸光度を測定する工程を含んでもよい。ジアゾ化反応吸光度測定法は、例えば、一酸化窒素代謝物が酸性溶液中で芳香族第一アミンと反応して生じるジアゾ化合物に、芳香族アミン類を加えてカップリングして生じるジアゾ化合物の赤色の吸光度を測定することで実施してもよい。
【0022】
本発明の一実施形態において「てんかん」は、典型的には、大脳神経細胞の過剰な発火活動により、発作を繰り返す慢性の脳疾患を含む。発作症候学的には、てんかん発作は大脳の局所的な興奮による部分的な徴候が認められるもの(焦点性発作)と、大脳全般に波及した興奮により意識消失を伴って全身性に徴候の認められる発作(全般発作)がある。典型的には、病因により定義されるてんかん分類には、脳に発作の原因となる器質的な病変の認められる「症候性てんかん」と、脳に器質的な病変が存在せず、発作を起こす原因が遺伝的素因以外に認められない「特発性てんかん(IE)」がある(主には人の素因性てんかんに当たる)。
【0023】
本発明の一実施形態において「起源不明髄膜脳炎(MUO)」は、典型的には、症候性てんかんの一種である。症状としては、てんかん発作、旋回、起立困難、又は意識レベルの低下が見られることがある。MUOは、例えば、肉芽腫性髄膜脳脊髄炎(GME)、壊死性髄膜脳炎(NME)、又は壊死性白質脳炎(NLE)を含む。
【0024】
本発明の一実施形態において「生体試料」は、生体から分離された試料を意味し、例えば血液(血漿を含む)、尿、唾液、鼻汁、汗、涙、便、脳脊髄液などの体液を含む。脳脊髄液試料又は血液試料は検出精度を高めるために特に好ましい。
【0025】
本発明の一実施形態において「対象」は、ヒト又はヒト以外の哺乳動物(例えば、イヌ、ネコ、サル、マウス、ラット、ウサギ、ウマ、ウシ、ブタ、又はヒツジ)を含む。哺乳動物は、例えば、ヒト科(例えばヒト属)、イヌ科(例えばイヌ属)、ネコ科(例えばネコ属)、ネズミ科(例えばネズミ属又はクマネズミ属)、ウサギ科(例えばウサギ亜科)、ウマ科(例えばウマ属)、ウシ科(例えばウシ属又ヒツジ属)、又はイノシシ科(例えばイノシシ属)に分類される哺乳動物であってもよい。対象は、例えばてんかんを罹患している対象、てんかんの疑いがある対象、てんかんと診断された対象、又はてんかんの症状が観察された対象を含む。対象は、患者を含む。
【0026】
本発明の一実施形態によれば、新規のてんかんの検出方法が提供される。この検出方法は、例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む、てんかんの検出方法である。この検出方法によれば、後述する実施例で実証されているように、てんかんを検出することができる。
【0027】
本発明の一実施形態において検出方法は、(A)被験対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む。脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度の測定は、公知の方法により実施することができ、例えば、質量分析法や、ELISA法及びイムノクロマト法等のイムノアッセイにより脂質代謝物の濃度を測定することができる。質量分析法の例としては、例えば、液体クロマトグラフィー-マススペクトロメトリー法(LC-MS)、液体クロマトグラフィー-タンデムマススペクトロメトリー法(LC-MSMS)、高速液体クロマトグラフィー-マススペクトロメトリー法(HPLC-MS)、高速液体クロマトグラフィー-タンデムマススペクトロメトリー法(HPLC-MSMS)、又はガスクロマトグラフィー-マススペクトロメトリー法(GC-MS)が挙げられる。イムノアッセイは、例えば、検出可能に標識した抗脂質代謝物抗体、又は検出可能に標識した、抗脂質代謝物抗体に対する抗体(二次抗体)を用いる分析法を含む。抗体の標識法により、エンザイムイムノアッセイ(EIA又はELISA)、ラジオイムノアッセイ(RIA)、蛍光イムノアッセイ(FIA)、蛍光偏光イムノアッセイ(FPIA)、化学発光イムノアッセイ(CLIA)等に分類され、これらのいずれも本発明に用いることができる。構造が類似した脂質代謝物の濃度を正確に測定する観点から、質量分析法(特に、LC-MSMS又はHPLC-MSMS)による測定が好ましい。脂質代謝物の濃度の測定は、例えば、Takenouchi S. et al. J. Vet. Med. Sci. 84, 689-693 (2022)に記載の方法で実施してもよい。一酸化窒素代謝物の濃度の測定は、上記の一酸化窒素代謝物に関する実施形態に記載の方法で実施してもよい。検出方法は、検査方法に言い換えてもよい。
【0028】
本発明の一実施形態において検出方法は、上記工程(A)で測定された脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度に基づいて、生体試料を採取した対象についててんかんの有無を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、(B)対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度とを比較する工程を含んでいてもよい。ここで、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がてんかんに罹患していることが示されてもよい。すなわち、本発明の一実施形態の検出方法は、(C)対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がてんかんに罹患していると決定する工程をさらに含んでいてもよい。工程(C)の「有意に異なる」とは、脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物によって健常な対象の濃度よりも高いか、低い場合のいずれかであり、例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度よりも高いこと、好ましくは有意に高いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に高いか、あるいはその約1.1倍以上、約1.25倍以上、約1.5倍以上、約1.75倍以上、約2.0倍以上、約3倍以上、約5倍以上、約10倍以上、約50倍以上、又は約100倍以上であること)を意味する。健常な対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度は、事前に複数の健常な対象から生体試料を採取して脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物濃度を測定して算出した平均値を用いることができる。また、「てんかんに罹患している」とは、罹患している可能性がある場合も含む意味で用いられるものとする。「同」とは、比較対象(例えば健常な対象)において、被検対象で利用した代謝物と同じ種類又は名称の代謝物を利用する場合に用いられ得る。
【0029】
本発明の一実施形態の検出方法によれば、対象についててんかんを検出することができる。従って、この検出方法は、てんかんの診断に補助的に用いることができ、対象がてんかんに罹っているか否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師又は獣医師が行うことができる。本発明の一実施形態において検出方法は、検出を補助するための方法、又は検出のための方法を含む。
【0030】
本発明の一実施形態の検出方法によれば、被験対象から採取された生体試料に基づいて定量的にてんかんの検出を行うことができる。すなわち、本発明の一実施形態の検出方法検出方法は、患者への負担を軽減しつつ、簡便かつ的確にてんかんを検出できる点で有利である。
【0031】
別の側面において、本発明の一実施形態はてんかんの診断方法を提供する。この診断方法によれば、生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物を指標にして対象がてんかんに罹患しているか否かを診断することができる。本発明の一実施形態の診断方法においては、本発明の一実施形態の検出方法と同様に、(A')被験対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む。本発明の一実施形態の診断方法は、(B')対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度とを比較する工程をさらに含んでもよく、(C')対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がてんかんに罹患していると決定する工程をさらに含んでいてもよい。前記工程(A')、(B')及び(C')は、前記工程(A)、(B)及び(C)にそれぞれ対応し、本発明の検出方法の実施形態の記載に従って実施することができる。
【0032】
別の側面において、本発明の一実施形態はてんかんに対する治療効果の判定方法を提供する。本発明の一実施形態の判定方法によれば、生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物を指標にしててんかんに対する治療効果を判定することができる。本発明の一実施形態において判定方法は、判定を補助するための方法、又は判定のための方法を含む。
【0033】
本発明の一実施形態の判定方法は、本発明の検出方法の実施形態と同様に、(D)被験対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む。脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度の測定は、本発明の検出方法の実施形態と同様に行うことができる。
【0034】
本発明の一実施形態の判定方法は、上記工程(D)で測定された脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度に基づいて、治療を受けた対象についててんかんに対する治療効果を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、(E)てんかんに対する治療を受けた対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度とを比較する工程を含んでいてもよい。ここで、てんかんに対する治療を受けた対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、治療前の対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度又はてんかんに罹った対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異なる場合に、あるいは、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、治療効果があることが示されてもよい。すなわち、本発明の判定方法は、(F)てんかんに対する治療を受けた対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、治療前の対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度又はてんかんに罹った対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異なる場合に(好ましくは、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度に近づく方向で有意に異なる場合に)、あるいは、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、治療効果があると決定する工程をさらに含んでいてもよい。工程(F)の「有意に異なる」とは、脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物によって治療前の対象又はてんかんに罹った対象の濃度よりも高いか、低い場合のいずれかであり、例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が治療前の対象又はてんかんに罹った対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度よりも低いこと、好ましくは有意に低いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が治療前の対象又はてんかんに罹った対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に低いか、あるいはその約0.9倍以下、約0.75倍以下、約0.5倍以下、約0.25倍以下、約0.1倍以下、約0.05倍以下、又は約0.01倍以下であること)を意味する。また、工程(F)の「有意に異ならない」とは、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と同等であること(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に異ならないか、あるいはその約0.8倍を超え約1.2倍未満であること、又は約0.9倍を超え約1.1倍未満であること)を意味する。治療前の対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度は、治療前に対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定して得た値を用いることができる。てんかんに罹った対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度は、事前に複数のてんかんに罹った対象から生体試料を採取して脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物濃度を測定して算出した平均値を用いることができる。また、健常な対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度は、事前に複数の健常な対象から生体試料を採取して脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物濃度を測定して算出した平均値を用いることができる。なお、本発明の一実施形態の判定方法において治療を受ける対象は、好ましくはてんかんに罹った対象である。また、本発明の一実施形態において「てんかんに罹った対象」は、他の検査方法の結果がてんかんを示している対象を含み、好ましくは医師又は獣医師によりてんかんを発症しているとの診断を受けた対象とすることができる。
【0035】
本発明の一実施形態の判定方法によって治療効果を判定できるてんかんに対する治療としては、例えば、薬物療法が挙げられる。本発明の一実施形態において薬物療法は、てんかんの治療薬による治療を含む。本発明の一実施形態においててんかんの治療薬は、抗てんかん薬を含む。本発明の一実施形態において抗てんかん薬の例としては、Naチャネル阻害剤(例えば、カルバマゼピン、フェニトイン、ラモトリギン、ゾニサミド等)、Caチャネル阻害剤(例えば、エトスクシミド、ガバペンチン等)、グルタミン酸受容体阻害剤(例えば、トピラマート、ペランパネル等)、シナプス小胞放出阻害剤(例えば、レベチラセタム等)、GABAトランスアミナーゼ阻害剤、(例えば、バルプロ酸等)又はGABA類似体薬(例えば、ガバペンチン、プレガバリン等)を含む(これらの化合物は、その塩であってもよい)。
【0036】
本発明の一実施形態の判定方法によれば、てんかんに対する治療を受けた対象において、治療効果を判定することができるため、対象に対して行ったてんかんに対する治療の有効性を検証することができる。そして、治療効果が認められない場合には直ちにその治療を中止し、別の治療計画を立てることができる。従って、本発明の一実施形態の判定方法は、無駄な投薬を抑制することができ、ひいては医療費削減や患者負担軽減に資することができる点で有利である。本発明の一実施形態の判定方法は、てんかんの予防や管理に有用である。
【0037】
別の側面において、本発明の一実施形態は脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物を含むてんかんマーカー、又はてんかんマーカーとしての脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の使用を提供する。本発明の一実施形態において「てんかんマーカー」は、その存在及び量がてんかんの発症の有無やその症状の重篤度の指標となる物質を含み、てんかんを検出、識別、評価等するためのマーカーとして用いることができる。すなわち、本発明の一実施形態によれば、脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物をてんかんの疾患識別マーカーとして使用することができるとともに、脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物をてんかんの重篤度の評価に使用することができる。
【0038】
本発明の一実施形態の判定方法は、てんかんの治療薬又は緩和剤の有効性の判定に用いることができるため、本発明の一実施形態によればてんかんの治療薬又は緩和剤のスクリーニング方法も提供できる。すなわち、別の側面によれば、本発明の一実施形態は(G)てんかんの治療薬又は緩和剤の候補を対象に投与する工程と、(H)上記対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程とを含む、てんかんの治療薬又は緩和剤のスクリーニング方法を提供する。このスクリーニング方法は、上記工程(H)で測定された脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度に基づいて、てんかんの治療薬又は緩和剤の候補の治療効果の有無を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、(I)てんかんの治療薬又は緩和剤の候補の投与後の対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度とを比較する工程を含んでいてもよい。ここで、治療薬又は緩和剤の候補の投与後の対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、治療薬又は緩和剤の候補の投与前の対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度又はてんかんに罹った対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異なる場合に、あるいは、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、上記治療薬又は緩和剤の候補に治療効果があることが示されてもよい。すなわち、本発明の一実施形態のスクリーニング方法は、(J)てんかんの治療薬又は緩和剤の候補の投与後の対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、てんかんの治療薬又は緩和剤の候補の投与前の対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度又はてんかんに罹った対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異なる場合に(好ましくは、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度に近づく方向で有意に異なる場合に)、あるいは、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異ならない場合に、治療効果があると決定する工程をさらに含んでいてもよく、それにより治療効果がある候補を選択することができる。工程(J)の「有意に異なる」とは、脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物によって治療薬又は緩和剤の候補の投与前の対象又はてんかんに罹った対象の濃度よりも高いか、低い場合のいずれかであり、例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が治療薬又は緩和剤の候補の投与前の対象又はてんかんに罹った対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度よりも低いこと、好ましくは有意に低いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が治療薬又は緩和剤の候補の投与前の対象又はてんかんに罹った対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に低いか、あるいはその約0.9倍以下、約0.75倍以下、約0.5倍以下、約0.25倍以下、約0.1倍以下、約0.05倍以下、又は約0.01倍以下であること)を意味する。また、工程(J)の「有意に異ならない」とは、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と同等であること(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に異ならないか、あるいはその約0.8倍を超え約1.2倍未満であること、又は約0.9倍を超え約1.1倍未満であること)を意味する。本発明の一実施形態のスクリーニング方法は、本発明の検出方法及び判定方法の実施形態の記載に従って実施することができる。本発明の一実施形態のスクリーニング方法においててんかんの治療薬又は緩和剤の候補を投与される対象は、好ましくはてんかんに罹った対象である。本発明の一実施形態のスクリーニング方法を実施する場合には、対象はヒト以外の哺乳動物を用いることができる。本発明の一実施形態のスクリーニング方法の対象となるてんかんの治療薬は、本発明の判定方法で述べたものと同様である。また、本発明の一実施形態においててんかんの緩和剤としては、てんかんの症状の緩和機能を有する食品(例えば、食品組成物)、医薬部外品(例えば、薬用化粧品)、飼料(例えば、ペットフード)、化粧品(例えば、化粧組成物)、スキンケア組成物が挙げられ、上記食品には、サプリメント、特定保健用食品、機能性表示食品、又は栄養食品が含まれる。また、「緩和」は改善を含む意味で用いられる。
【0039】
別の側面において、本発明の一実施形態は(K)てんかんに罹患した対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と、健常な対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程と、(L)上記の測定した2つの濃度を比較する工程とを含む、生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物においててんかんマーカーを同定する方法を提供する。本発明の一実施形態の同定方法は、上記工程(L)で行った濃度の比較結果に基づいて、脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物をてんかんマーカーと決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、てんかんに罹患した対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異なる場合に、同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物がてんかんマーカーであることが示される。すなわち、本発明の一実施形態の同定方法は、(M)てんかんに罹患した対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異なる場合に、同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物がてんかんマーカーであると決定する工程をさらに含んでいてもよい。工程(M)の「有意に異なる」とは、脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物によって健常な対象の濃度よりも高いか、低い場合のいずれかであり、例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度よりも高いこと、好ましくは有意に高いこと(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と比較して統計学的に有意に高いか、あるいはその約1.1倍以上、約1.25倍以上、約1.5倍以上、約1.75倍以上、約2.0倍以上、約3倍以上、約5倍以上、約10倍以上、約50倍以上、又は約100倍以上であること)を意味する。本発明の一実施形態の同定方法は、本発明の検出方法及び判定方法の実施形態の記載に従って実施することができる。
【0040】
本発明の一実施形態の検出方法によりてんかんが検出された対象あるいは本発明の一実施形態の診断方法によりてんかんと診断された対象に対しては、てんかんに対する治療を実施することができる。従って、別の側面において、本発明の一実施形態は(A)対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程と、(B)対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度とを比較する工程と、(C)対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、健常な対象の生体試料中の同脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度と有意に異なる場合に、対象がてんかんに罹患していると決定する工程と、(N)てんかんに罹患していると決定された対象に、てんかんに対する治療を実施する工程を含む、てんかんの治療方法を提供する。本発明の一実施形態の治療方法のうちてんかんの検出工程及び決定工程(すなわち、工程(A)、(B)及び(C))は、本発明の検出方法の実施形態の記載及び本発明の診断方法の実施形態に従って実施することができる。またてんかんに対する治療は、本発明の判定方法の実施形態の記載に従って実施することができる。
【0041】
別の側面において、本発明の一実施形態は対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の検出手段(例えば濃度測定手段(例えば定量手段))を含む、てんかんの検出用キットを提供する。本発明の一実施形態のキットは、典型的には、上記の本発明の検出方法の実施形態に従っててんかんを検出するためのキットである。脂質代謝物の検出手段としては、例えば、脂質代謝物に特異的に結合する物質が挙げられ、例えば、脂質代謝物に対する抗体を含む。脂質代謝物の検出手段としてはまた、上記のような質量分析法に使用する質量分析計が挙げられる。一酸化窒素代謝物の検出手段としては、例えば、上記のようなジアゾ化反応吸光度測定法、化学発光法、電極法、電子スピン共鳴法、又はGriess法に使用する試薬(例えばアミン類)が挙げられる。本発明の一実施形態のキットは、緩衝液、又は取扱説明書を含んでいてもよい。
【0042】
本発明の一実施形態のキットにおいて、脂質代謝物の検出手段が抗体である場合には、キットはその抗体を利用するイムノアッセイにより脂質代謝物の濃度を測定するために必要な試薬(及び場合によっては装置)を含んでいてもよい。
【0043】
本発明の一実施形態のキットは、サンドイッチ法又は競合法によって脂質代謝物の濃度を測定するキットであってもよい。このキットは、マイクロタイタープレート、捕捉用の抗脂質代謝物抗体、アルカリホスファターゼもしくはペルオキシダーゼで標識した抗脂質代謝物抗体、又はアルカリホスファターゼの基質もしくはペルオキシダーゼの基質を含んでいてもよい。
【0044】
本発明の一実施形態のキットはまた、二次抗体を使用したサンドイッチ法によって脂質代謝物の濃度を測定するキットであってもよい。このキットは、マイクロタイタープレート、捕捉用の抗脂質代謝物抗体、一次抗体としての抗脂質代謝物抗体、二次抗体としての、アルカリホスファターゼもしくはペルオキシダーゼで標識した抗脂質代謝物抗体に対する抗体、又はアルカリホスファターゼの基質もしくはペルオキシダーゼの基質を含んでいてもよい。
【0045】
上記キットは、例えば、以下のようにして使用することができる。まず、マイクロタイタープレートに捕捉用抗体を固定し、ここに対象の生体試料を適宜希釈して添加した後インキュベートし、試料を除去して洗浄する。続いて、一次抗体を添加してインキュベート及び洗浄を行い、さらに酵素標識した二次抗体を添加してインキュベートを行った後、基質を加えて発色させる。マイクロタイタープレートリーダー等を用いて発色を測定することにより、脂質代謝物の濃度を求めることができる。競合法を用いる場合、マイクロプレートに捕捉用抗体を固定し、生体試料及び濃度があらかじめ分かっている酵素標識抗原を、同一マイクロプレート内で同時に反応させる。反応後、マイクロプレートに残る酵素活性を検出することにより、脂質代謝物の濃度を求めることができる。
【0046】
本発明の一実施形態のキットにおいて、標識抗体は、酵素標識した抗体に限定されず、放射性物質(25I、131I、35S、3H等)、蛍光物質(フルオレセインイソチオシアネート、ローダミン、ダンシルクロリド、フィコエリトリン、テトラメチルローダミンイソチオシアネート、近赤外蛍光材料等)、発光物質(ルシフェラーゼ、ルシフェリン、エクオリン等)、ナノ粒子(金コロイド、量子ドット)等で標識した抗体であってもよい。また、標識抗体としてビオチン化抗体を用い、標識したアビジン又はストレプトアビジンをキットに加えることもできる。
【0047】
本発明の一実施形態のキットの例としてはさらに、イムノクロマト法によって脂質代謝物の濃度を測定するキットが挙げられる。このキットは、金コロイドなどで標識した第1の抗脂質代謝物抗体が格納された抗体格納部と、第2の抗脂質代謝物抗体(好ましくは脂質代謝物の別のエピトープを認識する抗体)をセルロース膜などにライン状に固定した判定部とが細い溝でつながれた構成とすることができる。
【0048】
上記キットは、例えば、以下のようにして使用することができる。まず、抗体格納部あるいは抗体格納部に隣接する生体試料受部に生体試料を添加すると、抗体格納部で標識抗体と脂質代謝物が結合して脂質代謝物-標識抗体複合体となり、複合体が毛細管現象により溝を通って判定部に移動する。続いて、複合体が、固定された第2の抗脂質代謝物抗体に捕捉されると、金コロイドのプラズモン効果により、赤色のラインが判定部に出現し、脂質代謝物の存在を検出することができる。この場合のキットは検査用スティック等のスティック状の形態で提供することができ、検査用スティックは生体試料を吸収するための吸収紙や、乾燥剤等をさらに備えていてもよい。
【0049】
本発明の一実施形態のキットにおいて、脂質代謝物の検出手段が質量分析計である場合には、質量分析計に加えて、場合によっては内部標準装置を含んでもよい。内部標準を用いることにより質量分析器による測定の際に、分析毎の抽出効率及びイオン化効率を補正することができる。質量分析に使用する内部標準としては、例えば、重水素化脂質代謝物が挙げられる。
【0050】
本発明の一実施形態のキットは、上記に加えて、本発明の検出方法及び判定方法の実施形態の記載に従って実施することができる。
【0051】
別の側面において、本発明の一実施形態は対象のてんかんの治療緩和又は緩和に用いられるための医薬組成物又は緩和剤であって、上記対象は上記の検出方法の実施形態に記載の方法(例えば、対象の生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む、てんかんの検出方法)によっててんかんであると予測された対象である、医薬組成物又は緩和剤を提供する。この医薬組成物又は緩和剤によれば、てんかんを罹患している対象の治療又は緩和を行うことができる。この医薬組成物又は緩和剤は、任意の抗てんかん薬を含んでいてもよく、例えば、上記のNaチャネル阻害剤、Caチャネル阻害剤、グルタミン酸受容体阻害剤、シナプス小胞放出阻害剤、GABAトランスアミナーゼ阻害剤、又はGABA類似体薬を含んでいてもよい。この医薬組成物又は緩和剤は、例えば、カルバマゼピン、フェニトイン、ラモトリギン、ゾニサミド、エトスクシミド、ガバペンチン、トピラマート、ペランパネル、レベチラセタム、バルプロ酸、ガバペンチン、プレガバリン、ドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸、又はそれらの塩のような、抗てんかん薬を含んでいてもよい。
【0052】
別の側面において、本発明の一実施形態は対象からの生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の検出方法であって、患者(例えば、てんかんの疑いがある対象又はてんかんを有する対象)からの生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度を測定する工程を含む、方法を提供する。この方法によれば、対象がてんかんを発症しているかどうかを評価することができる。この方法は、対象の生体試料を得る(例えば、回収する)工程を含んでもよい。この方法の実施においては、上記の本発明の検出方法及び判定方法の各実施形態をいずれも採用することができる。
【0053】
本発明の一実施形態において、上記の各方法(例えば、てんかんの検出方法、診断方法、治療効果の判定方法、治療方法)、マーカー、キット、又は医薬組成物を利用する場合、例えば、生体試料中の脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の検出が実施される。このとき、CSF中の6-keto-PGF1α、20-carboxy-AA、9-HODE、又はlyso-PAF濃度を測定することでMUOを検出してもよい。CSF中のNO2 -、NO3 -、又はそれらの合計の濃度を測定することでMUO又はIEを検出してもよい血漿中のPGF濃度を測定することでMUOを検出してもよい。血漿中の20-carboxy-AA、OEA、又は11,12-DHET濃度を測定することでIEを検出してもよい。血漿中のNO2 -濃度を測定することでMUOを検出してもよい。これらの測定において、被検対象の各脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物の濃度が、健常な対象の濃度よりも有意に高いときに、被検対象がMUO又はIEに罹患していると評価してもよい。
【0054】
本発明の一実施形態において「濃度を測定」は、試料に脂質代謝物又は一酸化窒素代謝物が一定濃度以上含まれていることを検出すること、定性的もしくは定量的に濃度を測定すること、又は量を測定することを含む。本発明の一実施形態において「有意に」は、Kruskal-Wallis検定、Steel-Dwass多重比較検定、又はPearson's相関分析を使用して評価し、p<0.05又はp<0.01である状態であってもよい。又は、実質的に差異が生じている状態であってもよい。
【0055】
本明細書において引用しているあらゆる刊行物、公報類は、その全体を参照により援用する。本明細書において「又は」は、文章中に列挙されている事項の「少なくとも1つ以上」を採用できるときに使用される。「もしくは」も同様である。
【0056】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明に含まれ得る形態の例示であり、本発明はこれらに限定されるものではなく、上記以外の様々な構成を採用することもできる。また本発明は、上記実施形態に記載の各構成又は特徴を組み合わせて、又は独立して採用することもできる。
【実施例0057】
以下、実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0058】
本実施例では、起源不明髄膜脳炎(MUO)及び特発性てんかん(IE)のイヌの脳脊髄液(CSF)及び血漿中の脂質代謝物及び一酸化窒素代謝物濃度を、それぞれ液体クロマトグラフィータンデム質量分析計及びNOx分析計を用いて測定した。以下に結果及び実験方法を示す。
【0059】
結果
試料情報
本研究では、IE 11頭、MUO 12頭、臨床的に健常なイヌ9頭の合計32頭を使用した。
【0060】
イヌ種は、ビーグル(n=9)、チワワ(n=9)、トイプードル(n=6)、マルチーズプードル(n=2)、パピヨン(n=2)、パグ(n=2)、ヨークシャーテリア(n=1)、混血(n=1)を含む。オス11頭(去勢済み7頭)、メス21頭(去勢済み14頭)であった。年齢中央値は5.0歳(範囲:1~14歳)、体重中央値は4.2kg(範囲:1.9~11.3kg)であった。23頭の症候性イヌのうち、13頭は全身発作、3頭は焦点発作、7頭は発作はないが麻痺、跛行、頭部傾斜、失明など他の神経学的異常を有していた。最後の発作の発生からの期間の中央値は12.5日(範囲:1~26日)であった。IEと診断された11頭中7頭、MUOと診断された12頭中4頭は、すでに抗てんかん薬(AED)の処方がされていた。また、IE 1頭、MUO 7頭にはプレドニゾロンが処方されていた。
【0061】
CSF中の脂質産生プロファイル
尿検体を用いた我々の以前の研究(Takenouchi S. et al. J. Vet. Med. Sci. 84, 689-693 (2022))に基づいて、CSF及び血漿中の196種類の脂質代謝物をLC-MS/MSを用いて測定した。この研究のために採取されなかった試料もある。13頭のイヌから相当量の血漿が、4頭のイヌからCSF試料が保存されていなかった。196種類の脂質のうち、127種類はCSFから検出されなかったが、69種類は標準的な基準範囲内であった。
【0062】
このうち、CSF中の脂質は4種類がグループ間で有意に異なっていた。図1に、これらの脂質代謝物を脂質代謝の模式図とともに示す。PGI2の代謝物である6-ケト-プロスタグランジンF(6-keto-PGF)のCSFレベルは、MUOのイヌでは健常なイヌより高かった。同様に、20-カルボキシアラキドン酸(20-carboxy-AA)、リノール酸の代謝物である9-ヒドロキシオクタデカジエン酸(9-HODE)、及びリゾ血小板活性化因子(lyso-PAF)のレベルは、MUO群で対照群に比べ有意に高値であった。また、lyso-PAFレベルはMUOのイヌではIEのイヌよりも有意に高く(p<0.05)、CSFの細胞数と正の相関があった(R=0.926、p<0.001、図2)。本実施例で測定したlyso-PAFはlyso-PAF C-16である。
【0063】
血漿中の脂質産生プロファイル
血漿中に検出された114種類の脂質代謝物のうち、群間で有意差があったのは4種類のみであった(図3)。20-carboxy-AAの血漿中濃度は、健常対照イヌよりもIEのイヌで高く、MUOのイヌでは高くなかった。同様に、オレオイルエタノールアミド(OEA)及び11,12-ジヒドロキシエイコサトリエン酸(11,12-DHET)の血漿中濃度は、健常対照イヌよりもIEで高値であった。さらに、11,12-DHETの濃度は、MUOのイヌよりもIEのイヌで高くなった。ジホモ-γ-リノレン酸の代謝物であるPGFの血漿中濃度は、MUOのイヌではIE及び健常対照イヌよりも統計的に高かった(p<0.05)。
【0064】
CSF又は血漿中のNOx産生
CSF及び血漿試料のNOxレベルを評価した(図4)。MUO及びIEのイヌでは、NO2 -、NO3 -及びそれらの合計のCSFレベルは、健常対照イヌに比べて高かった。一方、血漿中のNO2 -は、MUOのイヌでIEや健常対照イヌよりも高かったものの、NO3 -レベルやNO2-とNO3-の合計にはグループ間で大きな差はなかった。
【0065】
実験方法
動物及び試料回収
本試験は、東京大学動物医療センターにおいて、2018年10月から2020年4月までの期間に実施した後方視的単施設研究である。患者はすべてクライアント所有のイヌである。臨床例のCSF及び血漿試料を、獣医師による診断のためにはじめに採取した。試料は、当初の目的に使用した後、残量が相当量になった時点で保管され、研究への利用が承認された。対照群として、臨床的に健常なイヌを東京大学獣医外科学研究室で飼育した。臨床目的に使用後の研究への使用については、すべての飼い主から書面によるインフォームドコンセントを得た。すべての方法は関連するガイドライン及び規則(東京大学動物実験委員会;P18-115、21-020)に従い、本研究はARRIVEガイドラインに準拠して実施した。
【0066】
患者はすべて我々の病院でIE又はMUOと臨床診断した。Tier II信頼レベルでのIEの診断手順は、De Risio, L. et al. BMC Vet. Res. 11, 148 (2015)に基づいて実施した。神経学的検査、頭蓋MRI、髄液検査に異常は認められず、病歴、身体検査、血液検査により反応性発作を除外した。MUOはGranger, N. et al. Vet. J. 184, 290-297 (2010)に基づき診断した。イヌ種素因などの臨床症状やMRIの外観を観察したが、応答性発作や構造的てんかんの他の原因は陰性であった。
【0067】
血漿及び髄液試料は、臨床的に示された手順で取得した。静脈から採取した血液をヘパリン処理したチューブに入れ、500×gで5分間遠心分離した。上清を血漿試料として-80℃で保存した。髄液試料をイソフルラン麻酔下、23ゲージ又は25ゲージ針による小脳延髄槽穿刺法により採取した。ルーチン分析を行い、遠心分離後に上清を採取し、CSF試料として-80℃で保存した。
【0068】
LC-MS/MSによる脂質の網羅的分析
CSF試料を20,000×g、10分間、4℃で遠心分離した後、上清50μlを1%ギ酸水750μl及び内部標準液10μlと混合した。この混合溶液を、200μlのメタノールと蒸留水で前処理した固相抽出カートリッジ(OASIS μElution plate (Waters, MA, USA))に供した。血漿試料をCSFと同様に遠心分離し、上清100μlを有機溶媒(メタノール:アセトニトリル=1:1、v/v、5N塩酸含有)100μl及び内部標準液10μlと混合して脱蛋白質化した。遠心分離後、上清100μlを1%ギ酸水700μlと混合した。混合溶液をOasis PRiME HLBカートリッジ(Waters, MA, USA)に供した。
【0069】
200μlの蒸留水と200μlのヘキサンで洗浄した後、CSF又は血漿試料の脂質フラクションを50μlのメタノールで溶出した。溶出した試料溶液をUltrafree-MC Centrifugal Filter (Merck KGaA, Darmstadt, Germany)でろ過した。回収した分析物を測定に使用した。
【0070】
5μlの分析物を質量分析計(LCMS-8060, Shimadzu)を備えた高速液体クロマトグラフ(Nexera 2, Shimadzu, Kyoto, Japan)に注入した。196種類の脂質メディエーターを測定し、Method Package for Lipid Mediators Version 3 with LabSolutions software(Shimadzu)を用いて解析した。各脂質をリテンションタイムと選択した反応モニターイオン遷移によって同定した。試料中の各脂質メディエーターのレベルは、以下の式で計算されるピーク面積比を比較することで評価した:各代謝物のピーク面積/内部標準物質のピーク面積。
【0071】
NOx測定
NOの安定代謝物である亜硝酸イオン(NO2 -)及び硝酸イオン(NO3 -)の測定には、CSF又は血漿の試料30μlを用い、ENO-20 NOx analyzer(Eicom, Kyoto, Japan)を用いて、メーカーの説明書に従って測定した。標準液には亜硝酸ナトリウムと硝酸ナトリウム(Wako, Osaka, Japan)を使用した。
【0072】
統計解析
すべての統計解析は、MS Excel(Microsoft Corporation, Redmond, Washington, U.S.)のアドインであるXLSTAT Life Science(version 2021.2.2.1141, Addinsoft, Paris, France)を用いて実施した。グループ間の比較には、Kruskal-Wallis検定、Steel-Dwass多重比較検定、及びPearsonの相関分析を使用した。有意水準は、すべての統計的比較についてp値<0.05に設定した。
【0073】
我々はMUO又はIEのイヌのCSF及び血漿において、いくつかの特異的な脂質代謝物及び一酸化窒素代謝物の上昇を確認した。これは、CSF及び血漿中の脂質代謝物及び一酸化窒素代謝物が中枢神経系疾患の診断に有用なバイオマーカーとなり得ること、及び脂質プロファイルがこれらの疾患の病態生理学的メカニズムに関連している可能性を示す。特に、血漿中に特異的な脂質代謝物及び一酸化窒素代謝物を検出する方法は、麻酔や鎮静剤を使用せずに中枢神経系疾患を診断できる革新的な方法といえる。イヌのてんかん発作性疾患はヒトのトランスレーショナルモデルとして優れているため、この結果はヒトの医療にも相互に利益をもたらすものである。
【0074】
以上、実施例を説明した。この実施例はあくまで例示であり、種々の変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
図1
図2
図3
図4