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特開2025-39086結晶構造解析用器具、及びその製造方法、並びに、標的分子の分子構造決定方法
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  • 特開-結晶構造解析用器具、及びその製造方法、並びに、標的分子の分子構造決定方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025039086
(43)【公開日】2025-03-21
(54)【発明の名称】結晶構造解析用器具、及びその製造方法、並びに、標的分子の分子構造決定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/20025 20180101AFI20250313BHJP
   G01N 23/207 20180101ALI20250313BHJP
   G01N 1/28 20060101ALI20250313BHJP
   G01N 1/36 20060101ALI20250313BHJP
【FI】
G01N23/20025
G01N23/207
G01N1/28 W
G01N1/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023145929
(22)【出願日】2023-09-08
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)令和5年3月8日、https://confit.atlas.jp/guide/event/csj103rd/proceedings/list(日本化学会 第103春季年会(2023)講演予稿集)にて公開 (2)令和5年3月25日、日本化学会 第103春季年会(2023)にて公開
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100108419
【弁理士】
【氏名又は名称】大石 治仁
(74)【代理人】
【識別番号】100201949
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 久美
(74)【代理人】
【識別番号】100227097
【弁理士】
【氏名又は名称】橋本 幸治
(74)【代理人】
【識別番号】100180334
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 洋美
(74)【代理人】
【識別番号】100177149
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 浩義
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(72)【発明者】
【氏名】藤田 誠
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 宗太
【テーマコード(参考)】
2G001
2G052
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA18
2G001CA01
2G001KA08
2G001PA01
2G001PA06
2G001QA02
2G001RA10
2G052DA05
2G052DA23
2G052DA33
2G052GA19
2G052JA05
(57)【要約】      (修正有)
【課題】結晶スポンジ法による分子構造決定方法における一連の作業を、実験器具や手指を結晶構造解析試料に接触させることなく行うことを可能にし、かつ、一連の作業の完全自動化に寄与する結晶構造解析用器具とその製造方法、及び、標的分子の分子構造決定方法、を提供する。
【解決手段】単結晶保持具1a、2a、単結晶固定用液体1b、2b、及び1又は2以上の結晶構造解析試料1c、2cを有する結晶構造解析用器具1、2であって、単結晶保持具は、直接又は他の部品を介して結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る形状を有し、単結晶固定用液体は、流動性を喪失した状態で単結晶保持具の表面上に存在しており、結晶構造解析試料は、単結晶固定用液体に覆われた状態で単結晶保持具の表面に直接的又は間接的に固定されており、結晶構造解析試料は、規則的に配置された複数の標的分子収容空間を有する単結晶に標的分子を規則的に収容して成る。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
単結晶保持具、単結晶固定用液体、及び1又は2以上の結晶構造解析試料を有する結晶構造解析用器具であって、
前記単結晶保持具は、直接又は他の部品を介して、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る形状を有するものであり、
前記単結晶固定用液体は、流動性を喪失した状態で前記単結晶保持具の表面上に存在しており、
前記結晶構造解析試料は、前記単結晶固定用液体に覆われた状態で、単結晶保持具の表面に直接的又は間接的に固定されており、
前記結晶構造解析試料は、規則的に配置された複数の標的分子収容空間を有する単結晶が、その標的分子収容空間に標的分子を規則的に収容して成るものである結晶構造解析用器具。
【請求項2】
前記単結晶保持具の全体又は一部の形状が、多穴プレート状、皿状、板状又は薄膜状である、請求項1に記載の結晶構造解析用器具。
【請求項3】
前記単結晶保持具の全体又は一部が、ガラス製、樹脂製又はカーボン製である、請求項1に記載の結晶構造解析用器具。
【請求項4】
前記単結晶保持具表面上の単結晶固定用液体が、体積が0.01~500μLの液滴である、請求項1に記載の結晶構造解析用器具。
【請求項5】
前記単結晶保持具表面上の単結晶固定用液体の液滴の数が、1~500個である、請求項4に記載の結晶構造解析用器具。
【請求項6】
前記単結晶固定用液体の液滴1つに含まれる前記結晶構造解析試料の数が、1~1000個である、請求項4に記載の結晶構造解析用器具。
【請求項7】
前記結晶構造解析試料は、その結晶構造解析試料を収容し得る最小の直方体を仮想したときに、最も長い辺の長さが500μm以下のものである、請求項1に記載の結晶構造解析用器具。
【請求項8】
前記単結晶が、前記単結晶保持具の表面で成長したものである、請求項1に記載の結晶構造解析用器具。
【請求項9】
前記単結晶が、多核金属錯体の結晶である、請求項1に記載の結晶構造解析用器具。
【請求項10】
前記単結晶保持具が、樹脂製多穴プレートであり、
前記結晶構造解析試料は、その結晶構造解析試料を収容し得る最小の直方体を仮想したときに、最も長い辺の長さが100μm以下のものである、請求項1に記載の結晶構造解析用器具。
【請求項11】
請求項1に記載の結晶構造解析用器具の製造方法であって、
単結晶保持具に単結晶調製用溶液を接触させ、前記単結晶保持具の表面に単結晶を析出させるステップ(ステップa)、
ステップaで析出した単結晶に単結晶固定用液体を接触させるステップ(ステップb)、及び
単結晶保持具上の単結晶に標的分子を接触させ、前記単結晶の標的分子収容空間に標的分子を規則的に収容させるステップ(ステップc)、を有する、結晶構造解析用器具の製造方法。
【請求項12】
単結晶固定用液体と標的分子とを含有する液体を使用して、ステップbとステップcとを同時に行うことを特徴とする、請求項11に記載の結晶構造解析用器具の製造方法。
【請求項13】
実験器具又は手指が、単結晶と結晶構造解析試料のいずれにも接触することなくステップa、ステップb、及びステップcを行なうことを特徴とする、請求項11に記載の結晶構造解析用器具の製造方法。
【請求項14】
請求項1に記載の結晶構造解析用器具を用いて、結晶構造解析法により標的分子の分子構造を決定する方法であって、
実験器具又は手指が、結晶構造解析用器具を構成する結晶構造解析試料に接触することなく、前記結晶構造解析試料を結晶構造解析装置に設置することを特徴とする、標的分子の分子構造決定方法。
【請求項15】
結晶構造解析法により、標的分子の分子構造を決定する方法であって、下記のステップ1及びステップ2を有する、標的分子の分子構造決定方法。
〔ステップ1〕
請求項10に記載の結晶構造解析用器具を構成する結晶構造解析試料に、放射光X線を照射し、回折強度データを収集するステップ
〔ステップ2〕
前記ステップ1を、複数の結晶構造解析試料に対して行い、集められた回折強度データを基に、標的分子の分子構造を決定するステップ
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶構造解析用器具、及びその製造方法、並びに、標的分子の分子構造決定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、信頼性の高い分子構造決定方法の1つとして、単結晶X線回折法等の単結晶構造解析法が知られている。しかしながら、単結晶構造解析法においては、良質の単結晶を測定試料として用いる必要があるため、未知の化合物や結晶化し難い化合物等の結晶構造解析を行う場合、測定試料の作製に多くの時間と労力を要することがあった。
【0003】
この問題を解決する方法として、多孔性高分子化合物の単結晶を利用する方法が知られている。
例えば、特許文献1には、高分子錯体の単結晶の細孔内に解析対象化合物の分子を規則正しく配列させ、得られたゲスト分子包接体を測定試料として用いて結晶構造解析を行う方法(いわゆる、「結晶スポンジ法による分子構造決定方法」)等が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2014/038220号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
図1は、結晶スポンジ法により解析対象化合物の分子(以下、「解析対象化合物の分子」を「標的分子」と記載することがある。)の分子構造を決定する際の手順の一例を簡潔に表した図である。
この例では、まず、図1(a)、(b)に示すように、高分子錯体の原料溶液を調製し、これを静置して高分子錯体の単結晶を析出させる。
次いで、図1(c)、(d)に示すように、得られた単結晶の一部をピペット等で溶液ごと吸い取り、単結晶を標的分子が溶解した溶液が入った容器に移し、単結晶を標的分子が溶解した溶液に浸漬させる。
次いで、図1(e)に示すように、標的分子が溶解した溶液を濃縮しつつ、標的分子を単結晶内に取り込ませる。
次いで、図1(f)、(g)に示すように、標的分子を取り込んだ単結晶を、接着剤等を用いてガラス棒の先端に固定したり、キャピラリーに詰めて固定したり、サンプルループに固定したりした後、単結晶を結晶構造解析装置に設置して測定を行う。
【0006】
このように、従来の方法においては、ピペット等で単結晶を移動させる作業や結晶構造解析を行う前に単結晶を固定する作業等、実験器具や手指が単結晶に直接接触する作業が必要であり、その際に単結晶を劣化させるおそれがあった。
また、構造解析をより効率よく行うためには、結晶スポンジ法による分子構造決定方法における一連の作業を完全自動化することが望まれるが、単結晶は非常に脆い場合があり、上記のような実験器具等が単結晶に直接接触する作業の機械化は困難であった。
【0007】
本発明はこれらの問題を解決するものであり、結晶スポンジ法による分子構造決定方法における一連の作業を、実験器具や手指を結晶構造解析試料(及び、その前駆体である単結晶)に接触させることなく行うことを可能にし、かつ、前記一連の作業の完全自動化に寄与する結晶構造解析用器具とその製造方法、及び、標的分子の分子構造決定方法、を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、結晶スポンジ法による分子構造決定方法における一連の作業について鋭意検討した。
その結果、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る形状を有する単結晶保持具と、結晶構造解析試料(及び、その前駆体である単結晶)の固定剤又は固定助剤として機能する単結晶固定用液体とを用いることにより、目的の特性を有する結晶構造解析用器具が効率よく得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
かくして本発明によれば、下記〔1〕~〔10〕の結晶構造解析用器具、〔11〕~〔13〕の結晶構造解析用器具の製造方法、及び〔14〕、〔15〕の標的分子の分子構造決定方法が提供される。
【0010】
〔1〕単結晶保持具、単結晶固定用液体、及び1又は2以上の結晶構造解析試料を有する結晶構造解析用器具であって、前記単結晶保持具は、直接又は他の部品を介して、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る形状を有するものであり、前記単結晶固定用液体は、流動性を喪失した状態で前記単結晶保持具の表面上に存在しており、前記結晶構造解析試料は、前記単結晶固定用液体に覆われた状態で、単結晶保持具の表面に直接的又は間接的に固定されており、前記結晶構造解析試料は、規則的に配置された複数の標的分子収容空間を有する単結晶が、その標的分子収容空間に標的分子を規則的に収容して成るものである結晶構造解析用器具。
〔2〕前記単結晶保持具の全体又は一部の形状が、多穴プレート状、皿状、板状又は薄膜状である、〔1〕に記載の結晶構造解析用器具。
〔3〕前記単結晶保持具の全体又は一部が、ガラス製、樹脂製又はカーボン製である、〔1〕又は〔2〕に記載の結晶構造解析用器具。
〔4〕前記単結晶保持具表面上の単結晶固定用液体が、体積が0.01~500μLの液滴である、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の結晶構造解析用器具。
〔5〕前記単結晶保持具表面上の単結晶固定用液体の液滴の数が、1~500個である、〔4〕に記載の結晶構造解析用器具。
〔6〕前記単結晶固定用液体の液滴1つに含まれる前記結晶構造解析試料の数が、1~1000個である、〔4〕又は〔5〕に記載の結晶構造解析用器具。
〔7〕前記結晶構造解析試料は、その結晶構造解析試料を収容し得る最小の直方体を仮想したときに、最も長い辺の長さが500μm以下のものである、〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の結晶構造解析用器具。
〔8〕前記単結晶が、前記単結晶保持具の表面で成長したものである、〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の結晶構造解析用器具。
〔9〕前記単結晶が、多核金属錯体の結晶である、〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の結晶構造解析用器具。
〔10〕前記単結晶保持具が、樹脂製多穴プレートであり、前記結晶構造解析試料は、その結晶構造解析試料を収容し得る最小の直方体を仮想したときに、最も長い辺の長さが100μm以下のものである、〔1〕~〔9〕のいずれかに記載の結晶構造解析用器具。
〔11〕前記〔1〕~〔10〕のいずれかに記載の結晶構造解析用器具の製造方法であって、単結晶保持具に単結晶調製用溶液を接触させ、前記単結晶保持具の表面に単結晶を析出させるステップ(ステップa)、ステップaで析出した単結晶に単結晶固定用液体を接触させるステップ(ステップb)、及び単結晶保持具上の単結晶に標的分子を接触させ、前記単結晶の標的分子収容空間に標的分子を規則的に収容させるステップ(ステップc)、を有する、結晶構造解析用器具の製造方法。
〔12〕単結晶固定用液体と標的分子とを含有する液体を使用して、ステップbとステップcとを同時に行うことを特徴とする、〔11〕に記載の結晶構造解析用器具の製造方法。
〔13〕実験器具又は手指が、単結晶と結晶構造解析試料のいずれにも接触することなくステップa、ステップb、及びステップcを行なうことを特徴とする、〔11〕又は〔12〕に記載の結晶構造解析用器具の製造方法。
〔14〕前記〔1〕~〔10〕のいずれかに記載の結晶構造解析用器具を用いて、結晶構造解析法により標的分子の分子構造を決定する方法であって、実験器具又は手指が、結晶構造解析用器具を構成する結晶構造解析試料に接触することなく、前記結晶構造解析試料を結晶構造解析装置に設置することを特徴とする、標的分子の分子構造決定方法。
〔15〕結晶構造解析法により、標的分子の分子構造を決定する方法であって、下記のステップ1及びステップ2を有する、標的分子の分子構造決定方法。
〔ステップ1〕
前記〔10〕に記載の結晶構造解析用器具を構成する結晶構造解析試料に、放射光X線を照射し、回折強度データを収集するステップ
〔ステップ2〕
前記ステップ1を、複数の結晶構造解析試料に対して行い、集められた回折強度データを基に、標的分子の分子構造を決定するステップ
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、結晶スポンジ法による分子構造決定方法における一連の作業を、実験器具や手指を結晶構造解析試料(及び、その前駆体である単結晶)に接触させることなく行うことを可能にし、かつ、前記一連の作業の完全自動化に寄与する結晶構造解析用器具とその製造方法、及び、標的分子の分子構造決定方法、が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】結晶スポンジ法により分子構造を決定する際の一般的な方法を簡潔に表した図である。
図2】本発明の結晶構造解析用器具の一例を模式的に表した図である。
図3】多穴プレート状の単結晶保持具を有する結晶構造解析用器具の製造過程を簡潔に表した図である。
図4】板状の単結晶保持具を有する結晶構造解析用器具の製造過程を簡潔に表した図である。
図5】製造例1で行った結晶構造解析の結果を表す図である。
図6】参考例1で行った結晶構造解析の結果を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を、1)結晶構造解析用器具とその製造方法、及び、2)標的分子の分子構造決定方法に項分けして詳細に説明する。
【0014】
1)結晶構造解析用器具とその製造方法
本発明の結晶構造解析用器具は、単結晶保持具、単結晶固定用液体、及び1又は2以上の結晶構造解析試料を有する結晶構造解析用器具であって、前記単結晶保持具は、直接又は他の部品を介して、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る形状を有するものである。前記単結晶固定用液体は、流動性を喪失した状態で前記単結晶保持具の表面上に存在しており、前記結晶構造解析試料は、前記単結晶固定用液体に覆われた状態で、単結晶保持具の表面に直接的又は間接的に固定されており、前記結晶構造解析試料は、規則的に配置された複数の標的分子収容空間を有する単結晶が、その標的分子収容空間に標的分子を規則的に収容して成るものである。
【0015】
本明細書において、「標的分子」とは、解析対象化合物の分子を意味する。
「標的分子収容空間」とは、標的分子が収容される、単結晶の内部の空間を意味する。該空間は、標的分子を収容できるものであれば、その形状に制限はなく、例えば、「細孔」のように、細長いものであってもよい。
「規則的に配置された複数の標的分子収容空間」の「規則的に配置された」とは、標的分子収容空間の周囲の分子の構造を結晶構造解析法により決定できる状態を意味する。
「単結晶が標的分子を規則的に収容する」とは、標的分子の分子構造を結晶構造解析法により決定できる状態で、単結晶が標的分子を収容していることを意味する。
本明細書において、「結晶構造解析試料」とは、単結晶の標的分子収容空間に標的分子が包接してなるものをいう。
また、本明細書において、「単結晶」とは、原則として、単結晶性を有する結晶であって、かつ、標的分子収容空間に標的分子を有していないもの(すなわち、結晶構造解析試料の前駆体)をいう。ただし、一部において、標的分子収容空間に標的分子を有しているもの(すなわち、結晶構造解析試料)を含めて、「単結晶」という表現を使用している。
【0016】
本発明の結晶構造解用器具は、結晶構造解析法により標的分子の分子構造を決定する際に用いられる。
本発明の結晶構造解析用器具においては、結晶構造解析試料やその前駆体である単結晶は単結晶保持具の表面に固定されている。したがって、結晶スポンジ法による分子構造決定方法における一連の作業において、単結晶保持具を把持することで、実験器具や手指を単結晶や結晶構造解析試料に接触させることなく、単結晶や結晶構造解析試料を移動させることができる。
【0017】
〔単結晶保持具〕
本発明の結晶構造解析用器具を構成する単結晶保持具は、結晶構造解析試料やその前駆体である単結晶を固定するための部材として機能するものである。
【0018】
前記単結晶保持具は、直接又は他の部品を介して、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る形状を有する。
単結晶保持具がそのような形状を有するため、従来、結晶構造解析を行う前に行われてきた結晶構造解析試料(標的分子を取り込んだ単結晶)を、ガラス棒の先端やキャピラリー内に固定する作業を省略することができる。
【0019】
単結晶保持具が有する、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る形状としては、例えば、キャピラリー状、棒状、板状等が挙げられる。ただし、これらに限定されるものではない。
単結晶保持具が有する、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る形状がキャピラリー状や棒状である場合、従来の結晶構造解析装置のゴニオメーターヘッドを利用して、単結晶保持具を結晶構造解析装置のゴニオメーターに効率よく固定することができる。
【0020】
単結晶固定用液体を利用して、単結晶保持具の表面に結晶構造解析試料を効率よく固定するという観点や、その結晶構造解析試料にX線等を照射して、十分な回折強度データを得るという観点からは、前記単結晶保持具の全体又は一部の形状は、多穴プレート状、皿状、板状又は薄膜状であることが好ましい。
すなわち、単結晶保持具の少なくとも結晶構造解析試料が固定されている部分が上記の形状であることで、単結晶固定用液体により結晶構造解析試料が効率よく固定され、かつ、十分な回折強度データが得られ易い。
【0021】
前記単結晶保持具の全体又は一部は、ガラス製、樹脂製又はカーボン製であることが好ましい。一般に、X線や電子線を用いた単結晶構造解析においては、単結晶はガラス製、樹脂製又はカーボン製の基材上に固定され、測定が行われる。
したがって、前記単結晶保持具の少なくとも一部が、ガラス製、樹脂製又はカーボン製であることで、その部分に固定された結晶構造解析試料は、X線や電子線を用いた単結晶構造解析の測定試料として好適に利用できる。
【0022】
前記単結晶保持具は、表面処理が行われていてもよい。表面処理としては、酸化剤処理、酸処理、アルカリ処理、プライマー処理、シラン化合物処理等の化学的処理や、コロナ放電処理、プラズマ処理等の物理的処理が挙げられる。
本発明の結晶構造解析用器具においては、結晶構造解析試料は、単結晶固定用液体に覆われた状態で単結晶保持具の表面に固定されているものであるが、後述するように、この結晶構造解析試料は、単結晶固定用液体が存在しない状態で、単結晶保持具の表面に固定されていなくてもよいし、固定されていてもよい。
上記の表面処理が施された単結晶保持具においては、単結晶固定用液体が存在しない状態であっても、その表面に結晶構造解析試料がより確実に固定される傾向がある。
【0023】
〔単結晶固定用液体〕
本発明の結晶構造解析用器具を構成する単結晶固定用液体は、結晶構造解析試料の固定剤又は固定助剤として機能するものである。
本明細書において、結晶構造解析試料の固定剤とは、単結晶保持具の表面に固定されていない結晶構造解析試料を単結晶保持具の表面に固定するために用いられる液剤をいい、結晶構造解析試料の固定助剤とは、単結晶保持具の表面にすでに固定されている結晶構造解析試料をさらに強固に固定するために用いられる液剤をいう。
【0024】
前記単結晶固定用液体は、流動性を喪失した状態で前記単結晶保持具の表面上に存在している。
単結晶固定用液体が流動性を喪失した状態で単結晶保持具の表面上に存在することで、単結晶固定用液体は、結晶構造解析試料の固定剤又は固定助剤として機能することができる。
単結晶固定用液体が流動性を喪失した状態とは、結晶構造解析用器具を傾けたような場合であっても、単結晶固定用液体に覆われた結晶構造解析試料を用いて結晶構造解析を行うことができる程度に、単結晶固定用液体の形状に変化が生じない状態をいう。
【0025】
単結晶固定用液体の粘度は、20℃において、0.1mPa・s以上が好ましく、0.2mPa・s以上がより好ましい。
単結晶固定用液体の粘度が0.1mPa・s以上であることで、単結晶固定用液体は流動性を喪失した状態を維持し易くなる。
また、目的の位置に目的の量の単結晶固定用液体を吐出し得る限り、単結晶固定用液体の粘度の上限値は特に限定されない。
【0026】
前記単結晶固定用液体の構成成分としては、溶媒、高分子成分、その他の添加剤等が挙げられる。これらは組み合わせて用いても良い。
なお、微量の標的分子しか得られないような場合は、単結晶固定用液体の構成成分が単結晶を溶かしたり、分解を促進したりするおそれがないことを確認してから、結晶構造解析試料を調製することが好ましい。
【0027】
溶媒としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、1,2-ジクロロベンゼン、ニトロベンゼン等の芳香族炭化水素類;n-ブタン、n-ペンタン、n-ヘキサン、n-ヘプタン等の脂肪族炭化水素類;シクロペンタン、シクロヘキサン、シクロヘプタン等の脂環式炭化水素類;アセトニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル類;ジメチルスルホキシド(DMSO)等のスルホキシド類;N,N-ジメチルホルムアミド、n-メチルピロリドン等のアミド類;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,2-ジメトキシエタン、1,4-ジオキサン等のエーテル類;メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、t-ブチルアルコール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類;エチルセロソルブ等のセロソルブ類;ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、1,2-ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類;ニトロメタン、ニトロエタン等のニトロ類;酢酸メチル、酢酸エチル、乳酸エチル、プロピオン酸エチル等のエステル類;水;等が挙げられる。
【0028】
高分子成分としては、パラフィンオイル、パラトンオイル、シリコーンオイル、ポリエチレングリコール等が挙げられる。
その他の添加剤としては、グリセロール、エチレングリコール、メチルペンタンジオール等が挙げられる。
また、市販のクライオプロテクタントや対物レンズ用イマージョンオイル等のオイル系組成物を単結晶固定用液体として用いることもできる。
なお、単結晶固定用液体に含まれる各種添加剤等が、単結晶の標的分子収容空間に収容され、解析結果に影響を与える場合は、これらの成分を含まないことが好ましい。
【0029】
前記単結晶保持具表面上の単結晶固定用液体は、体積が0.01~500μlの液滴であることが好ましい。液滴の体積が0.01μl以上であることで、液滴内に十分な数の結晶構造解析試料を含ませることができる。また、液滴の体積が500μl以下であることで、単結晶固定用液体に流動性が生じるのを避けることができる。同様の理由により、液滴の体積は、0.1~400μlが好ましく、1~300μlがより好ましく10~200μlがさらに好ましい。
なお、体積が大きい液滴を調製するときは、粘度が高い単結晶固定用液体を選択したり、表面張力が大きい単結晶固定用液体を選択したりすることで、単結晶固定用液体に流動性が生じるのを避けることができる場合がある。
【0030】
前記単結晶保持具表面上の単結晶固定用液体の液滴の数は、特に限定されないが、通常1~500個であり、1~400個が好ましく、1~200個がさらに好ましい。
【0031】
前記単結晶固定用液体の液滴1つに含まれる前記結晶構造解析試料の数は、特に限定されないがが、通常1~1000個であり、1~500個が好ましく、1~200個がより好ましく、1~200個がさらに好ましい。
【0032】
〔結晶構造解析試料〕
本発明の結晶構造解析用器具を構成する結晶構造解析試料は、規則的に配置された複数の標的分子収容空間を有する単結晶が、その標的分子収容空間に標的分子を規則的に収容して成るものである。
本発明の結晶構造解析用器具において、結晶構造解析試料はX線等の照射対象である。
【0033】
前記結晶構造解析試料は、前記単結晶固定用液体に覆われた状態で、単結晶保持具の表面に直接的又は間接的に固定されている。
本明細書において「結晶構造解析試料が直接的に固定されている」とは、単結晶固定用液体が存在しなくても、結晶構造解析試料が単結晶保持具の表面に固定されている状態を表す。
単結晶保持具の表面に直接固定された結晶構造解析試料としては、後述するように、単結晶保持具の存在下で析出し、単結晶保持具の表面から剥がれずに成長した単結晶が、その標的分子収容空間に標的分子を規則的に収容して成るものが挙げられる。
また、「結晶構造解析試料が間接的に固定されている」とは、単結晶固定用液体が存在することにより、結晶構造解析試料が単結晶保持具の表面に固定されている状態を表す。
【0034】
前記結晶構造解析試料の大きさは特に限定されない。結晶構造解析試料を収容し得る最小の直方体を仮想したときに、その長辺(最も長い辺)の長さは、通常500μm以下である。ただし、使用する結晶構造解析装置に適した大きさの結晶構造解析試料であることが好ましい。
例えば、市販のX線結晶構造解析装置を用いて結晶構造解析を行う場合、結晶構造解析試料を収容し得る最小の直方体を仮想したときに、その長辺の長さは、通常10~500μm、好ましくは50~500μmであり、その短辺(最も短い辺)の長さは、通常10~500μm、好ましくは10~200μmである。
【0035】
複数の結晶構造解析試料に対して放射光X線を照射し、集められた回折強度データを基に解析対象化合物の分子構造を決定する場合、結晶構造解析試料を収容し得る最小の直方体を仮想したときに、その長辺の長さは、通常0.1~100μm、好ましくは1~100μmであり、その短辺の長さは、通常0.1~100μm、好ましくは1~10μmである。
【0036】
マイクロ電子回折法により結晶構造解析を行う場合、結晶構造解析試料を収容し得る最小の直方体を仮想したときに、その長辺の長さは、通常0.1~1000nm、好ましくは1~1000nmであり、その短辺の長さは、通常0.1~100nm、好ましくは0.1~10nmである。
【0037】
結晶構造解析試料の前駆体である単結晶は、規則的に配置された複数の標的分子収容空間を有する。規則的に配置された複数の標的分子収容空間を有する単結晶を用いることで結晶構造解析試料を得ることができる。すなわち、単結晶は同質の標的分子収容空間を多数有するため、単結晶内に取り込まれた標的分子のそれぞれがより安定な状態になるように収容された結果、標的分子は全体として規則的に収容された状態になる。
【0038】
標的分子の大きさは、標的分子が単結晶の標的分子収容空間に入り得るものである限り、特に限定されない。標的分子の分子量は、通常、20~3,000、好ましくは100~2,000である。
【0039】
結晶構造解析試料における標的分子の占有率は、20%以上が好ましく、50~100%がより好ましく、80~100%がさらに好ましい。
占有率は、結晶構造解析により得られる値であり、理想的な包接状態における標的分子の量を100%としたときの、結晶構造解析試料中に実際に存在する標的分子の量を表すものである。
【0040】
前記単結晶は、前記単結晶保持具の表面で成長したものが好ましい。
単結晶が前記単結晶保持具の表面で成長したものである場合、単結晶保持具の表面に直接的に固定された単結晶や結晶構造解析試料が得られ易くなり、耐久性により優れる結晶構造解析用器具が得られ易くなる。
また、単結晶が単結晶保持具から剥がれた状態で成長したとしても、単結晶保持具の表面で成長し、単結晶保持具の表面に存在している単結晶であれば、単結晶保持具上で単結晶固定用液体と単結晶とを接触させ、単結晶保持具の表面に単結晶を間接的に固定することができる。特に、この作業を行う際にピペット等で単結晶を移動させる必要がないため、単結晶の劣化が回避される。
【0041】
単結晶は、分子設計が比較的容易であることから、多核金属錯体の結晶が好ましい。
多核金属錯体は、2以上の金属イオンと配位子とを含む金属錯体である。
本発明に用いられる多核金属錯体としては、例えば、2以上の金属イオン及び配位性部位を2以上有する配位子とを含む3次元構造の金属錯体であって、内部に空間を有するものが挙げられる。
【0042】
金属イオンは、多核金属錯体を構成し得るものであれば特に制限されない。金属イオンとしては、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ru、Rh、Pd、Cd、Os、Ir、及びPtからなる群から選ばれる元素のイオンが好ましく、周期表第8族、第9族、又は第10族元素のイオンがより好ましい。
金属イオンの価数は特に限定されず、通常1~4、好ましくは1~3、より好ましくは2である。
【0043】
配位子としては、標的分子収容空間の枠組みや壁部を構成する配位子(以下、「配位子(α)」と記載することがある。)や、その他の役割(多核金属錯体の電荷を調節したり、金属イオンの空の配位座を占めたりするための配位子(以下、「配位子(β)」と記載することがある。)が挙げられる。
【0044】
配位子(α)としては、π共役系を有する多座配位子が好ましい。配位子(α)がπ共役系を有する多座配位子であることで、安定な標的分子収容空間が形成され易くなる。π共役系を有する多座配位子としては、芳香族性を有する基を中心骨格として含む多座配位子が好ましい。芳香族性を有する基を中心骨格として含む多座配位子は、比較的剛直で平面性に優れるため、安定な標的分子収容空間が形成され易い。
配位子(α)としては、例えば、以下の式(1)で表されるものが挙げられる。
【0045】
【化1】
【0046】
式(1)中、Aは芳香族性を有するm価の基である。Xは2価の有機基、又はAとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子、又は配位原子を含む1価の基である。mは2~6の整数を表す。複数のX同士は互いに異なっていてもよく、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。
【0047】
Aで表される基の原子数(ただし水素原子を除く)は、通常6~100、好ましくは6~60、より好ましくは6~30である。
Aで表される基としては、6員環の芳香族基、複数の6員環の芳香族基が単結合で連結してなる基、ポルフィリン骨格を有する基等が挙げられる。
【0048】
6員環の芳香族基としては、例えば、ベンゼン環、トリアジン環、ピリジン環、ピラジン環等の芳香環を有する基が挙げられる。
6員環の芳香族基は、-(-X-Y)以外の置換基を有していてもよい。
置換基としては、炭素数1~10のアルキル基;フッ素原子、臭素原子、塩素原子等のハロゲン原子;等が挙げられる。
【0049】
Aで表される基としては、以下のものが挙げられるが、これに限定されるものではない。なお、「*」は結合手(Xとの結合位置)を表す。
【0050】
【化2】
【0051】
【化3】
【0052】
上記式中、Mは金属イオンを表す。金属イオンとしては、多核金属錯体を構成する金属イオンとして例示したものと同様のものが挙げられる。これらの中でも、亜鉛イオンが好ましい。
【0053】
Xで表される基の原子数(ただし水素原子を除く)は、通常1~30、好ましくは2~20、より好ましくは2~10である。
Xで表される基としては、例えば、前記Aで表される2価の基、メチレン基、エチレン基、1,2-エテンジイル、1,2-エチンジイル(アセチレン基)、p-フェニレン基、m-フェニレン基等の炭化水素基、アミド基(-C(=O)-NH-)、エステル基(-C(=O)-O-)、オキシメチレン基(-O-CH-)、オキシエチレン基(-O-CHCH-)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
また、Xで表される基としては、これらの基が2以上結合してなる基であってもよい。そのような基としては、以下のものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0054】
【化4】
【0055】
Yで表される配位原子としては、酸素原子、硫黄原子、窒素原子、リン原子等が挙げられる。
Yで表される1価の基の原子数(ただし水素原子を除く)は、通常1~20、好ましくは1~15、より好ましくは1~10である。
Yで表される1価の基としては、ピリジル基、アミノ基、水酸基、脱プロトン化アミド基、カルボキシレート基、スルホネート基、ホスホネート基、ジチオカルボキシレート基、シアノ基、これらの基を置換基として含む基等が挙げられる。
Yで表される1価の基としては、以下のものが挙げられる。
【0056】
【化5】
【0057】
配位子(α)としては、以下のものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0058】
【化6】
【0059】
【化7】
【0060】
【化8】
【0061】
配位子(α)としては、式(1)で表されるもの以外の配位子も用いることができる。そのような配位子としては、例えば、以下のものが挙げられる。
【0062】
【化9】
【0063】
配位子(β)は、比較的低分子量の配位子が好ましい。低分子量の配位子は、配位子(α)の配位に対して、立体障害等の悪影響を与え難い。
配位子(β)としては、単座配位子、又はキレート配位子が挙げられる。
【0064】
配位子(β)として用いられる単座配位子としては、酸化物イオン(O2-)等の2価の陰イオン;水酸化物イオン(OH)、塩化物イオン(Cl)、臭化物イオン(Br)、ヨウ化物イオン(I)、チオシアン酸イオン(SCN)等の1価の陰イオン;水、アンモニア、モノアルキルアミン、ジアルキルアミン、トリアルキルアミン等の電気的に中性の配位性化合物;等が挙げられる。
【0065】
配位子(β)として用いられるキレート配位子としては、エチレンジアミン、N,N’-ジメチルエチレンジアミン、N,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン、2,2’-ビピリジル、1,2-シクロヘキサンジアミン等の2座のキレート配位子が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0066】
多核金属錯体の単結晶は、金属イオンや配位子以外の成分を含んでいてもよい。
多核金属錯体の単結晶に含まれる、金属イオンや配位子以外の成分としては、例えば、配位子とπ-π相互作用、π-σ相互作用等の親和的相互作用が可能な分子が挙げられる。そのような分子を含む多核金属錯体の単結晶は、より安定な標的分子収容空間を有する傾向がある。
【0067】
配位子とπ-π相互作用、π-σ相互作用等の親和的相互作用が可能な分子としては、例えば下記式で示される化合物が挙げられる。
【0068】
【化10】
【0069】
【化11】
【0070】
多核金属錯体としては、例えば、下記式(2)~(4)で示されるものが挙げられる。
【0071】
【化12】
【0072】
式(2)~式(4)中、Lは、前記式(1)で示される配位子においてmが3のもの(三座配位子)を表し、Mは、2価の、周期表第8~12族の金属イオンを表し、Qは、1価の陰イオン性単座配位子を表し、「solv」は、合成時に用いた溶媒分子等を表し、Tは、配位子とπ-π相互作用、π-σ相互作用等の親和的相互作用が可能な分子を表す。a、b、nは任意の数である。
【0073】
式(2)~(4)で示される多核金属錯体の具体例としては、下記式で示されるものが挙げられる。
【0074】
【化13】
【0075】
式(2a)~(4a)中、「tpt」は、2,4,6-トリス-(4-ピリジル)-1,3,5-トリアジンを表し、「solv」、「T」、a、b、nは前記と同じ意味を表す。
【0076】
これらの多核金属錯体の詳細は、例えば、特開2006-188560号公報、特開2008-214584号公報、WO2011/062260号公報等の文献に記載されている。
【0077】
また、上記のもの以外の多核金属錯体の単結晶としては、内部空間を有するホスト分子が3次元的に規則正しく集合して成る単結晶が挙げられる。
そのような単結晶を構成するホスト分子としては、例えば下記の図で示されるものが挙げられる。
【0078】
【化14】
【0079】
上記図中、Pdは、2座のキレート配位子(例えば、エチレンジアミン)が配位したパラジウムイオンを表す。
【0080】
【化15】
【0081】
上記図中、Pdは、2座のキレート配位子(例えば、エチレンジアミン)が配位したパラジウムイオンを表す。
【0082】
これらのホスト分子の詳細は、例えば、国際公開第2018/159692号に記載されている。
【0083】
〔結晶構造解析用器具〕
本発明の結晶構造解析用器具の一例を模式的に表した図を図2(a)、(b)に示す。
図2(a)は、多穴プレート状の単結晶保持具(1a)の表面(穴の底面)に、流動性を喪失した状態の単結晶固定用液体(1b)が付着し、さらにその単結晶固定用液体(1b)の液滴内に、結晶構造解析試料(1c)が取り込まれてなる結晶構造解析用器具(1)の模式図である。
単結晶保持具(1a)は、例えば、多穴プレートの少なくとも2面を挟み込む固定用部材を介して、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る部位(1d)を有する。
【0084】
図2(b)は、板状の単結晶保持具(2a)の表面に、流動性を喪失した状態の単結晶固定用液体(2b)が付着し、さらにその単結晶固定用液体(2b)の液滴内に、結晶構造解析試料(2c)が取り込まれてなる結晶構造解析用器具(2)の模式図である。
単結晶保持具(2a)は、例えば、板の表側と裏側とから挟み込む固定用部材を介して、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る部位(2d)を有する。
【0085】
単結晶保持具(1a)、(2a)の、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る部位(1d)、(2d)付近のように、結晶構造解析用器具(1)、(2)は結晶構造解析試料が固定されていない部分を有する。
したがって、本発明の結晶構造解析用器具によれば、単結晶保持具を把持することで、実験器具や手指を結晶構造解析試料に接触させることなく結晶構造解析試料を移動させることができる。
【0086】
特に、従来の結晶スポンジ法においては、得られた結晶構造解析試料(標的分子を取り込んだ単結晶)を、接着剤等を用いてガラス棒の先端に固定したり、キャピラリーに詰めて固定したり、サンプルループに固定したりした後、結晶構造解析試料を結晶構造解析装置に設置して測定を行っていた。
このため、実験器具又は手指が結晶構造解析試料に接触し、結晶構造解析試料が劣化するおそれがあった。
【0087】
一方、本発明の結晶構造解析用器具は、直接又は他の部品を介して、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る形状を有する単結晶保持具の表面に、結晶構造解析試料が固定されているものであるため、結晶構造解析用器具ごと結晶構造解析試料を結晶構造解析装置に設置することができる。
このように、本発明の結晶構造解析用器具によれば、結晶構造解析試料をガラス棒等に固定する作業を行うことなく、結晶構造解析試料を結晶構造解析装置に設置することができる。
【0088】
また、本発明の結晶構造解析用器具の中で、前記単結晶保持具が、樹脂製多穴プレートであり、前記結晶構造解析試料は、その結晶構造解析試料を収容し得る最小の直方体を仮想したときに、最も長い辺の長さが100μm以下のもの(以下、この結晶構造解析用器具を、「結晶構造解析用器具(A)」と省略することがある。)は、放射光X線を照射して標的分子の分子構造を決定する際に好適に利用される。
【0089】
すなわち、放射光X線を照射する際は、通常、微細な結晶構造解析試料を複数用意し、それらの結晶構造解析試料に対して放射光X線を照射し、集められた回折強度データを基に標的分子の分子構造を決定するため、微細な結晶構造解析試料に放射光X線を確実に照射する必要がある。結晶構造解析用器具(A)を使用する場合、結晶構造解析試料の数や位置をあらかじめ把握することができるため、放射光X線をより効率よく照射することができる。
【0090】
また、多穴プレートであれば、HPLC等で得られた各分画液をそのまま各穴に注入することができるため、各分画液に含まれる成分の分子構造を構造解析により明らかにすることができる。
さらに、多穴プレートを用いる場合、タンパク質結晶化実験等に用いられる分注器を利用することができるため、結晶スポンジ法による分子構造決定方法における一連の作業の完全自動化が容易である。
【0091】
多穴プレートの底部の厚みは、通常、1~500μm、好ましくは10~100μmである。
多穴プレートの底部の厚みが上記範囲内であれば、十分な回折強度データを得ることができる。
【0092】
結晶構造解析用器具(A)を構成する結晶構造解析試料は、その結晶構造解析試料を収容し得る最小の直方体を仮想したときに、最も長い辺の長さが100μm以下であり、好ましくは0.1~100μm、より好ましくは1~50μmである。また、最も短い辺の長さは、通常0.1~100μm、好ましくは1~10μmである。
【0093】
結晶構造解析用器具(A)の各穴には、通常、単結晶固定用液体の液滴が1つ付着している。
その液滴1つに含まれる結晶構造解析試料の数は、通常1~1000個、好ましくは5~500個、より好ましくは10~100個である。
【0094】
〔結晶構造解析用器具の製造方法〕
本発明の結晶構造解析用器具の製造方法は、単結晶保持具に単結晶調製用溶液を接触させ、前記単結晶保持具の表面に単結晶を析出させるステップ(ステップa)、ステップaで析出した単結晶に単結晶固定用液体を接触させるステップ(ステップb)、及び単結晶保持具上の単結晶に標的分子を接触させ、前記単結晶の標的分子収容空間に標的分子を規則的に収容させるステップ(ステップc)、を有する。
【0095】
ステップaは、単結晶保持具に単結晶調製用溶液を接触させ、前記単結晶保持具の表面に単結晶を析出させるステップである。
【0096】
単結晶調製用溶液は、単結晶の構成成分を含有し、そこから単結晶を析出させるための溶液である。例えば多核金属錯体の単結晶の場合、単結晶調製用溶液としては、金属イオン、配位子等の多核金属錯体の構成成分を含有する溶液が用いられる。
単結晶調製用溶液は、単相系であってもよいし、2種の溶液を重ねた状態の2相系であってもよい。
【0097】
単結晶調製用溶液の濃度は、例えば多核金属錯体の単結晶の場合、金属イオンの濃度が通常1μMから1M、好ましくは1~100mMであり、配位子の濃度が、通常1μMから1M、好ましくは100μMから10mMである。
単結晶を析出させる際の温度は、通常-80~150℃、好ましくは10~30℃である。
単結晶を析出させる際の静置時間は、通常1分から1か月、好ましくは1時間から1週間である。
【0098】
単結晶調製用溶液の濃度や、析出条件を調節することで、得られる単結晶の大きさや質を制御することができる場合がある。
【0099】
単結晶保持具の単結晶を析出させる部分(最終的に結晶構造解析試料が固定される部分)の形状が、多穴プレート状、皿状、板状、薄膜状等の場合、その部分に単結晶調製用溶液を注ぐ、又は塗布し、単結晶を析出させることで、ステップaを行うことができる。
例えば、図3(多穴プレート状の単結晶保持具を有する結晶構造解析用器具の製造過程を簡潔に表した図)においては、図3(a)の多穴プレート状の単結晶保持具(1a)に単結晶調製用溶液(3)を満たし、図3(b)の状態で静置させることで、単結晶(1e)が析出する(図3(c))。この後、単結晶調製用溶液(3)を除去し、必要に応じて洗浄処理等を行うことで、結晶構造解析試料調製用器具(1f)を得ることができる(図3(d))。
なお、本明細書において、単結晶保持具とその表面に析出した単結晶(ただし、標的分子を収容していないもの)の組み合わせを、「結晶構造解析試料調製用器具」と表すことがある。
【0100】
単結晶保持具の単結晶を析出させる部分(最終的に結晶構造解析試料が固定される部分)の形状が、板状、薄膜状等の場合、容器に単結晶調製用溶液を入れ、この中に単結晶保持具の単結晶を析出させる部分を浸漬させ、単結晶を析出させることで、ステップaを行うことができる。
例えば、図4(板状の単結晶保持具を有する結晶構造解析用器具の製造過程を簡潔に表した図)においては、図4(a)の板状の単結晶保持具(2a)を、単結晶調製用溶液(3)に浸漬させ、図4(b)の状態で静置させることで、単結晶(2e)が析出する(図4(c))。この後、板状の単結晶保持具(2a)を取り出し、必要に応じて洗浄処理等を行うことで、結晶構造解析試料調製用器具(2f)を得ることができる(図4(d))。
【0101】
洗浄処理は、洗浄用溶媒を単結晶や単結晶保持具と接触させることにより行うことができる。
得られた結晶構造解析試料調製用器具に対しては、単結晶内の溶媒交換操作を施しても良い。単結晶内の溶媒交換操作を施すことで、標的分子の収容を効率よく行うことができる場合がある。単結晶内の溶媒交換は、交換する溶媒に単結晶が接触する状態で結晶構造解析試料調製用器具を静置させることにより行うことができる。
【0102】
ステップbは、ステップaで析出した単結晶に単結晶固定用液体を接触させるステップである。
ステップbは、例えば、単結晶が存在している場所、又はその周辺に単結晶固定用液体を吐出することにより行うことができる。
【0103】
ステップcは、単結晶保持具上の単結晶に標的分子を接触させ、前記単結晶の標的分子収容空間に標的分子を規則的に収容させるステップである。
ステップcは、例えば、標的分子を含む溶液(又は懸濁液)を調製し、単結晶をこの溶液(又は懸濁液)と接触させる方法や、標的分子が液体又は気体である場合は、直接、単結晶を標的分子と接触させる方法により行うことができる。
【0104】
標的分子を含む溶液(又は懸濁液)の溶媒は、単結晶を溶解せず、かつ、標的分子の少なくとも一部を溶解するもののなかから適宜選択される。
【0105】
溶媒の具体例としては、単結晶固定用液体の構成成分として例示した溶媒が挙げられる。
【0106】
ステップcを行う際の温度は、通常-20~150℃、好ましくは0~50℃である。 ステップcの期間は、通常1秒から10日、好ましくは1秒から5日、より好ましくは1分から1日である。
【0107】
ステップbとステップcは、いずれもステップaの後に行われるが、それらの前後関係は特に限定されない。ステップbを行ってからステップcを行ってもよいし、ステップcを行ってからステップbを行ってもよいし、ステップbとステップcを同時に行ってもよい。
結晶スポンジ法による分子構造決定方法における一連の作業をより効率よく行うことができることから、単結晶固定用液体と標的分子とを含有する液体を用いて、ステップbとステップcとを同時に行うことが好ましい。
【0108】
従来の結晶スポンジ法においては、単結晶を標的分子と接触させるために単結晶を移動させる場合、ピペット等で溶液ごと吸い取ることが行われており、実験器具と単結晶との接触を避けることができなかった。
【0109】
一方、以下に説明するように、本発明の結晶構造解析用器具の製造方法においては、実験器具又は手指が、結晶構造解析試料調製用器具を構成する単結晶と、結晶構造解析用器具を構成する結晶構造解析試料のいずれにも接触することなくステップa、ステップb、及びステップcを行うことができる。
【0110】
単結晶保持具の単結晶が固定された部分の形状が、多穴プレート状、皿状、板状、薄膜状等の場合、単結晶固定用液体や、標的分子を含む溶液の吐出、塗布等によりステップbやステップcの操作を行うことができるため、単結晶を移動させることなく(すなわち、実験器具又は手指が単結晶等に接触することなく)、ステップa、ステップb、及びステップcを行うことができる。
例えば、図3(d)~(g)に示すように、多穴プレート状の単結晶保持具を有する結晶構造解析用器具を製造する際は、各穴に、単結晶固定用液体と標的分子を含む溶液(4)を注ぎ入れ、その状態で静置させることでステップbとステップcを同時に行うことができ、溶媒が蒸発して、残った液体が流動性を失うことにより、結晶構造解析用器具(1)が得られる(図3(g))。
【0111】
また、結晶保持具の単結晶が固定された部分の形状が、板状、薄膜状等であり、単結晶を移動させる必要があるときは、単結晶保持具の単結晶が存在しない場所を把持することで、実験器具や手指が単結晶と接触するのを回避することができる。
例えば、図4(a)~(d)の方法で結晶構造解析試料調製用器具(2f)を製造した場合は、単結晶保持具の単結晶が存在しない場所を把持することで、実験器具や手指等が単結晶と接触することなく、単結晶を移動させることができる。
そして、図4(d)~(g)に示すように、板状の単結晶保持具を有する結晶構造解析用器具を製造する際は、単結晶固定用液体と標的分子を含む溶液(4)を単結晶が覆われるように滴下して、その状態で静置させることでステップbとステップcの操作を行うことができ、溶媒が蒸発して、残った液体が流動性を失うことにより、結晶構造解析用器具(2)が得られる(図4(g))。
【0112】
2)標的分子の分子構造決定方法
本発明の標的分子の分子構造決定方法は、前記結晶構造解析用器具を用いて、結晶構造解析法により標的分子の分子構造を決定する方法であって、実験器具又は手指が、結晶構造解析用器具を構成する結晶構造解析試料に接触することなく、前記結晶構造解析試料を結晶構造解析装置に設置することを特徴とするものである。
【0113】
本発明の標的分子の分子構造決定方法に用いる結晶構造解析用器具は、前記したように、直接又は他の部品を介して、結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る形状を有する単結晶保持具の表面に、結晶構造解析試料が固定されているものであるため、実験器具又は手指が、結晶構造解析用器具を構成する結晶構造解析試料に接触することなく、前記結晶構造解析試料を結晶構造解析装置に設置することができる。
【0114】
結晶構造解析試料を結晶構造解析装置に設置した後は、常法に従って、X線や電子線を結晶構造解析試料に照射し、得られた回折強度データを基に、標的分子の分子構造を決定することができる。
【0115】
X線は、波長が約0.05~0.25nmの電磁波である。
X線管球において、フィラメントから飛び出した熱電子を電場で加速させ、陽極(ターゲット:CuやMoなどの金属)に衝突させることで、連続X線と特性X線の2種類のX線が発生する。
熱電子が衝突した金属陽極では、K殻の電子が弾き飛ばされ空軌道ができる。この空軌道に向かって外殻電子が遷移すると、電子軌道のエネルギー差と等しいエネルギーをもったX線が放出される。そのX線の波長はターゲット原子によって固有であるため、特性X線と呼ばれ、結晶構造解析にはこの特性X線が使用される。
【0116】
電子線は、一定方向に進む電子の流れであり、通常、熱電子を電場で加速することにより得られる。
X線が、電荷を有しない粒子(光子)の流れであるのに対して、電子線は、負電荷を有する粒子(電子)の流れである。このため、電子線を試料に照射すると、試料を構成している原子の原子核やその周りの電子とクーロン力によって強く相互作用するため、電子線を用いた結晶構造解析(マイクロ電子回折法)においては、X線結晶構造解析においては適さないような、薄く、小さい結晶であっても十分な回折強度データを得ることができる。
用いる電子線は、加速電圧が、10~1000kVのものが好ましく、100~400kVのものがより好ましい。
【0117】
本発明の標的分子の分子構造決定方法において、使用する結晶構造解析用器具が、前記結晶構造解析用器具(A)である場合、通常、下記のステップ1及びステップ2を有する方法により、標的分子の分子構造を決定することができる。
〔ステップ1〕
結晶構造解析用器具(A)を構成する結晶構造解析試料に、放射光X線を照射し、回折強度データを収集するステップ
〔ステップ2〕
前記ステップ1を、複数の結晶構造解析試料に対して行い、集められた回折強度データを基に、標的分子の分子構造を決定するステップ
【0118】
ステップ1は、結晶構造解析用器具(A)を構成する結晶構造解析試料に、放射光X線を照射し、回折強度データを収集するステップである。
結晶構造解析用器具(A)を構成する結晶構造解析試料は非常に小さいため、このような結晶構造解析試料にX線を照射した場合、十分な回折強度データは得られ難い傾向がある。また、結晶構造解析試料周囲の物質による散乱バックグラウンドが相対的に高くなる傾向がある。
【0119】
これらの理由で、一般的なX線結晶構造解析装置を用いた場合、結晶構造解析用器具(A)を構成する結晶構造解析試料中の標的分子の分子構造を決定することができないおそれがあるが、結晶構造解析用器具(A)を構成する結晶構造解析試料に、放射光X線を照射することで、十分な回折強度データを収集し、標的分子の分子構造を決定することができる。
【0120】
放射光X線を用いた結晶構造解析法は、タンパク質等の生体高分子、無機化合物、有機化合物等の分子構造を決定する方法として既知の技術である。特に、放射光X線を用いた結晶構造解析法は、測定試料が微小結晶であっても十分な回折強度データが得られるという特徴を有するものであるため、結晶構造解析用器具(A)を構成する結晶構造解析試料中の標的分子の分子構造を決定する際に好適に用いられる。
【0121】
放射光X線は、高輝度かつ小さなビームサイズのX線であり、微小結晶の構造解析に適している。
用いる放射光X線は、サンプル位置におけるビームサイズが、0.1×0.1~100×100μmのものが好ましく、1×1~10×10μmのものがより好ましい。
用いる放射光X線は、光子束が、1×1011photons/s以上のものが好ましく、1×1012~5×1013photons/sのものがより好ましい。
【0122】
ステップ2は、前記ステップ1を、複数の結晶構造解析試料に対して行い、集められた回折強度データを基に、標的分子の分子構造を決定するステップである。
ステップ2もまた、放射光X線を用いた結晶構造解析法における既知の技術を利用するものである。
すなわち、従来、試料に放射光X線を照射すると、照射の途中で試料が劣化するという問題が生じることがあったため、放射光X線を複数の試料に照射し、得られたデータを統合することで、分子構造を決定することが行われてきた。また、近年、データを統合する際に用いられるプログラム等が開発されている。
【0123】
例えば、small-wedgeデータ収集は、多数の試料を用いて1試料あたり5~10°程度ずつ振動写真データを収集するスキームである。
データ処理を手動で行う場合、BLEND(格子定数をベースに階層的クラスタリングを行うプログラム)を利用してデータを選別した後、マージ処理を行うことができる。
【0124】
また、近年、データ収集スキームの自動化も行われており、例えば、SPring-8 ビームラインBL32XUにおいては、ZOOシステムとして自動化されている。
ZOOシステムは、試料結晶への放射線損傷を低減することで高品質なデータを収集する技術(KUMA)、光学顕微鏡観察では確認できない結晶を微小X線で走査・検出するための高速二次元走査システム、走査システムから出力される大量の回折画像を解析して結晶位置を特定するシステム(SHIKA)、回折データをほぼ自動的に構造解析に利用するデータとして出力する技術(KAMO)等の要素技術を組み合わせた自動データ収集システムである。
【0125】
結晶構造解析用器具(A)を構成する結晶構造解析試料中の標的分子の分子構造を決定する際は、ZOOシステム等の自動データ収集システムを利用することで、前記ステップ1、ステップ2をより効率よく行うことができる。
【実施例0126】
以下、実施例を挙げて、本発明をより詳細に説明する。ただし本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0127】
〔製造例1〕単結晶の製造
ZnCl、KOH、及び、溶媒としてt-ブチルアルコールを含有する金属イオン溶液〔ZnCl(1.5mM)、KOH(0.4mM)〕と、2,4,6-トリス-(4-ピリジル)-1,3,5-トリアジン(tpt)、及び、溶媒として混合溶媒(ニトロベンゼン/メタノール=12:1)を含有する配位子溶液〔tpt(0.44mM)〕とを、それぞれ調製した。
前記金属イオン溶液20μlと前記配位子溶液100μlとを混合し、混合液を得た。
タンパク質結晶化条件スクリーニング用分注装置(Art Robbins Instruments社製、Gryphon LCP)を使用して、得られた混合液を96穴プレートの各穴に1.5μlずつ分注した。
96穴プレートの穴をフィルムで密封した後、これを50℃で1日静置させたところ、長辺の長さが20~30μmの結晶が生成した。なお、生成した結晶は、96穴プレートの底面に貼り付いていないが、液滴(t-ブチルアルコール、ニトロベンゼン、メタノールの混合溶媒)内に存在しているため、96穴プレートを垂直に立ててもその位置は変化しなかった。このため、以下の回折実験は、垂直に立てた96穴プレートを結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定して行った。
【0128】
Dectris PILATUS3 6M検出器を備えたSPring-8 BL45XUビームラインにおいて、0.7750Åの波長、5×5μmのビームサイズの放射光X線を得られた単結晶に照射して回折実験を行った。
38個のデータをKAMOソフトウェアにより統合することで、十分なコンプリートネスで構造解析を実施できた。
図5に、結晶構造解析により明らかになった分子構造を示す。図5(a)は、非対称単位の構造であり、図5(b)は、骨格構造と標的分子収容空間の様子を表す図である。
これらの結果、既知の結晶スポンジの分子構造と同じであることが分かった。
【0129】
〔製造例2〕単結晶の製造
96穴プレートの静置条件を40℃で1日に変更したこと以外は、製造例1と同様の操作を行った。その結果、長辺の長さが15~20μmの結晶が生成した。
【0130】
〔製造例3〕単結晶の製造
96穴プレートの静置条件を25℃で2日に変更したこと以外は、製造例1と同様の操作を行った。その結果、長辺の長さが15μm以下の結晶が生成した。
【0131】
〔実施例1〕
製造例1と同様の方法により、96穴プレートの各穴に単結晶を生成させた。
96穴プレートをそのまま静置し、溶媒を蒸発させた。次いで、各穴にn-ヘキサン(1μl)を加え、96穴プレートをそのまま静置し、n-ヘキサンを蒸発させる作業を5回繰り返した。次いで、各穴にn-ヘキサン(1μl)を加え、単結晶をn-ヘキサンに浸漬させた。
各穴に、カルバクロールとプロテクタントオイル(Cargille社、Immersion oil for microscopy Type A)の混合液体〔カルバクロール:プロテクタントオイル=95:5(体積比)〕(1μl)を加えた。96穴プレートをそのまま静置し、n-ヘキサンを蒸発させることで、各穴には高粘度の液滴が残った。単結晶は前記液滴内に取り込まれており、96穴プレートを傾けても単結晶が動くことはなかった。
したがって、製造例1と同様の回折実験を行うことで、ゲスト分子(カルバクロール)の存在を確認することができると考えられる。
【0132】
〔参考例1〕
実施例1と同様の方法により、高粘度の液滴内に取り込まれた状態の単結晶を得た。
この単結晶をループ状の固定具に取り付け、市販の結晶構造解析装置(リガク社製、XtaLAB SynergyCustom)を用いて、回折実験を行った。
構造解析の結果を図6に示す。図6に示されるように、結晶スポンジの標的分子収容空間にカルバクロールが存在することが確認できた。
【0133】
【化16】
【符号の説明】
【0134】
1、2:結晶構造解析用器具
1a、2a:単結晶保持具
1b、2b:単結晶固定用液体
1c、2c:結晶構造解析試料
1d、2d:結晶構造解析装置のゴニオメーターに固定され得る部位
1e、2e:単結晶
1f、2f:結晶構造解析試料調製用器具
3:単結晶調製用溶液
4:単結晶固定用液体と標的分子を含む溶液
図1
図2
図3
図4
図5
図6