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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025040113
(43)【公開日】2025-03-24
(54)【発明の名称】圃場水管理装置および圃場水管理方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 25/00 20060101AFI20250314BHJP
【FI】
A01G25/00 501A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023146827
(22)【出願日】2023-09-11
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度みどりの食料システム戦略実現技術開発・実証事業のうち農林水産研究の推進(委託プロジェクト研究)「有機農業推進のための深水管理による省力的な雑草抑制技術の開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100107478
【弁理士】
【氏名又は名称】橋本 薫
(72)【発明者】
【氏名】若杉 晃介
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 翔
(57)【要約】
【課題】手間のかかる田面の測量作業を行なうことなく不陸を把握して、効果的に有機水稲栽培または減農薬水稲栽培を行なうことができる圃場水管理装置および圃場水管理方法を提供する。
【解決手段】各圃場に備えた水位計により検出された水位に基づいて、各圃場に備えた給水装置を遠隔制御することで、各圃場の貯水水位を調整する圃場水位制御部と、代かきの後に圃場水位制御部による各圃場への入水時に、水位計により検出された水位変動に基づいて、各圃場の不陸範囲を推定する不陸推定部と、不陸推定部により得られた各圃場の不陸範囲の推定値を記憶する記憶部と、を備え、圃場水位制御部は、湛水制御の実行時に予め設定された基準目標水位に記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を加算した値を目標水位に設定して前記給水装置を遠隔制御する圃場水管理装置。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の圃場で構成される圃場群を単位として各圃場への給水を管理する圃場水管理装置であって、
各圃場に備えた水位計により検出された水位に基づいて、各圃場に備えた給水装置を遠隔制御することで、各圃場の貯水水位を調整する圃場水位制御部と、
代かきの後に前記圃場水位制御部による各圃場への入水時に、前記水位計により検出された水位変動に基づいて、各圃場の不陸範囲を推定する不陸推定部と、
前記不陸推定部により得られた各圃場の不陸範囲の推定値を記憶する記憶部と、
を備えている圃場水管理装置。
【請求項2】
前記圃場水位制御部は、各圃場の水位を一定に維持する湛水制御の実行時に、前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を超える水位を目標水位に設定して前記給水装置を遠隔制御する請求項1記載の圃場水管理装置。
【請求項3】
前記圃場水位制御部は、各圃場の水位を一定に維持する湛水制御の実行時に予め設定された基準目標水位に前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を加算した値を目標水位に設定して前記給水装置を遠隔制御する請求項1記載の圃場水管理装置。
【請求項4】
前記圃場水位制御部は、前記湛水制御の実行時に前記基準目標水位に前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を加算した値で、各圃場の畦畔の高さを超えない値を前記目標水位に設定して前記給水装置を遠隔制御する請求項3記載の圃場水管理装置。
【請求項5】
前記基準目標水位は、前記記憶部に記憶され移植から収穫までの生育期間を複数の生育段階に区分けした生育モデルにおいて前記生育段階ごとに設定されている請求項3または4記載の圃場水管理装置。
【請求項6】
前記生育モデルは、稲の品種、移植日、前記圃場の位置に基づいて設定された基準生育モデルに、移植後の気象情報に基づく発育状況の変動が加味されている請求項5記載の圃場水管理装置。
【請求項7】
複数の圃場で構成される圃場群を単位として各圃場への給水を管理する圃場水管理方法であって、
代かきの後に各圃場に備えた給水装置を遠隔制御して入水し、各圃場に備えた水位計により検出された水位変動に基づいて、各圃場の不陸範囲を推定する不陸推定ステップと、
前記不陸推定ステップにより得られた各圃場の不陸範囲の推定値を記憶部に記憶する推定値記憶ステップと、
各圃場の水位を一定に維持する湛水制御するために、前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を超える水位を目標水位に設定して前記給水装置を遠隔制御する湛水制御ステップと、
を実行する圃場水管理方法。
【請求項8】
前記湛水制御ステップは、予め設定された基準目標水位に前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を加算した値を前記目標水位に設定する請求項7記載の圃場水管理方法。
【請求項9】
前記湛水制御ステップは、前記基準目標水位に前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を加算した値で、各圃場の畦畔の高さを超えない値を前記目標水位に設定する請求項8記載の圃場水管理方法。
【請求項10】
前記基準目標水位は、前記記憶部に記憶され移植から収穫までの生育期間を複数の生育段階に区分けした生育モデルにおいて前記生育段階ごとに設定されている請求項8または9記載の圃場水管理方法。
【請求項11】
前記生育モデルは、稲の品種、移植日、前記圃場の位置に基づいて設定された基準生育モデルに、移植後の気象情報に基づく発育状況の変動が加味されている請求項10記載の圃場水管理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圃場水管理装置および圃場水管理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年における農家の減少や高齢化に伴う労働力不足、米価の低迷といった状況は、農地の保全や食料安定供給を図る上で大きな課題となっている。
そこで、農林水産省により、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」が策定され、有機栽培面積の拡大を図る方針が示されている。
【0003】
有機水稲栽培においては除草剤が使用できないため、水管理が特に重要とされている。雑草の発芽を抑制するために酸素の供給を断つ必要があるためである。しかし、農業の労働力が低下している中、精緻でこまめな水管理は多大な困難が伴う。
【0004】
そこで、特許文献1に開示されたようなICTを活用した水管理システムを用いることで、省力的かつ精緻な水管理を実現し、有機水稲栽培或いは除草剤の使用量を抑制した減農薬水稲栽培の拡大に寄与する技術が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2022-31210号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
有機水稲栽培または減農薬水稲栽培において安定的な生産を実現するには、田植えから1~2週間までの生育初期の雑草の繁殖を抑えることが重要となる。
そのため、雑草の発芽のトリガーとなる酸素の供給を断つために湛水状態を維持することが必要となる。
【0007】
一般的には、確実な湛水状態を維持するために深水管理を行うことが多いが、田植えから生育初期にかけては苗の生育状況を考慮しながら、こまめに水管理を行う必要がある。
【0008】
特許文献1に記載された水田の水位管理スケジュールの生成装置のような、ICTを用いた圃場水管理システムを活用すれば、水位計によって圃場の水位をセンシングして圃場に設置された給水装置を遠隔制御することで、常に自動で圃場の水位を目標水位に維持するという大幅な省力化が可能となる。
【0009】
しかし、湛水のための水深を深く設定すると、田植え直後は苗が活着していないことから浮き苗による欠株が発生する虞があり、活着後であっても苗の水没による生育阻害が発生する虞がある。逆に湛水のための水深を浅く設定すると、不陸による田面の凸部が水面から露出するため、雑草の発生を抑制することが困難になる。
【0010】
圃場整備時の均平精度の基準は±3.5cmであり、代かきを行っても不陸を完全に解消することができない状況で、自動で圃場の水管理を行う場合、平均的な田面標高を基準に水位計で水深をセンシングして給水制御せざるを得ず、苗の発育を阻害することなく雑草の発生を抑制するために適切な貯水水位に制御することは極めて困難であった。
【0011】
そして、不陸の程度を正確に把握するためには、移植の前に各圃場の田面を細かく測量する必要があるが、そのためのコストと時間を考慮すると、ほぼ不可能である。
【0012】
本発明の目的は、手間のかかる田面の測量作業を行なうことなく不陸を把握して、効果的に有機水稲栽培または減農薬水稲栽培を行なうことができる圃場水管理装置および圃場水管理方法を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述の目的を達成するため、本発明による圃場水管理装置の第一の特徴構成は、複数の圃場で構成される圃場群を単位として各圃場への給水を管理する圃場水管理装置であって、各圃場に備えた水位計により検出された水位に基づいて、各圃場に備えた給水装置を遠隔制御することで、各圃場の貯水水位を調整する圃場水位制御部と、代かきの後に前記圃場水位制御部による各圃場への入水時に、前記水位計により検出された水位変動に基づいて、各圃場の不陸範囲を推定する不陸推定部と、前記不陸推定部により得られた各圃場の不陸範囲の推定値を記憶する記憶部と、を備えている点にある。
【0014】
代かきの後に前記圃場水位制御部による各圃場への入水時に、不陸推定部が水位計により検出された水位の変動状況がモニタされ、その結果に基づいて各圃場の不陸範囲が推定され、不陸範囲の推定値が記憶部に記憶される。煩雑な測量作業を伴わずに、自動で各圃場の不陸範囲の推定が可能になる。その結果、不陸範囲の推定値を基準に湛水の目標水位を設定することができ、効果的に有機水稲栽培または減農薬水稲栽培を行なうことが可能になる。
【0015】
同第二の特徴構成は、上述した第一の特徴構成に加えて、前記圃場水位制御部は、各圃場の水位を一定に維持する湛水制御の実行時に、前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を超える水位を目標水位に設定して前記給水装置を遠隔制御する点にある。
【0016】
圃場水位制御部が湛水のために各圃場の給水装置を遠隔制御する際に、不陸推定部により推定された不陸範囲の推定値を超える水位を目標水位に設定することで、不陸の凸部が水面から露出するようなことが回避でき、雑草の生育を効果的に抑制することができる。
【0017】
同第三の特徴構成は、上述した第一の特徴構成に加えて、前記圃場水位制御部は、各圃場の水位を一定に維持する湛水制御の実行時に予め設定された基準目標水位に前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を加算した値を目標水位に設定して前記給水装置を遠隔制御する点にある。
【0018】
圃場水位制御部が湛水のために各圃場の給水装置を遠隔制御する際に、予め設定された基準目標水位に不陸推定部により推定された不陸範囲の推定値を加算した値を目標水位に設定することで、不陸の凸部が水面から露出するようなことが回避でき、雑草の生育を効果的に抑制することができる。
【0019】
同第四の特徴構成は、上述した第三の特徴構成に加えて、前記圃場水位制御部は、前記湛水制御の実行時に前記基準目標水位に前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を加算した値で、各圃場の畦畔の高さを超えない値を前記目標水位に設定して前記給水装置を遠隔制御する点にある。
【0020】
基準目標水位と不陸範囲の推定値の加算値が圃場の畦畔の高さを超える場合、灌漑用水を無駄に垂れ流すことになる虞があるが、目標水位を畦畔の高さを超えない値に制限することで、灌漑用水の無駄な消費を回避することができる。
【0021】
同第五の特徴構成は、上述した第三または第四の特徴構成に加えて、前記基準目標水位は、前記記憶部に記憶され移植から収穫までの生育期間を複数の生育段階に区分けした生育モデルにおいて前記生育段階ごとに設定されている点にある。
【0022】
例えば、基準目標水位として、苗の活着前と活着後など、稲の生育段階に応じて適切な水位に設定すれば、浮き苗による欠株の発生や苗の水没による生育阻害の発生を回避しつつ、効果的に雑草の発生を抑制することができる。
【0023】
同第六の特徴構成は、上述した第一の特徴構成に加えて、前記生育モデルは、稲の品種、移植日、前記圃場の位置に基づいて設定された基準生育モデルに、移植後の気象情報に基づく発育状況の変動が加味されている点にある。
【0024】
稲の生育は、新種、移植日、圃場の位置つまり寒冷地、温暖地、乾燥地、湿潤地であるのかにより様々であり、一律に定まるものではない。そのため、予め新種、移植日、圃場の位置に対応した過去の実績に基づく基準生育モデルを策定しておけば、標準的な生育段階が把握できるようになる。さらに、移植(田植え)後の気象情報に基づく発育状況の変動を加味することで、適正な生育モデルが得られるようになる。
【0025】
本発明による圃場水管理方法の第一の特徴構成は、複数の圃場で構成される圃場群を単位として各圃場への給水を管理する圃場水管理方法であって、代かきの後に各圃場に備えた給水装置を遠隔制御して入水し、各圃場に備えた水位計により検出された水位変動に基づいて、各圃場の不陸範囲を推定する不陸推定ステップと、記不陸推定ステップにより得られた各圃場の不陸範囲の推定値を記憶部に記憶する推定値記憶ステップと、各圃場の水位を一定に維持する湛水制御するために、前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を超える水位を目標水位に設定して前記給水装置を遠隔制御する湛水制御ステップと、を実行する点にある。
【0026】
同第二の特徴構成は、上述した第一の特徴構成に加えて、前記湛水制御ステップは、予め設定された基準目標水位に前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を加算した値を前記目標水位に設定する点にある。
【0027】
同第三の特徴構成は、上述した第一の特徴構成に加えて、前記湛水制御ステップは、前記基準目標水位に前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を加算した値で、各圃場の畦畔の高さを超えない値を前記目標水位に設定する点にある。
【0028】
同第四の特徴構成は、上述した第二又は第三の特徴構成に加えて、前記基準目標水位は、前記記憶部に記憶され移植から収穫までの生育期間を複数の生育段階に区分けした生育モデルにおいて前記生育段階ごとに設定されている点にある。
【0029】
同第五の特徴構成は、上述した第四の特徴構成に加えて、前記生育モデルは、稲の品種、移植日、前記圃場の位置に基づいて設定された基準生育モデルに、移植後の気象情報に基づく発育状況の変動が加味されている点にある。
【発明の効果】
【0030】
以上説明した通り、本発明によれば、手間のかかる田面の測量作業を行なうことなく不陸を把握して、効果的に有機水稲栽培または減農薬水稲栽培を行なうことができる圃場水管理装置および圃場水管理方法を提供することができるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】圃場水管理装置を備えた圃場水管理システムの説明図
図2】圃場水管理装置により管理される生育モデルの説明図
図3】不陸推定アルゴリズムの説明図
図4】圃場水管理装置により実行される給水制御の手順を示すフローチャート
図5】(a)は不陸範囲の推定手順を示すフローチャート、(b)は目標水位の設定手順を示すフローチャート、(c)は湛水制御の手順を示すフローチャート
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下に、本発明による圃場水管理装置、圃場水管理方法を説明する。
図1に示すように、稲作が行なわれる各圃場1には、給水装置2、排水装置3、水位計4などが設置されている。給水装置2は給水管10に流れる用水を、導水路11を介して圃場1に導く給水栓20と、給水栓20を開閉制御する給水制御装置21を備えている。排水装置3は、貯水された圃場1の用水を、放水路13を介して排水路14に排水する排水栓30と、排水栓30を制御する排水制御装置31を備えている。本実施形態では、排水栓30として排水堰が用いられている。以下、排水堰30とも表記する。
【0033】
給水制御装置21は、給水桝12に設置された給水栓20に上方から着脱可能に装着されている。給水制御装置21は、水密性のケーシングに収容され、給水栓20を開閉作動させるアクチュエータと、アクチュエータを制御する給水制御部と、圃場水管理装置6と通信するための通信部と、制御用電源となる蓄電池を備え、ケーシングの天面に蓄電池を充電するソーラーセル22が取付けられている。
【0034】
排水制御装置31は、排水桝15に設置された排水堰30に上方から着脱可能に装着されている。排水制御装置31は、水密性のケーシングに収容され、排水堰30を昇降作動させるアクチュエータと、アクチュエータを制御する排水水位制御部と、圃場水管理装置6と通信するための通信部と、制御用電源となる蓄電池226を備え、ケーシングの天面に蓄電池を充電するソーラーセル32が取付けられている。
【0035】
給水装置2および排水装置3は圃場1の近傍に配された無線ルータ5およびインターネットを介して圃場水管理装置6と通信可能に接続されている。また、圃場水管理装置6はインターネットを介して気象情報提供サーバ7と通信可能に接続されるとともに、各圃場1の管理者が所有するスマートフォンなどの端末装置8と通信可能に接続されている。
【0036】
インターネットを介して接続された給水装置2および排水装置3、圃場水管理装置6、気象情報提供サーバ7、端末装置8により圃場水管理システム100が構成されている。圃場水管理装置6は、複数の圃場で構成される圃場群を単位として各圃場への給水を管理する。
【0037】
圃場水管理装置6は、圃場水位制御部60と、不陸推定部61と、通信部62と、記憶部63などを備えている。
圃場水位制御部60は、各圃場1に備えた水位計4により検出された水位に基づいて、各圃場に備えた給水装置2を遠隔制御することで、各圃場1の貯水水位を調整する機能ブロックである。不陸推定部61は、代かきの後に圃場水位制御部60による各圃場1への入水時に、水位計4により検出された水位変動に基づいて、各圃場1の不陸範囲を推定する機能ブロックである。
【0038】
記憶部63は、不陸推定部61により得られた各圃場1の不陸範囲の推定値などを記憶処理する機能ブロックで、後述のメモリボードに備えたメモリ素子などで構成されている。通信部62は、インターネットを介して各圃場1に備えた給水装置2や排水装置3などと制御情報をやり取りするとともに、気象情報提供サーバ7から圃場1が位置する周辺地域の所定サイズのメッシュ単位の気象情報を入手し、端末装置8と間で圃場1に対する制御情報をやり取りする機能ブロックである。
【0039】
圃場水管理装置6は、CPUボードとメモリボードと通信ボードなどを備えたクラウドサーバで構成され、メモリボードに備えたメモリに格納された圃場水管理プログラムをCPUボードに備えたCPUが実行することにより上述した各機能ブロックが具現化される。なお、圃場水管理システム100は、インターネット以外の他の公知の通信ネットワークを用いて構成することも可能であることはいうまでもない。
【0040】
圃場水管理装置6の記憶部63には、圃場管理情報が記憶されている。圃場管理情報は、各圃場の位置、圃場面積、生育品種、圃場の管理者、給水装置、排水装置などを個別に識別して管理する情報が、各圃場1を固有に識別するID情報に関連付けて記憶されている。上述した不陸範囲の推定値や後述する稲の生育モデルなども、各圃場1を固有に識別するID情報に関連付けて記憶されている。
【0041】
圃場水位制御部60は、圃場管理情報を参照することにより、各圃場1に設置された給水装置2や排水装置3などを識別して、制御が必要な圃場1の給水装置2や排水装置3に通信部62を介して給水指令などの制御情報を送信し、給水装置2から給水中などの状態情報を、また排水装置3から堰の高さなどの状態情報を受信する。本実施形態では、水位計4により検出された水位情報が給水装置2を介して圃場水管理装置6に送信される。水位情報は排水装置3を介して圃場水管理装置6に送信されてもよいし、水位計4に通信部を備えて、水位計4から直接に圃場水管理装置6に送信されてもよい。
【0042】
給水制御装置21に備えた給水制御部は、通信部を介して圃場水管理装置6と交信し、圃場水管理装置6からの制御指令に応答してアクチュエータを制御することにより、給水栓20に備えた弁を所定の開度に制御するとともに、給水栓20の開閉状態や水位計4により計測された圃場1の貯水水位などの情報を圃場水管理装置40に送信する。
【0043】
排水制御装置31に備えた排水水位制御部は、通信部を介して圃場水管理装置6と交信し、圃場水管理装置6の制御指令に応答してアクチュエータを制御することにより、排水堰30の昇降高さを目標水位に調節する。排水堰30の昇降高さにより圃場1の貯水水位が調整されることになる。
【0044】
生育モデルは、稲作の圃場1への移植から収穫までの生育期間を複数の生育段階に区分けして、各生育段階で必要となる基準目標水位を含む水管理情報などが規定されている。稲の生育段階は、稲の品種、移植時期、栽培地が温暖地であるか寒冷地であるかによって異なるため、稲の品種、移植日、圃場の位置に基づいて個別に設定された基準生育モデルが予め設定されている。
【0045】
図2には、記憶部63に記憶された基準生育モデルが例示されている。基準生育モデルは、移植期、活着期、分げつ期(前期、後期)、幼穂形成期、出穂開花期、成熟期などの各生育段階に応じて必要となる圃場1の貯水水位が基準目標水位として規定されている。例えば、移植期には深水管理、活着期には浅水管理、分げつ期(前期、後期)には周期の長い間断潅水、幼穂形成期には周期の短い間断潅水、出穂開花期には浅水管理、成熟期には周期の長い間断潅水などである。深水管理や浅水管理では、それぞれの生育段階で詳細な目標水位が規定されている。
【0046】
稲の実際の生育段階は、その年の気候変動の影響を受けて変動するため、実際には気象情報提供サーバ7からの気象情報、例えば日平均気温の累積値などに基づいて基準生育モデルに設定された各生育段階に達する時期や目標水位などが逐次補正された生育モデルに更新される。更新処理は、圃場水管理装置6に生育モデル管理部を備えて、気象情報提供サーバ7からの気象情報に基づいて生育モデル管理部が実行するように構成することができ、圃場管理者の所有する端末装置8を介して各生育段階に達する時期が補正されるように構成してもよい。
【0047】
すなわち、基準生育モデルに移植後の気象情報に基づく発育状況の変動が加味される。これにより、移植後の日平均気温の推移により苗の生育の程度に応じて湛水制御時の目標水位を細かく制御でき、浮き苗による欠株の発生や苗の水没による生育阻害を回避しつつ、雑草の生育を抑制することができる。
【0048】
圃場水位制御部60は、生育モデルに規定された下記生育段階における基準目標水位に不陸範囲の推定値を加算した値を制御対象の圃場1の目標水位に設定する。圃場水位制御部60は、排水装置3に排水堰30の高さ情報(目標水位)を送信して圃場1貯水水位を目標水位に設定し、給水装置2に給水指令を送信する。水位計4により検出された水位が目標水位に達すると給水装置2に止水指令を送信する。その後、減水深などにより水位が低下すると再度給水装置2に給水指令を送信する。
【0049】
以下に、不陸推定部61により実行される各圃場1の不陸範囲を推定の手順を詳述する。不陸推定部61は、代かきの後に圃場水位制御部60による各圃場1への入水時に、水位計4により検出された水位変動に基づいて、各圃場1の不陸範囲を推定し、推定した不陸範囲の推定値を記憶部63に記憶する。
【0050】
図3(a),(b)に示すように、圃場1の田面には凹凸があり、入水時には凹部から徐々に貯水され、水位が最大の凸部を超えた後に圃場1の全域で水位が上昇する。そのため、水位が圃場1に存在する最大の凸部を超えるまでの間の水位上昇速度は、最大の凸部を超えた後の水位の上昇速度よりも早くなる傾向がある。
【0051】
そこで、不陸推定部61は、入水後の水位上昇特性をモニタし、水位計4で検出される水位0地点から水位の上昇速度が大きく低下する速度の変換点における水位までを不陸範囲として特定する。
【0052】
すなわち、代かきの後に前記圃場水位制御部による各圃場への入水時に、不陸推定部が水位計により検出された水位の変動状況がモニタされ、その結果に基づいて各圃場の不陸範囲が推定され、不陸範囲の推定値が記憶部に記憶される。煩雑な測量作業を伴わずに、自動で各圃場の不陸範囲の推定が可能になる。その結果、不陸範囲の推定値を基準に湛水の目標水位を設定することができるようになる。
【0053】
圃場水位制御部60が湛水のために各圃場1の給水装置2を遠隔制御する際に、予め設定された基準目標水位に不陸推定部により推定された不陸範囲の推定値を加算した値を目標水位に設定することで、不陸の凸部が水面から露出するようなことが回避でき、移植日以降の雑草の生育を効果的に抑制することができ、水位の管理負担を軽減しながら効果的な有機栽培農法または減農薬水稲栽培を実現できるようになる。
【0054】
図4には、圃場水管理装置6により実行される移植から後の給水制御の手順が示されている。
代かきが行われ(S1)、圃場水位制御部60により圃場1への入水が開始されると(S2)、不陸推定部61により不陸範囲の推定処理が実行される(S3)。このとき、圃場1の目標水位は貯水が可能な最大水位に設定されることが好ましく、不陸範囲の推定処理の終了後は、移植に適した水位に調整されることが好ましい。
【0055】
圃場1に苗が移植されると(S4)、圃場水位制御部60は生育モデルを参照して、生育段階に応じた水位制御を行う(S5)。移植期や活着期などの湛水モードであれば(S8,Y)、目標水位を設定し(S7)、湛水制御を実行する(S8)。分げつ期や幼穂形成期の間断潅水などであれば(S8,N)、対応する生育段階に応じた目標水位を設定し(S9)、給水または排水制御を実行する(S10)。以後、上述したステップS5以降の処理が繰り返される。
【0056】
図5(a)には、ステップS3の不陸範囲の推定処理の具体的な手順が示されている。水位計4の値が時系列で取得され、水位の上昇速度が算出される(S11)。算出された水位の上昇速度が大きく低下すると(S12,Y)、その時の水位計4の値を最大の不陸水位と推定し、水位計4の値0から最大の不陸水位までの水位を不陸範囲と推定し(S13)、推定した不陸範囲を記憶部63に記憶する(S14)。なお、不陸範囲が適切に推定できない場合には、当該不陸範囲の推定処理を繰り返してもよい。
【0057】
図5(b)には、ステップS7の目標水位の設定処理が示されている。
生育モデルを参照して、生育段階に応じた基準目標水位を読み出すとともに(S21)、不陸範囲の推定値を読み出し(S22)、基準目標水位に推定値を加算し(S23)、加算値を畦畔の高さで制限した値を目標水位に設定する(S24)。
【0058】
基準目標水位と不陸範囲の推定値の加算値が圃場の畦畔の高さを超える場合、灌漑用水を無駄に垂れ流すことになる虞があるが、目標水位を畦畔の高さを超えない値に制限することで、灌漑用水の無駄な消費を回避することができる。なお、畦畔の高さが十分に高い場合には、ステップS23の加算値を目標水位に設定すればよい。
【0059】
圃場水位制御部60が湛水のために各圃場1の給水装置2を遠隔制御する際に、少なくとも不陸推定部61により推定された不陸範囲の推定値を超える水位を目標水位に設定することで、不陸の凸部が水面から露出するようなことが回避でき、移植から後の雑草の生育を効果的に抑制することができる。
【0060】
図5(c)には、ステップSの湛水制御の詳細が示されている。
圃場水位制御部60は、給水停止状態でなければ(S31,N)、給水装置2に給水指令を出力し(S32)、貯水水位が目標水位になるまでは給水を継続し(S33,N)、貯水水位が目標水位に達すると(S33,Y)、給水を停止して給水停止状態に入り(S34)、ステップS31に戻る。
【0061】
ステップS31で給水停止状態であれば(S31,Y)、貯水水位が目標水位より所定水位だけ低い給水再開水位に低下するまでは止水状態を継続し(S35,N)、貯水水位が給水再開水位に低下すると(S35,Y)、ステップS32の給水を再開する。減水深による水位の低下が予め設定された許容値を超えて低下する場合に、給水を再開するヒステリシス制御を行うことで、頻繁な給水栓の開閉動作を回避するものである。
【0062】
以上、説明したように、本発明による圃場水管理方法は、複数の圃場で構成される圃場群を単位として各圃場への給水を管理する圃場水管理方法であって、代かきの後に各圃場に備えた給水装置を遠隔制御して入水し、各圃場に備えた水位計により検出された水位変動に基づいて、各圃場の不陸範囲を推定する不陸推定ステップと、不陸推定ステップにより得られた各圃場の不陸範囲の推定値を記憶部に記憶する推定値記憶ステップと、各圃場の水位を一定に維持する湛水制御するために、記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を超える水位を目標水位に設定して給水装置を遠隔制御する湛水制御ステップと、を実行するように構成されている。
【0063】
湛水制御ステップは、予め設定された基準目標水位に記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を加算した値を目標水位に設定することが好ましい。
【0064】
湛水制御ステップは、前記基準目標水位に前記記憶部に記憶された各圃場の不陸範囲の推定値を加算した値で、各圃場の畦畔の高さを超えない値を目標水位に設定することが好ましい。
【0065】
基準目標水位は、記憶部に記憶され移植から収穫までの生育期間を複数の生育段階に区分けした生育モデルにおいて生育段階ごとに設定されていることが好ましい。
【0066】
生育モデルは、稲の品種、移植日、前記圃場の位置に基づいて設定された基準生育モデルに、移植後の気象情報に基づく発育状況の変動が加味されていることが好ましい。
【0067】
図5(a)で説明した不陸範囲の推定処理において、風による吹き寄せなど影響で水位の上昇速度の変換点を正確に把握できない場合もあり得る。そのような場合に備えて、過去に計測された不陸範囲の平均値や経験値などに基づいて、記憶部に圃場毎の不陸範囲の推定値を初期設定しておいてもよい。不陸範囲の推定処理で不陸範囲が適切に求まるまでの間、初期設定値を不陸範囲として代用することができる。
【0068】
以上説明した実施形態は本発明の一例に過ぎず、該記載により本発明の技術的範囲が限定されることを意図するものではなく、圃場水管理装置の具体的な構成は本発明による作用効果を奏する範囲において適宜変更設計可能であることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0069】
1:圃場
2:給水装置
20:給水栓
21:給水制御装置
3:排水装置
30:排水堰(排水栓)
31:排水制御装置
6:圃場水管理装置
60:圃場水位制御部
61:不陸推定部
62:通信部
63:記憶部
7:気象情報提供サーバ
8:携帯端末
100:圃場水管理システム
図1
図2
図3
図4
図5