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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025006255
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】酸素供給部材
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20250109BHJP
   C12N 11/04 20060101ALI20250109BHJP
   C12N 9/08 20060101ALN20250109BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N11/04
C12N9/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023106928
(22)【出願日】2023-06-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 発行日 令和4年7月15日 刊行物 第51回医用高分子シンポジウム 講演要旨集 公開日 令和4年7月25日 集会名、開催場所 第51回医用高分子シンポジウム、東京都江東区青梅2-41-6 産業技術総合研究所 臨界副都心センター 別館11階会議室 発行日 令和4年9月 刊行物 Polymer Preprints,Japan Vol.71,No.2(2022) 公開日 令和4年9月6日 集会名、開催場所 第71回高分子討論会、札幌市北区北17条西8丁目 北海道大学 札幌キャンパス
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】TOPPANホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100169063
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 洋平
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】北野 史朗
(72)【発明者】
【氏名】松▲崎▼ 典弥
(72)【発明者】
【氏名】富岡 大祐
(72)【発明者】
【氏名】宮川 繁
【テーマコード(参考)】
4B033
4B065
【Fターム(参考)】
4B033NA23
4B033NB57
4B033ND11
4B033NG05
4B033NH10
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BC41
4B065BC46
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】立体組織構造体を製造するのに適した酸素供給部材を提供すること。
【解決手段】担体と、改質過酸化カルシウムと、過酸化水素除去剤とを含み、改質過酸化カルシウムは、表面が被膜で覆われた過酸化カルシウムであり、改質過酸化カルシウム及び過酸化水素除去剤が、担体に担持されている、酸素供給部材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
担体と、改質過酸化カルシウムと、過酸化水素除去剤とを含み、
前記改質過酸化カルシウムは、表面が被膜で被覆された過酸化カルシウムであり、
前記改質過酸化カルシウム及び前記過酸化水素除去剤が、前記担体に担持されている、酸素供給部材。
【請求項2】
前記被膜が、ヒドロキシアパタイトを含有する、請求項1に記載の酸素供給部材。
【請求項3】
前記被膜が、非晶質炭酸カルシウムを含有する、請求項1に記載の酸素供給部材。
【請求項4】
前記担体が、ハイドロゲルである、請求項1に記載の酸素供給部材。
【請求項5】
前記改質過酸化カルシウム及び前記過酸化水素除去剤が、前記ハイドロゲルに包埋されている、請求項4に記載の酸素供給部材。
【請求項6】
前記ハイドロゲルが、架橋されたゼラチンを含有する、請求項4に記載の酸素供給部材。
【請求項7】
前記過酸化水素除去剤が、カタラーゼを含有する、請求項1に記載の酸素供給部材。
【請求項8】
細胞培養用である、請求項1に記載の酸素供給部材。
【請求項9】
立体組織構造体製造用である、請求項1に記載の酸素供給部材。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の酸素供給部材と培地が接触した状態で、少なくとも1種の細胞を前記培地中で培養することを含む、立体組織構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素供給部材に関する。
【背景技術】
【0002】
立体組織構造体は、三次元的に細胞が配置された構造を有しており、生体組織モデル等として用いられている。立体組織構造体の製造にあたり、組織内部への酸素の供給が不充分となり酸素不足により細胞死が起こるという問題が生じることがある。
【0003】
過酸化カルシウム(CaO)は、水と反応することで酸素を発生する。この性質を利用して、上述した酸素不足の問題を解決しようとする試みがなされている。例えば、非特許文献1には、生分解性ポリマーであるポリカプロラクトンと過酸化カルシウムを混合して熱溶解積層法により作製した担体、及び当該担体を使用してマウス膵β細胞を培養したことが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】日本機械学会,第30回バイオエンジニアリング講演会講演論文集,2017年,2G14
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
過酸化カルシウムは水と反応した際、短時間で酸素を放出(初期バースト放出)してしまうため、数日間~数週間に亘る細胞培養の間、酸素を供給し続けることが困難であった。これに対して、本発明者らは、過酸化カルシウムの表面をヒドロキシアパタイトで被覆することで、この初期バースト放出を抑制できることを見出している。
【0006】
本発明は、上述した状況に鑑み、立体組織構造体を製造するのに適した酸素供給部材を提供することを目的とする。本発明はまた、当該酸素供給部材を使用した立体組織構造体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、例えば以下の各発明を包含する。
[1]
担体と、改質過酸化カルシウムと、過酸化水素除去剤とを含み、
前記改質過酸化カルシウムは、表面が被膜で被覆された過酸化カルシウムであり、
前記改質過酸化カルシウム及び前記過酸化水素除去剤が、前記担体に担持されている、酸素供給部材。
[2]
前記被膜が、ヒドロキシアパタイトを含有する、[1]に記載の酸素供給部材。
[3]
前記被膜が、非晶質炭酸カルシウムを含有する、[1]に記載の酸素供給部材。
[4]
前記担体が、ハイドロゲルである、[1]~[3]のいずれかに記載の酸素供給部材。
[5]
前記改質過酸化カルシウム及び前記過酸化水素除去剤が、前記ハイドロゲルに包埋されている、[4]に記載の酸素供給部材。
[6]
前記ハイドロゲルが、架橋されたゼラチンを含有する、[4]又は[5]に記載の酸素供給部材。
[7]
前記過酸化水素除去剤が、カタラーゼを含有する、[1]~[6]のいずれかに記載の酸素供給部材。
[8]
細胞培養用である、[1]~[7]のいずれかに記載の酸素供給部材。
[9]
立体組織構造体製造用である、[1]~[8]のいずれかに記載の酸素供給部材。
[10]
[1]~[9]のいずれかに記載の酸素供給部材と培地が接触した状態で、少なくとも1種の細胞を前記培地中で培養することを含む、立体組織構造体の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、立体組織構造体を製造するのに適した酸素供給部材を提供することができる。本発明によればまた、当該酸素供給部材を使用した立体組織構造体の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】試験例1-1で酸素供給部材(ハイドロゲル)を製造した結果を示す図である。図1(a)は、ハイドロゲルの形成を確認した際の写真である。図1(b)は、ハイドロゲルの走査電子顕微鏡(SEM)像を示す写真である。
図2】試験例1-2で酸素供給部材(ハイドロゲル)を評価した結果を示す図である。図2(a)は、過酸化水素濃度の評価結果を示す図である。図2(b)及び図2(d)は、酸素放出挙動の評価結果を示す図である。図2(c)及び図2(e)は、それぞれ図2(b)及び図2(d)の一部を拡大した図である。
図3】試験例2-1で低酸素条件下での細胞増殖を評価した結果を示す図である。図3(a)は、本試験例での細胞培養の様子を模式的に示す図である。図3(b)は、NHDFのミトコンドリア活性を評価した結果を示すグラフである。図3(c)は、MSCのミトコンドリア活性を評価した結果を示すグラフである。図3(d)は、ADSCのミトコンドリア活性を評価した結果を示すグラフである。図3(e)は、HepG2のミトコンドリア活性を評価した結果を示すグラフである。図3(f)は、7日間の細胞培養後の細胞を撮影した結果を示す写真である。
図4】試験例2-2で低酸素条件下での細胞増殖を評価した結果を示す図である。 図4(a)は、改質過酸化カルシウム含有量の評価試験例での細胞培養の様子を模式的に示す図である。図4(b)は、NHDFのミトコンドリア活性を評価した結果を示すグラフである。図4(c)は、7日間の細胞培養後の細胞を撮影した結果を示す写真である。図4(d)は、長期培養時の評価試験例での細胞培養の様子を模式的に示す図である。図4(e)は、生細胞数の測定結果を示すグラフである。図4(f)は、14日間培養した後の細胞を撮影した結果を示す写真である。
図5】試験例3で立体組織構造体の製造及び評価を行った結果を示す図である。図5(a)は、本試験例での細胞培養の様子を模式的に示す図である。図5(b)は、対照(ハイドロゲルを含まないサンプル)のヘマトキシリン-エオシン(HE)染色像である。図5(c)は、HAp-CaOを含むハイドロゲルを使用したサンプルのHE染色像である。図5(d)は、細胞密度の測定結果を示すグラフである。図5(e)は、DAPIとファロイジンで染色した立体組織構造体の共焦点レーザー走査顕微鏡(CSLM)像を示す写真である。
図6】試験例4-1で各種溶液にCaOを浸漬したときの溶液中の溶存酸素濃度の経時変化を測定した結果を示すグラフである。
図7】試験例4-1での改質過酸化カルシウム(NaHPO 0.1mg/mL)及び対照過酸化カルシウム(NaHPO 0mg/mL)の走査電子顕微鏡(SEM)像、及びX線回折法(XRD)により得られたスペクトルを示す図である。
図8】試験例4-2で溶存酸素濃度の経時変化を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
【0011】
〔酸素供給部材〕
本実施形態に係る酸素供給部材は、担体と、被膜で表面が被覆された改質過酸化カルシウムと、過酸化水素除去剤とを含むものである。当該酸素供給部材中、改質過酸化カルシウム及び過酸化水素除去剤は、いずれも担体に担持されている。
【0012】
本実施形態に係る酸素供給部材は、改質過酸化カルシウム及び過酸化水素除去剤が、担体に担持されていることで近傍に位置することになるため、過酸化カルシウムと水との反応で副生成物として生成する過酸化水素を効率よく除去することができる。
【0013】
本明細書において、「担体」は、改質過酸化カルシウム及び過酸化水素除去剤を担持できる物質を意味する。「担体に担持されている」とは、改質過酸化カルシウム及び過酸化水素除去剤が担体に付着又は結合等することにより、担体上又は担体近傍に保持されていることを意味する。「結合」は、共有結合、イオン結合、水素結合、分子間力による結合等のいずれであってもよい。
【0014】
担体は、生体適合性であることが好ましい。「生体適合性」とは、生体組織に触れたときに過剰な炎症等を生じさせないことを意味する。
【0015】
担体の形状に特に制限はなく、繊維状、平板状、楕円体状、球状等の任意の形状であってよい。
【0016】
担体は、多孔質体であってもよい。担体が多孔質体であると、担体の内部に改質過酸化カルシウム及び過酸化水素除去剤を包埋することが可能になり、過酸化水素の除去効率がより高くなる。
【0017】
担体の具体例として、例えば、ハイドロゲル、ハイドロゲルファイバー、ハイドロゲルフィルム等を挙げることができる。
【0018】
「ハイドロゲル」とは、ポリマーが水素結合、イオン結合、配位結合、共有結合等により架橋して三次元網目構造が形成されたものであり、当該三次元網目構造の内部に水等の液体を含むものを意味する。「ハイドロゲルファイバー」とは、ハイドロゲルで形成された繊維を意味する。「ハイドロゲルフィルム」とは、ハイドロゲルで形成されたフィルムを意味する。
【0019】
ハイドロゲルは、例えば、フィブリン、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロン酸、アルギン酸、ペクチン、キトサン等の生体適合性分子で構成されるゲルであってよい。ハイドロゲルはまた、例えば、これらの生体適合性分子を分子間及び/又は分子内で架橋させた架橋生体適合性分子で構成されるゲルであってよい。架橋する方法としては、例えば、熱、紫外線、放射線等の印加による物理架橋、架橋剤、酵素反応(例えば、トランスグルタミナーゼによる反応)等による化学架橋等による方法が挙げられる。
【0020】
本実施形態に係る酸素供給部材において、改質過酸化カルシウム及び過酸化水素除去剤は、担体の表面で担体に担持されていてもよく、担体の内部で担体に担持されていてもよい。後者の場合は、担体が多孔質体であることが好ましく、また改質過酸化カルシウム及び過酸化水素除去剤が担体に包埋されていることが好ましい。なお、包埋されているとは、酸素供給部材の表面の90%以上又は全部が担体であることを意味する。これにより、酸素供給を維持したまま、過酸化水素をより一層効率よく除去することができる。
【0021】
本明細書において、「改質過酸化カルシウム」は、表面が被膜で被覆された過酸化カルシウムを意味する。本実施形態に係る改質過酸化カルシウムは、被膜が周囲の水に対する障壁として機能し、水の移動を抑制するか、又は特定の条件下で水の移動を遮断する。これにより、過酸化カルシウムと水との反応が徐々に生じて酸素を徐放するように機能するか、又は上記特定の条件が解除されたときに過酸化カルシウムと水との反応が生じて酸素を放出するように機能する。
【0022】
改質過酸化カルシウムの形状は特に制限されないが、取り扱い性に優れるという観点から、粒子状であってよい。粒子の粒径は、例えば、150メッシュ以上250メッシュ以下であってよく、170メッシュ以上200メッシュ以下であってよい。
【0023】
改質過酸化カルシウムは、過酸化カルシウムの表面の一部又は全部が被膜で被覆されているものであってよく、表面の90%以上又は全部が被膜で被覆されているものであるのが好ましく、表面の95%以上又は全部が被膜で被覆されているものであるのがより好ましく、表面の全部が被膜で被覆されているものであるのが特に好ましい。
【0024】
改質過酸化カルシウムの被膜の膜厚は、特に制限されるものではないが、例えば、0.1μm以上10μm以下であってよい。
【0025】
一実施形態において、被膜はヒドロキシアパタイト(Ca(PO(OH))を含有するものであってよい。本明細書において、被膜がヒドロキシアパタイトを含有する改質過酸化カルシウムを特に「HAp-CaO」と呼ぶことがある。ヒドロキシアパタイトを含有することにより、被膜が多孔質形状となり、周囲の水の拡散移動が抑制される。そのため、過酸化カルシウムと水が徐々に反応することになり、酸素の初期バースト放出が抑制され、酸素を徐放する。同時に過酸化水素の初期バースト放出も抑制されるため、酸素供給部材中の過酸化水素除去剤により充分に低い濃度に達するまで過酸化水素を除去することができる。本実施形態に係る被膜は、上述の効果がより顕著に発揮されるため、ヒドロキシアパタイトから実質的になるものであるのが好ましく、ヒドロキシアパタイトからなるものであるのがより好ましい。
【0026】
本実施形態に係る改質過酸化カルシウム(HAp-CaO)は、リン酸イオンを含有する水溶液に過酸化カルシウムを浸漬して得られるものであってよい。リン酸イオンを含有する水溶液中のリン酸イオン濃度は、特に制限されないが、例えば、50mM以上1M以下であってよく、100mM以上500mM以下であってよい。リン酸イオンを含有する水溶液の具体例として、例えば、同濃度のリン酸二水素ナトリウム水溶液とリン酸水素二ナトリウム水溶液をpHが7.0になるように混合して調製した水溶液が挙げられる。過酸化カルシウムを浸漬する際の温度条件は、特に制限されないが、例えば、20℃以上50℃以下、好ましくは30℃以上40℃以下、より好ましくは37℃である。過酸化カルシウムを浸漬する時間は、特に制限されないが、例えば、30分間以上、45分間以上、1時間以上であってよく、2時間以下であってよい。
【0027】
他の実施形態において、被膜は非晶質炭酸カルシウム(アモルファスCaCO)を含有するものであってよい。本明細書において、被膜が非晶質炭酸カルシウムを含有する改質過酸化カルシウムを特に「ACC-CaO」と呼ぶことがある。非晶質炭酸カルシウムを含有することにより、周囲の水の拡散移動が実質的に遮断される。また、非晶質炭酸カルシウムは、pHが低い程溶解度が高くなるため、pHを低下させること(例えば、pH5以下)で被膜が徐々に溶解し、酸素を徐放するようになる。したがって、改質過酸化カルシウム(ACC-CaO)を含む酸素供給部材は、pH応答性の酸素供給部材として使用することができる。本実施形態に係る被膜は、上述の効果がより顕著に発揮されるため、非晶質炭酸カルシウムから実質的になるものであるのが好ましく、非晶質炭酸カルシウムからなるものであるのがより好ましい。
【0028】
本実施形態に係る改質過酸化カルシウム(ACC-CaO)は、リン酸イオン及び炭酸イオンを含有する水溶液に過酸化カルシウムを浸漬して得られるものであってよい。リン酸イオン及び炭酸イオンを含有する水溶液中のリン酸イオン濃度は、例えば、1mM以上50mM以下であってよく、1mM以上10mM以下であってよい。リン酸イオン及び炭酸イオンを含有する水溶液中の炭酸イオン濃度は、例えば、5mM以上1M以下であってよく、10mM以上500mM以下であってよく、10mM以上100mM以下であってよい。リン酸イオン及び炭酸イオンを含有する水溶液の具体例として、例えば、リン酸二水素ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムを含有する水溶液が挙げられる。過酸化カルシウムを浸漬する際の温度条件は、特に制限されないが、例えば、20℃以上50℃以下、好ましくは30℃以上40℃以下、より好ましくは37℃である。過酸化カルシウムを浸漬する時間は、特に制限されないが、例えば、30分間以上、45分間以上、1時間以上であってよく、2時間以下であってよい。
【0029】
本実施形態に係る酸素供給部材中の改質過酸化カルシウムの含有量は、酸素供給部材の用途、改質過酸化カルシウムの種類等に応じて、酸素供給に充分な量として設定することができる。具体的には、例えば、酸素供給部材の容量を基準として、例えば、1mg/mL以上50mg/mL以下であってよく、2.5mg/mL以上25mg/mL以下であってよく、5mg/mL以上20mg/mL以下であってよく、10mg/mL以上15mg/mL以下であってよい。
【0030】
過酸化水素除去剤は、過酸化水素を分解する、過酸化水素の分解を触媒する等により、過酸化水素を除去できる物質であれば特に制限なく使用することができる。過酸化水素除去剤は生体適合性であることが好ましい。
【0031】
過酸化水素除去剤として、例えば、カタラーゼ、ペルオキシダーゼ及びグルタチオンペルオキシダーゼ等の酵素、アスコルビン酸及びその塩等の化合物、酸化マンガン(MnO)及び塩化鉄(FeCl)等の無機化合物が挙げられる。これらの中でも、生体適合性に優れる観点から、カタラーゼ、ペルオキシダーゼ及びグルタチオンペルオキシダーゼ等の酵素、アスコルビン酸及びその塩等の化合物が好ましく、更に過酸化水素の除去能に優れる観点から、カタラーゼ、ペルオキシダーゼ及びグルタチオンペルオキシダーゼ等の酵素がより好ましい。
【0032】
本実施形態に係る酸素供給部材中の過酸化水素除去剤の含有量は、過酸化水素除去剤の種類、改質過酸化カルシウムの種類及び含有量等に応じて、過酸化水素の除去に充分な量として設定することができる。具体的には、例えば、過酸化水素除去剤が酵素である場合、酸素供給部材の容量を基準として、例えば、50U/mL以上200U/mL以下であってよく、80U/mL以上120U/mL以下であってよい。また例えば、改質過酸化カルシウムの重量を基準として、5U/mg以上100U/mg以下であってよく、10U/mg以上40U/mg以下であってよい。なお、1Uは、10mM過酸化水素を基質として25℃、pH7.0の条件で1分間に1マイクロモルの過酸化水素を分解するのに必要な酵素量である。
【0033】
本実施形態に係る酸素供給部材には、担体、改質過酸化カルシウム及び過酸化水素除去剤以外のその他成分が含まれていてもよい。その他成分としては、例えば、グルコース、脂肪酸、タンパク質等が挙げられる。
【0034】
本実施形態に係る酸素供給部材は、担体、改質過酸化カルシウム及び過酸化水素除去剤、並びに必要に応じてその他成分を混合して製造することができる。例えば、担体がハイドロゲルの場合、ハイドロゲル原料(例えば、架橋されていない生体適合性分子)及び架橋剤(例えば、トランスグルタミナーゼ等の酵素)と、改質過酸化カルシウム及び過酸化水素除去剤とを混合し、架橋反応(例えば、37℃1時間)を行うことで、酸素供給部材を製造することができる。なお、必要に応じて、担体と、改質過酸化カルシウム及び/又は過酸化水素除去剤との間に結合を形成させるための反応を伴ってもよい。
【0035】
本実施形態に係る酸素供給部材は、培地に接触するように使用されることで、培地中に酸素を供給することができる。酸素供給部材、培地及び細胞の配置については特に制限されず、例えば、酸素供給部材の外部に細胞及び培地が存在していてもよく、酸素供給部材の内部に細胞及び培地が存在していてもよく、酸素供給部材の内部及び外部の両方に細胞及び培地が存在していてもよく、酸素供給部材の内部に培地が存在し、外部に細胞及び培地が存在していてもよい。
【0036】
一実施形態に係る酸素供給部材は、酸素を徐放する酸素徐放部材であってもよい。酸素徐放部材は、特定の条件下では酸素を放出せず、当該特定の条件が解除されたときに酸素を徐放するものであってもよい。当該特定の条件としては、例えば、pHが挙げられる。
【0037】
本実施形態に係る酸素供給部材は、細胞培養用途、立体組織構造体製造用途等に好適に使用することができる。
【0038】
〔立体組織構造体の製造方法〕
本実施形態に係る立体組織構造体の製造方法は、本発明に係る酸素供給部材と培地が接触した状態で、少なくとも1種の細胞を当該培地中で培養する工程(以下、「培養工程」ともいう。)を備える。
【0039】
立体組織構造体は、例えば、骨格筋組織、脂肪組織、血管組織、神経組織、表皮組織、上皮組織、心筋組織、軟骨組織等であってもよい。立体組織構造体はまた、少なくとも1種の細胞が三次元的に配置され、特定の組織構造を有しない構造体(細胞集団)であってもよい。
【0040】
立体組織構造体の形状は、特に限定されず、例えば、球状、楕円体状、直方体状、立方体状、繊維状等であってよい。
【0041】
細胞は、特に限定されないが、例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、マウス、ラット等の哺乳類動物に由来する細胞であってよい。細胞の由来部位も特に限定されず、骨、筋肉、内臓、神経、脳、骨、皮膚、血液等に由来する体細胞であってもよく、生殖細胞であってもよい。さらに、細胞は、幹細胞であってもよく、また、初代培養細胞、継代培養細胞及び細胞株細胞等の培養細胞であってもよい。
【0042】
細胞は、具体的には、例えば、骨格筋細胞、平滑筋細胞(例えば、大動脈平滑筋細胞、心筋細胞(例えば、ヒトiPS細胞由来心筋細胞)、脂肪細胞(例えば、成熟脂肪細胞)、血管内皮細胞(例えば、ヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞)、血管周皮細胞、リンパ管内皮細胞、神経細胞、樹状細胞、免疫細胞、線維芽細胞、軟骨細胞、骨芽細胞、上皮細胞(例えば、ヒト歯肉上皮細胞)、角化細胞、肝細胞、膵島細胞、組織幹細胞(例えば、衛星細胞、間葉系幹細胞)、アストロサイト、大腸がん細胞(例えば、ヒト大腸がん細胞)、肝癌細胞等の癌細胞等等が挙げられる。細胞は、一種単独で用いてもよいし、複数種類の細胞を組み合わせて用いてもよい。
【0043】
培地は、培養する細胞の種類等によって適宜選択することができる。培地としては、例えば、Eagle’s MEM培地、Dulbecco改良Eagle培地(DMEM)、Modified Eagle培地(MEM)、Minimum Essential培地、RPMI培地、及びGlutaMax培地、EGM2等の液体培地等が挙げられる。培地は、血清を添加した培地であってもよいし、無血清培地であってもよい。培地は、二種類の培地を混合した混合培地であってもよい。
【0044】
酸素供給部材と培地を接触させる方法は特に制限されず、例えば、培地に酸素供給部材を直接又は支持体(例えば、24ウェルプレートインサート)と共に添加する方法、酸素供給部材を接着又は非接着状態で内部に有する培養容器に培地を添加する方法等を採用することができる。
【0045】
細胞は培地中に含まれていればよく、例えば、酸素供給部材の内部に培地が浸透できる場合、細胞は酸素供給部材の外部にあってもよく、培地と共に酸素供給部材の内部にあってもよい。
【0046】
本発明に係る酸素供給部材の使用量は、細胞の種類、培養期間、目的とする立体組織構造体の形状、厚さ等に応じて適宜設定することができる。本発明に係る酸素供給部材は、これに限られるものではないが、例えば、培地1mLあたり、改質過酸化カルシウムの量が0.01mg以上10mg以下、0.05mg以上5mg以下、又は0.1mg以上2mg以下となるような量で使用することができる。
【0047】
培養工程は、本発明に係る酸素供給部材と培地が接触した状態で培養を行うこと以外は、通常の立体組織構造体の培養方法と同様の方法で実施することができる。
【0048】
培養工程における培地中の細胞密度は、目的とする立体組織構造体の形状、厚さ、培養器のサイズ等に応じて適宜決定できる。例えば、培養工程における培地中の細胞密度は、1~10細胞/mLであってよく、10~10細胞/mLであってよい。
【0049】
細胞を培養する方法は、培養する細胞の種類に応じて好適な培養方法を用いることができる。培養温度は20℃~40℃、又は30℃~37℃であってもよい。培地のpHは、6.0~8.0、又は7.2~7.4であってもよい。培養時間は、1日~2週間、又は1週間~2週間であってもよい。
【0050】
培養する細胞は、ハイドロゲルに分散したものであってもよい。ハイドロゲルとしては、例えば、フィブリンゲル、マトリゲル、コラーゲンゲル、ゼラチンゲル等が挙げられる。培養する細胞をハイドロゲルに分散させることにより、より所望の形状の立体組織構造体を形成することが容易になる。また、本実施形態に係る酸素供給部材がハイドロゲルの形状である場合、当該酸素供給部材としてのハイドロゲルに培養する細胞が分散していてもよい。
【0051】
培養する細胞が幹細胞を含む場合、培養工程は、増殖培養すること及び分化誘導培養することを含んでいてもよい。分化誘導培養は、常法により行うことができ、例えば、増殖培養時の培地を分化誘導可能な所定の培地に交換することであってもよく、分化誘導剤を培地に添加することであってもよい。
【0052】
本実施形態に係る立体組織構造体の製造方法において使用する酸素供給部材がpH応答性のものである場合(例えば、改質過酸化カルシウムの被膜が非晶質炭酸カルシウムを含有する場合)、培養工程は、培地のpHを、酸素供給部材からの酸素放出が可能になるpH(例えば、pH5以下)に調整することを含んでいてもよい。pHの調整は、pH調整剤(例えば、塩酸、水酸化ナトリウム)を添加することで行ってもよいし、pH調整剤を添加することなく行ってもよい。後者の場合、例えば、細胞増殖に伴い細胞から分泌される乳酸等による培地のpH変化によって、pH調整を行うことができる。
【実施例0053】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は、以下の実施例により限定されるものではない。
【0054】
本実施例で使用した各材料は、以下に示すものである。
・過酸化カルシウム(CaO)(粒径200メッシュ(74μm)),Sigma-Aldrich製
・ウシ肝臓由来のカタラーゼ,Sigma-Aldrich製
・トランスグルタミナーゼ,味の素株式会社製
・リン酸二水素ナトリウム,富士フィルム和光純薬株式会社製
・リン酸水素二ナトリウム12-水,富士フィルム和光純薬株式会社製
・ゼラチン(077-03155),富士フィルム和光純薬株式会社製
・塩化カルシウム無水,富士フィルム和光純薬株式会社製
・tert-ブチルアルコール,東京化学工業株式会社製
・Dulbecco改良Eagle培地(DMEM)(透明;08489-45),ナカライテスク製
・DMEM(細胞培養;08458-16),ナカライテスク製
・ウシ胎児血清(FBS)(10270),Thermo Fisher Scientific製
・抗生物質(50U/mLペニシリン及び50μg/mLストレプトマイシン),Thermo Fisher Scientific製
・正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF,CC-2509),LONZA製
・ヒト間葉系幹細胞(MSC,PT-2501),LONZA製
・HepG2肝細胞癌細胞(ヒト)(HEPG2-500),Cellular Engineering Technologies製
・ブタ膵臓由来のトリプシン,富士フィルム和光純薬株式会社製
・フィブロネクチンヒト血漿,Sigma-Aldrich製
・ファロイジン-iFluor 594試薬,Abcam製
・Triton-X 100,Sigma-Aldrich製
・ウシ血清アルブミン(BSA、A3294),Sigma-Aldrich製
・正常ヤギ血清,Jackson Immuno Research Laboratories Inc.製
・Dulbeccoりん酸緩衝生理食塩水(PBS),ナカライテスク製
・血清アルブミン,Sigma-Aldrich製
・10%ホルムアルデヒド中性緩衝液,ナカライテスク製
・4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI),Thermo Fisher Scientific製
・炭酸水素ナトリウム,ナカライテスク製
・ミネラルオイルHigh sensitivity(酸素バリアオイル),Abcam製
【0055】
[試験例1:酸素供給部材の製造及び評価]
〔試験例1-1:酸素供給部材の製造〕
(試薬の準備)
100U/mLのトランスグルタミナーゼ(TG)溶液、及び10,000U/mLのカタラーゼ溶液をDMEM(透明)を用いて調製した。0.5MのCaCl溶液を超純水(MilliQ)を用いて調製した。2500mgのゼラチンを10mLのDMEM(透明)に加熱溶解してゼラチン溶液(20質量%)を調製した。
【0056】
(改質過酸化カルシウムの製造)
改質過酸化カルシウムとして、ヒドロキシアパタイトを含有する被膜で表面が被覆された過酸化カルシウム(以下、「HAp-CaO」ともいう。)を製造した。具体的にはまず、リン酸塩緩衝液(PB)を、同濃度のリン酸二水素ナトリウム水溶液とリン酸水素二ナトリウム水溶液をpHが7.0になるように混合して調製した。次いで、3mgのCaOを3mLの100mM又は500mMのPBに37℃で1時間浸漬することでHAp-CaOを製造した。得られたHAp-CaOを4000rpmで3分間遠心分離して回収した。
【0057】
(酸素供給部材の製造)
CaO又はHAp-CaOをゼラチン溶液中に分散させ、次いで、カタラーゼ溶液、TG溶液、CaCl溶液及びDMEM(透明)を、最終濃度がそれぞれ2.5mg/mL又は10mg/mL CaO,16質量%ゼラチン、10U/mL TG、100U/mLカタラーゼ及び2.5mM CaClとなるように混合した。なお、HAp-CaO濃度は改質前のCaO濃度から算出した。カタラーゼを含まない試料も同様に調製した。調製した混合溶液800μLをサンプル瓶に添加して、37℃で1時間インキュベートして、TGによるゼラチンの架橋反応を行った。その後、サンプル瓶を傾けて、ハイドロゲルの形成を確認した。結果を図1(a)に示す。
【0058】
図1(a)に示すとおり、HAp-CaO(100mM PBに浸漬して製造したもの)を使用した試料は、いずれもハイドロゲルの形成が確認された。一方、CaOを使用した場合、カタラーゼを含まない試料ではハイドロゲルは形成されなかった。TGはジスルフィド結合形成に関連したペプチド主鎖の配座変化のために過酸化水素によって不活性化されることが報告されており(J.Biol.Chem.,2018年,293,pp.2640-2649)、CaOからの過酸化水素の最初のバースト放出のためにTGが不活性化され、ゼラチンの架橋が生じなかったものと考えられる。CaO及びカタラーゼを使用した試料では、低濃度(2.5mg/mL CaO)のときのみハイドロエルの形成が確認された。高濃度(10mg/mL CaO)の試料では、カタラーゼによる過酸化水素の分解よりも先にTGが不活性化されたためであると考えられる。
【0059】
〔試験例1-2:酸素供給部材の評価〕
(ハイドロゲルの物性確認)
ハイドロゲルの多孔質構造を走査電子顕微鏡(SEM)により観察した。CaO又はHAp-CaO(100mM PB又は500mM PBへの浸漬により製造したもの)を2.5mg/mL含む200μLのカタラーゼ含有ハイドロゲルを、24ウェルプレートインサート(3470、Corning製)中で調製した。対照として、CaOを含まないハイドロゲルを同様に調製した。調製したハイドロゲルをエタノールに1時間浸漬し、次いでt-ブチルアルコールに1時間3回浸漬した。凍結乾燥して試料を切断した後,オスミウムでスパッタ被覆した各試料の表面形態をSEMで観察した。
【0060】
SEM観察の結果を図1(b)に示す。図1(b)中、矢印で示した部位は、孔サイズの推定に使用した孔である。いずれのハイドロゲルにも、約5~10μmの孔サイズを有する多孔質構造が同定され、ハイドロゲル構造に顕著な差異がないことが分かった。
【0061】
(酸素供給部材の評価1:過酸化水素濃度の評価)
ハイドロゲルをDMEM(透明)中に入れたときのDMEM中の過酸化水素濃度をオキシセレクト過酸化水素/ペルオキシダーゼアッセイキットを用いて評価した。
【0062】
異なる濃度のHAp-CaO(100mM PBへの浸漬により製造したもの)(0mg/mL、2.5mg/mL、5mg/mL又は10mg/mL)を含む200μLのハイドロゲル(カタラーゼを含む又は含まない)を、2mLDMEM(透明)と共に24ウェルプレート(3820-024、IWAKI製)のウェル中に入れ、37℃にて5%COインキュベーター中でインキュベートした。3日間のインキュベーション後、各試料から100μLの上清を回収して、上述のキットを使用して過酸化水素濃度を測定した。結果を図2(a)に示す。
【0063】
図2(a)に示すとおり、カタラーゼを含むハイドロゲルでは、過酸化水素は検出されなかった(いずれも、1.5μM未満)。一方、カタラーゼを含まないハイドロゲルの場合、過酸化水素濃度はHAp-CaO濃度の増加に伴い増加した(HAp-CaOが5mg/mLで47μM、10mg/mLで139μM)。過酸化水素はCaOと水との反応に伴い生成するものであり、細胞毒性を示す化合物である。本発明に係る酸素供給部材は、改質過酸化カルシウム(HAp-CaO)と過酸化水素除去剤(カタラーゼ)が担体(ハイドロゲル)に担持されて互いに近い位置にあること、更に改質過酸化カルシウム(HAp-CaO)と過酸化水素除去剤(カタラーゼ)が担体(ハイドロゲル)に包埋されていることから、生成する過酸化水素を極めて効果的に除去できることが明らかとなった。この特性は、細胞培養用途又は立体組織構造体製造用途に使用する際に極めて有利である。
【0064】
(酸素供給部材の評価2:pHの評価)
ハイドロゲルをDMEM(透明)中に入れたときのDMEMのpH変化を評価した。
【0065】
異なる濃度のHAp-CaO(100mM PBへの浸漬により製造したもの)(0mg/mL、2.5mg/mL、5mg/mL又は10mg/mL)を含む200μLのカタラーゼ含有ハイドロゲルを、2mLDMEM(透明)と共に24ウェルプレートのウェル中に入れ、37℃にて5%COインキュベーター中でインキュベートした。1時間、1日間、3日間及び5日間のインキュベーション後、各試料から100μLの上清を回収して、pH計(LAQUAtwin-pH-22B、HORIBA製)を用いてpHを測定した。なお、pH測定後、100μLのDMEM(透明)を各試料に添加した。
【0066】
その結果、いずれの試料もpHの有意な変動は認められなかった(図示せず)。CaOと水との反応に伴い塩基性物質であるCa(OH)も生成する。この結果は、Ca(OH)の影響は無視できることを示している。
【0067】
(酸素供給部材の評価3:酸素放出特性の評価)
ハイドロゲルの酸素放出特性を評価するために,ハイドロゲルをDMEM(透明)中に入れたときのDMEM中の溶存酸素量を低酸素条件下で溶存酸素測定装置(SDRSensorDish(登録商標)Reader,PreSens製)を用いて測定した。
【0068】
CaO(2.5mg/mL)、HAp-CaO(100mM PBへの浸漬により製造したもの)(2.5mg/mL)、又はHAp-CaO(500mM PBへの浸漬により製造したもの)(0mg/mL、2.5mg/mL、5mg/mL若しくは10mg/mL)を含む200μLのカタラーゼ含有ハイドロゲルを、24ウェルプレートインサート中で調製した。対照としてCaOを含まないハイドロゲルを同様に作製した。
【0069】
ハイドロゲルを含む24ウェルプレートインサートを24ウェルセンサーディッシュ(OxoDish(登録商標)OD24、PreSens製)に入れ、次いで2mLのDMEM(透明)を各サンプルに添加した。更なる対照として、ハイドロゲルを含まないサンプルも調製した。溶存酸素測定装置及び24ウェルセンサーディッシュを、低酸素細胞培養気密バッグ(6-8669-03、アズワン製)に入れた。低酸素状態にするため、O吸収剤であるアネロパック(登録商標)(三菱ガス化学製)をバッグに添加した後、パラフィルムを用いて密封した。次いで、37℃でインキュベートし、DMEM中の溶存酸素量を6時間後、1日後、以後1日おきに14日後までモニターした。結果を図2(b)~図2(e)に示す。
【0070】
図2(b)は、ハイドロゲルを含まないサンプル(w/o gel)、並びにCaOを含まないハイドロゲル、CaO(2.5mg/mL)を含むハイドロゲル、HAp-CaO(100mM PBへの浸漬により製造したもの)(2.5mg/mL)を含むハイドロゲル、及びHAp-CaO(500mM PBへの浸漬により製造したもの)(2.5mg/mL)を含むハイドロゲルを入れたサンプルの溶存酸素量を大気中の酸素と平衡状態にある溶液の酸素濃度を100%とした相対値で示したグラフである。図2(c)は、図2(b)のグラフの拡大図である。
【0071】
図2(b)及び図2(c)に示すとおり、CaO(2.5mg/mL)を含むハイドロゲルは、水との迅速な反応により、酸素の初期バースト放出が生じ、酸素を放出する期間は3日間であった。一方、100mMのPBへの浸漬により製造したHAp-CaOを含むハイドロゲルは、酸素の初期バースト放出はCaOに比較して抑制されており、酸素を放出する期間は4日間に増加した。さらに、500mMのPBへの浸漬により製造したHAp-CaOを含むハイドロゲルは、酸素の初期バースト放出が更に抑制され、酸素を放出する期間は、約10日間に増加した。これらの結果から、ヒドロキシアパタイトを含有する被膜で表面が被覆されたCaO(改質過酸化カルシウム)により、酸素供給部材(ハイドロゲル)からの持続的な酸素放出が可能であることが確認できた。
【0072】
図2(d)は、HAp-CaO(500mM PBへの浸漬により製造したもの)(0mg/mL、2.5mg/mL、5mg/mL若しくは10mg/mL)を含むハイドロゲルを入れたサンプルの溶存酸素量を大気中の酸素と平衡状態にある溶液の酸素濃度を100%とした相対値で示したグラフである。図2(e)は、図2(d)のグラフの拡大図である。
【0073】
図2(d)及び図2(e)に示すとおり、ハイドロゲル中のHAp-CaO濃度が増加すると、溶存酸素濃度も増加した。例えば、5日後の溶存酸素濃度は、6.0%(2.5mg/mL)、8.8%(5mg/mL)及び15.2%(10mg/mL)であった。これらの値は、心臓(9~18%)、骨格筋(9~18%)、脳(16%)及び肝臓(19~28%)組織中の溶存酸素濃度に類似しているため、これらのハイドロゲルの酸素放出特性は、立体組織構造体製造用途へ使用する際に極めて有利である。
【0074】
[試験例2:細胞培養試験]
〔試験例2-1:低酸素条件下での細胞増殖の評価1〕
酸素供給部材(ハイドロゲル)を使用した低酸素条件下での細胞増殖をWST-8キット(CCK-8,ナカライテスク製)を使用してミトコンドリア活性を測定することで評価した。
【0075】
ヒト脂肪組織由来肝細胞(ADSC)は、非特許文献(Bioact.Mater.,2022年,7巻,pp.227-241)に記載された方法で調製した。
【0076】
異なる濃度のHAp-CaO(500mM PBへの浸漬により製造したもの)(0mg/mL、2.5mg/mL、5mg/mL又は10mg/mL)を含む200μLのカタラーゼ含有ハイドロゲルを24ウェルプレートインサート中で調製し、10%FBS及び1%抗生物質を含有する2mL DMEM(細胞培養)で3回洗浄した。
【0077】
2×10個のNHDF、MSC、ADSC及びHepG2細胞を、10%FBS及び1%抗生物質を含有する1mLのDMEM(細胞培養)を用いて24ウェルプレート上に播種した。5%COインキュベーター中で37℃で3時間インキュベートした後、ハイドロゲルを含有する24ウェルプレートインサートを24ウェルプレートに入れ、次いで、10%FBS及び1%抗生物質を含有する1mLのDMEM(細胞培養)を添加した。対照として、ハイドロゲルを含まない細胞培養も調製した。24ウェルプレートをガスバリアボックス(GB-3.0L,アズワン製)中でアネロパック(登録商標)(三菱ガス化学製)と共に37℃でインキュベートして、低酸素状態(O<0.1%)にした。
【0078】
DMEM(透明)と細胞数測定試薬SFを9:1の割合で混合してWST測定試薬を調製した。低酸素状態下で7日間インキュベートした後、細胞を1mLのPBSで洗浄し、次いで200μLのWSTアッセイ試薬を添加した。細胞を5%COインキュベーター中で、NHDFについては1時間、MSC、ADSC及びHepG2については45分間、37℃でインキュベートした。次に、各ウェルからの100μLのWST溶液を96ウェルプレートトランスウェル(3860-096、IWAKI製)中に集め、450nmにおける吸光度をマイクロプレートリーダーを用いて測定した。各試料のミトコンドリア活性を、ハイドロゲルを含まない試料の値を100%とした450nmでの吸光度の相対値で算出した。また、7日間の細胞培養後にEVOS(登録商標)XL Core Imaging System(Thermo Fisher Scientific製)を用いて、細胞を撮影した。結果を図3(a)~(f)に示す。
【0079】
図3(a)は、本試験例での細胞培養の様子を模式的に示す図である。図3(b)は、NHDFのミトコンドリア活性を評価した結果を示すグラフである。図3(c)は、MSCのミトコンドリア活性を評価した結果を示すグラフである。図3(d)は、ADSCのミトコンドリア活性を評価した結果を示すグラフである。図3(e)は、HepG2のミトコンドリア活性を評価した結果を示すグラフである。図3(f)は、7日間の細胞培養後の細胞を撮影した結果を示す写真である。
【0080】
図3(b)は、正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)での評価結果を示す。2,5mg/mLのHAp-CaOを含むハイドロゲルを使用したサンプルは、ミトコンドリア活性が劇的に増加した(518%)。また、ハイドロゲル中のHAp-CaO濃度が2.5mg/mLから5mg/mL及び10mg/mLに増加すると、ミトコンドリア活性も518%から567%及び657%に増加した。この結果は、放出される酸素の量がハイドロゲル中のHAp-CaO濃度と共に増加する傾向と一致している(図2(d)及び(e))。なお、HAp-CaOを含まないハイドロゲルを使用したサンプルは、ハイドロゲルを含まないサンプルと比較して、ミトコンドリア活性がわずかに増加した。これはハイドロゲル中に元々溶解していた酸素がインキュベーションの初期段階で細胞に供給されたためだと考えられる。
【0081】
図3(c)、図3(d)及び図3(e)に示すとおり、ヒト間葉系幹細胞(MSC)、脂肪組織由来幹細胞(ADSC)及びHepG2肝細胞癌細胞でも、NHDFの場合と同様に、HAp-CaOを含むハイドロゲルは、ミトコンドリア活性を増加させ、MSCについては563%、ADSCについては164%、HepG2については920%であった。なお、細胞腫によるミトコンドリア活性の違いは、各細胞の酸素利用の違いによるものであると考えられる。
【0082】
図3(f)は、7日間の細胞培養後の細胞の写真(位相差画像)である。いずれの細胞もHAp-CaOを含むハイドロゲルにより、細胞の増殖が促進されており、細胞の接着面積が増加していた(細胞が広がっていた)。一方、いずれの細胞もハイドロゲルを含まない試料、及びHAp-CaOを含まないハイドロゲルでは、細胞がよく広がらなかった。酸素の欠如が細胞機能に影響したためであると考えられる。
【0083】
〔試験例2-2:低酸素条件下での細胞増殖の評価2〕
(改質過酸化カルシウム含有量の評価)
CaO(2.5mg/mL)、又はHAp-CaO(500mM PBへの浸漬により製造したもの)(0mg/mL、2.5mg/mL、5mg/mL若しくは10mg/mL)を含む200μLのカタラーゼ含有ハイドロゲルを、24ウェルプレートインサート中で調製した。次いで、5%COインキュベーター中で3日間、10%FBS及び1%抗生物質を含有する2mLのDMEM(細胞培養)中でプレインキュベートした。
【0084】
次に、2×10個のNHDF細胞を、10%FBS及び1%抗生物質を含有する1mLのDMEM(細胞培養)を用いて24ウェルプレート上に播種した。5%COインキュベーター中で37℃で3時間インキュベートした後、プレインキュベートしたハイドロゲルを含有する24ウェルプレートインサートを24ウェルプレートに入れ、次いで、10%FBS及び1%抗生物質を含有する1mLのDMEM(細胞培養)を添加した。対照として、ハイドロゲルを含まない細胞培養も調製した。24ウェルプレートをガスバリアボックス(GB-3.0L,アズワン製)中でアネロパック(登録商標)(三菱ガス化学製)と共に37℃でインキュベートして、低酸素状態(O<0.1%)にした。
【0085】
DMEM(透明)と細胞数測定試薬SFを9:1の割合で混合してWST測定試薬を調製した。低酸素状態下で7日間インキュベートした後、細胞を1mLのPBSで洗浄し、次いで200μLのWSTアッセイ試薬を添加した。細胞を5%COインキュベーター中で、45分間、37℃でインキュベートした。次に、各ウェルからの100μLのWST溶液を96ウェルプレートトランスウェル(3860-096、IWAKI製)中に集め、450nmにおける吸光度をマイクロプレートリーダーを用いて測定した。各試料のミトコンドリア活性を、ハイドロゲルを含まない試料の値を100%とした450nmでの吸光度の相対値で算出した。また、7日間の細胞培養後にEVOS(登録商標)XL Core Imaging System(Thermo Fisher Scientific製)を用いて、細胞を撮影した。結果を図4(a)~(c)に示す。
【0086】
図4(a)は、本試験例での細胞培養の様子を模式的に示す図である。CaOを含むハイドロゲルを使用した細胞培養では、3日間のプレインキュベートの間に酸素の放出が終了し、その後の細胞培養期間中にハイドロゲルから酸素は放出されない。一方、HAp-CaO(500mM PBへの浸漬により製造したもの)を含むハイドロゲルを使用した細胞培養では、酸素を放出する期間は約10日間であるため、3日間のプレインキュベート後の細胞培養期間も酸素を放出する。図4(b)は、NHDFのミトコンドリア活性を評価した結果を示すグラフである。図4(c)は、7日間の細胞培養後の細胞を撮影した結果を示す写真である。
【0087】
図4(b)に示すとおり、2.5mg/mLのHAp-CaOを含むハイドロゲルを使用したサンプルは、ミトコンドリア活性が369%まで劇的に増加した。一方、2.5mg/mLのCaOを含むハイドロゲルを使用したサンプルでは、わずか180%であった。また、ハイドロゲル中のHAp-CaO濃度が2.5mg/mLから5mg/mL及び10mg/mLに増加すると、ミトコンドリア活性も369%から416%及び543%に増加した。さらに、図4(c)に示すとおり、HAp-CaOを含むハイドロゲルを使用したサンプルにおいてのみ顕著な細胞増殖が確認された。
【0088】
(長期培養時の評価)
上述の(低酸素条件下での細胞増殖の評価1)と同様に、NHDFを低酸素条件下で7日間培養した。次いで、7日間培養後、培地を新しいものと交換し、ハイドロゲルを除去又は保持して、低酸素条件下でさらに7日間培養した(計14日間)。7日間の培養後、及び14日間の培養後、トリパンブルー染色法により生細胞数を測定した。また、14日間の培養後にEVOS(登録商標)XL Core Imaging System(Thermo Fisher Scientific製)を用いて、細胞を撮影した。結果を図4(d)~(f)に示す。
【0089】
図4(d)は、本試験例での細胞培養の様子を模式的に示す図である。7日間の培養後、ハイドロゲルを保持したサンプルは、酸素の供給が継続するため、細胞の増殖が促進される。一方、ハイドロゲルを除去したサンプルは酸素の供給がなくなるため、細胞の増殖は促進されない。図4(e)は、生細胞数の測定結果を示すグラフである。図4(f)は、14日間培養した後の細胞を撮影した結果を示す写真である。
【0090】
図4(e)に示すとおり、7日間の培養後の生細胞数が2.0×10個から6.2×10個に増加した。次いで、7日目に培地を交換すると共にハイドロゲルを除去したサンプルは、7日目の生細胞数6.2×10個が、14日目の生細胞数10.0×10個に増加していた。新鮮な培地からの酸素供給があったためだと考えられる。一方、7日目に培地を交換すると共にハイドロゲルを保持したサンプルは、7日目の生細胞数6.2×10個が、14日目の生細胞数12.9×10個に増加していた。
【0091】
図4(f)に示すとおり、7日目に培地を交換すると共にハイドロゲルを保持したサンプル(Retain)の方が、ハイドロゲルを除去したサンプル(Remove)よりも明らかに細胞増殖が促進されていた。
【0092】
[試験例3:立体組織構造体の製造及び評価]
10U/mL TG、100U/mLカタラーゼ、2.5mM CaCl及び2.5mg/mL HAp-CaO(500mM PBへの浸漬により製造したもの)を含有する16質量%ゼラチン溶液(DMEM)1mLを24ウェルプレートに添加した。ゲル化する前に、100μLの0.2mg/mLフィブロネクチン溶液(50mMトリス緩衝液,pH7.4)を含有する24ウェルインサートをゼラチン溶液上に置いた。次いで、37℃で1時間インキュベートしてゲル化させた後、フィブロネクチン溶液を除去し、得られたヒドロゲルを培地(10%FBSと1%抗生物質を含むDMEM)で洗浄した。5×10個のマウス繊維芽細胞(L929細胞)を200μLの培地に懸濁し、24ウェルインサートに添加した。次いで、400μLの培地を24ウェルプレートに添加した。24ウェルプレートを1100rpmで15分間遠心分離した後、1mLの培地を添加した。対照サンプルとして、ハイドロゲルを調製しなかったこと以外は同じ手順でサンプルを調製した。
【0093】
24ウェルプレートを37℃、5%COインキュベータ中で培養し、培地を毎日交換した。培養3日後、製造された立体組織構造体を10%ホルムアルデヒド中性緩衝液で固定し、パラフィン包埋した。
【0094】
切片化した立体組織構造体をヘマトキシリン-エオシン(HE)染色で染色し、FL EVOS自動顕微鏡(Thermo Fisher Scientific製)を使用してHE染色像を撮像した。HE染色像に対してImageJにより中央付近の5領域(200μm×200μm)の細胞数をカウントし、細胞密度を算出した。
【0095】
切片化した立体組織構造体を0.3%Triton X-100で5分間透過処理し、PBS中の1%ウシ血清アルブミン及び10%正常ヤギ血清でブロックした。次いで、染色溶液(ファロイジン-iFluor 594、DAPI、PBS中1:500希釈)でインキュベートした。PBSで洗浄した後、共焦点レーザー走査顕微鏡(CSLM)を用いて観察した。結果を図5(a)~(e)に示す。
【0096】
図5(a)は、本試験例での細胞培養の様子を模式的に示す図である。図5(b)は、対照(ハイドロゲルを含まないサンプル)のHE染色像である。図5(c)は、HAp-CaOを含むハイドロゲルを使用したサンプルのHE染色像である。図5(d)は、細胞密度の測定結果を示すグラフである。図5(e)は、DAPIとファロイジンで染色した立体組織構造体の共焦点レーザー走査顕微鏡(CSLM)像を示す写真である。
【0097】
図5(b)及び図5(c)に示すとおり、ハイドロゲルを含むサンプルでは、細胞密度が高い厚い立体組織構造体が得られた(図5(c))。一方、ハイドロゲルを含まないサンプル(対照)では、HE染色像に多くのギャップ(不染色部分)があり、酸素不足による細胞死が生じていると考えられる。図5(d)に示すとおり、ハイドロゲルを含むサンプルで細胞密度が有意に高かった。図5(e)に示すとおり、ファロイジン染色像(蛍光画像)において、アクチン由来の蛍光がハイドロゲルを使用したサンプルでより強いことが示された。
【0098】
これらの結果から、本発明に係る酸素供給部材(ハイドロゲル)を使用することにより、立体組織構造体内部での酸素欠乏を緩和し、立体組織構造体における細胞生存性を顕著に改善することが分かる。
【0099】
[試験例4:改質過酸化カルシウムの製造及び評価]
〔試験例4-1:改質過酸化カルシウムの製造及び評価〕
多重パラメータDOメータ(HANNA製)を使用して溶存酸素濃度を測定することで、改質過酸化カルシウムの酸素放出挙動を調べた。
【0100】
炭酸水素ナトリウム(44mM、10mM又は1mM)及びリン酸二水素ナトリウム(1mg/mL、0.1mg/mL、0.01mg/mL又は0mg/mL)を含有する各種水溶液を調製した。対照として、リン酸二水素ナトリウム(0.1mg/mL又は0mg/mL)を含有するHEPES緩衝液(pH7.4)、及びリン酸二水素ナトリウム(0.1mg/mL又は0mg/mL)を含有する超純水(MilliQ)を調製した。
【0101】
10mgのCaOを10mLの上述の各溶液に浸漬し、DO計を試料溶液に浸漬した。試料溶液を撹拌しながら、2分ごとに室温で溶存酸素濃度を測定した。結果を図6に示す。
【0102】
図6は、各種溶液にCaOを浸漬したときの溶液中の溶存酸素濃度の経時変化を測定した結果を示すグラフである。図6に示すとおり、10mM以上の炭酸水素ナトリウムを含有し、更に0.1mg/mL以上のリン酸二水素ナトリウムを含有する水溶液にCaOを浸漬したときに、CaOからの酸素放出が抑制されていた。
【0103】
(改質過酸化カルシウムの分析)
44mMの炭酸水素ナトリウム及び0.1mg/mLのリン酸二水素ナトリウムを含有する水溶液に浸漬したCaO(改質過酸化カルシウム)、及び44mMの炭酸水素ナトリウムのみを含有する水溶液に浸漬したCaO(対照過酸化カルシウム)の表面構造をSEM及びX線回折法(XRD)により分析した。
【0104】
改質過酸化カルシウム及び対照過酸化カルシウムを4000rpmで3分間の遠心分離で回収し、エタノールで3回洗浄した後、試料を室温で減圧乾燥した。乾燥した改質過酸化カルシウム及び対照過酸化カルシウムをHPC-30プラズマコータを用いてオスミウムでスパッタ被覆し、表面形態をJSM-6701F装置(JEOL Ltd.製)で観察した。また、各試料の結晶構造をX線回折装置(AERIS,Malvern製)を使用したXRDにより評価した。結果を図7に示す。
【0105】
図7は、改質過酸化カルシウム(NaHPO 0.1mg/mL)及び対照過酸化カルシウム(NaHPO 0mg/mL)のSEM像、及びXRDにより得られたスペクトルを示す図である。図7に示すとおり、対照過酸化カルシウムのXRDスペクトルには炭酸カルシウムの結晶(Calcite及びVaterite)に由来するピークが観察される一方、改質過酸化カルシウムではこれらのピークが観察されなかった。また、対照過酸化カルシウムのSEM像からCaO表面に炭酸カルシウムの結晶が観察される一方、改質過酸化カルシウムでは観察されなかった。これらの結果から、改質過酸化カルシウムでは、CaOの表面がアモルファス(非晶質)の炭酸カルシウムで覆われていることが示唆された。
【0106】
炭酸カルシウムの結晶は、過飽和状態のCa2+及びCO 2-から準安定状態のアモルファス(非晶質)を経由して形成されることが報告されている(Science,2015年,349巻,aaa6760)。また、結晶核の存在下、アモルファスCaCOが溶解して結晶が成長するDissolution-re-precipitationというプロセスが報告されている(Science,2014年,345巻,1158)。さらに、リン酸がこのプロセスを阻害することが報告されている(Cryst.Growth Des.,2021年,21巻,414)。これらの知見を踏まえると、特定濃度以上の炭酸水素ナトリウム及びリン酸二水素ナトリウムを含有する水溶液にCaOを浸漬することで、アモルファスCaCOで表面が被覆されたCaO(改質過酸化カルシウム)が得られることが分かる。以下、この改質過酸化カルシウムをACC-CaOとも称する。
【0107】
〔試験例4-2:改質過酸化カルシウム(ACC-CaO)の評価〕
10mgのCaOを10mLのDMEM(pH7.0~8.0,44mMのNaHCO、0.11mg/mLのNaHPOを含む。)に浸漬し、DO計を試料溶液に浸漬した。試料溶液を撹拌しながら、2分ごとに室温で溶存酸素濃度を測定した。また、測定開始から30分後に4000rpmで3分間の遠心分離で改質過酸化カルシウムを回収し、塩酸でpHを5.0に調整したDMEMに再分散させ、再び溶存酸素濃度を測定した。結果を図8に示す。
【0108】
図8は、溶存酸素濃度の経時変化を測定した結果を示すグラフである。開始30分後までは、試験例4-1と同様に、CaOの表面がアモルファスCaCOで覆われることで、酸素放出が抑制されていた。一方、pHを5.0に調整した30分以降は、溶存酸素濃度の上昇が確認された。アモルファスCaCOは、pHが低い程溶解度が高くなることが知られており、この結果は、弱酸性環境でアモルファスCaCOが溶解することで、CaOと水の反応が生じたことを示している。この結果はまた、改質過酸化カルシウム(ACC-CaO)を含む酸素供給部材は、pH応答性の酸素供給部材として使用できることを示している。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8