IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社バイオ未来工房の特許一覧 ▶ 日本ゼオン株式会社の特許一覧 ▶ 医療法人社団秀博会の特許一覧

特開2025-68495造血幹細胞の増殖方法および単球への分化誘導方法
<>
  • 特開-造血幹細胞の増殖方法および単球への分化誘導方法 図1
  • 特開-造血幹細胞の増殖方法および単球への分化誘導方法 図2
  • 特開-造血幹細胞の増殖方法および単球への分化誘導方法 図3
  • 特開-造血幹細胞の増殖方法および単球への分化誘導方法 図4
  • 特開-造血幹細胞の増殖方法および単球への分化誘導方法 図5
  • 特開-造血幹細胞の増殖方法および単球への分化誘導方法 図6
  • 特開-造血幹細胞の増殖方法および単球への分化誘導方法 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025068495
(43)【公開日】2025-04-28
(54)【発明の名称】造血幹細胞の増殖方法および単球への分化誘導方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0789 20100101AFI20250421BHJP
   C12N 5/0786 20100101ALI20250421BHJP
【FI】
C12N5/0789
C12N5/0786
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023178448
(22)【出願日】2023-10-16
(71)【出願人】
【識別番号】512292315
【氏名又は名称】株式会社バイオ未来工房
(71)【出願人】
【識別番号】000229117
【氏名又は名称】日本ゼオン株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】523392903
【氏名又は名称】医療法人社団秀博会
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100181847
【弁理士】
【氏名又は名称】大島 かおり
(72)【発明者】
【氏名】石塚 保行
(72)【発明者】
【氏名】田中 勝喜
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AA94X
4B065CA44
(57)【要約】      (修正有)
【課題】造血幹細胞を増殖させる。
【解決手段】培養容器内に培地とともに造血幹細胞を播種し、間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件下で、少なくとも2週間、造血幹細胞を培養し、前記培養容器内の培養面に接着した造血幹細胞をさらに培養することにより、培養面に接着した状態でクラスターを形成させて造血幹細胞を増殖させる、造血幹細胞の増殖方法を提供する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養容器内に培地とともに造血幹細胞を播種し、
間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件下で、少なくとも2週間、造血幹細胞を培養し、
前記培養容器内の培養面に接着した造血幹細胞をさらに培養することにより、培養面に接着した状態でクラスターを形成させて造血幹細胞を増殖させる、造血幹細胞の増殖方法。
【請求項2】
前記間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件とは、前記培養面が2%以上の血清濃度培地を用いた培養で間葉系幹細胞が接着しないことである、請求項1に記載の造血幹細胞の増殖方法。
【請求項3】
前記培養面の水接触角は、90.5~91.1°の範囲である、請求項1に記載の造血幹細胞の増殖方法。
【請求項4】
前記培養面は、ノルボルネン系重合体およびその水素化物で構成されている、または、タンパク質低吸着処理されている、請求項1に記載の造血幹細胞の増殖方法。
【請求項5】
請求項1に記載の造血幹細胞の増殖方法により増殖した造血幹細胞を、2週間以上培養することにより、接着した前記造血幹細胞の一部を浮遊させることで、単球に分化誘導する、単球への分化誘導方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造血幹細胞の増殖方法および単球への分化誘導方法に関する。具体的には、造血幹細胞の増殖方法、および、増殖させた造血幹細胞から単球に分化誘導する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
造血幹細胞は、骨髄で血球を産生する細胞であり、また、白血球、赤血球、血小板などの血球系細胞に分化可能である、いわゆる多分化能を有することが知られている。このような特性を有する造血幹細胞を用いることにより、血液疾患を含む、様々な疾患の治療が可能となることが期待される。例えば、特許文献1では、造血幹細胞移植のための造血幹細胞の培養方法が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2011-55768号公報
【特許文献2】特開2009-65914号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、造血幹細胞は、生体内(in vivo)では未分化な状態が維持されているものの、生体外(in vitro)では、未分化な状態を維持することが難しい。そのため、培養中の造血幹細胞が移植前に血球系細胞に分化してしまうという問題があった。このような問題に対し、例えば、特許文献2では、遺伝子発現の制御による造血幹細胞の分化・増幅方法が検討されている。
【0005】
しかしながら、未分化状態を維持した造血幹細胞を、遺伝子操作等を行うことなく、in vitroで増殖させる技術は、未だ完全には確立されていない。
【0006】
本発明は、上述した実情に鑑みてなされたものであり、造血幹細胞を増殖させることを目的とする。また、in vitroで増殖させた造血幹細胞を単球に分化誘導することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記事情に鑑み、本発明者らによりさらなる検討が進められた結果、通常浮遊状態で培養される造血幹細胞を、培養容器の培養面に接着させて増殖させると、未分化な状態を維持できることを新規に知見し、本発明に至った。
【0008】
本発明は、上記の知見に基づきなされたものであって、上記課題を有利に解決することを目的とするものであり、本発明の第1の態様は、
培養容器内に培地とともに造血幹細胞を播種し、
間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件下で、少なくとも2週間、造血幹細胞を培養し、
前記培養容器内の培養面に接着した造血幹細胞をさらに培養することにより、培養面に接着した状態でクラスターを形成させて造血幹細胞を増殖させる、造血幹細胞の増殖方法である。
このような造血幹細胞の増殖方法によれば、未分化な状態を維持したまま、造血幹細胞を増殖させることができる。また、遺伝子操作のような複雑な操作を必要としないため、増殖させた造血幹細胞を移植する際の安全性を高めることができる。
【0009】
また、上記第1の態様において、前記間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件とは、前記培養面が2%以上の血清濃度培地を用いた培養で間葉系幹細胞が接着しないことであることとしてもよい。
このようにすることで、間葉系幹細胞が培養面に接着して増殖するのを防いで、造血幹細胞のみを培養面に接着・増殖させることができる。
【0010】
また、上記第1の態様において、前記培養面の水接触角は、90.5~91.1°の範囲であることとしてもよい。
このようにすることで、造血幹細胞を培養面に効率的に接着させることができる。
【0011】
また、上記第1の態様において、前記培養面は、ノルボルネン系重合体およびその水素化物で構成されている、または、タンパク質低吸着処理されていることとしてもよい。
このようにすることで、造血幹細胞を培養面に効率的に接着させることができる。
【0012】
本発明の第2の態様は、
上記第1の態様に記載の造血幹細胞の増殖方法により増殖した造血幹細胞を、2週間以上培養することにより、接着した前記造血幹細胞の一部を浮遊させることで、単球に分化誘導する、単球への分化誘導方法である。
上述のように、増殖した造血幹細胞を2週間以上培養すると、培養面に接着した造血幹細胞は、増殖してクラスターを形成し、CD34の発現を維持している。一方、接着している造血幹細胞の一部が浮遊する。発明者らは、このような培養面に接着していない細胞が単球に分化誘導されることを新規に知見した。
このような単球への分化誘導方法によれば、in vitroでの増殖が難しいとされる単球について、増殖させた造血幹細胞から分化誘導することにより、必要とする量の単球を得ることができる。また、マクロファージおよび樹状細胞を、単球からさらに分化誘導して得ることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、造血幹細胞を増殖させることができる。また、in vitroで増殖させた造血幹細胞を単球に分化誘導することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、培養2週間目の顕微鏡写真である。
図2図2は、培養から3週間後の顕微鏡写真である。
図3図3は、COPディッシュで4週間培養した浮遊細胞の顕微鏡写真である。
図4図4は、対照ディッシュで4週間培養した浮遊細胞の顕微鏡写真である。
図5図5は、浮遊した細胞を新たなディッシュに移して培養後1週間の顕微鏡写真である。
図6図6は、細胞クラスターの顕微鏡写真である。
図7図7は、細胞回収前後の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
<造血幹細胞の増殖方法>
本発明の第1の態様に係る造血幹細胞の増殖方法は、
培養容器内に培地とともに造血幹細胞を播種し、
間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件下で、少なくとも2週間、造血幹細胞を培養し、
前記培養容器内の培養面に接着した造血幹細胞をさらに培養することにより、培養面に接着した状態でクラスターを形成させて造血幹細胞を増殖させる、造血幹細胞の増殖方法であることを特徴とする。
本発明者らは、培養面に接着した造血幹細胞を増殖させることで、造血幹細胞を未分化な状態を維持できることを新規に知見した。
さらに、本発明者らは、造血幹細胞を効率的に培養面に接着させるための条件を検討したところ、一般的な接着細胞が接着しない培養面であり、一般的な接着細胞よりも接着力の強い間葉系幹細胞が0.1%未満のアルブミン(1~2%FBS相当)含有培地で接着し、0.1%以上のアルブミン濃度の培地では接着しない培養面で、造血幹細胞を培養することにより、造血幹細胞を培養面に効率よく接着させられることを新規に知見した。
これにより、造血幹細胞が培養面に効率よく接着可能となり、再現性高く造血幹細胞の未分化な状態を維持することに成功した。
【0016】
<単球への分化誘導方法>
本発明の第2の態様に係る単球への分化誘導方法は、
第1の態様に記載の造血幹細胞の増殖方法により増殖した造血幹細胞を、2週間以上培養することにより、接着した前記造血幹細胞の一部を浮遊させることで、単球に分化誘導する、単球への分化誘導方法であることを特徴とする。
発明者らは、増殖した造血幹細胞を2週間以上培養すると、培養面に接着している造血幹細胞の一部が浮遊し、浮遊した造血幹細胞が単球に分化誘導されることを新規に知見した。
これにより、増殖が難しいとされる単球についても、造血幹細胞から単球に分化誘導することで、実質的に単球を増殖させることに成功した。また、上記分化誘導により得られた単球は、さらに培養を続けると、マクロファージおよび樹状細胞に分化誘導されることが分かった。
【0017】
(造血幹細胞)
造血幹細胞は、例えば、臍帯血由来造血幹細胞、骨髄由来造血幹細胞等が挙げられるが、これらに限定されず、上記に相当する造血幹細胞が採取可能あれば、どのような組織・臓器由来であってもよい。例えば、緊急時には肝臓や脾臓でも造血幹細胞が作られるため、肝臓由来造血幹細胞、脾臓由来造血幹細胞等であってもよい。
【0018】
(培養容器)
上記造血幹細胞の培養に使用される培養容器の形状・形態は、培養面が「間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件」を満たしてさえいれば、通常、細胞培養に使用されるいかなる形状・形態であってもよい。例えば、フラスコ、ディッシュ、マルチウェルプレート、培養バック等が挙げられるが、これらに限定されない。
また、培養容器の材質は、培養面が「間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件」を満たしてさえいれば、通常、細胞培養に使用されるいかなるものであってもよい。例えば、底面がタンパク質低吸着処理されているフラスコ、ディッシュ等が挙げられるが、これらに限定されない。
あるいは、培養容器全体が「間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件」を満たす材質で形成されていることとしてもよい。例えば、培養容器全体がノルボルネン系重合体およびその水素化物で成形されているディッシュ、マルチウェルプレート等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0019】
(培地)
造血幹細胞を播種および培養するのに使用する培地は、通常、造血幹細胞を培養するために使用可能な培地であればいかなるものであってもよい。使用可能な培地としては、例えば、StemPro-34(Thermo-Fisher社製)等の静置培養用無血清培地が挙げられるが、これらに限定されない。
また、上記培地に添加する血清の濃度は、2%以上が好ましく、より好ましくは10~20%、さらに好ましくは15%である。血清の種類は、例えば、FBSであり、造血幹細胞を培養するために使用可能な血清であればこれに限定されない。
また、上記培地に添加される添加因子は、SCF(Stem cell factor)(造血成長因子)、TPO(Thrombopoietin)、Flt3-Ligand(FMS-related tyrosine kinase 3 ligand)等が挙げられるが、これらに限定されず、通常、造血幹細胞を培養するために使用可能な添加因子であればいかなるものを添加してもよい。
【0020】
(造血幹細胞の播種)
造血幹細胞を播種する方法は、例えば、細胞数をカウントした後に、所定の濃度になるように、遠心分離により濃縮したのちに、または、培地添加により希釈したのちに、培養容器に培地とともに播種する方法が挙げられるが、これに限定されず、通常、造血幹細胞を播種するために使用される方法であれば、いかなる方法を使用してもよい。
造血幹細胞は、例えば、0.01~1×10cells/mlとなるように培養容器中に播種されることが好ましいが、これに限定されず、使用される培養容器の中で造血幹細胞が培養可能な濃度であればよい。
【0021】
(造血幹細胞の培養)
上記播種を行った造血幹細胞を、例えば、37℃、5%CO2の条件で、インキュベーター中で培養する。造血幹細胞が培養可能な環境であればこれに限定されない。培地交換は1週間に1回程度が好ましく、これは一般的に行われる培地交換の頻度の半分である。
【0022】
培養開始後2週間までは、すべての造血幹細胞は浮遊状態であるが、培養開始から2週間を過ぎると、培養容器の培養面に接着する細胞が出現する。培養容器の培養面に接着した造血幹細胞は、接着した状態で増殖し、クラスターを形成する。
このように、培養容器の培養面に接着して増殖し、クラスターを形成した造血幹細胞は、CD34を発現したままであり、造血幹細胞の未分化能が維持されていると考えられる。一方、培養容器の培養面に接着せずに浮遊したままの細胞、並びに、シングルセルまたはクラスター状態で培養面から剥がれてしまった細胞は、CD14を発現しており、未分化能が維持されずに単球に分化誘導されたと考えられる。ここで、クラスターとは、複数の細胞が集まって細胞塊を形成している状態を指す。
【0023】
培養開始後3週間を経過すると、培養面がコンフルエントに達する。そこで、浮遊細胞の一部を新たな培養容器に移すと、移した浮遊細胞の一部がシングルセルまたはクラスターの状態で接着して、増殖を開始する。当該接着細胞についてもCD34を発現したままであり、造血幹細胞の未分化能が維持されていると考えられる。一方、培養容器の培養面に接着せずに浮遊したままの細胞、並びに、シングルセルまたはクラスター状態で培養面から剥がれてしまった細胞は、CD14を発現しており、未分化能が維持されずに単球に分化誘導されたと考えられる。このことから、造血幹細胞の未分化能を維持するためには、培養容器の培養面に造血幹細胞を接着させることが重要であると考えられる。
【0024】
培養開始後4週間を経過すると、浮遊細胞の一部を新たな培養容器に移した後も、最初の培養を開始した培養容器中で、培養面から剥がれてしまった浮遊細胞が、シングルセルまたはクラスターの状態でさらに増殖する。この時点での浮遊細胞は、CD14は発現しておらず、マクロファージのマーカーであるCD11b、CD64、CD68、CD163、または、樹状細胞のマーカーである、CD11c、HLA‐DR、CD83、CD371を発現している。このことから、培養容器の培養面に接着しなかった造血幹細胞および培養面から剥がれてしまった造血幹細胞は、単球に分化誘導されたのち、さらに、単球からマクロファージや樹状細胞に分化誘導されたと考えられる。
【0025】
(間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件)
造血幹細胞を再現性高く培養面に接着させるための条件は、一般的な接着細胞よりも接着力の強い間葉系幹細胞が0.1%未満のアルブミン(1~2%FBS相当)含有培地で接着し、0.1%以上のアルブミン濃度の培地では接着しない培養面で、造血幹細胞を培養することである。ここで、一般的な接着細胞とは、線維芽細胞等、通常、培養面に接着した状態で培養が行われることが知られている細胞を指す。
【0026】
培養容器には、大きく分けて接着細胞用と浮遊細胞用の2種類があり、接着細胞用の培養容器は、プラズマ処理等で培養面の表面にキズをつけることや官能基を導入することにより、あるいはコーティング等により、細胞が接着しやすいように加工されているものが多い。一方、浮遊細胞用の培養容器であっても、血清を添加した培地を使用することにより、血清中にコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等の細胞接着因子が含まれていることから、細胞が接着しやすくなる。
【0027】
ところが、脂環構造含有重合体として知られる、ノルボルネン系開環重合体の水素化物を培養面の材質として使用した場合、または、培養面がタンパク質低吸着処理された培養容器を使用した場合、一般的な接着細胞は、10%FBS含有培地でもこれらの培養面には接着せず、一方、間葉系幹細胞は、上記培養面に、0.1%未満のアルブミン含有培地で接着し、0.1%以上のアルブミン濃度の培地では接着しないことがわかった。
【0028】
以上のことを踏まえると、過度の試行錯誤をすることなく、使用する培養容器や培地に合わせて、間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件を決定することが可能である。
間葉系幹細胞が培養面に接着しない条件は、例えば、培養面が2%以上の血清濃度培地を用いた培養で間葉系幹細胞が接着しないことである、こととしてもよい。
このような条件下で造血幹細胞を培養することで、再現性高く造血幹細胞が培養面に接着して増殖することが可能となる。
【0029】
(培養面)
培養面は、造血幹細胞の未分化能を維持するために、間葉系幹細胞が接着せず、かつ、造血幹細胞が接着可能な状態であることを必要とする。
このような条件を満たすために、例えば、培養面は、ノルボルネン系重合体およびその水素化物で構成されている、または、タンパク質低吸着処理されていることとしてもよい。
ノルボルネン系重合体およびその水素化物とは、脂環構造含有重合体に属するものであり、例えば、シクロオレフィンポリマー(COP)が挙げられる。
ノルボルネン系重合体は、ノルボルネン骨格を有する単量体であるノルボルネン系単量体を重合してなるものであり、開環重合によって得られるものと、付加重合によって得られるものに大別される。
【0030】
開環重合によって得られるものとしては、ノルボルネン系単量体の開環重合体およびノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体、並びにこれらの水素化物などが挙げられる。
付加重合によって得られるものとしては、ノルボルネン系単量体の付加重合体およびノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体などが挙げられる。
【0031】
これらの中でも、ノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物、ノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体、および当該付加重合体の水素添加物などの飽和ノルボルネン系重合体が、耐熱性、機械的強度等の観点から好ましく、細胞の剥離のしやすさから、とりわけ官能基を有しないものが好ましい。ここで、官能基とは、炭素及び水素以外の原子を有する原子又は原子団のことをいう。官能基としては、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、酸無水物基、ハロゲン原子などが挙げられる。
【0032】
タンパク質低吸着処理とは、培養面を表面処理することにより、タンパク質の吸着を抑制することが可能な処理を指す。細胞培養に影響することなく、タンパク質の吸着を低減することができれば、培養容器に対して使用可能である、公知のいかなる表面処理方法を使用してもよい。
例えば、プロテオセーブ(登録商標)SSは、光架橋超親水性ポリマーにより親水化表面を作り出す表面処理を行うことで、タンパク質・ペプチドの非特異吸着を抑制している。
【0033】
(水接触角)
水接触角とは、公知の全自動接触角計(例えば、協和界面科学社製「LCD-400S」)を用い、測定する面を直径30mmのサークルカッターで切り取って、試料の中心と、そこを中央とする1辺20mmの正方形の頂点4か所の計5か所を測定点とし、液滴の半径rと高さhを求め、tanθ=h/r、θ=2θ→θ=2arctan(h/r)で求められるθである(θ/2法)。
培養面の水接触角は、90.5~91.1°の範囲であることとしてもよい。このようにすることで、培養面への間葉系幹細胞の接着を防止し、造血幹細胞が培養面に効率よく接着して増殖することが可能となる。水接触角は、より好ましくは、91.0°である。
なお、水接触角は、例えば、大気圧プラズマ処理、減圧プラズマ処理、真空紫外線処理、コロナ処理、オゾン処理などの表面改質処理により上記の範囲に制御することができる。
【実施例0034】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0035】
(実施例1)造血幹細胞の培養
造血幹細胞(HSC)として、臍帯血由来造血幹細胞(PromoCell社製、製品番号:C-12921)を、2×10cells/mlとなるように、サイトカインミックス(PromoCell社製、製品番号:C-39890)を50μl添加した造血幹細胞培養用培地(PromoCell社製、製品番号:C-28021)を5ml入れた培養容器で培養した。
【0036】
培養容器は、ゼオネックス(登録商標)790R(日本ゼオン社製)を射出成形して得られた直径6cmの培養ディッシュ(以下、「COPディッシュ」という)(水接触角91.0°)、および、表面処理した接着細胞用の6cmディッシュ(SARSTEDT社製、製品番号:83.3901)(以下、「対照ディッシュ」という)を用いた。
【0037】
細胞播種後2週間までは、COPディッシュ、対照ディッシュ共に、細胞は、CD34を発現した状態(CD34)で、浮遊状態であった(図1)。CD34を発現しているかどうかについては、抗CD34‐FITC(Miltenyi Biotec社製、製品番号:130-081-001)で染色し、蛍光顕微鏡で観察して判断した。
【0038】
図1は、培養2週間目の顕微鏡写真である。
図1のAは、COPディッシュで培養した細胞の位相差顕微鏡写真であり、
Bは、COPディッシュで培養した細胞を抗CD34-FITC抗体で染色した蛍光顕微鏡写真であり、
Cは、対照ディッシュで培養した細胞の位相差顕微鏡写真であり、
Dは、対照ディッシュで培養した細胞を抗CD34-FITC抗体で染色した蛍光顕微鏡写真である。
図1のBとDにおける、緑色で染色されている細胞がCD34陽性細胞(CD34)であり、HSCとして未分化能が保持されていることがわかる。
【0039】
図2は、培養から3週間後の位相差顕微鏡写真(×160)である。
図2のA1は、COPディッシュで造血幹細胞を培養し、浮遊細胞に焦点を合わせて撮像した位相差顕微鏡写真であり、
A2は、COPディッシュで造血幹細胞を培養し、接着細胞に焦点を合わせて撮像したの位相差顕微鏡写真であり、
B1は、対照ディッシュで造血幹細胞を培養し、浮遊細胞に焦点を合わせて撮像した位相差顕微鏡写真であり、
B2は、対照ディッシュで造血幹細胞を培養し、接着細胞に焦点を合わせて撮像した位相差顕微鏡写真である。
細胞播種後2週間以降はCOPディッシュで接着細胞が出現したが、対照ディッシュでは、接着細胞はほとんど生じなかった。
【0040】
細胞播種後4週間培養した浮遊細胞について、CD34を発現しているかどうかについて、抗CD34‐FITCで染色し、CD14を発現しているかどうかについて、抗CD14‐PE抗体(Miltenyi Biotec社製、製品番号:130-096-628)で染色し、蛍光顕微鏡で観察して判断した。
【0041】
図3は、COPディッシュで4週間培養した浮遊細胞の顕微鏡写真である。
図3のAは、位相差顕微鏡写真であり、
Bは、抗CD14‐PE抗体で染色した細胞の蛍光顕微鏡写真であり、
Cは、抗CD34‐FITC抗体で染色した細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【0042】
図4は、対照ディッシュで4週間培養した浮遊細胞の顕微鏡写真である。
図4のAは、位相差顕微鏡写真であり、
Bは、抗CD14‐PE抗体で染色した細胞の蛍光顕微鏡写真であり、
Cは、抗CD34‐FITC抗体で染色した細胞の蛍光顕微鏡写真である。
COPディッシュ(図3)および対照ディッシュ(図4)の浮遊細胞は、ともに、CD34発現細胞が減少し、CD14発現細胞が増加した。
【0043】
(実施例2)造血幹細胞の継代培養
実施例1における、培養面に接着して増殖したのちに浮遊した細胞を、培養3週間後から1週間毎にそれぞれ同じ種類の新たなディッシュに、培養した細胞の全量を移して培養した。図5は、最初のディッシュへの播種から3週間後に、浮遊した細胞を新たなディッシュに移して培養後1週間後の位相差顕微鏡写真であり、AはCOPディッシュ、Bは対照ディッシュで培養したものである。
なお、接着した細胞に新たに培地を添加して培養を続けると、浮遊のシングルセルやクラスターセルが増殖する。この増殖した浮遊細胞も同様に継代できる。
【0044】
最初に細胞を播種したディッシュ(図2)と同様に、COPディッシュでは接着細胞が出現したのに対し(図5のA)、対照ディッシュでは、接着細胞はほとんど生じなかった(図5のB)。
このような継代を、COPディッシュでは1週間毎に3回(最初のディッシュへの播種から3週間後~5週間後まで)繰り返すことができたのに対し、対照ディッシュでは1回のみ繰り返すことができた。
【0045】
上記図5のBに示されるCOPディッシュに接着した細胞は、クラスターを形成した。図6のAは、クラスターの位相差顕微鏡写真である。このクラスターを抗CD34‐FITC抗体で染色すると染色されたが(図6のB)、抗CD14‐PE抗体では染色されなかった(図6のC)。このことから、クラスターを形成している細胞は、CD34の発現したままであり、未分化能を維持していることがわかる。
【0046】
COPディッシュと対照ディッシュで増殖した細胞のうち、継代後の新たなディッシュでの培養開始時と培養開始3週間後(最初のディッシュでの培養開始から6週間後)の浮遊細胞の細胞数を、ピペッティングしてクラスターを壊して血球計算盤で測定することによりカウントし、培養開始時と増殖数を比較した。表1にされるように、COPディッシュで約13倍、対照ディッシュでは約2倍に増殖しており、COPディッシュのほうが、増殖速度が6倍以上高かった。
【0047】
【表1】
【0048】
(実施例3)フローサイトメトリー(FCM)解析
造血幹細胞(HSC)として、骨髄由来造血幹細胞(Lonza社製、製品番号:2M-101C/4Y-101C)を、2×10cells/mlとなるように、10%FBSを添加した造血幹細胞培養用培地StemPro-34(Thermo-Fisher社製、製品番号:10639011)を5ml入れた、2種類の直径6cmの培養ディッシュ(日本ゼオン社製、ゼオネックス(登録商標)790Rおよび住友ベークライト社製、PrimeSurface(登録商標)(プロテオセーブSS)製品番号:MS‐90600)に播種し、それぞれ培養した(以下、それぞれ「COPディッシュ」、「PSディッシュ」と記載する。)。
【0049】
実施例1と同様に、培養開始後2週間までは、COPディッシュとPSディッシュにおいて、ともに、細胞は浮遊状態であり、ほとんど増殖しなかった。培養開始後2週間以降は、COPディッシュとPSディッシュにおいて、ともに、接着細胞が出現した。
培養開始から4週間後に、COPディッシュから細胞を回収し、フローサイトメーター(FCM)で解析した。細胞の回収方法は、(1)接着細胞に培地を吹き付けて回収(浮遊細胞+接着細胞を回収)、(2)接着細胞に培地を吹き付けずに回収(浮遊細胞のみを回収)、の2通りで行なった。
【0050】
図7は、細胞回収前後の位相差顕微鏡写真であり、COPディッシュ(A1~A3/B1~B3)およびPSディッシュ(A4/B4)における、浮遊細胞(A1~A4)と接着細胞(B1~B4)の位相差顕微鏡写真(160×)である。
図7のA1(COP)とA2(COP)のディッシュは、培地を吹き付けずに浮遊細胞を回収した。回収後の位相差顕微鏡写真が、それぞれ、図7のB1とB2である。
図7のA3(COP)とA4(PS)のディッシュは、培地を吹き付けて浮遊細胞と接着細胞を回収した。回収後の位相差顕微鏡写真が、それぞれ、図7のB3とB4である。図7のB3とB4に示されるように、吹き付けて回収した方は接着細胞がほとんど残っていないことが分かる。このことから、培地を吹き付けることにより、接着細胞のほとんどを回収できていることがわかる。
【0051】
次に、回収した細胞に、抗CD34‐PE抗体(Miltenyi Biotec社製、製品番号:130-113-179)、抗CD14‐APC抗体(Miltenyi Biotec社製、製品番号:130-110-577)、抗CD64‐PE抗体(Miltenyi Biotec社製、製品番号:130-116-197)、抗CD83‐FITC抗体(Miltenyi Biotec社製、製品番号:130-104-473)と坑CD371‐APC抗体(Miltenyi Biotec社製、製品番号:130-124-878)を反応させて、FCM解析を行った。その結果を表2に示す。図7におけるNo.1~4は、図7のA1・B1、A2・B2、A3・B3、A4・B4に、それぞれ対応する。表2における発現率とは、回収した細胞に上記蛍光標識抗体を反応させて、蛍光標識抗体が結合した細胞の割合(%)を検出したものである。
【0052】
【表2】
CD34+:ヒトCD34+造血幹細胞
Mo:単球
Mφ:マクロファージ
DC:樹状細胞
【0053】
表2に示されるように、COPディッシュに接着細胞が残ったNo.1と2の浮遊細胞は抗CD34抗体で染色された割合は、それぞれ、9%と3%であったが、接着細胞が余り残らなかったNo.3と4の浮遊細胞は抗CD34抗体で染色された割合は、それぞれ、32%と28%であった。この結果から、ディッシュ接着している細胞に、抗CD34抗体に反応する細胞が多いことが分かる。
【0054】
(比較例1)
実施例3と同じHSCを、2×10cells/mlとなるように、10%FBSを添加した造血幹細胞培養用培地StemPro-34(Thermo-Fisher社製、製品番号:10639011)に、さらに3種類のサイトカインHuman SCF(Cat.#300-07-10UG)、Human TPO(Cat.#300-18-10UG)とHuman Flt3-Ligand(Cat.#300-19-10UG)を添加した培地、5mlを入れた、直径6cmの対照ディッシュに播種し、3週間培養した。
【0055】
次に、回収した細胞に、抗CD3‐FITC抗体(Miltenyi Biotec社製、製品番号:130-113-700)、抗CD11a‐APC抗体(Miltenyi Biotec社製、製品番号:130-105-480)、抗CD56‐PE抗体(Miltenyi Biotec社製、製品番号:130-113-874)、抗CD72‐PE抗体(Miltenyi Biotec社製、製品番号:130-101-336)を反応させて、FCM解析を行った。その結果を表3に示す。
【0056】
【表3】
【0057】
培養開始3週間後でもHSCはディッシュに接着しなかった。表3に示されるように、HSCにおけるCD34およびCD14の発現率は、実施例2の接着細胞とほぼ同等であった。
しかし、増殖した細胞数については、表4に示されるように、最大で2倍程度であり、増殖率が低いことがわかる。表4は、表3の細胞をさらに3週間培養した後(培養開始から6週間後)の細胞数(浮遊細胞をカウント)を示す。
【0058】
【表4】
【0059】
以上の結果から、COPディッシュおよびPSディッシュでは、未分化な状態を維持させたまま、HSCを増殖させることが可能であるといえる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7