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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025000074
(43)【公開日】2025-01-07
(54)【発明の名称】育児放棄モデル動物
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20240101AFI20241224BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20241224BHJP
【FI】
A01K67/027 ZNA
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023099719
(22)【出願日】2023-06-19
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】弁理士法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】清末 和之
(57)【要約】
【課題】育児行動に異常を持つ新たなモデル動物の提供を課題とする。
【解決手段】Rabep1遺伝子の発現が抑制された非ヒト哺乳類である、育児放棄モデル動物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Rabep1遺伝子の発現が抑制された非ヒト哺乳類である、育児放棄モデル動物。
【請求項2】
Rabep1遺伝子が欠損した非ヒト哺乳類である、請求項1に記載の育児放棄モデル動物。
【請求項3】
ホモ接合体である、請求項2に記載の育児放棄モデル動物。
【請求項4】
マウス(Mus musculus)である、請求項1に記載の育児放棄モデル動物。
【請求項5】
被験処置を施した請求項1~4のいずれか1項に記載の育児放棄モデル動物の育児行動と、対照モデル動物の育児行動とを比較する工程、及び
前記被験処置を施した非ヒト動物が、前記対照モデル動物と比べて育児放棄が改善している場合、前記被験処置を育児放棄の予防手段及び/又は改善手段の候補として選択する工程を含む、育児放棄の予防手段及び/又は改善手段のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、育児放棄モデル動物、並びに、育児放棄の予防手段及び/又は改善手段のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
少子高齢化の進む現代社会において育児放棄は大きな問題の一つである。育児放棄の要因は、養育者における、社会的、経済的、心理的ストレスであると推測されているが、その行動に至る過程の十分な理解はされていない。
育児行動は種の維持において効率的な行動である。特に、比較的未熟な状態で生まれてくる哺乳類においては、非常に重要な行動である。しかしながら、その行動が、どのような脳内機構により惹起されるかは十分に理解されていない。
【0003】
モデル動物であるマウス(Mus musculus)において、育児行動には、下記(a)、(b)及び(c)の階層があると考えられている。(a)母マウスが、仔マウスを聴覚、触覚、嗅覚等を用いて認識する;(b)母マウスが、仔マウスを育児対象と判断する;及び(c)母マウスが、育児行動を起こす。
育児放棄様行動を示すマウスとして、プロラクチン欠損マウス及びオキシトシン欠損マウスが報告されている(非特許文献1、2)。プロラクチン欠損マウスは明確に前記階層(c)の異常である。オキシトシン欠損マウスは、未解明な点はあるが、前記階層(c)の異常であると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】T.J.Sairenji et al.,Proceedings of the National Academy of Sciences,2017,Vol.114,No.49.p.13042-13047
【非特許文献2】D.D.Francis et al.,Journal of Neuroendocrinology,2002,Vol.14,No.5.p.349-353
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者は、育児行動の改善を目指す技術を確立するために、育児行動に異常を持つ新たなモデル動物を利用し、その分子メカニズムを理解すれば、育児行動の改善に資する手法の開発に供し、大きな進展を生むと考えた。
本発明は、育児放棄モデル動物、並びに、育児放棄の予防手段及び/又は改善手段のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、Rabep1遺伝子を欠損する雌マウスは、高頻度で育児放棄様行動を示すことを見出した。本発明はかかる発見に基づき、更に検討を重ねて完成したものである。
本発明は、下記[1]~[5]の態様を含む。
[1] Rabep1遺伝子の発現が抑制された非ヒト哺乳類である、育児放棄モデル動物。
[2] Rabep1遺伝子が欠損した非ヒト哺乳類である、[1]に記載の育児放棄モデル動物。
[3] ホモ接合体である、[2]に記載の育児放棄モデル動物。
[4] マウス(Mus musculus)である、[1]~[3]のいずれか1項に記載の育児放棄モデル動物。
[5] 被験処置を施した[1]~[4]のいずれか1項に記載の育児放棄モデル動物の育児行動と、対照モデル動物の育児行動とを比較する工程、及び
前記被験処置を施した非ヒト動物が、前記対照モデル動物と比べて育児放棄が改善している場合、前記被験処置を育児放棄の予防手段及び/又は改善手段の候補として選択する工程を含む、育児放棄の予防手段及び/又は改善手段のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、育児放棄モデル動物、並びに、育児放棄の予防手段及び/又は改善手段のスクリーニング方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1Aは、Rabep1ノックアウトマウスにおけるRabep1遺伝子座の模式図を示す。図1Bは、ウェスタンブロッティング解析の結果を示す。
図2図2は、実施例1の結果を示す。
図3図3は、実施例2の結果を示す。
図4-1】図4-1は、NM_001291141.1の塩基配列(配列番号4)の前半部分を示す。
図4-2】図4-2は、NM_001291141.1の塩基配列(配列番号4)の後半部分を示す。
図5図5は、NP_001278070.1のアミノ酸配列(配列番号5)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[育児放棄モデル動物]
本発明の育児放棄モデル動物は、Rabep1遺伝子の発現が抑制された非ヒト哺乳類である。
<育児放棄モデル動物>
本発明の育児放棄モデル動物は、育児放棄様行動を示す。
育児放棄様行動とは、非ヒト哺乳類の母親が妊娠中及び出産後に通常示す育児行動(母性行動ともいう)の異常を意味する。このような育児行動としては、例えば非ヒト哺乳類がマウスである場合、母マウスによる巣の設営、仔マウスを巣へ運搬、仔マウスに対するリッキング、仔マウスに対する授乳等の行動が挙げられる。
【0010】
代表的な育児行動について、以下に説明する。
巣の設営:母マウスは、妊娠中ごろから、通常と比べて大きく深い巣を設営する。仔マウスの保温、外敵からの保護等のためである。
仔マウスの巣への運搬:母マウスは、出産後、仔マウスを巣へ運搬し、一か所に集める。仔マウスが巣の外へ出てしまった場合や別の場所の巣への移動の際にも、仔マウスの運搬をする。複数の仔マウスは、接触し合うように集められる。
仔マウスに対するリッキング:母マウスは、仔マウスの身体、特に会陰部を清潔にし、排泄を促す目的で、なめる。この行動をリッキングという。
仔マウスに対する授乳:仔マウスは自分では移動することができず、自ら捕食はできないため、母マウスは仔マウスに対する授乳を行う。母マウスは乳首を仔マウスにたいして露出する授乳姿勢をとる。仔マウスは、嗅覚と触覚をたよりに乳首を探し吸乳する。
【0011】
このようなマウスの育児行動は公知であり、例えば文献:K.O.KURODA,KAGAKU TO SEIBUTSU,2013,Vol.51,No.11,p.745-753に概説されている。
【0012】
育児行動の異常は、当業者が適宜評価することができる。評価は、定性的な評価又は定量的な評価のいずれであってもよい。好ましくは定量的な評価であり、より好ましくは統計的有意差を検定して評価することができる。
【0013】
<非ヒト哺乳類>
非ヒト哺乳類は、育児行動を示し、かつ、Rabep1遺伝子を有するものである限り、いかなる種の非ヒト哺乳類でもよい。このような哺乳類としては、サルなどの類人猿、齧歯類(ネズミ目)、ウサギ、ネコ、イヌ、ウマ、ウシ等が挙げられる。実験動物としての取り扱いが容易であるとの観点から、マウス、ラット、モルモット、ハムスター等の齧歯類が好ましく、遺伝子改変操作を容易に行えるとの観点からマウスがより好ましい。マウス(Mus musculus)としては、C56BL/6、C57BL/6、BALB/c等の近交系化された系統に属するマウスが特に好ましい例として挙げられる。
育児放棄モデル動物は、非ヒト哺乳類の雌性個体である。
【0014】
<Rabep1遺伝子>
Rabep1遺伝子(RAB GTPase binding effector protein 1;Rabaptin-5ともいう。)は、公知の遺伝子であり、Rabep1タンパク質をコードする。Rabep1タンパク質は、細胞中エンドソームへの局在が知られている。Rabep1タンパク質は小胞体輸送に関与する分子であり、具体的には初期エンドソームの膜融合に関与すると考えられている。
【0015】
例えば、マウス(Mus musculus)のRabep1遺伝子は、マウスの11番染色体上に位置する。
マウス(Mus musculus)の11番染色体のゲノム配列、Rabep1遺伝子のcDNAの塩基配列及びRabep1タンパク質のアミノ酸配列は、米国生物工学情報センター(NCBI; National Center for Biotechnology Information)が提供するGenBankに、下記のアクセッション番号で登録されている(複数のリビジョン(revision)が登録されている場合、最新のリビジョンを指すと理解される。):
マウス11番染色体:NC_000077(NC_000077.7)
マウスRabep1遺伝子:NM_001291141(NM_001291141.1)、NM_001291142(NM_001291141.1)、NM_001291143(NM_001291143.1)、NM_019400(NM_019400.3)
マウスRabep1タンパク質:
NP_001278070(NP_001278070.1)、NP_001278071(NP_001278071.1)、NP_001278072(NP_001278072.1)、NP_062273(NP_062273.2)
【0016】
Rabep1遺伝子のcDNAの塩基配列の例として、図4-1及び図4-2にNM_001291141.1の塩基配列(配列番号4)を示す。Rabep1タンパク質のアミノ酸配列の例として、図5にNP_001278070.1のアミノ酸配列(配列番号5)を示す。
【0017】
<Rabep1遺伝子の機能発現抑制>
本発明の育児放棄モデル動物は、Rabep1遺伝子の機能発現が抑制された非ヒト哺乳類である。
「Rabep1遺伝子の機能発現が抑制」とは、Rabep1遺伝子の機能発現が抑制するあらゆる態様を指し、非限定的な例示として、Rabep1遺伝子の欠損、Rabep1遺伝子及び/又はRabep1遺伝子がコードするRabep1タンパク質の機能を阻害すること、Rabep1タンパク質の発現を抑制すること(Rabep1遺伝子の転写の抑制、Rabep1タンパク質の翻訳の抑制など)などが挙げられる。
【0018】
Rabep1遺伝子の機能発現が抑制された非ヒト哺乳類の好ましい態様として、Rabep1遺伝子が欠損した(ノックアウトされた)非ヒト動物が挙げられる。
Rabep1遺伝子が欠損する態様には、Rabep1遺伝子をコードする領域で1又は複数の塩基が欠失し、当該領域の一部又は全部が存在しない態様;Rabep1遺伝子をコードする領域において1又は複数の塩基が置換又は挿入され、正常なRabep1遺伝子の機能発現が抑制される態様等が含まれる。
Rabep1遺伝子が欠損した非ヒト動物は、公知の手法により作製することができる。このような手法として、CRISPR/Cas9法、TALEN法等のゲノム編集技術;相同組み換え法、ジーントラップ法等のその他の遺伝子工学技術;薬剤、紫外線、放射線等の変異原を使用したランダム変異導入技術等が挙げられる。
Rabep1遺伝子を欠損する態様として、細胞組織特異的及び時期特異的にRabep1遺伝子を欠損するコンディショナルノックアウトも挙げられる。
【0019】
Rabep1遺伝子が欠損した非ヒト動物は、好ましくは対立遺伝子(アリル)の双方が欠損したホモ接合体である。
【0020】
Rabep1遺伝子の機能発現が抑制された非ヒト哺乳類の別の態様としては、siRNA、shRNA、dsRNAなどのRabep1タンパク質をコードするmRNAを標的としたRNA干渉(RNAi)作用を有するRNA分子や、Rabep1タンパク質をコードするmRNAの翻訳を抑制することができるmiRNA等のRabep1遺伝子の機能発現を抑制できる核酸を投与した又は発現可能な非ヒト哺乳類が挙げられる。
Rabep1遺伝子の機能発現が抑制された非ヒト哺乳類のまた別の態様としては、Rabep1タンパク質に対する特異的な抗体、その他のRabep1タンパク質に対する特異的な阻害剤を投与した非ヒト哺乳類が挙げられる。
【0021】
本発明の育児放棄モデル動物は、例えば、後述する育児放棄の予防手段及び/又は改善手段のスクリーニング方法、育児放棄の予防手段及び/又は改善手段の評価方法において使用することができる。
【0022】
[育児放棄の予防手段及び/又は改善手段のスクリーニング方法]
本発明は、上記育児放棄モデル動物の用途の一つとして、育児放棄の予防手段及び/又は改善手段のスクリーニング方法も提供する。
本発明の育児放棄の予防手段及び/又は改善手段のスクリーニング方法は、被験処置を施した上記育児放棄モデル動物の育児行動と、対照モデル動物の育児行動とを比較する工程、及び
前記被験処置を施した非ヒト動物が、前記対照非ヒト動物と比べて育児放棄が改善している場合、前記被験処置を育児放棄の予防手段及び/又は改善手段の候補として選択する工程を含む。
【0023】
育児放棄の予防手段とは、育児放棄の発現を未然に防止するあるいは一定期間遅延させる手段を意味する。育児放棄の予防手段には、再発を防止する手段も含まれる。
育児放棄の改善手段とは、発現している育児放棄を改善し、育児行動を促進する手段を意味する。
【0024】
上記被験手段は、有効な育児放棄の予防手段及び/又は育児放棄の改善手段の候補となりうる手段であれば、特に限定されない。
上記被験手段は、1つの態様では候補物質の投与である。被験物質は投与により育児放棄を予防及び/又は改善し得る物質の候補であれば、特に限定されない。候補物質は、単体物質、天然化合物(例えば、生体由来物質)又は合成化合物のいずれであってもよい。上記被験物質の具体例として、低分子化合物、抗体などのタンパク質、タンパク質の発現を抑制できる核酸(例えば、siRNA、shRNA、dsRNA、miRNA等)、糖鎖もしくは複合糖質などが挙げられるが、これに限定されない。
候補物質の投与手段は、経口投与、経皮投与、注射投与、静脈内投与、静脈内投与等が挙げられる。
【0025】
上記被験手段は、別の態様では環境変化である。例えば、気温、湿度、気圧、明るさ、騒音、酸素、二酸化炭素等のガス濃度等である。
上記被験手段は、また別の態様では、肉体的ストレス又は精神的ストレスの負荷又は軽減である。
【0026】
対照モデル動物は、例えば未処置の上記育児放棄モデル動物、被験手段以外の処置を施した上記育児放棄モデル動物等であり、当業者が適宜選択することができる。
育児行動の比較、及び、育児放棄が改善しているとの評価は、当業者が適宜行うことができる。
【0027】
本発明により、育児放棄の予防手段及び/又は改善手段の候補が選択される。
選択された育児放棄の予防手段及び/又は改善手段の候補の処置対象は、育児放棄モデル動物と同種の哺乳類に限定されない。ヒトを含む異種の哺乳類を処置対象とすることができる。
被験処置を施した本発明の育児放棄モデル動物の育児行動と、対照モデル動物の育児行動とを比較する工程からなる方法は、被験処置の評価方法とすることもできる。
【実施例0028】
以下、実施例により本開示を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0029】
(1)Rabep1ノックアウトマウス
Rabep1ノックアウトマウスは、熊本大学生命資源研究・支援センター動物資源開発研究施設から入手したRabep1遺伝子がノックアウトされたマウスES細胞から個体化し、系統を樹立した。具体的には、Rabep1遺伝子がノックアウトされたマウスES細胞は、特許5935692号明細書の記載に従いジーントラップ法により作製したクローンであり、ショットガン的にトラップベクターがゲノムに挿入された母集団から、ゲノムシーケンシングによりトラップベクターの挿入位置を特定したクローンである。
Rabep1ノックアウトマウスにおいて、Rabep1遺伝子のエキソン1と2の間にトラップベクター(Trap vector;pU-21W)が2コピー挿入されている。
【0030】
Rabep1遺伝子座の模式図を図1Aに示す。エキソン1-エキソン2間へトラップベクターが挿入されており、エキソン1-エキソン2間の正しいスプライシングが行われず、中間に生じる終止コドンによりRabep1遺伝子の全長発現が抑制される。
【0031】
Rabep1ノックアウトマウスは、昼夜サイクル12時間/12時間、温度23℃湿度55%の環境下で維持管理した。
給餌及び給水は制限なしで与えた。
【0032】
Rabep1ノックアウトマウスは、下記のプライマーを使用してゲノムPCRによりジェノタイピングした。
・プライマー
B0662:GATCTACTTCTATCCACATCCC(配列番号1)
B0663:CAACCTCCGCAAACTCCTAT(配列番号2)
B0664:GTCCAAGGGTATTGCTTCAC(配列番号3)
プライマーB0662はトラップベクターの挿入位置の上流側配列、プライマーB0663はトラップベクター内部の下流側配列、プライマーB0664はトラップベクターの挿入位置の下流側配列である。
プライマーB0662、プライマーB0663及びプライマーB0664の3種のプライマーセットを使用すると、トラップベクターが挿入されたゲノムからはプライマーB0662とプライマーB0663による398bpのPCR産物、トラップベクターが挿入されていないゲノムからはプライマーB0662とプライマーB0664による557bpのPCR産物がそれぞれ増幅される。
【0033】
Rabep1ノックアウトマウスホモ接合体Hoとしては、ヘテロ接合体マウスHeの雌から生まれた個体を用いた。
【0034】
(2)ウェスタンブロッティング解析
ウェスタンブロッティング解析を、文献:S.Suzuki et al.,Journal of Neuroscience,2007,Vol.27,No.24,p.6417-6427及びT.Ochiishi et al.,Scientific Reports,2019,Vol.9,No.1,p.17368に従い行った。具体的には各遺伝子型マウスから、氷冷したdACSF(dissecting Artificial Cerebrospinal Fluid;人工脳脊髄液)内で大脳(Cerebrum)及び海馬(Hippocampus)を解剖して採取し、-80℃で保存した。
採取した脳組織を1%Triton-X100を含む氷冷したTBSバッファー又はRIPAバッファー(ナカライテスク株式会社製)中でホモジナイズした。10,000×g、30分間の遠心分離により、上清を回収した。
BCAアッセイキット(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて、上清中の全タンパク質濃度を測定した。各試料を10μg protein/lane(図中、10μg)及び2倍量(図中、20μg)アプライしてSDS-PAGEに供した後、PVDF膜にトランスファーした。
ブロッキングワン(ナカライテスク株式会社製)で希釈した1次抗体を、PVDF膜を4℃で一晩反応させた。次いで、2次抗体を室温で30分反応させた。
1次抗体として、抗Rabep1モノクローナル抗体(BD Biosciences社製)を1:8000希釈で使用した。2次抗体として、HRP標識抗マウス抗体(富士フイルム和光純薬株式会社製)を使用した。
洗浄後、膜をImmobilon Forte Western HRP基質(Merck社製)と反応させ、ImageQuant LAS 500(Cytiva社製)を使用してシグナルを検出した。
【0035】
結果を図1Bに示す。
野生型マウス(+/+)では110KDa相当のタンパク質を明確に検出できた。Rabep1ノックアウトヘテロ接合体マウス(+/-)では当該バンドは減少し、Rabep1ノックアウトホモ接合体(-/-)では全く当該バンド全くは検出できなかった。
これによりRabep1ノックアウトホモ型では、Rabep1タンパク質の発現が抑制されていることが明らかになった。
【0036】
(3)実施例1:育児行動の観察
野生型Wt、Rabep1ノックアウトヘテロ接合体He及びRabep1ノックアウトホモ接合体Hoの各遺伝子型について、育児行動の観察に使用するマウスとして9~15週齢のマウスを用いた。
雌雄それぞれの遺伝子型を交配させた。妊娠確認後、雌マウスを個別に飼育し、出産、育児行動を観察した。母マウスが育児行動を行うために、母マウスの生存が脅かされない、ストレス負荷がない環境が望ましい。そのため、実験従事者は、出産確認後はケージへ接触せず、母マウスに干渉しなかった。
ビデオカメラにて行動を記録し、母マウスの仔マウスへの行動を観察する場合は、オープン環境であるがストレスを軽減するため、照度を20ルクスとした。
【0037】
野生型Wtの典型例を図2A及び図2Bに示す。
野生型Wtの母マウスは、出産後に、巣の設営、仔マウスに対するリッキング、仔マウスに対する授乳、巣への仔マウスの運搬といった特徴的な育児行動を示す。図に示すように、巣を形成し(図2A、上パネル)、仔マウスを巣に集めることが確認できた(図2A、下パネル)。
Rabep1ノックアウトホモ接合体マウスは、出産した仔マウスを放置した(図2B)。図は出産後24時間以内の様子を示し、図中、矢印は母マウス、矢尻は仔マウスを示す。授乳、巣への運搬等の行動を示さないことをビデオ撮影により確認した。
【0038】
出産から1週間後に仔マウスの生死を確認し、育児の有無を判定した結果を図2Cに示す。1週間後に仔マウスが生存している場合を育児(Nursing)、仔マウスが生存していない場合は、育児放棄(Neglect)と判定した。
雌の遺伝子型(female genotype)がWt、He及びHoのそれぞれの場合において、育児+育児放棄の全数に対する育児放棄の比(Neglect(ratio))を図2Cに示す。
Rabep1ノックアウトホモ接合体マウスは、高頻度で育児放棄様行動を示すことが明らかとなった。
【0039】
(4)実施例2:遺伝子型に依存した育児放棄様行動の評価
上記で観察した育児放棄様行動が、雌の遺伝子型(female genotype)又は雄の遺伝子型(male genotype)のいずれに依存するかを評価した。
【0040】
図3Aは、雌の遺伝子型(female genotype)がWt、He及びHoのそれぞれである群において、交配相手の雄の遺伝子型ごと(male/Wt、male/He、male/Ho)に育児行動をプロットした。いずれの雌の遺伝子型においても、育児行動が交配相手の雄に依存する傾向は見られなかった。
図3Bは、交配相手の雄の遺伝子型(male genotype)がWt、He及びHoのそれぞれである群において、雌の遺伝子型ごと(female/Wt、female/He、female/Ho)に育児行動をプロットした。いずれの交配相手の雄の遺伝子型においても、育児行動が雌の遺伝子型に依存した。
【0041】
育児放棄様行動が母マウスの成長不良等に依存した可能性を検討した。
図3Cに、母マウスの遺伝子型(genotype)ごとの体重(weight(g))を示す。
成長の一つの指標である体重は、野生型とRabep1ノックアウトホモ接合体との間で差がなかった。そのため、育児放棄様行動は、成長不良等に依存した表現型である可能性は低いと考えられる。
【0042】
以上の結果から、Rabep1ノックアウトホモ接合体マウスは、高頻度で育児放棄様行動を示すマウスであるといえる。Rabep1遺伝子には育児行動との明確な因果関係が見当たらない。そのため、従来報告されている育児放棄モデル動物とは異なる階層での治療方法の開発に貢献することが大いに期待される。
図1
図2
図3
図4-1】
図4-2】
図5
【配列表】
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