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<図1>
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025007402
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】香気を発する製品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 5/00 20160101AFI20250109BHJP
   A23G 1/30 20060101ALI20250109BHJP
   A23L 27/00 20160101ALI20250109BHJP
   A61Q 13/00 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
A23L5/00 H
A23G1/30
A23L27/00 C
A61Q13/00 100
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023108774
(22)【出願日】2023-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】杉本 美紀
(72)【発明者】
【氏名】岡田 真乙
(72)【発明者】
【氏名】木村 啓介
【テーマコード(参考)】
4B014
4B035
4B047
4C083
【Fターム(参考)】
4B014GB01
4B014GG06
4B014GG14
4B014GK07
4B014GL07
4B014GL10
4B014GP01
4B014GP14
4B014GP27
4B014GY01
4B014GY03
4B035LC01
4B035LG12
4B035LG33
4B035LK02
4B035LP01
4B035LP55
4B035LP59
4B035LT20
4B047LB02
4B047LB08
4B047LB09
4B047LF03
4B047LF06
4B047LF09
4B047LG10
4B047LG40
4B047LP01
4B047LP05
4B047LP12
4B047LP13
4B047LP20
4C083BB41
4C083FF01
4C083KK01
(57)【要約】
【課題】香料等の他の材料を使用することなく、或いは、香料等の使用量を低減しつつ、香気バランスを調整できる、香気を発する製品の製造方法を提案する。
【解決手段】制御方法は、原料の予定処理量から、原料中の香気成分の総必要蒸発量を算出する算出工程(S104)、原料を蒸発システムに供給し、原料から香気成分の一部を蒸発させる蒸発工程(S105)、蒸発工程において蒸発した香気成分の量を積算し、積算した量を総実蒸発量として算出する積算工程(S106)とを含む。総実蒸発量が総必要蒸発量に達するまで、蒸発工程を繰り返し実行する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料の予定処理量から、前記原料中の香気成分の必要蒸発量を算出する算出工程、
前記原料を蒸発システムに供給し、前記原料から香気成分の一部を蒸発させる蒸発工程、
前記蒸発工程において蒸発した香気成分の量を積算し、積算した量を実蒸発量として算出する積算工程と
を含み、
前記実蒸発量が前記必要蒸発量に達するまで、前記原料について前記蒸発工程を繰り返し実行する
香気を発する製品の製造方法。
【請求項2】
前記積算工程において、前記蒸発工程において前記蒸発システムを流通させる気体の流量と、前記気体における前記香気成分の濃度とに基づいて、前記香気成分の実蒸発量を算出する
請求項1に記載される製造方法。
【請求項3】
前記蒸発工程を減圧下で行う
請求項1に記載される製造方法。
【請求項4】
前記蒸発工程において前記原料を加熱する
請求項1に記載される製造方法。
【請求項5】
前記算出工程では、香気成分のそれぞれについて前記必要蒸発量を算出し、
前記積算工程では、前記香気成分のそれぞれについて前記実蒸発量を積算する
請求項1に記載される製造方法。
【請求項6】
前記蒸発工程において蒸発した香気成分を測定し、その測定結果に基づいて前記蒸発システムの制御パラメータを調整する調整工程をさらに含む
請求項1に記載される製造方法。
【請求項7】
前記原料が発する香気成分の蒸発量と、前記蒸発システムの制御パラメータとを教師データとして生成された機械学習モデルに前記香気成分の必要蒸発量を入力し、前記機械学習モデルからの出力として、前記蒸発工程において利用する前記蒸発システムの制御パラメータを算出する工程を含む
請求項1に記載される製造方法。
【請求項8】
前記香気成分が、前記蒸発システムにおける真空度と温度に応じた蒸発量の変動レベルを指標として予め選択されたものである、請求項1に記載される製造方法。
【請求項9】
前記原料が発する香気成分を蒸気圧とオクタノール/水分配係数に基づいて複数の群に分類し、前記複数の群毎に前記蒸発システムの制御パラメータを決定する工程を含む、請求項1に記載される製造方法。
【請求項10】
前記複数の群が、それぞれ独立して、以下の(A1)~(D1)のういずれかを満たす、請求項9に記載される製造方法:
(A1)蒸気圧範囲11.3~173mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲-1.3~1.8、
(B1)蒸気圧範囲1.6~9.78mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲1.2~3.4、
(C1)蒸気圧範囲1.5~3.3mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲-0.7~0.8
(D1)蒸気圧範囲-0.9~3.1mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲0.0~0.6。
【請求項11】
前記複数の群が、それぞれ独立して、以下の(A2)~(D2)から選択されるいずれかの化合物群を含む、請求項9に記載される製造方法:
(A2)2-メチルプロパナール、酢酸エチル、ブタン-2-オン、エタノール、ブタン-2,3-ジオン、ペンタナール、3-メチルブタナール、2-メチルブタナール、ギ酸、ペンタン-2-オン、(メチルジスファニル)メタン、酢酸、及びヘキサナールから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群、
(B2)1-メチル-4-プロプ-1-エン-2-イルシクロヘキセン、ノナナール、ノナン-2-オン、ヘプタン-2-オール、酢酸3-メチルブチル、酢酸ペンタン-2-イル、ペンタン-1-オール、ベンズアルデヒド、ペンタン-2-オール、及び3-メチル-1-ブタノールから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群、
(C2)2-メチルプロパン酸、ブタン酸、2-エチルピラジン、2,5-ジメチルピラジン、2,3-ジメチルピラジン、フラン-2-カルバルデヒド、プロパン酸、3-ヒドロキシブタン-2-オン、及び1-ヒドロキシプロパン-2-オンから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群、
(D2)フラン-2-イルメタノール、オキソラン-2-オン、3-メチルブタン酸、2-フェニルアセトアルデヒド、3,7-ジメチルオクタ-1,6-ジエン-3-オール、2-エチルヘキサン-1-オール、2-メトキシフェノール、フェニルメタノール、2-フェニルエタノール、ヘキサン酸、及びアセトアミドから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群。
【請求項12】
前記蒸発システムが薄膜揮発装置である、請求項1に記載される製造方法。
【請求項13】
前記製品が食品または化粧品である、請求項1に記載される製造方法。
【請求項14】
前記製品が油脂食品である、請求項1に記載される製造方法。
【請求項15】
前記製品がカカオを含む、請求項1に記載される製造方法。
【請求項16】
前記製品がチョコレートである、請求項1に記載される製造方法。
【請求項17】
前記蒸発システムにおける処理真空度が0~-0.08MPaである、請求項1に記載される製造方法。
【請求項18】
前記蒸発システムにおける処理温度が45~80℃である、請求項1に記載される製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、食品や、化粧品など、香気を発する製品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品の主原料に、香料や、糖原料、乳化剤などの種々の材料を配合することで、喫食者の嗜好にあわせた風味や食感を実現する製造方法が開発されている。例えば、下記特許文献1では、カカオと糖原料とを混ぜて密閉空間で粉砕することにより、カカオ中の香気成分が蒸散することを防止するチョコレートの製造方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2020/095913号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の製造方法では、食品の香気バランスを調整するために、食品の主原料に香料など他の材料を加えることが必要であった。ところが、近年、原材料に対する消費者の意識が高くなっているため、他の材料を加えることで香気バランスを調整することが製品価値の観点から難しい場合がある。そして、香気バランスの調整におけるこのような難しさは、食品に限られず、化粧品など、香気を発する製品全般に生じている。
【0005】
そこで、本開示では、香料等の他の材料を使用することなく、或いは、香料等の使用量を低減しつつ、香気バランスを調整できる香気を発する製品の製造方法を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)本開示で提案する製造方法は香気を発する製品の製造方法であり、原料の予定処理量から、前記原料中の香気成分の総必要蒸発量を算出する算出工程、前記原料を蒸発システムに供給し、前記原料から香気成分の一部を蒸発させる蒸発工程、前記蒸発工程において蒸発した香気成分の量を積算し、積算した量を総実蒸発量として算出する積算工程とを含む。前記総実蒸発量が前記総必要蒸発量に達するまで、前記原料に対して前記蒸発工程を繰り返し実行する。
【0007】
(2)(1)の製造方法において、前記積算工程において、前記蒸発工程において前記蒸発システムを流通させる気体の流量と、前記気体における前記香気成分の濃度とに基づいて、前記香気成分の前記総実蒸発量を算出してよい。
【0008】
(3)(1)又は(2)の製造方法において、前記蒸発工程を減圧下で行ってよい。これによると、蒸気圧の低い香気成分を蒸発させることが可能となり、香気調整の自由度を増すことができる。
【0009】
(4)(1)乃至(3)のいずれかの製造方法において、前記蒸発工程において前記原料を加熱してよい。これによると、常温で蒸発しにくい香気成分を蒸発させることが可能となり、香気調整の自由度を増すことができる。
【0010】
(5)(1)乃至(4)のいずれかの製造方法において、前記算出工程では、香気成分のそれぞれについて前記総必要蒸発量を算出し、前記積算工程では、前記香気成分のそれぞれについて前記総実蒸発量を積算してよい。これによると、より望ましい香気バランスを実現できる。
【0011】
(6)(1)乃至(5)のいずれかの製造方法において、前記蒸発工程において蒸発した香気成分を測定し、その測定結果に基づいて前記蒸発システムの制御パラメータを調整する調整工程をさらに含んでよい。これによると、より望ましい蒸発工程を実現できる。
【0012】
(7)(1)乃至(6)のいずれかの製造方法において、前記原料が発する香気成分の蒸発量と、前記蒸発システムの複数の制御パラメータとを教師データとして生成された機械学習モデルに前記香気成分の必要蒸発量を入力し、前記機械学習モデルからの出力として、前記蒸発工程において利用する前記複数の制御パラメータを算出する工程を含んでよい。これによれば、香気成分について良好なバランスを実現できる。
【0013】
(8)(1)乃至(7)のいずれかの製造方法において、前記香気成分が、前記蒸発システムにおける真空度と温度に応じた蒸発量の変動レベルを指標として予め選択されたものである。
【0014】
(9)(1)乃至(8)のいずれかの製造方法において、前記原料が発する複数種の香気成分を蒸気圧とオクタノール/水分配係数に基づいて複数の群に分類し、前記複数の群毎に前記蒸発システムの制御パラメータを決定する工程を含む。
【0015】
(10)(9)の製造方法において、前記蒸気圧が20~25℃における蒸気圧である。
【0016】
(11)(10)の製造方法において、前記蒸気圧が25℃における蒸気圧である。
【0017】
(12)(1)乃至(11)のいずれかの製造方法において、前記複数の群が、それぞれ独立して、以下の(A1)~(D1)のいずれかを満たす:
(A1)蒸気圧範囲11.3~1.73mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲1.3~1.8、
(B1)蒸気圧範囲1.6~9.78mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲1.2~3.4、
(C1)蒸気圧範囲1.5~3.3mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲0.7~0.8
(D1)蒸気圧範囲0.9~3.1mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲0.0~0.6。
【0018】
(13)(1)乃至(12)のいずれかの製造方法において、前記複数の群が、それぞれ独立して、以下の(A2)~(D2)から選択されるいずれかの化合物群を含む:
(A2)2-メチルプロパナール、酢酸エチル、ブタン-2-オン、エタノール、ブタン-2,3-ジオン、ペンタナール、3-メチルブタナール、2-メチルブタナール、ギ酸、ペンタン-2-オン、(メチルジスファニル)メタン、酢酸、及びヘキサナールから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群、
(B2)1-メチル-4-プロプ-1-エン-2-イルシクロヘキセン、ノナナール、ノナン-2-オン、ヘプタン-2-オール、酢酸3-メチルブチル、酢酸ペンタン-2-イル、ペンタン-1-オール、ベンズアルデヒド、ペンタン-2-オール、及び3-メチル-1-ブタノールから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群、
(C2)2-メチルプロパン酸、ブタン酸、2-エチルピラジン、2,5-ジメチルピラジン、2,3-ジメチルピラジン、フラン-2-カルバルデヒド、プロパン酸、3-ヒドロキシブタン-2-オン、及び1-ヒドロキシプロパン-2-オンから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群、
(D2)フラン-2-イルメタノール、オキソラン-2-オン、3-メチルブタン酸、2-フェニルアセトアルデヒド、3,7-ジメチルオクタ-1,6-ジエン-3-オール、2-エチルヘキサン-1-オール、2-メトキシフェノール、フェニルメタノール、2-フェニルエタノール、ヘキサン酸、及びアセトアミドから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群。
【0019】
(14)(1)乃至(13)のいずれかの製造方法において、前記製品が食品または化粧品である。
【0020】
(15)(1)乃至(14)のいずれかの製造方法において、前記製品が油脂食品である。
【0021】
(16)(1)乃至(15)のいずれかの製造方法において、前記蒸発システムが薄膜揮発装置である。
【0022】
(17)(1)乃至(16)のいずれかの製造方法において、前記製品がカカオを含む。
【0023】
(18)(1)乃至(17)のいずれかの製造方法において、前記製品がチョコレートである。
【0024】
(19)(1)乃至(18)のいずれかの製造方法において、前記蒸発システムにおける処理真空度が0~-0.08MPaである。
【0025】
(20)(1)乃至(19)のいずれかの製造方法において、前記蒸発システムにおける処理温度が45℃~80℃である。
【0026】
(21)また、本開示で提案する香気を発する食品の製造方法は、
前記食品の原料から香気成分を蒸発させる蒸発システムにおける真空度と温度に応じた蒸発量の変動レベルを指標として予め選択された食品原料由来の複数の香気成分を測定する工程、および
前記測定結果に基づいて、食品の香気バランスが所定の範囲となるように前記蒸発システムの運転条件を調整する工程を含む。
【0027】
(22)(21)の製造方法において、前記調整工程が、前記測定結果に基づいて、前記複数の香気成分を蒸気圧とオクタノール/水分配係数に基づいて複数の群に分類し、前記複数の群毎に前記蒸発システムの運転条件を調整することを含む。
【0028】
(23)(21)の製造方法において、前記蒸気圧が20~25℃における蒸気圧である。
【0029】
(24)(21)の製造方法において、前記蒸気圧が25℃における蒸気圧である。
【0030】
(25)(21)乃至(24)のいずれかの製造方法において、前記複数の群が、それぞれ独立して、以下の(A1)~(D1)のいずれかを満たす:
(A1)蒸気圧範囲11.3~1.73mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲1.3~1.8、
(B1)蒸気圧範囲1.6~9.78mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲1.2~3.4、
(C1)蒸気圧範囲1.5~3.3mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲0.7~0.8
(D1)蒸気圧範囲0.9~3.1mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲0.0~0.6。
【0031】
(26)(21)乃至(25)のいずれかの製造方法において、前記複数の群が、それぞれ独立して、以下の(A2)~(D2)から選択されるいずれかの化合物群を含む:
(A2)2-メチルプロパナール、酢酸エチル、ブタン-2-オン、エタノール、ブタン-2,3-ジオン、ペンタナール、3-メチルブタナール、2-メチルブタナール、ギ酸、ペンタン-2-オン、(メチルジスファニル)メタン、酢酸、及びヘキサナールから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群、
(B2)1-メチル-4-プロプ-1-エン-2-イルシクロヘキセン、ノナナール、ノナン-2-オン、ヘプタン-2-オール、酢酸3-メチルブチル、酢酸ペンタン-2-イル、ペンタン-1-オール、ベンズアルデヒド、ペンタン-2-オール、及び3-メチル-1-ブタノールから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群、
(C2)2-メチルプロパン酸、ブタン酸、2-エチルピラジン、2,5-ジメチルピラジン、2,3-ジメチルピラジン、フラン-2-カルバルデヒド、プロパン酸、3-ヒドロキシブタン-2-オン、及び1-ヒドロキシプロパン-2-オンから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群、
(D2)フラン-2-イルメタノール、オキソラン-2-オン、3-メチルブタン酸、2-フェニルアセトアルデヒド、3,7-ジメチルオクタ-1,6-ジエン-3-オール、2-エチルヘキサン-1-オール、2-メトキシフェノール、フェニルメタノール、2-フェニルエタノール、ヘキサン酸、及びアセトアミドから選択される少なくとも一つの化合物を含む化合物群。
【0032】
(27)(21)乃至(26)のいずれかの製造方法において、前記蒸発システムが薄膜揮発装置である。
【0033】
(28)(21)乃至(27)のいずれかの製造方法において、前記食品がカカオを含む。
【0034】
(29)(21)乃至(28)のいずれかの製造方法において、前記蒸発システムにおける処理真空度が0~-0.08MPaである。
【0035】
(30)(21)乃至(29)のいずれかの製造方法において、前記蒸発システムにおける処理温度が45~80℃である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】本開示で提案する香気成分蒸発システムの例を示すブロック図である。
図2図1で示す蒸発器の例を示す概略図である。
図3】香気を発する製品の製造方法の例を示すフロー図である。
図4】香気を発する製品の製造方法の別の例を示すフロー図である。
図5】制御パラメータと蒸発量との関係の例を示す図である。
図6】香気を発する製品の製造において利用される機械学習モデルの例を示す概念図である。
図7図6の機械学習モデルを利用する製造方法の例を示すフロー図である。
図8】試験例1において、薄膜揮発装置の操作パラメータとして、撹拌回転数、ジャケット温度、真空度、エア流量、生地流量を変動させ、その際できた生じたチョコレート生地の香気成分変化をGC-MSにて測定したグラフである。
図9A】チョコレート生地を薄膜揮発装置を用いて処理する際の「真空度」と「ジャケット温度」を変えた時の香気量の経時変化値を階層型クラスター解析(Ward法)した結果を示す。
図9B】薄膜揮発装置を用いてチョコレート生地を処理する際、「蒸気圧(25℃)」「オクタノール/水分配係数(logKow)」の2軸に香気成分を分布させると、上記4つの揮発パターンクラスター(群)が分離されることを示すグラフである。
図10】試験例2において、図10Bのグラフを指標として薄膜揮発装置の運転条件を制御し、蒸発処理することにより得られたサンプルの官能評価結果を示すグラフである。
図11】試験例3において、図10Bのグラフを指標として薄膜揮発装置の運転条件を制御し、蒸発処理することにより得られたサンプルの官能評価結果を示すグラフである。
図12A】試験例4(処理前)において、TDS(Temporal Dominance of Sensations)を実施した際の結果を示すグラフである。
図12B】試験例4(処理後)において、TDS(Temporal Dominance of Sensations)を実施した際の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下において、本開示で提案する、香気を発する製品の製造方法の例について説明する。図1は、本開示で提案する製造方法において利用される香気成分蒸発システム1の例を示すブロック図である。
【0038】
蒸発システム1は、香気を発する製品の原料に含まれる香気成分の一部を蒸発させて、原料に含有される香気成分のバランスを変化させる(調整する)システムである。ここで香気を発する製品は、例えば食品である。蒸発システム1に供給される食品の原料としては、例えば、チョコレートの主原料であるカカオ(植物体、及びカカオ豆、カカオニブ又はカカオマス等のカカオ素材を含む)や、豆乳、発酵乳、バター、野菜ジュース、コーヒー、プロテイン飲料、ワイン、日本酒、ビール、みそ、しょうゆ、だし、スープ、エキスなどをあげることができる。蒸発システム1に供給される食品原料は、プラントベース食品の原料や、プラントベース疑似食品の原料などであってもよい。プラントベース食品とは植物性の食品や、植物性原材料で作られた食品などであり、その原料は、例えば、小麦、麦、大豆、豆乳、オーツミルク、及びアーモンドミルクなどである。また、プラントベース疑似食品とは、従来動物性であった食品を植物性原材料で疑似した食品であり、例えば、プラントベースミート、プラントベースチキン、プラントベースハム、プラントベースフィッシュ、プラントベースイカなどである。プラントベース疑似食品の原料は、例えば小麦、麦、大豆、豆乳、オーツミルク、アーモンドミルクなどである。なお、香気を発する製品は、食品に限られず、例えば化粧品であってもよい。
【0039】
本開示の好ましい態様によれば、食品は油脂食品である。ここで、「油脂食品」とは、油脂を含む食品であり、油脂を多く含む食品や、油脂を加工し食品である油脂加工食品などを含み、バター、マーガリン、チョコレートなどを含む。
【0040】
また、本開示の好ましい態様によれば、食品はカカオ豆、カカオニブ又はカカオマスを含むカカオ素材を含むかまたはそれを原料とする。ここで、「カカオ豆」とは、カカオ(Theobroma cacao)の種子を指し、原料となるカカオ豆の品種や産地は、特に制限されない。カカオ品種の例として、フォラステロ種、クリオロ種、トリニタリオ種、これらの派生種、交配種が挙げられる。産地の例として、ガーナ、コートジボワール、ナイジェリア、ブラジル、ベネズエラ、トリニダード・トバゴ、ペルー、ベトナム、マダガスカルが挙げられる。また、「カカオニブ」とは、カカオ豆からシェルが除去されたものであり、水分存在下で加熱されていないものである。ただし、カカオニブは、一般的なチョコレート及びココア製造で慣用されている加熱殺菌処理及び又はロースト処理されたものを含む。カカオニブには、前記のものの破砕物も含む。また、「カカオマス」は、常法にしたがって、カカオ豆を、発酵、乾燥、選別、殺菌、ロースト、皮分離、粗砕、磨砕工程を経て調製されるものである。
【0041】
本開示の好ましい態様によれば、食品はチョコレートである。食品がチョコレートである場合、製造方法は特に限定されないが、「Beckett’s Industrial Chocolate Manufacture and Use FIFTH EDITION」 (Stephen T. Beckett, Mark S. Fowler
Gregory R. Ziegler)や「チョコレートの科学」(StephenTBeckett(著) 、古谷野哲夫(訳)、出版社:幸書房、ISBN:4782104049/9784782104040)に記載のような一般的な手法により製造することができ、カカオ豆の選別工程、焙煎工程、皮分離工程、粗粉砕工程、混練工程、磨砕工程、香味調整工程、結晶工程、成型工程、冷却工程、型抜き工程等を経てチョコレートを得ることができる。一実施態様によれば、本発明の方法は、香味調整工程にておいて適用される。
【0042】
[システムの概要]
図1で示すように、蒸発システム1は、蒸発器10を有している。図2は蒸発器10とこれに接続される装置の例を示す概略図である。
【0043】
蒸発器10としては、例えば、神戸製鋼所の薄膜揮発装置エクセバや櫻製作所のハイエバオレーター挙げられるが、それ以外にも温度や減圧度を変化させ香気を飛散可能な装置であればこれに限らない。
図2で示されるように、蒸発器10は、例えば、シリンダ11と、シリンダ11の内側に配置される攪拌装置14と、を有する。なお、攪拌装置14は、例えば、図2に示すように、攪拌翼14aと、攪拌翼14aを回転させる攪拌モータ14bと、を有する。
【0044】
図2で示すように、シリンダ11には、香気を発する製品の原料を供給するための原料供給口12aが設けられる。原料供給口12aは、例えばシリンダ11の上部に設けられる。シリンダ11に供給される原料は、液体材料である。例えば、チョコレートなど固形の食品の製造工程においては、粉砕され且つ液化した原料(例えば、カカオマス)として原料供給口12aから供給される。原料供給口12aから供給された原料は、シリンダ11の内面に沿って下に向かって流れつつ、攪拌翼14aによって攪拌される。攪拌翼14aが原料を攪拌すると、原料は遠心力を受けてシリンダ11の内面に沿った薄膜を形成する。従って、シリンダ11の内面に沿って、原料の流路が形成される。シリンダ11の下部には原料を受ける原料受け部11dが取り付けられてよい。
【0045】
図2で示すように、蒸発システム1は、原料を貯蔵している原料タンク51・52を有している。原料供給ポンプ34は、原料タンク51・52内の原料をシリンダ11の原料供給口12aに向けて送液する。蒸発システム1は、図で示すように、複数の原料タンク51・52を有してもよい。この場合、シリンダ11と原料タンク51・52とを結ぶ配管には、切換バルブ55aが設けられてよい。切換バルブ55aの操作によって、複数の原料タンク51・52に貯蔵されている原料を選択的にシリンダ11に供給できる。原料タンク51・52には異なる種類の原料が貯蔵されてもよい。図2で示す例とは異なり、複数の原料タンク51・52のそれぞれに、原料供給ポンプ34が設けられてもよい。
【0046】
原料受け部11dに溜まった原料は、原料戻しポンプ35によって、原料タンク51・52に戻される。蒸発システム1が複数の原料タンク51・52を有する場合、原料受け部11dと原料タンク51・52との間にも、切換バルブ55bが設けられてよい。切換バルブ55bの操作によって、シリンダ11を通過した原料を元の原料タンク51・52に戻すことができる。例えば、第1の原料タンク51内の原料をシリンダ11で処理した場合、シリンダ11を通過した原料を再び第1の原料タンク51に戻すことができる。第2の原料タンク52内の原料を処理する場合も同様である。
【0047】
後において詳説するように、例えば第1の原料タンク51内の原料について蒸発処理を行う場合、香気成分が必要量だけ蒸発するまで、第1の原料タンク51と蒸発器10との間で原料を循環させる。同様に、第2の原料タンク52内の原料について蒸発処理を行う場合、香気成分が必要量だけ蒸発するまで、第2の原料タンク52と蒸発器10との間で原料を循環させる。
【0048】
なお、原料タンクの数は、図で示す例に限られない。原料タンクの数は1つでもよいし、3つ以上であってもよい。
【0049】
蒸発処理の最中、シリンダ11内にはキャリアガスが供給される。キャリアガスは、例えば空気であるが、処理される原料によっては、窒素や、ヘリウム、酸素、二酸化炭素、硫化水素などであってもよい。キャリアガスとしては、原料に対して化学的に影響しない不活性なガスだけでなく、原料中の成分との間で酸化や硫化など化学反応を生じ、原料の香気に影響を生じるガスが利用されたり、そのようなガスが混合されて利用されてもよい。図2で示すように、ガス供給口11eは、例えばシリンダ11の下部に設けられる。シリンダ11に供給されたキャリアガスは、例えば、シリンダ11の上部に設けられたガス排出口11fから排出される。蒸発システム1は、キャリアガスをシリンダ11に送るためのキャリアガスポンプ33(図1参照)を有している。
【0050】
原料はシリンダ11に供給されると、攪拌翼14aの回転によって遠心力を受け、シリンダ11の内面に沿った薄膜を形成しながら、下に向かって流れる。香気成分は揮発性を有している。そのため、原料に含まれる香気成分の一部は、シリンダ11の内面に沿って流れる過程において、蒸発する。蒸発した香気成分はキャリアガスとともに上部に搬送されて、ガス排出口11fから排出される。
【0051】
図2で示すように、蒸発システム1はガス成分測定器21を有している。ガス成分測定器21は、ガス排出口11fから延びている配管に接続されており、ガス排出口11fから排出されたガスの成分を測定する。ガス成分測定器21は、排出されたガスに含まれる香気成分の種類と量(ガス中の濃度)に応じた情報を出力する。ガス成分測定器21は、この情報をタイムリーに出力するのが望ましい。すなわち、排出されるガス中の成分が変化すると、その変化が、実質的な時間的遅延を生じることなく、ガス成分測定器21の出力情報に反映されるのが望ましい。このようなガス成分測定器21としては、例えば、ガスFTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)を利用できるが、必ずしもこれに限られない。
【0052】
図2で示すように、蒸発システム1はガス流量計22を有している。ガス流量計22は、排出されるガスの量に応じた信号を出力する。後述するように蒸発システム1は減圧下において蒸発処理を行う場合があるため、ガス流量計22は減圧下においても体積(流量)を測定できる流量計であることが望ましい。また、未知の香気成分にも対応するために、ガス流量計22は、未知のガス成分が含まれている場合でも体積を測定できる流量計であることが望ましい。このようなガス流量計22としては、例えば羽根車式流量計を用いることができるが、その種類もこれに限定されない。
【0053】
ガス排出口11fに接続された配管には真空ポンプ31(図2参照)が取り付けられている。真空ポンプ31の駆動によって、シリンダ11内の圧力が調整される。特に本開示では、真空ポンプ31の駆動によって、シリンダ11内は大気圧よりも低い圧力に設定され得る。これにより、蒸気圧が低いために大気圧下では蒸発させにくい香気成分を、蒸発させ、原料内の含有量を低減できる。
【0054】
なお、図2に示すガスの流路におけるガス成分測定器21、ガス成分測定器21の装置の配置は、それらの機能を発揮できる順序であれば、いかなる順序であってもよい。なお、例えば、ガス成分測定器21の下流にガス流量計22が配置され、ガス流量計22の下流に真空ポンプ31が配置されているようにしてもよい。
【0055】
図2で示すように、蒸発器10には、シリンダ11の外側を覆うジャケット13が設けられる。ジャケット13は、シリンダ11の外面に沿って配置される熱媒流路13aを有している。熱媒流路13aを流れる熱媒によって、シリンダ11内を流れる原料が加熱される。原料が加熱されると、香気成分の蒸発が促進され得る。熱媒としては、水蒸気を利用できるが、これに限定されない。蒸発システム1はヒータ32(図1参照)を有している。ヒータ32は、熱媒流路13aに供給する熱媒を加熱する。なお、図で示す例とは異なり、ヒータ32はシリンダ11の外面に直接的に取り付けられてもよい。
【0056】
図1で示すように、蒸発システム1は、圧力計23、攪拌速度計24、温度計25、原料流量計26を有している。また、蒸発システム1は、制御装置41と、入力装置42と、表示装置43とを有している。
【0057】
圧力計23等の出力は制御装置41に入力される。圧力計23は、ガスの流路に設けられ、シリンダ11内の気圧に応じた信号を出力する。攪拌速度計24は、例えば攪拌翼14aの回転速度(攪拌モータ14b)に応じた信号を出力する。温度計25は、シリンダ11内を流れる原料の温度に応じた信号を出力する。原料流量計26は、単位時間あたりにシリンダ11に供給される原料の量(原料の流速)に応じた信号を出力する。
【0058】
制御装置41は、圧力計23の出力に基づいてシリンダ11内の気圧を検知し、攪拌速度計24の出力に基づいて攪拌翼14aの回転速度を検知し、温度計25の出力に基づいて原料の温度を検知し、原料流量計26の出力に基づいて、原料の流速(単位時間あたりの供給量)を検知する。
【0059】
制御装置41は、Central Processing Unit(CPU)や、記憶装置などを含む。記憶装置は、Random Access Memory(RAM)や、Read Only Memory(ROM)、ハードディスクドライブ(HDD)などを含んでいる。制御装置41は、1台又は複数台のパーソナルコンピュータやサーバーコンピュータなどで構成されてよい。
【0060】
制御装置41は、記憶装置に格納されているプログラムや、入力装置42を通して作業者から入力される指示に従って動作し、蒸発器10に設けられている、又は蒸発器10に接続されている種々の装置を制御する。具体的には、制御装置41は、攪拌モータ14bや、真空ポンプ31、ヒータ32、キャリアガスポンプ33、及び原料供給ポンプ34を制御する。制御装置41は、切換バルブ55a・55bに接続されて、これらのバルブ55a・55bを制御してもよい。
【0061】
制御装置41には、ガス成分測定器21から出力される情報(香気成分の種類や濃度)や、ガス流量計22、圧力計23、攪拌速度計24、温度計25、原料流量計26からの信号が入力される。
【0062】
入力装置42は、キーボードや、ポインティングデバイスを含み、ユーザの支持に応じた信号を制御装置41に入力する。
【0063】
表示装置43は、液晶や有機EL材料などの表示パネルを含み、制御装置41から出力された情報を作業者に提示する。例えば、表示装置43には、ガス成分測定器21から得られた情報や、ガス流量計22からの信号に基づいて検知した温度などが表示されてよい。また、表示装置43には、シリンダ11内の気圧や、原料の温度、攪拌翼14aの回転速度、原料の流速などが表示されてもよい。
【0064】
[製造方法の第1の例]
図3は、香気を発する製品の製造方法の例を説明するためのフロー図である。
【0065】
香気を発する製品の原料には、通常、複数の香気成分が含まれる。香気成分としては、例えば、酢酸や、酢酸エチルなどがある。香気成分は水蒸気であってもよい。図3では、これらのうち1つの香気成分の含有量を低減し、香気バランスを調整する例について説明する。以下では、蒸発システム1において低減しようとする香気成分を「対象香気成分A」と称する。
【0066】
また、ここでは、複数の原料タンク51・52のうち、第1の原料タンク51に貯蔵されている原料を処理する例について説明する。第2の原料タンク52内の原料を処理する場合には、以下で説明する手順の開始前に、上述した切換バルブ55a・55bを操作して、原料タンク52と蒸発器10とを接続すればよい。
【0067】
まず、制御装置41は、原料タンク51に貯蔵されている原料が発する対象香気成分Aの濃度(蒸発処理前の原料が発する対象香気成分Aの濃度)を測定する(S101)。例えば、攪拌翼14aを回転させたり、シリンダ11を加熱しない状態(蒸発システム1を作動させない状態)で、原料供給ポンプ34を駆動し、シリンダ11に原料を供給する。そして、ガス成分測定器21から得られる情報に基づいて、対象香気成分Aの濃度を検知する。言い換えれば、消費者によって原料が消費される環境と近しい環境において、原料が発する対象香気成分Aの濃度を測定する。例えば、処理対象の原料が食品原料である場合、食品を喫食する環境(例えば、常温、大気圧)で原料が発する対象香気成分Aの濃度を測定する。なお、S101での濃度測定は、原料を原料タンク51に入れる前に行われてもよい。
【0068】
次に、制御装置41は、対象香気成分Aについての目標濃度と、S101で測定した濃度との差(濃度差)を算出する(S102)。ここで目標濃度とは、例えば、望ましい香気が得られる製品が発する対象香気成分Aの濃度である。目標濃度は、例えば次のように求められる。製品について官能試験を行い、望ましい香気を発する製品を特定・選択する。そして、その製品が発する対象香気成分Aの濃度をガス成分測定器で測定し、測定された濃度を目標濃度とする。目標濃度は、予め制御装置41が有する記憶装置に格納されてよい。この場合、制御装置41は、記憶装置に格納されている目標濃度を参照し、S102の算出処理を実行する。目標濃度は、入力装置42を通して作業者が制御装置41に入力してもよい。
【0069】
次に、制御装置41は、S102で算出した濃度差に基づいて、単位量の原料からの必要蒸発量を算出する(S103)。ここで「必要蒸発量」とは、原料が発する対象香気成分Aの濃度を、S101で実測した濃度から目標濃度まで下げるために、原料から蒸発させる必要のある対象香気成分Aの量である。以下では、単位量の原料からの必要蒸発量を「単位必要蒸発量」と称する。
【0070】
単位必要蒸発量と濃度差との関係は、予め実験によって特定できる。例えば、対象香気成分Aを蒸発させる処理(例えば、減圧下での加熱処理)の前後に、単位量の原料が発する対象香気成分Aの濃度を測定する(蒸発処理前の濃度を「C1」と称し、蒸発処理後の濃度を「C2」と称する。)。また、蒸発処理によって蒸発した対象香気成分Aの量を測定する(蒸発量を「Ae」と称する)。そして、この測定を複数回実行し、濃度C1・C2の差(濃度差)と、蒸発量Aeとについて回帰分析を行うことで、濃度差と単位必要蒸発量との関係(相関曲線)を得ることができる。従って、制御装置41は、S103において、例えばこの相関曲線を参照し、S102で算出した濃度差に対応する必要蒸発量を算出する。
【0071】
なお、S103の処理は、必ずしもこれに限られない。濃度差と単位必要蒸発量とが比例関係にある場合には、その関係式を利用して、濃度差に基づいて、単位量の原料から蒸発する必要蒸発量を算出してもよい。
【0072】
このような関係式や、相関曲線を表すテーブルが記憶装置に格納されていてもよい。この場合、制御装置41は、このような関係式やテーブルを参照して、濃度差に対応する必要蒸発量を算出してもよい。
【0073】
次に、制御装置41は、原料の予定処理量と、S103で算出した必要蒸発量とに基づいて、予定処理量の原料から蒸発させることが必要な対象香気成分Aの量(総必要蒸発量)を算出する(S104、算出工程)。ここで予定処理量は、蒸発システム1で処理しようとする原料の量であり、例えば原料タンク51に貯蔵されている原料の量である。制御装置41は、例えば、単位量の原料から蒸発させることが必要な対象香気成分Aの量である単位必要蒸発量に、予定処理量を乗算することで、総必要蒸発量を算出する。
【0074】
次に、制御装置41は、蒸発システム1を運転する(S105、蒸発工程)。すなわち、制御装置41は、真空ポンプ31、ヒータ32、攪拌モータ14b、原料供給ポンプ34、原料戻しポンプ35、及びキャリアガスポンプ33を駆動する。
【0075】
本願発明者は、蒸発しやすい環境(運転条件)が香気成分によって異なることを見いだした。一例としては、酢酸は減圧下では蒸発しやすいのに対して、酢酸エチルは減圧下においても蒸発量は限られていることを見いだした。そこで、制御装置41は、対象香気成分Aに適した運転条件で蒸発システム1を運転する。この運転条件(すなわち真空ポンプ31等の制御パラメータ)は対象香気成分Aに対応づけて記憶装置に格納されていてもよいし、作業者が入力装置42を通して制御装置41に入力してもよい。
【0076】
蒸発器10は切換バルブ55a・55bによって原料タンク51に接続されている。そのため、制御装置41が原料供給ポンプ34と原料戻しポンプ35とを駆動すると、原料タンク51内の原料は蒸発器10に繰り返し供給され、原料は蒸発器10と原料タンク51との間を循環する。そして、原料がシリンダ11を通過する過程で、原料から対象香気成分Aが蒸発する。そのため、原料に含まれる対象香気成分Aの量は徐々に低下する。これにより、原料が発する香気成分のバランスを変えることができる。
【0077】
次に、制御装置41は、蒸発器10による蒸発処理において蒸発した対象香気成分Aの量を積算し、積算した量を総実蒸発量として算出する(S106)。例えば、制御装置41が、ガス成分測定器21の出力から得られる対象香気成分Aの濃度と、ガス流量計22の出力から得られるガスの流量とに基づいて、単位時間あたりの対象香気成分Aの実蒸発量を算出する。ここで、測定される実蒸発量は、対象香気成分Aの濃度、ガスの流量、及びガスの圧力から算出される対象香気成分Aの質量であってよい。実蒸発量は、単位量の原料からの実蒸発量であってよい。この場合、制御装置41は、対象香気成分Aの濃度と、ガスの流量と、ガスの圧力とに加えて、原料流量計26の出力から得られる原料の供給速度に基づいて実蒸発量を算出してもよい。そして、制御装置41は、このように算出する実蒸発量を蒸発処理の過程で積算し、それを総実蒸発量としてもよい。
【0078】
次に、制御装置41は、S106において算出した総実蒸発量がS104で算出した総必要蒸発量に達したか否かを判定する(S107)。そして、総実蒸発量が未だ総必要蒸発量に達していない場合、S105に戻り、以降の処理を実行する。このS105~S107を繰り返すことによって、原料タンク51の原料が蒸発器10に繰り返し供給され、原料中の対象香気成分Aの濃度が徐々に低下する。
【0079】
S107において実蒸発量が総必要蒸発量に達すると、制御装置41は蒸発システム1の運転を停止する。具体的には、攪拌モータ14bの駆動や、真空ポンプ31を停止した上で、蒸発処理をした原料が発する対象香気成分Aの濃度を測定し、その濃度が基準範囲に収まっているか否かを判定する(S108)。S108における濃度測定は、S101と同様、処理対象の原料が消費者によって消費される環境に近しい環境において実行されてよい。例えば、S108の濃度測定は、攪拌翼14aを回転させたり、シリンダ11を加熱しない状態(蒸発システム1を作動させない状態)で、原料供給ポンプ34を駆動し、シリンダ11に原料を供給する。そして、ガス成分測定器21によって対象香気成分Aの濃度を測定する。なお、蒸発システム1は、蒸発処理後の原料が発する香気成分を測定する専用のガス成分測定器を有してもよい。
【0080】
S108において、対象香気成分Aの濃度が基準範囲に収まっている場合、例えば、測定した濃度と目標濃度との差が閾値以下である場合、制御装置41は、蒸発システム1の今回の運転を終了する。制御装置41は、原料タンク51の原料を次の工程に搬送してもよい。一方、S108の判定において、対象香気成分Aの濃度が基準範囲に収まっていない場合には、今回の運転によって処理された原料は製品としては適当でない可能性があるので、制御装置41は、その旨を作業者に報知する(S109)。この報知は、例えば、表示装置43に予め規定された警告を表示してもよい。
【0081】
図3で示した製造方法によると、目標濃度に近しい濃度の香気成分Aを発する製品が製造できる。例えば、香気成分Aによる香気が強いときに、この製造方法を利用すれば、香料等を加えることなく、望ましい香気を実現できる。
【0082】
なお、香気を発する製品の製造方法は、図3で示す例に限られない。例えば、蒸発システム1を運転している間、制御装置41は、単位時間あたりの対象香気成分Aの実蒸発量(単位実蒸発量)、或いは、単位量の原料からの対象香気成分Aの実蒸発量(単位実蒸発量)を監視してもよい。この単位実蒸発量が基準範囲から外れている場合、運転条件が適当でない可能性がある。そのため、単位実蒸発量が基準範囲から外れていることが見つかった時点で、制御装置41は、蒸発システム1の運転を停止し、その旨を作業者に報知してもよい。この報知も、表示装置43に予め規定された警告を表示してもよい。
【0083】
[製造方法の第2の例]
図3のフローでは、対象香気成分Aに予め対応づけられた運転条件(制御パラメータ)で蒸発システム1が運転されていた。これとは異なり、対象香気成分Aにより適した運転が実現されるように、運転条件(制御パラメータ)が調整されてもよい。図4は、このような製造方法の例を示すフロー図である。
【0084】
以下では、図3の例と同様、原料に含まれる複数種の香気成分のうち、香気成分Aの含有量を低減し、香気バランスを調整する例について説明する。また、ここで説明する例では、複数の原料タンク51・52のうち、原料タンク51に貯蔵されている原料が処理される。
【0085】
S201~S204は、図3で示したフローのS101~S104と同様であってよいので、ここでの説明を省略する。
【0086】
S205において、制御装置41は、蒸発システム1の運転条件を特定する制御パラメータを取得する。制御パラメータとしては、例えば、次の5つを上げることができる。
制御パラメータ1:シリンダ11内の圧力(真空ポンプ31の駆動速度)
制御パラメータ2:シリンダ11内を流れる原料の温度(ヒータ32へ供給する電流)
制御パラメータ3:攪拌速度(攪拌モータ14bの回転速度)
制御パラメータ4:シリンダ11に供給する原料の流速(原料供給ポンプ34による単位時間あたりの供給量)
制御パラメータ5:キャリアガスの流速(キャリアガスポンプ33による単位時間あたりの供給量)
【0087】
真空ポンプ31の駆動によりシリンダ11内を減圧することによって(シリンダ11内の圧力を大気圧より低くすることによって)、蒸気圧の低い香気成分を蒸発させることが可能となる。従って、シリンダ11内の圧力を制御パラメータの1つとすることは、香気調整の自由度を確保するために有効である。
【0088】
また、シリンダ11内を流れる原料を加熱することで、常温では蒸発しにくい香気成分を蒸発させることが可能となる。従って、原料の温度を制御パラメータの1つとすることも、香気調整の自由度を確保するために有効である。
【0089】
また、攪拌翼14aによって原料を攪拌することで、香気成分の分子が原料の表面(空気との界面)に到来する頻度を増したり、シリンダ11内を流れる原料の膜を薄くできる。従って、攪拌速度を制御パラメータの1つとすることも、香気調整の自由度を確保するために有効である。
【0090】
原料の表面を流れるキャリアガスの流速を増すと、香気成分の蒸発を促進できる。従って、キャリアガスの流速(キャリアガスの供給速度)を制御パラメータの1つとすることも、香気調整の自由度を確保するために有効である。
【0091】
原料の流速(供給速度)を速くすると、シリンダ11内における原料の滞留時間が短くなる。その結果、原料の単位量あたりの香気成分の蒸発が抑えられる。従って、原料の流速を制御パラメータの1つとすることも、香気調整の自由度を確保するために有効である。
【0092】
上述したように、本願発明者が得た知見では、蒸発しやすい環境が香気成分によって異なる。一例としては、酢酸は減圧下では蒸発しやすいのに対して、酢酸エチルは減圧下においても蒸発量は限られている。また、酢酸は、圧力を下げるほど、蒸発量が増すことも見いだした。そこで、S205では、対象香気成分Aに係る制御パラメータと、蒸発量との関係を表す相関曲線を参照し、必要な蒸発量に対応する制御パラメータを算出する。対象香気成分Aに係る制御パラメータとは、対象香気成分Aの蒸発に有効に作用するパラメータである。例えば、制御装置41は、単位量の原料がシリンダ11を1回通過するときに必要とされる蒸発量(単位必要蒸発量と称する)に対応する制御パラメータを算出する。
【0093】
図5は、そのような相関曲線の例を表す図である。同図において、横軸は制御パラメータの値であり、例えば、上述した制御パラメータ1~5のうちのいずれかの値である。一方、縦軸は、上述した単位必要蒸発量である。図5で示す制御パラメータがシリンダ11内の圧力である場合、図5は圧力を下げるほど蒸発量が増すことを示している。S104において、このような相関曲線を参照し、単位必要蒸発量に対応する制御パラメータを算出する。相関曲線が設けられていない制御パラメータについては、予め規定された値が利用されてよい。なお、図5で示す例では、制御パラメータの増大に従って、蒸発量が低下している。しかしながら、制御パラメータの種類によっては、制御パラメータの増大に従って蒸発量も増大してもよい。また、制御パラメータと蒸発量との間にその他の関係があってもよい。
【0094】
このような相関曲線は、例えば、蒸発システム1の運転に先んじて、実験によって特定されてよい。すなわち、制御パラメータをある値に設定し、単位量の原料から得られる対象香気成分Aの蒸発量を測定し、その後、制御パラメータを別の値に設定して、同様に蒸発量を測定する。このように蒸発量の測定を複数回行うことで、図5で例示する相関曲線を作成できる。
【0095】
制御パラメータの算出に必要な単位必要蒸発量は、例えば、総必要蒸発量や、予定処理量に基づいて算出されてよい。例えば、単位必要蒸発量が多い制御パラメータを採用すれば、蒸発処理を完了するのに要する時間を短くできる。
【0096】
なお、1つの対象香気成分Aに係る制御パラメータは1つより多くてもよい。例えば、単位必要蒸発量は、シリンダ11内の圧力と、キャリアガスの流速との関数であってもよい。この場合、S205において、制御装置41は関数を参照し、単位必要蒸発量に対応する複数の制御パラメータの値を算出してもよい。
【0097】
なお、相関曲線を利用するS205の処理は必ずしも実行されなくてもよい。例えば、1又は複数の制御パラメータは、対象香気成分Aに対応づけて予め定められていてもよい。この制御パラメータは予め実験的に算出された、対象香気成分Aの蒸発にとって望ましい値であってよい。
【0098】
次に、制御装置41は、S205で取得した制御パラメータで蒸発システム1を運転する(S206、蒸発工程)。すなわち、制御装置41は、真空ポンプ31、ヒータ32、攪拌モータ14b、原料供給ポンプ34、原料戻しポンプ35、及びキャリアガスポンプ33を駆動する。また、制御装置41は、S205で取得した制御パラメータに従って、当該制御パラメータに係る装置を駆動する。制御装置41がポンプ34・35を駆動するため、原料タンク51内の原料はシリンダ11に繰り返し供給され、原料は蒸発器10と原料タンク51との間を循環する。そして、原料から対象香気成分Aが蒸発し、原料に含まれる対象香気成分Aの量が低減する。これにより、原料が発する香気成分のバランスが変化する。
【0099】
次に、制御装置41は、対象香気成分Aについて、シリンダ11を通過する原料からの実蒸発量と、S205で算出した単位必要蒸発量との差(蒸発量差)を算出する(S207)。実蒸発量の算出は、例えば、ガス成分測定器21の出力から得られる対象香気成分Aの濃度と、ガス流量計22の出力から得られるガス流速とに基づいて算出されてよい。実蒸発量が単位量の原料からの蒸発量である場合には、濃度と、ガス流速と、原料流量計26の出力から得られる原料の供給速度とに基づいて、実蒸発量を算出してもよい。
【0100】
次に、制御装置41は、S207で算出された蒸発量差に基づいて、蒸発システム1の運転条件(制御パラメータ)を調整する(S208、調整工程)。具体的には、制御装置41は、S205において算出した制御パラメータの値を、蒸発量差に応じた量だけ変更する。例えば、制御パラメータがシリンダ11内の圧力であり、且つ、実蒸発量が単位必要蒸発量に達していない場合、蒸発量差に応じた量だけシリンダ11内の圧力が下がるように、真空ポンプ31を駆動する。
【0101】
次に、制御装置41は、蒸発処理において蒸発した対象香気成分Aの量を積算し、積算した量を総実蒸発量として算出し(S209)、S209において算出した総実蒸発量がS204で算出した総必要蒸発量に達したか否かを判定する(S210)。そして、総実蒸発量が未だ総必要蒸発量に達していない場合、S206に戻り、以降の処理を実行する。このS206、S209、及びS210の処理を繰り返すことによって、原料タンク51の原料が蒸発器10に繰り返し供給され、原料中の対象香気成分Aの濃度が徐々に低下する。また、S207、S208によって、制御パラメータも、実蒸発量が予定した蒸発量(単位必要蒸発量)に近づくように調整されることとなる。
【0102】
S211において総実蒸発量が総必要蒸発量に達すると、制御装置41は蒸発システム1の運転を停止した上で、蒸発処理を経た原料が発する対象香気成分Aの濃度を測定し、その濃度が基準範囲に収まっているか否かを判定する(S211)。S211の処理は、図3のS108と同様であってよい。
【0103】
S211において、蒸発処理を経た原料が発する対象香気成分Aの濃度が基準範囲に収まっている場合、制御装置41は今回の蒸発処理を終了する。一方、S211の判定において、対象香気成分Aの濃度が基準範囲に収まっていない場合には、今回の運転によって処理された原料は製品としては適当でない可能性があるので、制御装置41は、その旨を作業者に報知する(S212)。この報知は、例えば、表示装置43に予め規定された警告を表示してもよい。
【0104】
図4で示した製造方法によると、目標濃度に近しい濃度の香気成分Aを発する製品が製造できる。例えば、香気成分Aによる香気が強いときに、この製造方法を利用すれば、香料等を加えることなく、望ましい香気を実現できる。また、例えば原料の予定処理量に応じて制御パラメータを調整することで、蒸発処理の完了までに要する時間をコントロールできる。
【0105】
[製造方法の第3の例]
食品材料など、香気を発する多くの製品は、複数の香気成分を含有している。そのため、ある香気成分を蒸発させると、量に違いはあるものの、他の香気成分も蒸発してしまうことがある。例えば、香気成分Aを蒸発させるために、ある圧力・温度で蒸発システム1を駆動すると、量は少ないものの香気成分B・Cも蒸発してしまい、その結果、原料から発される香気成分B・Cの濃度が望ましい値より下がってしまうことが起こりえる。つまり、香気成分Aの必要蒸発量だけに注目して、蒸発システム1の運転条件(制御パラメータ)を定めることが、適切でない場合が起こりえる。
【0106】
そこで、複数種の香気成分が良好なバランスで蒸発するように、複数の制御パラメータが算出されてもよい。この場合、複数種の香気成分のそれぞれの必要蒸発量を入力とし、複数の制御パラメータの値を出力する機械学習モデルが利用されてもよい。以下では、この機械学習モデルを「制御パラメータ算出モデル」と称する。
【0107】
図6は、このような制御パラメータ算出モデルの例を示す概念図である。制御パラメータ算出モデルとしては、ニューラルネットワークなどの回帰モデルを利用できる。図6では、ニューラルネットワークを例として示している。入力層の値は、例えば、蒸発システム1において蒸発させる香気成分A~Hの蒸発量(総必要蒸発量)であり、出力層の値は、例えば上述した制御パラメータ1~5の値である。
【0108】
制御パラメータ算出モデルは、複数種の香気成分の蒸発量と複数の制御パラメータの値とを1セットとして含むデータを、教師データとして利用して生成される。すなわち、ある運転条件(制御パラメータ)で蒸発システム1を作動させて、それによって得られる複数種の香気成分のそれぞれの蒸発量を測定する。そして、運転条件(制御パラメータ)を少し変更して、蒸発システム1を作動させて、それによって得られる複数種の香気成分のそれぞれの蒸発量を測定する。このような作業を複数回繰り返す。このようにして得られる制御パラメータと、測定された各香気成分の蒸発量とが、教師データとして利用される。学習が進むにつれて、制御パラメータと、各香気成分の蒸発量との関係度合いが反映された機械学習モデルが生成される。各香気成分の蒸発量は、ガス成分測定器21から得られる情報(香気成分の濃度)と、ガス流量計22の出力から得られるガス流量との乗算によって得られる。このような機械学習は制御装置41によって実行されてよい。
【0109】
図7は、このような制御パラメータ算出モデルを利用する場合の製造方法の例を示すフロー図である。ここでは、複数種の香気成分A~Hの含有量を低減し、香気バランスを調整する例について説明する。なお、以下では、図3で参照した方法との相違点を中心に説明する。説明の無い事項は、図3の例と同様であってよい。
【0110】
まず、制御装置41は、原料タンク51に貯蔵されている原料から発される複数種の対象香気成分A~Hの濃度を測定する(S301)。この測定は、S101と同様に、例えば、攪拌翼14aを回転させない状態(蒸発システム1を作動させない状態)で、ガス成分測定器21から得られる情報に基づいて行われる。S301の濃度測定は、原料を原料タンク51に入れる前に行われてもよい。
【0111】
次に、制御装置41は、複数種の対象香気成分A~Hについての目標濃度と、S301で測定した濃度との差(濃度差)を算出する(S302)。ここで目標濃度とは、例えば、望ましい香気バランスを有する製品が発する対象香気成分A~Hの濃度である。制御装置41は、複数種の対象香気成分A~Hのそれぞれについて、濃度差を算出する。次に、制御装置41は、S302で算出した濃度差に基づいて、単位量の原料からの必要蒸発量(単位必要蒸発量)を、複数種の対象香気成分A~Hのそれぞれについて算出する(S303)。
【0112】
次に、制御装置41は、原料の予定処理量と、S303で算出した単位必要蒸発量とに基づいて、予定処理量の原料から蒸発させることが必要な香気成分の量(総必要蒸発量)を、各対象香気成分A~Hのそれぞれについて算出する(S304、算出工程)。制御装置41は、具体的には、各対象香気成分A~Hの単位必要蒸発量に予定処理量を乗算することで、総必要蒸発量を算出してよい。
【0113】
次に、制御装置41は、複数の対象香気成分A~Hのそれぞれの総必要蒸発量を、制御パラメータ算出モデルに入力し、複数の制御パラメータ1~5の値を得る(S305)。そして、S305で得られた値で蒸発システム1を運転する(S306、蒸発工程)。
【0114】
次に、制御装置41は、複数の対象香気成分A~Hそれぞれについて、蒸発処理において蒸発した量を積算し、積算した量を総実蒸発量として算出する(S307)。制御装置41は、例えば、対象香気成分Aについて、ガス成分測定器21の出力から得られる対象香気成分Aの濃度と、ガス流量計22の出力から得られるガス流速とに基づいて実蒸発量を算出する。制御装置41は、このように算出する蒸発量を蒸発処理の過程で積算し、積算した量を総実蒸発量とする。制御装置41は、他の対象香気成分B~Hについても同様の処理を行い、各対象香気成分A~Hについて総実蒸発量を算出する。
【0115】
次に、制御装置41は、S307において算出した総実蒸発量がS304で算出した総必要蒸発量に達したか否かを判定する(S308)。ここでは、制御装置41は、例えば、複数種の対象香気成分A~Hの一部(1又は複数種)の総実蒸発量が総必要蒸発量に達したか否か、或いは、全ての対象香気成分A~Hの総実蒸発量が総必要蒸発量に達したか否かを判定してよい。
【0116】
そして、S308において総実蒸発量が未だ総必要蒸発量に達していない場合、S306に戻り、以降の処理を実行する。S306、S307、及びS308の処理を繰り返すことによって、原料タンク51の原料が蒸発器10に繰り返し供給され、原料中の複数種の対象香気成分A~Hの濃度が、良好なバランスに調整される。
【0117】
S308において総実蒸発量が総必要蒸発量に達すると、制御装置41は蒸発システム1の運転を停止した上で、蒸発処理を経た原料が発する対象香気成分A~Hのそれぞれの濃度を測定し、その濃度が基準範囲に収まっているか否かを判定する(S309)。S309における濃度測定は、S301と同様、処理対象の原料が消費者によって消費される環境に近しい環境において実行されてよい。S309の濃度測定は、ガス成分測定器21によって行われてもよいし、蒸発処理後の原料が発する香気成分を測定する専用のガス成分測定器によって行われてもよい。
【0118】
S309において、蒸発処理後の原料が発する対象香気成分A~Hの濃度が基準範囲に収まっている場合、例えば、各対象香気成分A~Hの濃度と目標濃度との差が閾値以下である場合、制御装置41は今回の蒸発処理を終了する。一方、S309の判定において、対象香気成分A~Hのいずれかの濃度が基準範囲に収まっていない場合には、今回の運転によって処理された原料は製品としては適当でない可能性があるので、制御装置41は、その旨を作業者に報知する(S310)。この報知は、例えば、表示装置43に予め規定された警告を表示してもよい。
【0119】
なお、機械学習モデルを利用する製造方法は、図7で例示するものに限られない。例えば、蒸発システム1を運転している間、制御装置41は、単位時間あたりの対象香気成分A~Hの実蒸発量や、単位量の原料からの対象香気成分A~Hの実蒸発量を監視してもよい。そして、この実蒸発量が基準範囲から外れている場合、運転条件が適当でない可能性がある。そのため、制御装置41は、例えば、蒸発システム1の運転を停止し、その旨を作業者に報知してもよい。この報知も、表示装置43に予め規定された警告を表示してもよい。
【0120】
また、機械学習モデルを利用する製造方法においても、図4を参照しながら説明した方法と同様に、原料を原料タンク51と蒸発器10との間で循環させる過程において、蒸発システム1の運転条件(制御パラメータ)を調整してもよい。
【0121】
例えば、制御装置41は、複数種の対象香気成分A~Hのそれぞれについて、単位時間あたりの実蒸発量(単位実蒸発量)や、単位量の原料から実蒸発量(単位実蒸発量)を監視し、その単位実蒸発量が基準範囲から外れている場合には、単位実蒸発量が基準範囲に向かって変化するように、運転条件を調整してよい。例えば、対象香気成分Aの単位蒸発量が基準範囲から外れている場合で、且つ、対象香気成分Aに係る制御パラメータ(例えば、対象香気成分Aの蒸発量に影響する主要な制御パラメータ)がシリンダ11内の圧力である場合、制御装置41は圧力が下がるように真空ポンプ31を駆動してよい。
【0122】
本開示で提案する制御方法は、原料の予定処理量から、原料中の香気成分の総必要蒸発量を算出する算出工程(S104、S204、S304)、原料を蒸発システムに供給し、原料から香気成分の一部を蒸発させる蒸発工程(S105、S206、S306)、蒸発工程において蒸発した香気成分の量を積算し、積算した量を総実蒸発量として算出する積算工程(S106、S209、S307)とを含む。総実蒸発量が総必要蒸発量に達するまで、蒸発工程を繰り返し実行する。
【0123】
なお、本開示で提案する製造方法は、図等を参照しながら説明した例に限られない。
【0124】
例えば、図3図4図7で説明した製造方法では、各手順は制御装置41が実行していた。しかしながら、これらの図で示す手順の一部は作業者が実行してもよい。
【0125】
[製造方法の第4の例]
また、本開示の好ましい実施態様によれば、食品の原料から香気成分を蒸発させる上記蒸発システムにおいて、測定対象となる香気成分は、真空度と温度に応じた蒸発量の変動レベルを指標として選択し、峻別しうるものであることが好ましい。このような香気成分は、香気バランスの変化を確認し、製品の香りバランス調整するうえで有利に利用することができる。
【0126】
真空度と温度に応じた蒸発量の変動レベルは食品原料によって適宜変動することから、食品原料毎に選択してもよい。例えば、カカオを含有する食品では、45℃付近の加熱処理で相対的に蒸気圧が高い香気成分を優先的に蒸発させ、また例えば真空度-0.08MPa付近の真空処理で相対的に蒸発が難しい蒸気圧が低く親油性寄りの香気成分を蒸発させたることができる。
【0127】
また、本開示の好ましい実施態様によれば、原料が発する複数種の香気成分を蒸気圧(20~25℃)とオクタノール/水分配係数(logKow)に基づいて複数の群に分類し、複数の群毎に蒸発システムの制御パラメータを決定することが好ましい。「蒸気圧」とは、液体と蒸気が気液平衡の状態にあるときの 蒸気の圧力のことをいう。また、「オクタノール/水分配係数(logKow)」とは、極性がないオクタノールと極性がある水の2層の液中に化学物質を入れた際、どちらの液にどれだけ溶けるか、その濃度の割合をlogでとった値をいう。香気成分の上記情報は、例えば、PubChem等により入手することができる。本開示の方方法のように複数の群毎に蒸発システムの制御パラメータを決定することは、食品の香気バランスが所定の範囲となるように前記蒸発システムの運転条件を調整するうえで有利である。
【0128】
例えば、カカオに含まれる香気成分は300種に上るといわれている。しかしながら、本開示の一実施態様によれば、香気成分は14成分を選択してもよい。香りは成分量に比例するわけではなく、複合臭として複数の成分が存在して初めて新たな香りとして感知されたり、成分ごとに官能閾値が存在して少量でも強力な香り強度をもつ成分が存在する。そのため、一般的に香り研究では微量の香気成分も分析対象とすることが多い。しかし、微量香気成分はGC-MSの分析において検出誤差が大きくなる点、類似の分子構造の成分が同時に検出された場合に検出ピークが被り正確な検出が困難な点、といった分析上の課題が多々存在するために、香気成分の最も信頼できる分析手法であるGC-MSは、成分量を正確に把握できない課題がつきまとう。そのために、従来、香気成分の揮発挙動のパターン化は困難で難解であった。
【0129】
このような技術状況下、本開示によれば、ノイズとなる香気成分(微量、ピークが被る、といった分析困難な成分)を敢えて排除し、検出が安定的である成分に絞ってクラスター解析を実施することにより、香気成分を蒸気圧とオクタノール/水分配係数(logKow)に基づいて複数の群に分類し、複数の群毎に蒸発システムの制御パラメータを決定し、香気を制御しうることが本開示者らの後述する実験により明らかとなった。
上記香気成分を複数の群に分類する際に用いられる蒸気圧は、例えば、20~30℃、好ましくは20~25℃、より好ましくは25℃におけるものである。
【0130】
複数種の香気成分を蒸気圧とオクタノール/水分配係数に基づいて複数の群の数は特に制限されず、製品の種類、性質に応じて適宜決定することができるが、例えば、6~14個、好ましくは4~5個、より好ましくは2~3個の群に調整することが好ましい。
【0131】
本開示のより具体的な態様によれば、上記複数の群は、それぞれ独立して、以下の(A1)~(D1)のいずれかを満たす:
(A1)蒸気圧範囲11.3~173mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲-1.3~1.8、
(B1)蒸気圧範囲1.6~9.78mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲1.2~3.4、
(C1)蒸気圧範囲1.5~3.3mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲-0.7~0.8
(D1)蒸気圧範囲-0.9~3.1mmHg、かつオクタノール/水分配係数範囲0.0~0.6。
【0132】
また、本開示の一実施態様によれば、(A1)において、蒸気圧範囲は好ましくは11.3~300mmHg、より好ましくは11.3~173mmHgである。また、本開示の一実施態様によれば、(A1)において、オクタノール/水分配係数範囲は好ましくは―2.0~8.20mmHg、より好ましくは-1.3~1.80mmHgである。
【0133】
また、本開示の一実施態様によれば、(B1)において、蒸気圧範囲は好ましくは1.5~300mmHg、より好ましくは1.6~9.78mmHgである。また、本開示の一実施態様によれば、(A1)において、オクタノール/水分配係数範囲は好ましくは1.2~8.2mmHg、より好ましくは1.2~3.4mmHgである。
【0134】
また、本開示の一実施態様によれば、(C1)において、蒸気圧範囲は好ましくは1.5~300mmHg、より好ましくは1.5~3.3mmHgである。また、本開示の一実施態様によれば、(A1)において、オクタノール/水分配係数範囲は好ましくは―2.0~1.2mmHg、より好ましくは-0.7~0.8mmHgである。
【0135】
また、本開示の一実施態様によれば、(D1)において、蒸気圧範囲は好ましくは―2.0~5.0mmHg、より好ましくは-0.9~3.1mmHgである。また、本開示の一実施態様によれば、(A1)において、オクタノール/水分配係数範囲は好ましくは0.0~8.2mmHg、より好ましくは0.0~0.6mmHgである。
【0136】
また、本開示の一実施態様によれば、前記複数の群が、それぞれ独立して、以下の(A2)~(D2)から選択されるいずれかの化合物群を含む:
(A2)2-メチルプロパナール、酢酸エチル、ブタン-2-オン、エタノール、ブタン-2,3-ジオン、ペンタナール、3-メチルブタナール、2-メチルブタナール、ギ酸、ペンタン-2-オン、(メチルジスファニル)メタン、酢酸、及びヘキサナールから選択される2~494個の化合物を含む化合物群、
(B2)1-メチル-4-プロプ-1-エン-2-イルシクロヘキセン、ノナナール、ノナン-2-オン、ヘプタン-2-オール、酢酸3-メチルブチル、酢酸ペンタン-2-イル、ペンタン-1-オール、ベンズアルデヒド、ペンタン-2-オール、及び3-メチル-1-ブタノールから選択される2~494個の化合物を含む化合物群、
(C2)2-メチルプロパン酸、ブタン酸、2-エチルピラジン、2,5-ジメチルピラジン、2,3-ジメチルピラジン、フラン-2-カルバルデヒド、プロパン酸、3-ヒドロキシブタン-2-オン、及び1-ヒドロキシプロパン-2-オンから選択される2~494個の化合物を含む化合物群、
(D2)フラン-2-イルメタノール、オキソラン-2-オン、3-メチルブタン酸、2-フェニルアセトアルデヒド、3,7-ジメチルオクタ-1,6-ジエン-3-オール、2-エチルヘキサン-1-オール、2-メトキシフェノール、フェニルメタノール、2-フェニルエタノール、ヘキサン酸、及びアセトアミドから選択される2~494個の化合物を含む化合物群。
【0137】
また、本開示の一実施態様によれば、(A2)は、上記化合物のうち、好ましくは2~20個、より好ましくは21~100個、より一層好ましくは101~494個の化合物を含む化合物群である。
【0138】
また、本開示の一実施態様によれば、(B2)は、上記化合物のうち、好ましくは2~20個、より好ましくは21~100個、より一層好ましくは101~494個の化合物を含む化合物群である。
【0139】
また、本開示の一実施態様によれば、(C2)は、上記化合物のうち、好ましくは2~20個、より好ましくは21~100個、より一層好ましくは101~494個の化合物を含む化合物群である。
【0140】
また、本開示の一実施態様によれば、(D2)は、上記化合物のうち、好ましくは2~20個、より好ましくは21~100個、より一層好ましくは101~494個の化合物を含む化合物群である。
【0141】
また、本開示の一実施態様によれば、上記香味成分と、香りの特徴との相関を参照して、上記化合物群毎に化合物の蒸発条件を制御することにより、製品に付与される所望の風味に応じて適宜決定することができる。
【0142】
本発明の好ましい実施態様において、香気を発する食品の製造方法おいて使用される蒸発システムは、上述のとおり、薄膜揮発装置である。蒸発システムにおける処理温度や真空度等の運転条件は、特に限定されず、香気成分分析に結果に応じて食品の種類、性質に応じて適宜調整してよいが、カカオを含有する食品の場合、蒸発システムにおける処理真空度は、例えば0~200℃、好ましくは30~90℃、好ましくは45℃~80℃である。また、蒸発システムにおける処理真空度は、例えば、-0.10~0MPa、好ましくは-0.09~0MPa、より好ましくは-0.08~0MPaである。
【実施例0143】
以下、本開示を実施例により説明するが、本開示は実施例により限定されるものではない。なお、本開示の測定方法および単位は、特段の記載のない限り、日本工業規格(JIS)の規定に従う。
【0144】
試験例1
図2に示される薄膜揮発装置を用い、チョコレート生地を試験サンプルとして操作パラメータごとの揮発効果をGC-MSで確認することにより、香気成分の揮発パターンを統計処理により数値把握し、目的香気を揮発制御できる技術を以下の手法に従い検討した。
【0145】
チョコレート生地の製造
チョコレート原料(カカオマス60質量%、砂糖29.6質量%、ココアバター10.0質量%、レシチン0.3質量%、乳化剤0.1質量%)の全量を密閉粉砕機(ボールミル)に投入し、混合した原料について粒子径D90が30μm以下となるまで磨砕して、チョコレート生地を得た。カカオマスは、ブラジル産カカオ豆由来のカカオニブを密閉環境下で粉砕することによりチョコレート生地を得、薄膜揮発装置に適用した。なお、粒度の測定は、レーザー回折式粒度分布測定装置(株式会社島津製作所、SAL-2200)により体積基準で行った。
【0146】
薄膜揮発装置の操作パラメータとしては、撹拌回転数、ジャケット温度、真空度、エア流量、生地流量を変動させ、その際できた生じたチョコレート生地の香気成分変化をGC-MS(アジレント・テクノロジー社製)にて測定した。
【0147】
その結果は、図8に示される通りであり、真空操作(真空度)と加熱操作(ジャケット温度)が香気バランスを変化させることに効果的であることがわかった。このことから、操作パラメータによって揮発しやすい香気成分、揮発しにくい香気成分の特性を分類できることが示唆された。
【0148】
次に、操作パラメータのうち、特に「真空度」と「ジャケット温度」によって香気バランスが大きく変化することから、「真空度」と「ジャケット温度」を変えた時の香気量の経時変化値を階層型クラスター解析(Ward法)した。
【0149】
その結果は、図9Aに示される通りであり、香気群の蒸発パターンは4つのクラスター(群)(A2の一部)(B2の一部)(C2の一部)(D2の一部)に分類されることを見出した。
【0150】
なお、ここで、クラスター解析には、表1に示される成分を対象として選択した。これまでの予備実験ではすべての香気成分でクラスター解析など統計処理をおこなったがGCMS数値が安定しない成分が含まれると解析ノイズとなり、正しいクラスター解析が不可能であった。そこで、表1に示されるGCMS数値が安定した成分に対象を絞ったことで、4つのクラスターに分類できることを見出すことができた。
【0151】
【表1】
【0152】
また、従来より香気成分の分子特徴として、「蒸気圧」「オクタノール/水分配係数(logKow)」「分子量」「OH基の数」「H基の数」「炭素鎖数」「沸点」「融点」「溶解性」「密度」「表面張力」「粘度」といった成分ごとの固有値のうち、どの特徴が香気において重要かソフトウェアJMPを用いて検討した。なお、以下の実験において、「蒸気圧」は25℃の場合について検討し、20~25℃においても同様の結果が得られることを確認している。
【0153】
その結果、図9Bに示される通りであった。「蒸気圧」「オクタノール/水分配係数(logKow)」の2軸に香気成分を分布させると、上記4つの揮発パターンクラスター(群)が分離され、香気揮発にはこの2軸が重要であることが示された。
【0154】
なお、上記4つの揮発パターンクラスター(群)の「蒸気圧」「オクタノール/水分配係数(logKow)」の具体的な情報は以下の表4に示される通りであった。
【0155】
【表2】
【0156】
工業的な機械操作で見出された揮発現象は、口中での香りの発現と原理的に同じことが起きているといえる。したがって、工業的な機械操作によって作り出された香気バランスは、直接的に、口中の香気発現を調整することにつながると考えられる。また、各香気成分とその記述子(香りの特徴)は公知情報および完納表から関連付けすることができる。したがって、上記実験から、図9Bに示される「蒸気圧」「オクタノール/水分配係数」の2軸にカカオ香気成分をプロットしたグラフを工業的・官能評価的な香気成分揮発現象の参考情報として、機械操作を行うことにより複数の香気成分の蒸発を制御し、最終製品を得ることができる。
【0157】
試験例2
カカオの好ましくない香りとして「solvent」(ソルベント:溶剤のような香り)がある。原因物質は酢酸3-メチルブチルであり、この香気成分はある量まで少なくなると逆に好ましい香りである「fruity」(フルーティー)様の香りとして感知される。よって、過剰な酢酸3-メチルブチル量を調整することが求められる。試験例1において、図10Bの解析図によれば、酢酸3-メチルブチルは80℃条件で揮発しやすい特徴を持つことが明らかとなった。
【0158】
そこで、試験例1に準じて80℃ジャケット温度の装置で運転条件を制御してチョコレートを処理することにより、酢酸3-メチルブチルを制御し、チョコレートの官能評価を実施した。なお、官能評価には年数回のカカオ食品の風味判定試験に合格し選抜された専門パネル13名による評価である。評価対象となるチョコレート原料としてはペルー産のカカオ豆を使用した。評価項目はペルー産カカオ豆の事前風味調査の自由意見でコメントが見られたフレーバーとして、8項目(acidity(アシディティー)、fruity(フルーティー)、solvent(ソルベント)、cacao(カカオ)、roast(ロースト)、floral(フローラル)、astringency(アストリンジェンシー)、preference level(プレファレンスレベル))とした。
【0159】
図10は、蒸発処理により得られたサンプルの官能評価結果を示す。一般的にチョコレートにおいてネガティブな香りとして捉えられる「solvent(ソルベント)」を選択的に低減できている。上記試験の結果から、特定の香味のバランスを調整できることが示された。
【0160】
試験例3
上記試験結果から、ジャケット温度と真空度を組み合わせ、香料(足し算)を使わずに、マスキング効果のある香気成分を除去(引き算)することで、図9Bに示される香気成分の揮発パターンを参照して装置の運転条件を制御すれば、同じチョコレート生地からであっても、異なる香気バランスとすることができると考えられる。そこで、一つのチョコレート生地から特徴が異なる複数のフレーバーを表現できることか、図9Bに示される香気成分の揮発パターンを参照して運転条件を変化させ、4つの試験サンプルを製造し、官能評価を実施した。官能評価は年数回のカカオ食品の風味判定試験に合格し選抜された専門パネル13名による。また、評価対象となるチョコレート原料としてはドミニカ産のカカオ豆を使用した。また、評価項目はドミニカ産カカオ豆の事前風味調査の自由意見でコメントが見られたフレーバーとして、4項目(レーズン、プルーン、杏などのドライフルーツ群、チェリー、ラズベリー、グレープ、カシスなどのレッドベリー群、オレンジ、レモンなどのシトラス群、リンゴ、応答、バナナ、パイン、プラム、生の杏などその他の群)を選択した。
【0161】
図11では、蒸発処理により得られたサンプルの官能評価結果グラフを示す。図12では、同じ一つの生地から特徴が異なる複数のフレーバーを表現できるが示されており、香料(足し算)を使わずに、マスキング効果のある香気成分を除去(引き算)することで、素材のもつ好ましい香りを引き出すことができることが示された。
【0162】
試験例4
また、試験例3と同様のサンプルを用い、装置の運転条件を制御し、TDS(質的経時変化測定法:Temporal Dominance of Sensations、感性・官能評価システムJ-SEMS)を実施した。ここで、TDS法とは、複数の官能特性の経時的変化を1回の評価で捉えられる手法であり、時間軸を導入したフレーバーデザインツールとして、主に香料業界や食品業界で活用される。本実験ではサンプルを味わい、最も印象的に感じられた「味」と「風味」について経時的に回答し、N=14(人)の結果を統計処理した上で曲線とし、可視化した。
【0163】
結果は、図12Aおよび図12Bに示される通りであった。ここで、図12Aおよび図12Bでは、印象的な項目(nature(ネイチャー)、fermentation(ファーメンテーション;発酵香)、acidity(アシディティー)、fruity(フルーティー)、solvent(ソルベント)、cacao(カカオ)、roast(ロースト)、floral(フローラル)、astringency(アストリンジェンシー)、bitterness(ビターネス))に関し、揮発処理前後の経時的な変化を示す。
【0164】
揮発処理前ではトップに「solvent(ソルベント)」が感じられる品質のチョコレートを揮発処理すると、トップに「fermentation(ファーメンテーション)」、ミドルに「acidity(アシディティー)」「fruity(フルーティー)」が感じられる品質に調整できていることが示されている。すなわち、蒸気圧が高い成分に「solvent(ソルベント)」成分が含まれ、それが取り除かれることにより、次に蒸気圧が高い「fermentation(ファーメンテーション)」「acidity(アシディティー)」「fruity(フルーティー)」が感じられる、という現象を視覚的に捉えることができる。以上の結果から、蒸気圧と蒸発システムにおける処理真空度は、によってその揮発パターンを推定できる新指標を用いて、揮発装置の運転条件を制御して香気成分の揮発パターンを作り出し、従来のように香料を添加することなく、目的の香気バランスに仕上げる手法を確立することができた。
【符号の説明】
【0165】
1:香気成分蒸発システム(蒸発システム)
10:蒸発器
11:シリンダ
11d:原料受け部
11e:ガス供給口
11f:ガス排出口
12a:原料供給口
13:ジャケット
13a:熱媒流路
14a:攪拌翼
14b:攪拌モータ
21:ガス成分測定器
22:ガス流量計
23:圧力計
24:攪拌速度計
25:温度計
26:原料流量計
31:真空ポンプ
32:ヒータ
33:キャリアガスポンプ
34:原料供給ポンプ
35:原料戻しポンプ
41:制御装置
42:入力装置
43:表示装置
51・52:原料タンク
55a・55b:切換バルブ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9A
図9B
図10
図11
図12A
図12B