(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-08
(45)【発行日】2022-01-12
(54)【発明の名称】球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を予測する方法
(51)【国際特許分類】
B22D 27/20 20060101AFI20220104BHJP
B22D 46/00 20060101ALI20220104BHJP
C22C 37/04 20060101ALI20220104BHJP
【FI】
B22D27/20 C
B22D46/00
C22C37/04 Z
(21)【出願番号】P 2017185591
(22)【出願日】2017-09-27
【審査請求日】2020-08-18
(31)【優先権主張番号】P 2016199417
(32)【優先日】2016-10-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】中道 義弘
【審査官】酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-155230(JP,A)
【文献】特開2002-192328(JP,A)
【文献】特開2010-052019(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 27/20,46/00-47/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を予測する方法であって、
鋳物要素を含む解析モデルを作成する要素作成工程(S1)と、
球状黒鉛鋳鉄からなる溶湯が前記鋳物要素を流動し充填されて前記球状黒鉛鋳鉄の共析変態温度よりも低い温度に冷却されるまでの期間の前記鋳物要素の伝熱を経時的に解析して、前記鋳物要素の時刻と温度との組データを取得する冷却履歴解析工程(S2)と、
前記球状黒鉛鋳鉄の化学成分値を与える化学成分値設定工程(S3)と、
前記鋳物要素の冷却速度を計算するための設定温度を与える温度設定工程(S4)と、
前記鋳物要素の組データに基づいて前記鋳物要素の最高温度を求める最高温度計算工程(S5)と、
前記設定温度と前記組データとに基づいて、共晶凝固の冷却速度を計算する第1の冷却速度計算工程(S61)、共晶凝固後の冷却速度を計算する第2の冷却速度計算工程(S62)及び共析変態の冷却速度を計算する第3の冷却速度計算工程(S63)を含む冷却速度計算工程(S6)と、
前記最高温度、前記共晶凝固の冷却速度、前記共晶凝固後の冷却速度、前記共析変態の冷却速度
、及び前記化学成分値に基づ
く変数、を変数とする硬度予測式により前記鋳物要素の硬度を計算する硬度計算工程(S7)と
を有することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を予測する方法。
【請求項2】
前記化学成分値設定工程(S3)で与える化学成分値は元素として少なくともC、Si、Cu及びMnを含む請求項1に記載の球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を予測する方法。
【請求項3】
前記硬度計算工程(S7)は、前記最高温度、前記共晶凝固の冷却速度及び少なくとも元素としてCとSiを含む化学成分値に基づいて前記鋳物要素の黒鉛粒数を計算する黒鉛粒数計算工程(S71)を含む請求項1又は請求項2に記載の球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を予測する方法。
【請求項4】
前記硬度計算工程(S7)は、前記共析変態の冷却速度と前記共晶凝固後の冷却速度との相対値の計算を含む請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を予測する方法。
【請求項5】
前記硬度計算工程(S7)で計算される鋳物要素の硬度を画像として出力する硬度出力工程(S8)を有する請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を予測する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を予測する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属材料の強度その他の機械的特性は、硬度と強い相関があることが知られている。自動車向けの構造用部材として多用される球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度をシミュレーションによって予測する方法に関しては、例えば特許文献1に、解析モデルの鋳物要素における共晶凝固開始付近の冷却速度と鋳物の硬度とが比例関係にあることが記載されており、冷却速度を解析で求めることによって硬度を予測することが可能であることが示唆されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
球状黒鉛鋳鉄鋳物の各部位の硬度を精度よく予測できれば、引張強さや耐力、伸びなどの自動車部品として必要な機械的特性を、実際の鋳造を行わずに精度よく予測することが可能となって、試作工数の削減による開発期間の短縮などが期待できる。しかし、特許文献1に記載のような、ある一つの温度範囲の冷却速度のみをシミュレーションで求めて硬度を予測する方法では、精度が不十分であることがわかった。
【0005】
このため、本発明は球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度をシミュレーションにより精度よく予測する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は実際に測定した球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度と、硬度を測定した部位の近傍で実測した凝固冷却温度曲線及び化学成分値との関係を丹念に調べたところ、球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度は共晶凝固付近の冷却速度以外の冷却速度や黒鉛粒数、化学成分値などにも強い相関があることを見出し、本発明に想到した。なお、本発明において、共晶凝固付近の冷却速度を「共晶凝固の冷却速度」と、共析変態温度付近の冷却速度を「共析変態の冷却速度」ということがある。
【0007】
すなわち本発明は、球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を予測する方法であって、
鋳物要素を含む解析モデルを作成する要素作成工程(S1)と、
球状黒鉛鋳鉄からなる溶湯が前記鋳物要素を流動し充填されて前記球状黒鉛鋳鉄の共析変態温度よりも低い温度に冷却されるまでの期間の前記鋳物要素の伝熱を経時的に解析して、前記鋳物要素の時刻と温度との組データを取得する冷却履歴解析工程(S2)と、
前記球状黒鉛鋳鉄の化学成分値を与える化学成分値設定工程(S3)と、
前記鋳物要素の冷却速度を計算するための設定温度を与える温度設定工程(S4)と、
前記鋳物要素の組データに基づいて前記鋳物要素の最高温度を求める最高温度計算工程(S5)と、
前記設定温度と前記組データとに基づいて、共晶凝固の冷却速度を計算する第1の冷却速度計算工程(S61)、共晶凝固後の冷却速度を計算する第2の冷却速度計算工程(S62)及び共析変態の冷却速度を計算する第3の冷却速度計算工程(S63)を含む冷却速度計算工程(S6)と、
前記最高温度、前記共晶凝固の冷却速度、前記共晶凝固後の冷却速度、前記共析変態の冷却速度、及び前記化学成分値に基づく変数、を変数とする硬度予測式により前記鋳物要素の硬度を計算する硬度計算工程(S7)と
を有する球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を予測する方法である。
【0008】
本発明において、前記化学成分値設定工程(S3)で与える化学成分値は元素として少なくともC、Si、Cu及びMnを含むことが好ましい。
【0009】
また、本発明において、前記硬度計算工程(S7)は、前記最高温度、前記共晶凝固の冷却速度及び少なくとも元素としてCとSiを含む化学成分値に基づいて前記鋳物要素の黒鉛粒数を計算する黒鉛粒数計算工程(S71)を含むことが好ましい。
【0010】
また、本発明において、前記硬度計算工程(S7)は、前記共析変態の冷却速度と前記共晶凝固後の冷却速度との相対値の計算を含むのが好ましい。
【0011】
さらに本発明は、前記硬度計算工程(S7)で計算される鋳物要素の硬度を画像として出力する硬度出力工程(S8)を有するのが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、球状黒鉛鋳鉄鋳物の各部位の硬度をシミュレーションによって精度よく予測する方法が提供される。これにより球状黒鉛鋳鉄鋳物の引張強さや耐力など、特に自動車用鋳物部品として設計するために必要となる機械的特性を、実際の鋳造を行わずに精度よく予測することができるようになり、試作工数の削減による開発期間の短縮などを図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】本発明を構成する冷却履歴解析工程(S2)を示す流れ図である。
【
図3】本発明を構成する冷却速度計算工程(S6)を示す流れ図である。
【
図4】本発明を構成する冷却速度計算工程(S6)の構成要素の一つである第1の冷却速度計算工程(S61)を示す流れ図である。
【
図5】本発明を構成する硬度計算工程(S7)を示す流れ図である。
【
図6】本発明の実施例による硬度の予測値と実物の硬度の実測値とを比較する図である。
【
図7】球状黒鉛鋳鉄の冷却履歴を示す凝固冷却曲線の模式図である。
【
図8】球状黒鉛鋳鉄鋳物の冷却速度とブリネル硬度との関係を実測した例であって、(a)は共析変態温度付近の冷却速度とブリネル硬度との関係、(b)は共析変態温度付近の冷却速度と共晶凝固後の冷却速度との比とブリネル硬度との関係を示す図である。
【
図9】球状黒鉛鋳鉄鋳物の黒鉛粒数とブリネル硬度との関係を実測した例を示す図である。
【
図10】球状黒鉛鋳鉄鋳物の鋳型内に注湯された溶湯の段階での最高到達温度と黒鉛粒数との関係を実測した例を示す図である。
【
図11】球状黒鉛鋳鉄鋳物の共晶凝固温度付近の冷却速度と黒鉛粒数との関係を実測した例を示す図である。
【
図12】共析変態の冷却速度のみを考慮した比較例による硬度の予測値と実物の硬度の実測値とを比較する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
前述のように、本発明者は実際の球状黒鉛鋳鉄鋳物(以下、鋳物ともいう。)の各部位の硬度と、その部位における実測した凝固冷却温度曲線及び化学成分値との関係を丹念に調べた。その結果、硬度はその部位の冷却履歴、化学成分値及び黒鉛粒数との関数であり、冷却履歴の代表値である冷却速度と化学成分値に基づく成分パラメータを適切に設定することにより、実験データから精度のよい硬度予測式と黒鉛粒数予測式を作ることができることがわかった。そしてこの知見から、CAE(Computer-aided Engineering)を用いたシミュレーションによって得られる鋳物要素の冷却履歴と、化学成分値と、実験データに基づいて予め作成した硬度予測式及び黒鉛粒数予測式とを用いることにより、鋳物の各部位の硬度を精度よく予測する方法に想到した。
【0015】
本発明は球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を予測する方法であって、鋳物要素を含む解析モデルを作成する要素作成工程(S1)と、球状黒鉛鋳鉄からなる溶湯が前記鋳物要素を流動し充填されて前記球状黒鉛鋳鉄の共析変態温度よりも低い温度に冷却されるまでの期間の前記鋳物要素の伝熱を経時的に解析して、前記鋳物要素の時刻と温度との組データを取得する冷却履歴解析工程(S2)と、前記球状黒鉛鋳鉄の化学成分値を与える化学成分値設定工程(S3)と、前記鋳物要素の冷却速度を計算するための設定温度を与える温度設定工程(S4)と、前記鋳物要素の組データに基づいて前記鋳物要素の最高温度を求める最高温度計算工程(S5)と、前記設定温度と前記組データとに基づいて、共晶凝固の冷却速度を計算する第1の冷却速度計算工程(S61)、共晶凝固後の冷却速度を計算する第2の冷却速度計算工程(S62)及び共析変態の冷却速度を計算する第3の冷却速度計算工程(S63)を含む冷却速度計算工程(S6)と、前記最高温度、前記共晶凝固の冷却速度、前記共晶凝固後の冷却速度、前記共析変態の冷却速度及び前記化学成分値に基づいて、硬度予測式により前記鋳物要素の硬度を計算する硬度計算工程(S7)とを有する。以下、本発明の詳細を図面を参照しつつ説明するが、これに限定されない。
【0016】
図1は本発明の全体構成を示す流れ図である。本発明は要素作成工程S1、冷却履歴解析工程S2、化学成分設定工程S3、温度設定工程S4、最高温度計算工程S5、冷却速度計算工程S6、硬度計算工程S7を有する。本発明は、さらに硬度出力工程S8を有してもよい。硬度予測の手順については要素作成工程S1から順を追って後述するが、先に硬度計算工程S7で用いる硬度予測式について詳細を説明する。
【0017】
(1)硬度予測式と黒鉛粒数予測式
本発明者は実際の鋳物の硬度と、その部位において実測した凝固冷却曲線及び化学成分値との関係を丹念に調べて、以下のような相関があることを見出した。
【0018】
図7は球状黒鉛鋳鉄鋳物の冷却履歴を示す凝固冷却曲線1の模式図である。凝固冷却曲線1において時刻tに伴う温度Tの推移をみると、鋳型に注湯された球状黒鉛鋳鉄の溶湯は、最高到達温度T
maxから時間の経過に伴って鋳型に抜熱されて温度が降下していくが、その過程で共晶凝固温度T
Eで黒鉛を晶出しながら凝固し、共析変態温度T
A1では組織中へのパーライト相の析出を伴う。この共晶凝固温度T
E付近と共析変態温度T
A1付近では潜熱を放出するために温度降下が緩やかになる。冷却速度とはある温度区間をそれに要した時間で除した値で一般に定義されるものであるが、凝固冷却曲線1に示すように、冷却速度は温度区間によって異なる。このため、本発明者は実験データを解析し、硬度と強い相関を示す冷却速度が得られる温度区間を調べた。
【0019】
図8は球状黒鉛鋳鉄鋳物の冷却速度とブリネル硬度との関係を実測した例である。
図8(a)は、共析変態温度T
A1付近の冷却速度とブリネル硬度H
B(以下、硬度ともいう。)との関係である。この例では、硬度の測定部位近傍における共析変態温度T
A1付近の740℃から710℃の温度区間の冷却速度V
740-710が増加するに伴って硬度H
Bも増加していく強い相関がみられた。本発明者は、球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度は、その組織中へのパーライト相の析出を伴う共析変態温度付近の冷却速度の影響を強く受けるものと推察していたが、
図8(a)に示すようにその推察が妥当であることが確認された。
【0020】
また、
図8(b)は、
図7で示す共析変態温度T
A1付近の冷却速度V
740-710と共晶凝固後の1100℃から1000℃の温度区間の冷却速度V
1100-1000との相対的な値である比V
740-710/V
1100-1000と硬度との関係を実測した例である。この例では、V
740-710/V
1100-1000が増加するに伴って硬度H
Bは減少していく関係がみられたが、この相関は特に鋳物の薄肉部分について強いことがわかった。このように、共析変態温度付近の冷却速度だけでなく、共晶凝固後の冷却速度も硬度に大きく影響することがわかった。
【0021】
また、
図9は鋳物の黒鉛粒数と硬度との関係を実測した例を示す図である。黒鉛粒数N
Gが多くなると硬度H
Bも増加する傾向がみられ、鋳物の硬度は上記のような冷却速度だけでなく黒鉛粒数にも相関があることがわかった。また
図10は、鋳型内における溶湯の段階での最高到達温度T
max(以下、最高温度ともいう。)と黒鉛粒数との関係を実測した例を示す図である。すなわち
図7で示す最高温度T
maxが大きくなると黒鉛粒数N
Gが減少する傾向が顕著にみられたことから、黒鉛粒数は最高温度と相関が強いことがわかった。さらに、
図11は共晶凝固温度付近の冷却速度と黒鉛粒数との関係を実測した例を示す図である。
図7に示す共晶凝固温度T
E付近の1160℃から1100℃の区間の冷却速度V
1160-1100が増加するに伴って黒鉛粒数N
Gも増加する傾向が強いことがわかった。以上のように、硬度は黒鉛粒数にも相関があり、さらに黒鉛粒数は最高温度と共晶凝固温度付近の冷却速度と強い相関を持つことも見出した。
【0022】
そして鋳物の硬度及び黒鉛粒数は含有する化学成分値によっても影響される。例えば、CuとMnは、硬度の高いパーライト相の析出を促進させるので鋳物の硬度を高める成分元素であることが知られている。また、CとSiは黒鉛の晶出を促進する成分元素であることも知られている。したがって、特にこれらの元素の化学成分値に基づく成分パラメータも変数として考慮することが好ましい。
【0023】
以上の知見により、球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度予測式は、これらの複数の冷却速度、黒鉛粒数及び化学成分値を変数とする関数F1として、概念的に次のように表すことができる。
HB=F1(E1,NG,V2,V3) (式1)
ここで、HB:硬度
E1:化学成分値に基づく第1の変数
NG:黒鉛粒数
V2:共晶凝固後の冷却速度
V3:共析変態の冷却速度
である。
【0024】
ところで、黒鉛粒数NGについてはその予測式を関数F2として、概念的に次のように表すことができる。
NG=F2(E2,V1,Tmax) (式2)
ここで、E2:化学成分値に基づく第2の変数
V1:共晶凝固の冷却速度
Tmax:最高温度
である。
【0025】
なお、上記のように関数F2で表される黒鉛粒数NGは、関数F1の変数にもなっているので、硬度HBは、化学成分値に基づく第1の変数E1及び第2の変数E2、最高温度Tmax、共晶凝固の冷却速度V1、共晶凝固後の冷却速度V2及び共析変態の冷却速度V3を変数とする関数F1として一括して次のように表記することも可能である。
HB=F1(E1,E2,Tmax,V1,V2,V3) (式3)
【0026】
上記の(式1)~(式3)は概念的な表記であるが、実際の鋳物についての化学成分値、硬度測定部位近傍の冷却履歴(凝固冷却曲線)、硬度及び黒鉛粒数の実測データを十分に採取し、上記の各変数について、例えば重回帰分析などの回帰分析や試行錯誤的な反復計算などの解析を行うことにより、具体的な関数F1及び関数F2の式を作成することが可能である。
【0027】
本発明者は
図8~
図11に示したような実験データを十分に採取し、解析を行うことにより、以下に示す精度の高い関数形を有する硬度予測式(式4)及び黒鉛粒数予測式(式5)を作成した。但し本発明の硬度予測式及び黒鉛粒数予測式はこの関数形に限定されない。なお、硬度予測式(式4)のN
Gの項は、必ずしも黒鉛粒数予測式(式5)により求まるN
Gの値でなくてもよく、一定値として黒鉛粒数N
Gを設定してもよい。
H
B=F
1(Cu
eq,N
G,V
2,V
3)
=ω+α
1Cu
eq+α
2V
3+α
3N
G+α
4V
3/V
2 (式4)
N
G=F
2(D
CE,V
1,T
max)
=ψ
1+D
CE(β
1V
1-ψ
2)+β
2V
1+β
3T
max (式5)
【0028】
ここで、(式4)のCueqはここではCu当量と称する成分パラメータであって、化学成分値に基づく第1の変数E1に相当し、Cueq=Cu%+ξ2Mn%としている。ここでCu%はCuの、Mn%はMnの質量%を示す。また、ξ2はMnの寄与度を示す定数である。
【0029】
また、(式4)のV
3/V
2の項、すなわち共析変態の冷却速度V
3と共晶凝固後の冷却速度V
2との比は、
図8(b)に例示したような結果に基づくものである。前述したように、特に薄肉部の硬度の予測精度を高めることができるので、V
3/V
2はこれを求める工程として関数F
1に組み込んでおくことが好ましい。なお、(式4)の例ではV
3/V
2としているが、V
2とV
3との相対的な関係の指標であるので、逆数V
2/V
3を用いてもよい。なお、(式4)のV
3/V
2の項は必須ではなく、この項を除く、またはV
3/V
2に替えて共晶凝固後の冷却速度V
2のみをα
4V
2として組み込んでもよい。
【0030】
また、DCEはここでは過共晶度と称し、球状黒鉛鋳鉄の共晶組成からの過共晶側への偏差を示す成分パラメータであって、化学成分値に基づく第2の変数E2に相当する、過共晶度DCEは、DCE=Ceq-φ=C%+ξ1Si%-φとしている。ここでCeqは一般にはCE値と称される炭素当量であり、ξ1はSiの寄与度を示す定数であって、ξ1=1/3(0.33)が広く用いられている。なお、C%はCの、Si%はSiの質量%を示す。また定数φは炭素当量Ceqでみたときの共晶組成に相当する値で、一般にはφ=4.5とされている。
【0031】
また、ω、α1~α4、β1~β3及びψ1~ψ2は定数であって、硬度や黒鉛粒数に対する上記の各変数の重み(寄与度)を与えるものである。これらの定数は、鋳物の製造条件等で最適な値が異なる場合が多い。したがってこれらの定数は、硬度を予測しようとする対象の鋳物を製造する製造ラインや鋳物工場、あるいは製造する製品毎に、実測データを十分に採取し解析を適切に行うことによって、できるだけ確からしい値を求めておくことが好ましい。
【0032】
以上のような方法によって、精度の高い硬度予測式を作成することができる。以下、本発明の工程について、図面を参照しつつ順に説明する。
【0033】
(2)要素作成工程(S1)
要素作成工程S1は解析モデルを作成する工程である。この工程では、製品となる鋳物の形状データを3次元CADデータとして作成し、または予め作製された形状データを取り込んで、また、鋳造に必要な湯口、湯道、押湯、堰などの鋳造方案部の形状データ、さらに鋳物の周囲に鋳型の形状データを作成し、これらの各形状データを多面体からなる複数の微小要素(以下、要素ともいう。)に分割した後、これらの要素を鋳物または鋳型と定義し、硬度予測の対象とするn個の鋳物要素及び硬度予測の対象としない鋳物要素並びに鋳型要素を含む解析モデルを作成する。
【0034】
複数の要素の作成には、部位毎に要素に分割する位置を座標として与える方法や、所望の要素の大きさを与えれば自動で要素を生成する要素作成プログラムなどを用いてもよい。また鋳型要素の作成では、鋳物の形状データのみから鋳型の厚さを定義した簡易的な鋳型要素を鋳物要素の周囲に配してもよい。
【0035】
予め作成された鋳物の形状を取り込むための3次元CADデータの形式は、様々な形式を用いることができる。例えば、国際規格IGES(Initial Graphics Exchange Specification)形式やSTL(Stereo Lithography)形式などを利用できる。
【0036】
(3)冷却履歴解析工程(S2)
図2に冷却履歴解析工程S2の流れ図を示す。冷却履歴解析工程S2は、解析上の溶湯(以下、溶湯ともいう。)が流動している段階では第1の冷却履歴解析工程S21を、次いで溶湯が流動を停止した後から、
図7に示す共析変態温度T
A1以下である所定の温度T
ENDに到達するまでの段階は第2の冷却履歴解析工程S22を実行する工程であり、公知の湯流れ・凝固シミュレーションの手法を用いることができる。
【0037】
冷却履歴解析工程S2では、鋳物要素間と、鋳物要素と鋳型要素との間の伝熱を経時的に解析し、n個の鋳物要素毎に解析上の時刻tmと、時刻tmにおける解析上の温度Tmの組データ(tm,Tm)を取得して、電磁的な記憶手段(以下、記憶手段ともいう。)に格納する。ここで添字mは経時的な解析上の時間ステップを表し、時刻tmは初期時刻t0からm番目の時間ステップの時刻を意味する。
【0038】
(3-1)第1の冷却履歴解析工程(S21)
第1の冷却履歴解析工程S21は、溶湯が鋳物要素に充填される挙動を計算する湯流れ解析を用いる工程である。第1の冷却履歴解析工程S21では、上記要素作成工程S1で作成した鋳物要素の一部をなす湯口要素には溶湯の流入量または流入圧力を、各要素には密度、比熱、熱伝導率及び粘性係数などの物性値、初期温度及び初期圧力を、また、鋳物要素と鋳型要素間の伝熱条件として熱伝達係数を付与した後、例えばナビエストークスの式などを利用して、鋳物要素における溶湯の位置、温度、圧力などを経時的に求める。この工程において、n個の鋳物要素について時間ステップ毎の時刻と温度との組データ(tm,Tm)を得ることができる。
【0039】
(3-2)第2の冷却履歴解析工程(S22)
第2の冷却履歴解析工程S22は、溶湯の流動が停止した後から共析変態温度TA1以下の所定の温度TENDに温度が低下するまで、各要素に対して熱伝導解析を用いる工程である。第2の冷却履歴解析工程S22では、鋳物要素と鋳型要素に、密度、比熱、熱伝導率、凝固潜熱などの物性値及び第1の冷却履歴解析工程S21で得られた流動完了時点の時刻と温度の組データを付与し、鋳物要素と鋳型要素間の伝熱条件として熱伝達係数などを付与した後、すべての鋳物要素に溶湯が充填された直後からの、n個の鋳物要素の時刻と温度との組データ(tm,Tm)を経時的に求める。
【0040】
第2の冷却履歴解析工程S22は、鋳物の引け巣予測を目的に広く行われている手法と同様であり、引け巣予測を目的とする場合、通常は鋳物の凝固が終了した時点で解析を終了すればよい。しかし本発明においては、鋳物の温度が十分に低下したときの鋳物の硬度を求めることを目的としているため、凝固が終了した後も所定の温度TENDに降下するまで解析を継続する。
【0041】
解析を終了する所定の温度TENDは、球状黒鉛鋳鉄の共析変態温度TA1よりも低い温度とする。その理由は、硬度に大きな影響を及ぼすパーライト相が共析変態温度TA1を通過する過程で鋳物の組織中に析出するからである。共析変態温度TA1よりも低い温度域では球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度はあまり変化しないので、少なくとも共析変態温度TA1よりも低い温度に低下するまで解析を実施する。球状黒鉛鋳鉄の共析変態温度TA1は約730℃であるが、球状黒鉛鋳鉄の共析変態は共析変態温度付近のある温度幅で進行するので、解析を終了する所定の温度TENDは、共析変態温度よりも100℃以上低い温度である630℃以下とすることが好ましい。
【0042】
時間ステップの間隔τの値は通常の湯流れ・凝固シミュレーションで設定する値でもよい。τの値が小さいほど冷却履歴を精度よく解析できる一方で、解析時間は増大する。このため、冷却履歴の各段階に応じてτの値を変えてもよい。例えば、時間当たりの温度変化が大きい段階ではτの値を小さくし、温度変化が小さい段階ではτの値を大きくすれば、解析精度と解析時間とのバランスが良好になるので好ましい。
【0043】
(4)化学成分値設定工程S3
球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度は、その化学成分値によっても変化する。これは、化学成分値によって鋳物の組織が変化するからである。球状黒鉛鋳鉄鋳物の組織は、軟質のフェライト相と硬質のパーライト相とからなる基地と、基地に分散する球状黒鉛とからなる。組織を構成するこれらの相は化学成分によってその占める割合が変化し、また特にフェライト相はそれ自身の硬度も変化する。化学成分値設定工程S3では、これらの構成相の性質に特に大きく影響する元素として、少なくともC、Si、Cu及びMnの化学成分値を与えることが好ましい。これらの化学成分値は予め記憶手段に格納しておくことが好ましく、後述する硬度計算工程S7で読み込まれる。
【0044】
(5)温度設定工程S4
温度設定工程S4は、後述の冷却速度計算工程S6において、共晶凝固の冷却速度V
1(以下、第1の冷却速度ともいう。)、共晶凝固後の冷却速度V
2(以下、第2の冷却速度ともいう。)及び共析変態の冷却速度V
3(以下、第3の冷却速度ともいう。)で使用される温度区間を区画するために温度を設定する工程である。以下、再度、
図7を参照しつつ説明する。
【0045】
(5-1)第1の温度T1及び第2の温度T2
図7に示す第1の温度T1と第2の温度T2は第1の冷却速度V
1を計算するためのものであり、T1>T2を満たすものとする。球状黒鉛鋳鉄の共晶凝固温度T
Eは1150℃付近であるので、第1の温度T1は1150℃以上の値とするが、過度に高い値とすると硬度や黒鉛粒数の予測精度が低下するので、1150℃以上1200℃以下とする。第1の温度T1は、好ましくは1155℃以上1180℃以下、より好ましくは1155℃以上1165℃以下である。一方、共晶凝固温度T
Eは化学成分や接種の有無、周囲からの抜熱状態などの製造条件により若干低下したり、
図7中に示す若干の過冷却2を生じたりすることがある。このため、第2の温度T2は過冷却2の温度よりも低い温度である1145℃以下とすることが好ましいが、過度に低い値であると硬度や黒鉛粒数の予測精度が低下するので1145℃以下1080℃以上とする。第2の温度T2は、好ましくは1145℃以下1095℃以上である。
【0046】
(5-2)第3の温度T3及び第4の温度T4
第3の温度T3と第4の温度T4は第2の冷却速度V2を計算するためのものであり、T3>T4を満たすものとする。第3の温度T3は共晶凝固完了後の温度であればよいが。好ましくは第2の温度T2以下とする。第4の温度T4は共析変態温度TA1よりも大きい値とする。第3の温度T3及び第4の温度T4は、T3>T4を満足したうえで、好ましくはT2(℃)以下950℃以上、好ましくはT2(℃)以下1000℃以上である。
【0047】
(5-3)第5の温度T5及び第6の温度T6
第5の温度T5と第6の温度T6は第3の冷却速度V3を計算するためのものであり、T5>T6を満たすものとする。第5の温度T5は共析変態温度TA1よりも高い温度とし、第6の温度T6は共析変態温度TA1よりも低い温度とする。第5の温度T5が過度に高い値である場合や、第6の温度T6が過度に低い値である場合は硬度の予測精度が低下するので、第5の温度T5は735℃以上755℃以下とすることが好ましく、第6の温度T6は720℃以下700℃以上とすることが好ましい。
【0048】
前述した解析終了の設定温度TENDを含めた上記の設定温度T1~T6は、T1≧TE>T2≧T3>T4≧T5>TA1>T6>TENDを満たすように設定する。TEND、T1~T6の各設定温度は、予め記憶手段に格納しておくことが好ましい。
【0049】
(6)最高温度計算工程S5
最高温度計算工程S5は、冷却履歴解析工程S2で得られた時刻と温度との組データから、その鋳物要素が到達する最高温度Tmaxを求める工程である。冷却履歴解析工程S2で取得し、記憶手段に格納された時刻と温度の組データ(tm,Tm)を読み込み、Tmの最大値をその要素の最高温度Tmaxとして、その時刻tmaxの組データ(tmax,Tmax)を記憶手段に格納する。
【0050】
(7)冷却速度計算工程S6
次いで、冷却速度計算工程S6を実行する。
図3は冷却速度計算工程S6を示す流れ図である。冷却速度計算工程S6は、第1の冷却速度計算工程S61、第2の冷却速度計算工程S62及び第3の冷却速度計算工程S63からなり、冷却履歴解析工程S2で得られた時刻と温度との組データ(t
m,T
m)と、温度設定工程S4で設定した設定温度T1~T6とを読み込みつつ、S61、S62、S63の順に実行される。これら第1~第3の冷却速度計算工程S61~S63はいずれも同様の流れとなるので、第1の冷却速度計算工程S61のみを
図4を用いて詳細に説明し、他は簡潔な記載とする。
【0051】
(7-1)第1の冷却速度計算工程S61
図4に第1の冷却速度計算工程S61の流れ図を示す。冷却履歴解析工程S2では時間ステップ毎に飛び飛びの温度T
mを取得しているので、取得された温度T
mは、温度設定工程S4で設定した第1の温度T1や第2の温度T2に完全に一致する値が存在しない場合がある。したがって、第1の冷却速度V
1の計算に用いる温度として、第1の温度T1と第2の温度T2に替えて、第1の解析温度T1
Aと第2の解析温度T2
Aを用いる。第1の解析温度T1
Aは、第1の温度T1に最も近い温度であり、第1の温度T1に到達する直前または直後の時刻における温度である。第2の解析温度T2
Aについても同様とし、後述する第3~第6の解析温度T3
A~T6
Aについても同様とする。
【0052】
先ず、第1の解析温度T1Aを取得する工程を示す。冷却履歴解析工程S2で得られた組データのうち、第1の冷却速度計算工程S61で読み込む最初の組データ(tm,Tm)は、直前の工程である最高温度計算工程S6で求められた最高温度Tmaxを示す組データ(tmax,Tmax)=(tm,Tm)の次の時間ステップの(tm+1,Tm+1)とする。すなわち、m=m+1として(tm,Tm)を読み込む。
【0053】
次いで、温度Tmと温度設定工程S4で設定した第1の温度T1との大小関係を比較し、T1<Tmの場合はさらにm=m+1として順次これを繰り返す。そしてTm≦T1となったとき、次の操作により、第1の解析温度T1Aとその時刻t1との組データ(t1,T1A)として記憶手段に格納する。すなわちTm<T1の場合は、TmとT1との差(T1-Tm)と1つ前の時刻tm-1におけるTm-1とT1との差(Tm-1-T1)が、(Tm-1-T1)≦(T1-Tm)であるときは組データ(tm-1,Tm-1)を(t1,T1A)として記憶手段に格納する。これに対し、Tm=T1の場合及び(Tm-1-T1)>(T1-Tm)場合は時刻tmにおける組データ(tm,Tm)を(t1,T1A)として記憶手段に格納する。つまり、温度Tmのうち第1の温度T1に最も近い温度を第1の解析温度T1Aとするのである。
【0054】
次いで実行される第2の解析温度T2Aを取得する工程も、第1の解析温度T1Aを取得する工程と同様である。すなわち、m=m+1、すなわち第1の解析温度T1Aを取得する工程で記憶手段に格納した組データの1つ後の時間ステップにおける組データを記憶手段より読み込み、温度設定工程S4で設定した第2の温度T2との大小関係を比較しつつ、T2≦Tmとなるまでこれを順次繰り返し、第1の解析温度T1Aを取得する方法と同様の方法で第2の解析温度T2Aにおける組データ(t2,T2A)を取得して、記憶手段に格納する。つまり、温度Tmのうち第2の温度T2に最も近い温度を第2の解析温度T2Aとする。
【0055】
そして、第1の冷却速度V1を計算する。記憶手段に格納された組データ(t1,T1A)と(t2,T2A)を読み込み、V1=(T1A-T2A)/(t2-t1)の計算式により第1の冷却速度V1を求めて、記憶手段に格納する。
【0056】
(7-2)第2の冷却速度計算工程S62及び第3の冷却速度計算工程S63
引き続いて、第2の冷却速度計算工程S62と第3の冷却速度計算工程S63を実行する。第2の冷却速度計算工程S62及び第3の冷却速度計算工程S63ともに図示は省略するが、いずれもm=m+1として、直前の工程で記憶手段に格納した組データの1つ後の時間ステップにおける組データを記憶手段から読み込んで、第1の冷却速度計算工程S61と同様の方法で行う。第2の冷却速度計算工程S62により、第3の解析温度T3Aにおける組データ(t3,T3A)及び第4の解析温度T4Aにおける組データ(t4、T4A)が取得され、次いで第2の冷却速度V2が計算されて記憶手段に格納される。次いで、第3の冷却速度計算工程S63により、第5の解析温度T5Aにおける組データ(t5,T5A)及び第6の解析温度T6Aにおける組データ(t6,T6A)が取得され、第3の冷却速度V3が計算されて記憶手段に格納される。
【0057】
以上の最高温度計算工程S5と、これに続く冷却速度計算工程S6までの一連の工程を、n個の鋳物要素について実行する。
【0058】
(8)硬度計算工程S7
鋳物要素の硬度H
Bを予測する式は、前述のように実験データに基づき回帰計算等によって予め作成した硬度予測式を適用する。
図5は硬度計算工程S7を示す流れ図である。
図5では、黒鉛粒数予測式を実行する黒鉛粒数計算工程S71と硬度予測式を実行する工程S72とに工程を分けているが、黒鉛粒数予測式も含めた硬度予測式を計算する1つの工程で実行してもよい。以下、黒鉛粒数予測式として前述の(式5)を実行する黒鉛粒数計算工程S71と、硬度予測式として前述の(式4)を用いる硬度予測式を実行する工程S72とに工程を分ける例で説明するが、これに限定されない。例えば、硬度予測式(式4)のN
Gの項は、一定値(例えば、300個/mm
2)として黒鉛粒数N
Gを設定してもよいが、黒鉛粒数予測式(式5)により黒鉛粒数計算工程S71を実行すれば、硬度の予測精度を向上できる。
【0059】
先に黒鉛粒数計算工程S71を実行する。すなわち、冷却速度計算工程S6までに取得され記憶手段に格納された最高温度Tmax、第1の冷却速度V1及び化学成分設定工程S3で設定され記憶手段に格納されたC%とSi%を読み込んで、黒鉛粒数予測式(式5)を実行し、黒鉛粒数NGを得る。次いで、硬度予測式を実行する(S72)。すなわち、黒鉛粒数計算工程S71における黒鉛粒数予測式(式5)によって得られた黒鉛粒数NG、冷却速度計算工程S6で取得され記憶手段に格納された第2の冷却速度V2と第3の冷却速度V3及び化学成分設定工程S3で設定され記憶手段に格納されたCu%とMn%の値を読みこんで、硬度予測式(式4)により硬度HBを計算し、記憶手段に格納する。以上のS71~S73の工程を、n個の鋳物要素すべて、またはn個のうちの必要な部位の鋳物要素について実行する。なお、硬度予測式(式4)において、共析変態の冷却速度(第3の冷却速度V3)と共晶凝固後の冷却速度(第2の冷却速度V2)との相対値は、必ずしも計算に含めなくともよいが、両者の冷却速度の相対値を、例えばV3/V2として計算に含めれば、特に薄肉部の硬度の予測精度を高めることができる。
【0060】
(9)硬度出力工程S8
硬度計算工程S7で計算され、記憶手段に格納されたn個の鋳物要素すべて、またはn個のうちの必要な部位の鋳物要素の硬度は、例えばポストプロセッサを使用して要素毎に3次元モデルにマッピングされた画像として出力されることが好ましい。例えば市販のビュワーソフトを用いることにより、硬度を画像出力することができる。硬度を画像出力することで鋳物の部位ごとの硬度の分布を、視覚的に容易に認識することができる。
【0061】
以下、本発明を具体的に実施した例を図面及び表を用いて説明する。
【0062】
(実施例1)鋳物工場A、製品A
実施例1は鋳物工場Aで製造される球状黒鉛鋳鉄からなる鋳物である製品A(ステアリングナックル)に本発明の硬度を予測する方法を適用した例である。硬度計算工程S7の硬度予測式を実行する工程S72で使用した硬度HBの予測式は(式4)に示した関数形の式、すなわち
HB=ω+α1Cueq+α2V3+α3NG+α4V3/V2 (式6)
とし、
同じく硬度計算工程S7の黒鉛粒数計算工程S71で使用した黒鉛粒数予測式は(式5)の関数形の式、すなわち
NG=ψ1+DCE(β1V1-ψ2)+β2V1+β3Tmax (式7)
とした。
【0063】
また、(式6)の定数α1~α4、ω及びCueqを求める式Cueq=Cu%+ξ2Mn%の定数ξ2は表1に示す値を用いた。すなわち、α1=100、α2=250、α3=-0.10、α4=-50、ω=120、ξ2=0.3とした。また、(式7)の定数β1~β3、ψ1、ψ2並びにDCEを求める式DCE=C%+ξ1Si%-φの定数ξ1及びφは、表2に示す値を用いた。すなわち、β1=300、β2=100、β3=-1.0、ψ1=1000、ψ2=70、ξ1=0.33、φ=4.5とした。
【0064】
化学成分値設定工程S3では元素としてC、Si、Cu及びMnについて、表3に示す質量%の値を用いた。すなわち、C%=3.6、Si%=2.4、Cu=0.1、Mn%=0.2とした。なお、表3に示す実施例1の元素の質量%は、鋳物工場Aで製造される製品Aの製造において狙いとする化学成分値である。
【0065】
温度設定工程S4で与えた第1の温度T1~第6の温度T6は、表4に示す値を用いた。すなわち、T1=1160、T2=1100、T3=1100、T4=1000、T5=740、T6=710とした。
【0066】
また、冷却履歴解析工程S2において解析を終了する所定の温度TENDも、表4に示す値、すなわちTEND=600を用いた。
【0067】
以上の式と定数を用いて本発明の実施例により求めた硬度の予測値と、実際の鋳物すなわち実物の硬度の実測値と、の比較を
図6に示す。
図6(a)は製品Aにおいて硬度を予測及び実測した部位H1~H4を示す図であり、
図6(b)は
図6(a)に示す部位H1~H4における硬度H
Bの予測値と実測値とを比較した図である。
図6(b)中の白抜きのマーカーによるプロットが実施例1の結果を示す。0.1質量%のCuを含有する実際の鋳物では、軟質のフェライト相が比較的多い組織となって硬度は低目となるが、Cu%=0.1に設定した実施例1により予測した硬度と実測の硬度とは良く一致しており、本発明によって球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を精度よく予測できた。
【0068】
(実施例2)鋳物工場B、製品A
実施例2は実施例1とは製造ラインが異なる鋳物工場Bにおいて製造される、実施例1と同一形状の球状黒鉛鋳鉄からなる鋳物である製品A(ステアリングナックル)に本発明の硬度を予測する方法を適用した例である。硬度予測式及び黒鉛粒数予測式は実施例1と同じ関数形の(式6)、(式7)を夫々用いたが、(式7)の定数β2、β3、ψ1は表2に示すように実施例1とは異なる数値を用いた。すなわち、β2=400、β3=-0.1、ψ1=500とした。表2に示す他の定数及び表1に示す定数は実施例1と同じ値を用いた。
【0069】
化学成分値設定工程S3では元素としてC、Si、Cu及びMnについて、表3に示す質量%の値を用いた。すなわち、C%=3.7、Si%=2.3、Cu=0.4、Mn%=0.2とした。なお、表3に示す実施例2の元素の質量%は、鋳物工場Bで製造される製品Aの製造において狙いとする化学成分値である。
【0070】
温度設定工程S4で与えた第1の温度T1~第6の温度T6は、表4に示すように実施例1と同じ値を用いた。
【0071】
実施例2により硬度を計算した結果を、実施例1で示した
図6(b)に合わせて同様に示す。実施例2で硬度を予測及び実測した部位H1~H4は、実施例1と同一の
図6(a)に示す部位とした。
図6(b)は部位H1~H4における硬度H
Bの予測値と実測値とを比較した図であり、図中の黒く塗りつぶしたマーカーによるプロットが実施例2の結果を示す。0.4質量%のCuを含有する実際の鋳物では、硬質のパーライト相が比較的多い組織となって硬度は高目となるが、Cu%=0.4に設定した実施例2により予測した硬度と実測の硬度とは良く一致しており、本発明によって球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度を精度よく予測できた。
【0072】
ここで、実施例1及び実施例2で予測した硬度と実物の鋳物の硬度を比較すると、実物の鋳物の硬度は、鋳物工場Aの製品Aの硬度は低目となり、鋳物工場Bの製品Aの硬度は高目となっている。また同一の製品Aであっても、その部位によって硬度が相違している。
図6(b)から分かるように、本発明の球状黒鉛鋳鉄鋳物の硬度の予測方法によれば、鋳物工場や部位によって相違する鋳物の硬度の高低差も含めて、これを精度よく予測できている。
【0073】
(比較例1)鋳物工場A、製品A
比較例1は、実施例1と同一の鋳物工場Aで製造される同一の製品A(ステアリングナックル)に本発明の硬度を予測する方法を適用するにあたり、共析変態の冷却速度(第3の冷却速度)のみを考慮して硬度を予測した例である。比較例1では、化学成分値設定工程S3及び最高温度計算工程S5は実行せず、また、温度設定工程S4では第5の温度T5及び第6の温度T6のみを設定し、冷却速度計算工程S6では第3の冷却速度計算工程S63のみを実行した。
【0074】
また、硬度計算工程S7では黒鉛粒数計算工程S71を実行せず、すなわち黒鉛粒数予測式(式5)の関数形の式(式7)を用いることなく、かつ硬度予測式を実行する工程S72での硬度HBの予測式(式4)の関数形の式(式6)のうち、定数ω及びα2と第3の冷却速度V3のみを用いた関数形の式、すなわち
HB=ω+α2V3 (式8)
を使用して硬度計算工程S7を実行した。
【0075】
比較例1では、表1及び表2に示すように(式8)の定数ω及びα2を実施例1と同一に設定した以外は、(式6)及び(式7)の全ての定数を設定しなかった。また、表3に示すように化学成分値設定工程S3は実行しないので元素と各元素の質量%は設定しなかった。また、温度設定工程S4では第3の冷却速度計算工程S63で使用する第5の温度T5及び第6の温度T6のみを与え、表4に示すように実施例1と同じ値を用いた。また、冷却履歴解析工程S2において解析を終了する所定の温度TENDは、表4に示すように実施例1と同じ値を用いた。
【0076】
共析変態の冷却速度(第3の冷却速度)のみを考慮した比較例による硬度の予測値と実物の硬度の実測値との比較を
図12に示す。比較例1で硬度を予測及び実測した部位H1~H4は、実施例1と同一の
図6(a)に示す部位とした。
図12は部位H1~H4における硬度H
Bの予測値と実測値とを比較した図であり、図中の白抜きのマーカーによるプロットが比較例1の結果を示す。比較例1で予測した硬度は実測の硬度から大きく逸脱しており両者は一致しなかった。
【0077】
(比較例2)鋳物工場B、製品A
比較例2は、実施例2と同一の鋳物工場Bで製造される同一の製品A(ステアリングナックル)に本発明の硬度を予測する方法を適用するにあたり、共析変態の冷却速度(第3の冷却速度)のみを考慮して硬度を予測した例である。比較例2では、比較例1と同様に、化学成分値設定工程S3及び最高温度計算工程S5は実行せず、また、温度設定工程S4では第5の温度T5及び第6の温度T6のみを設定し、冷却速度計算工程S6では第3の冷却速度計算工程S63のみを実行した。
【0078】
また、硬度計算工程S7では黒鉛粒数計算工程S71を実行せず、すなわち黒鉛粒数予測式(式5)の関数形の式(式7)を用いることなく、かつ硬度予測式を実行する工程S72での硬度HBの予測式の関数形の式は、比較例1と同一の(式8)を使用して硬度計算工程S7を実行した。
【0079】
比較例2は、比較例1と同様に表1及び表2に示すように、(式8)の定数ω及びα2を実施例1と同一に設定した以外は、(式6)及び(式7)の全ての定数を設定しなかった。また、表3に示すように元素と各元素の質量%は設定せず、表4に示すように第5の温度T5及び第6の温度T6並びに解析を終了する所定の温度TENDはいずれも実施例1と同じ値を用いた。
【0080】
比較例2により硬度を計算した結果を、比較例1で示した
図12に合わせて同様に示す。比較例2で硬度を予測及び実測した部位H1~H4は、実施例1と同一の
図6(a)に示す部位とした。
図12は部位H1~H4における硬度H
Bの予測値と実測値とを比較した図であり、図中の黒く塗りつぶしたマーカーによるプロットが比較例2の結果を示す。比較例2で予測した硬度は実測の硬度から大きく逸脱しており両者は一致しなかった。
【0081】
ここで比較例1及び比較例2で予測した硬度と実物の鋳物の硬度を比較すると、実物の鋳物の硬度は、前述したように鋳物工場Aの製品Aと鋳物工場Bの製品Aでは硬度の高低差があるのに対して、比較例1及び比較例2で予測した硬度は、いずれも約150~210HBの硬度範囲に入っており、実物の鋳物の硬度の高低差を予測できていない。しかも予測値は、実測値からの乖離が大きい。このように、共析変態の冷却速度のみを考慮した比較例では、実際の鋳物の硬度の予測精度が低い。
【0082】
【0083】
【0084】
【0085】
【符号の説明】
【0086】
1 凝固冷却曲線
2 過冷却