(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-08
(45)【発行日】2022-01-12
(54)【発明の名称】細胞またはその由来物の動的変化のモニタリング方法およびそれを用いた細胞分類方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20220104BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20220104BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20220104BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20220104BHJP
G01N 33/483 20060101ALI20220104BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12M1/34 A
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
G01N33/483 C
(21)【出願番号】P 2019515751
(86)(22)【出願日】2018-05-02
(86)【国際出願番号】 JP2018017565
(87)【国際公開番号】W WO2018203575
(87)【国際公開日】2018-11-08
【審査請求日】2019-11-01
(31)【優先権主張番号】P 2017091964
(32)【優先日】2017-05-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(さきがけ)、「統合1細胞解析のための革新的基盤技術」産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100152331
【氏名又は名称】山田 拓
(72)【発明者】
【氏名】太田 禎生
【審査官】宮岡 真衣
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-020553(JP,A)
【文献】特開2016-123366(JP,A)
【文献】特表2010-535511(JP,A)
【文献】特開2002-186480(JP,A)
【文献】特表2013-512660(JP,A)
【文献】GIRAULT M. et al.,生物物理,Vol.55 SUPPLEMENT 1-2 (2015),S257 1Pos204
【文献】MACOSKO E. Z. et al.,Cell,161 (2015),p.1202-1214
【文献】LEHMAN A. et al.,J. Comb. Chem.,2006年,8,p.562-570
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-1/70
C12M 1/00-1/42
G01N 33/00-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞またはその由来物の動的変化をモニタリングする方法であって、
少なくとも一つの細胞またはその由来物と
複数のビーズとを
それぞれ備えた複数のコンパートメントを準備
することと、
各コンパートメントにおける
前記細胞またはその由来物の状態計測情報と
前記複数のビーズ
の組み合わせのイメージング情報とを共に取得することを経時的に繰り返
し、
前記複数のビーズの組み合わせのイメージング情報を各コンパートメントにおける前記細胞またはその由来物を特定する指標として用いて、複数のコンパートメント
のそれぞれにおける
前記細胞またはその由来物の動的変化をモニターすること
と、
を含
み、
前記複数のコンパートメント
のそれぞれにおける
前記複数のビーズ
の組み合わせのイメージング情報
が、
コンパートメントごとに峻別可能である、
方法。
【請求項2】
前記細胞またはその由来物の動的変化が、細胞またはその由来物形態の変化、細胞内分子構造の変化、細胞活動の変化、および細胞間インタラクションの変化からなる群から選択される少なくとも1つのものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細胞またはその由来物の状態計測情報または
前記複数のビーズ
の組み合わせのイメージング情報の取得が、フローサイトメトリーまたは顕微鏡により行われる、請求項1
又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記
複数のビーズ
の組み合わせのイメージング情報が、電磁波、蛍光、位相、透過、分光、多色、散乱、反射、コヒーレントラマン、ラマンまたは吸収スペクトルに基づく情報である、請求項1
から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記
複数のビーズ
の組み合わせのイメージング情報が、ビーズの空間情報、各コンパートメントにおけるビーズの空間配置情報、および各コンパートメントにおけるビーズと細胞との空間配置情報からなる群から選択される少なくとも1つのものである、請求項1
から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記コンパートメントが、ウェル、液滴またはゲル粒子の形態である、請求項1
から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記コンパートメントが、ハイドロゲルを含
む、請求項1
から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記コンパートメントが、ビーズまたはビーズを包含するサブコンパートメントを担持した細胞である、請求項1
から7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
1つのコンパートメント当たりの細胞の数が1つである、請求項1
から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
各コンパートメントにおける
前記細胞またはその由来物の状態計測情報と、
前記複数のビーズ
の組み合わせのイメージング情報とを共に取得した後、各コンパートメントを分取することを含
む、請求項1
から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記複数のコンパートメントが、薬剤をさらに含
む、請求項1
から10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
請求項
11に記載の方法において経時的に取得される細胞またはその由来物の集積状態計測情報に基づき、薬剤をスクリーニングする方法。
【請求項13】
請求項1
から11のいずれか一項に記載の方法において経時的に取得される細胞またはその由来物の集積状態計測情報に基づき、細胞またはその由来物の分類モデルを取得することを含んでなる、細胞またはその由来物の分類方法。
【請求項14】
細胞またはその由来物の動的変化のモニタリングシステムであって、
少なくとも1つの細胞またはその由来物と
複数のビーズとを
それぞれ備えた複数のコンパートメントを準備する、コンパートメント準備部と、
各コンパートメントにおける
前記細胞またはその由来物の状態計測情報と
前記複数のビーズ
の組み合わせのイメージング情報とを共に取得することを経時的に繰り返
し、
前記複数のビーズの組み合わせのイメージング情報を各コンパートメントにおける前記細胞またはその由来物を特定する指標として用いて、複数のコンパートメントのそれぞれにおける前記細胞
またはその由来物の動的変化をモニターする、モニタリング部と
、
を
備え、
前記複数のコンパートメント
のそれぞれにおける
前記複数のビーズ
の組み合わせのイメージング情報
が、コンパートメントごとに峻別可能である、
システム。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の参照】
【0001】
本特許出願は、2017年5月2日に出願された日本国特許出願2017-91964号に基づく優先権の主張を伴うものであり、かかる先の特許出願における全開示内容は、引用することにより本明細書の一部とされる。
【技術分野】
【0002】
本発明は、細胞またはその由来物の動的変化のモニタリング方法およびそれを用いた細胞分類方法に関する。
【背景技術】
【0003】
細胞は生物を構成する最小単位である。従来、生物の機能、構造、形態等について解明が試みられているのは、細胞集団のみであった。しかしながら、最近の研究では癌組織等の類似した細胞タイプにおいても、細胞毎に遺伝子発現が異なり多様であることが明らかになっており、細胞一つ一つの解析を行う必要が生じている。
【0004】
一方、一細胞(シングルセル)解析を行う手法として、フローサイトメトリーをはじめとする細胞状態計測技術が従来用いられる。例えば、一つ一つの細胞を流体中に分散させ、その流体を細く流して、一つ一つの細胞を光学的に分析するフローサイトメトリー、顕微鏡またはイメージングサイトメトリー等のイメージング技術を用いることにより、細胞の空間情報に基づき一つ一つの細胞の形態学的情報を得ることができる。とりわけイメージングフローサイトメトリーによれば、非常に高いスループット(例えば、1秒当たり数万の細胞の解析)でシングルセル解析を行うことが可能であり、統計的な数の1細胞計測が可能である(例えば、非特許文献1等)。
【0005】
しかしながら、イメージングフローサイトメトリーをはじめとするフローサイトメトリー技術は、測定効率、正確性の観点からの利点がある反面、一度計測すると観察対象は順序を失うことから、一つの観察対象に対して一度の計測しかできず、細胞の起こす時系列での動的変化を追跡することは困難であった。このような技術状況下、大量の細胞の動的変化を簡便かつ効率的にモニターする手法が依然として求められているといえる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】生物工学 第90巻、2012年、第12号、785-789頁
【発明の概要】
【0007】
本発明は、細胞の動的変化を簡便かつ効率的にモニターする手法を提供することを目的としている。
【0008】
本発明者らは、今般、少なくとも一つの細胞と少なくとも一つのビーズとをコンパートメント中に封入し、そのビーズのイメージング情報を細胞を特定する指標として用いて、コンパートメント中の細胞の状態計測情報を経時的に取得することを繰り返すと、細胞の動的変化を簡便かつ効率的にモニタリングしうることを見出した。本発明は、かかる知見に基づくものである。
【0009】
本発明によれば、以下の(1)~(21)が提供される。
(1)細胞の動的変化をモニタリングする方法であって、
少なくとも一つの細胞と少なくとも一つのビーズとを備えた複数のコンパートメントを準備し、
各コンパートメントにおける細胞またはその由来物の状態計測情報とビーズのイメージング情報とを共に取得することを経時的に繰り返すことにより、複数のコンパートメントにおける各細胞またはその由来物の動的変化をモニターすること
を含んでなり、
ここで、各コンパートメントにおけるビーズのイメージング情報は互いに峻別可能であり、かつ各コンパートメントに含まれる細胞またはその由来物を特定する指標となる、方法。
(2)1つのコンパートメント当たりのビーズの数が複数である、(1)に記載の方法。
(3)上記細胞の動的変化が、細胞形態の変化、細胞活動状態の変化、および細胞間インタラクションの変化から選択される少なくとも1つのものである、(1)または(2)に記載の方法。
(4)上記細胞またはその由来物の状態計測情報またはビーズのイメージング情報の測定が、フローサイトメトリーまたは顕微鏡により行われる、(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)上記ビーズのイメージング情報が、電磁波、蛍光、位相、散乱、反射、コヒーレントラマン、ラマンまたは吸収スペクトルに基づく空間情報である、(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)上記ビーズのイメージング情報が、ビーズの空間情報、各コンパートメントにおけるビーズの空間配置情報、および各コンパートメントにおけるビーズと細胞との空間配置情報からなる群から選択される少なくとも1つのものである、(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)上記コンパートメントが、ウェル、液滴またはゲル粒子の形態である、(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)上記コンパートメントが、ハイドロゲルを含んでなる、(1)~(7)のいずれかに記載の方法。
(9)コンパートメントが、ビーズまたはビーズを包含するサブコンパートメントを担持した細胞である、(1)~(8)のいずれかに記載の方法。
(10)1つのコンパートメント当たりの細胞の数が1つである、(1)~(9)のいずれかに記載の方法。
(11)各コンパートメントにおける細胞またはその由来物の状態計測情報と、ビーズのイメージング情報とを共に取得した後、各コンパートメントを分取することを含んでなる、(1)~(10)のいずれかに記載の方法。
(12)上記複数のコンパートメントが、薬剤をさらに含んでなる、(1)~(11)のいずれかに記載の方法。
(13)(12)に記載の方法において経時的に取得される細胞またはその由来物の集積状態計測情報に基づき、薬剤をスクリーニングする方法。
(14)(1)~(12)のいずれかに記載の方法において経時的に取得される細胞またはその由来物の集積状態計測情報に基づき、細胞またはその由来物の分類モデルを取得することを含んでなる、細胞またはその由来物の分類方法。
(15)上記集積状態計測情報とは別に、任意の時点における細胞またはその由来物の1時点状態計測情報を取得し、該1時点状態計測情報と前記集積状態計測情報とに基づき、上記細胞またはその由来物の分類モデルを取得することを含んでなる、(14)に記載の細胞またはその由来物の分類方法。
(16)上記集積状態計測情報および1時点状態計測情報が、同一または別の方法により取得される、(14)または(15)に記載の細胞またはその由来物の方法。
(17)上記細胞分類モデルと、被検細胞またはその由来物の予め取得した状態計測情報とに基づき、被検細胞またはその由来物の動的変化をまたは特徴を予測することを含んでなる、(13)~(16)のいずれかに記載の細胞またはその由来物の分類方法。
(18)上記予測が、任意の時点における被検細胞またはその由来物の状態予測を含んでなる、(17)に記載の細胞またはその由来物の分類方法。
(19)細胞またはその由来物の動的変化のモニタリングシステムであって、
少なくとも1つの細胞と少なくとも一つのビーズとを備えた複数のコンパートメントを準備する、コンパートメント準備部と、
各コンパートメントにおける細胞またはその由来物の状態計測情報とビーズのイメージング情報とを共に取得することを経時的に繰り返すことにより、細胞またはその由来物の動的変化をモニターする、モニタリング部と
を含んでなり、
各コンパートメントにおけるビーズ関連イメージング情報は互いに峻別可能であり、かつ各コンパートメントに含まれる細胞を特定する指標となる、システム。
(20)上記モニタリング部が、コンパートメントを経時的に収集および分取することが可能なコンパートメント収集部を備えている、(19)に記載のシステム。
(21)(1)~(18)のいずれかに記載の方法に用いるための、
少なくとも1つの細胞と少なくとも一つのビーズとを備えた、コンパートメント組成物。
【0010】
本発明によれば、コンパートメント中のビーズのイメージング情報を細胞またはその由来物を特定する指標として使用して、細胞またはその由来物の動的変化を簡便かつ効率的にモニタリングすることができる。本発明では、細胞とビーズとはコンパートメントに保持され細胞またはその由来物の状態計測情報と、ビーズのイメージング情報とは関連付けされることから、細胞等が測定後に収集されて順序を失うフローサイトメトリー等を用いても、大量の細胞の個々の時系列変化を効率的に測定することができる。かかる本発明の方法は、シングルセルの動的変化の解析を迅速かつ効率的に行う上で特に有利に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の細胞の動的変化をモニタリングする方法を示す模式図である。
【
図2】サイズ、RGB、蛍光輝度やその他の光学特性をコントロールして作製されたn種類のビーズのイメージング情報(光学的ID)を指標とする実施態様を示す模式図である。
【
図3】ビーズのイメージング情報(光学的ID)を用いて細胞を特定し、かつ細胞のイメージング情報から各細胞の状態等を解析する実施態様の模式図である。
【
図4】コンパートメントの製造工程の一実施態様を示す模式図である。
【
図5】フローサイトメトリー装置により複数のコンパートメントを測定する一実施態様の模式図である。
【
図6】本発明により得られる細胞の集積計測情報に基づき細胞分類モデルを作成する方法の模式図である。なお、
図4の中段下の図は、細胞の動的変化データを多次元空間上で分類処理して得られる多次元分類モデルを2次元で表現した模式図である。
【
図7A】任意の時点における細胞の1時点状態計測情報と、細胞の集積状態計測情報に基づき得られる分類結果とを用いて、機械学習して得られる分類モデルを用いて、新たに取得される被検細胞を解析、判別または分類する方法の第一模式図である。
【
図7B】任意の時点における細胞の1時点状態計測情報と、細胞の集積状態計測情報に基づき得られる分類結果とを用いて機械学習して得られる分類モデルを用いて、新たに取得される被検細胞を解析、判別または分類する方法の第二模式図である。
【
図7C】任意の時点における細胞の1時点状態計測情報と、細胞の集積状態計測情報に基づき得られる分類結果とを用いて機械学習して得られる分類モデルを用いて、新たに取得される被検細胞を解析、判別または分類する方法の第三模式図である。
【
図8】本発明のモニタリングシステムのフローチャートである。
【
図9】蛍光ビーズおよびNIH3T3細胞を含む油中水型コンパートメントの写真である。
【
図10】Aは緑色蛍光ビーズ担持NIH3T3細胞を蛍光顕微鏡および明視野顕微鏡で撮影することにより得られた複合写真である。Bは赤色蛍光ビーズ担持K562細胞を蛍光顕微鏡および明視野顕微鏡で撮影することにより得られた複合写真である。Cは緑色蛍光ビーズと赤色蛍光修ビーズを担持するMIA-PaCa2細胞を蛍光顕微鏡および明視野顕微鏡で撮影することにより得られた複合写真である。
【発明の具体的説明】
【0012】
細胞の動的変化をモニタリングする方法
本発明の細胞またはその由来物の動的変化をモニタリングする方法は、少なくとも一つの細胞またはその由来物と少なくとも一つのビーズとを備えた複数のコンパートメントを準備し、
各コンパートメントにおける細胞またはその由来物の状態計測情報とビーズのイメージング情報とを共に取得することを経時的に繰り返すことにより、複数のコンパートメントにおける各細胞またはその由来物の動的変化をモニターすることを含んでなり、各コンパートメントにおけるビーズのイメージング情報は、互いに峻別可能でありかつ各コンパートメントにおける細胞を特定する指標となることを特徴としている。
【0013】
以下、本発明を特に限定するものではないが、本発明のモニタリング方法の好ましい一態様を
図1および表1、2に基づき説明する。
本発明のモニタリング方法では、
図1~3に示される通り、細胞群1と、ビーズ群2を分配処理することにより、細胞1’と、複数のビーズ2’とを含む複数のコンパートメント3を準備する。ここで、ビーズ2’のイメージング情報は互いに峻別可能である。
【0014】
複数の異なるビーズ2’を組み合わせて分配する場合には、コンパートメント毎にビーズの組み合わせに対応する様々なイメージング情報を生じさせることができる。例えば、表1に示されるように、色(3種)、色の強度(濃度;3種)、サイズ(6種)のバリエーションに基づきビーズ2’を用意する場合、ビーズの種類は合計645種類となる。さらに、645種類の複数のビーズを分配処理して1コンパートメント当たり3つのビーズをランダムに封入する場合、表2に示される通り、確率的には107パターンを超える異なるビーズの組み合わせが生じる。このようなビーズの組み合わせは、ビーズのイメージング情報を指標とすることにより、コンパートメント中の種々の細胞を特定する上で有利に利用することができる。
【0015】
【0016】
【0017】
次に、本発明のモニタリング方法では、モニタリング開始時(t=0min)に、各コンパートメント3における細胞1’またはその由来物の状態計測情報とビーズ2’のイメージング情報とを共に測定する。ビーズ2’またはその組み合わせは、統計学的にはコンパートメント毎にユニークになることから、各コンパートメント3における細胞1’またはその由来物の状態計測情報とビーズ2’のイメージング情報とを1対1の対応関係で関連付けすることができる。このような関連付けがコンパートメント化により実現することから、細胞の状態計測とビーズのイメージング情報を取得した後に複数のコンパートメントが混合して順序を失っても、本発明においては、各コンパートメントにおけるビーズのイメージング情報を指標として、細胞またはその由来物を再度特定することができる。
【0018】
図2および
図3では、イメージング情報の解析スキームをより具体的に説明する。
図2は、サイズ、RGB、蛍光輝度やその他の光学特性をコントロールして作製されたn種類(ID)のビーズのイメージング情報を指標とする場合の模式図である。
図2では、ビーズのイメージング情報を計測し、得られたビーズのイメージング情報に光学的ビーズIDを紐付けしている。さらに、
図3では、細胞およびビーズを含む各コンパートメントのイメージングを行い、細胞のイメージング情報とビーズのイメージング情報を関連付けしている。このような解析手法を採用すれば、ビーズのイメージング情報に紐付く光学的ビーズID情報を用いて細胞を特定することができ、一方で細胞のイメージング情報からは各細胞の状態等を解析することが可能となる。
【0019】
次に、本発明のモニタリング方法では、所定の時間(例えば、t=10min)経過した後、コンパートメント3における細胞1’ またはその由来物の状態計測情報とビーズ2’のイメージング情報とを共に再度取得する。このように細胞またはその由来物の状態計測情報とビーズのイメージング情報の取得を経時的に繰り返すことにより、各細胞(1’a、1’b、1’c・・・1’n)の測定時間毎の状態計測情報を集積し、各細胞(1’a、1’b、1’c・・・1’n)の動的変化のデータとすることができる。
【0020】
各細胞またはその由来物の動的変化の種類は、関連する状態計測情報を経時的に測定・集積しうる限り特に限定されない。かかる細胞の動的変化の好適な例としては、細胞形態の変化、細胞内分子構造の変化、細胞活動の変化、および細胞間インタラクションの変化等が挙げられる。以上の通り、本発明によれば、細胞またはその由来物の広範な動的変化を経時的に効率的かつ正確に特定しうることから、後述する細胞の分類や、薬剤のスクリーニングにおいても有利に利用することが可能である。
【0021】
以下、本発明の方法を工程毎に具体的に説明する。
コンパートメント準備工程
本発明のモニタリング方法においては、上述の通り、少なくとも一つの細胞またはその由来物と少なくとも一つのビーズとを備える複数のコンパートメントを準備する。
【0022】
細胞またはその由来物
本発明のコンパートメントにおける細胞は、類似細胞間の発現情報を峻別するシングルセル解析への利用の観点からは、好ましくは細胞群または組織由来の細胞である。
【0023】
また、細胞の数は、シングルセル解析の観点からは、1つのコンパートメント当たり1つであることが好ましい。しかしながら、例えば、細胞間のインタラクション等の複数細胞の動的変化を測定する場合には、1つのコンパートメント当たりの細胞の数を複数としてもよく、本発明にはかかる態様も包含される。
【0024】
また、計測対象となる細胞の種類、形態は、本発明の効果を妨げない限り特に限定されず、目的に応じて細胞を選択することができる。したがって、本発明の細胞は、浮遊細胞であってもよく、接着細胞であってもよい。
【0025】
また、計測対象は、細胞の由来物であってもよい。かかる由来物としては、細胞の破砕物、細胞の内容物、細胞の分泌物、細胞の溶解物、細胞塊、スフェロイド、オルガノイド等が挙げられ、より具体的には、DNA、RNA、タンパク質、ウイルスその他の細胞由来小分子等が挙げられる。かかる細胞由来物を計測対象とすることには、特定タンパク質の液的なELISA、特定DNA部位の読み出し、RNAのrtPCR等により、分子化学的な評価情報を取得し、細胞評価に利用する上で特に有利である。なお、細胞の内容物、破砕物は、コンパートメントへ細胞と細胞溶解バッファーと共に封入してコンパートメント生成後にコンパート中で生成させてもよく、本発明にはかかる態様も包含される。
【0026】
また、細胞またはその由来物のコンパートメント中の配置は、細胞またはその由来物の状態計測情報およびビーズのイメージング情報の取得を妨げない限り特に限定されず、細胞またはその由来物の種類、サイズ、性質に応じて、所望の態様でコンパートメント内に細胞またはその由来物を配置してよい。一つの態様によれば、細胞またはその由来物の全部または一部は、コンパートメント内に存在することが好ましい。また、本発明の別の態様によれば、細胞またはその由来物はコンパートメント表面上に存在することが好ましい。かかる態様は、細胞が接着細胞である場合に特に有利に適用することができる。
【0027】
また、フローサイトメトリー等に使用する観点からは、細胞またはその由来物には蛍光色素による標識を行っていてもよい。また、後述する通り、本発明の方法を薬剤のスクリーニングに利用する場合には、予予め所望の薬剤を細胞に添加していてもよく、コンパートメントに薬剤を添加していてもよい。
【0028】
ビーズ
本発明のビーズは、そのイメージング情報に基づき、各コンパートメント中の細胞またはその由来物を特定するための指標として用いられる。したがって、本発明のビーズは、細胞またはその由来物と共にコンパートメントに分配することが可能であり、かつイメージング情報を測定可能な粒子とすることができる。また、各コンパートメントに分配されるビーズは、コンパートメント内の細胞またはその由来物を特定する指標として機能することから、互いに峻別しうるイメージング情報を有していることが好ましい。
【0029】
ビーズのイメージング情報は、各ビーズ自体の固有のイメージング情報であってもよく、複数のビーズの組み合わせのイメージング情報であってもよい。
【0030】
ビーズの好適なイメージング情報は、特に限定されないが、サイズ、色、形状等が挙げられる。ここで、「イメージング」とは、空間情報に基づき、時間的に重なっているビーズ等の被検対象の計測情報を分離測定しうる方法をいい、当該イメージングにより取得される被検対象の計測情報を「イメージング情報」という。
【0031】
ビーズのサイズは、特に限定されないが、所望のコンパートメントに封入されるサイズを勘案して選択することが好ましい。
【0032】
また、ビーズの色は、特に限定されないが、表1においても示される通り、染料の濃度、種類を増減することにより適宜調節することが可能である。
【0033】
ビーズの形状は、球状、ほぼ球状、卵形、円盤形、立方体および他の三次元形状などの種々の形状のいずれであってもよい。
【0034】
ビーズの好適なイメージング情報としては、色(カラー)、蛍光、サイズ、形状、物理波(例えば、音、超音波)、電磁波(例えば、光、テラヘルツ)、透過、位相、散乱、反射、コヒーレントラマン、赤外分光、ラマン分光、および吸収スペクトルから選択される少なくとも1つの測定情報とされる。より具体的には、蛍光エンコーディング情報(例えば、有機系蛍光分子、生体由来蛍光分子、無機物質(qunatum dots, heavy metals)、またはそれらの組み合わせにより付与される情報)、吸収、ラマン散乱エンコーディング情報[例えば、吸収波長帯(分子フットプリント)の異なる有機分子、特に細胞信号と重なら無い波長帯であるアルキン系化合物、無機物質またはそれらの組み合わせにより付与される情報]、位相、散乱、反射エンコーディング情報(例えば、濃度によって屈折率の異なる有機分子、無機物質またはそれらの組み合わせにより付与される情報)等が挙げられる。
【0035】
なお、ビーズのイメージング情報としては、コンパートメント内のビーズ単独または組み合わせの空間配置情報も好適に利用することができる。かかる空間配置には、各コンパートメントにおけるビーズと細胞との関係情報(例えば、細胞とビーズとの距離等)も含まれる。
【0036】
また、ビーズの材質は、細胞を特定する指標として機能しうる限り特に限定されず、樹脂およびポリマーを含む種々の材料を用いて製造されてもよい。かかる材質としては、例えば、ハイドロゲル、無機物(qunatum dots, heavy metals)等が挙げられ、より具体的には、セレン化カドミウム(CdSe)、硫化亜鉛(ZnS)、硫化カドミウム(CdS)、セレン化亜鉛(ZnSe)、酸化亜鉛(ZnO)、等の半導体材料でできた量子ドット(半導体ナノ粒子)等の半導体、金等の重金属等の無機物質、アクリルアミド、アガロース、コラーゲン、アルギン酸等のハイドロゲル、ポリスチレン、ポリプロピレン等の樹脂が挙げられ、好ましくはハイドロゲルであり、より好ましくはアクリルアミドである。
【0037】
本発明のビーズの製造方法は、本発明の効果を妨げない限り特に限定されず、例えば、公知のフローサイトメトリー測定用ビーズの製造手法に準じて製造することができる。また、上記製造方法にあっては、所望により、各ビーズに所望のイメージング情報を付与するために、ビーズの製造に使用される鋳型、添加する染料の種類または量等を調節してもよい。
【0038】
コンパートメント
本発明のコンパートメントは、少なくとも一つの細胞またはその由来物と、少なくとも1つのビーズとを備えており、コンパートメントにおけるビーズのイメージング情報を指標として、他のコンパートメントと区別しうる区画の単位である。
【0039】
本発明のコンパートメントにおける細胞とビーズとの位置関係は、細胞の状態計測情報とビーズのイメージング情報の取得を妨げない限り特に限定されず、細胞やビーズの種類、サイズ、性質に応じて、適宜設定できる。本発明においては、例えば、同一コンパートメント内においてビーズと細胞とが接するかもしくは接さずに共に存在していてもよく、ビーズが細胞の内部に導入されていてもよい。ビーズと細胞が接する態様の好適な例としては、例えば、細胞表面とビーズとを直接接着させるかまたは市販の細胞膜修飾剤を用いることによりビーズを細胞に担持させる態様等が挙げられる。また、ビーズと細胞が接しない態様の好適な例としては、同一コンパートメント内でビーズと細胞とが接合することなく存在している態様や、細胞を含まないがビーズを包含するサブコンパートメントと細胞とを接合させることによりサブコンパートメントを細胞に担持させる態様が挙げられる。また、ビーズが細胞の内部に導入される態様の好適な例としては、ビーズが細胞に捕食されている態様等が挙げられる。
【0040】
また、本発明のコンパートメントまたはサブコンパートメント(細胞
を包含しないがビーズを包含する区画)の形態は、特に限定されず、例えば、ウェル、液滴またはゲル粒子の形態とすることができる。より具体的な例としては、水性液滴、油滴、ハイドロゲルのゲル粒子、エマルション等の複数の非混合界面の重なった水・油の構造体、マルチウェルプレートのウェル等が挙げられる。
【0041】
また、コンパートメントまたはサブコンパートメントの基材としては、細胞の活動状態を測定する観点からは、ハイドロゲル(例えば、アガロース、コラーゲン、アルギン酸等)をはじめとする水性基材を使用すること好ましい。
【0042】
本発明のコンパートメントまたはサブコンパートメントは、他のコンパートメントまたはサブコンパートメントとの峻別の観点から、その周縁部に物理的なバリア機能を有していることが好ましい。かかるバリア機能を有するコンパートメントまたはサブコンパートメントの好適な製造方法としては、相分離法等が挙げられる。相分離法においては、例えば、細胞およびビーズと水性基材を混合して水性液滴を得、該水性液的を疎水性溶媒中に懸濁させることにより、コンパートメントを生成することができる。以下、本発明のコンパートメントの製造工程をより具体的に説明する。
【0043】
図4は、好適なコンパートメントの製造工程を示す模式図である。
図4において、フローフォーカシング装置4の流路5には、細胞1’が水溶性基材と共にサンプル液として存在している。また、流路6では、ビーズ2’と水溶性基材との混合物であるビーズ2’含有液が存在している。そして、細胞1’を含むサンプル液と、ビーズ2’含有液とは、フローフォーカシング装置4中の流路で混合され、さらに、油8の充填された流路7中に放出され、相分離により、細胞およびビーズを含有するコンパートメント3を生成する。1コンパートメント中に分配される細胞およびビーズの数は、フローフォーカシング装置4における送液速度を調節することにより簡便に調節することができる。上記方法は、細胞をその由来物(破砕物、分泌物等)に置き換えるか、細胞とその由来物とを併用する場合でも利用することができる。
【0044】
細胞またはその由来物の状態計測情報およびビーズのイメージング情報の取得
本発明のモニタリング方法では、ビーズのイメージング情報を細胞特定の指標として用い、各コンパートメントにおける細胞またはその由来物の状態計測情報およびビーズのイメージング情報とを共に取得することを経時的に繰り返すことにより、複数のコンパートメントにおける各細胞の動的変化を効率的にモニターすることができる。
【0045】
本発明の細胞またはその由来物の状態計測情報は、細胞の特徴、状態を認識できるものであれば特に限定されず、細胞またはその由来物のイメージング情報、細胞またはその由来物から得られる形態情報等が挙げられる。より具体的には、本発明の細胞またはその由来物の状態計測情報としては、色、蛍光、サイズ、形状、物理波(例えば、音、超音波)、電磁波(例えば、光、テラヘルツ)、透過、位相、散乱、反射、コヒーレントラマン、赤外分光、ラマン、もしくは吸収スペクトル等の測定情報に基づくイメージング情報や、または、核、細胞質の大きさ、細胞骨格の粗密さ、内部構造の特徴量、膜の一様さ、各構造の蛍光強度、分子局在、分子もしくは観察対象の位置関係等の細胞の形態情報が挙げられ、好ましくは、細胞から得られる形態情報が挙げられる。細胞またはその由来物の状態計測情報は、公知手法により取得してよく、イメージング情報である場合には後述するビーズのイメージング情報と同様の手法により取得してもよい。
【0046】
本発明において、ビーズのイメージング情報の測定方法は、特に限定されず、測定対象の細胞またはその由来物およびビーズの性質に応じて適宜選択することが可能である。本発明のイメージング情報の測定方法の好適な例としては、蛍光イメージング、吸収イメージング、吸収スペクトルイメージング、コヒーレントラマンイメージング(CARS法、SRS法)、位相イメージング、明視野イメージング等が挙げられる。
【0047】
より具体的なイメージング情報の測定方法としては、フローサイトメトリー(例えば、流路を流れるコンパートメントを観察するイメージングフローサイトメトリー法等)、顕微鏡測定(一般的な光学顕微鏡を用いたマイクロウェル内のコンパートメント観察法等)が挙げられるが、迅速なシングルセルの動的変化の測定の観点からは、フローサイトメトリーが好ましい。
【0048】
以下、本発明のモニタリング方法において、フローサイトメトリーを使用する具体的な態様を
図5に基づき説明する。
図5は、フローサイトメトリー装置により複数のコンパートメントを測定する一実施態様の模式図である。
図5のフローサイトメトリー装置9において、コンパートメント3は、サンプル液収容部10中に保管されており、シース液11と流路において混合される。混合液中のコンパートメント3における細胞およびビーズは、流路中の情報測定位置12で細胞の状態計測情報およびビーズのイメージング情報が測定および取得が行われ、コンパートメント3は容器13に分取される。容器13において、複数のコンパートメント3は、測定順序を失いランダムに混合される。しかしながら、コンパートメント3はビーズのイメージング情報により特定することができることから、所定の時間の経過後にサンプル液収容部10に注ぎ、細胞の状態計測情報およびビーズのイメージング情報の取得を再度行うことが可能となる。
【0049】
細胞またはその由来物の分類方法
本発明のモニタリング方法においては、細胞またはその由来物の経時的に取得される集積状態計測情報に基づき、さらに各細胞またはその由来物を分類してもよい。例えば、
図6に示される通り、1時点または集積した細胞の動的変化のデータをコンピュータにインプットし、機械学習および多次元空間上でのクラスタリング処理を介して、各細胞をいくつかのタイプ(タイプI、タイプII、タイプIII・・・タイプIV)にラベル付けし、分類することができる。したがって、別の態様によれば、本発明のモニタリング方法により得られる方法において経時的に取得される細胞またはその由来物の集積状態計測情報に基づき、細胞またはその由来物の分類モデルを取得することを含んでなる、細胞またはその由来物の分類方法が提供される。また、上記分類モデルを用い、新たに取得された被検細胞の状態計測情報を参照することにより、被検細胞の解析、判別または分類することができる。
【0050】
また、本発明の方法では、被検細胞の解析、判別または分類において、上記集積状態計測情報とは別に、任意の時点における細胞またはその由来物の1時点状態計測情報をさらに取得し、利用してもよい。かかる態様は、
図7A~Cに示される模式図で表すことができる。
図7A~Cでは、まず、t=t0~t1 (例えば10分間)において取得される各細胞またはその由来物の集積状態計測情報[X
1・・・X
n]と、任意の時点(t=tx)における各細胞またはその由来物の1時点状態計測情報[Z
1・・・Z
n]とを準備する(
図7A)。次に、集積状態計測情報[X
1・・・X
n]に基づき、評価ラベル [Y
1・・・Y
n]生成を行う(
図7B)。この評価ラベル[Y
1・・・Y
n]は、被検細胞の動的変化またはそれに関連付けされる細胞の特徴(細胞の種類、細胞の活性、分化能、分子産生能等)を含む。次に、任意の時点txにおける細胞またはその由来物の状態計測情報[Z
1・・・Z
n]に対して、上記時評価ラベル [Y
1・・・Y
n]付けを行い、これを教師データとした機械学習を介して、分類モデルを作成することができる(
図7C)。上述のようにして得られる細胞またはその由来物の分類モデルを用い、新たに取得された被検細胞の状態計測情報を参照することにより、被検細胞の動的変化またはそれに関連付けされる細胞の特徴(細胞の種類、細胞の活性、分化能、分子産生能等)を正確かつ効率的に予測、同定することができる。したがって、好ましい態様によれば、本発明の方法は、細胞またはその由来物の集積状態計測情報に基づく分類モデルを用い、被検細胞またはその由来物の予め取得した状態計測情報を参照して、被検細胞またはその由来物の動的変化またはそれに関連付けされる細胞の特徴を予測することを含んでなる。
【0051】
また、本発明の方法によれば、上記細胞またはその由来物の分類方法は、所望の活性を有する細胞をスクリーニングする上で有利に利用することができる。本発明の方法は、抗体医薬、細胞製剤の製造等において利用することが好ましい。例えば、抗体医薬の製造においては、本発明の方法を用いて作成し細胞の形態情報等に関連した分類モデルを予め作成することにより、被検細胞の中から抗体高産生細胞株を効率的に取得することができる。また、多能性幹細胞をはじめとする細胞医薬の製造においては、本発明の方法を用いて作成した細胞の形態情報等に関連した分類モデルに基づき、増殖能や分化能の高い細胞を効率的に取得することができる。上述のように、本発明の方法を抗体医薬や細胞製剤の製造に利用することにより、その製造コスト、開発効率を大幅に向上することが可能となる。
【0052】
また、本発明の分類方法においては、薬剤で予め処理した細胞を測定対象として用いてもよい。このようなスクリーニングにより取得される所望の活性を示す細胞は、培養・増殖させ、所望の活性を有する薬剤をスクリーニングするための被験体として有利に利用である。
【0053】
薬剤のスクリーニング方法
また、本発明の分類方法は、薬剤を細胞またはその由来物と共にコンパートメント内に共存させ、細胞またはその由来物に対する薬剤の影響を経時的に測定し、特定の細胞に対して所望の活性を示す薬剤を選択することに用いてもよい。したがって、好ましい態様によれば、本発明の方法において経時的に取得される細胞またはその由来物の集積状態計測情報に基づき、薬剤をスクリーニングする方法が提供される。かかる方法において、各コンパートメントは薬剤を含んでいることが好ましい。各コンパートメントにおける薬剤の種類、量は、スクリーニングのパラメータの対象(薬剤の種類、量)等に応じて当業者が適宜設定変更することができる。
【0054】
システム/コンパートメント組成物
また、本発明の別の態様によれば、本発明の細胞またはその由来物の動的変化のモニタリング方法を実施するためのシステムが提供される。かかるモニタリングシステムは、少なくとも1つの細胞またはその由来物と少なくとも一つのビーズとを備えた複数のコンパートメントを準備する、コンパートメント準備部と、各コンパートメントにおける細胞またはその由来物の状態計測情報とビーズのイメージング情報とを共に測定することを経時的に繰り返すことにより、細胞またはその由来物の動的変化をモニターする、モニタリング部とを含んでなり、各コンパートメントにおけるビーズのイメージング情報は互いに峻別可能であり、かつ各コンパートメントに含まれる細胞またはその由来物を特定する指標となる。本発明のモニタリングシステムでは、コンパートメント準備部と、モニタリング部とを一体的に構成しうることから、本発明のモニタリング方法を効率的かつ簡便に実施する上で有利である。
【0055】
以下、コンパートメント準備部と、モニタリング部とにより一体的に構成された本発明のモニタリングシステムを、
図8のフローチャートに基づき具体的に説明する。
【0056】
本発明のシステムでは、まず、コンパートメント準備部において、細胞またはその由来物とビーズとを備えた複数のコンパートメントを製造する。コンパートメント準備部としては、例えば、E. Z. Macosko et al., Highly Parallel Genome-wide Expression Profiling of Individual Cells Using Nanoliter Droplets. Cell. 161, 1202-1214 (2015)に記載される方法、Microfuid Nanofluid(2008)5:585-594, Appled Physics Letters、Vol.85, No.13, 27, September 2004, p2649-2651、特表2013-508156号等に記載のフローフォーカシング装置や、例えば、上述した
図5の模式図に示されるフローフォーカシング装置等を用いることが可能である。
【0057】
また、本発明のモニタリングシステムでは、コンパートメント準備部で製造されたコンパートメントにおける細胞またはその由来物の状態計測情報とビーズのイメージング情報とを共に取得することを繰り返し測定する。本発明のモニタリング部は、細胞またはその由来物の状態計測情報とビーズのイメージング情報の取得を繰り返すことから、両情報とを測定する情報取得部と、情報取得部から得られるコンパートメントを収集するコンパートメント収集部(容器等)とを備えていることが好ましい。コンパートメント収集部で収集されたコンパートメントは、再度イメージング情報の測定のために情報取得部に輸送することができる。
【0058】
モニタリング部を構成する装置としては、所望の情報に応じて公知測定装置またはその組み合わせを当業者が適宜選択してよいが、好適な例としては、
図5に示されるフローサイトメトリー装置等が挙げられる。
図5において、フローサイトメトリー装置9はモニタリング部として機能し、サンプル液収容部13はコンパートメント収集部として機能することができる。
【0059】
コンパートメント組成物
また、本発明のコンパートメントは、基材、界面構造の適宜選択して、独立した組成物の形態とすることができる。したがって、本発明の別の態様によれば、本発明の方法に用いるための、少なくとも1つの細胞と少なくとも一つのビーズとを備えた、コンパートメント組成物が提供される。
【0060】
本発明のシステムおよびコンパートメント組成物の製造および使用は、本発明のモニタリングシステムの記載に準じて実施することができる。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明するが、本発明はかかる実施例に限定されない。また、特に言及しない限り、本発明の測定方法および単位は日本工業規格(JIS)の規定に従う。
【0062】
例1:コンパートメント作製予備試験
表1に示される複数のビーズを以下の手法に基づき製造した。
まず、マイクロ流体チップを用いてゲル生成用溶液の液滴を製造した。溶液組成物の分散相は、10 mM トリス-HCl [pH 7.6], 1 mM EDTA、15 mM NaCl 含有6.2% (v/v) アクリルアミド、0.18% (v/v)ビスアクリルアミド、0.3%(w/v) アンモニウム パースルフェート、および所望の濃度の蛍光染料(青:Alexa Fluor 405、緑:calcein、赤: Rhodamine)で構成した。連続相としては、0.4% (v/v) TEMED および0.5% (w/w) EA-界面活性剤を含むフッ素化溶液を用いた。上記液滴を1.5 mL チューブに200 μL のミネラルオイルと共に収集し、65℃で12時間インキュベートし、重合によりビーズを生成させた。生成し固化したビーズは、1 mLのHFE-7500 オイル中20% (v/v)の1H,1H,2H,2Hパーフルオロオクタノール (B20156、Alfa Aesar)で2回洗浄し、1 mLのヘキサン(BDH1129-4LP, VWR)中1% (v/v) Span 80 (S6760, Sigma)で2回洗浄し、各ステップの間0.5-1 分インキュベートし、最終的に5000 rcfで30秒遠心分離した。遠心分離後、ヘキサン相を吸引し、生成したBHMペレットを1 mLのTEBSTバッファー (10 mM Tris-HCl [pH 8.0]、137 mM NaCl、2.7 mM KCl、10 mM EDTAおよび0.1% (v/v) Triton X-100(登録商標))に溶解した。次に、ビーズを1 mL TEBSTバッファーを用い5000 rcfにて30秒洗浄し、最終的には1 mL TEBSTバッファーで再度懸濁し、微量のヘキサンを除去した。得られたビーズは4℃で保管した。
【0063】
Microfuid Nanofluid(2008)5:585-594, Appled Physics Letters、Vol.85, No.13またはE. Z. Macosko et al., Highly Parallel Genome-wide Expression Profiling of Individual Cells Using Nanoliter Droplets. Cell. 161, 1202-1214 (2015)の記載に準じて当該ビーズの封入されたコンパートメントを作製することができる。また、
図5に示されるフローサイトメトリー装置を用いることにより、上記ビーズを指標として各コンパートメントを峻別することができる。以上のことをビーズの封入されたコンパートメントを用いてイメージングフローサイトメトリー装置にて確認した。イメージングフローサイトメトリー装置は、本明細書の記載に従い本発明者らが公知の装置に適宜設定変更したものである。具体的には、公知のフローサイトメトリー装置(ImageStream
(商標)X Mark II Imaging Flow Cytometer等)を本明細書の
図5等に関連した記載に沿って設計変更して用いることが可能である。
【0064】
例2:コンパートメントの作製
蛍光ビーズの作製
まず、蛍光標識アルギン酸溶液を作成した。具体的には、2質量%アルギン酸ナトリウム溶液に所望の濃度で蛍光色素を添加し、緑色、赤色または青色の蛍光アルギン酸ナトリウム溶液を作成した。なお、緑色の蛍光色素としては5FTSC(フルオレセイン-5-チオセミカルバジド)、赤色の蛍光色素としてはAF555 Hydrazide、青色の蛍光色素としてはCascade Blue Hydrazideを用いた。
【0065】
蛍光アルギン酸ナトリウム溶液と、Ca-EDTA溶液(50mM-EDTA/50mM塩化ナトリウム pH7.2)等量混合した分散相溶液を得た。次に、分散相溶液を連続相溶液(界面活性剤を含有するフッ素オイル)中に加え、得られた混合液中に液滴を形成させた。次に、当該混合液に0.05%となるように酢酸を加え、Ca-EDTAからCaを遊離させ、液滴をゲル化させて蛍光アルギン酸ビーズを生成した。混合液中の蛍光ビーズは、1H,1H,2H,2Hパーフルオロオクタノールを用いて洗浄して単離した。
上記手順に従い、緑色、赤色または青色蛍光ビーズを取得した。なお、試薬の量を調節することにより、各蛍光ビーズについて、大きさや蛍光強度(輝度)の種類を複数設けることは、当業者が必要に応じて行うことができることは、当業者にとって明らかであろう。
【0066】
蛍光安定性の確認
5mLのTEBSTバッファー(10mM Tris-HCl[pH8.0]、137mM NaCl、2.7mM KCl、および0.1%(v/v)Triton X-100(登録商標))に約 10、000、000個のビーズ(緑色、赤色および青色蛍光ビーズ)を加えて懸濁した。バッファー添加から0時間および72時間の時点でフローサイトメトリーによりビーズの輝度を確認した。その結果、0時間および72時間の時点で蛍光スペクトルの変化は確認されなかった。
【0067】
E. Z. Macosko et al., Highly Parallel Genome-wide Expression Profiling of Individual Cells Using Nanoliter Droplets. Cell. 161, 1202-1214 (2015) に記載の方法に準じて、上記蛍光ビーズと細胞を含むコンパートメントを、マイクロ流体技術を用いた液滴製造法により作成した。得られたコンパートメントの写真を
図9に示す。
【0068】
例3
蛍光ビーズ担持細胞からなるコンパートメントの調製
(a)緑色蛍光ビーズ担持NIH3T3細胞
培養プレートから剥がしたNIH3T3とBAM試薬(細胞膜修飾剤)を含有する溶液を遠心分離処理して、緑色蛍光ビーズ担持NIH3T3細胞をコンパートメントとして得た。得られた緑色蛍光ビーズ担持NIH3T3細胞を蛍光顕微鏡および明視野顕微鏡で撮影することにより得られた複合写真を
図10Aに示す。
【0069】
(b)赤色蛍光ビーズ担持K562細胞
細胞をK562細胞とし、緑色蛍光ビーズに代えて赤色蛍光ビーズとする以外は、(a)と同様の方法により、赤色蛍光ビーズ担持K562細胞を得た。得られた赤色蛍光ビーズ担持K562細胞を蛍光顕微鏡および明視野顕微鏡で撮影することにより得られた複合写真を
図10Bに示す。
【0070】
(c)緑色蛍光ビーズと赤色蛍光修ビーズを担持するMIA-PaCa2細胞
細胞をMIA-PaCa2細胞とし、ビーズとして緑色蛍光ビーズおよび赤色蛍光ビーズとする以外は、(a)と同様の方法により、緑色蛍光ビーズと赤色蛍光修ビーズを担持するMIA-PaCa2細胞を得た。得られた緑色蛍光ビーズと赤色蛍光修ビーズを担持するMIA-PaCa2細胞を蛍光顕微鏡および明視野顕微鏡で撮影することにより得られた複合写真を
図10Cに示す。
【0071】
例4
例3(a)(b)(c)で得られた蛍光ビーズ担持細胞からなる各コンパートメントについて、細胞の状態(形態)計測情報とビーズのイメージング情報とを共に取得することを経時的に繰り返した。フローサイトメトリー装置は、Scientific Reports volume 4, Article number: 7253 (2014)の記載に従い公知のフローサイトメトリー装置を設計変更したも装置を用いた。得られたコンパートメントのイメージ情報から細胞イメージ情報とビーズイメージ情報をそれぞれ取得した。そして、細胞イメージ情報から細胞の動的変化をモニターした後、ビーズイメージ情報から細胞を特定できることを確認した。
【符号の説明】
【0072】
1 細胞群
1’ 細胞
2 ビーズ群
2’ 複数のビーズ
3 コンパートメント
4 フローフォーカシング装置
5、6、7 流路
8 油
9 フローサイトメトリー装置
10 サンプル液収容部10
11 シース液
12 情報測定位置
13 容器