(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-13
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】腫瘍内静脈形成促進剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/685 20060101AFI20220128BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220128BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20220128BHJP
A61P 37/04 20060101ALI20220128BHJP
A61K 39/395 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
A61K31/685
A61P43/00 105
A61P35/00
A61P37/04
A61P43/00 111
A61K39/395 T
(21)【出願番号】P 2018524016
(86)(22)【出願日】2017-06-15
(86)【国際出願番号】 JP2017022214
(87)【国際公開番号】W WO2017217517
(87)【国際公開日】2017-12-21
【審査請求日】2020-06-11
(31)【優先権主張番号】P 2016121283
(32)【優先日】2016-06-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼倉 伸幸
(72)【発明者】
【氏名】永野 大輔
【審査官】六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-210967(JP,A)
【文献】国際公開第2012/049647(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/176033(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/125652(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/092382(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/092024(WO,A1)
【文献】Food and Chemical Toxicology,2013年,60,p.263-268
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/33-33/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスファチジルコリンを有効成分とし、リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍領域全体への白血球の浸潤を促進させる作用を有することを特徴とする白血球浸潤促進剤。
【請求項2】
白血球がCD4陽性細胞および/またはCD8陽性細胞である請求項1に記載の白血球浸潤促進剤。
【請求項3】
ホスファチジルコリンを有効成分とし、リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍領域全体への白血球の浸潤を促進させる
ための腫瘍免疫活性化剤。
【請求項4】
白血球がCD4陽性細胞および/またはCD8陽性細胞である請求項3に記載の腫瘍免疫活性化剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスファチジルコリンを有効成分とする静脈形成促進剤、血管径拡張剤、血管連結促進剤、白血球浸潤促進剤および腫瘍免疫活性化剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
正常組織の血管形成は、脈管形成の過程により循環網が構築されることから始まる。この脈管形成の過程は、血管内皮細胞の発生、内皮細胞による管腔形成、壁細胞の内皮細胞への被覆化による血管の成熟化からなる。既存の血管が形成された後における炎症や低酸素の発生による新しい血管の形成は、血管新生(発芽的血管形成)の過程により誘導される。腫瘍内に形成される血管も、後者の血管新生の過程により誘導される。腫瘍細胞への酸素や養分の供給は、腫瘍における血管形成の誘導により可能となる。それゆえ、腫瘍の血管新生を抑制することで腫瘍の増大を抑制する治療法の開発がなされてきた。
【0003】
1971年に、腫瘍から分泌される因子が、既存の血管から腫瘍内に血管を誘導することが発見された(非特許文献1)。この因子は、血管内皮成長因子(VEGF;vascular endothelial growth factor)として同定された。VEGFは、血管内皮細胞に発現するVEGF受容体(VEGFR1、2、3)、特にVEGFR2を活性化して、血管内皮細胞の増殖や管腔形成に関わる。VEGFに関しては、まず中和抗体が開発され、血管新生阻害剤としていち早く臨床で用いられてきた(非特許文献2)。しかし、VEGF中和抗体は、単独では抗腫瘍効果が発揮されないことが明らかになった。また、その後開発されたVEGF受容体チロシンキナーゼ阻害剤も、単独では抗腫瘍効果が発揮されないことが明らかになった。一方で、このような血管新生抑制剤と抗がん剤との併用は、抗がん剤単独よりも優れた効果を奏することが臨床的に明らかにされてきた。血管新生抑制剤と抗がん剤の併用による治療効果が基礎医学的に解析され、この併用効果は、血管新生抑制剤が腫瘍内血管の一部を正常化した結果、抗がん剤の腫瘍内への送達が改善されることによることが示唆されるようになった(非特許文献3)。
【0004】
正常血管の管腔は、血管内皮細胞と壁細胞の接着により構造的に安定化している。血管内皮細胞間は、VE-カドヘリン、クローディン5、インテグリン、コネキシンなどの種々の接着因子により密着しており、血管内から容易に物質や細胞が血管外に漏出しないように制御されている。正常血管の内皮細胞と壁細胞の間には接着帯が形成されており、正常血管は、内皮細胞と壁細胞の間の分子交換を介して血管透過性を制御している。また、正常血管では、通常左右の血管はパラレルな走行性を示す。一方、腫瘍の血管には様々な異常が観察される。具体的には、腫瘍内血管は透過性が亢進しており、蛇行、拡張、無秩序な血管分岐を有し、一部嚢状を呈する。腫瘍内血管では、血管内皮細胞そのものも異常な形態を呈する。また、裏打ちする壁細胞は、腫瘍中心部では非常にまばらであり、内皮細胞との接着も弱く、多くの領域で壁細胞の裏打ちが欠損している。このような異常の多くは、腫瘍内のVEGF分泌が過剰になっていることに起因する。
【0005】
VEGFは血管内皮細胞の強力な増殖因子であるとともに、血管内皮細胞同士の接着を抑制して、血管透過性を亢進させる。この状態が継続すると、腫瘍深部において血清成分や線維芽細胞が集積し、腫瘍深部の間質圧は非常に高くなる。その結果、血管内圧と腫瘍深部の組織圧は差がなくなり、血管内から組織に薬剤等が送達されなくなる。さらに、リンパ球などの免疫細胞の腫瘍内流入も抑制される。免疫細胞の腫瘍内流入が抑制されると、がん細胞に細胞死を誘導することができなくなる。VEGFからの細胞内シグナルを遮断すると、血管内皮細胞同士の接着が回復し、血管透過性の亢進状態が正常化する。その結果、血管内圧が腫瘍深部の組織圧より高くなり、血管内から組織に抗がん剤や免疫細胞が送達されるようになる。そのため、血管新生抑制剤と抗がん剤との併用は、抗がん剤単独よりも優れた効果を奏するものと考えられる。また、免疫細胞の流入が改善することで、抗がん剤を使用することなく、がんの縮小が誘導できる可能性もある。
【0006】
それゆえ、腫瘍内の血管透過性を改善させ腫瘍内への薬剤の送達を誘導する手段が、がんの有効な治療法であると考えられるようになった。一方で、血管新生阻害薬は、血管内皮細胞の生存を抑制し、血管内皮細胞やそれと相互作用している血管壁細胞の細胞死を誘導して、腫瘍内の虚血状態を促進することが示唆されている。腫瘍内の低酸素状態は、がん細胞の悪性化を誘導して、がんの浸潤や転移を促進する可能性があると指摘されている。また、血管新生阻害薬は正常組織の血管にも障害を与え、血圧の亢進や、肺出血、腎障害等の重篤な副作用を引き起こすことが報告されている(非特許文献4、5)。したがって、腫瘍血管を退縮させず、正常血管に影響を及ぼさず、腫瘍血管の透過性を正常化させるような薬剤の開発が期待されている。
【0007】
本発明者らは、皮下に腫瘍を形成したマウスにリゾホスファチジン酸(LPA)を投与すると、LPAがLPA受容体を活性化することにより、腫瘍血管のネットワーク構築を誘導して網状構造に正常化させ、血管内腔を平滑化し、血管透過性を正常化することを見出し、特許出願している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Folkman J, et al: Isolation of a tumor factor responsible for angiogenesis. J Exp Med 133: 275-288, 1971
【文献】Gerber HP, Ferrara N. Pharmacology and pharmacodynamics of bevacizumab as monotherapy or in combination with cytotoxic therapy in preclinical studies. Cancer Res 65; 671-680, 2005
【文献】Jain RK: Normalization of tumor vasculature: An emerging concept in antiangiogenic therapy. Science 307: 58-62, 2005
【文献】Ebos JML et al. Accelerated metastasis after short-term treatment with a potent inhibitor of tumor angiogenesis. Cancer Cell 15: 232-239, 2009
【文献】Paez-Ribes M et al. Antiangiogenic therapy elicits malignant progression of tumors to increased local invasion and distant metastasis. Cancer Cell 12: 220-231, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、正常血管に影響を及ぼすことなく腫瘍内部の分断した血管を連結させると共に静脈形成を促進することで免疫細胞の腫瘍内への浸潤を誘導する物質を見出し、当該物質の新規な用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記の課題を解決するために以下の各発明を包含する。
[1]ホスファチジルコリンを有効成分とし、腫瘍血管の静脈化を促進する作用を有することを特徴とする静脈形成促進剤。
[2]腫瘍血管径を拡張する作用および/または腫瘍血管を連結させる作用を有することを特徴とする前記[1]に記載の静脈形成促進剤。
[3]ホスファチジルコリンが、1種類のホスファチジルコリンまたは2種類以上のホスファチジルコリンの混合物である前記[1]または[2]に記載の静脈形成促進剤。
[4]がん免疫療法と組み合わせて使用する前記[1]~[3]のいずれかに記載の静脈形成促進剤。
[5]がん免疫療法が、免疫抑制解除療法および/または免疫細胞輸注療法である前記[4]に記載の静脈形成促進剤。
[6]免疫抑制解除療法に用いる免疫チェックポイント阻害剤が、抗CTLA-4抗体、PD-1遮断薬、抗PD-1抗体、PD-L1遮断薬または抗PD-L1抗体である前記[5]に記載の静脈形成促進剤。
[7]ホスファチジルコリンを有効成分とし、腫瘍血管径を拡張する作用を有することを特徴とする血管径拡張剤。
[7-2]ホスファチジルコリンが、1種類のホスファチジルコリンまたは2種類以上のホスファチジルコリンの混合物である前記[7]に記載の血管径拡張剤。
[7-3]がん免疫療法と組み合わせて使用する前記[7]または[7-2]に記載の血管径拡張剤。
[7-4]がん免疫療法が、免疫抑制解除療法および/または免疫細胞輸注療法である前記[7-3]に記載の血管径拡張剤。
[7-5]免疫抑制解除療法に用いる免疫チェックポイント阻害剤が、抗CTLA-4抗体、PD-1遮断薬、抗PD-1抗体、PD-L1遮断薬または抗PD-L1抗体である前記[7-4]に記載の血管径拡張剤。
[8]ホスファチジルコリンを有効成分とし、リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍血管を連結させる作用を有することを特徴とする血管連結促進剤。
[8-2]ホスファチジルコリンが、1種類のホスファチジルコリンまたは2種類以上のホスファチジルコリンの混合物である前記[8]に記載の血管連結促進剤。
[8-3]がん免疫療法と組み合わせて使用する前記[8]または[8-2]に記載の血管連結促進剤。
[8-4]がん免疫療法が、免疫抑制解除療法および/または免疫細胞輸注療法である前記[8-3]に記載の血管連結促進剤。
[8-5]免疫抑制解除療法に用いる免疫チェックポイント阻害剤が、抗CTLA-4抗体、PD-1遮断薬、抗PD-1抗体、PD-L1遮断薬または抗PD-L1抗体である前記[8-4]に記載の血管連結促進剤。
[9]ホスファチジルコリンを有効成分とし、リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍領域全体への白血球の浸潤を促進させる作用を有することを特徴とする白血球浸潤促進剤。
[9-2]ホスファチジルコリンが、1種類のホスファチジルコリンまたは2種類以上のホスファチジルコリンの混合物である前記[9]に記載の白血球浸潤促進剤。
[9-3]がん免疫療法と組み合わせて使用する前記[9]または[9-2]に記載の白血球浸潤促進剤。
[9-4]がん免疫療法が、免疫抑制解除療法および/または免疫細胞輸注療法である前記[9-3]に記載の白血球浸潤促進剤。
[9-5]免疫抑制解除療法に用いる免疫チェックポイント阻害剤が、抗CTLA-4抗体、PD-1遮断薬、抗PD-1抗体、PD-L1遮断薬または抗PD-L1抗体である前記[9-4]に記載の白血球浸潤促進剤。
[10]白血球がCD4陽性細胞および/またはCD8陽性細胞である前記[9]に記載の白血球浸潤促進剤。
[11]ホスファチジルコリンを有効成分とし、リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍領域全体への白血球の浸潤を促進させる作用を有することを特徴とする腫瘍免疫活性化剤。
[11-2]ホスファチジルコリンが、1種類のホスファチジルコリンまたは2種類以上のホスファチジルコリンの混合物である前記[11]に記載の白血球浸潤促進剤。
[11-3]がん免疫療法と組み合わせて使用する前記[11]または[11-2]に記載の白血球浸潤促進剤。
[11-4]がん免疫療法が、免疫抑制解除療法および/または免疫細胞輸注療法である前記[11-3]に記載の白血球浸潤促進剤。
[11-5]免疫抑制解除療法に用いる免疫チェックポイント阻害剤が、抗CTLA-4抗体、PD-1遮断薬、抗PD-1抗体、PD-L1遮断薬または抗PD-L1抗体である前記[11-4]に記載の白血球浸潤促進剤。
[12]白血球がCD4陽性細胞および/またはCD8陽性細胞である前記[11]に記載の腫瘍免疫活性化剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明の有効成分であるホスファチジルコリンは、正常血管に影響を及ぼすことなく腫瘍内部の異常に分断した血管を連結させると共に、腫瘍血管の径を拡張して静脈形成を促進することができる。白血球等の炎症細胞は、毛細血管からではなく、静脈から組織に侵入することが知られているので、ホスファチジルコリンは、腫瘍内の血流の状態を改善し、腫瘍領域全体への白血球の浸潤を促進し、腫瘍内部の腫瘍免疫を活性化させ、腫瘍の増大を抑制することができる。本発明の静脈形成促進剤、血管径拡張剤、血管連結促進剤、白血球浸潤促進剤および腫瘍免疫活性化剤は、腫瘍血管を破綻させず、腫瘍内部の低酸素領域を減少させるので、がん細胞の悪性化を誘導しないという優れた効果を奏する。さらに、本発明の静脈形成促進剤、血管径拡張剤、血管連結促進剤、白血球浸潤促進剤および腫瘍免疫活性化剤は、併用する薬剤を腫瘍内部へ効率よく送達できるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】マウスLewis肺がん細胞株(以下「LLC細胞」と記す)を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンまたはイントラリポス輸液20%(商品名、大塚製薬、精製卵黄レシチンを100μLあたり1.2mg含有)を9日間投与し、腫瘍増大抑制効果を検討した結果を示す図である。
【
図2】LLC細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンまたはイントラリポス輸液20%(商品名、大塚製薬)を9日間投与し、腫瘍血管の構造変化を評価した結果を示す図である。
【
図3】LLC細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンまたはイントラリポス輸液20%(商品名、大塚製薬)を9日間投与し、CD4陽性細胞の腫瘍内浸潤を評価した結果を示す図である。
【
図4】LLC細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンまたはイントラリポス輸液20%(商品名、大塚製薬)を9日間投与し、CD8陽性細胞の腫瘍内浸潤を評価した結果を示す図である。
【
図5】LLC細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンまたはリゾホスファチジルコリンを9日間投与し、腫瘍血管の構造変化を評価した結果を示す図である。
【
図6】マウス大腸がん細胞株であるcolon26細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンを7日間投与し、腫瘍血管の構造変化を評価した結果を示す図である。
【
図7】マウス大腸がん細胞株であるcolon26細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンを7日間投与し、CD4陽性細胞およびCD8陽性細胞の腫瘍内浸潤を評価した結果を示す図である。
【
図8】マウスメラノーマ細胞株であるB16細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンを7日間投与し、腫瘍血管の構造変化を評価した結果を示す図である。
【
図9】マウスメラノーマ細胞株であるB16細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンを7日間投与し、CD4陽性細胞およびCD8陽性細胞の腫瘍内浸潤を評価した結果を示す図である。
【
図10】LLC細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンと抗PD-1抗体を併用投与し、腫瘍増大抑制効果を検討した結果を示す図である。
【
図11】colon26細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンと抗PD-1抗体を併用投与し、腫瘍増大抑制効果を検討した結果を示す図である。
【
図12】colon26細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンを7日間投与し、最終投与の翌日に他のマウスから採取したリンパ球を静脈内投与して、投与したリンパ球の腫瘍内浸潤を評価した結果を示す図である。
【
図13】B16細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンを7日間投与し、最終投与の翌日に他のマウスから採取したリンパ球を静脈内投与して、投与したリンパ球の腫瘍内浸潤を評価した結果を示す図である。
【
図14】LLC細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンを7日間投与し、最終投与の翌日に他のマウスから採取したリンパ球を静脈内投与して、投与したリンパ球の腫瘍内浸潤を評価した結果を示す図である。
【
図15】LLC細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにジステアロイルホスファチジルコリンを7日間投与し、CD4陽性細胞およびCD8陽性細胞の腫瘍内浸潤を評価した結果を示す図である。
【
図16】LLC細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンまたはイントラリポス輸液20%(商品名、大塚製薬)を7日間投与し、腫瘍内の低酸素領域を観察した結果を示す図である。
【
図17】LLC細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンまたはイントラリポス輸液20%(商品名、大塚製薬)を7日間投与し、その翌日にドキソルビシンを投与して、ドキソルビシンの腫瘍内移行を観察した結果を示す図である。
【
図18】LLC細胞を皮下に接種して腫瘍を形成させたマウスにダイズホスファチジルコリンと5-FUを併用投与し、腫瘍増大抑制効果を検討した結果を示す図である。
【
図19】培養ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)の管腔形成に及ぼすダイズホスファチジルコリンの効果を検討した結果を示す図である。
【
図20】培養ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)の管腔形成に及ぼす各種ホスファチジルコリンの効果を検討した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
ホスファチジルコリン(phosphatidylcholine)はリン脂質の一種であり、レシチンとも称される。リン脂質は他の脂質と異なり、エネルギー源になるだけでなく、脂質メディエーターとして細胞の情報伝達にも関与する。ホスファチジルコリンはヒトの体内に存在するリン脂質としては最も多く、細胞膜を構成する主成分として機能する。ホスファチジルコリンは、神経伝達物質のアセチルコリンの材料としての機能も知られており、副交感神経の刺激を伝え、学習や記憶、睡眠に関わるとされている。また、脂質代謝にも関り、肝臓保護作用が知られている。ホスファチジルコリンの物質的な特徴は、水と油の両方の性質を併せ持つことである。ホスファチジルコリンはリン酸、コリン、グリセリン、脂肪酸の4つの要素で構成されているが、リン酸とコリンは親水性で、グリセリンと脂肪酸は親油性であるため、水と油を混ぜ合わせる乳化作用を有している。この乳化作用により、細胞内の水溶性物質と脂溶性物質を溶け合わすことができ、細胞内への養分の吸収、細胞外への老廃物などの排出に関わることができる。また、乳化作用による脂質代謝の活性化で、高脂血症の改善や動脈硬化の予防に効果があると考えられている。しかしながら、ホスファチジルコリンが腫瘍内の血管にどのような影響を与えるかについては全く知られていなかった。
【0015】
本発明者らは、皮下にがん細胞を移植して腫瘍を形成させたマウスにホスファチジルコリンを投与したところ、ホスファチジルコリンを投与していない(無処置)マウスと比較して腫瘍の増大が抑制されること、無処置マウスの腫瘍血管には蛇行や無秩序な分岐が認められたが、ホスファチジルコリン投与マウスの腫瘍血管では、分断された血管が連結されて正常組織と同様の網状構造に変化し、一部の血管が拡張して静脈様になっていることを見出した。また、ホスファチジルコリン投与マウスの腫瘍内部における免疫細胞の局在を観察したところ、無処置マウスの腫瘍組織と比較して、CD4陽性細胞およびCD8陽性細胞が腫瘍の中心部を含む腫瘍領域全体に多数存在していることを見出した。すなわち、本発明者らは、ホスファチジルコリンが腫瘍領域全体への免疫細胞の浸潤を促進させる作用を有することを見出した。これらの結果から、ホスファチジルコリン投与により腫瘍内へのCD8陽性の細胞障害性T細胞やCD4陽性のヘルパーT細胞の浸潤が亢進し、腫瘍免疫が活性化され、細胞障害性T細胞が腫瘍細胞を攻撃して抗腫瘍効果が誘導されたものと考えられた。
【0016】
本発明者らは、以前に、皮下に腫瘍を形成したマウスにリゾホスファチジン酸(LPA)を投与すると、LPAがLPA受容体を活性化することにより、腫瘍血管のネットワーク構築を誘導して網状構造に正常化させ、血管内腔を平滑化し、血管透過性を正常化することを見出している(特許文献1)。リゾホスファチジン酸はリゾホスファチジルコリンから酵素により合成され、リゾホスファチジルコリンはホスファチジルコリンの酵素分解により生成することから、今回の知見が、投与したホスファチジルコリンが生体内でリゾホスファチジン酸に分解され、リゾホスファチジン酸受容体を活性化して誘導された効果である可能性があった。しかし、ホスファチジルコリン投与により観察された腫瘍内血管構造の改善や免疫細胞の浸潤促進が、リゾホスファチジルコリン投与では観察されなかったこと(参考例1参照)、およびリゾホスファチジン酸受容体4を欠損したマウスを用いた実験において、ホスファチジルコリンの投与により腫瘍内血管構造の改善や免疫細胞の浸潤促進が観察されたことから、ホスファチジルコリンによる効果は、リゾホスファチジン酸受容体を介しているものではないことが判明した。
【0017】
また、特許文献1には、リゾリン脂質受容体を活性化する物質を投与した場合の効果として、蛇行や無秩序な分岐が認められた腫瘍血管を正常組織と同様の網状構造に変化させ、血管の透過性を正常化させることが開示されているが、連結された腫瘍血管が拡張して静脈化することや、免疫細胞が腫瘍領域全体に浸潤することについては記載も示唆もない。すなわち、ホスファチジルコリンがリゾホスファチジン酸の前駆体との認識で投与された場合でも、ホスファチジルコリン投与により奏される効果は、特許文献1の記載から予測できるものではない。
【0018】
本発明は、ホスファチジルコリンを有効成分とし、腫瘍血管の静脈化を促進する作用を有する静脈形成促進剤を提供する。また、本発明は、ホスファチジルコリンを有効成分とし、腫瘍血管径を拡張する作用を有する血管径拡張剤を提供する。また、本発明は、ホスファチジルコリンを有効成分とし、リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍血管を連結させる作用を有する血管連結促進剤を提供する。また、本発明は、ホスファチジルコリンを有効成分とし、リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍領域全体への白血球の浸潤を促進させる作用を有する白血球浸潤促進剤および腫瘍免疫活性化剤を提供する。以下これらの発明を合わせて「本発明の剤」と称する。なお、本発明の剤の有効成分であるホスファチジルコリンには、他の治療薬を内包または複合したリポソームまたはコロイド粒子の形態で投与する剤を構成するホスファチジルコリンは含まれない。
【0019】
本発明の剤の有効成分であるホスファチジルコリン(レシチンとも称される)は、グリセリンのC1位およびC2位に脂肪酸が、C3位にホスホコリンがそれぞれエステル結合した構造を有するものであれば特に限定されない。ホスファチジルコリンとしては、例えば、卵黄レシチン、大豆レシチン、大豆ホスファチジルコリン、ジオクタノイルホスファチジルコリン、ジノナノイルホスファチジルコリン、ジデカノイルホスファチジルコリン、ジウンデカノイルホスファチジルコリン、ジラウロイルホスファチジルコリン、ジミリストイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン、ジステアロイルホスファチジルコリン、ジパルミトオレオイルホスファチジルコリン、ジオレオイルホスファチジルコリン、ジリノレオイルホスファチジルコリン、ジエイコサペンタエノイルホスファチジルコリン、ジドコサヘキサエノイルホスファチジルコリン、ジエルコイルホスファチジルコリン、(1-ミリストイル-2-パルミトイル)ホスファチジルコリン、(1-パルミトイル-2-ミリストイル)ホスファチジルコリン、(1-オレオイル-2-パルミトイル)ホスファチジルコリン、(1-パルミトイル-2-オレオイル)ホスファチジルコリン等が挙げられる。
【0020】
本発明の剤に使用するホスファチジルコリンは、天然源から抽出されたものでもよく、化学的に合成されたものでもよい。天然源から抽出されたホスファチジルコリンとしては、卵黄レシチン、大豆レシチン、大豆ホスファチジルコリンなどが挙げられる。高品質、高純度の精製卵黄レシチンや精製大豆レシチンが市販されており、これらを好適に用いることができる。ホスファチジルコリンは、2種類以上のホスファチジルコリンを含むものでもよく、1種類のホスファチジルコリンからなるものでもよい。天然源から抽出されたホスファチジルコリンは、通常、複数種類のホスファチジルコリンの混合物である。
【0021】
ホスファチジルコリンを構成する脂肪酸基は飽和脂肪酸基でもよく、不飽和脂肪酸基でもよい。脂肪酸基の炭素数は特に限定されず、2以上、4以上、6以上、8以上、10以上、15以上、20以上、30以上であってもよい。また、脂肪酸基の炭素数は、100以下、80以下、60以下、50以下、40以下、30以下であってもよい。不飽和脂肪酸基の二重結合数は特に限定されず、1以上、2以上、3以上、4以上、5以上であってもよい。また、不飽和脂肪酸基の二重結合数は、6以下、5以下、4以下、3以下、2以下であってもよい。ホスファチジルコリンを構成する2つの脂肪酸基は同一であってもよく、異なっていてもよい。すなわち、ホスファチジルコリンを構成する2つの脂肪酸基は、同一の飽和脂肪酸基であってもよく、同一の不飽和脂肪酸基であってもよく、異なる飽和脂肪酸基であってもよく、異なる不飽和脂肪酸基であってもよく、一方が飽和脂肪酸基で他方が不飽和脂肪酸基であってもよい。
【0022】
本発明において、腫瘍は細胞が異常増殖して塊を形成した状態を意味し、良性腫瘍および悪性腫瘍が含まれる。本発明の剤により、血管の静脈化および白血球の浸潤を促進させる対象の腫瘍は、良性腫瘍でも悪性腫瘍でもよいが、悪性腫瘍が好ましい。より好ましくは、固形がんである。固形がんは、その内部に蛇行や無秩序な分岐を有する血管が形成され、血管内腔の構造は歪であり、血管透過性は過剰に亢進している。固形がんは特に限定されず、例えば肺がん、大腸がん、前立腺がん、乳がん、膵臓がん、食道がん、胃がん、肝臓がん、胆道がん、脾臓がん、腎がん、膀胱がん、子宮がん、卵巣がん、精巣がん、甲状腺がん、脳腫瘍等が挙げられる。また、がん化した血液細胞が腫瘍を形成したものも固形がんに含まれる。
【0023】
本発明において、腫瘍血管の静脈化は、例えば、腫瘍の組織標本を作製し、血管内皮細胞に特異的な抗体を用いて免疫染色を行い、血管径を測定することで確認することができる。具体的には、血管径が10μmを超えている場合に静脈化したと判断することができる。好ましくは12μm以上、より好ましくは15μm以上である。また、腫瘍血管の静脈化は、静脈細胞特異的な遺伝子発現により確認することができる。静脈細胞特異的な遺伝子としては、EphB4、COUP-TFIIなどが挙げられる。遺伝子発現は、サンプルから抽出した核酸を用いて、PCR等の公知の方法で確認することができる。血管径と静脈細胞特異的な遺伝子発現を組合せて判断してもよい。具体的には、例えば、血管径が10μmを超えており、かつ、血管組織においてEphB4およびCOUP-TFIIが発現していることが確認できた場合に、腫瘍血管が静脈化したと判断してもよい。
【0024】
本発明において、白血球はリンパ球(T細胞、B細胞、NK細胞)、単球(マクロファージ、樹状細胞)、顆粒球(好中球、好酸球、好塩基球)を含む。本発明の剤により腫瘍領域全体への浸潤が促進される白血球は特に限定されず、白血球に含まれるいずれの細胞も浸潤が促進される。好ましくは、腫瘍内において腫瘍免疫を活性化させる働きを有する細胞(腫瘍免疫担当細胞)である。このような細胞として、細胞障害性T細胞、NK細胞、NKT細胞、キラー細胞、マクロファージ、顆粒球、ヘルパーT細胞、LAK細胞などが挙げられる。また、本発明の剤により腫瘍中心部への浸潤が促進される白血球は、CD4陽性細胞および/またはCD8陽性細胞であることが好ましい。CD4陽性細胞はヘルパーT細胞であることが好ましく、CD8陽性細胞は細胞傷害性T細胞であることが好ましい。浸潤している細胞の種類と領域は、例えば、腫瘍の組織標本を作製し、各細胞に特異的な表面抗原に対する抗体を用いて免疫染色を行うことにより確認することができる。
【0025】
本発明の剤は、医薬の形態で実施することができる。すなわち、ホスファチジルコリンを有効成分とし、医薬製剤の公知の製造方法(例えば、日本薬局方に記載の方法等)に従って、薬学的に許容される担体または添加剤を適宜配合して製剤化することができる。具体的には、例えば錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠、舌下錠、口腔内崩壊錠、バッカル錠等を含む)、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤、マイクロカプセル剤を含む)、トローチ剤、シロップ剤、液剤、乳剤、懸濁剤、放出制御製剤(例えば速放性製剤、徐放性製剤、徐放性マイクロカプセル剤等)、エアゾール剤、フィルム剤(例えば口腔内崩壊フィルム、口腔粘膜貼付フィルム等)、注射剤(例えば皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤等)、点滴剤、経皮吸収型製剤、軟膏剤、ローション剤、貼付剤、坐剤(例えば肛門坐剤、膣坐剤等)、ペレット、経鼻剤、経肺剤(吸入剤)、点眼剤等の経口剤または非経口剤が挙げられる。担体または添加剤の配合割合については、医薬分野において通常採用されている範囲に基づいて適宜設定することができる。配合できる担体または添加剤は特に制限されないが、例えば水、生理食塩水、その他の水性溶媒、水性または油性基剤等の各種担体;賦形剤、結合剤、pH調整剤、崩壊剤、吸収促進剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、香料等の各種添加剤が挙げられる。
【0026】
錠剤、カプセル剤などに混和することができる添加剤としては、例えばゼラチン、コーンスターチ、トラガント、アラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸などのような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖またはサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油またはチェリーのような香味剤などが用いられる。調剤単位形態がカプセルである場合には、上記タイプの材料にさらに油脂のような液状担体を含有することができる。注射のための無菌組成物は通常の製剤化手順(例えば有効成分を注射用水、天然植物油等の溶媒に溶解または懸濁させる等)に従って調製することができる。注射用の水性液としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えばD-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウムなど)などが用いられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール(エタノール等)、ポリアルコール(プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)、非イオン性界面活性剤(ポリソルベート80TM、HCO-50等)などと併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが用いられ、溶解補助剤である安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどと併用してもよい。また、緩衝剤(例えばリン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液等)、無痛化剤(例えば塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカイン等)、安定剤(例えばヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコール等)、保存剤(例えばベンジルアルコール、フェノール等)、酸化防止剤などと配合してもよい。
【0027】
本発明の剤は、ホスファチジルコリンが添加された植物油を含有する脂肪乳剤として好適に実施することができる。植物油としては、大豆油、トウモロコシ油、ヤシ油、サフラワー油、エゴマ油、オリーブ油、ヒマシ油、綿実油などが挙げられる。好ましくは大豆油である。例えば、術前・術後等の栄養補給のための医薬品として薬価収載されている「イントラリポス輸液10%(商品名)」および「イントラリポス輸液20%(商品名)」(いずれも大塚製薬工場製)は、精製大豆油を有効成分とするものであるが、いずれも添加剤として1.2g/100mLの精製卵黄レシチンを含有している。したがって、「イントラリポス輸液10%(商品名)」および「イントラリポス輸液20%(商品名)」は、本発明の剤の実施形態として好適である。
【0028】
ホスファチジルコリンは生体に存在する成分であり、医薬の有効成分や添加剤としてヒトへの投与実績があることから、ヒトや他の哺乳動物(例えば、ラット、マウス、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サルなど)に対して毒性が低く、安全に投与することができる。
【0029】
製剤中の有効成分の含量は、剤型、投与方法、担体等により適宜設定されるが、ホスファチジルコリンを製剤全量に対して通常0.01~100%(w/w)、好ましくは0.1~95%(w/w)の割合で添加することができる。
【0030】
ホスファチジルコリンの投与量は、投与対象、症状、投与ルートなどにより差異はあるが、経口投与の場合、一般的に例えば、体重約60kgのヒトにおいては、1日当たり約0.01~1000mg、好ましくは約0.1~100mg、より好ましくは約0.5~500mgである。非経口投与の合は、その1回投与量は患者の状態、症状、投与方法などによっても異なるが、例えば注射剤では、通常例えば体重1kg当たり約0.01~100mg、好ましくは約0.01~50mg、より好ましくは約0.01~20mgを静脈に投与する。1日当たりの総投与量は、単一投与量であっても分割投与量であってもよい。
【0031】
本発明の剤は、がん免疫療法と組み合わせて使用してもよい。本発明の剤は、がん免疫療法と組み合わせて使用することで腫瘍免疫を活性化させ、腫瘍細胞障害性を亢進させることができると考えられる。本発明の剤をがん免疫療法と組み合わせて使用するとは、本発明の剤の投与対象ががん免疫療法を受けているがん患者であること、または、本発明の剤をがん免疫療法に使用する薬剤と組み合わせて使用(併用)することを意味する。本発明の剤をがん免疫療法と組み合わせて使用することにより、がん免疫療法に使用する薬剤の使用量を減らすことができ、副作用を低減できると考えられる。さらにがん免疫療法に使用する薬剤の使用量低減は医療費削減等の社会的要請にも適うものである。なお、本明細書において、「組み合わせて使用」と「併用」は同義である。
【0032】
がん免疫療法には、がんワクチン療法、免疫細胞輸注療法、免疫抑制解除療法、制御性T細胞の除去を誘導する方法などが含まれる。いくつかの実施形態において、がん免疫療法は、免疫抑制解除療法または免疫細胞輸注療法であってもよい。免疫抑制解除療法に用いる免疫チェックポイント阻害剤としては、例えば抗CTLA-4抗体、PD-1遮断薬、抗PD-1抗体、PD-L1遮断薬、抗PD-L1抗体などが挙げられる。免疫細胞輸注療法としては、キメラ抗原受容体T細胞療法などが挙げられる。制御性T細胞は免疫寛容に働くので、制御性T細胞除去後に本発明の剤を投与すれば、本発明の剤と免疫チェックポイント阻害剤とを併用した場合と同様の効果を奏すると考えられる。制御性T細胞の除去を誘導する薬剤としては、例えば、アルキル化剤、IL-2-ジフテリア毒素、抗CD25抗体、抗KIR抗体、IDO阻害剤、BRAF阻害剤などが挙げられる。
【0033】
がん免疫療法に用いる薬剤としては、例えばピシバニール、クレスチン、シゾフィラン、レンチナン、ウベニメクス、インターフェロン、インターロイキン、マクロファージコロニー刺激因子、顆粒球コロニー刺激因子、エリスロポイエチン、リンホトキシン、BCGワクチン、コリネバクテリウムパルブム、レバミゾール、ポリサッカライドK、プロコダゾール、イピリムマブ、ニボルマブ、ラムシルマブ、オファツムマブ、パニツムマブ、ペンブロリズマブ、オビヌツズマブ、トラスツズマブ エムタンシン、トシリズマブ、ベバシズマブ、トラスツズマブ、シルツキシマブ、セツキシマブ、インフリキシマブ、リツキシマブ、メトフォルミン、アフリベルセプトなどが挙げられる。
【0034】
本発明の剤をがんワクチンと併用することで、がんワクチンによって活性化したT細胞を腫瘍内に効率よく浸潤させることができる。また、患者あるいは非患者由来のT細胞などの免疫細胞を用いた免疫細胞輸注療法においても、本発明の剤はこれらの治療の有効性を高めることができる。
【0035】
このように、本発明の剤をがん免疫療法と組み合わせて使用することにより、がん免疫療法を増強し、腫瘍細胞障害性を亢進させることができるので、がん免疫療法と組み合わせる態様で使用する本発明の剤は、がん免疫療法増強剤と称することができる。
【0036】
本発明の剤は、上記以外のがん治療薬と組み合わせて使用することができる。本発明の剤による腫瘍免疫活性化作用を組み合わせることにより、がん治療薬本来の抗がん作用を増強できると考えられる。また、がん治療薬の使用量を減らすことにより、副作用を低減できると考えられる。さらに、がん治療薬の使用量低減は医療費削減等の社会的要請にも適うものである。
【0037】
がん治療薬は特に限定されないが、例えば化学療法剤、免疫療法剤またはホルモン療法剤が好ましい。これらのがん治療薬はリポソーム製剤でもよい。また、これらのがん治療薬は核酸医薬、抗体医薬であってもよい。
化学療法剤としては、特に限定されないが、例えばナイトロジェンマスタード、塩酸ナイトロジェンマスタード-N-オキシド、クロラムブチル、シクロフォスファミド、イホスファミド、チオテパ、カルボコン、トシル酸インプロスルファン、ブスルファン、塩酸ニムスチン、ミトブロニトール、メルファラン、ダカルバジン、ラニムスチン、リン酸エストラムスチンナトリウム、トリエチレンメラミン、カルムスチン、ロムスチン、ストレプトゾシン、ピポブロマン、エトグルシド、カルボプラチン、シスプラチン、ミボプラチン、ネダプラチン、オキサリプラチン、アルトレタミン、アンバムスチン、塩酸ジブロスピジウム、フォテムスチン、プレドニムスチン、プミテパ、リボムスチン、テモゾロミド、トレオスルファン、トロフォスファミド、ジノスタチンスチマラマー、アドゼレシン、システムスチン、ビゼレシン等のアルキル化剤;例えば、メルカプトプリン、6-メルカプトプリンリボシド、チオイノシン、メトトレキサート、ペメトレキセド、エノシタビン、シタラビン、シタラビンオクフォスファート、塩酸アンシタビン、5-FU系薬剤(例、フルオロウラシル、テガフール、UFT、ドキシフルリジン、カルモフール、ガロシタビン、エミテフール、カペシタビン等)、アミノプテリン、ネルザラビン、ロイコボリンカルシウム、タブロイド、ブトシン、フォリネイトカルシウム、レボフォリネイトカルシウム、クラドリビン、エミテフール、フルダラビン、ゲムシタビン、ヒドロキシカルバミド、ペントスタチン、ピリトレキシム、イドキシウリジン、ミトグアゾン、チアゾフリン、アンバムスチン、ベンダムスチン等の代謝拮抗剤;例えば、アクチノマイシンD、アクチノマイシンC、マイトマイシンC、クロモマイシンA3、塩酸ブレオマイシン、硫酸ブレオマイシン、硫酸ペプロマイシン、塩酸ダウノルビシン、塩酸ドキソルビシン、塩酸アクラルビシン、塩酸ピラルビシン、塩酸エピルビシン、ネオカルチノスタチン、ミスラマイシン、ザルコマイシン、カルチノフィリン、ミトタン、塩酸ゾルビシン、塩酸ミトキサントロン、塩酸イダルビシン等の抗がん性抗生物質;例えば、エトポシド、リン酸エトポシド、硫酸ビンブラスチン、硫酸ビンクリスチン、硫酸ビンデシン、テニポシド、パクリタキセル、ドセタクセル、ビノレルビン、イリノテカン、塩酸イリノテカン等の植物由来抗がん剤などが挙げられる。
【0038】
免疫療法剤としては、特に限定されないが、例えばピシバニール、クレスチン、シゾフィラン、レンチナン、ウベニメクス、インターフェロン、インターロイキン、マクロファージコロニー刺激因子、顆粒球コロニー刺激因子、エリスロポイエチン、リンホトキシン、BCGワクチン、コリネバクテリウムパルブム、レバミゾール、ポリサッカライドK、プロコダゾール、イピリムマブ、ニボルマブ、ラムシルマブ、オファツムマブ、パニツムマブ、ペンブロリズマブ、オビヌツズマブ、トラスツズマブ エムタンシン、トシリズマブ、ベバシズマブ、トラスツズマブ、シルツキシマブ、セツキシマブ、インフリキシマブ、リツキシマブなどが挙げられる。
【0039】
ホルモン療法剤としては、特に限定されないが、例えばホスフェストロール、ジエチルスチルベストロール、クロロトリアニセン、酢酸メドロキシプロゲステロン、酢酸メゲストロール、酢酸クロルマジノン、酢酸シプロテロン、ダナゾール、アリルエストレノール、ゲストリノン、メパルトリシン、ラロキシフェン、オルメロキシフェン、レボルメロキシフェン、抗エストロゲン(例えばクエン酸タモキシフェン、クエン酸トレミフェン等)、ピル製剤、メピチオスタン、テストロラクトン、アミノグルテチイミド、LH-RHアゴニスト(例えば酢酸ゴセレリン、ブセレリン、リュープロレリン等)、ドロロキシフェン、エピチオスタノール、スルホン酸エチニルエストラジオール、アロマターゼ阻害薬(例えば塩酸ファドロゾール、アナストロゾール、レトロゾール、エキセメスタン、ボロゾール、フォルメスタン等)、抗アンドロゲン(例えばフルタミド、ビカルタミド、ニルタミド等)、5α-レダクターゼ阻害薬(例えばフィナステリド、エプリステリド等)、副腎皮質ホルモン系薬剤(例えばデキサメタゾン、プレドニゾロン、ベタメタゾン、トリアムシノロン等)、アンドロゲン合成阻害薬(例えばアビラテロン等)などが挙げられる。
【0040】
本発明の剤と免疫チェックポイント阻害剤または他のがん治療薬とを組み合わせて使用(併用)する場合、これらを投与対象に対して同時に投与してもよいし、時間差をおいて投与してもよい。本明細書において「組み合わせて使用(併用)する」とは、2以上の薬剤の適用時期が重複していることを意味し、同時に投与することを要するものではない。免疫チェックポイント阻害剤またはがん治療薬の投与量は、臨床上用いられている投与量に準ずればよく、投与対象、投与対象の年齢および体重、症状、投与時間、剤形、投与方法、組み合わせ等により適宜選択することができる。
【0041】
本発明には、以下の各発明も含まれる。
哺乳動物に対してホスファチジルコリンを投与することを特徴とする腫瘍血管の静脈化促進方法。
腫瘍血管の静脈化促進に用いるためのホスファチジルコリン。
腫瘍血管の静脈化を促進させる静脈形成促進剤を製造するためのホスファチジルコリンの使用。
哺乳動物に対してホスファチジルコリンを投与することを特徴とする腫瘍血管径を拡張する方法。
腫瘍血管の血管径拡張に用いるためのホスファチジルコリン。
腫瘍血管径を拡張させる血管径拡張剤を製造するためのホスファチジルコリンの使用。
哺乳動物に対してホスファチジルコリンを投与することを特徴とするリゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍血管を連結させる方法。
リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍血管を連結させるために用いるホスファチジルコリン。
リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍血管を連結させる血管連結促進剤を製造するためのホスファチジルコリンの使用。
哺乳動物に対してホスファチジルコリンを投与することを特徴とするリゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍領域全体への白血球の浸潤を促進させる方法。
リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍領域全体への白血球の浸潤を促進させるために用いるホスファチジルコリン。
リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍領域全体への白血球の浸潤を促進させる白血球浸潤促進剤を製造するためのホスファチジルコリンの使用。
哺乳動物に対してホスファチジルコリンを投与することを特徴とする腫瘍免疫活性化方法。
リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍免疫を活性化させるために用いるホスファチジルコリン。
リゾリン脂質受容体を介さずに腫瘍免疫を活性化させる腫瘍免疫活性化剤を製造するためのホスファチジルコリンの使用。
哺乳動物に対してホスファチジルコリンを投与することを特徴とするがん免疫療法増強方法。
リゾリン脂質受容体を介さずにがん免疫療法を増強させるために用いるホスファチジルコリン。
リゾリン脂質受容体を介さずにがん免疫療法を増強させるがん免疫療法増強剤を製造するためのホスファチジルコリンの使用。
ホスファチジルコリンを有効成分とするがん治療薬。
哺乳動物に対してホスファチジルコリンを投与することを特徴とするがん治療方法。
がん治療に用いるためのホスファチジルコリン。
がん治療薬を製造するためのホスファチジルコリンの使用。
【実施例】
【0042】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0043】
〔実施例1:腫瘍(肺がん)に対するホスファチジルコリン投与の効果〕
腫瘍に対するホスファチジルコリン投与の効果を検証するために、マウスがん細胞株をマウス皮下に移植して腫瘍を形成させた後にホスファチジルコリン(以下「PC」と記す)またはPC含有精製ダイズ油乳化剤を投与し、抗腫瘍効果、腫瘍血管構造、および腫瘍内リンパ球浸潤を観察した。
【0044】
(1)実験方法
(1-1)使用細胞および使用動物
マウスがん細胞株としてLLC細胞(Lewis肺がん細胞株)を用いた。8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下に、LLC細胞(1×106個/100μL・PBS/匹)を注射した。
【0045】
(1-2)投与物質
PCにはダイズPC(L-α-phosphatidylcholine(95%)(Soy)、Avanti POLAR LIPIDS社)を用いた。ダイズPCは、50%エタノールで濃度を25mMに調整したものを-30℃で保存し、投与直前にPBSで3mg/kg/100μLになるように希釈した。1回あたり100μLをマウス尾静脈内に投与した。PC含有精製ダイズ油乳化剤としてイントラリポス輸液20%(商品名、大塚製薬)を用いた。1回あたり100μL(精製卵黄レシチンを1.2mg含有)をマウス尾静脈内に投与した。
【0046】
(1-3)群分けおよび投与スケジュール
ダイズPC群、イントラリポス群およびコントロール群(非投与群)の3群を設けた(4匹/群)。がん細胞移植後5日目から13日目までの9日間、イントラリポス100μLまたはダイズPC3mg/kg(100μL)を、27Gシリンジを用いてマウスの尾静脈内に1日1回連日投与した。最終投与の翌日(移植後14日目)にマウスから腫瘍を摘出した。
【0047】
(1-4)腫瘍体積の測定
移植後5、7、10および14日目に腫瘍体積を測定した。腫瘍体積は、長径×短径×高さ×0.5で計算した。
【0048】
(1-5)腫瘍組織標本の作製
摘出した腫瘍を4%パラホルムアルデヒド(PFA)/PBSに浸漬し、4℃で一晩振盪して固定した。固定終了後、冷PBS(4℃)で腫瘍を洗浄した。洗浄は6時間行い、30分毎に新しいPBSに交換した。その後、腫瘍を15%スクロース/PBSに浸漬し、4℃で3時間振盪した。次に、30%スクロース/PBSに浸漬し、4℃で3時間振盪した。続いて、腫瘍をO.C.T.コンパウンド(Tissue-Tek社)に包埋し、-80℃で3日以上冷凍した。
【0049】
(1-6)腫瘍血管構造の観察
O.C.T.コンパウンドで包埋した腫瘍を、クライオスタット(LEICA社)で厚さ40μmの切片にスライスした。スライドガラス上に切片を載せ、ドライヤーで約2時間風乾した。切片の周りをリキッドブロッカーで囲い、スライド染色バットにスライドガラスをセットし、PBSを用いて室温で10分間洗浄することによりO.C.T.コンパウンドを洗い流した。4%PFA/PBSを用いて室温で10分間後固定を行い、PBSを用いて室温で10分間洗浄を行った。ブロッキング溶液(5% normal goat serum/1% BSA/2% skim milk/PBS)を切片上に滴下し、室温で20分間ブロッキングを行った。1次抗体には、抗マウスCD31抗体であるPurified Hamster Anti-PECAM-1(MILLIPORE社:MAB1398Z)を用いた。この1次抗体をブロッキング溶液で200倍希釈して切片上に滴下し、4℃で一晩反応させた。Tween20を含むPBS(PBST)で10分間の洗浄を5回行い、さらにPBSで10分間洗浄を行った。2次抗体には、Alexa Fluor 488 Goat Anti-Hamster IgG(Jackson ImmunoResearch Labolatories社)を用いた。この2次抗体をブロッキング溶液で400倍希釈して切片に滴下し、2時間遮光で反応させた。PBSTで10分間の洗浄を5回行い、Vectashild(Vector Laboratories Inc.社)を数滴落とし、カバーガラスで封入した。共焦点レーザー顕微鏡(LEICA社)にて観察し、写真撮影を行った。
【0050】
(1-7)腫瘍内リンパ球浸潤の観察
O.C.T.コンパウンドで包埋した腫瘍を、クライオスタット(LEICA社)で厚さ20μmの切片にスライスし、上記と同じ手順で後固定およびブロッキングを行った。1次抗体には、Purified Rat Anti-Mouse CD8(BioLegend社:100801)を用い、ブロッキング溶液で200倍希釈して切片上に滴下し、4℃で一晩反応させた。2次抗体には、Goat anti-Rat IgG(H+L) Secondary Antibody, Alexa Fluor 488 conjugate(Thermo Fisher Sxientific社:A11006)を用い、ブロッキング溶液で400倍希釈して切片に滴下し、2時間遮光で反応させた。一晩かけてPBSTで洗浄を行った。3次抗体としてAnti-Mouse CD4 PE(eBioscience社:12-0042-83)、APC標識Rat Anti-Mouse CD31(BD Pharmingen社:551262)を、それぞれブロッキング溶液で400倍に希釈して切片に滴下し、2時間遮光で反応させた。一晩かけてPBSTで洗浄した後に封入剤(DAKO mounting medium、DAKO社)を切片に滴下してカバーガラスで封入した。封入した切片は共焦点レーザー顕微鏡(LEICA社)を用いて倍率400倍の視野で厚さ10μmとして撮影した。腫瘍中心部と腫瘍周辺部に分けて撮影することで、腫瘍中心部と周辺部のリンパ球浸潤の違いを調べた。撮影した画像からCD4陽性細胞およびCD8陽性細胞の数をそれぞれ測定し、面積当たりのリンパ球数を算出した。
【0051】
(2)結果
(2-1)腫瘍体積
結果を
図1に示した。
図1から明らかなように、ダイズPC群およびイントラリポス群はコントロール群と比較して腫瘍の増大を抑制することが示された。
【0052】
(2-2)腫瘍血管構造
結果を
図2に示した。血管内皮細胞が緑色蛍光に染色され、写真では白く描出されている。コントロール群では、連結性が悪い血管が形成されていることが示された。一方、ダイズPC群およびイントラリポス群では、連結性が良好な血管が形成されていることが示された。また、多くの血管で血管径が拡張しており、血管径が10μmを超える静脈様の形態が誘導されていることが判明した。
【0053】
(2-3)腫瘍内リンパ球浸潤
CD4陽性細胞の結果を
図3に、CD8陽性細胞の結果を
図4にそれぞれ示した。
図3および
図4から明らかなように、コントロール群と比較して、ダイズPC群およびイントラリポス群では、CD4陽性細胞およびCD8陽性細胞のどちらも腫瘍内にび漫性に浸潤しており、腫瘍免疫の改善効果が観察された。ダイズPC群およびイントラリポス群の腫瘍周辺部のCD4陽性細胞数は、それぞれコントロール群の1.5倍および1.2倍に増加しており、腫瘍中心部のCD4陽性細胞数は、それぞれコントロール群の3倍および4倍に増加していた。また、ダイズPC群およびイントラリポス群のCD8陽性細胞数は、腫瘍周辺部および中心部のどちらにおいても、それぞれコントロール群の2倍以上増加していた。
【0054】
(2-4)まとめ
リンパ球などの炎症細胞は、血管内から組織に侵入する際には、毛細血管より太い細静脈から血管外に漏出することが知られている。実施例1の結果から、PCは血管網を連結させて腫瘍内の血流を改善させると共に、血管を静脈様に変化させることで、リンパ球の腫瘍組織内への浸潤を促進し、腫瘍の増大を抑制するものと考えられた。
【0055】
〔参考例1:リゾホスファチジルコリン投与との比較〕
PCの分解産物であるリゾホスファチジルコリン(以下「LPC」と記す)投与により、腫瘍内血管構造がPC投与と同様に静脈様の形態に変化するかどうかを確認した。
【0056】
(1)実験方法
投与物質としてLPC(Avanti POLAR LIPIDS社製;1-oleoyl-2-hydroxy-sn-glycero?3-phosphocholine)およびダイズPC(実施例1と同じ)を用いた以外は、実施例1と同じ方法で実験を行った。なお、LPCは、実施例1のダイズPCと同様の手順で3mg/kg/100μL溶液を調製し、1回あたり100μLをマウス尾静脈内に投与した。
【0057】
(2)結果
結果を
図5に示した。LPC群はダイズPC群と異なり、腫瘍内血管に対して構造的変化を誘導しなかった。この結果から、PCはLPCに分解された後に腫瘍内血管の構造的変化を誘導するのではなく、PCのままで腫瘍内血管の構造的変化を誘導することが明らかになった。すなわち、リゾリン脂質受容体を介して腫瘍免疫を活性化する先願発明とはメカニズムが異なることが明らかになった。
【0058】
ホスファチジルコリンは、生体に対して安全に投与されることが確認されている物質である。そして、上記の知見により、ホスファチジルコリンは腫瘍領域全体への免疫細胞の浸潤を促進し、細胞障害性T細胞等の免疫細胞による腫瘍細胞に対する殺細胞効果を増強させることができること、また、腫瘍内部にCD4陽性細胞が浸潤することで、腫瘍細胞が発現する分子による抗原提示が可能な状態にとなることが明らかになった。さらに、ホスファチジルコリンは正常組織の血管に障害を与えないので、副作用のリスクは非常に低い。このようなホスファチジルコリンの機能はがん種によって異なることなく生じると考えられるため、ホスファチジルコリンはどのようながん種にも適用可能であり、特に、血流の乏しいがん(膵臓がん等)に対して顕著な効果が期待できる。
【0059】
〔実施例2:大腸がんに対するホスファチジルコリン投与の効果〕
(1)実験方法
(1-1)使用細胞および使用動物
マウスがん細胞株としてcolon26細胞(マウス大腸がん細胞株)を用いた。8週齢のBalb/cマウス(♀、SLC社)の皮下に、colon26細胞(1×106個/100μL・PBS/匹)を注射した。
【0060】
(1-2)投与物質
実施例1と同じダイズPCを用いた。実施例1と同様に、投与直前にPBSで3mg/kg/100μLになるように希釈し、1回あたり100μLをマウス尾静脈内に投与した。
【0061】
(1-3)群分けおよび投与スケジュール
ダイズPC群およびコントロール群(溶媒投与群)の2群を設けた(3匹/群)。がん細胞移植後7日目から13日目までの7日間、ダイズPC3mg/kg(100μL)を、マウスの尾静脈内に1日1回連日投与した。最終投与の翌日(移植後14日目)にマウスから腫瘍を摘出した。
【0062】
(1-4)腫瘍組織標本の作製、腫瘍血管構造の観察および腫瘍内リンパ球浸潤の観察
実施例1と同じ方法で、腫瘍組織標本を作製し、腫瘍血管構造の観察を行い、腫瘍内リンパ球浸潤の観察を行った。
【0063】
(2)結果
(2-1)腫瘍血管構造
結果を
図6に示した。実施例1の結果と同様に、ダイズPC群では、連結性が良好で血管径が太い静脈様の形態の血管が誘導されていることが示された。
【0064】
(2-2)腫瘍内リンパ球浸潤
結果を
図7に示した。左がCD4陽性細胞の結果、右がCD8陽性細胞の結果である。実施例1の結果と同様に、ダイズPC群では、CD4陽性細胞およびCD8陽性細胞のどちらも腫瘍内への浸潤が誘導されていることが示された。
【0065】
〔実施例3:メラノーマに対するホスファチジルコリン投与の効果〕
(1)実験方法
(1-1)使用細胞および使用動物
マウスがん細胞株としてB16細胞(マウスメラノーマ細胞株)を用いた。8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下に、B16細胞(1×106個/100μL・PBS/匹)を注射した。
【0066】
(1-2)投与物質
実施例1と同じダイズPCを用いた。実施例1と同様に、投与直前にPBSで3mg/kg/100μLになるように希釈し、1回あたり100μLをマウス尾静脈内に投与した。
【0067】
(1-3)群分けおよび投与スケジュール
ダイズPC群およびコントロール群(溶媒投与群)の2群を設けた(3匹/群)。がん細胞移植後5日目から11日目までの7日間、ダイズPC3mg/kg(100μL)を、マウスの尾静脈内に1日1回連日投与した。最終投与の翌日(移植後12日目)にマウスから腫瘍を摘出した。
【0068】
(1-4)腫瘍組織標本の作製、腫瘍血管構造の観察および腫瘍内リンパ球浸潤の観察
実施例1と同じ方法で、腫瘍組織標本を作製し、腫瘍血管構造の観察を行い、腫瘍内リンパ球浸潤の観察を行った。
【0069】
(2)結果
(2-1)腫瘍血管構造
結果を
図8に示した。実施例1および2の結果と同様に、ダイズPC群では、連結性が良好で血管径が太い静脈様の形態の血管が誘導されていることが示された。
【0070】
(2-2)腫瘍内リンパ球浸潤
結果を
図9に示した。左がCD4陽性細胞の結果、右がCD8陽性細胞の結果である。実施例1および2の結果と同様に、ダイズPC群では、CD4陽性細胞およびCD8陽性細胞のどちらも腫瘍内への浸潤が誘導されていることが示された。
【0071】
実施例2および3の結果から、PCは異なるがん種、異なるマウス系統においても、実施例1と同様の効果を発現することが示された。したがって、PCの腫瘍内血管に対する効果と、リンパ球浸潤を誘導する効果は、どのようながん種においても発現されるものと結論される。
【0072】
〔実施例4:ルイス肺がんに対するホスファチジルコリンと免疫チェックポイント阻害剤の併用効果〕
(1)実験方法
(1-1)使用細胞および使用動物
LLC細胞(Lewis肺がん細胞株)を用いた。8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下に、LLC細胞(1×106個/100μL・PBS/匹)を注射した。
【0073】
(1-2)投与物質
実施例1と同じダイズPCを用いた。実施例1と同様に、投与直前にPBSで3mg/kg/100μLになるように希釈し、1回あたり100μLをマウス尾静脈内に投与した。免疫チェックポイント阻害剤として、抗PD-1抗体(BioXcell社)を用いた。
【0074】
(1-3)群分けおよび投与スケジュール
ダイズPC群、抗PD-1抗体群、ダイズPC/抗PD-1抗体併用群およびコントロール群(溶媒投与群)の4群を設けた(3匹/群)。がん細胞移植後7日目から20日目までの13日間、ダイズPC3mg/kg(100μL)を、マウスの尾静脈内に1日1回連日投与した。抗PD-1抗体は、200μg/mouseの用量で、がん細胞移植後7日目、9日目、11日目、14日目、16日目、18日目に腹腔内投与した。
【0075】
(1-4)腫瘍体積の測定
がん細胞移植後7、14および21日目に腫瘍体積を測定した。腫瘍体積は、長径×短径×高さ×0.5で計算した。
【0076】
(2)結果
腫瘍体積の測定結果を
図10に示した。ルイス肺がんは抗PD-1抗体単独では効果がないことが知られているが、本実験においても抗PD-1抗体群は腫瘍の増大を抑制しなかった。ダイズPC群は腫瘍の増大を抑制したが、ダイズPC/抗PD-1抗体併用群は腫瘍の増大を顕著に抑制し、相乗効果が認められた。
【0077】
〔実施例5:大腸がんに対するホスファチジルコリンと免疫チェックポイント阻害剤の併用効果〕
(1)実験方法
(1-1)使用細胞および使用動物
colon26細胞(マウス大腸がん細胞株)を用いた。8週齢のBalb/cマウス(♀、SLC社)の皮下に、colon26細胞(1×106個/100μL・PBS/匹)を注射した。
【0078】
(1-2)投与物質
実施例1と同じダイズPCを用いた。実施例1と同様に、投与直前にPBSで3mg/kg/100μLになるように希釈し、1回あたり100μLをマウス尾静脈内に投与した。免疫チェックポイント阻害剤として、抗PD-1抗体(BioXcell社)を用いた。
【0079】
(1-3)群分けおよび投与スケジュール
ダイズPC群、抗PD-1抗体群、ダイズPC/抗PD-1抗体併用群およびコントロール群(溶媒投与群)の4群を設けた(3匹/群)。がん細胞移植後7日目から20日目までの13日間、ダイズPC3mg/kg(100μL)を、マウスの尾静脈内に1日1回連日投与した。抗PD-1抗体は、200μg/mouseの用量で、がん細胞移植後7日目、9日目、11日目、14日目、16日目、18日目に腹腔内投与した。
【0080】
(1-4)腫瘍体積の測定
がん細胞移植後7、14および21日目に腫瘍体積を測定した。腫瘍体積は、長径×短径×高さ×0.5で計算した。
【0081】
(2)結果
腫瘍体積の測定結果を
図11に示した。実施例4と同様に、ダイズPC群および抗PD-1抗体群は腫瘍の増大を抑制したが、ダイズPC/抗PD-1抗体併用群は腫瘍の増大を顕著に抑制した。
【0082】
実施例4および5の結果から、どのようながん種においても、PCが腫瘍内にリンパ球の浸潤を誘導し、免疫チェックポイント阻害剤リンパ球を活性化させることにより、抗腫瘍効果が顕著になることが判明した。
【0083】
〔実施例6:大腸がんに対するホスファチジルコリンと免疫細胞輸注療法の併用効果〕
現在、腫瘍免疫療法としては、免疫チェックポイント阻害剤の他、がん患者から採取したリンパ球等の免疫細胞を試験管内で増殖させた後、または活性化させた後、がん患者に投与することで、腫瘍免疫効果を高める免疫療法(免疫細胞輸注療法)が臨床で実施されている。しかし、腫瘍内へのリンパ球の浸潤は抑制されていることから、免疫細胞輸注療法を効率よく実施するためには、まず腫瘍内の血管を制御して、リンパ球が腫瘍内へ浸潤することを可能にしておくことが必要である。そこで、担がんマウスにおいて、PCの投与後リンパ球を静脈内投与し、リンパ球の腫瘍内への浸潤が促進するかどうかを検討した。
【0084】
(1)実験方法
(1-1)使用細胞および使用動物
colon26細胞(マウス大腸がん細胞株)を用いた。8週齢のBalb/cマウス(♀、SLC社)の皮下に、colon26細胞(1×106個/100μL・PBS/匹)を注射した。
【0085】
(1-2)投与物質
実施例1と同じダイズPCを用いた。実施例1と同様に、投与直前にPBSで3mg/kg/100μLになるように希釈し、1回あたり100μLをマウス尾静脈内に投与した。
【0086】
(1-3)リンパ球の調製
ほぼ全身の組織細胞において緑色蛍光を発現するトランスジェニックマウス(C57BL/6-Tg(CAG-EGFP)、SLC社)の脾臓からリンパ球を回収し、リンパ球懸濁液を調製した。
【0087】
(1-4)群分けおよび投与スケジュール
ダイズPC群およびコントロール群(溶媒投与群)の2群を設けた(3匹/群)。がん細胞移植後7日目から13日目までの7日間、ダイズPC3mg/kg(100μL)を、マウスの尾静脈内に1日1回連日投与した。最終投与の翌日(移植後14日目)に、リンパ球懸濁液(5×106個)を尾静脈内に投与した。リンパ球投与の1時間後にマウスから腫瘍を摘出した。
【0088】
(1-5)腫瘍組織標本の作製および腫瘍内リンパ球浸潤の観察
実施例1と同じ方法で腫瘍組織標本を作製し、抗体として抗EGFP抗体(MBLライフサイエンス社)を用いた以外は実施例1と同じ方法で腫瘍内リンパ球浸潤の観察を行った。
【0089】
(2)結果
結果を
図12に示した。コントロール群では静脈内投与したリンパ球がほとんど腫瘍内に浸潤していなかった。一方、ダイズPC群では静脈内投与したリンパ球の腫瘍内浸潤が観察された。
【0090】
〔実施例7:メラノーマに対するホスファチジルコリンと免疫細胞輸注療法の併用効果〕
B16細胞(マウスメラノーマ細胞株)およびC57BL/6NCrSlcマウスを用いた以外は、実施例6と同じ方法で、静脈内投与したリンパ球の腫瘍内浸潤を観察した。
【0091】
結果を
図13に示した。実施例6の結果と同様に、コントロール群では静脈内投与したリンパ球がほとんど腫瘍内に浸潤していなかったが、ダイズPC群では静脈内投与したリンパ球の腫瘍内浸潤が観察された。
【0092】
〔実施例8:ルイス肺がんに対するホスファチジルコリンと免疫細胞輸注療法の併用効果〕
LLC細胞(Lewis肺がん細胞株)およびC57BL/6NCrSlcマウスを用いた以外は、実施例6と同じ方法で、静脈内投与したリンパ球の腫瘍内浸潤を観察した。
【0093】
結果を
図14に示した。実施例6の結果と同様に、コントロール群では静脈内投与したリンパ球がほとんど腫瘍内に浸潤していなかったが、ダイズPC群では静脈内投与したリンパ球の腫瘍内浸潤が観察された。
【0094】
実施例6,7および8の結果から、PCにより腫瘍内の血管をリンパ球が浸潤できる状態にしておくことで、静脈から投与されたリンパ球による抗腫瘍効果を促進できると考えられた。この効果は異なるがん種、異なるマウス系統においても観察されたことから、遺伝背景の異なる人種においても、また免疫状態の異なる人種においても、PCは共通して腫瘍免疫治療の効果を高めることができると考えられる。近年、iPS細胞やES細胞、造血幹細胞から分化誘導したリンパ球の投与により、腫瘍免疫を高める治療法が考案されている。このような未分化細胞から誘導されたリンパ球を用いた治療においても、PCにより腫瘍血管をあらかじめ制御しておくことが有用であると考えられる。
【0095】
〔実施例9:各種ホスファチジルコリンによる効果の検討〕
ダイズPCは脂肪酸の長さや、不飽和度の異なるホスファチジルコリンのヘテロな集団であることが知られている。そこで、どのようなPCでもダイズPCと同様の効果を奏するかどうかを確認するために、各種PCを用いて担がんマウスに対する効果を検討した。
【0096】
PCを、以下の2群に分類した(表1参照)。
A群:2本の脂肪酸が同じ脂肪酸であるPC
B群:2本の脂肪酸が異なる脂肪酸であるPC
A群のPCとして、ジオクタノイルホスファチジルコリン(AVANTI社)、ジミリストイルホスファチジルコリン(日本精化社)、ジステアロイルホスファチジルコリン(日本精化社)、ジオレオイルホスファチジルコリン(日本精化社)およびジリノレオイルホスファチジルコリン(AVANTI社)を使用した。B群のPCとして、(1-パルミトイル-2-ミリストイル)ホスファチジルコリン(AVANTI社)および(1-パルミトイル-2-オレオイル)ホスファチジルコリン(AVANTI社)を使用した。
【0097】
実施例1と同様に、8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下に、LLC細胞(1×106個/100μL・PBS/匹)を注射して担がんマウスを作製した。がん細胞移植後7日目から13日目までの7日間、各種PC3mg/kg(100μL)を、マウスの尾静脈内に1日1回連日投与した。コントロール群のマウスには溶媒を投与した。最終投与の翌日(移植後14日目)にマウスから腫瘍を摘出し、実施例1と同じ方法で腫瘍の組織切片を作製し、腫瘍血管構造の観察を行い、腫瘍内リンパ球浸潤の観察を行った。
【0098】
腫瘍内リンパ球浸潤の結果を表1に示した。使用したすべてのPC投与群において、CD4陽性細胞およびCD8陽性細胞のどちらも腫瘍内への浸潤が促進されていることが観察された。代表例として、A群のジステアロイルホスファチジルコリンを投与した結果を
図15に示した。他のPCを投与した標本においても、同様の観察像が得られた。腫瘍血管構造の観察についても、使用したすべてのPC投与群で静脈様の血管が増生していることが観察された。また、7日間PC投与後の腫瘍体積は、すべてのPC投与群においてコントロール群に比べ腫瘍の増大が抑制されていた。
【0099】
【0100】
〔実施例10:ホスファチジルコリンによる腫瘍内低酸素の改善効果〕
8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下に、LLC細胞(1×106個/100μL・PBS/匹)を注射して担がんマウスを作製した。実施例1と同様に、がん細胞移植後7日目から13日目までの7日間、ダイズPCまたはイントラリポスをマウスの尾静脈内に1日1回連日投与した。コントロール群のマウスには溶媒を投与した。腫瘍細胞の移植後14日目にPimonidazole(Hypoxyprobe, Burlington, MA, USA)を60mg/kg(100μL)腹腔内投与し、2時間後にマウスから腫瘍を回収した。実施例1と同じ方法で腫瘍組織切片を作製し、抗Pimonidazole抗体を用いて低酸素領域を可視化して観察した。
【0101】
結果を
図16に示した。
図16から明らかなように、ダイズPC群およびイントラリポス群はコントロール群と比較して有意に低酸素領域が減少していることが示され、PC投与により腫瘍内の血流が改善していることが明らかになった。がん組織の低酸素状態はがん細胞の染色体DNAの変異をもたらし、がん細胞の悪性化を誘導することが判明しているので、PCによる血流改善によりがん細胞の悪性化の抑制が可能であると考えられる。
【0102】
〔実施例11:ホスファチジルコリンによる腫瘍内への薬剤送達促進効果〕
8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下に、LLC細胞(1×106個/100μL・PBS/匹)を注射して担がんマウスを作製した。実施例1と同様に、がん細胞移植後7日目から13日目までの7日間、ダイズPCまたはイントラリポスをマウスの尾静脈内に1日1回連日投与した。コントロール群のマウスには何も投与しなかった。腫瘍細胞の移植後14日目に赤色の蛍光を発する抗がん剤であるドキソルビシン(日本化薬)3mg/100μLを静脈内投与し、20分後にマウスから腫瘍を回収した。実施例1と同じ方法で腫瘍組織切片を作製し、腫瘍内の赤色蛍光物質(ドキソルビシン)を観察した。
【0103】
結果を
図17に示した。
図17から明らかなように、コントロール群ではドキソルビシンの腫瘍内移行はほとんど観察されなかったが、ダイズPC群およびイントラリポス群では、ドキソルビシンが腫瘍中心部に送達されていることが観察された。
【0104】
〔実施例12:ホスファチジルコリンと5-FUの併用による抗腫瘍効果〕
PC投与により、腫瘍内の血流が改善し、薬剤を腫瘍深部まで効率よく送達するできることが示されたので、PCと抗がん剤の併用による抗腫瘍効果を検討した。
【0105】
8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下に、LLC細胞(1×106個/100μL・PBS/匹)を注射して担がんマウスを作製した。ダイズPC群、5-FU群、ダイズPC/5-FU併用群およびコントロール群(溶媒投与群)の4群を設けた(3匹/群)。ダイズPC群およびダイズPC/5-FU併用群には、実施例1と同様に、がん細胞移植後7日目から20日目までの13日間、ダイズPC3mg/kg(100μL)を、マウスの尾静脈内に1日1回連日投与した。5-FU群およびダイズPC/5-FU併用群には、5-FU(協和発酵)を20mg/kgの用量でがん細胞移植後7日目と14日目に腹腔内に投与した。がん細胞移植後7、14および21日目に腫瘍体積を測定した。腫瘍体積は、長径×短径×高さ×0.5で計算した。
【0106】
結果を
図18に示した。ダイズPC群および5-FU群はコントロール群と比較して腫瘍の増大を抑制したが、ダイズPC/5-FU併用群は各単独投与群より顕著に腫瘍の増大を抑制した。
【0107】
以上の結果から、PCは腫瘍内の血管を拡大して静脈様血管の形成を促進するが、同時に血管の連結も誘導して血流を改善し、それに伴い腫瘍組織への薬剤の送達性が向上し、抗がん剤の効果を顕著に亢進させることが明らかになった。
【0108】
〔実施例13:HUVECに対するダイズホスファチジルコリンの効果〕
これまでマウス担がんモデルを用いたPCの血管に対する効果を解析したが、ここではヒトの血管内皮細胞に対するPCの効果を解析した。
【0109】
(1)実験方法
48ウェルプレートにマトリゲル(BD biosciences社)を200μL/ウェルコーティングし、ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC;クラボウ社)を5×104個/200μL/ウェル播種して培養した。培養にはHuMedia-EB2(クラボウ社)にFCSを1%濃度で加えた培地を用いた。培地にVEGF(recombinant human VEGF165、Peprotec社)を最終濃度が10ng/mLになるように添加し、血管内皮細胞による管腔形成を誘導した。VEGF添加と同時にダイズPCを10μMで添加して、培養開始から12~16時間後に顕微鏡下で写真撮影した。さらにHoechst(ベーリンガー社)を添加して細胞核を染色し、形成された血管を観察した。ダイズPCを添加していないウェルをコントロールとした。
【0110】
(2)結果
結果を
図19に示した。コントロール群およびダイズPC群ともに管腔形成が誘導されていたが、ダイズPC群では、一部管腔径の太い血管(矢印)が観察された。マウス担がんモデルの実施例において、PC投与により腫瘍内血管の血管径が太くなり静脈化が促進されることが観察されたが、本実施例の結果から、ヒトの血管においても同様に静脈化が促進されることが判明した。
【0111】
〔実施例14:HUVECに対する各種ホスファチジルコリンの効果〕
ダイズPC以外に8種類のPCを用いて、実施例12と同じ実験を実施した。PCの分類は実施例8と同じA群およびB群とした。使用したPCは以下のとおりである(表2参照)。
A群:
(1)ジオクタノイルホスファチジルコリン(AVANTI社)
(2)ジミリストイルホスファチジルコリン(日本精化社)
(3)ジステアロイルホスファチジルコリン(日本精化社)
(4)ジオレオイルホスファチジルコリン(日本精化社)
(5)ジリノレオイルホスファチジルコリン(AVANTI社)
(6)ジドコサヘキサエノイルホスファチジルコリン(AVANTI社)
B群:
(7)(1-パルミトイル-2-ミリストイル)ホスファチジルコリン(AVANTI社)
(8)(1-パルミトイル-2-オレオイル)ホスファチジルコリン(AVANTI社)
【0112】
結果を表2および
図20に示した。コントロール群、ダイズPC群、各種PC群(1~8)のすべてにおいて管腔形成が誘導されていたが、ダイズPC群および各種PC群(1~8)では、一部管腔径の太い血管(矢印)が観察された。すなわち、ダイズPCだけでなく各種PCも静脈化の促進作用を有することが判明した。
【0113】
【0114】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。