(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-14
(45)【発行日】2022-02-15
(54)【発明の名称】形質転換体、形質転換体の製造方法、および、当該形質転換体を用いた還元型リン化合物の有無の検出方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20220207BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20220207BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20220207BHJP
【FI】
C12N15/09 Z ZNA
C12N1/21
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2016170317
(22)【出願日】2016-08-31
【審査請求日】2019-07-04
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、実施許諾の用意がある。
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】廣田 隆一
(72)【発明者】
【氏名】黒田 章夫
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-031429(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0125934(US,A1)
【文献】国際公開第2014/024998(WO,A1)
【文献】Journal of Bacteriology,1998年,Vol.180, No.21,p.5547-5558
【文献】FEMS Microbiology Letters,2011年,Vol.320,p.25-32
【文献】日本生物工学会大会講演要旨集,2015年,Vol.67,p.319, P-194
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/09
C12N 1/21
C12Q 1/02
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
すべてのリン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子のリン酸および還元型リン酸を細胞内へ輸送する機能、および、すべてのリン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子のリン酸エステルを細胞内へ輸送する機能を欠損し、かつ、次亜リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子が導入されており、リン酸を増殖に利用できず、かつ、亜リン酸を増殖に利用することができることを特徴とする
微生物の形質転換体。
【請求項2】
上記次亜リン酸輸送体タンパク質は、HtxBCDEタンパク質であり、以下の(1)~(3)の何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質のうちHtxAタンパク質を除くタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(1)~(3)何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質のうちHtxAタンパク質を除くタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であることを特徴とする請求項1に記載の形質転換体:
(1)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(2)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;または、
(3)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が90%以上のポリヌクレオチドからなり、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項3】
更に、亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質をコードする遺伝子が導入されていることを特徴とする請求項1または2に記載の形質転換体。
【請求項4】
更に、アルカリホスファターゼタンパク質をコードする遺伝子の機能が欠損していることを特徴とする請求項1~3の何れか1項に記載の形質転換体。
【請求項5】
上記形質転換体が、大腸菌の形質転換体であることを特徴とする請求項1~4の何れか1項に記載の形質転換体。
【請求項6】
上記リン酸輸送体タンパク質は、PitAタンパク質、PitBタンパク質、PstSCABタンパク質、およびPhnCDEタンパク質であることを特徴とする請求項5に記載の形質転換体。
【請求項7】
上記リン酸エステル輸送体タンパク質は、UhpTタンパク質、UgpBタンパク質、およびGlpTタンパク質であることを特徴とする請求項5または6に記載の形質転換体。
【請求項8】
すべてのリン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子のリン酸および還元型リン酸を細胞内へ輸送する機能、および、すべてのリン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子のリン酸エステルを細胞内へ輸送する機能を欠損し、かつ、HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子が導入されており、リン酸を増殖に利用できず、かつ、次亜リン酸を増殖に利用することができることを特徴とする
微生物の形質転換体。
【請求項9】
すべてのリン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子のリン酸および還元型リン酸を細胞内へ輸送する機能、および、すべてのリン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子のリン酸エステルを細胞内へ輸送する機能を欠損した宿主に、次亜リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、または、HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子を導入する工程を有することを特徴とする
微生物の形質転換体の製造方法。
【請求項10】
請求項1~8の何れか1項に記載の形質転換体を、検出対象である培地を用いて培養する培養工程と、
上記培養工程における上記形質転換体の増殖の有無を検出する検出工程と、を有することを特徴とする還元型リン化合物の有無の検出方法。
【請求項11】
上記還元型リン化合物が、ホスホン酸であることを特徴とする請求項10に記載の還元型リン化合物の有無の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、形質転換体、形質転換体の製造方法、および、当該形質転換体を用いた還元型リン化合物の有無の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、多岐の用途に適用可能な遺伝子組換え生物が作製されている。作製された遺伝子組み換え生物は、例えば、経口ワクチン剤、または、自然環境の改善などの目的に使用されることが期待されている。
【0003】
その一方で、遺伝子組み換え生物を実際に用いる為には、いくつか条件がある。条件の1つとして、限定された場所のみにおいて増殖し、当該場所以外では増殖出来ない遺伝子組み換え生物(換言すれば、封じ込め効果の高い遺伝子組み換え生物)を作製する必要がある。このような遺伝子組み換え生物であれば、たとえ当該遺伝子組み換え生物が自然界に漏れ出たとしても、当該遺伝子組み換え生物が自然界で増殖することはできず、当該遺伝子組み換え生物によって自然界が汚染されることを防ぐことができる。
【0004】
このような遺伝子組み換え生物を作製するための様々な方法が開発されており、このような方法として、(i)毒性を有する遺伝子を生物に導入し、所望の時間が経過すると当該遺伝子の毒性によって生物を死滅させる方法(自殺スイッチ(kill switch))、および、(ii)生物から生育に必須な化合物の生合成能力を欠失させ、当該生物を外部から供給される栄養によって生存させる方法(栄養要求性(auxotrophy))を挙げることができる。
【0005】
しかしながら、上述した(i)および(ii)の方法は、封じ込め効果が十分ではなく、更に封じ込め効果の高い方法の開発が望まれていた。
【0006】
このような状況下にあって、(iii)生物に対して、自然界には存在しない化合物に対する栄養要求性を付与する方法(合成栄養要求性(synthetic auxotrophy))が、新たに開発された。(iii)の方法を開示した具体例として、非特許文献1を挙げることができる。非特許文献1では、自然界に存在せず人工的に合成されたアミノ酸が存在する環境下において増殖することができる大腸菌の作製方法が記載されている。当該方法では、大腸菌の多数の遺伝子に変異を導入することによって、目的の大腸菌を作製している。そして、(iii)の方法では、例えば、1011個の遺伝子組み換え生物が自然界に漏れ出たと想定した場合に、自然界で生存できる遺伝子組み換え生物の数は、0個である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Alexis J. Rovner et. al., Recoded organisms engineered to depend on synthetic amino acids,Nature,vol.518,p89-93, 5 Febrary 2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した(iii)の方法は、高い封じ込め効果を実現できる一方で、遺伝子組み換え生物の作製が煩雑になるという問題点を有している。
【0009】
具体的に、(iii)の方法では、大腸菌における200~300個の遺伝子内のTGAコドンを全て欠損させる必要がある。更に、(iii)の方法では、自然界に存在せず人工的に合成されたアミノ酸に対応するtRNA、aaRSおよびコドンを、当該大腸菌へ導入する必要もある。
【0010】
本発明は、前記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、高い封じ込め効果を有し、かつ、簡便な手順にて作製できる形質転換体、当該形質転換体の製造方法、および、当該形質転換体を用いた還元型リン化合物の有無の検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の形質転換体は、上記課題を解決するために、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を欠損し、かつ、次亜リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子が導入されており、リン酸を増殖に利用できず、かつ、亜リン酸を増殖に利用することができることを特徴としている。
【0012】
上記次亜リン酸輸送体タンパク質は、HtxBCDEタンパク質であり、以下の(1)~(3)の何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質のうちHtxAタンパク質を除くタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(1)~(3)の何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質のうちHtxAタンパク質を除くタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であることが好ましい:
(1)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(2)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;または、
(3)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が90%以上のポリヌクレオチドからなり、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0013】
本発明の形質転換体は、更に、亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質をコードする遺伝子が導入されていることが好ましい。
【0014】
本発明の形質転換体は、更に、アルカリホスファターゼタンパク質をコードする遺伝子の機能が欠損していることが好ましい。
【0015】
本発明の形質転換体は、上記形質転換体が、大腸菌の形質転換体であることが好ましい。
【0016】
本発明の形質転換体では、上記リン酸輸送体タンパク質は、PitAタンパク質、PitBタンパク質、PstSCABタンパク質、およびPhnCDEタンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質であることが好ましい。
【0017】
本発明の形質転換体では、上記リン酸エステル輸送体タンパク質は、UhpTタンパク質、UgpBタンパク質、およびGlpTタンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質であることが好ましい。
【0018】
本発明の形質転換体は、上記課題を解決するために、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を欠損し、かつ、HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子(換言すれば、次亜リン酸ジオキシゲナーゼタンパク質であるHtxAタンパク質と、次亜リン酸輸送体タンパク質であるHtxABCDEタンパク質とをコードする遺伝子)が導入されており、リン酸を増殖に利用できず、かつ、次亜リン酸を増殖に利用することができることを特徴としている。
【0019】
本発明の形質転換体の製造方法は、上記課題を解決するために、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を欠損した宿主に、次亜リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、または、HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子を導入する工程を有することを特徴としている。
【0020】
本発明の還元型リン化合物の有無の検出方法は、上記課題を解決するために、本発明の形質転換体を、検出対象である培地を用いて培養する培養工程と、上記培養工程における上記形質転換体の増殖の有無を検出する検出工程と、を有することを特徴としている。
【0021】
本発明の還元型リン化合物の有無の検出方法では、上記還元型リン化合物が、ホスホン酸であることが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明の形質転換体は、少ない数の遺伝子を操作することによって、容易に作製され得る。また、本発明の形質転換体は、既存の株を用いて、容易に作製され得る。
【0023】
本発明の形質転換体は、自然界に存在するリン酸ではなく、自然界に存在しない還元型リン化合物を細胞内に取り込んで資化する能力を有しているので、たとえ自然界に漏れたとしても、還元型リン化合物が存在しない自然界では死滅する、換言すれば、高い封じ込め効果を実現することができる。
【0024】
本発明の形質転換体は、変異によって非許容培地で生育できるようになる株が出現しないので、高い封じ込め効果を発揮する。
【0025】
本発明の形質転換体は、安価な還元型リン化合物を用いて培養されるため、形質転換体の増殖におけるコストを低減することが可能である。
【0026】
本発明の形質転換体は、高価な抗生物質などを使用せずに培養されるため、形質転換体の増殖におけるコストを低減することが可能である。
【0027】
自然界に存在するほとんどの生物は還元型リン化合物を細胞内に取り込んで資化する能力を有していないので、還元型リン化合物を用いて本発明の形質転換体を培養することによって、自然界に存在する生物の増殖を抑えて、本発明の形質転換体のみを大量に調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図2】本発明の実施例において、リン酸輸送体、亜リン酸輸送体および次亜リン酸輸送体タンパク質の、リン酸および還元型リン化合物それぞれに対する細胞取り込み能力を示すグラフである。
【
図3】本発明の実施例の形質転換体が有する、還元型リン化合物依存的な増殖能力を示すグラフである。
【
図4】本発明の実施例の形質転換体が有する、還元型リン化合物依存的な増殖能力を示す像である。
【
図5】本発明の実施例の形質転換体が有する、還元型リン化合物依存的な増殖能力を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の一実施形態について以下に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明は、以下に説明する各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。また、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上B以下」を意図する。
【0030】
〔1.本発明の基本原理〕
自然界には、リン酸(または、リン酸化合物)が多量に存在する一方で、還元型リン化合物(例えば、亜リン酸、および、次亜リン酸)は、存在しないか、または、存在したとしても非常に少量である。この場合、リン酸には依存せず、かつ、還元型リン化合物に依存して増殖する形質転換体を作製すれば、当該形質転換体は、たとえ自然界に漏れたとしても、自然界では増殖することができない。本発明者は、当該形質転換体は高い封じ込め効果を有するとの着想に至り、当該形質転換体の作製を目指した。
【0031】
図1に示すように、生物には、基本的に、リン酸輸送体タンパク質、および、リン酸エステル輸送体タンパク質が存在している。
【0032】
リン酸輸送体タンパク質は、リン酸および還元型リン化合物を細胞内に取り込むタンパク質である。一方、リン酸エステル輸送体タンパク質は、リン酸エステルを細胞内に取り込むタンパク質である。なお、リン酸エステルが細胞内に取り込まれると、細胞内の代謝系によって、当該リン酸エステルは、間接的にリン源として利用される。
【0033】
もし、リン酸輸送体タンパク質、および、リン酸エステル輸送体タンパク質の両方が生物内に存在すると、自然界から細胞内へリン酸が供給されることとなり、形質転換体は、自然界において、リン酸に依存して増殖することとなる。そこで、本発明者は、まず、本発明の形質転換体では、リン酸輸送体タンパク質、および、リン酸エステル輸送体タンパク質の両方の機能を欠損させる必要があると考えた。
【0034】
リン酸輸送体タンパク質、および、リン酸エステル輸送体タンパク質の両方の機能を欠損させると、自然界から細胞内へリン酸が供給されなくなる一方で、自然界から細胞内へ還元型リン化合物も供給されなくなる。この場合、形質転換体は、還元型リン化合物に依存して増殖できなくなる。
【0035】
そこで、上記のような還元型リン化合物に依存する形質転換体を作製する為、本発明者は、まず、リン酸の輸送系を欠損し、亜リン酸送体タンパク質をコードする遺伝子PtxABCを導入することで、目的とする形質転換体を得ようと試みた。しかし、本発明者が研究を行った結果、PtxABCは、亜リン酸とともに、リン酸も細胞内へ輸送することが判明した。従って、リン酸輸送系を欠損させて、亜リン酸輸送系を組み込んだ形質転換体は、封じ込め効果を有しなかった。それ故に、細胞内へリン酸およびリン酸エステルを取り込む能力を欠損し、かつ、細胞内へ還元型リン化合物のみを取り込む能力を有するタンパク質の発見が求められた。その後本発明者は、次亜リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子HtxBCDEが、還元型リン化合物(例えば、次亜リン酸および亜リン酸)を輸送し、リン酸を輸送しないという機能を有することを新たに発見した。リン酸輸送系を欠損させて、HtxBCDEを導入することで、リン酸は利用できず、還元型リン化合物を利用する形質転換体を作製することに成功した。形質転換体がHtxBCDEタンパク質を発現すれば、当該形質転換体は、細胞内に還元型リン化合物のみを取り込むことができ、当該還元型リン化合物は細胞内の代謝系によってリン酸へと変換され、当該リン酸を利用して形質転換体は増殖することができる。また、さらに次亜リン酸ジオキシゲナーゼをコードするHtxA遺伝子をHtxBCDE遺伝子と同時に発現すれば、HtxBCDEタンパク質によって細胞内に取り込まれた次亜リン酸がHtxAタンパク質によって酸化されて細胞内に亜リン酸が生じ、当該亜リン酸がPtxDタンパク質によって酸化されて細胞内にリン酸が生じ、当該リン酸を利用して形質転換体は増殖することができる。
【0036】
上述した基本原理に基づいて、本発明の形質転換体は、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を欠損し、かつ、HtxBCDEタンパク質、または、HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子が導入されており、リン酸を増殖に利用できず、かつ、還元型リン化合物(例えば、亜リン酸および/または次亜リン酸)を増殖に利用することができることを特徴としている。ここで、HtxABCDE遺伝子は、次亜リン酸ジオキシゲナーゼ(HtxA)遺伝子と次亜リン酸輸送体(HtxBCDE)遺伝子とをコードする遺伝子である。以下に、本発明について、更に詳細に説明する。
【0037】
〔2.本発明の形質転換体〕
本実施形態の形質転換体は、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を欠損し、かつ、次亜リン酸輸送体タンパク質(例えば、HtxBCDEタンパク質)、または、HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子が導入されており、リン酸を増殖に利用できず、かつ、還元型リン化合物(例えば、亜リン酸および/または次亜リン酸)を増殖に利用することができることを特徴としている。
【0038】
より具体的に、本実施形態の形質転換体が、リン酸を増殖に利用できず、かつ、亜リン酸を増殖に利用することができるものである場合には、当該形質転換体には、次亜リン酸輸送体タンパク質(例えば、HtxBCDEタンパク質)をコードする遺伝子が導入され、一方、本実施形態の形質転換体が、リン酸を増殖に利用できず、かつ、次亜リン酸を増殖に利用することができるものである場合には、当該形質転換体には、HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子が導入され得る。勿論、本実施形態の形質転換体が、リン酸を増殖に利用できず、かつ、亜リン酸を増殖に利用することができるものである場合に、当該形質転換体には、HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子が導入されていてもよい。
【0039】
本実施形態の形質転換体の宿主としては、例えば、大腸菌、乳酸菌、光合成細菌、および、植物を挙げることができるが、勿論、本発明は、これらの宿主に限定されない。本発明の形質転換体は、少ない数の遺伝子を操作することによって作製され得る。それ故に、あらゆる生物(例えば、微生物)を宿主とし得る。
【0040】
本実施の形態の形質転換体は、次亜リン酸輸送体タンパク質(例えば、HtxBCDEタンパク質)をコードする遺伝子、または、HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子が導入されているものである。なお、HtxBCDEタンパク質をコードする遺伝子、および、HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子は、シュードモナス・スタッツェリ WM88(Pseudomonas stutzeri WM88)に由来する遺伝子であり得る。
【0041】
より具体的に、HtxABCDEタンパク質は、以下の(1)~(3)の何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(1)~(3)の何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(1)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(2)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;または、
(3)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が90%以上のポリヌクレオチドからなり、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0042】
一方、HtxBCDEタンパク質は、以下の(1)~(3)の何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質のうちHtxAタンパク質を除くタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(1)~(3)の何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質のうちHtxAタンパク質を除くタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(1)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(2)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;または、
(3)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が90%以上のポリヌクレオチドからなり、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0043】
リン酸の輸送活性を有さず、かつ、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質であるか否かは、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を欠損した生物に、所望のタンパク質をコードした遺伝子を発現可能に導入し、当該微生物を、各種リン源を含む培地中で増殖させることによって確認することができる。当該微生物が、リン酸を含む培地中で増殖せず、かつ、還元型リン化合物を含む培地中で増殖すれば、上記タンパク質が、リン酸の輸送活性を有さず、かつ、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質である、と判定することができる。
【0044】
上記(3)のポリヌクレオチドに関して、配列同一性は高いほど好ましく、例えば、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、または、99%以上であってもよい。なお、ポリヌクレオチドの配列同一性は、例えば、GENETYX-WIN(株式会社ゼネティックス社製の商品名)を当該商品のマニュアルに従って使用して算出することができる。
【0045】
本実施形態の形質転換体は、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を欠損している。なお、本明細書において「リン酸輸送体タンパク質」とは、リン酸および還元型リン化合物の両方を細胞内に取り込む活性を有するタンパク質を意図する。一方、「リン酸エステル輸送体タンパク質」とは、リン酸エステルを細胞内に取り込む活性を有するタンパク質を意図する。
【0046】
この場合、宿主に対して人為的に変異を施すことによって、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を欠損した形質転換体を作製してもよいが、元々、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を有していない宿主(例えば、ゲノム中にリン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子が存在しない宿主、または、リン酸輸送体タンパク質、および、リン酸エステル輸送体タンパク質が発現しない宿主、など)を用いて形質転換体を作製してもよい。
【0047】
生物種が異なれば、細胞内に存在する、リン酸輸送体タンパク質の種類、および、リン酸エステル輸送体タンパク質の種類も異なる。それ故に、本実施の形態の形質転換体において機能が欠損しているリン酸輸送体タンパク質、および、リン酸エステル輸送体タンパク質の種類は、特に限定されない。宿主に応じて、機能を欠損させるリン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子を適宜、決定すればよい。
【0048】
例えば、形質転換体の宿主が大腸菌である場合、リン酸輸送体タンパク質は、PitAタンパク質、PitBタンパク質、PstSCABタンパク質、およびPhnCDEタンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質であってもよい。
【0049】
より具体的に、PitAタンパク質は、以下の(4)または(5)に示されるタンパク質からなるタンパク質、以下の(4)または(5)に示されるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質、以下の(6)または(7)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(6)または(7)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(4)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(5)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、リン酸の輸送活性を有するタンパク質;
(6)配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または、
(7)配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0050】
PitBタンパク質は、以下の(8)または(9)に示されるタンパク質からなるタンパク質、以下の(8)または(9)に示されるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質、以下の(10)または(11)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(10)または(11)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(8)配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(9)配列番号4で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、リン酸の輸送活性を有するタンパク質;
(10)配列番号3で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または、
(11)配列番号3で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0051】
PstSCABタンパク質は、以下の(12)または(13)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(12)または(13)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(12)配列番号23で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または、
(13)配列番号23で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0052】
PhnCDEタンパク質は、以下の(14)または(15)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(14)または(15)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(14)配列番号11で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または、
(15)配列番号11で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0053】
リン酸の輸送活性を有するタンパク質であるか否かは、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を欠損した生物に、所望のタンパク質をコードした遺伝子を発現可能に導入し、当該微生物を、各種リン源を含む培地中で増殖させることによって確認することができる。当該微生物が、リン酸を含む培地中で増殖すれば、上記タンパク質が、リン酸の輸送活性を有するタンパク質である、と判定することができる。
【0054】
形質転換体の宿主が大腸菌である場合、リン酸エステル輸送体タンパク質は、UhpTタンパク質、UgpBタンパク質、およびGlpTタンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質であってもよい。
【0055】
より具体的に、UhpTタンパク質は、以下の(16)または(17)に示されるタンパク質からなるタンパク質、以下の(16)または(17)に示されるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質、以下の(18)または(19)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(18)または(19)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(16)配列番号38で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(17)配列番号38で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、リン酸エステルの輸送活性を有するタンパク質;
(18)配列番号37表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または、
(19)配列番号37で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸エステルの輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0056】
UgpBタンパク質は、以下の(20)または(21)に示されるタンパク質からなるタンパク質、以下の(20)または(21)に示されるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質、以下の(22)または(23)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(22)または(23)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(20)配列番号40で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(21)配列番号40で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、リン酸エステルの輸送活性を有するタンパク質;
(22)配列番号39で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または、
(23)配列番号39で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸エステルの輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0057】
GlpTタンパク質は、以下の(24)または(25)に示されるタンパク質からなるタンパク質、以下の(24)または(25)に示されるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質、以下の(26)または(27)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(26)または(27)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(24)配列番号42で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(25)配列番号42で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、リン酸エステルの輸送活性を有するタンパク質;
(26)配列番号41で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または、
(27)配列番号41で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸エステルの輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0058】
リン酸エステルの輸送活性を有するタンパク質であるか否かは、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を欠損した生物に、所望のタンパク質をコードした遺伝子を発現可能に導入し、当該微生物を、各種リン源を含む培地中で増殖させることによって確認することができる。当該微生物が、リン酸エステルを含む培地中で増殖すれば、上記タンパク質が、リン酸エステルの輸送活性を有するタンパク質である、と判定することができる。
【0059】
本実施形態の形質転換体は、更に、亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質をコードする遺伝子が導入されていてもよい。上記構成であれば、細胞内に取り込まれた還元型リン化合物を効率良くリン酸に変換することができるので、本実施形態の形質転換体が、還元型リン化合物に依存してより良く増殖することができる。
【0060】
亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質をコードする遺伝子は、Pseudomonas stutzeri WM88に由来する遺伝子であり得る(例えば、PtxD遺伝子)。
【0061】
より具体的に、亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質は、以下の(28)または(29)に示されるタンパク質からなるタンパク質、以下の(28)または(29)に示されるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質、以下の(30)または(31)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(30)または(31)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(28)配列番号15で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(29)配列番号15で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質;
(30)配列番号14で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または、
(31)配列番号14で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0062】
亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質であるか否かは、当該タンパク質が、NADP+依存的、または、NADP+依存的に亜リン酸を酸化してHPO4
2-を生成するか否かに基づいて、確認することができる。具体的に、所望のタンパク質と、HPO3
2-と、NAD+またはNADP+と、を混合した後、HPO4
2-が生成されていれば、当該タンパク質が亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質であると判定することができる。
【0063】
本実施形態の形質転換体は、更に、アルカリホスファターゼタンパク質をコードする遺伝子(例えば、PhoA遺伝子)の機能が欠損していてもよい。アルカリホスファターゼタンパク質は、細胞外に存在する亜リン酸をリン酸へ変換し、これによって、細胞外の亜リン酸の濃度を低下させる作用を有している。アルカリホスファターゼタンパク質をコードする遺伝子の機能が欠損している形質転換体であれば、細胞外の亜リン酸の濃度を高く保つことができる。それ故に、上記構成であれば、細胞内に取り込まれる還元型リン化合物の量を増加させることができるので、本実施形態の形質転換体が、還元型リン化合物に依存してより良く生育することができる。
【0064】
生物種が異なれば、細胞内に存在する、アルカリホスファターゼタンパク質の種類も異なる。それ故に、本実施の形態の形質転換体において機能が欠損しているアルカリホスファターゼタンパク質の種類は、特に限定されない。宿主に応じて、機能を欠損させるアルカリホスファターゼタンパク質をコードする遺伝子を適宜、決定すればよい。
【0065】
例えば、形質転換体の宿主が大腸菌である場合、アルカリホスファターゼタンパク質は、以下の(32)または(33)に示されるタンパク質からなるタンパク質、以下の(32)または(33)に示されるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質、以下の(34)または(35)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(34)または(35)のポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(32)配列番号13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(33)配列番号13で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、アルカリホスファターゼ活性を有するタンパク質;
(34)配列番号12で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または、
(35)配列番号12で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、アルカリホスファターゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0066】
アルカリホスファターゼ活性を有するタンパク質であるか否かは、当該タンパク質が、亜リン酸をリン酸へ変換するか否かに基づいて、確認することができる。具体的に、所望のタンパク質と亜リン酸とを混合した後、リン酸が生成されていれば、当該タンパク質がアルカリホスファターゼ活性を有するタンパク質であると判定することができる。
【0067】
本明細書における「1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸」では、欠失、置換若しくは付加が生じる位置は特に限定されない。
【0068】
また、「1若しくは数個のアミノ酸」が意図するアミノ酸の数は特に限定されないが、50個以内、40個以内、30個以内、20個以内、19個以内、18個以内、17個以内、16個以内、15個以内、14個以内、13個以内、12個以内、11個以内、10個以内、9個以内、8個以内、7個以内、6個以内、5個以内、4個以内、3個以内、2個以内、または、1個のアミノ酸であり得る。
【0069】
アミノ酸の置換は、保存的置換であることが好ましい。なお、保存的置換とは、特定のアミノ酸から、当該アミノ酸と同様な化学的性質および/または構造を有する他のアミノ酸に置換されることをいう。化学的性質としては、例えば、疎水性度(疎水性および親水性)、電荷(中性、酸性および塩基性)が挙げられる。構造としては、例えば、側鎖、または、側鎖の官能基として存在する芳香環、脂肪炭化水素基およびカルボキシル基が挙げられる。
【0070】
保存的置換の例としては、例えば、セリンとスレオニンとの置換、リジンとアルギニンとの置換、およびフェニルアラニンとトリプトファンアミノとの置換、が挙げられる。勿論、本発明は、これらの置換に限定されない。
【0071】
本明細書中で使用される場合、用語「ストリンジェントな条件」は、いわゆる塩基配列に特異的な2本鎖のポリヌクレオチドが形成され、非特異的な2本鎖のポリヌクレオチドが形成されない条件をいう。換言すれば、相同性が高い核酸同士、例えば完全にマッチしたハイブリッドの融解温度(Tm値)から15℃、好ましくは10℃、更に好ましくは5℃低い温度までの範囲の温度でハイブリダイズする条件ともいえる。
【0072】
例えば、一例を示すと、0.25M Na2HPO4、pH7.2、7%SDS、1mM EDTA、1×デンハルト溶液からなる緩衝液中で温度が60~68℃、好ましくは65℃、さらに好ましくは68℃の条件下で16~24時間ハイブリダイズさせ、さらに20mM Na2HPO4、pH7.2、1%SDS、1mM EDTAからなる緩衝液中で温度が60~68℃、好ましくは65℃、さらに好ましくは68℃の条件下で15分間の洗浄を2回行う条件を挙げることができる。
【0073】
他の例としては、25%ホルムアミド、より厳しい条件では50%ホルムアミド、4×SSC(塩化ナトリウム/クエン酸ナトリウム)、50mM Hepes pH7.0、10×デンハルト溶液、20μg/mL変性サケ精子DNAを含むハイブリダイゼーション溶液中、42℃で一晩プレハイブリダイゼーションを行った後、標識したプローブを添加し、42℃で一晩保温することによりハイブリダイゼーションを行う。その後の洗浄における洗浄液および温度条件は、「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度で、より厳しい条件としては「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度で、さらに厳しい条件としては「0.2×SSC、0.1%SDS、65℃」程度で実施することができる。このようにハイブリダイゼーションの洗浄の条件が厳しくなるほど、特異性の高いハイブリダイズとなる。ただし、上記SSC、SDSおよび温度の条件の組み合わせは例示であり、当業者であれば、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーを決定する上記若しくは他の要素(例えば、プローブ濃度、プローブの長さ、ハイブリダイゼーション反応時間等)を適宜組み合わせることにより、上記と同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。このことは、例えば、Sambrookら、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 3rd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory(2001)等に記載されている。
【0074】
〔3.形質転換体の製造方法〕
本実施の形態の形質転換体の製造方法は、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子の機能を欠損した宿主に、次亜リン酸輸送体タンパク質(例えば、HtxBCDEタンパク質)をコードする遺伝子、または、HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子を導入する工程を有することを特徴としている。
【0075】
なお、本実施の形態の形質転換体の製造方法では、上述した〔2.本発明の形質転換体〕の欄に記載の構成を用いることができる。例えば、本実施の形態の形質転換体の製造方法を、以下のように構成することもできる。更に詳細な構成については、既に〔2.本発明の形質転換体〕の欄で説明したので、ここでは、その説明を省略する。
【0076】
本実施の形態の形質転換体の製造方法では、、HtxABCDEタンパク質は、以下の(1)~(3)の何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(1)~(3)の何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(1)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(2)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;または、
(3)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が90%以上のポリヌクレオチドからなり、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0077】
一方、HtxBCDEタンパク質は、以下の(1)~(3)の何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質のうちHtxAタンパク質を除くタンパク質からなるタンパク質、または、以下の(1)~(3)の何れかのポリヌクレオチドからなる遺伝子にコードされるタンパク質のうちHtxAタンパク質を除くタンパク質を少なくとも一部分として含むタンパク質であってもよい:
(1)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(2)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;または、
(3)配列番号24で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が90%以上のポリヌクレオチドからなり、かつ、リン酸の輸送活性を有さず、還元型リン化合物の輸送活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0078】
本実施の形態の形質転換体の製造方法は、更に、亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質をコードする遺伝子を導入する工程を有していてもよい。
【0079】
本実施の形態の形質転換体の製造方法では、上記宿主は、アルカリホスファターゼタンパク質をコードする遺伝子の機能が欠損しているものであってもよい。
【0080】
本実施の形態の形質転換体の製造方法では、上記宿主が、大腸菌であってもよい。
【0081】
本実施の形態の形質転換体の製造方法では、上記リン酸輸送体タンパク質は、PitAタンパク質、PitBタンパク質、PstSCABタンパク質、およびPhnCDEタンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質であってもよい。
【0082】
本実施の形態の形質転換体の製造方法では、上記リン酸エステル輸送体タンパク質は、UhpTタンパク質、UgpBタンパク質、およびGlpTタンパク質からなる群より選択される少なくとも1つのタンパク質であってもよい。
【0083】
〔4.還元型リン化合物の有無の検出方法〕
本実施の形態の還元型リン化合物の有無の検出方法は、本発明の形質転換体を、検出対象である培地を用いて培養する培養工程と、培養工程における形質転換体の増殖の有無を検出する検出工程と、を有することを特徴としている。
【0084】
本実施の形態の還元型リン化合物の有無の検出方法では、培養工程において形質転換体が増殖していれば、検出対象である培地中に還元型リン化合物が含まれていると判定でき、培養工程において形質転換体が増殖していなければ、検出対象である培地中に還元型リン化合物が含まれていないと判定できる。
【0085】
検出対象である培地の成分および形態は、特に限定されない。例えば、検出対象である培地の形態は、液体状であってもよいし、固体状であってもよい。
【0086】
検出対象である培地が液体状である場合には、例えば、検出工程では、培地の濁度(例えば、OD600)を測定することによって、培養工程における形質転換体の増殖の有無を検出することができる。一方、検出対象である培地が固体状である場合には、例えば、検出工程では、固体状の培地上に形成される形質転換体のコロニーの有無を確認することによって、培養工程における形質転換体の増殖の有無を検出することができる。
【0087】
本実施の形態の検出方法で検出される還元型リン化合物としては、特に限定されないが、例えば、亜リン酸、および、次亜リン酸、および、ホスホン酸を挙げることができる。
【実施例】
【0088】
<実施例で用いるタンパク質のアミノ酸配列、および、塩基配列>
以下の表1に、実施例で用いるタンパク質のアミノ酸配列および塩基配列と、配列番号との対応関係を記載する。
【0089】
【0090】
<実施例1.バクテリアのリン酸輸送体に関する解析>
大腸菌にはPitA、PitB、PstSCAB、PhnCDEの4つのリン酸輸送体タンパク質が存在することが知られている。上述した4つのリン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子と、phoAタンパク質をコードする遺伝子と、が破壊されたMT2012株(ΔpitA,ΔpitB,ΔphnC,ΔpstSCABphoU,ΔphoA)が既に作製されている(Motomura, K. et al. Overproduction of YjbB reduces the level of polyphosphate in Escherichia coli: a hypothetical role of YjbB in phosphate export and polyphosphate accumulation. FEMS microbiology letters 320, 25-32, 2011.)。
【0091】
MT2012株は、リン酸エステル化合物を輸送する能力を維持しているため、合成培地ではリン酸エステル化合物をリン源として増殖することができるが、リン酸または還元型リン化合物(例えば、亜リン酸)をリン源として増殖することはできない。この性質を利用して、バクテリアのリン酸輸送体タンパク質の輸送能力を解析した。
【0092】
MT2012株の亜リン酸酸化活性を高めるために、ラルストニア sp. 4506(Ralstonia sp. 4506)株由来のPtxD遺伝子をpSTV内にクローニングしたプラスミドであるptxD/pSTVをMT2012株に導入することによって、MT2012-ptxD株を作製した。
【0093】
MT2012-ptxD株に各種リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子がクローニングされたプラスミドを導入した。これらのMT2012-ptxD株について、MOPS-リン酸(Pi)液体培地、またはMOPS-亜リン酸(Pt)液体培地(いずれもリン濃度は1.0mM)での増殖を調べることにより、リン酸輸送体タンパク質のリン酸および亜リン酸に対する輸送能を調べた。
【0094】
なお、ptxD/pSTV、および、リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子がクローニングされたプラスミドは、以下の様に作製した。
【0095】
pitAタンパク質をコードする遺伝子、pitBタンパク質をコードする遺伝子、および、phnCDEタンパク質をコードする遺伝子は、大腸菌MG1655株からPCRにより取得した。ptxABCタンパク質をコードする遺伝子および、ptxDタンパク質をコードする遺伝子は、Ralstonia sp. 4506株からPCRにより取得した。PCRによって取得したDNA断片をpMW118およびpSTV28のEcoRI/BamHIサイトにクローニングした。さらにptxDをpTWV229DPlac-Ptac4071にもクローニングした。このプラスミドのSmaIサイトにIn-Fusion HDクローニングキットを用いてPCRによって取得したDNA断片をライゲーションした。
【0096】
HtxABCDEタンパク質をコードする遺伝子は、Pseudomonas stutzeri WM88株からPCRにより取得した。PCRによって取得したDNA断片をpMW118およびpSTV28のBamHIサイトにクローニングした。プラスミドとのライゲーションはIn-Fusion HDクローニングキットを用いた。
【0097】
PCRに使用したプライマー配列は以下のとおりである。なお、小文字のDNA配列は制限酵素付加のための配列を意味する。後述するhtxABCDE-fw、および、htxABCDE-rvの5’末端側の15個の塩基は、In-Fusion HDクローニングキットを使用した反応に必要な15bpの付加配列を意味する。
pitA-fw:5’-aagaattcATGCTACATTTGTTTGCTGGC-3’(配列番号25);
pitA-rv:5’-aaatctagaTTACAGGAACTGCAAGGAGAG-3’(配列番号26);
pitB-fw:5’-aagaattcATGCTAAATTTATTTGTTGGC-3’(配列番号27);
pitB-rv:5’-aaatctagaTTAAATCAACTGCAATGCTATC-3’(配列番号28);
phnCDE-fw:5’-aagaattcATGCAAACGATTATCCGTGTCGAG-3’(配列番号29);
phnCDE-rv:5’-aaatctagaTCAGATAAAGTGCTTACGCAACC-3’(配列番号30);
ptxABC-fw:5’-aagaattcTAGCAGGCGTCTATATTTGGCATAG-3’(配列番号31);
ptxABC-rv:5’-gctctagaGCTTTGGGAGTTATTTGAACTTGCG-3’(配列番号32);
ptxD-fw:5’-aagaattcAATCGGGTTCGAGCTGATGGGCTC-3’(配列番号33);
ptxD-rv:5’-aaatctagaTCGCCACACGCTCCAGATCTATCAC-3’(配列番号34);
htxABCDE-fw:5’-cggtacccggggatcCTAGGAGCATCACCATGTTTGCAGAGC-3’(配列番号35);
htxABCDE-rv:5’-cggtacccggggatcTCAGATCAGCTTGGCGCGGATGCGCGCCTG-3’(配列番号36)。
ptxDpTWV-fw:5’-cacaaggagactgccATGAAGCCCAAAGTCGTCCTC-3’(配列番号43);
ptxDpTWV-rv:5’-cagtttatggcgggcTCACGCCGCCTTTACTCCCGG-3’(配列番号44);
pstSCABタンパク質をコードする遺伝子がクローニングされたプラスミドは、pEP02(Kato J. et al. Genetic Improvement of Escherichia coli for Enhanced Biological Removal of Phosphate from Wastewater. Applied and Environmental Microbiology 59, 3744-3749, 1993.)からEcoRI/HindIII消化によって得られたDNA断片をpMW118のEcoRI/HindIIIサイトにクローニングすることによって作製した。
【0098】
以上によって作製したプラスミドを、pitA/pMW、pitB/pMW、phnCDE/pMW、pstSCAB/pMW、ptxABC/pMW、htxABCDE/pMW、htxABCDE/pSTVと命名した。
【0099】
これらのプラスミドの各々を用いて、MT2012-ptxD株を形質転換した。得られた各形質転換体を、MOPS-リン酸(Pi)液体培地、および、MOPS-亜リン酸(Pt)液体培地の各々に植菌し、濁度(OD600)を経時的に測定して、菌体の増殖を調べた。
【0100】
図2に、試験結果を示す。なお、
図2は、左から順に、リン酸輸送体(PitA、PitB、PhnCDE、PstSCAB)、亜リン酸輸送体(PtxABC)および次亜リン酸輸送体(HtxBCDE)がクローニングされたプラスミドを含む菌体の濁度における経時的変化を示している。
図2に示すように、htxBCDEを導入された大腸菌のみが、還元型リン化合物依存的に生育可能である一方で、リン依存的に生育不可能であることが明らかになった。このことは、HtxBCDEタンパク質は細胞内に還元型リン化合物を特異的に取り込むことができることを示している。
【0101】
<実施例2.亜リン酸要求性株の作製>
大腸菌には、無機リン酸を輸送するリン酸輸送体タンパク質(具体的には、PitAタンパク質、PitBタンパク質、PstSCABタンパク質、PhnCDEタンパク質)以外に、リン酸エステル(例えば、グルコース 6-リン酸、またはグリセロール 3-リン酸など)を輸送するリン酸エステル輸送体タンパク質(具体的には、GlpT、UgpB、UhpT)が存在するため、大腸菌は、リン酸エステル化合物をリン源として利用して生育することが可能である。
【0102】
また、大腸菌のペリプラズム酵素であるアルカリホスファターゼタンパク質(具体的には、PhoAタンパク質)には、微弱な亜リン酸酸化活性が存在することが知られている。細胞外における亜リン酸酸化は、細胞内に取り込まれる亜リン酸の量を低下させる可能性があるため、phoA遺伝子も破壊することが望まれる。
【0103】
そこで、本実施例では、リン酸輸送体タンパク質(具体的には、pitAタンパク質、pitBタンパク質、phnCDEタンパク質、pstSCABタンパク質)をコードする遺伝子、リン酸エステル輸送体タンパク質(glpTタンパク質、UgpBタンパク質、UhpTタンパク質)をコードする遺伝子、および、アルカリホスファターゼタンパク質(具体的には、phoAタンパク質)をコードする遺伝子の、合計8遺伝子が破壊された形質転換体を作製した。
【0104】
遺伝子破壊は、基本的に、P1ファージを用いた形質導入と、Flipparse(FLP)発現プラスミドであるpCP20によるカナマイシン耐性遺伝子の除去と、を繰り返すことにより行った。
【0105】
pstSCAB以外については、P1ファージの調製は、大腸菌遺伝子破壊株ライブラリー(KEIOライブラリー, National BioResource Project: E. coli, NIG, Japan)を用いて行った。
【0106】
pstSCABタンパク質をコードする遺伝子の破壊には、大腸菌 BW17355(E. coli BW17355)株を用いた。遺伝子の破壊順序に制約は無いが、細胞の増殖速度を高く保ち、培養操作を容易にするという点において、リン酸エステルよりも無機リン酸の方が適しているため、pstSCABタンパク質をコードする遺伝子の破壊を最後に行った。
【0107】
リン酸輸送体タンパク質をコードする遺伝子、および、リン酸エステル輸送体タンパク質をコードする遺伝子を全て破壊すると、形質転換体はリン酸をリン源とする培地では生育できなくなるため、pstSCABタンパク質をコードする遺伝子を破壊する前に、亜リン酸および次亜リン酸特異的な輸送、および、亜リン酸酸化とを行うために必要なプラスミドである、htxABCDE/pSTV、および、ptxD/pTWVを、形質転換体へ導入した。遺伝子が破壊された株の最終的な選択は、カナマイシン、アンピシリン、および、クロラムフェニコールを含むMOPS-Pt固形培地を用いて行った。
【0108】
遺伝子破壊操作は、以下の方法で行った。
【0109】
(i)P1ファージ溶液の調製
KEIOクローンの終夜培養液を5mM CaCl2、0.2%グルコースを含む2xYT培地に1.0%植菌し、37℃で1時間培養した。
【0110】
この培養液に野生型のP1ファージ溶液を100μl添加し、37℃で2~3時間培養した。
【0111】
培養液が透明になり溶菌状態であることを確認した後、当該培養液1mlをチューブに移し、当該チューブへ2~3滴のクロロホルムを添加し、混合した。
【0112】
上記チューブを遠心分離(15,000rpm、4℃、5min)に供し、分離した上清を新しいチューブに移した。
【0113】
更に当該チューブ内へ2~3滴のクロロホルムを添加し、再び上記同様の条件で遠心分離した。分離した上清を新しいチューブへ移し、当該チューブへ2~3滴のクロロホルムを添加したものをP1ファージ溶液とした。
【0114】
(ii)形質導入による遺伝子破壊
調製したP1ファージ溶液を用いた遺伝子破壊を行った。
【0115】
遺伝子を破壊する菌の培養液500μlをチューブに移し、当該チューブを遠心分離(14,000rpm、4℃、5min)に供し、菌を回収した。
【0116】
回収した菌を100mM MgSO4と5mM CaCl2とを含む2xYT培地500μlに懸濁した。
【0117】
得られた懸濁液100μlを新しいチューブに移し、当該チューブへ50倍に希釈したP1ファージ溶液100μlを添加した後、37℃で30分間インキュベートした。
【0118】
当該懸濁液に、1M Na-citrate(pH5.5)200μlと2xYT1mlとを添加し、37℃で1時間インキュベートした。
【0119】
当該懸濁液を遠心分離(6,000rpm、4℃、5min)供して菌を沈殿させるとともに、上清を捨てた。沈殿した菌を100mM Na-citrate(pH5.5)を含む2xYT 200μlに懸濁した。
【0120】
当該懸濁液100μlを、カナマイシン(50μg/mL)を含む2xYTプレート上に撒き、37℃で培養して、菌にコロニーを形成させた。
【0121】
(iii)FLP発現プラスミドであるpCP20によるカナマイシン耐性遺伝子の除去
KEIOクローンから調整したP1ファージにより形質導入した株は、目的とする遺伝子にカナマイシン耐性遺伝子が挿入されており、その両側にFLP recognition target(FRT)配列が存在する。従って、FLPの発現によりカナマイシン耐性を除去することが可能である。
【0122】
形質導入した株へエレクトロポレーションによりpCP20を導入し、当該株をアンピシリンが添加された2xYTプレート上に播き、28℃にてインキュベートすることによって、当該株にコロニーを形成させた。
【0123】
コロニーを形成している菌を、抗生物質を含まない2xYT液体培地へ植え、37℃にて終夜培養した。10-6~10-8倍に希釈した培養液を2xYTプレート上にスプレッドし、菌にコロニーを形成させた。形成されたコロニーを、カナマイシンを含む2xYTプレートと含まないプレートとに植え、カナマイシン耐性が欠落したコロニーを選択することにより、カナマイシン耐性遺伝子が除去された株を取得した。この手順を繰り返すことにより、pitA、pitB、phnC、phoA、glpT、ugpB、およびuhpTの7個の遺伝子を欠損させた株を作製した。この株に、亜リン酸および次亜リン酸特異的な輸送、および、亜リン酸酸化を行うために必要なプラスミドである、htxABCDE/pSTVおよび、ptxD/pTWVを導入した。この株をRN-01株とした。RN-01にBW17355株から調製したP1ファージを用いて形質導入することにより、pstSCABが欠損した株(RN-02と命名)を取得した。
【0124】
以上のようにして作製したRN-02株、上述したMT2012株、および、野生型の大腸菌を、リン源として、リン(Pi)、グリセロール 3リン酸(G3P)、亜リン酸(Pt)、または、次亜リン酸(HPt)を含む液体培地に植え、当該培地における増殖の有無を確認した。
【0125】
その結果を
図3に示す。
図3から明らかなように、RN-02株は、リン酸およびリン酸エステル依存的な増殖能を有していない一方で、還元型リン化合物依存的な増殖能を有していることが明らかになった。
【0126】
<実施例3.RN-02株の逃避確率の測定>
<3-1.スポットアッセイ>
RN-02株をMOPS-Pt液体培地で終夜培養し、1mLの培養液をチューブに採取し、遠心分離により菌を沈殿させた。上清を捨て、沈殿した菌を1mLの滅菌水に懸濁して菌体を洗浄した。
【0127】
この菌体懸濁液を滅菌水でそれぞれ10倍ずつ希釈した希釈系列を作製した。具体的に、菌体懸濁液を101~107倍希釈した希釈液を作製した。この102~107倍希釈液10μLずつをそれぞれ検定プレートにスポットした。
【0128】
検定プレートにはLB、2xYT、Terrific Broth(BD, Franklin Lakes, NJ)、Sheep blood agarプレート(Kohjin BIO, Saitama, Japan)、Chocolate agar プレート(BD, Franklin Lakes, NJ)、SoilA、SoilB、MOPS-リン酸(Pi)培地、MOPS-亜リン酸(Pt)培地、MOPS-次亜リン酸(HPt)培地を使用した。
【0129】
土壌抽出液培地(SoilA、SoilB)の調製は以下の様に行った。市販されている異なる2種類の腐葉土(A、B)1kgの土壌に対し1Lの水道水を加え、121℃、30分間オートクレーブを行った。濾紙を用いて、得られた上澄み液を濾過し、土壌浸出液を調製した。当該土壌浸出液を用いてMOPS培地プレートを作製し、これを土壌抽出液培地(SoilA、SoilB)とした。
【0130】
試験結果を
図4に示す。
図4に示すように、RN-02株は、複合培地、土壌抽出液培地、および血清培地などでは増殖しないことが明らかになった。
【0131】
<3-2.液体長期培養における逃避確率と生存率評価>
RN-02株の液体培養における逃避確率と生存率とを調べる実験は、以下のように行った。
【0132】
RN-02株の終夜培養液1.0mlを遠心分離し、1.0mlのリン酸を含まないMOPS培地(MOPS0)に菌を懸濁し、菌の洗浄を行った。
【0133】
洗浄後、菌を含むMOPS培地を再度遠心分離して菌を回収し、回収された菌を、OD600が1.0になるようにMOPS培地に再懸濁した。
【0134】
この懸濁液1.0mLを100mLの増殖許容培地(MOPS-Pt)、または、非許容培地(2xYT)を含む500ml三角フラスコに植え、37℃で振蕩培養した。
【0135】
培養開始直後から培地のサンプリングを開始した。1日目の12時間までは3時間毎、12時間以降は24時間毎に、14日間継続的に上記培地0.5mLを採取した。
【0136】
採取したサンプルは、OD600値を測定後、MOPS0を用いて適宜希釈し、希釈液0.1mLを許容培地プレート(CFU計測用)、非許容培地プレート(逃避確率測定用)にそれぞれ3枚ずつスプレッドした。
【0137】
37℃の条件下において、許容培地プレートは48時間、非許容培地プレートは7日間(非許容培地)インキュベートし、コロニー形成を観察した。許容培地におけるコロニー数は、培養液あたりのコロニー形成数(CFU/mL)として以下の式、つまり、
[培養液あたりのコロニー形成数(CFU/mL)]=[コロニー数平均値(CFU)]×[希釈倍率(-)]÷[スプレッドした培養液量(mL)]
で計算した。
【0138】
試験結果を
図5に示す。
図5に示すように、RN-02株は、還元型リン化合物依存的に、長期にわたって増殖することが明らかになった。
【0139】
<3-3.エスケープアッセイ>
MOPS-Pt液体培地10mLで培養したRN-02株を、1LのMOPS-Pt培地に植菌し、37℃で24時間培養した。
【0140】
培養後の培養液0.1mLを採取し、10-5~10-7倍に希釈し、MOPS-Ptプレート(許容培地)に0.1mLをスプレッドした。
【0141】
残りの培養液全てを遠心分離に供して菌を回収した後、当該菌を、滅菌水で洗浄し、約10mLの滅菌水に再懸濁した。
【0142】
菌の懸濁液約1.0mLを、180mm×180mmの角形ディッシュを用いて作製した2xYTプレート(非許容培地)上にスプレッドした。
【0143】
当該2xYTプレートを37℃で7日間培養した。1日毎にプレートを観察し、コロニー出現の有無を確認した。非許容培地において、コロニーの生育は確認されなかった。本実験系における検出限界値は、以下の計算式によって求めた数値で表記した。
[検出限界値(escapee/CFU)]=1/([形成されたコロニー数(CFU)]×[希釈倍率(-)]÷[スプレッドした培養液量(mL)]×[使用した培養液量(mL)])
本実験における検出限界値は、1.94×10-13であった。
【産業上の利用可能性】
【0144】
本発明は、形質転換体を必要とする分野(例えば、経口ワクチン剤を製造する分野、および、自然環境の改善を目的とする分野)に、広く利用することができる。
【配列表】