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特許6993682トランスクリプトーム推定装置およびトランスクリプトーム推定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-14
(45)【発行日】2022-01-13
(54)【発明の名称】トランスクリプトーム推定装置およびトランスクリプトーム推定方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/34 20060101AFI20220105BHJP
   G01N 21/65 20060101ALI20220105BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20220105BHJP
【FI】
C12M1/34 A
G01N21/65
C12Q1/04
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017234164
(22)【出願日】2017-12-06
(65)【公開番号】P2019097520
(43)【公開日】2019-06-24
【審査請求日】2020-11-13
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名 Single-Cell Biophysics:Measurement,Modulation,and Modeling,Taipei,Taiwan 予稿集ウェブサイトのアドレス https://www.biophysics.org/portals/62/pdf/Taiwan%20Program.pdf 公開年月日 平成29年6月12日 集会名 Single-Cell Biophysics:Measurement,Modulation,and Modeling,Taipei,Taiwan 開催日 平成29年6月17日~平成29年6月20日 発表日 平成29年6月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】特許業務法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】若本 祐一
(72)【発明者】
【氏名】小林 鉱石
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】生物物理,2017年07月28日,Vol.57, No.4,p208-211
【文献】生物物理 第54回年会予稿集,2016年11月25日,Vol.56 Supplement1-2,s277, 2Pos301
【文献】生物物理,Vol.60, No.2,p108-110
【文献】Cell systems,2018年07月25日,Vol.7,p104-117
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00- 42
G01N 21/00-958
C12Q 1/00- 70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象細胞のトランスクリプトームを推定するトランスクリプトーム推定装置であって、
所定波長のレーザ光を前記対象細胞に照射するレーザ照射手段と、
前記レーザ光の照射に対する反射光や散乱光の検出光のうちストークス光のみを選別する光選別手段と、
前記選別されたストークス光を分光してラマン散乱スペクトルを出力する分光手段と、
前記ラマン散乱スペクトルに基づいて前記対象細胞のトランスクリプトームを推定する推定手段と、
を備え
前記推定手段は、前記ラマン散乱スペクトルをN次元のN次元ラマンデータに次元圧縮し、前記N次元ラマンデータに基づいて前記対象細胞のトランスクリプトームを推定するものであり、
更に、前記推定手段は、M個の異なる状況下における細胞の前記N次元ラマンデータと前記M個の異なる状況下における細胞のトランスクリプトームとが線形回帰関係となる変換関数を適用してトランスクリプトームを推定する、
トランスクリプトーム推定装置。
【請求項2】
請求項1記載のトランスクリプトーム推定装置であって、
前記変換関数は、前記M個の異なる状況下における細胞のトランスクリプトームから前記M個の異なる状況下における細胞の前記N次元ラマンデータが線形回帰できるものとして得られる関数の逆関数として求められる、
トランスクリプトーム推定装置。
【請求項3】
対象細胞に所定波長のレーザ光を照射したときに得られるラマン散乱スペクトルから前記対象細胞のトランスクリプトームを推定するトランスクリプトーム推定方法であって、
M個の異なる状況下における細胞のラマン散乱スペクトルを次元圧縮してN次元のN次元ラマンデータとし、前記M個の異なる状況下における細胞のトランスクリプトームと前記M個の異なる状況下における細胞のN次元ラマンデータとが線形回帰関係にあるとして得られる変換関数を推定しておき、
前記対象細胞のラマン散乱スペクトルを次元圧縮したN次元ラマンデータに前記変換関数を適用してトランスクリプトームを推定する、
ことを特徴とするトランスクリプトーム推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスクリプトーム推定装置およびトランスクリプトーム推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の技術としては、トランスクリプトームを解析する方法として、トランスクリプトームに係る発現量の変化のデータ行列から主成分を計算し、主成分を、主成分の算出に用いたデータ行列のサンプル数の平方根又は主成分の算出に用いたデータ行列の測定項目数の平方根で除することでスケーリングし、スケーリングした主成分から、所定の閾値で発現量が変化したことを判定して選択するものが提案されている(例えば、特許文献1参照)。この方法によれば、トランスクリプトームのように測定項目がある程度異なる、しかし測定項目が多いようなデータに対応することができるとしている。
【0003】
また、熱力学モデルを用いてトランスクリプトーム形成機構を近似することで、このモデルを用いてトランスクリプトームの情報処理を行うものも提案されている。熱力学モデルは、各mRNAの濃度を、各mRNAの合成速度を決定するエネルギーパラメータと各mRNAの分解速度を決定するエネルギーパラメータとを用いて定義すると共に、エネルギーパラメータを塩基配列特異的にRNAないしDNAに結合する因子の細胞内局所的濃度と因子の標的となりうる塩基配列が持つ特有の係数とを用いて定義する。mRNAの濃度、因子の細胞局所内濃度、塩基配列が持つ特有の係数の値の少なくとも一つ以上を熱力学モデルへ入力し、残りの値を未知数として算出して出力する。これにより、トランスクリプトーム形成を線形的に解析あるいは予測することができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2012-039994号公報
【文献】特開2006-236011号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、細胞のトランスクリプトームを得るためには、細胞を破壊する必要がある。また、細胞のトランスクリプトームを得るのに長時間を要し、細胞を破壊することなく、短時間に細胞のトランスクリプトームを得ることが望まれる。
【0006】
本発明のトランスクリプトーム推定装置は、細胞を破壊することなく短時間に細胞のトランスクリプトームを推定すること主目的とする。本発明のトランスクリプトーム推定方法は、細胞を破壊することなく短時間に細胞のトランスクリプトームを推定する方法を提案することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のトランスクリプトーム推定装置およびトランスクリプトーム推定方法は、上述の主目的を達成するために以下の手段を採った。
【0008】
本発明のトランスクリプトーム推定装置は、
対象細胞のトランスクリプトームを推定するトランスクリプトーム推定装置であって、
所定波長のレーザ光を前記対象細胞に照射するレーザ照射手段と、
前記レーザ光の照射に対する反射光や散乱光などの検出光のうちストークス光のみを選別する光選別手段と、
前記選別されたストークス光を分光してラマン散乱スペクトルを出力する分光手段と、
前記ラマン散乱スペクトルに基づいて前記対象細胞のトランスクリプトームを推定する推定手段と、
を備えることを要旨とする。
【0009】
この本発明のトランスクリプトーム推定装置では、所定波長のレーザ光を対象細胞に照射し、その反射光や散乱光などの検出光のうちストークス光のみを選別し、ストークス光を分光してラマン散乱スペクトルを得る。そして、ラマン散乱スペクトルに基づいて対象細胞のトランスクリプトームを推定する。対象細胞にレーザ光を照射するだけでよいから、対象細胞を破壊する必要がない。この結果、細胞を破壊することなく短時間に細胞のトランスクリプトームを推定することができる。
【0010】
本発明のトランスクリプトーム推定装置において、前記推定手段は、前記ラマン散乱スペクトルをN次元のN次元ラマンデータに次元圧縮し、前記N次元ラマンデータに基づいて前記対象細胞のトランスクリプトームを推定するものとすることもできる。こうすれば、推定に必要な時間を短くすることができる。この場合、前記推定手段は、M個の状況下の細胞の前記N次元ラマンデータと前記M個の状況下の細胞のトランスクリプトームとが線形回帰関係となる変換関数を適用してトランスクリプトームを推定するものとしてもよい。更にこの場合、前記変換関数は、前記M個の状況下の細胞のトランスクリプトームから前記M個の状況下の細胞の前記N次元ラマンデータが線形回帰できるものとして得られる関数の逆関数として求められるものとしてもよい。
【0011】
本発明のトランスクリプトーム推定方法は、
対象細胞に所定波長のレーザ光を照射したときに得られるラマン散乱スペクトルから前記対象細胞のトランスクリプトームを推定するトランスクリプトーム推定方法であって、
M個の状況下の細胞のラマン散乱スペクトルを次元圧縮してN次元のN次元ラマンデータとし、前記M個の状況下の細胞のトランスクリプトームと前記M個の状況下の細胞のN次元ラマンデータとが線形回帰関係にあるとして得られる変換関数を推定しておき、
前記対象細胞のラマン散乱スペクトルを次元圧縮したN次元ラマンデータに前記変換関数を適用してトランスクリプトームを推定する、
ことを特徴とする。
【0012】
この本発明のトランスクリプトーム推定方法では、対象細胞に所定波長のレーザ光を照射したときに得られるラマン散乱スペクトルから対象細胞のトランスクリプトームを推定する際に、まず、M個の状況下の細胞のラマン散乱スペクトルを次元圧縮してN次元のN次元ラマンデータとし、M個の状況下の細胞のトランスクリプトームとM個の状況下の細胞のN次元ラマンデータとが線形回帰関係にあるとして変換関数を推定しておく。そして、対象細胞のラマン散乱スペクトルを次元圧縮したN次元ラマンデータに推定しておいた変換関数を適用してトランスクリプトームを推定する。これにより、細胞を破壊することなく短時間に細胞のトランスクリプトームを推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施例としてのトランスクリプトーム推定装置20の構成の概略を示す構成図である。
図2】解析ルーチンの一例を示すフローチャートである。
図3】関数A’を説明する説明図である。
図4】適正な組み合わせの関数A’(m)の求め方と関数A’(m)により推定される9次元ラマンデータra’(m)と9次元ラマンデータr’(m)との2乗誤差を計算する様子とを説明する説明図である。
図5】不適正な組み合わせの関数A’の求め方と関数A’により推定される9次元ラマンデータra’(10)と9次元ラマンデータr’(10)との2乗誤差を計算する様子とを説明する説明図である。
図6】適正な組み合わせの関数A’および不適正な組み合わせの関数A’のプレス値をヒストグラムとして表わしたグラフである。
図7】適正な組み合わせの関数A’(m)の求め方と適正な組み合わせの関数A’(m)の逆関数により推定されるトランスクリプトームta(m)とトランスクリプトームt(m)との2乗誤差を計算する様子とを説明する説明図である。
図8】不適正な組み合わせの関数A’の求め方と不適正な組み合わせの関数A’の逆関数により推定される9次元ラマンデータra’(10)と9次元ラマンデータr’(10)との2乗誤差を計算する様子との2乗誤差を計算する様子とを説明する説明図である。
図9】適正な組み合わせの関数A’の逆関数および不適正な組み合わせの関数A’の逆関数のプレス値をヒストグラムとして表わしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、本発明を実施するための形態を実施例を用いて説明する。
【実施例
【0015】
図1は、本発明の一実施例としてのトランスクリプトーム推定装置20の構成の概略を示す構成図である。実施例のトランスクリプトーム推定装置20は、図示するように、所定の周波数のレーザを出力するレーザ22と、レーザ22からの照射光や検出光を導く光学系23と、光学系23からの照射光を測定対象としての対象細胞10に照射すると共に検出光(レイリー散乱光やストークス光)を入射する対物レンズ40と、光学系23からのストークス光の空間分解能を高めるための共焦点ピンホール44と、共焦点ピンホール44からのストークス光を入射して分光する分光器46と、分光器46により分光されたストークス光を露光してラマン散乱スペクトルを得る高感度カメラ48と、高感度カメラ48により得られたラマン散乱スペクトルを解析する汎用のマイクロコンピュータにより構成されたコンピュータ(PC)50と、を備える。
【0016】
レーザ22は、実施例では波長が532nmのレーザ光を連続発振可能な半導体励起固体レーザとして構成されており、例えばLaser Quantum 製のGem 532を用いることができる。
【0017】
光学系23は、ミラー24と、レーザ光のうち波長が532nmのレーザ光だけを通すバンドパスフィルタ26と、レーザ光のビーム径を広げて測定対象(対象細胞10)におけるスポットサイズを調整するビームエキスパンダ28と、波長532nmのレーザ光やレイリー散乱光は反射するが波長が532nm以上のストークス光は透過するダイクロイックミラー30と、ダイクロイックミラー30で反射されたレーザ光を導くミラー32,33と、レーザスポットを視野像で確認するために入射光の90%を反射すると共に10%を透過する90/10ミラー34と、ダイクロイックミラー30ではカットできなかったレイリー散乱光をカットしてストークス光だけを透過するエッジフィルタ36と、レンズ38と、を備える。
【0018】
分光器46は、実施例では共焦点距離300mm、回折格子300gr/mmのツェルニターナ型分光器として構成されており、例えば、Princeton Instruments社製のActon SP-300iを用いることができる。
【0019】
高感度カメラ48は、実施例では高感度sCMOS顕微鏡カメラとして構成されており、例えば浜松フォトニクス社製のORCA-Flash4.0 V2を用いることができる。
【0020】
こうして構成されたトランスクリプトーム推定装置20では、レーザ22から出力された波長が532nmのレーザ光は、ミラー24により反射され、バンドパスフィルタ26で波長が532nmだけのレーザ光にフィルタリングされ、ビームエキスパンダ28によりビーム径が調整される。ビーム径が調整されたレーザ光は、ダイクロイックミラー30で反射され、ミラー32,33によって90/10ミラー34に導かれ、90/10ミラー34で反射され、対物レンズ40から測定対象(対象細胞10)に照射される。測定対象(対象細胞10)からの反射光や散乱光などの検出光は、90/10ミラー34で反射され、ミラー32,34によってダイクロイックミラー30に導かれる。検出光のうちレイリー散乱光はダイクロイックミラー30によって反射され、波長が532nm以上のストークス光はダイクロイックミラー30を透過する。ダイクロイックミラー30を透過した検出光(ストークス光)は、エッジフィルタ36によってダイクロイックミラー30ではカットできなかったレイリー散乱光がカットされてストークス光のみとされ、レンズ38と共焦点ピンホール44を介して分光器46に入射する。分光器46に入射した検出光(ストークス光)は、分光器46により分光され、その強度に応じて高感度カメラ48の対応するピクセルを露光する。こうして得られたラマン散乱スペクトルは、PC50によって解析され、対象細胞10のトランスクリプトーム(transcriptome)を推定する。
【0021】
PC50では、図2に例示する解析ルーチンを実行することにより、ラマン散乱スペクトルを解析して対象細胞10のトランスクリプトームを推定する。図2の解析ルーチンでは、まず、ラマン散乱スペクトルrをN次元ラマンデータr’に次元圧縮する(ステップS100)。N次元ラマンデータr’は、M個の異なる状況下における細胞のラマン散乱スペクトルを特徴的なN次元スペクトルに次元圧縮したものである。次に、N次元ラマンデータr’とトランスクリプトームのデータとの関係を線形回帰して得られる関数Aを用いてN次元ラマンデータr’に対するトランスクリプトームtを推定する(ステップS110)。そして、推定したトランスクリプトームtを出力して(ステップS120)、本ルーチンを終了する。
【0022】
関数Aは、図3に示すように、M個の異なる状況下における複数の細胞のトランスクリプトームt(1~n)からそのラマン散乱スペクトルをN次元に次元圧縮したN次元ラマンデータr’(1~n)が線形回帰できるものとして関数A’を求め、その逆関数として求めることができる。
【0023】
こうして求めた関数Aが適正であることについて説明する。まず、関数A’について考える。いま、10個の異なる状況下における複数の細胞のトランスクリプトームt(1~10)とそのラマン散乱データrを9次元に次元圧縮した9次元ラマンデータr’(1~10)とを準備する。図4に示すように、任意の9個の異なる状況下における複数の細胞のトランスクリプトームt(mを除く1~10)とその9次元ラマンデータr’(mを除く1~10)を用いて関数A’(m)を求める。次に、関数A’(m)の推定に用いなかったトランスクリプトームt(m)に関数A’(m)を適用して9次元ラマンデータra’(m)を求める。続いて、求めた9次元ラマンデータra’(m)と対応する9次元ラマンデータr’(m)との差分の2乗誤差を計算する。そして、すべてのm(mは1~10)に対して得られた10個の2乗誤差の総和を適正な組み合わせの関数A’のプレス値(PRESS)として求める。
【0024】
次に、10個の異なる状況下における複数の細胞のトランスクリプトームt(1~10)に対して対応しない状況下の複数の細胞の9次元ラマンデータr’(1~10)の組み合わせを考える。例えば、図5に示すように、トランスクリプトームt(6),t(3),…,t(7),t(5)に対して9次元ラマンデータr’(1),r’(2),…,r’(9),r’(10)を対応させる。対応させたすべての組のうちの一組(図5の場合、t(5)とr’(10)の組)を除いて関数A’を求め、除いた一組のトランスクリプトームt(5)に関数A’を適用して9次元ラマンデータra’(10)を求める。続いて、求めた9次元ラマンデータra’(10)と対応する9次元ラマンデータr’(10)との差分の2乗誤差を計算する。除く一組を変更して得られる10個の2乗誤差の総和を不適正な組み合わせの関数A’のプレス値として求める。10個の異なる状況下における複数の細胞のトランスクリプトームt(1~10)に対して対応しない状況下における複数の細胞の9次元ラマンデータr’(1~10)の組み合わせを変更して同様に不適正な組み合わせの関数A’のプレス値を求める。不適正な組み合わせの関数A’のプレス値は、10の階乗程度の数となる。
【0025】
検証のために、10個の異なる状況下で複数の細胞を生存させ、適正な組み合わせの関数A’のプレス値とランダムに選んだ10000の不適正な組み合わせの関数A’のプレス値を計算した。
(1)Yeast Extract(YE)+3%Glucose培地、30℃で24時間液体培養
(2)YE+3%Glucose+1mmol/L Sorbitol培地、30℃で1時間液体培養
(3)YE+3%Glucose+1mmol/L CdSO4培地、30℃で1時間液体培養
(4)YE+3%Glucose+2mmol/L H22培地、30℃で1時間液体培養
(5)YE+3%Glucose培地、39℃で1時間液体培養
(6)YE+3%Glucose+10%Ethanol培地、30℃で24時間液体培養
(7)Edinburgh Minimal Medium(EMM)培地、30℃で24時間液体培養
(8)EMMに含まれるGlucoseを0.1%にした培地、30℃で24時間液体培養
(9)EMMに含まれるGlucoseを除去した培地、30℃で24時間液体培養
(10)EMMに含まれるNH4Clを除去した培地、30℃で24時間液体培養
【0026】
計算した適正な組み合わせの関数A’のプレス値と10000の不適正な組み合わせの関数A’のプレス値とをヒストグラムとしたものを図6に示す。適正な組み合わせの関数A’のプレス値は約5.77であり、図6のヒストグラムにおける最小の階級に含まれた。また、適正な組み合わせの関数A’のプレス値よりも低いプレス値の出現確率は0.02%であった。これらのことから、9個の異なる状況下における複数の細胞のトランスクリプトームt(1~9)に適正な組み合わせの関数A’を適用したデータは、対応する状況下の複数の細胞の9次元ラマンデータr’(1~9)に僅かな誤差をもって一致することが解る。この検証により、適正な組み合わせの関数A’は適正であることが解る。
【0027】
次に、関数A’の逆関数としての関数Aについて考える。10個の異なる状況下における複数の細胞のトランスクリプトームt(1~10)と対応する9次元ラマンデータr’(1~10)に対して、図7に示すように、任意の9個の異なる状況下における複数の細胞のトランスクリプトームt(mを除く1~10)とその9次元ラマンデータr’(mを除く1~10)を用いて得られた関数A’(m)の逆関数としての関数A’(m)-1を求める。続いて、関数A’(m)の推定に用いなかった9次元ラマンデータr’(m)に関数A’(m)-1を適用してトランスクリプトームta(m)を求め、トランスクリプトームta(m)と対応するトランスクリプトームt(m)との2乗誤差を計算する。そして、すべてのm(mは1~10)に対して得られた10個の2乗誤差の総和を適正な組み合わせの関数A(=A’-1)のプレス値として求める。
【0028】
続いて、10個の異なる状況下における複数の細胞のトランスクリプトームt(1~10)と対応する9次元ラマンデータr’(1~10)に対して、図5のときと同様に、図8に示すように、トランスクリプトームt(6),t(3),…,t(7),t(5)に対して9次元ラマンデータr’(1),r’(2),…,r’(9),r’(10)を対応させる。対応させたすべての組のうちの一組(図8の場合、t(5)とr’(10)の組)を除いて関数A’を求めると共に、その逆関数としての関数A’-1を求める。続いて、除いた一組の9次元ラマンデータr’(10)に関数A’-1を適用してトランスクリプトームta(5)を求め、求めたトランスクリプトームta(5)とトランスクリプトームt(5)との2乗誤差を計算する。そして、除く一組を変更して得られる10個の2乗誤差の総和を不適正な組み合わせの関数A(=A’-1)のプレス値として求める。10個の異なる状況下における複数の細胞のトランスクリプトームt(1~10)に対して対応しない状況下における複数の細胞の9次元ラマンデータr’(1~10)の組み合わせを変更して同様に不適正な組み合わせの関数A(=A’-1)のプレス値を求める。不適正な組み合わせの関数A(=A’-1)のプレス値は、10の階乗程度の数となる。
【0029】
前述の検証に用いた(1)~(10)の10個の異なる状況下で複数の細胞を生存させ、適正な組み合わせの関数A(=A’-1)のプレス値とランダムに選んだ10000の不適正な組み合わせの関数A(=A’-1)のプレス値を計算した。計算した適正な組み合わせの関数A(=A’-1)のプレス値と10000の不適正な組み合わせの関数A(=A’-1)のプレス値とをヒストグラムとしたものを図9に示す。適正な組み合わせの関数A(=A’-1)のプレス値は約1.52×1012であり、図9のヒストグラムにおける最小の階級に含まれた。また、適正な組み合わせの関数A(=A’-1)のプレス値よりも小さいプレス値の出現確率は0.03%であった。これらのことから、9個の異なる状況下における複数の細胞の9次元ラマンデータr’(1~9)に適正な組み合わせの関数A(=A’-1)を適用したデータは、対応する状況下の複数の細胞のトランスクリプトームt(1~9)に僅かな誤差をもって一致することが解る。この検証により、適正な組み合わせの関数Aは適正であることが解る。
【0030】
以上説明した実施例のトランスクリプトーム推定装置20では、対象細胞10の細胞に532nmの波長のレーザ光を照射し、得られるストークス光を分光してラマン散乱スペクトルrとし、これを次元圧縮してN次元ラマンデータr’として関数Aを適用することにより、対象細胞10のトランスクリプトームtを推定する。これにより、対象細胞10を破壊することなく対象細胞10のトランスクリプトームtを推定することができる。
【0031】
実施例のトランスクリプトーム推定装置20によるトランスクリプトームの推定方法では、M個の状況下の細胞のラマン散乱スペクトルrを次元圧縮してN次元ラマンデータr’とし、M個の状況下の細胞のトランスクリプトームtと対応するN次元ラマンデータr’とが線形回帰関係にあるとして得られる関数Aを求め、対象細胞10のラマン散乱スペクトルrを次元圧縮したN次元ラマンデータr’に関数Aを適用することによって対象細胞10のトランスクリプトームtを推定する。上述した検証により関数Aは極めて適正であるから、対象細胞10の適正なトランスクリプトームtを推定することができる。
【0032】
実施例のトランスクリプトーム推定装置20では、関数Aの検証に10個の異なる状況下における複数の細胞のトランスクリプトームt(1~10)と対応する9次元ラマンデータr’(1~10)とを用いるものとしたが、状況数は10個に限定されるものではなく幾つでもかまわないし、次元も9次に限定されるものではなく幾つでもかまわない。
【0033】
実施例のトランスクリプトーム推定装置20では、M個の状況下の細胞のトランスクリプトームtからM個の状況下の細胞のN次元ラマンデータr’が線形回帰できるものとして得られる関数A’の逆関数として関数Aを求めるものとしたが、M個の状況下の細胞のN次元ラマンデータr’からM個の状況下の細胞のトランスクリプトームtが線形回帰できるものとして関数Aを求めるものとしてもよい。
【0034】
実施例のトランスクリプトーム推定装置20では、532nmの波長のレーザ光を対象細胞10に照射するものとしたが、ラマン散乱を得られるレーザ光であれば波長は如何なるものとしてもかまわない。
【0035】
以上、本発明を実施するための形態について実施例を用いて説明したが、本発明はこうした実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明は、トランスクリプトーム推定装置の製造産業などに利用可能である。
【符号の説明】
【0037】
10 測定対象、20 トランスクリプトーム推定装置、22 レーザ、23 光学系、24 ミラー、26 バンドパスフィルタ、28 ビームエキスパンダ、30 ダイクロイックミラー、32,33 ミラー、34 90/10ミラー、36 エッジフィルタ、38 レンズ、40 対物レンズ、44 共焦点ピンホール、46 分光器46、48 高感度カメラ、50 コンピュータ(PC)。
図1
図2
図3
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図5
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図7
図8
図9