(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-14
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】固体高分子形燃料電池用の触媒及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/92 20060101AFI20220128BHJP
H01M 4/86 20060101ALI20220128BHJP
H01M 4/88 20060101ALI20220128BHJP
B01J 37/02 20060101ALI20220128BHJP
B01J 37/16 20060101ALI20220128BHJP
B01J 37/03 20060101ALI20220128BHJP
B01J 37/08 20060101ALI20220128BHJP
B01J 37/04 20060101ALI20220128BHJP
B01J 37/12 20060101ALI20220128BHJP
B01J 37/18 20060101ALI20220128BHJP
B01J 23/42 20060101ALI20220128BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20220128BHJP
【FI】
H01M4/92
H01M4/86 B
H01M4/88 K
B01J37/02 101E
B01J37/16
B01J37/03 A
B01J37/08
B01J37/04 102
B01J37/12
B01J37/18
B01J23/42 M
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2019513622
(86)(22)【出願日】2018-04-16
(86)【国際出願番号】 JP2018015644
(87)【国際公開番号】W WO2018194007
(87)【国際公開日】2018-10-25
【審査請求日】2020-10-08
(31)【優先権主張番号】P 2017081893
(32)【優先日】2017-04-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】特許業務法人田中・岡崎アンドアソシエイツ
(72)【発明者】
【氏名】松谷 耕一
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-500789(JP,A)
【文献】特開2003-257439(JP,A)
【文献】特開2003-024798(JP,A)
【文献】国際公開第2006/088194(WO,A1)
【文献】特表2002-511639(JP,A)
【文献】特開2012-124001(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86
H01M 4/88
H01M 4/92
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金からなる触媒粒子が炭素粉末担体上に担持されてなる固体高分子形燃料電池用触媒において、
前記触媒粒子表面に存在する白金に対する、0価の白金が占める割合が80%以上100%以下であ
り、
60℃の0.5M硫酸に48時間浸漬したときの白金溶出量が、触媒2g当たり0.1ppm以上5.0ppm以下であることを特徴とする固体高分子形燃料電池用触媒。
【請求項2】
触媒粒子の粒径は、2nm以上20nm以下である
請求項1記載の固体高分子形燃料電池用の触媒。
【請求項3】
触媒全体に対する触媒率が、質量基準で25~70%である
請求項1又は請求項2記載の固体高分子形燃料電池用触媒。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の固体高分子形燃料電池用触媒の製造方法であって、
炭素粉末担体と白金化合物溶液とを混合して混合溶液を製造する工程と、前記混合溶液に還元剤を添加して、白金からなる触媒粒子を前記炭素粉末担体に担持する工程と、前記触媒粒子が担持された前記炭素粉末担体を熱処理する工程と、を備え、
前記混合溶液を製造する工程は、前記炭素粉末の重量と前記白金化合物溶液の重量との比率が1:75から1:1000となるようにして炭素粉末担体を粉砕しながら、炭素粉末担体と白金化合物溶液とを混合する工程であり、
前記熱処理は、温度1000℃以上1200℃以下の温度で加熱する工程である固体高分子形燃料電池用触媒の製造方法。
【請求項5】
熱処理後の触媒を少なくとも1回、酸化性溶液に接触させる工程を含む
請求項4記載の固体高分子形燃料電池用触媒の製造方法。
【請求項6】
酸化性溶液として、硫酸、硝酸、亜リン酸、過マグネシウム酸カリウム、過酸化水素、塩酸、塩素酸、次亜塩素酸、クロム酸の少なくともいずれかを接触させる
請求項5記載の固体高分子形燃料電池用触媒の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池用の触媒に関する。特に、固体高分子形燃料電池のカソード(空気極)での使用に有用な触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
かつて次世代の発電システムと称された燃料電池は、その期待に応えるべく実用化が現実的なものとなっており、現在においてはその普及を図るべき段階になっている。燃料電池には、いくつかの形式があるが、その中でも特に固体高分子形燃料電池は動作温度が低く、かつコンパクトであるという利点がある。そして、これらのメリットから、固体高分子形燃料電池は自動車用電源や家庭用電源として有望視されている。固体高分子形燃料電池は、水素極(アノード)及び空気極(カソード)と、これらの電極に挟持される固体高分子電解質膜とからなる積層構造を有する。そして、水素極へは燃料として水素が、空気極へは空気(酸素)がそれぞれ供給され、各電極で生じる酸化、還元反応により電力を取り出すようにしている。また、両電極共に、電気化学的反応を促進させるための触媒と固体電解質との混合体が一般に適用されている。
【0003】
上記の電極を構成する触媒として、触媒金属として貴金属、特に、白金を担持させた白金触媒が従来から広く用いられている。触媒金属としての白金は、燃料極及び水素極の双方における電極反応を促進させる上で高い活性を有するからである。
【0004】
本願出願人は、これまで、多くの固体高分子形燃料電池向けの触媒及び触媒の製造方法を開発し開示してきた。上記の白金触媒に関しては、例えば、白金触媒の製造方法として、所定の白金錯体を原料とし液相還元法(化学還元法)により担体に白金を担持する方法を提示している(特許文献1、2)。これらの触媒の製造方法は、好適な活性を発揮し得る白金族触媒を製造するための基本的技術であり、その後に開発された白金触媒の基礎技術となるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第3516734号明細書
【文献】特許第3683623号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
固体高分子形燃料電池の実用化に関するこれまでの実績は、多くの従来技術の積み重ねにより得られたものである。そして、固体高分子形燃料電池の更なる普及のためには、今後も触媒特性の改善に向けた継続的な検討が要求される。
【0007】
ここで、固体高分子形燃料電池に要求される特性としては、初期活性が良好であることに加えて、耐久性、即ち、触媒活性の持続特性が挙げられる。触媒は、時間経過と共に生じる活性低下(失活)を避けることができないが、失活までの時間を増大させることは燃料電池の実用化・普及に向けて必須といえる。特に、固体高分子形燃料電池のカソード触媒は、80℃程度の比較的高温下で、強い酸性雰囲気に晒され、更に高電位負荷を受けるという厳しい条件下にて使用される。また、燃料電池稼働中の付加変動の影響も大きい。従って、固体高分子形燃料電池用の触媒における耐久性能向上は、燃料電池の利用促進に向けて大きな課題となっている。
【0008】
本発明は、以上のような背景のもとになされたものであり、白金を触媒金属とする固体高分子形燃料電池用の触媒について、従来技術と同等以上の初期活性を有することを前提としつつ、耐久性が改善されたものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等の検討によれば、上記した従来の液相還元法によって製造される白金触媒は、触媒粒子である白金表面において、酸化白金由来の2価又は4価の白金が含まれていることが確認されている。白金錯体を担体に担持してから還元処理を行う液相還元法の内容を考慮するならば、この現象自体は不可解なものではない。但し、2価又は4価の白金の存在することで、触媒特性に与える影響に関しては、これまで知られるところではなかった。ここで、本発明者等は、この2価又は4価の白金の存在が触媒の耐久性に影響を及ぼしているとして以下のように考察した。
【0010】
固体高分子形燃料電池用の触媒においては、その使用環境による影響、特に、負荷変動による環境変化を受けたときの影響で、上記の触媒粒子表面上の酸化白金が優先的に溶解すると考察した。そして、この酸化白金の溶解により、触媒中の白金量が低下し、触媒の劣化(活性低下)の要因となると考えた。
【0011】
そこで、本発明者等は、液相還元法を基礎としつつ、触媒粒子表面の白金の状態を適切にして触媒の耐久性向上を図る方法を鋭意検討した。この触媒の製造方法に関しては後述するが、本発明者等は所定の条件で製造した触媒において、触媒粒子表面における0価(ゼロ価)の白金が占める割合が一定以上であり、初期活性及び耐久性共に良好であるとして本発明に想到した。
【0012】
即ち、上記課題を解決する本発明は、白金からなる触媒粒子が炭素粉末担体上に担持されてなる固体高分子形燃料電池用触媒において、前記触媒粒子表面に存在する白金に対する、0価の白金が占める割合が80%以上100%以下であることを特徴とする固体高分子形燃料電池用触媒である。
【0013】
以下、本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒について説明する。本発明において、その基本的構成に関しては従来の白金触媒と同様である。即ち、本発明の固体高分子形燃料電池用触媒は、炭素粉末担体と白金からなる触媒粒子とで構成される。
【0014】
そして、本発明では、触媒粒子表面における0価白金の割合が80%以上である。上記のとおり、従来の液相還元法による触媒においては、触媒粒子表面に20~30%程度の2価又は4価の白金が存在し、酸化白金を形成していると考えられる。この酸化白金は、触媒粒子の前駆体となる白金化合物(白金錯体)に由来するものであると考えられる。本発明では、かかる酸化白金を原子状白金に転換し、触媒粒子の表面状態を調整することで、耐久性に優れた触媒とすることができる。尚、この0価白金の割合の上限値は100%である。また、0価白金の割合は90%以上とするのがより好ましい。
【0015】
触媒粒子表面における0価の白金の割合を測定する方法としては、触媒に対してX線光電子分光分析(XPS)を行い、当該触媒から測定されるPt4fスペクトルに基づく方法が挙げられる。このとき、得られるスペクトルの波形は、0価白金、2価白金、4価白金のそれぞれの状態の白金由来のスペクトルの混合波形であるので、各状態に対応するピーク位置に基づき、測定スペクトルの波形分離を行い、個々のピーク面積を算出し、それらの比率から0価の白金原子の割合が計算できる。尚、XPS分析の際、Pt4fスペクトルは67eVから87eVの範囲で測定できる。そして、波形分離においては、71.8eV(0価白金)、72.8eV(2価白金)、74.6eV(4価白金)のピーク位置を設定することで、0価白金の割合(ピーク面積比)を得ることができる。
【0016】
本発明における触媒粒子は、平均粒径2~20nmのものが好ましい。2nm未満は長時間の活性持続特性が明確に得られなくなるからであり、20nmを超えると触媒の初期活性が十分に得られなくなるからである。触媒粒子の平均粒径は、より好ましくは3~10nm以下であり、更に好ましくは3~5nm以下であり、特に好ましくは4~5nmである。尚、触媒粒子の平均粒径とは、活性金属(白金)粒子のみの粒径であって、結晶が繋がっている大きさ(結晶子径とも称される)であり、担体の粒径は含まれない。触媒粒子径は、XRDピーク半価幅より下記のScherrer式から算出することができる。
【0017】
【数1】
(R:粒径(結晶子径)/nm、λ:用いたX線の波長(例えばCu Kα線の場合、0.154nmである。)、W:ピーク半値幅/度(Degree)、θ:入射角/度(Degree))
【0018】
以上説明した白金からなる触媒粒子は、炭素粉末担体に担持されている。この炭素粉末担体は、比表面積が50m2/g以上1500m2/g以下の炭素粉末を適用するのが好ましい。50m2/g以上とすることで、触媒が付着する面積を増加させることができるので触媒粒子を高い状態で分散させ有効表面積を高くすることができる一方、1500m2/gを超えると、電極を形成する際にイオン交換樹脂の浸入しにくい超微細孔(約20Å未満)の存在割合が高くなり触媒粒子の利用効率が低くなるからである。
【0019】
また、本発明に係る触媒は、固体高分子形燃料電池の電極としての性能を考慮し、触媒粒子の担持率を25%以上70%以下とするのが好ましい。担持率は、より好ましくは50~60%であり、50~55%とするのが更に好ましい。本発明の担持率とは、担体に担持させた触媒粒子質量(即ち、担持させた白金質量)の触媒全体の質量に対する比をいう。
【0020】
以上説明したように、本発明に係る固体高分子形燃料電池用の触媒は、触媒粒子の白金の状態に関連した特定の規定がなされている。この構成上の特徴に加えて、本発明の触媒は、一定条件の酸性試験液に対する白金の溶出量が一定量以下となるという、定性的な特徴をも具備していることが好ましい。具体的には、本発明の触媒は、60℃の0.5M硫酸に48時間浸漬したときの白金溶出量が、触媒2g当たり5ppm以下であることが好ましい。本発明者等によると、酸性溶液中における触媒の白金溶出量は、触媒の耐久性に影響を及ぼす。白金溶出量が、触媒2g当たり5ppmを超える場合、耐久性に劣る触媒となる。そのような触媒は、触媒作動時間の増大に伴い活性低下のおそれがある。尚、白金溶出量の下限値は、触媒2g当たり0.1ppmとするのが好ましい。白金溶出量がこの下限値より小さい状態の触媒は、表面エネルギーが小さ過ぎることが予測されるので、触媒活性が低いと考えられるからである。
【0021】
次に、本発明に係る固体高分子形燃料電池の触媒の製造方法について説明する。本発明に係る触媒の製造方法は、基本的工程に関しては、従来の液相還元法に基づく。液相還元法では、炭素粉末担体と白金化合物溶液とを混合して混合溶液を製造し、この混合溶液に還元剤を添加して白金を還元・析出させて触媒粒子を炭素粉末担体に担持することで白金触媒を製造することができる。
【0022】
ここで、本発明では、耐久性良好な触媒とするため、触媒粒子表面における0価白金の割合を80%以上とし、より好ましくは90%以上とする。このような0価白金の割合が高い触媒粒子を有する触媒は、通常の液相還元法では製造が困難である。本発明者等の検討によれば、かかる触媒粒子を有する触媒の製造方法は、2つの特徴的な操作を含む。この特徴的な操作は、第1に、炭素粉末担体と白金化合物溶液との混合溶液の製造工程で、担体を粉砕しながら混合系に白金化合物溶液を添加することである。そして、第2に、還元処理を行い白金が担持された触媒について1000℃以上の高温での熱処理を行うこととしている。
【0023】
即ち、本発明の固体高分子形燃料電池用触媒の製造方法は、炭素粉末担体と白金化合物溶液とを混合して混合溶液を製造する工程と、前記混合溶液に還元剤を添加して、白金からなる触媒粒子を前記炭素粉末担体に担持する工程と、前記触媒粒子が担持された前記炭素粉末担体を熱処理する工程とを備え、前記混合溶液を製造する工程は、前記炭素粉末担体を粉砕しながら炭素粉末担体と白金化合物溶液を混合するものであり、前記熱処理は、温度1000℃以上1200℃以下の温度で加熱するものである。以下、本発明に係る触媒の製造方法について説明する。
【0024】
触媒金属である白金の原料となる白金化合物溶液としては、ジニトロジアンミン白金硝酸溶液、塩化白金酸水溶液、塩化白金酸カリウム水溶液、ヘキサアンミン白金水酸塩溶液が好ましい。水を溶媒として用いることから、水溶液中で安定であるこれらの白金錯体が好ましい。
【0025】
この白金化合物溶液と担体となる炭素粉末とを混合して混合用液を製造する。上記のとおり、本発明では炭素粉末を粉砕処理しつつ、白金化合物溶液と炭素粉末とを混合することを必須の操作とする。混合工程は、白金化合物溶液の白金イオンを担体に担持する工程であり、白金イオンの分散性、担持状態を決定付ける。本発明者等によれば、この混合工程で担体を粉砕することで、白金イオンの分散状態が好適な状態となる。そして、本発明者等は、この混合工程で形成される白金の分散状態は、後述する高温熱処理が触媒粒子の表面状態を好適するための下地となると考察している。
【0026】
混合工程において、白金化合物溶液の白金錯体の濃度については、特に限定されない。担持させる白金の量を考慮しつつ、任意の濃度の白金化合物溶液を使用することができる。そして、この粉砕処理を行う混合工程においては、水分である白金化合物溶液の量と炭素粉末の量との比率を調整して粉砕処理をするのが好ましい。具体的には、炭素粉末の重量と白金化合物溶液の重量との比率が1:75から1:1000となるようにして粉砕処理をするのが好ましい。炭素粉末1gに対し、白金化合物溶液が75gより少ないと、混合溶液の粘度が高くなり、その後の還元処理の差異に不規則な反応が生じる可能性がある。一方、炭素粉末1gに対し、1000gより多量の白金化合物溶液を使用する場合、白金化合物溶液の白金濃度を低くする必要が生じ、その後の還元反応が進行し難くなる。白金化合物溶液の白金濃度については、0.05質量%以上5質量%以下に設定しつつ、炭素粉末の重量と白金化合物溶液の重量との比率を上記範囲にして粉砕処理するのが好ましい。
【0027】
粉砕処理における粉砕器具としては、特に限定されないが、コロイドミルや遊星ボールミル等が適用できる。そして、混合溶液の粉砕時間は、3分間以上60分間以下とするのが好ましい。
【0028】
粉砕処理を伴う混合工程の後、白金化合物溶液と炭素微粉末担体との混合溶液に対して、還元剤を添加する。還元剤は、アルコール(メタノール、エタノール等)が好ましい。エタノールに少量のメタノールを混合した、いわゆる変性アルコールも使用できる。還元剤の添加量は、混合溶液中の白金1molに対して4mol以上280mol以下とし、混合液に対して1体積%以上60体積%以下の濃度にしたものを添加するのが好ましい。
【0029】
還元剤添加後の還流(還元)の条件は、混合液の温度を60℃以上沸点以下として、還元時間を3時間以上6時間以下とするのが好ましい。還元処理によって白金粒子が担体上に担持される。
【0030】
通常の液相還元法では、この白金の還元によって白金触媒の完成とすることができるが、本発明においてはこの段階では熱処理を控えた触媒前駆体の状態といえる。この触媒前駆体は、還元処理後の溶液から回収され、適宜に乾燥処理される。
【0031】
そして、触媒前駆体に対する熱処理は、触媒粒子表面に存在する2価又は4価の白金を0価の白金とし、全ての白金に占める0価白金の割合を高めるために行う処理である。触媒製造の分野において、触媒粒子として合金を適用する触媒(例えば、白金とコバルトとの合金触媒や白金とルテニウムとの合金触媒等)においては、合金化のために熱処理が必須である。本発明は、白金のみからなる触媒粒子を適用するものであるから、本発明で適用される熱処理は、合金化の熱処理とは本質的に技術的意義が異なる。そして、本発明における熱処理の温度も1000℃以上と、比較的高温域に設定される。1000℃未満では、0価白金の割合を上昇させるのが困難だからである。尚、熱処理温度を1200℃以下とするのは、触媒粒子粗大化を懸念したことによる。
【0032】
熱処理は、還元性ガス雰囲気や不活性ガス雰囲気等の非酸化性雰囲気で行うのが好ましく、還元性ガス雰囲気が特に好ましい。具体的には、水素ガス雰囲気(水素ガス50%以上)が好ましい。熱処理時間は、3分以上3時間以下とするのが好ましい。以上のような熱処理を行うことにより、本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒が製造される。
【0033】
以上のようにして熱処理を経て製造され完成された触媒について、初期活性向上効果等を目的とする、追加的・補完的な処理を行うこともできる。熱処理の結果、触媒粒子の表面状態は好適な状態となっている。この状態を大きな変化させないような追加的処理であれば、触媒性能をトータルで引き上げることができる。
【0034】
この追加的処理としては、触媒を少なくとも1回、酸化性溶液に接触させる処理が挙げられる。固体高分子形燃料電池においては、触媒表面で生じるプロトンが、水分及び電解質を介して伝導することによって発電が生じる。そのため、固体高分子形燃料電池用触媒には、触媒活性の観点から、ある程度の親水性(濡れ性)がある方が好ましい。そこで、本発明に係る白金触媒に対して、酸化性溶液に接触させることで、触媒の担体表面に親水基(ヒドロキシル基、ラクトン基、カルボキシル基等)が結合させて、親水性を付与し初期活性を向上させることができる。
【0035】
この処理における酸化性溶液としては、硫酸、硝酸、亜リン酸、過マグネシウム酸カリウム、過酸化水素、塩酸、塩素酸、次亜塩素酸、クロム酸等の溶液が好ましい。これらの酸化性溶液の濃度は、0.1~1mol/Lとするのが好ましく、溶液に触媒を浸漬するのが好ましい。
【0036】
酸化性溶液による処理の条件としては、接触時間は、1~30時間が好ましく、2時間以上とするのがより好ましい。また、処理温度は、40~110℃が好ましく、60℃以上がより好ましい。尚、酸化性溶液処理は、触媒を酸化性溶液に1回接触させる場合のみならず、複数回繰り返し行っても良い。また、複数回の酸処理を行う場合には、処理ごとに溶液の種類を変更しても良い。
【0037】
以上のような酸化性溶液による処理により、触媒の炭素粉末担体に、0.7~3.0mmol/g(担体重量基準)の親水基が結合されることとなる。尚、酸化性溶液との接触により、触媒粒子表面の0価白金の割合は僅かながら低下するおそれはある。しかし、上記の条件の範囲内であれば、0価白金の割合は80%未満となることはない。そして、耐久性も悪化することなく、初期活性に優れた触媒を得ることができる。
【発明の効果】
【0038】
以上説明したように本発明によれば、白金からなる触媒粒子を適用する高分子固体電解質型燃料電池用触媒の耐久性を向上させることができる。本発明の触媒は、従来の白金触媒によりも耐久性に優れ、初期活性も良好である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【
図1】実施例1の触媒の初期活性試験と耐久試験における電流/電圧曲線。
【
図2】実施例2の触媒の初期活性試験と耐久試験における電流/電圧曲線。
【
図3】実施例3の触媒の初期活性試験と耐久試験における電流/電圧曲線。
【
図4】比較例の触媒の初期活性試験と耐久試験における電流/電圧曲線。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。本実施形態では、本発明に係る改良された液相還元法により白金触媒を製造し、その触媒粒子表面の白金(0価白金、2価及び4価白金)の配分を分析すると共に、触媒活性の評価検討を行った。
【0041】
実施例1:この実施例では、本発明に係る触媒製造の基本となる工程、即ち、混合工程及び還元工程による白金担持を行った後、高温熱処理して触媒を製造した。具体的本工程は下記の通りである。
【0042】
[白金の担持]
コロイドミルに白金濃度0.4重量%のジニトロジアンミン白金硝酸溶液4000g(白金含有量:16g)及び担体となる炭素微粉末(比表面積810m2/g、商品名:ケッチェンブラック(ライオン・スペシャリティ・ケミカルズ株式会社製))16gを投入した。炭素粉末の重量と白金化合物溶液の重量との比率は1:250とした。
【0043】
コロイドミルによる30分間の粉砕処理後、スラリー状の混合溶液をフラスコに移した。このスラリーに還元剤として100%エタノールを600mL添加した。この溶液を沸点(約95℃)で6時間、撹拌、混合し、白金を担体に担持させた。そして、濾過、乾燥することにより白金粒子担持担体を得た。この白金粒子担持担体における白金の担持濃度(担持量)は、担体100重量%に対して、47重量%であった。
【0044】
[熱処理]
この触媒前駆体について、熱処理を行った。熱処理は、100%水素ガス中で熱処理温度を1050℃として2時間行った。この熱処理により、白金触媒を得た。この実施例1の白金触媒の白金の担持率は51%であり、触媒粒子の平均粒径は4.7nmであった。
【0045】
実施例2:本実施例では、実施例1の触媒に対して、追加的処理である下記酸化性溶液による親水基付加の処理を行って触媒を製造した。
【0046】
[酸化性溶液処理]
実施例1で製造した触媒の一部を採取して酸化性溶液を行った。ここでは、熱処理後の触媒を、0.5mol/Lの硫酸水溶液中80℃にて2時間浸漬処理した後、濾過・洗浄・乾燥した。そして、1.0mol/Lの硝酸水溶液中70℃にて2時間処理した後、濾過・洗浄・乾燥した。この硝酸水溶液による処理は2回行った。以上の処理により、親水基が導入された白金触媒を得た。この実施例2の白金触媒の担持率は50%であり、触媒粒子の平均粒径は4.5nmであった。
【0047】
実施例3:この実施例は、粉砕処理を伴う混合工程において、白金化合物溶液と炭素微粉末担体との混合比を調整した。実施例1の白金担持の際、ジニトロジアンミン白金硝酸溶液2400g(白金含有量:9.6g)と炭素微粉末2.4gをコロイドミルにて粉砕・混合した。炭素粉末の重量と白金化合物溶液の重量との比率を1:107とした。これ以外の工程は、実施例1と同様とし、更に、実施例2と同様の酸化性溶液処理を行った。これにより、親水基が導入された白金触媒を得た。この実施例3の白金触媒の触媒粒子の担持率は、30%であり、平均粒径は4.5nmであった。
【0048】
比較例:上記した各実施例の触媒の比較例として、従来の液相還元法で白金触媒を製造した。実施例1において、ジニトロジアンミン白金硝酸溶液に炭素微粉末担体を導入し、粉砕処理を行わずに攪拌のみでスラリーを製造した。そして、実施例1と同様に還元処理した後、熱処理を行わずに白金触媒とした。この比較例の白金触媒の担持密度は48%であり、触媒粒子の平均粒径は2.5nmであった。
【0049】
以上の実施例1~実施例3及び比較例に係る白金触媒についてXPS分析を行い、表面の白金の状態(0価白金の割合)を評価した。XPS分析は、分析装置としてアルバック・ファイ株式会社製Quantera SXMを用いた。分析に際して、試料調製として、真空用カーボン両面テープ上に白金触媒を固定した。この際、下地テープ部分が露出しないよう十分な量を載せた後、薬包紙の上から白金触媒を押さえて平滑な面とした。その後、ブロアーで余分な試料を除いた。そして、試料への前処理として、白金触媒の表面汚染を除いた状態を評価するため、XPS装置付属のイオン銃によるスパッタエッチングを実施した。スパッタ条件としては、Arイオンを加速電圧1kV(1分) にて触媒に照射した。
【0050】
XPS分析条件として、照射X線はモノクロ化したAl-Kα線を使用し、電圧15kV、出力25W、X線ビーム径は200μmφとした。発生した光電子のエネルギーを検出し広域光電子スペクトル(ワイドスペクトル)を取得した。
【0051】
そして、XPSにより得られたPt4fスペクトルに対して、0価の金属白金の割合を算出するため、アルバック・ファイ株式会社ソフトウエア(MultiPak V8.2C)を用いてデータ解析を行った。この解析では、「Pt」に3種の化学状態(0価Pt(0)、2価Pt(II)。4価Pt(IV))を想定した。そして、各状態のメインピーク位置を、0価Pt(0):71.7eV、2価Pt(II):72.7eV、4価Pt(IV):74.4eVとし、ソフトウエアにて測定されたPt4fスペクトルのピーク分離を行った。ピーク分離をし、各状態のピークの面積比から、それぞれの比率を算出した。
【0052】
また、各実施例、比較例に係る触媒について、硫酸による溶出試験を行い、白金溶出量を測定した。溶出試験は、触媒2gを秤量し、硫酸(0.5mol/L)150mLが入った三角フラスコに投入した。この三角フラスコを60℃に設定された乾燥機に入れ、空気を50mL/minで硫酸液中に供給しつつ攪拌した。この状態で48時間放置した後、触媒を濾過・回収し、濾液をメスフラスコに移して250mLにメスアップした(濾液A)。回収した触媒を三角フラスコに戻し、150mLの温純水を加えて60℃に設定された乾燥機中で30分間攪拌した。その後触媒を濾過・回収し、濾液をメスフラスコに移して250mLにメスアップした(濾液B)。得られた濾液A、濾液BをICPで分析し、それぞれの白金濃度を測定した。そして、各触媒の白金溶出量として、濾液A、濾液Bの白金濃度の和((濾液Aの白金濃度)+(濾液Bの白金濃度))を、触媒の白金溶出量とした。
【0053】
以上実施した各種の物性値を表1に示す。
【0054】
【0055】
表1から、実施例1~実施例3の触媒は、触媒粒子表面の0価白金の割合が80%以上であることが確認できる。比較例においては、触媒粒子表面の2価白金及び4価白金が多く存在しているので、0価白金の割合は70%を下回っていた。また、白金溶出量についてみると、各実施例の触媒はいずれも2ppm以下であったのに対し、比較例は9ppm以上であった。0価白金の割合が高い触媒は、白金溶出量が少ないことがわかる。以上で検討した物性値を踏まえ、各触媒について初期活性を評価した後、耐久性を評価した。
【0056】
[初期活性試験]
各実施例、比較例に係る白金触媒について、初期活性試験を行った。この性能試験は、Mass Activityを測定することにより行った。実験には単セルを用い、プロトン伝導性高分子電解質膜を電極面積5cm×5cm=25cm2のカソード及びアノード電極で挟み合わせた膜/電極接合体(Membrane Electrode Assembly、MEA)を作製し評価した(設定利用効率:40%)。前処理として、水素流量=1000mL/min、酸素流量=1000mL/min、セル温度=80℃、アノード加湿温度=90℃、カソード加湿温度=30℃の条件にて電流/電圧曲線を引いた。
【0057】
[耐久試験]
更に、各触媒に対して耐久性を評価するための耐久試験(劣化試験)を行った。耐久試験は、上記の初期活性試験後の膜/電極接合体(MEA)に対して電位サイクル試験を行った。電位サイクル試験では、650-1050mVの間を掃引速度40mV/sで20時間掃引して触媒粒子表面をクリーニングし、その後、650-1050mVの間を掃引速度100mV/sで10800サイクル掃引して触媒劣化させた後、電流/電圧曲線を引いた。その後、さらに10800サイクル(計216000サイクル)掃引して劣化させたものについても電流/電圧曲線を引いた。
【0058】
図1~
図4は、実施例1~実施例3及び比較例の触媒の初期活性試験と耐久試験(クリーニング時、10800サイクル後、21600サイクル後)の電流/電圧曲線を示す。
図4(比較例)から、従来技術においては、サイクル数が上昇するに従い活性低下が生じている。これに対して、
図1(実施例1)、
図2(実施例2)、及び
図3(実施例3)の触媒は、活性の低下が極めて少なく、耐久性に優れていることが分かる。この点をより明確に示すため、
図1~
図4の電流/電圧曲線に基づき電流1.0A/cm
2での電圧値(V)を求めた。この結果を表2に示す。
【0059】
【0060】
表2から、上記説明と同様に、実施例1~実施例3の触媒は、活性低下が極めて少なく耐久性が良好であることが分かる。具体的には、21600サイクル後の電圧値の低下率を検討すると、比較例の触媒では約10%の電圧低下がみられたのに対して、各実施例の触媒における電圧低下は2%未満である。これら実施例の触媒の耐久性の高さは明確である。
【0061】
尚、初期活性の観点のみから評価すると、実施例2及び実施例3の酸化性溶液で処理した白金触媒が優れているといえる。そして、上記のとおり、これらの実施例2及び実施例3の触媒は耐久性も極めて良好である。もっとも、実施例1の触媒も、初期活性は従来技術と同等以上である。そして、耐久性は従来技術以上であるので優れた触媒ということができる。以上の効果は、触媒粒子(白金粒子)の0価白金の割合の最適化によって生じたと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、固体高分子形燃料電池の電極触媒として、耐久性の改善を達成することができる。本発明は、燃料電池の実用化と普及に資するものであり、ひいては環境問題解決の基礎となるものである。