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特許6994821サッカロミセス・セレビシエの連続培養におけるエタノール生産の低減
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-16
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】サッカロミセス・セレビシエの連続培養におけるエタノール生産の低減
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/16 20060101AFI20220106BHJP
【FI】
C12N1/16 A
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2016151827
(22)【出願日】2016-08-02
(65)【公開番号】P2018019620
(43)【公開日】2018-02-08
【審査請求日】2019-07-04
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100160978
【弁理士】
【氏名又は名称】榎本 政彦
(72)【発明者】
【氏名】福▲崎▼ 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】馬場 健史
(72)【発明者】
【氏名】井村 誠
(72)【発明者】
【氏名】岩切 亮
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-104016(JP,A)
【文献】特開2003-169666(JP,A)
【文献】特開2007-111054(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0047387(US,A1)
【文献】特表2003-500062(JP,A)
【文献】特表2000-508175(JP,A)
【文献】Yeast,2016年,Vol.33,p.145-161
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/16
C12N 1/16
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Saccharomyces cerevisiaeの連続培養または流加培養において、培地にフマル酸またはリンゴ酸を50~300mg/L添加する、エタノール産生を低減させ、且つ菌体生産量を増加させる酵母の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に連続培養においてサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)の菌体を生産する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
出芽酵母であるSaccharomyces cerevisiaeはビールやワインなどの醸造工業や酵母エキスなどの食品工業において必要不可欠な微生物である。しかしながら、S. cerevisiaeは十分に酸素を供給しているにもかかわらず、グルコースを添加すると酸素呼吸が抑制される (De Deken, R. H.) 。この現象はクラブツリー効果と呼ばれ、S. cerevisiaeの連続培養においては希釈率を高くすると、バイオマスの形成からエタノール発酵を行うことが知られている (Postma E et al.) 。
【0003】
しかし、このクラブツリー効果の機構の詳細については未だ明らかになっていない。
そのため、エタノールを生産させずに目的物質を製造するためには、流加培養においては糖の流入を制限し、または連続培養においては低希釈率で培養しなければならず、生産効率が悪かった。
【0004】
クラブツリー効果はその他の微生物でも見られているが (Serra et al.) 、S. cerevisiaeはモデル生物として好気状態でのクラブツリー効果に着目した研究が盛んに行われている。例えば、glycerol 3-phosphate dehydrogenaseのisozymeをコードするGPD1やGPD2を過剰発現することによってグリセロールを増加させ、エタノールを低減させた報告がある (Cambon B et al..) 。また、グルコースの流入量が多い時、NADH/NAD+のレドックスバランスが崩れることによって副生成物であるエタノールやグリセロールを生産するといったことから、水を形成するNADH oxidaseを発現させ、エタノールを低減させた報告もある (Heux S et al..、Vemuri GN et al.) 。しかしながら、これらの手法は遺伝子組換え技術を用いているため、醸造工業や食品工業への応用は困難である。
【0005】
遺伝子組換え技術を用いたアプローチに対して、連続培養系を用いた研究において定常状態でサンプリングできるメリットを活かしてフラックス解析を用いたクラブツリー効果の解明に取り組んでいる (Frick O et al.、Kajihata S et al.)。連続培養における、希釈率(D)は、1時間当たりの液体培地の供給量/培養液体積となる。S. cerevisiaeは十分な好気状態において希釈率(D)が0.3より小さいとグルコースを完全に消費し、エタノールを生産しない。しかしD≧0.3になるとエタノールを生産することが報告されている (Van Hoek P et al.) 。希釈率を変更することよって好気呼吸からエタノール発酵に切り替わることを利用して定常状態でのフラックス解析が進められてきたが、この解析結果を利用してエタノールを低減させることは実現できていない。
【0006】
メタボロミクスはゲノム情報の結果である代謝物を網羅的に測定する手法であり、近接しているマクロ表現型と密接に関係している。故に,微生物による有用物質生産において生産収率や,生産速度等を定量的表現型と考え,メタボローム解析を実施することにより,菌株性能向上に資する有益な情報を得ることが可能である。 (Putri SP et al.)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】De Deken RH.: The Crabtree effect: a regulatory system in yeast. : J Gen Microbiol. 1966 Aug;44(2):149-56.
【文献】Postma E1, Verduyn C, Scheffers WA, Van Dijken JP. : Enzymic analysis of the crabtree effect in glucose-limited chemostat cultures of Saccharomyces cerevisiae. : Appl Environ Microbiol. 1989 Feb;55(2):468-77.
【文献】Serra A, Strehaiano P, Taillandier P. : Characterization of the metabolic shift of Saccharomyces bayanus var. uvarum by continuous aerobic culture. Appl Microbiol Biotechnol. 2003 Oct;62(5-6):564-8.
【文献】Cambon B1, Monteil V, Remize F, Camarasa C, Dequin S.: Effects of GPD1 overexpression in Saccharomyces cerevisiae commercial wine yeast strains lacking ALD6 genes. Appl Environ Microbiol. 2006 Jul;72(7):4688-94.
【文献】Heux S1, Cachon R, Dequin S.: Cofactor engineering in Saccharomyces cerevisiae: Expression of a H2O-forming NADH oxidase and impact on redox metabolism. :Metab Eng. 2006 Jul;8(4):303-14.
【文献】Vemuri GN, Eiteman MA, McEwen JE, Olsson L, Nielsen J. : Increasing NADH oxidation reduces overflow metabolism in Saccharomyces cerevisiae. : Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Feb 13;104(7):2402-7.
【文献】Frick O1, Wittmann C.: Characterization of the metabolic shift between oxidative and fermentative growth in Saccharomyces cerevisiae by comparative 13C flux analysis.: Microb Cell Fact. 2005 Nov 3;4:30.
【文献】Kajihata S, Matsuda F, Yoshimi M, Hayakawa K, Furusawa C, Kanda A, Shimizu H.:13C-based metabolic flux analysis of Saccharomyces cerevisiae with a reduced Crabtree effect.: J Biosci Bioeng. 2015 Aug;120(2):140-4.
【文献】Van Hoek P1, Van Dijken JP, Pronk JT.: Effect of specific growth rate on fermentative capacity of baker's yeast. :Appl Environ Microbiol. 1998 Nov;64(11):4226-33.
【文献】Putri SP1, Nakayama Y, Matsuda F, Uchikata T, Kobayashi S, Matsubara A, Fukusaki E.: Current metabolomics: practical applications.: J Biosci Bioeng. 2013 Jun;115(6):579-89.
【文献】Yoshida R, Tamura T, Takaoka C, Harada K, Kobayashi A, Mukai Y, Fukusaki E. : Metabolomics-based systematic prediction of yeast lifespan and its application for semi-rational screening of ageing-related mutants. : Aging Cell. 2010 Aug;9(4):616-25.
【文献】Teoh ST1, Putri S1, Mukai Y2, Bamba T1, Fukusaki E1 : A metabolomics-based strategy for identification of gene targets for phenotype improvement and its application to 1-butanol tolerance in Saccharomyces cerevisiae. : Biotechnol Biofuels. 2015 Sep 15;8:144.
【文献】Ohta E1, Nakayama Y1, Mukai Y2, Bamba T1, Fukusaki E3. : Metabolomic approach for improving ethanol stress tolerance in Saccharomyces cerevisiae. : J Biosci Bioeng. 2015 Sep 3. pii: S1389-1723(15)00303-5.
【文献】Mitsunaga H, Meissner L, Palmen T, Bamba T, Buechs J, Fukusaki E.: Metabolome analysis reveals the effect of carbon catabolite control on the poly(γ-glutamic acid) biosynthesis of Bacillus licheniformis ATCC 9945.: J Biosci Bioeng. 2015 Sep 23. pii: S1389-1723(15)00327-8.
【文献】Noguchi S, Putri SP, Lan EI, Lavina WA, Dempo Y, Bamba T, Liao JC, Fukusaki E. : Quantitative target analysis and kinetic profiling of acyl-CoAs reveal the rate-limiting step in cyanobacterial 1-butanol production. : Metabolomics. 2016;12:26.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願発明者らは、これまでにメタボロミクスによって異なる条件から取得したサンプルを解析することで、酵母の寿命延長 (Yoshida R et al.) や1-ブタノールやエタノールに対する耐性の向上 (Teoh ST et al. 、Ohta E et al. ) 、poly (γ-glutamic acid) や1-ブタノールの生産性向上(Mitsunaga H et al.、Noguchi S et al.) に取り組んできた。この知見を利用して、メタボロミクスによってS. cerevisiaeのクラブツリー効果に起因する連続培養におけるエタノールの生産を低減できる方法を見出し、S. cerevisiaeにおいて希釈率の高い連続培養でエタノール産生を低減させることを課題とする。また、それにより、効率的に菌体や目的物を生産することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
S. cerevisiaeの様々な希釈率の連続培養からサンプルを取得し、メタボロミクスを実施した。すなわち、代謝物を網羅的に解析するメタボロミクスによって連続培養において好気呼吸からエタノール発酵に希釈率を変化させた際に、変化の大きい代謝物を同定した。
【0010】
その結果、当該代謝物のうち、フマル酸やリンゴ酸を連続培養時の培地に添加すると、希釈率の高い連続培養においてエタノールを低減し、菌体生産量を増加させることができた。本発明により、S. cerevisiaeの希釈率の高い連続培養においてメタボロミクスを用いて同定した代謝物を添加することによってエタノールの生産を低減すること、及び菌体生産量を増加させることに初めて成功したものである。
【0011】
すなわち本発明は、
(1)Saccharomyces cerevisiae酵母の培養において、好気呼吸からエタノール発酵に変化させた際に変化の大きい代謝物を培地に添加する、菌体生産量を増加させる方法、
(2)Saccharomyces cerevisiae酵母の連続培養または流加培養において、培地にフマル酸またはリンゴ酸を添加する、前記酵母の培養方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、S. cerevisiaeの連続培養において、培地中にリンゴ酸 またはフマル酸を添加することで、培養液中のエタノール濃度を低減することができ、また菌体濃度も増加させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】S. cerevisiae連続培養での異なる希釈率における培養結果
図2】異なる希釈率での連続培養より取得したメタボロームデータに基づく主成分分析の結果 Score plot(寄与率:PC1=62.6%、PC2=16.2%)
図3】異なる希釈率での連続培養より取得したメタボロームデータに基づく主成分分析の結果 PC1に対するloading data
図4】解析で同定できた代謝物マップ (1. D=0.05、2. D=0.1、3. D=0.2、4. D=0.3)
図5】代謝物を添加した際のD=0.3の連続培養におけるエタノール濃度
図6】代謝物を添加した際のD=0.3の連続培養における菌体濃度
図7】代謝物添加における連続培養でのOrnithineの菌体内濃度
図8】代謝物添加における連続培養でのTrehaloseの菌体内濃度
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を具体的に説明する。
本発明に用いる菌株は、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)であれば何でもよい。
【0015】
本発明に使用する基本の培地は、本発明の酵母が増殖できる限り特に制限されず、例えば酵母の培養に用いられる通常の培地を用いることができる。
具体的には、例えば、YDP培地、SD培地、SG培地が挙げられるが、これらに限定されない。培地としては、例えば、炭素源、窒素源、リン酸源、硫黄源、その他の各種有機成分や無機成分から選択される成分を必要に応じて含有する培地を用いることができる。培地成分の種類や濃度は、使用する菌株により適宜設定してよい。
【0016】
本発明においては、実施例に示すようなメタボロミクス解析を行い、好気呼吸からエタノール発酵に変化させた際に変化の大きい代謝物を同定し、それらを培地に添加することで、エタノール産生を低減できる化合物をスクリーニングすることができる。
具体的には、上記のような基本の培地に、リンゴ酸及び/又はフマル酸を培地中に合わせて50~300mg/Lになるように添加して、流加培養または連続培養を行う。
【0017】
連続培養の場合、培地の希釈率Dは、目的とする物質が最も効率的に取得できるように適宜選択すればよい。たとえば、Dの値としては、0.1~0.5が望ましく、より望ましくは0.25~0.40、さらに望ましくは0.30~0.35である。希釈率(D)は、1時間当たりの液体培地の供給量/培養液体積となる。
【0018】
培養温度は、目的とする物質が最も効率的に取得できる温度を選択すればよく、たとえば25~35℃、好ましくは28~32℃である。培養時間は、連続培養であれば特に制限は無い。
【実施例
【0019】
以下に実施例を用いて、本発明を具体的に説明する。
本発明はこれらに限定されるものではない。
【0020】
S. cerevisiae NBRC101557は、Biological Resource Center, NITE (NBRC) より取得した。前培養は100 mLのYPD培地 [10g Dried yeast extract (Wako Pure Chemical Industries, Ltd. , Osaka, Japan) ,20 g HIPOLYPEPTON (Wako Pure Chemical Industries, Ltd. , Osaka, Japan) , 20g D-Glucose (Wako Pure Chemical Industries, Ltd. , Osaka, Japan) ] で30℃にて18時間行った。本培養は2 LのJar-fermenter (Mitsuwa Frontech) に張り込んだ1 Lの培養液に初期OD600が0.1になるように植菌し、回分培養を開始した。培養液の培地組成は10 g/L glucose、1.5 g KH2PO4、0.5 g/L MgSO4・7H2O、0.06 g/L CaCl2、5 g/L (NH4)2SO4、0.4 g/L K2SO4、0.1 mg/L Biotin、1.5 g/L D-pantothenic acid hemicalcium salt、60 mg/L myo-inositol、3 mg/L Pyridoxine Hydrochloride、14 mg/L Thiamine Hydrochloride、0.2 mg/L CuSO4・5H2O、4 mg/L ZnSO4・7H2O、10 mg/L FeSO4・7H2O (4 MのNaOHにてpH5.0に調整した) である。なお、後述する代謝物の添加試験では上記に加え培地中にTrehalose Dihydrate、L-Ornithine Monohydrochloride、Fumaric acid、Malic acidを100 mg/Lになるように添加した。これら全てはWako Pure Chemical Industries, Ltd. (Osaka, Japan) 、Sigma (St. Louis, USA ) にて購入した。培養温度は30℃で、撹拌数を700 rpm、通気を1 L/minで行い、4 MのNaOHにてpHを5.0に制御した。回分培養の対数増殖期後期にてそれぞれの希釈率で連続培養を開始し、定常状態になったことを確認した後、サンプルを取得した。
【0021】
・バイオマスおよびエタノールの測定
乾燥菌体重量 (CDM)は2回洗浄、遠心分離 (6000 g、5 min、4℃) を行い、105℃にて一晩静置した後、測定した。培地中のエタノール濃度は培養液を遠心分離した上清をBF-7 (Oji Scientific Instruments, Hyogo, Japan) にて測定した。
【0022】
・GC/MSに向けたサンプル調製
サンプル回収および代謝物抽出はHashim※らの手法に則って行った。連続培養において定常状態に達したサンプルをsampling volume×OD600=80になるように設定し、直径47 mmの0.45μmのポアサイズのメンブレンフィルター (Millipoire, Massachusetts, USA) を用いて吸引濾過を行い、蒸留水にて洗浄した。そのサンプルを凍結乾燥させた後に5.0 mgを測定し、ジルコニアボールを1個入れふたをし、液体窒素に浸して凍結した。これをボールミル(MM400, Verder-scientific, Germany) でサンプルを破砕した (20 Hz, 5 min) 。1.0 mLのmix solvent (methanol/H2O/Chroloform:2.5/1/1 (v/v/v)) を加え、更に内部標準として60μlの0.2 mg/ml Ribitol (Wako Pure Chemical Industries, Ltd. , Osaka, Japan) を加えた。ボルテックス (VORTEX-2 GENIE, Scientific industries, inc,, New York, USA) で20 sec混合した後、これらをミキサーミルにて代謝物を抽出した (20 Hz, 5 min) 。遠心分離 (4℃, 5 min, 10000 rpm) した後、上清の900 μlを新しいチューブに移し、400μlの超純水を加え、10 secボルテックスした。遠心分離 (10,000 rpm, 5 min, 4℃) した後、上層500μlを新しいチューブに移した。サンプルを2 h遠心濃縮後、一晩凍結乾燥を行った。凍結乾燥したサンプルに予めpyridine (Wako Pure Chemical Industries, Ltd. , Osaka, Japan) に20 mg/mlに溶解したmethoxyamine hydrochloride (Sigma, St. Louis, USA) を100μl加え、Thermal mixer (Thermomixer Comfort, Eppendorf Co., Ltd., Hamburg, Germany) にて1200 rpm、30℃、90 minインキュベートした。その後、50μlのN-methyl-N-(trimethylsilyl)trifluoroacetamide (MSTFA) (GL Sciences, Kyoto, Japna) を加えThermal mixerにて1200 rpm、37℃、30 minインキュベートした。
※Hashim Z1, Teoh ST1, Bamba T1, Fukusaki E2.: Construction of a metabolome library for transcription factor-related single gene mutants of Saccharomyces cerevisiae. : J Chromatogr B Analyt Technol Biomed Life Sci. 2014 Sep 1;966:83-92.
【0023】
・GC/MS analysis
GC/MS analysisはTsugawa※らの報告に基づいて行った。AOC-20s autosampler (Shimadzu) とAOC-20i auto injector (Shimadzu) を組み合わせGCとMSとしてGCMS-QP2010 Ultra (Shimadzu Corporation, Kyoto, Japan) を使用した。ソフトウェアにはGCMS solution ver. 4.20β (Shimadzu) を用い、データを取得した。
カラムには30 m×0.25 mm i. d. DF :0.25μm InertCap 5MS/NP (GL science, Kyoto, Japan) を用いた。気化室温度は230℃であり、高純度ヘリウムをキャリアーガスとして使用い、流量は1.12 mL/minである。カラムの温度は80℃で2 minの保持した後、320℃まで15 ℃/minで昇温させ、その温度で6 min保持した。インターフェイス温度は250℃で、イオン源温度は200℃、EIは70V、スキャン速度は20 scan/secである。測定マス範囲は85-500 m/zである。
※Tsugawa H1, Bamba T, Shinohara M, Nishiumi S, Yoshida M, Fukusaki E.: Practical non-targeted gas chromatography/mass spectrometry-based metabolomics platform for metabolic phenotype analysis.: J Biosci Bioeng. 2011 Sep;112(3):292-8.
【0024】
・Data processing
GC/MSの分析データはnetCDFでエクスポートし、ピーク同定とアライメントはMet al.ign (Ver. 041012) にて行い (Lommen.※) 、化合物同定および主成分分析はAIoutput (ver. 1. 29) にて行った (Tsugawa et al.※) 。前処理にはPareto scaling methodを用い、変換は1/4 rootにて行った。自動で同定したピークは手動にてAutomated Mass Spectral Deconvolution and Identification System (AMDIS) にて確認した。
※Lommen A1.: Met al.ign: interface-driven, versatile metabolomics tool for hyphenated full-scan mass spectrometry data preprocessing.: Anal Chem. 2009 Apr 15;81(8):3079-86.
※Tsugawa H1, Tsujimoto Y, Arita M, Bamba T, Fukusaki E.: GC/MS based metabolomics: development of a data mining system for metabolite identification by using soft independent modeling of class analogy (SIMCA).: BMC Bioinformatics. 2011 May 4;12:131.
【0025】
<結果>
・増殖および培養結果
クラブツリー効果に関連する代謝物を探索するため、十分な好気状態の連続培養において希釈率を0.05 h-1から0.30 h-1に変化させて実施した。それぞれの培養結果の平均値を図1にて示した。S. cerevisae NBRC101557ではD=0.20 h-1以下ではクラブツリー効果が抑制されており、エタノールを生産していない。一方、D=0.30 h-1ではクラブツリー効果が誘導され、エタノールを生産していた。この希釈率では消費したグルコースから25%以上がエタノールに直接変換させていることを意味する。これらの結果はこれまでにS. cerevisaeの連続培養で報告されている通りであった (Frick et al.、Van Hoek P et al.) 。クラブツリー効果が抑えられる間は希釈率の上昇に伴い、乾燥菌体濃度が上昇し、酸素消費が増加し、DOが低下した。一方、D=0.3 h-1では酸素消費が抑制され、DOが上昇し、乾燥菌体濃度が低下した。
【0026】
・GC/MSを用いたメタボローム解析
今回の分析ではアミノ酸、有機酸、糖を含む49個の代謝物がGC/MSによって同定された。クラブツリー効果によって菌体内含量に変化が生じる代謝物を調べるために、異なる希釈率のサンプルから取得したメタボロームデータに対して主成分分析 (PCA) を行った。PCAによればサンプルはPC1に沿って希釈率ごとに分離が認められた (図2) 。それゆえ、PC1の分離に貢献した代謝物を図3に示した。その結果、Trehalose、Valine、4-aminobenzoic acid、Fructose 6-Phosphateなどの代謝物が希釈率の低いサンプルに蓄積が確認された。一方でGlycerol、N-a-Acetyl-L-Ornithine、Ornithineが希釈率の高いサンプルに蓄積が確認された。
【0027】
メタボローム解析の結果を図4に示す。D=0.30においてGlycerolが蓄積していることが確認できる。Glycerolはエタノールの副生成物として知られているので、過去の報告と一致する (Oura※) 。D≦0.20の好気条件においてMalic acid、Fumaric acid、Succinic acidの菌体内濃度が希釈率に応じて上昇していた。これはグルコースの供給量に応じてTCAサイクルを担う酵素が活性化していることが言える。そのため、D≦0.20では酸素消費が希釈率の上昇に応じて増加している。一方で、D=0.30においてMalic acid、Fumaric acid、Succinic acidの菌体内濃度は低下していた。これはTCAサイクルの活動が抑制されていることを意味し、酸素消費は低下していた。その結果として、過剰のグルコースはエタノールに変換されたと言える。一方で、希釈率が上昇するにつれて、Trehaloseの菌体内濃度が低下していた。Trehaloseはエタノールや栄養飢餓など様々なストレスに呼応して蓄積する代謝物として知られている (Muhmud et al.※ 、Lillie SH et al.※ ) 。連続培養においてD=0.30ではエタノールにさらされているため、ストレスを受けると考えられるが、S. cerevisiaeにとってD≦0.20のグルコース制限による栄養飢餓の方がストレスをより感じているのかもしれない。
※Mahmud SA1, Hirasawa T, Shimizu H.: Differential importance of trehalose accumulation in Saccharomyces cerevisiae in response to various environmental .: J Biosci Bioeng. 2010 Mar;109(3):262-6.
※Lillie SH, Pringle JR: Reserve carbohydrate metabolism in Saccharomyces cerevisiae: responses to nutrient limitation.: J Bacteriol. 1980 Sep;143(3):1384-94.
※Oura E:Reaction-products of yeast fermentations. :Process biochem. 1977 12 (3):19-21
【0028】
・代謝物添加の候補の選択
エタノール発酵を行うD=0.30において培地中のエタノール濃度を低減するために、メタボローム解析の結果に基づき、添加する代謝物の候補の選択を行った。希釈率が増加するにつれて細胞内濃度が増加する代謝物や減少する代謝物がエタノールの生産性に関与していることに期待ができるので、それらを添加する代謝物の候補にすることが望ましい。これより、図3のローディングプロットに示されている代謝物のうち両脇に位置する代謝物がその候補となる。これらの条件を満たしている代謝物にはTrehaloseやGlycerol、Ornithineが候補として挙げられる。なおGlycerolはエタノールの副生成物として既に知られているため(Oura)、ここでは除外し、TrehaloseおよびOrnithineを添加する代謝物の候補とした。また、D≦0.2とD=0.3ではクラブツリー効果の影響によって表現型が大きく異なるので、代謝物のバランスも大きく変化することが予想される。そこで、エタノールを作らない希釈率 (D≦0.2) では希釈率が高くなるにつれて、菌体内濃度が増加するが、エタノールを作る希釈率 (D=0.3) になると菌体内濃度が減少する代謝物もエタノールを低減する代謝物の候補として期待できる。図4より、この傾向が見られる代謝物としてMalic acid、Fumaric acid、Succinic acidが挙げられる。そのうちのMalic acidやFumaric acidはD=0.2に比べてD=0.3において代謝物の減少が大きいため、TrehaloseやOrnithineに加えて、今回の添加する代謝物の候補とした。最終的に、上記より選定された4つの代謝物 (Trehalose、Ornithine、Malic acid、Fumaric acid) をそれぞれ培地中に加え、代謝物を加えない場合と比較して培地中のエタノール濃度が減少するか検討した。
【0029】
・代謝物の添加
上記の結果によって候補に挙げた4つの代謝物 (Trehalose、Ornithine、Fumaric acid、Malic acid) を培地中に最終濃度が100 mg/Lになるように加えて、D=0.3にて連続培養を行い、定常状態に達した時の培地中のエタノール濃度を調べた (図5) 。無添加 (2.91 g/L) に比べてリンゴ酸 (2.81 g/L) 、フマル酸 (2.74 g/L) でエタノール濃度を低減することができた。加えて、乾燥菌体濃度は無添加では1.71 g/Lであったのに対して、リンゴ酸、フマル酸ではそれぞれ1.81 g/L、1.77 g/Lと高くなった。今回の結果よりS. cerevisiaeの連続培養において、フマル酸を培地中に100 mg/ml添加することによって、培地中のエタノール濃度を5.9%低減させることに成功した。
【0030】
また、連続培養における定常状態の菌体濃度を測定したところ、Trehalose、Fumaric acid、Malic acidにおいて、controlより高い値となった。(図6
【0031】
<考察>
S. cerevisiaeにおいて連続培養で希釈率を上げていくと、菌体増殖型の好気呼吸からエタノール発酵となり、菌体濃度が低下し、エタノールを生産する (図1) 。好気呼吸では希釈率を上げた際に菌体内濃度が上昇する (D≦0.2) が、エタノール発酵 (D=0.3) になると減少する代謝物としてリンゴ酸やフマル酸が確認できた (図4) 。一方で、Citrate and isocitrateやpyruvate and OAAは低下が見られなかった。フラックス解析の報告ではエタノール発酵にてTCAサイクルのフラックスは一様に低下する。 一方で、S. cerevisiaeにおいてpyruvateはpyruvate dehydrogenaseやCitrate synthaseとPyruvate carboxyraseによってTCAサイクル中のCitrateやOAAに変換されるが (Nakayama. et al.※) 、これらの酵素活性は大きく低下しない (Frick et al.※) 。よってD=0.30 h-1の時にグルコースからのTCAサイクルの入り口であるCitrate and isocitrateやPyruvate and OAAのみが菌体内代謝物含量は低下しなかったものと考察できる。今回、D=0.30 h-1にて減少するリンゴ酸やフマル酸を培地中に100 mg/l添加し、連続培養を行った結果、リンゴ酸では約3.4%、フマル酸では約5.9%の培地中のエタノール濃度の低減が見られた (図5) 。これらの代謝物を添加することで、フラックスが低下しているTCAサイクルによってエネルギー合成を行うことができるので、菌体濃度の増加につながったと示唆された。また、Frickらによれば、希釈率の増加に伴いmalic enzymeのフラックスの増加が示されている。malic enzymeやalcohol dehydrogenaseはNADH依存型の酵素であるが、D=0.30ではリンゴ酸の菌体濃度が低下しているため、添加しない場合ではalcohol dehydrogenaseによってエタノールを生産するが、本研究のようにリンゴ酸や、フマル酸を添加すると、malic enzymeによってNADHを消費するため、NADH/NAD+のインバランスが解消され、エタノールの生産が低減したものとも考えられる。
Varela CらはTCAサイクルに関連している遺伝子を過剰発現させた場合、malate dehydrogenase (MDH2)やfumarate reductase (FRD1) 過剰発現株にて2%程度エタノール生産が低下するとの報告がある。また、彼らはTCAサイクルの複数の遺伝子を過剰発現させることによって、更にエタノールの生産を低減させることができるのではないかと考察していた (Varela C et al.※) 。確かに一つの遺伝子の過剰発現株では局所的に流量が増加しているために、細胞内の代謝バランスが崩れ、十分な効果が得られない可能性がある。一方で我々のように代謝物を添加すれば、代謝物のバランスが崩れることなく、ボトルネックとなっている代謝物を補うことができるので、十分な効果が期待できる。
※Nakayama Y, Putri SP1, Bamba T1, Fukusaki E. : Metabolic distance estimation based on principle component analysis of metabolic turnover. : J Biosci Bioeng. 2014 Sep;118(3):350-5.
※Frick O, Wittmann C. : Characterization of the metabolic shift between oxidative and fermentative growth in Saccharomyces cerevisiae by comparative 13C flux analysis. : Microb Cell Fact. 2005 Nov 3;4:30.
※Varela C1, Kutyna DR, Solomon MR, Black CA, Borneman A, Henschke PA, Pretorius IS, Chambers PJ. : Evaluation of gene modification strategies for the development of low-alcohol-wine yeasts. : Appl Environ Microbiol. 2012 Sep;78(17):6068-77.
【0032】
一方、添加した4つの代謝物のうち、OrnithineやTrehaloseについては培地中のエタノール濃度の減少は見られなかった。しかし、Ornithineは下流のPolyamineがエタノール耐性に効果があるとの報告 (Walters et al..※) があり、Treahaloseはエタノール耐性に効果があるとの報告 (Mahmud et al..) がある。そこで、OrnithineとTrehaloseに関してそれぞれの代謝物の添加の有無での菌体濃度を調べた (図7) 。図7より、Ornithineの菌体内濃度はOrnithineを培地に加えた場合のみ上昇していた。しかし、エタノールの減少は見られなかったので、Ornithineがエタノール生産に影響しないことが考えられる。一方で、図8ではTrehaloseは添加していないコントロールに比べて、それぞれの代謝物を添加するとTrehaloseの菌体内濃度が優位に上昇していることが明らかになった。また、Muhmudらの実験では全て6%以上のエタノールを添加して耐性について検討している (Muhmud et al.) 。我々の実験ではエタノール濃度は2~3 g/Lであった。そのため、嫌気培養の様によりエタノールを多く生産する培養条件ではエタノール耐性として知られているTrehaloseの添加の効果が顕著に表れたのかもしれない。
※Walters D1, Cowley T.: Polyamine metabolism in Saccharomyces cerevisiae exposed to ethanol.: Microbiol Res. 1998 Aug;153(2):179-84.
【産業上の利用可能性】
【0033】
今回の研究はS. cerevisiaeの連続培養においてメタボロミクスを用いて同定した代謝物を添加することによって、エタノールを低減させることを見出した。今回の結果により、異なる表現型に対してメタボロミクスを用いることで、目的物質を増減させる代謝物を絞り込むことができる可能性を示した。また、メタボロミクスは今回のように遺伝子組換え技術が発達しているS. cerevisiaeに限らず、ゲノム情報が必須ではないため、遺伝子組換え系が整備されていないNon conventional yeastにも適応可能であるので、そういった酵母をターゲットに物質生産を試みる場合にはこの手法は非常に効果的である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8