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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-17
(45)【発行日】2022-02-21
(54)【発明の名称】網膜組織の製造法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/079 20100101AFI20220214BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20220214BHJP
   C12N 5/0797 20100101ALI20220214BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220214BHJP
   A61K 35/30 20150101ALN20220214BHJP
   A61L 27/38 20060101ALN20220214BHJP
   A61P 27/02 20060101ALN20220214BHJP
【FI】
C12N5/079
C12N5/0735
C12N5/0797
C12N5/10
A61K35/30
A61L27/38 100
A61P27/02
【請求項の数】 25
(21)【出願番号】P 2018513236
(86)(22)【出願日】2017-04-21
(86)【国際出願番号】 JP2017016120
(87)【国際公開番号】W WO2017183732
(87)【国際公開日】2017-10-26
【審査請求日】2020-02-20
(31)【優先権主張番号】P 2016086602
(32)【優先日】2016-04-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】大日本住友製薬株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100201558
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 恵二郎
(72)【発明者】
【氏名】桑原 篤
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 優
(72)【発明者】
【氏名】笹井 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/053375(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/054526(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/032263(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/068505(WO,A1)
【文献】Stem Cells, 2015, Vol.33, pp.2496-2508
【文献】Development, 2015, Vol.142, pp.3294-3306
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(1)~(3)を含む、網膜系細胞又は網膜組織の製造方法;
(1)ヒト多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地中で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地中で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び
(3)第二工程で得られた凝集体を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下又は非存在下において、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中で浮遊培養し、網膜系細胞もしくは網膜組織を含む凝集体を得る第三工程。
【請求項2】
第一工程において多能性幹細胞を0.5時間~144時間培養する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
第一工程の培養が接着培養で行われる、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
第二工程において、第一工程で得られた細胞を分散し、当該分散した細胞を浮遊培養する、請求項1~3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
未分化維持因子が、少なくともFGFシグナル伝達経路作用物質を含む、請求項1~4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
FGFシグナル伝達経路作用物質が、bFGFである、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
第二工程において、浮遊培養に用いる培地が、更にソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む、請求項1~6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
第二工程における培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質濃度がSAG10nM~700nMのソニック・ヘッジホッグシグナル伝達作用に相当する濃度である、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が、TGFβシグナル伝達経路阻害物質、又はBMPシグナル伝達経路阻害物質である、請求項1~8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が、Lefty、SB431542、A-83-01及びLDN193189からなる群から選ばれる1以上の物質である、請求項1~9のいずれかに記載の製造方法。
【請求項11】
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質がShh、SAG及びPurmorphamineからなる群から選ばれる1以上の物質である、請求項1~10のいずれかに記載の製造方法。
【請求項12】
第三工程において、第二工程の開始後1日目から9日目の間にBMPシグナル伝達経路作用物質を培地に添加する、請求項1~11のいずれかに記載の製造方法。
【請求項13】
第三工程において、第二工程開始後1日目から6日目の間にBMPシグナル伝達経路作用物質を培地に添加する、請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
第三工程において、第二工程開始後1日目から3日目の間にBMPシグナル伝達経路作用物質を培地に添加する、請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
BMPシグナル伝達経路作用物質が、BMP2、BMP4、BMP7及びGDF7からなる群から選ばれる1以上の蛋白質である、請求項1~14のいずれかに記載の製造方法。
【請求項16】
BMPシグナル伝達経路作用物質が、BMP4である、請求項1~15のいずれかに記載の製造方法。
【請求項17】
第三工程における培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度がSAG700nMのソニック・ヘッジホッグシグナル伝達作用に相当する濃度以下である、請求項1~16のいずれかに記載の製造方法。
【請求項18】
第二工程開始後3日間から18日間、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地で培養する、請求項1~17のいずれかに記載の製造方法。
【請求項19】
第二工程開始後10日間、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地で培養する、請求項1~18のいずれかに記載の製造方法。
【請求項20】
Wntシグナル伝達経路阻害物質が、IWR-1-endoである、請求項1~19のいずれかに記載の製造方法。
【請求項21】
第三工程において得られる凝集体が、網膜前駆細胞、神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、視細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、神経節細胞、双極細胞、網膜色素上皮細胞、及び毛様体周縁部細胞からなる群から選択される1又は複数の細胞を含む凝集体である、請求項1~20のいずれかに記載の製造方法。
【請求項22】
ヒト多能性幹細胞がヒト人工多能性幹細胞である、請求項1~21のいずれかに記載の製造方法。
【請求項23】
第二工程において、均一な凝集体を形成させる、請求項1~22のいずれかに記載の製造方法。
【請求項24】
浮遊培養が、基底膜標品非存在下で行われる、請求項1~23のいずれかに記載の製造方法。
【請求項25】
以下の工程を含む、網膜組織の製造方法:
請求項1~24のいずれかに記載の製造方法により網膜組織を含む凝集体を得る工程、及び該凝集体から網膜組織を切り出す工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞から、網膜系細胞又は網膜組織を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多能性幹細胞から網膜組織等の神経組織(neural tissue)を製造する方法として、均一な多能性幹細胞の凝集体を無血清培地中で形成させ、これを浮遊培養した後、分化誘導用の培地中、適宜分化誘導因子等の存在下で浮遊培養し、多能性幹細胞から目的とする神経系細胞(neural cells)へ分化誘導をすることにより、神経組織を製造する方法が報告されている(特許文献1及び非特許文献1)。例えば、多能性幹細胞から多層の網膜組織を得る方法(非特許文献2及び特許文献2)、均一な多能性幹細胞の凝集体を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地中で形成させ、これを基底膜標品の存在下において浮遊培養した後、血清培地中で浮遊培養することにより、多層の網膜組織を得る方法(非特許文献3及び特許文献3)、又は、多能性幹細胞の凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中で浮遊培養することにより、網膜組織を得る方法(特許文献5及び非特許文献10)が知られている。また、多能性幹細胞から視床下部組織への分化誘導方法(特許文献4及び非特許文献4)、及び多能性幹細胞から神経前駆細胞への分化誘導方法(非特許文献5及び6)についても報告されている。
これら製造法の出発材料である多能性幹細胞は、特に霊長類多能性幹細胞の場合、フィーダー細胞存在下・未分化維持因子添加条件で未分化状態を維持して培養することが可能であった。近年、未分化維持培養の改良が進み、霊長類多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)・未分化維持因子添加条件にて培養する手法が報告されている(非特許文献7、8及び9)。当該手法でフィーダーフリー培養された多能性幹細胞を出発材料として、網膜等の神経系細胞又は神経組織を安定的に製造する方法が切望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2009/148170号
【文献】国際公開第2011/055855号
【文献】国際公開第2013/077425号
【文献】国際公開第2013/065763号
【文献】国際公開第2015/025967号
【非特許文献】
【0004】
【文献】Cell Stem Cell, 3, 519-32 (2008)
【文献】Nature, 472, 51-56 (2011)
【文献】Cell Stem Cell, 10(6), 771-775 (2012)
【文献】Nature, 480, 57-62 (2011)
【文献】Nature Biotechnology, 27(3), 275-80 (2009)
【文献】Proc Natl Acad Sci USA, 110(50), 20284-9 (2013)
【文献】Nature Methods, 8, 424-429 (2011)
【文献】Scientific Reports, 4, 3594 (2014)
【文献】In Vitro Cell Dev Biol Anim., 46, 247-58 (2010)
【文献】Nature Communications, 6, 6286 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、フィーダー細胞非存在下で未分化状態を維持しながら培養された多能性幹細胞から網膜系細胞又は網膜組織を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を重ねたところ、多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリーの条件下)で、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含有する培地中で培養した後、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含有する培地中で浮遊培養することにより、未分化性を維持した細胞凝集体を高効率で形成できることを見出した。そしてこの高品質の細胞凝集体を用いれば、網膜組織等の神経組織や神経系細胞を高い効率で誘導できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下に関する。
【0007】
[1]下記工程(1)~(3)を含む、網膜系細胞又は網膜組織の製造方法;
(1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地中で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地中で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び
(3)第二工程で得られた凝集体を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下又は非存在下において、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中で浮遊培養し、網膜系細胞もしくは網膜組織を含む凝集体を得る第三工程。
[2]第一工程において多能性幹細胞を0.5時間~144時間培養する、[1]に記載の製造方法。
[3]第一工程の培養が接着培養で行われる、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]第二工程において、第一工程で得られた細胞を分散し、当該分散した細胞を浮遊培養する、[1]~[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]未分化維持因子が、少なくともFGFシグナル伝達経路作用物質を含む、[1]~[4]に記載の製造方法。
[6]FGFシグナル伝達経路作用物質が、bFGFである、[5]に記載の製造方法。
[7]第二工程において、浮遊培養に用いる培地が、更にソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む、[1]~[6]のいずれかに記載の製造方法。
[8]多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞であり、第二工程における培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質濃度がSAG10nM~700nMのソニック・ヘッジホッグシグナル伝達作用に相当する濃度である、[7]に記載の製造方法。
[9]TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が、TGFβシグナル伝達経路阻害物質、又はBMPシグナル伝達経路阻害物質である、[1]~[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が、Lefty、SB431542、A-83-01及びLDN193189からなる群から選ばれる1以上の物質である、[1]~[9]のいずれかに記載の製造方法。
[11]ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質がShh、SAG及びPurmorphamineからなる群から選ばれる1以上の物質である、[1]~[10]のいずれかに記載の製造方法。
[12]第三工程において、第二工程の開始後1日目から9日目の間にBMPシグナル伝達経路作用物質を培地に添加する、[1]~[11]のいずれかに記載の製造方法。
[13]第三工程において、第二工程開始後1日目から6日目の間にBMPシグナル伝達経路作用物質を培地に添加する、[12]に記載の製造方法。
[14]第三工程において、第二工程開始後1日目から3日目の間にBMPシグナル伝達経路作用物質を培地に添加する、[13]に記載の製造方法。
[15]BMPシグナル伝達経路作用物質が、BMP2、BMP4、BMP7及びGDF7からなる群から選ばれる1以上の蛋白質である、[1]~[14]のいずれかに記載の製造方法。
[16]BMPシグナル伝達経路作用物質が、BMP4である、[1]~[15]のいずれかに記載の製造方法。
[17]第三工程において、培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度がSAG700nMのソニック・ヘッジホッグシグナル伝達作用に相当する濃度以下である培地で凝集体を培養する、[1]~[16]のいずれかに記載の製造方法。
[18]第三工程における培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度がSAG700nMのソニック・ヘッジホッグシグナル伝達作用に相当する濃度以下である、[1]~[16]のいずれかに記載の製造方法。
[19]第二工程開始後3日間から18日間、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地で培養する、[1]~[18]のいずれかに記載の製造方法。
[20]第二工程開始後10日間、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地で培養する、[1]~[19]のいずれかに記載の製造方法。
[21]Wntシグナル伝達経路阻害物質が、IWR-1-endoである、[1]~[20]のいずれかに記載の製造方法。
[22]第三工程が、以下の工程を含む、[1]~[21]のいずれかに記載の製造方法:
(i)第二工程で得られた凝集体を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下又は非存在下において、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中で浮遊培養し、網膜系細胞もしくは網膜組織を含み、Chx10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体を得る工程;
(ii)工程(i)で得られた細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養する工程;
(iii)工程(ii)で得られたRPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する工程。
[23]第三工程において得られる凝集体が、網膜前駆細胞、神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、視細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、神経節細胞、双極細胞、網膜色素上皮細胞、及び毛様体周縁部細胞からなる群から選択される1又は複数の細胞を含む凝集体である、[1]~[22]のいずれかに記載の製造方法。
[24]多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞である、[1]~[23]のいずれかに記載の製造方法。
[25]多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、[1]~[24]のいずれかに記載の製造方法。
[26]第二工程において、均一な凝集体を形成させる、[1]~[25]のいずれかに記載の製造方法。
[27]浮遊培養が、基底膜標品非存在下で行われる、[1]~[26]のいずれかに記載の製造方法。
[28][1]~[27]のいずれかに記載の方法により製造される網膜系細胞又は網膜組織を含有する、被験物質の毒性・薬効評価用試薬。
[29][1]~[27]のいずれかに記載の方法により製造される網膜系細胞または網膜組織に被験物質を接触させ、該物質が該細胞又は該組織に及ぼす影響を検定することを含む、該物質の毒性・薬効評価方法。
[30][1]~[27]のいずれかに記載の方法により製造される網膜系細胞又は網膜組織を含有する、網膜系細胞又は網膜組織の障害に基づく疾患の治療薬。
[31]網膜系細胞又は網膜組織が、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、又は網膜組織である、[30]に記載の治療薬。
[32][1]~[27]のいずれかに記載の方法により製造される網膜系細胞又は網膜組織の有効量を、移植を必要とする対象に移植することを含む、網膜系細胞又は網膜組織の障害に基づく疾患の治療方法。
[33]網膜系細胞又は網膜組織の障害に基づく疾患の治療における使用のための[1]~[27]のいずれかに記載の方法により製造される網膜系細胞又は網膜組織。
[34][1]~[27]のいずれかに記載の方法により製造される網膜系細胞又は網膜組織を有効成分として含有する、医薬組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、フィーダー細胞非存在下に培養された多能性幹細胞から、高品質の細胞凝集体、並びに網膜系細胞又は網膜組織を高効率に製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】Precondition有り(図中C,D)と無し(図中A,B)の条件の間で、細胞凝集体の形態を明視野観察にて比較した結果を示す。
図2】Precondition有り(図中C,D,G,H)と無し(図中A,B,E,F)の条件の間で、細胞凝集体におけるRx (図中A-D)及びChx10 (図中E-H)の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図3】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体の形態を明視野観察にて比較した結果を示す。
図4】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるRx (図中A-D)及びChx10 (図中E-H)の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図5】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図6】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図7】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図8】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。DAPIにより対比染色した。
図9】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。DAPIにより対比染色した。
図10】種々の培養条件下で、ヒトiPS細胞(図中A,B:TFH-R1-10-2株、図中C,D:TFH-R2-10-F8株)から形成した細胞凝集体におけるChx10 (図中A,C)及びRx (図中B,D)の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図11】ヒトiPS細胞から誘導した視細胞含有網膜組織の明視野観察した結果を示す(図中A)。当該視細胞含有網膜組織におけるRx、Chx10及びCrxの発現を免疫組織染色により観察した結果(図中B-E)を示す。DAPIにより対比染色した(図中E)。
図12】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10 (図中A,D,G)、Rx (図中B,E,H)、及びPax6 (図中C,F,I)の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図13】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10 (図中A,D,G)、Rx (図中B,E,H)、及びPax6 (図中C,F,I)の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図14】ヒトiPS細胞から誘導した視細胞含有網膜組織の明視野観察した結果を示す(図中A)。当該視細胞含有網膜組織におけるCrx、Chx10、Rx、Recoverin、NRL、RXRG、N-cadherin及びAqp1の発現を免疫組織染色により観察した結果(図中B-E)を示す。DAPIにより対比染色した(図中B-E)。
図15】ヒトiPS細胞から誘導した視細胞含有網膜組織の明視野観察した結果を示す(図中A)。当該視細胞含有網膜組織におけるCrx、Chx10、Rx、Recoverin、NRL、RXRG、N-cadherin及びAqp1の発現を免疫組織染色により観察した結果(図中B-E)を示す。DAPIにより対比染色した(図中B-E)。
図16】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図17】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図18】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図19】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図20】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図21】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10の発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図22】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10及びRxの発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図23】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10、Rx、Crx、及びBrn3bの発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図24】種々の培養条件下でヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10及びRxの発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
図25】ヒトiPS細胞から形成した細胞凝集体におけるChx10及びRxの発現を免疫組織染色により比較した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.定義
本発明において、「幹細胞」とは、分化能及び分化能を維持した増殖能(特に自己複製能)を有する未分化な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)及び/又は胚体外組織に属する細胞系譜すべてに分化しうる能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。
【0011】
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることが出来る。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating stress enduring cell)や、生殖細胞(例えば精巣)から作製されたGS細胞も多能性幹細胞に包含される。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。ES細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る。ES細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。ヒト胚性幹細胞であるRx::GFP株(KhES-1由来)は国立研究開発法人理化学研究所より入手可能である。いずれもマウス胚性幹細胞である、EB5細胞は国立研究開発法人理化学研究所より、D3株はATCCより、入手可能である。
【0012】
ES細胞の一つである核移植ES細胞(ntES細胞)は、核を取り除いた卵子に体細胞の核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0013】
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る(Cell, 70: 841-847, 1992)。
【0014】
本発明における「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞や末梢血単核球等分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現により初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc (Stem Cells, 2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによりマウス細胞で樹立された(Cell, 2006, 126(4), pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell, 2007, 131(5), pp.861-872;Science, 2007, 318(5858), pp.1917-1920;Nat. Biotechnol., 2008, 26(1), pp.101-106)。
人工多能性幹細胞として、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加などにより体細胞より人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science, 2013,341, pp. 651-654)。
また、株化された人工多能性幹細胞を入手する事も可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞等のヒト人工多能性細胞株が、京都大学及びiPSアカデミアジャパン株式会社より入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞、Ff-I14細胞及びQHJI01s04細胞が、京都大学より入手可能である。
【0015】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球(PBMC)やT細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。
【0016】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子の発現により初期化する場合、遺伝子の発現させるための手段は特に限定されない。前記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、細胞質型RNAベクターであるセンダイウイルスベクター)を用いた感染法、非ウイルスベクターであるプラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、エピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、エレクトロポレーション法)、又は、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法(例えば、針を用いた方法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)等が挙げられる。
【0017】
人工多能性幹細胞は、フィーダー細胞存在下またはフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造できる。フィーダー細胞存在下で人工多能性幹細胞を製造する際には、公知の方法で、未分化維持因子存在下で人工多能性幹細胞を製造できる。フィーダー細胞非存在下で人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる培地、すなわち未分化維持因子を含む培地(未分化維持培地)としては、特に限定は無いが、公知の胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞の維持培地や、フィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地として当業者に周知の培地を用いることができる。フィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための未分化維持培地として、多くの合成培地が開発・市販されており、例えばEssential 8(Life Technologies社製)培地が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-ascorbic acid-2-phosphate magnesium (64 mg/l), sodium selenite(14 μg/1), insulin(19.4mg /l), NaHCO3(543 mg/l), transferrin (10.7 mg/l), bFGF (100 ng/mL)、及び、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1(2 ng/mL) またはNodal (100 ng/mL))を含む(Nature Methods, 8, 424-429 (2011))。他の市販のフィーダーフリー培地(未分化維持培地)としては、例えば、Essential 6培地(Life Technologies社製)、Stabilized Essential 8培地(Life Technologies社製)、S-medium(DSファーマバイオメディカル社製)、StemPro(Life Technologies社製)、hESF9(Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Sep 9;105(36):13409-14)、TeSR培地(STEMCELL Technologies社製)、mTeSR1 (STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2 (STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製)が挙げられる。またこの他に、フィーダーフリー培地(未分化維持培地)としては、StemFit(登録商標)(味の素社製)が挙げられる。人工多能性幹細胞を製造する際、例えば、フィーダー細胞非存在下で体細胞に、センダイウイルスベクターを用いて、Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMycの4因子を遺伝子導入することで、人工多能性幹細胞を作製することができる。
【0018】
本発明に用いられる多能性幹細胞は、好ましくはES細胞又は人工多能性幹細胞であり、より好ましくは人工多能性幹細胞である。
【0019】
複能性幹細胞としては、造血幹細胞、神経幹細胞、網膜幹細胞、間葉系幹細胞等の組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞又は体性幹細胞とも呼ばれる)を挙げることができる。
【0020】
遺伝子改変された多能性幹細胞は、例えば、相同組換え技術を用いることにより作製できる。改変される染色体上の遺伝子としては、例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子、神経系細胞の障害に基づく疾患関連遺伝子などがあげられる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994);Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995)等に記載の方法を用いて行うことができる。
【0021】
具体的には、例えば、改変する標的遺伝子(例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子や疾患関連遺伝子など)を含むゲノムDNAを単離し、単離されたゲノムDNAを用いて標的遺伝子を相同組換えするためのターゲッティングベクターを作製する。作製されたターゲットベクターを幹細胞に導入し、標的遺伝子とターゲッティングベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することにより、染色体上の遺伝子が改変された幹細胞を作製することができる。
【0022】
標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離する方法としては、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)やCurrent Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons(1987-1997)等に記載された公知の方法があげられる。ゲノムDNAライブラリースクリーニングシステム(Genome Systems製)やUniversal GenomeWalker Kits(CLONTECH製)などを用いることにより、標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離することもできる。ゲノムDNAの代わりに、標的蛋白質をコードするポリヌクレオチドを用いることもできる。当該ポリヌクレオチドは、PCR法で該当するポリヌクレオチドを増幅することにより取得する事ができる。
【0023】
標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別は、Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995);等に記載の方法にしたがって行うことができる。ターゲットベクターは、リプレースメント型又はインサーション型のいずれでも用いることができる。選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択、又はポリA選択などの方法を用いることができる。
選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法やPCR法等があげられる。
【0024】
また、ゲノム編集により、遺伝子改変された多能性幹細胞を製造することもできる。ゲノム編集(Genome Editing)とは、Zinc Fingerシステム、CRISPR/Cas9システムやTranscription Activator-Like Effector Nucleases(TALEN)等の技術により遺伝子特異的な破壊やレポーター遺伝子のノックイン等を行う遺伝子改変技術である。
【0025】
CRISPR/Cas9ゲノム編集システムでは、一般的には、Cas9(DNA切断酵素)の発現ベクター又はmRNAと、ポリメラーゼIIIプロモーター等の制御下でガイドRNAを発現する発現ベクター又はガイドRNA自体を、細胞中に導入する。ガイドRNAは、標的ゲノム配列に相補的なRNA (crRNA)とtracrRNAとの融合RNAであり得る。標的ゲノム配列の3'末端にプロトスペーサー近接モチーフ(PAM - 配列NGG)が存在すると、Cas9がDNA二本鎖を解離させ、ガイドRNAによってターゲット配列を認識して両方の鎖を切断し、切断部位が修復される過程で変異が導入される。
【0026】
Transcription activator-like effector nuclease(TALEN)は植物病原菌Xanthomonasspp.が生産するTAL effectorを用いたシステムである。TALEN は、一般的には、TAL effectorのDNA結合ドメインとFokIヌクレアーゼのDNA切断ドメインを融合した人工ヌクレアーゼである。DNA結合ドメインは34アミノ酸の繰り返し配列からなり、1リピートが標的DNAの1塩基を認識する。繰り返し配列中の12,13番目のアミノ酸はrepeat variable di-residues(RVD)と呼ばれ、この配列によって標的塩基が決定される。二組のTALEN分子がゲノム上の特定の配列上に向き合うように設計することで、標的配列上でFokIドメインが二量体化しヌクレアーゼ活性を示す。切断されたDNA二重鎖は細胞内在の機構によって修復されるがその過程で変異が導入される。TALENによるゲノム編集を行う場合には、TALENの発現ベクター又はmRNAを細胞内に導入する。
【0027】
本発明における「哺乳動物」には、げっ歯類、有蹄類、ネコ目、霊長類等が包含される。げっ歯類には、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等が包含される。有蹄類には、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等が包含される。ネコ目には、イヌ、ネコ等が包含される。本発明における「霊長類」とは、霊長目に属するほ乳類動物をいい、霊長類としては、キツネザルやロリス、ツバイなどの原猿亜目と、サル、類人猿、ヒトなどの真猿亜目が挙げられる。
【0028】
本発明に用いる多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であり、好ましくはげっ歯類(例、マウス、ラット)又は霊長類(例、ヒト、サル)の多能性幹細胞であり、より好ましくはヒト多能性幹細胞、更に好ましくはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)である。
【0029】
本発明における「浮遊培養」あるいは「浮遊培養法」とは、細胞または細胞の凝集体が培地に浮遊して存在する状態を維持しつつ培養すること、及び当該培養を行う方法を言う。すなわち浮遊培養は、細胞または細胞の凝集体を培養器材等に接着させない条件で行われ、培養器材等に接着させる条件で行われる培養(接着培養、あるいは、接着培養法)は、浮遊培養の範疇に含まれない。この場合、細胞が接着するとは、細胞または細胞の凝集体と培養器材の間に、強固な細胞-基質間結合(cell-substratum junction)ができることをいう。より詳細には、浮遊培養とは、細胞または細胞の凝集体と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせない条件での培養をいい、接着培養とは、細胞または細胞の凝集体と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせる条件での培養をいう。
【0030】
浮遊培養中の細胞の凝集体では、細胞と細胞が面接着する。浮遊培養中の細胞の凝集体では、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。一部の態様では、浮遊培養中の細胞の凝集体では、内在の細胞-基質間結合が凝集塊の内部に存在するが、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。
【0031】
細胞と細胞が面接着(plane attachment)するとは、細胞と細胞が面で接着することをいう。より詳細には、細胞と細胞が面接着するとは、ある細胞の表面積のうち別の細胞の表面と接着している割合が、例えば、1%以上、好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上であることをいう。細胞の表面は、膜を染色する試薬(例えばDiI)による染色や、細胞接着因子(例えば、E-cadherinやN-cadherin)の免疫染色により、観察できる。
【0032】
浮遊培養を行う際に用いられる培養器は、「浮遊培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜決定することが可能である。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、スピナーフラスコ、三角フラスコ又はローラーボトルが挙げられる。これらの培養器は、浮遊培養を可能とするために、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、基底膜標品、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等によるコーティング処理、又は、正電荷処理等の表面加工)されていないものなどを使用できる。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を低下させる目的で人工的に処理(例えば、MPCポリマー等の超親水性処理、タンパク低吸着処理等)されたものなどを使用できる。スピナーフラスコやローラーボトル等を用いて回転培養してもよい。培養器の培養面は、平底でもよいし、凹凸があってもよい。
【0033】
接着培養を行う際に用いられる培養器は、「接着培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜培養のスケール、培養条件及び培養期間に応じた培養器を選択することが可能である。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、マイクロキャリア、ビーズ、スタックプレート、スピナーフラスコ又はローラーボトルが挙げられる。これらの培養器は、接着培養を可能とするために、細胞接着性であることが好ましい。細胞接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器が挙げられ、具体的には表面加工された培養器、又は、内部がコーティング剤で被覆された培養器が挙げられる。コーティング剤としては、例えば、ラミニン[ラミニンα5β1γ1(以下、ラミニン511)、ラミニンα1β1γ1(以下、ラミニン111)等及びラミニン断片(ラミニン511E8等)を含む]、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられる。表面加工された培養器としては、正電荷処理等の表面加工された培養容器が挙げられる。
【0034】
本発明において細胞の培養に用いられる「培地」は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができる。「基礎培地」としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM (GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
【0035】
本発明における「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本発明では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。
【0036】
無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものを挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679に記載の方法により調製することができる。血清代替物としては市販品を利用してもよい。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KnockoutTM Serum Replacement(Life Technologies社製;現ThermoFisher:以下、KSRと記すこともある。)、Chemically-defined Lipid concentrated(Life Technologies社製)、GlutamaxTM(Life Technologies社製)、B27(Life Technologies社製)、N2サプリメント(Life Technologies社製)、ITSサプリメント(Life Technologies社製)が挙げられる。
【0037】
浮遊培養で用いる無血清培地は、適宜、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
【0038】
調製の煩雑さを回避するために、かかる無血清培地として、市販のKSR(ライフテクノロジー(Life Technologies)社製)を適量(例えば、約0.5%から約30%、好ましくは約1%から約20%)添加した無血清培地(例えば、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、Chemically-defined Lipid concentrated、及び450μM 1-モノチオグリセロールを添加した培地)を使用してもよい。また、KSR同等品として特表2001-508302に開示された培地が挙げられる。
【0039】
本発明における「血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含む培地を意味する。当該培地は、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、1-モノチオグリセロール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
【0040】
一態様として、本発明における培養は、好ましくはゼノフリー条件で行ってもよい。「ゼノフリー」とは、培養対象の細胞の生物種とは異なる生物種由来の成分が排除された条件を意味する。
【0041】
本発明において、「物質Xを含む培地」「物質Xの存在下」とは、外来性(exogenous)の物質Xが添加された培地または外来性の物質Xを含む培地、又は外来性の物質Xの存在下を意味する。すなわち、当該培地中に存在する細胞または組織が当該物質Xを内在的(endogenous)に発現、分泌もしくは産生する場合、内在的な物質Xは外来性の物質Xとは区別され、外来性の物質Xを含んでいない培地は内在的な物質Xを含んでいても「物質Xを含む培地」の範疇には該当しないと解する。
【0042】
例えば、「TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を含む培地」とは、外来性のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が添加された培地または外来性のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を含む培地である。
【0043】
本発明において、「フィーダー細胞」とは、幹細胞を培養するときに共存させる当該幹細胞以外の細胞のことである。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞としては、例えば、マウス線維芽細胞(MEF等)、ヒト線維芽細胞、SNL細胞等が挙げられる。フィーダー細胞としては、増殖抑制処理したフィーダー細胞が好ましい。増殖抑制処理としては、増殖抑制剤(例えば、マイトマイシンC)処理又はガンマ線照射もしくはUV照射等が挙げられる。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞は、液性因子(好ましくは未分化維持因子)の分泌や、細胞接着用の足場(細胞外基質)の作製により、多能性幹細胞の未分化維持に貢献する。
【0044】
本発明において、「フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)」とは、フィーダー細胞非存在下にて培養することである。フィーダー細胞非存在下とは、例えば、フィーダー細胞を添加していない条件、または、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下、好ましくは0.5%以下)の条件が挙げられる。
【0045】
本発明において、細胞の「凝集体」(Aggregate)とは、培地中に分散していた細胞が集合して形成された塊であって、細胞同士が接着している塊をいう。細胞塊、胚様体(Embryoid body)、スフェア(Sphere)、スフェロイド(Spheroid)も細胞の凝集体に包含される。好ましくは、細胞の凝集体において、細胞同士が面接着している。一部の態様において、凝集体の一部分あるいは全部において、細胞同士が細胞-細胞間結合(cell-cell junction)及び/又は細胞接着(cell adhesion)、例えば接着結合(adherence junction)、を形成している場合がある。本発明における「凝集体」として具体的には、上記本発明[1]の第二工程で生成する、浮遊培養開始時に分散していた細胞が形成する凝集体や、上記本発明[1]の第三工程で生成する、多能性幹細胞から分化誘導された網膜系細胞を含む凝集体が挙げられるが、「凝集体」には、上記本発明[1]の第二工程の浮遊培養開始時に既に形成されていた凝集体も含まれる。第二工程で生成する細胞の凝集体は、「胚様体」(Embryoid body;EB)を包含する。
【0046】
本発明において、「均一な凝集体」とは、複数の凝集体を培養する際に各凝集体の大きさが一定であることを意味し、凝集体の大きさを最大径の長さで評価する場合、均一な凝集体とは、最大径の長さの分散が小さいことを意味する。より具体的には、凝集体の集団全体のうちの75%以上の凝集体が、当該凝集塊の集団における最大径の平均値±100%、好ましくは平均値±50%の範囲内、より好ましくは平均値±20%の範囲内であることを意味する。
【0047】
本発明において、「均一な凝集体を形成させる」とは、細胞を集合させて細胞の凝集体を形成させ浮遊培養する際に、「一定数の分散した細胞を迅速に凝集」させることで大きさが均一な細胞の凝集体を形成させることをいう。
【0048】
「分散」とは、細胞や組織を酵素処理や物理処理等の分散処理により、小さな細胞片(2細胞以上100細胞以下、好ましくは50細胞以下)又は単一細胞まで分離させることをいう。一定数の分散した細胞とは、細胞片又は単一細胞を一定数集めたもののことをいう。
【0049】
多能性幹細胞を分散させる方法としては、例えば、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理が挙げられる。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
【0050】
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
【0051】
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、例えば、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase、パパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えば、TrypLE Select (Life Technologies社製)やTrypLE Express (Life Technologies社製)を用いることもできる。
【0052】
多能性幹細胞を分散する際に、細胞保護剤で処理することにより、多能性幹細胞の細胞死を抑制してもよい。細胞保護剤処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、IGFシグナル伝達経路作用物質、血清、又は血清代替物を挙げることができる。また、分散により誘導される細胞死(特に、ヒト多能性幹細胞の細胞死)を抑制するために、分散の際に、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害物質又はMyosinの阻害物質を添加してもよい。ROCK阻害物質としては、Y-27632、Fasudil(HA1077)、H-1152等を挙げることができる。Myosinの阻害物質としてはBlebbistatinを挙げることができる。好ましい細胞保護剤としては、ROCK阻害物質が挙げられる。
【0053】
例えば、多能性幹細胞を分散させる方法として、多能性幹細胞のコロニーを、細胞保護剤としてROCK阻害物質の存在下、細胞分散液(TrypLE Select)で処理し、さらにピペッティングにより分散させる方法が挙げられる。
【0054】
本発明の製造方法においては、多能性幹細胞を迅速に集合させて多能性幹細胞の凝集体を形成させることが好ましい。このように多能性幹細胞の凝集体を形成させると、形成された凝集体から分化誘導される細胞において上皮様構造を再現性よく形成させることができる。凝集体を形成させる実験的な操作としては、例えば、ウェルの小さなプレート(例えば、ウェルの底面積が平底換算で0.1~2.0 cm2程度のプレート)やマイクロポアなどを用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することで細胞を凝集させる方法が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、例えば24ウェルプレート(面積が平底換算で1.88 cm2程度)、48ウェルプレート(面積が平底換算で1.0 cm2程度)、96ウェルプレート(面積が平底換算で0.35 cm2程度、内径6~8mm程度)、384ウェルプレートが挙げられる。好ましくは、96ウェルプレートが挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを上から見たときの底面の形状としては、多角形、長方形、楕円、真円が挙げられ、好ましくは真円が挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを横から見たときの底面の形状としては、平底構造でも、外周部が高く内凹部が低くくぼんだ構造でもよい。底面の形状として、例えば、U底、V底、M底が挙げられ、好ましくはM底またはV底が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、細胞培養皿(例えば、60mm~150mmディッシュ、カルチャーフラスコ)の底面に凹凸、又は、くぼみがあるものを用いてもよい。ウェルの小さなプレートの底面は、細胞非接着性の底面、好ましくは前記細胞非接着性コートした底面を用いるのが好ましい。
【0055】
多能性幹細胞、又は多能性幹細胞を含む細胞集団の凝集体が形成されたこと、及びその均一性は、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性などに基づき判断することが可能である。また、凝集体において上皮様構造が形成されたこと、及びその均一性は、凝集体の巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき判断することが可能である。
【0056】
本発明における「組織」とは、形態や性質が均一な一種類の細胞、又は、形態や性質が異なる複数種類の細胞が、一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体をさす。
【0057】
本発明において、「神経組織(Neural tissue)」とは、発生期又は成体期の大脳、中脳、小脳、脊髄、網膜、末梢神経、前脳、後脳、終脳、間脳等の、神経系細胞によって構成される組織を意味する。細胞凝集体中の神経組織は、光学顕微鏡(例えば、明視野顕微鏡、位相差顕微鏡、微分干渉顕微鏡、実体顕微鏡等)による顕鏡や、PSA-NCAMやN-cadherin等の神経組織マーカーの発現を指標とする事で確認できる。
【0058】
神経組織は、「神経上皮組織」(層構造をもつ上皮構造)を形成可能である。神経上皮組織の特徴は、当該組織に含まれる細胞の形態、組織中の細胞体の配向、組織全体の透明度、巨視的形態などの指標で判別する事ができる。また、細胞凝集体中の神経上皮組織は光学顕微鏡を用いた明視野観察により存在量を評価することができる。
【0059】
本発明において、「神経系細胞(Neural cell)」とは、外胚葉由来組織のうち表皮系細胞以外の細胞を表す。すなわち、神経系前駆細胞、ニューロン(神経細胞)、グリア、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞及びグリア前駆細胞等の細胞を含む。神経系細胞は、Nestin、TuJ1、PSA-NCAM、N-cadherin等をマーカーとして同定することができる。神経細胞(Neuron・Neuronal cell)は、神経回路を形成し情報伝達に貢献する機能的な細胞であり、TuJ1、Dcx、HuC/D等の幼若神経細胞マーカー、及び/又は、Map2、NeuN等の成熟神経細胞マーカーの発現を指標に同定することができる。
【0060】
神経系細胞には、下述する網膜系細胞が包含される。
【0061】
本発明における「網膜系細胞(Retinal cell)」とは、生体網膜において各網膜層を構成する細胞またはその前駆細胞を意味し、網膜前駆細胞、神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、視細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞、網膜色素上皮細胞(RPE)、毛様体周縁部細胞、これらの前駆細胞などの細胞が含まれるがこれらに限定されない。本発明における「網膜組織(Retinal tissue)」とは、生体網膜において各網膜層を構成する上記細胞が一種類又は少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した組織を意味する。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現有無若しくはその程度等により確認できる。
【0062】
本発明における「網膜層」とは、網膜を構成する各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層および内境界膜を挙げることができる。
【0063】
本発明における「網膜前駆細胞」とは、視細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞等のいずれの成熟な網膜層特異的神経細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。
【0064】
本発明における「神経網膜前駆細胞」とは、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、等のいずれか1つあるいは複数の成熟な網膜層特異的神経細胞に分化しうる前駆細胞をいう。一般的には、神経網膜前駆細胞は、網膜色素上皮細胞へは分化しない。
【0065】
視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜神経節細胞前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞とは、それぞれ、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞への分化が決定付けられている前駆細胞をいう。
【0066】
本発明における「網膜層特異的神経細胞(Retinal layer-specific neural cell)」とは、網膜層を構成する細胞であって網膜層に特異的な神経細胞を意味する。網膜層特異的神経細胞としては、双極細胞、網膜神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、視細胞、網膜色素上皮細胞、桿体視細胞及び錐体視細胞を挙げることができる。
【0067】
網膜系細胞マーカーとしては、網膜前駆細胞で発現するRx(Raxとも言う)、PAX6及びChx10、視床下部ニューロンの前駆細胞では発現するが網膜前駆細胞では発現しないNkx2.1、視床下部神経上皮で発現し網膜では発現しないSox1、視細胞の前駆細胞で発現するCrx、Blimp1などが挙げられる。網膜層特異的神経細胞のマーカーとしては、双極細胞で発現するChx10、PKCα及びL7、網膜神経節細胞で発現するTuJ1及びBrn3、アマクリン細胞で発現するCalretinin、水平細胞で発現するCalbindin、成熟視細胞で発現するRhodopsin及びRecoverin、桿体視細胞で発現するNrl及びRhodopsin、錐体視細胞で発現するRxr-gamma、S-Opsin及びM/L-Opsin、網膜色素上皮細胞で発現するRPE65及びMitf、毛様体周縁部細胞で発現するRdh10及びSSEA1などが挙げられる。
【0068】
2.網膜系細胞又は網膜組織の製造方法
本発明の一態様は、下記工程(1)~(3)を含む、網膜系細胞又は網膜組織の製造方法である:
(1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地中で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地中で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び
(3)第二工程で得られた凝集体を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下又は非存在下において、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中で浮遊培養し、網膜系細胞もしくは網膜組織を含む凝集体を得る第三工程。
【0069】
2-1. 工程(1)について
工程(1)においては、多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地中で培養する。
【0070】
工程(1)における好ましい多能性幹細胞として、人工多能性幹細胞又は胚性幹細胞(ES細胞)、より好ましくはヒト人工多能性幹細胞又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)が挙げられる。
【0071】
ここで人工多能性幹細胞の製造方法には特に限定はなく、上述のとおり当業者に周知の方法で製造することができるが、人工多能性幹細胞の作製工程(すなわち、体細胞を初期化し多能性幹細胞を樹立する工程)もフィーダーフリーで行うことが望ましい。
【0072】
ここで胚性幹細胞(ES細胞)の製造方法には特に限定はなく、上述のとおり当業者に周知の方法で製造することができるが、胚性幹細胞(ES細胞)の作製工程もフィーダーフリーで行うことが望ましい。
【0073】
工程(1)で用いられる多能性幹細胞の維持培養・拡大培養は、当業者に周知の方法で実施することができる。多能性幹細胞の維持培養・拡大培養は、接着培養でも浮遊培養でも実施することができるが、好ましくは接着培養で実施される。多能性幹細胞の維持培養・拡大培養は、フィーダー存在下で実施してもよいしフィーダーフリーで実施してもよいが、好ましくはフィーダーフリーで実施される。多能性幹細胞の維持培養及び拡大培養におけるフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下の)条件を意味する。好ましくは、フィーダー細胞を含まない条件において、多能性幹細胞の維持培養及び拡大培養が実施される。
【0074】
工程(1)におけるフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下)条件を意味する。好ましくは、フィーダー細胞を含まない条件において、工程(1)が実施される。工程(1)において用いられる培地は、フィーダーフリー条件下で、多能性幹細胞の未分化維持培養を可能にする培地(フィーダーフリー培地)であれば、特に限定されないが、未分化維持培養を可能にするため、未分化維持因子を含む。
【0075】
未分化維持因子は、多能性幹細胞の分化を抑制する作用を有する物質であれば特に限定はない。当業者に汎用されている未分化維持因子としては、プライムド多能性幹細胞(Primed pluripotent stem cells)(例えば、ヒトES細胞やヒトiPS細胞)の場合、FGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質、insulin等を挙げることができる。FGFシグナル伝達経路作用物質として具体的には、線維芽細胞増殖因子(例えば、bFGF、FGF4やFGF8)が挙げられる。また、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質としては、TGFβシグナル伝達経路作用物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路作用物質としては、例えばTGFβ1、TGFβ2が挙げられる。Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質としては、例えばNodal、ActivinA、ActivinBが挙げられる。未分化維持因子として、これらを一種又は二種以上含んでいてもよい。ヒト多能性幹細胞(ヒトES細胞、ヒトiPS細胞等)を培養する場合、工程(1)における培地は、好ましくは未分化維持因子として、bFGFを含む。
【0076】
本発明に用いる未分化維持因子は、通常哺乳動物の未分化維持因子である。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。未分化維持因子は、哺乳動物の種間で交差反応性を有し得るので、培養対象の多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な限り、いずれの哺乳動物の未分化維持因子を用いてもよいが、好適には培養する細胞と同一種の哺乳動物の未分化維持因子が用いられる。例えば、ヒト多能性幹細胞の培養には、ヒト未分化維持因子(例、bFGF、FGF4、FGF8、EGF、Nodal、ActivinA、ActivinB、TGFβ1、TGFβ2等)が用いられる。ここで「ヒトタンパク質X」とは、タンパク質Xが、ヒト生体内で天然に発現するタンパク質Xのアミノ酸配列を有することを意味する。
【0077】
本発明に用いる未分化維持因子は、好ましくは単離されている。「単離」とは、目的とする成分や細胞以外の因子を除去する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。従って、「単離されたタンパク質X」には、培養対象の細胞や組織から産生され細胞や組織及び培地中に含まれている内在性のタンパク質Xは包含されない。「単離されたタンパク質X」の純度(総タンパク質重量に占めるタンパク質Xの重量の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは99%以上、更に好ましくは100%である。従って、一態様において、本発明は、単離された未分化維持因子を提供する工程を含む。また、一態様において、工程(1)に用いる培地中へ、単離された未分化維持因子を外来性(又は外因性)に添加する工程を含む。あるいは、工程(1)に用いる培地に予め未分化維持因子が添加されていてもよい。
【0078】
工程(1)において用いられる培地中の未分化維持因子濃度は、培養する多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な濃度であり、当業者であれば、適宜設定することができる。例えば、具体的には、未分化維持因子として、フィーダー細胞非存在下でbFGFを用いる場合、その濃度は、通常4 ng~500 ng/mL程度、好ましくは10 ng~200 ng/mL程度、より好ましくは30 ng~150 ng/mL程度である。
【0079】
工程(1)で用いられるフィーダーフリー培地(すなわち、未分化維持培地)として、多くの合成培地が開発・市販されており、例えばEssential 8(Life Technologies社製)培地が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-ascorbic acid-2-phosphate magnesium (64 mg/l), sodium selenite(14 μg/1), insulin(19.4mg /l), NaHCO3(543 mg/l), transferrin (10.7 mg/l), bFGF (100 ng/mL)、及び、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1(2 ng/mL) またはNodal (100 ng/mL))を含む(Nature Methods, 8, 424-429 (2011))。他の市販のフィーダーフリー培地(未分化維持培地)としては、例えば、Essential 6培地(Life Technologies社製)、Stabilized Essential 8培地(Life Technologies社製)、S-medium(DSファーマバイオメディカル社製)、StemPro(Life Technologies社製)、hESF9(Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Sep 9;105(36):13409-14)、TeSR培地(STEMCELL Technologies社製)、mTeSR1 (STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2 (STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製)が挙げられる。またこの他に、フィーダーフリー培地(未分化維持培地)としては、StemFit(登録商標)(味の素社製)が挙げられる。上記工程(1)ではこれらを用いることにより、簡便に本発明を実施することが出来る。
【0080】
工程(1)における多能性幹細胞の培養は、浮遊培養及び接着培養の何れの条件で行われてもよいが、好ましくは、接着培養により行われる。
【0081】
接着培養を行う際に用いられる培養器は、「接着培養する」ことが可能なものであれば特に限定されないが、細胞接着性の培養器が好ましい。細胞接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器が挙げられ、具体的には前述した内部がコーティング剤で被覆された培養器が挙げられる。コーティング剤としては、例えば、ラミニン[ラミニンα5β1γ1(以下、ラミニン511)、ラミニンα1β1γ1(以下、ラミニン111)等及びラミニン断片(ラミニン511E8等)を含む]、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられる。また、正電荷処理等の表面加工された培養容器を使用することもできる。好ましくは、ラミニンが挙げられ、より好ましくは、ラミニン511E-8が挙げられる。ラミニン511E-8は、市販品を購入する事ができる(例:iMatrix-511、ニッピ)。
【0082】
工程(1)において用いられる培地は、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む。具体的には、例えば、上述の未分化維持培地に、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加する事ができる。第一工程において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理してから、第二工程において浮遊培養に付すことにより、多能性幹細胞の状態が変わり、凝集体の質が向上し、未分化性を維持した細胞凝集体を高効率で製造することができる。この様にして得られる細胞凝集体は、例えば、丸く、表面が滑らかで、凝集体の内部が密であるという特徴を示す事が期待できる。
【0083】
TGFβファミリーシグナル伝達経路(すなわちTGFβスーパーファミリーシグナル伝達経路)とは、TGFβ、Nodal/Activin、又はBMPをリガンドとし、細胞内でSmadファミリーにより伝達される、シグナル伝達経路である。
【0084】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGFβファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーにより伝達されるシグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGFβシグナル伝達経路阻害物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質を挙げることができる。
【0085】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質としては、TGFβに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、TGFβに直接作用する物質(例えば、タンパク質、抗体、アプタマー等)、TGFβをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、TGFβ受容体とTGFβの結合を阻害する物質、TGFβ受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質(例えば、TGFβ受容体の阻害剤、Smadの阻害剤等)を挙げることができる。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、Lefty等が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、SB431542、LY-364947、SB-505124、A-83-01等が挙げられる。ここでSB431542(4-(5-ベンゾール[1,3]ジオキソール-5-イル-4-ピリジン-2-イル-1H-イミダゾール-2-イル)-ベンズアミド)及びA-83-01(3-(6-メチル-2-ピリジニル)-N-フェニル-4-(4-キノリニル)-1H-ピラゾール-1-カルボチオアミド)は、TGFβ受容体(ALK5)及びActivin受容体(ALK4/7)の阻害剤(すなわちTGFβR阻害剤)として公知の化合物である。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として、これらを一種又は二種以上含んでいてもよい。TGFβシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはSB431542又はA-83-01である。
【0086】
Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質としては、Nodal又はActivinに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、NodalもしくはActivinに直接作用する物質(例えば抗体、アプタマー等)、NodalもしくはActivinをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Nodal/Activin受容体とNodal/Activinの結合を阻害する物質、Nodal/Activin受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、SB431542、A-83-01等が挙げられる。また、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質(Lefty、Cerberus等)を使用してもよい。Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質として、これらを一種又は二種以上含んでいてもよい。Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくは、SB431542、A-83-01又はLeftyである。
【0087】
BMPシグナル伝達経路阻害物質としては、BMPに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。ここでBMPとしては、BMP2、BMP4、BMP7及びGDF7が挙げられる。当該物質として例えば、BMPに直接作用する物質(例えば抗体、アプタマー等)、BMPをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、BMP受容体(BMPR)とBMPの結合を阻害する物質、BMP受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。BMPRとして、ALK2又はALK3を挙げることができる。BMPシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、LDN193189、Dorsomorphin等が挙げられる。ここでLDN193189(4-[6-(4-ピペラジン-1-イルフェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン)は、公知のBMPR(ALK2/3)阻害剤(以下、BMPR阻害剤)であり、通常は塩酸塩の形態で市販されている。また、BMPシグナル伝達経路阻害物質として知られるタンパク質(Chordin、Noggin等)を使用してもよい。BMPシグナル伝達経路阻害物質として、これらを一種又は二種以上含んでいてもよい。BMPシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはLDN193189である。
【0088】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくは、Lefty、SB431542、A-83-01又はLDN193189である。
【0089】
作用点が異なる複数種類のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を組み合わせて用いても良い。組み合わせることにより、凝集体の質を向上する効果が増強されることが期待される。例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質とBMPシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせ、TGFβシグナル伝達経路阻害物質とNodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせ、BMPシグナル伝達経路阻害物質とNodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせが挙げられるが、好ましくはTGFβシグナル伝達経路阻害物質がBMPシグナル伝達経路阻害物質と組み合わせて用いられる。具体的な好ましい組み合わせとしては、SB431542とLDN193189との組み合わせが挙げられる。
【0090】
ソニック・ヘッジホッグシグナル(以下、Shhと記すことがある。)伝達経路作用物質とは、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Hedgehogファミリーに属する蛋白質(例えば、ShhやIhh)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、PMA(Purmorphamine; 9-シクロヘキシル-N-[4-(4-モルホリニル)フェニル]-2-(1-ナグタレニルオキシ)-9H-プリン-6-アミン)、又はSAG(Smoothened Agonist; N-メチル-N'-(3-ピリジニルベンジル)-N'-(3-クロロベンゾ[b]チオフェン-2-カルボニル)-1,4-ジアミノシクロヘキサン)等が挙げられる。Shhシグナル伝達経路作用物質として、これらを一種又は二種以上含んでいてもよい。Shhシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはShhタンパク質(Genbankアクセッション番号:NM_000193、NP_000184)、SAG又はPMAである。
【0091】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とShhシグナル伝達経路作用物質とを組み合わせて用いても良い。組み合わせることにより、凝集体の質を向上する効果が増強される。具体的な組み合わせとしては、例えば、Lefty、SB431542、A-83-01及びLDN193189からなる群から選択されるいずれかのTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質と、Shhタンパク質、SAG及びPMAからなる群から選択されるいずれかのShhシグナル伝達経路作用物質との組み合わせが挙げられる。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とShhシグナル伝達経路作用物質とを組み合わせて用いる場合、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とShhシグナル伝達経路作用物質の両方を含む培地中で細胞を培養してもよいし、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質のいずれか一方で細胞を処理した後、いずれか一方又は両方で引き続き細胞を処理してもよい。または、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質の両方で細胞を処理した後、いずれか一方で引き続き細胞を処理してもよい。
【0092】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。例えば、SB431542は、通常0.1~200 μM、好ましくは2~50 μMの濃度で使用される。A-83-01は、通常0.05~50 μM、好ましくは0.5~5 μMの濃度で使用される。LDN193189は、通常1~2000 nM、好ましくは10~300 nMの濃度で使用される。Leftyは、通常5~200 ng/ml、好ましくは10~50 ng/mlの濃度で使用される。Shhタンパク質は、通常20~1000 ng/ml、好ましくは50~300 ng/mlの濃度で使用される。SAGは、通常、1~2000 nM、好ましくは10~700 nM、より好ましくは30~600 nMの濃度で使用される。PMAは、通常0.002~20 μM、好ましくは0.02~2 μMの濃度で使用される。一態様において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、前記濃度のSB43154と同等のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害活性を有する量で適宜使用することができる。また、一態様において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、前記濃度のSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を有する量で適宜使用することができる。
【0093】
尚、SB431542やLDN193189等のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害活性は、当業者に周知の方法、例えばSmadのリン酸化をウェスタンブロッティング法で検出することで決定できる(Mol Cancer Ther. (2004) 3, 737-45.)。SAG等のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達促進活性は、当業者に周知の方法、例えばGli1遺伝子の発現に着目したレポータージーンアッセイにて決定することができる(Oncogene (2007) 26, 5163-5168)。
【0094】
工程(1)において用いられる培地は、血清培地であっても無血清培地であってもよいが、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、無血清培地である。
【0095】
工程(1)において用いられる培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、含有成分が化学的に決定された培地であってもよい
【0096】
工程(1)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、培地として前記フィーダーフリー培地(すなわち、未分化維持培地)を用いるとよい。フィーダーフリー培地(未分化維持培地)として、Essential 8培地、Essential 6培地、Stabilized Essential 8培地、S-medium培地、StemPro培地、hESF9培地、TeSR培地、mTeSR培地(mTeSR1、mTeSR2など)、TeSR-E8、又はStemFit(登録商標)培地等が挙げられ、好ましくはEssential 8培地又はStemFit(登録商標)培地が用いられる。
【0097】
工程(1)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場であるマトリクスにより、表面をコーティングした細胞容器中で、多能性幹細胞を接着培養する。
【0098】
足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン(Nat Biotechnol 28, 611-615 (2010))、ラミニン断片(Nat Commun 3, 1236 (2012))、基底膜標品 (Nat Biotechnol 19, 971-974 (2001))、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。
【0099】
「ラミニン」とは、α、β、γ鎖からなるヘテロ三量体分子であり、サブユニット鎖の組成が異なるアイソフォームが存在する細胞外マトリックスタンパク質である。具体的には、ラミニンは、5種のα鎖、4種のβ鎖および3種のγ鎖のヘテロ三量体の組合せで約15種類のアイソフォームを有する。α鎖(α1~α5)、β鎖(β1~β4)およびγ鎖(γ1~γ3)のそれぞれの数字を組み合わせて、ラミニンの名称が定められている。例えばα5鎖、β1鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン511という。本発明においては、好ましくはラミニン511が用いられる(Nat Biotechnol 28, 611-615 (2010))。
【0100】
本発明で用いるラミニンは、通常哺乳動物のラミニンである。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。ゼノフリー条件を達成する観点から、好適には培養する細胞と同一種の哺乳動物のラミニンが用いられる。例えば、ヒト多能性幹細胞の培養には、ヒトラミニン(好ましくは、ヒトラミニン511)が用いられる。
【0101】
本発明で用いるラミニン断片は、多能性幹細胞への接着性を有しており、フィーダーフリー条件での多能性幹細胞の維持培養を可能とするものであれば特に限定されないが、好ましくは、E8フラグメントである。ラミニンE8フラグメントは、ラミニン511をエラスターゼで消化して得られたフラグメントの中で、強い細胞接着活性をもつフラグメントとして同定されたものである(EMBO J., 3:1463-1468, 1984、J. Cell Biol., 105:589-598, 1987)。本発明においては、好ましくはラミニン511のE8フラグメントが用いられる(NatCommun 3, 1236 (2012)、Scientific Reports 4, 3549 (2014))。本発明に用いられるラミニンE8フラグメントは、ラミニンのエラスターゼ消化産物であることを要するものではなく、組換え体であってもよい。未同定成分の混入を回避する観点から、本発明においては、好ましくは、組換え体のラミニン断片が用いられる。ラミニン511のE8フラグメントは市販されており、例えばニッピ株式会社等から購入可能である。
【0102】
本発明において用いられるラミニン又はラミニン断片は、好ましくは単離されている。
【0103】
本発明における「基底膜標品」とは、その上に基底膜形成能を有する所望の細胞を播腫して培養した場合に、上皮細胞様の細胞形態、分化、増殖、運動、機能発現などを制御する機能を有する基底膜構成成分を含むものをいう。例えば、本発明により製造された網膜系細胞・網膜組織を分散させ、更に接着培養を行う際には、基底膜標品存在下で培養することができる。ここで、「基底膜構成成分」とは、動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層などとの間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリックス分子をいう。基底膜標品は、例えば基底膜を介して支持体上に接着している基底膜形成能を有する細胞を、該細胞の脂質溶解能を有する溶液やアルカリ溶液などを用いて支持体から除去することで作製することができる。基底膜標品としては、基底膜調製物として市販されている商品(例えば、MatrigelTM(コーニング社製:以下、マトリゲルと記すこともある))やGeltrexTM(Life Technologies社製)、基底膜成分として公知の細胞外マトリックス分子(例えば、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなど)を含むものが挙げられる。
【0104】
MatrigelTMは、Engelbreth Holm Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出された基底膜調製物である。MatrigelTMの主成分はIV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン及びエンタクチンであり、これらに加えてTGFβ、FGF、組織プラスミノゲン活性化因子及びEHS腫瘍が天然に産生する増殖因子が含まれる。MatrigelTMの「growth factor reduced製品」は、通常のMatrigelTMよりも増殖因子の濃度が低く、その標準的な濃度はEGFが<0.5 ng/ml、NGFが<0.2 ng/ml、PDGFが<5 pg/ml、IGF1が5 ng/ml、TGFβが1.7 ng/mlである。
【0105】
未同定成分の混入を回避する観点から、本発明においては、好ましくは、単離されたラミニン又はラミニン断片が用いられる。
【0106】
好ましくは、工程(1)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、単離されたラミニン511又はラミニン511のE8フラグメント(更に好ましくは、ラミニン511のE8フラグメント)により、表面をコーティングした細胞容器中で、多能性幹細胞を接着培養する。
【0107】
工程(1)における多能性幹細胞の培養時間は、工程(2)において形成される凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲であれば特に限定されないが、通常0.5~144時間である。工程(1)における多能性幹細胞の培養時間は、好ましくは1時間以上、2時間以上、6時間以上、12時間以上、18時間以上、20時間以上、又は24時間以上である。工程(1)における多能性幹細胞の培養時間は、好ましくは96時間以内、72時間以内、60時間以内、48時間以内、又は28時間以内である。一態様において、工程(1)における多能性幹細胞の培養時間の範囲は、好ましくは2~96時間、6~72時間、6~60時間、12~60時間、18~60時間、18~48時間、又は18~28時間(例、24時間)である。即ち、工程(2)における浮遊培養開始の0.5~144時間(好ましくは、12~60時間、18~48時間、又は18~28時間)前に第一工程を開始し、工程(1)を完了した後引き続き工程(2)が行われる。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質のいずれか一方で細胞を処理した後、他方で引き続き細胞を処理する場合、それぞれの処理時間が、独立して、上述の培養時間の範囲内となるようにすることができる。
【0108】
また、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質の両方で細胞を処理した後、いずれか一方で引き続き細胞を処理する場合、および、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質のいずれか一方で細胞を処理した後、両方で引き続き細胞を処理する場合も、それぞれの処理時間が、独立して、上述の培養時間の範囲内となるようにすることができる。
【0109】
一態様として、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542もしくはLDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)のいずれか一方で18~28時間(例、24時間)培養し、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542もしくはLDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)のいずれか一方で更に18~28時間(例、24時間)培養する事ができる。この場合において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質の濃度としては、3μM~10μMのSB431542と同等のTGFβシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度、又は50 nM~200 nMのLDN193189と同等のBMPシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度が挙げられ、Shhシグナル伝達経路作用物質の濃度としては、100 nM~500 nMのSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度が挙げられる。
【0110】
別の態様として、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542もしくはLDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)の両方で18~28時間(例、24時間)培養し、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542もしくはLDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)のいずれか一方で更に18~28時間(例、24時間)培養する事ができる。この場合において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質の濃度としては、3μM~10μMのSB431542と同等のTGFβシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度、又は50 nM~200 nMのLDN193189と同等のBMPシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度が挙げられ、Shhシグナル伝達経路作用物質の濃度としては、100 nM~500 nMのSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度が挙げられる。
【0111】
別の態様として、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542もしくはLDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)のいずれか一方で18~28時間(例、24時間)培養し、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542もしくはLDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)の両方で更に18~28時間(例、24時間)培養する事ができる。この場合において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質の濃度としては、3μM~10μMのSB431542と同等のTGFβシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度、又は50 nM~200 nMのLDN193189と同等のBMPシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度が挙げられ、Shhシグナル伝達経路作用物質の濃度としては、100 nM~500 nMのSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度が挙げられる。
【0112】
工程(1)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0113】
好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地(未分化維持培地)中で、接着培養する。当該接着培養は、好ましくは、ラミニン511、ラミニン511のE8フラグメント又はビトロネクチンで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。当該接着培養は、好ましくは、フィーダーフリー培地(未分化維持培地)としてEssential 8、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、又はStemFit(登録商標)培地、更に好ましくはEssential 8又はStemFit(登録商標)培地を用いて実施される。
【0114】
一態様において、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、浮遊培養する。当該浮遊培養では、ヒト多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞の凝集体を形成してもよい。
【0115】
好ましい態様において、工程(1)により得られる細胞は多能性様性質(pluripotent-like state)が維持された細胞であり、工程(1)を通じて多能性様性質が維持される。多能性様性質とは、多能性を含む、多能性幹細胞に共通する多能性幹細胞に特有の形質の少なくとも一部を維持している状態を意味する。多能性様性質には厳密な多能性は要求されない。具体的には、多能性性質(pluripotent state)の指標となるマーカーの全て又は一部を発現している状態が、「多能性様性質」に含まれる。多能性様性質のマーカーとしては、Oct3/4陽性、アルカリフォスファターゼ陽性などが挙げられる。一態様において、多能性様性質が維持された細胞は、Oct3/4陽性である。Nanogの発現量がES細胞もしくはiPS細胞に比べて低い場合であっても「多能性様性質を示す細胞」に該当する。
【0116】
一態様において、工程(1)により得られる細胞は、少なくとも網膜系細胞や網膜組織(好ましくは、網膜組織、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する幹細胞である。一態様において、工程(1)により得られる細胞は、少なくとも網膜系細胞や網膜組織(好ましくは、網膜組織、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する、Oct3/4陽性の幹細胞である。一態様として、工程(1)により得られる細胞は、Oct3/4陽性の幹細胞を60%以上、例えば90%以上を含む。
【0117】
好ましい態様において、工程(1)において、ヒト多能性幹細胞(例、iPS細胞、ES細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びにbFGFを含有する無血清培地で、接着培養する。
【0118】
工程(1)における上記の当該接着培養は、好ましくは、ラミニン511又はラミニン511のE8フラグメントで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189、Chordin、Noggin)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、更に好ましくはLefty、SB431542、A-83-01、又はLDN193189、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはShhタンパク質、SAG又はPurmorphamine(PMA)、より好ましくはSAGである。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)とを組み合わせて用いてもよい。培養時間は、0.5~144時間(好ましくは、2~96時間、6~72時間、6~60時間、12~60時間、18~60時間、18~48時間、又は18~28時間(例、24時間))である。当該培養の途中において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)、Shhシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)又はその組み合わせを変更してもよい。一態様として、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)の両方で18~28時間(例、24時間)培養し、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)のいずれか一方で更に18~28時間(例、24時間)培養する事ができる。別の態様として、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)のいずれか一方で18~28時間(例、24時間)培養し、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)の両方またはいずれか一方で更に18~28時間(例、24時間)培養する事ができる。
【0119】
例えば、工程(1)開始前に、多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含む培地中で維持培養しておき、この培養中へTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加し、培養を継続することにより工程(1)を実施する。具体的には、例えば、維持培養終了後、工程(1)を開始する際に、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加した未分化維持培地の添加や、該未分化維持培地への一部もしくは全部の培地交換を行い、培養を継続する。
【0120】
例えば、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含む無血清培地中で維持培養する。当該維持培養は、好ましくは接着培養により行われる。当該接着培養は、好ましくは、ビトロネクチン、ラミニン511又はラミニン511のE8フラグメントで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。維持培養する期間は、特に限定されない。多能性幹細胞は分化能を維持した増殖(好ましくは、自己複製)できる細胞であり、維持培養とは多能性を維持できるような培養法であるため、適切に操作すれば無限に維持培養させることが可能である。一部の態様において、維持培養の途中で、多能性幹細胞を凍結させて凍結細胞ストックをつくり、当該凍結細胞ストックを起眠させて維持培養を継続することができる。起眠後の培養期間は特に限定されないが、例えば約1日~1000日間、好ましくは約7日~150日間、より好ましくは約10日~90日間が挙げられる。一部の態様において、維持培養の途中で、細胞の継代操作を行うことができる。
【0121】
工程(1)では上述の様に維持培養したヒト多能性幹細胞を含む培地中へTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加し、培養を継続する。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、更に好ましくはLefty、SB431542、A-83-01、又はLDN193189、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはShhタンパク質、SAG又はPMAである。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)とを組み合わせて用いてもよい。添加後、0.5~144時間(好ましくは、2~96時間、6~72時間、6~60時間、12~60時間、18~60時間、18~48時間、又は18~28時間(例、24時間))培養を継続する。当該培養の途中において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)、Shhシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)又はその組み合わせを変更してもよい。一態様として、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)の両方で18~28時間(例、24時間)培養し、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)のいずれか一方で更に18~28時間(例、24時間)培養する事ができる。別の態様として、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)のいずれか一方で18~28時間(例、24時間)培養し、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質(例:SAG)の両方またはいずれか一方で更に18~28時間(例、24時間)培養する事ができる。
【0122】
2-2. 工程(2)について
工程(1)で得られた細胞をWntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地中で浮遊培養することにより細胞の凝集体を形成させる工程(2)について説明する。
【0123】
本発明における工程(2)における浮遊培養開始時点とは、以下の操作を行う時点である。
・操作:工程(1)で用いる未分化維持培地(すなわち、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地)から培地交換を行い、かつ、浮遊培養へ移行する操作。
上記操作における培地交換とは、未分化維持培地以外への培地交換であり、本発明の網膜系細胞及び/又は網膜組織、又はその中間体への分化誘導が可能な培地であれば特に限定はなく、例えば、後述する基礎培地等、「未分化維持因子」を含まない培地が挙げられる。工程(2)開始時点、すなわち培地交換時点ではWntシグナル伝達経路阻害物質を含んでいても含んでいなくてもよく、後述するように、培地交換後にWntシグナル伝達経路阻害物質を添加してもよい。
【0124】
工程(2)において用いられる培地(基礎培地)としては、特に限定はなく、上記定義の項で記載した基礎培地を適宜選択することができる。工程(2)において用いられる培地は血清含有培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、本発明においては、無血清培地が好適に用いられる。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10% KSR、450 μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、又は、GMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒト多能性幹細胞の場合は、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%(例:約5%、約10%)である。
【0125】
工程(2)において用いられる培地は、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む。工程(1)において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理し、工程(2)において、工程(1)で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地(好適には無血清培地)中で浮遊培養に付して凝集体を形成させることにより、凝集体の質が、更に向上し、未分化性を維持した細胞の凝集体、また網膜細胞への分化に適した凝集体を高効率で形成できる。この様にして得られる細胞凝集体は、例えば、丸く、表面が滑らかで、形が崩れておらず、凝集体の内部が密であるという特徴を示す事が期待できる。
【0126】
工程(2)に用いる、Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、蛋白質、核酸、低分子化合物等のいずれであってもよい。Wntにより媒介されるシグナルは、Frizzled(Fz)及びLRP5/6(low-density lipoprotein receptor-related protein 5/6)のヘテロ二量体として存在するWnt受容体を介して伝達される。Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、Wnt又はWnt受容体に直接作用する物質(抗Wnt中和抗体、抗Wnt受容体中和抗体等)、Wnt又はWnt受容体をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Wnt受容体とWntの結合を阻害する物質(可溶型Wnt受容体、ドミナントネガティブWnt受容体等、Wntアンタゴニスト、Dkk1、Cerberus蛋白等)、Wnt受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質[CKI-7(N-(2-アミノエチル)-5-クロロイソキノリン-8-スルホンアミド)、D4476(4-[4-(2,3-ジヒドロ-1,4-ベンゾジオキシン-6-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド)、IWR-1-endo (IWR1e) (4-[(3aR,4S,7R,7aS)-1,3,3a,4,7,7a-ヘキサヒドロ-1,3-ジオキソ-4,7-メタノ-2H-イソインドール-2-イル]-N-8-キノリニル-ベンズアミド)、並びに、IWP-2(N-(6-メチル-2-ベンゾチアゾリル)-2-[(3,4,6,7-テトラヒドロ-4-オキソ-3-フェニルチエノ[3,2-d]ピリミジン-2-イル)チオ]アセタミド)等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。Wntシグナル伝達経路阻害物質として、これらを一種又は二種以上含んでいてもよい。CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2等は公知のWntシグナル伝達経路阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。Wntシグナル伝達経路阻害物質として好ましくはIWR1eが用いられる。
【0127】
Wntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、良好な細胞凝集体の形成を誘導可能な濃度であればよい。例えばIWR-1-endoの場合は、約0.1 μMから約100 μM、好ましくは約0.3 μMから約30 μM、より好ましくは約1 μMから約10 μM、更に好ましくは約3 μMの濃度となるように培地に添加する。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR-1-endoの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0128】
Wntシグナル伝達経路阻害物質を培地に添加するタイミングは、上記効果を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が効果が高い。Wntシグナル伝達経路阻害物質は、工程(2)における浮遊培養開始から、通常6日以内、好ましくは3日以内、より好ましくは1日以内、より好ましくは12時間以内、更に好ましくは工程(2)における浮遊培養開始時に、培地に添加される。具体的には、例えば、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加した基礎培地の添加や、該基礎培地への一部もしくは全部の培地交換を行う事ができる。工程(1)で得られた細胞を、工程(2)においてWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、上記効果を達成できる範囲で特に限定されないが、好ましくは、工程(2)における浮遊培養開始時に培地へ添加した後、工程(2)終了時(BMPシグナル伝達経路作用物質添加直前)まで作用させる。更に好ましくは、後述する通り、工程(2)終了後(すなわち工程(3)の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に曝露させる。一態様としては、後述する通り、工程(2)終了後(すなわち工程(3)の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させ、神経上皮組織及び/又は神経組織が形成されるまで作用させても良い。神経上皮組織及び/又は神経組織が形成されたことは上述の方法で確認する事ができる。
【0129】
凝集体の形成に際しては、まず、工程(1)で得られた細胞の分散操作により、分散された細胞を調製する。分散操作により得られた「分散された細胞」とは、例えば7割以上が単一細胞であり2~50細胞の塊が3割以下存在する状態が挙げられる。分散された細胞として、好ましくは、8割以上が単一細胞であり、2~50細胞の塊が2割以下存在する状態が挙げられる。分散された細胞とは、細胞同士の接着(例えば面接着)がほとんどなくなった状態があげられる。一部の態様において、分散された細胞とは、細胞-細胞間結合(例えば、接着結合)がほとんどなくなった状態が挙げられる。
【0130】
工程(1)で得られた細胞の分散操作は、前述した、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤処理を含んでよい。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞保護剤処理と同時に、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
【0131】
細胞保護剤処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、IGFシグナル伝達経路作用物質、血清、又は血清代替物を挙げることができる。また、分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制するための細胞保護剤として、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害剤又はMyosinの阻害剤を添加してもよい。分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制し、細胞を保護するために、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害剤又はMyosinの阻害剤を第二工程培養開始時から添加してもよい。ROCK阻害剤としては、Y-27632、Fasudil(HA1077)、H-1152等を挙げることができる。Myosinの阻害剤としてはBlebbistatinを挙げることができる。
【0132】
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase又はパパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えば、TrypLE Select (Life Technologies社製)やTrypLE Express (Life Technologies社製)を用いることもできる。
【0133】
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
【0134】
分散された細胞は上記培地中に懸濁される。例えば、分散した細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質(及び必要に応じてROCK阻害剤等の細胞保護剤)を含有する無血清培地中に懸濁することにより、工程(2)における浮遊培養開始時から、Wntシグナル伝達経路阻害物質による処理が可能となる。
【0135】
そして、分散された細胞の懸濁液を、上記培養器中に播き、分散させた細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の細胞を集合させて凝集体を形成する。
【0136】
この際、分散された細胞を、10cmディッシュのような、比較的大きな培養器に播種することにより、1つの培養器中に複数の細胞の凝集塊を同時に形成させてもよいが、こうすると凝集塊ごとの大きさにばらつきが生じる。そこで、例えば、96穴マイクロプレートのようなマルチウェルプレート(U底、V底、M底)の各ウェルに一定数の分散された幹細胞を入れて、これを静置培養すると、細胞が迅速に凝集することにより、各ウェルにおいて1個の凝集体が形成される。この凝集体を複数のウェルから回収することにより、均一な凝集体の集団を得ることができる。
【0137】
工程(2)における細胞の濃度は、細胞の凝集体をより均一に、効率的に形成させるように適宜設定することができる。例えば96穴マイクロウェルプレートを用いてヒト細胞(例、工程(1)においてヒトiPS細胞から得られた細胞)を浮遊培養する場合、1ウェルあたり約1 x 103から約1 x 105細胞、好ましくは約3 x 103から約5 x 104細胞、より好ましくは約4 x 103から約2 x 104細胞、更に好ましくは、約4 x 103から約1.6 x 104細胞、より更に好ましくは約8 x 103から約1.2 x 104細胞となるように調製した液をウェルに添加し、プレートを静置して凝集体を形成させる。
【0138】
工程(2)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0139】
工程(2)において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%程度、例えば40~60%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%、例えば40~60%程度)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
【0140】
ある時点で、特定の成分(例えば、分化誘導因子)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い、具体的には終濃度の1.5~3倍、例えば終濃度の約2倍の濃度で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作、半量培地交換)を行ってもよい。
【0141】
ある時点で、元の培地に含まれる特定の成分の濃度を維持する場合、例えば元ある培地を半量程度捨てて、元の培地に含まれる濃度と同じ濃度の特定の成分を含む新しい培地を半量程度加える操作を行ってもよい。
【0142】
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0143】
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット、マルチチャンネルマイクロピペット、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルマイクロピペットを使ってもよい。
【0144】
細胞の凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、細胞を均一に凝集させるように、用いる細胞によって適宜決定可能であるが、均一な細胞の凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい。分散された細胞が、細胞凝集体が形成されるに至るまでの工程は、細胞が集合する工程、及び集合した細胞が細胞凝集体を形成する工程にわけられる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞が集合するまでは、例えば、ヒト細胞(例、工程(1)においてヒトiPS細胞から得られた幹細胞)の場合には、好ましくは約24時間以内、より好ましくは約12時間以内に集合した細胞を形成させる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞凝集体が形成されるまでの時間は、例えば、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)の場合には、好ましくは約72時間以内、より好ましくは約48時間以内である。この凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心分離条件などを調整することにより適宜調節することが可能である。
【0145】
細胞の凝集体が形成されたこと、及びその均一性は、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき判断することが可能である。
【0146】
凝集体が形成された後、そのまま、凝集体の培養を継続してもよい。工程(2)における浮遊培養の時間は、通常24時間~6日間、好ましくは24時間~3日間、さらに好ましくは24時間~48時間程度である。
【0147】
一態様において、工程(2)において用いられる培地は、更にソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含んでいてもよい。工程(1)において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理し、工程(2)において、工程(1)で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地(好適には無血清培地)中で浮遊培養に付して凝集体を形成させることにより、凝集体の質が、更に向上し、未分化性を維持した細胞の凝集体(例えば、丸く、表面が滑らかで、形が崩れていない、凝集体の内部が密な、未分化性を維持した細胞の凝集体)を高効率で形成することが期待できる。
【0148】
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としては、上述したものを用いることができる。好ましくは、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質はSAG、Purmorphamine(PMA)又はShhタンパク質である。一態様において、工程(2)において、工程(1)で用いたものと同じ種類のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を用いる事ができる。培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。工程(2)において用いられるSAGは、通常、1~2000 nM、好ましくは10 nM~1000 nM、より好ましくは10 nM~700 nM、更に好ましくは50 nM~700 nM、更に好ましくは100 nM~600 nM、更に好ましくは100 nM~500 nMの濃度で使用される。別の態様として、工程(2)において用いられるSAGは、通常、1~2000 nM、好ましくは3 nM~100 nM、より好ましくは5 nM~50 nM、更に好ましくは10 nM~30 nMの濃度で使用される。工程(2)において用いられるPMAは通常0.002~20 μM、好ましくは0.02~2 μMの濃度で使用される。工程(2)において用いられるShhタンパク質は、通常20~1000 ng/ml、好ましくは50~300 ng/mlの濃度で使用される。SAG、PMA、Shhタンパク質以外のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を用いる場合には、上記SAGの濃度(例えば、5 nM~50 nM)と同等のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0149】
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を培地に添加するタイミングは、上記効果を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が効果が高い。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、工程(2)における浮遊培養開始から、通常6日以内、好ましくは3日以内、より好ましくは1日以内、より好ましくは12時間以内、更に好ましくは工程(2)における浮遊培養開始時に、培地に添加される。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、工程(2)終了時(BMPシグナル伝達経路作用物質添加直前)までの任意の期間(例:約24時間、約48時間、工程(2)終了時まで)培地に含まれ得る。一態様において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、Wntシグナル伝達経路阻害物質と同時に添加され、工程(2)において同期間(例、工程(2)の終了まで)培地に含まれる。
【0150】
一態様において、工程(2)において用いられる培地は、更にTGFβシグナル伝達経路阻害物質を含んでいてもよい。工程(1)において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理し、第二工程において、第一工程で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を含む培地(好適には無血清培地)、又はWntシグナル伝達経路阻害物質、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を含む培地(好適には無血清培地)中で浮遊培養に付して凝集体を形成させることにより、凝集体の質が、更に向上し、未分化性を維持した細胞の凝集体(例えば、丸く、表面が滑らかで、形が崩れていない、凝集体の内部が密な、未分化性を維持した細胞の凝集体)を高効率で形成することが期待できる。
【0151】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質としては、上述したものを用いることができる。好ましくは、TGFβシグナル伝達経路阻害物質はSB431542又はA83-01である。一態様において、工程(2)において、工程(1)で用いたものと同じ種類のTGFβシグナル伝達経路阻害物質を用いる事ができる。
培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。SB431542は、通常0.1~200 μM、好ましくは2~50 μM、より好ましくは3~10μMの濃度で使用される。A-83-01は、通常0.05~50 μM、好ましくは0.5~5 μMの濃度で使用される。SB431542又はA-83-01以外のTGFβシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記SB431542の濃度と同等のTGFβシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0152】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質を培地に添加するタイミングは、上記効果を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が効果が高い。TGFβシグナル伝達経路阻害物質は、工程(2)における浮遊培養開始から、通常6日以内、好ましくは3日以内、より好ましくは1日以内、より好ましくは12時間以内、更に好ましくは工程(2)における浮遊培養開始時に、培地に添加される。工程(2)において、TGFβシグナル伝達経路阻害物質は、工程(2)終了時(BMPシグナル伝達経路作用物質添加直前)までの任意の期間(例:約24時間、約48時間、工程(2)終了時まで)培地に含まれる。一態様において、TGFβシグナル伝達経路阻害物質は、Wntシグナル伝達経路阻害物質と同時に添加され、同期間(例、工程(2)の終了まで)培地に含まれる。
【0153】
尚、工程(2)において用いられる培地は、TGFβシグナル伝達経路阻害物質を実質的に含まなくてもよい。本明細書において、工程(1)において用いる培地がTGFβシグナル伝達経路阻害物質を含む場合、培地交換(例えば全量程度の培地交換)の際に工程(1)から工程(2)へ持ち越されるTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度が、その生物学的活性(即ち、TGFβシグナル伝達経路阻害活性)が発現しない程度(例えば、SB431542であれば、5 nM以下)にまで抑制されている場合、TGFβシグナル伝達経路阻害物質を実質的に含まない培地とみなすことができる。本明細書中、TGFβシグナル伝達経路阻害物質以外の物質についても、同様に解釈するものとする。例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質を含まない培地での培地交換操作により、工程(1)からのTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542)の持越しを、工程(1)において用いる培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542)の濃度の3%以下、好ましくは1%以下、0.3%以下、0.1%以下、0.03%以下、又は0.01%以下にまで抑制し、培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度を、その生物学的活性(即ち、TGFβシグナル伝達経路阻害活性)が発現しない程度(例えば、SB431542であれば、5nM以下)にまで抑制することにより、TGFβシグナル伝達経路阻害物質を実質的に含まない培地を得ることができる。旧培地中の成分の新鮮な培地への持越しは、培地交換(例えば全量程度の培地交換)の際に、旧培地を抜き取った後、新鮮な培地で1回又は複数回、細胞及び培養容器を共洗いすることにより、最小限に抑制することができる。
【0154】
また、工程(2)において用いられる培地は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まなくてもよい。本明細書において、工程(1)において用いる培地がソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む場合、培地交換(例えば全量程度の培地交換)の際に工程(1)から工程(2)へ持ち越されるソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度が、その生物学的活性(即ち、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路活性化)が発現しない程度(例えば、SAGであれば、0.03 nM以下)にまで抑制されている場合、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まない培地とみなすことができる。例えば、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含まない培地での培地交換操作により、工程(1)からのソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG)の持越しを、工程(1)において用いる培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG)の濃度の3%以下、好ましくは1%以下、0.3%以下、0.1%以下、0.03%以下、又は0.01%以下にまで抑制し、培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度を、その生物学的活性(即ち、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路活性化)が発現しない程度(例えば、SAGであれば、0.03 nM以下)にまで抑制することにより、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まない培地を得ることができる。旧培地中の成分の新鮮な培地への持越しは、培地交換(例えば全量程度の培地交換)の際に、旧培地を抜き取った後、新鮮な培地で1回又は複数回、細胞及び培養容器を共洗いすることにより、最小限に抑制することができる。
【0155】
好ましい態様において、工程(2)においては、工程(1)で得られたヒト細胞(例、工程(1)によりヒトiPS細胞から得られた細胞)を、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含む無血清培地中で浮遊培養に付し、凝集体を形成する。培地は、更にソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)を含んでいてもよい。Wntシグナル伝達経路阻害物質の添加時期と、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質の添加時期は、同じであっても異なっていてもよい。好ましくは、Wntシグナル伝達経路阻害物質と、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質とは、両者とも浮遊培養開始時から培地に含まれる。培地には、ROCK阻害剤(例、Y-27632)を添加してもよい。工程(2)の培養時間は24時間~6日間、好ましくは24時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0156】
例えば、工程(1)で得られたヒト細胞(例、工程(1)によりヒトiPS細胞から得られた細胞)を回収し、これを、単一細胞、又はこれに近い状態にまで、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)、並びにソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)を含む無血清培地中に分散し、浮遊培養に付す。該無血清培地は、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を含んでいても良い。ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)の懸濁液を、上述の培養器中に播き、分散させた多能性幹細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の多能性幹細胞を集合させて凝集体を形成する。工程(2)の培養時間は24時間~6日間、好ましくは24時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0157】
好ましい一態様においては、工程(1)において、多能性幹細胞を、TGFβシグナル伝達経路阻害物質を含有し、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含有する又は含有しない培地中で培養(好ましくは、接着培養)し、かつ、工程(2)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含有し、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)を含有する又は含有しない培地で工程(1)において得られた細胞の浮遊培養が実施される。ここで好ましくは、工程(1)において、TGFβシグナル伝達経路阻害物質としてSB431542を使用することができる。工程(2)の培養時間は24時間~6日間、好ましくは24時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0158】
好ましい一態様においては、工程(1)において、多能性幹細胞を、BMPシグナル伝達経路阻害物質を含有し、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含有する又は含有しない培地中で培養(好ましくは、接着培養)し、かつ、工程(2)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含有し、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)を含有する又は含有しない培地で工程(1)において得られた細胞の浮遊培養が実施される。ここで好ましくは、工程(1)において、BMPシグナル伝達経路阻害物質としてLDN193189又はDorsomorphin、より好ましくはLDN193189を使用することができる。工程(2)の培養時間は24時間~6日間、好ましくは24時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0159】
好ましい一態様においては、工程(1)において、多能性幹細胞をソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含有し、TGFβシグナル伝達経路阻害物質及び/又はBMPシグナル伝達経路阻害物質を含有する又は含有しない培地中で培養(好ましくは、接着培養)し、かつ、工程(2)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含有し、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)を含有する又は含有しない培地で工程(1)において得られた細胞の浮遊培養が実施される。ここで好ましくは、工程(1)において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAGを使用することができる。工程(2)の培養時間は24時間~6日間、好ましくは24時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0160】
好ましい一態様において、工程(1)において、多能性幹細胞(例、ヒト多能性幹細胞)をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA);又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせを含む培地中で培養(好ましくは、接着培養)し、かつ、工程(2)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含む培地(一態様において、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)を含まない)、又はWntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)を含む培地で工程(1)において得られた細胞の浮遊培養が実施される。工程(2)の培養時間は24時間~6日間、好ましくは24時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0161】
別の態様において、工程(1)において、多能性幹細胞(例、ヒト多能性幹細胞)をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA);又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせを含む培地中で培養(好ましくは、接着培養)し、かつ、工程(2)において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含まず、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含む培地;ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)を含まず、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含む培地:又は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含まず、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)を含む培地で工程(1)において得られた細胞の浮遊培養が実施される。工程(2)の培養時間は24時間~6日間、好ましくは24時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0162】
別の態様において、工程(1)において、多能性幹細胞(例、ヒト多能性幹細胞)をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)およびソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせを含む培地中で18時間~30時間(例:約24時間)培養(好ましくは、接着培養)し、その後ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)を含む培地で更に18時間~30時間(例:約24時間)培養(好ましくは、接着培養)し、かつ、工程(2)において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含まず、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含む培地;ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)を含まず、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含む培地:又は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含まず、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)を含む培地で工程(1)において得られた細胞の浮遊培養が実施される。工程(2)の培養時間は24時間~6日間、好ましくは24時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0163】
別の態様において、工程(1)において、多能性幹細胞(例、ヒト多能性幹細胞)をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)およびソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせを含む培地中で18時間~30時間(例:約24時間)培養(好ましくは、接着培養)し、その後ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)を含む培地で更に18時間~30時間(例:約24時間)培養(好ましくは、接着培養)し、かつ、工程(2)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含有し、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)を含有する又は含有しない培地で工程(1)において得られた細胞の浮遊培養が実施される。工程(2)の培養時間は24時間~6日間、好ましくは24時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0164】
いずれの態様においても、工程(2)の培地は、好ましくは、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を含む。
【0165】
このようにして、工程(2)を実施することにより、工程(1)で得られた細胞、又はこれに由来する細胞の凝集体が形成される。本発明はこのような凝集体の製造方法をも提供する。工程(2)で得られる凝集体は、工程(1)において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理しない場合よりも、高い品質を有している。具体的には、例えば、丸く、表面が滑らかで、凝集体の内部が密であり、形が崩れていない凝集体の割合に富んだ、凝集体の集団を得ることが出来る。一態様において、第二工程開始から6日目に無作為的に凝集体(例えば、100個以上)を選出した際に、崩れていない凝集体の割合及び/又は嚢胞化していない凝集体の割合の和が、例えば70%以上、好ましくは80%以上である。
【0166】
工程(2)で得られる凝集体は、網膜系細胞や網膜組織(例:網膜組織、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する。
【0167】
一態様において、工程(1)で得られた、少なくとも網膜系細胞や網膜組織(例:網膜組織、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する幹細胞(好ましくは、少なくとも網膜系細胞や網膜組織(例:網膜組織、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する、Oct3/4陽性の幹細胞)を工程(2)で用いることにより、少なくとも網膜系細胞や網膜組織(例:網膜組織、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する幹細胞(好ましくはOct3/4陽性幹細胞)を含む凝集体を得ることができる。工程(2)で得られる凝集体を、適切な分化条件下で培養することにより、網膜系細胞や網膜組織を高い効率で誘導することが出来る。
【0168】
一態様において、工程(2)で得られる凝集体には、工程(1)終了時に得られる多能性様性質を保持した細胞(具体的には、Oct3/4を発現している)と、網膜系細胞や網膜組織との間の、中間段階の細胞に相当する細胞が含まれる。当該細胞は、(i) 多能性性質マーカーOct3/4、並びに(ii) 前述の網膜系細胞マーカー(Rx、PAX6、Chx10、Crx、Blimp1)及び/又は前述の網膜層特異的神経細胞マーカーのいずれかを発現している。即ち、一態様において、工程(2)で得られる凝集体には、(i) 多能性性質マーカーOct3/4、並びに(ii) 前述の網膜系細胞マーカー(Rx、PAX6、Chx10、Crx、Blimp1)及び/又は前述の網膜層特異的神経細胞マーカーのいずれかを発現している細胞の混合物が含まれる。すなわち、工程(2)で得られる凝集体は、少なくとも網膜系細胞又は網膜組織へ分化する能力を有する幹細胞、及び/又は網膜系細胞又は網膜組織の前駆細胞を含む。当該前駆細胞は、公知の適切な培養条件で培養すれば、前述の網膜系細胞又は網膜層特異的神経細胞マーカーを発現する能力(competence)があることを特徴とする。従って、一態様において、工程(2)で得られる凝集体には、Oct3/4陽性の、少なくとも網膜系細胞又は網膜組織へ分化する能力を有する幹細胞、及び/又は網膜系細胞又は網膜組織の前駆細胞を含む。工程(2)で得られる凝集体に含まれる細胞の一部が、上述の網膜層特異的細胞マーカーを発現していてもよい。一態様において、工程(2)で得られる凝集体に含まれる全細胞中のOct3/4陽性の割合が50%以上、例えば70%以上であり得る。
【0169】
2-3. 工程(3)について
工程(2)で得られた凝集体から、網膜系細胞もしくは網膜組織を含む凝集体を誘導する工程(3)について説明する。
【0170】
工程(3)において用いられる培地(基礎培地)としては、特に限定はなく、上記定義の項で記載した基礎培地を適宜選択することができる。また、工程(3)において用いられる培地は、例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質が添加された無血清培地又は血清培地(好ましくは、無血清培地)である。
【0171】
かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10% KSR、450 μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒト多能性幹細胞(例、iPS細胞)の場合は、通常約1%から約20%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0172】
工程(3)で用いられる培地(好ましくは、無血清培地)は、工程(2)で用いた培地(好ましくは、無血清培地)をそのまま用いることもできるし、新たな培地(好ましくは、無血清培地)に置き換えることもできる。工程(2)で用いた、BMPシグナル伝達経路物質を含まない培地をそのまま工程(3)に用いる場合、BMPシグナル伝達経路作用物質を培地中に添加すればよい。
【0173】
工程(3)に用いる、BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4もしくはBMP7等のBMP蛋白、GDF7等のGDF蛋白、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチドなどが挙げられる。BMP2蛋白、BMP4蛋白及びBMP7蛋白は例えばR&D Systemsから、GDF7蛋白は例えば和光純薬から入手可能である。BMPシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはBMP4である。
【0174】
BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、多能性幹細胞の凝集体を形成する細胞の網膜系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばヒトBMP4の場合は、約0.01 nMから約1 μM、好ましくは約0.1 nMから約100 nM、より好ましくは約1 nMから約10 nM、更に好ましくは約1.5 nM(55 ng/mL)の濃度となるように培地に添加する。BMP4以外のBMPシグナル伝達経路作用物質を用いる場合には、上記BMP4の濃度と同等のBMPシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0175】
培地中のBMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、工程(3)の期間中変動させてもよい。例えば、工程(3)の開始時において、BMPシグナル伝達経路作用物質を上記範囲とし、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に該濃度を低下させてもよい。一態様として、工程(3)の開始から一定期間(例えば、4~10日)、一定濃度(例えば、約1.5 nM)のBMPシグナル伝達経路作用物質で培養した後、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に該濃度を低下させてもよい。
【0176】
BMPシグナル伝達経路作用物質は、工程(2)の浮遊培養開始から約24時間後以降に添加されていればよく、浮遊培養開始後数日以内(例えば、15日以内)に培地に添加してもよい。好ましくは、BMPシグナル伝達経路作用物質は、工程(2)の浮遊培養開始後1日目から15日目までの間、好ましくは1日目から9日目、1日目から8日目、1日目から7日目、1日目から6日目、1日目から5日目、又は1日目から4日目までの間、より好ましくは1日目から3日目に培地に添加する。本明細書において、「工程(2)の浮遊培養開始後N日目」とは、工程(2)の浮遊培養開始N日後(N×24時間後)からN+1日((N+1)×24時間)経過直前までの期間を意味する。例えば、工程(2)開始後2日目とは、工程(2)の浮遊培養開始時を基準として48時間後から72時間経過直前までを意味する。
【0177】
具体的な態様として、例えば、工程(2)の浮遊培養開始後1~9日目、好ましくは1~3日目に、培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換し、BMP4の終濃度を約1~10 nMに調製し、BMP4の存在下で例えば1~12日、好ましくは2~9日、更に好ましくは2~5日間培養することができる。ここにおいて、BMP4の濃度を同一濃度を維持すべく、1もしくは2回程度培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換することができる。又は前述のとおり、BMP4の濃度を段階的に減じることもできる。
【0178】
BMPシグナル伝達経路作用物質が培地に添加され、凝集体を形成する細胞の網膜系細胞への分化誘導が開始された後は、BMPシグナル伝達経路作用物質を培地に添加する必要は無く、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地を用いて培地交換を行ってよい。一態様において、網膜系細胞への分化誘導が開始された後、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地による培地交換により、培地中のBMPシグナル伝達経路作用物質濃度を、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に低下させる。網膜系細胞への分化誘導が開始された細胞は、例えば、当該細胞における網膜前駆細胞マーカー遺伝子(例、Rx遺伝子(別名Rax)、Pax6遺伝子、Chx10遺伝子)の発現を検出することにより確認することができる。GFP等の蛍光レポータータンパク質遺伝子がRx遺伝子座へノックインされた多能性幹細胞を用いて工程(2)により形成された凝集体を、網膜系細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、発現した蛍光レポータータンパク質から発せられる蛍光を検出することにより、網膜系細胞への分化誘導が開始された時期を確認することもできる。工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、網膜前駆細胞マーカー遺伝子(例、Rx遺伝子、Pax6遺伝子、Chx10遺伝子)を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜系細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。
【0179】
工程(3)において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の40~80%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の40~80%)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
【0180】
ある時点で特定の成分(例えば、BMP4)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度(具体的には終濃度の1.5~3.0倍、例えば終濃度の約2倍の濃度)で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作、半量培地交換)を行ってもよい。
【0181】
ある時点で、元の培地に含まれる特定の成分の濃度を維持する場合、例えば元ある培地を半量程度捨てて、元の培地に含まれる濃度と同じ濃度の特定の成分を含む新しい培地を半量程度加える操作を行ってもよい。
【0182】
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0183】
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット、マルチチャネルマイクロピペット、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャネルマイクロピペットを使ってもよい。
【0184】
一態様において、工程(2)で培地中に添加するShhシグナル伝達経路作用物質の濃度が比較的低濃度(例えば、SAGについては300 nM以下、好ましくは30nM以下、更に好ましくは3nM以下、他のShhシグナル伝達経路作用物質については、前記濃度のSAGと同等以下のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度)の場合、培地交換を行う必要はなく、工程(2)で用いた培地にBMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)を添加すればよい。一方、Shhシグナル伝達経路作用物質の濃度が比較的高濃度(例えば、SAGについては700 nM超、又は1000 nM以上、他のShhシグナル伝達経路作用物質については、前記濃度のSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度)の場合には、BMPシグナル伝達作用物質添加時に残存するShhシグナル伝達経路作用物質の影響を抑制するために、BMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)を含み、Shhシグナル伝達経路作用物質を含まない新鮮な培地に交換することが望ましい。
【0185】
好ましい態様において、工程(3)で用いられる培地中のShhシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜前駆細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与えない濃度以下である。具体的には、SAGのShhシグナル伝達促進活性換算で700 nM以下、好ましくは300 nM以下、より好ましくは10 nM以下、更に好ましくは0.1 nM以下、より更に好ましくは、Shhシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まない。「Shhシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まない培地」とは、培地中のShhシグナル伝達経路作用物質濃度が、その生物学的活性(即ち、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路活性化)が発現しない程度(例えば、SAGの場合、0.03 nM以下)にまで抑制されている培地を意味する。「Shhシグナル伝達経路作用物質が添加されていない」培地には、Shhシグナル伝達経路作用物質が実質的に添加されていない培地、例えば、その生物学的活性(即ち、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路活性化)が発現する程度、すなわち網膜前駆細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のShhシグナル伝達経路作用物質が添加されていない培地も含まれる。
【0186】
工程(3)においては、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下又は非存在下において、工程(2)で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)を含む培地(好ましくは無血清培地)中で培養する。即ち、工程(3)において用いる培地は、BMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)に加えて、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含んでいてもよいし、含まなくてもよい。好ましい態様において、工程(2)で得られた凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質存在下において、BMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)を含む培地(好ましくは無血清培地)中で培養する。即ち、該態様において、工程(3)において用いる培地(好ましくは無血清培地)には、BMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)、及びWntシグナル伝達経路阻害物質が含まれる。
【0187】
Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、前述のWntシグナル伝達経路阻害物質のいずれかを用いる事ができるが、好ましくは、工程(2)で用いたWntシグナル伝達経路阻害物質と同一の種類のものを工程(3)において使用する。
【0188】
Wntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、網膜前駆細胞及び網膜組織を誘導可能な濃度であればよい。例えばIWR-1-endoの場合は、約0.1 μMから約100 μM、好ましくは約0.3 μMから約30 μM、より好ましくは約1 μMから約10 μM、更に好ましくは約3 μMの濃度となるように培地に添加する。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR-1-endoの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。工程(3)の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、工程(2)の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を100としたとき、好ましくは50~150、より好ましくは80~120、更に好ましくは90~110であり、工程(2)の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度と同等であることが、より好ましい。
【0189】
Wntシグナル伝達経路阻害物質の培地への添加時期は、網膜系細胞もしくは網膜組織を含む凝集体形成を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が好ましい。好ましくは、工程(3)開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が培地に添加される。より好ましくは、工程(2)においてWntシグナル伝達経路阻害物質が添加された後、工程(3)においても継続して(即ち、工程(3)の開始時から)培地中に含まれる。更に好ましくは、工程(2)の浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加された後、工程(3)においても継続して培地中に含まれる。例えば、工程(2)で得られた培養物(Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地中の凝集体の懸濁液)にBMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)を添加すればよい。
【0190】
Wntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、上記効果を達成できる範囲で特に限定されないが、好ましくは、工程(2)における浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加される場合において、工程(2)における浮遊培養開始時を起算点として、2日間から30日間、より好ましくは6日間から20日間、8日間から18日間、10日間から18日間、又は10日間から17日間(例えば、10日間)である。別の態様において、Wntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、工程(2)における浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加される場合において、工程(2)における浮遊培養開始時を起算点として、好ましくは3日間から15日間(例えば、5日間、6日間、7日間)であり、より好ましくは6日間から10日間(例えば、6日間)である。
【0191】
一態様において、工程(3)において用いられる培地は、更にTGFβシグナル伝達経路阻害物質を含んでいてもよい。特に、工程(2)の浮遊培養において、TGFβシグナル伝達経路阻害物質を含む培地を用いる場合、工程(3)においても、引き続きTGFβシグナル伝達経路阻害物質を含む培地を用いることが好ましい。
【0192】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質としては、前述のTGFβシグナル伝達経路阻害物質のいずれかを用いる事ができるが、好ましくは、工程(2)で用いたTGFβシグナル伝達経路阻害物質と同一の種類のものを工程(3)において使用する。
【0193】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、網膜前駆細胞及び網膜組織を誘導可能な濃度であればよい。例えばSB431542の場合は、通常0.1~200 μM、好ましくは2~50 μM、より好ましくは3~10 μMの濃度で使用される。A-83-01は、通常0.05~50 μM、好ましくは0.5~5 μM の濃度で使用される。SB431542又はA-83-01以外のTGFβシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記SB431542の濃度と同等のTGFβシグナル伝達経路阻害物質を示す濃度で用いられることが望ましい。工程(3)の培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、工程(2)の培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度を100としたとき、好ましくは50~150、より好ましくは80~120、更に好ましくは90~110であり、工程(2)の培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度と同等であることが、より好ましい。
【0194】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質の培地への添加時期及び作用期間は、網膜系細胞もしくは網膜組織を含む凝集体形成を達成できる範囲で特に限定されないが、好ましくは、工程(2)における浮遊培養開始時にTGFβシグナル伝達経路阻害物質が添加される場合において、工程(2)における浮遊培養開始時を起算点として、2日間から30日間、より好ましくは6日間から20日間、8日間から18日間、10日間から18日間、又は10日間から17日間(例えば、10日間)である。好ましい態様において、TGFβシグナル伝達経路阻害物質の添加時期及び曝露期間は、上述したWntシグナル伝達経路阻害物質の添加時期及び作用期間と同一である。即ち、該態様において、TGFβシグナル伝達経路阻害物質は、Wntシグナル伝達経路阻害物質と同時に培地に添加され、Wntシグナル伝達経路阻害物質と同期間培地中に含まれる。
【0195】
例えば、工程(1)において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理し、工程(2)において、工程(1)で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を含む培地(好適には無血清培地)、又はWntシグナル伝達経路阻害物質、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を含む培地(好適には無血清培地)中で浮遊培養に付して凝集体を形成させ、工程(3)において、工程(2)で得られた凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質存在下において、BMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)を含む培地(好ましくは無血清培地)中で培養する。即ち、該態様において、工程(3)において用いる培地(好ましくは無血清培地)には、BMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)、TGFβシグナル伝達経路阻害物質及びWntシグナル伝達経路阻害物質が含まれる。
【0196】
一態様において、工程(3)の浮遊培養後に、工程(3)の培地を、外来性のBMPシグナル伝達作用物質を実質的に含まず、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及び血清を含む培地に交換し、浮遊培養を継続する事ができる。工程(1)において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理し、工程(2)において、工程(1)で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む又は含まない培地(好適には無血清培地であり、TGFβシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を更に含んでいてもよい)中で浮遊培養に付して凝集体を形成させ、工程(2)で得られた凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)を含む培地(好ましくは無血清培地であり、Wntシグナル伝達経路阻害物質及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質を更に含んでいてもよい)中で一定期間培養した後、外来性のBMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)を実質的に含まず、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及び血清を含む培地に交換して培養を継続する。即ち、該態様において、工程(3)の培養後に、培地が、BMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)を含む培地(好ましくは無血清培地であり、Wntシグナル伝達経路阻害物質及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質を更に含んでいてもよい)から、外来性のBMPシグナル伝達作用物質を実質的に含まず、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及び血清を含む培地に交換される。
【0197】
血清として、例えば、牛血清、仔牛血清、牛胎児血清、馬血清、仔馬血清、馬胎児血清、ウサギ血清、仔ウサギ血清、ウサギ胎児血清、ヒト血清など哺乳動物の血清などを用いることが出来る。血清濃度については、約1~30%、好ましくは約3~20%、より好ましくは10%前後で添加する。本態様においては、血清の代わりに市販のKSR等の血清代替物を適量用いてもよい。
【0198】
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としては、前述のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質のいずれかを用いる事ができるが、好ましくは、SAGである。例えばSAGの場合は、通常約0.1 nM ~10 μM、好ましくは約10 nM~1 μM、より好ましくは100 nM前後の濃度で添加する。
【0199】
ここで、工程(3)から持ち越されるBMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)の濃度が、その生物学的活性(即ち、BMPシグナル伝達作用)が発現しない程度(例えば、BMP4であればその濃度が0.01 nM未満)にまで抑制されている場合、BMPシグナル伝達作用物質を実質的に含まない培地とみなすことができる。例えば、BMPシグナル伝達作用物質を含まない培地での培地交換操作により、工程(3)からのBMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)の持越しを、工程(3)において用いる培地中のBMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)の濃度の3%以下、好ましくは1%以下、0.3%以下、0.1%以下、0.03%以下、又は0.01%以下にまで抑制し、培地中のBMPシグナル伝達作用物質の濃度を、その生物学的活性(即ち、BMPシグナル伝達作用)が発現しない程度(例えば、BMP4であればその濃度が0.01 nM未満)にまで抑制することにより、BMPシグナル伝達作用物質を実質的に含まない培地を得ることができる。
【0200】
一態様において、外来性のBMPシグナル伝達作用物質を実質的に含まず、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及び血清を含む培地への交換は、浮遊培養(工程(2))開始後7日目以降、より好ましくは9日目以降(例えば、10日目)に行う。ここにおいて、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及び血清を含む培地への交換は、神経上皮が形成され始める時期でもよい。神経上皮が形成されたことは、顕微鏡を用いた明視野像観察にて、細胞の配列・形態を観察することで確認できる。一態様において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及び血清を含む培地への交換後、3日間から20日間、好ましくは5日間から15日間、7日間から10日間培養する。
【0201】
本発明の方法においては、好適には、工程(2)及び工程(3)を通じて、浮遊培養が、基底膜標品非存在下で行われる。
【0202】
工程(3)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0203】
かかる培養により、工程(2)で得られた凝集体を形成する細胞から網膜前駆細胞への分化が誘導され、網膜前駆細胞を含む凝集体を得ることが出来る。本発明は、このような網膜前駆細胞を含む凝集体の製造方法をも提供する。網膜前駆細胞を含む凝集体が得られたことは、例えば、網膜前駆細胞のマーカーであるRx、PAX6又はChx10を発現する細胞が凝集体に含まれていることを検出することにより確認することができる。工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、Rx遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜系細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。一態様において、凝集体に含まれる細胞の20%以上(好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上)が、Rxを発現する状態となるまで、工程(3)の培養が実施される。該態様において、Rx発現細胞は、好適には、Chx10を共発現する。
【0204】
一態様において、工程(3)で得られる凝集体は、網膜組織を含み頭部非神経外胚葉を実質的に含まない。網膜組織を含み頭部非神経外胚葉を実質的に含まない凝集体では、例えば、上述の凝集体凍結切片の免疫染色像において、Rx陽性の組織が観察され、その外側にRX陰性の組織が観察されない。
【0205】
網膜系細胞及び/又は網膜組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例えばSB431542、A-83-01)並びにbFGFを含有する無血清培地で、好ましくは2~96時間、6~72時間、6~60時間、12~60時間、18~60時間、18~48時間、又は18~28時間(例、24時間)、接着培養し、工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞をWntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)存在下、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA、Shhタンパク質)を含有しない又は含有する無血清培地で浮遊培養し、工程(3)にて、凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)及びBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で浮遊培養する。
【0206】
また、網膜系細胞及び/又は網膜組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)及びbFGFを含有する無血清培地で、好ましくは2~96時間、6~72時間、6~60時間、12~60時間、18~60時間、18~48時間、又は18~28時間(例、24時間)、接着培養し、工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞をWntシグナル伝達経路阻害物質及(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)存在下、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA)を含有しない又は含有する無血清培地で浮遊培養し、工程(3)にて、凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)及びBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で浮遊培養する。
【0207】
網膜系細胞及び/又は網膜組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA)並びにbFGFを含有する無血清培地で、好ましくは2~96時間、6~72時間、6~60時間、12~60時間、18~60時間、18~48時間、又は18~28時間(例、24時間)、接着培養し、工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞をWntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)存在下、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA)を含有しない又は含有する無血清培地で浮遊培養し、工程(3)にて、凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)及びBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で浮遊培養する。
【0208】
網膜系細胞及び/又は網膜組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty 、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA);又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせ;並びにbFGFを含有する無血清培地で、接着培養し、工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含む、無血清培地(ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)を含有する又は含有しない)中で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させ、工程(3)にて、凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo(IWR1e)、IWP-2)及びBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地(TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)を含有する又は含有しない)で浮遊培養し、網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)又は網膜組織を含む凝集体を得る。
工程(2)の培地は、好ましくは、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を含む。
【0209】
網膜系細胞及び/又は網膜組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)およびソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせ;並びにbFGFを含有する無血清培地で、18時間~30時間(例:約24時間)接着培養し、その後ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)並びにbFGFを含有する無血清培地で、18時間~30時間(例:約24時間)接着培養し、工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含む無血清培地(ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)を含有する又は含有しない)中で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させ、工程(3)にて、凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo(IWR1e)、IWP-2)及びBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地(TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)を含有する又は含有しない)で浮遊培養し、網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)又は網膜組織を含む凝集体を得る。
工程(2)の培地は、好ましくは、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を含む。
【0210】
網膜系細胞及び/又は網膜組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty 、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA);又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせ;並びにbFGFを含有する無血清培地で、接着培養し、工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞を、無血清培地、又はWntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)を含む無血清培地(ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含有する又は含有しない)中で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させ、工程(3)にて、凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo(IWR1e)、IWP-2)及びBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で10日間浮遊培養し、外来性のBMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)を含まず、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG)及び血清を含む培地に交換して浮遊培養を継続し、網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)又は網膜組織を含む凝集体を得る。
工程(2)の培地は、好ましくは、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を含む。
【0211】
網膜系細胞及び/又は網膜組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty 、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA);又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせ;並びにbFGFを含有する無血清培地で、接着培養し、工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2)存在下で、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)を含む無血清培地中で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させ、工程(3)にて、凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質(例、CKI-7、D4476、IWR-1-endo(IWR1e)、IWP-2)及びBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)存在下で、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)を含有する無血清培地で浮遊培養し、網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)又は網膜組織を含む凝集体を得る。
工程(2)の培地は、好ましくは、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を含む。
【0212】
得られた網膜前駆細胞を含む凝集体は、そのまま毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。網膜前駆細胞を含む凝集体を分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理又はパパイン処理)し、得られた細胞をFACS又はMACSを用いて選別することにより、高純度な網膜前駆細胞を得ることも可能である。
【0213】
更に、上述の工程(1)~工程(3)で得られる網膜前駆細胞を含む凝集体を無血清培地又は血清培地で引き続き培養することにより、網膜前駆細胞を更に分化させて、神経上皮構造様の網膜組織を製造することができる。
【0214】
かかる培地(基礎培地)としては、特に限定はなく、上記定義の項で記載した基礎培地を適宜選択することができる。また、かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。例えば、DMEM-F12培地に10%ウシ胎児血清、N2サプリメント、100μMタウリン、及び500nM レチノイン酸を添加した血清培地、又は、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateを添加した培地)等を挙げることができる。
【0215】
網膜前駆細胞から網膜組織を誘導する際の培養時間は、目的とする網膜層特異的神経細胞によって異なるが、例えば約7日間から約200日間である。
【0216】
網膜組織は凝集体の表面を覆うように存在する。浮遊培養終了後、凝集体をパラホルムアルデヒド溶液等の固定液を用いて固定し、凍結切片を作製した後、層構造を有する網膜組織が形成されていることを免疫染色法などにより確認すればよい。網膜組織は、各層を構成する網膜前駆細胞(視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞)がそれぞれ異なるため、これらの細胞に発現している上述のマーカーに対する抗体を用いて、免疫染色法により、層構造が形成されていることを確認することができる。一態様において、網膜組織はRx又はChx10陽性の神経上皮構造である。
【0217】
凝集体の表面に存在する網膜組織を、ピンセット等を用いて、凝集体から物理的に切り出すことも可能である。この場合、各凝集体の表面には、網膜組織以外の神経組織が形成される場合もあるため、凝集体から切り出した神経組織の一部を切り取り、その組織が網膜組織であることを、後述の免疫染色法等により確認することが出来る。
【0218】
一態様において、工程(3)で得られる凝集体は、網膜組織を含み頭部非神経外胚葉を実質的に含まない。網膜組織を含み頭部非神経外胚葉を実質的に含まない凝集体では、例えば、上述の凝集体凍結切片の免疫染色像において、Rx陽性の組織が観察され、その外側にRx陰性の組織が観察されない。
【0219】
工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、Rx遺伝子及び/又はChx10遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜系細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)を含む無血清培地又は血清培地中(上述の通り、Wntシグナル伝達経路阻害物質及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質を含んでいてもよい)で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む凝集体を得て、該網膜前駆細胞を含む凝集体を網膜組織が形成されるまで、引き続き無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜組織を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。網膜前駆細胞を含む凝集体を網膜組織が形成されるまで、引き続き無血清培地又は血清培地中で浮遊培養する際、BMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)を含まない無血清培地又は血清培地による培地交換により、網膜前駆細胞を誘導するために培地中に含まれていたBMPシグナル伝達経路作用物質濃度を、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に低下させてもよい。この場合において、Wntシグナル伝達経路阻害物質及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度はBMPシグナル伝達経路作用物質と同じ割合で低下させてもよいが、好ましくは一定に維持する。一態様において、凝集体に含まれる細胞の20%以上(好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上)が、Chx10を発現する状態となるまで、網膜前駆細胞を含む凝集体の浮遊培養が実施される。
【0220】
また、工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で得られた凝集体、又は工程(2)で得られた凝集体を、上記方法により浮遊培養した凝集体を、接着培養に付し、接着凝集体を形成させてもよい。該接着凝集体を、Rx遺伝子及び/又はChx10遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜系細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地(該培地は、Wntシグナル伝達経路阻害物質及び/又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質を含んでいてもよい)中で接着培養し、網膜前駆細胞を含む凝集体を得る。該網膜前駆細胞を含む凝集体を網膜組織が形成されるまで、引き続き無血清培地又は血清培地中で接着培養し、網膜組織を含む凝集体を得る。一態様において、細胞の10%以上(好ましくは、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上)が、Chx10を発現する状態となるまで、網膜前駆細胞を含む凝集体の接着培養が実施される。
【0221】
本発明の製造方法により、多能性幹細胞から高効率で網膜組織を得ることができる。本発明の製造方法により得られる網膜組織には、網膜層のそれぞれに特異的なニューロン(神経細胞)が含まれることから、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞または、これらの前駆細胞など網膜組織を構成する細胞を入手することも可能である。得られた網膜組織から入手した細胞がいずれの細胞であるかは、自体公知の方法、例えば細胞マーカーの発現により確認できる。
【0222】
得られた網膜組織を含む凝集体は、そのまま毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。網膜組織を含む凝集体を分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理)し、得られた細胞をFACS又はMACSを用いて選別することにより、高純度な網膜組織構成細胞、例えば高純度な視細胞を得ることも可能である。
【0223】
本発明の製造方法、すなわち上述の工程(1)~工程(3)で得られた網膜組織を含む細胞凝集体から、公知の方法(例えば、WO15/087614)、具体的には、下記工程(A)及び工程(B)により、毛様体周縁部様構造体を含む網膜組織を製造できる。
【0224】
一態様として、工程(1)~(3)で得られた網膜組織を含む細胞凝集体であって、工程(2)の浮遊培養開始後6~30日目、10~20日目(10日目、11日目、12日目、13日目、14日目、15日目、16日目、17日目、18日目、19日目又は20日目) の網膜組織を含む細胞凝集体から、下記工程(A)及び工程(B)により、毛様体周縁部様構造体を製造できる。
【0225】
本明細書における毛様体周縁部様構造体とは、毛様体周縁部と類似した構造体のことである。「毛様体周縁部(ciliary marginal zone;CMZ)」としては、例えば、生体網膜において網膜組織(具体的には、神経網膜)と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織であり、且つ、網膜の組織幹細胞(網膜幹細胞)を含む領域を挙げることができる。毛様体周縁部は、毛様体縁(ciliary margin)または網膜縁(retinal margin)とも呼ばれ、毛様体周縁部、毛様体縁及び網膜縁は同等の組織である。毛様体周縁部は、網膜組織への網膜前駆細胞や分化細胞の供給や網膜組織構造の維持等に重要な役割を果たしていることが知られている。毛様体周縁部のマーカー遺伝子としては、例えば、Rdh10遺伝子(陽性)及びOtx1遺伝子(陽性)及びZic1(陽性)を挙げることができる。
【0226】
まず、工程(A)として、本発明の製造方法、すなわち工程(1)~工程(3)で得られた網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養する。
【0227】
ここで、工程(A)の好ましい培養としては、浮遊培養を挙げることができる。
【0228】
工程(A)で用いる無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された無血清培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F12培地にN2 supplement(Life Technologies社)が添加された無血清培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
【0229】
工程(A)の培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃から約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃前後を挙げることができる。また、CO2濃度としては、例えば、約1%から約10%の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約5%前後を挙げることができる。
【0230】
工程(A)にて、上記「網膜組織を含む細胞凝集体」を、無血清培地又は血清培地中で培養する際、該培地に含められるWntシグナル伝達経路作用物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。具体的なWntシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Wntファミリーに属するタンパク質(例えば、Wnt1、Wnt3a、Wnt7a)、Wnt受容体、Wnt受容体アゴニスト、GSK3β阻害剤(例えば、6-Bromoindirubin-3'-oxime(BIO)、CHIR99021、Kenpaullone)等を挙げることができる。
【0231】
工程(A)の無血清培地又は血清培地に含まれるWntシグナル伝達経路作用物質の濃度としては、CHIR99021等の通常のWntシグナル伝達経路作用物質の場合には、例えば、約0.1μMから約100μMの範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約1μMから約30μMの範囲を挙げることができる。より好ましくは、例えば、3μM前後の濃度を挙げることができる。
【0232】
工程(A)の上記「網膜組織を含む細胞凝集体」を、無血清培地又は血清培地中で培養する際、該培地に含められるFGFシグナル伝達経路阻害物質としては、FGFにより媒介されるシグナル伝達を阻害できるものである限り特に限定されない。FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、FGF受容体、FGF受容体阻害剤(例えば、SU-5402、AZD4547、BGJ398)、MAPキナーゼカスケード阻害物質(例えば、MEK阻害剤、MAPK阻害剤、ERK阻害剤)、PI3キナーゼ阻害剤、Akt阻害剤などが挙げられる。
【0233】
工程(A)の無血清培地又は血清培地に含まれるFGFシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、凝集体の毛様体周縁部様構造への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばSU-5402の場合、約0.1μMから約100μM、好ましくは約1μMから約30μM、より好ましくは約5μMの濃度で添加する。
【0234】
工程(A)における「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養」するとは、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間の全部又はその一部に限り培養することを意味する。つまり、培養系内に存在する前記「網膜組織を含む細胞凝集体」が、RPE65遺伝子を実質的に発現しない細胞から構成されている期間の全部又はその一部(任意な期間)に限り培養すればよく、このような培養を採用することにより、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体を得ることができる。
【0235】
このような特定な期間を設定するには、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」を試料として、当該試料中に含まれるRPE65遺伝子の発現有無又はその程度を、通常の遺伝子工学的手法又は生化学的手法を用いて測定すればよい。具体的には例えば、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」の凍結切片をRPE65タンパク質に対する抗体を用いて免疫染色する方法を用いてRPE65遺伝子の発現の有無又はその程度を調べることができる。
【0236】
工程(A)の「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」としては、例えば、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合がWntシグナル伝達経路作用物質及び/又はFGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中での前記細胞凝集体の培養開始時よりも減少し、30%から0%の範囲内になるまでの期間を挙げることができる。「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」としては、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が30%から0%の範囲内である細胞凝集体を挙げることができる。
【0237】
工程(A)の「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」の日数はWntシグナル伝達経路作用物質及び/又はFGFシグナル伝達経路阻害物質の種類、無血清培地又は血清培地の種類、他培養条件等に応じて変化するが、例えば、14日間以内を挙げることができる。より具体的には、無血清培地(例えば、基礎培地にN2が添加された無血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、10日間以内(例えば、工程(2)の開始を起算日とした場合、約20日目から、10日間以内)を挙げることができ、より好ましくは、例えば、3日間から6日間を挙げることができる。血清培地(例えば、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、12日間以内(例えば、工程(2)の開始を起算日とした場合、約20日目から、12日間以内)を挙げることができ、より好ましくは、例えば、6日間から9日間を挙げることができる。
【0238】
次いで、工程(B)として、上述のようにして培養して得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する。
【0239】
工程(B)で好ましい培養としては、例えば、浮遊培養を挙げることができる。
【0240】
工程(B)の無血清培地は、好適には、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない。
【0241】
工程(B)の無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F12培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
【0242】
工程(B)の前記無血清培地又は血清培地に、既知の増殖因子、増殖を促進する添加剤や化学物質等を添加してもよい。既知の増殖因子としては、EGF、FGF、IGF、insulin等を挙げることができる。増殖を促進する添加剤として、N2 supplement(Life Technologies社製)、B27 supplement(Life Technologies社製)、KSR(Life Technologies社製)等を挙げることができる。増殖を促進する化学物質としては、レチノイド類(例えば、レチノイン酸)、タウリンを挙げることができる。
【0243】
工程(B)の好ましい培養時間としては、例えば、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中での前記細胞凝集体の培養開始時よりも増加し、30%以上になるまで行う培養時間を挙げることができる。具体的には、例えば、工程(A)の開始を起算日とした場合、約3日目から、3日間~60日間、好ましくは約35日間を挙げることができる。
【0244】
工程(B)の培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃から約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃前後を挙げることができる。また、CO2濃度としては、例えば、約1%から約10%の範囲を挙げることができ、好ましくは、例えば、約5%前後を挙げることができる。
【0245】
工程(B)の「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」を得られるまでの上記の培養日数は無血清培地又は血清培地の種類、他培養条件等に応じて変化するが、例えば、100日間以内を挙げることができる。前記培養日数として、好ましくは、例えば、20日間から70日間を挙げることができ、より好ましくは、例えば、30日間から60日間を挙げることができる。
【0246】
上述の工程(A)、(B)により調製された「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」においては、毛様体周縁部様構造体にそれぞれ隣接して、網膜色素上皮と網膜組織(具体的には、神経網膜)とが同一の細胞凝集体内に存在している。当該構造については顕微鏡観察等で確認することが可能である。具体的には例えば、顕微鏡観察により、透明度が高い網膜組織から、色素沈着が見える網膜色素上皮との間に形成される、網膜側が厚く網膜色素上皮側が薄い上皮構造として毛様体周縁部様構造体の存在を確認することができる。また、凝集体の凍結切片の免疫染色によって、Rdh10陽性、Otx1陽性、又は、Zic1陽性として、毛様体周縁部様構造体の存在を確認することができる。
【0247】
更なる態様において、上述の工程(A)、(B)により、凝集体に含まれる網膜組織(神経上皮)の分化が進み、視細胞前駆細胞、視細胞、錐体視細胞、桿体視細胞、水平細胞、介在神経細胞(アマクリン細胞、神経節細胞等)からなる群から選択される少なくとも1つ、好ましくは複数、より好ましくは全ての細胞を含む、成熟した網膜組織、及び前記細胞を製造することができる。
【0248】
本発明の製造方法等、すなわち上述の工程(1)~工程(3)で得られた網膜組織を含む細胞凝集体から、下記工程(C)により網膜色素上皮細胞を含む網膜組織を製造できる。下記工程(C)で得られた網膜色素上皮細胞から、下記工程(D)により網膜色素上皮シートを製造できる。
【0249】
本発明における「網膜色素上皮細胞」とは生体網膜において神経網膜組織の外側に存在する上皮細胞を意味する。網膜色素上皮細胞であるかは、当業者であれば、例えば細胞マーカー(RPE65(成熟した網膜色素上皮細胞)、Mitf(幼若な又は成熟した網膜色素上皮細胞)など)の発現や、メラニン顆粒の存在、多角形の特徴的な細胞形態などにより確認できる。
【0250】
まず、工程(C)として、本発明の製造方法で得られた網膜組織を含む細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まずWntシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜色素上皮細胞を含む凝集体を得る。
【0251】
工程(C)で用いる無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された無血清培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F12培地にN2 supplement( Life Technologies社)が添加された無血清培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
【0252】
工程(C)で用いる無血清培地に、前述のWntシグナル伝達経路作用物質に加えて、前述のNodal/Activinシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、前述のFGFシグナル伝達経路阻害物質を含んでもよい。
【0253】
ここで、工程(C)の好ましい培養としては、浮遊培養を挙げることができる。
【0254】
次いで、本発明工程(C)で得られた凝集体を分散し、得られた細胞を接着培養する工程(D)について説明する。
【0255】
工程(D)は、工程(C)の実施開始から60日以内、好ましくは30日以内、より好ましくは3日後に実施する。
【0256】
工程(D)における培地(基礎培地)としては、特に限定はなく、上記定義の項で記載した基礎培地を適宜選択することができる。また、工程(D)における接着培養に用いられる無血清培地又は血清培地としては、上述したような培地を挙げることができる。調製の煩雑さ回避するには、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、DMEM/F-12とNeurobasalの1:1混合液に1/2 x N2サプリメント、1/2 x B27サプリメント及び100 μM 2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトiPS細胞由来細胞の場合は、通常約1%から約20%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0257】
工程(D)において前述の、ROCK阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で細胞を培養することが好ましい。
【0258】
工程(D)において、Wntシグナル伝達経路作用物質、FGFシグナル伝達経路阻害物質、Activinシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路作用物質からなる群から選ばれる1以上の物質を更に含む無血清培地又は血清培地中で細胞を培養することがより好ましい。
【0259】
Activinシグナル伝達経路作用物質とは、Activinにより媒介されるシグナルを増強し得る物質である。Activinシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Activinファミリーに属する蛋白(例えば、Activin A,Activin B,Activin C,Activin ABなど)、Activin受容体、Activin受容体アゴニストが挙げられる。
【0260】
工程(D)で用いられるActivinシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜色素上皮細胞の均一なシートを効率的に形成させることができる濃度であればよい。例えばRecombinant Human/Mouse/Rat Activin A (R&D systems社 #338-AC)の場合、約1 ng/mlから約10 μg/ml、好ましくは約10 ng/mlから約1 μg/ml、より好ましくは約100 ng/mlの濃度となるように添加する。Activinシグナル伝達経路作用物質は、工程(D)の開始から例えば18日以内、好ましくは6日目に添加する。
【0261】
工程(D)において、培養基質で表面処理された培養器材上で接着培養を行うことが好ましい。工程(D)における培養器材の処理に用いられる培養基質としては、凝集体由来細胞の接着培養と網膜色素上皮シートの形成を可能とする細胞培養基質が挙げられる。
【0262】
上述のとおり、上記工程(1)~工程(3)に加えて、工程(A)及び工程(B)又は工程(C)及び工程(D)を含む網膜細胞又は網膜組織の製造方法もまた、本発明の範疇である。工程(3)は上記工程(A)及び工程(B)又は工程(C)及び工程(D)等を含んでいてもよい。
【0263】
4.毒性・薬効評価方法
本発明の製造方法により製造された、網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)は、網膜組織又は網膜系細胞の障害に基づく疾患の治療薬のスクリーニングや、毒性評価における、疾患研究材料、創薬材料として有用であるので、被験物質の毒性・薬効評価用試薬とすることができる。例えば、網膜組織の障害に基づく疾患、特に遺伝性の障害に基づく疾患のヒト患者から、iPS細胞を作製し、このiPS細胞を用いて本発明の方法により、網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)を製造する。網膜組織又は網膜系細胞は、その患者が患っている疾患の原因となる網膜組織の障害をインビトロで再現し得る。そこで、本発明は、本発明の製造方法により製造される網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)に被験物質を接触させ、該物質が該細胞又は該組織に及ぼす影響を検定することを含む、該物質の毒性・薬効評価方法を提供する。
【0264】
例えば、本発明の製造方法により製造された、特定の障害(例、遺伝性の障害)を有する網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)を、被験物質の存在下又は非存在下(ネガティブコントロール)で培養する。そして、被験物質で処理した網膜組織又は網膜系細胞における障害の程度を、ネガティブコントロールと比較する。その結果、その障害の程度を軽減した被験物質を、当該障害に基づく疾患の治療薬の候補物質として、選択することができる。例えば、本発明の製造方法で製造した網膜系細胞の生理活性(例えば、生存促進又は成熟化)をより向上させる被験物質を、医薬品の候補物質として探索することができる。あるいは、網膜疾患等の特定の障害を呈する遺伝子変異を有する体細胞から人工多能性幹細胞を調製し、当該細胞を本発明の製造方法で分化誘導させて製造した網膜系細胞に被験物質を添加し、前記障害を呈するか否かを指標として当該障害の治療薬・予防薬として有効な被験物質の候補を探索することができる。
【0265】
毒性評価においては、本発明の製造方法により製造された網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)を、被験物質の存在下又は非存在下(ネガティブコントロール)で培養する。そして、被験物質で処理した網膜組織又は網膜系細胞における毒性の程度を、ネガティブコントロールと比較する。その結果、ネガティブコントロールと比較して、毒性を示した被験物質を、網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)に対する毒性を有する物質として判定することが出来る。
【0266】
すなわち、本発明は、以下の工程を含む、毒性評価方法を包含する。
(工程1)本発明の製造方法により製造された網膜組織又は網膜系細胞を、生存可能な培養条件で、一定時間、被験物質の存在下で培養した後、細胞の傷害の程度を測定する工程、
(工程2)本発明の製造方法により製造された網膜組織又は網膜系細胞を、生存可能な培養条件で、一定時間、被験物質の非存在下又はポジティブコントロールの存在下で培養した後、細胞の傷害の程度を測定する工程、
(工程3)(工程1)及び(工程2)において測定した結果の差異に基づき、工程1における被験物質が有する毒性を評価する工程。
ここで、「被験物質の非存在下」とは、被験物質の代わりに培地、被験物質を溶解している溶媒のみを添加することを包含する。また、「ポジティブコントロール」とは、毒性を有する既知化合物を意味する。細胞の傷害の程度を測定する方法としては、生存する細胞数を計測する方法、例えば細胞内ATP量を測定する方法、又は、細胞染色(例えば細胞核染色)と形態観察により生細胞数を計測する方法等が挙げられる。
【0267】
工程3において、被験物質が有する毒性を評価する方法としては、例えば、工程1の測定値と工程2におけるネガティブコントロールの測定値を比較し、工程1の細胞の傷害の程度が大きい場合に当該被験物質が毒性を有すると判断できる。また、工程1の測定値と工程2におけるポジティブコントロールの測定値を比較し、工程1の細胞の傷害の程度が同等以上の場合に当該被験物質が毒性を有すると判断できる。
【0268】
5.医薬組成物
本発明は、本発明の製造方法により製造される網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)の有効量を含む医薬組成物を提供する。
【0269】
該医薬組成物は、本発明の製造方法により製造される網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)の有効量、及び医薬として許容される担体を含む。
【0270】
医薬として許容される担体としては、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)を用いることが出来る。必要に応じて、移植医療において、移植する組織や細胞を含む医薬に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0271】
本発明の医薬組成物は、製造方法により製造される網膜組織又は網膜系細胞を、適切な生理的な水性溶媒で懸濁することにより、懸濁液として製造することができる。必要であれば、凍結保存剤を添加して、凍結保存し、使用時に解凍し、緩衝液で洗浄し、移植医療に用いても良い。
【0272】
本発明の製造方法で得られる網膜組織を、ピンセット等を用いて適切な大きさに細切し、シート剤とすることもできる。
【0273】
また、本発明の製造方法で得られる細胞は、分化誘導を行う工程(3)で接着培養を行うことにより、シート状の細胞に成形し、シート剤とすることもできる。
【0274】
本発明の医薬組成物は、網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)の障害に基づく疾患の治療薬として有用である。
【0275】
6.治療薬
本発明の製造方法により製造される網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)は、当該網膜組織又は網膜系細胞の障害に基づく疾患の移植医療に有用である。そこで、本発明は、本発明の製造方法により製造される網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)を含む、当該網膜組織又は網膜系細胞の障害に基づく疾患の治療薬を提供する。当該網膜組織又は網膜系細胞の障害に基づく疾患の治療薬として、或いは、当該網膜組織の損傷状態において、該当する損傷部位を補充するために、本発明の製造方法により製造された網膜組織又は網膜系細胞(例、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)を用いることが出来る。移植を必要とする、網膜組織又は網膜系細胞の障害に基づく疾患、又は網膜組織の損傷状態の患者に、本発明の製造方法により製造された網膜組織又は網膜系細胞を移植し、当該網膜系細胞や、障害を受けた網膜組織自体を補充することにより、網膜組織又は網膜系細胞の障害に基づく疾患、又は網膜組織の損傷状態を治療することが出来る。例えば、網膜組織又は網膜系細胞の障害に基づく疾患としては、例えば、眼科疾患である黄斑変性症、加齢黄斑変性、網膜色素変性、白内障、緑内障、角膜疾患、網膜症等が挙げられる。
【0276】
移植医療においては、組織適合性抗原の違いによる拒絶がしばしば問題となるが、移植のレシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)を用いることで当該問題を克服できる。即ち、好ましい態様において、本発明の方法において、多能性幹細胞として、レシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)を用いることにより、当該レシピエントについて免疫学的自己の網膜組織又は網膜系細胞を製造し、これが当該レシピエントに移植される。
【0277】
また、レシピエントと免疫が適合する(例えば、HLA型やMHC型が適合する)他者の体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)から、アロ(他家)の網膜組織又は網膜系細胞を製造し、これが当該レシピエントに移植してもよい。
【実施例
【0278】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0279】
実施例1:工程1(Preconditionとも言う)後に、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞からの網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit(登録商標)培地(AK03N、味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0280】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(1231A3株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10 μM)存在下、StemFit(登録商標)培地にてフィーダーフリー条件下で培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4 cm2)を用いた場合、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は1.0 x 104とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit(登録商標)培地に交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないStemFit(登録商標)培地にて培地交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
【0281】
本願製造法工程1(Precondition)の具体例として以下の操作を行った。まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(1231A3株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュ(イワキ社製)に播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10 μM)存在下、StemFit(登録商標)培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、培養面積9.4 cm2)を用いた場合、前記単一分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は1.0 x 104とした。前記プラスチック培養ディッシュとして、60mmディッシュ(イワキ社製、細胞培養用、培養面積21 cm2)を用いた場合、前記単一分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は2.0x 104とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit(登録商標)培地に交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないStemFit(登録商標)培地にて培地交換した。その後、播種した5日後、即ちサブコンフレント1日前(培養面積の5割が細胞に覆われる程度)まで培養した。ここで、播種した後6日間培養した場合であっても、同様の結果を得られた。
【0282】
前記フィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)の存在下(工程1:Precondition処理、図1“Precondition: TGFβR-i + Shh”)、あるいは非存在下(工程1:Precondition処理しない、図1 “Untreated control”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。培養した細胞を、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて明視野観察を行った。その結果、フィーダーフリー培養中に、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(SB431542)及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にて処理してもヒトiPS細胞の形態に大きな影響は与えないことが分かった。
【0283】
このようにして調製されたPrecondition処理しなかったヒトiPS細胞、及び、Precondition処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0284】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、さらにWntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1e, 3μM)を含む培地あるいはWntシグナル伝達経路阻害物質を含まない培地で培養した。浮遊培養開始後2日目までに、Preconditionした条件でも、していない条件でも、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0285】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632を含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地又は含まない培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632、SAG及びヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む培地又は含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
【0286】
このようにして調製された浮遊培養開始後17日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った(図1)。その結果、Preconditionしない条件において、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加しない条件では凝集体の成長が悪く、形が崩れたのに比べて(図1A)、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件では、形が崩れていない、凝集体の内部が密な細胞凝集体が得られ、神経組織が形成されたことがわかった(図1B)。さらに、Preconditionした条件では、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加しなかった条件も(図1C)、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件も(図1D)、丸く、表面が滑らかで、形が崩れていない、凝集体の内部が密な細胞凝集体が得られ神経組織が形成されたことがわかった。
【0287】
前記浮遊培養開始後17日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製、ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図2)。
【0288】
その結果、まず工程1にてSB431542及びSAGにてPreconditionせず、工程2及び工程3でIWR-1eを添加しなかった条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が3%以下程度であることがわかった(図2A)。
また、工程1にてSB431542及びSAGにてPreconditionせず、工程2及び工程3でIWR-1eを添加した条件で作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が40%程度であることがわかった(図2B)。連続切片の解析から、本条件で作製された細胞凝集体では、Chx10弱陽性が観察された(図2F)。
工程1にてSB431542及びSAGにてPreconditionして、工程2及び工程3でIWR-1eを添加しなかった条件で作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が40%程度であることがわかった(図2C)。連続切片の解析から、本条件で作製された細胞凝集体では、Chx10陽性(強陽性)細胞が40%程度観察された(図2G)。
さらに、工程1にてSB431542及びSAGにてPreconditionして、工程2及び工程3でIWR-1eを添加した条件で作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が60%程度であることがわかった(図2D)。連続切片の解析から、本条件で作製された細胞凝集体では、Chx10陽性(強陽性)細胞が60%程度観察された(図2H)。
【0289】
これらの結果から、Preconditionを行わず工程2及び工程3でWnt阻害剤も添加しない条件では神経組織がほとんど形成されなかったことに比べて、他のいずれの条件においても神経組織が形成されることがわかった。
また、Preconditionを行わず工程2及び工程3でWnt阻害剤も添加しない条件に比べて、Preconditionを行わず工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加する条件では、網膜組織形成が若干促進される傾向があることがわかった(図1A, B、図2A, B, E, F)。一方、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、さらに工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加することで、非常に効率よく網膜組織が形成されることがわかった(図2B, D, F, H)。
【0290】
実施例2:工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加した、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)の存在下(工程1:Precondition処理、図3 “Precondition: Shh”)あるいは非存在下(工程1:Preconditionしない条件、図3 “Untreated control”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
【0291】
このようにして調製されたPrecondition処理したヒトiPS細胞、及び、Preconditionしない条件のヒトiPS細胞を、それぞれTrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1~5の5条件の無血清培地で培養した。
・条件1. 工程1でPreconditionしない条件で、かつ、工程2開始時の前記無血清培地に外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質及び外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しない条件(図3A)。
・条件2. 工程1でPrecondition処理して、かつ、工程2開始時の前記無血清培地に外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質及び外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しない条件(図3B)。
・条件3. 工程1でPrecondition処理して、かつ、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しない条件(図3C)。
・条件4. 工程1でPrecondition処理して、かつ、工程2開始時の前記無血清培地に、外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質を添加せず、かつ、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件(図3D)。
・条件5. 工程1でPrecondition処理して、かつ、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件(図3E)。
浮遊培養開始後2日目までに、条件1-5のいずれの条件でも、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0292】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地又は含まない培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632、SAG及びヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む培地又は含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
【0293】
このようにして調製された浮遊培養開始後17日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った(図3)。その結果、工程1でPreconditionしなかった条件1では、凝集体が成長せず神経組織が形成されなかったのと比べて(図3A)、工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPrecondition処理した条件2~5では、凝集体が成長し、神経組織が形成されることがわかった(図3B-E)。特に、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を作用させた条件3及び5では(図3C,E)、Wntシグナル伝達経路阻害物質を作用させなかった条件2及び4と比べて(図3B,D)、神経組織の形成効率が良いことがわかった。
【0294】
前記浮遊培養開始後17日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製、ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図4)。
【0295】
その結果、Preconditionしなかった条件1では神経組織が形成されなかったことに比べて、SAGでPrecondition処理を行った条件2~5のいずれの条件でも、神経組織が形成されることがわかった。
このうち、工程1にてSAGにてPreconditionし、かつ、工程2及び工程3で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質を添加しなかった条件2では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が40%程度であることがわかった(図4A)。連続切片の解析から、前記条件で作製された細胞凝集体では、Rx陽性細胞がChx10共陽性の網膜組織であることがわかった(図4E)。
一方、工程1にてSAGにてPreconditionして、工程2及び工程3でIWR-1eを添加した条件3で作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が90%程度であることがわかった(図4B)。連続切片の解析から、前記条件で作製された細胞凝集体では、Rx陽性細胞がChx10共陽性の網膜組織であることがわかった(図4F)。
すなわち条件2と条件3の比較から、工程1にてPreconditionし、さらに工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質処理をすることで、90%程度の効率で網膜組織が形成できることがわかった。
また、工程1にてSAGにてPreconditionして、工程2でSAGを添加した条件4で作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が60%程度であることがわかった(図4C)。連続切片の解析から、前記条件で作製された細胞凝集体では、Rx陽性細胞がChx10共陽性の網膜組織であることがわかった(図4G)。
一方、工程1にてSAGにてPreconditionして、工程2でSAGを添加し、工程2及び工程3でIWR-1eを添加した条件5で作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が90%程度であることがわかった(図4D)。連続切片の解析から、前記条件で作製された細胞凝集体では、Rx陽性細胞がChx10共陽性の網膜組織であることがわかった(図4H)。
【0296】
すなわち条件4と条件5の比較から、工程1にてPreconditionし、工程2でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加し、さらに工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質処理をすることで、90%程度の効率で網膜組織が形成できることがわかった。
【0297】
実施例3:工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質を用いてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加した、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しない条件(工程1:Precondition(TGFβR-i)処理、図5“Precondition: TGFβR-i”)、あるいは、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)の存在下(工程1:Precondition(TGFβR-i+Shh)処理、図5“Precondition: TGFβR-i + Shh”)、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
【0298】
このようにして調製されたPrecondition(TGFβR-i)処理したヒトiPS細胞、及び、Precondition(TGFβR-i+Shh)処理したヒトiPS細胞を、それぞれTrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1~3の3条件の無血清培地で培養した。
・条件1. 工程1でPrecondition(TGFβR-i)処理した後、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)、及び、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件(図5A)。
・条件2. 工程1でPrecondition(TGFβR-i+Shh)処理した後、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図5B)。
・条件3. 工程1でPrecondition(TGFβR-i+Shh)処理した後、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)、及び、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件(図5C)。
浮遊培養開始後2日目までに、前記条件1-3のいずれの条件でも、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0299】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632、SAG及びヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後17日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件1-3のいずれの条件でも、神経組織が形成されることがわかった。
【0300】
前記浮遊培養開始後17日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製、ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した。その結果、条件1~3のいずれの条件でも神経組織が形成され、神経組織のうちのChx10陽性の割合が90%程度であることがわかった(図5A-C)。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx共陽性の網膜組織であることが確認できた。
すなわち、工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質を用いてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件で、ヒトiPS細胞から効率よく、網膜組織が形成できることがわかった。
【0301】
実施例4:工程1でBMPシグナル伝達経路阻害物質を用いてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加した、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、LDN193189(BMPシグナル伝達経路阻害物質(BMPR-i)、100 nM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しない条件(工程1:Precondition(BMPR-i)処理、図6“Precondition: BMPR-i”)、あるいは、LDN193189(BMPシグナル伝達経路阻害物質、100 nM、BMPR-i)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)の存在下(工程1:Precondition(BMPR-i+Shh)処理、図6“Precondition: BMPR-i + Shh”)、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
【0302】
このようにして調製されたPrecondition(BMPR-i)処理したヒトiPS細胞、及び、Precondition(BMPR-i+Shh)処理したヒトiPS細胞を、それぞれTrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1~3の3条件の無血清培地で培養した。
・条件1. 工程1でPrecondition(BMPR-i)処理した後、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)、及び、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件(図6A)。
・条件2. 工程1でPrecondition(BMPR-i+Shh)処理した後、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図6B)。
・条件3. 工程1でPrecondition(BMPR-i+Shh)処理した後、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)、及び、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件(図6C)。
浮遊培養開始後2日目までに、前記条件1-3のいずれの条件でも、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0303】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632、SAG及びヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後17日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件1-3のいずれの条件でも、神経組織が形成されることがわかった。
【0304】
前記浮遊培養開始後17日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製、ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した。その結果、条件1~3のいずれの条件でも神経組織が形成され、神経組織のうちのChx10陽性の割合が90%程度であることがわかった(図6A-C)。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx共陽性の網膜組織であることが確認できた。
すなわち、工程1でBMPシグナル伝達経路阻害物質を用いてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件で、ヒトiPS細胞から効率よく、網膜組織が形成できることがわかった。
【0305】
実施例5:工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を用いてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した後にソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及び血清を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、外来性のTGFβシグナル伝達経路阻害物質を添加せずSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(Shh)処理、図7“Precondition: Shh”)、並びに、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(TGFβR-i+Shh)処理、図7“Precondition: TGFβR-i + Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
【0306】
このようにして調製されたPrecondition(Shh)処理、又は、Precondition(TGFβR-i+Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1~4の4条件の無血清培地で培養した。
・条件1. 工程1でPrecondition(Shh)処理した後、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図7A)。
・条件2. 工程1でPrecondition(Shh)処理した後、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件(図7B)。
・条件3. 工程1でPrecondition(TGFβR-i+Shh)処理した後、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図7C)。
・条件4. 工程1でPrecondition(TGFβR-i+Shh)処理した後、工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件(図7D)。
浮遊培養開始後2日目までに、前記条件1-4のいずれの条件でも、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0307】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632、SAG及びヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
次に、浮遊培養開始後10日目に、前記無血清培地にソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (100 nM)及び血清として牛胎児血清(10%)を加えたShh血清培地(図7 “Shh+serum”)を用いて、培地の80%程度を交換する操作(80%交換操作)を3回繰り返し、Y27632、ヒト組換えBMP4、及びIWR1-eを含まず、SAGと血清を含む前記Shh血清培地に交換した。その後、2~4日に一回、前記Shh血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後17日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件1-4のいずれの条件でも、神経組織が形成されることがわかった。
【0308】
前記浮遊培養開始後17日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製、ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した。その結果、条件1~4のいずれの条件でも神経組織が形成され、神経組織のうちのChx10陽性の割合が80%程度であることがわかった(図7A-D)。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx共陽性の網膜組織であることが確認できた。
すなわち、工程1でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3にてBMPシグナル作用物質を添加した後に、Shh血清培地で培養する条件で、ヒトiPS細胞から効率よく、網膜組織が形成できることがわかった。
【0309】
実施例6:工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(TGFβR-i+Shh)処理、図8“Precondition: TGFβR-i + Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
【0310】
このようにして調製されたPrecondition(TGFβR-i+Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1~4の4条件の無血清培地で培養した。
・条件1. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図8A)。
・条件2. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件(図8B)。
・条件3. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質としてSB431542(5μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図8C)。
・条件4. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質としてSB431542(5μM)を添加し、かつ、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件(図8D)。
浮遊培養開始後2日目までに、条件1~4のいずれの条件でも、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0311】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1e及びSB431542の濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1e及びSB431542を含む培地又は含まない培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1e及びSB431542を含む培地又は含まない前記無血清培地にて、外来性のIWR-1e及びSB431542の濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
浮遊培養開始後10日目に、外来性のIWR-1e及び又はSB431542の濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、IWR-1e及びSB431542を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後19日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件1-4のいずれの条件でも、神経組織が形成されることがわかった。
【0312】
前記浮遊培養開始後19日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。対比染色として核酸をDAPIで染色した。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図8)。
【0313】
その結果、条件1~4のいずれの条件でも、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件1ではChx10陽性の網膜組織の割合が70%程度、条件2ではChx10陽性の網膜組織の割合が70%程度、条件3ではChx10陽性の網膜組織の割合が70%程度、条件4ではChx10陽性の網膜組織の割合が80%程度であった。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx共陽性の細胞であることが確認できた。
すなわち、条件1及び条件2のように、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件でも、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。さらに、条件3及び4のように、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件でも、効率よく網膜系細胞へと分化することがわかった。
【0314】
実施例7:工程1でBMPシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、LDN193189(BMPシグナル伝達経路阻害物質(BMPR-i)、100 nM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(BMPR-i+Shh)処理、図9“Precondition: BMPR-i + Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(BMPR-i+Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1~2の2条件の無血清培地で培養した。
・条件1. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図9A)。
・条件2. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質としてSB431542(5μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図9B)。
浮遊培養開始後2日目までに、条件1及び条件2で、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0315】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1e及びSB431542の濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1e及びSB431542を含む培地又は含まない培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1e及びSB431542を含む培地又は含まない前記無血清培地にて、外来性のIWR-1e及びSB431542の濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
浮遊培養開始後10日目に、外来性のIWR-1e及び又はSB431542の濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、IWR-1e及びSB431542を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後19日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件1及び条件2で、神経組織が形成されることがわかった。
【0316】
前記浮遊培養開始後19日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製、ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。対比染色として核酸をDAPIで染色した。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図9)。
【0317】
その結果、条件1及び条件2で、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件1ではChx10陽性の網膜組織の割合が80%程度、条件2ではChx10陽性の網膜組織の割合が90%程度であった。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx共陽性の細胞であることが確認できた。
すなわち、条件1では、工程1でBMPシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件でも、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。さらに、条件2では、工程1でBMPR阻害剤及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件でも、効率よく網膜系細胞へと分化することがわかった。
また実施例6及び実施例7から、工程1でのTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を用いてPreconditionした場合でも、BMPR阻害剤及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を用いてPreconditionした場合でも、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加することで、効率よく網膜系細胞へと分化することがわかった。
【0318】
実施例8:センダイウイルスベクターを用いて樹立したヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1でPreconditionし、工程2でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(TFH-R1-10-2株及びTFH-R2-10-F8株、大日本住友製薬にて樹立)は、下記の通り樹立した。周知の方法で調製した末梢血単核球(PBMC)を原料に、市販されているセンダイウイルスベクター(Oct3/4、Sox2、KLF4、L-Mycの4因子、DNAVEC社(現、ID Pharma社)製サイトチューンキット)を用いて、Life Technologies社の公開プロトコル(iPS 2.0 Sendai Reprogramming Kit、Publication Number MAN0009378、Revision 1.0)、及び、京都大学の公開プロトコル(ヒトiPS細胞の樹立・維持培養、CiRA_Ff-iPSC_protocol_JP_v140310、http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/protocol.html)記載の方法に従って、StemFit(登録商標)培地 (AK03N;味の素社製)、Laminin511-E8(ニッピ社製)を用いて樹立した。
ヒトiPS細胞(TFH-R1-10-2株及びTFH-R2-10-F8株)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(TGFβR-i+Shh)処理、図8“Precondition: TGFβR-i + Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(TGFβR-i+Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)には、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し(図10“Wnt-i (day 0-17)”)、かつ、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件(図10“Shh day 0”)で培養した。TFH-R1-10-2株及びTFH-R2-10-F8株のいずれのヒトiPS細胞をスタート原料としても、浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0319】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、IWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後17日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、TFH-R1-10-2株及びTFH-R2-10-F8株のいずれのヒトiPS細胞をスタート原料としても、神経組織が形成されることがわかった。
【0320】
前記浮遊培養開始後17日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製、ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図10)。
その結果、TFH-R1-10-2株及びTFH-R2-10-F8株のいずれのヒトiPS細胞をスタート原料としても、神経組織が形成されることがわかった。そしてTFH-R1-10-2株をスタート原料とした場合、Chx10陽性の網膜組織の割合が70%程度であることがわかった(図10A)。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx共陽性の細胞であることが確認できた(図10B)。また、TFH-R2-10-F8株をスタート原料とした場合、Chx10陽性の網膜組織の割合が90%程度であることがわかった(図10C)。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx共陽性の細胞であることが確認できた(図10D)。
【0321】
これらの結果から、スタート原料としてセンダイウイルスベクターを用いて樹立したヒトiPS細胞でも、工程1にてPrecondition処理し、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件で、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。
従って、エピソーマルベクターにて樹立したiPS細胞(例、1231A3株)でもセンダイウイルスベクターを用いて樹立したヒトiPS細胞(例、TFH-R1-10-2株及びTFH-R2-10-F8株)でも、iPS細胞の樹立方法に関わらず、本願製造法により網膜系細胞及び/又は網膜組織が製造できることがわかった。
【0322】
実施例9:工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から視細胞を含む網膜系細胞の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(TGFβR-i+Shh)処理)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(TGFβR-i+Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)には、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG (30 nM)を添加した条件で培養した。浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0323】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、IWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後20日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて明視野観察を行った。その結果、神経組織が形成されることがわかった。
前記浮遊培養開始後20日目の細胞の一部を抜き取り、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した。その結果、前記浮遊培養開始後20日目の細胞が、神経組織を含み、当該神経組織がChx10及びRx共陽性の網膜組織であることが分かった。
【0324】
さらに、前記浮遊培養開始後20日目の細胞の一部を抜き取り、「Nature Communications 6, 6286 (2015)」に記載の方法に準じて分化培養した。
当該浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1% N2 supplementが添加された培地)で、37℃、5%CO2で、3日間すなわち浮遊培養開始後23日目まで培養した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、50個程度の凝集体を、10 mlの前記CHIR99021及びSU5402を含む無血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後23日目には、薄い神経上皮が形成され、網膜色素上皮(RPE)様組織が形成された。
【0325】
さらに、当該浮遊培養開始後23日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地)で、37℃、5%CO2、大気圧の酸素濃度(20%程度)で、浮遊培養開始後58日目まで(35日間)まで浮遊培養した。浮遊培養開始以後20日目から浮遊培養終了時までの間、2~4日に一回、前記血清培地にて半量培地交換した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、30個程度の凝集体を、15 mlの前記血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後35日目以降には、神経網膜様組織が存在した。
【0326】
浮遊培養開始後58日目の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、神経組織に加えて、色素沈着した網膜色素上皮細胞が形成されることがわかった(図11、A、矢頭にて示す)。
【0327】
このようにして調製された浮遊培養開始後58日目の細胞凝集体をそれぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rax/Rx抗体、Takara社製、ギニアピッグ)、神経網膜前駆細胞マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製、ヒツジ)、視細胞前駆細胞マーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社製、ウサギ)について免疫染色を行い、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した。
【0328】
その結果、前記浮遊培養開始後58日目の細胞凝集体には、Rx陽性の網膜組織が90%程度形成されていることがわかった(図11、B)。さらに、当該Rx陽性の網膜組織が、Chx10陽性の神経網膜前駆細胞を含むことがわかった(図11、C)。そして、当該Rx陽性の網膜組織が、Crx陽性の視細胞前駆細胞を含むことがわかった(図11、D)。また形態的な観察から、当該Rx陽性の網膜組織が、毛様体周縁部様構造体を含むことがわかった(図11、E、矢印にて示す)。また形態的な観察から、網膜組織の内側に、Rx陽性かつChx10陰性かつCrx陰性の、内層の網膜神経細胞(例えば、神経節細胞やアマクリン細胞)が含まれることが確認できた(図11)。
【0329】
これらの結果から、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1にてPrecondition処理し、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件で、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。さらに、このようにして調製した網膜組織を分化培養を続けることで、網膜系細胞(または網膜層特異的神経細胞)、例えば神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、網膜色素上皮細胞、内層の網膜神経細胞、毛様体周縁部様構造体を産生できることがわかった。そして、前記網膜組織では、神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、内層の網膜神経細胞が層構造をもった連続上皮構造を形成することがわかった。
すなわちフィーダーフリー培養したヒト多能性幹細胞から、本願製法により、再生医療・細胞移植治療や有効性・安全性評価研究に有用な網膜組織・網膜系細胞を製造できることがわかった。
【0330】
実施例10:工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(TGFβR-i +Shh)処理、図12“Precondition: TGFβR-i + Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(TGFβR-i +Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1~3の3条件の無血清培地で培養した。
・条件1. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図12A-C、“Condition 1”)。
・条件2. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG(10nM)を添加した条件(図12D-F“Condition 2”)。
・条件3. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG(30nM)を添加した条件(図12G-I“Condition 3”)。
浮遊培養開始後2日目までに、条件1、条件2及び条件3で、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0331】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む培地前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
浮遊培養開始後12日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1e を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後20日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件1、条件2及び条件3で、神経組織が形成されることがわかった。
【0332】
前記浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)、又は、網膜組織を含む神経組織のマーカーの1つであるPax6について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図12)。
【0333】
その結果、条件1、条件2及び条件3で、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件1ではChx10陽性の網膜組織の割合が95%程度(図12A)、条件2ではChx10陽性の網膜組織の割合が95%程度(図12D)、条件3ではChx10陽性の網膜組織の割合が85%程度であった(図12G)。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx及びPax6共陽性の細胞であることが確認できた。
すなわち、条件1では、工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後12日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件でも、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。さらに、条件2及び条件3では、工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程2及び工程3でWntシグナル経路阻害物質添加する条件でも、効率よく網膜系細胞へと分化することがわかった。
【0334】
実施例11:工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(Shh)処理、図13“Precondition: Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、2日間フィーダーフリー培養した(すなわち、分化開始前にソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を2日間程度作用させた)。
このようにして調製されたPrecondition(Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1~3の3条件の無血清培地で培養した。
・条件1. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図13A-C、“Condition 1”)。
・条件2. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG(10nM)を添加した条件(図13D-F、“Condition 2”)。
・条件3. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG(30nM)を添加した条件(図13G-I、“Condition 3”)。
浮遊培養開始後2日目までに、条件1、条件2及び条件3で、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0335】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
浮遊培養開始後10日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1eを含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後20日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件1、条件2及び条件3で、神経組織が形成されることがわかった。
【0336】
前記浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)、又は、網膜組織を含む神経組織のマーカーの1つであるPax6について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図13)。
【0337】
その結果、条件1、条件2及び条件3で、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件1ではChx10陽性の網膜組織の割合が95%程度、条件2ではChx10陽性の網膜組織の割合が90%程度、条件3ではChx10陽性の網膜組織の割合が70%程度であった。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx及びPax6共陽性の細胞であることが確認できた。
すなわち、条件1では、工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後10日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件でも、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。さらに、条件2及び条件3では、工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程2及び工程3でWntシグナル経路阻害物質を添加した条件でも、効率よく網膜系細胞へと分化することがわかった。
【0338】
実施例12:工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から視細胞を含む網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(TGFβR-i +Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1の無血清培地で培養した。
・条件1. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件。
浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0339】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む培地前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
浮遊培養開始後10日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1eを含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後20日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、神経組織が形成されることがわかった。
【0340】
さらに、前記浮遊培養開始後20日目の細胞の一部を抜き取り、「Nature Communications 6, 6286 (2015)」に記載の方法に準じて分化培養した。
当該浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1% N2 supplementが添加された培地)で、37℃、5%CO2で、3日間すなわち浮遊培養開始後23日目まで培養した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、50個程度の凝集体を、10 mlの前記CHIR99021及びSU5402を含む無血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後23日目には、薄い神経上皮が形成され、網膜色素上皮(RPE)様組織が形成された。
【0341】
さらに、当該浮遊培養開始後23日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地)で、37℃、5%CO2、大気圧の酸素濃度(20%程度)で、浮遊培養開始後85日目まで(62日間)まで浮遊培養した。浮遊培養開始以後23日目から浮遊培養終了時までの間、2~4日に一回、前記血清培地にて半量培地交換した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、30個程度の凝集体を、15 mlの前記血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後35日目以降には、神経網膜様組織が存在した。
【0342】
浮遊培養開始後85日目の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、連続上皮構造を持つ神経組織が形成されることがわかった(図14A)。
【0343】
このようにして調製された浮遊培養開始後85日目の細胞凝集体をそれぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、視細胞前駆細胞マーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社製、ウサギ)、神経網膜前駆細胞マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rax/Rx抗体、Takara社製、ギニアピッグ)、視細胞マーカーの1つであるRecoverin(抗Recoverin抗体、Proteintech社製、ウサギ)、杆体視細胞前駆細胞マーカーの1つであるNRL(抗NRL抗体、R and D社製、ヤギ)、錐体視細胞前駆細胞マーカーの1つであるRXR-gamma(抗RXRG抗体、R and D社製、ヤギ)、神経組織のマーカーの1つであるN-cadherin(抗N-cadherin抗体、BD社製、マウス)、RPE及び毛様体縁のマーカーの1つであるAqp1(抗Aqp1抗体、Millipore社製、ウサギ)、について免疫染色を行い、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した。対比染色として核酸をDAPIで染色した。
【0344】
その結果、前記浮遊培養開始後85日目の細胞凝集体には、Chx10陽性の神経網膜前駆細胞、及び、Crx陽性の視細胞前駆細胞を含む網膜組織が90%程度形成されていることがわかった(図14、B)。さらに、連続切片の解析から、当該網膜組織が、Rx陽性の網膜組織であり、Recoverin陽性の視細胞を含むことがわかった(図14、C)。さらに、連続切片の解析から、当該網膜組織が、NRL陽性の杆体視細胞前駆細胞、及び、RXR-gamma陽性の錐体視細胞前駆細胞を含むことがわかった(図14、D)。また、当該網膜組織がN-cadherin陽性の神経組織であることがわかった(図14E)。
【0345】
これらの結果から、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1にてTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPrecondition処理し、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件で、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。さらに、このようにして調製した網膜組織を分化培養を続けることで、網膜系細胞(または網膜特異的神経細胞)、例えば神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、視細胞、錐体視細胞前駆細胞、杆体視細胞前駆細胞を製造できることがわかった。そして、前記網膜組織では、神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、視細胞が層構造をもった連続上皮構造を形成することがわかった。
【0346】
実施例13:工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から視細胞を含む網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(Shh)処理、図15)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、2日間フィーダーフリー培養した(すなわち、分化開始前にソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を2日間程度作用させた)。
このようにして調製されたPrecondition(Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件の無血清培地で培養した。
・条件. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG(30nM)を添加した条件。
浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0347】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
浮遊培養開始後9日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1eを含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後19日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、神経組織が形成されることがわかった。
【0348】
さらに、前記浮遊培養開始後19日目の細胞の一部を抜き取り、「Nature Communications 6, 6286 (2015)」に記載の方法に準じて分化培養した。
当該浮遊培養開始後19日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1% N2 supplementが添加された培地)で、37℃、5%CO2で、3日間すなわち浮遊培養開始後22日目まで培養した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、50個程度の凝集体を、10 mlの前記CHIR99021及びSU5402を含む無血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後22日目には、薄い神経上皮が形成され、網膜色素上皮(RPE)様組織が形成された。
【0349】
さらに、当該浮遊培養開始後22日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地)で、37℃、5%CO2、大気圧の酸素濃度(20%程度)で、浮遊培養開始後92日目まで(70日間)まで浮遊培養した。浮遊培養開始以後20日目から浮遊培養終了時までの間、2~4日に一回、前記血清培地にて半量培地交換した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、30個程度の凝集体を、15 mlの前記血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後35日目以降には、神経網膜様組織が存在した。
【0350】
浮遊培養開始後92日目の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、連続上皮構造を持つ神経組織が形成されることがわかった(図15A)。
【0351】
このようにして調製された浮遊培養開始後92日目の細胞凝集体をそれぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、視細胞前駆細胞マーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社製、ウサギ)、神経網膜前駆細胞マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rax/Rx抗体、Takara社製、ギニアピッグ)、視細胞マーカーの1つであるRecoverin(抗Recoverin抗体、Proteintech社製、ウサギ)、杆体視細胞前駆細胞マーカーの1つであるNRL(抗NRL抗体、R and D社製、ヤギ)、錐体視細胞前駆細胞マーカーの1つであるRXR-gamma(抗RXRG抗体、R and D社製、ヤギ)、神経組織のマーカーの1つであるN-cadherin(抗N-cadherin抗体、BD社製、マウス)、RPE及び毛様体縁のマーカーの1つであるAqp1(抗Aqp1抗体、Millipore社製、ウサギ)、について免疫染色を行い、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した。対比染色として核酸をDAPIで染色した。
【0352】
その結果、前記浮遊培養開始後92日目の細胞凝集体には、Chx10陽性の神経網膜前駆細胞、及び、Crx陽性の視細胞前駆細胞を含む網膜組織が80%程度形成されていることがわかった(図15、B)。さらに、連続切片の解析から、当該網膜組織が、Rx陽性の網膜組織であり、Recoverin陽性の視細胞を含むことがわかった(図15、C)。さらに、連続切片の解析から、当該網膜組織が、NRL陽性の杆体視細胞前駆細胞、及び、RXR-gamma陽性の錐体視細胞前駆細胞を含むことがわかった(図15、D)。また、連続切片の解析から、当該網膜組織がN-cadherin陽性の神経組織であることがわかった(図15、E)。さらに、連続切片の解析から、当該網膜組織がAqp1陽性の毛様体縁様構造体を含むことがわかった(図15、E)。
【0353】
これらの結果から、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1にてソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPrecondition処理し、工程2でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件で、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。さらに、このようにして調製した網膜組織を分化培養を続けることで、網膜系細胞(または網膜特異的神経細胞)、例えば神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、視細胞、錐体視細胞前駆細胞、杆体視細胞前駆細胞、毛様体縁様構造体を製造できることがわかった。そして、前記網膜組織では、神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、視細胞が層構造をもった連続上皮構造を形成することがわかった。
【0354】
実施例14:工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(TGFβR-i +Shh)処理、図16“Precondition: TGFβR-i + Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(TGFβR-i +Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に6% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件で無血清培地で培養した。
・条件. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG(30nM)を添加した条件(図16、A,B)。
浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0355】
さらに下記の条件A,Bの2条件で無血清培地で培養した。
・条件A.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
・条件B.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。さらに、浮遊培養開始後6日目に、外来性のヒト組換えBMP4の濃度、及び、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)及びIWR-1eを含む前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
【0356】
上記条件A、Bの2条件にて培養後、さらに以下のように培養した。
浮遊培養開始後12日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1e を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後18日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。
【0357】
前記浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図16A,B)。
【0358】
その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件AではChx10陽性の網膜組織の割合が80%程度、条件BではChx10陽性の網膜組織の割合が80%程度であった。
すなわち、外来性のBMPの添加条件が条件A及び条件Bのいずれの条件でも、工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後12日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件で、前記無血清培地に含まれるKSRの濃度が6%の条件でも、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。
【0359】
実施例15:工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(+Shh)処理、図16“Precondition: Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、2日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に6% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件で無血清培地で培養した。
・条件. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図16C,D)。
浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0360】
さらに下記の条件CおよびDの2条件で、無血清培地を用いて培養した。
・条件C.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
・条件D.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。さらに、浮遊培養開始後6日目に、外来性のヒト組換えBMP4の濃度、及び、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)及びIWR-1eを含む前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
【0361】
上記条件CおよびDの2条件にて培養後、以下のように培養した。
浮遊培養開始後12日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1e を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後18日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件C及び条件Dで、神経組織が形成されることがわかった。
【0362】
前記浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図16C,D)。
【0363】
その結果、条件C及び条件Dで、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件CではChx10陽性の網膜組織の割合が80%程度、条件DではChx10陽性の網膜組織の割合が80%程度であった。
すなわち、外来性のBMPの添加条件が条件C及び条件Dのいずれの条件でも、工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後12日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件で、前記無血清培地に含まれるKSRの濃度が6%の条件でも、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。
【0364】
実施例16:工程1でBMPシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、LDN193189(BMPシグナル伝達経路阻害物質(BMPR-i)、100 nM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(BMPR-i +Shh)処理、図17“Precondition: BMPR-i + Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(BMPR-i +Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件で無血清培地で培養した。
・条件1. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図17A,B)。
浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0365】
さらに下記の条件A,Bの2条件で無血清培地で培養した。
・条件A.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
・条件B.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。さらに、浮遊培養開始後6日目に、外来性のヒト組換えBMP4の濃度、及び、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)及びIWR-1eを含む前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
【0366】
上記条件A、Bの2条件にて培養後、以下のように培養した。
浮遊培養開始後10日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1e を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後20日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。
【0367】
前記浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図17A,B)。
【0368】
その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件AではChx10陽性の網膜組織の割合が90%程度、条件BではChx10陽性の網膜組織の割合が90%程度であった。
すなわち、条件A及び条件Bのいずれの外来性のBMPの添加条件でも、工程1でBMPシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後10日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件で、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。
【0369】
実施例17:工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養し、サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を調製した。さらに、前記サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞をSB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した(工程1:Precondition(TGFβR-i 24h +Shh 48h)処理、図18)。
このようにして調製されたPrecondition(TGFβR-i 24h +Shh 48h)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件で無血清培地で培養した。
・条件. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図18A,B)。
浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0370】
さらに下記の条件A,Bの2条件で無血清培地で培養した。
・条件A.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
・条件B.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。さらに、浮遊培養開始後6日目に、外来性のヒト組換えBMP4の濃度、及び、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)及びIWR-1eを含む前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
【0371】
上記条件A、Bの2条件にて培養後、さらに以下のように培養した。
浮遊培養開始後10日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1e を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後20日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。
【0372】
前記浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図18A,B)。
【0373】
その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件AではChx10陽性の網膜組織の割合が80%程度、条件BではChx10陽性の網膜組織の割合が80%程度であった。
すなわち、条件A及び条件Bのいずれの外来性のBMPの添加条件でも、工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後10日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件で、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。
【0374】
実施例18:工程1でBMPシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養し、サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を調製した。さらに、前記サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞をLDN193189(BMPシグナル伝達経路阻害物質(BMPR-i)、100 nM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した(工程1:Precondition(BMPR-i 24h +Shh 48h)処理、図19)。
このようにして調製されたPrecondition(BMPR-i 24h +Shh 48h)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件で無血清培地で培養した。
・条件. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図19A,B)。
浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0375】
さらに下記の条件A,Bの2条件で無血清培地で培養した。
・条件A.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
・条件B.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。さらに、浮遊培養開始後6日目に、外来性のヒト組換えBMP4の濃度、及び、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)及びIWR-1eを含む前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
【0376】
上記条件A、Bの2条件にて、以下のように培養した。
浮遊培養開始後10日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1e を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後20日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。
【0377】
前記浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図19A,B)。
【0378】
その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件AではChx10陽性の網膜組織の割合が50%程度、条件BではChx10陽性の網膜組織の割合が70%程度であった。
すなわち、条件A及び条件Bのいずれの外来性のBMPの添加条件でも、工程1でBMPシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後10日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件で、網膜組織へと分化することがわかった。
【0379】
実施例19:工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(TGFβR-i +Shh)処理、図20 “Precondition: TGFβR-i + Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(TGFβR-i +Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件で無血清培地で培養した。
・条件. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)、及び、TGFβシグナル伝達経路阻害物質としてSB431542(5μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しない条件(図20、A,B)。
浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0380】
さらに下記の条件A,Bの2条件で無血清培地で培養した。
・条件A.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1e(3μM)及びSB431542(5μM)の濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1e及びSB431542を含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1e及びSB431542を含む培地前記無血清培地にて、外来性のIWR-1e及びSB431542の濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
・条件B.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1e(3μM)及びSB431542(5μM)の濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1e及びSB431542を含む培地培地を50μl加えた。さらに、浮遊培養開始後6日目に、外来性のヒト組換えBMP4の濃度、及び、外来性のIWR-1e及びSB431542の濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)、IWR-1e及びSB431542を含む前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1e及びSB431542を含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
【0381】
上記条件A、Bの2条件にて培養後、さらに以下のように培養した。
浮遊培養開始後10日目に、外来性のIWR-1e及びSB431542の濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、IWR-1e及びSB431542を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後20日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。
【0382】
前記浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図20A,B)。
【0383】
その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件AではChx10陽性の網膜組織の割合が95%程度、条件BではChx10陽性の網膜組織の割合が95%程度であった。
すなわち、条件A及び条件Bのいずれの外来性のBMPの添加条件でも、工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後10日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件で、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。
【0384】
実施例20:工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(Shh)処理、図21 “Precondition: Shh 48 h”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、2日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件で無血清培地で培養した。
・条件. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)、及び、TGFβシグナル伝達経路阻害物質としてSB431542(5μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しない条件(図21、A,B)。
浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0385】
さらに下記の条件A,Bの2条件で無血清培地で培養した。
・条件A.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1e(3μM)及びSB431542(5μM)の濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1e及びSB431542を含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1e及びSB431542を含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1e及びSB431542の濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
・条件B.浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1e(3μM)及びSB431542(5μM)の濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1e及びSB431542を含む培地培地を50μl加えた。さらに、浮遊培養開始後6日目に、外来性のヒト組換えBMP4の濃度、及び、外来性のIWR-1e及びSB431542の濃度が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)、IWR-1e及びSB431542を含む前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1e及びSB431542を含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1e及びSB431542の濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
【0386】
上記条件A、Bの2条件で培養した細胞を、以下のように培養した。
浮遊培養開始後10日目に、外来性のIWR-1e及びSB431542の濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、IWR-1e及びSB431542を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後20日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。
【0387】
前記浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図21A,B)。
【0388】
その結果、条件A及び条件Bで、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件AではChx10陽性の網膜組織の割合が80%程度、条件BではChx10陽性の網膜組織の割合が80%程度であった。
すなわち、条件A及び条件Bのいずれの外来性のBMPの添加条件でも、工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後10日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件で、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。
【0389】
実施例21:工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(Shh)処理、図22)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、2日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.3 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1及び条件2で無血清培地で培養した。
・条件1. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図22A,B)。
・条件2. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG(10nM)を添加した条件(図22C,D)。
浮遊培養開始後2日目までに、条件1及び条件2にて、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0390】
浮遊培養開始後3日目に、条件1及び条件2にて、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。
浮遊培養開始後6日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1e を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
【0391】
このようにして調製された浮遊培養開始後18日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件1及び条件2にて、神経組織が形成されることがわかった。
【0392】
前記浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)、について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した。
【0393】
その結果、条件1及び条件2において、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件1ではChx10陽性の網膜組織の割合が90%程度(図22A)、条件2ではChx10陽性の網膜組織の割合が80%程度であった(図22C)。また連続切片の解析から、条件1及び条件2のChx10陽性細胞がRx共陽性の細胞であることが確認できた(図22 B、D)。
すなわち、工程2においてソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加する条件でも添加しない条件でも、工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後6日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質を3%以下に減らした条件で、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。
【0394】
実施例22:工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から視細胞前駆細胞および神経節細胞を含む網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(QHJI01s04株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(Shh)処理、図23)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、2日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.3 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1及び条件2で無血清培地で培養した。
・条件1. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図23A-D)。
・条件2. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG(10nM)を添加した条件(図23E-H)。
浮遊培養開始後2日目までに、条件1及び条件2にて、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0395】
浮遊培養開始後3日目に、条件1及び条件2にて、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。
浮遊培養開始後6日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1e を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
【0396】
このようにして調製された浮遊培養開始後11日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件1及び条件2にて、神経組織が形成されることがわかった。
【0397】
前記浮遊培養開始後11日目の細胞凝集体の一部を抜き取って、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)、について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した。
【0398】
その結果、条件1及び条件2にて、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件1ではChx10陽性の網膜組織の割合が90%程度(図23A)、条件2ではChx10陽性の網膜組織の割合が90%程度であった(図23E)。また連続切片の解析から、条件1及び条件2のChx10陽性細胞がRx共陽性の細胞であることが確認できた(図23B、F)。
【0399】
さらに、条件1及び条件2にて、前記浮遊培養開始後11日目の細胞の一部を抜き取り、「Nature Communications 6, 6286 (2015)」に記載の方法に準じて分化培養した。
当該浮遊培養開始後11日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1% N2 supplementが添加された培地)で、37℃、5%CO2で、3日間すなわち浮遊培養開始後14日目まで培養した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、50個程度の凝集体を、10 mlの前記CHIR99021及びSU5402を含む無血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後14日目には、薄い神経上皮が形成され、網膜色素上皮(RPE)様組織が形成された。
【0400】
さらに、当該浮遊培養開始後14日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1% N2 supplement、及び100μMタウリンが添加された培地)で、37℃、5%CO2、大気圧の酸素濃度(20%程度)で、浮遊培養開始後35日目まで(21日間)まで浮遊培養した。浮遊培養開始以後20日目から浮遊培養終了時までの間、2~4日に一回、前記血清培地にて半量培地交換した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、30個程度の凝集体を、15 mlの前記血清培地で浮遊培養した。
【0401】
浮遊培養開始後35日目の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、神経網膜様組織が存在し、連続上皮構造を持つ神経組織が形成されることがわかった。
【0402】
このようにして調製された浮遊培養開始後35日目の細胞凝集体をそれぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、視細胞前駆細胞マーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社製、ウサギ)、又は、神経節細胞マーカーの1つであるBrn3b(抗Brn3b抗体、Santa Cruz社製, ヤギ)について免疫染色を行い、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した。
【0403】
その結果、条件1及び条件2の、前記浮遊培養開始後35日目の細胞凝集体には、Crx陽性の視細胞前駆細胞を含む網膜組織が90%程度形成されていることがわかった(図23C,G)。さらに、連続切片の解析から、当該網膜組織が、Brn3b陽性の神経節細胞を含むことがわかった(図23 D,H)。
【0404】
これらの結果から、工程2においてソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加する条件でも添加しない条件でも、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1にてソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPrecondition処理し、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加した条件で、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。さらに、このようにして調製した網膜組織を分化培養を続けることで、網膜系細胞(または網膜特異的神経細胞)、例えば視細胞前駆細胞や神経節細胞を産生できることがわかった。そして、前記網膜組織では、視細胞前駆細胞や神経節細胞が、層構造をもった連続上皮構造を形成することがわかった。
【0405】
実施例23:センダイウイルスベクターを用いて樹立したヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1でPreconditionし、工程2でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(TFH-HA株、大日本住友製薬にて樹立)は、下記の通り樹立した。周知の方法で調製した末梢血単核球(PBMC)を原料に、市販されているセンダイウイルスベクター(Oct3/4、Sox2、KLF4、L-Mycの4因子、ID Pharma社製サイトチューンキット)を用いて、StemFit(登録商標)培地 (AK03N;味の素社製)、Laminin511-E8(ニッピ社製)を用いて樹立した。
ヒトiPS細胞(TFH-HA株)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
【0406】
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(TGFβR-i +Shh)処理、図24 “Precondition: TGFβR-i + Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(TGFβR-i +Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.3 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件1及び2の2条件の無血清培地で培養した。
・条件1. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図24A,B、“Condition 1”)。
・条件2. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG(10nM)を添加した条件(図24E,F“Condition 2”)。
浮遊培養開始後2日目までに、条件1及び条件2で、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0407】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
浮遊培養開始後12日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1e を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後19日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件1及び条件2で、神経組織が形成されることがわかった。
【0408】
前記浮遊培養開始後19日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図24)。
【0409】
その結果、条件1及び条件2で、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件1ではChx10陽性の網膜組織の割合が90%程度(図24A)、条件2ではChx10陽性の網膜組織の割合が90%程度(図24E)であった。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx共陽性の細胞であることが確認できた(図24B,F)。
すなわち、条件1で、スタート原料としてセンダイウイルスベクターを用いて樹立したヒトiPS細胞を用いて、工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加せず、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後12日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件でも、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。さらに、条件2では、スタート原料としてセンダイウイルスベクターを用いて樹立したヒトiPS細胞を用いて、工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程2及び工程3でWntシグナル経路阻害物質添加し条件でも、効率よく網膜系細胞へと分化することがわかった。
【0410】
実施例24:センダイウイルスベクターを用いて樹立したヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1でPreconditionし、工程2でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(TFH-HA株、大日本住友製薬にて樹立)は、実施例23記載の通り樹立した。ヒトiPS細胞を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
【0411】
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(図24 “Precondition: Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、2日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.3 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件3及び4の2条件の無血清培地で培養した。
・条件3. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件(図24C,D、“Condition 3”)。
・条件4. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG(10nM)を添加した条件(図24G,H“Condition 4”)。
浮遊培養開始後2日目までに、条件3及び条件4で、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0412】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
浮遊培養開始後12日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1e を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後19日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、条件3及び条件4で、神経組織が形成されることがわかった。
【0413】
前記浮遊培養開始後19日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図24)。
【0414】
その結果、条件3及び条件4で、神経組織が形成されることがわかった。さらに、条件3ではChx10陽性の網膜組織の割合が60%程度(図24C)、条件4ではChx10陽性の網膜組織の割合が50%程度(図24G)であった。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx共陽性の細胞であることが確認できた(図24D,H)。
すなわち、条件3で、スタート原料としてセンダイウイルスベクターを用いて樹立したヒトiPS細胞を用いて、工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加せず、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後12日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件でも、効率よく網膜組織へと分化することがわかった。さらに、条件4では、スタート原料としてセンダイウイルスベクターを用いて樹立したヒトiPS細胞を用いて、工程1でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程2及び工程3でWntシグナル経路阻害物質添加し、工程3の途中(浮遊培養開始後12日目)で外来性のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を3%以下に減らした条件でも、効率よく網膜系細胞へと分化することがわかった。
【0415】
実施例25:工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2及び工程3でWntシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、フィーダーフリー培地としてはStem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いて、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。
このようにしてフィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβシグナル伝達経路阻害物質(TGFβR-i)、5μM)及びSAG (ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shh)、300 nM)を添加した条件(工程1:Precondition(TGFβR-i +Shh)処理、図25“Precondition: TGFβR-i + Shh”)で、Stem Fit(登録商標)培地(AK03N;味の素社製)を用いて、1日間フィーダーフリー培養した。
このようにして調製されたPrecondition(TGFβR-i +Shh)処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96スリットウェルプレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.3 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、下記の条件2で無血清培地で培養した。
・条件2. 工程2開始時の前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてIWR-1e(3μM)を添加し、かつ、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG(10nM)を添加した条件。
浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0416】
浮遊培養開始後4日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になり、かつ、外来性のIWR-1eの濃度(3μM)が変わらないように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含み、さらにIWR-1eを含む培地培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4を含まず、さらにIWR-1eを含む前記無血清培地にて、外来性のIWR-1eの濃度が変わらないように、半量培地交換操作を行った。
浮遊培養開始後10日目に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、前記無血清培地を用いて80%培地交換操作を3回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組換えBMP4、及びIWR-1e を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
このようにして調製された浮遊培養開始後17日目の細胞を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、明視野観察を行った。その結果、神経組織が形成されることがわかった。
【0417】
前記浮遊培養開始後17日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて観察した(図25)。
【0418】
その結果、神経組織が形成されることがわかった。さらに、この条件では、Chx10陽性の網膜組織の割合が90%程度であった(図25、A)。また連続切片の解析から、これらのChx10陽性細胞がRx共陽性の細胞であることが確認できた(図25、B)。
すなわち、工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2でソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加してスリットウェルプレートに播種し、工程2及び工程3でWntシグナル経路阻害物質添加した条件でも、効率よく網膜系細胞へと分化することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0419】
本発明によれば、フィーダー細胞非存在下に培養された多能性幹細胞から、網膜系細胞又は網膜組織、並びにこれらを製造するために用いられる細胞凝集体を高効率に製造することが可能となる。
【0420】
ここで述べられた特許、特許出願明細書及び科学文献を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0421】
本出願は、日本で出願された特願2016-086602(出願日:2016年4月22日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
図1
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