(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-17
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】判定方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20220128BHJP
G01N 21/45 20060101ALI20220128BHJP
G03H 1/22 20060101ALI20220128BHJP
C12M 1/34 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
C12Q1/02
G01N21/45 A
G03H1/22
C12M1/34 A
(21)【出願番号】P 2020505699
(86)(22)【出願日】2019-02-13
(86)【国際出願番号】 JP2019005112
(87)【国際公開番号】W WO2019176427
(87)【国際公開日】2019-09-19
【審査請求日】2020-05-11
(31)【優先権主張番号】P 2018044594
(32)【優先日】2018-03-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 崇市郎
(72)【発明者】
【氏名】大▲崎▼ 龍介
(72)【発明者】
【氏名】小野澤 祥
(72)【発明者】
【氏名】朝倉 彰洋
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-192644(JP,A)
【文献】特表2009-521216(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0261930(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2008/0309944(US,A1)
【文献】OPTICS LETTERS (2005) Vol.30, No.5, pp.468-470
【文献】APPLIED OPTICS (2011) Vol.50, No.20, pp.3589-3597
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-3/00
C12M 1/00-3/10
G01N 15/00
G01N 21/00
G03H 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の細胞の凝集体であるスフェアを撮像したホログラムから前記スフェアの
所定のスライス位置における断面の位相差画像を生成し、
前記位相差画像を構成する複数の画素の各々の位相差量を積算した値である位相差量総和を導出し、
前記位相差量総和と前記スフェアの形状に応じた形状指標値とに基づいて、前記スフェアの状態を判定する
判定方法。
【請求項2】
前記スフェアの状態として、前記スフェアに含まれる複数の細胞の生存率、密度、均質性、未分化状態逸脱、及び前記スフェアの外形形状の少なくとも1つに関する判定を行う
請求項1に記載の判定方法。
【請求項3】
前記位相差量総和と前記形状指標値との相関性を用いて前記スフェアの状態を判定する
請求項1または請求項2に記載の判定方法。
【請求項4】
前記位相差量総和と前記形状指標値との相関性の基準を示す基準相関トレンドラインと、判定対象のスフェアについての位相差量総和と形状指標値との相関性とを比較し、
前記判定対象のスフェアについての位相差量総和と形状指標値との相関性の、前記基準相関トレンドラインからの乖離の程度に応じて前記判定対象のスフェアの状態を判定する
請求項3に記載の判定方法。
【請求項5】
前記判定対象のスフェアについての位相差量総和と形状指標値との相関性の、前記基準相関トレンドラインからの乖離の幅が閾値を超える場合、前記判定対象のスフェアに含まれる細胞の生存率、密度、均質性及び前記スフェアの外形形状の少なくとも1つについて異常ありと判定する
請求項4に記載の判定方法。
【請求項6】
前記位相差量総和と前記形状指標値との相関性の基準を示す基準相関トレンドラインと、判定対象の培養ロットに属する複数のスフェアの各々についての位相差量総和と形状指標値との相関性とを比較し、
前記判定対象の培養ロットについての位相差量総和と形状指標値との相関性の、前記基準相関トレンドラインからの乖離の状態及び乖離の程度の少なくとも一方に応じて前記判定対象の培養ロットの良否判定を行う
請求項3に記載の判定方法。
【請求項7】
前記形状指標値は、前記スフェアの体積、断面積、粒径及び周の長さのいずれかである
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の判定方法。
【請求項8】
前記位相差量総和を、前記スフェアの体積で除算して位相差量密度を導出し、
前記位相差量密度に基づいて、前記スフェアの状態を判定する
請求項1または請求項2に記載の判定方法。
【請求項9】
前記所定のスライス位置は、当該スライス位置における位相差画像を構成する複数の画素間の位相差量のばらつきが最大となる
スライス位置である
請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
開示の技術は、複数の細胞の凝集体であるスフェアの状態を判定する判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞の状態を評価または判定する技術として、例えば、以下の技術が知られている。特許文献1には、細胞群に対して照明光を照射し、照明光の照射によって細胞群を透過した透過光を検出して細胞群の画像を検出し、細胞群における散乱光を検出するための検出光を細胞群に対して照射し、検出した散乱光の強度の空間的な広がりまたは時間的な揺らぎに基づいて細胞群を評価する細胞評価方法が記載されている。
【0003】
特許文献2には、神経細胞分化過程の細胞を撮像した第1の撮像画像を入力する画像入力部と、細胞の厚さ方向の位置において焦点の合った状態の全焦点画像を、少なくとも第1の撮像画像に基づく第1の原画像として生成する全焦点画像生成部と、第1の原画像において一定以下の輝度分布を有する領域と、第1の原画像において濃度差が一定以下の領域とで共通する領域を、分化過程に出現するロゼッタとして抽出するロゼッタ抽出部と、抽出されたロゼッタの状態を判定するロゼッタ対応判定部と、を備える細胞評価装置が記載されている。
【0004】
特許文献3には、細胞厚さに基づいて、細胞の分化度を判定する判定ステップを備えることを特徴とする細胞判定方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-005437号公報
【文献】特開2017-000163号公報
【文献】特開2015-146747号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
細胞の大量生産が可能な培養手法として、細胞の凝集体であるスフェアを培地中に浮遊させた状態で培養する三次元培養法が知られている。三次元培養による細胞の製造工程においては、工程管理の容易性の観点から、細胞の品質をスフェアの状態のまま非破壊且つ簡便に評価する技術が求められる。しかしながら、現時点においては、三次元空間中にランダムに存在する様々なサイズのスフェアを評価する手法が確立されておらず、特にスフェアの内部における細胞の密度及び生存状況について直接観察することは困難である。このため、従来の二次元培養の手法を適用した評価がなされているが、培養する細胞の数の増加に伴って、評価工数が増えるため、多くの人手及び多くの時間が必要となる。従来の二次元培養の手法を適用した評価では、スフェアを単一細胞に分解したり、蛍光色素を添加したりするといった細胞の破壊を伴う処理が必要とされる。
【0007】
開示の技術は、複数の細胞の凝集体であるスフェアの状態を非破壊且つ簡便に判定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
開示の技術に係る判定方法は、複数の細胞の凝集体であるスフェアを撮像したホログラムからスフェアの所定のスライス位置における位相差画像を生成し、位相差画像を構成する複数の画素の各々の位相差量を積算した値である位相差量総和を導出し、位相量総和とスフェアの形状に応じた形状指標値とに基づいて、前記スフェアの状態を判定することを含む。
【0009】
開示の技術に係る判定方法によれば、スフェアの状態を非破壊且つ簡便に判定することが可能となる。
【0010】
開示の技術に係る判定方法において、スフェアの状態として、スフェアに含まれる複数の細胞の生存率、密度、均質性、未分化状態逸脱、及びスフェアの外形形状の少なくとも1つに関する判定を行ってもよい。
【0011】
開示の技術に係る判定方法において、位相差量総和と形状指標値との相関性を用いてスフェアの状態を判定してもよい。
【0012】
開示の技術に係る判定方法において、位相差量総和と形状指標値との相関性の基準を示す基準相関トレンドラインと、判定対象のスフェアについての位相差量総和と形状指標値との相関性とを比較し、判定対象のスフェアについての位相差量総和と形状指標値との相関性の、基準相関トレンドラインからの乖離の程度に応じて判定対象のスフェアの状態を判定してもよい。例えば、判定対象のスフェアについての位相差量総和と形状指標値との相関性の、基準相関トレンドラインからの乖離の幅が閾値を超える場合、判定対象のスフェアに含まれる細胞の生存率、密度、均質性及びスフェアの外形形状の少なくとも1つについて異常ありと判定してもよい。
【0013】
開示の技術に係る判定方法において、位相差量総和と形状指標値との相関性の基準を示す基準相関トレンドラインと、判定対象の培養ロットに属する複数のスフェアの各々についての位相差量総和と形状指標値との相関性とを比較し、判定対象の培養ロットについての位相差量総和と形状指標値との相関性の、基準相関トレンドラインからの乖離の状態及び乖離の程度の少なくとも一方に応じて判定対象の培養ロットの良否判定を行ってもよい。
【0014】
開示の技術に係る判定方法において、形状指標値は、スフェアの体積、断面積、粒径及び周の長さのいずれかであってもよい。
【0015】
開示の技術に係る判定方法において、位相差画像を構成する複数の画素の各々の位相差量を積算した値である位相差量総和を、スフェアの体積で除算して位相差量密度を導出し、位相差量密度に基づいて、スフェアの状態を判定してもよい。
【0016】
開示の技術に係る判定方法において、所定のスライス位置は、当該スライス位置における位相差画像を構成する複数の画素間の位相差量のばらつきが最大となるスライス位置であることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
開示の技術によれば、複数の細胞の凝集体であるスフェアの状態を非破壊且つ簡便に判定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】開示の技術の実施形態に係る判定方法の実施に用いる撮像システムの構成の一例を示す図である。
【
図2A】開示の技術の実施形態に係る判定方法の実施に用いるホログラムの一例を示す図である。
【
図2B】スフェアのフーリエ変換画像の一例を示す図である。
【
図2C】スフェアのアンラッピング前の位相差画像の一例を示す図である。
【
図2D】スフェアのアンラッピング後の位相差画像の一例を示す図である。
【
図3】開示の技術の実施形態に係る位相差画像の概念を示す図である。
【
図4】開示の技術の実施形態に係る位相差画像の焦点合わせに関する説明図である。
【
図5】開示の技術の実施形態に係るオートフォーカス処理を行うコンピュータのハードウェア構成の一例である。
【
図6】開示の技術の実施形態に係るオートフォーカス処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図7】開示の技術の実施形態に係る、スフェアの位相差画像における焦点位置と位相差量のばらつきとの関係の一例を示すグラフである。
【
図8】開示の技術の実施形態に係る、スフェアの体積と位相差量総和との相関特性の一例を示すグラフである。
【
図9A】開示の技術の実施形態に係る、良ロット及び不良ロットの各々について導出したスフェアの粒径のヒストグラムである。
【
図9B】開示の技術の実施形態に係る、良ロット及び不良ロットの各々について取得した、スフェアの体積と位相差量総和との相関特性の一例を示すグラフである。
【
図9C】開示の技術の実施形態に係る、良ロット及び不良ロットの各々について取得した、位相差量密度のヒストグラムである。
【
図10】開示の技術の実施形態に係る、細胞の生存率と位相差量密度との相関特性の一例を示すグラフである。
【
図11A】H
2O
2を添加した後、0分経過した時点におけるコロニーの蛍光顕微鏡画像である。
【
図11B】H
2O
2を添加した後、15分経過した時点におけるコロニーの蛍光顕微鏡画像である。
【
図11C】H
2O
2を添加した後、37分経過した時点におけるコロニーの蛍光顕微鏡画像である。
【
図12A】H
2O
2を添加した後、0分経過した時点におけるコロニーの位相差画像である。
【
図12B】H
2O
2を添加した後、15分経過した時点におけるコロニーの位相差画像である。
【
図12C】H
2O
2を添加した後、37分経過した時点におけるコロニーの位相差画像である。
【
図13】開示の技術の実施形態に係る、ネクローシスに誘導したコロニー、アポトーシスに誘導したコロニー及び健全なコロニーのそれぞれの位相差量総和の相対値を示すグラフである。
【
図14】開示の技術の実施形態に係る、未分化状態を維持したスフェア及び未分化状態を逸脱したスフェアのそれぞれの位相差量総和の平均値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しつつ説明する。尚、各図面において、実質的に同一又は等価な構成要素又は部分には同一の参照符号を付している。
【0020】
開示の技術の実施形態に係る判定方法は、複数の細胞の凝集体であるスフェアを撮像したホログラムからスフェアの位相差画像を生成し、位相差画像とスフェアの形状に応じた形状指標値とに基づいて、スフェアの状態を判定する、というものである。
【0021】
図1は、開示の技術の実施形態に係る判定方法の実施に用いる撮像システム1の構成の一例を示す図である。撮像システム1は、公知のデジタルホログラフィ技術を用いてスフェアのホログラムを取得するためのホログラム光学系10と、スフェアの蛍光顕微鏡観察を行うための蛍光顕微鏡光学系30と、を含んで構成されている。
【0022】
デジタルホログラフィ技術は、物体を透過または反射した物体光と、物体光に対してコヒーレントである参照光との干渉によって生じる像をイメージセンサーを用いて撮像し、撮像によって得られた画像について、光伝搬に基づく数値計算を実施することにより、物体からの光波の波面を復元する技術である。デジタルホログラフィ技術によれば、物体の位相分布を定量化し、また、焦点位置を機械的に移動させることなく、物体の三次元情報を取得することができる。
【0023】
ホログラム光学系10は、レーザ光源11、ビームスプリッタ12及び18、コリメートレンズ13及び21、対物レンズ15、結像レンズ17並びにCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)カメラ19を含んで構成されている。サンプルステージにセットされる試料14としてのスフェアは、コリメートレンズ13と対物レンズ15との間に配置される。
【0024】
レーザ光源11には、例えば波長632.8nmのHeNeレーザを用いることが可能である。レーザ光源11から出射されたレーザ光は、ビームスプリッタ12により、2つのレーザ光に分割される。2つのレーザ光の一方は物体光とされ、他方は参照光とされる。物体光は、コリメートレンズ13によって平行光とされた後、サンプルステージにセットされた試料14であるスフェアに照射される。スフェアを透過した物体光による像は、対物レンズ15によって拡大される。対物レンズ15を透過した物体光は、結像レンズ17によって再び平行光とされた後、ビームスプリッタ18を介してCMOSカメラ19の撮像面に結像される。一方、参照光は、光ファイバ20によってコリメートレンズ21の手前まで導かれる。光ファイバ20から出射した参照光は、コリメートレンズ21によって平行光とされ、ビームスプリッタ18を介してCMOSカメラ19の撮像面に入射する。物体光と参照光との干渉によって生じるホログラムが、CMOSカメラ19によって記録される。なお、CMOSカメラ19の撮像面に入射する物体光と参照光の光軸方向が互いに異なったオフアキシャル光学系が構成されていてもよい。
【0025】
一方、蛍光顕微鏡光学系30は、励起光源31、励起用フィルタ32、ON/OFF切り替えミラー33、ダイクロイックミラー34、対物レンズ15、分光フィルタ35及びCMOSカメラ36を含んで構成されている。
【0026】
励起光源31には、例えば水銀ランプを用いることが可能である。励起用フィルタ32は、励起光源31から出射された励起光のうち、例えば450nm~490nmの波長域の光を透過させる。励起用フィルタ32を透過した励起光は、ON/OFF切り替えミラー33、ダイクロイックミラー34及び対物レンズ15を介してサンプルステージにセットされた試料14であるスフェアに照射される。スフェアに添加された蛍光色素に励起光が照射されることにより、蛍光色素から発せられる蛍光は、対物レンズ15、ダイクロイックミラー34、ON/OFF切り替えミラー33及び分光フィルタ35を介してCMOSカメラ36の撮像面に入射する。分光フィルタ35は、蛍光色素から発せられた蛍光のうち、例えば515nm以上の波長域の光を透過させる。
【0027】
本実施形態に係る撮像システム1によれば、ホログラム光学系10によるホログラム観察と、蛍光顕微鏡光学系30による蛍光顕微観察とを並行して行うことが可能である。なお、上記した撮像システム1の構成は、一例にすぎず、上記の構成に限定されない。開示の技術に係る判定方法の実施には、デジタルホログラム技術を用いてホログラムを取得することができる、あらゆる撮像システムを利用することが可能である。
【0028】
以下に、撮像システム1を用いて取得したスフェアのホログラムから、スフェアの位相差画像を取得する方法の一例について説明する。
【0029】
はじめに、CMOSカメラ19によって取得した
図2Aに例示するホログラムを、二次元フーリエ変換することにより、物体光のみの複素振幅成分を抜き出す。
図2Bは、この処理によって得られるスフェアのフーリエ変換画像の一例である。
【0030】
次に、例えば角スペクトル法を適用して任意の空間位置のスフェアの位相を示す画像を復元する。
図2Cは、この処理によって得られるスフェアのアンラッピング前の位相差画像の一例である。この時点におけるスフェアの位相は、0~2πの値に畳みこまれている。そこで、例えば、Unweighted Least Squares(重みなし最小2乗法)またはFlynn's Algorithm(フリンのアルゴリズム)などの位相接続(アンラッピング)手法を適用して2π以上の部分も接合していくことにより、
図2Dに例示するような最終的なスフェアの位相差画像を得ることができる。なお、アンラッピングの手法は数多く提案されており、位相不整合を生じない適切な手法を適宜選択すればよい。
【0031】
図3は、位相差画像I
Pの概念を示す図である。
図3の下段には、位相差画像I
Pの各画素kにおける位相差量を3次元表示する。
図3の上段には、位相差画像I
Pの各画素kにおける位相差量を平面上にグレースケールで示す。
【0032】
ここで、位相差画像I
Pにおける位相差量θは、位相差画像I
Pの同一焦点面内に存在するバックグラウンド(スフェアの存在しない領域)の位相をθ
Bとし、スフェアの存在する領域の位相をθ
Sとしたとき、下記の(1)式によって表わされる。また、本明細書中における「位相」という用語は、光を電磁波とみなした場合の電場振幅の位相であり、より一般的な意味で使用される。
【数1】
【0033】
また、位相差画像I
Pの各画素kにおける位相差量θ
kは、下記(2)式によって表わすことができる。但し、n
kは位相差画像I
Pの各画素kに対応する部位におけるスフェアの屈折率であり、d
kは位相差画像I
Pの各画素kに対応する部位におけるスフェアの厚さであり、λはホログラム光学系10における物体光の波長である。
【数2】
【0034】
スフェアの位相差画像は、スフェアを透過した物体光の光路長分布を示した画像である。スフェア内における光路長は、スフェアの屈折率とスフェアの厚さの積に相当することから、スフェアの位相差画像は、(2)式にも示されているように、スフェアの屈折率及び厚さ(形状)の情報を含んでいる。
【0035】
スフェアに対して焦点が合っていない位相差画像からは、回折による広がりの影響によりスフェアの実態に合致した正確な情報が得られない。従って、CMOSカメラ19によって取得したホログラムから位相差画像を取得する際に、スフェアに焦点を合わせることが好ましい。ここで、「スフェアに焦点を合わせる」とは、球形状のスフェアの中央付近においてスライスした位相差画像を得ることを意味する。スフェアに焦点が合った位相差画像を用いてスフェアの状態を判定することにより、より正確な判定結果を得ることができる。なお、ユーザが、取得したスフェアの位相差画像に基づいて、スフェアの状態を判定してもよい。または、判定条件を学習したコンピュータが、取得したスフェアの位相差画像に基づいて、スフェアの状態を判定してもよい。
【0036】
位相差画像の焦点合わせは、人手によらず、自動化することが好ましい。焦点合わせを自動化することにより、作業者による任意性を排除し、更に、処理時間の短縮を図ることができる。本発明者らは、以下に説明する自動化可能な焦点合わせの手法を見出した。
【0037】
図4の左のグラフは、スフェアの位相差画像における平面方向の位置と位相差量との関係の一例を示すグラフであり、実線がスフェアに焦点が合っている状態に対応し、点線がスフェアに焦点が合っていない状態に対応する。スフェアに焦点が合っている場合、位相差画像における特定の位置に急峻なピークが現れる。一方、スフェアに焦点が合っていない場合、焦点が合っている場合と比較してピークが低く且つなだらかになる。
【0038】
図4の右のグラフは、スフェアの位相差画像における位相差量のヒストグラムの一例であり、実線がスフェアに焦点が合っている状態に対応し、点線がスフェアに焦点が合っていない状態に対応する。スフェアに焦点が合っている場合、カーブの幅w(位相差量のばらつき)は、相対的に大きくなり、スフェアに焦点が合っていない場合、カーブの幅w(位相差量のばらつき)は、相対的に小さくなる。
【0039】
従って、互いに異なる焦点位置(スライス位置)毎にスフェアの位相差画像を取得し、取得した位相差画像の各々について、位相差量のヒストグラムにおけるカーブの幅w(位相差量のばらつき)を求め、求めた幅wのうち、最大の幅wを有する位相差画像を、スフェアに焦点が合った位相差画像として抽出することにより焦点合わせを実現できる。
【0040】
上記の焦点合わせは、コンピュータを用いて自動化することが可能である。
図5は、上記の焦点合わせを自動で行うオートフォーカス処理を行うコンピュータ500のハードウェア構成の一例である。
【0041】
コンピュータ500は、CPU(Central Processing Unit)501、一時記憶領域としての主記憶装置502、不揮発性の補助記憶装置503、CMOSカメラ19との間で通信を行うための通信I/F(InterFace)504、及び液晶ディスプレイ等の表示部505を含んで構成されている。CPU501、主記憶装置502、補助記憶装置503、通信I/F504、及び表示部505は、それぞれ、バス507に接続されている。補助記憶装置503には、上記のオートフォーカス処理の手順を記述したオートフォーカスプログラム506が格納されている。コンピュータ500は、CPU501がオートフォーカスプログラム506を実行することにより、オートフォーカス処理を行う。
【0042】
図6は、コンピュータ500において実施されるオートフォーカス処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【0043】
ステップS1において、CPU501は、CMOSカメラ19からスフェアのホログラムを取得する。
【0044】
ステップS2において、CPU501は、取得したホログラムから、焦点位置(スライス位置)が互いに異なる複数の位相差画像を生成する。
【0045】
ステップS3において、CPU501は、焦点位置(スライス位置)毎の位相差画像の各々について、位相差量のばらつきを導出する。CPU501は、例えば、位相差画像における位相差量の最大値と最小値との差分を、当該位相差画像における位相差量のばらつきとして導出してもよい。
【0046】
ステップS4において、CPU501は、焦点位置(スライス位置)が互いに異なる複数の位相差画像のうち、ステップS3にて導出した位相差量のばらつきが最大となる位相差画像を、焦点が合った位相差画像として抽出する。
【0047】
図7は、スフェアの位相差画像における焦点位置(スライス位置)と位相差量のばらつきとの関係の一例を示したグラフである。
図7には、焦点位置が、-400μm、-200μm、0μm、+200μm、及び+400μmに対応するスフェアの位相差画像、並びにグラフが例示されている。なお、
図7では、位相差量のばらつきが最大となる焦点位置を0μmとしている。上記のオートフォーカス処理によれば、位相差量のばらつきが最大となる焦点位置0μmに対応する位相差画像が、焦点が合った位相差画像として抽出される。位相差量のばらつきが最大となる焦点位置0μmに対応する位相差画像において、スフェアの輪郭が最も鮮明となる。
【0048】
開示の技術の実施形態に係る判定方法は、スフェアの位相差画像と、スフェアの形状指標値とに基づいてスフェアの状態を判定することを含む。すなわち、スフェアの位相差画像を、スフェアの形状指標値と関連付けて分析することにより、スフェアの状態が判定される。判定されるスフェアの状態には、例えば、スフェアに含まれる複数の細胞の生存率、密度、均質性、未分化状態逸脱、及びスフェアの外形形状などが含まれる。
【0049】
スフェアの形状指標値として、例えば、スフェアの体積、断面積、粒径及び周の長さなどを用いることができる。スフェアの粒径及び周の長さは、スフェアに焦点を合わせた位相差画像(すなわち、スフェアの中央付近においてスライスした位相差画像)におけるスフェアの像から直接的に求めることが可能である。スフェアの断面積は、例えば、スフェアの粒径を直径とする円の断面積として導出することが可能である。スフェアの体積は、例えばスフェアの粒径を直径とする球の体積として導出することが可能である。
【0050】
開示の技術の実施形態に係る判定方法は、位相差画像を構成する複数の画素の各々の位相差量を積算した値である位相差量総和θAを導出し、位相差量総和θAと形状指標値との相関性を用いてスフェアの状態を判定することを含み得る。
【0051】
位相差量総和θ
Aは、下記の(3)式によって表わされる。但し、sは位相差画像の各画素kの面積であり、v
kは位相差画像の各画素kに対応する部位におけるスフェアの体積である。(3)式に示されるように、位相差量総和θ
Aは、スフェアの位相差画像の画素毎の位相差量θ
kを、全ての画素kについて積算した値に相当する。なお、(3)式におけるd
kは画素kに投影されたスフェア部分の厚みを示し、n
kはバックグラウンドである培養液とスフェア内部との屈折率差を表す。(3)式では、v
k=d
k・sを用いた。ここで、(3)式により、位相差量総和θ
Aの単位は面積のスケールとなって、例えば[μm
2]であるが、イメージセンサー間で比較を行わない場合には単に1ピクセルあたりの画素毎の位相差量θ
kの和として位相差量総和θ
Aの単位を[pixel]とし、つまりs = 1 [pixel]として扱ってもよい。
【数3】
【0052】
開示の技術の実施形態に係る判定方法は、位相差量総和θAとスフェアの形状指標値との相関性の基準を示す基準相関トレンドラインと、判定対象のスフェアについての位相差量総和θAと形状指標値との相関性とを比較し、判定対象のスフェアについての相関性の、基準相関トレンドラインからの乖離の程度に応じて当該判定対象のスフェアの状態を判定することを含み得る。この場合において、判定対象のスフェアについての相関性の、基準相関トレンドラインからの乖離の幅が閾値を超える場合、当該判定対象のスフェアに含まれる細胞の生存率、密度、均質性及び前記スフェアの外形形状の少なくとも1つについて異常ありと判定してもよい。
【0053】
例えば、一方の軸に位相差量総和θAをとり、他方の軸に形状指標値をとったグラフ上にプロットされた、判定対象のスフェアについてのプロットの、基準相関トレンドラインからの乖離の程度に応じて、当該判定対象のスフェアの状態を判定してもよい。この場合において、上記プロットの、基準相関トレンドラインからの乖離の幅が閾値を超える場合、当該判定対象のスフェアに含まれる細胞の生存率、密度、均質性及びスフェアの外形形状の少なくとも1つについて異常ありと判定してもよい。
【0054】
開示の技術の実施形態に係る判定方法は、基準相関トレンドラインと、判定対象の培養ロットに属する複数のスフェアの各々についての位相差量総和θAと形状指標値との相関性とを比較し、判定対象の培養ロットについての相関性の、基準相関トレンドラインからの乖離の状態及び乖離の程度の少なくとも一方に応じて当該判定対象の培養ロットの良否判定を行うことを含み得る。
【0055】
例えば、一方の軸に位相差量総和θAをとり、他方の軸に形状指標値をとったグラフ上にプロットされた、判定対象の培養ロットに属する複数のスフェアの各々についてのプロットの、基準相関トレンドラインからの乖離の状態及び乖離の程度の少なくとも一方に応じて当該培養ロットの良否判定を行ってもよい。
【0056】
例えば、健全なスフェア(標準サンプル)について予め取得した、位相差量総和θAとスフェアの形状指標値との相関ラインを、基準相関トレンドラインとして用いることが可能である。また、判定対象のスフェアについての各プロットから、例えば最小二乗法を用いて導出される回帰線を、基準相関トレンドラインとして用いてもよい。
【0057】
開示の技術の実施形態に係る判定方法は、位相差量総和θAを当該スフェアの体積で除算して位相差量密度DPを導出し、導出した位相差量密度DPに基づいて、当該スフェアの状態を判定することを含み得る。
【0058】
位相差量密度D
Pは、下記の(4)式によって表わされる。但し、Vはスフェアの体積である。(4)式に示されるように、位相差量密度D
Pは、位相差量総和θ
Aを当該スフェアの体積Vで除算した値に相当する。健全な細胞は、その恒常性から内部の屈折率は、媒質の屈折率とは異なる一定の値を維持すると考えられる。一方、死細胞は、恒常性を喪失し、内部の屈折率が媒質の屈折率と略同じになると考えられる。従って、位相差量密度D
Pを、細胞の状態を示す指標として用いることが可能であると考えられる。例えば、判定対象のスフェアについて取得した位相差量密度D
Pが、閾値以上である場合に当該スフェアの状態が良好であると判定することができ、位相差量密度D
Pが、閾値未満である場合に当該スフェアの状態が異常であると判定することができる。なお、2π/λは、定数として扱うことができるので、位相差量密度D
Pの導出に際し、2π/λの乗算を省略してもよい。ここで、スフェアの体積平均屈折率差N
aveをN
ave=Σn
k ・ (v
k/V)とすると、(4)式は、D
P = ( 2π/ λ) ×N
aveとなることから、位相差密度は体積平均したスフェアの屈折率差を波長の長さで規格化した値である。本明細書において、Vはスフェアの位相像の断面画像から球相当径を算出して求めた。より正確に楕円球とすることも可能である。
【数4】
【0059】
開示の技術に係る判定方法の実施例を以下に示す。
【0060】
[実施例1]
三次元培養法により培養したiPS細胞(induced pluripotent stem cells)のスフェアを、
図1に示す撮像システム1のサンプルステージにセットし、複数のスフェアのホログラムをCMOSカメラ19によって撮影した。取得した各スフェアのホログラムに対してコンピュータによる数値計算を実施することにより、スフェアの中央付近においてスライスした位相差画像を取得した。
【0061】
得られた各スフェアの位相差画像から、各スフェアの形状指標値として体積を導出した。更に、各スフェアの位相差画像について、(3)式によって示される位相差量総和θ
Aを導出した。横軸にスフェアの体積をとり、縦軸に位相差量総和θ
Aをとったグラフ上に、各スフェアについてプロットを形成することにより、スフェアの体積と位相差量総和θ
Aの相関特性を取得した。
図8は、スフェアの体積と位相差量総和θ
Aとの相関特性を示すグラフである。
図8に示すように、位相差量総和θ
Aとスフェアの体積とは、比例関係であることが確認された。
図8には、スフェアの体積と位相差量総和θ
Aとの間の相関性の基準を示す基準相関トレンドラインL
S及びプロットが示されている。
図8に示す各プロットから、導出した回帰線を、基準相関トレンドラインL
Sとして適用した。
【0062】
図8には、基準相関トレンドラインL
S上に存在するプロットa1及びa2に対応するスフェアの位相差画像、及び基準相関トレンドラインL
Sから乖離した位置に存在するプロットa3、a4、a5に対応するスフェアの位相差画像が示されている。基準相関トレンドラインL
S上に存在するプロットa1及びa2に対応するスフェアについては、スフェアの全体に亘って輝度が均一な位相差画像が得られた。このことは、スフェアを構成する複数の細胞が均質であること、及びスフェア内における細胞の密度が均一であること等を示している。一方、基準相関トレンドラインL
Sから乖離した位置に存在するプロットa3及びa4に対応するスフェアについては、中心部の輝度が他の部位と比較して低下している位相差画像が得られた。このことは、スフェアを構成する複数の細胞が不均質であること、及びスフェア内における細胞の密度が不均一であること等を示している。また、基準相関トレンドラインL
Sから乖離した位置に存在するプロットa5に対応するスフェアについては、スフェアの輪郭線の凹凸が顕著な位相差画像が得られた。このことは、スフェアを構成する細胞に異常が生じていること等を示している。
【0063】
以上の結果から、位相差量総和θAと、スフェアの形状指標値の一例である体積との相関性を用いてスフェアの状態を判定することが可能であるといえる。また、位相差量総和θAとスフェアの体積との相関性を示す基準相関トレンドラインLSと、判定対象のスフェアについての位相差量総和θAと形状指標値との相関性とを比較し、判定対象のスフェアについての相関性の、基準相関トレンドラインLSからの乖離の程度に応じて当該スフェアの状態を判定することが可能であるといえる。具体的には、一方の軸にスフェアの体積をとり、他方の軸に位相差量総和θAをとったグラフ上にプロットした、判定対象のスフェアについてのプロットの、基準相関トレンドラインLSからの乖離の程度に応じて、各スフェアの状態を判定することが可能であるといえる。従って、例えば、位相差量総和θAの基準相関トレンドラインLSからのマイナス幅が閾値以上であるスフェアについては、当該スフェアに含まれる複数の細胞の密度、均質性、及びスフェアの外形形状のうちの少なくとも1つに異常があると判定することができる。
【0064】
なお、本実施例では、スフェアの形状指標値としてスフェアの体積を用いたが、これに代えて、スフェアの断面積、粒径または周の長さを用いることも可能である。これらいずれの形状指標値を用いる場合でも、位相差量総和θAとの相関性を用いてスフェアの状態を判定することが可能である。
【0065】
[実施例2]
本実施例では、複数のスフェアを含む培養ロットを判定対象とした。判定対象の培養ロットは、下記の表1に示す良ロット及び不良ロットである。良ロットに属するスフェア及び不良ロットに属するスフェアは、それぞれ、三次元培養法により培養したiPS細胞のスフェアである。培養期間の初日から5日目までの細胞の増殖率は、良ロットに属するスフェアおいては20倍であり、不良ロットに属するスフェアにおいては3.7倍であった。培養5日目における細胞の生存率は、良ロットに属するスフェアおいては90.2%であり、不良ロットに属するスフェアにおいては64.1%であった。
【表1】
【0066】
良ロット及び不良ロットの各々について、試料14であるスフェアを
図1に示す撮像システム1のサンプルステージにセットし、複数のスフェアのホログラムをCMOSカメラ19によって撮影した。取得した各スフェアのホログラムに対してコンピュータによる数値計算を実施することにより、スフェアの中央付近においてスライスした位相差画像を取得した。
【0067】
得られた各スフェアの位相差画像から、各スフェアの粒径を導出し、スフェアの粒径のヒストグラムを取得した。
図9Aは、良ロット及び不良ロットの各々について導出したスフェアの粒径のヒストグラムである。
図9Aに示すように、良ロットと不良ロットとの間でヒストグラムに有意な差はみられなかった。このことは、スフェアの状態は、当該スフェアの粒径に反映されにくく、スフェアの粒径のみに基づいてスフェアの状態を判定することは困難であることを示している。
【0068】
次に、良ロット及び不良ロットの各々について得られた各スフェアの位相差画像から、各スフェアの形状指標値として体積を導出し、更に、各スフェアの位相差画像について、(3)式によって示される位相差量総和θ
Aを導出した。横軸に、スフェアの体積をとり、縦軸に位相差量総和θ
Aをとったグラフ上に、各培養ロットの各スフェアについてプロットを形成することにより、スフェアの体積と位相差量総和θ
Aの相関特性を取得した。
図9Bは、良ロット及び不良ロットの各々について取得した、スフェアの体積と位相差量総和θ
Aの相関特性を示すグラフである。
図9Bには、基準相関トレンドラインL
S及びプロットが示されている。
図9Bに示すように、良ロットにおいては、位相差量総和θ
Aが基準相関トレンドラインL
Sを下回るスフェアが少数であるのに対し、不良ロットにおいては、位相差量総和θ
Aが基準相関トレンドラインL
Sを下回るスフェアが、良ロットと比べて、多数存在した。
【0069】
以上の結果から、位相差量総和θAと、スフェアの形状指標値の一例である体積との相関性を用いて培養ロットの良否判定を行うことが可能であるといえる。また、位相差量総和θAとスフェアの体積との相関性を示す基準相関トレンドラインLSと、判定対象の培養ロットに属するスフェアについての相関性とを比較し、判定対象の培養ロットについての相関性の、基準相関トレンドラインLSからの乖離の程度に応じて当該培養ロットの良否判定が可能であるといえる。具体的には、一方の軸にスフェアの体積をとり、他方の軸に位相差量総和θAをとったグラフ上にプロットした判定対象の培養ロットに属する各スフェアについてのプロットの、基準相関トレンドラインLSからの乖離の状態(基準相関トレンドラインLSを下回っているか否か)及び乖離の程度の少なくとも一方に基づいて当該培養ロットの状態を判定することが可能であるといえる。従って、例えば、位相差量総和θAの基準相関トレンドラインLSからのマイナス幅が第1の閾値以上であるスフェアの含有率が、第2の閾値以上である場合、当該培養ロットが不良ロットであると判定することができ、上記含有率が、第2の閾値未満である場合、当該培養ロットが良ロットであると判定することができる。
【0070】
次に、良ロット及び不良ロットの各々について得られた各スフェアの位相差画像から、(4)式によって示される位相差量密度D
Pを導出した。
図9Cは、良ロット及び不良ロットの各々について取得した、位相差量密度D
Pのヒストグラムである。
図9Cに示すように、良ロットと不良ロットとの間で、ヒストグラムに有意な差が見られた。具体的には、良ロットにおいては、位相差量密度D
Pが相対的に高い位置に分布のピークが存在し、不良ロットにおいては、位相差量密度D
Pが相対的に低い位置に分布のピークが存在した。なお、位相差量密度D
Pのヒストグラムにおける良ロットと不良ロットとの間の有意差の信頼性を示す指標であるp値(有意確率)は、0.05未満であった。
【0071】
以上の結果から、スフェアの位相差量密度DPに基づいて、培養ロットの良否判定を行うことが可能であるといえる。従って、例えば、判定対象の培養ロットに属する複数のスフェアについて、位相差量密度DPの平均値を求め、上記平均値が閾値以上である場合に、当該培養ロットを良ロットと判定することができ、上記平均値が閾値未満である場合に、当該培養ロットを不良ロットと判定することができる。
【0072】
なお、本実施例では、位相差量密度DPを培養ロットの良否判定に用いる場合を例示したが、位相差量密度DPをスフェア単体の良否判定に用いることも可能である。例えば、判定対象のスフェアについて取得した位相差量密度DPが閾値以上である場合に、当該スフェアの状態が良好であると判定することができ、位相差量密度DPが閾値未満である場合に、当該スフェアの状態が異常であると判定することができる。
【0073】
[実施例3]
本実施例では、互いに異なる複数の培養ロットに属する複数のスフェアを判定対象とした。判定対象のスフェアは、いずれも三次元培養法により培養したiPS細胞のスフェアである。
【0074】
複数の培養ロットの各々について、試料14であるスフェアを
図1に示す撮像システム1のサンプルステージにセットし、複数のスフェアのホログラムをCMOSカメラ19によって撮影した。取得した各スフェアのホログラムに対してコンピュータによる数値計算を実施することにより、スフェアの中央付近においてスライスした位相差画像を取得した。得られた各スフェアの位相差画像について、(4)式によって示される位相差量密度D
Pを培養ロット毎に導出した。
【0075】
次に、複数の培養ロットの各々について、細胞の生存率を取得した。生存率の測定手順は以下のとおりである。遠沈管に収容したスフェアを400G(G:重力加速度)、3分間の遠心分離処理を実施した。遠沈管の底に沈殿したスフェアを回収し、細胞解離酵素であるTrypLE(登録商標) Selectを用いて単一細胞に分解した。分解した細胞に対してTrypan Blueによる死細胞染色処理を施した後、細胞を、市販されている一般的なセルカウンタ(Countess(登録商標)) を用いて計数することにより、染色された死細胞の個数をカウントした。死細胞のカウント数から細胞の生存率を培養ロット毎に導出した。
【0076】
横軸に細胞の生存率をとり、縦軸に位相差量密度D
Pをとったグラフ上に、各培養ロットについてプロットを形成することにより、細胞の生存率と位相差量密度D
P(ロット平均値)との相関特性を取得した。
図10は、細胞の生存率と位相差量密度D
P(ロット平均値)との相関特性を示すグラフである。
図10に示すように、細胞の生存率と、位相差量密度D
Pとは比例関係であることが確認された。
【0077】
以上の結果より、位相差量密度DPから細胞の生存率を推定できるといえる。位相差量密度DPから細胞の生存率を推定することにより、遠心分離処理及び染色処理等の細胞の破壊を伴う処理を行うことなく(すなわち非破壊で)、細胞の生存率を把握することができる。例えば、細胞の生存率と位相差量密度DPとの相関性を示す相関ラインを予め取得しておき、判定対象の培養ロットに属するスフェアについて取得した位相差量密度DPの平均値と、上記の相関ラインとから当該培養ロットにおける細胞の生存率を推定することが可能である。
【0078】
なお、本実施例では、位相差量密度DPから培養ロット内における細胞の生存率を推定する場合を例示したが、位相差量密度DPから単一のスフェア内における細胞の生存率を推定することも可能である。例えば、細胞の生存率と位相差量密度DPとの相関性を示す相関ラインを予め取得しておき、判定対象のスフェアについて取得した位相差量密度DPと、上記の相関ラインとから当該スフェア内における細胞の生存率を推定することが可能である。
【0079】
[実施例4]
細胞の生存率が、位相差画像に与える影響について確認した。二次元培養法(接着培養法)により培養したiPS細胞をネクローシスに誘導するべく、細胞のコロニーに3wt%のH
2O
2(過酸化水素)を添加した後、蛍光色素であるSYTOX(登録商標) Greenによる染色処理を施した。続いて、上記の処理を施したコロニーを
図1に示す撮像システム1のサンプルステージにセットし、コロニーのホログラムをCMOSカメラ19によって撮影した。取得したホログラムに対してコンピュータによる数値計算を実施することにより、コロニーの位相差画像を取得した。ホログラム撮影と並行して、蛍光顕微鏡画像をCMOSカメラ36によって撮影した。
【0080】
図11A、
図11B、及び
図11Cは、それぞれ、H
2O
2を添加した後、0分経過した時点、15分経過した時点、37経過した時点におけるコロニーの蛍光顕微鏡画像である。
図12A、
図12B、及び
図12Cは、それぞれ、H
2O
2を添加した後、0分経過した時点、15分経過した時点、37分経過した時点におけるコロニーの位相差画像である。
【0081】
図11A~
図11Cに示すように、H
2O
2を添加した時点からの時間経過に伴って、発光箇所が増加した。このことは、H
2O
2を添加した時点からの時間経過に伴って、死細胞が増加したこと(換言すれば、細胞の生存率が低下したこと)を意味する。また、
図12A~
図12Cに示すように、H
2O
2を添加した時点からの時間経過に伴って、位相差画像における低輝度領域の面積が増加した。このことは、細胞の生存率の低下に伴って、位相差画像における位相差量総和θ
Aが低下することを意味する。このように、細胞の生存率が、位相差量総和θ
Aに影響を及ぼすことが確認できた。
【0082】
[実施例5]
二次元培養法(接着培養法)により培養したiPS細胞のコロニーにH2O2を添加することにより、ネクローシスに誘導した。また、別のiPS細胞のコロニーについて、PromoKine社のApoptosis Inducer Setを用いてアポトーシスに誘導した。なお、アポトーシスは、多細胞生物の細胞において増殖制御機構として管理・調節された能動的な細胞死である。一方、ネクローシスは、栄養不足、毒物、外傷などの外的環境要因により起こる受動的な細胞死であり、細胞死に至る過程がアポトーシスと異なる。
【0083】
上記の処理を施したコロニー及び健全なコロニーを
図1に示す撮像システム1のサンプルステージにセットし、各コロニーのホログラムをCMOSカメラ19によって撮影した。取得したホログラムに対してコンピュータによる数値計算を実施することにより、各コロニーの位相差画像を取得した。各コロニーの位相差画像について、(3)式によって示される位相差量総和θ
Aを導出した。
【0084】
図13は、ネクローシスに誘導したコロニー(死細胞)、アポトーシスに誘導したコロニー(死細胞)及び健全なコロニー(生細胞)のそれぞれの位相差量総和θ
Aの相対値を示すグラフである。なお、健全なコロニー(生細胞)の位相差量総和θ
Aを1とした。
図13に示すように、健全なコロニー(生細胞)と、ネクローシスに誘導したコロニー(死細胞)及びアポトーシスに誘導したコロニー(死細胞)との間で、位相差量総和θ
Aに有意な差が見られた。有意差の信頼性を示す指標であるp値(有意確率)は、0.05未満であった。
【0085】
以上の結果から細胞死に至る過程が、ネクローシスであるかアポトーシスであるかにかかわらず、位相差量総和θAを、細胞の生死の判別に利用できるといえる。例えば、判定対象のスフェアについて取得した位相差量総和θAが、閾値以上である場合、当該スフェアは、生細胞をより多く含むと判定することができ、判定対象のスフェアについて取得した位相差量総和θAが、閾値未満である場合、当該スフェアは、死細胞をより多く含むと判定することができる。なお、位相差量総和θAに代えて位相差量密度DPを、細胞の生死の判別に利用することも可能である。
【0086】
[実施例6]
未分化状態を維持したiPS細胞のスフェア及び未分化状態を逸脱したiPS細胞のスフェアを、
図1に示す撮像システム1のサンプルステージにセットし、各スフェアのホログラムをCMOSカメラ19によって撮影した。取得した各スフェアのホログラムに対してコンピュータによる数値計算を実施することにより、スフェアの中央付近においてスライスした位相差画像を取得した。各スフェアの位相差画像について、(3)式によって示される位相差量総和θ
Aを導出した。なお、未分化状態を逸脱したスフェアについては、未分化状態の維持に必要な成分を添加しない基礎培地を用いることにより未分化逸脱状態に誘導した。
【0087】
図14は、未分化状態を維持したスフェア及び未分化状態を逸脱したスフェアのそれぞれの位相差量総和θ
Aの平均値を示すグラフである。
図14に示すように、未分化状態を維持したスフェアと、未分化状態を逸脱したスフェアとの間で、位相差量総和θ
Aに有意な差が見られた。
【0088】
以上の結果から、位相差量総和θAを、幹細胞における未分化状態を維持しているか、未分化状態を逸脱しているかの判定に利用できるといえる。例えば、判定対象のスフェアについて取得した位相差量総和θAが、閾値以上である場合に当該スフェアが未分化状態を維持していると判定することができ、判定対象のスフェアについて取得した位相差量総和θAが閾値未満である場合に当該スフェアが未分化状態を逸脱したと判定することができる。なお、位相差量総和θAに代えて位相差量密度DPを、未分化状態を維持しているか、未分化状態を逸脱しているかの判定に利用することも可能である。
【0089】
以上の説明から明らかなように、開示の技術の実施形態に係る判定方法によれば、スフェアのホログラムから生成された位相差画像と当該スフェアの形状に応じた形状指標値とに基づいて、スフェアの状態が判定されるので、スフェアの状態を非破壊且つ簡便に判定することが可能である。
【0090】
すなわち、開示の技術の実施形態に係る判定方法によれば、従来の光学顕微鏡では把握し得ないスフェアの内部における細胞の密度及び生存率などについても判定することができる。また、本判定方法において実施されるホログラムの撮影、画像解析及び統計処理などについては、コンピュータによる自動化が容易であり、従来の手法と比較して、人手及び処理時間を削減することができる。また、作業者による手技のばらつきが影響することもなく、安定した判定結果を得ることができる。また、スフェアを単一細胞に分解したり、蛍光色素を添加したりするといった細胞の破壊を伴う処理を行うことなく、スフェアの状態を非破壊で判定することが可能である。また、ホログラム撮影は、三次元空間中にランダムに存在するスフェアについても容易に行うことが可能であり、三次元培養法による培養中のスフェアの状態を、その場で判定することも可能である。
【0091】
また、スフェアの状態の判定において、球形状のスフェアの中央付近においてスライスした位相差画像を用いることにより、より正確な判定結果を得ることができる。球形状のスフェアの中央付近においてスライスした1枚の位相差画像を用いることにより、スライス位置が互いに異なる複数の位相差画像を用いる場合と比較して、判定に要する処理を簡略化することができる。
【0092】
開示の技術に係る判定方法は、複数の細胞の凝集体であるスフェアを撮像したホログラムからスフェアの位相差画像を生成し、位相差画像とスフェアの形状に応じた形状指標値とに基づいて、スフェアの状態を判定することを含む。
【0093】
開示の技術に係る判定方法によれば、スフェアの状態を非破壊且つ簡便に判定することが可能となる。
【0094】
開示の技術に係る判定方法において、位相差画像と形状指標値とに基づいて、スフェアに含まれる複数の細胞の生存率、密度、均質性、未分化状態逸脱、及びスフェアの外形形状の少なくとも1つに関する判定を行ってもよい。
【0095】
開示の技術に係る判定方法において、位相差画像を構成する複数の画素の各々の位相差量を積算した値である位相差量総和を導出し、位相差量総和と形状指標値との相関性を用いてスフェアの状態を判定してもよい。
【0096】
スフェアの状態の判定に位相差量総和と形状指標値との相関性を用いることにより、スフェアの状態について適確な判定を行うことが可能となる。
【0097】
開示の技術に係る判定方法において、位相差量総和と形状指標値との相関性の基準を示す基準相関トレンドラインと、判定対象のスフェアについての位相差量総和と形状指標値との相関性とを比較し、判定対象のスフェアについての位相差量総和と形状指標値との相関性の、基準相関トレンドラインからの乖離の程度に応じて判定対象のスフェアの状態を判定してもよい。例えば、判定対象のスフェアについての位相差量総和と形状指標値との相関性の、基準相関トレンドラインからの乖離の幅が閾値を超える場合、判定対象のスフェアに含まれる細胞の生存率、密度、均質性及びスフェアの外形形状の少なくとも1つについて異常ありと判定してもよい。
【0098】
この態様によれば、スフェアの状態判定の適確性を更に高めることが可能となる。
【0099】
開示の技術に係る判定方法において、位相差量総和と形状指標値との相関性の基準を示す基準相関トレンドラインと、判定対象の培養ロットに属する複数のスフェアの各々についての位相差量総和と形状指標値との相関性とを比較し、判定対象の培養ロットについての位相差量総和と形状指標値との相関性の、基準相関トレンドラインからの乖離の状態及び乖離の程度の少なくとも一方に応じて判定対象の培養ロットの良否判定を行ってもよい。
【0100】
この態様によれば、複数のスフェアを含む培養ロットについての良否判定を適確に行うことが可能となる。
【0101】
開示の技術に係る判定方法において、形状指標値は、スフェアの体積、断面積、粒径及び周の長さのいずれかであってもよい。
【0102】
開示の技術に係る判定方法において、位相差画像を構成する複数の画素の各々の位相差量を積算した値である位相差量総和を、スフェアの体積で除算して位相差量密度を導出し、位相差量密度に基づいて、スフェアの状態を判定してもよい。
【0103】
スフェアの状態を判定に位相差量密度を用いることにより、スフェアの状態について適確な判定を行うことが可能となる。
【0104】
開示の技術に係る判定方法において、スフェアの状態の判定に用いる位相差画像は、ホログラムから生成可能な複数の位相差画像のうち、位相差画像を構成する複数の画素間の位相差量のばらつきが最大となる位相差画像であることが好ましい。
【0105】
スフェアの状態の判定に用いる位相差画像として、上記の画像を用いることで、当該位相差画像から、スフェアの実態に合致したより正確な情報を得ることができ、スフェアの状態判定の適確性を更に高めることが可能となる。
【符号の説明】
【0106】
1 撮像システム
10 ホログラム光学系
11 レーザ光源
12 ビームスプリッタ
13 コリメートレンズ
14 試料
15 対物レンズ
17 結像レンズ
18 ビームスプリッタ
19、36 CMOSカメラ
20 光ファイバ
21 コリメートレンズ
30 蛍光顕微鏡光学系
31 励起光源
32 励起用フィルタ
33 ON/OFF切り替えミラー
34 ダイクロイックミラー
35 分光フィルタ
500 コンピュータ
502 主記憶装置
503 補助記憶装置
504 通信インターフェース
505 表示部
506 オートフォーカスプログラム
507 バス
DP 位相差量密度
IP 位相差画像
LS 基準相関トレンドライン
θ 位相差量
θB バックグランドの位相
θS スフェアの存在する領域の位相
θA 位相差量総和
θk 1画素の位相差量
V スフェアの体積
vk 位相差画像の各画素kに対応する部位におけるスフェアの体積
a1、a2、a3、a4、a5 プロット
k 画素
w カーブの幅