(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-22
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】植物の栽培方法及び植物におけるロスマリン酸含有量を増加させる方法
(51)【国際特許分類】
A01G 31/00 20180101AFI20220111BHJP
A01G 7/00 20060101ALI20220111BHJP
A01G 22/15 20180101ALI20220111BHJP
【FI】
A01G31/00 601A
A01G7/00 604Z
A01G22/15
(21)【出願番号】P 2018002334
(22)【出願日】2018-01-11
【審査請求日】2021-01-08
(73)【特許権者】
【識別番号】592196156
【氏名又は名称】株式会社アミノアップ
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100165515
【氏名又は名称】太田 清子
(72)【発明者】
【氏名】田坂 恭嗣
(72)【発明者】
【氏名】松村 健
(72)【発明者】
【氏名】阿部 圭馬
(72)【発明者】
【氏名】後藤 一法
【審査官】田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-68512(JP,A)
【文献】特開2001-316665(JP,A)
【文献】特開昭59-132894(JP,A)
【文献】特開2013-51908(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/00,22/00-22/67
A01G 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シソ科植物又はムラサキ科植物である植物の栽培方法であって、
ジエチルジチオカルバミン酸、その塩及びそれらの水和物並びにミリセチン及びその誘導体からなる群より少なくとも1つ選択される化合物を添加する工程を含み、
前記植物におけるロスマリン酸含有量が増加する、
ことを特徴とする植物の栽培方法。
【請求項2】
前記植物は、前記化合物が添加された養液中で栽培される、
ことを特徴とする請求項1に記載の栽培方法。
【請求項3】
前記植物は、シソ科シソ属植物である、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の栽培方法。
【請求項4】
シソ科植物又はムラサキ科植物である植物の栽培において、ジエチルジチオカルバミン酸、その塩及びそれらの水和物並びにミリセチン及びその誘導体からなる群より少なくとも1つ選択される化合物を添加する、
ことを特徴とする植物におけるロスマリン酸含有量を増加させる方法。
【請求項5】
前記植物は、前記化合物が添加された養液中で栽培される、
ことを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記植物は、シソ科シソ属植物である、
ことを特徴とする請求項4又は5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の栽培方法及び植物におけるロスマリン酸含有量を増加させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
健康志向の高まりとともに、植物に含まれる機能性成分が注目されている。そこで、植物中の特定の成分の含有量を増加させる試みが行われている。
【0003】
特許文献1には、分子遺伝学の手法を用いてフラバノン3-ヒドロキシラーゼの活性を低下させることにより、植物におけるフラボノイドを増加させる方法が記載されている。また、特許文献2には、特定の微量要素を施用することによりビタミンC、ポリフェノール及びカロチノイドを多量に含み、かつ抗酸化機能を有する植物の栽培方法が記載されている。また、特許文献3には、人工紫外線のUV-Bを、単子葉栽培植物の芽ネギに照射することにより、植物体中のアスコルビン酸やポリフェノールなどの機能性物質含量を増加させる栽培方法が記載されている。また、特許文献4には、ポリフェノール生成植物を、光ストレスや水ストレスのようなストレスを負荷した条件下で生育することにより、植物体中のポリフェノール成分を増加させる方法が記載されている。
【0004】
ロスマリン酸は、ローズマリー、シソ、レモンバームなどのシソ科の植物に含まれるポリフェノール類である。抗酸化作用を示し、アレルギー症状を緩和する作用が知られている。
【0005】
非特許文献1には、シソ科コリウス属の毛状根の培養細胞にメチルジャスモン酸を添加することによりロスマリン酸が増加したと記載されている。また、非特許文献2には、スイートバジルの毛状根の培養細胞にメチルジャスモン酸を添加することによりロスマリン酸が増加したと記載されている。また、非特許文献3には、ペパーミントの培養細胞にメチルジャスモン酸を添加することによりロスマリン酸が増加したと記載されている。また、非特許文献4には、ムラサキの培養細胞にメチルジャスモン酸を添加することによりロスマリン酸が増加したと記載されている。また、特許文献5には、シソ科植物の栽培過程において、暗期の一定時間に青色単色光をシソ科植物に照射して、シソ科植物内に含まれるロスマリン酸を増加させることを特徴とするシソ科植物の栽培方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2003-503032号公報
【文献】特開2006-304777号公報
【文献】特開2008-86272号公報
【文献】特開2003-9665号公報
【文献】特開2007-68512号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】N.BAUER et al,BIOLOGIA PLANTARUM 53(4):650-656,2009
【文献】HIROMI TADA et al,Phytochemistry,Vol.42,No.2,pp.431-434,1996
【文献】Justyna Krzyzanowska et al,Plant Cell Tiss Organ Cult(2012)108:73-81
【文献】Ayako Tsuruga et al,Plant Biotechnology 23,297-301(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載された遺伝子組換えを含む分子生物学手法を用いる場合、その安全性やコスト面に欠点がある。特許文献2に記載された微量要素である金属化合物を用いる場合、微量であっても環境負荷や栽培植物の濃縮抽出液の安全性に問題がある。特許文献3-5に記載の栽培時の光質を変える方法は、照明設備の増設が必要であることや、電気代がかさむことなどの欠点がある。非特許文献1-4に記載の方法の検討は培養細胞レベルであり、実際に植物を栽培した場合にロスマリン酸の含有量を特異的かつ大幅に増加させることができるか否かについては課題を残していた。また、メチルジャスモン酸は老化を促進する植物ホルモンであり処理後短期間で植物が枯死すること、揮発性ガスであるため広範囲に拡散し育苗中のシソなど目的外の植物が枯死することなどリスクがある。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、植物におけるロスマリン酸含有量を増加させることができる植物の栽培方法及び植物におけるロスマリン酸含有量を増加させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明の第1の観点に係る植物の栽培方法は、
シソ科植物又はムラサキ科植物である植物の栽培方法であって、
ジエチルジチオカルバミン酸、その塩及びそれらの水和物並びにミリセチン及びその誘導体からなる群より少なくとも1つ選択される化合物を添加する工程を含み、
前記植物におけるロスマリン酸含有量が増加する。
【0011】
例えば、前記植物は、前記化合物が添加された養液中で栽培される。
【0012】
例えば、前記植物は、シソ科シソ属植物である。
【0013】
本発明の第2の観点に係る植物におけるロスマリン酸含有量を増加させる方法は、
シソ科植物又はムラサキ科植物である植物の栽培において、ジエチルジチオカルバミン酸、その塩及びそれらの水和物並びにミリセチン及びその誘導体からなる群より少なくとも1つ選択される化合物を添加する、
ことを特徴とする。
【0014】
例えば、前記植物は、前記化合物が添加された養液中で栽培される。
【0015】
例えば、前記植物は、シソ科シソ属植物である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、植物におけるロスマリン酸含有量を増加させることができる植物の栽培方法及び植物におけるロスマリン酸含有量を増加させる方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本実施例によるシソの栽培スケジュールを示した図である。
【
図2】ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・三水和物を添加して栽培した場合のシソにおけるロスマリン酸含有量を示すグラフ図である。
【
図3】ミリセチンを添加して栽培した場合のシソにおけるロスマリン酸含有量を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
まず、本実施形態による植物の栽培方法について詳細に説明する。
【0019】
本実施形態による植物の栽培方法は、シソ科植物又はムラサキ科植物である植物を栽培するための方法である。シソ科植物としては、シソ科(Lamiaceae)に属する植物であればいずれを用いてもよく、例えば、シソ、エゴマ、タイム、セージ、ローズマリー、マジョラム、オレガノ、セイバリー、バジル、レモンバーム、ミント等が挙げられ、好ましくはシソ、エゴマ等のシソ科シソ属(Perilla)に属する植物である。ムラサキ科植物としては、ムラサキ科(Boraginaceae)に属する植物であればいずれを用いてもよい。
【0020】
本実施形態による植物の栽培方法は、ジエチルジチオカルバミン酸、その塩及びそれらの水和物並びにミリセチン及びその誘導体からなる群より少なくとも1つ選択される化合物を添加する工程を含む。
【0021】
上記の「化合物を添加」とは、植物を栽培する過程で植物の一部(根、葉、茎など)に化合物が接触し得るように化合物を加えることを意味し、例えば、植物を栽培している養液中に化合物を添加する、植物を栽培している土壌中に化合物を添加すること等を含む。
【0022】
ジエチルジチオカルバミン酸の塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩などを挙げることができる。ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムの構造式を以下に示す。また、ジエチルジチオカルバミン酸及びジエチルジチオカルバミン酸の塩のほか、これらの任意の水和物であってもよく、例えば、ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・三水和物を挙げることができる。
【0023】
ミリセチンの構造式を以下に示す。ミリセチンの誘導体としては、例えば、式中の任意のβ配置の水酸基をα配置とした構造を有するものであってもよい。当業者であれば、周知の技術を用いて、ミリセチンの誘導体を製造することができる。
【0024】
【0025】
本実施形態による植物の栽培方法は、植物を所定の養液中で栽培する(以下、「養液栽培」と称する)方法に適用されてもよく、この場合、該養液中に上記の化合物が添加されてもよい。養液栽培は、本技術分野における公知の方法を用いて行われ、養液栽培に用いる養液としては、植物の育成に適するものであれば特に制限なく用いられ、シソを栽培する場合には、例えば、「シソ処方」が用いられる。「シソ処方」の組成は、KNO3:810g/1000L、Ca(NO3)2・4H2O:1100g/1000L、MgSO4・7H2O:425g/1000L、NH4H2PO4:225g/1000L、NH4NO3:208g/1000Lである(愛知農総試研報41:157-164(2009))。養液栽培の場合、例えば、播種後、育苗された苗を養液中に定植したときから化合物を養液に添加してもよい。この場合、化合物処理期間は、植物の種類、化合物の種類等により異なるが、例えば3~7日間である。また、添加する化合物の濃度は、ジエチルジチオカルバミン酸、その塩及びそれらの水和物の場合、例えば0.1~5mM、ミリセチン及びその誘導体の場合、例えば50~500μMである。
【0026】
本実施形態による植物の栽培方法では、上記の化合物を添加して栽培することで、植物におけるロスマリン酸含有量を増加させることができる。本実施形態による植物の栽培方法によって、植物におけるロスマリン酸含有量は、例えば、化合物非添加で同日数栽培した場合と比べて、少なくとも1.5倍以上、例えば2倍以上、例えば2~10倍増加する。なお、本実施形態による植物の栽培方法では、上記の化合物を添加して栽培することで、植物の葉、茎、根等の全体の部位におけるロスマリン酸含有量を増加させることができ、例えば、植物の葉の部位におけるロスマリン酸含有量を増加させることができる。
【0027】
植物におけるロスマリン酸含有量の測定は、例えば、植物の凍結乾燥物に溶媒を加え、例えば超音波処理により抽出処理し、抽出液を例えばHPLCに供することで行うことができ、定量は、例えば外部標準法(予め用意したロスマリン酸標準溶液を同様に分析し、得られた検量線に基づき、ロスマリン酸含量として算出する)により行われてもよい。当業者に公知の方法で、ロスマリン酸含有量を測定することができる。
【0028】
本実施形態による植物の栽培方法の一例を挙げる。例えば、室温で白色蛍光灯、日長14~18時間の基本栽培条件下で、以下(1)~(3)の順に栽培する。本実施形態による植物の栽培方法によって、植物におけるロスマリン酸含有量を増加させることができる。
(1)播種
植物の種子を、例えば、水に浸したキムタオルに播種し、発芽後に芽生えを水に浸した定植用ウレタンスポンジに固定し、3~4週間程度育苗する。
(2)育苗
例えば、所定の養液を用いて、3~4週間育苗を行う。
(3)定植
例えば、播種後40~50日後に、苗を定植し、養液栽培を行う。所定の養液にジエチルジチオカルバミン酸、その塩若しくはそれらの水和物(例えば0.1~5mM)又はミリセチン若しくはその誘導体(例えば50~500μM)を添加して、例えば3~7日間養液栽培を行う。
【0029】
次に、本実施形態による植物におけるロスマリン酸含有量を増加させる方法について詳細に説明する。
【0030】
本実施形態による植物におけるロスマリン酸含有量を増加させる方法では、シソ科植物又はムラサキ科植物である植物の栽培において、ジエチルジチオカルバミン酸、その塩及びそれらの水和物並びにミリセチン及びその誘導体からなる群より少なくとも1つ選択される化合物を添加する。
【0031】
本方法に用いられる植物、化合物、化合物の添加、養液栽培、ロスマリン酸含有量の増加の程度等の詳細については、上記同様である。
【0032】
以上説明したように、本実施形態による植物の栽培方法によって、植物におけるロスマリン酸含有量を効果的に増加させることができる。
【実施例】
【0033】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0034】
シソ(白エゴマ、Perilla frutescens var.frutescens)を、室温23℃、湿度50%、白色蛍光灯(光合成光量子束密度(photosynthetic photon flux density:PPFD)250)、日長16時間の基本栽培条件下で、以下の通り栽培し(
図1)、葉におけるロスマリン酸含有量を測定した。
【0035】
(播種、芽生え)
シソ(白エゴマ)の種子を水に浸したキムタオルに播種し、発芽後に芽生えを水に浸した定植用ウレタンスポンジに固定し3~4週間程度育苗した(
図1)。
【0036】
(育苗)
シソ処方1/3濃度の養液を用いて育苗を行った。3~4週間後、本葉が8枚となり、草丈が7~8cmとなった(
図1)。「シソ処方」の組成は、KNO
3:810g/1000L、Ca(NO
3)
2・4H
2O:1100g/1000L、MgSO
4・7H
2O:425g/1000L、NH
4H
2PO
4:225g/1000L、NH
4NO
3:208g/1000Lであった(愛知農総試研報41:157-164(2009))。
【0037】
(定植)
播種後40~50日後に、苗を定植した(
図1)。シソ処方(上記同様)2/3濃度の養液を用いて養液栽培を行い、養液にジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・三水和物(以下、本実施例及び
図2において“ジエチルジチオカルバミン酸”という)(N,N-ジエチルジチオカルバミド酸ナトリウム三水和物、和光純薬工業株式会社、199-01921)又はミリセチン(ミリセチン、東京化成工業株式会社、M2131)を添加した。化合物濃度は、ジエチルジチオカルバミン酸0.1mM、1mM、5mMであり、ミリセチン50μM、100μM、500μMであった。化合物添加3、5、7日間後のシソの葉におけるロスマリン酸含有量を測定した。ロスマリン酸含有量の測定は、HPLC-DAD(多波長検出器付き高速液体クロマトグラフ)を用いて行った。すなわち、抽出はシソ葉凍結乾燥物に50%メタノール(v/v)を加えて10mLに定容し、10分間超音波処理で行った。抽出物を遠心分離し、得られた上清をHPLC分析試料とした。分析は移動相に(A液)0.1%酢酸水溶液(v/v)および(B液)0.5%酢酸/5%メタノール/10%水/アセトニトリル(v/v/v/v)を用い、B液の比率を以下の条件で変化させるグラジエント分析を行った:0~5分、12.5%に保持;5~10分、12.5→25%;10~25分、25%に保持;25~33分、25→70%;33~43分、70%に保持;43~43.1分、70→12.5%;43.1~48分、12.5%に保持した。その他の分析条件は以下の通りである。
・HPLC装置:HITACHI ELITE LaChrom L-2000 series(HITACHI,Tokyo,Japan)
・カラム:CAPCELL PAK C18 UG-120(2.0 mm I.D.× 250mm,5μm,SHISEIDO,Tokyo,Japan)
・ガードカラム:Security Guard Cartridges C18(2.0mm I.D.×4mm,Phenomenex,California,USA)
・カラム温度:40℃
・流速:0.18mL/分
・検出波長:320nm
定量は、外部標準法で行った。すなわち予め用意したロスマリン酸標準溶液を同様に分析し、得られた検量線に基づき、ロスマリン酸含量として算出した。
【0038】
(結果)
ジエチルジチオカルバミン酸添加の結果を
図2に示す。なお、
図2において、コントロールとは、ジエチルジチオカルバミン酸を添加せずに養液のみで栽培したものを示す。ジエチルジチオカルバミン酸5mMで5日間処理した場合、シソ中のロスマリン酸含有量は28.5mg/gとなり、5日目のコントロールに比して約3.2倍ロスマリン酸含量が増加した。
【0039】
ミリセチン添加の結果を
図3に示す。なお、
図3において、コントロールとは、ミリセチンを添加せずに養液のみで栽培したものを示す。ミリセチン100μMで7日間処理した場合、シソ中のロスマリン酸含有量は36.3mg/gとなり、7日目のコントロールに比して約4.7倍ロスマリン酸含量が増加した。
【0040】
以上より、養液中にジエチルジチオカルバミン酸又はミリセチンを添加して栽培することで、シソの葉中のロスマリン酸含量が増加することが示された。