(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-22
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】アルミニウム複合材
(51)【国際特許分類】
C23C 28/00 20060101AFI20220111BHJP
C23F 17/00 20060101ALI20220111BHJP
【FI】
C23C28/00 Z
C23F17/00
(21)【出願番号】P 2017212434
(22)【出願日】2017-11-02
【審査請求日】2020-10-27
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000222037
【氏名又は名称】東北電力株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591160268
【氏名又は名称】北日本電線株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】幅▲ざき▼ 浩樹
(72)【発明者】
【氏名】中山 勝利
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 悦郎
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 幸一
【審査官】岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-071826(JP,A)
【文献】特開2015-214072(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 28/00
C23F 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
階層状のエッチングピット及びこのエッチングピット表面に存在するナノポアを有する酸化アルミニウム膜からなる階層構造のアルミニウム部材表面に酸化アルミニウム膜を有すると共に、該酸化アルミニウム膜はフッ素含有有機リン酸化合物の単分子層を有し、さらにこの単分子層の上にフッ素含有油の被覆層を有する、着雪抑制に用いるためのアルミニウム複合材。
【請求項2】
エッチングピット表面のナノポアは、ポア径が5~200nmである請求項1に記載のアルミニウム複合材。
【請求項3】
フッ素含有油は、フッ素含有有機リン酸化合物の単分子層上での静的接触角が、25°以下であるフッ素含有油である、請求項1又は2に記載のアルミニウム複合材。
【請求項4】
被覆層表面の水滴転落角が10°以下である、請求項1~3のいずれかに記載のアルミニウム複合材。
【請求項5】
ナノポアを有さない、階層状のエッチングピットからなるアルミニウム部材のピットサイズは、0.1~10μmの範囲であり、かつナノポアを有する酸化アルミニウム膜の厚さは0.5μm以上であり、かつ多孔度は15%以上である、請求項1~4のいずれかに記載のアルミニウム複合材。
【請求項6】
単分子膜のみを有するアルミニウム部材は、水滴及び菜種油のいずれに対しても、前進接触角が150°以上であり、かつ接触角ヒステリシスが5°以下である、請求項1~5のいずれかに記載のアルミニウム複合材。
【請求項7】
アルミニウム部材の構造が、箔構造又はメッシュ構造である請求項1~6のいずれか記載のアルミニウム複合材。
【請求項8】
アルミニウムメッシュは、目開きが100μm~200μmである、請求項7に記載のアルミニウム複合材。
【請求項9】
着雪抑制対象が、電線、鉄塔、電柱、変圧器、電線付属品、送電関連機器、標識、看板、屋根、鞄、航空機又は電車である請求項1~8のいずれかに記載のアルミニウム複合材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム複合材に関する。特に、本発明は、耐候性に優れた着雪抑制効果を有するアルミニウム複合材に関する。
【背景技術】
【0002】
架空送電線のアルミ線表面を難着雪性にすることは、雪国における冬場の雪によるトラブルを低減する上で社会的に極めて重要であり、さまざまな研究がなされている。例えば、送電線への難着雪リングや難着雪テープなどの巻き付け(非特許文献1)、難着雪スパイラルの巻き付け(非特許文献2)、融雪線巻き付け(非特許文献3)などの対策が検討されている。
【0003】
さらに、難着雪テープとしては四フッ化エチレン樹脂(PTFE)のテープあるいは撥水性の樹脂製テープに接着剤の層を設けたものが知られており(特許文献1~3参照)、PTFEテープは一部の送電線について実用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-141938号公報
【文献】特開2008-282814号公報
【文献】特開2005-117841号公報
【文献】特開2015-71826号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】穂積秀彬、電気学会研究会資料EWC-14-011(一般財団法人電気学会2014年10月31日)
【文献】高橋忠大、電気学会研究会資料EWC-14-012(一般財団法人電気学会2014年10月31日)
【文献】水野公平他、電気学会研究会資料EWC-14-014(一般財団法人電気学会2014年10月31日)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
PTFEテープは、送電線の表面における雪の付着力を低下させて、雪が送電線に多量に付着する前に雪を落下させる効果がある。しかし、その効果及び耐久性とも不充分であることが明らかとなっている。
【0007】
特許文献4には、超撥水性及び超撥油性を有する階層構造表面を有するアルミニウム材料が開示されている。特許文献4には、このアルミニウム材料が着雪抑制効果を有するか否かについての記載はない。本発明者らが検討したところ、このアルミニウム材料は、ある程度の着雪抑制効果を示した。しかし、表面に設けられた単分子膜の耐候性が低く、野外に設置される設備への応用には難点があることが判明した。
【0008】
そこで、従来の着雪抑制対策で用いられている物よりもより着雪抑制効果が高く、かつ着雪抑制効果の耐久性、特に耐候性にも優れた新たな着雪抑制手段を提供することが、本発明が解決しようとする課題であり、本発明の目的は、この課題を解決することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、特許文献4に記載の超撥水・超撥油階層構造表面を有するアルミニウム部材を基材として、これにフッ素含有油を含浸させることで、優れた難着雪性表面が得られ、かつこの難着雪性表面の耐候性が優れることを見いだして、本発明を完成させた。
【0010】
本発明は、以下のとおりである。
[1]
階層状のエッチングピット及びこのエッチングピット表面に存在するナノポアを有する酸化アルミニウム膜からなる階層構造のアルミニウム部材表面に酸化アルミニウム膜を有すると共に、該酸化アルミニウム膜はフッ素含有有機リン酸化合物の単分子層を有し、さらにこの単分子層の上にフッ素含有油の被覆層を有する、着雪抑制に用いるためのアルミニウム複合材。
[2]
エッチングピット表面のナノポアは、ポア径が5~200nmである[1]に記載のアルミニウム複合材。
[3]
フッ素含有油は、フッ素含有有機リン酸化合物の単分子層上での静的接触角が、25°以下であるフッ素含有油である、[1]又は[2]に記載のアルミニウム複合材。
[4]
被覆層表面の水滴転落角が10°以下である、[1]~[3]のいずれかに記載のアルミニウム複合材。
[5]
ナノポアを有さない、階層状のエッチングピットからなるアルミニウム部材のピットサイズは、0.1~10μmの範囲であり、かつナノポアを有する酸化アルミニウム膜の厚さは0.5μm以上であり、かつ多孔度は15%以上である、[1]~[4]のいずれかに記載のアルミニウム複合材。
[6]
単分子膜のみを有するアルミニウム部材は、水滴及び菜種油のいずれに対しても、前進接触角が150°以上であり、かつ接触角ヒステリシスが5°以下である、[1]~[5]のいずれかに記載のアルミニウム複合材。
[7]
アルミニウム部材の構造が、箔構造又はメッシュ構造である[1]~[6]のいずれか記載のアルミニウム複合材。
[8]
アルミニウムメッシュは、目開きが100μm~200μmである、[7]に記載のアルミニウム複合材。
[9]
着雪抑制対象が、電線、鉄塔、電柱、変圧器、電線付属品、送電関連機器、標識、看板、屋根、鞄、航空機又は電車である[1]~[8]のいずれかに記載のアルミニウム複合材。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、優れた難着雪効果を有する複合材を提供でき、かつこの複合材が有する難着雪は、耐候性にも優れるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明におけるSLIPS(Slippery Liquid Infused Porous Surface)の作製プロセスの説明図を示す。
【
図3】SLIPSの水滴転落角の水/エタノール混合溶液への浸漬による変化(ポアワイドニング時間の影響)
【
図4】SLIPSの水滴転落角の水/エタノール混合溶液への浸漬による変化(化学エッチング時のHCl濃度の影響)
【
図5】HCl濃度を変えて得られた試料表面のSEM写真を示す。
【
図6】SLIPSの水滴転落角の水中への浸漬による変化を示す。
【
図7】試料2-1:未処理Al板(Al板そのもの)の試験結果を示す。
【
図8】試料2-2:超撥油・超撥水性試料の試験結果を示す。
【
図9】試料2-3:SLIPS(潤滑油タイプ)(本発明)の試験結果を示す。
【
図10】試料2-4:PTFEテープの試験結果を示す。
【
図11】実施例3における化学エッチング前後の試料外観写真を示す。
【
図14】超撥油および潤滑油含浸滑落性試料の外観写真を示す。
【
図15】各種電線試料の着雪実験方法の模式図を示す。
【
図16】試料A:ポリフルオロエーテル系潤滑油含浸(SLIPS)の着雪試験を示す。
【
図17】試料B:PTFEテープの着雪試験を示す。
【
図18】試料C:Free(無対策)の着雪試験を示す。
【
図19】各試料における最大着雪量をまとめて示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<アルミニウム複合材>
本発明の着雪抑制に用いるためのアルミニウム複合材は、階層状のエッチングピット及びこのエッチングピット表面に存在するナノポアを有する酸化アルミニウム膜からなる階層構造の表面を有するアルミニウム部材であって、前記アルミニウム部材表面の酸化アルミニウム膜はフッ素含有有機リン酸化合物の単分子層を有し、さらにこの単分子層の上にフッ素含有油の被覆層を有する。
【0014】
本発明のアルミニウム複合材は、
図1に示すようなステップで潤滑表面SLIPS(Slippery Liquid Infused Porous Surface)を有する材料として作製することができる。(1)基材となるアルミニウム部材にエッチピットを形成し、(2)ナノポアを有する酸化アルミニウム膜を形成し、(3)フッ素含有有機リン酸化合物単分子層を形成し、(4)その上にフッ素含有油被覆層を形成する。
【0015】
基材となるアルミニウム部材は、階層状のエッチングピット及びこのエッチングピット表面に存在するナノポアを有する酸化アルミニウム膜からなる階層構造の表面を有する。このアルミニウム部材は、ミクロオーダーの階層状のエッチングピットと、ナノオーダーのポア径を有するポア(多孔)を有する酸化アルミニウム膜とからなる階層構造を有する。階層構造は、ミクロオーダーの階層状のエッチングピットの階層とナノオーダーのポア(多孔)を有する酸化アルミニウム膜の階層の2段階からなる。
【0016】
ナノポアを有さない、階層状のエッチングピットは、
図2(a)のSEM写真に示すように、エッジが略直線的で不規則な形状、あるいは幾何学的な形状を有する、ミクロン又はサブミクロンオーダーの多孔構造であり、ピットサイズは、例えば、0.1~10μmの範囲であり、好ましくは1μm以上の範囲である。ミクロン又はサブオーダーのエッチングピットは、例えば、化学エッチングにより形成される。
【0017】
ナノポアは、酸化アルミニウム膜に設けられ、ナノポアを有する酸化アルミニウム膜の厚さは、例えば、0.5μm以上であることができる。酸化アルミニウム膜の厚さは、後述するアノード酸化の程度に適宜制御できる。ナノポアは、
図2(b)のSEM写真に示すように、表面に比較的均等に設けられた多数の開口部分が蜂の巣状の構造である。ナノポアのポア径は、例えば、5~200nmの範囲であることができ、好ましくは20~60nmの範囲である。ナノポアのポア径により、後述のフッ素含有油被覆層の保持し易さが異なり、保持し易やすいという観点から、ポア径は、上記範囲であることが好ましい。ナノポアは、酸性水溶液中でのアノード酸化及び必要によりポアワイドニング処理(例えば、リン酸水溶液への浸漬)により形成することができ、かつポア径のコントロールやポアの密度をコントロールすることができる。ナノポアを有する酸化アルミニウム膜の多孔度は、例えば、15%以上であることができ、好ましくは25~40%の範囲である。
【0018】
上記階層構造を有するアルミニウム部材は、未加工のアルミニウム部材の表面に、エッチング処理によって階層状のエッチングピットを生成し、次いで階層状のエッチングピット表面にアノード酸化処理を施して、エッチングピット表面にナノポアを形成することによって形成することができ、アノード酸化処理の後にポアワイドニング処理をすることで、ポア径を調整する(大きくする)こともできる。この方法は、特許文献4に記載されている方法であり、特許文献4に記載の方法をそのまま利用して、表面にナノポアとエッチングピットからなる階層構造の表面を有するアルミニウム部材を調製することができる。
【0019】
未加工のアルミニウム部材は、基材として使用するアルミニウムの純度は、難着雪性との関係ではとくに限定はないが、材料としての入手容易性及び加工容易性という観点では、アルミニウム含有量99%以上のものが適当である。たとえば,JIS規格の A1050、A1070、A1100などの1000系アルミニウムが該当する。アルミニウム部材の形状としては、本発明のアルミニウム複合材の用途に応じて適宜決定することができ、例えば、箔(プレーン箔)及びメッシュ構造のシート状物であることができる。但し、これらの限定される意図ではない。箔は、例えば、厚さ0.05mm~0.2mmのアルミニウム圧延素材であることができる。メッシュは、規格値が、例えば、線径80μm~120μm、目開き100μm~200μm、空間率(オープニングエリア)25%~45%であることができる。但し、これらの数値も例示であり、限定する意図ではない。メッシュの場合、特に、優れた難着雪性を発揮するという観点からは、目開きが100μm~200μmであることが好ましい。
【0020】
本発明のアルミニウム複合材は、上記アルミニウム部材の表面にフッ素含有有機リン酸化合物からなる単分子層、及びこの単分子層の上にフッ素含有油被覆層を有する。これら単分子層及びフッ素含有油被覆層は、アルミニウム部材の表面の一部又は全部に設けることができる。
【0021】
単分子層を形成するフッ素含有有機リン酸化合物は、例えば、フッ素含有炭化水素リン酸化合物であり、具体的には、フルオロアルキルリン酸エステルであることができ、例えば、以下の一般式(1)で示される化合物であることができる。
【化1】
(式中、x及びyは0又は1から10の整数であり、n及びmは、1以上の整数であり、n+m=3である。Mは水素原子又は1価の金属イオン、アンモニウムイオン、若しくはジエタノールアミンである。)
【0022】
フルオロアルキルリン酸エステルとしては、より具体的には、mono-[2-(perfluorooctyl)ethyl]phosphate(FAP)及び1H,1H,2H,2H-perfluorodecylphosphonic acid(FDPA)を例示できる。単分子層としてのフッ素含有有機リン酸化合物は、アルミニウム部材の表面に自己組織化して単分子層を形成することができる。具体的には、フッ素含有有機リン酸化合物のリン酸基がアルミニウム部材の表面の酸化アルミニウム膜と相互作用(例えば、イオン結合的な相互作用)をし、化学反応して固定化され、単分子層である被覆層を形成することができる。フッ素含有有機リン酸化合物の単分子層は酸化アルミニウム表面に密にかつ強く固定化される。
【0023】
単分子層は、フッ素含有有機リン酸化合物を含有する溶液(例えば、エタノールなどの有機溶媒)に、階層構造の表面を有するアルミニウム部材を浸漬することで形成することができる。アルミニウム部材表面のナノポアにまで、フッ素含有有機リン酸化合物を含有する溶液が進入し、かつフッ素含有有機リン酸化合物がナノポアの内部の表面にまで単分子層を形成するという観点から、浸漬時間は、例えば、1~72時間の範囲とすることができる。リン酸基の場合は、常温でも化学反応により結合するが、加熱処理(例えば、100℃程度)することで化学結合を形成することもできる。
【0024】
単分子層の上に設ける被覆層は、フッ素含有油により形成される。
【0025】
フッ素含有油は、アルミニウム部材表面のフッ素含有有機リン酸化合物からなる単分子膜との馴染みが良いことが好ましい。単分子膜との馴染みの度合は、アルミニウム部材表面のフッ素含有有機リン酸化合物からなる単分子膜上での潤滑剤の静的接触角を求めることで把握できる。単分子膜との馴染みを考慮すると、潤滑剤の単分子膜上での静的接触角は、25°以下、好ましくは20°以下、より好ましくは15°以下、さらに好ましくは10°以下である。
【0026】
フッ素含有油としては、例えば、ポリフルオロエーテル系潤滑剤、フルオロアルキルアミン系潤滑剤等を挙げることができる。
【0027】
ポリフルオロエーテル系潤滑剤は下記一般式(2)で表されるパーフルオロポリエーテルが挙げられる。
【0028】
【0029】
(式中、R7、R8、R9、R10及びR11は、同一又は異なって、フッ素原子、パーフルオロアルキル基又はオキシパーフルオロアルキル基を示す。x、y及びzは、好ましくは数平均分子量100~100,000を与える0以上の整数を示す。ただし、x=y=z=0となることはない。)
【0030】
これらの中では、例えば次の一般式(3)で表されるFOMBLIN HC/01、同HC/02、同HC/03、同HC/04、HC/25、及び同HC/R(アウジモント社製)が挙げられる。
【0031】
【0032】
(式中、a及びbは、好ましくは数平均分子量500~7,000を与える数を示し、a/bは0.2~2である)a及びbは、同一又は異なって、0~300が好ましく、a,b共に0となることはない。
【0033】
また、下記一般式(4)で表されるデムナム(DEMNUM)S-20、同S-65、同S-100、及び同S-200(ダイキン化学工業(株)製)が挙げられる。
【0034】
【0035】
(式中、cは4~500の数を示す。)
さらに、下記一般式(5)で表されるクライトックス(KRYTOX)GPL-100、同GPL-101、同GPL-102、同GPL-103、同GPL-104、同GPL-105、同GPL-106、及び同GPL-107、クライトックス143AB、及び同143AC(デュポン社製)等が挙げられる。
【0036】
【0037】
(式中、dは7~60の整数を示す。)
【0038】
また低分子量のフッ素含有油として容易に入手可能なものとしては、直鎖又は分岐鎖の、フッ素原子以外のハロゲンにより置換されていてもよい、好ましくは炭素数6~12のフルオロアルカン類、具体的にはパーフルオロヘキサン、パーフルオロオクタン、1-ブロモヘプタデカフルオロオクタン、パーフルオロオクタデカン、パーフルオロ-2,7-ジメチルオクタン等や、下記一般式(6)で表されるハイドロフルオロエーテル類が挙げられる。
【0039】
【化6】
(式中、R
12は直鎖又は分岐鎖のパーフルオロアルキル基、R
13は直鎖又は分岐鎖の置換基を有していてもよい炭素数1~20のアルキル基を示し、mは0~5の数を示す。)
具体的には、R
12は例えば、パーフルオロブチル基、パーフルオロヘキシル基、パーフルオロオクチル基、パーフルオロデシル基、パーフルオロ-3-メチルブチル基、パーフルオロ-5-メチルヘキシル基、パーフルオロ-7-メチルオクチル基等の炭素数1~20、好ましくは炭素数4~11のパーフルオロアルキル基が挙げられる。R
13は例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、オクチル基、2-エチルヘキシル基、デシル基、ラウリル基、ミリスチル基、セチル基、ステアリル基、2,3-ジメチルブチル基、2,4-ジメチルブチル基等が挙げられる。
【0040】
フルオロアルキルアミン系潤滑剤は、一般式(7)NR1R2R3で示され、R1、R2、R3がいずれもF3C-(CF2)x-で示される基であることができる。xは、1~10の整数であり、好ましくは3~8の整数である。
【0041】
被覆層を形成するフッ素含有油は、紫外線吸収剤、酸化防止剤等の添加剤を含むこともできる。
【0042】
フッ素含有油は、アルミニウム部材の表面に形成されたフッ素含有有機リン酸化合物単分子膜のフッ素含有有機基と相互作用(例えば、物理的な相互作用)をして固定化され、被覆層を形成する。フッ素含有有機リン酸化合物がフルオロアルキルリン酸エステルである場合には、フルオロアルキル基とフッ素含有油のフッ素含有炭化水素基とが相互作用をして被覆層として固定化されるものと推察する。フッ素含有油の被覆量は、例えば、試料幾何面積あたり0.05~0.2gの範囲であることができる。
【0043】
フッ素含有油被覆層は、フッ素含有油を含有する溶液(例えば、エタノールなどの有機溶媒)に、フッ素含有有機リン酸化合物単分子膜を有する階層構造の表面を有するアルミニウム部材を浸漬することで形成することができる。アルミニウム部材表面のナノポアにまで、フッ素含有油を含有する溶液が進入し、かつナノポアの内部表面にまで到達し、フッ素含有有機リン酸化合物単分子膜に補足されて、フッ素含有油被覆層を形成するという観点から、浸漬時間は、例えば、0.5~30分の範囲とすることができる。
【0044】
フッ素含有油の保持性向上には、ナノポアの素材が不可欠であり、たとえばエッチングピットのみの試料では、水中浸漬で容易にフッ素含有油が失われる。一方、ナノポアを有する階層構造アルミニウム試料では水中で少なくとも2週間以上フッ素含有油が保持され、高い水滴転落性を維持することができる。
【0045】
本発明のアルミニウム複合材は、その表面の水滴転落角が10°以下であることが好ましく、5°以下であることがより好ましい。水滴転落角が10°以下であることで、優れた難着雪性を発揮することができる。水滴転落角は、好ましくは4°以下、より好ましくは3°以下である。本発明のアルミニウム複合材表面の水滴転落角は、基材である、階層状のエッチングピット及びこのエッチングピット表面に存在するナノポアからなる階層構造の表面を有するアルミニウム部材の表面構造、及び単分子層及び被覆層の種類にほとんど依存しない。ナノポアやエッチングピットが完全にフッ素含有油被覆層に覆われていればよく、被覆層が薄くなり、被覆層表面が凹凸構造を示すようになると転落角は増大する。
【0046】
本発明のアルミニウム複合材が優れた難着雪性を発揮するという観点からは、単分子層のみを有するアルミニウム部材は、水滴及び菜種油のいずれに対しても、前進接触角が150°以上であり、かつ接触角ヒステリシスが5°以下である、超撥水性及び超撥油性であることが好ましい。このような超撥水性及び超撥油性を有する表面にさらにフッ素含有油被覆層を設けることで、優れた難着雪性を有し、かつこの優れた難着雪性を長期間持続することができる。
【0047】
本発明のアルミニウム複合材は、着雪抑制に用いられる。着雪抑制対象は、例えば、電線、鉄塔、電柱、変圧器、電線付属品、送電関連機器、標識、看板、屋根、鞄、航空機、電車などであるが、これらの限定される意図ではなく、着雪抑制を必要とするあらゆる物が対象となる。
【実施例】
【0048】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明する。但し、実施例は本発明の例示であって、本発明は実施例に限定される意図ではない。
【0049】
実施例1
(フッ素含有油を用いたSLIPS表面の作製)
純度99.5%以上のAl板をまず0.2 mol dm
-3 CuCl
2と1~4 mol dm
-3 HClを含む水溶液中に所定の時間浸漬して化学エッチングを行い、マイクロメータスケールのエッチピット表面を形成する。その後、0.3 mol dm
-3 硫酸水溶液中、25 Vで3分間アノード酸化を行う(尚、この電解液はシュウ酸、リン酸などの多孔質アルミナ皮膜を形成できる他の酸やアルカリ水溶液でもよい)。さらに生成した多孔質皮膜のポア径、多孔度を調整するために、5 wt% リン酸水溶液(30℃)に所定の時間浸漬するポアワイドニングを行う。これによりマイクロ/ナノスケールの階層構造表面を構築できる。この試料を酸素プラズマ処理により表面を清浄にした後に、1H,1H,2H,2H-perfluorodecylphosphonic acid: CF
3(CF
2)
7CH
2CH
2PO(OH)
3 (FDPA)の1 mmol dm
-3 エタノール溶液に1-2日間浸漬することで有機単分子コーティングを行うことで超撥油表面を得ることができる。このプロセスの模式図を
図1に示す。
【0050】
上記方法により得られた表面のSEM写真を
図2に示す。化学エッチングで生成したエッチピット(数μmサイズ:左図(a))とアノード酸化とポアワイドニング処理で孔径を制御したナノポーラス皮膜(約30 nm細孔)の存在が確認でき、このピットやナノ細孔内に潤滑油を保持できる。
【0051】
超撥水・超撥油表面にフッ素系潤滑剤(フッ素含有有機化合物)を含浸させて、潤滑性表面(SLIPS:Slippery Liquid Infused Porous Surface)を得ることができる。潤滑剤としてポリフルオロエーテル系潤滑剤(DuPont GPL-104)又はフルオロアルキルアミン系潤滑剤(3M FC-70)を用いた。
【0052】
フルオロアルキルアミン系潤滑剤(3M FC-70):
【化7】
【0053】
いずれの潤滑剤も潤滑特性に大きな違いは見られないが、前者のほうが潤滑剤の保持性能が圧倒的に優れていることが、水中における浸漬試験により明らかになっている(表1)。FC-70では、1週間以内に潤滑油がなくなっているのに対し、GPL-104では、70%以上残存している。
【0054】
【0055】
この2種類の潤滑油の保持性の違いを理解するために、平滑なFDPA表面の潤滑油の濡れ性を評価した。試料として電解研磨を行い、さらに0.1 mol dm-3 五ホウ酸アンモニウム水溶液中にて200 Vまでアノード酸化して240 nmの均一な厚さの緻密なアルミナ皮膜を表面に生成したものを用意した。これにFDPAを単分子コーティングし、静的接触角測定を行った。その結果を表2に示す。この表からわかるように、GPL-104の接触角は小さく、FDPA表面に対する濡れ性が極めてよいことが明らかである。この優れた濡れ性のため、GPL-104は潤滑油の保持性が高くなっていると判断できる。この結果は、フッ素系潤滑剤(フッ素含有有機化合物)を選択する際には、FDPA表面に対する濡れ性が良好な潤滑剤を選択することが好ましいことを示す。
【0056】
【0057】
(潤滑性能の安定性)
ポリフルオロエーテル系潤滑剤GPL-104を用いて作製したSLIPSについて、その安定性に及ぼす表面形態の影響を調べた。撹拌した水/エタノール混合溶液に5週間浸漬した時の水滴の転落角を
図3に示す。ポアワイドニング時間を変えた試料について評価を行ったが、浸漬前は転落角にポアワイドニング時間依存性は見られないが、5週間浸漬後はポアワイドニング時間が短く、多孔度、ポア径が小さい試料ほど転落角の上昇が大きく、潤滑剤の保持性は多孔度の大きい試料のほうが有利であることが明らかとなった。
【0058】
【0059】
また、
図4には、化学エッチング時のHCl濃度を変えたときの転落角の変化を示す。転落角はいずれも5°程度となっており、大きな違いは認められない。HCl濃度を変えると、エッチピットサイズが大きく変わるが、その転落角への影響はあまり大きくないことがわかる。
【0060】
図5にHCl濃度を変えて得られた試料表面のSEM写真を示す。化学エッチングで生成するエッチピットのサイズはHClの濃度により、変化することが分かる。但し、高濃度のHClにより生成したエッチピットの多孔度は表面の荒れが著しく、推定は困難であった。
【0061】
水中にSLIPSを浸漬したときの転落角の変化をまとめた結果を
図6に示す。この図より化学エッチングのみを行った試料では、転落角は9日後に大きく上昇しているのに対し、階層構造化した試料は5°以下の低い値を保持しており、階層構造がSLIPSの安定性に極めて重要であることがわかる。尚、SLIPSについては、試料間の差異が小さいことから、安定性に対しては多孔度、ポア径の影響は小さく、むしろ階層構造であることが大きく寄与しているものと推察される。
【0062】
実施例2
(着霜後、融解水滴の滑落性試験)
試験方法
着雪環境を模した試験として、着霜した霜の融解過程において生成する水滴の試料表面からの脱離性を試験した。
水滴(5μL)を試料(5cm×2cm)表面に載せ、ペルチェ素子上で試料のみを-15℃に冷却した(恒温恒湿槽内の雰囲気、温度25℃、湿度40%の大気中)。その後、試料表面を60°に傾けて温度を上げていき,水滴の落下を動画観察した。各観察温度における状態の写真(動画から抜き取ったイメージ)を
図7~10に示す。なお、図中の温度はペルチェ素子の温度であり,試料表面温度とは少しズレが生じている。
【0063】
結果
試料2-1:未処理Al板(Al板そのもの)、
図7
-15℃で水滴と一緒に霜(氷)がかなり付着した(図示せず)。試料温度を上げていくと-3℃、-1℃当たりで融解、液化していき、水滴は試料表面から動かなかった。(液化した霜の多くは、集まって写真の見えない試料表面(観察範囲外)に溜まった。凍った水滴は未処理Alでは簡単に除去できないことを示している。
【0064】
試料2-2:超撥油・超撥水性試料(実施例1でFDPA単分子コーティングして得た試料と同様に作製)、
図8
試料温度を上げていくと-3℃、-1℃当たりで液化していった。本来、超撥油・超撥水性を有するので,水滴や霜が融解すると簡単に滑り落ちる予想していた。しかし,実際には、-1℃では霜の塊を含む水滴が残り、1℃、3℃、5℃に温度が上がっても水滴が残った。一旦、エッチピット及びナノポアを有するAl表面の凹凸の中に霜がつくと,それが簡単にはとれず,液滴が流れにくくなるのではないかと推察される。尚、一旦乾燥させると元の超撥水性に戻ることは確認した。
【0065】
試料2-3:SLIPS(潤滑油タイプ、実施例1でポリフルオロエーテル系潤滑剤(DuPont GPL-104を含浸させて作製した試料と同様に作製)(本発明)、
図9
霜が融解すると、霜の塊を含む水滴(-3℃)及び水滴(-1℃、1℃、3℃、5℃)は試料表面から滑落していった。この結果から、霜の塊を含む水滴及び水滴に対する滑落性は霜がついた後にも維持されていることが分かる。また、霜由来の小さな水滴は残るが、徐々に流れているものも多い。
【0066】
試料2-4:PTFEテープ(市販品)、
図10
霜が融解すると、水滴は試料表面を流れず表面に残った(-7℃~5℃)。
PTFEテープでは、霜が融解した後の液滴が試料表面に残りやすいことが分かる。
【0067】
これらの結果は、本発明のSLIPS(試料2-3、
図9)では、試料表面に付着した霜が融解すると、Al表面、超撥油・超撥水性試料、PTFEテープに比べて表面から流れ落ちやすい。この事実は、着雪環境を模した本試験において、本発明のSLIPS試料Cでは、融解し、水滴となった雪は、容易に表面から脱離して、着雪の足場となりにくいこと示す。
【0068】
実施例3
(難着雪性評価)
難着雪性を評価するために、Alパイプに階層構造化及び撥水処理を行った。Alパイプへの処理条件は基本的に実施例1と同じである(HCl濃度: 1mol dm
-3)。
図11にエッチング前後の試料写真を示す。パイプの両端はシリコーンゴム栓で蓋をしてパイプ内面がエッチングされないようにし、パイプ両端とシリコーンゴム栓をテフロンテープで被覆している。エッチング後試料表面はエッチングによって金属光沢がなくなっていることがわかる。
【0069】
次にエッチング後のアノード酸化を行ったあとの外観を
図12右に示す。左のエッチング後に比べて、灰色が濃くなっているのがわかる。酸化皮膜の生成により、光の反射率が低下したものと考えられる。アノード酸化は
図13に示すように片側のシリコーンゴム栓をはずし、そこからアノード端子に接続して対極にAl箔を用いてH
2SO
4水溶液中に浸漬し、25 Vの定電圧条件下で行った。なお、アノード酸化中にジュール熱による電解液温度の上昇を避けるために、電解液槽は氷水で冷却した。
【0070】
さらに実施例1と同様にポアワイドニングを行って、ポア径サイズ制御をしたあと、1H,1H,2H,2H-perfluorodecylphosphonic acid: CF
3(CF
2)
7CH
2CH
2PO(OH)
3 (FDPA)単分子コーティングを行った。次いで試料Aについては、ポリフルオロエーテル系潤滑剤(DuPont GPL-104)(溶媒は使用しない)に浸漬することで細孔内に充填して、潤滑性表面(SLIPS:Slippery Liquid Infused Porous Surface)を有する試料を得た。FDPA単分子コーティングを行った試料(超撥油タイプ、図中の下)及びSLIPSを有する試料A(潤滑油タイプ、図中の上)の外観を
図14に示す。潤滑油を含浸しても見た目には大きな違いは見られないことがわかる。着雪試験を行った試料を表4に示す。試料CはFDPA単分子コーティングを行っていない試料である。
【0071】
【0072】
試験方法を
図15に示す。
1)風洞吹出し口前方にサンプルを設置し、降雪口から落下する雪を風に載せて雪をサンプルに付着させる方法で着雪をさせる。
2)ある程度着雪が進んだ後、落雪が発生。落雪するまで降雪は継続する。
3)着雪実験における、計測する項目は以下のとおりである。
・着雪重量(ロードセルによる計測)
・落雪に至るまでの時間(ストップウオッチによる計測)
・降雪時の含水率(降雪前に測定)
・気温
・風速
・降雪強度(実験毎に測定)
【0073】
着雪試験は、以下の条件で実施した。
・気温:2℃
・降雪強度:10mm/h
・雪の含水率:5% 前後
・風速:5m/s
【0074】
各試料の試験結果を
図16~
図18に示す。また、各試験における最大着雪量をまとめたものを
図19に示す。結果をまとめると以下のとおりである。
1)試料CのFree(無対策)と比較し、着雪対策処理を施したものは、最大着雪量が低くなっている。
2)試料A(本発明、SLIPS)は、現在使用されている試料B(PTFEテープ)よりも最大着雪量が少なく、難着雪効果が優れている。
【0075】
以上の結果より、本発明のSLIPS試料Aは着雪量が無処理のAlに比べて、着雪量が20%程度にまで低減でき、難着雪効果は極めて高いと判断できる。また、階層構造を有する本試料はポリフルオロアルキルエーテルの保持性が特に優れており、耐久性のあるSLIPSとして難着雪材料としての応用が期待される。
【0076】
実施例4
(大気暴露試験)
実施例1で作製した単分子層による超撥油表面を形成したアルミニウム板(試料D)、この上に潤滑剤としてポリフルオロエーテル系潤滑剤(DuPont GPL-104)を含浸させて、潤滑性表面(SLIPS)としたアルミニウム板(試料E)を屋外に設けた大気暴露台(傾斜45°)に設置し、1週間毎に水滴を吹き付け、水滴の残り具合を調査した。超撥水状態では、水滴は全て転がり落ちる。水滴が残り始めるまでの期間を調べた。結果は以下のとおりである。
【0077】
【0078】
本発明の潤滑性表面(SLIPS)としたアルミニウム板(複合体)は、屋外に設けた大気暴露台における超撥水性の耐久性に優れており、紫外線など屋外での使用において優れた潤滑性の耐久性を有することが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明は、着雪抑制性能を有する表面を必要としている種々の分野において有用である。