(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-22
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】磁気ディスク用アルミニウム合金基板、ならびに、当該磁気ディスク用アルミニウム合金基板を用いた磁気ディスク
(51)【国際特許分類】
G11B 5/73 20060101AFI20220128BHJP
G11B 5/84 20060101ALI20220128BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20220128BHJP
C22C 21/02 20060101ALI20220128BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220128BHJP
C22F 1/04 20060101ALN20220128BHJP
C22F 1/043 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
G11B5/73
G11B5/84 C
C22C21/00 M
C22C21/02
C22C21/00 E
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 691B
C22F1/00 683
C22F1/00 691C
C22F1/00 694B
C22F1/00 685Z
C22F1/00 694Z
C22F1/00 694A
C22F1/00 686A
C22F1/00 691Z
C22F1/00 630J
C22F1/00 613
C22F1/00 623
C22F1/00 627
C22F1/00 630B
C22F1/00 630A
C22F1/00 686B
C22F1/00 661D
C22F1/04 A
C22F1/043
(21)【出願番号】P 2021544286
(86)(22)【出願日】2021-04-06
(86)【国際出願番号】 JP2021014655
【審査請求日】2021-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2020068368
(32)【優先日】2020-04-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100155572
【氏名又は名称】湯本 恵視
(72)【発明者】
【氏名】北脇高太郎
(72)【発明者】
【氏名】坂本遼
(72)【発明者】
【氏名】熊谷航
(72)【発明者】
【氏名】畠山英之
【審査官】中野 和彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-167602(JP,A)
【文献】特開2019-167601(JP,A)
【文献】特開2019-160384(JP,A)
【文献】特開2020-029595(JP,A)
【文献】特開昭63-004050(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G11B 5/73
G11B 5/84
C22C 21/00
C22C 21/02
C22F 1/00
C22F 1/04
C22F 1/043
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
必須元素であるFeと、選択元素であるMn及びNiの少なくともいずれか一方を含有し、これらFe、Mn及びNiの含有量の合計が0.10~7.00mass%の関係を有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、周囲環境から表面に付着した最長径1μm以上のSi-K-O系粒子の分布が1個以下/6000mm
2であり、表面に存在する最長径1μm以上のTi-B系粒子の分布が1個以下/6000mm
2であることを特徴とする磁気ディスク用アルミニウム合金基板。
【請求項2】
ヤング率が72GPa以上である、請求項1に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板。
【請求項3】
前記アルミニウム合金が、Cu:1.00mass%以下、Zn:0.70mass%以下、Mg:3.50mass%以下、Cr:0.30mass%以下、Zr:0.15mass%以下、Si:14.00mass%以下、Be:0.0015mass%以下、Sr:0.10mass%以下、Na:0.10mass%以下及びP:0.10mass%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を更に含有する、請求項1又は2に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表面に、無電解Ni-Pめっき処理層とその上の磁性体層が設けられていることを特徴とする磁気ディスク。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐衝撃性に優れ、かつ、Ni-Pめっき皮膜の平滑性に優れた磁気ディスク用アルミニウム合金基板、ならびに、当該磁気ディスク用アルミニウム合金基板を用いた磁気ディスクに関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスクドライブ(以下、「HDD」と省略する)は、コンピュータや映像記録装置等の電子機器における記憶装置として多用されている。HDDには、データを記録するための磁気ディスクが組み込まれている。磁気ディスクは、アルミニウム合金からなり円環状を呈する磁気ディスク基板と、磁気ディスク基板の表面を覆うNi-Pめっき皮膜と、Ni-Pめっき皮膜上に積層された磁性体層とを有している。
【0003】
近年、サーバやデータセンター等の業務用、及び、パーソナルコンピュータや映像記録装置等の家庭用のいずれの用途においても、HDDに記録する情報量が多くなってきている。かかる状況に対応してHDDの容量を大きくするため、HDDに組み込まれる磁気ディスクの記録密度を高めることが求められている。磁気ディスクの記録密度を高くするためには、磁気ディスク基板上に平滑なNi-Pめっき皮膜を形成する必要がある。
【0004】
磁気ディスクは、通常、以下の方法により作製される。まず、アルミニウム合金の圧延板を円環状に打ち抜いてディスクブランクを作製する。次いで、ディスクブランクを厚み方向の両側から加圧しつつ加熱してディスクブランクの反りを小さくする。その後、ディスクブランクに切削加工及び研削加工を行い、所望の形状に成形することにより磁気ディスク基板が得られる。このようにして得られた磁気ディスク基板に、Ni-Pめっき皮膜を形成するための前処理、無電解Ni-Pめっき処理及び磁性体層のスパッタリングを順次行うことにより、磁気ディスクを作製することができる。
【0005】
磁気ディスク基板に用いられるアルミニウム合金としては、JIS A5086合金が多用されている。しかしながら、一般的なJIS A5086合金の成分範囲でディスクブランクを作製すると、Alマトリクス中に比較的大きな金属間化合物が形成されることがある。このような金属間化合物は、切削加工や研削加工、Ni-Pめっき皮膜を形成するための前処理の際にAlマトリクスから脱落する虞がある。
【0006】
金属間化合物がAlマトリクスから脱落すると、磁気ディスク基板に比較的大きな窪みが形成される。また、磁気ディスク基板から脱落した金属間化合物が切削加工や研削加工の際に工具と磁気ディスク基板との間に挟み込まれた場合には、磁気ディスク基板に傷が形成される虞もある。かかる状態で無電解Ni-Pめっき処理を行うと、磁気ディスク基板の窪みや傷に起因してNi-Pめっき皮膜にめっきピットと呼ばれる窪みが形成され、Ni-Pめっき皮膜の平滑性の低下を招く虞がある。
【0007】
また、磁気ディスクには、マルチメディア等のニーズから大容量化及び密度化が求められている。更なる大容量化のため、記憶装置に搭載される磁気ディスクの枚数が増加しており、それに伴い磁気ディスクの薄肉化も求められている。しかしながら、磁気ディスク用アルミニウム合金基板を薄肉化すると剛性や強度が低下してしまう問題がある。剛性や強度が低下すると、基板が変形し難い程度を示す耐衝撃性が低下してしまうため、アルミニウム合金基板には耐衝撃性の向上が求められている。
【0008】
Ni-Pめっき皮膜の平滑性をより向上させることを目的として、金属間化合物等の、磁気ディスク基板内の異物を低減する技術が種々検討されている。例えば、特許文献1には、Mg:2~6%、Mn:1%以下、Fe:0.3%以下、Zn:0.25%以下、Cr:0.35%以下を必須的に含むAl基合金溶湯を、板厚が4~15mmとなるように連続鋳造し、更に圧延することを特徴とする磁気ディスク用Al基合金板の製造方法が記載されている。
【0009】
また、特許文献2には、不純物としてTi、Zrを含むアルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯へ、TiB2、ZrB2として計算される合計化学当量よりも更に100~200massppm多い量のBを添加するアルミニウム又はアルミニウム合金の処理方法が記載されている。
【0010】
また、特許文献3には、アルミニウム合金板の強度向上に寄与するMgを多く含有させて、耐衝撃性を向上させる方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開昭56-105846号公報
【文献】特開2002-173718号公報
【文献】特開2017-031507号公報
【0012】
特許文献1の製造方法によれば、鋳造時の板材の厚みを薄くすることにより、溶湯が凝固する際の冷却速度を高め、Al-Fe-Mn系金属間化合物を微細化することができる。しかしながら、特許文献1の製造方法では、Al-Fe-Mn系金属間化合物以外の介在物を十分に微細化することが困難であるという問題がある。
【0013】
特許文献2の処理方法は、アルミニウムの鋳造工程において、Al基合金溶湯中のTi、Zrに対して過剰量のBを添加した後、Bとの反応によって形成されたTiB2、ZrB2等の介在物を除去している。しかしながら、特許文献2の方法では、Ti-B系、Zr-B系以外の異物が悪影響を及ぼすという問題がある。
【0014】
更に、アルミニウム板の製造工程において周囲環境からの塵等のアルミニウム板表面への付着に関しては、その原因や対処方法についての詳細な報告は見られない。
【0015】
特許文献3のMg量を増加して強度のみを向上させる方法では、耐衝撃性の低下を大幅に抑制することはできず、目標とする良好な耐衝撃性は得られていない問題がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明者らは、アルミニウム合金に含まれる不可避的不純物から形成される粗大なTi-B系粒子、ならびに、製造工程の周囲環境からの塵等に含まれるSi-K-O系粒子のアルミニウム合金基板表面への付着を抑制することによってNi-Pめっき皮膜の平滑性に優れ、更に、材料の剛性と強度を高めることによって耐衝撃性に優れた磁気ディスク用アルミニウム合金基板が得られることを見出し本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0017】
すなわち、本発明は請求項1において、必須元素であるFeと、選択元素であるMn及びNiの少なくともいずれか一方を含有し、これらFe、Mn及びNiの含有量の合計が、0.10~7.00mass%の関係を有し残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、周囲環境から表面に付着した最長径1μm以上のSi-K-O系粒子の分布が1個以下/6000mm2であり、表面に存在する最長径1μm以上のTi-B系粒子の分布が1個以下/6000mm2であることを特徴とする磁気ディスク用アルミニウム合金基板とした。
【0018】
本発明は請求項2では請求項1において、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のヤング率が72GPa以上であるものとした。
【0019】
本発明は請求項3では請求項1又は2において、前記アルミニウム合金が、Cu:1.00mass%以下、Zn:0.70mass%以下、Mg:3.50mass%以下、Cr:0.30mass%以下、Zr:0.15mass%以下、Si:14.00mass%以下、Be:0.0015mass%以下、Sr:0.10mass%以下、Na:0.10mass%以下及びP:0.10mass%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を更に含有するものとした。
【0020】
本発明は請求項4において、請求項1~3のいずれか一項に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表面に、無電解Ni-Pめっき処理層とその上の磁性体層が設けられていることを特徴とする磁気ディスクとした。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板は、Fe、Mn及びNiの含有量の合計を特定範囲とすることによって材料の剛性と強度を高めることで、耐衝撃性を向上させることができる。また、本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板は、最長径1μm以上のSi-K-O系粒子及びTi-B系粒子の生成を抑制して、これら粒子の脱落による基板表面への損傷を低減することによって、めっきピットが少なく平滑性の高いNi-Pめっき皮膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】めっき後のアルミニウム合金基板の断面を示す走査イオン顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
A.磁気ディスク用アルミニウム合金基板
本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板(以下、「アルミニウム合金基板」と記す場合がある)について説明する。アルミニウム合金基板は、所定の合金組成のアルミニウム合金を用いてアルミニウム合金板を作製し、これをディスクブランクに打ち抜き、更に加圧平坦化処理、ならびに、切削加工と研削加工を施して得られる。
【0024】
A-1.アルミニウム合金板の合金組成
アルミニウム合金板に用いるアルミニウム合金の組成及びその限定理由について、以下に詳細に説明する。
【0025】
Fe、Mn及びNiの含有量の合計:0.10~7.00mass%
必須元素であるFeと、選択元素であるMn及びNiの少なくともいずれか一方を含有し、これら2種又は3種の元素の合計含有量を0.10~7.00mass%(以下、単に「%」と記す)に規定する。
【0026】
Feはアルミニウム合金に必須元素として含有され、主として第二相粒子(Al-Fe系金属間化合物等)として存在すると共に、一部はマトリックスに固溶して存在する。第二相粒子生成とマトリックスへの固溶により、Feはアルミニウム合金基板の剛性と強度を向上させる効果を発揮する。Mnはアルミニウム合金に選択元素として含有され、主として第二相粒子(Al-Mn系金属間化合物等)として存在すると共に、一部はマトリックスに固溶して存在する。第二相粒子生成とマトリックスへの固溶により、Mnはアルミニウム合金基板の剛性と強度を向上させる効果を発揮する。Niはアルミニウム合金に選択元素として含有され、主として第二相粒子(Al-Ni系金属間化合物等)として存在すると共に、一部はマトリックスに固溶して存在する。第二相粒子生成とマトリックスへの固溶により、Niはアルミニウム合金基板の剛性と強度を向上させる効果を発揮する。
【0027】
ここで、Fe、Mn及びNiの含有量の合計が0.10%未満では、アルミニウム合金基板の剛性と強度が不十分であり、耐衝撃性が低下する。一方、Fe、Mn及びNiの含有量の合計が7.00%を超えると、粗大な金属間化合物が生成して、エッチング時、ジンケート処理時、切削や研削の加工時において、金属間化合物が脱落して大きな窪みが発生し、めっき表面の平滑性が低下する。また、Fe、Mn及びNiの含有量の合計が7.00%を超えるとアルミニウム合金基板の強度もより高くなるため、圧延時に割れが発生してしまう。従って、Fe、Mn及びNiの含有量の合計は0.10~7.00%とする。なお、含有量は、アルミニウム合金基板の剛性と強度、ならびに、製造性との兼合いから、1.00~6.50%とするのが好ましく、より好ましくは2.50~6.00%である。
【0028】
なお、Feを必須元素として三元素の合計含有量が0.10~7.00%を満たしていれば、Fe、Mn及びNiのそれぞれの含有量の範囲については特に限定するものではなく、MnとNiのいずれか一方が0%であってもよい。
【0029】
アルミニウム合金には、Fe、Mn及びNiに加えて、更に、Cu、Zn、Mg、Si、Be、Cr、Zr、Sr、Na及びPからなる群から選択される1種又は2種以上が更なる選択元素として含まれていてもよい。
【0030】
Cu:1.00%以下
アルミニウム合金には、選択元素として1.00%以下のCuが含まれていてもよい。Cuは、主として第二相粒子(Al-Cu系金属間化合物等)として存在し、アルミニウム合金基板の強度とヤング率を向上させる効果を発揮する。また、ジンケート処理時のAl溶解量を減少させる。更に、ジンケート皮膜を均一に、薄く、緻密に付着させ、次工程のめっき工程での平滑性を向上させる効果を発揮する。
【0031】
しかしながら、Cuの含有量が多過ぎると、アルミニウム合金基板の耐食性が低下し、局所的にAlが溶出し易い領域が形成される。そのため、磁気ディスクの製造過程においてジンケート処理を行った際に、アルミニウム合金基板の表面においてAlの溶解量にムラが発生し、Zn皮膜の厚みのバラつきが大きくなり易い。その結果、Ni-Pめっき皮膜とアルミニウム合金基板との密着性の低下やNi-Pめっき皮膜の平滑性の低下を招く虞がある。
【0032】
アルミニウム合金中のCuの含有量を1.00%以下、好ましくは0.50%以下とすることにより、アルミニウム合金基板の剛性と強度を更に高め、めっきピットの形成を抑制し、Ni-Pめっき皮膜の平滑性をより高めることができる。なお、Cuの含有量の下限を、0.005%とするのが好ましく、より好ましくは0.010%である。Cu含有量は0%(0.000%)であってもよい。
【0033】
Zn:0.70%以下
アルミニウム合金中には、選択元素として0.70%以下のZnが含まれていてもよい。Znは、ジンケート処理時のAl溶解量を減少させ、またジンケート皮膜を均一に、薄く、緻密に付着させ、次工程のめっき工程での平滑性及び密着性を向上させる効果を発揮する。また、他の添加元素と第二相粒子を形成し、ヤング率と強度を向上させる効果を発揮する。
【0034】
しかしながら、Znの含有量が多過ぎると、アルミニウム合金基板の耐食性が低下し、局所的にAlが溶出し易い領域が形成される。そのため、磁気ディスクの製造過程においてジンケート処理を行った際に、アルミニウム合金基板の表面においてAlの溶解量にムラが発生し、Zn皮膜の厚みのバラつきが大きくなり易い。その結果、Ni-Pめっき皮膜とアルミニウム合金基板との密着性の低下やNi-Pめっき皮膜の平滑性の低下を招く虞がある。
【0035】
アルミニウム合金中のZnの含有量を0.70%以下、好ましくは0.50%以下とすることにより、アルミニウム合金基板の剛性と強度を更に高め、めっきピットの形成を抑制し、Ni-Pめっき皮膜の平滑性をより高めることができる。なお、Znの含有量の下限を、0.10%とするのが好ましく、より好ましくは0.25%である。Zn含有量は0%(0.00%)であってもよい。
【0036】
Mg:3.50%以下
アルミニウム合金中には、選択元素として3.50%以下のMgが含まれていてもよい。Mgは、主としてマトリックスに固溶して存在し、一部は第二相粒子(Mg-Si系金属間化合物等)として存在する。これにより、アルミニウム合金基板の強度と剛性を向上させる効果を発揮する。
【0037】
しかしながら、Mgの含有量が多過ぎると、アルミニウム合金中に粗大なAl-Mg系金属間化合物が生成して、エッチング時、ジンケート処理時、切削や研削の加工時において、金属間化合物が脱落して大きな窪みが発生し、めっき表面の平滑性が低下する。また、Mg含有量が多過ぎるとアルミニウム合金基板の強度がより高くなるため、圧延時に割れが発生してしまう。
【0038】
アルミニウム合金中のMgの含有量を3.50%以下、好ましくは2.00%以下とすることにより、アルミニウム合金基板の強度と剛性を更に高めることができる。なお、Mgの含有量の下限を、1.00%とするのが好ましく、より好ましくは1.20%である。Mg含有量は0%(0.00%)であってもよい。
【0039】
Cr:0.30%以下
アルミニウム合金中には、選択元素として0.30%以下のCrが含まれていてもよい。Crの一部は、鋳造時に生じる微細な金属間化合物としてアルミニウム合金基板内に分散し、剛性が向上する。鋳造時に金属間化合物を形成しなかったCrはAlマトリクス中に固溶し、固溶強化によってアルミニウム合金基板の強度を向上させる作用を有する。
【0040】
また、Crは、切削性及び研削性をより高めるとともに再結晶組織をより微細化する作用を有する。その結果、アルミニウム合金基板とNi-Pめっき皮膜との密着性をより高め、めっきピットの発生を抑制する。
【0041】
しかしながら、アルミニウム合金中のCrの含有量が多過ぎると、アルミニウム合金基板中に粗大なAl-Cr系金属間化合物が形成され易くなる。このような粗大なAl-Cr系金属間化合物がアルミニウム合金基板の表面から脱落した場合、後工程の無電解Ni-Pめっき処理においてめっきピットが形成され易くなる。
【0042】
アルミニウム合金中のCr含有量を0.30%以下とすることにより、アルミニウム合金基板の剛性と強度をより向上させることができる。また、めっきピットの発生をより効果的に抑制し、Ni-Pめっき皮膜の平滑性をより高めることができる。なお、Crの含有量の下限値を、0.03%とするのが好ましく、より好ましくは0.05%である。Cr含有量は0%(0.00%)であってもよい。
【0043】
Zr:0.15%以下
アルミニウム合金中には、選択元素として0.15%以下のZrが含まれていてもよい。Zrの一部は、鋳造時に生じる微細な金属間化合物としてアルミニウム合金基板内に分散し、剛性が向上する。鋳造時に金属間化合物を形成しなかったZrはAlマトリクス中に固溶し、固溶強化によってアルミニウム合金基板の強度を向上させる作用を有する。
【0044】
また、Zrは、切削性及び研削性をより高めるとともに再結晶組織をより微細化する作用を有する。その結果、アルミニウム合金基板とNi-Pめっき皮膜との密着性をより高め、めっきピットの発生を抑制する。
【0045】
しかしながら、アルミニウム合金中のZr含有量が多過ぎると、アルミニウム合金基板中に粗大なAl-Zr系金属間化合物が形成され易くなる。このような粗大なAl-Zr系金属間化合物がアルミニウム合金基板表面から脱落した場合、後工程の無電解Ni-Pめっき処理においてめっきピットが形成され易くなる。
【0046】
アルミニウム合金中のZr含有量を0.15%以下とすることにより、めっきピットの形成を抑制し、平滑なNi-Pめっき皮膜を形成するとともにアルミニウム合金基板の剛性と強度をより向上させることができる。なお、Zrの含有量の下限値を、0.03%とするのが好ましく、より好ましくは0.05%である。Zr含有量は0%(0.00%)であってもよい。
【0047】
Si:14.00%以下
アルミニウム合金中には、選択元素として14.00%以下のSiが含まれていてもよい。Siは、主に第二相粒子(Si粒子やAl-Fe-Si系金属間化合物等)として存在し、アルミニウム合金基板の剛性と強度を向上させる効果を発揮する。
【0048】
しかしながら、アルミニウム合金中のSiの含有量が多過ぎると、粗大な粒子や金属間化合物が形成され易くなる。このような粗大な粒子や金属間化合物がアルミニウム合金基板の表面から脱落した場合、後工程の無電解Ni-Pめっき処理においてめっきピットが形成され易くなる。
【0049】
アルミニウム合金中のSiの含有量を14.00%以下とすることにより、アルミニウム合金基板の剛性と強度をより向上させることができる。なお、Si含有量の下限値を、0.10%とするのが好ましく、より好ましくは0.50%である。Si含有量は0%(0.00%)であってもよい。
【0050】
Be:0.0015%以下
Beは、Mgを含むアルミニウム合金を鋳造する際に、Mgの酸化を抑制することを目的として溶湯内に添加される元素である。また、アルミニウム合金中に含有されるBeを0.0015%以下とすることにより、磁気ディスクの製造過程においてアルミニウム合金基板の表面に形成されるZn皮膜をより緻密にするとともに、厚みのバラつきをより小さくすることができる。その結果、アルミニウム合金基板上に形成されるNi-P皮膜の平滑性をより高めることができる。
【0051】
しかしながら、アルミニウム合金中のBe含有量が多過ぎると、アルミニウム合金基板の製造過程においてディスクブランクが加熱された際に、ディスクブランクの表面にBe系酸化物が形成され易くなる。また、アルミニウム合金が更にMgを含有する場合、ディスクブランクが加熱された際に、ディスクブランクの表面にAl-Mg-Be系酸化物が形成され易くなる。これらの酸化物量が多くなると、Zn皮膜の厚みのバラつきが大きくなり、めっきピットの発生を招く虞がある。
【0052】
アルミニウム合金中のBe含有量を0.0015%以下、好ましくは0.0010%以下とすることにより、Al-Mg-Be系酸化物の量を低減し、Ni-Pめっき皮膜の平滑性をより高めることができる。なお、Be含有量の下限値については、0%(0.0000%)であってもよい。
【0053】
Sr、Na及びP:それぞれ0.10%以下
Sr、Na及びPは、アルミニウム合金基板中の第二相粒子(主にSi粒子)を微細化し、めっき性を改善する効果を発揮する。また、アルミニウム合金基板中の第二相粒子のサイズの不均一性を小さくし、耐衝撃特性のバラつきを低減させる効果も発揮する。そのため、アルミニウム合金中にそれぞれが、0.10%以下のSr、Na、Pが含まれていてもよい。
【0054】
しかしながら、Sr、Na及びPのそれぞれが0.10%を超えて含有されても上記効果は飽和し、更なる顕著な効果が得られない。また、上記効果を得るためには、Sr、Na及びPのそれぞれの下限値を、0.001%とするのが好ましい。なお、Sr、Na及びPのそれぞれの含有量は0%(0.000%)であってもよい。
【0055】
その他の元素
アルミニウム合金には、上述した必須成分及び選択成分以外の不可避的不純物となる元素が含まれていてもよい。これらの元素としては、Ti、B、Si、Gaなどが挙げられ、その含有量は、B以外の各元素については0.10%以下、合計で0.30%以下であれば本発明の作用効果を損なわない。なお、Bについては、その含有量は0.0015%以下であれば本発明の作用効果を損なわない。ここで、TiとBが含有される場合には、後述する「Ti-B系粒子」が形成される。上述のように本発明においては、Siを選択成分として積極的に添加することもできるが、添加しない場合もある。Siは、一般的な純度の地金はもとより、Alの純度が99.9%以上である高純度の地金にも不可避的不純物として含まれ、このように不可避的不純物として含まれる場合は、上述のように0.10%以下であれば本発明の作用効果を損なわない。
【0056】
A-2.アルミニウム合金板の製造方法
(1)鋳造工程
上記合金組成のアルミニウム材の原料を溶解し、溶湯を溶製してからこれを鋳造して鋳塊を作製する。鋳造としては、半連続鋳造(DC鋳造)法や金型鋳造法、連続鋳造(CC鋳造)法が用いられる。DC鋳造法においては、スパウトを通して注がれた溶湯が、ボトムブロックと、水冷されたモールドの壁、ならびに、インゴット(鋳塊)の外周部に直接吐出される冷却水で熱を奪われ、凝固し、鋳塊として下方に引き出される。金型鋳造法においては、鋳鉄等で作られた中空の金型に注がれた溶湯が、金型の壁に熱を奪われ、凝固し、鋳塊が出来上がるCC鋳造法では、一対のロール(又は、ベルトキャスタ、ブロックキャスタ)の間に鋳造ノズルを通して溶湯を供給し、ロールからの抜熱で薄板を直接鋳造する。
【0057】
このような鋳造工程において、溶湯中の溶存ガスを低減する脱ガス処理及び溶湯中の固形物を除去するろ過処理をインラインで行うことが好ましい。
【0058】
脱ガス処理としては、例えば、SNIF(Spinning Nozzle Inert Flotation)プロセスと呼ばれる処理方法やAlpurプロセスと呼ばれる処理方法等を採用することができる。これらのプロセスにおいては、羽根付き回転体により溶湯を高速で攪拌しながらアルゴンガスやアルゴンと塩素との混合ガス等のプロセスガスを吹き込み、溶湯中にプロセスガスの微細な気泡を形成する。これにより、溶湯中に溶存した水素ガスや介在物を短時間で除去することができる。脱ガス処理には、インライン式の脱ガス装置を使用することができる。
【0059】
ろ過処理としては、例えば、ケークろ過方式やろ材ろ過方式などを採用することができる。また、ろ過処理には、例えば、セラミックチューブフィルター、セラミックフォームフィルター、アルミナボールフィルタ-などのフィルターを使用することができる。
【0060】
(2)均質化処理工程
鋳塊を作製した後に熱間圧延を行うまでの間に、必要に応じて鋳塊の面削を行い、均質化処理を行ってもよい。均質化処理における保持温度は、例えば300~570℃の範囲から適宜設定することができる。また、均質化処理における保持時間は、例えば1~60時間の範囲から適宜設定することができる。
【0061】
(3)熱間圧延工程
次に、鋳塊に熱間圧延を行い、熱間圧延板を作製する。熱間圧延の圧延条件は特に限定されるものではないが、例えば、開始温度を300~550℃の範囲とし、終了温度を220~390℃の範囲として熱間圧延を行うことができる。
【0062】
(4)冷間圧延工程
熱間圧延を行った後、得られた熱間圧延板に1パス以上の冷間圧延を行うことにより、冷間圧延板を得ることができる。冷間圧延の圧延条件は特に限定されることはなく、所望するアルミニウム合金基板の厚み及び強度に応じて適宜設定すればよい。例えば、冷間圧延における総圧下率は20~95%とすることができる。また、冷間圧延板の厚みは、例えば、0.2~1.9mmの範囲から適宜設定することができる。
【0063】
(5)焼鈍工程
上記態様の製造方法においては、冷間圧延における1パス目の前及びパス間のうち少なくとも一方において、必要に応じて焼鈍処理を行ってもよい。焼鈍処理は、バッチ式熱処理炉を用いて行ってもよいし、連続式熱処理炉を用いて行ってもよい。バッチ式熱処理炉を用いる場合、焼鈍時の保持温度を250~430℃、保持時間を0.1~10時間の範囲とすることが好ましい。また、連続式熱処理炉を用いる場合、炉内の滞在時間を60秒以内、炉内の温度を400~600℃とすることが好ましい。このような条件で焼鈍処理を行うことにより、冷間圧延時の加工性を回復させることができる。
以上の工程によって、アルミニウム合金板が作製される。
【0064】
A-3.アルミニウム合金基板の製造方法
上記のアルミニウム合金板からアルミニウム合金基板を作製するに当たっては、例えば、以下の方法を採用することができる。まず、アルミニウム合金板に打ち抜き加工を行って円環状を呈するディスクブランクを作製する。その後、ディスクブランクを厚み方向の両側から加圧しながら加熱して加圧焼鈍を行うことにより、ディスクブランクの歪みを低減させ、平坦度を向上させる。加圧焼鈍における保持温度と圧力は、例えば、250~430℃で1.0~3.0MPaの範囲から適宜選択することができる。また、加圧焼鈍における保持時間は、例えば、30分以上とすることができる。
【0065】
加圧焼鈍を行った後、ディスクブランクに切削加工及び研削加工を順次行い、所望の形状を有するアルミニウム合金基板を作製する。これらの加工を行った後に、必要に応じて、150~350℃で0.1~5.0時間の条件で、加工時の歪を除去する歪取り熱処理を行ってもよい。
以上の工程によって、アルミニウム合金基板が作製される。
【0066】
A-4.アルミニウム合金基板表面に存在する粒子
アルミニウム合金基板表面には、アルミニウム合金板の製造工程やアルミニウム合金基板の製造工程において後述の周囲環境から混入する粒子が存在し、また、アルミニウム合金成分に由来する粒子が存在する。これらの粒子のうち、1μm以上の最長径を有する粗大なものは、磁気ディスクの製造過程においてアルミニウム合金基板表面から脱落すると、その表面に大きな窪みが形成され、また、切削加工や研削加工の際に表面から脱落したものは工具とアルミニウム合金基板との間で引きずられ、アルミニウム合金基板表面を傷付ける。このような窪みや傷が存在している状態で無電解Ni-Pめっき処理を実施すると、Ni-Pめっき皮膜の表面にめっきピットが形成され、Ni-Pめっき皮膜の平滑性が損なわれる。従って、このような粗大な粒子の生成を抑制する必要がある。本発明者らによって、このような粗大な粒子として、周囲環境から混入するSi-K-O系粒子と、アルミニウム合金成分に由来するTi-B系粒子が存在することが判明した。
【0067】
(1)アルミニウム合金基板表面のSi-K-O系粒子
アルミニウム合金基板表面には、Si-K(カリウム)-O(酸素)系粒子が分散している。アルミニウム合金基板表面に存在するSi-K-O系粒子のうち、1μm以上の最長径を有するSi-K-O系粒子の数は1個/6000mm2以下に規制される。
【0068】
1μm以上の最長径を有するSi-K-O系粒子が1個/6000mm
2よりも多い場合には、アルミニウム合金基板表面に粗大なSi-K-O系粒子が存在していることになる。そして、このようなSi-K-O系粒子が磁気ディスクの製造過程において表面から脱落すると、アルミニウム合金基板の表面に大きな窪みが形成される。また、切削加工や研削加工の際に表面から脱落したSi-K-O系粒子が工具とアルミニウム合金基板との間で引きずられた場合、アルミニウム合金基板の表面に傷が発生する虞がある。このような窪みや傷が存在している状態で無電解Ni-Pめっき処理を実施すると、Ni-Pめっき皮膜の表面にめっきピットが形成され易くなる。
図1は、めっき後のアルミニウム合金基板の断面を示す走査イオン顕微鏡写真であるが、Si-K-O系粒子が存在するとめっきピットが形成されているのが分かる。
図1について更に説明すると、図の上部に示すめっきピットの位置には、図中に示されるようなSi-K-O系粒子が存在していたものであり、その粒子の一部が磁気ディスクの製造過程において表面から脱落して窪みとなり、この窪みがその後の無電解Ni-Pめっき処理によってNi-Pめっき皮膜の表面にめっきピットを形成するものである。
【0069】
1μm以上の最長径を有するSi-K-O系粒子の数を1個/6000mm2以下とすることにより、アルミニウム合金基板における粗大なSi-K-O系粒子の生成が抑制される。その結果、無電解Ni-Pめっき処理において、めっきピットが少なく平滑性の高いNi-Pめっき皮膜を形成することができる。Ni-Pめっき皮膜の平滑性をより高める観点からは、アルミニウム合金基板の表面に、1μm以上の最長径を有するSi-K-O系粒子が存在しないこと、すなわち、0個/6000mm2であることが好ましい。或いは、アルミニウム合金基板表面にSi-K-O系粒子が存在していても、その最長径が1μm未満であれば問題はない。最長径が1μm未満の場合は、上述のように形成される表面の窪みや傷が小さいので、これによって形成されるNi-Pめっき皮膜表面のめっきピットも小さく問題になる虞がない。
【0070】
なお、Si-K-O系粒子は、アルミニウム合金板を製造する際の圧延時やレベラー処理時等のロールを使用した処理時や、ディスクブランク打ち抜き時等に、ロール装置や打ち抜き装置の周囲の環境(以下、これらを「周囲環境」という)に存在する塵等が空気の対流や装置の振動などによってアルミニウム合金板表面に漂着し、その後の処理を経て最終的にアルミニウム合金基板表面に付着するものである。本発明では、このようなSi-K-O系粒子を、周囲環境から表面に付着したSi-K-O系粒子と云う。
【0071】
特に、アルミニウム合金板を製造する際の熱間圧延や冷間圧延のロールの使用時では、ロールの作動による振動によって周囲環境に存在する塵等が圧延板の表面に付着し、その後の工程で表面に埋め込まれる。また、アルミニウム合金板からのディスクブランク打ち抜き時においても断続的に打ち抜きが行われるため、その振動により塵等が表面に付着し、その後の加圧焼鈍で表面に埋め込まれる。ロール使用時や打ち抜き時に付着した塵等を完全に除去することは困難であるが、上述のように、最長径1μm未満のSi-K-O系粒子はNi-Pめっき皮膜の平滑性に影響を及ぼさない。Si-K-O系粒子の発生を抑制する方法としては、装置の周辺に保護カバーを設置することや、塵等が少ない環境に装置を設置することが有効である。なお、保護カバーとしては、ポリ塩化ビニルやアクリル樹脂、ガラス等を用いることが好ましい。保護カバーと装置までの距離が遠過ぎると混入防止の効果が少なく、近過ぎると保護カバーに付着した異物が落下して混入する虞もある。そのため、保護カバーと装置までの距離を0.5~6.0mとするのが好ましい。更に好ましくは、1.0~5.5mである。
【0072】
上記の対策を行うことで、Si-K-O系粒子の発生を大幅に抑制することが可能だが、Si-K-O系粒子が微量混入した場合に備えて、化学的処理を行うことが更に好ましい。なお、化学的処理を行う場合は、研削加工前に行うことが好ましい。化学的処理としては、硫酸等の水溶液を用いて行うことが好ましい。化学的処理液の濃度が0.1%未満の場合は、Si-K-O系粒子の除去が不十分な可能性があり、1.0%を超える場合、又は化学的処理液の温度が40℃を超える場合には、反応が活発になって板表面に孔が開き、めっき表面の平滑性が低下する可能性がある。そのため、0.1~1.0%の40℃以下の化学的処理液で洗浄を行うことが好ましい。また、化学的処理液の濃度は、0.2~0.8%の範囲が好ましく、温度は30℃以下が好ましい。温度が5℃以下ではSi-K-O系粒子の除去の効果が十分に得られない。なお、化学的洗浄の処理時間は5秒以上が好ましい。処理時間が短い場合はSi-K-O系粒子の除去が不十分となる可能性がある。処理時間の上限は特に設けないが、長くなり過ぎると製造コストが高くなるため、処理時間の上限は100秒程度とする。
【0073】
このようにしてアルミニウム合金基板表面に付着したSi-K-O系粒子とは、EDS(エネルギー分散型X線分光器)を有するSEM(走査型電子顕微鏡)を用いて元素分析を行った際に、Si、K及びOが検出される粒子をいう。また、本発明においてSi-K-O系粒子の最長径とは、SEMによるアルミニウム合金基板の表面画像において、Si-K-O系粒子の輪郭線上で最も離間した2点の距離として定義する。
【0074】
A-5.アルミニウム合金基板表面のTi-B系粒子
アルミニウム合金基板表面には、Ti-B系粒子が分散している。アルミニウム合金基板表面に存在するTi-B系粒子のうち、1μm以上の最長径を有するTi-B系粒子の数は1個/6000mm2以下に規制される。
【0075】
1μm以上の最長径を有するTi-B系粒子が1個/6000mm2よりも多い場合には、アルミニウム合金基板表面に粗大なTi-B系粒子が存在していることになる。そして、このようなTi-B系粒子が磁気ディスクの製造過程において表面から脱落すると、アルミニウム合金基板の表面に大きな窪みが形成される。また、切削加工や研削加工の際に表面から脱落したTi-B系粒子が工具とアルミニウム合金基板との間で引きずられた場合、アルミニウム合金基板の表面に傷が発生する虞がある。このような窪みや傷が存在している状態で無電解Ni-Pめっき処理を実施すると、Ni-Pめっき皮膜の表面にめっきピットが形成され易くなる。
【0076】
1μm以上の最長径を有するTi-B系粒子の数を1個/6000mm2以下とすることにより、アルミニウム合金基板における粗大なTi-B系粒子の生成が抑制される。その結果、無電解Ni-Pめっき処理において、めっきピットが少なく平滑性の高いNi-Pめっき皮膜を形成することができる。Ni-Pめっき皮膜の平滑性をより高める観点からは、アルミニウム合金基板の表面に、1μm以上の最長径を有するTi-B系粒子が存在しないこと、すなわち、0個/6000mm2であることが好ましい。或いは、アルミニウム合金基板表面にTi-B系粒子が存在していても、その最長径が1μm未満であれば問題はない。最長径が1μm未満の場合は、上述のように形成される表面の窪みや傷が小さいので、これによって形成されるNi-Pめっき皮膜表面のめっきピットも小さく問題になる虞がない。
【0077】
なお、少なくともTi及びBの両方を含むTi-B系粒子については上述のSi-K-O系粒子とは異なり、用いるアルミニウム合金に含まれる不可避的不純物としてのTiとBによって、アルミニウム合金板の製造工程であるアルミニウム合金溶湯の溶製工程などで形成され、その後の処理を経て最終的に表面を含むアルミニウム合金基板中に形成されるものである。このようなTi-B系粒子を完全に除去することは困難であるが、上述ように最長径1μm未満のTi-B系粒子は、Ni-Pめっき皮膜の平滑性に影響を及ぼさない。Ti-B系粒子の発生を抑制する方法としては、Ti及びBの含有量の少ない原料を使用することが有効である。すなわち、アルミニウム合金中に含有される不可避的不純物としてのTiとBの含有量を、それぞれ0.10%以下と0.0015%以下に制限することが好ましい。
【0078】
このようにしてアルミニウム合金基板表面に付着したTi-B系粒子とは、EDS(エネルギー分散型X線分光器)を有するSEM(走査型電子顕微鏡)を用いて元素分析を行った際に、Ti及びBが検出される粒子をいう。また、本発明においてTi-B系粒子の最長径とは、SEMによるアルミニウム合金基板の表面画像において、Ti-B系粒子の輪郭線上で最も離間した2点の距離として定義する。
【0079】
A-6.アルミニウム合金基板のヤング率
次に、アルミニウム合金基板のヤング率について説明する。
本発明に係るアルミニウム合金基板では、ヤング率を72GPa以上とすることで剛性が向上し、耐衝撃性の向上を図ることができる。アルミニウム合金基板においては、便宜上、ヤング率を耐衝撃性向上効果の強弱を表す指標として用いている。
【0080】
アルミニウム合金基板のヤング率は、72GPa以上であるのが好ましく、75GPa以上であることがより好ましい。なお、アルミニウム合金基板のヤング率の上限値は特に限定されるものではないが、合金組成や製造方法に拠って自ずと決まるものであり、本発明では80GPa程度である。
【0081】
B.磁気ディスク
B-1.磁気ディスクの構成
上記アルミニウム合金基板を備えた磁気ディスクは、例えば、以下の構成を有する。即ち、磁気ディスクは、アルミニウム合金基板と、このアルミニウム合金基板表面を覆うNi-Pめっき皮膜と、このNi-Pめっき皮膜上に積層された磁性体層とを有する。
【0082】
磁気ディスクは、更に、ダイヤモンドライクカーボンなどの炭素系材料からなり、磁性体層上に積層された保護層と、潤滑油からなり、保護層上に塗布された潤滑層とを有していてもよい。
【0083】
B-2.磁気ディスクの製造方法
アルミニウム合金基板から磁気ディスクを製造するに当たっては、例えば、以下の方法を採用することができる。まず、アルミニウム合金基板に脱脂洗浄を行いアルミニウム合金基板の表面に付着した加工油等の油分を除去する。脱脂洗浄の後、必要に応じて、酸を用いてアルミニウム合金基板にエッチングを施してもよい。エッチングを行った場合には、エッチング後に、エッチングによって生じたスマットをアルミニウム合金基板から除去するデスマット処理を行なうことが好ましい。これらの処理における処理条件は、処理液の種類に応じて適宜設定することができる。
【0084】
これらのめっき前処理を行った後に、アルミニウム合金基板の表面にZn皮膜を形成するジンケート処理を行う。ジンケート処理においては、AlをZnに置換する亜鉛置換めっきを行うことにより、Zn皮膜を形成することができる。ジンケート処理としては、1回目の亜鉛置換めっきを行った後に、アルミニウム合金基板の表面に形成されたZn皮膜を一旦剥離し、再度亜鉛置換めっきを行ってZn皮膜を形成する、いわゆるダブルジンケート法を採用するのが好ましい。ダブルジンケート法によれば、1回目の亜鉛置換めっきのみによって形成されるZn皮膜に比べて、より緻密なZn皮膜をアルミニウム合金基板表面に形成することができる。その結果、後工程の無電解Ni-Pめっき処理においてNi-Pめっき皮膜の欠陥を低減することができる。
【0085】
ジンケート処理によってアルミニウム合金基板の表面にZn皮膜を形成した後に、無電解Ni-Pめっき処理を行うことにより、Zn皮膜をNi-Pめっき皮膜によって置換することができる。上述のように、アルミニウム合金基板表面において、粗大なSi-K-O系粒子やTi-B系粒子が少なくできれば、ジンケート処理後のアルミニウム合金基板の表面には、緻密で厚みが薄く、かつ、厚みのバラつきが小さいZn皮膜が形成される。そして、無電解Ni-Pめっき処理においてこのようなZn皮膜をNi-Pめっき皮膜によって置換することにより、めっきピットが少なく平滑なNi-Pめっき皮膜を形成することができる。
【0086】
Ni-Pめっき皮膜の厚さを厚くすると、めっきピットが少なくなる傾向があり、平滑なNi-Pめっき皮膜を形成することができる。従って、めっき厚は7μm以上が好ましく、より好ましくは18μm以上であり、更に好ましくは25μm以上である。なお、実用上、めっき厚の上限値は40μm程度である。
【0087】
無電解Ni-Pめっき処理の後に、Ni-Pめっき皮膜を研磨することにより、Ni-Pめっき皮膜の表面の平滑性を更に高めることができる。
【0088】
無電解Ni-Pめっき処理の後に(研磨処理も含めて)、Ni-Pめっき皮膜上に、スパッタリングによって磁性体を付着させて磁性体層を形成する。磁性体層は、単一の層から構成されていてもよく、又は、互いに異なる組成を有する複数の層から構成されていてもよい。スパッタリングを行った後に、CVDによって磁性体層上に炭素系材料からなる保護層を形成する。次いで、保護層上に潤滑油を塗布して潤滑層を形成する。以上により、磁気ディスクを得ることができる。
【実施例】
【0089】
アルミニウム合金板及びその製造方法、ならびに、このアルミニウム合金板から作製したアルミニウム合金基板と及びその製造方法の実施例について説明する。なお、これらのアルミニウム合金板及びその製造方法、ならびに、このアルミニウム合金板から作製したアルミニウム合金基板と及びその製造方法の具体的な態様は、以下に示す実施例の態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で実施例から適宜構成を変更することができる。
【0090】
(1)アルミニウム合金板の作製
以下の方法により、本実施例において評価に使用するアルミニウム合金板を作製した。まず、溶解炉において、表1に示す化学成分を有する溶湯を調製した。なお、B2以外の合金は、B量が0.0015%以下(0.0000%ではない)のアルミニウム地金を使用し、B2の合金は、B量が0.0025%のアルミニウム地金を使用した。
【0091】
【0092】
次に、溶解炉内の溶湯を移し、後述の表2に示す鋳造方法で鋳塊を作製した。次いで、鋳塊の表面を面削し、鋳塊表面に存在する偏析層を除去した。面削を行った後に鋳塊を表2に示す条件で加熱処理することによって均質化処理を行なった。次いで、表2に示す条件で熱間圧延を実施して厚さ3mmの熱間圧延板を得た。更に、熱間圧延板を総圧下率75%で冷間圧延を実施し、厚さ約0.7mmの冷間圧延板を得た。なお、B1以外の材料は、熱間圧延用や冷間圧延用等のロール装置から表2に示す長さ離間した位置に保護カバーを設置し、B1では保護カバーを設置せずにアルミニウム合金板を作製した。なお、合金No.B4はFe、Mn及びNi量の合計含有量が多過ぎ強度が高過ぎたため、熱間圧延時に割れが発生して磁気ディスクとして使用できなかった。従って、合金No.B4を用いた比較例4では、熱間圧延及び冷間圧延を行えず、加圧焼鈍を行わなかった。
【0093】
(2)アルミニウム合金基板の作製
上記アルミニウム合金板に打ち抜き加工を施し、外径98mm、内径24mmの円環状を呈するディスクブランクを得た。次いで、得られたディスクブランクを厚み方向の両側から加圧しつつ、表2に示す温度で3時間保持して加圧焼鈍を実施した。更に、加圧焼鈍後の各ディスクブランクの外周端面及び内周端面に切削加工を施し、外径97mmで内径25mmのディスクブランクに加工した。その後、各ディスクブランクの板面に、研削量が10μmとなるように研削加工を施した。以上により、アルミニウム合金基板の試験材を作製した。
【0094】
(3)Si-K-O系粒子とTi-B系粒子の分布の評価
上記各試験材におけるSi-K-O系粒子とTi-B系粒子の数の評価方法を以下に説明する。なお、合金No.B3はFe、Mn及びNi量の合計含有量が少な過ぎ強度が低過ぎたため、切削加工時等に変形して磁気ディスク用として使用できなかった。合金No.B4を用いた比較例4では、全ての評価を行わなかった。
【0095】
上記各試験材におけるSi-K-O系粒子とTi-B系粒子の観察は、SEMにより行った。しかしながら、SEMによる観察範囲は数百μm2程度であるため、アルミニウム合金基表面に存在する最長径1μm以上のSi-K-O系粒子とTi-B系粒子の数が極めて少ない場合は、SEMを用いた各試験材表面の観察によってSi-K-O系粒子とTi-B系粒子の数を測定することは現実的ではない。そのため、本実施例においては、各試験材について以下の方法により最長径1μm以上のSi-K-O系粒子とTi-B系粒子の数を測定した。
【0096】
アルミニウム合金板表面に粗大なSi-K-O系粒子とTi-B系粒子が存在しない場合には、切削加工や研削加工の際に、粗大なSi-K-O系粒子とTi-B系粒子に起因する傷がアルミニウム合金基板表面に形成されないため平滑な表面を有するアルミニウム合金基板を得ることができる。その結果、アルミニウム合金基板上に形成されるNi-Pめっき皮膜にもめっきピットが形成され難い。
【0097】
一方、アルミニウム合金板表面に粗大なSi-K-O系粒子とTi-B系粒子が存在する場合には、切削加工や研削加工の際に、粗大なSi-K-O系粒子とTi-B系粒子に起因する傷がアルミニウム合金基板表面に形成される。その結果、アルミニウム合金基板上のNi-Pめっき皮膜には、アルミニウム合金基板表面の傷の直上の位置にめっきピットが形成され易い。
【0098】
そこで、まず、アルミニウム合金基板の各試験材の表面を目視により観察し、切削加工や研削加工の際に形成された傷の有無を確認した。次に、表面に傷が存在する試験材について、傷とその周辺をSEMにより観察してEDSを用いて表面の面分析を行った。そして、面分析により得られたSEM画像に基づき、各試験材表面にSi-K-O系粒子とTi-B系粒子が存在していること、ならびに、Si-K-O系粒子とTi-B系粒子の最長径と個数を確認した。
【0099】
結果を表2に示す。表2には、各試験材の表面に存在する最長径1μm以上のSi-K-O系粒子とTi-B系粒子の数、つまり、アルミニウム合金基板表面に存在する最長径1m以上のSi-K-O系粒子とTi-B系粒子の数を6000mm2当たりの数に換算した値を示す。
【0100】
【0101】
(4)ヤング率の評価
上述の加圧焼鈍後のディスクブランクから、60mm×8mmのサンプルを採取し、圧延方向から0°方向のヤング率を測定した。ヤング率の測定は、日本テクノプラス株式会社製のJE-RT型の装置を用いて室温で行なった。なお、アルミニウム合金基板の試験材から上記サイズのサンプルを採取して、同様にヤング率を測定すべきところである。しかしながら、加圧焼鈍後のディスクブランクを用いて測定したヤング率が、アルミニウム合金基板のヤング率の測定値と一致したことが確認されているので、本実施例では前者の測定値を採用した。なお、磁気ディスクの無電解Ni-PめっきとZn皮膜を剥離したものから上記サイズのサンプルを採取して、上記と同様に測定したヤング率もまた、加圧焼鈍後のディスクブランク及びアルミニウム合金基板を用いて測定したヤング率と一致したことが確認されている。結果を表2に示す。
【0102】
表2に示すように、本発明例1~12では、請求項で規定する特定の合金組成を有し、かつ、試験材の表面に露出した最長径1μm以上のSi-K-O系粒子とTi-B系粒子の数が1個/6000mm2以下であった。そのため、これらの本発明例では、無電解Ni-Pめっき処理におけるめっきピットの形成が抑制され、Ni-Pめっき皮膜の平滑性を高めることができる。
【0103】
一方、比較例1では、保護カバーを設置せずにB1のアルミニウム合金板を作製したため周囲環境からの塵等がアルミニウム合金板表面に付着し埋め込まれ、粗大なSi-K-O系粒子が多数存在した。粗大なSi-K-O系粒子は、アルミニウム合金基板を作製する過程で脱落し、表面の窪みや傷の原因となった。そのため、比較例1では、合金No.B1から作製されたアルミニウム合金基板に無電解Ni-Pめっき処理を行なった際に、めっきピットの数が多くなりNi-Pめっき皮膜の平滑性が低下することになる。また、比較例1では、Fe、Mn及びNiの合計含有量が少ない合金No.B1から作製されたアルミニウム合金基板を用いたため、耐衝撃性特性の指標となるヤング率が低過ぎた。
【0104】
比較例2では、B含有量が0.0025%の合金No.B2を使用したため、粗大なTi-B系粒子が多数存在した。粗大なTi-B系粒子は、アルミニウム合金基板を作製する過程で脱落し、表面の窪みや傷の原因となった。そのため、比較例2では、合金No.B2から作製されたアルミニウム合金基板に無電解Ni-Pめっき処理を行なった際に、めっきピットの数が多くなりNi-Pめっき皮膜の平滑性が低下することになる。また、比較例2では、Fe、Mn及びNiの合計含有量が少ない合金No.B2から作製されたアルミニウム合金基板を用いたため、耐衝撃性特性の指標となるヤング率が低過ぎた。
【0105】
比較例3では、Fe、Mn及びNiの合計含有量が少ない合金No.B3から作製されたアルミニウム合金基板を用いたため、耐衝撃性特性の指標となるヤング率が低過ぎた。
【0106】
上述のように、合金No.B4を用いた比較例4では全ての評価を行わなかった。
【0107】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、この発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
【0108】
本出願は、2020年4月6日に出願された、日本国特許出願特願2020-068368号に基づく。本明細書中に日本国特許出願特願2020-068368号の明細書、特許請求の範囲、図面全体を参照として取り込むものとする。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明により、剛性と強度を高めて優れた耐衝撃性を有する磁気ディスク用アルミニウム合金基板を提供できる。また、本発明により、表面の粗大なSi-K-O系粒子及びTi-B系粒子の生成を抑制して、これら粒子の脱落による基板表面への損傷を低減することによって、めっきピットが少なく平滑性の高いNi-Pめっき皮膜を形成可能な磁気ディスク用アルミニウム合金基板を提供できる。
【要約】
必須元素であるFeと、選択元素であるMn及びNiの少なくともいずれか一方を含有し、これらFe、Mn及びNiの含有量の合計が0.10~7.00mass%の関係を有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、周囲環境から表面に付着した最長径1μm以上のSi-K-O系粒子の分布が1個以下/6000mm2であり、表面に存在する最長径1μm以上のTi-B系粒子の分布が1個以下/6000mm2であることを特徴とする磁気ディスク用アルミニウム合金基板及びこれを用いた磁気ディスク。