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特許6998634ダイヤモンド形成用構造体、およびダイヤモンド形成用構造体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-23
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】ダイヤモンド形成用構造体、およびダイヤモンド形成用構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/04 20060101AFI20220111BHJP
【FI】
C30B29/04 S
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021172216
(22)【出願日】2021-10-21
【審査請求日】2021-11-30
(31)【優先権主張番号】P 2020177489
(32)【優先日】2020-10-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】304021288
【氏名又は名称】国立大学法人長岡技術科学大学
(73)【特許権者】
【識別番号】507007625
【氏名又は名称】澤邊 厚仁
(73)【特許権者】
【識別番号】520413450
【氏名又は名称】木村 豊
(73)【特許権者】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000134051
【氏名又は名称】株式会社ディスコ
(74)【代理人】
【識別番号】100180426
【弁理士】
【氏名又は名称】剱物 英貴
(72)【発明者】
【氏名】會田 英雄
(72)【発明者】
【氏名】澤邊 厚仁
(72)【発明者】
【氏名】木村 豊
(72)【発明者】
【氏名】水野 潤
(72)【発明者】
【氏名】大島 龍司
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/012529(WO,A1)
【文献】特開2007-270272(JP,A)
【文献】国際公開第2019/239803(WO,A1)
【文献】特開2020-073447(JP,A)
【文献】特開2019-108237(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/04
C23C 16/00-16/56
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベース基板と、前記ベース基板上に形成されたIr薄膜とで構成されるダイヤモンド形成用構造体であって、
前記ベース基板の熱膨張係数は、前記ダイヤモンドの熱膨張係数の5倍以下であり、かつ前記ベース基板の融点が700℃以上であり、
前記Ir薄膜のX線回折パターンにおけるピークの角度は、前記ベース基板のX線回折パターンにおけるピークの角度とは異なることを特徴とするダイヤモンド形成用構造体。
【請求項2】
前記Ir薄膜のロッキングカーブにおける(002)面の半値幅が700arcsec以下である、請求項1に記載のダイヤモンド形成用構造体。
【請求項3】
前記Ir薄膜の膜厚は1μm以下である、請求項1または2に記載のダイヤモンド形成用構造体。
【請求項4】
前記ベース基板は、Siまたはダイヤモンドである、請求項1~3のいずれか1項に記載のダイヤモンド形成用構造体。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のダイヤモンド形成用構造体の製造方法であって、
700℃以上の融点を有するダミー基板にIr薄膜を成膜するIr成膜工程と、
前記Ir成膜工程により成膜されたIr薄膜と、事前に用意したベース基板と、が接するように、前記Ir薄膜が成膜された前記ダミー基板を前記ベース基板に載置する載置工程と、
前記載置工程の後に前記ベース基板と前記Ir薄膜とを接合する接合工程と、
前記接合工程の後に前記ダミー基板を除去する除去工程と
を備えることを特徴とするダイヤモンド形成用構造体の製造方法。
【請求項6】
前記ダミー基板はMgOまたはサファイアである、請求項5に記載のダイヤモンド形成用構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大型のダイヤモンドをエピタキシャル成長させることができるダイヤモンド形成用構造体、およびダイヤモンド形成用構造体の製造方法に関する。特に、化学気相蒸着(以下、単に、「CVD」と称する。)によりダイヤモンドを形成するための構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、ダイヤモンドを成長させるための種々の手法が存在する。近年ではCVDダイヤモンドの大型化が要求されており、中でもヘテロエピタキシャル成長法が注目されている。この成長法は、大径のダイヤモンドを成長させることが可能な下地基材が存在すれば、この下地基材と同等サイズの単結晶ダイヤモンドが成長可能とされる方式である。
【0003】
ヘテロエピタキシャル成長法においては、ダイヤモンドの成膜を可能にする下地基材構造の研究が長年実施されてきた。その結果、単結晶Irを下地基材とし、その上に単結晶ダイヤモンドを成長させることが可能になった。
【0004】
しかし、大径のダイヤモンドを成膜する場合には大径の単結晶Irを入手する必要があるが、大径の単結晶Irを入手することは事実上不可能である。このため、実際のプロセスでは下地基材上にIr薄膜をエピタキシャル成長させる必要がある。また、大径のダイヤモンドは高価であるため、低価格化も大きな課題である。そこで、Ir薄膜を成膜するための下地基材の検討が進められてきた。下地基材に求められる主な条件は次の3点である。
【0005】
1点目:高品質なダイヤモンドのヘテロエピタキシャル成長が可能な一定水準の結晶品質を有するIr薄膜を形成することができること
2点目:下地基材とダイヤモンドとの熱膨張係数差が可能な限り小さいこと
3点目:温度やガス雰囲気などのダイヤモンド成長環境において亀裂などが入らず耐えられること
これらの3条件を鑑みると、下地基材としてはMgO、サファイア、Siが挙げられる。
【0006】
しかしながら、これらの下地基材が必ずしも前記3条件を満たしているわけではない。MgOおよびサファイアは、1点目および3点目の条件を満たし、この基材上のIr薄膜上には高品質なダイヤモンドを得ることができる。しかし、MgOの熱膨張係数は13.1×10-6/℃程度であり、サファイアの熱膨張係数は7.7×10-6/℃程度であるのに対して、ダイヤモンドの熱膨張係数は1.1×10-6/℃程度である。このように、これらの下地基材とダイヤモンドとの熱膨張係数差は大きく、形成されたダイヤモンドは成膜時に加わる熱応力に耐え切れずにクラックが入るため、ダイヤモンドの大型化は困難である。クラックを抑制するためにいくつかの成長テクニックアプローチが報告されているが、MgOやサファイアのように、ダイヤモンドとの熱膨張係数差が大きい下地基材を用いている限り、本質的な問題の解決には至らない。Ir薄膜のクラックを抑制するためにIr薄膜の膜厚を厚くすることも考えられるが、このような厚膜化はコストが高く多くの製造時間を費やしてしまうため、避けるべきである。
【0007】
一方、Siの熱膨張係数は2.4×10-6/℃程度でありダイヤモンドの熱膨張係数に近く、且つダイヤモンドの成長環境に耐え得るため、2点目および3点目の条件を満たす。しかし、Si上に成膜されたIr薄膜は品質が良好ではなく、その上にダイヤモンドをヘテロエピタキシャル成長させることができないため、3点目の条件を満たさない。そこで、Siに中間層を形成し、中間層の上にIr膜を形成する構造体が検討されている。
【0008】
例えば特許文献1には、単結晶Si等にグラファイトを形成し、グラファイトの上にIr膜を形成する単結晶ダイヤモンド形成用の基材が開示されている。同文献には、単結晶Si等の上にグラファイト層を設けることによって、従来のMgO種基材を用いた場合に比べて基材と単結晶ダイヤモンドとの間に発生する応力を小さくすることができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2012-001394号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、特許文献1に記載されている単結晶ダイヤモンド形成用の基材は、中間層がグラファイトであり安価に成膜することができるとしても、製造工程が複雑になるためにコストを抑えることができない。また、Ir薄膜がグラファイト上にヘテロエピタキシャル成長するため、Ir薄膜の品質がグラファイトに依存してしまう。さらに、単結晶ダイヤモンドにグラファイトが混入する懸念がある。
【0011】
このように、従来の構成ではIr薄膜が劣化する可能性が高くなってしまい、ひいてはダイヤモンドの品質に影響を及ぼすことになりかねない。高品質の単結晶ダイヤモンドを得るためには更なる検討が必要である。
【0012】
そこで、本発明の課題は、高品質の単結晶ダイヤモンドを形成するためのダイヤモンド形成用構造体、およびダイヤモンド形成用構造体の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、安価な構造体を得るため、薄いIr薄膜を用いてダイヤモンドを成長させる検討を行った。また、Ir薄膜を形成するための下地基材は、前述のように、主としてMgO、サファイア、およびSiの3種類が挙げられるが、これらを用いる場合には各々のメリットとデメリットを鑑みなければならない。このため、下地基材の材質によらず、薄く高品質のIr薄膜を用いることができるようにダイヤモンド成長プロセスを検討した。
【0014】
本発明者らは、上述の3要件をすべて満足するためには、下地基材に直接Ir薄膜を成膜しないようにプロセスを変更することに着目して検討を行った。その結果、高品質のIr薄膜を成膜することができるダミー基板にIrを成膜した後、得られたIr薄膜を、ダイヤモンドとの熱膨張係数差が可能な限り小さく、且つダイヤモンド成長環境に耐えられるベース基板に転写することに思い至った。従来では、特許文献1等に記載されているように、ダイヤモンドが成長するための種基材を下地基材(以下、「ベース基板」と称する。)やグラファイトなどの中間層にヘテロエピタキシャル成長させなければ、所望のダイヤモンドを製造することができないとされていた。つまり、従来では、Ir薄膜はベース基板または中間層にヘテロエピタキシャル成長されており、Ir薄膜と、ベース基板または中間層と、には結晶構造および結晶方位に関連性が必要であるとされていた。
【0015】
これに対し、本発明おける上記検討によって、Ir薄膜とベース基板の結晶構造または結晶方位に関連性がない場合であっても、高品質のダイヤモンドを形成することができる知見に基づき、Ir薄膜を転写したベース基板が完成された。換言すると、本発明によれば、Ir薄膜の結晶格子とIr薄膜の直下に位置するベース基板の結晶格子において、XRD回折パターンのピーク角度がずれている方が、むしろ、良好なダイヤモンドを形成することができるのである。これにともない、本発明のように、Ir薄膜がベース基板に転写された構成であれば中間層を設ける必要がなく、高品質のダイヤモンドを形成する知見も得られた。
これらの知見により完成された本発明は以下のとおりである。
【0016】
(1)ベース基板と、ベース基板上に形成されたIr薄膜とで構成されるダイヤモンド形成用構造体であって、ベース基板の熱膨張係数は、ダイヤモンドの熱膨張係数の5倍以下であり、かつベース基板の融点が700℃以上であり、Ir薄膜のX線回折パターンにおけるピークの角度は、ベース基板のX線回折パターンにおけるピークの角度とは異なることを特徴とするダイヤモンド形成用構造体。
【0017】
(2)Ir薄膜のロッキングカーブにおける(002)面の半値幅が700arcsec以下である、上記(1)に記載のダイヤモンド形成用構造体。
【0018】
(3)Ir薄膜の膜厚は1μm以下である、上記(1)または上記(2)に記載のダイヤモンド形成用構造体。
【0019】
(4)ベース基板は、Siまたはダイヤモンドである、上記(1)~上記(3)のいずれか1項に記載のダイヤモンド形成用構造体。
【0020】
(5)上記(1)~上記(4)のいずれか1項に記載のダイヤモンド形成用構造体の製造方法であって、700℃以上の融点を有するダミー基板にIr薄膜を成膜するIr成膜工程と、Ir成膜工程により成膜されたIr薄膜と、事前に用意したベース基板と、が接するように、Ir薄膜が成膜されたダミー基板をベース基板に載置する載置工程と、載置工程の後にベース基板とIr薄膜とを接合する接合工程と、接合工程の後にダミー基板を除去する除去工程とを備えることを特徴とするダイヤモンド形成用構造体の製造方法。
【0021】
(6)ダミー基板はMgOまたはサファイアである、上記(5)に記載のダイヤモンド形成用構造体の製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、本発明に係る構造体の断面図である。
図2図2は、ベース基板にIr薄膜が形成された構造体の模式図であり、図2(a)はIr薄膜がベース基板にヘテロエピタキシャル成長された構造体の模式図であり、図2(b)はベース基板にIr薄膜が転写された構造体の模式図である。
図3図3は、本発明に係る構造体の製造方法の一例を示す工程図であり、図3(a)はダミー基板であるMgOを示す斜視図であり、図3(b)はMgOにIr薄膜を成膜した斜視図であり、図3(c)はIr薄膜が成膜されたMgOをSi基板に載置して接合した斜視図であり、図3(d)は接合後にMgOを研磨した後の構造体を示す斜視図である。
図4図4は、MgO基板上に成膜したIr薄膜のXRDロッキングカーブを計測した結果を示す図を表し、図4(a)および図4(b)は、各々異なる成膜条件で成膜したIr薄膜の結果を示す図である。
図5図5は、本発明に係る構造体の製造途中でのXRD回折パターンを示す図であり、図5(a)および図5(b)はMgOを研磨により除去している最中のXRD回折パターンを示す図であり、図5(c)はMgOの研磨が終了した後のXRD回折パターンを示す図である。
図6図6は、Ir薄膜がMgO基板にヘテロエピタキシャル成長された構造体にダイヤモンドをヘテロエピタキシャル成長させた場合における、ダイヤモンド、Ir、およびMgOのXRD回折パターンを示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明を以下により詳しく説明する。
1. 構造体
(1) 構造体の基本構成
本発明に係るダイヤモンド形成用構造体は、図1に示すように、ベース基板11と、ベース基板11上に形成されたIr薄膜12とで構成されている。本発明のベース基板11およびIr薄膜12について以下に詳述する。
【0024】
(2) ベース基板
本発明のベース基板11は、熱膨張係数がダイヤモンドの熱膨張係数の5倍以下であり、かつ融点が700℃以上である必要がある。ダイヤモンドは少なくとも700℃以上の高温状態で形成されるため、Ir薄膜12が形成されたベース基板11の融点は700℃以上であることが必要である。好ましくは800℃以上であり、より好ましくは1000℃以上である。
【0025】
また、このような高温環境下では、ベース基板11とダイヤモンドとの熱膨張係数差が大き過ぎるとダイヤモンドを成膜した後の冷却時に反りが発生し、ダイヤモンドにクラックが入ってしまう。このため、本発明のベース基板11の熱膨張係数は、ダイヤモンドの熱膨張係数の5倍以下である必要がある。好ましくは3倍以下である。下限は特に限定されることはないが、好ましくは0.125倍以上であり、より好ましくは0.2倍以上であり、更に好ましくは0.33倍以上である。
【0026】
これらの条件を満たすベース基板11としては、Siまたはダイヤモンドが挙げられる。ダイヤモンドを用いる場合は、高温高圧合成により形成された単結晶質である大径のダイヤモンドが存在しないことから、直径は小径にならざるを得ない。大径のダイヤモンドを得るには、多結晶質、焼結等のように本発明に係る構造体により得られるダイヤモンドとは異なるダイヤモンドを用いることができる。
【0027】
なお、Irの熱膨張係数はダイヤモンドやSiの熱膨張係数よりやや大きいが、これによりダイヤモンドの品質に影響が出ることはないため、本発明ではダイヤモンドやSiを用いてもよい。一方、MgOおよびサファイアの熱膨張係数はダイヤモンドの熱膨張係数と比較して大き過ぎるため、MgOおよびサファイアとIr薄膜において結晶構造および結晶方位に関連性がない場合であってもダイヤモンドの品質が劣化してしまう。
安価に製造するためには、ベース基板11はSiであることが好ましい。
ベース基板11の板厚は、ダイヤモンドを形成する際に用いる通常の厚さであればよく0.01~15mm程度でよい。直径の大きさは特に問わないが、0.5インチ以上が望ましい。
【0028】
(3)Ir薄膜
本発明のIr薄膜12は、ベース基板11上でエピタキシャル成長されたものではなく、後述するダミー基板で成膜したものをベース基板11に転写したものである。このため、XRD回折パターンのピーク角度は、ベース基板11とIr薄膜12とでずれており、エピタキシャル成長により成膜された場合のように結晶構造および結晶方位に関連性がない。Ir薄膜12とベース基板11において結晶構造および結晶方位の関連性がないことは、Ir薄膜12のX線回折パターンにおけるピークの角度が、ベース基板11のX線回折パターンにおけるピークの角度とは異なることにより表される。
【0029】
図2は、ベース基板21にIr薄膜22が形成された構造体の模式図であり、図2(a)は、Ir薄膜22がベース基板21にヘテロエピタキシャル成長された構造体20の模式図であり、図2(b)は、Ir薄膜32がベース基板31に転写された構造体30の模式図である。
【0030】
図2(a)に示すように、ベース基板21にヘテロエピタキシャル成長されたIr薄膜22は、ベース基板21の結晶方位と同じ方位に成長する。また、Ir薄膜22の結晶構造はベース基板21に依存する。このため、ベース基板21とIr薄膜22のXRD回折パターンは、同じピーク角度を示す。一方、図2(b)に示すように、ベース基板31に転写されたIr薄膜32はベース基板31とは異なるダミー基板で成長したものであるため、転写されたIr薄膜32とベース基板31とは異なる結晶構造および結晶方位になり、XRD回折パターンのピーク角度がずれる。より具体的には、Ir薄膜32のXRD回折パターンで計測されるすべてのピーク角度がベース基板31のピーク角度からずれるのである。
【0031】
ここで、Ir薄膜22がベース基板21にヘテロエピタキシャル成長された場合であってもピーク角度がずれることはある。この場合には所定のピークのみがずれることがあるものの、本発明に係る構造体のように計測されるすべてのピーク角度がずれるわけではない。本発明に係る構造体におけるピーク角度のずれは結晶構造および結晶方位のずれによるものであり、ヘテロエピタキシャル成長による欠陥に由来するピーク角度のずれと容易に識別することができる。
【0032】
また、一部のヘテロエピタキシャル成長では、ピーク角度のずれがすべてのピークに一定に認められる場合がある。例えば、六方晶の基板に立方晶の膜が成膜された場合である。しかし、この場合のピーク角度のずれは格子定数から算出できる固有の値である。よって、本発明に係る構造体のようにすべてのピーク角度がランダムにずれることはない。
【0033】
図1に示す本発明のIr薄膜12は、ベース基板11によらずダイヤモンドを形成することができる品質を有する。Ir薄膜12の品質を評価する指標の1つとしてXRDで測定したロッキングカーブのデータを用いることができる。XRDロッキングカーブの半値幅が狭いほど面方位の揺らぎの度合いが少なく、ダイヤモンドヘテロエピタキシャル成長が可能となる。Ir薄膜12のXRDロッキングカーブにおける(002)面の半値幅は700arcsec以下であることが好ましい。
【0034】
ここで、Ir薄膜の(002)面のロッキングカーブに着目した理由は以下の通りである。本来、Ir薄膜は、主面が(001)面のダイヤモンドを作成するために、(001)方位が必要である。したがって、Ir薄膜の(001)面が主面としてIr薄膜に存在しているかを調べる必要がある。これをXRDで実証する際は、(002)面に限らず、Ir薄膜の(001)面、(003)面、(004)面などを測定してもよい。ただ、実際にはこれらの全ての面に対して回折現象が得られるわけではない。Irの場合には、(002)面や(004)面で計測する。よって、本発明の好ましい態様では、(002)面の半値幅に着目した結果、上記範囲内であれば、更に高品質のIr薄膜が得られることが分かる。
【0035】
(002)面の半値幅は、より好ましくは650arcsec以下であり、さらに好ましくは550arcsec以下である。下限は特に限定されないが、XRC半値幅は小さい方が好ましく、XRDの線源により定まる固有の半値幅と同等であればよい。例えば、30arcsec以上であればよい。
【0036】
本発明のIr薄膜12の膜厚は5μm以下であればよい。従来は、高品質のIr薄膜12を成膜するためには、ダイヤモンドとの熱膨張係数差が大きいダミー基板に厚いIr薄膜を成膜せざるをえなかった。ダイヤモンドを成膜した後の冷却時に発生する反りが抑制されるためには、Ir薄膜は400μm以上の膜厚が必要であるとされていた。しかし、本発明ではダイヤモンドとの熱膨張係数差が小さいベース基板11を用いることができるため、Ir薄膜12の膜厚が5μm以下であっても高品質のダイヤモンドを形成することができる。Ir薄膜12の膜厚は、好ましくは5μm以下であり、より好ましくは1μm以下であり、更に好ましくは0.5μm以下である。Ir薄膜12の膜厚の下限は特に限定されないが、ダイヤモンドの種基材として機能する最低限の膜厚として、0.0005μm以上であればよい。
また、本発明のIr薄膜12は、単結晶、多結晶のどちらであってもよい。
【0037】
さらに、本発明のIr薄膜12は、後述のようにベース基板に転写された後にダミー基板を除去することにより転写されるため、表面が研磨面である。このため、表面粗さが極めて低く、高品質のダイヤモンドを成膜することができる。
【0038】
2. 構造体の製造方法
本発明に係る構造体の製造方法は、上述した本発明に係る構造体を製造する方法である。図3は、本発明に係る構造体の製造方法の一例を示す工程図であり、図3(a)はダミー基板であるMgOを示す斜視図であり、図3(b)はMgOにIr薄膜を成膜した斜視図であり、図3(c)はIr薄膜が成膜されたMgOをSi基板に載置して接合した斜視図であり、図3(d)は接合後にMgOを研磨した後の構造体を示す斜視図である。なお、本実施形態においては、ダミー基板がMgOに限定されることはなく、また、ベース基板がSiに限定されることはなく、あくまで例示したものに過ぎない。図3を用いて詳述する。
【0039】
(2-1)ダミー基板の選定
まず、高品質のIr薄膜を成膜することができるダミー基板を用意する。ダミー基板としては、Irを成膜する際の加熱温度である700℃程度で溶融しなければよく、700℃以上の融点を有すればよい。上限は特に限定されないが、4000℃程度であればよい。例えば、MgO、またはサファイアが挙げられる。製造目的のダイヤモンドを安価に製造する観点から、好ましくはMgOである。ダミー基板の表面粗さは、Ir薄膜がダイヤモンドの品質を劣化させない程度の品質になるように成膜することができる程度であればよい。算術平均粗さであるRaが5nm以下であればよく、より好ましくは1nm以下であり、更に好ましくは0.5nm以下である。下限は特に限定されないが、0.01nm以上であればよい。
【0040】
(2-2)Ir薄膜の成膜
次に、ダミー基板にIr薄膜を成膜する。Ir薄膜の成膜方法としては、スパッター法を用いた従来の方法で成膜すればよい。成膜時間の短縮や品質の安定性向上を図るため、本発明では、D.Cスパッター法や、R.F.マグネトロンスパッター法などでヘテロエピタキシャル成長させてもよい。成膜条件としては、例えば、成膜温度が700~1300℃であり、雰囲気が1×10-1~1×10-5Torr程度のArガスであればよい。
【0041】
(2-3)ダミー基板の載置
成膜したIr薄膜をベース基板に転写する。本発明では、まずは成膜されたIr薄膜と事前に準備されたベース基板が接するように、ダミー基板をベース基板に載置する。また、ベース基板は、前述のダイヤモンド形成用構造体で説明したものと同様であるため、説明を省略する。
【0042】
(2-4)Ir薄膜の接合
ベース基板にIr薄膜を接合する。接合条件は、例えば、加熱温度が100~300℃であり、ダミー基板の加圧力は0.1~10MPaであり、加熱時間は10~120分である。雰囲気は、0.1~100Torr程度の真空でよい。
【0043】
(2-5)ダミー基板の除去
最後に、ダミー基板であるMgOを除去することによって、Si上に高品質のIr薄膜を形成することができる。MgOの除去方法は、研磨などで除去すればよい。XRDによりMgO由来のピークが計測されない程度にまで研磨することが好ましい。この場合、Ir薄膜もわずかに研磨されてしまうが、ダイヤモンドが成膜されるための膜厚が残存していればよい。
【0044】
3. ダイヤモンドの成膜方法
本発明に係る構造体を用いた製造方法は、主としてCVDによりIr薄膜上にヘテロエピタキシャル成長させて成膜する。マイクロ波CVD、直流プラズマCVDのいずれであってもよい。成膜温度は、700~1200℃程度でよい。
【0045】
このように、本発明に係るダイヤモンド形成用構造体は、ダイヤモンドとの熱膨張係数差が小さいベース基板上に高品質のIr薄膜が設けられている。これは、従来から行われているベース基板にIr薄膜をエピタキシャル成長させる工程ではなし得なかった構成である。このため、大径で高品質のダイヤモンドを製造することが可能になった。
【0046】
また、本発明に係る構造体は、従来の場合とは異なり、ベース基板とIr薄膜との間に中間層を介在させる必要がないため、本発明に係る構造体の製造方法では、製造時間を短縮するとともに安価にダイヤモンドを製造することができる。
【実施例
【0047】
以下では本発明を具体的に示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
まず、高品質のIr薄膜を成膜することができる10mm角のMgO基板を用意し、膜厚が450nmのIr薄膜を成膜した。成膜条件は、ターゲットがIrであるD.C.スパッター法を用い、Arガスが3×10-3Torrであり、MgOの温度が1100~1200℃の範囲であり、表面粗さがRa=0.4nmであるMgOを用いた第1条件、表面粗さがRa=0.1nmであるMgOを用いた第2条件、の2条件で試料を作製した。成膜したIr薄膜の品質を確認するため、パナリティカル社製のX’Pert-PRO MRDシステム(CuKα線)を用いてXRDロッキングカーブデータを測定した。
【0048】
図4は、MgO基板上に成膜したIr薄膜のXRDロッキングカーブを測定した結果を示す図を表し、図4(a)および図4(b)は、各々異なる成膜条件で成膜したIr薄膜の結果を示す図である。上記第1条件で成膜した結果が図4(a)であり、上記第2条件で成膜した結果が図4(b)である。図4に示すように、各成膜条件において、ロッキングカーブにおける(002)面の半値幅はいずれも700arcsec以下であった。このため、いずれのIr薄膜も、高品質のダイヤモンドを形成することができると考えられる。
【0049】
次に、Ir薄膜が成膜された各々のMgO基板を、予め用意しておいたSi基板に、Ir薄膜がSi基板に当接するように載置した。
その後、加熱温度が250℃であり、加熱時間が60分であり、7.5Torrである真空雰囲気でIr薄膜とSi基板とを接合した。この際、MgOには1MPaの圧力を加えた。
【0050】
最後に、MgOを研磨により除去して構造体を作製した。図5は、本発明に係る構造体の作製途中でのXRD回折パターンを示す図であり、図5(a)および図5(b)はMgOを研磨により除去している最中のXRD回折パターンを示す図であり、図5(c)はMgOの研磨が終了した後のXRD回折パターンを示す図である。図5の測定で用いた装置は図4の測定で用いたXRD回折装置と同じ装置を用い、θ/2θ法にて測定した。
【0051】
図5(a)に示すように、研磨の当初では、MgOおよびIrに由来するピークに加えてSiに由来する弱いピークが得られた。さらに研磨を進めると、図5(b)に示すように、MgOのピークが減少しつつ転写先のSi基板のピーク強度の増加が認められた。そこで、微小研磨を実施すべく精密な制御を行い、膜厚が450nmである極薄のIr薄膜とMgO基板との接合界面付近へと研磨を進めた。その結果、図5(c)に示すように、MgOに基づくピークが消滅しSi基板のピーク強度が増加した。この際、Ir薄膜に基づく(002)面のピーク強度も僅かに減少したが、そのピーク強度はダイヤモンドを作製するために必要十分なピーク強度である。
【0052】
このようにして得られた構造体を構成するIr薄膜およびSi基板の各々についてXRD回折パターンを調べた結果、各々のすべてのピーク角度が規則性なくずれていることが確認された。このため、Ir薄膜とベース基板であるSiの結晶構造および結晶方位に関連性がないことが確認された。
このようにして得られた各々の構造体に、CVDによりダイヤモンドをヘテロエピタキシャル成長させた結果、いずれも欠陥がなく高品質の単結晶ダイヤモンドが得られた。
【0053】
これに対し、前述の第2条件でIr薄膜を成膜したMgOに、CVDによりダイヤモンドをヘテロエピタキシャル成長させた。図6は、Ir薄膜がMgO基板にヘテロエピタキシャル成長された構造体にダイヤモンドをヘテロエピタキシャル成長させた場合における、ダイヤモンド、Ir、およびMgOのXRD回折パターンを示す図である。図6において、Heteroepitaxial diamondの回折面は(111)面であり、Heteroepitaxial Iridiumの回折面は(111)面であり、MgO substrateの回折面は(111)面である。図6の測定で用いた装置は図5で用いたXRD回折装置と同じ装置を用い、φスキャン法にて測定した。図6に示すように、これらはいずれも同じ角度にピークが存在することがわかった。また、得られたダイヤモンドに欠陥が存在することがわかった。クラックが入ったことも確認された。
【0054】
上述と同様に、ダミー基板であるサファイアに成膜したIr薄膜を、ベース基板であるMgOに転写した構造体でも、各々のすべてのピーク角度が規則性なくずれていることが確認された。ただ、MgOの熱膨張係数はダイヤモンドの5倍を超えるため、この構造体にCVDによりダイヤモンドをヘテロエピタキシャル成長させた結果、ダイヤモンドにクラックが入った。
【符号の説明】
【0055】
10、20、30 構造体
11、21、31 ベース基板
12、22、32 Ir薄膜

【要約】      (修正有)
【課題】高品質の単結晶ダイヤモンドを形成するためのダイヤモンド形成用構造体、およびその構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】ダイヤモンド形成用構造体10は、ベース基板11と、ベース基板11上に形成されたIr薄膜12とで構成されている。ベース基板11の熱膨張係数は、ダイヤモンドの熱膨張係数の5倍以下であり、かつベース基板11の融点が700℃以上である。Ir薄膜12のX線回折パターンにおけるピークの角度は、ベース基板11のX線回折パターンにおけるピークの角度とは異なる。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6