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特許7002179Fe-Ni合金粉並びにそれを用いたインダクタ用成形体およびインダクタ
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  • 特許-Fe-Ni合金粉並びにそれを用いたインダクタ用成形体およびインダクタ 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-04
(45)【発行日】2022-01-20
(54)【発明の名称】Fe-Ni合金粉並びにそれを用いたインダクタ用成形体およびインダクタ
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20220113BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20220113BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20220113BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20220113BHJP
   B22F 3/00 20210101ALI20220113BHJP
【FI】
B22F1/00 Y
H01F1/147 133
H01F1/147 158
H01F27/255
C22C38/00 303S
B22F3/00 B
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018005424
(22)【出願日】2018-01-17
(65)【公開番号】P2019123911
(43)【公開日】2019-07-25
【審査請求日】2020-11-17
(73)【特許権者】
【識別番号】506334182
【氏名又は名称】DOWAエレクトロニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】金谷 拓紀
(72)【発明者】
【氏名】後藤 昌大
【審査官】藤長 千香子
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-329847(JP,A)
【文献】特開2011-058058(JP,A)
【文献】特開2009-114505(JP,A)
【文献】特開2010-053372(JP,A)
【文献】特開2017-063156(JP,A)
【文献】特開2016-128592(JP,A)
【文献】特開2013-55315(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00
B22F 3/00
C22C 38/00
H01F 1/147
H01F 27/255
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni/(Fe+Ni)のモル比で0.002以上0.010以下のNiを含み、平均粒子径が0.25μm以上0.80μm以下であり、かつ、平均軸比が1.5以下のFe-Ni合金粒子からなるFe-Ni合金粉であって、前記のFe-Ni合金粉中のP含有量が、前記のFe-Ni合金粉の質量に対して0.05質量%以上1.0質量%以下であるFe-Ni合金粉
【請求項2】
前記のFe-Ni合金粉を大気中昇温速度10℃/minの条件下で加熱した際に1.0質量%増加した時点の温度として定義される耐熱温度が225℃以上である、請求項1に記載のFe-Ni合金粉。
【請求項3】
前記のFe-Ni合粉は、当該Fe-Ni合金粉とビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し、加圧成形した成形体について、100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が6.0以上、複素比透磁率の損失係数tanδが0.1以下となるものである、請求項1に記載のFe-Ni合金粉。
【請求項4】
請求項1~のいずれか1項に記載のFe-Ni合金粉を含む、インダクタ用の成形体。
【請求項5】
請求項1~のいずれか1項に記載のFe-Ni合金粉を用いたインダクタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インダクタ用の圧粉磁心の製造に適した、Fe-Ni合金粉およびその製造方法、並びにそれを用いたインダクタ用成形体およびインダクタに関する。
【背景技術】
【0002】
磁性体である鉄系金属の粉末は、従来より圧粉体として成形し、インダクタの磁心に用いられている。鉄系金属の例としては、SiやBを多量に含むFe系非晶質合金(特許文献1)やFe-Si-Al系のセンダスト、パーマロイ(特許文献2)等の鉄系合金の粉末が知られている。また、これらの鉄系金属粉は有機樹脂と複合化して塗料とし、表面実装型のコイル部品の製造にも用いられている(特許文献2)。
インダクタの1つである電源系インダクタは近年高周波化が進んでおり、100MHz以上の高周波で使用可能なインダクタが求められている。高周波帯域用のインダクタの製造方法として、例えば特許文献3には、大粒径の鉄系金属粉、中粒径の鉄系金属粉に微小粒径のニッケル系金属粉とを混合した磁性体組成物を使用したインダクタおよびその製造方法が開示されている。ここで微小粒径のニッケル系金属粉を混合するのは、粒径の異なる粉を混合することにより磁性体の充填度を向上させ、結果としてインダクタの透磁率を高めるためである。微小粒径のニッケル系金属粉の例としては、例えば特許文献4に開示される粉末がある。しかし、ニッケルを主成分とする微小粒径の合金粉には、コストが高いという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-014162号公報
【文献】特開2014-060284号公報
【文献】特開2016-139788号公報
【文献】特開2003-049203号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献3に開示された技術において、微小粒径のニッケル系金属粉に代えて、コストの安い鉄系金属粉を用いることが可能であれば、インダクタの材料コストの低減が期待できる。しかし、アスペクト比が小さく、真球に近い鉄系金属粉としては、従来、粒子径が0.8~1μm程度以上のものしか無かった。そのため粒子径が小さく、かつ透磁率が高い鉄系金属粉が求められていた。
本出願人は先に、日本特許出願2017-134617号において、粒子径0.25~0.80μm、軸比1.5以下であって、100MHzにおける透磁率μ’が高いFe粉およびシリコン酸化物被覆Fe合金粉およびその製造方法を開示した。前記の出願において開示された製造方法においては、リン含有イオンを共存させた湿式法によりFe粉を製造するが、その際、リンを少量含有するシリコン酸化物で被覆されたFe粉が得られる。しかし、前記のリンを少量含有するシリコン酸化物で被覆されたFe粉の場合には、耐熱性が低いという問題点があった。耐熱性が低いと、電子部品製造時の高温環境(例えば200℃以上)においてFe粉が酸化してしまい、望まれる磁気特性を備えた電子部品が得られない。そのため、粒子径が小さく、透磁率が高く、かつ耐熱性が高い磁性金属粉が求められていた。Fe粉の耐熱性を向上させるためには、磁気特性の観点から、Niを合金化することが好ましい。Niを合金化したFe-Ni合金粉としては、例えば上述の特許文献4に開示されるNi-Fe系合金粉があるが、この合金粉はNiを主成分とするものであり、コストが高いという問題は解消されない。すなわち、サブミクロンの粒径を持ち、軸比の低いFeを主成分とするFe-Ni合金粉は従来得られていない。
【0005】
本発明は、上記の問題点に鑑み、粒子径が小さく、高周波帯域において高いμ’を達成でき、かつ耐熱性の良好なFe-Ni合金粉を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、本発明では、 Ni/(Fe+Ni)のモル比で0.002以上0.010以下のNiを含み、平均粒子径が0.25μm以上0.80μm以下であり、かつ、平均軸比が1.5以下のFe-Ni合金粒子からなるFe-Ni合金粉が提供される。
前記のFe-Ni合金粉中のP含有量が、前記のFe-Ni合金粉の質量に対して0.05質量%以上1.0質量%以下であることが好ましい。また、前記のFe-Ni合金粉を大気中昇温速度10℃/minの条件下で加熱した際に1.0質量%増加した時点の温度として定義される耐熱温度が225℃以上であることが好ましい。さらに、前記のFe-Ni合粉は、当該Fe-Ni合金粉とビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し、加圧成形した成形体について、100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が6.0以上、複素比透磁率の損失係数tanδが0.1以下となるものであることが好ましい。
また本発明では、前記のFe-Ni合金粉を含むインダクタ用の成形体、および前記のFe-Ni合金粉を用いたインダクタが提供される。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、粒子径が小さく、高周波帯域において高いμ’を達成でき、かつ耐熱性の良好なFe-Ni合金粉を得ることが可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例1で得られたFe-Ni合金粉のSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[Fe-Ni合金粒子]
本発明により得られるFe-Ni合金粒子は、その製造プロセスから不可避的に混入するPおよびその他の不純物を除き、実質的に純粋なFe-Ni合金の粒子である。Fe-Ni金粒子については、その平均粒子径が0.25μm以上0.80μm以下であり、かつ平均軸比が1.5以下であることが好ましい。この平均粒子径ならびに平均軸比の範囲とする事で、初めて大きいμ’と十分に小さなtanδとを両立することが可能となる。平均粒子径が0.25μm未満であると、μ’が小さくなるので好ましくない。また、平均粒子径が0.80μmを超えると、渦電流損失の増大に伴ってtanδが高くなるので好ましくない。より好ましくは、平均粒子径が0.30μm以上0.65μm以下であり、さらに一層好ましくは、平均粒子径が0.40μm以上0.65μm以下である。平均軸比については、1.5を超えると、磁気異方性の増大によりμ’が低下するので好ましくない。平均軸比については特に下限は存在しないが、通常では1.10以上のものが得られる。軸比の変動係数は、例えば0.10以上0.25以下である。なお、本明細書においては、個々のFe-Ni合金粒子を対象とする場合はFe-Ni合金粒子と表現するが、Fe-Ni合金粒子の集合体の平均的な特性を対象とする場合には、Fe-Ni合金粉と表現する場合がある。
【0010】
[Ni含有量]
本発明のFe-Ni合金粒子は、Ni/(Fe+Ni)のモル比(以下、Ni比と称する。)で0.002以上0.010以下のNiを含むことが好ましい。Ni比が0.002未満では、Fe-Ni合金粒子の耐熱性向上の効果が不十分である。Ni比が0.002から増加すると、Fe-Ni合金粒子の耐熱温度が上昇するが、その後さらにNi比を増加すると、耐熱温度は下降する。Ni比が0.010を超えると、Fe-Ni合金粒子の耐熱性向上の効果が不十分になるので好ましくない。
Fe-Ni合金粒子の耐熱温度がNi比との関係でピークを持つ理由は現在のところ不明であるが、本発明者等は、後述するFe-Ni合金粒子の前駆体であるNiの水酸化物を含むFeの水酸化物を生成する際に、Ni比の増加とともに相分離が起こり、結果としてFe-Ni合金粒子において、Feに固溶するNiの量が低下したものと推定している。
【0011】
[P含有量]
本発明により得られるFe-Ni合金粒子は、後述する様に、湿式法により、リン含有イオンの共存下で製造されるため、実質的にPを含有する。本発明に用いられるFe-Ni合金粒子により構成されるFe-Ni合金粉中の平均的なPの含有量としては、Fe-Ni合金粉の質量に対して0.05質量%以上1.0質量%以下とすることが好ましい。P含有量がこの範囲を外れると、前記の平均粒子径および平均軸比を兼ね備えたFe-Ni合金粒子を製造することが困難になるので好ましくない。P含有量としては、0.1質量%以上0.3質量%以下であることがより好ましい。Pの含有は磁気特性向上に寄与しないが、前記範囲の含有であれば許容される。
【0012】
[耐熱温度]
前述の様に、本発明のFe-Ni合金粉の用途である電子部品の製造時に、当該Fe-Ni合金粉が例えば200℃程度以上の環境に曝されることが予想される。そのため、後述する定義により定まるFe-Ni合金粉の耐熱温度は225℃以上であることが好ましい。本発明において、Fe-Ni合金粉の耐熱温度の上限は特に限定するものではないが、後述する様に、260℃程度のものが得られている。
本発明において、Fe-Ni合金粉の耐熱温度は、熱重量-示差熱分析(TG-DTA)測定装置を用い、試料温度の昇温速度10℃/minの条件下で加熱した際に、供試試料であるFe-Ni合金粉の質量が1.0質量%増加した温度で定義される。なお、TG-DTA測定装置を用い、供試試料であるFe-Ni合金粉を室温から加熱すると、試料温度が100℃を超えたところで付着水の蒸発による重量減少が起こるので、試料温度100℃以上150℃以下における試料質量の最低値を質量増加の基準とする。
【0013】
[高周波特性]
本発明においては、Fe-Ni合金粉とビスフェノールF型エポキシ樹脂を9:1の質量割合で混合し、加圧成形した成形体について、100MHzにおいて測定した複素比透磁率の実数部μ’が6.0以上、より好ましくは7.5以上、複素比透磁率の損失係数tanδが0.1以下、より好ましくは0.07以下であることが好ましい。μ’が6.0未満では、インダクタに代表される電子部品の小型化効果が小さくなるので好ましくない。
【0014】
[Fe-Ni合金粉の製造工程]
本発明のFe-Ni合金粒子は、前記の日本特許出願2017-134617号に開示された製造方法に準じた製造方法により製造することができる。前記の出願に開示された製造方法は、リン含有イオンの存在下で湿式法により行うことが特徴であり、大別して三種の実施形態があるが、いずれの実施形態に準じた製造方法を用いても、前記の平均粒子径が0.25μm以上0.80μm以下であり、かつ、平均軸比が1.5以下のFe-Ni合金粒子により構成されるFe-Ni合金粉を得ることができる。
【0015】
[出発物質]
本発明のFe-Ni合金粉製造工程においては、Fe-Ni合金粉の前駆体である微量のNiの酸化物を含むFe酸化物の出発物質として、3価のFeイオンおよび微量のNiイオンを含む酸性の水溶液(以下、原料溶液と言う。)を用いる。もし、出発物質として3価のFeイオンに替えて2価のFeイオンを用いた場合には、沈殿物として3価の鉄の水和酸化物のほかに2価の鉄の水和酸化物やマグネタイト等をも含む混合物が生成し、最終的に得られるFe-Ni合金粒子の形状にバラつきが生じてしまうため、本発明で規定する形状を有するFe-Ni合金粉得ることができない。ここで、酸性とは溶液のpHが7未満であることを指す。これらのFeイオンおよびNiイオンの供給源としては、入手の容易さおよび価格の面から、硝酸塩、硫酸塩、塩化物の様な水溶性の無機酸塩を用いることが好ましい。
これらのFe塩およびNi塩を水に溶解すると、FeイオンおよびNiイオンが加水分解して、水溶液は酸性を呈する。このFeイオンおよび微量のNiイオンを含む酸性水溶液にアルカリを添加して中和すると、微量のNi水酸化物もしくはNiのオキシ水酸化物を含むFe水和酸化物の沈殿物が得られる。ここで鉄の水和酸化物とは一般式Fe23・nH2Oで表される物質で、n=1のときにはFeOOH(オキシ水酸化鉄)、n=3のときにはFe(OH)3(水酸化鉄)である。
原料溶液中のFeイオン濃度は、本発明では特に規定するものではないが、0.01mol/L以上1mol/L以下が好ましい。0.01mol/L未満では1回の反応で得られる沈殿物の量が少なく、経済的に好ましくない。Feイオン濃度が1mol/Lを超えると、急速な水和酸化物の沈澱発生により、反応溶液がゲル化しやすくなるので好ましくない。
原料溶液中のNiイオン濃度は、目的とするFe-Ni合金粉の組成を勘案し、Feイオン濃度にNi比を乗じた濃度とすることが好ましい。
【0016】
[リン含有イオン]
本発明のFe-Ni合金粉製造工程は、前記の微量のNiを含むFeの水和酸化物の沈殿物生成の際にリン含有イオンを共存させるか、加水分解生成物被覆のためにシラン化合物を添加する間にリン含有イオンを添加する。いずれの場合にも、シラン化合物被覆の際にはリン含有イオンが系内に共存している。リン含有イオンの供給源として、リン酸やリン酸アンモニウムやリン酸Naおよびそれらの1水素塩、2水素塩等の可溶性リン酸(PO4 3-)塩を用いることができる。ここでリン酸は3塩基酸であり、水溶液中で3段解離するため、水溶液中ではリン酸イオン、リン酸2水素イオン、リン酸1水素イオンの存在形態を取り得るが、その存在形態はリン酸イオンの供給源として用いた薬品の種類ではなく、水溶液のpHにより決まるので、上記のリン酸基を含むイオンをリン酸イオンと総称する。また、本発明の場合リン酸イオンの供給源として、縮合リン酸である二リン酸(ピロリン酸)を用いることも可能である。また、本発明においては、リン酸イオン(PO4 3-)に替えて、Pの酸化数の異なる亜リン酸イオン(PO3 3-)や次亜リン酸イオン(PO2 2-)を用いることも可能である。これらのリン(P)を含む酸化物イオンを総称してリン含有イオンと称する。
原料溶液に添加するリン含有イオンの量は、原料溶液中に含まれるFeイオンとNiイオンとの合計モル量に対するモル比(P/(Fe+Ni)比)で0.003以上0.1以下であることが好ましい。P/(Fe+Ni)比が0.003未満では、シリコン酸化物被覆酸化Fe-Ni合金粉中に含まれる酸化Fe-Ni合金粉の平均粒子径を増大させる効果が不十分であり、P/(Fe+Ni)比が0.1を超えると、理由は不明であるが、粒径を増大させる効果が得られない。より好ましいP/(Fe+Ni)比の値は0.005以上0.05以下である。
リン含有イオンを共存させることにより、前述した平均粒子径が0.25μm以上0.80μm以下であり、かつ、平均軸比が1.5以下のFe-Ni合金粒子が得られる機構は不明であるが、本発明者等は、後述する後述するシリコン酸化物被覆層がリン含有イオンを含有するために、その物性が変化するためと推定している。
なお、前述の様に、原料溶液にリン含有イオンを添加する時期は、後述する中和処理の前、中和処理後シリコン酸化物被覆を行う前、シラン化合物を添加する間のいずれでも構わない。
【0017】
[中和処理]
本発明のFe-Ni合金粉製造工程の第一の実施形態においては、公知の機械的手段により撹拌しながらリン含有イオンを含む原料溶液にアルカリを添加し、そのpHが7以上13以下になるまで中和して鉄の水和酸化物の沈殿物を生成する。なお、後述する実施例においては、主としてこの第一の実施形態に基づき説明を行う。
中和後のpHが7未満では、FeイオンがFeの水和酸化物として沈殿しないので好ましくない。中和後のpHが13を超えると、次工程のシリコン酸化物被覆工程において添加するシラン化合物の加水分解が速く、シラン化合物の加水分解生成物の被覆が不均一となるので、やはり好ましくない。
なお、本発明の製造方法において、リン含有イオンを含む原料溶液をアルカリで中和するにあたっては、リン含有イオンを含む原料溶液にアルカリを添加する方法以外に、アルカリにリン含有イオンを含む原料溶液を添加する方法を採用してもよい。
なお、本明細書に記載のpHの値は、JIS Z8802に基づき、ガラス電極を用いて測定した。pH標準液として、測定するpH領域に応じた適切な緩衝液を用いて校正したpH計により測定した値をいう。また、本明細書に記載のpHは、温度補償電極により補償されたpH計の示す測定値を、反応温度条件下で直接読み取った値である。
中和に用いるアルカリとしては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア水、炭酸水素アンモニウムなどのアンモニウム塩のいずれであっても良いが、最終的に熱処理して鉄の水和酸化物の沈殿物を鉄酸化物とした時に不純物が残りにくいアンモニア水や炭酸水素アンモニウムを用いることが好ましい。これらのアルカリは、出発物質の水溶液に固体で添加しても構わないが、反応の均一性を確保する観点からは、水溶液の状態で添加することが好ましい。
中和反応の終了後、沈殿物を含むスラリーを撹拌しながらそのpHで5min~24h保持し、沈殿物を熟成させる。
本発明の製造方法においては、中和処理時の反応温度は特に規定するものではないが、10℃以上90℃以下とするのが好ましい。反応温度が10℃未満、または90℃超えでは温度調整に要するエネルギーコストを考慮すると好ましくない。
【0018】
本発明の製造方法の第二の実施形態においては、公知の機械的手段により撹拌しながら原料溶液にアルカリを添加し、そのpHが7以上13以下になるまで中和して鉄の水和酸化物の沈殿物を生成した後、沈殿物を熟成させる過程で沈殿物を含むスラリーにリン含有イオンを添加する。リン含有イオンの添加時期は、沈殿物生成の直後でも熟成の途中でも構わない。なお、第二の実施形態における沈殿物の熟成時間および反応温度は、第一の実施形態のそれ等と同じである。
本発明の製造方法の第三の実施形態においては、公知の機械的手段により撹拌しながら原料溶液にアルカリを添加し、そのpHが7以上13以下になるまで中和して鉄の水和酸化物の沈殿物を生成した後、沈殿物を熟成させる。この実施形態において、リン含有イオンはシリコン酸化物被覆を行う際に添加する。
【0019】
[シラン化合物の加水分解生成物による被覆]
本発明のFe-Ni合金粉製造工程においては、前記までの工程で生成したNiを微量含むFeの水和酸化物の沈殿物にシラン化合物の加水分解生成物の被覆を施す。シラン化合物の加水分解生成物の被覆法としては、いわゆるゾル-ゲル法を適用することが好ましい。
ゾル-ゲル法の場合、鉄の水和酸化物の沈殿物のスラリーに、加水分解基を持つシリコン化合物、例えばテトラエトキシシラン(TEOS)、テトラメトキシシラン(TMOS)や、各種のシランカップリング剤等のシラン化合物を添加して撹拌下で加水分解反応を生起させ、生成したシラン化合物の加水分解生成物によりFeの水和酸化物の沈殿物の表面を被覆する。また、その際、酸触媒、アルカリ触媒を添加しても構わないが、処理時間を考慮するとそれらの触媒を添加することが好ましい。代表的な例として酸触媒では塩酸、アルカリ触媒ではアンモニアとなる。酸触媒を使用する場合には、Feの水和酸化物の沈殿物が溶解しない量の添加に留める必要がある。
シラン化合物の加水分解生成物による被覆についての具体的手法は、公知プロセスにおけるゾル-ゲル法と同様とすることができ、原料溶液に仕込んだFeイオンとNiイオンの合計モル数に対する、スラリーに滴下するシリコン化合物に含まれるSiの全モル数の比(Si/(Fe+Ni)比)は0.05以上0.5以下とする。シラン化合物の加水分解生成物被覆の反応温度としては20℃以上60℃以下、反応時間としては1h以上20h以下程度である。
本発明のFe-Ni合金粉製造工程の第三の実施形態においては、上記の中和後の熟成により得られたNiを微量含むFeの水和酸化物の沈殿物を含むスラリーに、上記の加水分解基を持つシリコン化合物の添加開始から添加終了までの間に、リン含有イオンを同時に添加する。リン含有イオンの添加時期は、加水分解基を持つシリコン酸化物の添加開始と同時、または添加終了と同時でも構わない。
【0020】
[沈殿物の回収]
前記の工程により得られたスラリーから、シラン化合物の加水分解生成物を被覆したNiを微量含むFeの水和酸化物の沈殿物を分離する。固液分離手段としては、濾過、遠心分離、デカンテーション等の公知の固液分離手段を用いることが出来る。固液分離時には、凝集剤を添加し固液分離しても構わない。引き続き、固液分離して得られたシラン化合物の加水分解生成物を被覆したNiを微量含むFeの水和酸化物の沈殿物を洗浄した後、再度固液分離することが好ましい。洗浄方法はリパルプ洗浄等の公知の洗浄手段を用いることができる。最終的に回収されたシラン化合物の加水分解生成物を被覆したNiを微量含むFeの水和酸化物の沈殿物に乾燥処理を施す。なお、当該乾燥処理は、沈殿物に付着した水分を除去することを目的としたものであり、水の沸点以上の110℃程度の温度で行っても構わない。
【0021】
[加熱処理]
本発明のFe-Ni合金粉製造工程においては、前記のシラン化合物の加水分解生成物を被覆したNiを微量含むFeの水和酸化物の沈殿物を加熱処理することによりシリコン酸化物被覆Fe-Ni合金粉の前駆体であるシリコン酸化物を被覆した微量の酸化Niを含む酸化Fe粉を得る。加熱処理の雰囲気は特に規定するものではないが、大気雰囲気で構わない。加熱は概ね500℃以上1500℃以下の範囲で行うことができる。加熱処理温度が500℃未満では粒子が十分に成長しないため好ましくない。1500℃を超えると必要以上の粒子成長や粒子の焼結が起こるので好ましくない。加熱時間は10min~24hの範囲で調整すればよい。当該加熱処理により、鉄の水和酸化物は鉄酸化物に変化する。加熱処理温度は、好ましくは800℃以上1250℃以下、より好ましくは900℃以上1150℃以下である。なお、当該熱処理の際、微量のNiを含むFeの水和酸化物の沈殿を被覆するシラン化合物の加水分解生成物もシリコン酸化物に変化する。当該シリコン酸化物被覆層は、微量のNiを含むFeの水和酸化沈殿同士の加熱処理時の焼結を防止する作用も有している。
【0022】
[還元熱処理]
本発明のFe-Ni合金粉製造工程においては、前記の工程で得られた前駆体であるシリコン酸化物被覆を施した微量の酸化Niを含む酸化Fe粉を還元雰囲気中で熱処理することにより、シリコン酸化物被覆Fe-Ni合金粉が得られる。還元雰囲気を形成するガスとしては、水素ガスや水素ガスと不活性ガスの混合ガスが挙げられる。還元熱処理の温度は、300℃以上1000℃以下の範囲とすることができる。還元熱処理の温度が300℃未満では酸化鉄の還元が不十分となるので好ましくない。1000℃を超えると還元の効果が飽和する。加熱時間は10~120minの範囲で調整すればよい。
【0023】
[安定化処理]
通常、還元熱処理により得られるFe-Ni合金粉は、その表面が化学的に極めて活性なため、徐酸化による安定化処理を施すことが多い。本発明のFe-Ni合金粉製造工程方法で得られるFe-Ni合金粉は、その表面が化学的に不活性なシリコン酸化物で被覆されているが、表面の一部が被覆されていない場合もあるので、好ましくは安定化処理を施し、Fe-Ni合金粉表面の露出部に酸化保護層を形成する。安定化処理の手順として、一例として以下の手段が挙げられる。
還元熱処理後のシリコン酸化物被覆Fe-Ni合金粉が曝される雰囲気を還元雰囲気から不活性ガス雰囲気に置換した後、当該雰囲気中の酸素濃度を徐々に増大させながら20~200℃、より好ましくは60~100℃で前記露出部の酸化反応を進行させる。不活性ガスとしては、希ガスおよび窒素ガスから選ばれる1種以上のガス成分が適用できる。酸素含有ガスとしては、純酸素ガスや空気が使用できる。酸素含有ガスとともに、水蒸気を導入してもよい。シリコン酸化物被覆Fe-Ni合金粉を20~200℃好ましくは60~100℃に保持するときの酸素濃度は、最終的には0.1~21体積%とする。酸素含有ガスの導入は、連続的または間欠的に行うことができる。安定化工程の初期の段階で、酸素濃度が1.0体積%以下である時間を50min以上キープすることがより好ましい。
【0024】
[シリコン酸化物被覆の溶解処理]
上述したシリコン酸化物被覆Fe-Ni合金粉のシリコン酸化物被覆をすべて除去すると、被覆のない純粋なFe-Ni合金粉が得られる。非磁性のシリコン酸化物被覆を除去するとFe-Ni合金粉の磁気特性が向上する。
溶解処理に用いるアルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム溶液、水酸化カリウム溶液、アンモニア水等、工業的に用いられている通常のアルカリ水溶液を用いることができる。処理時間等を考慮すると、処理液のpHは10以上、処理液の温度は60℃以上沸点以下であることが好ましい。
なお、上述のシリコン酸化物被覆を完全に除去するのには長時間を要するので、SiがFe-Ni合金粉に対して2.0質量%程度残存することは許容される。
[固液分離および乾燥]
前記までの一連の工程で得られたFe-Ni合金粉を含むスラリーから、公知の固液分離手段を用いてFe-Ni合金粉を回収する。固液分離手段としては、濾過、遠心分離、デカンテーション等の公知の固液分離手段を用いることが出来る。固液分離時には、凝集剤を添加し固液分離しても構わない。
【0025】
[解砕処理]
前記のシリコン酸化物被覆の溶解処理により得られたFe-Ni合金粉は、解砕してもよい。解砕を行うことで、Fe-Ni合金粉のマイクロトラック測定装置による体積基準の累積50%粒子径を小さくすることができる。解砕手段としては、ビーズミル等のようなメディアを用いた粉砕装置による方法や、ジェットミルのようにメディアレスの粉砕装置による方法など、公知の方法を採用することができる。メディアを用いた粉砕装置による方法の場合は、得られるFe-Ni合金粉の粒子形状が変形して軸比が大きくなってしまい、その結果として後工程で成形体を作成する際のFe-Ni合金粉の充填度が下がる、Fe-Ni合金粉の磁気特性が悪化する等の不具合が生じる恐れがあるため、メディアレスの粉砕装置を採用することが好ましく、ジェットミル粉砕装置を用いて解砕を行うことが特に好ましい。ここでジェットミル粉砕装置とは、粉砕対象物または粉砕対象物と液体とを混合したスラリーを、高圧ガスにより噴射させて衝突板などと衝突させる方式の粉砕装置をいう。液体を使用せずに粉砕対象物を高圧ガスで噴射させるタイプを乾式ジェットミル粉砕装置、粉砕対象物と液体とを混合したスラリーを用いるタイプを湿式ジェットミル粉砕装置と呼ぶ。この粉砕対象物または粉砕対象物と液体とを混合したスラリーを衝突させる対象物としては、衝突板などの静止物でなくともよく、高圧ガスにより噴射された粉砕対象物同士や、粉砕対象物と液体とを混合したスラリー同士を衝突させる方法を採用してもよい。
また、湿式ジェットミル粉砕装置を用いて解砕を行う場合の液体としては、純水やエタノールなど一般的な分散媒を採用することができるが、エタノールを用いることが好ましい。
解砕に湿式ジェットミル粉砕装置を用いた場合には、解砕されたFe-Ni合金粉と分散媒との混合物である解砕処理後のスラリーが得られ、このスラリー中の分散媒を乾燥させることで解砕されたFe-Ni合金粉を得ることができる。乾燥方法としては公知の方法を採用することができ、雰囲気としては大気でもよい。ただし、Fe-Ni合金粉の酸化を防止する観点から、窒素ガス、アルゴンガス、水素ガス等の非酸化性雰囲気での乾燥や、真空乾燥を行うことが好ましい。また、乾燥速度を速めるために例えば100℃以上に加温して行うことが好ましい。なお、乾燥後に得られたFe-Ni合金粉を再びエタノールと混合してマイクロトラック粒度分布測定を行った場合、前記解砕処理後のスラリーにおけるFe-Ni合金粉のD50をほぼ再現することができる。すなわち、乾燥の前後でFe-Ni合金粉のD50は変化しない。
【0026】
[粒子径]
Fe-Ni合金粒子の粒子径は、走査型電子顕微鏡(SEM)観察により求めた。SEM観察は、日立ハイテクノロジーズ社製S-4700を用いた。
SEM観察においては、ある粒子について、面積が最少となる外接する長方形の長辺の長さをその粒子の粒子径と定める。ここで、直線間距離とは、平行な二本の直線に対して垂直に引いた線分の長さを指す。具体的には、5000倍の倍率で撮影したSEM写真中において、視野内に外縁部全体が観察される粒子をランダムに300個選択してその粒子径を測定し、その平均値を、当該Fe-Ni合金粉の平均粒子径とした。
【0027】
[軸比]
SEM画像上のある粒子について、面積が最少となる外接する長方形の短辺の長さを「短径」と呼び、粒子径/短径の比をその粒子の「軸比」と呼ぶ。粉末としての平均的な軸比である「平均軸比」は以下のようにして定めることができる。SEM観察により、ランダムに選択した300個の粒子について「粒子径」と「短径」を測定し、測定対象の全粒子についての粒子径の平均値および短径の平均値をそれぞれ「平均粒子径」および「平均短径」とし、平均粒子径/平均短径の比を「平均軸比」と定める。なお、上記の粒子径、短径の測定にあたり、一視野にて外縁部全体が観察される粒子の個数が300個に満たない場合には、別視野の複数のSEM写真を撮影して、粒子の個数合計が300個になるまで測定を行うことができる。
【0028】
[組成分析]
Fe-Ni合金粉の組成分析にあたり、Fe-NiおよびPの含有量(質量%)についてはFe-Ni合金粉を溶解した後、アジレントテクノロジー製ICP-720ES発光分光分析装置を用い、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)により求めた。また、Fe-Ni合金粉のSi含有量(質量%)についてはJIS M8214-1995に記載の珪素定量方法により求めた。
【0029】
[磁気特性]
VSM(東英工業社製VSM-P7)を用い、印加磁場795.8kA/m(10kOe)でB-H曲線を測定し、保磁力Hc、飽和磁化σsについて評価を行った。
【0030】
[複素透磁率]
Fe-Ni合金粉とビスフェノールF型エポキシ樹脂(株式会社テスク製;一液性エポキシ樹脂B-1106)を90:10の質量割合で秤量し、真空撹拌・脱泡ミキサー(EME社製;V-mini300)を用いてこれらを混練し、供試粉末がエポキシ樹脂中に分散したペーストとした。このペーストをホットプレート上で60℃、2h乾燥させて金属粉末と樹脂の複合体としたのち、粉末状に解粒して、複合体粉末とした。この複合体粉末0.2gをドーナッツ状の容器内に入れて、ハンドプレス機により9800N(1Ton)の荷重をかけることにより、外径7mm、内径3mmのトロイダル形状の成形体を得た。この成形体について、RFインピーダンス/マテリアル・アナライザ(アジレント・テクノロジー社製;E4991A)とテストフィクスチャ(アジレント・テクノロジー社製;16454Aを用い、100MHzにおける複素比透磁率の実数部μ’および虚数部μ”を測定し、複素比透磁率の損失係数tanδ=μ”/μ’を求めた。本明細書において、この複素比透磁率の実数部μ’を、「透磁率」、「μ’」と呼ぶことがある。
本発明のFe-Ni合金粉を用いて製造された成形体は、優れた複素透磁率特性を示し、インダクタの磁心として好適に用いることができる。
【0031】
[BET比表面積]
BET比表面積は、株式会社マウンテック製のMacsorb model-1210を用いて、BET一点法により求めた。
【0032】
[耐熱温度]
耐熱温度は、日立ハイテクサイエンス社製のTG-DTA測定装置を用いて、試料質量約20mg、空気流量0.2L/minならびに試料温度の昇温速度10℃/minの条件にて、試料質量が1.0量%増加した温度を測定して、耐熱温度とした。なお、質量増加の基準となる試料質量は、試料温度100℃以上150℃以下における試料質量の最低値とした。
本発明のように、Fe-Ni二元系において耐熱性が向上したが、ほかの元素をさらに添加した場合の三元系以上でも耐熱性の向上が図られる。具体的には、(Ni+M)/(Fe+Ni+M)として、他の元素をM(M=Co、Mn、Cr、Mo、Cu、Tiから少なくとも1つ以上を含む)として(Ni+M)/(Fe+Ni+M)=0.002~0.01のモル比範囲とする。
【実施例
【0033】
[実施例1]
5L反応槽にて、純水4084.28gに、純度99.7質量%の硝酸鉄(III)9水和物563.77g、純度98.0質量%の硝酸ニッケル(II)6水和物1.97gおよび85質量%H3PO4水溶液2.78gを大気雰囲気中、撹拌羽根により機械的に撹拌しながら溶解し、溶解液を得た(手順1)。この溶解液のpHは約1であった。なお、この条件では、仕込み時のNi/(Fe+Ni)のモル比は0.005であり、前記溶解液中に含まれる3価のFeイオンとNiイオンの合計量に対するリン酸に含まれるP元素のモル比P/(Fe+Ni)比は0.017である。
この溶解液を30℃の条件下、大気雰囲気中で、撹拌羽根により機械的に撹拌しながら、22.04質量%のアンモニア溶液435.73gを10minかけて添加し、滴下終了後に30min間撹拌を続けて生成した微量のNiを含むFe水酸化物の沈殿物の熟成を行った。その際、沈殿物を含むスラリーのpHは約9であった(手順2)。
手順2で得られたスラリーを撹拌しながら、大気中30℃で、純度95.0質量%のテトラエトキシシラン(TEOS)110.36gを10minかけて滴下した。その後20hそのまま撹拌し続け、加水分解により生成したシラン化合物の加水分解生成物で沈殿物を被覆した(手順3)。なお、この条件でのスラリーに滴下するテトラエトキシシランに含まれるSi元素の量と、前記溶解液中に含まれる3価のFeイオンの量とのモル比Si/(Fe+Ni)比は0.36である。
手順3で得られたスラリーを濾過し、得られたシラン化合物の加水分解生成物で被覆した微量のNiを含むFe水酸化物の沈殿物の水分をできるだけ切ってから純水中に再度分散させ、リパルプ洗浄した。洗浄後のスラリーを再度濾過し、得られたケーキを大気中110℃で乾燥した(手順4)。
手順4で得られた乾燥品を、箱型焼成炉を用い、大気中1048℃で4h加熱処理し、シリコン酸化物で被覆された微量のNiを含むFe酸化物を得た(手順5)。原料溶液の仕込み条件等の製造条件を表1に示す。
手順5で得られたシリコン酸化物で被覆された微量のNiを含むFe酸化物19gを通気可能なバケットに入れ、そのバケットを貫通型還元炉内に装入し、炉内に流量20NL/minで水素ガスを流しながら630℃で40min保持することにより還元熱処理を施して、シリコン酸化物被覆Fe-Ni合金粉を得た(手順6)。
引き続き、炉内の雰囲気ガスを水素から窒素に変換し、窒素ガスを流した状態で炉内温度を降温速度20℃/minで80℃まで低下させた。その後、安定化処理を行う初期のガスとして、窒素ガス/空気の体積割合が125/1となるように窒素ガスと空気を混合したガス(酸素濃度約0.17体積%)を10分間炉内に導入して金属粉粒子表層部の酸化反応を開始させ、その後窒素ガス/空気の体積割合が80/1となるように窒素ガスと空気を混合したガス(酸素濃度約0.26体積%)を10分間、さらにその後窒素ガス/空気の体積割合が50/1となるように窒素ガスと空気を混合したガス(酸素濃度約0.41体積%)を10分間炉内に導入し、最後に窒素ガス/空気の体積割合が25/1となる混合ガス(酸素濃度約0.80体積%)を10分間炉内に連続的に導入することにより、Fe-Ni合金粒子の表層部に酸化保護層を形成した。安定化処理中、温度は80℃に維持し、ガスの導入流量もほぼ一定に保った(手順7)。
手順7で得られたシリコン酸化物被覆Fe-Ni合金粉を、10質量%、60℃の水酸化ナトリウム水溶液に24h浸漬し、シリコン酸化物被覆を溶解することで、実施例1に係るFe-Ni合金粉を得た。
以上の一連の手順により得られた、Fe-Ni合金粉について、磁気特性、BET比表面積、熱重量測定、鉄ニッケル粒子の粒子径および複素透磁率の測定ならびに組成分析を行った。測定結果を表2に併せて示す。
また、実施例1で得られたFe-Ni合金粉のSEM観察結果を図1に示す。図1において、SEM写真の右側下部に表示した11本の白い縦線で示す長さが10.0μmである。Fe-Ni合金粉のNi比は0.005であり、仕込み時のNi/(Fe+Ni)のモル比の0.005と等しい。また、平均粒子径は0.45μm、μ’は7.02、1.0%質量増加する耐熱温度は236℃であった。
後述する比較例の鉄粉の耐熱温度は217℃であることから、本発明のFe-Ni合金粉は小粒径かつ高μ’を満足しながら、鉄粉よりも耐熱温度を高めることができたことがわかる。また、本発明のFe-Ni合金粉を用いて製造された成形体は優れた複素透磁率特性を発現するため、インダクタの磁心として好適であることがわかる。
【0034】
[実施例2]
原料溶液に添加する硝酸ニッケル(II)6水和物の量を3.95gに変えた以外は実施例1と同じ条件でFe-Ni合金粉を得た。Fe-Ni合金粉の製造条件を表1に、得られたFe-Ni合金粉の特性を表2に併せて示す。Fe-Ni合金粉のNi比は0.007であり、仕込み時のNi/(Fe+Ni)のモル比の0.010よりも少し低くなった。これは、原料溶液中のNi濃度が低かったため、アルカリによる中和処理の際に、その全てが水酸化物として沈殿しなかったためと推定される。また、平均粒子径は0.43μm、μ’は7.00、1.0%質量増加する耐熱温度は236℃であり、得られたFe-Ni合金粉の耐熱温度は比較例の純鉄粉についてのそれよりも良好である。
【0035】
[比較例1]
原料溶液に硝酸ニッケル(II)6水和物を添加せず、焼成温度を1050℃とした以外は実施例1と同じ条件で鉄粉を得た。製造条件を表1に、得られた鉄粉の磁気特性、BET比表面積、熱重量測定、および複素透磁率ならびに組成分析の結果を表2にそれぞれ示す。本比較例により得られた鉄粉の耐熱温度は、各実施例により得られたFe-Ni合金粉についてのそれらに劣るものである。
[比較例2]
原料溶液に添加する硝酸ニッケル(II)6水和物の量を7.90gに変えた以外は実施例1と同じ条件で鉄粉を得た。製造条件を表1に、得られた鉄粉の磁気特性、BET比表面積、熱重量測定、および複素透磁率ならびに組成分析の結果を表2にそれぞれ示す。Fe-Ni合金粉のNi比は0.016であり、仕込み時のNi/(Fe+Ni)のモル比の0.019とほとんど同じ値である。本比較例により得られた鉄粉は平均粒子径が小さく、その耐熱温度は199℃であり、Ni/(Fe+Ni)のモル比が0.010を超えると、耐熱温度が劣化することが判る。
【0036】
【表1】
【0037】
【表2】
図1