(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-07
(45)【発行日】2022-01-21
(54)【発明の名称】質量測定キット及び質量測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 5/02 20060101AFI20220114BHJP
【FI】
G01N5/02 A
(21)【出願番号】P 2018015403
(22)【出願日】2018-01-31
【審査請求日】2020-10-06
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)平成29年10月24日 http://www.sensorsymposium.org/cfp_j.htmlを通じて発表 (2)平成29年10月31日 第34回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウムにおいて文書をもって発表
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】100189131
【氏名又は名称】佐伯 拓郎
(74)【代理人】
【識別番号】100182486
【氏名又は名称】中村 正展
(74)【代理人】
【識別番号】100147289
【氏名又は名称】佐伯 裕子
(74)【代理人】
【識別番号】100158872
【氏名又は名称】牛山 直子
(72)【発明者】
【氏名】関根 宗一郎
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 大輔
(72)【発明者】
【氏名】加藤 伸一
(72)【発明者】
【氏名】安部 隆
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-220854(JP,A)
【文献】特開2016-090554(JP,A)
【文献】特開2008-295326(JP,A)
【文献】特開2008-215993(JP,A)
【文献】実開昭58-011316(JP,U)
【文献】国際公開第2005/031316(WO,A1)
【文献】特開2006-275864(JP,A)
【文献】特開2011-252932(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 5/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料液中の測定対象の物質を気相で測定するためのキットであって、
(a)測定対象の物質と結合する第一の結合パートナーを表面に固定した増感用の粒子、(b) 表面に第一の浮遊電極と第二の浮遊電極が配設された圧電基板;及び
前記圧電基板の裏面と対向する面上に第一の励振電極と第二の励振電極が配設された絶縁基板;を備え、
前記第一の浮遊電極は前記第一の励振電極の中心を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置され、
前記第二の浮遊電極は前記第二の励振電極の中心を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置され、
前記第一の浮遊電極上には前記圧電基板と接する側と反対の表面に測定対象の物質と結合する第二の結合パートナーが固定化され、
前記第一の励振電極のスリットは前記第二の励振電極のスリットに対して直交するように絶縁基板上に配設され、
前記圧電基板が水晶振動子であり、
前記圧電基板は前記絶縁基板から分離可能であることを特徴とする、圧電振動子;
を含んでなるキット。
【請求項2】
第一の浮遊電極及び第二の浮遊電極上の試料を加熱乾燥により気相とするための手段、をさらに含んでなる請求項1に記載のキット。
【請求項3】
前記増感用の粒子が金属ナノ粒子である、請求項1又は2に記載のキット。
【請求項4】
前記増感用の粒子が金ナノ粒子である、請求項1~3のいずれか1項に記載のキット。
【請求項5】
前記増感用の粒子の平均粒子径が10~200nmの範囲である、請求項1~4のいずれか1項に記載のキット。
【請求項6】
(i)第一の浮遊電極と第二の浮遊電極が配設された圧電基板、及び
第一の励振電極と第二の励振電極が配設された
絶縁基板であって、
前記圧電基板が水晶振動子であり、
前記第一の励振電極のスリットは前記第二の励振電極のスリットに対して直交するように絶縁基板上に配設された絶縁基板、を用意する工程、
(ii)前記第一の浮遊電極上に測定対象の物質と結合する第二の結合パートナーを固定する工程、
(iii)前記圧電基板の裏面と対向する面上に絶縁基板の第一の励振電極と第二の励振電極が配置され、
前記第一の浮遊電極は前記第一の励振電極の中心を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置され、かつ
前記第二の浮遊電極は前記第二の励振電極の中心を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置されるように前記圧電基板を前記絶縁基板に固定する工程、
(iv)前記第一の励振電極及び前記第二の励振電極に交流電圧を印加し、共振周波数を測定する工程、
(v)前記第一の浮遊電極及び前記第二の浮遊電極に試料液を導入する工程、
(vi)前記第一の浮遊電極及び前記第二の浮遊電極に、測定対象の物質と結合する第一の結合パートナーを表面に固定した増感用の粒子を含む溶液を導入する工程、
(vii)前記第一の浮遊電極及び前記第二の浮遊電極から液体を除去し気相とする工程、
(viii)前記第一の励振電極及び前記第二の励振電極に交流電圧を印加し、共振周波数を測定する工程、
を含むことを特徴とする、試料液中の測定対象の物質を気相で測定する方法。
【請求項7】
前記(vii)前記第一の浮遊電極及び前記第二の浮遊電極から液体を除去し気相とする工程が、加熱乾燥により液体を除去し気相とする工程である、請求項
6に記載の方法。
【請求項8】
前記増感用の粒子が金属ナノ粒子である、請求項
6又は
7に記載の方法。
【請求項9】
前記増感用の粒子が金ナノ粒子である、請求項
6~
8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記増感用の粒子の平均粒子径が10~200nmの範囲である、請求項
6~
9のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量測定キット及び質量測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水晶等の圧電体を用いて形成された圧電振動子や、マイクロカンチレバーをはじめとしたMEMS共振器などの機械共振子上に何らかの物質が付着すると、その質量に応じて共振周波数が変化することが知られている。この周波数変化は極めて鋭敏であることから、ナノグラム以下の微小な質量を検出する質量センサが各種開発されている。例えば、共振子として水晶振動子を用いたQCM(Quartz Crystal Microbalance)センサが知られている。このような質量センサは、蒸着等の各種成膜装置における膜厚のモニタリングのほか、抗体など分子認識機能を有した官能膜を用いることにより、バイオセンサもしくは化学センサとして幅広い検出対象系に利用することができる。
【0003】
特にバイオセンサとして利用する場合、測定対象となる生体分子等は一般に血液を始めとした液相に溶解していることから、液相測定のための発振回路や装置構成が積極的に開発されている。また、測定対象となる生体分子等は極めて低濃度であることも多いため、対象の生体分子と特異的に結合する抗体等を修飾することにより、測定対象物質に増感用の粒子を結合させることで質量を増幅する方法が知られている(例えば特許文献1参照)。
【0004】
また、一般的な圧電振動子においては圧電基板の両面に電界発生用の電極及びその配線が配置されており、質量センサとして利用する際に実装の自由度が制限されていた。そこで、利便性向上のために無線式の圧電振動子(例えば特許文献2参照)、配線を片面のみにした圧電振動子(例えば特許文献3参照)が開発されている。
【0005】
高感度な質量センサの応用例として、例えば各種蛋白質マーカーやウイルスの検査などのPOCT(Point of Care Testing)と呼ばれる検査が挙げられる。POCT以外にも、食品検査、環境測定用途などの応用が期待されるが、いずれの分野においてもサンプリングされたマイクロ・ナノリットル単位の試料から対象物質を簡便な方法により迅速かつ高感度に測定することが求められる。
【0006】
特許文献2に開示された無線式の圧電振動子によると、圧電振動子に配線を構成することが不要であるので、実装の自由度を高めることができる。しかし、このような無線式の圧電振動子では、アンテナを介して誘導電圧を発生させるために特殊な回路が必要であり、POCTなど簡便さが求められる用途には適していない。また、特許文献3に開示された片面励起型の圧電振動子では、表面の配線は不要であるが裏面への配線は依然として必要であり、実装の自由度に改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】米国特許第5501986号明細書
【文献】特開2008-26099号公報
【文献】特許第5065709号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、機械共振の周波数変動から質量を検出する際、高価で特殊な回路及び装置を使用せずに、簡便に迅速かつ高感度な測定が可能な質量測定装置及び質量測定キット並びに質量測定方法を提供することにある。
【0009】
圧電振動子を利用した質量センサにおいては、Sauerbreyの式により圧電振動子上に付着した質量Δmと共振周波数の周波数変化Δfは比例するため、特許文献1に示された手法を用いれば、測定対象の生体分子との増感用の粒子の質量差により、数式上は十万倍以上の信号増幅が可能になる。
【0010】
しかし、液相での測定においては、実際の増幅率としては数倍から数十倍程度の増幅にとどまることが多い。この原因としては、液相であることによって、測定対象物質が溶媒和により既に重くなっていること、官能膜及び測定対象物質を介して結合しているため共振子表面から遠くなり振動が減衰していること、さらに測定対象物質よりも増感用の粒子のサイズが大きく立体障害が生じていること、などが挙げられる。
【0011】
一方で、気相における測定は研究室レベルでは行われてきたが、簡便で迅速な測定を行う実用的な方法は知られていない。気相での測定のためには、まず、液相で測定対象物質を電極に吸着させた後に乾燥させて気相とする必要があり、液相での測定よりも余分な操作が必要になる。また、乾燥操作は測定対象物質を吸着させた電極上で行う必要があるため、乾燥状態のばらつきが大きく、誤差の元になっていた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、
試料液中の測定対象の物質を気相で測定するためのキットであって、
(a)測定対象の物質と結合する第一の結合パートナーを表面に固定した増感用の粒子、
(b) 表面に第一の浮遊電極と第二の浮遊電極が配設された圧電基板;及び
前記圧電基板の裏面と対向する面上に第一の励振電極と第二の励振電極が配設された絶縁基板;を備え、
前記第一の浮遊電極は前記第一の励振電極の中心を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置され、
前記第二の浮遊電極は前記第二の励振電極の中心を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置され、
前記第一の浮遊電極上には前記圧電基板と接する側と反対の表面に測定対象の物質と結合する第二の結合パートナーが固定化され、
前記圧電基板は前記絶縁基板から分離可能であることを特徴とする、圧電振動子;
を含んでなるキットを提供する。
【0013】
本発明はまた、
(i)第一の浮遊電極と第二の浮遊電極が配設された圧電基板、及び
第一の励振電極と第二の励振電極が配設された絶縁基板、を用意する工程、
(ii)前記第一の浮遊電極上に測定対象の物質と結合する第二の結合パートナーを固定する工程、
(iii)前記圧電基板の裏面と対向する面上に絶縁基板の第一の励振電極と第二の励振電極が配置され、
前記第一の浮遊電極は前記第一の励振電極の間を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置され、かつ
前記第二の浮遊電極は前記第二の励振電極の間を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置されるように前記圧電基板を前記絶縁基板に固定する工程、
(iv)前記第一の励振電極及び前記第二の励振電極に交流電圧を印加し、共振周波数を測定する工程、
(v)前記第一の浮遊電極及び前記第二の浮遊電極に試料液を導入する工程、
(vi)前記第一の浮遊電極及び前記第二の浮遊電極に、測定対象の物質と結合する第一の結合パートナーを表面に固定した増感用の粒子を含む溶液を導入する工程、
(vii)前記第一の浮遊電極及び前記第二の浮遊電極から液体を除去し気相とする工程、
(viii)前記第一の励振電極及び前記第二の励振電極に交流電圧を印加し、共振周波数を測定する工程、
を含むことを特徴とする、試料液中の測定対象の物質を気相で測定するための方法、を提供する。
【0014】
また、本発明の実施形態の一つでは、前記第一の励振電極のスリットと前記第二の励振電極のスリットは非平行になるように絶縁基板上に配設される。
【0015】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕~〔16〕に関する。
【0016】
〔1〕 試料液中の測定対象の物質を気相で測定するためのキットであって、
(a)測定対象の物質と結合する第一の結合パートナーを表面に固定した増感用の粒子、
(b) 表面に第一の浮遊電極と第二の浮遊電極が配設された圧電基板;及び
前記圧電基板の裏面と対向する面上に第一の励振電極と第二の励振電極が配設された絶縁基板;を備え、
前記第一の浮遊電極は前記第一の励振電極の中心を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置され、
前記第二の浮遊電極は前記第二の励振電極の中心を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置され、
前記第一の浮遊電極上には前記圧電基板と接する側と反対の表面に測定対象の物質と結合する第二の結合パートナーが固定化され、
前記圧電基板は前記絶縁基板から分離可能であることを特徴とする、圧電振動子;
を含んでなるキット。
〔2〕 第一の浮遊電極及び第二の浮遊電極上の試料を加熱乾燥により気相とするための手段、をさらに含んでなる〔1〕に記載のキット。
〔3〕 前記増感用の粒子が金属ナノ粒子である、〔1〕又は〔2〕に記載のキット。
〔4〕 前記増感用の粒子が金ナノ粒子である、〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載のキット。
〔5〕 前記増感用の粒子の平均粒子径が10~200nmの範囲である、〔1〕~〔4〕のいずれか1項に記載のキット。
〔6〕 前記圧電基板が水晶振動子である、〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載のキット。
〔7〕 前記第一の励振電極が、前記第二の励振電極とは異なる振動モードを励起するように絶縁基板上に配設される、〔1〕~〔6〕のいずれか1項に記載のキット。
〔8〕 前記第一の励振電極のスリットが前記第二の励振電極のスリットに対して直交するように絶縁基板上に配設される、〔1〕~〔7〕のいずれか1項に記載のキット。
〔9〕(i)第一の浮遊電極と第二の浮遊電極が配設された圧電基板、及び
第一の励振電極と第二の励振電極が配設された絶縁基板、を用意する工程、
(ii)前記第一の浮遊電極上に測定対象の物質と結合する第二の結合パートナーを固定する工程、
(iii)前記圧電基板の裏面と対向する面上に絶縁基板の第一の励振電極と第二の励振電極が配置され、
前記第一の浮遊電極は前記第一の励振電極の中心を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置され、かつ
前記第二の浮遊電極は前記第二の励振電極の中心を通って前記圧電基板の板面に直交する直線上に配置されるように前記圧電基板を前記絶縁基板に固定する工程、
(iv)前記第一の励振電極及び前記第二の励振電極に交流電圧を印加し、共振周波数を測定する工程、
(v)前記第一の浮遊電極及び前記第二の浮遊電極に試料液を導入する工程、
(vi)前記第一の浮遊電極及び前記第二の浮遊電極に、測定対象の物質と結合する第一の結合パートナーを表面に固定した増感用の粒子を含む溶液を導入する工程、
(vii)前記第一の浮遊電極及び前記第二の浮遊電極から液体を除去し気相とする工程、
(viii)前記第一の励振電極及び前記第二の励振電極に交流電圧を印加し、共振周波数を測定する工程、
を含むことを特徴とする、試料液中の測定対象の物質を気相で測定する方法。
〔10〕 前記(vii)前記第一の浮遊電極及び前記第二の浮遊電極から液体を除去し気相とする工程が、加熱乾燥により液体を除去し気相とする工程である、〔9〕に記載の方法。
〔11〕 前記増感用の粒子が金属ナノ粒子である、〔9〕又は〔10〕に記載の方法。
〔12〕 前記増感用の粒子が金ナノ粒子である、〔9〕~〔11〕のいずれか1項に記載の方法。
〔13〕 前記増感用の粒子の平均粒子径が10~200nmの範囲である、〔9〕~〔12〕のいずれか1項に記載の方法。
〔14〕 前記圧電基板が水晶振動子である、〔9〕~〔13〕のいずれか1項に記載の方法。
〔15〕 前記絶縁基板が、第一の励振電極が第二の励振電極とは異なる振動モードを励起するように絶縁基板上に配設された絶縁基板である、〔9〕~〔14〕のいずれか1項に記載の方法。
〔16〕 前記絶縁基板が、第一の励振電極のスリットが第二の励振電極のスリットに対して直交するように絶縁基板上に配設された絶縁基板である、〔9〕~〔15〕のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の質量測定キット及び質量測定方法によれば、測定対象物質に結合した粒子によって増幅された質量を、溶液成分を脱水剤や加熱によって除去することにより、気相での高感度な測定が可能である。さらにマルチセンサで差動検出することにより、誤差の原因となる環境因子を除去し、安定して測定することができる。また、本発明に用いられる浮遊電極には配線が不要であり、浮遊電極はシンプルな形状にすることができる。したがって浮遊電極から液体を除去し気相とする工程において乾燥のばらつきを防ぐことができ、安定した測定が可能である。また、測定のたびに試料を載せた電極を使い捨てるような用途においても、浮遊電極と圧電基板を廃棄するだけで励振電極は使いまわすことができ、経済的であり環境にも優しい。すなわち、本発明により、POCTや食品検査、環境測定用途などに合致した迅速かつ高感度な測定が可能となる。
【0018】
本発明の「圧電振動子」によると、励振電極間に交流電圧を印加すると、浮遊電極の作用により、圧電基板の板面に平行な方向だけでなく圧電基板の板厚方向にも電界が発生する。この電界により圧電基板が発振するため、励振電極間でのインピーダンスの周波数依存性(インピーダンススペクトル)を計測することで、インピーダンスが低くなるピークを圧電基板の共振周波数として計測することができる。また、圧電基板の表面、特に浮遊電極上に物質が付着すると、圧電基板の共振周波数が変化するため、この共振周波数変化から付着物質の質量を計測することができる。
【0019】
さらに本発明の圧電振動子は浮遊電極と励振電極の組を少なくとも2つ有し、第一の組を測定用、第二の組を対照とすることで余分な環境因子を除去した正確な共振周波数変化ΔFを測定できる。すなわち、試料液を導入する前にまず共振周波数を測定し、その差分をFt1とし、
Ft1=Ft1(測定)-Ft1(対照)
試料液及び増感用の粒子を導入後に再び測定し、その差分をFt2とし、
Ft2=Ft2(測定)-Ft2(対照)
最後にFt2とFt1の差を計算しΔFとすることで、
ΔF=Ft2-Ft1
浮遊電極に付着した物質の質量による共振周波数変化ΔFを正確に測定することができる。
【0020】
また、本発明の実施形態の一つでは、前記第一の励振電極のスリットと前記第二の励振電極のスリットは非平行になるように絶縁基板上に配設される。二つの励振電極を平行に配設した場合、どちらも同じ振動モードで振動することにより隣の素子から伝播した振動によりノイズが増える(クロストーク)おそれがある。二つの励振電極を非平行に配設し、それぞれ異なる振動モードで振動させることで振動が伝播したとしても共振周波数に与える影響は小さくなる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態に係る圧電基板の概略構成を示す平面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る平行型の絶縁基板の概略構成を示す平面図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る直交型の絶縁基板の概略構成を示す平面図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係る圧電振動子の概略構成を示す側面断面図である。
【
図5】本発明の一実施形態に係るスペーサーを有する圧電振動子の概略構成を示す側面断面図である。
【
図6】平行型圧電振動子の位置ずれによる周波数差のばらつきを示す散布図である(実施例1(1))。
【
図7】非平行型圧電振動子の位置ずれによる周波数差のばらつきを示す散布図である(実施例1(2))。
【
図8】試料液中の金コロイド濃度と周波数変化量の相関を示す折れ線グラフである(実施例2)。
【
図9】試料液中のcTnI濃度と周波数変化量の相関を示す棒グラフである(実施例3)。
【
図10】圧電振動子の使用後の状態を示す電子顕微鏡写真である(実施例4)。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1は、本発明の一実施形態に係る圧電基板の概略構成を示す平面図である。また、
図2及び
図3は、本発明の一実施形態に係る絶縁基板の概略構成を示す平面図である。
図4は、
図1の圧電基板を
図2の絶縁基板に固定した状態での側面断面図である。
図5は、さらにスペーサーを有する圧電振動子の側面断面図である。
図1~4に示されるように、本発明の一実施形態に係る圧電振動子1は、分離可能な圧電基板3と絶縁基板5を含んでなり、圧電基板2は少なくとも2つの浮遊電極2a、2bを備え、絶縁基板5は少なくとも2つの励振電極4a、4bを含む。
図5に示されるように、本発明の一実施形態に係る圧電振動子1は、任意にスペーサー6を有してもよい。
図1~5は、概略図であり、厚みや幅等の関係を正確に縮尺したものではない。
【0023】
本明細書においては、別段の定義がない限り、本発明に関連して使用される科学用語及び専門用語は、当業者が一般に理解する意味を有する。さらに、状況に応じて定義することが要求されない限り、単数の用語は複数を含み、複数の用語は単数を含むことが意図されている。「又は」という用語は、代替物のみを言及することが明確に示されない限り又は代替物が相互排他的でない限り、「及び/又は」を意味するために使用されるが、本明細書では、代替物のみ及び「及び/又は」の両者を意味するもとして使用される。数値範囲としてA~Bのように数値Aと数値Bとを用いて表記される場合、別段の定義がない限り、「A~B」は、A以上B以下の数値範囲を意味するものとして使用される。公知の方法及び技術は、他の例示がない限り、当技術分野で周知の通常の方法によって又は一般の参考文献において記載される方法によって実施される。
【0024】
本明細書における「測定」には、測定対象物質の量を定量的又は半定量的に決定する一般的な意味の「測定」の他、測定対象物質の存在の有無を判定する「検出」の意味も含まれる。
【0025】
本発明における「結合パートナー」とは、測定対象物質を生物学的な特異性を利用して認識し結合でき、測定対象物質とともに複合体を形成することができる物質であれば、特に限定されるものではない。生物学的な特異性を利用した結合としては、例えば、抗原抗体反応、レセプター-リガンド反応、酵素-基質反応、タンパク質間相互作用(例えば、IgGとプロテインAとの反応)、タンパク質-低分子間相互作用(例えば、アビジンとビオチンとの反応)、タンパク質-糖鎖間相互作用(例えば、レクチンと糖鎖との反応)、タンパク質-核酸間相互作用、核酸間ハイブリダイゼーション反応などを利用した結合が挙げられる。例えば、生物学的に特異的な反応として抗原抗体反応を利用する場合には、測定対象物質と結合パートナーとの組合せは、抗原(測定対象物質)と抗体(結合パートナー)との組合せ、或いは、抗体(測定対象物質)と抗原(結合パートナー)との組合せとなる。生物学的に特異的な反応として酵素-基質反応を利用する場合には、測定対象物質と結合パートナーとの組合せは、酵素(測定対象物質)と基質(結合パートナー)との組合せ、或いは、基質(測定対象物質)と酵素(結合パートナー)との組合せとなる。
【0026】
本発明において「第一の結合パートナー」に加え「第二の結合パートナー」が用いられるとき、第二の結合パートナーは、測定対象物質を生物学的な特異性を利用して認識し結合でき、測定対象物質とともに複合体を形成することができる物質であって、第一の結合パートナーが結合する領域とは重複しない領域で測定対象物質に結合できる物質であれば特に限定されるものではない。「第一の結合パートナー」と「第二の結合パートナー」は、同じ物質であってもよく異なる物質であってもよい。通常、第二の結合パートナーが結合可能な測定対象物質の部分は第一の結合パートナーが結合可能な部分とは異なっており、第二の結合パートナーは少なくとも測定対象物質に結合する部分又は能力に関して第一の結合パートナーとは異なる物質である。しかし、測定対象物質が、第一の結合パートナーが結合可能な部分を複数有している場合には、第二の結合パートナーは第一の結合パートナーと同じ物質であってもよく、第二の結合パートナーは第一の結合パートナーが結合しない部分で測定対象物質に結合することができる。さらに、第二の結合パートナーと測定対象物質との結合は、第一の結合パートナーと測定対象物質との結合と同じ生物学的に特異的な反応を利用してもよく、異なる生物学的反応を利用してもよい。例えば、第一の結合パートナー-測定対象物質-第二の結合パートナーの組合せとして、抗原抗体反応のみを利用して、抗体(第一の結合パートナー)-抗原(測定対象物質)-抗体(第二の結合パートナー)又は抗原(第一の結合パートナー)-抗体(測定対象物質)-抗体(第二の結合パートナー)などの組合せとすることができる。或いは、抗原抗体反応と酵素-基質反応を利用して、抗体(第一の結合パートナー)-酵素(測定対象物質)-基質(第二の結合パートナー)又は酵素(第一の結合パートナー)-基質(測定対象物質)-抗体(第二の結合パートナー)などの組合せとすることもできる。
【0027】
本発明の結合パートナーとしては、生物学的に特異的な反応のなかでも特異性が極めて高く結合の親和性が大きい抗原抗体反応を利用して測定対象物質に結合することができる、抗体又は抗原が好ましい。さらには、天然には特異的な結合パートナーが存在しない測定対象物質に対して新たに結合パートナーを作製できる点で、抗体がより好ましい。
【0028】
本発明の結合パートナーとして用いられる「抗体」は、測定対象物質に対して十分な特異性と親和力を示すことができれば、必ずしも免疫グロブリン分子全体の構造が維持されていなくてもよく、抗体の抗原結合性断片であってもよい。抗体の抗原結合能は、抗体の可変部に支配されており、抗体の定常部は必ずしも存在しなくてもよい。従って、本発明の「抗体」としては、5種類の免疫グロブリン分子(IgG、IgM、IgA、IgD、IgE)の他、これらの分子の可変部からなる断片である、Fab、Fab’、F(ab’)2、FabからVLを取り除いたFd、一本鎖Fvフラグメント(scFv)及びその二量体であるdiabody、又はscFvからVLを取り除いた単一ドメイン抗体(sdAb)などを用いることができるが、これらに限定されない。
【0029】
本発明の抗体は、商業的に入手することもできるし、公知の標準的な方法によって作製することもできる。測定対象物質に対する抗体を作製する場合には、測定対象物質でウサギ、マウス、ラット、モルモット、ロバ、ヤギ、ヒツジ、ニワトリなどの実験動物を免疫し、測定対象物質に特異的に結合する抗体を動物体内で生成させ、抗体を含む抗血清又はポリクローナル抗体を調製するか、又は、抗体産生に関わる細胞をミエローマ細胞と融合させたのちクローン化してモノクローナル抗体を調製することができる。或いは、遺伝子工学的な手法により、化学的に合成した抗体遺伝子を大腸菌などに発現させて、動物体内では生成されない構造をもつ人工抗体をin vitroで作製することもできる。
本発明の抗体として抗原結合性断片を用いる場合には、公知の方法により、前記のように作製された抗体を酵素消化することにより得ることができる。パパインによる分解でFabが得られ、ペプシンによる処理でF(ab’)2が得られ、F(ab’)2を還元処理することによりFab’が得られる。或いは、遺伝子操作により、抗体の重鎖可変部(VH)と軽鎖可変部(VL)を可動性に富むリンカーペプチドで連結することによりscFvを作製することができる。
【0030】
本発明により測定することのできる「測定対象の物質」としては、生物学的な特異性を利用してそれに結合できる結合パートナーが存在すれば如何なる物質であってもよく、例えば、タンパク質(抗原、抗体、レセプター、酵素、レクチン等)、ペプチド、糖鎖(単糖、オリゴ糖、多糖等の糖鎖)、脂質、核酸、低分子化合物、ホルモン(ステロイドホルモン、アミンホルモン、ペプチドホルモン等)、腫瘍マーカー、アレルギー物質、農薬、環境ホルモン、乱用薬物、ウイルス、又は細胞(細菌、血球等)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0031】
前記の測定対象物質を含有し、本発明による測定に供される試料液としては、血液(全血、血漿、血清)、リンパ液、唾液、尿、大便、汗、粘液、涙、随液、鼻汁、頸部又は膣の分泌液、精液、胸膜液、羊水、腹水、中耳液、関節液、胃吸引液、組織・細胞等の抽出液や破砕液等の生体液の他、食品、土壌、植物の抽出液や破砕液等の溶液や、河水、温泉水、飲料水、汚染水等を含む、ほとんど全ての液体試料が挙げられる。
【0032】
本発明において、「気相」で測定するとは、浮遊電極が気体に接する状態で測定を行うことを言う。浮遊電極が接する気体は、測定の妨げとなるものでなければ任意の気体であってよいが、空気、乾燥空気、乾燥窒素、アルゴン又はこれらの混合気体であることが好ましく、簡便かつ迅速に測定を行う観点から、空気又は乾燥空気が好ましい。
【0033】
本発明において、浮遊電極上の試料から溶液を除去し気相とする手段は、溶液を除去するための公知の任意の手段であってよいが、簡便かつ迅速に測定を行う観点から、脱水剤の使用、風乾、加熱乾燥又はこれらの手段を組み合わせて用いることが好ましい。
【0034】
本発明の「脱水剤」は、乾燥窒素などの気体では乾燥効率が悪く、また固体の乾燥剤では固形物が残留する恐れがあるため、感応膜表面及び吸着層への濡れ性が高く、かつ水と任意の割合で混合可能な揮発性液体であることが好ましい。例えば、エタノールやメタノールなどのアルコール類、アセトンなどのケトン類が好ましい。また、これらの混合物、及び適切な濃度の水との混合物であっても良い。また、脱水剤には、共振子表面の吸着層を強化する目的でホルムアルデヒドやグルタルアルデヒドをはじめとした架橋剤等の任意の揮発性成分を添加しても良い。脱水剤を圧電基板に供給する手段は特に問わないが、例えば、電極表面に滴下する方法、セルに満たされた脱水剤に浸漬する方法、マイクロ流路を用いる方法などが挙げられる。また、元の試料中に存在していた未反応物の、脱水後の残留及び吸着を防ぐために、まず水系の洗浄液もしくは緩衝液を供給して洗浄もしくは希釈を実施し、続いて脱水剤を供給することが望ましい。さらにこのとき、段階的に脱水剤濃度を上げてもよい。
【0035】
本発明の「加熱乾燥」の加熱の手段としては、電熱線による抵抗加熱、電磁場による誘導加熱もしくは誘電加熱、ペルチェ素子等によるヒートポンプ加熱、レーザーやハロゲンランプ等による光加熱などが利用できる。これらの発熱体及び熱源は共振子基板上に直接作り込んでも良いし、共振子付近に配置しても良い。加熱を高速に精度良く行うためには、測温抵抗体、サーミスタ、熱電対などの温度センサを共振子基板上もしくは近傍に配置して熱源の出力を制御することが望ましく、複数の温度センサを共振子近傍に配置し、ブリッジ回路を構成する等により共振子中心部の温度を擬似的に測定することはさらに望ましい。また、溶液を完全に除去するため、設定温度は除去する溶液の沸点よりも高いことが望ましいが、参照子表面の含水率を一定に制御できるのであれば、沸点以下の温度に設定しても良い。
本発明において、特に、増感用の粒子を導入後に浮遊電極上の試料から溶液を除去し気相とする手段は、加熱乾燥又は加熱乾燥と他の手段との併用が好ましい。増感用の粒子は加熱乾燥の過程で浮遊電極と低温焼結を起こし安定な質量測定に寄与すると考えらえる。加熱乾燥の温度は、好ましくは50~150℃、より好ましくは100℃である。加熱乾燥の時間は、0.5~10分間、より好ましくは1~5分間である。
【0036】
本発明の「増感用の粒子」とは、その表面に第一の結合パートナーを固定することができ、測定対象の物質と結合したときに増感効果を得ることができる粒子であれば何であってもよい。測定対象物質との質量差が増幅率となるため、密度が高い金属ナノ粒子を含んでなる金属コロイドが好ましく、なかでも表面修飾が容易で腐食のない金ナノ粒子を含んでなる金コロイドがさらに好ましい。
増感用の粒子は、小さいと軽すぎるために増幅率が低く、大きいと重すぎるために感応膜及び測定対象物質との結合力が不足して吸着できなくなることから、その平均粒子径は、好ましくは約10~200nm、より好ましくは約20~150nmの範囲である。
なお、本明細書において、動的光散乱法により求められる値を、平均粒子径とする。
【0037】
本発明の増感用の粒子は、金属ナノ粒子、特に金ナノ粒子であって、その平均粒子径が、約10~200nmの範囲である金属ナノ粒子が好ましく挙げられる。金属ナノ粒子は、浮遊電極上に導入した後、加熱乾燥の過程で浮遊電極と低温焼結を起こし安定な質量測定に寄与すると考えらえる。金属ナノ粒子は、小さいと常温でも焼結・凝集してしまい取り扱いづらく、大きいと低温焼結を起こしづらくなるため、前述の平均粒子径の範囲であることが好ましい。
【0038】
本発明の「浮遊電極」は、任意の導電性材料を成膜して形成される。浮遊電極を形成する導電性材料としては、例えば、金、白金、チタン、クロム、アルミニウム、ニッケル、ニッケル系合金、銀等の金属;シリコン;カーボン;カーボンナノチューブ;ポリピロール、ポリアニリン等の合成有機高分子;DNA等の生体由来の有機高分子等が挙げられ、好ましくは導電率が高く、かつ増感用の金属ナノ粒子の低温焼結時に強固な結合が形成される金、白金、銀、クロム等が用いられる。
【0039】
本発明の浮遊電極は、例えば、略円形状、略矩形状等、任意の適切な形状とすることができる。浮遊電極の圧電基板に沿う方向における幅は、好ましくは約1~12mmであり、さらに好ましくは約2~5mmである。また、浮遊電極の厚みは、好ましく約0.01~1μmであり、さらに好ましくは約0.1~0.5μmである。
【0040】
第1の浮遊電極と第2の浮遊電極の間の距離(電極間隔)は、好ましくは約1.0~5.0mmであり、さらに好ましくは約1.5mm~5.0mmである。電極間隔が短すぎると振動の干渉が発生するため望ましくない。
【0041】
本発明の「圧電基板」は、表面に吸着した質量の変化を共振周波数の変化として検出できる機械共振子を含んでなる基板であればよく、特定の基板に限定されるものではない。機械共振子としてはPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)やチタン酸バリウムなどの圧電振動子などが挙げられるが、周波数安定性の高さから、水晶振動子が好ましい。本発明の圧電基板が水晶振動子である場合、その切出し方は
図1の上下方向をX軸として、ATカット、SCカットなど任意のカットであってよいが、励振電極の方向によって2つ以上の振動モードで振動させることができるカットが好ましく、ATカットであることが好ましい。圧電基板の形状は、任意の適切な形状とすることができる。圧電基板の厚みは、好ましくは約1~1000μm、さらに好ましくは約10~500μmであり、100μmが特に好ましい。
【0042】
本発明の浮遊電極と圧電基板を含む部分は、励振電極や絶縁基板を含む部分とは独立しており、分離可能である。
浮遊電極と励振電極の位置関係がずれることは、共振周波数のずれを引き起こし、測定ノイズの原因となる。そのため、試料なしでの共振周波数を測定してから一連の測定が終了するまでの間は、圧電基板が絶縁基板に固定されていることが好ましい。一連の測定が終了した後には圧電基板を絶縁基板から分離することができる。本発明の一実施形態では圧電基板及びそれに配設された浮遊電極は一測定毎に使い捨てられる。
【0043】
本発明の「励振電極」は、絶縁基板の表面であって、圧電基板と対向する面上に配設される。励振電極は略円形状、略矩形状等の任意の適切な形状に設計され得る。励振電極はスリットによって二つの部分に分かれており、それぞれ配線を介して外部の共振周波数を測定する手段と接続され、それぞれの間で交流電圧を印加する出力端子として機能する。振動エネルギーの閉じ込め効果/及びコンダクタンスを高くするため、スリットの位置は励振電極の中心を通ることが望ましい。本明細書において、「励振電極の中心」とは、励振電極の外接円の中心をいう。
【0044】
前記「外部の共振周波数を測定する手段」は、浮遊電極の質量変化に伴う共振周波数の変化を測定できる手段であれば何であってもよいが、好ましくは発振回路と周波数カウンタによる測定手段である。発振回路としては、公知の任意の発振回路を用いることができる。周波数カウンタとしては公知の任意の周波数カウンタを用いることができる。
【0045】
励振電極は、任意の導電性材料をパターニングして形成される。励振電極を形成する導電性材料としては、浮遊電極と同様の導電性材料が挙げられ、好ましくは金、白金、銀、クロム等が用いられる。励振電極の厚みは、好ましくは約0.001~1μm、さらに好ましくは約0.01~1μmである。
励振電極のスリットの幅は、好ましくは約100~600μmであり、特に好ましくは約100μmである。スリットは、圧電基板と絶縁基板を固定したときに、圧電基板の特定の振動モードを励起することができる方向に形成されることが好ましい。複数の励振電極のスリットはそれぞれ平行であってもよいが、絶縁基板が複数の振動モードを有する場合には、励振電極のスリットはそれぞれ異なる振動モードを励起することができるように非平行であることが好ましい。本発明の一実施形態では、第1の励振電極のスリットは第2の励振電極のスリットと直交する向きに形成される。
【0046】
絶縁基板は、ガラス、アルミナ等の絶縁体で形成される。絶縁基板の厚みは、好ましくは0.1mm以上である。
【0047】
本発明の圧電振動子は、スペーサーを有していてもよい。スペーサーは、圧電振動子の使用状態において、圧電基板を載置するための部材である。圧電振動子がスペーサーを有さない場合、圧電振動子の使用状態において、圧電基板は励振電極の上に直接載置される。圧電振動子がスペーサーを有する場合、圧電振動子の使用状態における、圧電基板と絶縁基板との間隔は、スペーサーによって規定される。換言すると、圧電基板及び絶縁基板は、スペーサーによって所定の間隔で配置される。このとき、圧電基板と絶縁基板とは、互いに略平行に配置されることが好ましい。スペーサーは、例えばレジスト、フィルム、スライドガラス、カバーガラス又はプラスチック等によって形成される。スペーサーは、間隔を規定し得る限り、形状や配置は限定されない。また、スペーサー以外の、圧電基板と絶縁基板との間隔を規定し得る他の構成で代用してもよい。
【0048】
本発明の圧電振動子は、スペーサーと圧電基板の間に、又はスペーサーの代わりに間隔を規定しうる、隔壁を有していてもよい。隔壁は例えば、ガラス又はプラスチック等で形成することができる。隔壁を備えることにより測定対象などを励振電極や絶縁基板に接触させることなく測定を行うことができる。
【0049】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0050】
作製例1 圧電振動子の作製
(1)圧電基板の作製
圧電基板として、長軸20mm×短軸10mm×厚さ100μmのATカット(短軸方向をX軸とする)の水晶基板を用意した。圧電基板上に、下地として金を150nm、その上にクロム50nmをスパッタリングし、合計厚さ200nmの浮遊電極を成膜した。浮遊電極は、直径3.5mmの略円形状とし、電極間隔が3.5mmとなるように二か所に成膜した。すなわち、二つの浮遊電極の中心間の距離は7.0mmである。圧電基板の概略構成を
図1に示す。
(2)平行型の絶縁基板の作製
アルミナ製の絶縁基板上に、金/クロムをスパッタリングすることにより励振電極を成膜した。励振電極は、100μm幅のスリットを有する直径2.5mmの略円形とし、電極間隔が4.5mmとなるように2か所に成膜した。すなわち、二つの励振電極の中心間の距離は7.0mmである。また、励起電極は、圧電基板を絶縁基板に固定したときに、圧電基板のX軸(短軸方向)と励起電極のスリットとが平行になるように成膜した。励振電極から配線を伸ばし発振回路に接続した。絶縁基板の概略構成を
図2に示す。
(3)非平行の絶縁基板の作製
二つの励振電極のうちの一方の励振電極はスリットが圧電基板のX軸(短軸方向)と平行になるように、他方の励振電極はスリットが圧電基板のX軸と直交するように、励振電極を成膜することを除いては、(2)と同様にして絶縁基板を作成した。絶縁基板の概略構成を
図3に示す。
【0051】
実施例1 電極の位置ずれのノイズ測定
(1)平行型
作製例1(2)で作製した平行型の絶縁基板に、作製例1(1)で作製した圧電基板を固定した。試料を導入しない状態で、気相で二つの電極の共振周波数を測定し、周波数差F(F=Fa-Fb,Hz)を記録した。その後、絶縁基板から圧電基板を分離し、再度固定してからFを記録する操作を繰り返した。結果を
図5に示す。18回のデータから、Fの標準偏差は1077(Hz)、最大値と最小値の差は3862(Hz)であった。
(2)非平行型
平行型の絶縁基板の代わりに作製例1(3)で作製した非平行型の絶縁基板を用いることを除いては、(1)と同様にFを測定した。結果を
図6に示す。18回のデータから、Fの標準偏差は875(Hz)、最大値と最小値の差は2736(Hz)であった。
平行型と非平行型の比較は、意外にも、二つの電極が同じ条件になる平行型よりも、電極がそれぞれ異なる振動モードで共振する非平行型の方がFのばらつきが小さい結果となった。この結果は非平行型の方が、圧電基板と絶縁基板との位置ずれに起因する測定ノイズを抑えられることを意味する。
【0052】
実施例2 気相での質量増感の予備試験
(1)cTnI検出用の圧電基板の調整
作製例1(1)と同様の方法で作製した圧電基板を、硫酸と過酸化水素水溶液(50%)の2:1混合溶液に10分間浸漬した。基板を純水で洗浄しエアガンで乾燥した。密閉容器中で圧電基板にODS(オクタデシルトリメトキシシラン)を滴下し、100℃で12時間加熱し、圧電基板上にSAM(自己組織化単分子膜)を形成させ浮遊電極以外の水晶基板表面を疎水性とした。抗cTnIモノクローナル抗体の20μg/mL水溶液を、浮遊電極上に5μLずつ滴下し、2時間静置した後、純水で洗浄しエアガンで乾燥した。ブロッキング溶液として浮遊電極上に、1重量%BSA(ウシ血清アルブミン)のPBS(リン酸緩衝生理食塩水)溶液を10μLずつ滴下した後、純水で洗浄しエアガンで乾燥した。
(2)事前共振周波数の測定
(1)で調整した圧電基板を、作製例1(3)で作製した非平行型絶縁基板に固定し、絶縁基板を温度調節機に接続されたホットプレート上に設置した。大気中、室温で二つの電極の共振周波数を測定し、周波数差F
t1(F
t1=F
t1(a)-F
t1(b),Hz)を記録した。
(3)金コロイドの導入
抗マウスIgGポリクローナル抗体を固定した金ナノ粒子(平均粒子径80nm)を、1重量%BSAのPBS溶液に分散させ、OD550(光学濃度)=0~16.0とした金コロイド溶液を調整した。前記金コロイド溶液10μLを、一方の浮遊電極2aにのみ滴下し、10分間静置した。純水で洗浄後、100℃で3分間加熱して乾燥させた。
(4)吸着後共振周波数の測定
大気中、室温で二つの電極の共振周波数を測定し、周波数差F
t2(F
t2=F
t2(a)-F
t2(b),Hz)を記録した。金コロイド濃度OD550 対 周波数変化量ΔF(ΔF=F
t2-F
t1、Hz)を
図7に示す。
図7に示される通り、金コロイドの濃度に応じて周波数変化が増大していることがわかる。金コロイドをほぼ定量的に検出できていることから、本来の測定対象の測定においても金コロイドによる質量増感が有用であることが予想される。
【0053】
実施例3 cTnIの検出試験
(1)cTnI検出用の圧電基板の調整
実施例2(1)と同様にして調整した。
(2)事前共振周波数の測定
(1)で調整した圧電基板を、作製例1(3)で作製した非平行型の絶縁基板に固定し、絶縁基板を温度調節機に接続されたホットプレート上に設置した。大気中、室温で二つの電極の共振周波数を測定し、周波数差F
t1(F
t1=F
t1(a)-F
t1(b),Hz)を記録した。
(3)試料液の導入
測定対象であるcTnIを、重量%BSAのPBS溶液に希釈し、0~10μg/mLとした溶液を試料液とした。試料液10μmLを一方の浮遊電極2aにのみ滴下し、30分間静置した。純水で洗浄後、100℃で3分間加熱乾燥した。
(4)吸着後共振周波数の測定
大気中、室温で二つの電極の共振周波数を測定し、周波数差F
t2(F
t2=F
t2(a)-F
t2(b),Hz)を記録した。周波数変化量ΔF
2(ΔF
2=F
t2-F
t1、Hz)を
図8にwithout AuNPとして図示した。
(5)増感用の粒子の導入
抗cTnIモノクローナル抗体を固定した金ナノ粒子(平均粒子径80nm)を、1重量%BSAのPBS溶液に分散させ、OD550=5.0とした金コロイド溶液を調整した。金コロイド溶液を調整した。前記金コロイド溶液10μLを、一方の浮遊電極2aにのみ滴下し、10分間静置した。純水で洗浄後、100℃で3分間加熱して乾燥させた。
(6)増感後共振周波数の測定
大気中、室温で二つの電極の共振周波数を測定し、周波数差F
t3(F
t3=F
t3(a)-F
t3(b),Hz)を記録した。周波数変化量ΔF
3(ΔF
3=F
t3-F
t1、Hz)を
図8にwith AuNPとして図示した。
図8は、without AuNPのデータに示される、増感用の粒子なしでは検出できない1μg/mLのような極めて微量な測定対象であっても、増感用の粒子を加えることによって検出可能になることを示している。
【0054】
実施例4 使用済み圧電基板の電子顕微鏡写真撮影
実施例2で金コロイドを導入して測定した圧電基板を、硫酸と過酸化水素水溶液(50%)の2:1混合溶液に10分間浸漬した。基板を純水で洗浄しエアガンで乾燥した。その後、SEM像を撮影した。結果を
図10に示す。
図10は、硫酸過水で有機物を完全に除去した後にも、金ナノ粒子が浮遊電極の金及びクロム表面上に残留していることを示す。実施例2(3)の工程のうち、金コロイド導入後の100℃3分での加熱工程により、電極表面と金ナノ粒子の間に抗体-抗原の結合よりも強固な結合が生成したと考えられる。この強固な結合は気相での安定な質量測定に有用である。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の質量測定キット及び質量測定方法によれば、極微量の対象物質を特異的に、簡便かつ迅速な方法で高感度に測定することができる。すなわち、本発明により、POCTや食品検査、環境測定用途などに合致した迅速かつ高感度な測定が可能であり、本発明は産業上の利用可能性を有している。
【符号の説明】
【0056】
1 圧電振動子
2a, 2b 浮遊電極
3 圧電基板
4a, 4b 励振電極
5 絶縁基板
6 スペーサー