(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-11
(45)【発行日】2022-01-24
(54)【発明の名称】金粉の製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 9/24 20060101AFI20220117BHJP
C22B 3/10 20060101ALI20220117BHJP
C22B 3/26 20060101ALI20220117BHJP
C22B 7/00 20060101ALI20220117BHJP
C22B 11/00 20060101ALI20220117BHJP
【FI】
B22F9/24 E
C22B3/10
C22B3/26
C22B7/00 Z
C22B11/00 101
(21)【出願番号】P 2018018304
(22)【出願日】2018-02-05
【審査請求日】2021-01-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【氏名又は名称】辻川 典範
(72)【発明者】
【氏名】中井 隆行
(72)【発明者】
【氏名】永井 秀昌
(72)【発明者】
【氏名】松原 諭
【審査官】▲来▼田 優来
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-105413(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F9/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
テトラクロロ金酸イオンを含む有機溶媒に
対して尿素を添加せずに水及び還元剤を添加して還元処理を行うことで金粉を製造する方法であって、前記水の体積を前記有機溶媒の体積で除した値が0.5以上
1.0以下(1.0を除く)となるように調整することを特徴とする金粉の製造方法。
【請求項2】
前記テトラクロロ金酸イオンを含む有機溶媒が、銅電解スライムを塩素ガスで浸出して得た浸出液に対して抽出処理を行うことで得た有機溶媒であることを特徴とする、請求項1に記載の金粉の製造方法。
【請求項3】
前記有機溶媒がジブチルカルビトールを含有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の金粉の製造方法。
【請求項4】
前記還元剤が蓚酸であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の金粉の製造方法。
【請求項5】
前記還元処理により製造した金粉を分離したあとの処理液を有機相と水相に分離し、該水相を、前記テトラクロロ金酸イオンを含む有機溶媒に添加する前記水の少なくとも一部に用いることを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の金粉の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金粉の製造方法に関し、特に金を含む有機溶媒から金を還元処理することによって金粉を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金は耐食性に優れ、導電性等の電気的特性においても優れているため、工業的に有用な金属として様々な分野で使用されている。一方で、金に代表される貴金属は極めて高価で希少な金属であるため、近年では主に携帯電話などの廃棄された工業製品の電子基板などから、該貴金属を回収する事業が展開されている。金の製造方法としては、従来、銅製錬において副生される銅の電解スライムを湿式法により脱銅した後、乾式法によりセレン、アンチモン、鉛、錫、ビスマス、テルルなどを分離することで最後に金、銀、白金族の合金を回収し、これらを電解を中心とした湿式法により処理することにより、それぞれ回収する方法がとられていた。
【0003】
近年では、上記の銅電解スライムを強酸化性の酸で処理することで金を含む有価金属を浸出液中に溶解し、該浸出液に有機溶媒を混合して金を選択的に抽出して回収する湿式法が採用されている。例えば特許文献1には、銅電解スライムを水に懸濁させた液に塩素ガスを直接吹き込むことで有価金属の金を浸出処理し、浸出された金がテトラクロロ金酸イオンの形態で存在する浸出液に有機溶媒を混合して該テトラクロロ金酸イオンを有機相側に選択的に抽出した後、蓚酸にて還元して金粉を回収する方法が開示されている。
【0004】
上記の金粉の回収方法では、金粉への還元の際に還元剤である蓚酸に加えてpH調整用の中和剤として尿素が添加されている。尿素は水溶液中で加熱されると加水分解し、該水溶液のpHを均一に上昇させることができるので、上記のように尿素を添加することで金の還元時における局部的なpH上昇に起因する不純物の混入を防止することが可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した特許文献1に示される金粉の回収方法のように、金の塩素浸出液に還元剤として蓚酸を用いた場合は、下記式1に示す還元反応により塩酸が発生する。
[式1]
H2C2O4→2CO2+2H++2e-
【0007】
そのため、発生した塩酸(H+)を中和する中和剤を添加して、有機溶媒側に抽出された金の量に対する金粉の量として表される金の還元率を高く維持することが行われていた。これは、発生した塩酸を中和しなければ金の還元率を高めるために極めて多量の蓚酸が必要になるからである。更にこの塩酸の中和に使用する中和剤には、下記式2に示すように、加熱により徐々に加水分解して液のpHを均一に上昇させることができる尿素を採用していた。
[式2]
(NH2)2CO+H2O→CO2+2NH3
【0008】
これにより中和剤添加時の局所的なpH上昇を抑えることができるので、金の急激な析出を抑えることができ、よって溶液と共に不純物が金粉に取り込まれるのを防ぐことができる。また、金の粒径が不揃いになって取り扱いが困難になることも防ぐことができる。しかしながら、尿素は窒素含有物質であるため、尿素を中和剤として使用すると排水中の全窒素量(T-N)が増加し、環境に対して悪影響を及ぼすことが懸念される。
【0009】
尿素に代えて窒素を含まない中和剤を使うことも可能であるが、窒素を含まない中和剤は一般に強アルカリであるため局所的なpH上昇が生じやすく、その結果、還元した金粉に不純物が混入しやすい。また、窒素を含まない中和剤は一般的にアルカリ金属元素を含んでおり、この元素は一旦金粉に取り込まれると分離が難しい。本発明は、上記した従来の金粉の製造方法が抱える問題点に鑑みてなされたものであり、窒素含有物質である尿素を使用することなく金の還元時における局部的なpHの上昇に起因する不純物の混入を抑えることができ、且つ高い金還元率を得ることが可能な金粉の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意研究をすすめ、有機溶媒に含まれるテトラクロロ金酸イオンを還元させて金粉を回収する際、当該有機溶媒に混合する水の混合比率を適切な値に調整することで、中和剤として尿素を使用する時と同等の金品位を有する金粉を同等の還元率で回収し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明に係る金粉の製造方法は、テトラクロロ金酸イオンを含む有機溶媒に対して尿素を添加せずに水及び還元剤を添加して還元処理を行うことで金粉を製造する方法であって、前記水の体積を前記有機溶媒の体積で除した値が0.5以上1.0以下(1.0を除く)となるように調整することを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、テトラクロロ金酸イオンを含む有機溶媒から尿素を添加することなく高い還元率で金を回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の金粉の製造方法の一具体例を示すブロックフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、
図1を参照しながら本発明の金粉の製造方法の一具体例について工程順に説明する。この本発明の一具体例の金粉の製造方法は、先ず塩素浸出工程S1において金(Au)を含有する銅電解スライムのスラリーに塩素ガスを吹き込んでテトラクロロ金酸イオン(AuCl
4
-)の形態でAuの浸出を行った後、固液分離することによりAuを含んだスライム浸出液とスライム浸出残渣を得る。得られたスライム浸出液は、次にAu溶媒抽出工程S2において抽出剤が混合され、テトラクロロ金酸イオンの抽出が行われる。テトラクロロ金酸イオンを抽出した抽出剤は、抽出残液としての水相から金含有有機相として分離される。
【0015】
上記の金の抽出に用いる抽出剤としては、R-O-[C2H4-O]n-Rの構造式で示される「対称グリコールジエーテル」を用いることができる。特に、C4H9-O-C2H4-O-C2H4-O-C4H9の構造を有するジブチルカルビトール:DBC(ジブチル・ジグリコール:DBDGとも称する)は、各種産業界で様々な用途に使われているため入手が容易であるので好ましい。DBCは抽出溶剤としては比較的抽出力の弱い溶媒和型の抽出剤に属し、クロロ錯体の抽出に好適に用いることができる。
【0016】
上記Au溶媒抽出工程S2で得た金含有有機相は、次に洗浄工程S3において塩酸により洗浄され、テトラクロロ金酸イオンと共に抽出された不純物の除去が行われる。洗浄された金含有有機相は、次に調整工程S4において適量の水を添加することで、当該金含有有機相に対する水相の体積比(すなわち水相/有機層の体積比)が0.5以上となるように、より好ましくは0.7以上となるように、最も好ましくは1.0以上となるように調整する。
【0017】
このように水相/有機相の体積比を0.5以上にすることによって、次工程のAu還元工程S5において、蓚酸により生ずる塩酸の濃度が適度に希釈されるので、中和剤として尿素を使用する場合と同程度の高品位の金粉を、該尿素を使用する場合と同程度の還元率で回収することが可能となる。また、水相/有機相の体積比を1.0まで増加させると、金の還元率を更に増加させることが可能となる。この水相/有機相の体積比の上限については特に限定はないが、2.0を超えると後段のAu還元工程S5以降の処理量が増えすぎるので経済的な観点から好ましくない。なお、この調整工程S4において添加する水の少なくとも一部に、後述する油水分離工程で水相として回収されるAu還元後液を用いてもよい。特に、水相/有機相の体積比を0.5以上と高くした場合は、Au還元後液に塩化物や未反応の蓚酸が多く溶存しているため、水だけでなくAu還元工程S5で添加する塩化物や蓚酸の節約にもなる。
【0018】
上記調整工程S4で得た有機相と水相とからなる混合液は、次にAu還元工程S5において蓚酸水溶液が添加された後、好適には85~95℃程度に加熱された状態で還元処理が行われる。これにより金が逆抽出されると同時に還元反応により金の析出が行われる。このAu還元工程S5では、還元始液としての上記の混合液に塩化ナトリウムなどの塩化物を添加して還元始液のハロゲン化物濃度を高めておくのが好ましい。これにより還元処理の際、不純物の共析を防止でき、高純度の金メタルを得ることができる。
【0019】
上記還元処理の際は、銀塩化銀電極を参照電極にした酸化還元電位が好適には500mV以上800mV以下、より好適には680mV以上750mV以下となるように還元剤を添加する。この電位が750mVより高いと金の析出速度が遅くなり、800mVより高いと金を十分に析出させることができなくなる。一方、680mV以上であれば、金の析出反応に要する時間が短くてすむ。なお、500mVを下回る程度に還元剤を添加しても、還元剤を多量に要するだけであって反応時間はほとんど変わらない上、後段で酸化剤を多量に添加することが必要になるので好ましくない。
【0020】
上記Au還元工程S5で得た析出した金を含む還元処理済みの処理液は、次に固液分離工程S6において、一般的な固液分離手段によって、析出した金の分離回収が行われる。なお、処理液中に残存した還元剤を分解するため、上記固液分離工程の前又は後に酸化剤を添加してもよい。また、固液分離後に析出した少量の金は、前述した調整工程S4やAu溶媒抽出工程S2などの前段の工程に繰り返すことで回収することができる。
【0021】
上記析出した金とは別に固液分離手段から抜き出される液相は、次の油水分離工程S7で有機相と水相に分けられる。そして、有機相は前述したAu溶媒抽出工程S2に送液され、有機溶媒(DBC)として再利用される。一方、水相は排水処理工程S8に送液され処理される。前述したようにAu還元工程S5において尿素を添加していないので、この排水処理工程S8で処理される水相は全窒素量(T-N)が低く、よって活性汚泥などの一般的な処理法により簡易に処理することが可能になる。なお、この水相は前述した調整工程S4にAu還元後液として送液して再利用してもよい。
【0022】
上記のように油水分離工程S7を固液分離工程S6の後に行うのは、回収する有機溶媒やAu還元後液に、析出した金が混入するのを抑制するためである。但し油水分離工程S7で得た水相には前段の固液分離工程S6において分離しきれない程度に微細な微粒子状の金が浮遊していることがある。この場合はAu還元工程S5よりも前工程の洗浄工程S3や調整工程S4に戻すことで、微粒子状の金を太らせてから回収してもよい。
【実施例】
【0023】
[実施例1]
銅電解スライムを塩素ガスで浸出することで作製したテトラクロロ金酸イオンを含む浸出液に市販のDBCを混合し、該浸出液中のテトラクロロ金酸イオンを該DBCに抽出した後、60分間静置して有機相と水相とに分けた(Au溶媒抽出工程)。得られたテトラクロロ金酸イオンを含む有機相1Lに1.5モル/Lの塩酸からなる洗浄液1Lを加えて100分間振蕩させることで洗浄した(洗浄工程)。この洗浄済み有機相1Lを他の容器に移したうえで撹拌しながら、0.5Lの純水を添加し、更に塩化ナトリウムを投入して、水相の塩化物イオン濃度が60g/Lとなるように調整した(調整工程)。
【0024】
この塩化物イオン濃度が調整された混合液を3つに小分けして試料1~3とし、それらの各々を内壁がグラスライニングされた槽内に入れ、そのジャケット部に蒸気を通して混合液を90℃まで加温すると共に、有機相(有機溶媒)と水相(塩化ナトリウム水溶液)を十分に接触させながら、蓚酸を添加した。蓚酸を添加する際に、これらの試料1~3の混合液のうち試料1の混合液には有機溶媒200mlに対して6.6gの割合で尿素を添加し、試料2の混合液には有機溶媒200mlに対して3.3gの割合で尿素を添加し、残る試料3の混合液には尿素を添加しなかった。この状態で加温温度90℃を維持したまま撹拌を継続することで還元反応を行い、金を析出させた(Au還元工程)。その際、還元反応中の混合液の酸化還元電位とpHを、銀塩化銀電極を参照電極にした酸化還元電位(ORP)計とpH計で計測し、酸化還元電位が低下して、5分間に10mV以上の低下がなくなった時点で還元反応が終了したと判断してジャケット部への供給媒体を蒸気から冷水に切り替えて槽内を25℃まで冷却した。
【0025】
冷却後は、析出した金を含むスラリーを濾過して固形物の金を回収した後、乾燥して金粉を得た。このようにして得た3種類の金粉の不純物元素(Ag、Al、As、B、Ba、Be、Bi、Ca、Cd、Co、Cr、Fe、Ge、Hg、Ir、Li、Mg、Mn、Mo、Na、Ni、P、Pb、Pd、Pt、Rh、Ru、Sb、Se、Si、Sn、Te、Ti、V、W、Zn)の含有量をICP発光分光分析装置を用いて分析した。その結果、いずれの元素についても10ppm未満又は検出下限未満であった。この結果から、Au還元の際に尿素を添加しなくても、従来のように尿素を添加する場合と同等の不純物品位を維持できることが分かる。
【0026】
[実施例2]
上記実施例1と同様にして再度3種類の金粉の製造を行った。その際、Au溶媒抽出工程で得た有機相中の金の濃度を蛍光X線分析を用いて測定することで有機溶媒中に含まれている金の量を算出し、この値で回収した金の量を除することで金還元率を算出した。更に、試料4及び5として水相/有機相の体積比を0.5に代えてそれぞれ0.7及び1.0とした以外は上記実施例1の試料3と同様にして金粉を製造し、それらの金還元率を上記と同様に算出した。その結果を下記表1に示す。
【0027】
【0028】
上記表1の結果から、Au還元の際に添加する尿素の添加量が低減すると他の条件が同一であれば金還元率が低下するが、水相/有機相の体積比を0.5以上にすることで尿素の添加量がゼロであっても金還元率66%以上を確保できることが分かる。特に、水相/有機相の体積比が0.7以上の試料4及び5は、従来のAu還元条件である試料1と同等以上の金還元率が得られており、水相/有機相の体積比が1.0の試料5では、試料1に比べて約6%高い金還元率が得られた。なお、尿素を添加せずにAu還元を行った試料3~5では、析出した金を濾過した濾液を油水分離して得た水相側の全窒素量(T-N)をJIS K0102の紫外線吸光光度法に準拠して測定したところ、同様にして測定した試料1及び2の全窒素量(T-N)に比べて低かった。