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特許7006788シリコン融液の対流パターン制御方法、および、シリコン単結晶の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-11
(45)【発行日】2022-01-24
(54)【発明の名称】シリコン融液の対流パターン制御方法、および、シリコン単結晶の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/06 20060101AFI20220117BHJP
   C30B 15/20 20060101ALI20220117BHJP
【FI】
C30B29/06 502G
C30B15/20
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020526645
(86)(22)【出願日】2019-02-27
(86)【国際出願番号】 JP2019007443
(87)【国際公開番号】W WO2020174598
(87)【国際公開日】2020-09-03
【審査請求日】2020-06-05
(73)【特許権者】
【識別番号】302006854
【氏名又は名称】株式会社SUMCO
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】横山 竜介
(72)【発明者】
【氏名】杉村 渉
【審査官】宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/077701(WO,A1)
【文献】特開2003-327491(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/06
C30B 15/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコン単結晶の製造に用いるシリコン融液の対流パターン制御方法であって、
無磁場状態において回転している石英ルツボ内のシリコン融液表面における前記石英ルツボの回転中心と重ならない第1の計測点の温度を取得する工程と、
前記第1の計測点の温度が周期変化になっていることを確認する工程と、
前記第1の計測点の温度変化が所定の状態になったタイミングで、前記シリコン融液に印加される水平磁場の強度を前記シリコン融液の下降流の回転が拘束される水平磁場の最小値にし、その後、0.2テスラ以上に上げることで、前記シリコン融液内の前記水平磁場の印加方向に直交する平面における対流の方向を一方向に固定する工程とを備え
前記第1の計測点の温度変化が前記所定の状態になったタイミングは、前記シリコン融液の表面の中心を原点、鉛直上方をZ軸の正方向、前記水平磁場の印加方向をY軸の正方向とした右手系のXYZ直交座標系において、前記シリコン融液の表面における下降流の中心部分が、X>0に位置する第1のタイミングまたはX<0に位置する第2のタイミングであることを特徴とするシリコン融液の対流パターン制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載のシリコン融液の対流パターン制御方法において、
前記第1の計測点は、前記石英ルツボの回転と同じ方向に回転する前記シリコン融液の表面における下降流の中心部分が通る位置にあることを特徴とするシリコン融液の対流パターン制御方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のシリコン融液の対流パターン制御方法において
記対流の方向を一方向に固定する工程は、前記第1のタイミングの場合、前記Y軸の負方向側から見たときの前記対流の方向を右回りに固定し、前記第2のタイミングの場合、前記対流の方向を左回りに固定することを特徴とするシリコン融液の対流パターン制御方法。
【請求項4】
請求項2に記載のシリコン融液の対流パターン制御方法において、
前記対流の方向を一方向に固定する工程は、前記第1の計測点の温度変化が以下の式(1)で表される周期関数で表される状態になった後、以下の式(2)を満たす時刻tαに前記水平磁場を印加する磁場印加部の駆動を開始することを特徴とするシリコン融液の対流パターン制御方法。
ただし、
T(t):時刻tにおける前記第1の計測点の温度
ω:角周波数
A:振動の振幅
B:時刻tが0のときの振動の位相
C:振動以外の成分を表す項
n:整数
θ:前記シリコン融液の表面の中心を原点、鉛直上方をZ軸の正方向、前記水平磁場の印加方向をY軸の正方向とした右手系のXYZ直交座標系において、前記原点からX軸の正方向に延びる線を第1の仮想線とし、前記原点と前記第1の計測点とを通る線を第2の仮想線とし、前記石英ルツボの回転方向の角度を正の角度とした場合、前記第1の仮想線と前記第2の仮想線とがなす正の角度
H:水平磁場を印加開始時における磁場強度の上昇速度(テスラ/秒)
【数1】

【数2】
【請求項5】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のシリコン融液の対流パターン制御方法において、
前記第1の計測点の温度を取得する工程は、引き上げ装置のチャンバまたはチャンバ内に配置された部材における第2の計測点の温度を温度計で計測し、この計測結果に基づいて、前記第1の計測点の温度を推定することを特徴とするシリコン融液の対流パターン制御方法。
【請求項6】
請求項5に記載のシリコン融液の対流パターン制御方法において、
前記対流の方向を一方向に固定する工程は、前記第2の計測点の温度変化が以下の式(3)で表される周期関数で表される状態になった後、以下の式(4)を満たす時刻tβに前記水平磁場を印加する磁場印加部の駆動を開始することを特徴とするシリコン融液の対流パターン制御方法。
ただし、
T(t):時刻tにおける前記第2の計測点の温度
ω:角周波数
A:振動の振幅
B:時刻tが0のときの振動の位相
C:振動以外の成分を表す項
n:整数
θ:前記シリコン融液の表面の中心を原点、鉛直上方をZ軸の正方向、前記水平磁場の印加方向をY軸の正方向とした右手系のXYZ直交座標系において、前記原点からX軸の正方向に延びる線を第1の仮想線とし、前記原点と前記第2の計測点とを通る線を第2の仮想線とし、前記石英ルツボの回転方向の角度を正の角度とした場合、前記第1の仮想線と前記第2の仮想線とがなす正の角度
H:前記水平磁場を印加開始時における磁場強度の上昇速度(テスラ/秒)
ex:前記第2の仮想線上に位置する前記第1の計測点の温度変化が、前記第2の計測点の温度変化に反映されるまでの時間
【数3】

【数4】
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載のシリコン融液の対流パターン制御方法を実施する工程と、
前記水平磁場の強度を0.2テスラ以上に維持したまま、シリコン単結晶を引き上げる工程とを備えていることを特徴とするシリコン単結晶の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載のシリコン単結晶の製造方法において、
前記シリコン融液の対流パターン制御方法を実施した後、前記対流の方向が固定されたことを確認してから、前記シリコン単結晶を引き上げることを特徴とするシリコン単結晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコン融液の対流パターン制御方法、および、シリコン単結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコン単結晶の製造にはチョクラルスキー法(以下、CZ法という)と呼ばれる方法が使われる。このようなCZ法を用いた製造方法において、シリコン単結晶の酸素濃度を制御する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1には、シリコン融液が、種結晶の引き上げ軸を含みかつ磁場の印加方向に平行な面について、一方側から他方側に流動する状態において、シリコン融液に浸漬した種結晶を引き上げることで、シリコン単結晶の酸素濃度を制御できることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】再公表WO2017/077701号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1のような方法を用いても、シリコン単結晶ごとの酸素濃度がばらつく場合があった。
【0006】
本発明の目的は、シリコン単結晶ごとの酸素濃度のばらつきを抑制できるシリコン融液の対流パターン制御方法、および、シリコン単結晶の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のシリコン融液の対流パターン制御方法は、シリコン単結晶の製造に用いるシリコン融液の対流パターン制御方法であって、無磁場状態において回転している石英ルツボ内のシリコン融液表面における前記石英ルツボの回転中心と重ならない第1の計測点の温度を取得する工程と、前記第1の計測点の温度が周期変化になっていることを確認する工程と、前記第1の計測点の温度変化が所定の状態になったタイミングで、磁場印加部の駆動を開始して前記シリコン融液に水平磁場を印加、その後、0.2テスラ以上に上げることで、前記シリコン融液内の前記水平磁場の印加方向に直交する平面における対流の方向を一方向に固定する工程とを備えていることを特徴とする。
【0008】
無磁場状態の(水平磁場を印加していない)シリコン融液には、当該シリコン融液の外側部分から上昇し中央部分で下降する下降流が生じている。この状態で石英ルツボを回転させると、下降流は、回転中心からずれた位置に移動し、石英ルツボの上方から見て、石英ルツボの回転方向に回転する。この状態で0.01テスラの水平磁場がシリコン融液に印加されると、上方から見たときの下降流の回転が拘束される。その後、さらに磁場強度を上げると、シリコン融液の表面の中心を原点、上方をZ軸の正方向、水平磁場の印加方向をY軸の正方向とした右手系のXYZ直交座標系において、Y軸の負方向側から見たときのシリコン融液内の水平磁場の印加方向に直交する平面(以下、「磁場直交断面」という)における下降流の右側と左側における上昇方向の対流の大きさが変化する。そして、0.2テスラになると、シリコン融液内における印加方向のいずれの位置においても、いずれか一方の対流が消え去り、右回りか左回りの対流のみが残る。磁場直交断面において対流が右回りに固定された場合、シリコン融液は、左側が右側よりも高温になる。また、対流が左回りに固定された場合、シリコン融液は、右側が左側よりも高温になる。
【0009】
シリコン単結晶の引き上げ装置は、対称構造で設計されるものの、厳密に見た場合、構成部材が対称構造になっていないため、チャンバ内の熱環境も非対称となる。
例えば、磁場直交断面において石英ルツボの左側が右側よりも高温となるような熱環境の引き上げ装置において、対流が右回りで固定されると、右回りの対流ではシリコン融液の左側が高温になるため、熱環境との相乗効果でシリコン融液左側がより高温になる。一方、対流が左回りで固定されると、右回りの場合のような熱環境との相乗効果が発生せず、シリコン融液左側があまり高温にならない。
シリコン融液の温度が高いほど石英ルツボから溶出する酸素の量が多くなるため、上記のような熱環境の引き上げ装置を用いてシリコン単結晶を引き上げる場合には、対流を左回りで固定した場合よりも右回りで固定した場合の方が、シリコン単結晶に取り込まれる酸素量が多くなり、直胴部の酸素濃度も高くなる。
【0010】
下降流は、シリコン融液の表面における下降流に対応する部分の温度が最も低く、表面の外側に向かうにしたがって温度が徐々に高くなる温度分布によって発生する。このため、回転中の石英ルツボ内のシリコン融液における第1の計測点の温度は、下降流の回転に対応して周期的に変化する。水平磁場印加時におけるシリコン融液の対流の方向は、上方から見たときの下降流の回転方向の位置と、水平磁場の印加タイミングとによって決定される。
本発明によれば、シリコン融液の第1の計測点における温度変化が、所定の状態になったタイミングで、つまり、上方から見たときの下降流の回転方向の位置が、所定の位置になったタイミングで、0.01テスラの水平磁場を印加し、その後0.2テスラ以上まで上げることによって、引き上げ装置の構造の対称性に関係なく、対流の方向を常時同じ方向に固定できる。したがって、この対流方向の固定によって、シリコン単結晶ごとの酸素濃度のばらつきを抑制できる。
【0011】
本発明のシリコン融液の対流パターン制御方法において、前記第1の計測点は、前記石英ルツボの回転と同じ方向に回転する前記シリコン融液の表面における下降流の中心部分が通る位置にあることが好ましい。
本発明によれば、シリコン融液表面における下降流の中心部分が通る位置、つまり温度が最も低い位置を計測することによって、その温度変化をより正確に把握することができ、対流方向の固定をより正確に行える。
【0012】
本発明のシリコン融液の対流パターン制御方法において、前記第1の計測点の温度変化が前記所定の状態になったタイミングは、前記シリコン融液の表面の中心を原点、鉛直上方をZ軸の正方向、前記水平磁場の印加方向をY軸の正方向とした右手系のXYZ直交座標系において、前記シリコン融液の表面における下降流の中心部分が、X>0に位置する第1のタイミングまたはX<0に位置する第2のタイミングであり、前記対流の方向を一方向に固定する工程は、前記温度変化が前記所定の状態になったタイミングが前記第1のタイミングの場合、前記Y軸の負方向側から見たときの前記対流の方向を右回りに固定し、前記第2のタイミングの場合、前記対流の方向を左回りに固定することが好ましい。
本発明によれば、0.01テスラの水平磁場を印加するタイミングを第1のタイミングまたは第2のタイミングにすることで、対流の方向を所望の一方向に固定できる。
【0013】
本発明のシリコン融液の対流パターン制御方法において、前記対流の方向を一方向に固定する工程は、前記第1の計測点の温度変化が以下の式(1)で表される周期関数で表される状態になった後、以下の式(2)を満たす時刻tαに前記水平磁場を印加する前記磁場印加部の駆動を開始することが好ましい。
ただし、
T(t):時刻tにおける前記第1の計測点の温度
ω:角周波数
A:振動の振幅
B:時刻tが0のときの振動の位相
C:振動以外の成分を表す項
n:整数
θ:前記シリコン融液の表面の中心を原点、鉛直上方をZ軸の正方向、前記水平磁場の印加方向をY軸の正方向とした右手系のXYZ直交座標系において、前記原点からX軸の正方向に延びる線を第1の仮想線とし、前記原点と前記第1の計測点とを通る線を第2の仮想線とし、前記石英ルツボの回転方向の角度を正の角度とした場合、前記第1の仮想線と前記第2の仮想線とがなす正の角度
H:水平磁場を印加開始時における磁場強度の上昇速度(テスラ/秒)
【0014】
【数1】
【0015】
【数2】
【0016】
本発明によれば、水平磁場の印加を開始してからシリコン融液に0.01テスラの磁場が印加されるまでの時間を考慮に入れた式(2)に基づいて、対流方向の固定をより正確に行える。
【0017】
本発明のシリコン融液の対流パターン制御方法において、前記第1の計測点の温度を取得する工程は、引き上げ装置のチャンバまたはチャンバ内に配置された部材における第2の計測点の温度を温度計で計測し、この計測結果に基づいて、前記第1の計測点の温度を推定することが好ましい。
本発明によれば、チャンバまたはチャンバ内の配置部材の第2の計測点の温度に基づいて、シリコン融液の第1の計測点の温度を推定することによっても、対流方向の固定を行える。
【0018】
本発明のシリコン融液の対流パターン制御方法において、前記対流の方向を一方向に固定する工程は、前記第2の計測点の温度変化が以下の式(3)で表される周期関数で表される状態になった後、以下の式(4)を満たす時刻tβに前記水平磁場を印加する前記磁場印加部の駆動を開始することが好ましい。
ただし、
T(t):時刻tにおける前記第2の計測点の温度
ω:角周波数
A:振動の振幅
B:時刻tが0のときの振動の位相
C:振動以外の成分を表す項
n:整数
θ:前記シリコン融液の表面の中心を原点、鉛直上方をZ軸の正方向、前記水平磁場の印加方向をY軸の正方向とした右手系のXYZ直交座標系において、前記原点からX軸の正方向に延びる線を第1の仮想線とし、前記原点と前記第2の計測点とを通る線を第2の仮想線とし、前記石英ルツボの回転方向の角度を正の角度とした場合、前記第1の仮想線と前記第2の仮想線とがなす正の角度
H:前記水平磁場を印加開始時における磁場強度の上昇速度(テスラ/秒)
ex:前記第2の仮想線上に位置する前記第1の計測点の温度変化が、前記第2の計測点の温度変化に反映されるまでの時間
【0019】
【数3】
【0020】
【数4】
【0021】
本発明によれば、水平磁場の印加を開始してからシリコン融液に0.01テスラの磁場が印加されるまでの時間と、シリコン融液の第1の計測点における温度変化が計測対象の部材の第2の計測点の温度変化に反映されるまでの時間とを考慮に入れた式(4)に基づいて、対流方向の固定をより正確に行える。
【0022】
本発明のシリコン単結晶の製造方法は、前述したシリコン融液の対流パターン制御方法を実施する工程と、前記水平磁場の強度を0.2テスラ以上に維持したまま、シリコン単結晶を引き上げる工程とを備えていることを特徴とする。
【0023】
本発明のシリコン単結晶の製造方法において、前記シリコン融液の対流パターン制御方法を実施した後、前記対流の方向が固定されたことを確認してから、前記シリコン単結晶を引き上げることが好ましい。
本発明によれば、同じ引き上げ装置かつ同じ製造条件でシリコン単結晶を引き上げたとしても、結晶品質や引き上げ中の挙動が2つに分かれてしまう現象を回避できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の第1の実施の形態に係る引き上げ装置の構造を示す模式図。
図2】前記第1の実施の形態における水平磁場の印加状態および計測点の位置を示す模式図。
図3】前記第1の実施の形態および本発明の第2の実施の形態における温度計測部の配置状態を示す模式図。
図4】前記第1,第2の実施の形態における引き上げ装置の要部のブロック図。
図5A】前記第1,第2の実施の形態における水平磁場の印加方向とシリコン融液の対流の方向との関係を示す模式図であり、右回りの対流を表す。
図5B】前記第1,第2の実施の形態における水平磁場の印加方向とシリコン融液の対流の方向との関係を示す模式図であり、左回りの対流を表す。
図6】前記第1,第2の実施の形態におけるシリコン融液の対流の変化を示す模式図。
図7】前記第1,第2の実施の形態における第1~第3の計測点の温度変化とシリコン融液表面の温度分布との関係を示す模式図。
図8】前記第1,第2の実施の形態におけるシリコン単結晶の製造方法を示すフローチャート。
図9】前記第1,第2の実施の形態におけるシリコン単結晶の製造方法を示す説明図。
図10】前記第2の実施の形態に係る引き上げ装置の構造を示す模式図。
図11】前記第2の実施の形態および本発明の変形例における水平磁場の印加状態および計測点の位置を示す模式図。
図12】本発明の実施例の実験1における各時間での第1~第3の計測点の温度および磁場強度の関係を示すグラフ。
図13】本発明の実施例の実験2における各時間での第1の計測点の温度および水平磁場を印加するタイミングの関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
[1]第1の実施の形態
図1には、本発明の第1の実施の形態に係るシリコン単結晶10の製造方法を適用できるシリコン単結晶の引き上げ装置1の構造の一例を表す模式図が示されている。引き上げ装置1は、チョクラルスキー法によりシリコン単結晶10を引き上げる装置であり、外郭を構成するチャンバ2と、チャンバ2の中心部に配置されるルツボ3とを備える。
ルツボ3は、内側の石英ルツボ3Aと、外側の黒鉛ルツボ3Bとから構成される二重構造であり、回転および昇降が可能な支持軸4の上端部に固定されている。
【0026】
ルツボ3の外側には、ルツボ3を囲む抵抗加熱式のヒーター5が設けられ、その外側には、チャンバ2の内面に沿って断熱材6が設けられている。
ルツボ3の上方には、支持軸4と同軸上で逆方向または同一方向に所定の速度で回転するワイヤなどの引き上げ軸7が設けられている。この引き上げ軸7の下端には種結晶8が取り付けられている。
【0027】
チャンバ2内には、ルツボ3内のシリコン融液9の上方で育成中のシリコン単結晶10を囲む筒状の熱遮蔽体11が配置されている。
熱遮蔽体11は、育成中のシリコン単結晶10に対して、ルツボ3内のシリコン融液9やヒーター5やルツボ3の側壁からの高温の輻射熱を遮断するとともに、結晶成長界面である固液界面の近傍に対しては、外部への熱の拡散を抑制し、単結晶中心部および単結晶外周部の引き上げ軸方向の温度勾配を制御する役割を担う。
【0028】
チャンバ2の上部には、アルゴンガスなどの不活性ガスをチャンバ2内に導入するガス導入口12が設けられている。チャンバ2の下部には、図示しない真空ポンプの駆動により、チャンバ2内の気体を吸引して排出する排気口13が設けられている。
ガス導入口12からチャンバ2内に導入された不活性ガスは、育成中のシリコン単結晶10と熱遮蔽体11との間を下降し、熱遮蔽体11の下端とシリコン融液9の液面との隙間を経た後、熱遮蔽体11の外側、さらにルツボ3の外側に向けて流れ、その後にルツボ3の外側を下降し、排気口13から排出される。
【0029】
また、引き上げ装置1は、図2に示すような磁場印加部14と、温度計測部15とを備える。
磁場印加部14は、それぞれ電磁コイルで構成された第1の磁性体14Aおよび第2の磁性体14Bを備える。第1,第2の磁性体14A,14Bは、チャンバ2の外側においてルツボ3を挟んで対向するように設けられている。磁場印加部14は、中心の磁力線14Cが石英ルツボ3Aの中心軸3Cを通り、かつ、当該中心の磁力線14Cの向きが図2における上方向(図1における紙面手前から奥に向かう方向)となるように、水平磁場を印加することが好ましい。中心の磁力線14Cの高さ位置については特に限定されず、シリコン単結晶10の品質に合わせて、シリコン融液9の内部にしてもよいし外部にしてもよい。
【0030】
温度計測部15は、シリコン融液9の表面9A上の第1の計測点P1の温度を計測する。温度計測部15は、シリコン融液9の表面9Aの中心9Bから第1の計測点P1までの距離をR、石英ルツボ3Aの内径の半径をRCとした場合、R/RCが0.375以上1未満の関係を満たす第1の計測点P1を計測することが好ましい。
また、第1の計測点P1は、表面9Aの中心9Bからずれた(石英ルツボ3Aの回転中心から離れた)位置に設定されている。第1の計測点P1は、図2に示すように、シリコン融液9の表面9Aの中心9Bを原点、上方をZ軸の正方向(図1の上方向、図2の紙面手前方向)、水平磁場の印加方向をY軸の正方向(図1の紙面奥方向、図2の上方向)とした右手系のXYZ直交座標系において、中心9BからX軸の正方向(図2の右方向)に延びる線を第1の仮想線9Fとし、中心9Bと第1の計測点P1とを通る線を第2の仮想線9Gとし、石英ルツボ3Aの回転方向の角度を正の角度とした場合、第1の仮想線9Fと第2の仮想線9Gとのなす正の角度がθとなる位置に設定されている。本実施の形態では、石英ルツボ3Aの回転方向が図2における左方向であり、第1の仮想線9Fから左方向に角度θだけ回転した位置の第2の仮想線9G上に、第1の計測点P1が設定されている。なお、石英ルツボ3Aの回転方向が図2における右方向の場合、第1の仮想線9Fと第2の仮想線9Gとのなす正の角度は、第1の仮想線9Fから右方向に回転したときの角度、つまり、図2の例では、360°からθを減じた角度となる。
【0031】
温度計測部15は、反射部15Aと、放射温度計15Bとを備える。
反射部15Aは、チャンバ2内部に設置されている。反射部15Aは、図3に示すように、その下端からシリコン融液9の表面9Aまでの距離(高さ)Kが300mm以上5000mm以下となるように設置されていることが好ましい。また、反射部15Aは、反射面15Cと水平面Fとのなす角度θfが40°以上50°以下となるように設置されていることが好ましい。このような構成によって、第1の計測点P1から、重力方向の反対方向に出射する輻射光Lの入射角θ1および反射角θ2の和が、80°以上100°以下となる。反射部15Aとしては、耐熱性の観点から、一面を鏡面研磨して反射面15Cとしたシリコンミラーを用いることが好ましい。
放射温度計15Bは、チャンバ2外部に設置されている。放射温度計15Bは、チャンバ2に設けられた石英窓2Aを介して入射される輻射光Lを受光して、第1の計測点P1の温度を非接触で計測する。
【0032】
また、引き上げ装置1は、図4に示すように、制御装置20と、記憶部21とを備える。
制御装置20は、対流パターン制御部20Aと、引き上げ制御部20Bとを備える。
対流パターン制御部20Aは、温度計測部15での第1の計測点P1の計測結果に基づいて、図2におけるY軸の負方向側(図2の下側)から見たときのシリコン融液9の磁場直交断面(水平磁場の印加方向に直交する平面)における対流90(図5A図5B参照)の方向を固定する。
引き上げ制御部20Bは、対流パターン制御部20Aによる対流方向の固定後に、シリコン単結晶10を引き上げる。
【0033】
[2]本発明に至る背景
本発明者らは、同一の引き上げ装置1を用い、同一の引き上げ条件で引き上げを行っても、引き上げられたシリコン単結晶10の酸素濃度が高い場合と、酸素濃度が低い場合があることを知っていた。従来、これを解消するために、引き上げ条件等を重点的に調査してきたが、確固たる解決方法が見つからなかった。
【0034】
その後、調査を進めていくうちに、本発明者らは、石英ルツボ3A中に固体の多結晶シリコン原料を投入して、溶解した後、水平磁場を印加すると、磁場直交断面(第2の磁性体14B側(図1の紙面手前側、図2の下側)から見たときの断面)において、水平磁場の磁力線を軸として石英ルツボ3Aの底部からシリコン融液9の表面9Aに向かって回転する対流90があることを知見した。その対流90の回転方向は、図5Aに示すように、右回りが優勢となる場合と、図5Bに示すように、左回りが優勢となる場合の2つの対流パターンであった。
【0035】
このような現象の発生は、発明者らは、以下のメカニズムによるものであると推測した。
まず、水平磁場を印加せず、石英ルツボ3Aを回転させない状態では、石英ルツボ3Aの外周近傍でシリコン融液9が加熱されるため、シリコン融液9の底部から表面9Aに向かう上昇方向の対流が生じている。上昇したシリコン融液9は、シリコン融液9の表面9Aで冷却され、石英ルツボ3Aの中心で石英ルツボ3Aの底部に戻り、下降方向の対流が生じる。
【0036】
外周部分で上昇し、中央部分で下降する対流が生じた状態では、熱対流による不安定性により下降流の位置は無秩序に移動し、中心からずれる。このような下降流は、シリコン融液9の表面9Aにおける下降流に対応する部分の温度が最も低く、表面9Aの外側に向かうにしたがって温度が徐々に高くなる温度分布によって発生する。例えば、図6(A)の状態では、中心が石英ルツボ3Aの回転中心からずれた第1の領域A1の温度が最も低く、その外側に位置する第2の領域A2、第3の領域A3、第4の領域A4、第5の領域A5の順に温度が高くなっている。
【0037】
そして、図6(A)の状態で、中心の磁力線14Cが石英ルツボ3Aの中心軸3Cを通る水平磁場を印加すると、石英ルツボ3Aの上方から見たときの下降流の回転が徐々に拘束され、図6(B)に示すように、水平磁場の中心の磁力線14Cの位置からオフセットした位置に拘束される。
なお、下降流の回転が拘束されるのは、シリコン融液9に作用する水平磁場の強度が特定強度よりも大きくなってからと考えられる。このため、下降流の回転は、水平磁場の印加開始直後には拘束されず、印加開始から所定時間経過後に拘束される。
【0038】
一般に磁場印加によるシリコン融液9内部の流動変化は、以下の式(5)で得られる無次元数であるMagnetic Number Mで表されることが報告されている(Jpn. J. Appl. Phys., Vol.33(1994) Part.2 No.4A, pp.L487-490)。
【0039】
【数5】
【0040】
式(5)において、σはシリコン融液9の電気伝導度、Bは印加した磁束密度、hはシリコン融液9の深さ、ρはシリコン融液9の密度、vは無磁場でのシリコン融液9の平均流速である。
本実施の形態において、下降流の回転が拘束される水平磁場の特定強度の最小値は、0.01テスラであることがわかった。0.01テスラでのMagnetic Numberは1.904である。本実施の形態とは異なるシリコン融液9の量や石英ルツボ3Aの径においても、Magnetic Numberが1.904となる磁場強度(磁束密度)から、磁場による下降流の拘束効果(制動効果)が発生すると考えられる。
【0041】
図6(B)に示す状態から水平磁場の強度をさらに大きくすると、図6(C)に示すように、下降流の右側と左側における上昇方向の対流の大きさが変化し、図6(C)であれば、下降流の左側の上昇方向の対流が優勢になる。
最後に、磁場強度が0.2テスラになると、図6(D)に示すように、下降流の右側の上昇方向の対流が消え去り、左側が上昇方向の対流、右側が下降方向の対流となり、右回りの対流90となる。右回りの対流90の状態では、図5Aに示すように、磁場直交断面において、シリコン融液9における右側領域9Dから左側領域9Eに向かうにしたがって、温度が徐々に高くなっている。
一方、図6(A)の最初の下降流の位置を石英ルツボ3Aの回転方向に180°ずらせば、下降流は、図6(C)とは位相が180°ずれた左側の位置で拘束され、左回りの対流90となる。左回りの対流90の状態では、図5Bに示すように、シリコン融液9における右側領域9Dから左側領域9Eに向かうにしたがって、温度が徐々に低くなっている。
このような右回りや左回りのシリコン融液9の対流90は、水平磁場の強度を0.2テスラ未満にしない限り、維持される。
【0042】
また、石英ルツボ3Aの回転に伴うシリコン融液9の表面9A上の第1~第3の計測点Q1~Q3の温度を計測すると、図7に示すようになると考えられる。石英ルツボ3Aの回転方向は、上方から見て左回りである。第1の計測点Q1を、シリコン融液9の表面9Aの中心を通りかつ水平磁場の中心の磁力線14Cと平行な仮想線9C上、つまり図2で規定した右手系のXYZ直交座標系のY軸および中心の磁力線14Cと重なる仮想線9C上の位置とした。第2の計測点Q2を、表面9Aの中心9Bを中心にして第1の計測点Q1から左方向に90°回転した位置とし、第3の計測点Q3を、第1の計測点Q1から右方向に90°回転した位置とした。つまり、石英ルツボ3Aの回転方向の角度を正の角度とした場合、第1~第3の計測点Q1~Q3のそれぞれと中心9Bとを通る第2の仮想線9Gと、第1の仮想線9Fとのなす正の角度は、第1の計測点Q1の場合は90°、第2の計測点Q2の場合は180°、第3の計測点Q3の場合は0°となる。
【0043】
第1~第3の計測点Q1~Q3の温度変化は、石英ルツボ3Aの回転に応じて、周期関数で近似される状態になり、それぞれの位相が90°ずつずれる。
そして、図7に示す状態Bから状態Dに移行するまでの間に、シリコン融液9に0.01テスラの水平磁場を印加し、その後0.2テスラまで磁場強度を上げると、対流90の方向は、右側よりも左側の方が温度が高い右回りになり、状態Dから状態Bに移行するまでの間に、0.01テスラの水平磁場が印加されると、左側よりも右側の方が温度が高い左回りになることがわかった。
【0044】
つまり、第3の計測点Q3の計測結果のみに着目し、当該第3の計測点Q3の温度変化を正弦関数で表すと、正弦関数の値が0となる状態Bから、最小となる状態Cを経て、再び0となる状態Dまでの間の第1のタイミングで、換言すると、下降流の中心部分(シリコン融液9の表面9Aにおける第1の領域A1の最低温度部分)が、仮想線9Cに対しX軸の正方向側(図7の右側)に位置する第1のタイミングで、0.01テスラの水平磁場が印加されると、右回りの対流90になることがわかった。なお、下降流の中心部分は他の部分に比べ温度が低下していることから、放射温度計によって把握することができる。一方、0となる状態Dから、最大となる状態Aを経て、再び0となる状態Bまでの間の第2のタイミングで、換言すると、下降流の中心部分(最低温度部分)が、仮想線9Cに対しX軸の負方向側(図7の左側)に位置する第2のタイミングで、0.01テスラの水平磁場が印加されると、左回りの対流90になることがわかった。
【0045】
このことを数式で表すと、状態Dのタイミングを時刻0とした場合、0.01テスラの水平磁場を、以下の式(6)を満たす時刻tαにシリコン融液9に印加し、その後0.2テスラまで磁場強度を上げると、左回りの対流90になる。また、式(6)よりも時間π/ω後に、0.01テスラの水平磁場を印加し、その後0.2テスラまで磁場強度を上げると、右回りの対流90になる。
【0046】
【数6】
【0047】
また、磁場印加部14を駆動してから、実際にシリコン融液9に0.01テスラの水平磁場が印加されるまでの間には、所定時間が必要である。磁場強度の上昇速度(テスラ/秒)をHとした場合、0.01テスラの水平磁場がシリコン融液9に印加されるまでの時間は0.01/Hである。このことを考慮に入れると、式(6)で表される時刻tαに、シリコン融液9に0.01テスラの水平磁場を印加させるためには、以下の式(7)に示すように、時間0.01/Hだけ前に、磁場印加部14を駆動する必要がある。
【0048】
【数7】
【0049】
さらに、第3の計測点Q3以外の計測点で測定した場合、図2に示す計測点に対応する正の角度θも考慮に入れて、温度変化を正弦関数である式(1)で表す場合、式(7)は式(2)で表される。つまり、式(2)を満たす時刻tαに磁場印加部14の駆動を開始すれば、シリコン融液9の対流90の方向を所望の一方向に固定できる。
【0050】
また、引き上げ装置1は、対称構造で設計されるものの、実際には、対称構造とはなっていないため、熱環境も非対称となる。熱環境が非対称となる原因は、チャンバ2、ルツボ3、ヒーター5、熱遮蔽体11などの部材の形状が非対称であったり、チャンバ2内の各種部材の設置位置が非対称であったりすることが例示できる。
例えば、引き上げ装置1は、磁場直交断面において、石英ルツボ3Aの左側が右側よりも高温となるような第1の熱環境や、左側が右側よりも低温となるような第2の熱環境となる場合がある。
【0051】
第1の熱環境の場合、磁場直交断面で対流90が右回りで固定されると、第1の熱環境との相乗効果でシリコン融液9の左側領域9Eがより高温になるため、以下の表1に示すように、石英ルツボ3Aから溶出する酸素の量が多くなる。一方で、対流90が左回りで固定されると、右回りの場合のような第1の熱環境との相乗効果が発生せず、左側領域9Eがあまり高温にならないため、石英ルツボ3Aから溶出する酸素の量が右回りの場合と比べて多くならない。
したがって、第1の熱環境の場合、対流90が右回りの場合には、シリコン単結晶10の酸素濃度が高くなり、左回りの場合には、酸素濃度が高くならない(低くなる)関係があると推測した。
【0052】
【表1】
【0053】
また、第2の熱環境の場合、対流90が左回りで固定されると、シリコン融液9の右側領域9Dがより高温になるため、以下の表2に示すように、石英ルツボ3Aから溶出する酸素の量が多くなる。一方で、対流90が右回りで固定されると、左回りの場合のように右側領域9Dが高温にならないため、石英ルツボ3Aから溶出する酸素の量が多くならない。
したがって、第2の熱環境の場合、対流90が左回りの場合には、シリコン単結晶10の酸素濃度が高くなり、右回りと推定した場合には、酸素濃度が低くなる関係があると推測した。
【0054】
【表2】
【0055】
以上のことから、本発明者らは、シリコン融液9の表面9Aにおける所定の計測点の温度を計測し、当該計測点における温度変化が所定の状態になったタイミングで、0.01テスラの水平磁場を印加することによって、上方から見たときのシリコン融液Mの下降流の回転の位置を固定し、その後0.2テスラまで磁場強度を上げることによって、シリコン融液9の対流90の方向を所望の一方向に固定でき、この固定方向を引き上げ装置1の炉内環境の非対称構造に応じて選択することによって、シリコン単結晶10ごとの酸素濃度のばらつきを抑制できると考えた。
【0056】
[3]シリコン単結晶の製造方法
次に、第1の実施の形態におけるシリコン単結晶の製造方法を図8に示すフローチャートおよび図9に示す説明図に基づいて説明する。
【0057】
まず、引き上げ装置1の熱環境が上述の第1の熱環境、または、第2の熱環境であることを把握しておく。
また、シリコン融液9の対流90の方向が右回りまたは左回りの場合に、シリコン単結晶10の酸素濃度が所望の値となるような引き上げ条件(例えば、不活性ガスの流量、チャンバ2の炉内圧力、石英ルツボ3Aの回転数など)を事前決定条件として予め決めておき、記憶部21に記憶させる。
例えば、以下の表3に示すように、第1の熱環境において、対流90の方向が右回りの場合に、酸素濃度が濃度Aとなるような引き上げ条件Aを事前決定条件として記憶させる。なお、事前決定条件の酸素濃度は、直胴部の長手方向の複数箇所の酸素濃度の値であってもよいし、前記複数箇所の平均値であってもよい。
【0058】
【表3】
【0059】
そして、シリコン単結晶10の製造を開始する。
まず、引き上げ制御部20Bは、図8に示すように、チャンバ2内を減圧下の不活性ガス雰囲気に維持した状態で、ルツボ3を回転させるとともに、ルツボ3に充填した多結晶シリコンなどの固形原料をヒーター5の加熱により溶融させ、シリコン融液9を生成し(ステップS1)、チャンバ2の高温状態を保持する(ステップS2)。また、温度計測部15は、第1の仮想線9Fと第2の仮想線9Gとのなす正の角度がθとなる位置の第1の計測点P1の温度計測を開始する。チャンバ2の高温状態の保持によって、第1の計測点P1における温度変化は、図9に示すように、式(1)に示す周期関数で表される状態になる。
【0060】
対流パターン制御部20Aは、第1の計測点P1の温度変化が式(1)に示す状態になったことを確認すると(ステップS3)、図9に示すように、時刻tα1が以下の式(8)を満たすタイミングで、磁場印加部14を駆動し、磁場強度の上昇速度(テスラ/秒)(図9における磁場強度を示すグラフの傾き)がHとなる状態で、シリコン融液9への水平磁場の印加を開始し(ステップS4)、0.2テスラ以上0.6テスラ以下のGテスラまで磁場強度を上げる。
【0061】
【数8】
【0062】
式(8)における左辺は図7の状態Bになる時刻であり、右辺は状態Dになる時刻である。以上の処理によって、状態Bから状態Cを経て、状態Dになるまでの第1のタイミングで、シリコン融液9に0.01テスラの水平磁場が印加され、その後0.2テスラまで磁場強度が上がることによって、対流90が右回りに固定される。
そして、引き上げ制御部20Bは、対流90の方向が固定されたか否かを判断する(ステップS5)。対流90の方向が固定され、図6(D)に示す状態になると、第1の計測点P1の温度に周期的な変動がなくなり、温度が安定する。引き上げ制御部20Bは、第1の計測点P1の温度が安定した場合、対流90の方向が固定されたと判断する。
そして、引き上げ制御部20Bは、事前決定条件に基づいて、ルツボ3の回転数を制御し、水平磁場の印加を継続したままシリコン融液9に種結晶8を着液してから、所望の酸素濃度の直胴部を有するシリコン単結晶10を引き上げる(ステップS6)。
一方、引き上げ制御部20Bは、第1の計測点P1の温度が式(1)に示すような周期的な温度変化のままの場合、対流90の方向が固定されていないと判断し、所定時間経過後に、ステップS5の処理を再度実施する。
【0063】
以上のステップS1~S6の処理が本発明のシリコン単結晶の製造方法に対応し、ステップS1~S4の処理が本発明のシリコン融液の対流パターン制御方法に対応する。
なお、ステップS3の温度変化の確認処理、ステップS4の水平磁場の印加開始処理、ステップS5における対流90の方向の固定判断処理、ステップS6における引き上げ処理は、作業者の操作によって行ってもよい。
【0064】
また、第1の熱環境においても対流90を左回りに固定したい場合、あるいは、第2の熱環境において、対流90を左回りに固定したい場合、時刻tα2が、式(8)の位相を180°ずらした以下の式(9)を満たすタイミングで、磁場印加部14の駆動を開始すればよい。
【0065】
【数9】
【0066】
式(9)における左辺は図7の状態Dになる時刻であり、右辺は状態Bになる時刻である。このため、式(9)に基づく制御では、状態Dから状態Aを経て、状態Bになるまでの第2のタイミングで、シリコン融液9に0.01テスラの水平磁場が印加され、その後0.2テスラまで磁場強度が上がることによって、対流90が左回りに固定される。この場合、ステップS5において、引き上げ制御部20Bは、対流の方向が固定されたか否かを判断すればよい。
【0067】
[4]第1の実施の形態の作用および効果
このような第1の実施の形態によれば、シリコン融液9の第1の計測点P1における温度変化が所定の状態になったタイミングで0.01テスラの水平磁場を印加し、その後0.2テスラまで上げることによって、対流90の方向を常時同じ方向に固定でき、シリコン単結晶10ごとの酸素濃度のばらつきを抑制できる。
【0068】
シリコン融液9の表面9Aの温度を直接測定するため、その温度変化をより正確に把握することができ、対流方向の固定をより正確に行える。
【0069】
水平磁場の印加を開始してから、シリコン融液9に0.01テスラの磁場が印加されるまでの時間を考慮に入れた式(8)を用いることで、対流方向の固定をより正確に行える。
【0070】
対流の方向が固定されたことを確認してから、シリコン単結晶10を引き上げるため、同じ引き上げ装置1かつ同じ製造条件でシリコン単結晶10を引き上げたとしても、結晶品質や引き上げ中の挙動が2つに分かれてしまう現象を回避できる。
【0071】
[5]第2の実施の形態
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。なお、以下の説明では、既に説明した部分等については、同一符号を付してその説明を省略する。
前述した第1の実施の形態との相違点は、放射温度計15Bの配置位置と、制御装置30の構成と、シリコン単結晶の製造方法である。
【0072】
放射温度計15Bは、図10に示すように、チャンバ2を構成する炉壁のうち断熱材6を覆う部分上の第2の計測点P2を計測する。第2の計測点P2は、石英ルツボ3Aとほぼ同じ高さ位置に設けられている。第2の計測点P2は、図11に示すように、シリコン融液9の表面9Aの中心9Bを原点、上方をZ軸の正方向(図11の紙面手前方向)、水平磁場の印加方向をY軸の正方向(図11の上方向)とした右手系のXYZ直交座標系において、中心9BからX軸の正方向(図11の右方向)に延びる線を第1の仮想線9Fとし、中心9Bと第2の計測点P2とを通る線を第2の仮想線9Hとし、石英ルツボ3Aの回転方向の角度を正の角度とした場合、第1の仮想線9Fと第2の仮想線9Hとのなす正の角度がθとなる位置に設定されている。
【0073】
制御装置30は、図4に示すように、対流パターン制御部30Aと、引き上げ制御部20Bとを備える。
対流パターン制御部30Aは、温度計測部15での第2の計測点P2の計測結果に基づいて、図11に示すような、シリコン融液9の表面9A上の第1の計測点P1の温度を推定する。第1の計測点P1は、第2の仮想線9H上に位置し、かつ、シリコン融液9の表面9Aにおける中心9Bから最も離れた位置である。
【0074】
[6]シリコン単結晶の製造方法
次に、第2の実施の形態におけるシリコン単結晶の製造方法を説明する。
なお、第1の実施の形態と同様に、引き上げ装置1が第1の熱環境であり、表3に示す事前決定情報が記憶部21に記憶されている場合を例示して説明する。
【0075】
まず、引き上げ制御部20Bは、図8に示すように、第1の実施の形態と同様のステップS1~S2の処理を行う。また、温度計測部15は、第2の計測点P2の温度計測を開始する。第2の計測点P2の温度は、第2の仮想線9H上かつシリコン融液9の表面9A上の第1の計測点P1の温度を反映している。
【0076】
対流パターン制御部30Aは、第2の計測点P2の計測結果に基づいて、第1の計測点P1の温度変化が式(1)に示す状態になったことを確認すると(ステップS13)、時刻tβ1が以下の式(10)を満たすタイミングで、磁場印加部14を駆動し、磁場強度の上昇速度(テスラ/秒)(図9における磁場強度を示すグラフの傾き)がHとなる状態で、シリコン融液9への水平磁場の印加を開始する(ステップS4)。
【0077】
【数10】
【0078】
式(10)におけるTexは、第1の計測点P1の温度変化が、第2の計測点P2の温度変化に反映されるまでの時間である。また、式(10)における左辺は図7の状態Bになる時刻であり、右辺は状態Dになる時刻である。以上の処理によって、状態Bから状態Cを経て、状態Dになるまでの第1のタイミングで、シリコン融液9に0.01テスラの水平磁場が印加され、その後0.2テスラまで磁場強度が上がることによって、対流90が右回りに固定される。
そして、引き上げ制御部20Bは、対流90の方向が固定されたか否かを判断するステップS5の処理を行う。第1の計測点P1と同様に、対流90の方向が固定されると、第2の計測点P2の温度が安定するため、引き上げ制御部20Bは、第2の計測点P2の温度が安定したか否かに基づいて、ステップS5の処理を行う。
その後、引き上げ制御部20Bは、事前決定条件に基づくステップS6の処理を行い、所望の酸素濃度の直胴部を有するシリコン単結晶10を引き上げる。
【0079】
以上のステップS1~S2,S13,S4~S6の処理が本発明のシリコン単結晶の製造方法に対応し、ステップS1~S2,S13,S4の処理が本発明のシリコン融液の対流パターン制御方法に対応する。
なお、第1の実施の形態と同様に、ステップS13,S4,S5,S6の処理は、作業者の操作によって行ってもよい。
【0080】
また、第1の熱環境においても対流90を左回りに固定したい場合、あるいは、第2の熱環境において、対流90を左回りに固定したい場合、時刻tβ2が、式(10)の位相を180°ずらした以下の式(11)を満たすタイミングで、磁場印加部14の駆動を開始すればよい。
【0081】
【数11】
【0082】
[7]第2の実施の形態の作用および効果
このような第2の実施の形態によれば、第1の実施の形態と同様の作用効果に加えて、以下の作用効果を奏することができる。
チャンバ2の炉壁上の第2の計測点P2の温度に基づいて、シリコン融液9の第1の計測点P1の温度を推定することによっても、対流方向の固定を行える。また、放射温度計15Bをチャンバ2外に設置するだけの簡単な方法で、対流方向の固定を行える。
【0083】
水平磁場の印加を開始してから、シリコン融液9に0.01テスラの磁場が印加されるまでの時間と、第1の計測点P1の温度変化が第2の計測点P2の温度変化に反映されるまでの時間とを考慮に入れた式(10)を用いることで、対流方向の固定をより正確に行える。
【0084】
[8]変形例
なお、本発明は上記実施の形態にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の改良ならびに設計の変更などが可能である。
例えば、第1の実施の形態において、式(8)を用いずに、第1の計測点P1の周期的な温度変化に基づいて、シリコン融液9の表面9Aの温度が、例えば状態Bから状態Cを経て状態Dになるまでの第1のタイミングを把握して、この第1のタイミングでシリコン融液9に印加される水平磁場が0.01テスラとなるように、磁場印加部14を制御することで、対流90を右回りに固定してもよい(以下、「第1の変形例」という)。
第2の実施の形態においても、式(10)を用いずに、第2の計測点P2の周期的な温度変化に基づいて、シリコン融液9の表面9A上の第1の計測点P1の変化を推定し、第1の変形例と同様に磁場印加部14を制御することで、対流90を右回りに固定してもよい。
【0085】
第1,第2の実施の形態のステップS5の処理において、第1,第2の計測点P1,P2の温度変化に基づいて、対流90の方向が固定されたか否かを判断したが、予め、水平磁場の印加開始から何分後に対流90の方向が固定されるかを調べておき、第1,第2の計測点P1,P2の温度を計測せずに、印加開始からの経過時間に基づいて、対流90の方向が固定されたか否かを判断してもよい。
【0086】
第2の実施の形態において、チャンバ2内に配置された部材上に第2の計測点を設定してもよい。具体的に、図10に二点鎖線で示すように、第2の計測点P2をヒーター5の外周面上に設定し、断熱材6および炉壁に設けた開口部2Bを通して、放射温度計15Bで第2の計測点P2の温度を計測してもよい。また、第2の計測点P2を熱遮蔽体11の外周面上に設定し、チャンバ2に設けた石英窓2Aを通して、放射温度計15Bで第2の計測点P2の温度を計測してもよい。なお、第2の計測点P2をヒーター5や熱遮蔽体11の外周面上に設定した場合も、図11に示すように、第1,第2の計測点P1,P2は第2の仮想線9H上に位置する。
これらの場合、式(10),(11)におけるTexの長さは、第1の計測点P1と第2の計測点P2との距離、これらの間に存在する部材などに応じて、第2の実施の形態とは異なる値に設定することが好ましい。
【0087】
第2の磁性体14B側(図1の紙面手前側)から見たときの平面を磁場直交断面として例示したが、第1の磁性体14A側(図1の紙面奥側(図2のY軸の正方向側))から見たときの平面を磁場直交断面として対流90の方向を規定してもよい。
【実施例
【0088】
次に、本発明の実施例について説明する。なお、本発明は実施例に限定されるものではない。
[実験1:シリコン融液の温度変化と水平磁場の印加状態との関係確認]
図1に示す引き上げ装置1を用い、400kgの多結晶シリコン原料を用いてシリコン融液9を生成し、石英ルツボ3Aを上から見て左方向に回転させた。そして、図7に示す第1~第3の計測点Q1~Q3の温度が周期的に変化し始めてから所定時間が経過した後、時刻t1において、磁場印加部14を駆動し、シリコン融液9への水平磁場の印加を開始した。水平磁場を印加開始時における磁場強度の上昇速度Hを0.00025テスラ/秒(0.015テスラ/分)にし、シリコン融液9に0.3テスラの磁場が印加されるまで磁場強度を上げ続けた。
第1~第3の計測点Q1~Q3の温度計測結果と水平磁場の印加状態との関係を図12に示す。なお、図12において、横軸の2つの目盛間の長さは600秒を表す。
【0089】
図12に示すように、第1~第3の計測点Q1~Q3の温度変化の周期は、それぞれ約580秒で同一であった。また、温度変化の周期の位相は、90°ずつずれていた。
シリコン融液9に印加される磁場強度が0.01テスラになった時刻t2までは、第1~第3の計測点Q1~Q3の温度は周期的に変化していたが、時刻t2以降は、周期性が
徐々になくなり、0.2テスラを越えて暫く放置すると、第1,第3の計測点Q1、Q3の温度が第2の計測点Q2よりも高い状態で安定した。
このような温度関係から、シリコン融液9の対流90が左回りに固定されたと考えられる。
以上のことから、0.01テスラの水平磁場がシリコン融液9に印加されたときに下降流の回転が拘束され、その後、磁場強度が0.2テスラ以上まで上がったときに、シリコン融液9の対流90が右回りまたは左回りに固定されることが確認できた。
【0090】
[実験2:水平磁場の印加タイミングと対流の固定方向との関係確認]
前述の実験1と同じ引き上げ装置1を用い、400kgの多結晶シリコン原料を用いてシリコン融液9を生成し、石英ルツボ3Aを上から見て左方向に回転させた。そして、図7に示す第1~第3の計測点Q1~Q3の温度が周期的に変化し始めてから所定時間が経過した後、所定のタイミングで磁場印加部14を駆動した。シリコン融液9に水平磁場が印加され、第1~第3の計測点Q1~Q3の温度が安定した後の第2,第3の計測点Q2,Q3の温度差に基づいて、シリコン融液9の対流90の方向を推定した。
【0091】
磁場印加部14の駆動するタイミングは、図13に示すタイミングA,A/B,B,B/C,C,C/D,D,D/Aとした。第1の計測点P1の温度変化を式(1)でフィッティングし、シリコン融液9に印加される水平磁場が、0.01テスラになるタイミングでの位相(ωt+B)が0°のときを、タイミングA、45°,90°,135°,180°,225°,270°,315°のときを、それぞれタイミングA/B,B,B/C,C,C/D,D,D/Aとした。
シリコン融液9の表面9Aの温度は、タイミングAでは、図7に示す状態A(図13において「A」と示す)となり、タイミングB,C,Dでは、それぞれ状態B、状態C、状態Dとなる。また、タイミングA/Bでは、状態Aと状態Bの中間の状態、タイミングB/C,C/D,D/Aでは、状態Bと状態Cの中間、状態Cと状態Dの中間、状態Dと状態Aの中間の状態となる。
【0092】
タイミングA,A/B,B,B/C,C,C/D,D,D/Aで0.01テスラとなり、その後0.3テスラまで磁場強度を上げるように水平磁場を印加する実験を、それぞれ4回ずつ行った。各タイミングにおける対流90の固定方向の推定結果を表4に示す。
なお、第2の計測点Q2の温度が第3の計測点Q3よりも高かった場合、シリコン融液9の対流90が右回りに固定された推定し、第2の計測点Q2の温度が第3の計測点Q3よりも低かった場合、左回りに固定された推定した。
【0093】
表4に示すように、タイミングA,A/B,D/Aで、つまり状態Dから状態Aを経て状態Bになるまでの第2のタイミングで、シリコン融液9に0.01テスラの水平磁場が印加された場合、対流90の方向が左回りで固定される確率が100%であった。また、タイミングB/C,C,C/Dで、つまり状態Bから状態Cを経て状態Dになるまでの第1のタイミングで、0.01テスラの水平磁場が印加された場合、対流90の方向が右回りで固定される確率が100%であった。
一方、タイミングDで、つまり状態Dのときに、0.01テスラの水平磁場が印加された場合、対流90の方向が左回りで固定される確率が50%であり、タイミングBで、つまり状態Bのときに、0.01テスラの水平磁場が印加された場合、対流90の方向が右回りで固定される確率が75%であった。
以上のことから、状態Bまたは状態Dのときを除く第1のタイミングまたは第2のタイミングで、シリコン融液9に0.01テスラの水平磁場を印加することで、対流90の方向を右回りまたは左回りに確実に固定できることが確認できた。
【0094】
【表4】
【符号の説明】
【0095】
1…引き上げ装置、2…チャンバ、3A…石英ルツボ、8…種結晶、9…シリコン融液、9F…第1の仮想線、9G,9H…第2の仮想線、10…シリコン単結晶、14…磁場印加部、14C…磁力線、90…対流、P1,P2…第1,第2の計測点。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13