(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-11
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】サバ科魚類未分化生殖細胞結合抗体
(51)【国際特許分類】
C07K 16/18 20060101AFI20220203BHJP
C07K 16/28 20060101ALI20220203BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20220203BHJP
C12N 5/075 20100101ALI20220203BHJP
C12N 5/076 20100101ALI20220203BHJP
A01K 67/027 20060101ALI20220203BHJP
A01K 61/17 20170101ALI20220203BHJP
C12P 21/08 20060101ALN20220203BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20220203BHJP
C12Q 1/686 20180101ALN20220203BHJP
C12Q 1/6876 20180101ALN20220203BHJP
C12Q 1/6813 20180101ALN20220203BHJP
【FI】
C07K16/18 ZNA
C07K16/28
C12N5/071
C12N5/075
C12N5/076
A01K67/027
A01K61/17
C12P21/08
C12N15/09 Z
C12Q1/686 Z
C12Q1/6876 Z
C12Q1/6813
(21)【出願番号】P 2018507454
(86)(22)【出願日】2017-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2017012111
(87)【国際公開番号】W WO2017164390
(87)【国際公開日】2017-09-28
【審査請求日】2020-03-23
(31)【優先権主張番号】P 2016060908
(32)【優先日】2016-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(文部科学省 国家基幹研究開発推進事業 海洋資源利用促進技術開発プログラム(海洋生物資源確保技術高度化)「生殖幹細胞操作によるクロマグロ等の新たな受精卵供給法の開発」に係る研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02222
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02223
(73)【特許権者】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100082991
【氏名又は名称】佐藤 泰和
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100104617
【氏名又は名称】池田 伸美
(72)【発明者】
【氏名】市田 健介
(72)【発明者】
【氏名】林 誠
(72)【発明者】
【氏名】矢澤 良輔
(72)【発明者】
【氏名】竹内 裕
(72)【発明者】
【氏名】吉崎 悟朗
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/035465(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/042684(WO,A1)
【文献】林誠,他,宿主生殖腺への高い生着能を有するニジマス精原細胞の濃縮~Side populationの利用~,平成23年度公益社団法人日本水産学会春季大会講演要旨集,2011年03月27日,p. 36, [333]
【文献】林誠,他,宿主生殖腺への高い生着能を有するニジマス精原細胞の濃縮II~Side popuilationの利用~,平成24年度公益社団法人日本水産学会春季大会講演要旨集,2012年03月26日,p. 37, [338]
【文献】市田健介,他,磁気細胞分離法によるニジマス生殖細胞の濃縮,平成26年度公益社団法人日本水産学会春季大会講演要旨集,2014年03月27日,p. 46, [414]
【文献】市田健介,他,クロマグロ精原細胞の膜表面を認識するモノクローナル抗体の作成,平成28年度社団法人公益社団法人日本水産学会春季大会講演要旨集,2016年03月26日,p. 21, [237]
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 16/00
C12N 5/00
A01K 67/027
C12N 15/00
C12Q 1/68
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグロ属魚類、スマ属魚類、カツオ属魚類およびサバ属魚類から選択される1種のサバ科魚類の、他の生殖細胞よりも大型で内部構造が単純な細胞の分画に含まれる細胞集団を抗原として用いて作製される、サバ科魚類未分化生殖細胞の表面を特異的に認識する、モノクローナル抗体であって、
モノクローナル抗体が、
前記サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞に対する抗体であり、かつ、精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞が、未分化生殖細胞、並びに精巣または卵巣由来の体細胞を含む細胞懸濁液を、FSおよびSSをリニア値で表示し、かつ、細胞分散により単一の状態である細胞を全て検出可能な条件でFS-SSのプロット図で展開した、488nmアルゴンレーザーによるフローサイトメトリー(FCM)解析において、FS値が高い方におよそ1/3、およびSS値が低い方におよそ1/3の画分、に出現する細胞集団である、モノクローナル抗体。
【請求項2】
サバ科魚類未分化生殖細胞の表面を特異的に認識する、モノクローナル抗体であって、
モノクローナル抗体が、抗体産生ハイブリドーマTA-No.6-28(NITE ABP-02222)またはTA-No.15-1(NITE ABP-02223)により産生される、請求項1に記載のモノクローナル抗体。
【請求項3】
未分化生殖細胞が、始原生殖細胞、A型精原細胞または卵原細胞である、請求項1または2に記載のモノクローナル抗体。
【請求項4】
サバ科魚類が、マグロ属魚
類およびサバ属魚類から選択される1種である、請求項1~3のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を分離することを含んでなる、サバ科魚類未分化生殖細胞濃縮方法。
【請求項6】
サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法において、
移植前に、請求項1~4のいずれか一項に記載の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、サバ科魚類未分化生殖細胞を分離、濃縮し、
該分離、濃縮した未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植する
ことを含んでなる、未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法。
【請求項7】
移植する未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類が、宿主魚類とは異種である、請求項
6に記載の未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法。
【請求項8】
移植する未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類が、宿主魚類より大型魚類である、請求項
6または
7に記載の未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法。
【請求項9】
宿主魚類が、サバ科魚類から選択される1種であり、移植する未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類がマグロから選択される1種である、請求項
6~
8のいずれか一項に記載の未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法。
【請求項10】
サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移稙することを含んでなる、サバ科魚類の精子または卵の生産方法であって、
移植前に、請求項1~4のいずれか一項に記載の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、サバ科魚類未分化生殖細胞を分離、濃縮し、
該分離、濃縮した未分化生殖細胞を孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植し、
該移植した末分化生殖細胞を配偶子へ分化誘導して、サバ科魚類の精子または卵子を得る
ことを含んでなる、サバ科魚類の精子または卵の生産方法。
【請求項11】
サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、サバ科魚類の生産方法であって、
移植前に、請求項1~4のいずれか一項に記載の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、サバ科魚類未分化生殖細胞を分離、濃縮し、
該分離、濃縮した未分化生殖細胞を孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植し、
移植した未分化生殖細胞を配偶子へ分化誘導し、
得られた精子および卵を交配する
ことを含んでなる、サバ科魚類の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の参照】
【0001】
本特許出願は、先に出願された日本国特許出願である特願2016-60908(出願日:2016年3月24日)に基づくものであって、その優先権の利益を主張するものであり、その開示内容全体を参照することによりここに組み込まれる。
【発明の背景】
【0002】
技術分野
本発明はサバ科魚類未分化生殖細胞を特異的に認識する抗体に関し、また、これを用いたサバ科魚類未分化生殖細胞の濃縮方法および分化誘導方法、ならびにこれらの方法を用いたサバ科魚類の精子または卵の生産方法およびサバ科魚類の生産方法に関する。
【0003】
背景技術
クロマグロをはじめとするサバ科魚類は、経済的価値の高い漁業上重要な魚類である。一方、高級魚として需要の高いクロマグロやミナミマグロなど大型サバ科魚類は、過剰漁獲による天然資源量の著しい減少が問題となっている。そのため、資源量増加を目的とした人工種苗生産および人工種苗(稚魚)放流が検討されている。人工種苗生産では、近親交配や特定疾病の発症による全滅を避けるために、親魚となる個体の遺伝的多様性が必要とされ、従って、多数の親魚を育成する必要がある。しかしながら、例えば、クロマグロでは、体重100kg以上、体長1m以上、年齢3~5歳になって初めて成熟するため親魚となるまでの時間が長いうえ、高速で遊泳するため非常に広大な飼育スペースを必要とする。さらに、ハンドリングに対するストレスに弱いことから人為催熟は技術的に難しく1対1交配の成功率も低い。こうした背景から、多数の親魚を人為的な管理下で育成し、精子や卵を採取することは、飼料や飼育スペースの問題を含め、コスト的および技術的に極めて難しい。
【0004】
魚類の人工種苗生産技術として、本発明者らは、宿主(レシピエント)魚類とは異なる異種の魚類(ドナー魚類)由来の生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することによって、生殖細胞を生殖細胞系列(配偶子)へ分化誘導することができることを見いだし、異種の宿主魚類を利用し、目的とする魚類の配偶子を分化誘導することに成功している(例えば、特許文献1参照)。この技術は、代理親魚技法または借り腹養殖技法とも呼ばれ、クロマグロなど飼育が難しい魚類の精子や卵を、飼育しやすい異種の宿主魚類によって生産し、交配することにより低コストで簡便な種苗生産を可能にする技術として、期待されている。
【0005】
この代理親魚技法においては、商業的な量産化に十分な移植効率を確保するために、ドナー魚類の生殖腺、精巣または卵巣から、未分化生殖細胞のみを分離して、それを移植に用いる必要がある。特許文献1では、始原生殖細胞のみを分離するために、始原生殖細胞に対して特異的に発現するvasa遺伝子の転写調節領域にGFP(Green Fluorescent Protein:緑色蛍光タンパク質)遺伝子を導入した遺伝子組換えニジマスをドナー魚類として使用し、GFP遺伝子が発現している細胞を始原生殖細胞として分離している。しかしながら、このような遺伝子組換え魚類由来の始原生殖細胞を分化誘導して得られる精子や卵はGFP遺伝子が導入されたものであり、これらの精子や卵を利用して生産される稚魚も同様にGFP遺伝子が導入された種苗となる。そのため、食用魚や放流種苗として利用することはできず、実用化生産技術としては適さない。
【0006】
GFP遺伝子などのレポーター遺伝子の導入を行わずに、ドナー魚類から始原生殖細胞等の未分化生殖細胞を分離する方法として、生殖細胞に特異的に結合する抗体を用いた生殖細胞の分離方法が検討されている。例えば、特許文献2ではマグロ由来生殖細胞を特異的に検出することができる抗マグロvasa抗体が開示されている。しかしながら、この抗体はその抗原認識部位が細胞質内に存在するため、固定した細胞や組織中で生殖細胞を検出することは可能であるが、生きた状態の細胞を検出することや分離することは不可能である。
【0007】
一方、本発明者らは、ニジマスなどサケ科魚類では、GFP遺伝子導入ニジマスより単離した生きた精原細胞を抗原としてマウスに免疫することにより得られた抗体が、精原細胞を選択的に標識でき、その抗体を用いることで遺伝子導入魚でなくても生殖細胞を分離できることを確認している(非特許文献1参照)。しかしながら、非特許文献1の方法では、抗原となる精原細胞が遺伝子導入魚由来であり、クロマグロなどサバ科魚類では、遺伝子導入魚の樹立が困難であるため、該方法による抗体の生産は困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第4300287号公報
【文献】WO2010/035465号
【非特許文献】
【0009】
【文献】10th International Symposium of Reproductive Physiology of Fish (ISRPF), Abstract book, Olhao, Portugal, 25-30, May 2014
【発明の概要】
【0010】
本発明者らは、非特許文献1のニジマスの抗体を、クロマグロの精原細胞を選択的に分離するために用いた。しかしながら、ニジマスの抗体は、クロマグロの生殖腺細胞に対するシグナルの検出はできるものであったが、クロマグロの生きた精原細胞など未分化生殖細胞を特異的に検出、分離することはできなかった。
【0011】
このように、クロマグロなどサバ科魚類の代理親魚技法の実用化のために用いられる抗体として、十分満足のいくものは発明者らが知る限りこれまで報告されていない。
【0012】
本発明者らは、これまでに、遺伝子導入技術を利用することなく、クロマグロにおいて、精原細胞など未分化生殖細胞を多く含むゲート(画分)の樹立に成功した。また、その得られた画分を抗原として、モノクローナル抗体を調製したところ、該モノクローナル抗体が、未分化生殖細胞、特に未分化生殖細胞の表面を特異的に認識することを見いだした。また、該モノクローナル抗体を標識に、サバ科魚類未分化生殖細胞を特異的に、分離、濃縮することに成功した。さらに、該モノクローナル抗体で濃縮したクロマグロ未分化生殖細胞と、濃縮をしていないクロマグロ未分化生殖細胞を含む精巣分散細胞(生殖腺細胞)とをニベの腹腔内に、それぞれ同じ細胞数移植したところ、驚くべきことに、濃縮をしていないクロマグロ精巣分散細胞を移植した場合においては移植細胞のニベ宿主生殖腺への生着が全く観察されなかったのに対し、該モノクローナル抗体で濃縮したクロマグロ未分化生殖細胞を移植した場合においては、移植細胞がニベ宿主生殖腺に生着したことを確認した。上記の結果より該モノクローナル抗体で濃縮したクロマグロ未分化生殖細胞を移植細胞に用いることで、宿主生殖腺への生着効率が著しく上昇することを見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0013】
すなわち、本発明は、新規なサバ科魚類未分化生殖細胞を特異的に認識する抗体、サバ科魚類未分化生殖細胞の濃縮方法、分化誘導法、これらの方法を用いたサバ科魚類の生産方法を提供することをその目的とする。
【0014】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)サバ科魚類未分化生殖細胞を特異的に認識する、モノクローナル抗体であって、
モノクローナル抗体が、サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞に対する抗体である、モノクローナル抗体。
(2)サバ科魚類未分化生殖細胞を特異的に認識する、モノクローナル抗体であって、
モノクローナル抗体が、ハイブリドーマTA-No.6-28(NITE ABP-02222)またはTA-No.15-1(NITE ABP-02223)により産生される、(1)に記載のモノクローナル抗体。
(3)未分化生殖細胞が、始原生殖細胞、A型精原細胞または卵原細胞である、(1)または(2)に記載のモノクローナル抗体。
(4)サバ科魚類が、マグロ属魚類、スマ属魚類、カツオ属魚類およびサバ属魚類から選択される1種である、(1)~(3)のいずれかに記載のモノクローナル抗体。
(5)サバ科魚類未分化生殖細胞の表面を特異的に認識する、(1)~(4)のいずれかに記載のモノクローナル抗体。
(6)(1)~(5)のいずれかに記載の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を分離することを含んでなる、サバ科魚類未分化生殖細胞濃縮方法。
(7)サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法において、
移植前に、(1)~(5)のいずれかに記載の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、サバ科魚類未分化生殖細胞を分離、濃縮し、
該分離、濃縮した未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植する
ことを含んでなる、未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法。
(8)移植する未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類が、宿主魚類とは異種である、(7)に記載の未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法。
(9)移植する未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類が、宿主個体より大型魚類である、(7)または(8)に記載の未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法。
(10)宿主魚類が、サバ科魚類から選択される1種であり、移植する未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類がマグロから選択される1種である、(7)~(9)のいずれかに記載の未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法。
(11)サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、サバ科魚類の精子または卵の生産方法であって、
移植前に、(1)~(5)のいずれかに記載の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、サバ科魚類未分化生殖細胞を分離、濃縮し、
該分離、濃縮した未分化生殖細胞を孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植し、
該移植した末分化生殖細胞を配偶子へ分化誘導して、サバ科魚類の精子または卵子を得る
ことを含んでなる、サバ科魚類の精子または卵の生産方法。
(12)サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、サバ科魚類の生産方法であって、
移植前に、(1)~(5)のいずれかに記載の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、サバ科魚類未分化生殖細胞を分離、濃縮し、
該分離、濃縮した未分化生殖細胞を孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植し、
移植した未分化生殖細胞を配偶子へ分化誘導し、
得られた精子および卵を交配する
ことを含んでなる、サバ科魚類の生産方法。
【0015】
本発明の抗体を用いることにより、サバ科魚類未分化生殖細胞を特異的に認識することができる。また、本発明の抗体を用いることで、サバ科魚類未分化生殖細胞を特異的に分離、濃縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1aは、クロマグロのパラフィン包埋組織切片(精巣組織)でのHE染色およびin situハイブリダイゼーションの結果を示す。
図1bは、フローサイトメトリー(FCM)解析により得られた、クロマグロ細胞懸濁液に含まれる細胞の散布図である。FSは細胞の大きさを表し、SSは細胞の内部構造の複雑さを表す。
図1cは、それぞれ、散布図のA~Gゲート(画分)に含まれる細胞の形態の写真(生物顕微鏡、Olympus)を示す。
【
図2】
図2aは、未成熟個体(1齢)での、FCM解析により得られたクロマグロ細胞懸濁液に含まれる細胞の散布図と、それぞれ、散布図のA~Gゲートに含まれる細胞のin situハイブリダイゼーションの結果を示す。
図2bは、全細胞に対する各ゲートのvasa陽性細胞割合(vasa
+ ratio)を示す。
【
図3】
図3aは、成熟個体(3齢)での精巣のHE染色およびin situハイブリダイゼーション(vasa)の結果を示す。
図3bは、FCM解析により得られたクロマグロ粗精製細胞懸濁液に含まれる細胞の散布図の結果を示す。
図3cは、Aゲートに含まれる分離された細胞の形態およびin situハイブリダイゼーションの結果を示す。
図3dは、全細胞に対する各ゲートのvasa陽性細胞割合(vasa
+ ratio)を示す。
【
図4】
図4は、二次スクリーニングでの免疫細胞染色の結果を示す。aは、緑色蛍光が明瞭に細胞膜で観察された細胞(陽性シグナル)であり、bは、血球細胞やデブリなど非特異的なシグナルが観察された細胞であり、cは、シグナルが認められなかった細胞の一例を示す。
【
図5】
図5aは、三次スクリーニングで用いた全細胞のFCM解析(FS-SS展開)により得られた散布図を示す。
図5bは、抗体陽性(右側の矢印)と抗体陰性(左側の矢印)のヒストグラムを示す。横軸が抗体のシグナル強度を示し、縦軸が細胞数を示す。
図5cは、抗体陽性の細胞集団のFCM解析(FS-SS展開)により得られた散布図を示す。
【
図6】
図6は、TA-No.6-28ハイブリドーマ産生抗体を用いた、免疫細胞染色およびin situ ハイブリダイゼーションの結果を示す。
【
図7】
図7は、TA-No.6-28ハイブリドーマ産生抗体(a)およびTA-No.15-1ハイブリドーマ産生抗体(b)を用いたin situハイブリダイゼーションの結果を示す。濃縮率は、それぞれ、85.2%、78.9%であった。
【
図8】
図8は、クロマグロの精巣組織切片でのHE染色およびTA-No.6-28ハイブリドーマ産生抗体を用いた免疫組織染色結果を示す。
【
図9】
図9は、クロマグロの精巣組織切片でのHE染色(左)ならびにTA-No.6-28ハイブリドーマ産生抗体(上段)およびTA-No.15-1ハイブリドーマ産生抗体(下段)を用いた免疫組織染色(右)の結果を示す。
【
図10】
図10は、TA-No.6-28ハイブリドーマ産生抗体(左)およびTA-No.15-1ハイブリドーマ産生抗体(右)を用いた、クロマグロMACS濃縮未分化生殖細胞のフローサイトメトリー解析の(a)細胞の形態の写真(生物顕微鏡、Olympus)(フロー画分(Flow)と溶出画分(Elute))ならびに(b)vasa in situ ハイブリダイゼーションの写真(生物顕微鏡、Olympus)(フロー画分(Flow)と溶出画分(Elute))を示す。
【
図11】
図11は、移植したニベの開腹写真を示す。蛍光視野(蛍光生物顕微鏡、Olympus)および明視野の写真である。
【
図12】
図12は、移植した細胞の、ニベ宿主生殖線への生着率を示すグラフである。縦軸は、観察した全ニベ宿主中で、移植したクロマグロ未分化生殖細胞の生着が観察された個体の割合(%)を示す。
【発明の具体的説明】
【0017】
本発明の一つの態様によれば、サバ科魚類未分化生殖細胞、好ましくはサバ科魚類未分化生殖細胞の表面を特異的に認識するモノクローナル抗体が提供される。
【0018】
「サバ科魚類」とは、スズキ目サバ科に含まれる魚類を意味し、例えば、マグロ属魚類、スマ属魚類、カツオ属魚類、サバ属魚類、サワラ属魚類、ソウダガツオ属、ハガツオ属、イソマグロ属が挙げられ、好ましくは、マグロ属魚類、スマ属魚類、カツオ属魚類またはサバ属魚類である。サバ科魚類の代表的な魚種として、マグロ属魚類では、例えば、クロマグロ(例えば、タイヘイヨウクロマグロ、タイセイヨウクロマグロ)、ミナミマグロ、メバチマグロ、キハダマグロ、ビンナガマグロ、タイセイヨウマグロ、コシナガが挙げられる。スマ属魚類では、例えば、スマ、タイセイヨウヤイトが挙げられる。カツオ属魚類では、例えば、カツオが挙げられる。サバ属魚類では、マサバ、ゴマサバが挙げられる。本発明のサバ科魚類の魚種は、好ましくは、クロマグロ、ミナミマグロ、メバチマグロ、キハダマグロ、ビンナガマグロ、タイセイヨウマグロまたはコシナガであり、これらは総称としてマグロと呼ばれることもある。本発明のサバ科魚類の魚種は、より好ましくは、人工種苗生産による資源保護が期待されている点で、クロマグロ、ミナミマグロ、タイセイヨウマグロまたはスマである。
【0019】
「未分化生殖細胞」とは、生殖細胞に分類される、始原生殖細胞、卵原細胞、精原細胞、卵母細胞、精母細胞、精細胞、卵および精子の内、ほとんど分化していない生殖細胞を意味し、例えば、始原生殖細胞、精原細胞、卵原細胞が挙げられる。生殖細胞が、未分化生殖細胞であるか否かは、その形態的特徴によって判断することができる。例えば、A型精原細胞は、組織学的観察を行った際、精巣細胞中で周囲を体細胞に囲まれた状態かつ単独で存在する生殖細胞であるため、組織学的観察により同定することが可能である。また卵原細胞は、卵黄形成期になる前の小型の生殖細胞のうち、第1減数分裂が開始していない細胞集団であり、よって、Sycp3等をはじめとする減数分裂マーカー遺伝子を発現していないことも、卵原細胞を同定する一つの指標となりうる。本発明の未分化生殖細胞は、好ましくは、代理親魚技法において、宿主魚類生殖腺に移植した際の生着能をもつ、宿主生殖腺への生着能を有する未分化生殖細胞である。宿主生殖腺への生着能を有する未分化生殖細胞としては、始原生殖細胞、A型精原細胞または卵原細胞が挙げられる。A型精原細胞とは、未分化精巣において体細胞と共に存在する未分化生殖細胞であり、該A型精原細胞は、成熟を開始した精巣または成熟精巣において、B型精原細胞、精母細胞、精細胞、精子へと分化する細胞である。卵原細胞とは、未分化卵巣に体細胞と共に存在する未分化生殖細胞であり、成熟に従って卵母細胞、卵へと分化する細胞である。生殖細胞が、宿主生殖腺への生着能を有する未分化生殖細胞であるか否かは、代理親魚技法において、宿主魚類生殖腺に移植した際の生着能の有無により判断することができる。具体的には、vasa遺伝子の高い発現が認められ、かつ、代理親魚技法において宿主魚類生殖腺へ移植した際の生着能が認められた細胞を、宿主生殖腺への生着能を有する未分化生殖細胞と判断することができ、例えば、非特許文献1を参照することができる。
【0020】
「サバ科魚類未分化生殖細胞を特異的に認識する」とは、サバ科魚類の未分化生殖細胞に対して特異的に結合し、サバ科魚類の分化生殖細胞、体細胞には、特異的には結合しないことを意味し、好ましくは、サバ科魚類の未分化生殖細胞の細胞表面抗原に対して特異的に結合することである。「サバ科魚類未分化生殖細胞を特異的に認識する」は、好ましくは、サバ科魚類未分化生殖細胞の表面、より好ましくは、生殖細胞膜表面を特異的に認識することをいう。本発明において、「特異的に結合」には、優先的に結合することも含まれる。
【0021】
「モノクローナル抗体」とは、単一の抗体産生細胞に由来するクローンから得られた抗体(免疫グロブリン分子)を意味し、免疫グロブリンのクラスとしては特に限定されず、例えば、IgG、IgM、IgA、IgD、IgEが挙げられ、好ましくは、IgGである。
【0022】
本発明のモノクローナル抗体は、サバ科魚類の未分化生殖細胞を抗原として、抗体産生ハイブリドーマを作製し、該ハイブリドーマが産生する抗体について、未分化生殖細胞を認識する抗体であることを検出することによって取得できる。
【0023】
本発明のモノクローナル抗体を作製するための抗原は、好ましくは、代理親魚技法の移植に用いる未分化生殖細胞の数の確保が容易な点で、サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞である。本発明の好ましい態様では、精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞として、精巣または卵巣由来の体細胞なども含む細胞懸濁液から、未分化生殖細胞のみが分離、濃縮された細胞集団を用いることができ、具体的には、フローサイトメトリー(FCM)解析により得られた未分化生殖細胞が多く含まれる細胞集団の画分について、FS、SSをリニア値で表示した際に、相対的にFSの値が大きく、SSの値が小さい画分を用いることができる。より具体的には、後述する実施例の例1で示される様に、488nmアルゴンレーザーを備えたEpics Altra(ベックマンコールター)でFCM解析した場合、細胞分散により、単一の状態である精巣細胞を全て検出可能な条件でFS-SSのプロット図で展開をした際に、相対的にFSが大きく、SSが小さい画分、好ましくは、FS値が高い方におよそ1/3、SS値が低い方におよそ1/3の画分、に出現する細胞集団を用いることができる。このような、未分化生殖細胞が多く含まれる細胞集団は、後述する実施例の例1の方法では、Aゲートとして調製できる。よって、本発明の一つの態様によれば、本発明のサバ科魚類未分化生殖細胞を特異的に認識する抗体を調製するための抗原が提供され、該抗原は、好ましくは、フローサイトメトリー(FCM)解析により得られた未分化生殖細胞が多く含まれる細胞集団の画分について、FS、SSをリニア値で表示した際に、相対的にFSの値が大きく、SSの値が小さい画分である。
【0024】
本発明の好ましい態様によれば、本発明のモノクローナル抗体は、サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞を抗原として、抗体産生ハイブリドーマを作製し、該ハイブリドーマが産生する抗体について、未分化生殖細胞を認識する抗体であることを検出することによって取得できる。抗体産生ハイブリドーマの作製は、常法に従って調製でき、例えば、抗原を、動物(例えば、マウス、ラット、ウサギなど)に投与し、免疫感作させ、該動物から得られたリンパ節由来の細胞とミエローマ細胞とを融合させることにより調製できる。未分化生殖細胞を認識する抗体であることの検出は、例えば後述する実施例の例2に記載のCell ELISA法、免疫細胞染色、in situハイブリダイゼーションのほか、vasa遺伝子に対するRT-PCR法などによって行うことができる。宿主生殖腺への生着能を有する未分化生殖細胞を認識する抗体であることの検出は、代理親魚技法において宿主生殖腺に移植した際の宿主生殖腺への生着能を確認する(非特許文献1を参照)ことにより行うことができる。
【0025】
本発明の好ましい態様によれば、本発明のサバ科魚類未分化生殖細胞を特異的に認識するモノクローナル抗体は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されている抗体産生ハイブリドーマTA-No.6-28(受領番号:NITE ABP-02222)またはTA-No.15-1(受領番号:NITE ABP-02223)により産生される。
【0026】
TA-No.6-28は、サバ科魚類精原細胞を特異的に認識する抗体を産生するハイブリドーマであり、2016年3月22日(原寄託日)付で、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2丁目5番8号)に、受領番号がNITE ABP-02222(国内寄託NITE P-02222より移管)(識別の表示:TA-No.6-28)として寄託されている。TA-No.6-28は、骨髄腫細胞と抗体産生細胞であるBリンパ細胞を細胞融合させ作製されたハイブリドーマであり、その形態は円形で弱接着性であり、終濃度1%のPenicillin-Streptomycin,Liquid(Gibco)および10%ウシ胎児血清(FBS)を含むHybirdoma-SFM培地(Gibco、12300-067)中で37℃、5%CO2下のインキュベートにより増殖する。マウス抗体産生能(IgG抗体)を有し、その産生量は1~10μg/ml程度である。
【0027】
TA-No.15-1は、サバ科魚類精原細胞を特異的に認識する抗体を産生するハイブリドーマであり、2016年3月22日(原寄託日)付で、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2丁目5番8号)に、受領番号がNITE ABP-02223(国内寄託NITE P-02223より移管)(識別の表示:TA-No.15-1)として寄託されている。TA-No.15-1は、骨髄腫細胞と抗体産生細胞であるBリンパ細胞を細胞融合させ作製されたハイブリドーマであり、その形態は円形で弱接着性であり、終濃度1%のPenicillin-Streptomycin,Liquid(Gibco)および10%ウシ胎児血清(FBS)を含むHybirdoma-SFM培地(Gibco、12300-067)中で37℃、5%CO2下のインキュベートにより増殖する。マウス抗体産生能(IgG抗体)を有し、その産生量は1~10μg/ml程度である。
【0028】
本発明のモノクローナル抗体は、サバ科魚類の精巣または卵巣からサバ科魚類の未分化生殖細胞を分離することができる。本発明のモノクローナル抗体を用いたサバ科魚類の未分化生殖細胞の分離方法は、生きたまま未分化生殖細胞を分離することができれば特に限定されず、公知の方法を用いることができ、例えば、FITCなどの蛍光標識をした抗体を用いたフローサイトメトリー解析での細胞分離(単離)や、磁気ビーズをつけた抗体を用いた磁気細胞分離を用いることができる。好ましくは、高度な設備や技術を必要としない点で、磁気細胞分離(MACS)法である。磁気細胞分離法は、フローサイトメトリー解析での細胞分離と比較して、磁気ビーズによって分離するため大量の細胞であっても簡便に処理ができる点で有利である。また、本発明のモノクローナル抗体を用いたMACS法は、パーコールを用いた密度勾配遠心法のように細胞毒性がある溶液を使用する必要がないことから細胞の性状に悪影響を与えにくい点で有利であり、さらに比重が近い細胞集団においても一部の細胞集団を濃縮可能な点で有利である。
【0029】
本発明のモノクローナル抗体により分離(単離)した未分化生殖細胞を集めることにより、未分化生殖細胞を濃縮することができる。よって、本発明の一つの態様によれば、本発明の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を分離することを含んでなる、サバ科魚類未分化生殖細胞濃縮方法が提供される。本発明の濃縮方法により得られた濃縮された未分化生殖細胞は、生きた細胞であるため代理親魚技法の移植に用いる未分化生殖細胞として用いることにより、移植効率の向上が期待できる。すなわち、本発明の一つの態様によれば、本発明の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を分離することを含んでなる、サバ科魚類未分化生殖細胞生産方法が提供される。
【0030】
本発明のモノクローナル抗体により分離(単離)した未分化生殖細胞を用いることで、代理親魚技法において、効率良く、移植した未分化生殖細胞を配偶子へ分化誘導することができる。ここで、移植した未分化生殖細胞を配偶子へ分化誘導することは、腹腔内へ移植した未分化生殖細胞が、自ら移植された宿主の生殖腺へ移動して生着し、該宿主の生殖腺において成熟して配偶子に分化誘導されることを意味する。よって、移植した未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導の成否は、宿主の生殖腺において移植した未分化生殖細胞の生着の有無により判断することができる(Okutsu, T., Suzuki, K., Takeuchi, Y.,Takeuchi, T & Yoshizaki, G. (2006) Testicular germ cells can colonize sexually undifferentiated embryonic gonad and produce functional eggs in fish. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 103, 2725-2729参照)。宿主の生殖腺において移植した未分化生殖細胞の生着が確認できれば、高い確率で、移植した未分化生殖細胞を配偶子へ分化誘導することができるといえる。よって、本発明の一つの態様によれば、サバ科魚類の代理親魚技法、すなわち、サバ科魚類の未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法において、移植前に、本発明の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣からサバ科魚類未分化生殖細胞を分離、濃縮し、該分離、濃縮した未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法が提供される。
【0031】
本発明の一つの態様によれば、サバ科魚類の代理親魚技法において、すなわち、サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法において、移植前に、本発明の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、サバ科魚類未分化生殖細胞を分離、濃縮し、該分離、濃縮した未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法が提供される。
【0032】
本発明の一つの態様によれば、本発明の分化誘導方法において、移植前に、本発明の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、宿主生殖腺への生着能を有するサバ科魚類未分化生殖細胞を分離、濃縮し、該分離、濃縮した未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、未分化生殖細胞の配偶子への分化誘導方法が提供されうる。
【0033】
本発明の分化誘導方法において、ドナー魚類として、移植される未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類は、宿主魚類とは異種であっても、同種であってもよく、好ましくは異種である。ドナー魚類と宿主魚類とが、同種であるとは、未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類の種と、宿主魚類の種が同じことを意味し、この方法を用いることで、例えば、形質の良好な品種をドナー魚類とすることで、選抜育種をすることなく、短時間に大量に良好な品種を生産することができる。ドナー魚類と宿主魚類とが、異種であるとは、未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類の種と、宿主魚類の種が異なることを意味し、例えば、未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類の種が、宿主魚類の属と異なる魚種である場合や、同じ属に含まれる他の魚種である場合が含まれる。異種である場合、ドナー魚類と宿主魚類の組み合わせは、それぞれの生息環境の類似性、生殖腺の大きさなどを考慮して決定することができる。
【0034】
ドナー魚類としてのサバ科魚類は、好ましくは、宿主魚類より大型魚類である。サバ科魚類の大型魚類としては、例えば、クロマグロ(例えば、タイヘイヨウクロマグロ、タイセイヨウクロマグロ)およびミナミマグロが挙げられる。また、魚類は年齢と共に大型化するため、大型魚類には巨大に成長した親魚も含まれる。大型魚類の生殖細胞を、分離し、小型の宿主魚類の生殖腺に移植して、配偶子に分化誘導することにより、大型魚類の親魚で問題となっている飼料や飼育スペースを減少することができる。
【0035】
本発明のより好ましい態様によれば、本発明の分化誘導法において、宿主魚類は、サバ科魚類から選択される1種であり、ドナー魚類として、移植する未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類が、マグロ、すなわち、クロマグロ、ミナミマグロ、メバチマグロ、キハダマグロ、ビンナガマグロ、タイセイヨウマグロまたはコシナガから選択される1種である。本発明のさらに好ましい態様によれば、宿主魚類は、サバまたはスマであり、移植する未分化生殖細胞のドナーとして用いるサバ科魚類は、クロマグロ(例えば、タイヘイヨウマグロおよびタイセイヨウマグロ)またはミナミマグロであり、より好ましくは、宿主魚類と移植する未分化生殖細胞を提供するサバ科魚類の組み合わせは、飼育困難な魚種をドナーとし、ドナーの近縁種かつ小型の水槽内で種苗生産が可能な種の組み合わせである点で、サバとタイヘイヨウクロマグロ、サバとミナミマグロ、サバとタイセイヨウクロマグロ、スマとタイヘイヨウクロマグロ、スマとミナミマグロ、スマとタイセイヨウクロマグロである。
【0036】
本発明の一つの態様によれば、本発明の分化誘導法を含んでなる、サバ科魚類の精子または卵の生産方法が提供される。すなわち、本発明の一つの態様によれば、サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、サバ科魚類の精子または卵の生産方法であって、移植前に、本発明の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、宿主生殖腺への生着能を有するサバ科魚類未分化生殖細胞を分離、濃縮し、該分離、濃縮した未分化生殖細胞を孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植し、該移植した末分化生殖細胞を配偶子へ分化誘導して、サバ科魚類の精子または卵子を得ることを含んでなる、サバ科魚類の精子または卵の生産方法が提供される。
【0037】
本発明の別の態様によれば、サバ科魚類の精巣または卵巣から分離された未分化生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植することを含んでなる、サバ科魚類の生産方法であって、移植前に、本発明の抗体を用いて、サバ科魚類由来の未分化生殖細胞を含んでなるサバ科魚類の精巣または卵巣から、宿主生殖腺への生着能を有するサバ科魚類未分化生殖細胞を分離、濃縮し、該分離、濃縮した未分化生殖細胞を孵化前後の宿主魚類個体の腹腔内へ移植し、移植した未分化生殖細胞を配偶子へ分化誘導し、得られた精子および卵を交配することを含んでなる、サバ科魚類の生産方法が提供される。
【0038】
本発明のサバ科魚類の精子または卵の生産方法およびサバ科魚類の生産方法は、本発明の濃縮方法および分化誘導方法について本願明細書に記載された内容に従って実施することができる。
【実施例】
【0039】
本発明を以下の実施例によって詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【0040】
例1:サバ科魚類の未分化生殖細胞画分の取得
(1)精巣の摘出
1個体のクロマグロ(2~3歳体重30~40kg、生殖腺重量100~200g程度)から精巣を摘出し、細かく切り刻んだ。細かく刻んだ精巣に、終濃度2mg/mlのコラゲナーゼH(Roche)、終濃度1.65mg/mlのディスパーゼII(合同酒精)/L-15培地(インビトロジェン)(5%ウシ胎児血清(FBS))10mlを添加し、2時間、20℃で、ピペッティングによる物理的な分散を行いながらインキュベートした。L-15培地(インビトロジェン)1mlを添加して酵素反応を停止した。得られた細胞懸濁液(約1000万細胞/ml)を、パーコール(GE Healthcare)密度勾配遠心法により粗精製し、フローサイトメトリー(FCM)解析および細胞分離に用いた。
【0041】
使用した精巣の成熟度は、4%パラホルムアルデヒド(PFA)/PBS固定液で固定されたクロマグロ精巣組織のパラフィン包埋組織切片(4μm)を、HE染色およびin situハイブリダイゼーション解析することにより確認した。
【0042】
in situハイブリダイゼーション解析
in situハイブリダイゼーション解析は(Nagasawa, K., Takeuchi, Y., Miwa, M., Higuchi, K., Morita, T., Mitsuboshi, T., & Yoshizaki, G. (2009). cDNA cloning and expression analysis of a vasa-like gene in Pacific bluefin tuna Thunnus orientalis. Fisheries Science, 75(1), 71-79.)に従い行った。具体的には組織切片に対してキシレン・エタノールシリーズ及び水和により脱パラフィン処理を行った。得られた切片を、4%パラホルムアルデヒドにより後固定し、1%過酸化水素による内在性アルカリフォスファターゼ(AP)の失活、プロテアーゼK(Wako)によるタンパク質分解、そしてアセチル化を行った。ハイブリダイゼーション緩衝液(50%ホルムアミド、2xSSC、50ng/ml酵母tRNA、50ng/mlヘパリン、0.02%SDS、10%デキストラン硫酸)中にて65℃で1時間静置した後、クロマグロvasaプローブ:ジゴキシゲニン(DIG)標識RNAプローブを1ng/μlの濃度になるように加えたハイブリダイゼーション緩衝液中で65℃で一晩ハイブリダイゼーションを行った。クロマグロvasaプローブは、クロマグロvasa遺伝子に特異的なプライマー(vasa F 5’-CAACCAGGGAGCTCATCAACCAGA-3’/ vasa R 5’-GCAACTCAGGTCAATGCTGTGTGG-3’)を用いたPCRにより、1085bpの断片を増幅し、これをインサートに含むプラスミドDNAを鋳型にDIG Labeling kit(Roche)を用いてDIG標識プローブの標準方法に従って合成した。
【0043】
十分な洗浄を行った後、RNaseA(Invitrogen)により非特異的に結合しているプローブを除去した。ブロッキング溶液(2% Blockin reagent(Roche)/TBST)によりマスキングを施し、AP標識抗DIG抗体溶液(Roche)(ブロッキング溶液にて1:500に希釈したもの)を滴下した。室温で1時間静置し、NBT/BCIP発色基質を用いて可視化した。エタノールシリーズ・キシレンを通し、エンテランを用いてスライドガラスの封入を行った。顕微観察を行い、画像をデジタル記録した。
【0044】
組織切片の結果を、
図1a(未成熟個体)および
図3a(成熟個体)に示す。
【0045】
(2)フローサイトメトリー(FCM)解析
フローサイトメトリー分析は、488nmアルゴンレーザーを備えたEpics Altra(ベックマンコールター)を用いて行った。これまでの研究により魚類の精原細胞は他の生殖細胞よりも大型かつ丸い形態をしていることが明らかとなっており、vasa-GFP遺伝子導入魚を用いてフローサイトメトリー分析を行うと、精原細胞集団が大型かつ内部構造が単純な集団に分画化されることが明らかとなっている。そのため、クロマグロ精原細胞においても同様に分画化可能であると仮定し、パーコール密度交配法により得られた粗精製細胞懸濁液に対してレーザーを照射し、得られた散乱光を解析し、細胞の大きさ(Forward light scatter:FS)および内部構造の複雑さ(side light scatter:SS)のシグナルを測定した。得られた散布図に基づいて、各細胞集団が密集して分布している分画をA~Gゲート(画分)に分け、各ゲートに細胞分離を行った。分離した各ゲートの細胞集団を、形態およびin situハイブリダイゼーションにより解析した。
【0046】
形態の分析は、細胞の一つ一つにレーザーを照射し、得られた散乱光により得られた各細胞の特徴から、細胞をA~Gの7種類のゲートに分類した。一般的に、精原細胞は他の精巣細胞より大型で丸い形態をしている。そこで、大型で内部構造が単純な分画を、精原細胞が多い分画と推定した(
図1cでのAゲート)。
【0047】
in situハイブリダイゼーション解析は、上記(1)のin situハイブリダイゼーション解析に従い、パラフィン包埋組織切片の代わりに、各ゲートの細胞をそれぞれスライドグラスに塗抹し、4%パラホルムアルデヒド(PFA)/PBSにより固定した細胞塗抹標本を用いた。
【0048】
散布図の結果を、
図1b(未成熟個体)および
図2a(成熟個体)に示し、解析結果を、
図1c、
図2(未成熟個体)および
図3(成熟個体)に示す。
【0049】
図2および
図3に示されるように、Aゲートに、精原細胞など未分化生殖細胞が多く含まれることが確認された。Aゲートに含まれる精原細胞など未分化生殖細胞の割合は、未成熟個体の場合、全細胞数に対して80.7±1.5%(標準誤差)であり、成熟個体の場合、約77.2±4.9%(標準誤差)だった。
【0050】
例2:未分化生殖細胞識別抗体の取得
(1)モノクローナル抗体産生ハイブリドーマの作製
上記例1で得られたA-ゲートに含まれる細胞集団を抗原として用いてマウスモノクローナル抗体の作製を行った。具体的には、Aゲートの細胞集団(5×106細胞/ml)を4尾のマウス(Balb/c系統)に対して、5回に分けて免疫を行った。免疫には、Aゲートの細胞集団をフロイントコンプリートアジュバンド(Sigma)をPBSで2倍希釈したものを用い、マウス足裏に100μlずつ免疫した。
【0051】
5回目の免疫から8日目に、上記マウス5尾の足から肥大したリンパ節を無菌的に摘出し、リンパ節細胞を回収した。回収したリンパ節細胞と、ミエローマ細胞(P3U1、東京海洋大学)とを、50%ポリエチレングリコール(PEG)存在下にて混合し、細胞融合を行った。得られた融合細胞(ハイブリドーマ)の混合液を、15%FBSを含むHAT培地で希釈し、96wellプレート12枚に播種した。
【0052】
(2)一次スクリーニング:Cell ELISA
14日間インキュベート(37℃)したところ、1152コロニーの形成が認められた。そこで、これらのハイブリドーマが未分化生殖細胞を認識する抗体を産生しているか否かを明らかにするために、Cell ELISAによるスクリーニングを行った。具体的には、パーコール密度勾配遠心法により得られた粗精製精原細胞をプレートに播種(105細胞/well)し、このプレートを用いて、ハイブリドーマが産生する抗体の免疫した抗原に対する力価を測定した。力価の測定には、HRP発色系を用いた。Cell ELISAでのシグナル値が0.100以上のクローンを、力価の高い(親和性の高い)陽性クローンとして選択した。
【0053】
(3)二次スクリーニング:免疫細胞染色(蛍光顕微鏡観察)
一次スクリーニングで陽性シグナルが得られた384クローンから産生された抗体が、未分化生殖細胞の細胞表面抗原を認識することができるか否か明らかにするために、免疫細胞染色によるスクリーニングを行った。クロマグロ(2~3齢、2尾)から摘出した精巣を、コラゲナーゼIV(Sigma)による酵素消化(20℃、2時間)し、得られた分散細胞を生きた状態のまま、上記384クローン由来の抗体と結合させ、緑色蛍光物質が標識された二次抗体alexa Flour 488 anti-mouse igG(life technology)を用いて、クロマグロ精巣細胞を間接標識した。その後、蛍光顕微鏡下で観察し、緑色蛍光が明瞭に細胞膜で観察されたクローンを、細胞表面抗原を認識可能なクローンとして選択した。二次スクリーニングにおける蛍光顕微鏡下で観察した結果を、
図4に示す。
【0054】
(4)三次スクリーニング:FCM解析
二次スクリーニングで得られた50ローンにより産生される抗体が、Aゲートの細胞、すなわち未分化生殖細胞分画を特異的に認識することができるか否かを明らかにするために、全細胞および抗体陽性細胞に対してFCM解析を行った。具体的には、全細胞のFCM解析(FS-SS展開)により散布図(
図5a)を得て、Aゲート率を算出した。その全細胞に対して、蛍光標識された2次抗体を反応させ、FCM解析に供し抗体陽性の細胞集団と抗体陰性の細胞集団のヒストグラムを得た(
図5b)。得られた抗体陽性の細胞集団のFCM解析(FS-SS展開)により散布図(
図5c)を得て、Aゲート率を算出した。このようにして得られた抗体陽性細胞集団中でのAゲートの割合(抗体陽性分画中のAゲート率)と、抗体陽性細胞と抗体陰性細胞とを含めた全細胞中でのAゲートの割合(全細胞中のAゲート率)から、抗体による未分化生殖細胞の濃縮率を、下記式を用いて算出した。
【0055】
[式1]
抗体による生殖細胞の濃縮率
=抗体陽性分画中のAゲート率/全細胞中のAゲート率
【0056】
濃縮率が1.0以上の抗体を陽性クローンとして選択した。結果を表1に示す。
【0057】
【0058】
(4)四次スクリーニング:in situハイブリダイゼーション
三次スクリーニングで得られた20クローンについて、抗体を用いてクロマグロ精原細胞をFCM解析により細胞分離することができるか否か明らかにするために、in situハイブリダイゼーション解析によりスクリーニングを行った。例1(1)の方法に従い、クロマグロの精巣から調製した粗精製細胞懸濁液に対して1次抗体として各抗体を結合させたのち、2次抗体として緑色蛍光物質が標識された抗体を結合させ、FCM解析を用いて緑色蛍光を指標に抗体陽性分画を単離した。次に単離した細胞をスライドグラスに塗抹し、細胞塗抹標本を作製した。これらの細胞塗抹標本に対して、例2(2)の方法に従って、未分化生殖細胞マーカーとして知られているvasa遺伝子のRNAプローブを用いてin situハイブリダイゼーション解析を行い、vasa陽性細胞の割合を求めた。
【0059】
【0060】
図7に示されるように、得られた2種類のクローン、TA-No.6-28ハイブリドーマおよびTA-No.15-1ハイブリドーマから産生される抗体により分離された細胞集団は、それぞれ、85.2%および78.9%の割合でvasa陽性細胞を含み、すなわち、これらの抗体を用いることにより、クロマグロ未分化生殖細胞を高濃度に分離(単離)、濃縮することができたことが確認された。
【0061】
これらの2種類のクローン産生抗体を用いた免疫組織染色の結果を
図8および
図9に示す。免疫組織染色は例1(1)の方法に従って行った。
【0062】
図8および
図9に示されるとおり、これらの2種類の抗体は、組織切片において、精原細胞集団、すなわち未分化生殖細胞集団を特異的に認識していることが確認された。またこれらの2種類の抗体は、固定および細胞膜の消化を施していない生きた状態の細胞に抗体溶液を反応させる操作で抗体の結合が確認されたことから、未分化生殖細胞の表面、具体的には、細胞膜表面を特異的に認識していることが確認された。
【0063】
例3:マグロ未分化生殖細胞のMACS(磁気細胞分離、Magnetic activated cell sorting)法による濃縮
上記例2で得られた2種類の抗体を用いて、MACS法を用いてマグロの精巣細胞から未分化生殖細胞の濃縮を行った。具体的には以下の通りである。まず、マグロ精巣細胞を終濃度2mg/mlのコラゲナーゼH(Roche)、終濃度1.65mg/mlのディスパーゼII(合同酒精)/L-15培地(インビトロジェン)を用いて分散し、細胞数を3×106細胞に調整した。そこに、1次抗体として、one step antibody biotinlation kit(Miltenyi biotech製)に懸濁し、室温、24時間反応させることでビオチン化した、TA-No.6-28ハイブリドーマおよびTA-No.15-1ハイブリドーマから産生される抗体を、100μl添加し、4℃下にて、30分間反応させた。反応終了後、遠心分離(200×g、5分)を行い、得られた細胞沈殿物に対してL-15培地で洗浄を行った。さらに該細胞沈殿物を240μlのL-15培地に再懸濁し、2次抗体としてanti-biotinマイクロビーズ(miltenyi biotech製)を60μl加えて、4℃下にて、15分間反応させた。反応終了後、遠心分離(200×g、5分)を行い、得られた細胞沈殿物に対してL-15培地で洗浄を行い、さらに該細胞沈殿物を500μlのauto-MACS buffer(Miltenyi biotech製)に懸濁した。懸濁液から、磁気分離装置:Mini MACS separator(Miltenyi biotech製)およびMSカラム(Miltenyi biotech製)を用いて、磁気ビーズの結合した細胞を回収し、MACS濃縮未分化生殖細胞を得た。
【0064】
得られたMACS濃縮未分化生殖細胞に対して、例1の方法に従って、フローサイトメトリー解析とvasa in situハイブリダイゼーション解析とを行った。結果を
図10に示す。
【0065】
図10に示されるようにMACS法により濃縮された精巣細胞は、vasa陽性細胞を多く含むものであった。
【0066】
例4:クロマグロ濃縮未分化生殖細胞のニベ(宿主)への移植
例3で得られたクロマグロMACS濃縮未分化生殖細胞を、ニベの腹腔内に移植し、移植細胞のニベ生殖腺への生着能を確認した。具体的には以下の通りである。
【0067】
ニベ宿主として、2週齢のニベ(東京海洋大学、館山ステーション産)、246個体を用いた。例3で得られたクロマグロMACS濃縮未分化生殖細胞を、PKH26(SIGMA社製)で染色した。染色したクロマグロMACS濃縮未分化生殖細胞を、約7000~10000細胞/尾となるように、マイクロインジェクション法(Yazawa, R., Takeuchi, Y., Higuchi, K., Yatabe, T., Kabeya, N & Yoshizaki, Goro(2010)Chub mackerel gonads support colonization, survival, and proliferation of intraperitoneally transplanted xenogenic germ cells. Biology of reproduction, 82, 896-904参照)に従って、ニベ宿主の腹腔内に移植した。移植後20日後に開腹して蛍光解析を行った。コントロール(未濃縮)とて、濃縮を行っていないクロマグロ精巣細胞を、終濃度2mg/mlのコラゲナーゼH(Roche)、終濃度1.65mg/mlのディスパーゼII(合同酒精)/L-15培地(インビトロジェン)を用いて分散して得た精巣分散細胞を用いた。結果を
図11に示す。
【0068】
図11に示されるように、クロマグロMACS濃縮未分化生殖細胞を移植したニベは、蛍光視野において生殖腺での陽性が確認され、すなわち、移植したクロマグロMACS濃縮未分化生殖細胞が、ニベ生殖腺に生着したことが確認された。一方、コントロール(未濃縮)では、陽性反応は一切確認されなかった。それぞれの生着した個体の割合を生着率として、
図12に示す。生着率は下記式に基づいて算出した。
【0069】
[式2]
生着率(%)=移植細胞が生着した個体数/移植を施し開腹した個体数
【0070】
図12に示されるように、クロマグロMACS濃縮未分化生殖細胞の生着率が、未濃縮の細胞の生着率に比べ著しく上昇した。
【配列表】