(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-12
(45)【発行日】2022-01-24
(54)【発明の名称】ニッケル粉の製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 9/24 20060101AFI20220117BHJP
【FI】
B22F9/24 C
(21)【出願番号】P 2018143488
(22)【出願日】2018-07-31
【審査請求日】2021-02-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123869
【氏名又は名称】押田 良隆
(72)【発明者】
【氏名】平郡 伸一
(72)【発明者】
【氏名】山隈 龍馬
(72)【発明者】
【氏名】池田 修
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 佳智
【審査官】大塚 美咲
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-70997(JP,A)
【文献】国際公開第2017/150717(WO,A1)
【文献】特開2017-155265(JP,A)
【文献】特開2017-214605(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 9/00-9/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫酸ニッケルアンミン錯体溶液を下記に示す種結晶添加工程(1)、還元工程(2)、及び固液分離工程(3)に記載される処理を行ない、ニッケル粉を製造する方法において、
前記種結晶添加工程(1)での種結晶の添加量が、添加する種結晶の総表面積の大きさで調整され、且つ、前記種結晶の添加量により、前記還元工程(2)における還元処理の還元反応速度を制御してニッケル粉の大きさを調整する、
ことを特徴とするニッケル粉の製造方法。
(記)
(1)前記硫酸ニッケルアンミン錯体溶液に、ニッケル粉を種結晶として添加、混合して混合スラリーを形成する種結晶添加工程(1)。
(2)前記混合スラリーを密閉容器内で撹拌しながら、前記混合スラリーに前記密閉容器内の圧力が1.5~3.5MPaの範囲に維持するように水素ガスを供給し、前記密閉容器内の温度が150~185℃の範囲に維持して前記硫酸ニッケルアンミン錯体溶液中のニッケル錯イオンを還元してニッケルを析出させてニッケル粉を含む還元スラリーを産出する還元工程(2)。
(3)前記還元工程で産出したニッケル粉を含む還元スラリーを固液分離してニッケル粉を回収し、前記回収したニッケル粉の一部のニッケルを種結晶添加工程(1)の種結晶として使用する固液分離工程(3)。
【請求項2】
前記種結晶添加工程(1)で添加する種結晶が、硫酸ニッケルアンミン錯体溶液に含まれるニッケル1gあたり、表面積の合計が0.05~0.5[m
2/g]となる量のニッケル粉であることを特徴とする請求項1に記載のニッケル粉の製造方法。
【請求項3】
前記種結晶添加工程(1)で添加する種結晶が、平均粒径0.1μm以上、75μm以下のニッケル粉であることを特徴とする請求項1に記載のニッケル粉の製造方法。
【請求項4】
前記硫酸ニッケルアンミン錯体溶液にポリアクリル酸が、0.0g/Lを超え、1.0g/L以下の量になるように添加することを特徴とする請求項1に記載のニッケル粉の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫酸ニッケルアンミン錯体溶液を高温高圧下で水素ガスによって還元しニッケルの粉末を回収する際に、種結晶の表面積で添加量を調整して反応速度を制御する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケルやコバルトの粉末は、微細なものは電子部品の材料などとして利用される。また、粒径が大きなものは、合金への添加用として用いたり、あるいは酸に溶解して塩の形態に加工して電池材料として用いたりするなど様々な用途がある。
【0003】
このような微小なニッケル粉を製造する方法として、溶融させたニッケルをガス又は水中に分散させ微細粉を得るアトマイズ法や、特許文献1に示されるような、ニッケルを揮発させ、気相中で還元することでニッケル粉を得るCVD法などの乾式法が知られている。
また、湿式プロセスによりニッケル粉を製造する方法として、特許文献2に示されるような、溶液中に還元剤を添加し、ニッケルイオンを還元して粉末を生成する方法や、特許文献3に示されるような、高温で還元雰囲気中にニッケル溶液を噴霧し、熱分解反応によりニッケル粉を得る噴霧熱分解法などがある。
しかし、上述のこれらの方法は、高価な試薬類や多量の熱エネルギーを必要とするため、工業的な生産に対しては経済的とは言い難い課題がある。
【0004】
一方で、「錯化還元法」と呼ばれる方法がある。
この方法は、非特許文献1に示すように、原料のニッケルを硫酸溶液に溶解後、不純物を除去する工程を経て、得た硫酸ニッケル溶液にアンモニアを添加し、ニッケルのアンミン錯体を形成させ、この生成した硫酸ニッケルアンミン錯体溶液に高温高圧下で水素ガスを供給して錯体溶液中のニッケル錯イオンを還元してニッケル粉を得る方法である。
さらに、水素ガスによる還元時に、種結晶と呼ばれる粒子を共存させ、そこに還元剤を供給して種結晶を成長させることで、ほぼ一定のサイズのニッケル粉を効率良く得ることができるなど、工業的に有用な方法である。
【0005】
しかしながら、反応が高温・高圧であることからオートクレーブなどの高圧容器を必要とし、設備的に容易なバッチ式の反応が用いられてきた。
溶液の装入、排出、温度・圧力調整それぞれの工程がシーケンシャルであるため、反応稼動率が低く、単位設備あたりの稼動率が低かった。また、種結晶の添加量の基準がなく、還元率がばらつく原因となるなどの課題があり、一定の範囲でしか商業化されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2005-505695号公報
【文献】特開2010-242143号公報
【文献】特許4286220号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】“The manufacture and properties of Metal Powder produced by the Gaseous reduction of aqueous solutions”,Powder metallurgy, No.1/2(1958),pp40-52.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、硫酸ニッケルアンミン錯体溶液から錯化還元法を用いてニッケル粉を得るに際し、添加する種結晶の総表面積を制御することで、効率よく目的の寸法のニッケル粉の製造を可能とするニッケル粉の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための本発明の第1の発明は、硫酸ニッケルアンミン錯体溶液を下の種結晶添加工程(1)、還元工程(2)、及び固液分離工程(3)に記載される処理を行ない、ニッケル粉を製造する方法において、種結晶添加工程(1)での種結晶の添加量が、添加する種結晶の総表面積の大きさで調整され、且つ、前記種結晶の添加量により、還元工程(2)における還元処理の還元反応速度を制御してニッケル粉の大きさを調整することを特徴とするニッケル粉の製造方法である。
【0010】
(1)前記硫酸ニッケルアンミン錯体溶液に、ニッケル粉を種結晶として添加、混合して混合スラリーを形成する種結晶添加工程(1)。
(2)前記混合スラリーを密閉容器内で撹拌しながら、前記混合スラリーに前記密閉容器内の圧力が1.5~3.5MPaの範囲に維持するように水素ガスを供給し、前記密閉容器内の温度が150~185℃の範囲に維持して前記錯体溶液中のニッケル錯イオンを還元してニッケルを析出させてニッケル粉を含む還元スラリーを産出する還元工程(2)。
(3)前記還元工程で産出したニッケル粉を含む還元スラリーを固液分離してニッケル粉を回収し、前記回収したニッケル粉の一部のニッケルを種結晶添加工程(1)の種結晶として使用する固液分離工程(3)。
【0011】
本発明の第2の発明は、第1の発明における種結晶添加工程(1)で添加する種結晶が、硫酸ニッケルアンミン錯体溶液に含まれるニッケル1gあたり、表面積の合計が0.05~0.5[m2/g]となる量のニッケル粉であることを特徴とするニッケル粉の製造方法である。
【0012】
本発明の第3の発明は、第1の発明における種結晶添加工程(1)で添加する種結晶が、平均粒径0.1μm以上、75μm以下のニッケル粉であることを特徴とする請求項1に記載のニッケル粉の製造方法である。
【0013】
本発明の第4の発明は、第1の発明における硫酸ニッケルアンミン錯体溶液にポリアクリル酸が、0.0g/Lを超え、1.0g/L以下の量になるように添加することを特徴とする請求項1に記載のニッケル粉の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、本発明において添加する種結晶の添加量が、添加する種結晶の総表面積の大きさで調整され、且つ、その種結晶の添加量により還元処理の還元反応速度を制御してニッケル粉の大きさを調整する方法を用いることで、目的とするサイズのニッケル粉を容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図2】系内種結晶総表面積と反応速度定数の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係るニッケル粉の製造方法は、高温・高圧に保たれた密閉容器に連続的に錯体溶液、水素ガスなどを装入しながら、総面積の大きさによる種結晶の添加量を調整することで、還元処理時の反応速度を制御してニッケル粉を生成させ、かつ連続的に生成したニッケル粉を排出・回収でき、高い反応稼動率を実現するもので、用途毎に最適な大きさのニッケル粉を効率よく得ることができる。
以下、本発明に係るニッケル粉の製造方法を、
図1に示す工程フローに沿って説明する。
【0017】
[硫酸ニッケルアンミン錯体溶液]
本発明に用いる硫酸ニッケルアンミン錯体溶液は、特に限定はされないが、ニッケルおよびコバルト混合硫化物、ニッケルおよびコバルト混合水酸化物、粗硫酸ニッケル、酸化ニッケル、水酸化ニッケル、炭酸ニッケル、硫化ニッケル、ニッケル粉などから選ばれる一種、または複数の混合物から成る工業中間物などのニッケル含有物を、その成分に合わせて硫酸あるいはアンモニアにより溶解して得られるニッケル浸出液(ニッケルを含む溶液)を、溶媒抽出法、イオン交換法、中和などの浄液工程を施すことにより溶液中の不純物元素を除去して得られる溶液にアンモニアを添加し、硫酸ニッケルアンミン錯体溶液としたもの等が適している。
【0018】
[種結晶添加工程(1)]
上記の硫酸ニッケルアンミン錯体溶液には、種結晶が添加される。
ここで添加する種結晶は、流動性が良好である直径75μm以下のものが好ましく、平均粒径が0.1μm~50μmの粉末が好適であり、後工程である還元工程(2)で生成したニッケル粉、又は、そのニッケル粉を分級して得られる篩下のニッケル粉を利用しても良い。平均粒径が0.1μm未満の粉は本製造方法で作製することは難しく、また、50μmを超えても種結晶の表面にニッケルを析出させる効果は変わらない。
なお、本発明において上記のように「A~B」と記載した数値範囲は、「A以上、B以下」であることを示すものである。
【0019】
この種結晶の添加量は、比表面積計などにより測定した比表面積に質量を乗じて算出する「総表面積」が、硫酸ニッケルアンミン錯体溶液に含まれるニッケル1gに対して0.05[m2/g]~0.5[m2/g]となるようにする。
その総表面積が0.05[m2/g]未満では、種結晶量が不十分であり反応が十分に進まず、0.5[m2/g]を超える量は機械的に混合することが難しくなるため商業化は難しい。
【0020】
次いで、この工程では種結晶の分散と自発核を生成させる目的で、分散剤を添加することができる。
本発明で用いる分散剤としては、ポリアクリル酸塩であれば特に限定されないが、工業的に安価に入手できるものとしてポリアクリル酸ナトリウム(PAA)が好適である。
添加する分散剤の量は、0.1g/L~0.5g/Lとなる濃度が好適である。
その添加量が、0.1g/L未満では十分な分散効果が得られず、また、0.5g/Lを超えて添加しても分散効果や自発核の生成効果に影響はなく、過剰な添加となる。
【0021】
この分散剤の量は、添加する種結晶の量に併せて調整することで、得られるニッケル粉の粒径が制御できる。
具体例として、内容積が3Lの加圧容器(オートクレーブ)に、硫酸アンモニウム(硫安)200g/L、ニッケルアンミン錯体溶液(Ni濃度で55g/L)の組成の溶液に、ポリアクリル酸(PAA)を0.04g/Lあるいは0.1g/Lとなる濃度で添加し、さらに溶液中のニッケル量に対して比率が0.1(10分の1の量)もしくは0.5(2分の1の量)となる量の種結晶を添加、混合して形成した試験1~試験4に係るスラリーのそれぞれを、1L装入した。種結晶は、平均粒径がD50=24μmと75μmの2種類を使用した。以上の試験条件を纏めて表1に示す。
【0022】
スラリーの装入後、加圧容器内の温度を185℃に保ち、さらに水素ガスを加圧容器内部の圧力が3.5MPaを維持するように吹き込み、1時間反応させた。
なお、それぞれの場合で、加圧容器内で種結晶が完全に分散した状態のままニッケルが水素で還元されて析出するとした理論的な産出粒子径(計算粒径)を試算し、その計算結果を併せて表1に記した。
【0023】
【0024】
試験1では、計算粒径55μmに対し、産出粉の粒径が54μmとほぼ理論通りの粒径のニッケル粉が得られた。試験1よりPAAの濃度が低かった試験2では産出粉の粒径は61μmと計算値よりやや大きなニッケル粉を得ることができた。さらに粒径75μmの粗大な種結晶を用いた試験3では、種晶比を0.5に上げて添加量を増やしているが、計算粒径108μmよりも小さな61μmの粒径となった。同条件でもPAAを減らした試験4の方が逆に理論値に近い粒径が得られた。
このように、PAAの添加量と錯体溶液中のニッケル量との種結晶量の比(種結晶比とする)を制御することで目的とするニッケル粉の粒径を制御できる。
【0025】
[還元工程(2)]
次に、行なわれる還元工程(2)では、上記で種結晶を添加した混合スラリーを、耐圧耐熱容器の密閉容器である反応槽内に供給し、その反応槽内に水素ガスを吹き込んで、混合スラリー中のニッケル錯イオンを還元処理し、一部は添加した種結晶上にニッケルとして析出させ、一部は自発核生成し、微細なニッケル粉が生成され、それらのニッケル粉を含む還元スラリーを産出する。反応後のスラリーは抜き出されてニッケル粉が回収される工程である。
【0026】
このときの反応温度は、150~185℃の範囲が好ましい。
その反応温度が、150℃未満では還元率が低下し、185℃以上にしても反応への影響はなく、むしろ熱エネルギー等のロスが増加するので適さない。
さらに、反応時の圧力は1.5MPa~3.5MPaが好ましい。圧力が、1.5MPa未満では反応効率が低下し、3.5MPaを超えても反応への影響はなく、水素ガスのロスが増加する。
【0027】
このような諸条件による処理によって、硫酸ニッケルアンミン錯体溶液からニッケルを還元、回収できる。さらに種結晶の添加量を調整することにより、系内の総表面積を変化させ、還元時の反応速度を制御することが可能となり、密閉容器の大きさと滞留時間が変化した場合においても必要な反応速度に調節することで十分な還元反応を進行させることができる。
【0028】
[固液分離工程(3)]
還元工程(2)で生成したニッケル粉と溶液を分離してニッケル粉を回収する。
固液分離には工業的に用いられている遠心分離機やフィルター濾過機、真空濾過器などを用いることができる。
固液分離工程(3)により回収したニッケル粉の一部は種結晶として、上記種結晶添加工程(1)で繰り返し利用することができる。
【0029】
さらに、上記回収したニッケル粉は、分級工程に供されてニッケル粉を粒径により分別し、小さな粒径のもの(細粒ニッケル粉)を種結晶に用いると効果的である。
具体的な分級方法として、例えば篩い分けして分別する方法や、遠心力をもちいて細かい粒子を分別回収する方法や、溶液中の沈降速度の差を利用して大きい粒子を沈め、沈んでいない小さな粒子を回収する方法などを用いることができる。
【0030】
以上のようにして製造したニッケル粉は、例えば積層セラミックコンデンサーの内部構成物質であるニッケルペースト用途として用いることができる他、電池材料やめっきのニッケル原料として利用することができる。
【実施例】
【0031】
以下に、実施例を用いて本発明を更に説明する。
【実施例1】
【0032】
内容積が3Lの加圧可能な密閉容器に硫酸アンモニウム(硫安)200g、25%アンモニア水153ml、ポリアクリル酸0.1L、平均粒径50μmのニッケル粉を60~500g添加し、全体の液量が1Lとなるように硫酸ニッケルアンミン錯体溶液(混合後のニッケル濃度60g/L)を張り込んだ。
次いで密閉容器内部の温度を170℃に保ちつつ、水素ガスを吹込み、水素ガスの吹込み流量を調整して所定の圧力を維持し、ニッケル錯イオンの還元処理を行なってニッケルを析出させてニッケル粉を得た。なお、反応時の圧力は1.9~3.5MPaとした。
【0033】
水素ガスの消費量から算出したニッケルの濃度と反応時間との関係(下記式(2))から求めた近似線から以下の関係式(1)を用いて反応速度定数を算出した。
系内のニッケル粉の総表面積との関係を
図2に示した。系内の総表面積に対して反応速度定数は、
図2に示す関係になり、系内の種結晶の総表面積を増加させることで反応速度が向上することが分かった。
なお、反応速度定数は以下の関係式(1)から算出した。
【0034】
【実施例2】
【0035】
実施例1で得られた
図2の関係を参照し、反応速度定数が、0.2又は0.8[1/min]を示す総表面積を有する量の各種結晶を、実施例1で用いた硫酸ニッケルアンミン錯体溶液に添加し、その他の諸条件は実施例1と同条件で還元処理を行ない、ニッケル粉を生成した。
その時の還元処理における反応時間毎のニッケル粉の粒径変化を測定した結果、添加する種結晶の総表面積を調整することで、生成したニッケル粉の大きさが制御されていることを確認できた。