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特許7007652出血性ショック発生後の循環動態を改善および/または安定化するための医薬組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-12
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】出血性ショック発生後の循環動態を改善および/または安定化するための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/00 20060101AFI20220203BHJP
   A61K 9/72 20060101ALI20220203BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20220203BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
A61K33/00
A61K9/72
A61K47/02
A61P9/00
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2018529843
(86)(22)【出願日】2017-07-21
(86)【国際出願番号】 JP2017026431
(87)【国際公開番号】W WO2018021175
(87)【国際公開日】2018-02-01
【審査請求日】2020-06-08
(31)【優先権主張番号】P 2016150761
(32)【優先日】2016-07-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】学校法人慶應義塾
(73)【特許権者】
【識別番号】320011650
【氏名又は名称】大陽日酸株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113376
【弁理士】
【氏名又は名称】南条 雅裕
(74)【代理人】
【識別番号】100179394
【弁理士】
【氏名又は名称】瀬田 あや子
(74)【代理人】
【識別番号】100185384
【弁理士】
【氏名又は名称】伊波 興一朗
(74)【代理人】
【識別番号】100137811
【弁理士】
【氏名又は名称】原 秀貢人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 昌
(72)【発明者】
【氏名】松岡 義
(72)【発明者】
【氏名】多村 知剛
(72)【発明者】
【氏名】林田 敬
(72)【発明者】
【氏名】佐野 元昭
【審査官】今村 明子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/024984(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0047634(US,A1)
【文献】特開2017-119653(JP,A)
【文献】KOHAMA Keisuke et al.,Hydrogen inhalation protects against acute lung injury induced by hemorrhagic shock and resuscitatio,Surgery,2015年08月,Vol.158, Issue 2,p.399-407,全文,特に抄録,第400頁左欄第22-28行,43-52行,図1,第401-402頁 'RESULTS',<DOI:10.1016/j.surg.2015.03.038>
【文献】SHEN Meihua et al.,A review of experimental studies of hydrogen as a new therapeutic agent in emergency and critical ca,MEDICAL GAS RESEARCH,2014年11月08日,Vol.4, No.17,ISSN:2045-9912,全文,特にintroduction,第1頁右欄第5-8行,第3頁左欄第24-26行,左欄第38-40行,右欄第32-36行,第6頁左欄第32-36 行,第6 頁左欄第32-38 行<DOI:10.1186/2045-9912-4-17>
【文献】篠澤洋太郎,小池薫,6.出血性ショックと虚血再環流の病態と最新の治療,日本外科学会雑誌,2003年12月01日,Vol.104, No.12,p.835-839,全文,特に抄録,第835頁右欄第4-6行,ISSN:0301-4894
【文献】松岡義 ほか,ラット出血性ショックモデルにおける水素ガス吸入の生存率改善効果について,日本腹部救急医学会雑誌,2017年02月02日,Vol.37, No.2,p.222,「若手-1」
【文献】MATSUOKA Tadashi et al.,Hydrogen gas inhalation inhibits progression to the ”irreversible” stage of shock after severe hem,Journal of Trauma and Acute Care Surgery,[検索日 2017.08.10],[オンライン],2017年06月20日,インターネット:<DOI:10.1097/TA.0000000000001620>,全文
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00- 9/72
A61K 33/00-33/44
A61K 47/00-47/69
A61P 1/00-43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
出血性ショック発生後の循環動態を改善および/または安定化するための気体状医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、水素ガスを含
前記医薬組成物は、輸血療法を施すことができない対象に投与される
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の医薬組成物であって、
前記対象は、輸液療法が施される対象である、
ことを特徴とする
医薬組成物。
【請求項3】
請求項に記載の医薬組成物であって、
前記輸液療法は、前記組成物の投与に先立って、同時に、あるいは、後に施される
ことを特徴とする、
医薬組成物
【請求項4】
請求項1~のいずれか1項に記載の医薬組成物であって、
出血性ショック発生後の生存率が、前記医薬組成物の投与によって向上する、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項5】
請求項1~のいずれか1項に記載の医薬組成物であって、
出血性ショック発生後の生存期間が、前記医薬組成物の投与によって延長される、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1項に記載の医薬組成物であって、
前記循環動態の改善および/または安定化は、心臓機能または血管機能の改善および/または安定化に基づく、血圧の維持または重要臓器への血液供給の維持である、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項7】
請求項1~のいずれか1項に記載の医薬組成物であって、
前記心臓機能または血管機能の改善および/または安定化は、低酸素状態における血管、心臓または他の臓器における細胞死の抑制である、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項8】
請求項1~のいずれか1項に記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、酸素ガスをさらに含む
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項9】
請求項1~のいずれか1項に記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、不活性ガスをさらに含む
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項10】
請求項1~のいずれか1項に記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物における前記水素濃度が0.1%~4.0%(v/v)である
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか1項に記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物における前記水素濃度が1.0%~2.0%(v/v)である
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか1項に記載の医薬組成物であって、
前記水素ガスは水素ガス発生装置または水素ガスを収容する容器によって提供される
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項13】
請求項12に記載の医薬組成物であって、
前記水素ガス発生装置は、水電解による水素発生手段を備える、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項14】
請求項12に記載の医薬組成物であって、
前記容器は、水素ガスと窒素ガスとの混合ガスを収容する、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項15】
請求項1214のいずれか1項に記載の医薬組成物であって、
前記水素ガス発生装置または前記容器は、前記装置または容器自体に、または前記装置または容器に接続された配管に、対象への水素ガスの供給量をモニタリングおよび調整するための制御手段をさらに備える、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項16】
輸液療法による出血性ショック発生後の循環動態の改善または安定化を促進するための気体状医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、水素ガスを含み、
前記医薬組成物は、輸血療法を施すことができない対象に投与され、
出血性ショック発生後の生存率が、前記医薬組成物の投与によって向上する、および/または、出血性ショック発生後の生存期間が前記医薬組成物の投与によって延長される、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項17】
出血性ショック発生後の生存期間を延長させるための気体状医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、水素ガスを含
前記医薬組成物は、輸血療法を施すことができない対象に投与される、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【請求項18】
出血性ショック発生後の生存率を向上させるための気体状医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、水素ガスを含
前記医薬組成物は、輸血療法を施すことができない対象に投与される、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、出血性ショック発生後の循環動態を改善および/または安定化するための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
出血性ショックは、外傷、極度の脱水症状など、何らかの要因で体内の血液が大量の失われることによって生じる症候であり、脈拍増加、体温および血圧の低下、呼吸不全、意識混濁などの症状を惹起し、何ら処置を施さない場合には、やがて死に至る。出血性ショックは、各種手術中死亡のほぼ半数の原因であるとされている。
【0003】
出血性ショックに対しては、止血および輸血療法が根本治療であることはよく知られている。しかし、現実には、出血性ショックを引き起こした患者に対して、速やかに輸血を施すことができない状況が数多く存在する。輸血には、言うまでもなく適切に保存および管理された血液が必要であり、例えば、医療設備から離れた場所や救急車のアクセスが困難な場所での負傷を原因として出血性ショックを引き起こした場合には、速やかに輸血を施すことはできない。負傷の原因が不測の事故による場合の多くが、このようなケースに該当するであろう。
【0004】
したがって、出血性ショックに対しては、根本治療を施すまでの間、患者の状態を安定させ、生存を維持することが極めて重要である。現在のところ、失われた血液を生理食塩水で補う輸液療法が、出血性ショック発生後の患者の維持に用いられている。しかし、輸液療法でさえ実施が困難な場面も想定され、また、輸液療法による対処療法は、出血性ショック患者の生存期間を引き延ばすという点で、必ずしも満足のいく成果が挙げられているわけではない。
【0005】
これまでに、出血性ショックに起因する特定の症状に、水素が有効であることが報告されている。例えば、出血性ショックおよびその後の輸血蘇生によって誘導される急性の肺障害に対して、水素ガス吸入が保護効果を有することが報告されている(非特許文献1)。
また、出血性ショックによって誘導される腸管障害および肺障害が、水素含有の輸液の投与によって改善することが報告されている(非特許文献2および3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Kohama K, et al. Hydrogen inhalation protects against acute lung injury induced by hemorrhaig shock and resuscitation. Surgery 2015; 158: 399.
【文献】Zunmin Du, Three hydrogen-rich solutions protect against intestinal injury in uncontrolled hemorrhagic shock. Int J Clin Exp Med 2015;8(5):7620-7626
【文献】Zunmin Du, MB, et al., Effects of three hydrogen-rich liquids on hemorrhagic shock in rats. JOURNAL OF SURGICAL RESERACH 193 (2015) 377-382
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、出血性ショック発生後の患者の生存期間および生存率を改善することができる医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
出血性ショックによって様々な状態の増悪が引き起こされることが知られているが、出血性ショック発生後の死が、主にどの状態の増悪に起因しているかは、現時点では必ずしも明らかにはされていない。
本発明者らは、出血性ショック発生後の生存期間または生存率を検証する過程で、驚くべきことに、循環動態の増悪が出血性ショック発生後の生存期間および生存率に深く関与していることを見出した。
本発明者らはまた、さらに驚くべきことに、水素ガスが出血性ショック発生後の循環動態を改善および/または安定化し、それにより、生存期間および生存率を改善し得ることを見出した。
【0009】
本発明は、上記の知見に基づくものであり、以下の特徴を包含する。
[1] 出血性ショック発生後の循環動態を改善および/または安定化するための気体状医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、水素ガスを含む、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0010】
[2] [1]に記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、対象に対して、輸血療法を施すことができない場合に投与される、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0011】
[3] [1]または[2]に記載の医薬組成物であって、
前記対象は、輸液療法が施される対象である、
ことを特徴とする
医薬組成物。
【0012】
[4] [3]に記載の医薬組成物であって、
前記輸液療法は、前記組成物の投与に先立って、同時に、あるいは、後に施される
ことを特徴とする、
医薬組成物
【0013】
[5] [1]~[4]のいずれかに記載の医薬組成物であって、
出血性ショック後の生存率が、前記医薬組成物の投与によって向上する、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0014】
[6] [1]~[4]のいずれかに記載の医薬組成物であって、
出血性ショック後の生存期間が、前記医薬組成物の投与によって延長される、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0015】
[7] [1]~[6]のいずれかに記載の医薬組成物であって、
前記循環動態の改善および/または安定化は、心臓機能または血管機能の改善および/または安定化に基づく、血圧の維持または重要臓器への血液供給の維持である、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0016】
[8] [1]~[7]のいずれかに記載の医薬組成物であって、
前記心臓機能または血管機能の改善および/または安定化は、低酸素状態における血管、心臓または他の臓器における細胞死の抑制である、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0017】
[9] [1]~[8]のいずれかに記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、酸素ガスをさらに含む
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0018】
[10] [1]~[9]のいずれかに記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、不活性ガスをさらに含む
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0019】
[11] [1]~[10]のいずれかに記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物における前記水素濃度が0.1%~4.0%(v/v)である
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0020】
[12] [1]~[11]のいずれかに記載の医薬組成物であって、
前記医薬組成物における前記水素濃度が1.0%~2.0%(v/v)である
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0021】
[13] [1]~[12]のいずれかに記載の医薬組成物であって、
前記水素ガスは水素ガス発生装置または水素ガスを収容する容器によって提供される
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0022】
[14] [13]に記載の医薬組成物であって、
前記水素ガス発生装置は、水電解による水素発生手段を備える、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0023】
[15] [13]に記載の医薬組成物であって、
前記容器は、水素ガスと窒素ガスとの混合ガスを収容する、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0024】
[16] [13]~[15]のいずれかに記載の医薬組成物であって、
前記水素ガス発生装置または前記容器は、前記装置または容器自体に、または前記装置または容器に接続された配管に、対象への水素ガスの供給量をモニタリングおよび調整するための制御手段をさらに備える、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0025】
[17] 輸液療法による出血性ショック後の循環動態の改善または安定化を促進するための気体状医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、水素ガスを含み、
出血性ショック後の生存率が、前記医薬組成物の投与によって向上する、および/または、出血性ショック後の生存期間が前記医薬組成物の投与によって延長される、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0026】
[18] 出血性ショック後の生存期間を延長させるための気体状医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、水素ガスを含む、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0027】
[19] 出血性ショック後の生存率を向上させるための気体状医薬組成物であって、
前記医薬組成物は、水素ガスを含む、
ことを特徴とする、
医薬組成物。
【0028】
上記に挙げた本発明の態様の一または複数を任意に組み合わせた発明も、本発明の範囲に含まれる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、出血性ショック発生後の循環動態を改善および/または安定化する医薬組成物が提供される。本発明の医薬組成物は、出血性ショック発生後の循環動態を改善し、および/または、安定化する効果を有することにより、出血性ショック発生後の対象の生存率を増加し、または、生存期間を延長し得る。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1図1は、本願実施例で行った試験の概要を示す図である。
図2図2は、水素吸入群およびコントロール群における出血性ショックに続く蘇生開始後の生存率の比較を示す。
図3図3は、水素吸入群およびコントロール群における出血性ショックに続く蘇生開始後の収縮期血圧の継時変化を示す。
図4図4は、水素吸入群およびコントロール群における出血性ショックに続く蘇生開始後の拡張期血圧の継時変化を示す。
図5図5は、水素吸入群およびコントロール群における出血性ショックに続く蘇生開始後の平均血圧の継時変化を示す。
図6図6は、水素吸入群およびコントロール群における出血性ショックに続く蘇生開始後の心拍数(脈拍)の継時変化を示す。
図7図7は、水素吸入群およびコントロール(Ctrl)群における、出血性ショックに続く蘇生開始後120分(観察期開始時点)における乳酸値の比較を示す。なお、図中の黒丸は、死亡した個体を示している。
図8図8は、水素吸入群およびコントロール(Ctrl)群における、出血性ショックに続く蘇生開始後120分(観察期開始時点)におけるpH値の比較を示す。なお、図中の黒丸は、死亡した個体を示している。
図9図9は、水素吸入群およびコントロール(Ctrl)群における、出血性ショックに続く蘇生開始後120分(観察期開始時点)におけるHCO3値の比較を示す。なお、図中の黒丸は、死亡した個体を示している。
図10図10は、水素吸入群およびコントロール(Ctrl)群における、出血性ショックに続く蘇生開始後120分(観察期開始時点)におけるBE(base excess)値の比較を示す。なお、図中の黒丸は、死亡した個体を示している。
図11図11は、水素吸入群およびコントロール(Ctrl)群における、出血性ショックに続く蘇生開始後120分(観察期開始時点)におけるNa値の比較を示す。なお、図中の黒丸は、死亡した個体を示している。
図12図12は、水素吸入群およびコントロール(Ctrl)群における、出血性ショックに続く蘇生開始後120分(観察期開始時点)におけるK値の比較を示す。なお、図中の黒丸は、死亡した個体を示している。
図13図13は、水素吸入群およびコントロール(Ctrl)群における、出血性ショックに続く蘇生開始後120分(観察期開始時点)におけるヘモグロビン(Hb)値の比較を示す。なお、図中の黒丸は、死亡した個体を示している。
図14図14は、水素吸入群およびコントロール(Ctrl)群における、出血性ショックに続く蘇生開始後120分(観察期開始時点)におけるPaO2値の比較を示す。なお、図中の黒丸は、死亡した個体を示している。
図15図15は、水素吸入群およびコントロール(Ctrl)群における、出血性ショックに続く蘇生開始後120分(観察期開始時点)におけるPaCO2値の比較を示す。なお、図中の黒丸は、死亡した個体を示している。
図16図16は、水素吸入群およびコントロール群における出血性ショックに続く蘇生開始後の左室拡張末期圧(LVEDP)の継時変化を示す。
図17図17は、水素吸入群およびコントロール群における出血性ショックに続く蘇生開始後のpositive dP/dtの継時変化を示す。
図18図18は、水素吸入群およびコントロール群における出血性ショックに続く蘇生開始後のnegative dP/dtの継時変化を示す。
図19図19は、出血性ショック発生後の水素吸入による生存率の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施の形態を具体的に説明する。
本発明は、一部には、出血性ショック発生後の循環動態の増悪が、出血性ショックに起因する死の主な原因になっていること、および、かかる出血性ショック発生後の循環動態が水素ガスによって改善または安定化できること、を見出したことを基礎としている。
【0032】
本発明において、「循環動態の改善」とは、出血性ショックに起因して正常な状態から逸脱した循環動態を、正常な状態に向かう方向に変化させることをいう。
これに対し、「循環動態の安定化」とは、循環動態を正常な状態に近い状態を維持すること、または、さらなる増悪を抑制すること、を意味し得る。
【0033】
したがって、本発明は、一態様において、出血性ショック発生後の循環動態を改善および/または安定化するための医薬組成物に関する。本発明の医薬組成物は、下記に説明する「循環動態」を改善および/または安定化することにより、出血性ショック発生後の対象の生存率を向上することができる、または、出血性ショック発生後の対象の生存期間を延長することができる。
【0034】
本発明において、「出血性ショック発生後」とは、出血性ショック開始前を除外する意図であり、出血性ショックに起因する循環動態の増悪が認められるあらゆる時点を含み得る。したがって、「出血性ショック発生後」の対象には、出血性ショックを起こしている対象のほか、出血性ショック離脱後の対象も含まれる。
【0035】
本発明において、「出血性ショック発生後の生存率」とは、出血性ショックに起因する生存率のほか、出血性ショック発生後の任意の時点における生存率を指してもよい。したがって、「出血性ショック発生後の生存率が向上する」とは、出血性ショックに起因する生存率が、本発明の医薬組成物を投与しない場合に比べて増加すること、および、出血性ショック発生後の任意の時点における生存率が、本発明の医薬組成物を投与しない場合に比べて増加することを意味し得る。出血性ショック発生後の時点は、特に制限されないが、例えば根治治療の開始時点(例えば出血性ショック発生後30分、1時間、2時間、4時間、8時間、12時間、16時間または24時間)、根治治療開始後の任意の時点であり得る。
【0036】
「循環動態」は、循環機能の状態を指し、一般的には、心機能、血管および循環血液量の3要素によって決定されることが知られている。本発明の一実施形態において、「循環動態の改善および/または安定化」は、心臓機能または血管機能の改善および/または安定化に基づく、血圧の維持または重要臓器への血液供給の維持を含んでいる。
【0037】
心臓機能の改善には、拡張機能(心筋伸展性)の改善による直接効果と、血管機能の改善による間接効果(前負荷の増大:静脈灌流量の増加)が含まれる。本発明において、心臓機能または血管機能の改善および/または安定化には、特に、静脈灌流量の増加(前負荷の増大)、心筋進展性の改善(心臓拡張期の改善)、および心拍出量の増加が含まれる。
【0038】
本発明の一実施形態において、「心臓機能または血管機能の改善および/または安定化」には、低酸素状態における血管、心臓または他の臓器における細胞死の抑制が含まれる。これにより、細胞からの循環動態を悪化させる物質の産生が抑制される。かかる抑制効果は、任意の生体パラメータの改善により確認することができ、そのようなパラメータとして、これに限定されるものではないが、血液における乳酸値、pH、HCO3濃度、BE(base excess)、カリウム濃度などが挙げられる。本発明の好ましい実施形態において、前記循環不全パラメータの少なくとも2つ、より好ましくは少なくとも3つ、最も好ましくは4つすべてが、正常値に向かう方向に改善する。
【0039】
本発明の一実施形態において、「循環動態の改善および/または安定化」には、出血に対する耐性の増加が含まれる。本発明において、「出血に対する耐性の増加」は、本発明の医薬組成物を投与していない場合に比較して、同じ出血量における対象の状態(例えば任意の循環動態パラメータ)がより正常に近くなること、同じ出血量における対象の生存率が増加すること、または同じ出血量における対象の生存期間が延長されること、を意味し得る。あるいは、本発明において、「出血に対する耐性の増加」は、特定の状態(例えば任意の循環動態パラメータ)に達するのに必要な出血量が、本発明の医薬組成物を投与していない場合に比較して、増加することを指す。
【0040】
本発明の好ましい実施形態において、「循環動態の改善および/または安定化」は、血圧の改善および/または安定化、および心血管機能の改善および/または安定化を含んでいる。
【0041】
本発明の医薬組成物は、一実施形態において、輸血療法を施すことができない場合に投与される。すなわち、本発明の医薬組成物は、一実施形態において、根治治療を施すことができない対象の生存期間を延長する目的で使用することができる。これは、本発明の医薬組成物が循環動態を改善および/または安定化する効果を有することにより達成される。なお、本発明の医薬組成物は、輸血療法と併用することを除外するものではないことに留意するべきである。本発明の医薬組成物は、上に説明したとおり、輸血療法を施すことができない対象に対してより有用であり得るが、根治療法、例えば輸血療法と併用することで、出血性ショックからのより迅速な回復を期待することができる。
【0042】
本発明の医薬組成物は、一実施形態において、出血性ショック発生後の循環動態を改善または安定化するための他の治療と併用される。そのような他の治療として、これに限定されるものではないが、輸液療法を挙げることができる。したがって、本発明の医薬組成物は、別の態様において、輸液療法による出血性ショック発生後の循環動態の改善または安定化を促進するための医薬組成物としても使用することができる。
【0043】
本発明の医薬組成物と輸液療法とが併用される場合、輸液療法を施すタイミングは特に制限されず、本発明の医薬組成物の投与に先立って、同時に、あるいは、後に施されてもよい。
【0044】
本発明の医薬組成物は、水素ガスを含む気体状の医薬組成物であることを特徴とする。また、本発明の医薬組成物は、気体状の医薬組成物であることから、ヒト患者に対して一定の時間にわたって継続投与されるものであることを特徴とする。本発明において、水素原子は、その全ての同位体、すなわちプロチウム(PまたはH)、ジュウテリウム(DまたはH)、およびトリチウム(TまたはH)、のいずれであってもよい。したがって、分子状水素として、P2、PD、PT、DT、D2およびT2が含まれうる。本発明の好ましい態様において、本発明の医薬組成物に含まれる水素ガスの99%以上は天然の分子状水素であるPである。
【0045】
本発明の医薬組成物は、酸素ガスをさらに含むことができる。酸素ガスは、水素ガスと予め混合されて、混合ガスの形態で存在してもよいし、対象への投与直前にまたは投与時に、水素ガスと混合されてもよい。
【0046】
本発明の医薬組成物は、不活性ガスをさらに含むことができる。不活性ガスは、水素ガスまたは酸素ガスの防爆及び濃度調整を目的として使用され、したがって、水素ガスおよび/または酸素ガスとの混合ガスの形態で存在し得る。本発明の医薬組成物に使用できる不活性ガスとしては、これに限定されるものではないが、窒素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガスなどを使用することができる。本発明の一実施形態では、不活性ガスとして安価な窒素ガスが使用される。
【0047】
本発明の医薬組成物において、水素ガスの濃度範囲は、これに限定されるものではないが、例えば0.1~4.0%(v/v)の間の任意の濃度とすることができる。水素ガス濃度の下限値は、出血性ショック発生後の循環動態を改善および/または安定化する効果を発揮できる濃度の下限値として設定されるものである。したがって、患者の重症度、出血性ショックの原因となった外傷等、出血ショック発生から投与開始までの時間、性別、年齢などに応じて、出血性ショック発生後の循環動態を改善および/または安定化することができる最小濃度を適宜設定することができる。一実施形態において、水素ガスの下限値は、0.1~1.0%の間、例えば0.5%を選択することができる。一方、水素ガス濃度の上限値は、空気中における水素の爆発下限界が4%であるため、安全性の観点から設定されるものである。したがって、水素ガスの上限値は、安全性が担保される限り、4%以下の任意の濃度、例えば3.0%、2.5%または2.0%などを選択することができる。
【0048】
本発明の医薬組成物において、酸素ガスの濃度は、水素ガス濃度が0.1~4.0%(v/v)の前提のとき、21%~99.9%(v/v)の範囲とすることができる。
【0049】
本発明の医薬組成物において、不活性ガスの濃度は、水素ガスおよび/または酸素ガスの濃度を適切に維持し、かつ、これらのガスの防爆効果が得られる範囲で設定される。したがって、不活性ガスの濃度は、使用される水素ガスおよび/または酸素ガスの濃度に応じて、当業者は適宜適切な濃度を設定することができる。そのような不活性ガスの濃度は、例えば不活性ガスが窒素ガスの場合、例えば、0~78.9%(v/v)の範囲で任意にとり得る。
【0050】
なお、本明細書を通じて使用されるガスの濃度は、20℃、101.3kPaでの含有率を示すものとする。
【0051】
本発明の医薬組成物において、水素ガスによる本発明の効果を損なわない限り、二酸化炭素などの他の大気中のガス、空気、または麻酔ガスなどをさらに含んでもよい。
【0052】
本発明の医薬組成物は、例えば吸入手段を用いた吸入により、対象に投与することができる。そのような吸入手段としては、これに限定されるものではないが、例えば吸入マスクを挙げることができる。吸入マスクは、対象への適切な濃度での投与が実現されるように、対象の口および鼻を同時に覆うものであることが好ましい。
【0053】
本発明の一実施形態において、本発明の医薬組成物は、対象にそのまま投与し得る形態で提供される。例えば一例として、この実施形態では、本発明の医薬組成物は、水素ガスおよび不活性ガスのほか、呼吸のための酸素ガス、およびその他任意のガスを、適切な濃度で予め混合することによって調製された、混合ガスの形態で提供される。
【0054】
本発明の別の態様において、本発明の医薬組成物は、対象への投与直前または投与時に調製される形態で提供される。例えば一例として、この実施形態では、本発明の医薬組成物は、水素ガスと不活性ガスとの混合ガスを収容した容器と、酸素ガスを収容した容器とが、配管を介して吸入マスクに接続され、対象への投与に適切な濃度となるような流量で患者に送り込まれることによって、提供される。本発明の一態様では、前記容器は、持ち運び可能なガスボンベのほか、例えば屋外に設置された大型貯槽の形態であってもよい。また、前記ガスは、圧縮ガスの形態で容器に収容されてもよいし、液化水素ガス等、液化形態でリキットガスコンテナー(LGC)に収容されてもよい。また、本発明における別の例として、前記水素ガスは、それぞれ、水素ガス発生装置から供給されてもよい。そのような発生装置として、当業者に公知の任意の水素発生手段を備えるものを挙げることができ、そのような水素発生手段として、これに限定されるものではないが、水(例えば精製水、水酸化カリウムなどのアルカリ水)電解を利用した水素発生手段、水素吸蔵合金(例えばマグネシウム、バナジウム)を利用した水素発生手段、水素溶存水の加熱または脱気を利用した水素発生手段、アンモニア分解を利用した水素発生手段、炭化水素(例えばメタン)の水蒸気改質を利用した水素発生手段、メタノール/エタノール改質を利用した水素発生手段、触媒(酸化チタンなど)による水の分解を利用した水素発生手段、水と金属水素化物(例えばアルカリ土類金属水素化物、アルカリ金属水素化物であり、典型的には水素化マグネシウム)との化学反応を利用した水素発生手段等を挙げることができる。本発明において、水電解を利用した水素発生手段を備えるものが特に好ましい。
【0055】
本発明の別の態様において、本発明の医薬組成物は、ガスの濃度が一定に維持されるように、密閉小室に水素ガスを供給することによって提供される。例えば一例として、この実施形態では、本発明の医薬組成物は、対象が存在する密閉小室に、前記密閉小室中の水素濃度が適切な濃度に維持されるような流量で、水素ガスと不活性ガスとからなる混合ガスを供給することによって提供される。
【0056】
本発明の医薬組成物は、出血性ショック発生後の任意のヒト対象に対して有効であるが、投与対象はヒトに限定されず、例えばマウス、ラット、ウサギ等のげっ歯類、サル、ウシ、ウマ、ヤギ等の非ヒト哺乳動物に対しても適用することができる。
【0057】
本発明の医薬組成物を投与するタイミングは、特に制限されず、出血性ショックの状態にある対象、および出血性ショック離脱後の対象のいずれでもよい。好ましくは、本発明の医薬組成物は、出血性ショックの状態にある対象に投与される。
【0058】
本発明の医薬組成物は、一定の時間にわたって、対象に対して継続的に投与されるものである。本発明の医薬組成物の投与時間は、本発明の医薬組成物による出血性ショック発生後の循環動態の改善および/または安定化効果を発揮できる時間であれば特に制限されず、患者の重症度、出血性ショックの原因となった外傷等、出血ショック発生から投与開始までの時間、性別、年齢等に応じて、当業者が適宜適切な時間を設定することができる。そのような時間は、これに限定されるものではないが、例えば、少なくとも10分、少なくとも30分、少なくとも1時間、少なくとも2時間、少なくとも3時間、少なくとも4時間、またはそれ以上であり得る。
【0059】
また、本発明の医薬組成物の投与回数は制限されず、複数回投与することができる。本発明の医薬組成物の投与間隔および投与回数は、患者の症状に応じて、適宜適切な投与間隔および投与回数を設定することができる。
【0060】
本発明の医薬組成物は、本発明の医薬組成物を提供するための装置によって提供することができる。本発明の装置は、少なくとも水素ガスを提供するための手段、典型的には、水素ガスを収容する容器、または、前記水素ガス発生装置を備えており、本発明の医薬組成物の有効成分である水素ガスは、前記容器または水素ガス発生装置によって提供される。
【0061】
本発明の装置は、好ましくは、水素ガスを提供するための前記手段と一方の端部において接続された配管をさらに備えている。前記配管は、水素ガスをガス吸入対象に送達するための水素ガス流通手段であり、他方の端部がガスを吸入するための吸入手段に直接接続されるか、または、酸素ガス等の他のガスと混合するためのガス混合装置に接続される。好ましい実施形態において、水素ガスを提供するための手段は、対象への水素ガスの供給量をモニタリングおよび調整するための制御手段をさらに備えている。あるいは、前記水素ガスを提供するための手段に接続された配管に、前記制御手段をさらに備えるものとしてもよい。
【0062】
本発明の装置は、好ましくは、ガス混合装置をさらに備えている。ガス混合装置は、前記水素ガスを提供するための手段からの水素ガスが、対象への投与に適切な濃度となるように、水素と他のガスとを混合するための手段であり、典型的には、酸素ガス収容容器または酸素ガス発生装置と配管を介して接続される。好ましい実施形態において、前記ガス混合装置は、混合ガス中の水素濃度をモニタリングおよび調整するための手段、混合ガス中の酸素濃度をモニタリングおよび調整するための手段、および/または、対象への混合ガスの流量をモニタリングおよび調整するための制御手段をさらに備えている。
【0063】
別の実施形態において、本発明の装置は、人工呼吸器と併用することができる。この実施形態では、前記混合ガス装置と人工呼吸器とが接続され、人工呼吸器から送られた酸素ガスは、ガス混合装置で水素ガスと混合されて吸気ラインに入るか、あるいは吸気ラインに導入された水素ガスと混合され、その後、呼気ガスとして人工呼吸器に戻る。
【0064】
本明細書において用いられる用語は、特定の実施態様を説明するために用いられるのであり、発明を限定する意図ではない。
【0065】
また、本明細書において用いられる「含む」との用語は、文脈上明らかに異なる理解をすべき場合を除き、記載された事項(部材、ステップ、要素または数字等)が存在することを意図するものであり、それ以外の事項(部材、ステップ、要素または数字等)が存在することを排除しない。
【0066】
本明細書中に引用される文献は、それらのすべての開示が、本明細書中に援用されているとみなされるべきであって、当業者は、本明細書の文脈に従って、本発明の精神および範囲を逸脱することなく、それらの先行技術文献における関連する開示内容を、本明細書の一部として援用することができる。
【0067】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例
【0068】
[実施例1]
(1.試験の概要)
本実施例においては、図1に示す試験プロトコールにしたがって、出血性ショックモデルに対する水素ガスの効果を評価した。
SD rat(雄、250~300g)を用い、麻酔薬を腹腔内投与し、全身麻酔した。次いで、左大腿動脈にPEカテーテルを挿入し、観血的動脈圧モニタリングを行い、さらに右大腿動脈に脱血用カテーテルを、右総頸動脈から心機能測定のための左心室カテーテルを、それぞれ挿入した。
【0069】
脱血の開始をもってショック期を開始とした。15分かけて緩徐に脱血し、脱血開始から計60分間、平均動脈圧30~35mmHgに維持した。
【0070】
蘇生期は輸液による蘇生の開始をもって開始とした。15分かけて脱血量の4倍の生理食塩水による輸液蘇生を行った。試験ガス吸入(水素群(21%酸素+1.3%水素)とcontrol群(21%酸素))は、脱血開始から蘇生開始2時間後までの計3時間行った。その際、同時期の心機能(LVEDP、±dP/dt)も記録した。
【0071】
観察期の開始は、蘇生期開始2時間後であり、その後4時間(蘇生期開始から6時間)観察した。その期間は、室内気での人工呼吸で、血圧(収縮期、拡張期、平均)、心拍数などを測定した。
【0072】
ショック期開始時点(baseline)、蘇生期開始時点(0分)、観察期開始時点(120分)、試験終了時点(360分)での乳酸値、血液ガスをそれぞれ測定・評価した。
【0073】
(2.脱血量の評価)
表1、本試験に用いたラット(各群n=15)の体重、脱血量、体重100gあたりの脱血量、輸液蘇生量を示している。HおよびControlは、それぞれ水素吸入群、および水素非吸入(コントロール)群を示している。本試験に用いたマウスの体重は各群で異ならなかった。一方、脱血量に関しては、水素吸入群の方が統計学的に多い結果が示された(コントロール群vs水素吸入群:2.29±0.43vs2.60±0.40ml/100g;p=0.048)。この結果は、血圧を30~35mmHgに維持にするために、水素吸入群の方が脱血量を多くしなければならないことを意味している。すなわち、水素吸入がマウス体内に何らかの影響を与えることにより、低血圧に対して、循環動態を安定化させていることが強く示唆される。
【0074】
【表1】
【0075】
(3.生存率の評価)
図2は、水素吸入群とコントロール群との生存率の比較を示すグラフである。蘇生開始からの時間を横軸に示している。蘇生開始後およそ2時間でコントロール群では死亡するラットが増え始めるが、水素吸入群は生存を保っていることがわかる。
最終的に、6時間の試験終了時点で、水素吸入群が8個体(8/10)で生存が認められたが、コントロール群ではわずか3個体(3/10)しか生存できなかった。この結果は、水素吸入により、出血性ショック後の生存率を明らかに向上できることを示している。
【0076】
(4.血圧の評価)
図3~5は、それぞれ蘇生開始後の収縮期血圧、拡張期血圧および平均血圧の継時変化を示す。結果から分かるとおり、収縮期血圧、拡張期血圧および平均血圧のいずれも、観察期間にわたって、水素吸入群の方が高い値をとっている。また、水素吸入群のラットは、輸液蘇生後に上昇した血圧を維持していくのに対し、コントロール群は一定時間経過後に血圧が低下した。
一方、心拍数については両群で大きな差は認められなかった(図6)。
【0077】
(5.循環不全パラメータの評価)
図7~10は、観察期開始時点(120分)における循環不全パラメータの測定結果を示している。乳酸値の正常値は1.0以下であるが、水素吸入群の方が統計的に有意に低いことが分かる(図7)。また、pHの正常値は7.4程度であるが、水素吸入群の方が統計学的に有意にpHが高く、正常値に近いことが分かる(図8)。また、HCO3の正常値は24程度であるが、水素吸入群の方が統計的に有意にHCO3が高く、正常値に近いことが分かる(図9)。さらに、BE(base excess)の正常値は-2程度であるが、水素吸入群はBEの値が統計学的に有意に改善していることが分かる(図20)。
【0078】
これらの結果はいずれも、水素吸入群は、コントロール群に比較して、統計的に有意に、循環動態が安定したことを示している。
【0079】
(6.電解質および貧血パラメータの評価)
図11~13は、観察期開始時点(120分)における電解質(Na、K)および貧血の程度(ヘモグロビン(Hb)を示している。
NaおよびHbでは両群に統計的な有意差は認められなかったが(図11、13)、Kについては、水素吸入群で統計的に有意に低いことが示された(図12)。この結果は、末梢循環不全と腎機能障害による影響と考えられ、水素吸入群では循環動態安定化による臓器保護作用があることが示唆された。
【0080】
(7.酸素化指標の評価)
図14および図15は、観察期開始時点(120分)における酸素化の指標を示している。各指標の正常値は、PaO2(Partial pressure of oxygen)が100mmHg前後であり、PaCO2(Partial pressure of carbon dioxide)が40mmHg前後である。
【0081】
PaO2は、コントロール群の方が高い値を示したが(図14)、いずれも正常値に近い値であり、臨床的に有意な効果は認められなかった。また、PaCO2の値は両群で統計的な差は認められなかった(図15)。この結果は、コントロール群における生存率の低下に、出血性ショック後の呼吸器障害が直接的には関与していないことを示している。
【0082】
(8.心機能の評価)
集中治療領域において、全身の細胞に届けられる酸素の総量、delivery O2(DO2)という概念がある。DO2の低下により、乳酸やpHなど、末梢代謝不全のパラメータが悪化する。DO2は「酸素飽和度(呼吸機能)」×「心拍出量(心機能:循環動態)」×「ヘモグロビン」によって規定される。本試験において、酸素飽和度およびヘモグロビンは、両群間で有意な差が認められなかったため、末梢代謝不全の改善に水素が及ぼしている影響は、心機能に関連すると考えられる。心機能は、「前負荷」×「心収縮力」×「後負荷」の3要素からなる。
【0083】
図16~18は、左室拡張末期圧(LVEDP)、positive dP/dt、およびnegative dP/dtの結果をそれぞれ示している。LVEDPは、心収縮力が低下し、心不全の起きている時に上昇するといわれている値である。positive dP/dtは、心収縮力の収縮能の鋭敏な数値であり、negative dP/dtは、心臓収縮力のなかでも拡張能を反映している値である。
【0084】
図16~18の結果から分かるとおり、LVEDP、positive dP/dt、およびnegative dP/dtはいずれも、両群間で統計的に有意な差が認められなかった。この結果は、水素ガスは「心収縮力」にはほとんど影響せず、心機能の差は、「前負荷」、または「後負荷」への影響によることを示している。
【0085】
「前負荷」は、脱血、輸液により規定されるが、表1の記載から分かるように、両群で1ml/100g程度しか変わらず、前負荷の差はほとんどないと評価することができるため、水素による心機能の改善効果は、主に後負荷に作用していると考えられる。後負荷は、血管抵抗を表しており、水素ガスは、血管のトーヌス(張力)に影響を与えて、適切な後負荷を調整し、循環動態を安定していると考えられる。
【0086】
[実施例2]
本試験では、ラット出血性ショックモデルにおけるショック後蘇生開示時点での水素吸入による生存率の改善を評価した。
SDラット(250~300g)において、平均動脈圧30~35mmHgを60分間維持するように脱血し、その後、脱血量の4倍の生理食塩水で15分かけて蘇生させ、組成開始から6時間後に生存率を評価する手順は、[実施例1]に準じて行った。
【0087】
本試験において、下記にしたがって試験ガスを吸入させた。
ショック期(-60分~0分):コントロールガス(26%酸素+74%水素)
蘇生期(0分~120分):水素ガス(1.3%水素+26%酸素+72.7%窒素)
観察期(120分~360分):室内気(21%酸素+79%窒素)
【0088】
蘇生開始から6時間後の生存率は50%であった(図19)。この結果は、出血性ショック発生後の蘇生開始時点から水素ガスを吸入させた場合であっても、コントロール群を上回る生存率が認められたことを示している(vs30%;コントロールは図2参照)。これは、出血性ショックの時点から水素ガスを吸入させることができない場合、例えば出血性ショック発生後の蘇生開始時点から水素ガスの吸入が開始される場合であっても、循環動態を改善または安定化し、生存率を改善し得ることを示唆している。実臨床において、例えば交通事故現場で出血性ショックに陥ってしまっても、医療機関へ搬送後に水素ガスを吸入させることができれば、生存率の上昇を見込むことができるという点で、この結果は臨床的に非常に大きな意味を有する。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明の医薬組成物によれば、出血性ショック発生後の循環動態を改善することができる。本発明の医薬組成物は、出血性ショックの根治療法、例えば輸血療法を施すことができない場合であっても、出血性ショック後の対象の生存率を増加し、または、製造期間を延長することができる点で極めて有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
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図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19