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特許7009298生体組織シーラント用ハイドロゲルおよびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-14
(45)【発行日】2022-01-25
(54)【発明の名称】生体組織シーラント用ハイドロゲルおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/14 20060101AFI20220118BHJP
   A61L 31/12 20060101ALI20220118BHJP
   A61L 24/00 20060101ALI20220118BHJP
   A61L 26/00 20060101ALI20220118BHJP
【FI】
A61L31/14 300
A61L31/12 100
A61L31/12 110
A61L24/00 240
A61L24/00 311
A61L24/00 310
A61L26/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018082370
(22)【出願日】2018-04-23
(65)【公開番号】P2019187692
(43)【公開日】2019-10-31
【審査請求日】2021-03-09
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097490
【弁理士】
【氏名又は名称】細田 益稔
(74)【代理人】
【識別番号】100097504
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 純雄
(72)【発明者】
【氏名】村上 義彦
(72)【発明者】
【氏名】山田 保行
(72)【発明者】
【氏名】玉井 哲也
【審査官】参鍋 祐子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-023023(JP,A)
【文献】特開2005-021454(JP,A)
【文献】国際公開第2010/070775(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0324720(US,A1)
【文献】Tomoki Ito et al.,Design of novel sheet-shaped chitosan hydrogel for wound healing: A hybrid biomaterial consisting of both PEG-grafted chitosan and crosslinkable polymeric micelles acting as drug containers,Materials Science and Engineering C,2013年,Vol.33 Issue 7,3697-3703
【文献】Takamasa Sakai et al.,Design and Fabrication of a High-Strength Hydrogel with Ideally Homogeneous Network Structure from Tetrahedron-like Macromonomers,Macromolecules,2008年,Vol.41 No.14,5379-5384
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 31/00
A61L 24/00
A61L 26/00
C08J 3/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記成分A、成分Bおよび成分Cを含み、下記式(f1)、式(f2)および式(f3)を満足することを特徴とする、生体組織シーラント用ハイドロゲル。

成分A:
式(1)

【化1】
(式(1)中、
Xは1つのアミノ基または1つのチオール基を含む有機基を表し、
mは25~500の整数を表す。)
で表されるポリエチレングリコール誘導体

成分B:式(2)

【化2】
(式(2)中、
Yは1つの活性エステル基または1つのマレイミド基を含む有機基を表し、
nは25~500の整数を表す。)
で表されるポリエチレングリコール誘導体

成分C:式(3)

Z-PEG-polyester ・・・(3)

(式(3)中、
Zは1つのアルデヒド基または1つのマレイミド基を含む有機基を表し、
PEGはポリエチレングリコール鎖を表し、
polyesterは生分解性ポリエステルを表し、前記生分解性ポリエステルが、D-乳酸、L-乳酸およびグリコール酸からなる群より選択される一種以上のモノマーの重合体からなる。)

で表されるジブロックポリマーを含み、表面に少なくとも1つ以上の前記有機基Zを有するポリマーミセル

1.2mmol/L≦(成分Aのモル濃度)+(成分Bのモル濃度)≦4.0mmol/L・・・(f1)

1.0≦(成分Aのモル濃度)÷(成分Bのモル濃度)≦4.0・・・(f2)

0.1≦(成分Bのモル濃度)÷(成分Cのポリマーのモル濃度)≦0.75・・・(f3)
【請求項2】
式(1)中、Xが、1つのアミノ基を含む有機基であり、式(2)中、Yが、1つの活性エステル基を含む有機基であり、式(3)中、Zが、1つのアルデヒド基を含む有機基であることを特徴とする、請求項1記載の生体組織シーラント用ハイドロゲル。
【請求項3】
前記ポリマーミセルが、式(3)中、Zが1つのアルデヒド基を含む有機基である前記ジブロックポリマーのみからなることを特徴とする、請求項記載の生体組織シーラント用ハイドロゲル。
【請求項4】
式(1)中、mが50~300の整数であり、式(2)中、nが50~300の整数であることを特徴とする、請求項1~のいずれか一つの請求項に記載の生体組織シーラント用ハイドロゲル。
【請求項5】
式(3)中、前記ポリエチレングリコール鎖の分子量が2500~5000、前記生分解性ポリエステルの分子量が2500~5000であることを特徴とする、請求項1~のいずれか一つの請求項に記載の生体組織シーラント用ハイドロゲル。
【請求項6】
請求項1~のいずれか一つの請求項に記載の生体組織シーラント用ハイドロゲルを製造する方法であって、
前記成分Aを含む調製液aを作製する工程、
前記成分Bと成分Cを含む調製液bを作製する工程、および
前記調製液aと前記調製液bを混合して塗布し、ゲルを形成する工程
を含む、生体組織シーラント用ハイドロゲルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療分野に特に適したハイドロゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
ハイドロゲルの用途の一つとして、手術時の生体組織吻合部から体液や空気が漏れるのを防ぐシーラントがある。シーラントは生体に対して用いることから、安全性が重要である。また、伸び縮みや曲がりといった動きのある生体組織の吻合部を、漏れなく被覆する必要があることから、塗布後に迅速にゲル化すること、および組織の動きに追従して剥がれないための柔軟性と粘着性も重要である。
【0003】
シーラントとしては、ゼラチン/グルタルアルデヒドからなるハイドロゲルが知られているが、グルタルアルデヒドに毒性があること、また、動物由来であるゼラチンによる感染リスクが排除できないことが問題である。
【0004】
一方、非特許文献1には、ポリエチレンイミンと末端アルデヒド化ブロックポリマーミセルからなるハイドロゲルが記載されている。合成系化合物のため感染の心配はないが、ポリエチレンイミンに毒性があることが問題である。
【0005】
また、非特許文献2には、末端アミノ化4分岐ポリエチレングリコール(末端アミノ化ペンタエリスリトールテトラキス(ポリエチレングリコール)エーテル)と末端活性エステル化4分岐ポリエチレングリコール(末端スクシンイミジルグルタレート化ペンタエリスリトールテトラキス(ポリエチレングリコール)エーテル)の組合せからなるハイドロゲルも知られている。合成系化合物で感染リスクがなく、毒性もない。しかしながら、柔軟性、粘着性といった、ハイドロゲルの力学的特性については、分子量と架橋点(反応点)密度しか変えることができないため、コントロールが困難である。
【0006】
ハイドロゲルの力学的特性をコントロールする方法として、非特許文献3において、末端アシルヒドラジン化3分岐ポリエチレングリコールと、両末端アルデヒド化トリブロックポリマー(ポリエチレングリコール-block-ポリプロピレングリコール-block-ポリエチレングリコール)ミセルからなるハイドロゲルが記載されており、伸縮性と靭性が向上することが開示されている。しかし、前記トリブロックポリマーは周囲の温度や塩濃度によってミセルの形態を変化させるため、生体内に留置されるシーラントには適していない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Journal of Biomaterials and Nanobiotechnology, 2015, 6, 36
【文献】Macromolecules, 2008, 41, 5379
【文献】ACS Macro Letters,2017, 6, 881
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、合成系で感染リスクがなく、毒性のないポリマーで構成され、迅速にゲル化し、組織追従に必要な柔軟性と粘着性を持つハイドロゲルは開発されていない。
【0009】
本発明の課題は、迅速にゲル化し、柔軟性と粘着性を持つハイドロゲルおよびその作製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
種々検討したところ、末端官能基の異なる2種類の4分岐ポリエチレングリコールと、表面に官能基を持つブロックポリマーミセルを所定比で含むハイドロゲルが、ポリエチレングリコールの架橋構造中にポリマーミセルが組み込まれたゲル構造を迅速に形成し、柔軟性および粘着性を有することを見出し、本発明を完成した。
【0011】
即ち、本発明は、下記の[1]~[]を提供する。
[1] 下記成分A、成分Bおよび成分Cを含み、下記式(f1)、式(f2)および式(f3)を満足することを特徴とする、生体組織シーラント用ハイドロゲル。

成分A:
式(1)

【化1】
(式(1)中、
Xは1つのアミノ基または1つのチオール基を含む有機基を表し、
mは25~500の整数を表す。)
で表されるポリエチレングリコール誘導体

成分B:式(2)

【化2】
(式(2)中、
Yは1つの活性エステル基または1つのマレイミド基を含む有機基を表し、
nは25~500の整数を表す。)
で表されるポリエチレングリコール誘導体

成分C:式(3)

Z-PEG-polyester ・・・(3)

(式(3)中、
Zは1つのアルデヒド基または1つのマレイミド基を含む有機基を表し、
PEGはポリエチレングリコール鎖を表し、
polyesterは生分解性ポリエステルを表す。)
で表されるジブロックポリマーを含み、表面に少なくとも1つ以上の前記有機基Zを有するポリマーミセル

1.2mmol/L≦(成分Aのモル濃度)+(成分Bのモル濃度)≦4.0mmol/L ・・・(f1)

1.0≦(成分Aのモル濃度)÷(成分Bのモル濃度)≦4.0・・・(f2)

0.1≦(成分Bのモル濃度)÷(成分Cのポリマーのモル濃度)≦0.75・・・(f3)
【0012】
ここで、前記式(3)中、前記生分解性ポリエステルが、D-乳酸、L-乳酸およびグリコール酸からなる群より選択される一種以上のモノマーの重合体からなる
【0013】
] 式(1)中、Xが、1つのアミノ基を含む有機基であり、式(2)中、Yが、1つの活性エステル基を含む有機基であり、式(3)中、Zが、1つのアルデヒド基を含む有機基であることを特徴とする、[1]の生体組織シーラント用ハイドロゲル。
【0014】
] 前記ポリマーミセルが、式(3)中、Zが1つのアルデヒド基を含む有機基である前記ジブロックポリマーのみからなることを特徴とする、[]の生体組織シーラント用ハイドロゲル。
【0015】
] 式(1)中、mが50~300の整数であり、式(2)中、nが50~300の整数であることを特徴とする、[1]~[]のいずれか一つの生体組織シーラント用ハイドロゲル。
【0016】
] 式(3)中、前記ポリエチレングリコール鎖の分子量が2500~5000、前記生分解性ポリエステルの分子量が2500~5000であることを特徴とする、[1]~[]のいずれか一つの生体組織シーラント用ハイドロゲル。
【0017】
] [1]~[]のいずれか一つの生体組織シーラント用ハイドロゲルを製造する方法であって、
前記成分Aを含む調製液aを作製する工程、
前記成分Bと成分Cを含む調製液bを作製する工程、および
前記調製液aと前記調製液bを混合して塗布し、ゲルを形成する工程
を含む、生体組織シーラント用ハイドロゲルの製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明のハイドロゲルは、毒性がなく感染リスクのないポリエチレングリコールおよびブロックポリマーから構成される。さらに、迅速にゲル化し、柔軟性と粘着性を示すため、外科シーラントとして適している。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明のハイドロゲルは、成分A:前記式(1)で表されるポリエチレングリコール誘導体と、成分B:前記式(2)で表されるポリエチレングリコール誘導体と、成分C:前記式(3)で表されるジブロックポリマーを含み、表面に少なくとも1つ以上の有機基Zを有するポリマーミセルとを含む。
【0020】
式(1)で表されるポリエチレングリコール誘導体において、Xは、1つのアミノ基または1つのチオール基を含む有機基を表す。前記式(1)中、1つのアミノ基を含む有機基としては、成分Bの活性エステル基、成分Cのアルデヒド基と反応すれば問題ないが、例えば下記式(4)で表される基が挙げられる。

-O-(CHa1-NH ・・・(4)
【0021】
式(4)中、a1は2~6の整数を表し、化合物の入手のし易さからa1は2または3が好ましい。
【0022】
式(1)中、1つのチオール基を含む有機基としては、成分Bのマレイミド基、成分Cのマレイミド基と反応すれば問題ないが、例えば下記式(5)で表される基が挙げられる。

-O-(CHa2-SH ・・・(5)

式(5)中、a2は2~6の整数を表し、化合物の入手のし易さからa2は2または3が好ましい。
【0023】
式(1)中、mは25~500の整数を表し、好ましくは50~300、より好ましくは100~250である。mが25より小さい場合、架橋点(反応点)間の距離が短くなるために、形成されるハイドロゲルの柔軟性が低下し、mが500を超える場合、ポリエチレングリコール鎖が架橋反応の立体的な障害となるため、ハイドロゲルが形成されない恐れがある。
【0024】
式(1)で表されるポリエチレングリコール誘導体の分子量は4500~90000、好ましくは9000~54000、より好ましくは18000~45000である。
【0025】
式(2)で表されるポリエチレングリコール誘導体において、Yは1つの活性エステル基または1つのマレイミド基を含む有機基を表す。本発明の活性エステル基とは、成分Aのアミノ基やチオール基等の求核性基と反応する基であれば問題ないが、前記式(2)中、1つの活性エステル基としては、例えば下記式(6)で表される基が挙げられる。

-O-W-(CHa3-C(=O)-R・・・(6)
【0026】
式(6)中、Wは単結合または-C(=O)-であり、a3は2~6の整数を表し、Rはフェニル基、3-ピリジル基、スクシンイミド基、2-ベンゾチアゾール基、または1-ベンゾトリアゾール基である。化合物の入手のし易さから、1つの活性エステル基を含む有機基としては、Wは-C(=O)-であることが好ましく、a3は2または3であることが好ましく、Rはスクシンイミド基であることが好ましい。
【0027】
式(2)中、1つのマレイミド基を含む有機基としては、成分Aのチオール基と反応すれば問題ないが、例えば下記式(7)で表される基が挙げられる。
【0028】
【化3】
【0029】
式(7)中、a4は2~6の整数を表し、a5は2~6の整数を表し、Rは水素原子またはメチル基を表す。化合物の入手のし易さから、1つのマレイミド基を含む有機基としては、a4が2または3であることが好ましく、a5が2または5であることが好ましく、Rが水素原子であることが好ましい。
【0030】
前記式(2)中、nは25~500の整数を表し、好ましくは50~300、より好ましくは100~250である。nが25より小さい場合、架橋点(反応点)間の距離が短くなるために、形成されるハイドロゲルの柔軟性が低下し、nが500を超える場合、ポリエチレングリコール鎖が架橋反応の立体的な障害となるため、ハイドロゲルが形成されない恐れがある。
【0031】
式(2)で表されるポリエチレングリコール誘導体の分子量は4500~90000、好ましくは9000~54000、より好ましくは18000~45000である。
【0032】
本発明の成分Cは、前記式(3)で表されるジブロックポリマーを含み、表面に少なくとも1つ以上のZを有するポリマーミセルである。
前記式(3)で表されるジブロックポリマーにおいて、Zは1つのアルデヒド基または1つのマレイミド基を含む有機基を表す。
【0033】
式(3)中、1つのアルデヒド基を含む有機基としては、成分Aのアミノ基と反応すれば問題ないが、例えば下記式(8)で表される基が挙げられる。

-(CHa6-CHO ・・・(8)
【0034】
式(8)中、a6は2~6の整数を表し、化合物の入手のし易さからa6は2または3が好ましい。
【0035】
式(3)中、1つのマレイミド基を含む有機基としては、成分Aのチオール基と反応すれば問題ないが、例えば下記式(9)で表される基が挙げられる。
【0036】
【化4】
【0037】
式(9)中、a7は2~6の整数を表し、a8は2~6の整数を表し、Rは水素原子またはメチル基を表す。化合物の入手のし易さから、1つのマレイミド基を含む有機基としては、a7が2または3であることが好ましく、a8が2または5であることが好ましく、Rが水素原子であることが好ましい。
【0038】
式(3)で表されるジブロックポリマー中、PEGはポリエチレングリコール鎖を表す。ポリエチレングリコール鎖とは、エチレンオキシドの重合体からなる、オキシエチレン単位の結合体からなる重合体部分である。ポリエチレングリコール鎖の分子量はポリマーミセルが形成可能な範囲で特に制限はなく、通常1000~10000であり、好ましくは2500~5000である。ポリエチレングリコール鎖の分子量が1000より小さい場合、安定なポリマーミセルが得られない恐れがあり、10000を超える場合、ポリエチレングリコール鎖がポリマーミセル表面のZの架橋反応の障害となるためにハイドロゲルが形成されない恐れがある。
【0039】
式(3)中、polyesterは、生体内で分解性を示す生分解性ポリエステルを表す。好ましくは、生分解性ポリエステルは、D-乳酸、L-乳酸、グリコール酸からなる群より選ばれた一種以上のモノマーの単独重合体または共重合体である。生分解性ポリエステルとしては、形成されるハイドロゲルの柔軟性や粘着性、分解性に応じて、上記の群より選択することができるが、ポリ(DL-乳酸)、および(DL-乳酸)とグリコール酸の共重合体が好ましい。
【0040】
また、生分解性ポリエステルの分子量はポリマーミセルが形成可能な範囲で特に制限はなく、通常2000~20000であり、好ましくは2500~5000である。生分解性ポリエステルの分子量が2000より小さい場合、あるいは20000を超える場合は、安定なポリマーミセルが得られない恐れがある。
【0041】
式(3)で表されるジブロックポリマーは、好ましくは下記式(10)や(11)のポリマーである。
【0042】
【化5】
【0043】
【化6】
【0044】
式(10)、(11)中、Zは、式(8)の置換基または式(9)の置換基である。jは20~250の整数を表し、好ましくは50~150である。kは25~300の整数を表し、好ましくは35~70である。k1およびk2はその和が25~300、好ましくは35~70となるそれぞれ1以上の整数の組合せを表す。
【0045】
式(3)で表されるジブロックポリマーの分子量は、ポリマーミセルが形成可能な範囲で特に制限はなく、通常2700~35000である。
【0046】
前記式(3)で表されるジブロックポリマーは、市販のジブロックポリマーを購入し使用できるほか、Journal of Biomaterials and Nanobiotechnology, 2015, 6, 36などに記載の公知の手法により合成して用いることができる。
【0047】
成分Cのポリマーミセルは、式(3)で表されるジブロックポリマーを含み、表面に少なくとも1つ以上の有機基Zを有するポリマーミセルである。成分Cのポリマーミセルは、式(3)で表されるジブロックポリマー中のPolyesterがコア、PEGがシェルとなった会合体であり、さらに式(3)中の有機基Zがポリマーミセル表面に存在している。
【0048】
なお、成分(C)のポリマーミセルは、ポリマーミセルを形成可能な範囲で他のポリマーを含んでいてもよい。他のポリマーとしては例えば、式(3)中、Zがメチル基であるジブロックポリマーや生分解性ポリエステル等があげられる。成分(C)は、好ましくは前記式(3)で表されるジブロックポリマーのみからなるポリマーミセルである。
成分Cのポリマーミセルの粒子径は、動的光散乱法で測定される流体力学的直径が10~40nmであることが好ましい。
【0049】
また成分Cのポリマーミセルの作製法については特に限定はなく、公知のエマルジョン法、薄膜水和法、透析法を用いることができる。また、ポリマーミセル作製時に薬剤を内包させることで、本発明のハイドロゲルに薬剤徐放機能を付与することもできる。
【0050】
好適な製法は、成分Aの溶液である調製液aを作製する工程と、成分Bと成分Cを含む調製液bを作製する工程と、調製液aと調製液bを混合して塗布してハイドロゲルを形成する工程を有する。
【0051】
調製液aは成分Aを水性媒体(緩衝剤を含んでいてもよい水溶液、さらに、適用または塗布される組織および上記の反応の進行に悪影響を及ぼさない範囲で、水混和性の有機溶媒、例えば、エタノール、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等を含んでいてもよい。)
中に溶解させて作製することができる。
【0052】
調製液bは成分Bと成分Cを水性媒体(緩衝剤を含んでいてもよい水溶液、さらに、適用または塗布される組織および上記の反応の進行に悪影響を及ぼさない範囲で、水混和性の有機溶媒、例えば、エタノール、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等を含んでいてもよい。)中に可溶化(もしくは溶解した)または分散させた混合溶液である。
【0053】
調製液bの作製方法としては、例えば、成分Bを水性媒体中に溶解させた調整液bと、成分Cを水性媒体中に分散させた調整液bを混合することで作製することができる。
【0054】
更にこれらの調製液のいずれか一方または両方に、医薬注射剤を調製するときに常用される添加剤、単糖類、天然アミノ酸類、無機塩類、等を、本発明の目的に反しない限り、加えてもよい。さらに、適用する患部の組織に適する場合には、例えば、創傷治癒に有効な各種増殖因子(TGF-β、PDGF-AB等)を含んでいてもよい。
【0055】
更にまた、本調整液aと調整液bのpHは生体内で使用することから、5~10に調節するのがよい。
【0056】
本発明の調製液aと調製液bを混合して塗布しハイドロゲルを形成する工程において、本発明のハイドロゲルは下記式(f1)、(f2)、(f3)で表される条件を共に満たす。

1.2mmol/L≦(成分Aのモル濃度)+(成分Bのモル濃度)≦4.0mmol/L・・・(f1)

1.0≦(成分Aのモル濃度)÷(成分Bのモル濃度)≦4.0・・・(f2)

0.1≦(成分Bのモル濃度)÷(成分Cのポリマーのモル濃度)≦0.75 ・・・(f3)
【0057】
(成分Aのモル濃度)は、調製液a作製時に溶解させた前記式(1)で表されるポリエチレングリコール誘導体の仕込みmol数と、調整液a、調整液bに使用した水性媒体の総容量より算出することができる。
【0058】
また、(成分Bのモル濃度)は、調製液b作製時に溶解させた前記式(2)で表されるポリエチレングリコール誘導体の仕込みmol数と、調整液a、調整液bに使用した水性媒体の総容量より算出することができる。
【0059】
更に、(成分Cのポリマーのモル濃度)は、調製液b作製時に溶解させた前記式(3)で表されるジブロックポリマーの仕込みmol数と、調整液a、調整液bに使用した水性媒体の総容量より算出することができる。
【0060】
式(f1)において、「(成分Aのモル濃度)+(成分Bのモル濃度)」の値は、1.2mmol/L以上、4.0mmol/L以下であり、好ましくは1.5~2.5mmol/Lである。「(成分Aのモル濃度)+(成分Bのモル濃度)」の値が4.0mmol/Lを超える場合、架橋構造を構成するポリマー鎖が多いため、得られるハイドロゲルの柔軟性が不足する恐れがある。「(成分Aのモル濃度)+(成分Bのモル濃度)」の値が1.2mmol/L未満の場合、架橋構造を構成するためのポリマー鎖が足りず、ハイドロゲルが形成しない恐れがある。
【0061】
式(f2)において、「(成分Aのモル濃度)÷(成分Bのモル濃度)」の値は1.0以上、4.0以下であり、好ましくは1.5~3.0である。「(成分Aのモル濃度)÷(成分Bのモル濃度)」の値が4.0を超える場合、架橋反応のできない成分Aが多量に残存し、ハイドロゲルが形成しない恐れがある。「(成分Aのモル濃度)÷(成分Bのモル濃度)」の値が1.0未満の場合、成分Cと反応するための成分Aが不足し、架橋構造にミセルが組み込まれず、ハイドロゲルの粘着性が不足する恐れがある。
【0062】
式(f3)において、「(成分Bのモル濃度)÷(成分Cのポリマーのモル濃度)」の値は0.1以上、0.75以下であり、好ましくは0.11~0.5である。「(成分Bのモル濃度)÷(成分Cのポリマーのモル濃度)」の値が0.1未満の場合、成分Aと成分Bの反応による架橋構造が十分に形成されず、ハイドロゲルが形成しない恐れがある。「(成分Bのモル濃度)÷(成分Cのポリマーのモル濃度)」の値が0.75を超える場合、架橋構造に導入されるポリマーミセルが少ないため、得られるハイドロゲルの粘着性が不足する恐れがある。
【0063】
また、各成分のモル濃度は、上記式(f1)、(f2)、(f3)を共に満たし、且つハイドロゲルを形成可能な範囲で適宜選択できるが、通常(成分Aのモル濃度)は0.6~3.0mmol/Lであり、(成分Bのモル濃度)は0.3~2.3mmol/Lであり、(成分Cのポリマーのモル濃度)は1.0~10.0mmol/Lである。
【0064】
式(f1)、(f2)、(f3)を共に満たす本発明のハイドロゲルは、成分Aと成分Bの架橋構造に成分Cのポリマーミセルを組み込むことにより、ハイドロゲル中に運動が束縛されていないポリマー鎖、すなわち、前記式(1)または(2)で表されるポリエチレングリコール誘導体に架橋反応に関与しないポリエチレングリコール鎖が残存する。このポリエチレングリコール鎖は高分子としての粘性を有しているため、本発明のハイドロゲル内に存在することで、ハイドロゲルに粘着性を付与することができる。
【0065】
更に、本発明のハイドロゲルは、一般的な化学架橋ハイドロゲルと異なり、架橋構造の中にポリマーミセルを有する。ポリマーミセルはジブロックポリマーの疎水性相互作用による会合体であるため、ポリマーミセル内のジブロックポリマーはすべり運動が可能である。このすべり運動が可能なことにより、本発明のハイドロゲルは粘性体としての性質が強くなるため、粘着性や柔軟性を付与することができる。
【0066】
本発明の調製液aと調製液bを混合して塗布しゲルを形成する工程において、本発明のハイドロゲルにおける、前記式(1)中のXと、前記式(2)中のYと、前記式(3)に由来するポリマーミセル表面のZの組み合わせとしては、ハイドロゲルを形成可能であれば問題ないが、例えばXが1つのアミノ基を含む有機基、Yが1つの活性エステル基を含む有機基、Zが1つのアルデヒド基を含む有機基の組み合わせ、Xが1つのチオール基を含む有機基、Yが1つの活性エステル基を含む有機基、Zが1つのマレイミド基を含む有機基の組み合わせ、Xが1つのチオール基を含む有機基、Yが1つのマレイミド基を含む有機基、Zが1つのマレイミド基を含む有機基の組み合わせが挙げられる。アルデヒド基を介した生体組織との可逆的な結合により、粘着性が向上することから、Xが1つのアミノ基を含む有機基、Yが1つの活性エステル基を含む有機基、Zが1つのアルデヒド基を含む有機基の組み合わせが好ましい。
【0067】
また、調製液aと調製液bを混合する方法としては、公知の方法が利用可能であり、例えば塗布前に混合し、ゲル化前に患部に塗布する方法の他、2成分を別個のチャンバー内に保管できるシリンジから、混合チップまたはスプレーすることで2成分を混合し、患部に塗布することができる。
【0068】
以上のように、本発明のハイドロゲルは、合成系で感染リスクがなく、毒性のないポリマーで構成されているほか、柔軟性と粘着性に優れているため肺や血管等の組織の動きに追従する必要がある箇所のシーラントとして適している。更に生体組織と結合可能な有機基を有していることから組織接着性にも優れるため、吻合部を剥がれや漏れなく安定的に被覆することが可能である。
【実施例
【0069】
以下、本発明を実施例により説明する。しかし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0070】
(作製例1:調製液aの作製)
日油(株)社製SUNBRIGHT PTE-200PA(前記式(1)中、mが114、Xがアミノプロピル基)25mg(1.25μmol)をCarmody緩衝液(pH=8)0.5mLに溶解させ、調製液a-1を得た。また、調製液a-1をCarmody緩衝液(pH=8)で10倍に希釈することによって、調製液a-2を得た。
【0071】
日油(株)社製SUNBRIGHT PTE-400PA(前記式(1)中、mが227、Xがアミノプロピル基)50mg(1.25μmol)をCarmody緩衝液(pH=8)0.5mLに溶解させ、調製液a-3を得た。
【0072】
(作製例2:調製液bの作製)
(調整液bの作製)
(作製例2-1)
末端ジエトキシプロピル化ポリエチレングリコール-block-ポリ(DL-乳酸)(ポリエチレングリコール分子量4400-ポリ乳酸分子量4200)100mgをジメチルアセトアミド0.4mLに溶解させ、水に対して透析することでポリマーミセルを形成させた。回収したポリマーミセル溶液について、塩酸でpHを2として室温で2時間撹拌し、アセタール基をアルデヒド基へと脱保護した。pHを8に調整した後、脱塩のため再び水に対して透析した。最後に濃縮を行い、ポリマー濃度が20wt%(23.3μmol/mL)のポリマーミセル溶液を作製した。動的光散乱(Malvern社製 Zetasizer NanoZS)により測定した、ポリマーミセルの流体力学的直径は27nmであった。
【0073】
(作製例2-2)
末端ジエトキシプロピル化ポリエチレングリコール-block-ポリ(DL-乳酸)(ポリエチレングリコール分子量4000-ポリ乳酸分子量3600)30mgをジメチルアセトアミド0.12mLに溶解させ、水に対して透析することでポリマーミセルを形成させた。回収したポリマーミセル溶液について、塩酸でpHを2として室温で2時間撹拌し、アセタール基をアルデヒド基へと脱保護した。pHを8に調整した後、脱塩のため再び水に対して透析した。最後に濃縮を行い、ポリマー濃度が7.55wt%(10μmol/mL)のポリマーミセル溶液を作製した。動的光散乱(Malvern社製 Zetasizer NanoZS)により測定した、ポリマーミセルの流体力学的直径は22nmであった。
【0074】
(調整液bと調整液bの作製)
(作製例2-3)
日油(株)社製SUNBRIGHT PTE-200GS(前記式(2)中、nが114、Xがスクシンイミジルグルタレート基)12.5mg(0.63μmol)をCarmody緩衝液(pH=8)0.25mLに溶解させた。これに作製例2-1のミセル溶液0.25mLを混合して調整液b-1を作製した。
【0075】
(作製例2-4)
日油(株)社製SUNBRIGHT PTE-400GS(前記式(2)中、nが227、Xがスクシンイミジルグルタレート基)25mg(0.63μmol)をCarmody緩衝液(pH=8)0.25mLに溶解させた。これに作製例2-2のミセル溶液0.25mLを混合して調整液b-2を作製した。
【0076】
(作製例2-4)
日油(株)社製SUNBRIGHT PTE-400GS(前記式(2)中、nが227、Xがスクシンイミジルグルタレート基)12.5mg(0.31μmol)をCarmody緩衝液(pH=8)0.125mLに溶解させた。これに作製例2-2のミセル溶液0.375mLを混合して調整液b-3を作製した。
【0077】
(作製例2-5)
作製例2-1のミセル溶液0.5mLをそのまま調製液b-4とした。
【0078】
(実施例1-1、1-2の調製)
実施例1-1、実施例1-2について、調製液aおよび調製液bを0.5mLずつバイアル中で混合した。調製液aと調整液bの組合せ、および組成物中の成分A、成分B、成分Cの含量ならびに各比率を表1に示す。
【0079】
(ゲル化の有無)
次いで、静置した後にバイアルを傾け、液体の流動性がなくなった時点でゲル化とし、ゲル化の有無、およびゲル化までに要した時間(ゲル化時間)を記録した。結果を表1に示す。
【0080】
(ハイドロゲルの動的粘弾性測定)
ゲルが形成した実施例1-1および実施例1-2について、調製液aと調製液b等量を2液混合シリンジで混合しながらレオメーター(Thermo Electron社製、RheoStress600)上に0.1mL吐出し、吐出60分後の貯蔵弾性率および損失弾性率を測定した。
【0081】
(ハイドロゲルの粘着性評価)
実施例1-1および実施例1-2で形成した、バイアル中のハイドロゲルに対し、直径1.5mmの木製の棒を5mm押し込んだ後、棒を持ち上げた。持ち上げた際にハイドロゲルが粘りつき一緒に持ち上がった場合を「粘着性あり」、ゲルが棒に粘りつかず元の形状に戻った場合を「粘着性なし」とした。
動的粘弾性測定および粘着性評価の結果を表1に示す。
【0082】
【表1】
【0083】
以上の結果より、実施例のハイドロゲルは迅速にゲル化し、低い貯蔵弾性率および損失弾性率を示し柔軟性に優れ、また粘着性を示すことがわかった。
【0084】
(比較例1-1、1-2)
比較例1-1、比較例1-2について、調製液aおよび調製液bを0.5mLずつバイアル中で混合した。調製液aと調整液bの組合せ、および組成物中の成分A、成分B、成分Cの含量ならびに各比率を表2に示す。
静置した後にバイアルを傾け、液体の流動性がなくなった時点でゲル化とし、ゲル化の有無、およびゲル化までに要した時間(ゲル化時間)を記録した。結果を表2に示す。
【0085】
【表2】
【0086】
このように、比較例では、ゲル化が観察されなかった。