(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-18
(45)【発行日】2022-01-26
(54)【発明の名称】分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維
(51)【国際特許分類】
D06M 15/53 20060101AFI20220119BHJP
D06M 15/568 20060101ALI20220119BHJP
D21H 13/50 20060101ALI20220119BHJP
C08J 5/04 20060101ALI20220119BHJP
【FI】
D06M15/53
D06M15/568
D21H13/50
C08J5/04 CES
C08J5/04 CFD
C08J5/04 CFG
(21)【出願番号】P 2018559543
(86)(22)【出願日】2017-12-26
(86)【国際出願番号】 JP2017046774
(87)【国際公開番号】W WO2018124130
(87)【国際公開日】2018-07-05
【審査請求日】2020-06-09
(31)【優先権主張番号】P 2016256170
(32)【優先日】2016-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(73)【特許権者】
【識別番号】591018051
【氏名又は名称】明成化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100104592
【氏名又は名称】森住 憲一
(72)【発明者】
【氏名】酒井 智貴
(72)【発明者】
【氏名】川井 弘之
(72)【発明者】
【氏名】早川 友浩
(72)【発明者】
【氏名】楠木 敏道
【審査官】荒木 英則
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第04094797(US,A)
【文献】特開2005-281665(JP,A)
【文献】国際公開第2016/039218(WO,A1)
【文献】特開2015-044319(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29B11/16
B29B15/08-15/14
C08J 5/04- 5/10
C08J 5/24
D06M13/00-15/715
D21H13/10
D21H13/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)
およびポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)を含む分散剤が、分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて0.1~20質量%の量で付着した熱可塑性樹脂繊維。
【請求項2】
前記グリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)は、フェニルグリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体である、請求項1に記載の熱可塑性樹脂繊維。
【請求項3】
前記フェニルグリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)は、フェニルグリシジルエーテルとエチレンオキサイドとのランダム共重合体、またはフェニルグリシジルエーテルとエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとのランダム共重合体である、請求項2に記載の熱可塑性樹脂繊維。
【請求項4】
前記熱可塑性樹脂繊維は、ポリエーテルイミド繊維、ポリアミド繊維、ポリエステル繊維、ポリオレフィン繊維、ポリエーテルエーテルケトン繊維およびポリカーボネート繊維からなる群から選択される1種以上の繊維である、請求項1~
3のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維。
【請求項5】
前記熱可塑性樹脂繊維は、円形構造、楕円構造、三角構造、十字構造、芯鞘構造、海島構造、多ヒダ構造、中空構造およびサイドバイサイド構造からなる群から選択される1つ以上の構造を有する、請求項1~
4のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維。
【請求項6】
分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて0.5~10質量%の量で分散剤が付着した、請求項1~
5のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維。
【請求項7】
請求項1~
6のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維の、該熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を含んでなるスラリーにおける該炭素繊維のための分散剤としての使用。
【請求項8】
グリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)を含む分散剤が、分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて0.1~20質量%の量で付着した熱可塑性樹脂繊維の、該熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を含んでなるスラリーにおける該炭素繊維のための分散剤としての使用。
【請求項9】
請求項1~
6のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を含んでなるスラリー。
【請求項10】
グリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)を含む分散剤が、分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて0.1~20質量%の量で付着した熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を含んでなるスラリー。
【請求項11】
前記炭素繊維100質量部に対して前記熱可塑性樹脂繊維40~900質量部を含んでなる、請求項9
または10に記載のスラリー。
【請求項12】
請求項9
~11のいずれかに記載のスラリーを抄紙および乾燥して得られる不織布。
【請求項13】
請求項1~
6のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維とに基づく不織布であって、不織布中の分散剤の量は、不織布中の熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて0.01~1.0質量%である、不織布。
【請求項14】
グリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)を含む分散剤が、分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて0.1~20質量%の量で付着した熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維とに基づく不織布であって、不織布中の分散剤の量は、不織布中の熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて0.01~1.0質量%である、不織布。
【請求項15】
表面における0.1mm以上の繊維束幅を有する炭素繊維束が2000個/m
2以下である、請求項
12~14のいずれかに記載の不織布。
【請求項16】
請求項
12~
15のいずれかに記載の不織布に基づく、炭素繊維強化複合成形体。
【請求項17】
表面における0.1mm以上の繊維束幅を有する炭素繊維束が2000個/m
2以下である、請求項
16に記載の炭素繊維強化複合成形体。
【請求項18】
請求項
16または
17に記載の炭素繊維強化複合成形体において、前記熱可塑性樹脂繊維はマトリックス樹脂として作用する、炭素繊維強化複合成形体。
【請求項19】
請求項9
~11のいずれかに記載のスラリーを抄紙および乾燥すること、並びに
得られた不織布を加熱加圧成形すること
を含む、炭素繊維強化複合成形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維に関する。更に詳しくは、本発明は、炭素繊維を有効に分散させることができる、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維に関する。本発明はまた、前記熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を含んでなるスラリー、前記熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維とに基づく不織布、前記不織布に基づく炭素繊維強化複合成形体、および前記炭素繊維強化複合成形体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維などの強化繊維からなる不織布にマトリックス樹脂を含浸してなる複合成形材料は知られており、自動車または航空機部材などに使用されている。
【0003】
このような複合成形材料は、例えば、炭素繊維の湿式不織布と熱可塑性樹脂フィルムとを積層し、得られた積層体を熱プレス成形することによって、該熱可塑性樹脂フィルムを溶融させて炭素繊維不織布中に含浸させることにより製造される。
【0004】
他の製造方法としては、例えば、炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維とを抄紙法により混抄して湿式不織布とし、該不織布を熱プレスすることによって、不織布中の熱可塑性樹脂繊維を溶融させて成形体とする方法も知られている。この製法は、成形体中の炭素繊維がマトリックス樹脂(溶融した熱可塑性樹脂繊維)に良好に分散した形態となって成形体の高い機械的性質を得やすい観点から、また製造方法の簡便さの観点から好ましい。
【0005】
例えば、特許文献1には、強化繊維と、熱可塑性樹脂を含むマトリックス樹脂と、バインダー成分とを含む繊維強化プラスチック成形体用基材、および湿式不織布法で抄紙する工程を含む、繊維強化プラスチック成形体用基材の製造方法が開示されており、前記湿式不織布法において、強化繊維としての炭素繊維の分散性を向上させるために、炭素繊維を添加した水中に水溶液形態の分散剤を添加してよいことが記載されている。
また、特許文献2には、特定の割合の(A)トリメチロールプロパンのエチレンオキシド付加物のモノ脂肪酸エステル化物および(B)アニオン界面活性剤からなる疎水性繊維抄紙用分散剤、前記抄紙用分散剤を疎水性繊維に付着させることにより得られた抄紙用合成繊維、および前記合成繊維を湿式抄紙することにより得られた不織布が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-20421号公報
【文献】特開2006-77379号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
抄紙法を用いて炭素繊維から湿式不織布を作製する際、炭素繊維を水系分散媒に良好に分散させることが重要である。この分散が不良であると、例えば、炭素繊維が一塊の「束」の状態で成形体中に点在し、そこが欠点となって成形体の機械的性質が低下するなどの問題が生じ得る。
【0008】
特許文献1では、分散剤が束状の炭素繊維(CF)の間に入り込むのに時間がかかって炭素繊維を分散させる時間が嵩む上、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)として複合する際に、分散不良で生じた束状CFの間にマトリックス樹脂が入り込めずに、曲げ強度および耐衝撃性などが低下するといった問題が生じ得ることが、本発明者らの検討により見出された。
また、特許文献2には、紅茶パックなどの濾過袋、ウェットティッシュまたは紙おむつなどに使用される不織布の湿式抄紙法による製造方法において、予めポリオレフィン系樹脂またはポリエステル系樹脂などの疎水性繊維に疎水性繊維抄紙用分散剤を付与して抄紙用合成繊維を得、得られた合成繊維を抄紙することは記載されている。しかし、同文献には、炭素繊維などの強化繊維の分散性改良についての解決策は示されていない。
【0009】
従って、本発明の目的は、炭素繊維を有効に分散させることができる、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維について詳細に検討を重ね、本発明を完成させるに至った。
【0011】
即ち、本発明は、以下の好適な態様を包含する。
〔1〕グリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)を含む分散剤が、分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて0.1~20質量%の量で付着した熱可塑性樹脂繊維。
〔2〕前記グリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)は、フェニルグリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体である、前記〔1〕に記載の熱可塑性樹脂繊維。
〔3〕前記フェニルグリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)は、フェニルグリシジルエーテルとエチレンオキサイドとのランダム共重合体、またはフェニルグリシジルエーテルとエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとのランダム共重合体である、前記〔2〕に記載の熱可塑性樹脂繊維。
〔4〕前記分散剤はポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)を更に含む、前記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維。
〔5〕前記熱可塑性樹脂繊維は、ポリエーテルイミド繊維、ポリアミド繊維、ポリエステル繊維、ポリオレフィン繊維、ポリエーテルエーテルケトン繊維およびポリカーボネート繊維からなる群から選択される1種以上の繊維である、前記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維。
〔6〕前記熱可塑性樹脂繊維は、円形構造、楕円構造、三角構造、十字構造、芯鞘構造、海島構造、多ヒダ構造、中空構造およびサイドバイサイド構造からなる群から選択される1つ以上の構造を有する、前記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維。
〔7〕分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて0.5~10質量%の量で分散剤が付着した、前記〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維。
〔8〕前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維の、該熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を含んでなるスラリーにおける該炭素繊維のための分散剤としての使用。
〔9〕前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を含んでなるスラリー。
〔10〕前記炭素繊維100質量部に対して前記熱可塑性樹脂繊維40~900質量部を含んでなる、前記〔9〕に記載のスラリー。
〔11〕前記〔9〕または〔10〕に記載のスラリーを抄紙および乾燥して得られる不織布。
〔12〕前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維とに基づく不織布であって、不織布中の分散剤の量は、不織布中の熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて0.01~1.0質量%である、不織布。
〔13〕表面における0.1mm以上の繊維束幅を有する炭素繊維束が2000個/m2以下である、前記〔11〕または〔12〕に記載の不織布。
〔14〕前記〔11〕~〔13〕のいずれかに記載の不織布に基づく、炭素繊維強化複合成形体。
〔15〕表面における0.1mm以上の繊維束幅を有する炭素繊維束が2000個/m2以下である、前記〔14〕に記載の炭素繊維強化複合成形体。
〔16〕前記〔14〕または〔15〕に記載の炭素繊維強化複合成形体において、前記熱可塑性樹脂繊維はマトリックス樹脂として作用する、炭素繊維強化複合成形体。
〔17〕前記〔9〕または〔10〕に記載のスラリーを抄紙および乾燥すること、並びに
得られた不織布を加熱加圧成形すること
を含む、炭素繊維強化複合成形体の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
分散剤が付着した本発明の熱可塑性樹脂繊維を使用することにより、炭素繊維を有効に分散させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の熱可塑性樹脂繊維は、グリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)を含む分散剤が付着した繊維である。
【0014】
<分散剤>
本発明の繊維に付着されている分散剤は、グリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)を含む。前記ランダム共重合体(A)は、好ましくは、フェニルグリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体であり、より好ましくは、フェニルグリシジルエーテルとエチレンオキサイドとのランダム共重合体またはフェニルグリシジルエーテルとエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとのランダム共重合体である。
熱可塑性樹脂繊維に上記分散剤を付着させることにより、炭素繊維を有効に分散させることができる。そのため、本発明の熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を含んでなるスラリーにおいて、短時間かつ弱撹拌で炭素繊維は良好に分散される。即ち、本発明の熱可塑性樹脂繊維は、前記スラリーにおいては、炭素繊維のための分散剤として作用する。また、本発明の熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維とに基づく不織布から製造した炭素繊維強化複合成形体は、良好に分散された炭素繊維に起因して、改善された機械的性質を有する。前記炭素繊維強化複合成形体においては、本発明の熱可塑性樹脂繊維は、マトリックス樹脂として作用する。即ち、本発明の熱可塑性樹脂繊維は、前記スラリーおよび前記不織布には、マトリックス樹脂前駆体として含まれる。ここで、マトリックス樹脂(またはマトリックス)とは、複合成形体において強化繊維を結合する母材を意味することから、炭素繊維強化複合成形体において熱可塑性樹脂繊維がマトリックス樹脂として作用するとは、炭素繊維強化複合成形体において熱可塑性樹脂繊維がマトリックスの少なくとも一部を形成することを意味する。
【0015】
<ランダム共重合体(A)>
ランダム共重合体(A)は、グリシジルエーテル(GE)およびアルキレンオキサイド(AO)に基づき、下記化学式(1):
【化1】
[式中、lおよびmは1以上の整数であり、GEおよびAOの配列順序はランダムである]
で示される構造単位を有する。
【0016】
グリシジルエーテル(GE)は、炭素繊維を分散させやすい観点から、アルキル炭素数1~18のアルキルグリシジルエーテル、アリルグリシジルエーテル、フェニルグリシジルエーテルおよびナフチルグリシジルエーテルからなる群から選択されることが好ましく、フェニルグリシジルエーテルであることがより好ましい。
【0017】
アルキレンオキサイド(AO)は、1種以上のアルキレンオキサイドであってよく、例えばアルキレンオキサイド(AO)が2種のアルキレンオキサイド(AO1)および(AO2)である場合は、ランダム共重合体(A)は、下記化学式(2):
【化2】
[式中、l、m1およびm2は1以上の整数であり、GE、AO1およびAO2の配列順序はランダムである]
で示される構造単位を有する。
アルキレンオキサイド(AO)は、直鎖または分岐であってよく、アルキレンオキサイドの反応性(前記化学式(1)で示されるランダム共重合体の合成のしやすさ)およびアルキレンオキサイドの入手しやすさの観点から、炭素数1~4の直鎖または分岐アルキレンオキサイドが好ましく、炭素数2~3の直鎖または分岐アルキレンオキサイドがより好ましく、エチレンオキサイド、またはエチレンオキサイドおよびプロピレンオキサイドが特に好ましい。
【0018】
一態様では、m1またはm2は、好ましくは60以上の整数、より好ましくは150以上の整数である。
【0019】
共重合比AO:GEは、好ましくは70:30~99.5:0.5、より好ましくは80:20~99.5:0.5、特に好ましくは80:20~99:1である。
ここで、共重合比AO:GEとは、ランダム共重合体(A)における、アルキレンオキサイドとグリシジルエーテルとの質量比であり、例えば、核磁気共鳴スペクトル(1H-NMR)を用いて下記測定条件下で測定される。
<測定条件>
機器:製品名「JNM-AL400」(日本電子株式会社製)
観測核:1H
観測範囲:7992.01Hz
データポイント数:32768
パルス幅:5.80μsec
待ち時間:50.00μsec
積算回数:512
測定温度:25℃
測定溶媒:重水素化クロホルム
試料濃度:0.01g/mL
ランダム共重合体(A)における共重合比が上記範囲内であると、炭素繊維を分散させやすい。
【0020】
より好ましいランダム共重合体(A)である、フェニルグリシジルエーテル(PGE)とエチレンオキサイド(EO)とのランダム共重合体またはフェニルグリシジルエーテルとエチレンオキサイドとプロピレンオキサイド(PO)とのランダム共重合体は、下記化学式(3):
【化3】
[式中、lおよびnは1以上の整数であり、mは0以上の整数であり、PGE、EOおよびPOの配列順序はランダムである。]
で示される構造単位を有する。
【0021】
lは、1以上の整数であり、mは、0以上の整数である。nは1以上の整数であり、好ましくは60以上であり、特に好ましくは150以上である。
【0022】
共重合比EO:PGEは、好ましくは70:30~99.5:0.5、より好ましくは80:20~99.5:0.5、特に好ましくは80:20~99:1である。また、POの共重合比は、好ましくは30以下、より好ましくは20以下、特に好ましくは10以下である。
ここで、共重合比EO:PGEとは、ランダム共重合体(A)におけるエチレンオキサイドとフェニルグリシジルエーテルの質量比であり、POの共重合比とは、ランダム共重合体(A)におけるプロピレンオキサイドの質量比であり、例えば、先に記載したような測定条件下で核磁気共鳴スペクトル(1H-NMR)を用いて測定される。
ランダム共重合体(A)における共重合比が上記範囲内であると、炭素繊維を分散させやすい。
【0023】
ランダム共重合体(A)の重量平均分子量Mwは、炭素繊維の分散性の観点から大きいほうが好ましく、例えば、好ましくは4,000~10,000,000、より好ましくは4,000~1,000,000、特に好ましくは10,000~200,000である。
重量平均分子量Mwは、例えば、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて下記測定条件下で測定される。
<測定条件>
装置:製品名「LC-10AD」(株式会社島津製作所製)
検出器:示差屈折率検出器(RID)
カラム:製品名「SHODEX KF-804」(昭和電工株式会社製)
測定温度:30℃
溶離液:THF
流速:1.0mL/分
サンプル濃度:0.2質量%(THF)
サンプル注入量:100μL
換算標準:ポリエチレンオキサイド
ランダム共重合体(A)の重量平均分子量が上記範囲内であると、炭素繊維を分散させやすい。
【0024】
ランダム共重合体(A)の分子量分布(重量平均分子量Mw/数平均分子量Mn)は、特に限定されないが、好ましくは5以下、より好ましくは3以下、特に好ましくは2以下である。数平均分子量Mnは、上記した重量平均分子量Mwの測定と同様、例えばゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて測定される。ランダム共重合体(A)の分子量分布が上記範囲内であると、例えば水溶液としてランダム共重合体(A)を使用する場合に取扱いやすい粘度を有しやすく、炭素繊維を分散させやすい。
【0025】
ランダム共重合体(A)のランダム度は、特に限定されない。
【0026】
<ランダム共重合体(A)の製造>
ランダム共重合体(A)は、グリシジルエーテルおよびアルキレンオキサイドを、好ましくは先に記載した共重合比で、共重合させることにより製造することができる。
グリシジルエーテルおよびアルキレンオキサイドの共重合は、溶液重合法または溶媒スラリー重合法などの公知の方法を用いて行うことができ、例えば、不活性ガス雰囲気下、室温で適当な触媒を適当な溶媒に加えて得た溶液に、所定量のグリシジルエーテルおよびアルキレンオキサイドを添加して共重合させることにより行うことができる。適当な触媒としては、グリシジルエーテルおよびアルキレンオキサイドからランダム共重合体を生成するために用いられる一般的な触媒を用いることができ、その例としては、有機アルミニウム系触媒、有機亜鉛系触媒、有機スズ・リン酸エステル縮合物触媒、水酸化カリウムおよびナトリウムメトキシドなどのアルカリ金属水酸化物触媒、アルカリ金属のアルコキシド、並びにそれらを組み合わせた触媒組成物が挙げられる。これらの中でも、触媒活性の強さ、並びに重合度の調整および取扱いの容易さの観点から、有機アルミニウム系触媒と、アルカリ金属のアルコキシドまたはアルカリ金属水酸化物とを含む触媒組成物を使用することが好ましい。適当な溶媒としては、グリシジルエーテルおよびアルキレンオキサイドからランダム共重合体を生成するために用いられる一般的な溶媒を使用することができ、その例としては、エーテル類、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、ハロゲン系溶媒、ケトン類など、およびこれら溶媒の2つ以上の混合物が挙げられる。これらの中でも、生成されるランダム共重合体が乾燥されやすく、溶媒中に溶解しないために粉体のまま凝集を伴わずに取り扱うことができるという観点から、n-ブタン、イソブタン、n-ペンタン、シクロペンタン、工業用ヘキサン、n-ヘキサン、イソヘキサン、シクロヘキサン、n-ヘプタン、n-オクタンまたはイソオクタンを使用することが好ましく、また、溶媒中に溶解するため溶液のまま取り扱うことができるという観点から、トルエンまたはキシレンを使用することが好ましい。共重合を実施する際の反応温度(共重合温度)は、一般的な温度であれば特に限定されず、例えば150℃以下、好ましくは50℃以下であってよい。共重合反応後、反応液を濾過または濃縮し、残渣を一般的な方法で(例えば真空乾燥機を用いて)乾燥させることにより、グリシジルエーテルとアルキレンオキサイドとのランダム共重合体(A)を粘稠液体または固体として得ることができる。
【0027】
ランダム共重合体(A)として、市販のフェニルグリシジルエーテル・エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体を使用することもでき、その例として、明成化学工業株式会社製のアルコックス(登録商標)CP-B1およびCP-B2などを挙げることができる。
【0028】
本発明の熱可塑性樹脂繊維に付着している分散剤は、ランダム共重合体(A)に加えて、好ましくは、ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)を更に含む。
【0029】
<ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)>
ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)は、好ましくは、ポリエチレングリコールおよび/またはエチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体である二官能性ポリオールとヘキサメチレンジイソシアネートとに基づく。
【0030】
重合比(二官能性ポリオール:ヘキサメチレンジイソシアネート)は、好ましくは99.5:0.5~60:40、より好ましくは99.5:0.5~80:20、特に好ましくは99:1~95:5である。ここで、重合比(二官能性ポリオール:ヘキサメチレンジイソシアネート)とは、ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)における二官能性ポリオールとヘキサメチレンジイソシアネートとの質量比であり、例えば、先に記載したように核磁気共鳴スペクトル(1H-NMR)を用いて測定される。ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)における重合比が上記範囲内であると、ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の水溶性が向上し、炭素繊維に対する濡れ性が向上するため、炭素繊維を分散させやすい。
【0031】
ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の重量平均分子量Mwは、好ましくは5,000~1,000,000、より好ましくは10,000~1,000,000、特に好ましくは20,000~100,000である。重量平均分子量Mwは、例えば、先に記載したようにゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて測定することができる。ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の重量平均分子量が上記範囲内であると、炭素繊維を分散させやすい。
【0032】
ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の分子量分布(Mw/Mn)は、特に限定されない。
【0033】
<ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の製造>
ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)は、例えば、ポリエチレングリコールおよび/またはエチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体である二官能性ポリオールとヘキサメチレンジイソシアネートとを、好ましくは先に記載した重合比で、重合させることにより製造することができる。
【0034】
<ポリエチレングリコール>
ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)を製造するための二官能性ポリオールの1つであるポリエチレングリコールの重量平均分子量Mwは、好ましくは200~300,000、より好ましくは400~200,000、特に好ましくは400~20,000である。重量平均分子量Mwは、例えば、先に記載したようにゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて測定される。ポリエチレングリコールの重量平均分子量が上記範囲内であると、ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の水溶性が向上し、炭素繊維に対する濡れ性が向上するため、炭素繊維を分散させやすい。
【0035】
ポリエチレングリコールの分子量分布(Mw/Mn)は、特に限定されない。
【0036】
そのようなポリエチレングリコールは、例えば、三洋化成工業株式会社から「PEGシリーズ」の商品名で、または明成化学工業株式会社から「アルコックスシリーズ」の商品名で市販されている。
【0037】
<エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体>
ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)を製造するための二官能性ポリオールの1つであるエチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体は、エチレンオキサイド(EO)およびプロピレンオキサイド(PO)に基づく。
【0038】
共重合比EO:POは、好ましくは90:10~10:90である。ここで、共重合比EO:POとは、エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体におけるエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとの質量比であり、例えば、先に記載したように核磁気共鳴スペクトル(1H-NMR)を用いて測定される。エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体における共重合比が上記範囲内であると、炭素繊維を分散させやすい。
【0039】
エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体の重量平均分子量Mwは、好ましくは200~150,000、より好ましくは400~110,000、特に好ましくは400~20,000である。重量平均分子量Mwは、例えば、先に記載したようにゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて測定される。エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体の重量平均分子量が上記範囲内であると、炭素繊維を分散させやすい。
【0040】
エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体の分子量分布(Mw/Mn)は、特に限定されない。
【0041】
エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体のランダム度は、特に限定されない。
【0042】
エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体は、エチレンオキサイドおよびプロピレンオキサイドを、好ましくは先に記載した共重合比で、共重合させることにより製造することができる。エチレンオキサイドおよびプロピレンオキサイドの共重合は、特開平7-243178号公報および特開2011-32398号公報などに記載されている公知の方法を用いて行うことができ、例えば、ジオール化合物にエチレンオキサイドおよびプロピレンオキサイドを付加重合させることにより行うことができる。ジオール化合物としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ヘキサメチレングリコールおよびヘキシレングリコールなどを使用することができる。適当な触媒としては、エチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとからランダム共重合体を生成するために用いられる一般的な触媒を用いることができ、その例としては、アルカリ金属の水酸化物、およびアルカリ金属のアルコラートなどが挙げられる。これらの中でも、取扱いの容易さの観点から、水酸化ナトリウムおよび水酸化カリウムを使用することが好ましい。触媒の使用量は、エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体に対し、通常は0.01~1質量%、好ましくは0.05~0.5質量%、より好ましくは0.1~0.3質量%である。適当な溶媒としては、エチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとからランダム共重合体を生成するために用いられる一般的な溶媒を使用することができ、その例としては、トルエンおよびキシレンなどのBTX類が挙げられるが、製造コストの観点から無溶媒で合成することが好ましい。共重合を実施する際の反応温度(共重合温度)は、一般的な温度であれば特に限定されず、例えば80~200℃であってよい。共重合反応後、未反応モノマーや溶媒を除去し、必要に応じて吸着濾過などの方法で触媒を除去することにより、エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体を液体または固体として得ることができる。
【0043】
エチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体として、市販のエチレンオキサイド・プロピレンオキサイドランダム共重合体を使用することもでき、その例として、三洋化成工業株式会社製の「ニューポール(登録商標)75H-90000」、および青木油脂工業株式会社製の「ブラウノンP-13075R」などを挙げることができる。
【0044】
ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)を製造するための、二官能性ポリオールとヘキサメチレンジイソシアネートとの重合は、特開平10-147706号公報、特開2001-354742号公報および特開平7-243178号公報などに記載されている公知の方法を用いて行うことができ、例えば、不活性ガス雰囲気下、二官能性ポリオールを加熱脱水し、冷却後に適当な溶媒に溶解し、その後ヘキサメチレンジイソシアネートおよび適当な触媒を添加して重合させることにより行うことができる。適当な触媒としては、ポリエーテル型ポリウレタン樹脂を生成するために用いられる一般的な触媒を用いることができ、その例として、アミン系触媒(トリエチルアミン、ジメチルシクロヘキシルアミン、テトラメチルエチレンジアミン、ペンタメチルジエチレントリアミン、トリエチレンジアミン、N-メチルモルホリンなど)、錫系触媒(ジブチル錫ジラウレート、トリメチル錫ラウレート、トリメチル錫ヒドロキサイド、ジメチル錫ジラウレートなど)、および鉛系触媒(オレイン酸鉛、2-エチルヘキサン酸鉛、ナフテン酸鉛、オクチル酸鉛など)などが挙げられる。これらの中でも、触媒活性の高さの観点から、ジブチル錫ジラウレートを使用することが好ましい。触媒の使用量は、ポリエーテル型ポリウレタン樹脂100質量部に対し、通常は0.01~5質量部、好ましくは0.05~3質量部、より好ましくは0.1~1質量部である。適当な溶媒としては、ポリエーテル型ポリウレタン樹脂を生成するために用いられる一般的な溶媒を使用することができ、その例として、アセトン、トルエン、キシレン、酢酸エチル、メチルエチルケトン、およびメチルイソブチルケトンなどが挙げられる。これらの中でも、溶媒除去の容易さの観点から、アセトンを使用することが好ましい。重合を実施する際の反応温度(重合温度)は、一般的な温度であれば特に限定されず、例えば20~150℃、好ましくは20~80℃であってよい。重合反応後、溶媒を一般的な方法で除去(例えば留去)し、水に置換することにより、ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の水溶液を得ることができる。
【0045】
ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)として、市販のポリエーテル型ポリウレタン樹脂を使用することもでき、その例として、明成化学工業株式会社製のパルセットHAなどを挙げることができる。
【0046】
<熱可塑性樹脂繊維>
本発明における熱可塑性樹脂繊維は、炭素繊維強化複合成形体のマトリックス樹脂前駆体である熱可塑性樹脂繊維として通常使用される熱可塑性樹脂繊維であれば特に限定されない。そのような熱可塑性樹脂繊維は、好ましくは、ポリエーテルイミド繊維、ポリアミド繊維、ポリエステル繊維、ポリオレフィン繊維、ポリエーテルエーテルケトン繊維およびポリカーボネート繊維からなる群から選択される1種以上の繊維であり、炭素繊維との接着性および成形に適した融点などの観点から、より好ましくは、ポリエーテルイミド繊維、ポリアミド繊維、ポリプロピレン繊維およびポリエーテルエーテルケトン繊維からなる群から選択される1種以上の繊維であり、引張強度などの物性の観点から、特に好ましくは、ポリエーテルイミド繊維、ポリアミド繊維およびポリプロピレン繊維からなる群から選択される1種以上の繊維である。
【0047】
本発明における熱可塑性樹脂繊維の構造は、炭素繊維強化複合成形体のマトリックス樹脂前駆体である熱可塑性樹脂繊維が通常有する構造であれば特に限定されない。そのような構造は、好ましくは、円形構造、楕円構造、三角構造、十字構造、芯鞘構造、海島構造、多ヒダ構造、中空構造およびサイドバイサイド構造からなる群から選択される1つ以上の構造である。
【0048】
本発明における熱可塑性樹脂繊維は、本発明の効果を損なわない範囲で、酸化防止剤、帯電防止剤、ラジカル抑制剤、艶消し剤、紫外線吸収剤、難燃剤および各種無機物などを含んでいてもよい。かかる無機物の具体例としては、カーボンナノチューブ、フラーレン、カーボンブラック、黒鉛および炭化珪素などの炭素材料;タルク、ワラステナイト、ゼオライト、セリサイト、マイカ、カオリン、クレー、パイロフィライト、シリカ、ベントナイトおよびアルミナシリケートなどの珪酸塩材料;セラミックビーズ、酸化珪素、酸化マグネシウム、アルミナ、酸化ジルコニウム、酸化チタンおよび酸化鉄などの金属酸化物;炭酸カルシウム、炭酸マグネシウムおよびドロマイトなどの炭酸塩;硫酸カルシウムおよび硫酸バリウムなどの硫酸塩;水酸化カルシウム、水酸化マグネシウムおよび水酸化アルミニウムなどの水酸化物;ガラスビーズ、ガラスフレークおよびガラス粉などのガラス類;セラミックビーズ;窒化ホウ素などが挙げられる。
【0049】
本発明における熱可塑性樹脂繊維の単糸繊度は、特に限定されず、例えば0.1~50dtexの範囲から選択される。機械的性質の優れた炭素繊維強化複合成形体を得るためには、前駆体となる不織布中の炭素繊維を熱可塑性樹脂繊維によって均一に分散させることが望ましいことから、前記単糸繊度は、好ましくは0.1~40dtex、より好ましくは0.1~15dtex、より好ましくは0.1~10dtex、より好ましくは0.2~9dtex、特に好ましく0.3~8dtex(例えば0.3~5dtex)である。単糸繊度が上記範囲内であると、炭素繊維を熱可塑性樹脂繊維によって均一に分散させやすく、湿式抄紙法で不織布を製造する場合に工程中での良好な濾水性が得やすい。
【0050】
本発明における熱可塑性樹脂繊維の単繊維の平均繊維長は、通常0.5~60mm、好ましくは1~55mm、より好ましくは3~50mmである。平均繊維長が上記範囲内であると、不織布製造過程に繊維が脱落しにくく、湿式抄紙で不織布を製造する場合に工程中での良好な濾水性が得やすく、炭素繊維を熱可塑性樹脂繊維によって均一に分散させやすい。
【0051】
<熱可塑性樹脂繊維の製造方法>
本発明における熱可塑性樹脂繊維の製造方法は、繊維形状を得ることができる限り特に限定されず、公知の溶融紡糸装置を用いて行うことができる。即ち、溶融押出し機で少なくとも熱可塑性ポリマーのペレットおよび粉体を溶融混練し、溶融ポリマーを紡糸筒に導いてギヤポンプで計量し、紡糸ノズルから吐出させた糸条を巻き取ることにより製造することができる。その際の引取り速度は特に限定されるものではないが、紡糸線上で分子配向が起きるのを低減させる観点から、500m/分~4000m/分の範囲で引き取ることが好ましい。
【0052】
<熱可塑性樹脂繊維に分散剤を付着させる方法>
熱可塑性樹脂繊維に分散剤を付着させる方法は、特に限定されない。
例えば、(i)適当な長さにカットした熱可塑性樹脂繊維のチョップドファイバに、ランダム共重合体(A)の水溶液またはランダム共重合体(A)およびポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の水溶液を、浸漬法および噴霧法などの公知の方法により付着させて乾燥する方法、(ii)適当な長さにカットした熱可塑性樹脂繊維のチョップドファイバに、ランダム共重合体(A)の水溶液およびポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の水溶液を、任意の順で順次、浸漬法および噴霧法などの公知の方法により付着させて乾燥する方法、(iii)紡糸・延伸などの任意の工程で、熱可塑性樹脂繊維に、ランダム共重合体(A)の水溶液またはランダム共重合体(A)およびポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の水溶液を、給油ローラー法、浸漬法および噴霧法などの公知の方法により付着させて乾燥する方法、または(iv)紡糸・延伸などの任意の工程で、熱可塑性樹脂繊維に、ランダム共重合体(A)の水溶液およびポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の水溶液を、任意の順で順次、給油ローラー法、浸漬法および噴霧法などの公知の方法により付着させて乾燥する方法などにより、熱可塑性樹脂繊維に分散剤を付着させることができる。前記方法(iii)または(iv)によって分散剤が付着された熱可塑性樹脂繊維は、適当な長さにカットしてよい。
前記水溶液の濃度は、所定の付着量を確保しやすい観点から、通常は0.1~5質量%、好ましくは0.5~3質量%である。
【0053】
本発明の熱可塑性樹脂繊維には、分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて、好ましくは0.1~20質量%、より好ましくは0.2~15質量%、より更に好ましくは0.5~10質量%、特に好ましくは1~7質量%の量で分散剤が付着している。分散剤の付着量は、例えば、後の実施例に記載されているとおり、ソックスレー抽出法を用いて測定される。分散剤の付着量が上記範囲内であると、炭素繊維を分散させやすい。
【0054】
<スラリー>
本発明はまた、本発明の熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を含んでなるスラリーに関する。
【0055】
<炭素繊維>
炭素繊維は特に限定されず、既知の炭素繊維のいずれのものでも使用することができる。その例としては、ポリアクリロニトリル系(PAN系)炭素繊維、レーヨン系炭素繊維およびピッチ系炭素繊維などが挙げられる。炭素繊維は、それぞれ単独でまたは2種以上を混合して使用してよい。安価なコストと良好な機械的性質の観点から、PAN系炭素繊維を使用することが好ましい。そのような炭素繊維は、市販品として入手可能である。
【0056】
炭素繊維の直径は、好ましくは3~15μm、より好ましくは5~10μmである。
【0057】
炭素繊維として、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)あるいは使用済みの炭素繊維不織布から再生されたものを使用してもよい。これらの炭素繊維もまた、それぞれ単独でまたは2種以上を混合して使用してよい。再生された炭素繊維は比較的安価であるので、コストの観点から好ましい。炭素繊維の再生方法は特に限定されず、その例としては、CFRPから樹脂部分を燃焼により除去する方法、および溶剤で溶解あるいは分解することにより除去する方法などが挙げられる。炭素繊維の再生において、繊維の長さが一定に揃ったステープルを得ることは困難で、非常に短い繊維が混入する。本発明では、本発明の効果を損なわない程度に、再生炭素繊維に、このように極端に短い繊維が混入していてもよい。
【0058】
炭素繊維の長さは、通常5~100mmである。本発明では、炭素繊維を、例えば12.5mm以上、特に10.0mm~100.0mm、更には12.5mm~50.0mmにカットして使用してよい。
【0059】
炭素繊維には、炭素繊維の表面状態を改質するための一般的な処理が施されていても、施されていなくてもよい。そのような処理としては、例えば、油剤組成物の付与、酸化処理による親水性官能基の導入、および高い電圧を印加することによる不規則な表面脆弱層の除去などが挙げられる。本発明の熱可塑性樹脂繊維が炭素繊維のための分散剤として作用しやすい観点から、表面処理が施されていない炭素繊維が好ましい。
【0060】
本発明のスラリーは、例えば一般的なミキサーなどに、本発明の熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を投入し、撹拌(離解)することにより製造することができる。本発明の熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を投入する順序は特に限定されない。ミキサーなどの例としては、各種の離解機(パルパー)、ナイアガラビーターなどの各種のビーター、シングルディスクリファイナー、ダブルディスクリファイナーなどの各種のリファイナー、および各種のミキサーなどを挙げることができる。
【0061】
水系分散媒の水としては、通常の水道水のほか、蒸留水、精製水などの水を使用することができる。また、水系分散媒は、芳香族炭化水素系溶剤、炭化水素系溶剤、ハロゲン化炭化水素系溶剤、エーテル系溶剤、ケトン系溶剤、エステル系溶剤、グリコールエーテル系溶剤、酢酸エステル系溶剤、ジアルキルエーテル系溶剤、アルコール系溶剤、グリコール系溶剤、ニトリル系溶剤、カーボネート系溶剤などを含有してもよい。前記溶剤は、単独でまたは2つ以上含まれてよい。
【0062】
本発明のスラリーは、炭素繊維100質量部に対して、本発明の熱可塑性樹脂繊維を、好ましくは40~900質量部、より好ましくは60~500質量部、特に好ましくは80~300質量部含んでなる。炭素繊維に対する熱可塑性樹脂繊維の割合が上記範囲内であると、炭素繊維が短時間かつ弱撹拌で良好に水系分散媒に分散しやすく、前記スラリーから製造された炭素繊維強化複合成形体において高い機械的性質が得られやすい。
【0063】
本発明のスラリーは、スラリーの総質量に基づいて、好ましくは0.001~1質量%の本発明の熱可塑性樹脂繊維、0.001~1質量%の炭素繊維および98~99.998質量%の水、より好ましくは0.005~0.5質量%の本発明の熱可塑性樹脂繊維、0.005~0.5質量%の炭素繊維および99~99.99質量%の水、特に好ましくは0.01~0.3質量%の本発明の熱可塑性樹脂繊維、0.01~0.3質量%の炭素繊維および99.4~99.98質量%の水を、それらの合計が100質量%となるように含む。各成分の量が上記範囲内であると、炭素繊維が短時間かつ弱撹拌で良好に水系分散媒に分散しやすく、前記スラリーから製造された炭素繊維強化複合成形体において高い機械的性質が得られやすい。
【0064】
<推定される作用機構>
分散剤が付着した本発明の熱可塑性樹脂繊維の作用機構は明らかではないが、下記作用機構が推定される。
炭素繊維は、分子間力、およびサイジング剤の接着効果などに起因して、水系分散媒への分散性が悪いが、その分散性は、炭素繊維と相性の良い分散剤を使用することにより改善することができる。水系分散媒中で、炭素繊維および分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維と、分散剤の水溶液とを混合すると、熱可塑性樹脂繊維の分散にも、炭素繊維の分散にも時間を要することから、本発明では、熱可塑性樹脂繊維に特定の分散剤を付着させることで熱可塑性樹脂繊維が水系分散媒に速やかに分散し、炭素繊維の間に入り込むことができ、炭素繊維の分散を早くする効果が生じるものと推定される。そして、本発明の熱可塑性樹脂繊維を用いることにより分散性が改善された湿式不織布には、高度に凝集した炭素繊維束が存在しないため、湿式不織布を加熱加圧成形した際に熱可塑性樹脂繊維が炭素繊維に完全に浸透し、得られる炭素繊維強化複合成形体の機械的性質が大きく向上するものと推定される。ただし、本発明の熱可塑性樹脂繊維が上記効果に優れる理由(作用機構)について、仮に上記理由とは異なっていたとしても、本発明の範囲内であることをここで明記する。
【0065】
<不織布>
本発明はまた、本発明の熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維とに基づく不織布であって、不織布中の分散剤の量は、不織布中の熱可塑性樹脂繊維の総質量に基づいて好ましくは0.01~1.0質量%、より好ましくは0.03~0.5質量%、特に好ましくは0.05~0.3質量%である不織布に関する。不織布中の分散剤の量は、例えば、後の実施例に記載されているとおり、ソックスレー抽出法を用いて測定される。
【0066】
本発明の不織布の表面における0.1mm以上の繊維束幅を有する炭素繊維束は、好ましくは2000個/m2以下、より好ましくは1100個/m2以下、より好ましくは500個/m2以下、特に好ましくは250個/m2以下である。上記炭素繊維束数は、例えば、コロニーカウンターペンを用いて、適当な寸法(例えば25cm×25cm)に切り出した不織布の表面の炭素繊維束数をカウントし、得られた数値から不織布1m2当たりの上記炭素繊維束数を算出して求められる。炭素繊維束数が上記数値以下であることは、本発明の熱可塑性樹脂繊維により、炭素繊維が水系媒体中で極めて均一に分散されたことを表している。
ここで、「繊維束幅」について説明する。先に記載のとおり、炭素繊維は、分子間力などに起因して水系分散媒への分散性が悪いため、繊維軸方向に揃って凝集しやすく、その結果、水系分散媒中では、複数本の炭素繊維が束状になった炭素繊維束が生じる。そのような炭素繊維束は、例えば、熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を含んでなるスラリー中で生じ、前記スラリーから製造された不織布中に残存する。本発明において「繊維束幅」とは、不織布中に残存した炭素繊維束の繊維軸方向と直角方向の長さを意味する。
【0067】
<不織布の製造方法>
本発明の不織布は、前記スラリーを抄紙および乾燥することにより製造することができる。
具体的には、まず、スラリーから水系分散媒を除去してシート化する、いわゆる湿式抄紙法を行う。湿式抄紙法に用いる抄紙機としては、例えば、傾斜ワイヤー型抄紙機、円網抄紙機、長網抄紙機または短網抄紙機といった既知の抄紙機を用いることができる。
続く乾燥では、シリンダードライヤーまたはエアードライヤーなどを用いて乾燥を行う。
次いで、熱カレンダーロール処理などの熱圧加工を行うことにより、適当な厚さに調整することができる。
【0068】
不織布の坪量は20~150g/m2であることが好ましく、40~100g/m2であることがより好ましい。坪量が上記範囲内であると、不織布の断紙など、抄紙機での操業性の低下を回避しやすく、適切な時間内に不織布を乾燥できることから生産性の低下を回避しやすい。
【0069】
本発明において、不織布の抄紙速度は10m/分以上であることが好ましい。引取速度の上限は、通常100m/分以下である。また、不織布のシリンダードライヤーなどでの乾燥温度は、通常100~200℃、好ましくは100~150℃である。
【0070】
<炭素繊維強化複合成形体>
本発明はまた、本発明の不織布に基づく炭素繊維強化複合成形体に関する。
【0071】
本発明の炭素繊維強化複合成形体の表面における0.1mm以上の繊維束幅を有する炭素繊維束は、好ましくは2000個/m2以下、より好ましくは1100個/m2以下、より好ましくは500個/m2以下、特に好ましくは250個/m2以下である。上記炭素繊維束数の求め方は、先に記載したとおりである。炭素繊維束数が上記数値以下であることは、本発明の熱可塑性樹脂繊維により、炭素繊維が水系媒体中で極めて均一に分散されたことを表している。
【0072】
<炭素繊維強化複合成形体の製造方法>
本発明の炭素繊維強化複合成形体は、前記不織布を加熱加圧成形することにより製造することができる。
従って、本発明はまた、本発明のスラリーを抄紙および乾燥すること、並びに得られた不織布を加熱加圧成形することを含む、炭素繊維強化複合成形体の製造方法に関する。
不織布を加熱加圧成形することにより、不織布に含まれる熱可塑性樹脂繊維は、少なくとも部分的には溶融してその少なくとも一部の繊維形状を失い、得られた炭素繊維強化複合成形体において、強化材(炭素繊維)を結合するマトリックス樹脂として作用する。即ち、熱可塑性樹脂繊維は、炭素繊維強化複合成形体において、炭素繊維を結合するマトリックスの少なくとも一部を形成する。
【0073】
本発明の炭素繊維強化複合成形体の製造方法において、不織布は1枚ないし多数枚重ね合わせて用いてよい。多数枚重ね合わせる場合は、単一の種類の不織布を多数枚用いてもよいし、異なる種類の不織布を組み合わせて用いてもよい。
【0074】
加熱加圧成形の方法については特に制限はなく、スタンパブル成形、加圧成形、真空圧着成形またはGMT成形のような一般的な圧縮成形が好適に用いられる。その時の成形温度は、用いる熱可塑性樹脂繊維の流動開始温度および分解温度に併せて適宜設定すればよい。例えば、熱可塑性樹脂繊維が結晶性の場合、成形温度は熱可塑性樹脂繊維の融点以上かつ(融点+100)℃以下の範囲であることが好ましい。また、熱可塑性樹脂繊維が非結晶性の場合、成形温度は熱可塑性樹脂繊維のガラス転移温度以上かつ(ガラス転移温度+200)℃以下の範囲であることが好ましい。なお、必要に応じて、加熱成形する前にIRヒーターなどを用いて不織布を予備加熱することもできる。
【0075】
加熱加圧成形する際の圧力も特に制限はないが、通常は0.05MPa以上、例えば0.05~15MPaの圧力で行われる。加熱加圧成形する際の時間も特に制限はないが、長時間高温に曝すとポリマーが劣化してしまう可能性があるので、通常は30分以内であることが好ましい。また、得られる炭素繊維強化複合成形体の厚さや密度は、不織布における炭素繊維の割合や加える圧力により適宜設定可能である。更には、得られる炭素繊維強化複合成形体の形状にも特に制限はなく、適宜設定可能である。目的に応じて、仕様の異なる不織布を複数枚積層したり、仕様の異なる不織布をある大きさの金型の中に別々に配置したりして、加熱成形することも可能である。場合によっては、他の強化繊維織物や樹脂複合体と併せて成形することもできる。そして、目的に応じて、一度加熱加圧成形して得られた炭素繊維強化複合成形体を、再度加熱加圧成形することも可能である。
【0076】
得られた炭素繊維強化複合成形体は、本発明の熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維とを含むスラリーを抄紙および乾燥し、得られた不織布を加熱加圧成形したものであるため、繊維長の長い炭素繊維を高含有率で含むことができるとともに、極めて均一にランダムに配置された炭素繊維を含むことができるため、機械的性質およびその等方性に優れる。また、不織布を加熱加圧成形することにより、優れた賦形性も達成される。
【実施例】
【0077】
以下に、実施例および比較例を挙げて、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0078】
<測定方法および評価方法>
実施例および比較例における各種測定方法および評価方法は、次の通りである。
【0079】
<熱可塑性樹脂繊維または不織布に付着している分散剤の量>
1.5gの熱可塑性樹脂繊維または3.0gの不織布をソックスレー抽出器(アズワン株式会社製)に充填し、アセトン150mLを用いて10時間抽出処理を行った。この抽出液中の分散剤の量を、高速液体クロマトグラフィーで定量分析することによって、分散剤の量を定量した。なお、定量に際しては、それぞれの分散剤の標品を用いて作成した検量線を使用した。
【0080】
<不織布または炭素繊維強化複合成形体1m2当たりの、1mm以上の繊維束幅を有する炭素繊維束の個数>
不織布または炭素繊維強化複合成形体を25cm×25cmに切り出して作製した試料の表面について、コロニーカウンターペンLite(株式会社井内盛栄堂社製)を用いて、1mm以上の繊維束幅を有する炭素繊維束の個数をカウントした。得られた数値から、不織布または炭素繊維強化複合成形体1m2当たりの上記炭素繊維束の個数を算出した。
【0081】
<スラリーにおける炭素繊維の分散性>
所定時間撹拌後のスラリーにおける炭素繊維の分散性を目視評価した。
炭素繊維束が観察されないものをA(均一)、
炭素繊維は十分には分散されず、炭素繊維束が観察されるものをB(やや不均一)、
炭素繊維が分散されず、炭素繊維束が顕著に観察されるものをC(不均一)、
とし、3段階で評価した。
【0082】
<曲げ強度試験>
・試験装置:INSTRON5566型(インストロン社製)
・試験方法:3点曲げ試験
・試験速度:2mm/分
・支点間距離:試験片の厚みの40倍
・試験片サイズ:10mm×100mm
以上の条件で、炭素繊維強化複合成形体の最大曲げ応力(MPa)を測定した。
【0083】
<シャルピー衝撃試験>
・試験装置:シャルピー衝撃試験機DG-CB(株式会社東洋精機製作所製)
・試験片サイズ:10mm×100mm
・衝撃試験方法:フラットワイズ
以上の条件で、炭素繊維強化複合成形体のシャルピー衝撃値(KJ/m2)を測定した。
【0084】
<実施例1>
<本発明の熱可塑性樹脂繊維の製造>
スラッシュパルパー(型式:SVP-250-B型、株式会社協和鐵工所製)に、繊維長5mmにカットした単糸繊度2.2dtexのポリエーテルイミド(円形構造)のチョップドファイバ2.5kgを導入し、2.5質量%に調製したランダム共重合体(A)の水溶液を5L添加し、200rpmで10分間撹拌し、得られた混合物にポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)を0.1kg添加して更に200rpmで10分間撹拌した後、熱風乾燥機を用いて105℃で10時間乾燥させることにより、ポリエーテルイミド繊維の表面に分散剤を付着させた。ポリエーテルイミド繊維に付着している分散剤(A)および(B)の量は、分散剤が付着していないポリエーテルイミド繊維の総質量に基づいて6.7質量%であった。
ランダム共重合体(A)としては、フェニルグリシジルエーテル(PGE)とエチレンオキサイド(EO)とプロピレンオキサイド(PO)とのランダム共重合体(明成化学工業株式会社製「アルコックスCP-B1」、共重合比EO:PO:PGE=98:1:1、重量平均分子量約100,000g/mol、分子量分布約2.0)を使用し、ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)としては、二官能性ポリオールとヘキサメチレンジイソシアネートとの重合体(明成化学工業株式会社製「パルセットHA」、重合比〔二官能性ポリオール:ヘキサメチレンジイソシアネート〕=97.1:2.9)を使用した。
【0085】
<スラリーの製造>
短網式抄紙機の撹拌機に蒸留水1500Lを導入し、炭素繊維(株式会社東邦テナックス製:商品名「HT C110」、繊維直径9μm、13mmにカットしたチョップドファイバ)2.5kgおよび前記ポリエーテルイミド繊維2.5kgをこの順に添加し、100rpmで撹拌し、スラリーを得た。炭素繊維100質量部に対するポリエーテルイミド繊維の量は、100質量部であった。
ポリエーテルイミド繊維の添加が完了してから、炭素繊維が均一に分散されるまでの時間を測定したところ、20分間であった。また、スラリーにおける炭素繊維の均一性を目視評価したところ、目視でスラリーを確認する限り、炭素繊維束は観察されなかった。
【0086】
<不織布の製造>
上記スラリーを蒸留水で希釈し、短網式抄紙機を用いて、坪量が60g/m2となるように抄紙した。抄紙後の不織布を、熱風乾燥機を用いて105℃で4時間乾燥し、不織布を得た。不織布中の分散剤の量は、不織布中のポリエーテルイミド繊維の総質量に基づいて0.09質量%であった。
不織布の表面における0.1mm以上の繊維束幅を有する炭素繊維束は160個/m2であった。
【0087】
<炭素繊維強化複合成形体の製造>
上記不織布を30cm×15cmに切り出し、27枚積層し、熱プレス機(株式会社郷製作所製)を用いて340℃および10MPaで5分間プレスし、炭素繊維強化複合成形体を得た。
炭素繊維強化複合成形体の表面における0.1mm以上の繊維束幅を有する炭素繊維束は160個/m2であった。また、炭素繊維強化複合成形体の曲げ強度は396MPaであり、シャルピー衝撃値は38.0KJ/m2であった。
【0088】
<実施例2>
熱可塑性樹脂繊維として、ポリエーテルイミドのチョップドファイバに代えて、繊維長5mmにカットした単糸繊度2.2dtexのポリアミドPA9T(円形構造)のチョップドファイバを用いたこと、およびプレス温度を340℃に代えて320℃としたこと以外は実施例1と同様の方法によって、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維、スラリー、不織布および炭素繊維強化複合成形体を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表2に示す。
【0089】
<実施例3>
熱可塑性樹脂繊維として、ポリエーテルイミドのチョップドファイバに代えて、繊維長5mmにカットした単糸繊度2.2dtexのポリアミドNy-6(円形構造)のチョップドファイバを用いたこと、およびプレス温度を340℃に代えて300℃としたこと以外は実施例1と同様の方法によって、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維、スラリー、不織布および炭素繊維強化複合成形体を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表2に示す。
【0090】
<実施例4>
熱可塑性樹脂繊維として、ポリエーテルイミドのチョップドファイバに代えて、繊維長5mmにカットした単糸繊度2.2dtexのポリプロピレン(円形構造)のチョップドファイバを用いたこと、およびプレス温度を340℃に代えて270℃としたこと以外は実施例1と同様の方法によって、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維、スラリー、不織布および炭素繊維強化複合成形体を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表2に示す。
【0091】
<実施例5>
分散剤として、ランダム共重合体(A)およびポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)に代えて、ランダム共重合体(A)のみを使用したこと以外は実施例1と同様の方法によって、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維、スラリー、不織布および炭素繊維強化複合成形体を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表2に示す。
【0092】
<実施例6>
分散剤の付着量を6.7%から1.0%に変更したこと、不織布製造までを行い炭素繊維強化複合成形体を製造しなかったこと以外は実施例1と同様の方法によって、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維、スラリー、不織布を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表3に示す。
【0093】
<実施例7>
分散剤の付着量を6.7%から0.5%に変更したこと、不織布製造までを行い炭素繊維強化複合成形体を製造しなかったこと以外は実施例1と同様の方法によって、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維、スラリー、不織布を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表3に示す。
【0094】
<実施例8>
分散剤の付着量を6.7%から0.25%に変更したこと、不織布製造までを行い炭素繊維強化複合成形体を製造しなかったこと以外は実施例1と同様の方法によって、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維、スラリー、不織布を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表3に示す。
【0095】
<実施例9>
分散剤の付着量を6.7%から0.2%に変更したこと、不織布製造までを行い炭素繊維強化複合成形体を製造しなかったこと以外は実施例1と同様の方法によって、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維、スラリー、不織布を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表3に示す。
【0096】
<実施例10>
分散剤の付着量を6.7%から0.15%に変更したこと、不織布製造までを行い炭素繊維強化複合成形体を製造しなかったこと以外は実施例1と同様の方法によって、分散剤が付着した熱可塑性樹脂繊維、スラリー、不織布を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表3に示す。
【0097】
<比較例1>
短網式抄紙機の撹拌機に蒸留水1500Lを導入し、実施例1で使用した炭素繊維2.5kg、および実施例1で使用した分散剤付着前のポリエーテルイミド繊維2.5kgをこの順に添加し、100rpmで撹拌した。
炭素繊維の分散性は悪く、炭素繊維束が顕著に観察された。
得られた混合物を用いて、実施例1と同様の方法によって、不織布および炭素繊維強化複合成形体を製造し、評価した。
評価結果は、後に記載の表1および表2に示す。
【0098】
<比較例2>
短網式抄紙機の撹拌機に蒸留水1500Lを導入し、実施例1で使用した炭素繊維2.5kg、および実施例1で使用した分散剤付着前のポリエーテルイミド繊維2.5kgをこの順に添加した後、ランダム共重合体(A)0.025kgを添加し、100rpmで撹拌した。添加したランダム共重合体(A)の種類および量は、実施例1における種類および量と同一である。
得られた混合物において、炭素繊維は、ランダム共重合体(A)の添加完了から20分間(本発明の実施例1~5において炭素繊維が均一に分散した時間)では十分には分散されず、炭素繊維束が観察された。
得られた混合物を用いて、実施例1と同様の方法によって、不織布および炭素繊維強化複合成形体を製造し、評価した。
評価結果は、後に記載の表1および表2に示す。
【0099】
<比較例3>
スラッシュパルパー(型式:SVP-250-B型、株式会社協和鐵工所製)に、繊維長5mmにカットした単糸繊度2.2dtexのポリエーテルイミド(円形構造)のチョップドファイバ2.5kgを導入し、2.5質量%に調製したポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)の水溶液を5L添加し、200rpmで10分間撹拌した後、熱風乾燥機を用いて105℃で10時間乾燥させることにより、ポリエーテルイミド繊維の表面に分散剤を付着させた。ポリエーテルイミド繊維に付着している分散剤(B)の量は、分散剤が付着していないポリエーテルイミド繊維の総質量に基づいて6.7質量%であった。
ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)としては、二官能性ポリオールとヘキサメチレンジイソシアネートとの重合体(明成化学工業株式会社製「パルセットHA」、重合比〔二官能性ポリオール:ヘキサメチレンジイソシアネート〕=97.1:2.9)を使用した。
次いで、ポリエーテル型ポリウレタン樹脂(B)のみが付着したポリエーテルイミド繊維を用いたこと以外は実施例1と同様の方法によって、スラリー、不織布および炭素繊維強化複合成形体を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表2に示す。
【0100】
<比較例4>
熱可塑性樹脂繊維として、比較例1で使用したポリエーテルイミド繊維に代えて、実施例2で使用した分散剤付着前のPA9T繊維を用いたこと、およびプレス温度を340℃に代えて320℃としたこと以外は比較例1と同様の方法によって、スラリー、不織布および炭素繊維強化複合成形体を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表2に示す。
【0101】
<比較例5>
熱可塑性樹脂繊維として、比較例1で使用したポリエーテルイミド繊維に代えて、実施例3で使用した分散剤付着前のNy-6繊維を用いたこと、およびプレス温度を340℃に代えて300℃としたこと以外は比較例1と同様の方法によって、スラリー、不織布および炭素繊維強化複合成形体を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表2に示す。
【0102】
<比較例6>
熱可塑性樹脂繊維として、比較例1で使用したポリエーテルイミド繊維に代えて、実施例4で使用した分散剤付着前のポリプロピレン繊維を用いたこと、およびプレス温度を340℃に代えて270℃としたこと以外は比較例1と同様の方法によって、スラリー、不織布および炭素繊維強化複合成形体を製造し、評価した。評価結果は、後に記載の表2に示す。
【0103】
【0104】
【0105】
【0106】
表1に示されるように、分散剤が付着した本発明の熱可塑性樹脂繊維を用いると(実施例1)、炭素繊維は有効に均一に分散され、炭素繊維束は観察されなかった。この良好な分散は、短時間かつ弱撹拌で達成された。これは、本発明の熱可塑性樹脂繊維が炭素繊維の分散剤として有効に作用し、炭素繊維が水系分散媒中で極めて均一に分散されたことを意味する。
これに対し、分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維を用いた場合(比較例1)は、炭素繊維は分散されなかった。
また、分散剤(A)を熱可塑性樹脂繊維とは別に後から添加した場合(比較例2)は、炭素繊維は、短時間かつ弱撹拌で有効に均一に分散されなかった。
【0107】
表2に示されるように、分散剤が付着した本発明の熱可塑性樹脂繊維を用いると(実施例1~5)、熱可塑性樹脂繊維の種類に依存することなく、不織布中および成形体中の炭素繊維束数は著しく少なく、成形体において、より高い曲げ強度およびシャルピー衝撃値が得られた。これは、本発明の熱可塑性樹脂繊維が炭素繊維の分散剤として有効に作用し、炭素繊維が均一に分散され、それに起因して、成形体の機械的性質が改善されたことを意味する。
これに対し、分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維を用い、かつ分散剤を使用しなかった場合(比較例1および比較例4~6)は、炭素繊維は分散されず、その結果、不織布中および成形体中の炭素繊維束数は著しく多く、成形体において、著しく低い曲げ強度およびシャルピー衝撃値しか得られなかった。
また、分散剤が付着していない熱可塑性樹脂繊維を用い、分散剤(A)を熱可塑性樹脂繊維とは別に後から添加した場合(比較例2)、および分散剤(B)のみが付着した熱可塑性樹脂繊維を用いた場合(比較例3)は、炭素繊維は十分には分散されず、その結果、不織布中および成形体中の炭素繊維束数は多く、成形体において、より低い曲げ強度およびシャルピー衝撃値しか得られなかった。
【0108】
表3に示されるように、熱可塑性樹脂繊維の分散剤の付着量を変化させたとしても、炭素繊維の分散は良好であり、得られる不織布中の炭素繊維束数は少なかった。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明の熱可塑性樹脂繊維は、炭素繊維を有効に分散させることができるため、優れた炭素繊維の分散剤として使用される。
本発明の熱可塑性樹脂繊維は、本発明の熱可塑性樹脂繊維、炭素繊維および水を含んでなるスラリーにおいて、優れた炭素繊維の分散剤として使用され、炭素繊維は、スラリー中で短時間かつ弱撹拌で良好に分散される。そのため、スラリーの製造に関して経済的利点を有する。
本発明の熱可塑性樹脂繊維と炭素繊維とに基づく不織布から製造した炭素繊維強化複合成形体は、良好に分散された炭素繊維に起因して、改善された機械的性質を有する。前記炭素繊維強化複合成形体において、本発明の熱可塑性樹脂繊維はマトリックス樹脂として作用することから、本発明の熱可塑性樹脂繊維は、前記スラリーおよび前記不織布においては、マトリックス樹脂前駆体として使用される。本発明の炭素繊維強化複合成形体は改善された機械的性質を有することから、特に限定されるものではないが、一般産業資材分野、電気・電子分野、土木・建築分野、航空機・自動車・鉄道・船舶分野、農業資材分野、光学材料分野、医療材料分野などの多くの用途において極めて好適に使用することができる。