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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-19
(45)【発行日】2022-01-27
(54)【発明の名称】ε-酸化鉄型強磁性粉末含有組成物
(51)【国際特許分類】
   G11B 5/706 20060101AFI20220120BHJP
   G11B 5/714 20060101ALI20220120BHJP
   G11B 5/84 20060101ALI20220120BHJP
   G11B 5/712 20060101ALI20220120BHJP
   C01G 49/06 20060101ALI20220120BHJP
   H01F 1/11 20060101ALI20220120BHJP
【FI】
G11B5/706 ZNM
G11B5/714
G11B5/84 Z
G11B5/712
C01G49/06 Z
H01F1/11
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020035523
(22)【出願日】2020-03-03
(62)【分割の表示】P 2016232884の分割
【原出願日】2016-11-30
(65)【公開番号】P2020113358
(43)【公開日】2020-07-27
【審査請求日】2020-03-10
(73)【特許権者】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】藤本 貴士
【審査官】中野 和彦
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-273057(JP,A)
【文献】特開2014-149886(JP,A)
【文献】特開2008-063199(JP,A)
【文献】特開2001-043525(JP,A)
【文献】特開2004-086944(JP,A)
【文献】特開2003-242626(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G11B 5/706
G11B 5/714
G11B 5/84
G11B 5/712
C01G 49/06
H01F 1/11
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ε-酸化鉄型強磁性粉末と、溶媒と、結合剤と、を少なくとも含む組成物であって、
前記ε-酸化鉄型強磁性粉末は、粉末pHが4.8~6.8の範囲であるε-酸化鉄型強磁性粉末であり、
前記粉末pHは、粉末に純水を、質量基準で、粉末/水=2/25の割合となる量で加え、1時間超音波処理を行い分散液を調製し、調製した分散液を3日間静置した後に測定される上澄みのpHであり、
前記溶媒は、一種以上のケトン類を含み、
前記結合剤は、ポリウレタン樹脂を含む、組成物。
【請求項2】
前記ε-酸化鉄型強磁性粉末の粉末pHは4.8~6.3の範囲である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記ε-酸化鉄型強磁性粉末の粉末pHは4.8~6.0の範囲である、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
前記ε-酸化鉄型強磁性粉末の平均粒子サイズは7.0~50.0nmの範囲である、請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ε-酸化鉄型強磁性粉末およびその製造方法、ならびにε-酸化鉄型強磁性粉末含有組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
強磁性粉末は、様々な分野において広く用いられている。かかる強磁性粉末の中で、近年、ε-酸化鉄型強磁性粉末が注目を集めている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2014-224027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
強磁性粉末を溶媒および任意に他の成分の一種以上と混合して調製される組成物は、様々な分野において各種用途に用いることができる。例えば、上記組成物は強磁性粉末を含む塗膜を形成するために用いることができ、かかる組成物における強磁性粉末の凝集を抑制することは表面平滑性の高い塗膜形成のために望ましい。また、塗膜形成用途以外の用途においても、上記組成物において強磁性粉末の凝集を抑制することは、組成物の品質維持等のために望ましい。しかし、組成物調製のための分散処理において強磁性粉末の凝集体を解砕できたとしても、分散処理後に経時的に凝集が起こると、結果的に組成物は、強磁性粉末を凝集した状態で含むものとなってしまう。そのため、強磁性粉末には、溶媒等を含む組成物において経時的な凝集が少ないこと(分散経時安定性が高いこと)が望まれる。
しかし、ε-酸化鉄型強磁性粉末については、分散経時安定性の向上のための有効な手段は知られていないのが現状である。
【0005】
そこで本発明の目的は、分散経時安定性が高いε-酸化鉄型強磁性粉末を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、粉末pHが4.8~6.8の範囲であるε-酸化鉄型強磁性粉末 (以下、単に「強磁性粉末」とも記載する。)に関する。
【0007】
一態様では、上記強磁性粉末の粉末pHは、4.8~6.3の範囲である。
【0008】
一態様では、上記強磁性粉末の粉末pHは、4.8~6.0の範囲である。
【0009】
一態様では、上記強磁性粉末の平均粒子サイズは、7.0~50.0nmの範囲である。
【0010】
本発明の更なる態様は、上記強磁性粉末の製造方法であって、
ε-酸化鉄型強磁性体の前駆体(以下、単に「前駆体」ともいう。)を被膜形成処理に付すこと、
上記被膜形成処理後の上記前駆体に熱処理を施すことにより、上記前駆体をε-酸化鉄型強磁性体に転換すること、
上記ε-酸化鉄型強磁性体を被膜除去処理に付すこと、
を含み、
上記被膜除去処理後に得られるε-酸化鉄型強磁性粉末を酸処理に付すことを含むことができ、
製造されるε-酸化鉄型強磁性粉末のpHを、上記被膜形成処理、上記被膜除去処理および上記酸処理からなる群から選ばれる少なくとも1つの処理の処理条件の調整により制御する、上記製造方法、
に関する。
【0011】
一態様では、上記製造方法では、製造されるε-酸化鉄型強磁性粉末のpHを、少なくとも、上記被膜形成処理の処理条件の調整により制御し、上記被膜形成処理を、上記ε-酸化鉄型強磁性体の前駆体を含む溶液に被膜形成剤を添加して行い、上記被膜形成処理の処理条件の調整は、上記被膜形成剤が添加される上記ε-酸化鉄型強磁性体の前駆体を含む溶液のpHを4.0以下とすることを含む。
【0012】
一態様では、上記製造方法は、上記酸処理を行うことを含む。
【0013】
一態様では、上記酸処理は、酢酸処理である。
【0014】
本発明の更なる態様は、上記強磁性粉末と溶媒とを少なくとも含む組成物に関する。
【0015】
一態様では、上記組成物は、結合剤を更に含む。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一態様によれば、ε-酸化鉄型強磁性粉末の分散経時安定性の向上が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[ε-酸化鉄型強磁性粉末]
本発明の一態様は、粉末pHが4.8~6.8の範囲であるε-酸化鉄型強磁性粉末に関する。
【0018】
上記強磁性粉末は、ε-酸化鉄型強磁性粉末である。本発明および本明細書において、「ε-酸化鉄型強磁性粉末」とは、X線回折分析によって、主相としてε-酸化鉄型の結晶構造が検出される強磁性粉末をいうものとする。主相とは、X線回折分析によって得られるX線回折スペクトルにおいて最も高強度の回折ピークが帰属する構造をいう。例えば、X線回折分析によって得られるX線回折スペクトルにおいて最も高強度の回折ピークがε-酸化鉄型の結晶構造に帰属される場合、ε-酸化鉄型の結晶構造が主相として検出されたと判断するものとする。X線回折分析によって単一の構造のみが検出された場合には、この検出された構造を主相とする。例えば、X線回折分析によって、α-酸化鉄型の結晶構造、γ-酸化鉄型の結晶構造等のε相以外の結晶相、非晶質相等が検出されるとしても、主相がε-酸化鉄型の結晶構造であれば、本発明および本明細書におけるε-酸化鉄型強磁性粉末に該当するものとする。
「ε-酸化鉄型強磁性体」については、形態が粉末に限定されない点以外、ε-酸化鉄型強磁性粉末に関する上記記載が適用される。
また、本発明および本明細書において、粉末とは、複数の粒子の集合を意味するものとする。例えば、ε-酸化鉄型強磁性粉末とは、複数のε-酸化鉄型強磁性粒子の集合を意味する。集合とは、集合を構成する粒子が直接接触している態様に限定されず、例えば後述する結合剤、添加剤等が、粒子同士の間に介在している態様も包含される。
以下、上記強磁性粉末について、更に詳細に説明する。
【0019】
<粉末pH>
本発明および本明細書において、「粉末pH」とは、以下の方法によって測定される値である。
測定対象粉末に純水を、測定対象粉末/水=2/25(質量基準)の割合となる量で加え、1時間超音波処理を行い分散液を調製する。調製した分散液を3日間静置した後に測定される上澄みのpHを粉末pHとする。以上の操作は20~25℃の範囲の雰囲気温度の環境下で行い、温度制御手段を用いる液温制御は行わないものとする。
また、本発明および本明細書における「純水」とは、液温25℃における電気抵抗率が1MΩ以上の水をいうものとする。
【0020】
上記強磁性粉末の粉末pHは、4.8~6.8の範囲である。ε-酸化鉄型強磁性粉末の分散経時安定性の向上について本発明者が鋭意検討を重ねた結果、粉末pHが4.8~6.8の範囲において、分散経時安定性が格段に高まることが新たに見出された。分散経時安定性の更なる向上の観点からは、上記粉末pHは、6.5以下であることが好ましく、6.3以下であることがより好ましく、6.0以下であることが更に好ましく、5.9以下であることが一層好ましく、5.8以下であることがより一層好ましい。同様の観点からは、上記粉末pHは、4.9以上であることが好ましく、5.0以上であることがより好ましい。また、一態様では、分散性の向上が容易であることも望ましい。より短時間で凝集を解砕できるほど、分散性の向上はより容易であるということができる。ただし、分散性の向上が容易であることと、分散経時安定性が高いことは同義ではない。分散経時安定性が高い強磁性粉末が必ずしも分散性の向上が容易であるとは限らず、分散性の向上が容易な強磁性粉末が必ずしも分散経時安定性が高いとは限らない。この点に関し、上記強磁性粉末は、一態様では、分散性の向上が容易であり、かつ分散経時安定性の向上も達成することができる。
【0021】
上記粉末pHは、強磁性粉末の製造時等に施す各種処理の処理条件によって制御することができる。制御方法の具体的態様については、後述する。
【0022】
<平均粒子サイズ>
各種分野において、強磁性粉末のサイズを小さくすることが望まれることが多い。一例として、例えば磁気記録分野では、磁気記録媒体の磁性層に含まれる強磁性粉末のサイズが小さいことは、記録密度向上の観点から望ましい。したがって、サイズの小さなε-酸化鉄型強磁性粉末の分散経時安定性を向上することができれば、各種分野におけるε-酸化鉄型強磁性粉末の有用性を高めることができる。しかし一方で、一般に、サイズが小さくなるほど粉末は凝集しやすくなるため分散経時安定性は低下する傾向がある。これに対し、本発明の一態様によれば、サイズが小さく、かつ分散経時安定性が高いε-酸化鉄型強磁性粉末を提供することも可能である。粉末のサイズの指標としては、平均粒子サイズを用いることができる。本発明の一態様にかかる強磁性粉末の平均粒子サイズは、例えば50.0nm以下であることが好ましく、45.0nm以下であることがより好ましく、40.0nm以下であることが更に好ましく、35.0nm以下であることが一層好ましく、30.0nm以下であることがより一層好ましく、25.0nm以下であることが更に一層好ましく、20.0nm以下であることが更により一層好ましい。また、磁化の安定性の観点からは、上記強磁性粉末の平均粒子サイズは、7.0nm以上であることが好ましく、8.0nm以上であることがより好ましく、10.0nm以上であることが更に好ましく、11.0nm以上であることが一層好ましく、12.0nm以上であることがより一層好ましい。
【0023】
本発明および本明細書において、各種粉末の平均粒子サイズは、透過型電子顕微鏡を用いて、以下の方法により測定される値とする。
粉末を、透過型電子顕微鏡を用いて撮影倍率80000倍で撮影し、総倍率500000倍になるように印画紙にプリントして粉末を構成する粒子の写真を得る。得られた粒子の写真から目的の粒子を選びデジタイザーで粒子の輪郭をトレースし粒子(一次粒子)のサイズを測定する。一次粒子とは、凝集のない独立した粒子をいう。
以上の測定を、無作為に抽出した500個の粒子について行う。こうして得られた500個の粒子の粒子サイズの算術平均を、粉末の平均粒子サイズとする。上記透過型電子顕微鏡としては、例えば日立製透過型電子顕微鏡H-9000型を用いることができる。また、粒子サイズの測定は、公知の画像解析ソフト、例えばカールツァイス製画像解析ソフトKS-400を用いて行うことができる。後述の実施例に示す平均粒子サイズの測定は、透過型電子顕微鏡として日立製透過型電子顕微鏡H-9000型、画像解析ソフトとしてカールツァイス製画像解析ソフトKS-400を用いて行った。
【0024】
本発明および本明細書において、粉末を構成する粒子のサイズ(粒子サイズ)は、上記の粒子写真において観察される粒子の形状が、
(1)針状、紡錘状、柱状(ただし、高さが底面の最大長径より大きい)等の場合は、粒子を構成する長軸の長さ、即ち長軸長で表され、
(2)板状または柱状(ただし、厚みまたは高さが板面または底面の最大長径より小さい)の場合は、その板面または底面の最大長径で表され、
(3)球形、多面体状、不特定形等であって、かつ形状から粒子を構成する長軸を特定できない場合は、円相当径で表される。円相当径とは、円投影法で求められるものを言う。
【0025】
上記強磁性粉末を製造するために好ましい製造方法については後述する。ただし、上記強磁性粉末は、粉末pHが4.8~6.8の範囲である限り、その製造方法は限定されるものではない。
【0026】
上記強磁性粉末は、ε-酸化鉄型強磁性粉末を使用可能な各種用途に用いることができる。例えば、磁気記録分野において、磁性層に含まれる強磁性粉末として、本発明の一態様にかかるε-酸化鉄型強磁性粉末を用いることができる。また、上記強磁性粉末は、磁気記録分野以外にも、ε-酸化鉄型強磁性粉末を使用可能な各種用途に用いることができる。そのような用途の一例としては、電波吸収用途を挙げることができる。したがって、本発明の一態様にかかるε-酸化鉄型強磁性粉末は、電波吸収体(電波吸収用強磁性粉末)として使用することもできる。本発明および本明細書において、電波とは、3000GHz以下の周波数の電磁波をいう。更に、上記強磁性粉末は、各種電子材料、磁石材料、生体分子標的剤、薬剤キャリア等の、ε-酸化鉄型強磁性粉末を使用可能な様々な用途に適用することもできる。
【0027】
[ε-酸化鉄型強磁性粉末の製造方法]
本発明の一態様は、以上説明した本発明の一態様にかかる強磁性粉末の製造方法であって、
ε-酸化鉄型強磁性体の前駆体を被膜形成処理に付すこと(以下、「被膜形成工程」とも記載する。)、
上記被膜形成処理後の上記前駆体に熱処理を施すことにより、上記前駆体をε-酸化鉄型強磁性体に転換すること(以下、「熱処理工程」とも記載する。)、
上記ε-酸化鉄型強磁性体を被膜除去処理に付すこと(以下、「被膜除去工程」とも記載する)、
を含み、
上記被膜除去処理後に得られるε-酸化鉄型強磁性粉末を酸処理に付すことを含むことができ、
製造されるε-酸化鉄型強磁性粉末のpHを、上記被膜形成処理、上記被膜除去処理および上記酸処理からなる群から選ばれる少なくとも1つの処理の処理条件の調整により制御する製造方法、
に関する。以下、上記製造方法について、更に詳細に説明する。
【0028】
<被膜形成工程>
ε-酸化鉄型強磁性体の前駆体は、加熱されることによりε-酸化鉄型の結晶構造を主相として含むものとなる物質をいう。前駆体は、例えば鉄含有水酸化物、鉄含有オキシ水酸化物(酸化水酸化物)等であることができる。かかる前駆体の調製方法は公知であり、上記製造方法における前駆体調製工程は、公知の方法によって行うことができる。例えば、前駆体調製工程は、共沈法、逆ミセル法等を利用して行うことができる。例えば、前駆体の調製方法については、特開2008-174405号公報の段落0017~0021および同公報の実施例、WO2016/047559A1の段落0025~0046および同公報の実施例、前駆体の調製方法については、WO2008/149785A1の段落0038~0040、0042、0044~0045および同公報の実施例等の公知技術を参照できる。
ところで、純粋なε-酸化鉄はFeの組成式で表され、構成元素はFe(鉄)およびO(酸素)である。一方、ε-酸化鉄型強磁性粉末は、FeおよびOに加えて、他の一種以上の元素を含むこともできる。本発明の一態様にかかるε-酸化鉄型強磁性粉末は、そのような元素を含んでもよく含まなくてもよい。一態様では、FeおよびO以外の元素は、ε-酸化鉄型の結晶構造においてFeを置換し得る。詳しくは、ε-酸化鉄型の結晶構造において、Feのサイトを置換することができる。例えば、Feのサイトを置換する元素をAと表すと、ε-酸化鉄型の結晶構造においてAで表される元素によってFeの一部が置換されたものの組成式は、AFe(2-x)と表記できる。ここでAとしては、一種の元素または二種以上の異なる元素が含まれ、0<x<2である。Aとしては、例えば、Ga、Al、In、Rh、Mn、Co、Ni、Zn、Ti、Sn、Nb、V、Ta、Sb、Bi等を例示できる。このような元素を含むε-酸化鉄型強磁性粉末を得るためには、前駆体調製工程において、ε-酸化鉄におけるFeの供給源となる化合物の一部を、上記元素の化合物に置換すればよい。その置換量によって、得られるε-酸化鉄型強磁性粉末の組成を制御することができる。
また、鉄含有オキシ水酸化物、例えばオキシ水酸化鉄は、加熱によりε-酸化鉄型の結晶構造を主相として含むものに転換可能である。したがって、市販の鉄含有オキシ水酸化物を前駆体として用いてもよく、または市販の鉄含有オキシ水酸化物に粉砕処理等の処理を施したものを前駆体として用いてもよい。
【0029】
前駆体を被膜形成処理後に加熱すると、被膜下で前駆体がε-酸化鉄型強磁性体に転換する反応を進行させることができる。また、被膜は、加熱時に焼結が起こることを防ぐ役割を果たすこともできると考えられる。被膜形成処理は、被膜形成の容易性の観点からは、溶液中で行うことが好ましく、前駆体を含む溶液に被膜形成剤(被膜形成のための化合物)を添加して行うことがより好ましい。例えば、前駆体調製に引き続き同じ溶液中で被膜形成処理を行う場合には、前駆体調製後の溶液に被膜形成剤を添加し攪拌することにより、前駆体に被膜を形成することができる。溶液中で前駆体に被膜を形成することが容易な点で好ましい被膜としては、ケイ素含有被膜を挙げることができる。ケイ素含有被膜を形成するための被膜形成剤としては、例えば、アルコキシシラン等のシラン化合物を挙げることができる。シラン化合物の加水分解によって、好ましくはゾル-ゲル法を利用して、前駆体にケイ素含有被膜を形成することができる。シラン化合物の具体例としては、テトラエトキシシラン(TEOS;Tetraethyl orthosilicate)、テトラメトキシシランおよび各種シランカップリング剤を例示できる。被膜形成処理については、例えば、特開2008-174405号公報の段落0022および同公報の実施例、WO2016/047559A1の段落0047~0049および同公報の実施例、WO2008/149785A1の段落0041、0043および同公報の実施例等の公知技術を参照できる。なお被膜は前駆体の表面の全部を覆ってもよく、前駆体表面の一部に被膜によって被覆されていない部分があってもよい。
【0030】
ε-酸化鉄型強磁性粉末の粉末pHは、製造時等に施される各種処理の処理条件を調整することによって制御することができる。ε-酸化鉄型強磁性粉末のpH制御のために調整される処理条件としては、処理に用いられる成分の種類、成分の使用量、成分の濃度、処理を行うために用いられる溶液のpH、処理時間、処理を行うために用いられる溶液の温度、処理を行う雰囲気温度等を挙げることができる、かかる処理条件の一態様としては、被膜形成処理の処理条件を挙げることができる。前駆体含有溶液に被膜形成剤を添加して被膜形成を行う態様では、被膜形成処理の処理条件の一例として、被膜形成剤が添加される前の前駆体含有溶液のpHを挙げることができる。上記溶液のpHは、20~25℃の範囲の雰囲気温度の環境下で測定されるpHとし、pH測定時に温度制御手段を用いる液温制御は行わないものとする。かかるpHは、一態様では、4.0以下であることが好ましく、3.5以下であることがより好ましく、3.0以下であることが更に好ましい。また、上記溶液のpHは、例えば1.0以上または1.5以上であることができる。ただし、粉末pHは、他の1つ以上の処理条件の調整によっても制御可能であるため、上記溶液のpHは、ここに記載した範囲に限定されるものではない。一態様では、上記溶液のpHは、例えば、4.0超であってもよく、5.0以上、6.0以上、7.0以上、8.0以上、9.0以上または10.0以上であってもよい。また、一態様では、上記溶液のpHは、例えば12.0以下であることができる。
【0031】
被膜形成剤が添加される前の前駆体含有溶液のpHは、任意の方法で調整可能である。例えば、前駆体調製時に塩基を使用する場合には、塩基の使用量および/または濃度を調整することにより、被膜形成剤が添加される前の前駆体含有溶液のpHを制御することができる。
【0032】
<熱処理工程>
上記被膜形成処理後の前駆体に熱処理を施すことにより、前駆体をε-酸化鉄型強磁性体に転換することができる。熱処理は、例えば被膜形成処理を行った溶液から採取した粉末(被膜を有する前駆体の粉末)に対して行うことができる。熱処理工程については、例えば、特開2008-174405号公報の段落0023および同公報の実施例、WO2016/047559A1の段落0050および同公報の実施例、WO2008/149785A1の段落0041、0043および同公報の実施例等の公知技術を参照できる。
【0033】
<被膜除去工程>
上記熱処理工程を行うことにより、被膜を有する前駆体はε-酸化鉄型強磁性体に転換される。こうして得られるε-酸化鉄型強磁性体には被膜が残留しているため、被膜除去処理を行う。被膜除去処理については、例えば、特開2008-174405号公報の段落0025および同公報の実施例、WO2008/149785A1の段落0053および同公報の実施例等の公知技術を参照できる。ε-酸化鉄型強磁性粉末の粉末pHを制御するために調整される処理条件は、一態様では、被膜除去処理の処理条件であることができる。例えば、被膜除去処理は、溶液中で塩基の存在下で行うことができる。被膜除去処理の処理条件としては、被膜除去処理を行う溶液の塩基濃度、溶液の液温等を挙げることができる。例えば塩基濃度は、0.1~16.0mol/L、溶液の液温は30~95℃とすることができる。ただし、粉末pHは、他の1つ以上の処理条件等によっても制御可能であるため、被膜除去処理を行う処理条件は、上記範囲に限定されるものではない。
【0034】
<酸処理>
上記被膜除去処理後に得られるε-酸化鉄型強磁性粉末には、任意に酸処理を施すこともできる。酸処理とは、ε-酸化鉄型強磁性粉末を酸の存在下に置く処理であり、好ましくは溶液中で行われる。なお本発明および本明細書において「酸」とは、アレニウスの定義、ブレンステッドの定義およびルイスの定義のいずれか1つ以上により酸と定義されるもの(即ち、アレニウス酸、ブレンステッド酸およびルイス酸からなる群から選ばれる1つ以上に該当する酸)をいう。一方、本発明および本明細書において「塩基」とは、アレニウスの定義、ブレンステッドの定義およびルイスの定義のいずれか1つ以上により塩基と定義されるもの(即ち、アレニウス塩基、ブレンステッド塩基およびルイス塩基からなる群から選ばれる1つ以上に該当する塩基)をいう。一態様では、上記酸処理を行う場合には酸処理の処理条件の調整により、ε-酸化鉄型強磁性粉末の粉末pHを制御することができる。酸処理に用いる酸は、有機酸でもよく無機酸でもよい。酸処理に用いる酸としては、例えば酢酸、リン酸、炭酸、シュウ酸等を挙げることができ、酢酸が好ましい。例えば、0.1~20.0質量%程度の濃度の酸溶液(例えば水溶液)にε-酸化鉄型強磁性粉末を投入して超音波処理等の攪拌のための処理を実施することにより、酸処理を行うことができる。
【0035】
任意に酸処理が行われたε-酸化鉄型強磁性粉末には、洗浄、分級、乾燥等の1つ以上の公知の処理を任意に施すことができる。こうして得られるε-酸化鉄型強磁性粉末は、4.8~6.8の範囲の粉末pHを示す。
【0036】
以上、本発明の一態様にかかる製造方法について説明した。ただし、上記製造方法は、本発明の一態様にかかる強磁性粉末を得るための製造方法の一態様である。4.8~6.8の範囲の粉末pHを示すε-酸化鉄型強磁性粉末である限り、製造方法を問わず、本発明の一態様にかかる強磁性粉末に包含される。また、上記製造方法では被膜除去処理が行われる。ただし本発明の一態様にかかる強磁性粉末は、被膜除去処理を経ずに製造されたもの、即ち被膜を有するものであってもよい。また、被膜除去処理において完全に被膜が除去されず、一部の被膜が残留しているものでもよい。
【0037】
[組成物]
本発明の更なる態様は、本発明の一態様にかかるε-酸化鉄型強磁性粉末と溶媒とを少なくとも含む組成物に関する。
【0038】
上記組成物は、例えば、様々な分野においてε-酸化鉄型強磁性粉末を含む塗膜を形成するために用いることができる。また、組成物そのものとして各種用途に使用することもできる。いずれの場合にも、組成物においてε-酸化鉄型強磁性粉末の分散経時安定性が高いことは好ましい。
【0039】
溶媒は、一種単独で用いてもよく、異なる二種以上の溶媒を混合して用いてもよい。溶媒としては、有機溶媒を用いてもよく、水を用いてもよく、有機溶媒と水との混合溶媒を用いてもよい。有機溶媒としては、例えば、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジイソブチルケトン、シクロヘキサノン、イソホロン、テトラヒドロフラン等のケトン類、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、イソブチルアルコール、イソプロピルアルコール、メチルシクロヘキサノール等のアルコール類、酢酸メチル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸イソプロピル、乳酸エチル、酢酸グリコール等のエステル類、グリコールジメチルエーテル、グリコールモノエチルエーテル、ジオキサン等のグリコールエーテル系、ベンゼン、トルエン、キシレン、クレゾール、クロルベンゼン等の芳香族炭化水素類、メチレンクロライド、エチレンクロライド、四塩化炭素、クロロホルム、エチレンクロルヒドリン、ジクロルベンゼン等の塩素化炭化水素類、N,N-ジメチルホルムアミド、ヘキサン等を例示できる。ただし、溶媒は、組成物の用途に応じて選択すればよく、上記例示した有機溶媒に限定されるものではない。上記組成物は、例えば、強磁性粉末100.0質量部に対して、100.0~800.0質量部の範囲の溶媒を含むことができる。ただし溶媒含有量も、組成物の用途に応じて決定すればよく、上記範囲外であってもよい。
【0040】
上記組成物は、上記強磁性粉末および溶媒を少なくとも含み、任意に他の成分の一種以上を含むこともできる。そのような成分の一例としては、結合剤を挙げることができる。結合剤としては、一種以上の樹脂が用いられる。樹脂はホモポリマーであってもコポリマー(共重合体)であってもよい。結合剤としては、例えば、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、塩化ビニル樹脂、スチレン、アクリロニトリル、メチルメタクリレート等を共重合したアクリル樹脂、ニトロセルロース等のセルロース樹脂、エポキシ樹脂、フェノキシ樹脂、ポリビニルアセタール、ポリビニルブチラール等のポリビニルアルキラール樹脂等から選択したものを単独で用いることができ、または複数の樹脂を混合して用いることができる。ただし、結合剤は、組成物の用途に応じて選択すればよく、上記例示した樹脂に限定されるものではない。上記組成物における結合剤含有量は、組成物の用途に応じて決定すればよい。
【0041】
更に、上記組成物は、公知の添加剤の一種以上を任意の含有量で含むこともできる。添加剤の種類および含有量は、組成物の用途に応じて決定すればよい。
【0042】
以上説明した組成物は、上記各種成分を任意の順序で混合し、公知の分散処理を施すことにより調製することができる。かかる組成物において、本発明の一態様にかかるε-酸化鉄型強磁性粉末は、高い分散経時安定性を発揮することができる。
【実施例
【0043】
以下に、本発明を実施例により更に具体的に説明する。ただし本発明は、実施例に示す態様に限定されるものではない。以下に記載の「部」および「%」は、「質量部」および「質量%」を示す。以下に記載の操作は、特記しない限り、大気雰囲気中、室温下で行われた。室温は、25℃であった。
【0044】
[実施例1]
<前駆体の調製および被膜形成工程>
純水93gに硝酸鉄(III)9水和物6.8gを溶解させた水溶液に、大気雰囲気中、液温25℃の条件下で、上記水溶液をマグネチックスターラーを用いて撹拌しながら25%アンモニア水溶液3.0gを添加して、引き続き2時間撹拌した。この水溶液に攪拌を続けながら更に純水900gを加えた後、攪拌を止めて水溶液を静置した。上澄みと沈殿物が分離したことが目視で確認された後、静置後の溶液のpH(被膜形成剤添加前の前駆体含有溶液のpH)を室温下で測定した。
その後、上記水溶液を液温を50℃に昇温したのち、被膜形成剤であるテトラエトキシシラン(TEOS)60mLを滴下し、更に24時間撹拌して反応溶液を調製した。この反応溶液を内部雰囲気温度80℃の乾燥機内に一晩静置し、析出した粉末を回収した。回収された粉末は、テトラエトキシシランの加水分解物であるケイ素含有被膜を有する前駆体の粉末である。ここで形成されたケイ素含有被膜は、ケイ素酸化物の被膜と推察される。
【0045】
<熱処理工程>
大気雰囲気中、炉内温度1060℃の熱処理炉内で、回収した粉末に4時間の熱処理を施して熱処理物を得た。
【0046】
<被膜除去工程>
得られた熱処理物を、4mol/Lの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液中に投入し、液温70℃として24時間撹拌することにより、熱処理物からケイ素酸化物被膜を除去した。被膜除去後の粉末を遠心分離処理により採集し、純水で洗浄した。
【0047】
以上の工程によりε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。得られた粉末がε-酸化鉄型強磁性粉末であることは、X線回折分析によって確認した。X線回折分析は、CuKα線を電圧45kVおよび強度40mAの条件で走査し、下記条件でX線回折パターンを測定することにより行った。X線回折分析の結果、ε-酸化鉄型の結晶構造のみ検出された。
PANalytical X’Pert Pro回折計、PIXcel検出器
入射ビームおよび回折ビームのSollerスリット:0.017ラジアン
分散スリットの固定角:1/4度
マスク:10mm
散乱防止スリット:1/4度
測定モード:連続
1段階あたりの測定時間:3秒
測定速度:毎秒0.017度
測定ステップ:0.05度
【0048】
[実施例2]
25%アンモニア水溶液の添加量を2.5gに変更した点以外、実施例1と同様の方法によってε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。
【0049】
[実施例3]
25%アンモニア水溶液の添加量を4.0gに変更した点以外、実施例1と同様の方法によってε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。
【0050】
[実施例4]
25%アンモニア水溶液の添加量を4.5gに変更した点以外、実施例1と同様の方法によってε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。
【0051】
[実施例5]
25%アンモニア水溶液の添加量を4.8gに変更した点以外、実施例1と同様の方法によってε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。
【0052】
[比較例1]
特開2014-224027号公報(特許文献1)の実施例に記載の方法では、得られるε-酸化鉄型強磁性粉末の粉末pHが4.8~6.8の範囲にはならないことを示すために、特開2014-224027号公報の段落0028に記載の方法に準ずる以下の方法によってε-酸化鉄型強磁性粉末を調製した。
純水420gに平均粒子サイズ約6nmのオキシ水酸化鉄(III)粒子(β-FeO(OH))のゾル8.0gと25%アンモニア水溶液17.3gとを加えたものを、マグネチックスターラーを用いて攪拌した後、攪拌を止めて溶液を静置した。上澄みと沈殿物が分離したことが目視で確認された後、静置後の溶液のpH(被膜形成剤添加前の前駆体含有溶液のpH)を室温下で測定した。
その後、上記溶液を液温50℃で40分間撹拌した。攪拌を続けながら、この溶液に被膜形成剤であるテトラエトキシシラン(TEOS)24mLを滴下し、更に24時間撹拌した。室温まで放冷させたのち、硫酸アンモニウム20gを加えて沈殿物を析出させ、この沈殿物を遠心分離処理により採集し、純水で洗浄した。これを内部雰囲気温度80℃の乾燥機内で乾燥させて乾燥後の粉末を回収した。回収された粉末は、テトラエトキシシランの加水分解物であるケイ素含有被膜を有する前駆体の粉末である。
その後の熱処理工程および被膜除去工程を実施例1と同様の方法によって行い、ε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。
【0053】
[実施例6]
比較例1と同様の方法によってε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。得られた粉末を15%酢酸水溶液に投入し、超音波処理を30分間行ったのち、マグネチックスターラーにて液温50℃で5時間撹拌した。撹拌終了後、遠心分離処理により粉末を採集し、純水で洗浄を行い、酢酸処理が施されたε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。
【0054】
[実施例7]
実施例1と同様の方法によってε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。得られた粉末に対して実施例6と同様の方法によって酢酸処理を行い、酢酸処理が施されたε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。
【0055】
[実施例8]
被膜除去工程を以下の方法によって行い、その他の工程は実施例1と同様の方法によって行ってε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。
熱処理工程後に得られた熱処理物を、1mol/Lの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液中に投入し、液温90℃として24時間撹拌することにより、熱処理物からケイ素酸化物被膜を除去した。被膜除去後の粉末を遠心分離処理により採集し、純水で洗浄した。
【0056】
[実施例9]
実施例1と同様の方法によって熱処理工程まで実施した。その後の被膜除去工程を実施例8と同様の方法によって実施した。
その後、実施例6と同様の方法によって酢酸処理を行い、酢酸処理が施されたε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。
【0057】
[比較例2]
25%アンモニア水溶液の添加量を2.0gに変更した点以外、実施例1と同様の方法によって熱処理工程まで実施した。その後の被膜除去工程を、以下の方法によって実施した。
熱処理工程後に得られた熱処理物を、0.8mol/Lの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液中に投入し、液温95℃として24時間撹拌することにより、熱処理物からケイ素酸化物被膜を除去した。
その後、実施例6と同様の方法によって酢酸処理を行い、酢酸処理が施されたε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。
【0058】
[比較例3]
従来行われていた逆ミセル法を利用した製造方法では、得られるε-酸化鉄型強磁性粉末の粉末pHが4.8~6.8の範囲にはならないことを示すために、以下の方法によってε-酸化鉄型強磁性粉末を調製した。
純水24g、n-オクタン73mLおよび1-ブタノール15mLを均一に混合して混合溶媒を調製した。調製した混合溶媒に、硝酸鉄(III)9水和物4.8g、硝酸ガリウム(III)8水和物1.2gを添加し、マグネチックスターラーを用いて室温で撹拌しながら溶解させて溶液を得た。得られた溶液に界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウムを、純水/界面活性剤のモル比が30となる量で添加し、撹拌により溶解させ、ミセル溶液Iを得た。
別容器において、25%アンモニア水溶液8mLを純水16mLに混合して撹拌し、更にn-オクタン73mLおよび1-ブタノール15mLを加えて撹拌した。攪拌により得られた溶液に、界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウムを、(純水+アンモニア水溶液中の水分)/界面活性剤のモル比が30となる量で添加し、溶解させ、ミセル溶液IIを得た。
ミセル溶液Iを撹拌しながら、ミセル溶液Iに対してミセル溶液IIを滴下した。滴下終了後、30分間撹拌し続けた後に攪拌を止めて溶液を静置した。上澄みと沈殿物が分離したことが目視で確認された後、静置後の溶液のpH(被膜形成剤添加前の前駆体含有溶液のpH)を室温下で測定した。
その後、上記溶液に被膜形成剤であるテトラエトキシシラン(TEOS)5mLを滴下し、更に24時間撹拌した。攪拌後の溶液を遠心分離処理し、沈殿物を採集し、純水で洗浄した。洗浄後の沈殿物を内部雰囲気温度80℃の乾燥機内で乾燥させて乾燥後の粉末を回収した。回収された粉末は、テトラエトキシシランの加水分解物であるケイ素含有被膜を有する前駆体の粉末である。
その後、熱処理工程において炉内温度を1000℃とした点以外、実施例1と同様の方法によって熱処理工程および被膜除去工程を行い、ε-酸化鉄型強磁性粉末を得た。
【0059】
実施例2~9および比較例1~3で得られた各強磁性粉末について、実施例1と同様にX線回折分析を行ったところ、ε-酸化鉄型の結晶構造のみが検出された。
【0060】
[強磁性粉末の評価方法]
1.平均粒子サイズの測定
実施例1~9および比較例1~3で得られた各強磁性粉末の平均粒子サイズを、先に記載した方法によって求めた。
【0061】
2.粉末pHの測定
実施例1~9および比較例1~3で得られた各強磁性粉末400mgに対して水5gを加え、先に記載した方法によって粉末pHを求めた。
【0062】
3.分散経時安定性
実施例1~9および比較例1~3で得られた各強磁性粉末の分散経時安定性を、以下の方法によって評価した。
強磁性粉末1.00部を、結合剤(ポリエステルポリウレタン)0.14部、メチルエチルケトン(2-ブタノン)1.60部およびシクロヘキサノン1.10部からなる溶液に懸濁させて懸濁液を得た。
上記懸濁液にビーズ径0.1mmのジルコニアビーズ10.00部を添加し、超音波処理によって分散処理をしながら、一定時間経過ごとに途中サンプリングして分散液の一部を採取した。採取した分散液中の平均粒子径(分散粒子径)を、HORIBA社製動的光散乱式粒度分布測定装置LB-500を用いて測定した。分散粒子径が20nm以下になった時点で分散処理を終了して分散液を静置した。静置中、一定時間経過ごとに途中サンプリングし、分散粒子径をHORIBA社製動的光散乱式粒度分布測定装置LB-500を用いて測定した。分散粒子径が100nm以上の凝集体の散乱強度が、一次粒子径の散乱強度の0.5倍以上となった時間を求め、この時間を凝集体発生時間として表1に示す。凝集体発生時間が長いほど、強磁性粉末の分散経時安定性が高いと判断できる。
【0063】
4.分散性向上の容易性
上記3.において、分散処理開始から分散粒子径が20nm以下になった時点までの時間を、分散時間として表1に示す。分散時間が短いほど分散性向上が容易であると判断できる。
【0064】
【表1】
【0065】
表1に示す結果から、実施例のε-酸化鉄型強磁性粉末が、比較例のε-酸化鉄型強磁性粉末と比べ、格段に高い分散経時安定性を示したことが確認できる。また、表1に示す分散時間から、実施例のε-酸化鉄型強磁性粉末は分散性の向上も容易であったことが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、ε-酸化鉄型強磁性粉末を使用可能な様々な技術分野において有用である。