(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-20
(45)【発行日】2022-02-14
(54)【発明の名称】精神疾患モデル動物およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
A01K 67/027 20060101AFI20220204BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20220204BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20220204BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20220204BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20220204BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20220204BHJP
【FI】
A01K67/027 ZNA
C12N5/10
C12Q1/68
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2018568553
(86)(22)【出願日】2018-02-14
(86)【国際出願番号】 JP2018005019
(87)【国際公開番号】W WO2018151135
(87)【国際公開日】2018-08-23
【審査請求日】2021-01-14
(31)【優先権主張番号】P 2017026027
(32)【優先日】2017-02-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505314022
【氏名又は名称】国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100157956
【氏名又は名称】稲井 史生
(74)【代理人】
【識別番号】100170520
【氏名又は名称】笹倉 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】岡 正啓
(72)【発明者】
【氏名】盛山 哲嗣
(72)【発明者】
【氏名】米田 悦啓
(72)【発明者】
【氏名】宮本 洋一
(72)【発明者】
【氏名】辻井 聡
(72)【発明者】
【氏名】疋田 貴俊
(72)【発明者】
【氏名】森田 真規子
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/118537(WO,A2)
【文献】MORIYAMA, T., et al.,Targeted disruption of one of the importion alpha family members leads to female functional incompetence in delivery,FEBS Journal,2011年,Vol. 278,p. 1561-1572
【文献】SHMIDT, T., et al.,Normal brain development in importin-alpha5 deficient mice,NATURE CELL BIOLOGY,2007年12月,Vol. 9, No. 12,p. 1337-1339
【文献】GLINSKY, G. V.,An SNP-guided microRNA map of fifteen common human disorders identifies a consensus disease phenocode aiming at principal components of the nuclear import pathway,Cell Cycle,2008年,Vol. 7, Issue 16,p. 2570-2583
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/027
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
精神疾患の非ヒトモデル動物を製造する方法であって、(a)非ヒト動物のカリオフェリンα(KPNA)1遺伝子またはそのホモログの全部または一部の機能を喪失させる段階を含む、方法。
【請求項2】
(b)段階(a)で得られた非ヒト動物にストレスを与える段階をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ストレスが社会孤立ストレスである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ストレスが薬物によるストレスである、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
薬物がフェンシクリジン、ジゾシルピン(MK801)、メタンフェタミン、アンフェタミン、コカイン、モルヒネ、カンナビノイド、Δ9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
精神疾患が、統合失調症、双極性障害、多動性障害、学習障害、認知症、およびうつ病から選択される1つ以上の疾患である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
精神疾患が薬物依存症である、請求項4または5に記載の方法。
【請求項8】
段階(a)が、KPNA1遺伝子またはそのホモログをホモでノックアウトすることによって実施される、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
非ヒト動物が非ヒト哺乳動物である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
非ヒト哺乳動物が、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヤギ、ミニブタ、ブタ、ヒツジ、ウシ、サルおよびチンパンジーからなる群から選択される動物である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
精神疾患の予防または治療薬のスクリーニング方法であって、
(a)請求項11に記載の動物に被験物質を投与する段階、
(b)段階(a)で得られた動物に行動課題を課す段階、および
(c)該被験物質の投与前後において、行動課題の結果を比較する段階
を含む、方法。
【請求項12】
被験物質の精神疾患への効能および/または有害性を評価する方法であって、
(a)請求項11に記載の動物に被験物質を投与する段階、
(b)段階(a)で得られた動物に行動課題を課す段階、および
(c)該被験物質の投与前後において、行動課題の結果を比較する段階
を含む、方法。
【請求項13】
精神疾患のバイオマーカーのスクリーニング方法であって、
(a)請求項11に記載の動物、および当該動物と同種の野生型動物のそれぞれから生体試料を採取する段階、
(b)段階(a)で得られた生体試料中の核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質を調べ、それぞれの動物における核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質の転写または発現パターンを比較する段階、および
(c)段階(b)における比較の結果に基づいて、精神疾患の指標となる核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質を選択する段階
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精神疾患モデル動物およびその製造方法に関する。本発明はまた、当該精神疾患モデル動物を用いた精神疾患の予防または治療薬のスクリーニング方法、当該予防または治療薬の効能および/または有害性を評価する方法、ならびに精神疾患のバイオマーカーのスクリーニング方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、日本国内での精神疾患患者数は大幅に増加しており、平成26年には約396万人と報告されている。統合失調症、認知症、うつ病などの患者が比較的多いとされている。統合失調症は、およそ100人に1人弱がかかる頻度の高い病気である。その症状は、妄想および幻覚などのいわゆる「陽性症状」と、無表情、無気力、活動低下、注意力欠陥、会話の鈍化、認知障害、ひきこもりなどのいわゆる「陰性症状」とに分類される。統合失調症の原因は未だ解明されていない。認知症は、記憶、思考、理解、計算、学習、言語、判断などの知的能力に障害が見られる状態であり、生活・社会活動全般に支障をきたす。うつ病とは、気分の落ち込みなどの抑うつ状態が続き、生活・社会活動全般に支障をきたす状態を指す。したがって、統合失調症、認知症、うつ病をはじめとする精神疾患の原因の解明、ならびに有効な治療法および予防法の確立が望まれている。これまでに、精神疾患モデル動物がいくつか報告されている(特許文献1および2)。しかしながら、これらの精神疾患は遺伝要因とストレスなどの環境要因の組み合わせにより発症する複合疾患であり、複数の適切なモデル動物が有効な治療法および予防法の確立に必要である。
【0003】
薬物依存症も精神疾患の1つであり、薬物の効果が切れてくると、薬物が欲しいという強い欲求(渇望)がわいてきて、その渇望をコントロールできずに薬物を使ってしまう状態をいう。現在、薬物依存症の原因として、脳内の神経系の異常が明らかになっている。薬物依存症を引き起こす薬物には、精神依存だけを引き起こす薬物と、精神依存と身体依存の両方を引き起こす薬物の2種類がある。アルコール、モルヒネ、ヘロインは、精神依存のみならず身体依存も引き起こす。これに対し、ニコチン、覚せい剤、コカインは強い精神依存を引き起こすが、身体依存は引き起こさない。薬物依存症は薬物乱用・薬物依存・薬物中毒の3つに分類される。慢性中毒の代表としては、幻覚や妄想を主症状とする覚せい剤精神病、「無動機症候群」を特徴とする有機溶剤精神病などが挙げられる。
【0004】
カリオフェリンα(KPNA)は核輸送因子であり、インポーティンαとも呼ばれる。これまでに、統合失調症患者の上側頭回においてKPNA4の発現が減少していることが報告されている(非特許文献1)。また、KPNA4の一塩基多型が統合失調症患者で有意に見られ、その変異がKPNA4遺伝子の減少と関連していることも報告されている(非特許文献1)。同様に、統合失調症患者においてKPNA3の発現が減少している傾向があることが報告されている(非特許文献1)。また、KPNA3の一塩基多型が、統合失調症、アルコール依存症、アヘン依存症と関連があることが示唆されている(非特許文献2~4)。一方、KPNA1遺伝子を変異させたマウスは、神経系の異常や行動異常を表さないことが報告されている(非特許文献5)。KPNA1遺伝子をノックアウトさせたマウスでは、雌の生殖器の発生異常およびエストロゲン受容体の遺伝子制御異常が報告されている(非特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4106030号公報
【文献】特許第5277353号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Neuropsychopharmacology. 2013 Feb;38(3):533-9
【文献】Neurosci Res. 2005 Aug;52(4):342-6
【文献】Neurosci Lett. 2006 Jul 10;402(1-2):173-5
【文献】Dis Markers. 2012;33(4):163-70
【文献】Nature Cell Biology.2007;9:1337-1338
【文献】FEBS J. 2011 May;278(9):1561-72
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の解決課題は、統合失調症などの精神疾患のモデル動物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、動物においてKPNA1(インポーティンα1)遺伝子の機能を失わせることにより、精神疾患モデル動物を作成できることを見出し、本発明を完成させた。また、かかる動物にストレスを与えることによっても、精神疾患モデル動物を作成できることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、以下のものを提供する:
[1]精神疾患の非ヒトモデル動物を製造する方法であって、(a)非ヒト動物のカリオフェリンα(KPNA)1遺伝子またはそのホモログの全部または一部の機能を喪失させる段階を含む、方法;
[2](b)段階(a)で得られた非ヒト動物にストレスを与える段階をさらに含む、[1]に記載の方法;
[3]ストレスが社会孤立ストレスである、[2]に記載の方法;
[4]ストレスが薬物によるストレスである、[2]に記載の方法;
[5]薬物がフェンシクリジン、ジゾシルピン(MK801)、メタンフェタミン、アンフェタミン、コカイン、モルヒネ、カンナビノイド、Δ9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)である、[4]に記載の方法;
[6]精神疾患が、統合失調症、双極性障害、多動性障害、学習障害、認知症、およびうつ病から選択される1つ以上の疾患である、[1]~[5]のいずれか一つに記載の方法;
[7]精神疾患が薬物依存症である、[4]または[5]に記載の方法;
[8]段階(a)が、KPNA1遺伝子またはそのホモログをホモでノックアウトすることによって実施される、[1]~[7]のいずれか一つに記載の方法;
[9]非ヒト動物が非ヒト哺乳動物である、[1]~[8]のいずれか一つに記載の方法;
[10]非ヒト哺乳動物が、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヤギ、ミニブタ、ブタ、ヒツジ、ウシ、サルおよびチンパンジーからなる群から選択される動物である、[9]に記載の方法;
[11][1]~[10]のいずれか一つに記載の方法によって製造された、精神疾患の非ヒトモデル動物またはそれらの子孫動物;
[12][11]に記載の動物から単離された組織または細胞;
[13]精神疾患の予防または治療薬のスクリーニング方法であって、
(a)[11]に記載の動物に被験物質を投与する段階、
(b)段階(a)で得られた動物に行動課題を課す段階、および
(c)該被験物質の投与前後において、行動課題の結果を比較する段階
を含む、方法;
[14]被験物質の精神疾患への効能および/または有害性を評価する方法であって、
(a)[11]に記載の動物に被験物質を投与する段階、
(b)段階(a)で得られた動物に行動課題を課す段階、および
(c)該被験物質の投与前後において、行動課題の結果を比較する段階
を含む、方法;ならびに
[15]精神疾患のバイオマーカーのスクリーニング方法であって、
(a)[11]に記載の動物、および当該動物と同種の野生型動物のそれぞれから生体試料を採取する段階、
(b)段階(a)で得られた生体試料中の核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質を調べ、それぞれの動物における核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質の転写または発現パターンを比較する段階、および
(c)段階(b)における比較の結果に基づいて、精神疾患の指標となる核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質を選択する段階
を含む、方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、精神疾患のモデル動物を提供することができる。また、本発明のある特定の実施形態によれば、ストレスによってその発症が誘発される精神疾患のモデル動物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は新規物体認識試験の結果を示す。縦軸:判別率(discrimination ratio、%)、WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト。
【
図2】
図2はオープンフィールド試験における1時間の自発行動量を示す。縦軸:行動量(total distance、cm/時間)。A:通常飼育(group housed)、B:孤立飼育(isolation housed)。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、isolation-WT:社会孤立ストレスを与えたWT、isolation-Het:社会孤立ストレスを与えたHet、isolation-KO:社会孤立ストレスを与えたKO。
【
図3】
図3は高架式十字迷路試験の結果を示す。上段:行動量(total distance、cm/15分)、中段:open armの滞在時間(Time in open arm、%)、下段:open armに入る回数(Entries to open arm)。A:通常飼育、B:孤立飼育。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、isolation-WT:社会孤立ストレスを与えたWT、isolation-Het:社会孤立ストレスを与えたHet、isolation-KO:社会孤立ストレスを与えたKO。
【
図4】
図4はY字型迷路試験の結果を示す。上段:行動量(total distance、cm/15分)、下段:交替反応(alternation)(%)。A:通常飼育、B:孤立飼育。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、isolation-WT:社会孤立ストレスを与えたWT、isolation-Het:社会孤立ストレスを与えたHet、isolation-KO:社会孤立ストレスを与えたKO。
【
図5】
図5はプレパルスインヒビション試験の結果を示す。上段:驚愕反応(Startle response)、下段:プレパルスインヒビション(PPI、%)。下段の横軸:プレパルス強度(dB)。A:通常飼育、B:孤立飼育。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、isolation-WT:社会孤立ストレスを与えたWT、isolation-Het:社会孤立ストレスを与えたHet、isolation-KO:社会孤立ストレスを与えたKO。
【
図6】
図6は受動回避試験の結果を示す。縦軸:電気ショックを受けた部屋へ入るまでの時間(latency to step through、秒)。A:通常飼育、B:孤立飼育。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、isolation-WT:社会孤立ストレスを与えたWT、isolation-Het:社会孤立ストレスを与えたHet、isolation-KO:社会孤立ストレスを与えたKO。
【
図7】
図7は強制水泳試験の結果を示す。縦軸:不動時間(Immobility time、秒)。A:通常飼育、B:孤立飼育。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、isolation-WT:社会孤立ストレスを与えたWT、isolation-Het:社会孤立ストレスを与えたHet、isolation-KO:社会孤立ストレスを与えたKO。
【
図8】
図8は血漿中コルチコステロン濃度(ng/ml)を示す。A:通常飼育、B:孤立飼育。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、isolation-WT:社会孤立ストレスを与えたWT、isolation-Het:社会孤立ストレスを与えたHet、isolation-KO:社会孤立ストレスを与えたKO。
【
図9-1】
図9-1は大脳皮質前頭前野のモノアミン濃度(WTに対する%)を示す。A:通常飼育、B:孤立飼育。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、isolation-WT:社会孤立ストレスを与えたWT、isolation-Het:社会孤立ストレスを与えたHet、isolation-KO:社会孤立ストレスを与えたKO。NE content:ノルエピネフリン含量、DOPAC content:3,4-ジヒドロキシフェニル酢酸含量、DA content:ドーパミン含量。
【
図9-2】
図9-2は大脳皮質前頭前野のモノアミン濃度(WTに対する%)を示す。A:通常飼育、B:孤立飼育。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、isolation-WT:社会孤立ストレスを与えたWT、isolation-Het:社会孤立ストレスを与えたHet、isolation-KO:社会孤立ストレスを与えたKO。HVA content:ホモバニール酸含量、3-MT content:3-メトキシチラミン含量、5-HT content:セロトニン含量。
【
図10-1】
図10-1は側坐核のモノアミン濃度(WTに対する%)を示す。A:通常飼育、B:孤立飼育。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、isolation-WT:社会孤立ストレスを与えたWT、isolation-Het:社会孤立ストレスを与えたHet、isolation-KO:社会孤立ストレスを与えたKO。NE content:ノルエピネフリン含量、DOPAC content:3,4-ジヒドロキシフェニル酢酸含量、DA content:ドーパミン含量。
【
図10-2】
図10-2は側坐核のモノアミン濃度(WTに対する%)を示す。A:通常飼育、B:孤立飼育。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、isolation-WT:社会孤立ストレスを与えたWT、isolation-Het:社会孤立ストレスを与えたHet、isolation-KO:社会孤立ストレスを与えたKO。HVA content:ホモバニール酸含量、3-MT content:3-メトキシチラミン含量、5-HT content:セロトニン含量。
【
図11】
図11は生理食塩水(saline)あるいはフェンシクリジン塩酸塩(PCP)の連日投与7日目の薬物投与後行動量(total distance、cm/時間)を示す。A:生理食塩水投与群、B:PCP投与群。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、PCP-WT:薬物(PCP)ストレスを与えたWT、PCP-Het:薬物(PCP)ストレスを与えたHet、PCP-KO:薬物(PCP)ストレスを与えたKO。
【
図12】
図12は生理食塩水(saline)あるいはPCPの連日投与後の高架式十字迷路試験の結果を示す。上段:行動量(total distance、cm/15分)、中段:open armの滞在時間(Time in open arm、%)、下段:open armに入る回数(Entries to open arm)。A:生理食塩水投与群、B:PCP投与群。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、PCP-WT:薬物(PCP)ストレスを与えたWT、PCP-Het:薬物(PCP)ストレスを与えたHet、PCP-KO:薬物(PCP)ストレスを与えたKO。
【
図13】
図13は生理食塩水(saline)あるいはフェンシクリジン塩酸塩(PCP)の連日投与後のY字型迷路試験の結果を示す。上段:行動量(total distance、cm/15分)、下段:交替反応(alternation)(%)。A:生理食塩水投与群、B:PCP投与群。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、PCP-WT:薬物(PCP)ストレスを与えたWT、PCP-Het:薬物(PCP)ストレスを与えたHet、PCP-KO:薬物(PCP)ストレスを与えたKO。
【
図14】
図14は生理食塩水(saline)あるいはフェンシクリジン塩酸塩(PCP)の連日投与後のプレパルスインヒビション試験の結果を示す。上段:驚愕反応(Startle response)、下段:プレパルスインヒビション(PPI、%)。下段の横軸:プレパルス強度(dB)。A:生理食塩水投与群、B:PCP投与群。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、PCP-WT:薬物(PCP)ストレスを与えたWT、PCP-Het:薬物(PCP)ストレスを与えたHet、PCP-KO:薬物(PCP)ストレスを与えたKO。
【
図15】
図15は生理食塩水(saline)あるいはフェンシクリジン塩酸塩(PCP)の連日投与後の受動回避試験の結果を示す。縦軸:電気ショックを受けた部屋へ入るまでの時間(latency to step through、秒)。A:生理食塩水投与群、B:PCP投与群。WT:野生型、Het:ヘテロノックアウト、KO:ホモノックアウト、PCP-WT:薬物(PCP)ストレスを与えたWT、PCP-Het:薬物(PCP)ストレスを与えたHet、PCP-KO:薬物(PCP)ストレスを与えたKO。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1つの実施態様では、本発明は、精神疾患の非ヒトモデル動物を製造する方法であって、(a1)非ヒト動物のカリオフェリンα(KPNA)1遺伝子またはそのホモログの全部または一部の機能を喪失させる段階を含む方法(以下、「本発明の方法」ともいう)を提供する。
【0013】
本明細書において、「精神疾患」とは、脳または心の機能的・器質的障害によって引き起こされる疾患を指す。精神疾患として、統合失調症、双極性障害、多動性障害、学習障害、認知症、うつ病、薬物依存症などが挙げられる。
【0014】
カリオフェリンα(KPNA)は、哺乳類、鳥類、は虫類、両生類、魚類など、様々な生物において広く見られる。また、出芽酵母では1種類、線虫やハエでは3種類、マウスでは6種類、ヒトでは7種類のサブタイプが存在することが知られている。以下の表に示すとおり、マウスとヒトではサブタイプごとに略称表記が異なる。
【表1】
【0015】
その他の例示的な哺乳動物におけるKPNA1について、以下の表に説明する。
【表2】
【0016】
本明細書において、「ホモログ」とは、進化的な起源を同じくする類似性の高い遺伝子の一群を指す。ホモログは「オーソログ」と「パラログ」の2種類に分類される。オーソログは、種分岐の際に同じ遺伝子だったホモログを指す。パラログは、遺伝子重複によって生じたホモログを指す。
【0017】
段階(a1)は、KPNA1遺伝子またはそのホモログ遺伝子を、ノックアウトさせることによって実施してもよい。遺伝子のノックアウトとは、特定の遺伝子を破壊することによって、その標的遺伝子を欠損させることを指す。ある遺伝子をノックアウトする方法としては、例えば、相同組換えを利用して、薬剤耐性遺伝子を標的遺伝子の全体あるいは一部分と入れ替えることにより機能タンパク質の発現を無くす方法や、Cre/Lox Pシステムなどの部位特異的組換え反応を利用する方法、TALENやCRISPR-Cas9を利用するゲノム編集技術などの、当技術分野で公知の方法を用いることができる。例えば、ノックアウトマウスの場合、標的遺伝子破壊を起こしたES細胞を選抜し、その細胞とマウス胚を用いてキメラ個体を作成し、ES細胞に由来する生殖細胞を持つキメラ個体から、数代の交配によって、標的遺伝子破壊を持つ個体が作出される。家畜などの場合では、体細胞を用いた遺伝子標的破壊とクローン技術とを組み合わせた方法によって、ノックアウト動物を作出することができる。本発明において、「ノックアウト」はホモノックアウトであってもよく、ヘテロノックアウトであってもよい。
【0018】
KPNA1遺伝子またはそのホモログ遺伝子のノックアウトは、当該遺伝子の1または複数のエキソンを脱落させることによって実施してもよい。この場合、あるエキソンの一部分を脱落させてもよく、あるエキソンの全体を脱落させてもよい。複数のエキソンを脱落させる場合、連続するエキソンを脱落させてもよく、あるいは離れたエキソンを脱落させてもよい。1または複数のエキソンと共に、当該遺伝子の1または複数のイントロンを脱落させてもよい。この場合、イントロンの一部分を脱落させてもよく、イントロンの全体を脱落させてもよい。マウスKPNA1遺伝子をノックアウトする場合、1番目のエキソン(エキソン1)~14番目のエキソン(エキソン14)から選択される、1または複数のエキソンを脱落させてもよい。例えば、KPNA1タンパク質の開始コドンが存在するエキソン2を脱落させてもよい。あるいは、エキソン2とエキソン3を脱落させてもよい。
【0019】
あるいは、段階(a1)は、KPNA1遺伝子またはそのホモログ遺伝子を、ノックダウンさせることによって実施してもよい。遺伝子のノックダウンとは、特定の遺伝子の転写量を減少させること、あるいは特定の遺伝子からの翻訳を阻害することを指す。遺伝子そのものを破壊する遺伝子ノックアウトとは異なり、ノックダウンは、遺伝子の機能を大きく減弱させるものの完全には失わせない。ある遺伝子をノックダウンする方法としては、例えば、mRNAのアンチセンス鎖に相当するRNAを細胞に導入するアンチセンス法、siRNA、shRNA、microRNAなどを用いるRNAi法などの、当技術分野で周知の方法を用いることができる。ノックダウン効率は、mRNAレベルやタンパク質発現レベルの変化を測定することで確認できる。mRNAレベルを測定する方法としては、リアルタイム定量PCR(qPCR)、Northern Blottingが挙げられるが、これらに限定されない。タンパク質発現レベルを測定する方法としては、Western Blotting、ELISAが挙げられるが、これらに限定されない。本発明において、ノックダウン効率は、得られたノックダウン動物にストレスを与える(段階(b1))ことによって本発明の精神疾患モデル動物として利用できる限り、特に限定されないが、例えば、約30%、約35%、約40%、約45%、約50%、約55%、約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約96%、約97%、約98%、または約99%の効率である。
【0020】
KPNA1遺伝子またはそのホモログ遺伝子のノックダウンは、当該遺伝子の1または複数のエキソンを標的とすることによって実施してもよい。この場合、あるエキソンの一部分を標的としてもよく、あるエキソンの全体を標的としてもよい。複数のエキソンを標的とする場合、連続するエキソンを標的としてもよく、あるいは離れたエキソンを標的としてもよい。マウスKPNA1遺伝子をノックダウンする場合、エキソン1~14から選択される1または複数のエキソンを標的としてもよい。例えば、エキソン2を標的としてもよい。あるいは、エキソン2とエキソン3を標的としてもよい。
【0021】
ある特定の実施形態では、本発明の方法は、(b1)段階(a1)で得られた非ヒト動物にストレスを与える段階をさらに含む。
【0022】
1つの実施形態では、段階(b1)で与えられるストレスは社会孤立ストレスである。他の実施形態では、段階(b1)で与えられるストレスは薬物によるストレスである。薬物の例としては、フェンシクリジン、ジゾシルピン(MK801)、メタンフェタミン、アンフェタミン、コカイン、モルヒネ、カンナビノイド、Δ9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0023】
別の実施形態では、精神疾患は、統合失調症、双極性障害、多動性障害、学習障害、認知症、およびうつ病から選択される1つ以上の疾患である。さらに別の実施形態では、段階(b1)で与えられるストレスが薬物によるストレスであり、精神疾患が薬物依存症である。
【0024】
さらに別の実施形態では、段階(a1)が、KPNA1遺伝子またはそのホモログをホモでノックアウトすることによって実施される。
【0025】
本明細書において用いられる「非ヒト動物」としては、KPNA1遺伝子またはそのホモログを有する、ヒト以外の動物を用いることができる。1つの実施形態では、非ヒト動物は非ヒト哺乳動物である。非ヒト哺乳動物の例としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、フェレット、イヌ、ネコ、ヤギ、ミニブタ、ブタ、ヒツジ、ウシ、ヤク、ウマ、ロバ、アルパカ、コモンマーモセット、サル、チンパンジー、ボノボ、オランウータン、およびゴリラが挙げられるが、これらに限定されない。特定の実施形態では、非ヒト哺乳動物は、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヤギ、ミニブタ、ブタ、ヒツジ、ウシ、サルおよびチンパンジーからなる群から選択される動物である。
【0026】
他の実施態様では、本発明は、本発明の方法によって製造された、精神疾患の非ヒトモデル動物またはそれらの子孫動物(以下、「本発明の非ヒトモデル動物またはそれらの子孫動物」ともいう)を提供する。「子孫動物」とは、本発明の非ヒトモデル動物をさらに交配して得られる子孫動物を指す。交配は、本発明の非ヒトモデル動物同士の交配であってもよく、本発明の非ヒトモデル動物以外の動物との交配であってもよい。
【0027】
後述するように(実施例の項を参照のこと)、本発明の方法によって製造された精神疾患モデルマウスでは、血漿中コルチコステロン濃度の増加、大脳皮質前頭前野の5-HT濃度の減少、および/または側坐核の5-HT濃度の減少が見られる。したがって、別の実施態様では、本発明は、(i)血漿中コルチコステロン濃度の増加、(ii)大脳皮質前頭前野の5-HT濃度の減少、および(iii)側坐核の5-HT濃度の減少からなる群から選択される状態の1つ以上を示す、非ヒト動物またはそれらの子孫動物を提供する。
【0028】
別の実施態様では、本発明は、上述した本発明の非ヒトモデル動物またはそれらの子孫動物から単離された組織または細胞を提供する。「組織」は、本発明の非ヒトモデル動物またはそれらの子孫動物から得られる任意の組織を意味する。例えば、上皮組織(被蓋上皮、腺上皮、吸収上皮、感覚上皮、および呼吸上皮など)、結合組織(真皮、皮下組織、粘膜下組織、骨膜、筋膜、腱、および血管の外膜など)、軟骨組織、骨組織、血液、リンパ液、筋組織(骨格筋組織、平滑筋組織、および心筋組織など)、神経組織、ならびに胚組織が挙げられるが、これらに限定されない。「細胞」は、本発明の非ヒトモデル動物またはそれらの子孫動物から得られる任意の細胞を意味する。例えば、上皮細胞、内皮細胞、繊維芽細胞、骨細胞、筋細胞、神経細胞、血液細胞、免疫細胞、脂肪細胞、肥満細胞、色素細胞、生殖細胞、前駆細胞、および幹細胞が挙げられるが、これらに限定されない。
【0029】
さらに別の実施態様では、本発明は、精神疾患の予防または治療薬のスクリーニング方法であって、(a2)本発明の非ヒトモデル動物またはそれらの子孫動物に被験物質を投与する段階、(b2)段階(a2)で得られた動物に行動課題を課す段階、および(c2)該被験物質の投与前後において、行動課題の結果を比較する段階を含む方法を提供する。
【0030】
さらに別の実施態様では、本発明は、被験物質の精神疾患への効能および/または有害性を評価する方法であって、(a3)本発明の非ヒトモデル動物またはそれらの子孫動物に被験物質を投与する段階、(b3)段階(a3)で得られた動物に行動課題を課す段階、および(c3)該被験物質の投与前後において、行動課題の結果を比較する段階を含む方法を提供する。
【0031】
段階(a2)および(a3)における被験物質の投与は特に限定されず、被験物質は経口的または非経口的に投与されうる。非経口的な投与経路としては、例えば、経鼻、眼、耳、静脈内、動脈内、心室、腹腔内、筋肉内、皮内、および皮下経路が挙げられるが、これらに限定されない。被験物質の投与量は、有効成分の種類、分子の大きさ、投与経路、投与対象となる動物の種類、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等に応じて、適宜設定されうる。
【0032】
段階(b2)および(b3)における「行動課題」としては、オープンフィールド試験、高架式十字迷路試験、明暗選択試験、Y字型迷路試験、T字型迷路試験、新規物体認識試験、プレパルスインヒビション(PPI)試験、レイテントインヒビション試験、受動回避試験、強制水泳試験、尾懸垂試験が挙げられるが、これらに限定されない。これらの試験の具体的な条件・手段は当技術分野で公知の条件・手段が用いられる。例えば、Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Sep 4;104(36):14501-6を参照のこと。例として、実施例の項で説明される条件・手段が挙げられる。
【0033】
さらに別の実施態様では、本発明は、精神疾患のバイオマーカーのスクリーニング方法であって、(a4)本発明の非ヒトモデル動物またはそれらの子孫動物、および当該動物と同種の野生型動物のそれぞれから生体試料を採取する段階、(b4)段階(a4)で得られた生体試料中の核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質を調べ、それぞれの動物における核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質の転写または発現パターンを比較する段階、および(c4)段階(b4)における比較の結果に基づいて、精神疾患の指標となる核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質を選択する段階を含む方法を提供する。
【0034】
「生体試料」としては、例えば、細胞、組織(正常組織および病変組織)、全血、血漿、血清、リンパ液、脳脊髄液、胸水、腹水、胃液、胆汁、膵液、腸液、関節液、涙、眼房水、唾液、喀痰、鼻汁、汗、羊水、乳汁、および尿などの体液、ならびに糞便が挙げられるが、これらに限定されない。生体試料は、例えばバッファーなどを用いて、上記方法において用いるために適した状態へと調製されてもよい。生体試料は、新鮮なまま用いてもよく、あるいは、凍結処理やホルマリン固定処理を行った後に用いてもよい。あるいは、採取後、適当な温度下で保管した生体試料を用いてもよい。核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質の転写または発現パターンの測定方法としては、当技術分野で公知の方法を用いることができる。例えば、リアルタイム定量PCR(qPCR)、Northern Blotting、Western Blotting、ELISAが挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
本発明はさらに、以下のものを提供する:
[1’]非ヒト動物に精神疾患に関連する症状および/または障害を起こさせる方法であって、(a’)該非ヒト動物のカリオフェリンα(KPNA)1遺伝子またはそのホモログの全部または一部の機能を喪失させる段階を含む、方法;
[2’](b’)段階(a’)で得られた非ヒト動物にストレスを与える段階をさらに含む、[1’]に記載の方法;
[3’]ストレスが社会孤立ストレスである、[2’]に記載の方法;
[4’]ストレスが薬物によるストレスである、[2’]に記載の方法;
[5’]薬物がフェンシクリジン、ジゾシルピン(MK801)、メタンフェタミン、アンフェタミン、コカイン、モルヒネ、カンナビノイド、Δ9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)である、[4’]に記載の方法;
[6’]精神疾患が、統合失調症、双極性障害、多動性障害、学習障害、認知症、およびうつ病から選択される1つ以上の疾患である、[1’]~[5’]のいずれか一つに記載の方法;
[7’]精神疾患が薬物依存症である、[4’]または[5’]に記載の方法;
[8’]段階(a’)が、KPNA1遺伝子またはそのホモログをホモでノックアウトすることによって実施される、[1’]~[7’]のいずれか一つに記載の方法;
[9’]非ヒト動物が非ヒト哺乳動物である、[1’]~[8’]のいずれか一つに記載の方法;
[10’]非ヒト哺乳動物が、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヤギ、ミニブタ、ブタ、ヒツジ、ウシ、サルおよびチンパンジーからなる群から選択される動物である、[9’]に記載の方法;
[11’][1’]~[10’]のいずれか一つに記載の方法によって製造された、精神疾患の非ヒトモデル動物またはそれらの子孫動物;
[12’][11’]に記載の動物から単離された組織または細胞;
[13’]精神疾患の予防または治療薬のスクリーニング方法であって、
(a’)[11’]に記載の動物に被験物質を投与する段階、
(b’)段階(a’)で得られた動物に行動課題を課す段階、および
(c’)該被験物質の投与前後において、行動課題の結果を比較する段階
を含む、方法;
[14’]被験物質の精神疾患への効能および/または有害性を評価する方法であって、
(a’)[11’]に記載の動物に被験物質を投与する段階、
(b’)段階(a’)で得られた動物に行動課題を課す段階、および
(c’)該被験物質の投与前後において、行動課題の結果を比較する段階
を含む、方法;ならびに
[15’]精神疾患のバイオマーカーのスクリーニング方法であって、
(a’)[11’]に記載の動物、および当該動物と同種の野生型動物のそれぞれから生体試料を採取する段階、
(b’)段階(a’)で得られた生体試料中の核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質を調べ、それぞれの動物における核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質の転写または発現パターンを比較する段階、および
(c’)段階(b’)における比較の結果に基づいて、精神疾患の指標となる核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質を選択する段階
を含む、方法。
【0036】
本明細書において、「精神疾患に関連する症状および/または障害」とは、精神疾患(例えば、統合失調症、双極性障害、多動性障害、学習障害、認知症、うつ病、薬物依存症)において見られる異常な行動や状態を指す。非ヒト動物におけるかかる症状および/または障害の例としては、自発行動量の低下、落ち着きのなさ、衝動性の増加、強制水泳試験における不動時間の増加、新規物体の認識の低下、感覚運動統合の障害、忌避学習の障害が挙げられるが、これらに限定されない。
【0037】
本発明はまたさらに、以下のものを提供する:
[16’]カリオフェリンα(KPNA)1遺伝子またはそのホモログの全部または一部の機能を喪失している、精神疾患の非ヒトモデル動物;
[17’]ストレスを与えられた、[16’]に記載の動物;
[18’]ストレスが社会孤立ストレスである、[17’]に記載の動物;
[19’]ストレスが薬物によるストレスである、[17’]に記載の動物;
[20’]薬物がフェンシクリジン、ジゾシルピン(MK801)、メタンフェタミン、アンフェタミン、コカイン、モルヒネ、カンナビノイド、Δ9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)である、[19’]に記載の動物;
[21’]精神疾患が、統合失調症、双極性障害、多動性障害、学習障害、認知症、およびうつ病から選択される1つ以上の疾患である、[16’]~[20’]のいずれか一つに記載の動物;
[22’]精神疾患が薬物依存症である、[19’]または[20’]に記載の動物;
[23’]KPNA1遺伝子またはそのホモログがホモでノックアウトされている、[16’]~[22’]のいずれか一つに記載の動物;
[24’]非ヒト哺乳動物である、[16’]~[23’]のいずれか一つに記載の動物;
[25’]マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヤギ、ミニブタ、ブタ、ヒツジ、ウシ、サルおよびチンパンジーからなる群から選択される動物である、[24’]に記載の動物;
[26’][16’]~[25’]のいずれか一つに記載の動物の子孫動物;
[27’][16’]~[26’]のいずれか一つに記載の動物から単離された組織または細胞;
[28’]精神疾患の予防または治療薬のスクリーニング方法であって、
(a’)[16’]~[26’]のいずれか一つに記載の動物に被験物質を投与する段階、
(b’)段階(a’)で得られた動物に行動課題を課す段階、および
(c’)該被験物質の投与前後において、行動課題の結果を比較する段階
を含む、方法;
[29’]被験物質の精神疾患への効能および/または有害性を評価する方法であって、
(a’)[16’]~[26’]のいずれか一つに記載の動物に被験物質を投与する段階、
(b’)段階(a’)で得られた動物に行動課題を課す段階、および
(c’)該被験物質の投与前後において、行動課題の結果を比較する段階
を含む、方法;ならびに
[30’]精神疾患のバイオマーカーのスクリーニング方法であって、
(a’)[16’]~[26’]のいずれか一つに記載の動物、および当該動物と同種の野生型動物のそれぞれから生体試料を採取する段階、
(b’)段階(a’)で得られた生体試料中の核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質を調べ、それぞれの動物における核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質の転写または発現パターンを比較する段階、および
(c’)段階(b’)における比較の結果に基づいて、精神疾患の指標となる核酸、タンパク質、代謝産物、または脂質を選択する段階
を含む、方法。
【0038】
本発明はまたさらに、以下のものを提供する:
[31’]精神疾患の非ヒトモデル動物としての、カリオフェリンα(KPNA)1遺伝子またはそのホモログの全部または一部の機能を喪失している非ヒト動物の使用;
[32’]精神疾患の予防または治療薬の製造のための、カリオフェリンα(KPNA)1遺伝子またはそのホモログの全部または一部の機能を喪失している非ヒト動物の使用;
[33’]精神疾患の予防または治療薬のスクリーニングのための、カリオフェリンα(KPNA)1遺伝子またはそのホモログの全部または一部の機能を喪失している非ヒト動物の使用;
[34’]被験物質の精神疾患への効能および/または有害性の評価のための、カリオフェリンα(KPNA)1遺伝子またはそのホモログの全部または一部の機能を喪失している非ヒト動物の使用;
[35’]精神疾患のバイオマーカーのスクリーニングのための、カリオフェリンα(KPNA)1遺伝子またはそのホモログの全部または一部の機能を喪失している非ヒト動物の使用;
[36’]非ヒト動物がストレスを与えられている、[31’]~[35’]のいずれか一つに記載の使用;
[37’]ストレスが社会孤立ストレスである、[36’]に記載の使用;
[38’]ストレスが薬物によるストレスである、[36’]に記載の使用;
[39’]薬物がフェンシクリジン、ジゾシルピン(MK801)、メタンフェタミン、アンフェタミン、コカイン、モルヒネ、カンナビノイド、Δ9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)である、[38’]に記載の使用;
[40’]精神疾患が、統合失調症、双極性障害、多動性障害、学習障害、認知症、およびうつ病から選択される1つ以上の疾患である、[31’]~[39’]のいずれか一つに記載の使用;
[41’]精神疾患が薬物依存症である、[38’]または[39’]に記載の使用;
[42’]非ヒト動物においてKPNA1遺伝子またはそのホモログがホモでノックアウトされている、[31’]~[41’]のいずれか一つに記載の使用;
[43’]非ヒト動物が非ヒト哺乳動物である、[31’]~[42’]のいずれか一つに記載の使用;ならびに
[44’]非ヒト哺乳動物が、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヤギ、ミニブタ、ブタ、ヒツジ、ウシ、サルおよびチンパンジーからなる群から選択される動物である、[43’]に記載の使用。
【0039】
本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本発明が属する技術分野の当業者によって一般的に理解されるものと同一の意味を有する。用語「約」は、当業者により理解され、それが使用されている文脈に応じてある程度変化する。「約」は、典型的に、当該用語が付されている数値の±10%、より典型的には±5%、より典型的には±4%、より典型的には±3%、より典型的には±2%、さらにより典型的には±1%の範囲の数値を意味する。
【0040】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0041】
1. 研究材料
Kpna1-Hetマウスを以下の手法で作成した。
マウスKPNA1遺伝子は16番染色体上にあり、14個のエキソンから構成される。そして、2番目のエキソンにKPNA1タンパク質の開始コドンが存在している。そこで、2番目のエキソンと3番目のエキソンをCre/loxPシステムを利用して脱落させることにより、KPNA1タンパク質の発現を欠損したマウスを得た。
【0042】
具体的には、まず、loxP組換え配列で挟まれた、マウスKPNA1遺伝子のゲノム領域の2番目のエキソンと3番目のエキソンからなる領域、および選択マーカーカセット(両側にFRT組換え配列が配置されたネオマイシン耐性遺伝子)を有するターゲティングベクター(配列番号4)を作製した。次に、作製したターゲティングベクターを、エレクトロポレーション法によりES細胞に導入した。遺伝子導入後のES細胞をG418存在下で培養した。その後、PCR法とサザンブロット法により、想定した通りのDNA組み換えが起きたES細胞のスクリーニングを行った。このようにして得られたES細胞をマウス受精卵に導入し、マウス体内にもどして着床させることでキメラマウスを得た。さらに、そのキメラマウスとC57BL/6Jマウスとを交配させ、マウスKPNA1遺伝子の2番目のエキソンと3番目のエキソンからなる領域がloxP組換え配列で挟まれているトランスジェニックマウスを得た。次に、得られたトランスジェニックマウスをCAG-FLPe マウス(全身性に組換え酵素FLPeを発現するトランスジェニックマウス)と交配させた。これにより、FRT組換え配列で挟まれた選択マーカーカセットをマウスゲノム中から取り除いた。続いて、得られたトランスジェニックマウスをCAG-Cre マウス(全身性に組換え酵素Creを発現するトランスジェニックマウス)と交配させた。得られたトランスジェニックマウスをKpna1-Hetマウスと命名した。Kpna1-HetをC57BL/6Jと10世代以上の交配を行うことにより、遺伝子背景がC57BL/6JであるKpna1-Het(NE10)マウスを得た。Kpna1-Het(NE10)マウス同士を交配させることにより、その子孫から同胞であるノックアウトマウス(KO)、ヘテロマウス(Het)、野生型マウス(WT)を得た。
【0043】
マウスの尾部組織の一部より精製したゲノムDNAに対して以下の表に記載のプライマーを用いてPCRを行うことにより、遺伝子型を確認した。PCRは常法に従って実施した。
【表3】
【0044】
PCR反応後、1%アガロースゲルにて電気泳動を行った。622bpのPCR産物のみが確認されたものを野生型マウス(WT)と判断した。622bpと420bpの2本のPCR産物が確認されたものをKpna1-Hetマウス(Het)と判断した。420bpのPCR産物のみが確認されたものをノックアウトマウス(KO)と判断した。全ての実験は同胞であるオスのKO、Het、およびWTを用いた。遺伝子組換えマウスの使用については京都大学組換えDNA実験安全委員会の承認を受け、京都大学組換えDNA実験安全管理規定に従った。
【0045】
1-1. 社会孤立ストレスの負荷方法
マウスを、生後5週から8週にかけて、通常の飼育ケージ(21×32×13 cm)にて集団飼育を続ける群と、小ケージ(12.5×20×11 cm)の周囲に白い紙を巻き、孤立飼育を行う群に分けた。
【0046】
1-2. 薬物ストレスの負荷方法
薬物ストレスを与えるマウスに、フェンシクリジン塩酸塩[1-(1-phenylcyclohexyl) piperidine hydrochloride:PCP](10mg/kg、10mL/kg、皮下投与)を生後5週から6週にかけて7日間皮下注射により、1日1回投与した。対照群にはPCPに代えて生理食塩水を同じスケジュールで投与した。7日目にオープンフィールド試験を行った。
【0047】
2. 行動実験
生後8週齢より、京都大学大学院医学研究科メディカルイノベーションセンター動物施設において、新規物体認識試験、オープンフィールド試験、高架式十字迷路試験、Y字型迷路試験、プレパルスインヒビション(PPI)試験、受動回避試験、強制水泳試験を行った。すべての行動実験は京都大学動物実験委員会の承認を受け、京都大学における動物実験の実施に関する規程に従った。
【0048】
2-1. 新規物体認識試験
幅40cm×奥行き40cm×高さ27cmの箱を用いた。マウスを3日間連続で、5分間、物体のない箱内を探索させ、馴化させた。4日目に、まず、同一の形状、色および大きさの2つの物体を箱内に置き、5分間探索させた(training)。trainingの終了後すぐに、ホームケージに戻した。15分後に、2つの物体の内1つが異なる新規物体に置き換えられた箱内にマウスを入れ、5分間探索させた(retention)。trainingとretentionの各5分間の行動をビデオ撮影した。撮影した5分間の行動をEthoVision XT 8.5で追跡、解析した。2つの物体を探索する時間の差を求めた。
【0049】
2-2. オープンフィールド試験
幅40cm×奥行き40cm×高さ27cmの箱の中心にマウスを置いた。直後から60分間の行動をビデオ撮影した。60分間の総移動距離(cm/1時間)をビデオ解析システムEthoVision XT 8.5(Noldus)で解析し、新規環境における自発行動量を測定した。
【0050】
2-3. 高架式十字迷路試験
長さ30cm×幅7cmの4本のアームを十字迷路として、床から30cmの高さに設置した。4本のアームのうち、2本は壁の無いopen arm、2本は高さ20cmの壁があるclosed armとした。この高架式十字迷路の中心にマウスを置いた。直後から15分間の行動をビデオ撮影した。十字迷路内の15分間の行動をEthoVision XT 8.5で解析し、総移動距離(total distance、cm/15分)、マウスがclosed armとopen armに滞在した合計の時間の内open armに滞在した時間(Time in open arm、%)およびopen armに進入した回数(Entries to open arm)を測定した。
【0051】
2-4. Y字型迷路試験
3本のアームが長さ42cm、深さ15cm、アーム間の角度が120°のY字型迷路を設置した。Y字型迷路の中心にマウスを置いた。直後から15分間の行動をビデオ撮影した。撮影した15分間の行動をEthoVision XT 8.5で追跡、解析した。総移動距離(cm/15分)を測定した。加えて、マウスが全てのアームに侵入した回数と、続けて3回異なるアームに入った回数(交替行動数)を数え、alternation(%)を算出した。alternation(%)は以下の式で表される:
[式1]
alternation(%)=交替行動数÷(総侵入回数-2)×100
【0052】
2-5. プレパルスインヒビション試験
The SR-LAB(商標) Startle Response System(San Diego Instruments)により音刺激に対する驚愕反応を測定した。アクリル製の筒に対象の動物を入れ、70dBのホワイトノイズによる30分間の馴らしを行った。その後、40ミリ秒のホワイトノイズの後に、6種類のプレパルスのいずれか(ホワイトノイズのみ、74dB、78dB、82dB、86dB、90dB)を20ミリ秒与えた。続けて100ミリ秒の無音時間の後に、40ミリ秒間、120dBの驚愕音刺激を与え、驚愕刺激音時の驚愕反応を測定した。各プレパルスと驚愕音刺激の組み合わせは各7回ランダムに提示した。驚愕音刺激後のインターバル時間は25ミリ秒から60ミリ秒の間でランダムに与えた。測定したデータからプレパルスインヒビション(PPI,%)を算出した。PPI(%)は以下の式で表される:
[式2]
{1-(プレパルスありでの驚愕反応の大きさ)/(プレパルスなしでの驚愕反応の大きさ)}×100
【0053】
2-6. 受動回避試験
照明で明るくした明室と、電気ショック発生装置とつなげたグリッドを備える床が設置された暗室とが連結されている装置を用いた。1日目にマウスを明室に入れ、暗室に入室するまでの時間を測定した。暗室に入室後、明室と暗室の間の扉を閉め、0.3mA、60Hzの電気ショックを1秒間与えた。その後、ホームケージに戻した。24時間後に、明室に入れ、暗室に入室するまでの時間を測定した。
【0054】
2-7. 強制水泳試験
直径13.5cm×高さ20cmの筒に室温の水を高さ14cmまで入れ、その中心にマウスを置いた。直後から6分間の行動をビデオ撮影した。6分間の不動時間(秒)をストップウォッチで測定し、水中環境における不動時間を測定した。
【0055】
3. 血漿中コルチコステロン濃度測定
イソフルランにより十分に麻酔をかけたマウスより血液を採取し、血漿中のコルチコステロン濃度をEIAキット(Cayman Chemical Company)を用いて測定した。
【0056】
4. 脳内モノアミン量測定
イソフルランにより十分に麻酔をかけたマウスより脳を素早く取り出し、1mm厚の冠状断スライスを調製した。スライスより大脳皮質前頭前野と側坐核を分離し、凍結保存した。凍結サンプルを、イソプロテレノールを内部標準として含む0.2M 過塩素酸溶液に入れ、超音波ホモジェナイザー(TAITEC)を用いて氷中で破砕した。30分の均質化後、得られた溶液を4℃で15分間、20,000gの遠心分離に供した。上澄み液を0.45μm Cosmospin filter H(ナカライテスク)にて濾過した。高速液体クロマトグラフィー法により、3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール(MHPG)、ノルエピネフリン(NE)、ピネフリン(Epi)、3,4-ジヒドロキシフェニル酢酸(DOPAC)、ノルメタネフリン(NM)、ドーパミン(DA)、5-ハイドロキシインドール酢酸(5-HIAA)、ホモバニール酸(HVA)、3-メトキシチラミン(3-MT)、および5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT)の量を測定した。
【0057】
5. 統計処理
全ての統計処理はGraph pad Prism 6.0 (Graph pad software)を用いて行った。2群比較としてt検定を行った。他はANOVA解析を行い、Bonferroni多重比較により有意差を検定した。
【0058】
6. 結果
上述した試験の結果を以下に示す。
【0059】
6-1. 新規物体認識試験
結果を
図1に示す。通常飼育したWTでは、TrainingとRetentionでの2つの物体の識別率に有意差が見られた。このことは、通常飼育したWTは新規物体を認識できることを示している。**, p<0.01。これに対して、HetとKOでは、TrainingとRetentionでの2つの物体の識別率に有意差が見られなかった(n.s.:not significant)。このことは、通常飼育したHetとKOは新規物体を認識できない、すなわち認知機能が低下していることを示している。WT, n=9;Het, n=10;KO, n=11。すなわち、HetとKOマウスはストレスを与えない状態であっても、学習障害、認知症の行動モデルとして用いることができる。
【0060】
6-2. オープンフィールド試験
結果を
図2に示す。通常飼育したWT、Het、KOは新規環境における自発行動量に差は無かった(A)。One way ANOVA p=0.8419。WT, n=9;Het, n=10;KO, n=11。社会孤立ストレスを与えたKOマウス(isolation-KO)は有意に自発行動量の低下を認めた(B)。One way ANOVA p=0.0074。*, p<0.05。WT, n=10;Het, n=14;KO, n=9。
【0061】
6-3. 高架式十字迷路試験
結果を
図3に示す。通常飼育したWT、Het、KOは高架式十字迷路試験における行動量、open armの滞在時間、open armに入る回数に差は無かった(A)。WT, n=9; Het, n=10; KO, n=11。社会孤立ストレスを与えたKOマウス(isolation-KO)は有意に高架式十字迷路試験における行動量の増加を認めた(B上段、One way ANOVA p=0.0383)。*, p<0.05。また、社会孤立ストレスを与えた場合、WT、Het、KOの順に、open armの滞在時間(%)が有意に増加した(B中段、One way ANOVA p=0.0003)。さらに、社会孤立ストレスを与えた場合、WT、Het、KOの順に、open armに入る回数が有意に増加した(B下段、One way ANOVA p<0.0001)。*, p<0.05、***, p<0.001、***, p<0.0001。WT, n=10;Het, n=14;KO, n=9。このことは、社会孤立ストレスを与えたHetマウス(isolation-Het)およびKOマウス(isolation-KO)で、迷路試験での落ち着きのなさと衝動性の増加がある事を示す。すなわち、社会孤立ストレスを与えたHetマウスおよびKOマウスは、統合失調症、双極性障害、多動性障害の行動モデルとして用いることができる。
【0062】
6-4. Y字型迷路試験
結果を
図4に示す。通常飼育したWT、Het、KOでは、Y字型迷路試験における行動量とalternation(%)に差は無かった(A)。WT, n=9;Het, n=10;KO, n=11。社会孤立ストレスを与えたKOマウス(isolation-KO)は有意にY字型迷路試験における行動量の増加を認めた(B上段、One way ANOVA p=0.0347)。*, p<0.05。alternation(%)には差が無かった(B下段、One way ANOVA p=0.7173)。WT, n=10;Het, n=14;KO, n=9。このことは、社会孤立ストレスを与えたKOマウス(isolation-KO)において、短期記憶に差は無いが、迷路試験で落ち着きがないことを示す。
【0063】
6-5. プレパルスインヒビション試験
結果を
図5に示す。通常飼育したWT、Het、KOでは、プレパルスインヒビション試験における驚愕反応とPPI(%)に差は無かった。WT, n=9;Het, n=10;KO, n=11。社会孤立ストレスを与えたKOマウス(isolation-KO)では、プレパルスインヒビション試験における驚愕反応に差は無かった(B上段、One way ANOVA p=0.8297)。一方、社会孤立ストレスを与えた場合、WT、Het、KOの順に、PPI(%)の低下が見られた(B下段、Two way ANOVA p=0.0007)。*, p<0.05。WT, n=10;Het, n=14;KO, n=9。このことは、社会孤立ストレスを与えたHetマウス(isolation-Het)およびKOマウス(isolation-KO)で、感覚運動統合の障害がある事を示す。すなわち、社会孤立ストレスを与えたHetマウス(isolation-Het)およびKOマウス(isolation-KO)は統合失調症モデルとして用いることができる。
【0064】
6-6. 受動回避試験
結果を
図6に示す。通常飼育したWT、Het、KOは、電気ショックを受けた翌日(Day2)において、電気ショックを受けた部屋へ入るまでの時間(縦軸)が有意に増加した(A)。****, p<0.0001。これは、忌避学習できていることを示す。WT, n=10;Het, n=6;KO, n=9。社会孤立ストレスを与えたWT(isolation-WT)、Het(isolation-Het)は、電気ショックを受けた翌日(Day2)において、電気ショックを受けた部屋へ入るまでの時間(縦軸)が有意に増加した(B)。**, p<0.01、****, p<0.0001。これに対して、社会孤立ストレスを与えたKO(isolation-KO)では有意差がみられず(n.s.: not significant)、忌避学習に障害が見られた(B)。WT, n=10;Het, n=14;KO, n=9。すなわち、社会孤立ストレスを与えたKOマウス(isolation-KO)は統合失調症、学習障害、認知症の行動モデルとして用いることができる。
【0065】
6-7. 強制水泳試験
結果を
図7に示す。通常飼育したWT、Het、KOでは、強制水泳試験における不動時間に差は無かった(A)。WT, n=11;Het, n=10;KO, n=9。社会孤立ストレスを与えたKOマウス(isolation-KO)では、有意に強制水泳試験における不動時間の増加が見られた(B)。One way ANOVA p=0.0023。*, p<0.05、**, p<0.01。WT, n=10;Het, n=14;KO, n=9。このことは、社会孤立ストレスを与えたKOマウス(isolation-KO)は、うつ傾向が強いことを示している。すなわち、社会孤立ストレスを与えたKOマウス(isolation-KO)はうつ病、統合失調症の行動モデルとして用いることができる。
【0066】
6-8. 血漿中コルチコステロン濃度
結果を
図8に示す。通常飼育したWT、Het、KOでは、血漿中コルチコステロン濃度に差は無かった(A)。WT, n=10;Het, n=10;KO, n=9。社会孤立ストレスを与えたKOマウス(isolation-KO)では、有意に血漿中コルチコステロン濃度の増加が見られた(B)。One way ANOVA p=0.0088。*, p<0.05。WT, n=10;Het, n=14;KO, n=9。
【0067】
6-9. 大脳皮質前頭前野のモノアミン濃度
結果を
図9-1および
図9-2に示す。通常飼育したWT、Het、KOでは、順に、大脳皮質前頭前野のDA濃度が有意に増加した(A)。*, p<0.05。WT, n=8;Het, n=5;KO, n=6。社会孤立ストレスを与えたWT(isolation-WT)、Het(isolation-Het)、KO(isolation-KO)では、順に、大脳皮質前頭前野の5-HT濃度が減少する傾向が見られた(B)。WT, n=6;Het, n=7;KO, n=5。
【0068】
6-10. 側坐核のモノアミン濃度
結果を
図10-1および
図10-2に示す。通常飼育したWT、Het、KOでは、側坐核のモノアミン濃度に差は無かった(A)。*, p<0.05。WT, n=8;Het, n=5;KO, n=6。社会孤立ストレスを与えたWT(isolation-WT)、Het(isolation-Het)、KO(isolation-KO)では、順に、側坐核の5-HT濃度が減少する傾向が見られた(B)。WT, n=6;Het, n=7;KO, n=5。
【0069】
6-11. 生理食塩水あるいはPCPの連日投与7日目の薬物投与後行動量
結果を
図11に示す。生理食塩水を連日投与した場合、WT、Het、KO間で投与後行動量に差は無かった(A)。WT, n=7; Het, n=6; KO, n=5。PCPを連日投与した場合、7日目の薬物投与後行動量は、WT、Het、KOの順に有意に増加した。One way ANOVA p=0.0034。*, p<0.05。WT, n=5; Het, n=6; KO, n=5。このことは、薬物ストレスを与えたKOマウス(PCP-KO)はPCPに対する感受性が増加していることを示している。すなわち、薬物ストレスを与えたKOマウス(PCP-KO)は薬物依存症、統合失調症の行動モデルとして用いることができる。
【0070】
6-12. 生理食塩水あるいはPCPの連日投与後の高架式十字迷路試験
結果を
図12に示す。生理食塩水を連日投与した場合においてもPCPを連日投与した場合においても、WT、Het、KO間で高架式十字迷路試験における行動量に差は無かった(A上段、B上段)。WT, n=8; Het, n=8; KO, n=5; PCP-WT, n=5; PCP-Het, n=7; PCP-KO, n=6。PCPを連日投与した場合、WT、Het、KOの順に、open armの滞在時間(%)が有意に増加した(B中段、One way ANOVA p=0.0084)。また、PCPを連日投与した場合、WT、Het、KOの順に、open armに入る回数が有意に増加した(B下段、One way ANOVA p=0.0154)。*, P<0.05。このことは、薬物ストレスを与えたKOマウス(PCP-KO)で衝動性の増加があることを示す。すなわち、薬物ストレスを与えたKOマウスは統合失調症、双極性障害、多動性障害の行動モデルとして用いることができる。
【0071】
6-13. 生理食塩水あるいはPCPの連日投与後のY字型迷路試験
結果を
図13に示す。生理食塩水を連日投与した場合、WT、Het、KOでは、Y字型迷路試験における行動量とalternation(%)に差は無かった(A)。WT, n=8; Het, n=8; KO, n=5。PCPを連日投与した場合、WT、Het、KOの順に、Y字型迷路試験における行動量が有意に増加した(B上段、One way ANOVA p=0.0013)。*, p<0.05、**, p<0.01。Alternation(%)には差が無かった(B下段、One way ANOVA p=0.2351)。WT, n=5; Het, n=7; KO, n=6。このことは、薬物ストレスを与えたKOマウス(PCP-KO)において、短期記憶に差は無いが、迷路試験で落ち着きがないことを示す。
【0072】
6-14. 生理食塩水あるいはPCPの連日投与後のプレパルスインヒビション試験
結果を
図14に示す。生理食塩水を連日投与した場合においてもPCPを連日投与した場合においても、WT、Het、KO間でプレパルスインヒビション試験における驚愕反応に差は無かった(A上段、B上段)。WT, n=9; Het, n=8; KO, n=6; PCP-WT, n=5; PCP-Het, n=7; PCP-KO, n=8。PCPを連日投与した場合、WT、Het、KOの順に、PPI(%)の低下が見られた(B下段)。PCP-WT vs PCP-KO, *, p<0.05。このことは、薬物ストレスを与えたKOマウス(PCP-KO)で、感覚運動統合の障害があることを示す。すなわち、薬物ストレスを与えたKOマウスは統合失調症の行動モデルとして用いることができる。
【0073】
6-15. 生理食塩水あるいはPCPの連日投与後の受動回避試験
結果を
図15に示す。生理食塩水を連日投与した場合、WT、Het、KOは、電気ショックを受けた翌日(Day2)において、電気ショックを受けた部屋へ入るまでの時間(縦軸)が有意に増加した(A)。****, p<0.0001、**, p<0.01。WT, n=8; Het, n=8; KO, n=5。PCPを連日投与した場合、WT(PCP-WT)、Het(PCP-Het)は、電気ショックを受けた翌日(Day2)において、電気ショックを受けた部屋へ入るまでの時間(縦軸)が有意に増加した(B)。****, p<0.0001、**, p<0.01。これに対して、KO(PCP-KO)は有意差がみられず(n.s.: not significant)、忌避学習に障害がみられた(B)。WT, n=5; Het, n=7; KO, n=6。すなわち、薬物ストレスを与えたKOマウス(PCP-KO)は統合失調症、学習障害、認知症の行動モデルとして用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の精神疾患モデル動物は、統合失調症、双極性障害、多動性障害、学習障害、認知症、うつ病、薬物依存症などの精神疾患に対応する動物モデルとして用いることができる。それゆえ、精神疾患の治療薬を開発するためのモデル動物として有用である。また、本発明の精神疾患モデル動物を用いることで、精神疾患のバイオマーカーをスクリーニングすることができる。したがって、本発明は、医療分野や医薬品開発において有用である。
【配列表フリーテキスト】
【0075】
SEQ ID NO:1: primer KPNA1-F1
SEQ ID NO:2: primer KPNA1-R1
SEQ ID NO:3: primer KPNA1-R2
SEQ ID NO:4: KPNA1ターゲティングベクター
【配列表】