(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-27
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】流動成形用前駆体並びに植物系材料の流動成形前処理方法及びその成形品
(51)【国際特許分類】
B27N 3/08 20060101AFI20220128BHJP
B27K 5/00 20060101ALI20220128BHJP
【FI】
B27N3/08
B27K5/00 F
(21)【出願番号】P 2017102221
(22)【出願日】2017-05-24
【審査請求日】2020-05-20
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】511027334
【氏名又は名称】チヨダ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102211
【氏名又は名称】森 治
(72)【発明者】
【氏名】三木 恒久
(72)【発明者】
【氏名】関 雅子
(72)【発明者】
【氏名】山田 満雄
(72)【発明者】
【氏名】山田 哲也
【審査官】吉田 英一
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-015031(JP,A)
【文献】米国特許第06280667(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B27N 3/08
B27K 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物系材料に、圧力及び熱を加えて木質細胞相互の位置変化を生じせしめて変形加工を行う流動成形において用いる流動成形用前駆体であって、
前記植物系材料が本来有する繊維状木質細胞自体の破損割合に比べて細胞界面の破損割合が高く、
前記植物系材料が本来有する
特定方向に配向した木質細胞の集合体よりも、
木質細胞の長軸が特定方向に揃わず、組織構造がランダムに均質化しており、かつ、
前記植物系材料が本来有する密度よりも高密度化していることを特徴とする流動成形用前駆体。
【請求項2】
植物系材料に、圧力及び熱を与えて木質細胞相互の位置変化を生じせしめて変形加工を行う流動成形において用いる植物系材料の成形前処理方法であって、
前記植物系材料に、加熱密閉空間において圧縮及びせん断力によるひずみを加えて細胞間層でのすべり変形に起因する流動現象を生じさせることによって、植物系材料が本来有する繊維状細胞の破損を低減した状態で繊維配向度をランダムに均質化し、高密度化するようにしたことを特徴とする植物系材料の流動成形前処理方法。
【請求項3】
前記圧縮及びせん断力によるひずみを加える前に、前記植物系材料には、
予め、樹脂を溶媒に溶かした溶液を添加する前処理、及び/又は、
予め、樹脂を溶媒に溶かした溶液に含浸する前処理が施されていることを特徴とする請求項2に記載の植物系材料の流動成形前処理方法。
【請求項4】
請求項1に記載の流動成形用前駆体を用いて、金型温度が100~200℃、パンチ負荷面圧10~400MPaの成形条件で成形
された成形体であって、
植物繊維の配向がランダム状態の熱可塑性又は熱硬化性樹脂含有の植物系材料からな
り、X線回折測定における配向度が0.1以内であることを特徴とする成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木材や竹などの植物系材料の流動成形に好適に使用される成形用素材に関するものであり、さらに詳しくは、植物系材料を加熱コンテナに投入し、パンチ加圧によって10MPa以上で、かつ、100℃以上の高温・高圧を作用させて木質流動現象を生じさせ、任意のキャビティ形状を有する金型へ流動せしめ賦形する流動成形において、植物系材料に予め組織変化を与えることによって成形性を改良して良好な植物成形体を得るための成形用前駆体(当該成形用前駆体に樹脂を添加・含浸したプリプレグを含む。)、その成形用前駆体を得るための植物系材料の流動成形前処理方法、さらに、それから得られる植物細胞の繊維方向がランダムに配向された成形体に関するものである。
【0002】
より具体的には、本発明は、従来の植物系材料の流動成形において問題となっている成形品に生じる密度、強度などの機械的性質及び物理的性質の多大なバラツキを低減するものであり、その主な原因となる原材料である植物系材料の組織構造並びに高い木質繊維細胞の配向性を予め変化・制御することによって、得られる成形品の品質の安定化を図るものである。特に、そのために用いる植物系材料の組織構造を均一化した成形用前駆体(当該成形用前駆体に樹脂を添加・含浸したプリプレグを含む。)を提供するとともに、これらを流動成形に用いることによる成形荷重の低減と、複雑形状並びに極薄成形への賦形の際に生じる異方的な成形挙動の低減などを実現することによって物性値が安定化された植物系材料の流動成形品を提供するものである。
【背景技術】
【0003】
植物系材料の流動成形は、木材や竹などを膨潤・軟化状態で熱及び圧力を作用させて任意の金型を用いて成形する植物系材料の成形方法である(例えば、特許文献1参照。)。
この植物系材料の流動成形は、圧縮加工のように木質細胞の内腔の閉塞によって緻密化させて形状変化を与える方法と比べて、木質細胞間のすべり(流動)現象による位置変化によって変形を与えるため、より大きな変形量を与えることができる。
そして、これにより、従来の圧縮加工のみでは不可能であった任意形状の木質系材料の塑性加工を実現できるうえ、繊維状の木質細胞の損傷が抑えられるため、得られる成形体の各種物性面には繊維補強効果を持たせることができる。
さらに、植物系材料の流動成形には、膨潤・軟化及び成形体の各種物性向上のために各種添加剤を使用する方法なども開発されており、木質細胞に浸透可能で、溶媒を用いて樹脂含浸した樹脂含浸木質系材料を素材に対して流動成形を行う方法が実用化されている(例えば、特許文献2参照。)。
【0004】
植物系材料の木質細胞は、セルロース、ヘミセルロース及びリグニンからなる天然高分子で構成されており、セルロースが凝集し繊維状に配向した結晶性のセルロースミクロフィブリルがヘリカルワインディング構造状に細胞骨格を構築しつつ、ミクロフィブリル間にヘミセルロースを介してリグニンが充填した構造を持ち、植物系材料はそれら木質細胞が細胞間層(リグニン及びヘミセルロースが主体)により接着された強固な集合体である。
【0005】
そのため、植物系材料の組織構造を弛緩させて、木質繊維細胞の可動性を向上させることは、流動成形において不可欠である。フェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂などの熱硬化性樹脂やアクリル樹脂、スチレン樹脂、ウレタン樹脂などの熱可塑性樹脂が流動成形において好適に用いられる添加剤であり、それらは主に非結晶成分のヘミセルロースやリグニンに相互作用し、集合体の構造を弛緩させて膨潤・軟化させて流動現象を促進させている。
【0006】
通常、植物系材料は生物材料であるがゆえ、その組織構造は樹種だけでなく部位によっても大きな差異があり、樹種や材料の取り方や評価方向によって流動性を含めた物性・機械的特性のバラツキ並びに異方性が大きい。非特許文献1に示されるように、膨潤状態であったとしても同一植物系材料で繊維配向方向とその直交方向では、5倍以上の流動性の違いがある。このため、繊維状の木質細胞が特定方向に配向して集合体となっている植物系材料を単体で流動成形を行うと、繊維配向方向への流動不足による成形不良やキャビティ未充填が生じる。良好な成形を行ううえで、荷重並びに流動促進剤並びに軟化助剤となる樹脂量を増大させる必要がある。
【0007】
また、非特許文献2に示されるように、植物系材料の流動成形によって得られる成形品は、原料の組織構造をある程度反映して、特定の木質細胞の配向を示す成形体となる。さらに、複数個の植物系材料を用いた流動成形品では、原料の繊維配向を持つ組織が原料形状・サイズを反映した境界面を持って接合・接着した集合組織構造を生成することになる。このような成形体に生じる異方性を改善する方法、成形体に生じる原料界面に由来する集合組織構造を低減する方法が材料の諸物性の安定化には不可欠である。
【0008】
少なくとも、樹脂などの溶質を個々の木質細胞や細胞間層へ浸透、含浸させたうえで、樹種や部位の組織構造に依存しない組織微細化、繊維配向ランダム化などの流動成形前処理方法による上記課題解決が一つの手段となる。
【0009】
ここで、植物系材料への溶液含浸処理における溶質の拡散挙動について述べる。
【0010】
水は植物系材料との親和性に優れ、容易に木質細胞や細胞間層へ浸透して植物系材料を膨潤、軟化させる。一方、樹脂などの高分子においては、木質細胞や細胞間層構造を水などの溶媒で弛緩したのちに拡散によって浸透させて含浸するため、その分子量や溶媒並びに木質成分との相互作用、溶質の反応性の影響で水ほど均一に木質細胞及び細胞間層に含浸・存在させることは難しい。さらには、細胞の集合体である植物系材料のように表面に占める内部の割合が大きい場合では、水を溶媒としても溶質高分子の拡散には長時間を有すること、フェノール樹脂やメラミン樹脂のように反応性のある溶質高分子では重合による高分子化により拡散が極めて遅くなることなどにより、結果的に不均一な含浸状態となる問題がある。
【0011】
木材を始めとする植物系材料の含浸処理を改良する含浸前処理方法として、材料表面に切れ込みや孔などの溶液導入孔を形成するインサイジングは公知の技術であり、各種刃物やCO2レーザーなどを用いて導入孔形成による注入性の改善を行っている。これは、柱などの大断面木材など防腐・防蟻薬液処理などに有効な手段であるが、この場合、インサイジング装置並びにレーザー加工装置は、処理しようとする材の形状制限や位置決めを行う必要があり、流動成形用の植物系材料では、金型に供給できる程度に比較的小さく、形状を限定しないので、上述の導入孔を形成することは難しい。加えて、既存のインサイジングでは、溶液導入孔を木質細胞や細胞間層など組織に関係なく形成するため、組織や木質細胞の破壊が生じることは必至であるだけでなく、結局、木質細胞が凝集した構造を維持している材料の表面の一部をわずかに拡張するのみで、内部にも存在する個々の木質細胞への溶質の浸透・拡散の程度には限度がある。
【0012】
流動成形を含む植物系材料の成形において、前処理を施した植物系材料を用いて成形する方法やその処理材料が提案されている(例えば、特許文献3~4参照。)。
【0013】
特許文献3~4では、繊維を有する植物系熱圧成形材料及びその製造方法並びに植物系バイオマス成形材料の製造方法として、植物系熱圧成形体を中間材料にして植物系熱圧成形体を製造する方法や、植物系バイオマス材料に予めせん断力を作用させて成形時の流動性を向上させる効果を示している。いずれにおいても前方押出し方式によって植物系材料に圧縮力を加えて押出し比225(特許文献3)、1~900(特許文献4)のキャピラリーダイスを用いて押出し、その際にせん断力を作用させて熱圧成形体の中間材料及び植物系バイオマス成形材料を調整している。このとき、特許文献3の実施例では、温度200℃、圧力142MPaで含水率10%程度の竹を処理して成形体を得ている。また、特許文献4の実施例では、熱硬化性樹脂、架橋剤、硬化促進剤を含む木質チップ(ポプラ)に対して押出し比9での処理を行い、植物繊維集合構造が確認できる低密度の植物系バイオマス材料を得ている。
【0014】
しかしながら、作製された植物系熱圧成形材料の中間材料や植物系バイオマス材料は、植物系材料本来の木質細胞繊維構造が依然として確認され、木質繊維が高い配向状態で凝集したままである。したがって、それらの材料を用いて流動成形を実施しても、流動成形における種々の異方性の問題を改善する効果は小さく、成形体に生じる原料界面に由来する集合組織構造を低減できるものではない。
【0015】
特許文献4のように樹脂などの添加剤を予め含浸した植物系材料を用いた場合でも、上述の圧縮並びにせん断力を作用させた処理材に原料本来の木質細胞繊維構造が残存していることから、個々の木質細胞・細胞間層への樹脂など溶質物質の含浸均一化の効果は小さい。
【0016】
本発明者らは、植物系材料の流動成形の良好な実施形態を探求するべく成形用素材とその製造方法の鋭意研究のなかで、上述の問題の原因を突き止めた。それは、成形用素材となる強固な木質細胞の集合体である植物系材料について、単発の前方押出し方式では個々の木質細胞繊維構造は依然として細胞間層で強固に接合されているため、個々の木質細胞への溶質の含浸均一化並びに組織構造の均質化が阻害されていることを見出した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】特開2008-036941号公報
【文献】特開2010-155394号公報
【文献】特開2006-247974号公報
【文献】特開2012-206300号公報
【非特許文献】
【0018】
【文献】Osamu Yamashita et al, The pliability of wood and its application to molding, Journal of Materials Processing Technology, Volume 209, Issues 12-13, 2009, Pages 5239-5244
【文献】Tsunehisa Miki et al, Preparation of Wood Plastic Composite Sheets by Lateral Extrusion of Solid Woods Using their Fluidity, Procedia Engineering, Volume 81, 2014, Pages 580-585
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
このような状況のなかで、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上記従来技術の諸問題を確実に解決し得るとともに、植物系材料の流動成形において好適に用いられる流動成形用前駆体として、密閉空間での後方押出し方式によって植物系材料に単数から複数回の流動現象を生じさせることよって、個々の木質細胞繊維構造が細胞間層で一旦剥離した状態にして溶質を含浸・拡散が促進され、個々の木質細胞への溶質の含浸均一化並びに組織構造の均質化が実現できることを見出した。
【0020】
本発明は、植物系材料の成形において、原料となる植物系材料の組織構造及び高い木質繊維細胞の配向性を予め変化・制御することによって、得られる成形品の品質の安定化を図るものである。特に、そのために用いる植物系材料の組織構造を均一化した流動成形用前駆体(当該流動成形用前駆体に樹脂を添加・含浸したプリプレグを含む。)を提供するとともに、これらを成形に用いることによる成形荷重の低減と、複雑形状並びに極薄成形への賦形の際に生じる異方的な成形挙動の低減などを実現することによって物性値が安定化された植物系材料の成形品を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記目的を達成するため、本発明の流動成形用前駆体は、
植物系材料に、圧力及び熱を加えて木質細胞相互の位置変化を生じせしめて変形加工を行う流動成形において用いる流動成形用前駆体であって、
前記植物系材料が本来有する繊維状木質細胞自体の破損割合に比べて細胞界面の破損割合が高く、
前記植物系材料が本来有する繊維配向度よりも、ランダムに均質化しており、かつ、
前記植物系材料が本来有する密度よりも高密度化していることを特徴とする。
ここで、この成形用前駆体には、成形用前駆体に樹脂を添加・含浸したプリプレグを含むものである。
また、流動成形は、植物系材料に、例えば、圧力10~400MPaで熱100~200℃を加えて木質細胞相互の位置変化を生じせしめて変形加工を行うものである。
また、細胞界面の破損が生じることによって、植物系材料の繊維凝集構造が弛緩し、細胞界面での隙間が多数生じるようになる。
【0022】
また、上記流動成形用前駆体を得るための本発明の植物系材料の流動成形前処理方法は、
植物系材料に、圧力及び熱を与えて木質細胞相互の位置変化を生じせしめて変形加工を行う流動成形において用いる植物系材料の成形前処理方法であって、
前記植物系材料に、加熱密閉空間において圧縮及びせん断力によるひずみを加えて細胞間層でのすべり変形に起因する流動現象を生じさせることによって、植物系材料が本来有する繊維状細胞の破損を低減した状態で繊維配向度をランダムに均質化し、高密度化するようにしたことを特徴とする。
【0023】
この場合において、前記圧縮及びせん断力によるひずみを加える前に、前記植物系材料には、
予め、樹脂を溶媒に溶かした溶液を添加する前処理、及び/又は、
予め、樹脂を溶媒に溶かした溶液に含浸する前処理が施されているようにすることができる。
【0024】
また、本発明の成形体は、上記流動成形用前駆体を用いて、金型温度が100~200℃、パンチ負荷面圧10~400MPaの成形条件で成形し、X線回折測定における配向度が0.1以内となるように植物繊維の配向がランダム状態の熱可塑性又は熱硬化性樹脂含有の植物系材料からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)従来の植物系材料の流動成形で問題となっていた、植物系材料の異方性に起因する成形不良を改善するうえ、密度の低い植物系材料で生じる成形時の温度分布の均一化、コンテナなど材料供給部をサイズダウンできることによる金型の小型化が可能になる。加えて、予め均質化された流動成形用前駆体を用いることによる、成形荷重の低減、バリの抑制、複雑形状への賦形、極薄成形への賦形などを容易にすることができる。
(2)従来の成形前処理では、均質化度合の制御が困難であったが、本製造方法によると、製造時の荷重並びに回数により制御可能である。
(3)個々の繊維状木質細胞への溶質の含浸均一化が促進されることによる、易成形化並びに得られる成形体の特性向上が実現される。
(4)得られる成形体の内部に生じる種々の物性値の改善と安定化。
(5)本発明で使用する植物系材料は、循環型資源である植物系材料を原料としているため、資源問題、廃棄物問題に対する根本的な解決策となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】流動成形用前駆体の製造方法の一例を示す説明図である。
【
図2】流動成形用前駆体の表面・内部構造の一例(杉)を示す説明図である。
【
図3】流動成形用前駆体を用いた成形体(杉)を示す説明図である。
【
図4-1】流動成形用前駆体の内部構造の変化(繊維状竹細胞)を示す説明図である。
【
図4-2】流動成形用前駆体の表面・内部構造の一例(竹)を示す説明図である。
【
図5】流動成形用前駆体を用いた成形体(竹)を示す説明図である。
【
図6-1】流動成形用前駆体から得られる成形体における繊維状木質細胞の配向状態を示す説明図である。
【
図6-2】流動成形用前駆体から得られる成形体における繊維状木質細胞の配向状態を示す説明図である。
【
図7】流動成形用前駆体から得られる成形体の密度分布を示す説明図である。
【
図8】流動成形用前駆体から得られる成形体の強度分布を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
植物系材料の流動成形を良好に実施して物理的性質並びに機械的性質に優れ、かつバラツキの小さな成形品を製造する方法として、予め植物系材料特有の繊維状木質細胞の配向状態とその強度・物性値の多大なバラツキ(異方性)を均質化した流動成形用前駆体を用
いることが有効な手段となる。なお、本明細書において、「~」を用いて数値の範囲を示すときは、その両端の数値を含むものとする。
【0028】
以下、そのための本発明の流動成形用前駆体並びに植物系材料の流動成形前処理方法及びその成形品の実施の形態を、図面に基づいて説明する。
本発明における流動成形用前駆体とは、
図1に示す製造方法によって製造される。
図1(1)(図においては丸付き数字。以下、同じ。)において、植物系材料には、予め、樹脂を、好ましくは、樹脂を溶媒に溶かした溶液(溶質+溶媒)を添加する前処理、及び/又は、予め、樹脂を、好ましくは、樹脂を溶媒に溶かした溶液(溶質+溶媒)に含浸する前処理を施すようにする。このようにして、樹脂もしくは樹脂を溶媒に溶かした溶液(溶質+溶媒)を添加及び/又は含ませた植物系材料を、荷重(又は位置)制御可能な下パンチを設置した加温コンテナ内に投入し、多重構造のパンチにより、
図1(2)のように一旦所定の荷重(又は位置)まで圧縮する。
図1(3)において、一定の圧縮荷重を保持した状態で多重構造の個々のパンチが位置変化することにより、植物系材料には、圧縮状態においてせん断力によるひずみが導入される。このときの一定荷重設定並びに位置変化の回数によって組織均質化の程度を制御することも可能である。
図1(4)の取り出し工程では、一体のバルクとして成形用前駆体を取り出す方式やペレット状に射出して取り出す方式を行うことができ、
図1(1)の溶質・溶媒含有条件や
図1(3)での荷重設定によって得られる成形用前駆体のかさ密度は投入する植物系材料の値(通常、0.1~0.8g/cm
3程度)より一般的には大きくなり、0.6~1.4g/cm
3の範囲で高密度化される。
【0029】
上記製造方法において、加温コンテナの温度条件は、投入する植物系材料及び含有する溶質の軟化状態を保持する温度域でなくてはならず、また、植物系材料の熱分解温度よりも低い温度を設定する必要があるため、室温~200℃が好ましく、より望ましくは50~150℃がよい。また、
図1(3)の均質化処理の時間が短時間で実施されるならば、上記温度域において比較的高い温度設定をすることも可能である。
【0030】
上記製造方法において、投入する植物系材料に添加及び/又は含ませる樹脂(溶質)として使用可能な熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂(ユリア樹脂)、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、熱硬化性ポリウレタン樹脂、熱硬化性ポリイミド樹脂等を挙げることができる。
【0031】
上記製造方法において、投入する植物系材料に添加及び/又は含ませる樹脂(溶質)として使用可能な熱可塑性樹脂としては、アクリル樹脂、ポリエチレングリコール、ポリスチレン樹脂、熱可塑性ポリウレタン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂等を挙げることができる。
【0032】
上記溶質は、溶媒によって溶液状態として予め植物系材料に含浸しておくことが望ましく、重量増加率WPG(%)=(W-W0)/W0(Wは溶質含浸後の植物系材料の乾燥質量、W0は含浸前の植物系材料の乾燥質量)として、0.1~200%の範囲が好ましく、より望ましくは、0.1~100%である。
【0033】
上記溶媒として、高極性溶媒と低極性溶媒の双方を用いることができ、溶質によって適宜使い分けることが望ましいが、水、アルコール、アセトン、ヘキサン、エーテルが特に好適に用いられる。投入する植物系材料には溶質を使用せずに、溶媒のみを含有させてもよい。
図1(3)の均質化処理において溶媒を残存させておいてもよいが、
図1(4)の取り出し工程においては、溶媒量を減少させておくことが望ましい。この場合、溶媒は工具のクリアランスなどからベント(脱気)される構造・工具設定をしておく。
【0034】
図1において用いる工具は、加熱密閉空間であれば、特にコンテナ、下パンチ、多重構造からなるパンチに限定されることはない。また、後方押出し方式によって圧縮及びせん断力を植物系材料に与える際に、荷重又は位置を制御して均質化の程度を制御するが、そのときの押出し比(インナーパンチとアウターパンチの断面積比)も重要であり、その比を変化させることで必要荷重を低減したり、繰り返し回数を低減したりするなどの製造条件の変更も適宜可能である。
【0035】
上記製造方法により得られる流動成形用前駆体及び成形体の繊維状木質細胞の配向状態はランダムであり、例えば、次に示す広角X線回折による高分子の配向度測定により評価される。
【0036】
木質細胞内において長軸方向である繊維方向に対して所定角度を持って配向している結晶性セルロースミクロフィブリルに着目し、広角X線回折像において回折線が弧状になる特定の回折面(セルロースでは(400)面)に対して、回折強度を円環積分して得られる方位角度(β角度)-強度分布として示した方位角分布曲線における配向性ピークとして、その強さ(鋭さ)を相対的に評価することで配向度を解析することができ、配向度F=(360-Wh)/360(Whは配向性ピーク半値幅:ピークの半分の高さのピーク幅)として定義される。
【0037】
上記流動成形用前駆体の内部には、繊維状木質細胞が初期の組織構造に見られる凝集集合体に比べて細胞界面での剥離が進行し、開繊された形態で再凝集した構造となっており、木質細胞の長軸が特定方向に揃わず、上記評価方法による配向度が0.3以下、望ましくは0.1以下となっていることを特徴とする。
【0038】
また、上記成形用前駆体は、水に浸漬し攪拌することで繊維状木質細胞へと凝集構造を弛緩され分離すること特徴とする。
【0039】
また、上記成形用前駆体は、熱硬化性樹脂を用いて製造した場合は、180℃1時間の熱処理を施すことで、90℃の水に10分間浸漬しても形状を維持し、体積膨潤率10%以下であることを特徴とする。
【0040】
また、上記成形用前駆体は、疎水性熱可塑性樹脂を用いて製造した場合は、90℃の水に10分間浸漬しても形状を維持し、体積膨潤率10%以下であることを特徴とする。
【0041】
上記流動成形用前駆体は、金型温度が100~200℃、パンチ負荷面圧10~400MPaの成形条件で好適に流動成形が可能であることを特徴とする。
【0042】
上記成形用前駆体を用いることで、植物系材料を直接、流動成形を行う場合に比べて、成形時の変形異方性に起因する成形不良の改善、成形荷重の低減、低密度に起因する温度ムラの改善、材料投入部の金型大型化の回避などの効果を発揮する。
【0043】
上記流動成形用前駆体から得られる流動成形体の特徴として、植物系材料を直接、流動成形を行う場合に比べて、種々の物理的特性、機械的特性の向上とバラツキの低減などの効果を発揮する。
【0044】
次に、本発明について、実施例に基づいてさらに詳細に説明する。
【実施例1】
【0045】
図1の製造方法において、(1)フェノール樹脂を含浸した杉単板(厚さ3mm、10mmの程度の繊維方向長さと幅、WPG=約60%、含水率約3%)を85℃に加温されたコンテナに投入し、(2)2重構造のパンチを下降させて、フェノール樹脂含浸杉単板を圧縮し、下パンチ(φ53)が250KN(面圧113MPa)に達するまで圧縮した。その荷重作用させた状態で5回繰り返し、(3)均質化処理(約5分間)(10回処理の場合は10分程度の処理時間)を行い、(4)ペレットタイプの流動成形用前駆体(
図1-(4)-2)を得た。
この流動成形用前駆体の表面は
図2-1の電子顕微鏡写真のように、均質化されており、繊維状木質細胞は無配向であり高密度化されている。
このペレットタイプの流動成形用前駆体(約65グラム)をφ200mmの内径を持つ円筒金型に投入し、約150MPaの圧力を作用させてφ200mmの円盤型成形体を成形したところ、杉単板から直接同じ圧力で製造した成形体に比べて、組織が均一化した成形体が得られた(
図3)。なお、樹脂の含浸率を半分に減らした場合(WPG:30%)では、杉単板からの成形体を得ることができなかったが、流動成形用前駆体を用いれば、円盤状の組織が均一化した成形体が得られた。以上の成形結果は、バルクタイプの流動成形用前駆体を用いても同様の傾向であった。
【実施例2】
【0046】
図1の製造方法において、(1)含水率10%程度の竹端材(10mmの程度の繊維方向長さと幅)に水分を添加し、85℃に加温されたコンテナに投入し、(2)2重構造のパンチを下降させて、フェノール樹脂含浸竹端材を圧縮し、下パンチ(φ53)が250KN(面圧113MPa)に達するまで圧縮した。その荷重作用させた状態で5回繰り返し、(3)均質化処理(約5分間)(10回処理の場合は10分程度の処理時間)を行い、(4)バルクタイプの流動成形用前駆体(
図1-(4)-1)を得た。竹の流動成形用前駆体の電子顕微鏡写真を
図4-1及び
図4-2に示す。竹端材では、凝集した繊維状木質細胞が確認できるが、本発明の流動成形用前駆体の均質化処理を施すことで、その繊維凝集構造が弛緩し、細胞界面での隙間が多数生じていることがわかる。
この前駆体にフェノール樹脂を含浸した。この重量増加率WPGは、50%固形分濃度のフェノール樹脂水溶液を用いた減圧加圧法にて行ったところ、竹端材は20%に対して、流動成形用前駆体の含浸材(プリプレグ)では、70%に達しており、大幅な含浸率の向上がなされた。
この流動成形用前駆体(約65グラム)をφ200mmの内径を持つ円筒金型に投入し、約150MPaの圧力を作用させてφ200mmの円盤型成形体を成形したところ、竹端材から直接同じ圧力で製造した成形体に比べて、組織が均一化した成形体が得られた(
図5)。なお、樹脂の含浸率を半分に減らした場合(WPG:30%)では、竹端材からの成形体を得ることができなかったが、流動成形用前駆体を用いれば、円盤状の組織が均一化した成形体が得られた。以上の成形結果は、バルクタイプの流動成形用前駆体を用いても同様の傾向であった。
【実施例3】
【0047】
上記成形用前駆体から得られた成形体(杉)に対して、18mm×20mm×厚さ2mm程度の試料を切り出し広角X線回折測定による繊維状木質細胞の配向状態を評価した。木質細胞の長軸が特定方向に揃わず、方位角度(β角度)-強度分布として示した方位角分布レーダーチャートにおいて、杉単板の成形体では明確な長軸(ピーク)が確認され、配向度は、5箇所(a)~(e)の測定において0.7以上である(
図6-1)のに対し、流動成形用前駆体を使用した成形体(f)~(j)では、特定のピークが検出されずに配向度が0となった(
図6-2)。
竹端材から得られた成形体についても同様に評価したところ、繊維状木質細胞の均質化処理による配向状態ランダム化は顕著に生じた(竹端材成形体 配向度:0.85以上→前駆体プリプレグ成形体 配向度:0)。
【実施例4】
【0048】
上記成形用前駆体から得られた成形体に対して、18mm×20mm×厚さ2mm程度の試料を切り出し、かさ密度を測定しその分布を評価した(
図7)。杉単板並びに竹端材の含浸素材から得られた成形体のかさ密度に比べて、前駆体から得られた成形体のかさ密度の値はいずれも増加した(杉単板成形体 平均かさ密度:1.39g/cm
3→杉前駆体プリプレグ成形体 平均かさ密度:1.39~1.40g/cm
3、竹端材成形体 平均かさ密度:1.38g/cm
3→竹前駆体プリプレグ成形体 平均かさ密度:1.40~1.42g/cm
3)。
【実施例5】
【0049】
上記成形用前駆体から得られた成形体に対して、幅約10mm×長さ100mm×厚さ2mm程度の試料を切り出し、曲げ試験を実施しその強度分布を評価した(
図8)。杉についてみると、単板から成形された成形体では、前駆体を使用することによる弾性率の値に大きな差異は生じないがバラツキは小さくなり、均質化することによる物性の安定化がなされた。曲げ強度の結果からは、前駆体を使用することによって、強度の向上並びにバラツキの低減が確認された(杉単板成形体 平均曲げ強度:63.5MPa±4→杉前駆体プリプレグ成形体 平均曲げ強度:102.7MPa±10.7(処理回数5回)、85.1MPa±2.1(処理回数10回))。
また、竹についても同様の強度特性の向上が認められた(竹端材成形体 平均曲げ強度:43.3MPa±10.6→竹前駆体プリプレグ成形体 平均曲げ強度:109.4MPa±8.9(処理回数5回)、108.1MPa±5(処理回数10回))。
【0050】
なお、本明細書において、「植物系材料」とは、杉、竹に特に限定されることはなく、針葉樹、広葉樹、草本類までも好適な材料として例示される。
【0051】
以上、本発明の流動成形用前駆体並びに植物系材料の流動成形前処理方法及びその成形品について、その実施形態に基づいて説明したが、本発明は上記実施形態に記載した構成に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において適宜その構成を変更することができるものである。
【産業上の利用可能性】
【0052】
以上詳述したように、本発明は、従来の流動成形で問題となっていた、植物系材料の特異な異方性に起因する成形不良、成形荷重の増大、金型の大型化の問題を、繊維状木質細胞の特定方向への配向状態を均質化し、かつ樹脂などの含浸状態を均質化することによって良好な流動成形並びに物理的性質及び機械的性質を向上させバラツキを低減した成形体を得ることを実現する。
さらに、成形荷重の低減、バリの抑制、複雑形状への賦形、極薄成形への賦形などを容易にすることができるため、良好な木質流動成形品を工業的に生産することができる。そして、循環型資源である植物系材料を原料としている流動成形の工業的利用によって、資源問題、廃棄物問題に対する根本的な解決策を与えることができる。