(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-27
(45)【発行日】2022-02-21
(54)【発明の名称】糖タンパク質から糖鎖を調製する方法、キット、及び、装置
(51)【国際特許分類】
C08B 37/00 20060101AFI20220214BHJP
C07H 1/08 20060101ALI20220214BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20220214BHJP
【FI】
C08B37/00 Q
C07H1/08
G01N33/53 V
(21)【出願番号】P 2020559256
(86)(22)【出願日】2019-12-10
(86)【国際出願番号】 JP2019048323
(87)【国際公開番号】W WO2020122072
(87)【国際公開日】2020-06-18
【審査請求日】2021-06-03
(31)【優先権主張番号】P 2018233837
(32)【優先日】2018-12-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000002141
【氏名又は名称】住友ベークライト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】亀山 昭彦
(72)【発明者】
【氏名】豊田 雅哲
(72)【発明者】
【氏名】阪口 碧
【審査官】安藤 倫世
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/062167(WO,A1)
【文献】特開2012-201653(JP,A)
【文献】国際公開第2014/061371(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/088167(WO,A1)
【文献】標準化学用語辞典(丸善株式会社2005年第2版) ,2005年,「ベタイン」の項
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B
C07H
G01N
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖タンパク質から糖鎖を調製する方法であって、
(I)前記糖タンパク質に、ヒドロキシルアミン化合物と塩基性試薬とを含む糖鎖遊離溶液を接触させて、前記糖タンパク質から糖鎖を遊離させ、糖鎖含有サンプルを得る工程
であって、
前記ヒドロキシルアミン化合物は、ヒドロキシルアミン、ヒドロキシルアミンの塩、O置換ヒドロキシルアミン及びO置換ヒドロキシルアミンの塩からなる群より選択される少なくとも一種であり、
前記塩基性試薬は、アルカリ金属の水酸化物、アルカリ金属の弱酸塩、アルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア水溶液に溶解したアルカリ土類金属の塩及び有機塩基からなる群より選択される少なくとも一種である、工程、
(II)
有機溶媒、又は、有機溶媒と水との混合溶媒中で、前記糖鎖含有サンプルを、ベタイン構造を有する化合物からなる、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤に接触させて、前記精製剤に前記糖鎖を吸着させる工程
であって、
前記ベタイン構造を有する化合物は、1級アミノ基、2級アミノ基、3級アミノ基、4級アンモニウム基及びイミノ基から選択されるカチオン部位、並びに、リン酸基、ホスホン酸基、ホスフィン酸基、スルホン酸基、スルフィン基、スルフェン基、カルボキシル基、水酸基、チオ―ル基、及び、ボロン酸基から選択されるアニオン部位を有するベタイン構造を有する化合物である、工程、
(III)前記精製剤から前記糖鎖を溶出させる工程、を含む方法。
【請求項2】
更に、(IV)糖鎖標識溶液中の糖鎖標識試薬を糖鎖と反応させる糖鎖標識工程を含む、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
更に、(V)還元試薬を含む還元溶液と反応させる還元工程を含む、請求項
2に記載の方法。
【請求項4】
前記還元溶液中の前記還元試薬の濃度が、1.0mmol/L以上250mmol/L以下である、請求項
3に記載の方法。
【請求項5】
前記糖鎖遊離溶液中のヒドロキシルアミン化合物が2%以上70%以下である、請求項1~
4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記アルカリ金属の水酸化物は、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムであり、前記アルカリ金属の弱酸塩が、重炭酸ナトリウム又は炭酸ナトリウムであり、前記アルカリ土類金属の水酸化物が、水酸化カルシウム、水酸化バリウム又は水酸化ストロンチウムであり、前記アルカリ土類金属の塩が、酢酸カルシウム、塩化カルシウム、酢酸バリウム又は酢酸マグネシウムであり、前記有機塩基が、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン、1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン、7-メチル-1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン、1,1,3,3-テトラメチルグアニジン、2-tert-ブチル-1,1,3,3-テトラメチルグアニジン又はセチルトリメチルアンモニウムヒドロキシドである、請求項
1~5の何れか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記精製剤が、前記ベタイン構造を有する化合物を有効成分として含有するものである、請求項1~
6の何れか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記精製剤が、前記ベタイン構造を有する側鎖が主鎖に結合しているポリマーが不溶性支持体に固定されている糖鎖濃縮担体である、請求項
7に記載の方法。
【請求項9】
糖タンパク質から糖鎖を調製するためのキットであって、
(a)ヒドロキシルアミン化合物、
(b)塩基性試薬、
(c)ベタイン構造を有する化合物からなる、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤、
及び、
(d)前記精製剤に糖鎖を吸着させる際の反応液の溶媒用の有機溶媒、又は、有機溶媒と水との混合溶媒、を含み、
ここで、前記ヒドロキシルアミン化合物は、ヒドロキシルアミン、ヒドロキシルアミンの塩、O置換ヒドロキシルアミン及びO置換ヒドロキシルアミンの塩からなる群より選択される少なくとも一種であり、
前記塩基性試薬は、アルカリ金属の水酸化物、アルカリ金属の弱酸塩、アルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア水溶液に溶解したアルカリ土類金属の塩及び有機塩基からなる群より選択される少なくとも一種であり、
前記ベタイン構造を有する化合物は、1級アミノ基、2級アミノ基、3級アミノ基、4級アンモニウム基及びイミノ基から選択されるカチオン部位、並びに、リン酸基、ホスホン酸基、ホスフィン酸基、スルホン酸基、スルフィン基、スルフェン基、カルボキシル基、水酸基、チオ―ル基、及び、ボロン酸基から選択されるアニオン部位を有するベタイン構造を有する化合物である、キット。
【請求項10】
更に、(d)糖鎖標識試薬、を含む、請求項
9に記載のキット。
【請求項11】
前記アルカリ金属の水酸化物は、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムであり、前記アルカリ金属の弱酸塩が、重炭酸ナトリウム又は炭酸ナトリウムであり、前記アルカリ土類金属の水酸化物が、水酸化カルシウム、水酸化バリウム又は水酸化ストロンチウムであり、前記アルカリ土類金属の塩が、酢酸カルシウム、塩化カルシウム、酢酸バリウム又は酢酸マグネシウムであり、前記有機塩基が、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン、1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン、7-メチル-1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン、1,1,3,3-テトラメチルグアニジン、2-tert-ブチル-1,1,3,3-テトラメチルグアニジン又はセチルトリメチルアンモニウムヒドロキシドである、請求項
9又は10に記載のキット。
【請求項12】
糖タンパク質から糖鎖を調製するための装置であって、
前記糖タンパク質を含む糖タンパク質含有サンプルが収容される第1容器を保持する第1容器保持部、前記第1容器に試薬を導入する試薬導入部、及び、ベタイン構造を有する化合物からなる、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤を含む第2容器を保持する第2容器保持部を備え、
前記試薬導入部が、前記第1容器にヒドロキシルアミン化合物と塩基性試薬とを含む糖鎖遊離試薬を導入する糖鎖遊離試薬導入部、
及び、前記第2容器に前記精製剤に糖鎖を吸着させる際の反応液の溶媒用の有機溶媒、又は、有機溶媒と水との混合溶媒を導入する溶媒導入部を含み、
ここで、前記ヒドロキシルアミン化合物は、ヒドロキシルアミン、ヒドロキシルアミンの塩、O置換ヒドロキシルアミン及びO置換ヒドロキシルアミンの塩からなる群より選択される少なくとも一種であり、
前記塩基性試薬は、アルカリ金属の水酸化物、アルカリ金属の弱酸塩、アルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア水溶液に溶解したアルカリ土類金属の塩及び有機塩基からなる群より選択される少なくとも一種であり、
前記ベタイン構造を有する化合物は、1級アミノ基、2級アミノ基、3級アミノ基、4級アンモニウム基及びイミノ基から選択されるカチオン部位、並びに、リン酸基、ホスホン酸基、ホスフィン酸基、スルホン酸基、スルフィン基、スルフェン基、カルボキシル基、水酸基、チオ―ル基、及び、ボロン酸基から選択されるアニオン部位を有するベタイン構造を有する化合物である、装置。
【請求項13】
前記試薬導入部が、糖鎖標識試薬を導入する糖鎖標識試薬導入部を更に含む、請求項
12に記載の装置。
【請求項14】
前記第2容器の収容物を固液分離する固液分離部を備える、請求項
12又は
13に記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖タンパク質から糖鎖を調製する方法、キット、及び、装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体を構成するタンパク質の多くは糖鎖修飾を受け、糖鎖が結合した糖タンパク質として存在している。かかる糖鎖修飾によって、タンパク質は、高次構造形成、細胞間シグナル伝達や分子認識等の機能、及び、体内動態等が調節されている。この糖タンパク質の糖鎖の構造及び分布がタンパク質の機能発現に関与し、数多くの疾患の発症や進行に伴って糖鎖構造が変化することが知られ、糖タンパク質の糖鎖は疾患バイオマーカとして利用できる可能性がある。また、バイオ医薬品において糖鎖は、その医薬品の活性に影響するだけでなく、抗原性や動態にも影響することが示唆されている。
【0003】
したがって、糖タンパク質の構造解析は、糖鎖構造変化を伴う種々の疾患の発症機構の解明や、疾患治療及び診断技術の開発等、生命科学や医療、創薬等の種々の技術分野において重要な役割を果たすことが期待され、糖鎖構造解析の重要性が高まっている。
【0004】
そのため、糖鎖構造を迅速、簡便に、かつ、精度高く解析する技術の構築が求められている。糖鎖の解析は、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)、核磁気共鳴法、キャピラリー電気泳動法(CE法)、質量分析法、若しくは、これらを組み合わせて行うことが一般的である。しかしながら、上記した方法により糖鎖を解析するためには、まず、糖タンパク質から糖鎖を遊離させ、遊離した糖鎖のみを精製(回収)することが必要である。
【0005】
糖タンパク質は糖鎖のタンパク質への結合様式によりN結合型糖鎖とO結合型糖鎖に分別されるが、従来、糖タンパク質からの糖鎖の遊離は、それぞれの糖鎖に適した方法により行われている。
【0006】
例えば、N結合型糖鎖を遊離させるためには、PNGaseFやグリコペプチダーゼA等の酵素を用いて糖鎖を遊離させることができる。しかしながら、酵素を用いて糖鎖を遊離する場合、予めタンパク質をジチオスレイトール等の還元試薬で処理した後、ヨードアセトアミド等のアルキル化剤を用いて処理することにより変性させ、更にトリプシン等のプロテアーゼでペプチドに分解した後に、糖鎖遊離酵素を反応させて糖鎖を遊離するため、前処理も含めて長時間を要していた。更に、PNGaseFやグリコペプチダーゼAは非常に高価であり多検体の分析を行うためには相当のコスト負担を生じていた。
【0007】
また、酵素を用いずにヒドラジン分解法等の化学反応により糖鎖を遊離する方法もある。例えば、ヒドラジン分解法によれば、十分に乾燥させた糖タンパク質を無水ヒドラジンに溶解させ、100℃で10時間以上加熱処理するものであり、主にN結合型糖鎖を遊離する方法として利用されている。反応後は無水ヒドラジンを減圧留去し、更に炭酸水素ナトリウムと無水酢酸を用いてアセチル化を行う必要がある。これはヒドラジンが、糖鎖に結合しているNアセチル基やNグリコリル基も分解してアミノ基へと変換してしまうため、アセチル化することにより元に戻す操作である。しかしながら、ヒドラジン分解法は完全な無水条件が必要であり、反応系内に少量でも水が混入すると著しい収率の低下を招く。そのため、予め試料を十分に減圧乾燥した上で反応させる必要があった。更に、反応時間は10時間以上であり、反応後にヒドラジンの留去、再アセチル化まで含めると、全工程が終了するまでに少なくとも2日以上を要する。更にヒドラジンは発がん性を有する毒物でもあり、また易爆発性の化合物でもあるため、その取り扱いには細心の注意を払う必要があった。また、アセチル化により、もともとNグリコリル基等の他のアシル基が結合していた場合も、全てNアセチル体として分析されるため、Nグリコリルノイラミン酸の分析ができないという問題もあった。特に、バイオ医薬や糖鎖疾患マーカーではシアル酸の一種であるNグリコリルノイラミン酸の有無が問題となることがある。
【0008】
O結合型糖鎖の遊離については、実用性のある酵素が見出されていないため、専ら化学反応による遊離が利用されている。遊離するための化学反応としては強アルカリ水溶液中で糖鎖をβ脱離させる方法が広く使われている。しかしながら、遊離された糖鎖はアルカリ存在下では直ぐに分解されてしまうため、通常は水素化ホウ素ナトリウム共存下で反応を行うことにより、遊離された糖鎖を直ちにアルジトールへと還元する方法が用いられる。
【0009】
遊離されたアルジトールは蛍光標識を付与するための糖鎖側の官能基であるアルデヒド基が還元されてアルコールに変化しているため、蛍光標識を付与することができない。そのため、アルジトールの全ての水酸基をメチル化(完全メチル化)した上で質量分析計で分析することが一般的である。
【0010】
アルデヒド基を温存したままO結合型糖鎖を化学的に遊離する他の方法としては、前述のヒドラジン分解法が知られている。反応後は、ヒドラジン留去、再アセチル化を行い、蛍光標識を付与した後、HPLC等を用いて分析されている。
【0011】
一方で、O結合型糖鎖を遊離する場合には、ヒドラジン分解法でもアルカリβ脱離法でも糖鎖の還元末端のNアセチルガラクトサミンの3位に結合している糖が脱離してしまうという副反応(ピーリング反応)を必ず伴う。それを抑制するために弱塩基を利用したβ脱離法を行ってもピーリングは避けられないだけでなく、遊離効率も著しく低下してしまうという問題があった。また、反応時間も16時間以上かかっていた。
【0012】
また、ピーリングを抑制するために水素化ホウ素ナトリウムを共存させる方法では、標識試薬を還元末端に付与できなくなるため、HPLCなどで高感度に分析することができなかった。
【0013】
本発明者らは、安全かつ安価な薬品を用いて、また特別なシステムを用いることなく短時間の処理時間でN結合型糖鎖とO結合型糖鎖をタンパク質から遊離する方法として、ヒドロキシルアミン存在下、水溶液中で塩基性触媒を用いて糖タンパク質から糖鎖を遊離する方法を構築している(特許文献1)。
【0014】
また、従来、糖タンパク質から遊離した糖鎖の精製は、例えば、親水性相互作用を利用する方法、フェニルボロン酸等を利用する共有結合形成を利用する方法、レクチンとの相互作用を利用する方法、チタン(例えば、酸化チタン(TiO2))やジルコニウム、銀等とのキレート相互作用を利用する方法等により行われている(例えば、非特許文献1等を参照のこと)。
【0015】
ここで、親水性相互作用を利用する方法は、糖鎖の理化学的性質を利用するものであり、セファロースの水酸基と糖鎖との間での形成される水素結合を利用し、セファロースビーズにより糖鎖を選択的に吸着し回収するものである(例えば、非特許文献1及び2等を参照のこと)。しかしながら、セファロースと糖鎖の相互作用が弱いため、分子量が小さなO結合型糖鎖は、サンプル中に含まれるタンパク質やペプチド断片等の夾雑物の影響を受けセファロースビーズへの保持が弱くなる。そのため、糖鎖の濃縮効率や再現性低下を招くとの問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【非特許文献】
【0017】
【文献】非特許文献1:Chen-Chun Chen et al., “Interaction modes and approaches to glycopeptide and glycoprotein enrichment”, Analyst, 2014, vol. 139, p.688-704
【文献】Michiko Tajiri et al., “Differential analysis of site-specific glycans on plasma and cellular fibronectins: Application of a hydrophilic affinity method for glycopeptide enrichment”, Glycobiology, 2005, vol. 15, no.12,p.1332-1340
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
そこで、本発明は、糖鎖の分解を抑制しながら、糖タンパク質から糖鎖を簡便な操作で短時間に調製できる糖鎖調製技術を提供するものである。特に分子量が小さなO結合型糖鎖を含めて糖鎖を高い収率で回収できる糖鎖調製技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、糖タンパク質に、ヒドロキシルアミン化合物と塩基性試薬とを含む糖鎖遊離溶液を接触させて、糖タンパク質から糖鎖を遊離させ、続いて、ベタイン構造を有する化合物からなる精製剤に接触させることにより、分子量が小さなO結合型糖鎖を含めて糖鎖を高い収率で回収できることを見出した。また、当該反応は、簡便な操作で短時間に行えると共に、糖鎖の分解(ピーリング)をも抑制できることを見出した。
【0020】
すなわち、本発明は、糖タンパク質から糖鎖を調製する方法、キット、及び、装置を提供するものであり、詳細には、以下の構成を含む。
【0021】
〔1〕糖タンパク質から糖鎖を調製する方法であって、
(I)前記糖タンパク質に、ヒドロキシルアミン化合物と塩基性試薬とを含む糖鎖遊離溶液を接触させて、前記糖タンパク質から糖鎖を遊離させ、糖鎖を含む糖鎖含有サンプルを得る工程、
(II)前記糖鎖含有サンプルを、ベタイン構造を有する化合物からなる、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤に接触させて、前記精製剤に前記糖鎖を吸着させる工程、
(III)前記精製剤から前記糖鎖を溶出させる工程、を含む方法。
〔2〕更に、(IV)糖鎖標識溶液中の糖鎖標識試薬と糖鎖と反応させる糖鎖標識工程を含む、上記〔1〕の方法。
〔3〕更に、(V)還元試薬を含む還元溶液と反応させる還元工程を含む、上記〔2〕の方法。
〔4〕前記還元溶液中の前記還元試薬の濃度が、1.0mmol/L以上250mmol/L以下である、上記〔3〕の方法。
〔5〕前記糖鎖遊離溶液中のヒドロキシルアミン類が2%以上70%以下である、上記〔1〕~〔4〕の方法。
〔6〕前記ヒドロキシルアミン化合物は、ヒドロキシルアミン、ヒドロキシルアミンの塩、O置換ヒドロキシルアミン及びO置換ヒドロキシルアミンの塩からなる群より選択される少なくとも一種である、上記〔1〕~〔5〕の方法。
〔7〕前記塩基性試薬は、アルカリ金属の水酸化物、アルカリ金属の弱酸塩、アルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア水溶液に溶解したアルカリ土類金属の塩及び有機塩基からなる群より選択される少なくとも一種である、上記〔1〕~〔6〕の方法。
〔8〕前記アルカリ金属の水酸化物は、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムであり、前記アルカリ金属の弱酸塩が、重炭酸ナトリウム又は炭酸ナトリウムであり、前記アルカリ土類金属の水酸化物が、水酸化カルシウム、水酸化バリウム又は水酸化ストロンチウムであり、前記アルカリ土類金属の塩が、酢酸カルシウム、塩化カルシウム、酢酸バリウム又は酢酸マグネシウムであり、前記有機塩基が、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン、1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン、7-メチル-1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン、1,1,3,3-テトラメチルグアニジン、2-tert-ブチル-1,1,3,3-テトラメチルグアニジン又はセチルトリメチルアンモニウムヒドロキシドである上記〔7〕の方法。
〔9〕前記精製剤が、前記ベタイン構造を有する化合物を有効成分として含有するものである、上記〔1〕~〔8〕に記載の方法。
〔10〕前記精製剤が、前記ベタイン構造を有する側鎖が主鎖に結合しているポリマーが不溶性支持体に固定されている糖鎖濃縮担体である、上記〔9〕の方法。
【0022】
上記構成によれば、安全かつ安価な薬品の使用により、糖鎖の分解(ピーリング)を抑制しつつ、短時間の処理時間で糖タンパク質から糖鎖を遊離できる。更に、遊離した糖鎖は、親水度が効果的に高められた精製剤を用いることにより、分子量の小さいO結合型糖鎖を含めて当該精製剤に特異的に吸着できる。これにより、糖タンパク質から糖鎖を効率的に回収することができる。したがって、上記構成によれば、簡便な操作で短時間に糖タンパク質から糖鎖を高い収率で調製できる。
【0023】
また、上記〔2〕の構成によれば遊離した糖鎖を標識試薬により標識することができる。更に、上記〔3〕の構成によれば、還元試薬により糖鎖と標識試薬との複合体を還元することができ、これにより、糖鎖と標識試薬との複合体を安定化でき標識効率を向上できる。特に、還元試薬を上記〔4〕の構成の濃度範囲にすることにより、糖鎖の標識効率を更に向上できる。
【0024】
〔11〕糖タンパク質から糖鎖を調製するためのキットであって、
(a)ヒドロキシルアミン化合物、
(b)塩基性試薬、
(c)ベタイン構造を有する化合物からなる、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤、を含むキット。
〔12〕更に、(d)糖鎖標識試薬、を含む、上記〔11〕のキット。
〔13〕前記ヒドロキシルアミン化合物は、ヒドロキシルアミン、ヒドロキシルアミンの塩、O置換ヒドロキシルアミン及びO置換ヒドロキシルアミンの塩からなる群より選択される少なくとも一種である、上記〔11〕又は〔12〕のキット。
〔14〕前記塩基性試薬は、アルカリ金属の水酸化物、アルカリ金属の弱酸塩、アルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア水溶液に溶解したアルカリ土類金属の塩及び有機塩基からなる群より選択される少なくとも一種である、請求項〔11〕~〔13〕の何れかのキット。
〔15〕前記アルカリ金属の水酸化物は、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムであり、前記アルカリ金属の弱酸塩が、重炭酸ナトリウム又は炭酸ナトリウムであり、前記アルカリ土類金属の水酸化物が、水酸化カルシウム、水酸化バリウム又は水酸化ストロンチウムであり、前記アルカリ土類金属の塩が、酢酸カルシウム、塩化カルシウム、酢酸バリウム又は酢酸マグネシウムであり、前記有機塩基が、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン、1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン、7-メチル-1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン、1,1,3,3-テトラメチルグアニジン、2-tert-ブチル-1,1,3,3-テトラメチルグアニジン又はセチルトリメチルアンモニウムヒドロキシドである、上記〔14〕のキット。
【0025】
上記構成によれば、糖タンパク質からの糖鎖の調製に必要な試薬類をキット化することにより、糖鎖の調製をより簡便かつ短時間に行うことができる。
【0026】
〔16〕糖タンパク質から糖鎖を調製するための装置であって、
前記糖タンパク質を含む糖タンパク質含有サンプルが収容される第1容器を保持する第1容器保持部、前記第1容器に試薬を導入する試薬導入部、及び、ベタイン構造を有する化合物からなる、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤を含む第2容器を保持する第2容器保持部を備え、
前記試薬導入部が、前記第1容器にヒドロキシルアミン化合物と塩基性試薬とを含む糖鎖遊離試薬を導入する糖鎖遊離試薬導入部を含む、装置。
〔17〕前記試薬導入部が、糖鎖標識試薬を導入する糖鎖標識試薬導入部を更に含む、上記〔16〕の装置。
〔18〕前記第2容器の収容物を固液分離する固液分離部を備える、上記〔16〕又は〔17〕の装置。
【0027】
上記構成によれば、糖タンパク質からの糖鎖の調製に必要な試薬及び部材類を装置化することにより、糖鎖の調製をより簡便かつ短時間に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本実施形態に係る糖鎖調製精製剤の一例を模式的に表した図である。
【
図2】糖鎖標識時の還元試薬濃度と収率の関係を検証した実施例2の結果を示すグラフ(低濃度側)。
【
図3】糖鎖標識時の還元試薬濃度と収率の関係を検証した実施例2の結果を示すグラフ(高濃度側)。
【
図4】糖鎖の調製を検証した実施例3の結果を、比較例4及び比較例5との比較で示すHPLC分析のチャート。
【
図5】糖鎖の調製を検証した実施例3の結果を、比較例4及び比較例5との比較で示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は、後述する実施形態に限定されるものではない。
【0030】
[糖タンパク質から糖鎖を調製する方法]
本実施形態に係る糖タンパク質から糖鎖を調製する方法は、
(I)前記糖タンパク質に、ヒドロキシルアミン化合物と塩基性試薬とを含む糖鎖遊離溶液を接触させて、前記糖タンパク質から糖鎖を遊離させ、糖鎖を含む糖鎖含有サンプルを得る工程、
(II)前記糖鎖含有サンプルを、ベタイン構造を有する化合物からなる、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤に接触させて、前記精製剤に前記糖鎖を吸着させる工程、
(III)前記精製剤から前記糖鎖を溶出させる工程、を含み、これにより糖タンパク質から糖鎖を調製することができる。
【0031】
本明細書において、「糖タンパク質」とは、タンパク質のアミノ酸配列中に、O結合型糖鎖、又は、N結合型糖鎖が少なくとも一つ以上結合しているタンパク質をいう。糖タンパク質から糖鎖を調製する方法に対象となる糖タンパク質は、特に制限されず、天然由来であっても、合成したものでもよい。
【0032】
また、「糖鎖」には、O結合型糖鎖、及び、N結合型糖鎖が含まれ、O結合型糖鎖及びN結合型糖鎖の何れの糖鎖も糖タンパク質からの調製の対象とすることができる。O結合型糖鎖は、タンパク質のセリン(Ser)又はスレオニン(Thr)のアミノ酸残基において、各アミノ酸側鎖に含まれる-OH基を介して糖鎖が結合した構造である。また、O結合型糖鎖は、コアの構造により1~8種に分類される。また、N結合型糖鎖は、タンパク質のアスパラギン残基の側鎖のアミド基の窒素原子に結合する糖鎖を指す。N結合型糖鎖はマンノースを基点として分岐を形成しているものが含まれ、例えば2本分岐鎖、3本分岐鎖、4本分岐鎖等がある。また、N結合型糖鎖は、その構造により、基本型、高マンノース型、ハイブリッド型、複合型等に分類することができる。
【0033】
〔工程(I)/糖鎖含有サンプル取得工程〕
工程(I)は、糖タンパク質に、ヒドロキシルアミン化合物と塩基性試薬とを含む糖鎖遊離溶液を接触させて、糖タンパク質から糖鎖を遊離させ、糖鎖を含む糖鎖含有サンプルを得る工程である。
【0034】
「糖鎖遊離溶液」は、最終的に、糖タンパク質、ヒドロキシルアミン類、及び、塩基性試薬が接触した状態になればよく、糖タンパク質との接触や混合の順序は問わない。例えば、まず、糖タンパク質にヒドロキシルアミン類を添加し、その後塩基性試薬を添加してもよい。あるいは、まず、糖タンパク質に塩基性試薬を添加し、その後ヒドロキシルアミン類を添加してもよい。あるいは、まず、ヒドロキシルアミン類と塩基性試薬とを混合し、これに糖タンパク質を添加してもよい。なお、O結合型糖鎖の場合には、糖鎖の分解(ピーリング)を抑制するためにヒドロキシルアミン類を先に添加することが好ましい。
【0035】
ここで、本実施形態に使用できる「ヒドロキシルアミン類」としては、ヒドロキシルアミン、ヒドロキシルアミンの塩、O置換ヒドロキシルアミン、O置換ヒドロキシルアミンの塩を挙げることができる。具体的には、以下に限定されないが、例えば、ヒドロキシルアミン塩酸塩、ヒドロキシルアミン水溶液、ヒドロキシルアミン硫酸塩、ヒドロキシルアミンリン酸塩、Oメチルヒドロキシルアミン塩酸塩、Oエチルヒドロキシルアミン塩酸塩、O-(テトラヒドロ-2H-ピラン-2-イル)ヒドロキシルアミン、ニトロベンジルヒドロキシルアミン塩酸塩、O-ターシャルブチルジメチルシリルヒドロキシルアミン、O-トリメチルシリルヒドロキシルアミンからなる群より選択される少なくとも一つの化合物を挙げることができる。なお、上記した化合物の二つ以上を組み合わせて使用してもよい。好ましい実施形態において、「ヒドロキシルアミン類」は、ヒドロキシルアミン水溶液である。
【0036】
「ヒドロキシルアミン類」の最終濃度は、例えば2%(w/w)以上70%(w/w)以下、例えば2%(w/w)以上50%(w/w)以下の濃度範囲とすることができる。しかしながら、上記した濃度範囲に限定されず、当業者であれば、対象とする糖タンパク質の種類や他の成分(アミン類、塩基性試薬、その他の添加剤)、接触条件(時間、温度等)等により適宜調整することができる。
【0037】
特に、O結合型糖鎖を遊離させる場合には、「ヒドロキシルアミン類」の最終濃度はできるだけ高いことが好ましい。したがって、O結合型糖鎖を遊離させる場合には「ヒドロキシルアミン類」の最終濃度は、例えば5%(w/w)以上70%(w/w)以下、例えば10%(w/w)以上60%(w/w)以下の濃度範囲であってよい。
【0038】
なお、N結合型糖鎖を遊離させる場合には、「ヒドロキシルアミン類」の最終濃度は、2%(w/w)以上50%(w/w)以下とすることができ、好ましくは、2%(w/w)以上20%(w/w)以下とすることができる。
【0039】
「ヒドロキシルアミン類」として、ヒドロキシルアミンを用いる場合、ヒドロキシルアミンの濃度が、2%(w/w)超50%(w/w)以下であると、十分な糖鎖回収量が得られ、ヒドロキシルアミンも安定である傾向にある。
【0040】
また、本実施形態に使用できる「塩基性試薬」としてはアルカリ金属の水酸化物、アルカリ金属の弱酸塩、アルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア水に溶解したアルカリ土類金属の塩、及び、有機塩基からなる群より選択される少なくとも一つの化合物を挙げることができる。
【0041】
アルカリ金属の水酸化物としては、以下に限定されないが、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを挙げることができる。
【0042】
また、アルカリ金属の弱酸塩としては、以下に限定されないが、例えば、重炭酸ナトリウム、炭酸ナトリウムを挙げることができる。
【0043】
また、アルカリ土類金属の水酸化物としては、以下に限定されないが、例えば、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、水酸化ストロンチウムを挙げることができる。
【0044】
また、アンモニア水に溶解したアルカリ土類金属の塩としては、以下に限定されないが、例えば、酢酸カルシウム、塩化カルシウム、酢酸バリウム、酢酸マグネシウムを挙げることができる。
【0045】
これらの中でも、特に、水酸化リチウムが好ましい。
【0046】
また、有機塩基としては、以下に限定されないが、例えば、DBU:1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン(1,8-diazabicyclo[5.4.0]undec-7-ene)、TBD:1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカン-5-エン(1,5,7-Triazabicyclo[4.4.0]dec-5-ene)、MTBD:7-メチル-1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン(7-Methyl-1,5,7-triazabicyclo[4.4.0]dec-5-ene)、TMG:1,1,3,3-テトラメチルグアニジン(1,1,3,3-Tetramethylguanidine)、t-BuTMG:2-tert-ブチル-1,1,3,3-テトラメチルグアニジン(2-tert-Butyl-1,1,3,3-tetramethylguanidine)、DBN:1,5-ジアザビシクロ[4.3.0]ノン-5-エン(1,5-diazabicyclo[4.3.0]non-5-ene)、CTAH:セチルトリメチルアンモニウムヒドロキシド(cetyltrimethylammonium hydroxide)等を挙げることができる。なお、前述する化合物の二つ以上を組み合わせて使用してもよい。好ましい実施形態において、「有機塩基」は、有機強塩基(pKa12以上)であり、具体的には、DBU、TMG、TBD、MTBD、CTAHを挙げることができる。これらDBU、TMG、TBD、MTBD、CTAHを「有機塩基」として用いることで、有機溶媒による洗浄で反応後の塩基の除去が可能となる点において、好ましい。
【0047】
「塩基性試薬」の最終濃度は、例えば、2mM以上10M以下の濃度範囲とすることができる。しかしながら、上記した濃度範囲に限定されず、当業者であれば、対象とする糖タンパク質の種類や反応液中の他の成分(ヒドロキシルアミン類、その他の添加剤)、反応条件(時間、温度等)等により適宜調整することができる。なお、例えば、「塩基性試薬」として、水酸化リチウムを用いる際には、6mM以上8M以下とすることができる。塩基性試薬の濃度が上記下限値以上とすることで、反応時間を短時間とすることができ、上記上限値以下とすることで残存した塩基性試薬の次工程への影響を抑えられる。
【0048】
ヒドロキシルアミン類と塩基性試薬とのモル比は、1:2以上300:1以下とすることが好ましく、1:1以上100:1以下とすることがより好ましい。ヒドロキシルアミン類と塩基性試薬とのモル比を上記した範囲とすることにより、遊離した糖鎖の分解(ピーリング)反応を抑制すると共に、糖鎖の収率を向上することができる。
【0049】
糖タンパク質と糖鎖遊離溶液を接触させる温度や時間等の条件は、対象となるタンパク質から糖鎖が遊離できる限りにおいて特に限定されず、対象となる糖タンパク質、ヒドロキシルアミン類、塩基性試薬の種類や濃度等の条件により当業者は適宜設定することができる。なお、温度は、例えば、室温以上80℃以下とすることができる。なお、反応温度を低くすることで糖鎖分解(ピーリング)率を抑制できる。特に、Nグリコリル基等は、高温で反応させると分解されやすいため、未知の糖鎖を有する糖タンパク質を対象とする場合は、50℃以下とすることが好ましく、例えば37℃程度とすることができる。また、時間も条件により約5分~16時間とすることができる。
【0050】
糖鎖遊離溶液に、アミン類を更に加えてもよい。アミン類としては、以下に限定されないが、例えば、アンモニア水、メチルアミン水溶液、ジメチルアミン水溶液、エチルアミン、ジエチルアミン、エタノールアミン、エチレンジアミン、ブチルアミン、モルホリン、DABCO、アントラニル酸からなる群より選択される少なくとも一つの化合物を挙げることができる。また、なお、前述する化合物の二つ以上を組み合わせて使用してもよい。好ましくは、アミン類は、アンモニア水、モルホリン、DABCO、アントラニル酸である。アンモニア水、モルホリン、DABCO、アントラニル酸等をアミン類として用いることで、ピーリング、異性化やアミドの分解が抑制される点において、好ましい。特に、アンモニアよりもpKaの低いモルホリンやDABCO、アントラニル酸等を用いた場合には、N結合型糖鎖を遊離する際の副反応である異性化が抑えることができる点において好ましい。
【0051】
アミン類の最終濃度は、例えば、40mM以上15M以下の濃度範囲とすることができる。しかしながら、上記した濃度範囲に限定されず、当業者であれば、対象とする糖タンパク質の種類や反応液中の他の成分(ヒドロキシルアミン類、塩基性試薬、その他の添加剤)、反応条件(時間、温度等)等により適宜調整することができる。なお、例えば、アミン類として、アンモニア水を用いる際には、反応液中のアンモニアの最終濃度を2%(w/w)以上25%(w/w)以下とすることができ、好ましくは、10%(w/w)以上20%(w/w)以下とすることができる。より好ましくは、20%(w/w)である。
【0052】
ここで、上記した通り、特にO結合型糖鎖を遊離させる場合には、ヒドロキシルアミン類の最終濃度はできるだけ高いことが好ましい。しかしながら、糖タンパク質と反応液との混合液が、高濃度のヒドロキシルアミン類を含む場合、糖鎖を遊離後の混合液に未反応のヒドロキシルアミン類が残存する場合がある。未反応のヒドロキシルアミン類は、糖鎖を標識して分析する場合に標識反応を阻害してしまうため、除去することが好ましい。
【0053】
そこで、未反応のヒドロキシルアミン類を除去する追加の工程を更に含んでいてもよい。したがって、糖鎖含有サンプルに、ケトン、アルデヒド又は酸無水物を添加し、糖鎖含有サンプル中に残存するヒドロキシルアミン類をケトキシム、アルドキシム又はアミドに変換する工程を、更に含んでいてよい。
【0054】
ヒドロキシルアミン類にケトンを反応させることによりケトキシムに変換することができる。また、ヒドロキシルアミン類にアルデヒドを反応させることによりアルドキシムに変換することができる。また、ヒドロキシルアミン類に酸無水物を反応させることによりアミドに変換することができる。
【0055】
ケトンとしては、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、4-ヒドロキシブタノン等を用いることができる。また、アルデヒドとしては、サリチルアルデヒド、ベンズアルデヒド、4-ヒドロキシベンズアルデヒド等を用いることができる。また、酸無水物としては無水酢酸、無水コハク酸等を用いることができる。
【0056】
〔工程(II)/糖鎖吸着工程〕
工程(II)は、工程(I)の糖鎖含有サンプル取得工程で得た糖鎖含有サンプルを、ベタイン構造を有する化合物からなる、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤に接触させて、前記精製剤に前記糖鎖を吸着させる工程である。精製剤は、単糖以上の長さの糖鎖を効率よく吸着させることができる。
【0057】
本実施形態で用いる「精製剤」は、ベタイン構造を有する化合物を有効成分として含有する、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤とも称することができる。つまり、「精製剤」は、ベタイン構造を有する化合物を含んでいる限り、ベタイン構造を有しない化合物との混合物の状態であってもよい。
【0058】
上記した「ベタイン構造」は、下記式(1)で表される構造であってもよい。
-A-L-Z (1)
[式(1)中、Zは、2級アミノ基、3級アミノ基、4級アンモニウム基及びイミノ基からなる群より選択されるカチオン性基を表し、Lは炭素数1~10のアルキレン基を表し、Aは、リン酸基、カルボキシル基、ホスホン酸基、ホスフィン酸基、スルホン酸基、スルフィン基、スルフェン基、水酸基、チオール基及びボロン酸基からなる群より選択されるアニオン性基を表す。]
【0059】
上記したベタイン構造を有する化合物は、ベタインであってもよいし、ベタイン構造を有する側鎖が主鎖に結合したポリマーであってもよい。
【0060】
「主鎖」とは、ポリマー構造中で最も長い炭素鎖を指し、主鎖から分岐する構造を「側鎖」という。
【0061】
また、糖鎖は単糖を含むものとする。したがって、単糖以上の長さの糖鎖とは、単糖、二糖、三糖、四糖以上の長さの糖鎖を含む。単糖以上の長さの糖鎖の分子量は、例えば、150以上3000以下程度であってもよい。
【0062】
「精製剤」は、不溶性支持体に固定されて糖鎖濃縮用担体を形成していてもよい。「精製」は「濃縮」ということもでき、また、「糖鎖濃縮用担体」を単に「担体」という場合がある。例えば、「精製剤」は、ポリマーが不溶性支持体に固定化されており、当該ポリマーは、ベタイン構造を有する側鎖が主鎖に結合していてもよい。ベタイン構造を有することにより親水度が非常に高められ、親水性相互作用により親水度の高い糖鎖を強く保持することができる。
【0063】
「糖鎖濃縮用担体」は、ポリマーが不溶性支持体に固定化されており、好ましくは、ポリマーは不溶性支持体表面の全部又は一部を被覆し、ポリマー層を形成している。ここで、被覆とは、不溶性支持体の表面にポリマーが付着していることを意味する。
図1に、「糖鎖濃縮用担体」の一例を模式的に表す。
図1の「糖鎖濃縮用担体」は、不溶性支持体表面に、ベタイン構造を有するポリマー層が形成されている。
【0064】
「ポリマー層」は、ベタイン構造を有する側鎖が主鎖に結合したポリマーに加えて、ベタイン構造を有しないポリマーを含んでいてもよい。したがって、「糖鎖濃縮用担体」は、当該担体の表面に、ベタイン構造が存在する限り、単糖以上の長さの糖鎖を精製することができる。
【0065】
「不溶性支持体」は、水及び糖鎖の調製過程で用いる有機溶媒に不溶な基材であり、ベタイン構造を有する側鎖が主鎖に結合しているポリマーを固定化できるものである限り特に制限はなく、公知の基材を用いることができる。不溶性支持体の材質は、無機物質及び有機物質の何れであってもよく、それらを併用した複合物質であってもよい。無機物質としては、シリカ等のケイ素化合物、ケイ酸塩ガラス等のガラス、酸化鉄(フェライト、マグネタイト等)、アルミナ、チタニア、ジルコニア等の酸化物、鉄、銅、金、銀、白金、コバルト、アルミニウム、パラジウム、イリジウム、ロジウム等の金属及びその合金、グラファイト等の炭素材料等が挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。有機物質としては、架橋ポリビニルアルコール、架橋ポリアクリレート、架橋ポリアクリルアミド、架橋ポリスチレン等の合成高分子、架橋セファロース、結晶性セルロース、架橋セルロース、架橋アミロース、架橋アガロース、架橋デキストラン等の多糖類等が挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、ベタイン構造を有する側鎖が主鎖に結合したポリマー自体が不溶性支持体を形成していてもよい。
【0066】
不溶性支持体としては、無機物質を用いることが好ましく、特に好ましくは、ケイ素化合物、中でもシリカが好ましい。一般的に、不溶性支持体となりうる有機物質は比重が1前後であり、糖鎖含有サンプルとの比重差が小さいことから固液分離が煩雑になることが多い。無機物質を用いることにより、例えば、糖鎖濃縮用担体を糖鎖の濃縮のために適用する場合等に、容易かつ簡便に固液分離でき、当該担体に吸着した糖鎖と、遊離のタンパク質、ペプチド断片、脂質、塩等の夾雑物とを効果的に分離することができる。これにより、濃縮効率の向上に寄与することができる。また、無機物質は、担体に適度な強度を付与することができる。
【0067】
不溶性支持体は、多孔質体や中空体等の空隙を有するであってもよい。例えば、多孔質体としては、モノリスタイプのシリカ等が挙げられる。モノリスタイプのシリカは、マイクロメートルサイズの三次元網目状の細孔(マクロ孔)と、三次元網目状構造を形成するシリカ骨格にナノメートルサイズの細孔(メソ孔)とを有する、シリカの多孔質構造体である。マイクロ孔の孔径は、例えば1μm以上100μm以下、好ましくは1μm以上50μm以下、メソ孔の孔径は、例えば1nm以上100nm以下、好ましくは1nm以上70nm以下等の範囲に独立して制御することができる。このような空隙を有する不溶性支持体を用いることにより、糖鎖濃縮用担体は、比表面積が大きくなり、不溶性支持体表面に固定化できる精製剤の量を増加することができる。これにより、実施形態の担体を糖鎖の濃縮に用いる場合に、糖鎖との接触効率が向上し糖鎖を効率的に吸着させることができ、濃縮効率の向上に寄与することができる。また、後述する不溶性支持体の比重の調整のために用いることもできる。
【0068】
精製剤がポリマーである場合、当該ポリマーは、重合性単量体の重合体であってもよい。重合性単量体は、重合反応により重合体を形成可能な単量体である限り特に制限はなく、好ましくは、(メタ)アクリロイル基を有する(メタ)アクリル化合物であり、例えば、(メタ)アクリル酸エステル及びその誘導体等が含まれる。更に、ビニル基、アリル基、α-アルコキシメチルアクリロイル基、マレイン酸残基、フマル酸残基、イタコン酸残基、クロトン酸残基、イソクロトン酸残基、及びシトラコン酸残基等を有する化合物及びその誘導体等を挙げることができるが、これらに限定するものでない。重合性単量体は、1種を単独で用いてもよく、また2種以上を併用してもよい。なお、「(メタ)アクリロイル基」とは「アクリロイル基」又は「メタクリロイル基」を表し、「(メタ)アクリル」とは「アクリル」又は「メタクリル」を表すものとする。
【0069】
不溶性支持体に固定化されるポリマーの側鎖は、上記した重合性単量体の重合体から構成される主鎖から分岐した分子鎖であり、一部又は全てにベタイン構造を有する。ベタイン構造とは、カチオン部位とアニオン部位を、同一分子内の分離した隣り合わない位置に持つ構造を意味する。
【0070】
カチオン部位とは、正電荷を帯びた原子団であり、所謂カチオン性基を意味する。カチオン性基として、例えは、1級アミノ基、2級アミノ基(-NHR)、3級アミノ基(-NR2)、4級アンモニウム基(-NR3
+)、及び、イミノ基等が挙げられるが、これらに限定するものではない。2級アミノ基、3級アミノ基、4級アンモニウム基におけるRは、アルキル基又はアリール基であり、1の基に複数のRを有する場合にはそれぞれ異なっていても同一であってよく、例えば、メチル基、エチル基、プロプル基等が挙げられるが、これらに限定するものではない。好ましくは、4級アンモニウム基であり、特に好ましくはトリメチルアンモニウム基である。また、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、塩酸イオン、酢酸イオン、硫酸イオン、フッ化水素酸イオン、及び、炭酸イオン等と塩を形成した塩形態のものもカチオン性基に含まれる。
【0071】
アニオン部位とは、負電荷を帯びた原子団であり、所謂アニオン性基を意味する。アニオン性基としては、例えば、リン酸基、ホスホン酸基、ホスフィン酸基、スルホン酸基、スルフィン基、スルフェン基、カルボキシル基、水酸基、チオール基、及び、ボロン酸基等が挙げられるが、これらに限定するものではない。好ましくは、リン酸基である。また、ナトリウムイオンやカリウムイオン等のアルカリ金属イオン及びカルシウムイオン等のアルカリ土類金属イオン等と塩を形成した塩形態ものもアニオン性基に含まれる。
【0072】
「ベタイン構造」は、上記したカチオン部位とアニオン部位を有する構造である限り特に制限はなく、カチオン部位とアニオン部位の組み合わせは特に制限はない。好ましくは、カチオン部位が4級アンモニウム基であり、アニオン部位がリン酸基である。
【0073】
不溶性支持体に固定化されるポリマーは、重合性単量体の重合体から構成される主鎖に対して、ベタイン構造を有する側鎖が結合している限り特に制限はない。したがって、ポリマーは、ベタイン構造を有する重合性単量体のホモ重合体の他、カチオン部位を有する重合性単量体とアニオン部位を有する重合性単量体の共重合体であってもよい。また、荷電を有しない重合性単量体を含めた共重合体であってよく、このような重合性単量体を含めることによりポリマーの水への溶解性等を制御することができる。共重合体は、2種類以上の単量体から得られる重合体を意味し、交互共重合体、ブロック共重合体、ランダム共重合体、及び、グラフト共重合体等の何れであってもよい。したがって、ベタイン構造は、ポリマーの単量体単位毎に導入されていてもよいし、単量体単位の一定単位毎に導入されていてもよく、ランダムに導入されていてもよい。
【0074】
好ましくは、ポリマー側鎖はベタイン構造を有する重合性単量体のホモ重合体である。この場合、ベタイン構造を有する重合性単量体は、アニオン部位とカチオン部位が同一分子鎖に存在することになる。両者を連結するリンカーは、2価以上の基を有するものであれば特に制限はなく、公知のリンカーを用いることができる。好ましくはアルキレンリンカーであり、アルキレンリンカーとしては、例えば炭素原子数1以上10以下、好ましくは2以上5以下の炭素原子数を有するアルキレンリンカーが挙げられる。
【0075】
このようなベタイン構造を有する重合性単量体としては、例えば、ホスホリルコリン基等のホスホベタイン基を有するホスホベタイン系単量体、カルボキシベタイン基を有するカルボキシベタイン系単量体、スルホベタイン基を有するスルホベタイン系単量体等が挙げられるが、これらに限定するものではない。好ましくは、ホスホベタイン系単量体であり、なかでもホスホリルコリン基を有するホスホベタイン系単量体である。
【0076】
ホスホベタイン系単量体としては、ホスホリルコリン基を有する重合性単量体が好ましくは、例えば、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、2-(メタ)アクリロイルオキシエトキシエチルホスホリルコリン、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン、10-(メタ)アクリロイルオキシエトキシノニルホスホリルコリン、2-(メタ)アクリロイルオキシプロピルホスホリルコリン、2-(メタ)アクリロイルオキシブチルホスホリルコリン等が挙げられる。なかでも、入手容易性から2-(メタ)アクリロイルオキシエチルホスホリルコリンが特に好ましい。更に、ホスホベタイン系単量体として、例えば、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(2-ホスホナトエチル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(2-ホスホナトエチル)アミニウム、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(3-ホスホナトプロピル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(3-ホスホナトプロピル)アミニウム、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(4-ホスホナトブチル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(4-ホスホナトブチル)アミニウム、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(ホスホナトメチル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(ホスホナトメチル)アミニウム等も挙げられる。
【0077】
カルボキシベタイン系単量体としては、例えば、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(2-カルボキシラトエチル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(2-カルボキシラトエチル)アミニウム、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(3-カルボキシラトプロピル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(3-カルボキシラトプロピル)アミニウム、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(4-カルボキシラトブチル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(4-カルボキシラトブチル)アミニウム、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(カルボキシラトメチル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(カルボキシラトメチル)アミニウム等が挙げられる。
【0078】
スルホベタイン系単量体としては、例えば、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(2-スルホナトエチル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(2-スルホナトエチル)アミニウム、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(3-スルホナトプロピル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(3-スルホナトプロピル)アミニウム、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(4-スルホナトブチル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(4-スルホナトブチル)アミニウム、ジメチル(2-メタクリロイルオキシエチル)(スルホナトメチル)アミニウム、ジメチル(2-アクリロイルオキシエチル)(スルホナトメチル)アミニウム等が挙げられる。
【0079】
前記不溶性支持体に結合しているポリマーの重量が、前記不溶性支持体の単位表面積(m2)当たり0.5mg以上1.5mg以下程度であることが好ましく、特には0.6mg以上1.3mg以下、更には0.7mg以上1.2mg以下であることが好ましい。単位表面積当たりのポリマー重量が上記範囲であると、ポリマー合成時のハンドリングが良好であり、また、糖鎖との良好な接触効率を確保でき、糖鎖を効率よく吸着することができる。
【0080】
「糖鎖濃縮用担体」は、比重が1.05以上3.00以下程度のものが好ましく、特には1.1以上2.7以下、更には1.5以上2.5以下であることが好ましい。比重が下限値未満では沈降性が低下し、また、上限値を超えると分散性が悪化することから、何れの場合にも操作性が悪化する。したがって、実施形態に係る担体の比重が上記範囲内であると、糖鎖の濃縮のために適用する場合等に、沈降性が良好であることから重力による自然沈降や遠心分離等により容易かつ簡便に固液分離でき、担体に吸着した糖鎖を、遊離のタンパク質やペプチド断片等の夾雑物と効果的に分離することができる。また、分散性が良好であることから糖鎖との接触効率が向上し、糖鎖を効率よく吸着することができる。したがって、操作性の点で優れた担体を提供できると共に、糖鎖の濃縮のために適用する場合等に、遊離のタンパク質、ペプチド断片等の夾雑物との分離及び糖鎖の吸着効率の点でも優れた担体を提供することができる。
【0081】
「糖鎖濃縮用担体」の形状は、特に制限されず、公知の何れの形状であってもよい。例えば、ビーズ等の球状、基板やマルチウェルプレート等の板状、シートやフィルム、メンブレン等の膜状、繊維状等を挙げることができる。担体は固相と言いかえることもできる。好ましくは、取り扱いが容易な、球状又はそれに類する形状である。球状である場合には、平均粒径は、0.5μm以上100μm以下程度のものが好ましく、特には、1μm以上50μm以下、若しくは1μm以上10μm以下が好ましい。特に好ましくは3μm以上10μm以下である。平均粒径が下限値未満では、担体を遠心分離やろ過で回収することが困難となると共に、担体をカラム等に充填して用いる際、通液性が悪くなり通液に際して大きな圧力を加える必要が生じる。一方、平均粒径が上限値を超えると、担体と試料溶液の接触面積が少なくなり、糖鎖の吸着効率が低下し濃縮効率が低下する。したがって、「糖鎖濃縮用担体」の平均粒径が上記範囲内であると、操作性の点で優れた担体を提供できると共に、糖鎖の濃縮のために適用する場合等に、遊離のペプチド断片等との分離及び糖鎖の吸着効率の点でも優れた担体を提供することができる。平均粒径は、例えば、粒度分布計等で測定することができる。
【0082】
「糖鎖濃縮担体」は、スピンカラム等のフィルターカップ、マルチウェルプレートの各ウェル、フィルタープレートの各ウェル、マイクロチューブ等の容器の中に充填された状態で用いてもよい。
【0083】
ポリマーは、上記重合性単量体を重合することにより得ることができるが、ポリマーの重合方法に特に制限はなく、重合性単量体の種類等に応じて適宜選択することができる。好ましくは、ラジカル重合である。
【0084】
不溶性支持体へのポリマーの固定化は、物理吸着、又は、化学結合の何れを用いて行ってもよい。好ましくは、安定性の観点から化学結合であり、ポリマーの不溶性支持体からの溶出を抑制することができる。また、不溶性支持体表面で重合性単量体を重合することによりポリマーを不溶性支持体表面に固定化してもよいし、予め重合させたポリマーを不溶性支持体表面に固定化してもよい。
【0085】
不溶性支持体表面で重合性単量体を重合することによりポリマーを不溶性支持体表面に固定化する場合、例えば、不溶性支持体の表面に、重合開始点を導入し、重合開始点を導入した不溶性支持体を重合性単量体溶液に浸漬して、重合開始剤を添加することにより重合開始点からポリマーを成長させることができる。これにより、ポリマーを不溶性支持体表面に化学結合により固定化することができる。重合開始点としては、重合性官能基や連鎖移動基、リビングラジカル重合におけるドーマント種等を用いることができる。
【0086】
重合性官能基としては、ビニル基、アリル基(2-プロペニル基)、(メタ)アクリロ
イル基、エポキシ基、スチレン基等が挙げられる。連鎖移動基としては、メルカプト基、アミノ基等が挙げられるが、反応性に優れている点でメルカプト基が好ましい。
【0087】
不溶性支持体表面に重合性官能基、又は、連鎖移動基を導入する方法としては、特に限定されないが、重合性官能基、又は、連鎖移動基を有するシランカップリング剤を用いることが好ましい。
【0088】
重合性官能基を有するシランカップリング剤としては、例えば、(3-メタクリロキシプロピル)ジメチルメトキシシラン、(3-メタクリロキシプロピル)ジエチルメトキシシラン、(3-メタクリロキシプロピル)ジメチルエトキシシラン、(3-メタクリロキシプロピル)ジエチルエトキシシラン、(3-メタクリロキシプロピル)メチルジメトキシシラン、(3-メタクリロキシプロピル)エチルジメトキシシラン、(3-メタクリロキシプロピル)メチルジエトキシシラン、(3-メタクリロキシプロピル)エチルジエトキシシラン、(3-メタクリロキシプロピル)トリメトキシシラン、(3-メタクリロキシプロピル)トリエトキシシラン等が挙げられるが、反応性、及び、入手性の点から(3-メタクリロキシプロピル)トリメトキシシランや(3-メタクリロキシプロピル)トリエトキシシランが好ましい。これらのシランカップリング剤は、単独、又は、2種以上の組み合わせで用いることができる。
【0089】
連鎖移動基を有するシランカップリング剤としては、例えば(3-メルカプトプロピル
)トリメトキシシラン、(3-メルカプトプロピル)メチルジメトキシシラン、(3-メルカプトプロピル)ジメチルメトキシシラン、(3-メルカプトプロピル)トリエトキシシラン、(3-メルカプトプロピル)メチルジエトキシシラン、(3-メルカプトプロピル)ジメチルエトキシシラン、(メルカプトメチル)トリメトキシシラン、(メルカプトメチル)メチルジメトキシシラン、(メルカプトメチル)ジメチルメトキシシラン、(メルカプトメチル)トリエトキシシラン、(メルカプトメチル)メチルジエトキシシラン、(メルカプトメチル)ジメチルエトキシシラン等が挙げられるが、入手性から(3-メルカプトプロピル)トリメトキシシランや(3-メルカプトプロピル)トリエトキシシランが好ましい。これらのシランカップリング剤は、単独、又は、2種以上の組み合わせで用いることができる。
【0090】
重合性官能基、又は、連鎖移動基を有するシランカップリング剤を用いての、重合性官能基、又は、連鎖移動基の不溶性支持体への導入は、例えば、シランカップリング剤と不溶性支持体表面の官能基との間で共有結合を形成させることにより行うことができる。例えば、シランカップリング剤として、トリメトキシシラン類やトリエトキシシラン類等のアルコキシシラン類を用いる場合、加水分解により生成されたシラノール基が、不溶性支持体表面の水酸基、アミノ基、カルボニル基、シラノール基等と脱水縮合して共有結合を形成することにより行うことができる。
【0091】
不溶性支持体表面に重合性官能基、又は、連鎖移動基を導入した後に、不溶性支持体と重合性単量体を混合して重合反応を進行させることで、不溶性支持体表面にポリマー層が形成される。重合反応は、限定するものではないが、例えば重合性単量体、及び重合開始剤を溶解した溶媒中に不溶性支持体を投入し、撹拌下、0℃以上80℃以下の温度にて1時間以上30時間以下で加熱することにより行われる。その後、不溶性支持体は減圧下ろ過され、洗浄後乾燥される。
【0092】
不溶性支持体と重合性単量体、及び重合開始剤の使用割合は特に制限されるものではないが、通常、不溶性支持体1gに対し、重合性単量体0.1mmol以上10mmol以下、重合開始剤0.01mmol以上10mmol以下の割合で用いられる。
【0093】
溶媒としてはそれぞれの重合性単量体が溶解するものであればよく、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、n-ブタノール、t-ブチルアルコール、n-ペンタノール等のアルコール類、ベンゼン、トルエン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジクロロメタン、クロロホルム、シクロヘキサノン、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、メチルエチルケトン、メチルブチルケトン、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル等を挙げることができる。これらの溶媒は、単独、又は、2種以上の組み合わせで用いられる。
【0094】
重合開始剤としては特に限定されないが、例えば、2,2’-アゾビスイソブチルニトリル(以下「AIBN」と略する場合がある)、1,1’-アゾビス(シクロヘキサン-1-カルボニトリル)等のアゾ化合物、過酸化ベンゾイル、過酸化ラウリル、過酸化tert-ブチル等の有機過酸化物、過酸化水素-第1鉄イオン等のレドックス開始剤等を挙げることができる。
【0095】
一方、予め重合させたポリマーを不溶性支持体表面に固定化する場合、不溶性支持体に予め重合したポリマーを物理吸着させる方法、又は、化学結合させる方法が挙げられる。好ましくは、ポリマーには、不溶性支持体に吸着しやすい成分や、不溶性支持体表面に存在する反応性官能基と反応し得る官能基を有する成分を、ポリマーの重合の際に共重合体として組み込む。例えば、不溶性支持体表面に存在する反応性官能基と反応し得る官能基としては、例えば、シランカップリング剤を加水分解して得られるシラノール基等が高い反応性を有することから好ましく、固体支持体表面の水酸基、アミノ基、カルボニル基、シラノール基等と脱水縮合して共有結合を形成することができる。重合性単量体の重合反応は上記に準じて行うことができる。
【0096】
不溶性支持体表面に、上記ポリマーを塗布することにより、ポリマーが不溶性支持体表面に吸着、又は、化学的に結合させることができる。塗布方法は、ポリマーの溶液を調製し、浸漬、噴霧等の公知の方法が挙げられる。塗布後、室温ないし加温下で乾燥させることが好ましい。化学的結合による場合には、それぞれに応じた反応条件で実施するとよい。これにより、不溶性支持体表面にポリマー層が形成される。
【0097】
「糖鎖濃縮用担体」は、不溶性支持体としてのシリカビーズ等の表面に水酸基を有する無機粒子の表面にメルカプト基等の連鎖移動基を導入し、ベタイン構造を含むポリマー層を合成したものである。まず、連鎖移動基を有するシランカップリング剤を用いて無機粒子の表面に連鎖移動基を導入する。このとき、シランカップリング剤のアルコキシ基等の加水分解性基の加水分解により生成されたシラノール基が、無機粒子表面の水酸基と脱水縮合して共有結合を形成することにより連鎖移動基が導入される。続いて、連鎖移動基を導入した無機粒子と少なくとも一部のモノマーがベタイン構造を有する(メタ)アクリルモノマーを適当な溶媒下で重合開始剤を添加してラジカル重合させる。無機粒子に導入した連鎖移動基が重合開始点となり、無機粒子表面がベタイン構造を有するポリマー層に被覆されてポリマー層が形成される
【0098】
精製剤と、工程(I)の糖鎖含有サンプル取得工程で得た糖鎖含有サンプルとを接触させる。このとき、糖鎖含有サンプルは、公知の方法により、脱塩等の処理を行ったものであってもよい。精製剤は、親水度が高められていることから、親水性相互作用により糖鎖を特異的に吸着することができ、試料中に多量に存在するペプチド断片等は精製剤に吸着せず遊離状態で残存する。
【0099】
精製剤の糖鎖保持力は、有機溶媒濃度に比例する。したがって、糖鎖が精製剤に吸着される際の反応液の溶媒としては、有機溶媒、又は、有機溶媒と水の混合溶媒を用いることができる。溶媒は、濃縮対象となる糖鎖の種類等により適宜選択することができる。有機溶媒としては、糖鎖を溶解可能なものである限り特に制限はないが、例えば、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、アセトン、ジオキサン、ピリジン、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、及び1-ブタノール等を挙げることができる。好ましくは、1-ブタノール、エタノール等の有機溶媒が好適に用いられる。pH調整のために各種緩衝液を用いることができる。また、有機溶媒と水の混合溶媒を用いる場合、有機溶媒と水の混合比率は、例えば体積比で3:1以上1000:1以下である。
【0100】
必要に応じて、糖鎖を吸着させた精製剤を洗浄することができる。洗浄により、精製剤に吸着した糖鎖以外の夾雑物、例えば、タンパク質、ペプチド断片、脂質、塩等を除去することができる。洗浄液としては、例えば上記した溶媒を用いることができる。
【0101】
〔工程(III)/糖鎖溶出工程〕
工程(III)は、上記工程(II)の糖鎖吸着工程で糖鎖を吸着させた精製剤から糖鎖を溶出させる工程である。
【0102】
精製剤から、吸着させた糖鎖の溶出のための溶出液は、有機溶媒、又は、有機溶媒と水の混合溶媒を用いることができ、溶出対象となる糖鎖や精製剤の種類等により適宜選択することができる。有機溶媒としては、上記したものを用いることができる。また、本工程では、親水性を高めた溶媒を用いることで、効率よく糖鎖を溶出させることができる。例えば、有機溶媒を使用せず水のみを用いることもできるし、有機溶媒と水の混合溶媒を用いることもできる。混合溶媒を用いる場合は、水に対して有機溶媒は体積比で3倍以下であることが挙げられるが、特に好ましくは、有機溶媒を使用せず水のみを用いることができる。
【0103】
工程(II)の糖鎖吸着工程、及び、工程(III)の糖鎖溶出工程は、これらに限定するものではないが、その一部の工程及び全工程をバッチ法や、スピンカラム法等により行うことができる。バッチ法及びスピンカラム法について下記に詳述するが、試薬類及び反応条件等は上記した通りである。
【0104】
(バッチ法)
バッチ法による場合には、工程(I)の糖鎖含有サンプル取得工程で得た糖鎖含有サンプルと本実施形態で用いる精製剤とを適当な容器(例えば、マイクロチューブや遠心管、マイクロプレート等)中で接触させ、当該精製剤に糖鎖を吸着させる(工程(II))。このとき、精製剤は不溶性支持体に固定されていることが好ましい。続いて、精製剤-糖鎖複合体を固液分離し、タンパク質、ペプチド断片、脂質、塩等の夾雑物を含む液相部分を除去し当該複合体のみを回収する。固液分離は、重力による自然沈降や遠心分離等により行うことができ、吸引等により液相部分を除去することができる。また、フェライト等の磁性材料を当該担体の不溶性支持体に含ませることで磁力を用いて当該複合体を集積することにより固液分離を行ってもよい。その場合には遠心分離等を行う必要はない。また、フィルターに通液させるろ過によって固液分離を行ってもよく、その際には、減圧下又は加圧下で行ってもよい。
【0105】
続いて、糖鎖を吸着させた精製剤を洗浄する。洗浄により、精製剤に吸着した糖鎖以外のタンパク質やペプチド断片等の夾雑物を除去することができる。洗浄は、糖鎖を吸着した精製剤を適当な容器中で洗浄液に浸漬し、洗浄液の交換を繰り返すことにより行うことができる。例えば、適当な容器に糖鎖を吸着した精製剤を入れ、洗浄液を加え、振とう又は撹拌した後、固液分離により液相部分を除去する操作を繰り返すことにより洗浄を行うことができる。固液分離は上記した通りに行うことができる。
【0106】
洗浄後、糖鎖を吸着した精製剤から糖鎖を溶出させる(工程(III))。糖鎖の溶出は、当該精製剤を溶出液に浸漬することによって行うことができる。例えば、十分に洗浄液を取り除いた後、糖鎖を吸着した担体に溶出液を適当量加えて振とう又は撹拌する。続いて、固液分離により当該担体を回収し、溶出液を新しい適当な容器(例えば、コレクションチューブやコレクションプレート等)に収集する。固液分離は上記した通りに行うことができる。必要に応じて溶出液を留去することにより、糖鎖を濃縮することができる。
【0107】
(スピンカラム法)
スピンカラム法による場合には、フィルター等を内蔵した容器、例えば、フィルターカップ等を用いて行うことができる。フィルターカップとしては、例えば上部と下部に開口部を有し、下部の開口部がフィルターで被覆されているものを用いることができる。フィルターカップを用いる場合には、本実施形態で用いる精製剤を充填したフィルターカップに、工程(I)の糖鎖含有サンプル取得工程で得た糖鎖含有サンプルを投入して通液により当該精製剤と試料を反応液下で接触させる。精製剤は不溶性支持体に固定されていることが好ましい。通液は、重力による自然落下、及び遠心分離等を行ってもよく、また、減圧下若しくは加圧下で通液させてもよい。通液後、当該精製剤を通過した遊離のタンパク質やペプチド断片、脂質、塩等が含まれる排液を除去する。
【0108】
続いて、糖鎖を吸着した精製剤を洗浄する。洗浄により、当該精製剤に吸着した糖鎖以外の夾雑物、例えば、タンパク質、ペプチド断片、脂質、塩等を除去することができる。洗浄は、フィルターカップ内の当該精製剤に洗浄液を通液させることによって行うことができ、糖鎖の吸着から連続的に洗浄を行うことができる。通液は上記した通り行うことができる。
【0109】
洗浄後、糖鎖を吸着した精製剤から糖鎖を溶出させる。糖鎖の溶出は、フィルターカップ内の当該精製剤に溶出液を通液させることによって行うことができ、糖鎖の吸着から洗浄操作を経て連続的に行うことができる。精製剤を通液後の溶出液を適当な容器(例えば、コレクションチューブやコレクションプレート等)に収集する。通液は上記した通り行うことができる。必要に応じて溶出液を留去することにより、糖鎖を濃縮することができる。
【0110】
〔工程(IV)/糖鎖標識工程〕
工程(IV)は、糖鎖標識溶液中の糖鎖標識試薬と糖鎖を反応させる糖鎖標識工程であり、本実施形態の糖タンパク質から糖鎖を調製する方法は必要に応じて工程(IV)を含むことができる。
【0111】
「糖鎖標識溶液」は、少なくとも「糖鎖標識試薬」を含み、水、緩衝液及び/又は有機溶媒等を含むことができる。糖鎖標識溶液は紫外線吸収特性又は蛍光特性を有していてもよい。前記特性を有することにより、LC-MS等の分析装置で検出可能となる。
【0112】
「糖鎖標識試薬」は、糖鎖に対する反応性基と、糖鎖に付すべき修飾基とを有するものであれば特に限定されない。糖鎖に対する反応性基としては、オキシルアミノ基、ヒドラジド基、アミノ基、活性エステル基等が挙げられる。修飾基は、糖鎖の分析手法に応じて当業者が適宜選択することができる。
【0113】
例えば、糖鎖標識試薬が糖鎖への反応性基としてアミノ基を有する場合、糖鎖標識試薬として、紫外線吸収特性又は蛍光特性を有するアミノ基を有する化合物を用いることができる。このアミノ基を有する化合物において、糖鎖に付すべき修飾基としては、芳香族基が挙げられる。アミノ基及び芳香族基を有する標識化合物の使用では、還元アミノ化による修飾が行われる。芳香族基は、紫外可視吸収特性又は蛍光特性を有するため、UV検出又は蛍光検出での検出感度が向上する点で好ましい。
【0114】
このような芳香族基を与える標識化合物としては、具体的には、8-アミノピレン-1,3,6-トリスルホン酸(8-aminopyrene-1,3,6-trisulfonate)、8-アミノナフタレン-1,3,6-トリスルホン酸(8-aminonaphthalene-1,3,6-trisulphonate)、7-アミノ-1,3-ナフタレンジスルホン酸(7-amino-1,3-naphtalenedisulfonic acid)、2-アミノ9(10H)-アクリドン(2-amino9(10H)-acridone)、5-アミノフルオレセイン(5-aminofluorescein)、ダンシルエチレンジアミン(dansylethylenediamine)、2-アミノピリジン(2-aminopyridine)、7-アミノ-4-メチルクマリン(7-amino-4-methylcoumarine)、2-アミノベンズアミド(2-aminobenzamide)、2-アミノ安息香酸(2-aminobenzoic acid)、3-アミノ安息香酸(3-aminobenzoic acid)、7-アミノ-1-ナフトール、3-(アセチルアミノ)-6-アミノアクリジン(7-amino-1-naphthol,3-(acetylamino)-6-aminoacridine)、2-アミノ-6-シアノエチルピリジン(2-amino-6-cyanoethylpyridine)、p-アミノ安息香酸エチル(ethyl p-aminobenzoate)、p-アミノベンゾニトリル(p-aminobenzonitrile)、及び、7-アミノナフタレン-1,3-ジスルホン酸(7-aminonaphthalene-1,3-disulfonic acid)が挙げられる。
【0115】
なかでも、アミノ基を有する化合物としては、2-アミノベンズアミド(2-aminobenzamide)を含むことができる。2-アミノベンズアミドは、反応スケールが大きい場合であっても夾雑物、例えば、タンパク質、ペプチド断片、脂質、塩等の影響を比較的受けにくい点で好ましい場合がある。なお、標識化合物としての機能が維持される限りにおいて、上記した化合物の誘導体もまた好ましく用いられる。
【0116】
糖鎖標識溶液が緩衝液を含む場合、緩衝剤としては、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、塩化アンモニウム、クエン酸水素二アンモニウム、カルバミン酸アンモニウム等が挙げられる。緩衝液のpHと特に制限はないが、pHが5~10であるものが好ましい。
【0117】
糖鎖標識溶液が、有機溶媒を含む場合、有機溶媒としては、非プロトン性極性有機溶媒、プロトン性極性有機溶媒及び非プロトン性非極性有機溶媒からなる群から選択される一種以上を含むことができる。具体的には、有機溶媒としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチルピロリドン(NMP)等の非プロトン性極性有機溶媒、有機酸(ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸等)及びアルコール(メタノール、エタノール、プロパノール等)等のプロトン性極性有機溶媒、並びにヘキサン等の非プロトン性非極性有機溶媒が挙げられる。これらの溶媒は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0118】
糖鎖標識工程に要する時間の短縮効果をより好ましく得る観点から、有機溶媒として、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸等の有機酸を用いることができる。中でも、操作容易性の観点から、有機酸として酢酸を用いることができる。
【0119】
プロトン性極性有機溶媒の沸点が比較的低い場合(例えば沸点が140℃未満である場合)、プロトン性溶媒に加えて、当該プロトン性溶媒よりも沸点が高い溶媒を併用してもよい。これによって、糖鎖標識工程における上記の比較的沸点が低いプロトン性極性有機溶媒の揮発速度を遅延させることができる。その結果、糖鎖標識工程中に、未反応物の不所望の析出を抑制することができる。このことによって、収量よく標識糖鎖を得ることができる。このような沸点が高い溶媒(以下、高沸点溶媒と記載する。)を併用する態様は、糖鎖のスケールが小さい場合、溶媒の量が少ない場合、及び/又は、反応時間が長くなる場合に選択することができる。
【0120】
上記した高沸点溶媒としては、例えば沸点140~200℃の非プロトン性極性有機溶媒であってもよい。具体的な高沸点溶媒としては、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドン等の非プロトン性極性有機溶媒が挙げられる。
【0121】
高沸点溶媒として非プロトン性極性有機溶媒を併用する場合、その量は、標識化合物である2-アミノベンズアミドや還元試薬の溶解性・反応性を向上させるという観点から、プロトン性極性有機溶媒よりも体積%が低いことが好ましく、プロトン性極性有機溶媒の4体積%以上100体積%未満であってもよく、4~70体積%であってもよい。
【0122】
「糖鎖標識工程」は、上記した工程(III)の糖鎖溶出工程の前であってもよいし、工程(III)の後であってもよい。したがって、糖鎖標識溶液中の糖鎖標識試薬と糖鎖との反応は、上記精製剤に糖鎖を吸着させた状態で行ってもよく、上記精製剤から溶出させた溶出液の状態で行ってもよい。また、工程(III)中、つまり、糖鎖を吸着した精製剤から糖鎖を溶出させながら、糖鎖を標識してもよい。更に、前述の「精製剤から吸着させた糖鎖の溶出のための溶出液」として、糖鎖標識溶液を使用してもよい。
【0123】
糖鎖標識溶液中の糖鎖標識試薬と糖鎖との反応温度は、例えば4℃以上80℃以下であってもよく、例えば25℃以上70℃以下であってもよい。反応温度が上記下限値以上であることは反応時間が短くなる点で好ましく、上記上限値以下であることは高温による糖鎖の部分分解が抑制される点で好ましい。また、糖鎖標識工程における反応時間は、例えば5分以上600分以下であってもよく、例えば30分以上300分以下であってもよい。反応時間が上記下限値以上であることは定量的な標識の点で好ましく、上記上限値以下であることは糖鎖の部分分解が抑制される点で好ましい。
【0124】
なお、工程(I)の糖鎖含有サンプル取得工程により取得した遊離糖鎖は、アルデヒド型となった一部が糖鎖オキシムを形成する。従来において、遊離後の糖鎖の官能基であるアルデヒド基が還元されてアルジトールへと変換された場合、直接、標識することができなかった。また、糖鎖の官能基であるアルデヒド基がヒドラジンによりヒドラゾンへと変換された場合、標識を付与するためには再アセチル化操作により元の遊離糖鎖に戻す必要があった。
【0125】
これに対して、工程(I)の糖鎖含有サンプル取得工程によれば、直接標識可能な糖鎖オキシムとして遊離した糖鎖を得ることができる。つまり、糖タンパク質から遊離した糖鎖は糖鎖オキシムを含み、また、糖鎖オキシムは直接標識することができる。したがって、工程(I)より得られた遊離した糖鎖は、グリコシルアミン、糖鎖オキシム、還元末端にヘミアセタール性水酸基を有する通常の糖鎖の混合物として溶液中に得ることができ、これらをまとめて標識することができる。
【0126】
〔工程(V)/還元工程〕
工程(V)は、還元試薬を含む還元溶液と反応させる還元工程であり、本実施形態の糖タンパク質から糖鎖を調製する方法において、工程(IV)の糖鎖標識工程を含む場合に、必要に応じて工程(V)の還元工程を含むことができる。
【0127】
例えば、還元アミノ化による修飾においては、糖鎖の還元末端に形成されるアルデヒド基と標識化合物のアミノ基とを反応させ、形成されたシッフ塩基を還元試薬により還元することで糖鎖の還元末端に修飾基が導入されることで、効率的な標識が可能となる。
【0128】
「還元溶液」は、少なくとも「還元試薬」を含み、水、緩衝液及び/又は有機溶媒等を含むことができる。
【0129】
「還元試薬」としては、例えば、シアノ水素化ホウ素ナトリウム、水素化トリアセトキシホウ素ナトリウム、メチルアミンボラン、ジメチルアミンボラン、トリメチルアミンボラン、ピコリンボラン、及びピリジンボランからなる群から選択される一種以上を含むことができる。毒性の低いピコリンボランを用いることにより、安全性の高い標識が可能となる。
【0130】
安全性及び反応性の両方の観点から、ピコリンボラン(2-ピコリン-ボラン)を用いることが好ましい。同様の観点から、ピコリンボランを還元試薬として用いる場合、上記した工程(IV)の糖鎖標識工程で用いる糖鎖標識試薬としては例えば2-アミノベンズアミドを用いることが好ましい。
【0131】
「還元試薬」の最終濃度は、例えば、1.0mmol/L以上250mmol/L以下、好ましくは、1.2mmol/L以上239mmol/L以下の濃度範囲とすることができる。還元試薬の濃度をこの範囲に最適化することで糖鎖の標識効率が向上する。
【0132】
還元溶液に緩衝液及び/又は有機溶媒を含ませる場合、上記した工程IVで用いる緩衝液及び/又は有機溶媒を同様にして用いることができる。なお、還元試薬としてピコリンボランを用いた場合は、溶媒としてプロトン性極性有機溶媒を含むことが好ましい。これにより、ピコリンボランを高濃度で溶解することができるため、工程に要する時間が短縮される。溶媒として、酢酸等のプロトン性極性有機溶媒とジメチルスルホキシド等の非プロトン性極性有機溶媒との混合溶媒を用いてもよい。
【0133】
「還元工程」は、糖鎖と糖鎖標識試薬を反応させたものを還元できる限り、どの段階で行ってもよい。例えば、糖鎖標識溶液に、糖鎖還元試薬を含ませて、工程(IV)の糖鎖標識工程と同時に行うこともできる。
【0134】
[糖タンパク質から糖鎖を調製するためのキット]
本実施形態に係る糖タンパク質から糖鎖を調製するためのキットは、上記した[糖タンパク質から糖鎖を調製するための方法]項で説明した本実施形態の糖タンパク質から糖鎖を調製するための方法を実施するために好適なキットであり、
(a)ヒドロキシルアミン化合物、
(b)塩基性試薬、
(c)ベタイン構造を有する化合物からなる、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤、
を含む。このように、糖タンパク質から糖鎖を調製するために必要な試薬類をキットとして提供することができる。更に、当該キットは、(d)糖鎖標識試薬を含んでいてよく、また、(e)還元試薬を含んでいてよい。糖タンパク質から糖鎖を調製するために必要な試薬類及び情報等をキット化することにより、糖タンパク質から糖鎖の調製をより簡便に行うことができる。
【0135】
「キット」は、当該キット使用のためのプロトコル等を使用説明書として含んでいてもよい。使用説明書は、紙又はその他の媒体に書かれたもの又は印刷されたものでもよく、磁気テープ、磁気ディスク、光ディスク等の電子媒体に記録されたものでもよい。
【0136】
更に、「キット」は、当該キットを実施するために必要な試薬類や容器類を含めることができる。例えば、洗浄のための洗浄液、糖鎖を吸着した精製剤から糖鎖を溶出させるための溶出液等が挙げられる。当該キットに含まれる試薬類は、凍結乾燥粉末の形態で提供されてもよく、その場合、当該キットには、更に、使用に際しての希釈のための希釈液を含んでいてよい。また、フィルターカップ、マルチウェルプレート、フィルタープレート、マイクロチューブ等の容器類を含んでいてよく、当該キットに含まれる試薬類を、これらの容器の中に充填された状態で含めてもよい。各用語の定義及び好ましい実施形態については、上記した〔糖タンパク質から糖鎖を調製する方法〕の項において説明した通りである。
【0137】
[糖タンパク質から糖鎖を調製するための装置]
本実施形態に係る糖タンパク質から糖鎖を調製するための装置は、上記した[糖タンパク質から糖鎖を調製するための方法]項で説明した本実施形態の糖タンパク質から糖鎖を調製するための方法を実施するために好適な装置であり、
前記糖タンパク質を含む糖タンパク質含有サンプルが収容される第1容器を保持する第1容器保持部、前記第1容器に試薬を導入する試薬導入部、及び、ベタイン構造を有する化合物からなる、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤を含む第2容器を保持する第2容器保持部を備え、
前記試薬導入部が、前記第1容器にヒドロキシルアミン化合物と塩基性試薬とを含む糖鎖遊離試薬を導入する糖鎖遊離試薬導入部を含むものである。糖タンパク質から糖鎖を調製するために必要な試薬類及び部材類等を装置化することにより、糖タンパク質から糖鎖の調製をより簡便に行うことができる。
【0138】
なお、以下で説明する装置の構成は、本実施形態に係る糖タンパク質から糖鎖を調製するための装置の一例であり、本発明の権利範囲はかかる構成に拘束されるべきものではない。また、各用語の定義及び好ましい実施形態については、上記した〔糖タンパク質から糖鎖を調製する方法〕の項において説明した通りである。
【0139】
「第1容器保持部」は、糖タンパク質含有サンプルが収容される第1容器を保持するためのものである。第1容器保持部が第1容器を保持する態様は特に限定されず、例えば、第1容器保持部の保持穴又は保持孔に第1容器の大部分を嵌入させて保持する態様が挙げられる。このほかにも、第1容器保持部の係合凸部(係合凹部)に第1容器の係合凹部(係合凸部)を係合させて保持する態様、第1容器保持部の挟持部で第1容器を挟持保持する態様等が挙げられる。
【0140】
「第2容器保持部」は、ベタイン構造を有する化合物からなる、単糖以上の長さの糖鎖を精製するための精製剤を含む第2容器を保持するためのものである。第2容器保持部が第2容器を保持する態様は特に限定されず、第1容器保持部と同様にして保持することができる。
【0141】
「試薬導入部」は、第1容器保持部に保持された第1容器の内部に試薬を導入するためのものである。試薬導入部は、少なくとも、第1容器にヒドロキシルアミン類と塩基性試薬とを含む糖鎖遊離試薬を導入する糖鎖遊離試薬導入部を含む。ヒドロキシルアミン類と塩基性試薬は糖鎖遊離試薬導入部で混合して糖鎖遊離試薬としてもよいし、予め糖鎖遊離試薬として混合した後に糖鎖遊離試薬導入部に導入してもよい。
【0142】
「試薬導入部」は、第2容器保持部に保持された第2容器の内部に試薬を導入することもでき、例えば、第1容器から糖タンパク質から糖鎖を遊離することにより得られる糖鎖含有サンプルを導入するための糖鎖含有サンプル導入部と、精製剤を洗浄する洗浄液を導入するための洗浄液導入部、吸着された糖鎖を溶出するための溶出液を導入するための溶出液導入部とを含むことができる。また、第1容器及び/又は第2容器の内部に糖鎖標識試薬を導入する糖鎖標識試薬導入部を含むことができる。これらは、糖鎖遊離試薬導入部と、別個独立した構成部材として構成されていてもよいし、同一の構成部材として構成されてもよい。
【0143】
試薬導入部が試薬を導入する態様は特に限定されず、例えば、送液すべき液体が貯留されている送液源から管状部材を介して第1容器の内部に送液する態様が挙げられる。このほかにも、管状部材中に採取した液体を第1容器の内部へ注入する態様等が挙げられる。
【0144】
更に、第2容器の収容物を固液分離する「固液分離部」を備えていてもよい。「固液分離部」は、第2容器の内部に含まれる収容物から固体と液体とを分離する。ここで、固体は、実質的には、精製剤及びそれに吸着された糖鎖である。
【0145】
固体分離部を備える場合には、第2容器としては、固液分離可能なフィルターを備えるもの(例えば、フィルターカップ、フィルタープレート等)が用いることができる。更にこのような容器は、回収容器(例えば、コレクションチューブ、コレクションプレート等)が装着されて用いられてよい。更にこの場合、第2容器保持部は、第2容器に装着された回収容器を保持する回収容器保持部を含んで構成されてよい。
【0146】
固液分離部の具体的な分離形式としては特に限定されず、遠心ろ過、減圧ろ過、加圧ろ過の何れであってもよい。固液分離部は、第2容器保持部から独立した構成部材として構成されてよい。この場合、第2容器保持部から固液分離部へ、第2容器を自動移送させる容器移送部を含んでよい。容器移送部は、第2容器の移送において、第2容器のみが移送されるように構成されてもよいし、第2容器が回収容器を装着した状態で移送されるように構成されてもよい。容器移送部は、第2容器を直接的、又は、間接的に(つまり回収容器を介して)把持及び開放し、かつ、移動するように作動するアームと、当該アームの作動を制御するアーム制御部とを含んで構成されてよい。
【0147】
また、温度調節部を含ませてもよく、温度調節部を含む場合、温度調節部は、少なくともヒータ機能を有していればよい。温度調節部は、第1容器及び/又は第2容器を、少なくとも糖鎖の遊離、精製剤による糖鎖の吸着、及び/又は、糖鎖を吸着した精製剤からの糖鎖の溶出に必要な温度に加温する。
【0148】
また、作動しうる構成部分(例えば、試薬導入部、アーム、固液分離部、温度調節部)の少なくとも何れか、好ましくは全てが自動制御されてよい。これによって、糖タンパク質からの糖鎖の調製をより迅速に行うことができる。
【実施例】
【0149】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0150】
[実施例1]精製剤の合成
精製剤として、ベタイン構造を有する側鎖が主鎖に結合しているポリマーが不溶性支持体に固定されている糖鎖濃縮担体を合成した。詳細には、シリカビーズ表面上での2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン由来の構成単位を含むポリマー(以下、「MPCポリマー」と記載する。)の合成を例示して説明するが、本発明の範囲を限定する意図ではない。
【0151】
(精製剤の合成)
シリカビーズへの連鎖移動基の導入
連鎖移動基を有するシランカップリング剤5gをpH3.0の酢酸水溶液50mLとエタノール50mLとの混合液に添加し、1時間室温で撹拌することでシランカップリング剤を加水分解した後に、不溶性支持体の一例としての無機粒子であるシリカビーズ5gを投入し70℃で2時間攪拌した後、吸引ろ過により反応溶液からシリカビーズを回収し、100℃で1時間加熱した。その後、エタノールで分散させてよく振盪した後、遠心分離により上澄みを除去し乾燥させた。
【0152】
ポリマーの合成
ポリマーの構成単位となる2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(以下、「MPCモノマー」と記載、日本油脂株式会社製)を、エタノールに溶解させ、0.8mol/Lのモノマー溶液を20mL作製した。そこにAIBNを0.027mol/Lになるように添加し、均一になるまで撹拌した。その後、上記した連鎖移動基を導入したシリカビーズ4gを投入し、アルゴンガス雰囲気下、70℃で6時間反応させた。次いで、遠心分離により反応溶液からシリカビーズを回収し、エタノールに分散させ、よく振盪した後、吸引ろ過によりシリカビーズを回収し、乾燥させることで、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン由来の構成単位を含むポリマーがシリカビーズに固定化している担体(以下、単に「担体」と記載する。)を得た。
【0153】
(精製剤の物性確認)
担体の表面に導入された、ポリマーを含む層の重量の測定
上記で得られた担体の表面に導入された、ポリマーを含む層の重量は、TGA装置(セイコーインスツルメント社製TG/DTA6200)を用いて、空気雰囲気中、室温から500℃へ10℃/分で昇温し、更に500℃を1時間維持した後の重量減少率を測定した。この値と、別途BET法で求めた単位重量当たりの粒子の表面積から、粒子の表面に導入された、ポリマーを含む層の重量を算出したところ、1.08mg/m2であった。
【0154】
[実施例2]糖鎖標識時の還元試薬濃度と収率の関係
(反応条件1)
(1)糖鎖標識溶液の調製
(1-1)10%酢酸、45%メタノール、45%水の混合溶媒を調製した。
(1-2)1Mの2-アミノベンズアミド、及び、還元試薬であるピコリンボランが、0.6、1.2、2.3、4.7、9、47、及び、239mM濃度となるように、溶液(1-1)に溶解した。
【0155】
(2)O結合型糖鎖の遊離
ウシフェツイン(Fetuin)タンパク質(20μg)を50%ヒドロキシルアミン水溶液とDBUの混合液(5:2(体積比)、15μL)を添加して混合した後、ヒートブロックを用いて37℃で75分間加熱した。
【0156】
(3)O結合型糖鎖の回収
上記(2)で調製した溶液(2)15μLにアセトニトリル1000μLを加えてよく混合した後、糖鎖精製のための精製剤として上記実施例1で合成した担体1mgに加えてよく混合した。スピンカラム(Ultrafree-MC, Millipore Cat#: UFC30HVNB)に加え、卓上遠心機を用いて遠心して担体と溶液を分離した。続いて、アセトニトリル400μLを加え、遠心により溶液を除去した。再度、アセトニトリル400μLを加え、遠心により溶液を除去した。
【0157】
(4)O結合型糖鎖の標識
上記(1-2)の濃度となるように調製したピコリンボランと2-アミノベンズアミドの混合液である溶液(1-2)50μLを担体に添加後、溶液を回収し、先の溶液と混合して50℃で2.5時間反応させ、糖鎖を蛍光標識した。
【0158】
(5)O結合型糖鎖の精製
上記(4)で得られた蛍光標識糖鎖を含む溶液(4)をクリーンアップカラム(住友ベークライト、BS-45403付属品)に付して過剰の試薬を除去した後、蛍光標識糖鎖をHPLCで分析した。
【0159】
(反応条件2)
上記反応条件1において、ピコリンボランを、47、93、239、374、561、748、及び、935mM濃度となるように溶液(1)に溶解したことを除いては同様に反応させた。
【0160】
(結果)
反応条件1の結果を
図2のグラフに、反応条件2の結果を
図3のグラフに示す。横軸はピコリンボラン濃度[mM]を示し、縦軸はピーク総表面積、すなわち、2-アミノベンズアミドの標識効率を示す。
【0161】
図2及び
図3の結果から、ピコリンボランが5mM以上20mM以下の濃度範囲で最も標識効率が高く、239mMより高濃度では収率は一層低下することが確認された。一般的には、還元試薬は200mM以上の濃度で使用され、例えば、当該技術分野で汎用される還元試薬であるシアノ水素化ホウ素ナトリウムは1M(1000mM)濃度で用いるのが一般的である。したがって、本実施例で得られた結果は、当該技術分野で使用される還元試薬濃度に比べて、非常に低濃度であることが理解できる。
【0162】
[実施例3]糖鎖の調製/精製剤
(1)O結合型糖鎖の遊離
ウシフェツイン(Fetuin)タンパク質(20μg)を50%ヒドロキシルアミン水溶液とDBUの混合液(5:2(体積比)、15μL)を添加して混合した後、ヒートブロックを用いて37℃で75分間加熱した。
【0163】
(2)O結合型糖鎖の回収
上記(1)で調製した溶液(1)15μLにアセトニトリル1000μLを加えてよく混合した後、糖鎖精製のための担体として上記実施例1で合成した担体1mgに加えてよく混合した。スピンカラム(Ultrafree-MC、Millipore Cat#:UFC30HVNB)に加え、卓上遠心機を用いて遠心して担体と溶液を分離した。続いて、アセトニトリル400μLを加え、遠心により溶液を除去した。再度、アセトニトリル400μLを加え、遠心により溶液を除去した。
【0164】
(3)O結合型糖鎖の標識
ピコリンボランと2-アミノベンズアミドの混合液50μLを上記(2)の処理を行った担体に添加後、溶液を回収し、先の溶液と混合して50℃で2.5時間反応させ、糖鎖を蛍光標識した。
【0165】
(4)O結合型糖鎖の精製
上記(3)で得られた蛍光標識糖鎖を含む溶液(3)をクリーンアップカラム(住友ベークライト、BS-45403付属品)に付して過剰の試薬を除去した後、蛍光標識糖鎖をHPLCで分析した。
【0166】
[比較例4]糖鎖の調製/クリーンアップカラム
(1)O結合型糖鎖の遊離
実施例3の(1)と同様にしてO結合型糖鎖の遊離を行った。
【0167】
(2)O結合型糖鎖の回収
上記(1)で調製した溶液15μLにアセトニトリル1000μLを加えてよく混合した後、本比較例で用いる糖鎖精製のための担体であるクリーンアップカラム(住友ベークライト、BS-45403付属品)に加え、卓上遠心機を用いて遠心して溶液を除去した。続いて、アセトニトリル400μLを加え、遠心により溶液を除去した。再度、アセトニトリル400μLを加え、遠心により溶液を除去した。
【0168】
(3)O結合型糖鎖の標識
ピコリンボランと2-アミノベンズアミドの混合液50μLをクリーンアップカラムに添加後、溶液を回収し、先の溶液と混合して50℃で2.5時間反応させ、糖鎖を蛍光標識した。
【0169】
(4)O結合型糖鎖の精製
実施例3の(4)と同様にしてO結合型糖鎖の精製を行った。
【0170】
[比較例5]糖鎖の調製/グラファイトカーボンカラム
(1)O結合型糖鎖の遊離
実施例3の(1)と同様にしてO結合型糖鎖の遊離を行った。
【0171】
(2)O結合型糖鎖の回収
グラファイトカーボンカラム(シグマアルドリッチ、スペルクリンENVI-Carb
C)にアセトニトリル1mLを通液させた。更に、水3mLを通液させた。続いて、上記(1)で調製した溶液15μLと0.1%酢酸水180μLを混合し、本比較例で用いる糖鎖精製のための担体であるグラファイトカーボンカラムに通液させた。水3mLを通液させ、グラファイトカーボンを洗浄した。0.22μmのフィルターを装着した後、酢酸アンモニウム in 50%アセトニトリル水溶液500μLを通液させ、溶液を回収した。回収した溶液は遠心エバポレータを用いて乾燥させた。
【0172】
(3)O結合型糖鎖の標識
ピコリンボランと2-アミノベンズアミドの混合液50μLを、上記(2)で乾燥させたサンプルに添加後して50℃で2.5時間反応させ、糖鎖を蛍光標識した。
【0173】
(4)O結合型糖鎖の精製
実施例3の(4)と同様にしてO結合型糖鎖の精製を行った。
【0174】
実施例3、比較例4及び比較例5の結果を
図4及び
図5のグラフに示す。
図4はHPLC分析の結果のチャートである。
図5はHPLC分析の結果を棒グラフに要約したものであり、横軸が精製に際して用いた担体の種類を示し、縦軸はピーク総表面積、すなわち、2-アミノベンズアミドでの標識効率を示す。その結果、実施例2で合成した本発明の精製剤を用いた場合に、効率的にO結合型糖鎖を調製することができた(実施例3)。一方、クリーンアップカラムを用いる場合には、本発明の精製剤を用いる場合に比べて、約半分の収率であり(比較例4)、グラファイトカーボンを用いる場合には、糖鎖をほとんど回収することができなかった(比較例5)。
【産業上の利用可能性】
【0175】
本発明は、糖タンパク質からの糖鎖の調製のための方法、キット、及び、装置を提供する。したがって、本発明は、糖タンパク質から糖鎖の調製、特に分子量の小さなO結合型糖鎖を含めた糖鎖の調製を必要とする技術分野、例えば、糖鎖構造変化を伴う種々の疾患の発症機構や、疾患治療及び診断技術の開発等、生命科学や、医療、創薬等の技術分野で利用することができる。