(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-27
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】虚血性疾患の治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/42 20060101AFI20220128BHJP
A61K 47/64 20170101ALI20220128BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20220128BHJP
【FI】
A61K38/42
A61K47/64
A61P9/10
(21)【出願番号】P 2018526445
(86)(22)【出願日】2017-07-06
(86)【国際出願番号】 JP2017024857
(87)【国際公開番号】W WO2018008729
(87)【国際公開日】2018-01-11
【審査請求日】2020-07-03
(31)【優先権主張番号】P 2016134478
(32)【優先日】2016-07-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】599011687
【氏名又は名称】学校法人 中央大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100097238
【氏名又は名称】鈴木 治
(74)【代理人】
【識別番号】100196298
【氏名又は名称】井上 高雄
(72)【発明者】
【氏名】小松 晃之
(72)【発明者】
【氏名】船木 亮佑
(72)【発明者】
【氏名】鐙谷 武雄
(72)【発明者】
【氏名】月花 正幸
(72)【発明者】
【氏名】寳金 清博
【審査官】小川 知宏
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/117688(WO,A1)
【文献】特表平11-503936(JP,A)
【文献】小松晃之,人工酸素運搬体"HemoActTM"の開発,ARTIFICIAL BLOOD,2014年,Vol.22, No.1,p.11,ISSN 1341-1594, 第2-3段落
【文献】TOMITA, Daiki et al.,Covalent Core-Shell Architecture of Hemoglobin and Human Serum Albumin as an Artificial O2 Carrier,Biomacromolecules,2013年,Vol.14,p.1816-1825,ISSN 1526-4602, Materials and Apparatus., Figure 2., p.1819
【文献】月花正幸 ほか,人工酸素運搬体HemoActTMを用いた脳虚血再灌流障害に対する脳保護療法,ARTIFICIAL BLOOD,2016年10月31日,Vol.24, No.1,p.33,ISSN 1341-1594, 全文
【文献】小松晃之,人工酸素運搬体(赤血球代替物)の開発,化学と工業,2014年,Vol.67, No.8,p.677-679,ISSN 0022-7684, 全文
【文献】HOSAKA, Hitomi et al.,Hemoglobin-Albumin Cluster Incorporating a Pt Nanoparticle: Artificial O2 Carrier with Antioxidant A,PLOS ONE,2014年,Vol.9, Issue 10,e110541,ISSN 1932-6203, 全文
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/42
A61K 47/64
A61P 9/10
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コアとしてのヘモグロビンに架橋剤を介してシェルとしてのアルブミンを結合してなる、ヘモグロビン-アルブミン複合体を有効成分とし、
前記ヘモグロビンに架橋剤を介して結合するアルブミンの数が2~5個であり、
血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用して用いられ、
再開通治療時または虚血再灌流後に血管内に投与され、虚血再灌流傷害を軽減するために用いる、虚血性疾患の治療剤であって、
脳梗塞体積及び脳浮腫体積について、通常の再灌流をした個体と、再灌流と共に
前記治療剤を投与した個体とを比較したときに、
前記治療剤を投与した個体の脳梗塞体積及び/又は脳浮腫体積が、通常の再灌流をした個体の脳梗塞体積及び/又は脳浮腫体積より有意に小さ
い、虚血性疾患の治療剤。
【請求項2】
コアとしてのヘモグロビンに架橋剤を介してシェルとしてのアルブミンを結合してなる、ヘモグロビン-アルブミン複合体を有効成分とし、
前記ヘモグロビンに架橋剤を介して結合するアルブミンの数が2~5個であり、
血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用して用いられ、
再開通治療時または虚血再灌流後に血管内に投与され、虚血再灌流傷害を軽減するために用いる、虚血性疾患の治療剤であって、
脳梗塞部位における4-HNEの存在量及びマトリックスメタロプロテアーゼ-9の発現量について、通常の再灌流をした個体と、再灌流と共に
前記治療剤を投与した個体とを比較したときに、
前記治療剤を投与した個体の4-HNEの存在量及び/又はマトリックスメタロプロテアーゼ-9の発現量が、通常の再灌流をした個体の4-HNEの存在量及び/又はマトリックスメタロプロテアーゼ-9の発現量より有意に低
い、虚血性疾患の治療剤。
【請求項3】
コアとしてのヘモグロビンに架橋剤を介してシェルとしてのアルブミンを結合してなる、ヘモグロビン-アルブミン複合体を有効成分とし、
前記ヘモグロビンに架橋剤を介して結合するアルブミンの数が2~5個であり、
血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用して用いられ、
再開通治療時または虚血再灌流後に血管内に投与され、虚血再灌流傷害を軽減するために用いる、虚血性疾患の治療剤であって、
脳梗塞後の神経障害について、通常の再灌流をした個体と、再灌流と共に
前記治療剤を投与した個体とを比較したときに、
前記治療剤を投与した個体の神経障害が、通常の再灌流をした個体の神経障害より有意に改善され
る、虚血性疾患の治療剤。
【請求項4】
コアとしてのヘモグロビンに架橋剤を介してシェルとしてのアルブミンを結合してなる、ヘモグロビン-アルブミン複合体を有効成分とし、
前記ヘモグロビンに架橋剤を介して結合するアルブミンの数が2~5個である、虚血性疾患の治療剤であって、
前記虚血性疾患が、脳梗塞であり、
虚血再灌流傷害の治療剤である
、虚血性疾患の治療剤。
【請求項5】
前記治療剤が、
前記ヘモグロビンがウシヘモグロビンであり、
前記アルブミンがヒト血清アルブミンであり、
前記架橋剤がスクシンイミジル-4-(N-マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボキシレートであり、
前記ヘモグロビンに前記架橋剤を介して結合するアルブミン数が、平均で3個であり、
粒径が10nmであるヘモグロビン-アルブミン複合体が
前記ヘモグロビン濃度5g/dLでpH7.4のPBSに溶解した治療剤である、請求項
1~3のいずれか一項に記載の虚血性疾患の治療剤。
【請求項6】
一過性中大脳脈閉塞モデルラットに、2時間虚血した後に再灌流状態とし、虚血が生じていた領域に請求項
5に記載の治療剤を80mL/kg/hで5分間投与する、ラットへの投与方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、虚血性疾患の治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血性疾患に起因する死亡の割合は高く、特に、脳卒中は日本国内の死因の第4位の疾患となっている。その死因の60%が脳梗塞である。日本では2010年以降、脳梗塞の発症数が年間50万人を超えている。
【0003】
脳梗塞治療の第一着手は、血管閉塞を解消することである。血管閉塞の解消は、組織プラスミノゲンアクチベーター(tPA)の静注療法や血管内血栓の除去療法により行われる。これらの治療で血流を再開通する場合、再開通までの時間が短ければ、虚血に伴う変化は可逆的となるが、再開通までの時間が長ければ、不可逆的な組織損傷となる(非特許文献1を参照)。発症から治療までのタイムリミットは、tPA静注療法で4.5時間、血管内血栓除去療法で最大8時間である。脳組織のレスキューは、脳血流の低下が著しいほど、また、血流の再開通までの時間が長いほど難しくなる。
【0004】
血流を再開通すると、逆に組織障害の悪化をきたすことがあり、このような現象を虚血再灌流傷害(ischemia-reperfusion:I/R)という。虚血状態にある組織へ血流が再灌流すると、再灌流領域の微小血管などで、炎症反応などが惹起され、血管壁の破綻が生じ、脳浮腫、出血性梗塞が悪化することがある。そのため、脳梗塞治療では、血流の再開通だけではなく、虚血再灌流傷害の対応も必要となる。
【0005】
虚血再灌流傷害が生じるメカニズムの一つとして、白血球による炎症反応が考えられている(非特許文献2を参照)。血管内皮上に発現したintercellular adhesion molecule-1(ICAM-1)に白血球が接着すると、白血球が活性化して、マトリックスメタロプロテアーゼ-9(MMP-9)を産生する。MMP-9は、微小血管の破綻に関与し、浮腫や出血をもたらすことが知られている。白血球の活性化を抑制することで梗塞を軽減できることが、動物実験で確認されているが、白血球の活性化を全身的に抑制してしまうと、免疫能が低下する懸念(感染症リスクが増す懸念)があり、更なる改善が望まれる。
【0006】
このような背景のもと、虚血再灌流傷害を改善するさまざまな脳保護療法が検討されている。1つの手法として、人工酸素運搬体を用いた脳保護療法が挙げられる。これまでに、人工酸素運搬体として、フッ化炭素エマルジョン(特許文献1を参照)、酸素ナノバブル(特許文献2を参照)、ヘモグロビンをリポソーム内に封入したliposome-encapsulated hemoglobin(LEH)(非特許文献3を参照)、を用いた例が報告されている。
【0007】
再灌流領域に白血球が流入するのを防ぐ目的で、本発明の発明者らは、白血球を含まないLEH溶液を閉塞血管再開通後の内頚動脈に投与する検討を行っており、これまでに、ラットの一過性中大脳動脈閉塞(MCAO)モデルで、閉塞血管再開通後の内頚動脈にLEH溶液を投与したときに、虚血再灌流傷害を軽減できることを明らかにしている(非特許文献4を参照)。
【0008】
ところで、赤血球代替物としての人工酸素運搬体の開発は、1980年代から欧米や日本を中心に展開され、これまで多くの製剤が評価されてきた。しかし半世紀近くに亘る努力にもかかわらず、いまだ実用化された製剤がない。米国では、ヒトヘモグロビンを分子内架橋した分子内架橋ヘモグロビン(例えば、特許文献3参照)、ヒトヘモグロビンを架橋剤で結合したヘモグロビン重合体(例えば、特許文献4参照)、ウシヘモグロビンを架橋剤で結合したヘモグロビン重合体(例えば、特許文献5参照)、ヒトヘモグロビンの分子表面に水溶性高分子であるポリ(エチレングリコール)(PEG)を結合させたPEG修飾ヘモグロビン(例えば、特許文献6参照)、などが開発され、臨床試験が実施されている。これらの人工酸素運搬体は、サブユニット間を架橋したり、分子サイズ(分子量)を大きくすることにより、ヘモグロビンのサブユニットの解離に伴う腎排泄を回避する設計がされている。しかしながら、これまでに臨床試験で検討されてきた人工酸素運搬体には、血管収縮による血圧亢進を起こすものや、人工酸素運搬体投与群と生理食塩水投与群との間で効果の差を認められないものがあり、例えば、米国食品医薬品局(FDA)の認可は未だに得られていない。
【0009】
本発明の発明者らは、ヘモグロビンにアルブミンを結合させたコア-シェル型のヘモグロビン-アルブミン複合体を合成し、これが赤血球代替物となることを明らかにした(特許文献7を参照)。アルブミンは、血漿に最も多く含まれる蛋白質であり、コロイド浸透圧を維持する役割のほか、外因性・内因性物質を運搬・貯蔵する役割も担っている。酸素輸送蛋白質であるヘモグロビンをアルブミンで包んだ構造のヘモグロビン-アルブミン複合体は、その分子表面が強く負に帯電しているため、血管外への漏出が低減され、血中滞留時間が長くなっている。また、ヘモグロビン-アルブミン複合体は、生体適合性が高いことから、安全な赤血球代替物として機能する(非特許文献5を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特表平7-509397号公報
【文献】特開2011-001271号公報
【文献】特開平10-306036号公報
【文献】特開平11-502821号公報
【文献】特表2006-516994号公報
【文献】特表2005-515225号公報
【文献】国際公開第2012/117688号
【非特許文献】
【0011】
【文献】Z.S.Shiら、Stroke、45(7)、1977-1984(2014)
【文献】G.J.del Zoppoら、Stroke、22、1276-1283(1991)
【文献】A.T.Kawagushiら、Artif.Organs、33、153-158(2009)
【文献】D.Shimboら、Brain Res.、1554、59-66(2014)
【文献】R.Harukiら、Sci. Rep.、5、12778、1-9(2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、虚血に伴う組織障害に対し組織保護効果を示す、虚血性疾患の治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、コアとしてのヘモグロビンに架橋剤を介してシェルとしてのアルブミンを結合してなる、ヘモグロビン-アルブミン複合体を有効成分とする。
【0014】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、前記虚血性疾患が、虚血性脳血管障害、虚血性心疾患、虚血性肺疾患、虚血性腎症、虚血性肝炎、及び四肢虚血性疾患の群から選択される少なくとも1種である、ことが好ましい。
【0015】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、前記虚血性疾患が、脳梗塞である、ことが好ましい。
【0016】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、赤血球で酸素の送達ができない組織に、酸素を送達するために投与する、ことが好ましい。
【0017】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用しないで用いられる、ことが好ましい。
【0018】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用して用いられる、ことが好ましい。
【0019】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、再開通治療時または虚血再灌流後に血管内に投与され、虚血再灌流傷害を軽減するために用いる、ことが好ましい。
【0020】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、脳梗塞体積及び脳浮腫体積について、通常の再灌流をした個体と、再灌流と共に上記記載の治療剤を投与した個体とを比較したときに、上記記載の治療剤を投与した個体の脳梗塞体積及び/又は脳浮腫体積が、通常の再灌流をした個体の脳梗塞体積及び/又は脳浮腫体積より有意に小さい、ことが好ましい。
【0021】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、脳梗塞部位における4-HNEの存在量及びマトリックスメタロプロテアーゼ-9の発現量について、通常の再灌流をした個体と、再灌流と共に上記記載の治療剤を投与した個体とを比較したときに、上記記載の治療剤を投与した個体の4-HNEの存在量及び/又はマトリックスメタロプロテアーゼ-9の発現量が、通常の再灌流をした個体の4-HNEの存在量及び/又はマトリックスメタロプロテアーゼ-9の発現量より有意に低い、ことが好ましい。
【0022】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、脳梗塞後の神経障害について、通常の再灌流をした個体と、再灌流と共に上記記載の治療剤を投与した個体とを比較したときに、上記記載の治療剤を投与した個体の神経障害が、通常の再灌流をした個体の神経障害より有意に改善される、ことが好ましい。
【0023】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、個体への1回あたりの投与量が、ヘモグロビン成分として個体の体重1kgあたり100~1000mgである、ことが好ましい。
【0024】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、前記ヘモグロビン-アルブミン複合体の粒径の平均が、30nm以下である、ことが好ましい。
【0025】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、前記ヘモグロビン-アルブミン複合体が、前記ヘモグロビンにおける架橋剤との結合部位がリシンであり、前記アルブミンにおける架橋剤との結合部位がシステイン34である、ことが好ましい。
【0026】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、前記ヘモグロビンと前記架橋剤との結合がアミド結合であり、前記アルブミンと前記架橋剤との結合がスルフィド結合及びジスルフィド結合のいずれかである、ことが好ましい。
【0027】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、前記ヘモグロビン-アルブミン複合体の前記アルブミンの数が1個~7個である、ことが好ましい。
【0028】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、前記ヘモグロビンが、ヒトヘモグロビン、ウシヘモグロビン、ブタヘモグロビン、ウマヘモグロビン、イヌヘモグロビン、ネコヘモグロビン、ウサギヘモグロビン、組換えヒトヘモグロビン、及び分子内架橋ヘモグロビンからなる群から選択される少なくとも1種である、ことが好ましい。
【0029】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、前記アルブミンが、ヒト血清アルブミン、ウシ血清アルブミン、ブタ血清アルブミン、ウマ血清アルブミン、イヌ血清アルブミン、ネコ血清アルブミン、ウサギ血清アルブミン、組換えヒト血清アルブミン、組換えウシ血清アルブミン、組換えイヌ血清アルブミン、組換えネコ血清アルブミン、からなる群から選択される少なくとも1種である、ことが好ましい。
【0030】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、前記架橋剤が、下記一般式(1)~(3)及び化学式(1)で表される化合物からなる群から選択される少なくとも1種である、ことが好ましい。
【化1】
一般式(1)中、R
1は、水素原子及びSO
3
-Na
+のいずれかを表し、nは、1~10の整数を表す。
【化2】
【化3】
一般式(2)中、nは、1~10の整数を表す。
【化4】
一般式(3)中、R
2は、水素原子及びSO
3
-Na
+のいずれかを表し、nは、1~10の整数を表す。
【0031】
本発明の虚血性疾患の治療剤は、前記架橋剤が、下記一般式(4)で表される化合物である、ことが好ましい。
【化5】
一般式(4)中、R
3は、水素原子及びSO
3
-Na
+のいずれかを表し、R
4は、下記一般式(5)~(6)及び下記化学式(2)~(4)のいずれかを表す。
【化6】
一般式(5)中、nは、1~10の整数を表す。
【化7】
【化8】
【化9】
一般式(6)中、nは、2、4、6、8、10又は12の整数を表す。
【化10】
【0032】
本発明の方法は、コアとしてのヘモグロビンに架橋剤を介してシェルとしてのアルブミンを結合してなるヘモグロビン-アルブミン複合体を、患者に投与することにより虚血性疾患を治療する方法である。
【0033】
本発明のヘモグロビン-アルブミン複合体は、コアとしてのヘモグロビンに架橋剤を介してシェルとしてのアルブミンを結合してなるヘモグロビン-アルブミン複合体であり、虚血性疾患の治療剤として使用することを特徴とする。
【0034】
本発明の使用は、コアとしてのヘモグロビンに架橋剤を介してシェルとしてのアルブミンを結合してなるヘモグロビン-アルブミン複合体の、虚血性疾患の治療剤の製造のための使用である。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、虚血に伴う組織障害に対し組織保護効果を示す、虚血性疾患の治療剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】
図1は、本発明の治療剤に含まれるヘモグロビン-アルブミン複合体の一実施形態を示す図である。
【
図2】
図2は、再灌流から24時間後のラットの神経障害度を示す棒グラフである。縦軸は、神経障害度の点数を示す。
【
図3】
図3Aは、再灌流から24時間後のラットのTTC染色脳切片の写真である。
図3Bは、再灌流から24時間後のラットのTTC染色脳切片の連続切片脳梗塞面積から求めた脳梗塞体積(%)を示す棒グラフである。
図3Cは、再灌流から24時間後のラットのTTC染色脳切片の連続切片脳浮腫面積から求めた脳浮腫体積(%)を示す棒グラフである。
【
図4】
図4Aは、再灌流から24時間後のラットの脳を試料に用いて、4-HNEの存在量及びβ-アクチンの発現量をウェスタンブロッティングで測定したときの写真である。
図4Bは、β-アクチンの発現量に対する4-HNEの存在量の割合を示す棒グラフである。
【
図5】
図5Aは、再灌流から24時間後のラットの脳を試料に用いて、MMP-9及びβ-アクチンの発現量をウェスタンブロッティングで測定したときの写真である。
図5Bは、β-アクチンの発現量に対するMMP-9の発現量の割合を示す棒グラフである。
【
図6】
図6は、再灌流超急性期におけるラットの脳の再灌流領域を、抗ヒト-アルブミン抗体又は抗ラット赤血球抗体を用いて免疫染色をした写真である。
【
図7】
図7は、再灌流超急性期におけるラットの脳の再灌流領域の、抗体陽性となる微小血管数を示す棒グラフである。
【
図8】
図8は、微小血管径、及び微小血管径に対する血管周囲腔と微小血管径との差の比率の測定方法を説明する図である。
【
図9】
図9は、再灌流超急性期におけるラットの脳の再灌流領域の、微小血管を免疫染色した写真である。
【
図10】
図10は、再灌流超急性期におけるラットの脳の再灌流領域の、微小血管径に対する血管周囲腔と微小血管径との差の比率及び微小血管径を示す折れ線グラフである。
【
図11】
図11は、再灌流超急性期におけるラットの脳の再灌流領域の、脳血流量及び脳組織酸素分圧を示す折れ線グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下に本発明を実施するための一実施形態を例示する。
【0038】
(治療剤)
本発明に係る、虚血性疾患の治療剤(以下、単に「治療剤」ともいう)は、コアとしてのヘモグロビンに架橋剤を介してシェルとしてのアルブミンを結合してなる、ヘモグロビン-アルブミン複合体を有効成分とする。
本発明の治療剤は、有効成分としてヘモグロビン-アルブミン複合体を含み、必要に応じてその他の成分を含む。
【0039】
<虚血>
上記虚血とは、血栓症、塞栓症又は血管狭窄などにより、血管が閉塞又は狭窄されて、体の器官、組織又は部位への血液の供給が低下した状態である。虚血となることにより、直接的な虚血性損傷、すなわち、酸素供給の低下によって生じる組織損傷を招くことがある。
【0040】
<虚血性疾患>
上記虚血性疾患としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、虚血性脳血管障害、虚血性心疾患、虚血性肺疾患、虚血性腎症、虚血性肝炎、及び四肢虚血性疾患、などが挙げられる。
前記虚血性疾患の病因としては、主に、(i)血管の閉塞及び又は狭窄、(ii)それによる直接的な組織障害、及び(iii)再灌流で血流が回復した後に起こる虚血再灌流傷害、が挙げられる。このような病因により、虚血性疾患では、各臓器で機能障害が生じる。
本発明の治療剤は、前記病因のうち、直接的な組織障害、及び虚血再灌流傷害に対して、組織保護効果を示し、特に、虚血再灌流傷害に対しての組織保護効果が高い。
【0041】
<<虚血再灌流>>
上記虚血再灌流は、血液供給が低下して虚血を起こした組織に、血液を再び供給することである。前記再灌流は、血管閉塞又は血管狭窄を解消することにより行うことができる。前記再灌流により、生存可能な虚血性組織を回復させ、それによって壊死を抑制することができる。しかし、再灌流そのものが、虚血性組織をさらに損傷させることもある。
【0042】
上記血管閉塞又は血管狭窄の解消は、組織プラスミノゲンアクチベーター(tPA)の点滴投与、血栓又は梗塞を除去する外科手術、ステント導入等の外科手術、などの処置により行うことができる。
【0043】
-虚血再灌流傷害-
本明細書において、「虚血再灌流傷害」とは、血管の閉塞及び/又は狭窄が解除された後に、血流が虚血性組織に再灌流するときに生じる組織障害である。
虚血性疾患の虚血再灌流傷害は、脳や心臓で重症化することが多いが、これらの臓器に限らず、肺、腎臓、四肢などの様々な臓器で、同様のメカニズムで発症する。
【0044】
<<脳梗塞>>
上記脳梗塞は、脳の血管が閉塞及び/又は狭窄されるために、虚血をきたし、脳組織が壊死、または壊死に近い状態になることをいう。
前記脳梗塞の病因としては、主に、(i)脳血管の閉塞及び又は狭窄、(ii)それによる直接的な組織障害、及び(iii)再灌流で血流が回復した後に起こる虚血再灌流傷害、が挙げられる。このような病因により、脳梗塞では、脳の機能障害が生じる。
本発明の治療剤は、前記病因のうち、直接的な組織障害、及び虚血再灌流傷害に対して、組織保護効果を示し、特に、虚血再灌流傷害に対しての組織保護効果が高い。
【0045】
上記治療剤を適用する個体としては、虚血性疾患と診断された患者、虚血性疾患を治療している患者、具体的な症状が認められないが虚血性疾患が疑われる健常者、などが挙げられる。
また、前記治療剤を適用する個体は、ヒトに限らず、マウス、ラット、サル、ウサギ、イヌ、ネコ、ウマ等のヒト以外の哺乳動物であってもよい。
前記治療剤は、適用しようとする動物の種類に応じて、アルブミンの種類を選択するのがよい。ヘモグロビン-アルブミン複合体を構成するアルブミンを同じ種の動物に由来するものとすることにより、個体の体内にヘモグロビン-アルブミン複合体を投与したときに、個体の体内でヘモグロビン-アルブミン複合体が異種抗原と認識されにくくなり、ヘモグロビン-アルブミン複合体に対する免疫反応を回避することができる。
【0046】
<<投与方法>>
上記治療剤の個体への投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、静脈への投与、動脈への投与、などが挙げられる。これらは、1種単独でもよいし2種以上を併用してもよい。
治療剤の投与前に閉塞又は狭窄している部位を把握できている場合には、前記治療剤を閉塞又は狭窄がある血管に直接投与することによって、より効率良くヘモグロビン-アルブミン複合体を虚血性組織に流入させることができる。
【0047】
上記治療剤は、赤血球で酸素の送達ができない組織に、酸素を送達するために投与するのが好ましい。この構成により、血管が閉塞若しくは狭窄した状態でも、閉塞又は狭窄した血管から末端側の組織に酸素を送達することが可能となり、上記の直接的な組織障害の病因を軽減することが可能である。
【0048】
上記治療剤は、血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用しないで用いてもよいし、血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用して用いてもよい。
【0049】
前記治療剤を、血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用しない利点としては、応急処置が必要な虚血性疾患の患者に対し、前記治療剤をいち早く投与することで、組織障害を緩和する処置をできる点、及び、血管閉塞又は血管狭窄を解消することが難しい場合に、前記治療剤を投与することで組織障害を緩和する処置をできる点、が挙げられる。なお、血管閉塞又は血管狭窄を解消することが難しい場合としては、例えば、血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置を施せない場合や、線溶を亢進させる薬剤を投与しても血栓の線溶が十分に進まないことが見込まれる場合、などがある。
【0050】
前記治療剤を、血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用する利点としては、血管閉塞又は血管狭窄の解消と共に、血管閉塞又は血管狭窄の解消により生じ得る虚血再灌流傷害までも有効に軽減できる点が挙げられる。
【0051】
上記治療剤に含まれるヘモグロビン-アルブミン複合体は、赤血球の直径に比べて、およそ1/800の大きさであるため、血管狭窄が生じて赤血球が流入できない部位へも流入が可能である。そのため、血管が狭窄した状態でも、虚血組織への流入は可能であり、組織障害を軽減する効果がある。そのため、前記治療剤は、血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用しないで投与しても、組織障害を緩和できる。
【0052】
上記治療剤の投与を、血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用すると、血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置のみを行う場合に比べて、虚血再灌流傷害を著しく軽減できる。
そのため、本発明の治療剤の投与を、血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置と併用して行うと、閉塞又は狭窄状態の解消と共に、虚血再灌流傷害の軽減も有効に達成できる。
【0053】
<<投与量>>
上記治療剤の1回あたりの個体への投与量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、ヘモグロビン成分が個体の体重1kgあたり100~1000mgとなる投与量であることが好ましく、200~700mgとなる投与量であることがより好ましい。
前記投与量が、ヘモグロビン成分として100mg以上であると、虚血再灌流傷害がより軽減され、1000mg以下であると、費用効率の点で好ましい。前記投与量が、前記より好ましい範囲内であると、同様の理由でより有利である。
前記治療剤は、1日に1回の投与としてもよいし、複数回に分けて投与してもよい。投与量は、症状、年齢、性別等を考慮して個々の場合に応じて適宜決定される。また、前記治療剤の投与は、連続的であってもよいし、断続的であってもよい。
【0054】
脳梗塞体積及び脳浮腫体積について、通常の再灌流をした個体と、再灌流と共に本発明の治療剤を投与した個体とを比較したときに、本発明の治療剤を投与した個体の脳梗塞体積及び/又は脳浮腫体積が、通常の再灌流をした個体の脳梗塞体積及び/又は脳浮腫体積より有意に小さくなる。
また、脳梗塞部位における4-HNEの存在量及びマトリックスメタロプロテアーゼ-9の発現量について、通常の再灌流をした個体と、再灌流と共に本発明の治療剤を投与した個体とを比較したときに、本発明の治療剤を投与した個体の4-HNEの存在量及び/又はマトリックスメタロプロテアーゼ-9の発現量が、通常の再灌流をした個体の4-HNEの存在量及び/又はマトリックスメタロプロテアーゼ-9の発現量より有意に低くなる。
さらに、脳梗塞後の神経障害について、通常の再灌流をした個体と、再灌流と共に本発明の治療剤を投与した個体とを比較したときに、本発明の治療剤を投与した個体の神経障害が、通常の再灌流をした個体の神経障害より有意に改善される。
なお、前記通常の再灌流とは、上記の、組織プラスミノゲンアクチベーター(tPA)の点滴投与、血栓又は梗塞を除去する外科手術、ステント導入等の外科手術、などの血管閉塞又は血管狭窄を解消する処置である。
【0055】
脳梗塞体積及び脳浮腫体積は、脳の虚血障害を評価するための形態的指標である。4-HNE(4-ヒドロキシ-2-ノネナール)は、酸化ストレス産物であり、その存在量は組織における酸化状態の指標となる。マトリックスメタロプロテアーゼ-9(MMP-9)は、主に白血球で産生されるプロテアーゼであり、その発現量は、組織での炎症状態の指標となる。脳梗塞後の神経障害は、脳梗塞後の個体の脳機能の状態を示す指標となる。
【0056】
本発明の治療剤が、虚血性疾患において、虚血再灌流傷害を低減し組織保護効果を示すことができるのは、ヘモグロビン-アルブミン複合体が極めて小さな人工酸素運搬体であり、虚血再灌流傷害でみられるような内腔が狭小化した微小血管においても効率よく酸素を運搬することができることが1つの理由と考えられる。本発明の治療剤を投与すると、内皮細胞の障害が抑えられるため、血管内皮細胞でのICAM-1の発現が抑制され、それにより、巡廻してきた白血球の接着が抑制され、ひいては白血球の活性化を回避することができると考えられる。そして、白血球からの分解酵素の分泌が抑制され、神経や血管などの組織の保護効果を発揮できると考えられる。
【0057】
<ヘモグロビン-アルブミン複合体>
上記ヘモグロビン-アルブミン複合体は、コアとしてのヘモグロビンと、前記ヘモグロビンに架橋剤を介して結合されたシェルとしてのアルブミンを有し、さらに必要に応じて、その他の部位を有する。
例えば、
図1に示すように、本発明の治療剤に含まれるヘモグロビン-アルブミン複合体(星型へテロクラスター)100は、コアとしてのヘモグロビン10と、シェルとしての3個のアルブミン20とを有する。
図1において、ヘモグロビン10とアルブミン20とは、架橋剤(不図示)を介して結合されている。
【0058】
上記ヘモグロビン-アルブミン複合体は、1分子のヘモグロビンに対して、3分子のアルブミンが架橋剤によって結合されている場合、約10nmの分子サイズである。この大きさは、ヒト赤血球の直径(約8μm)に比べて約1/800の大きさであり、上述のLEHの径(200~250nm)と比べても約1/20である。前記ヘモグロビン-アルブミン複合体は、極めて小さいため、赤血球やLEHが物理的に流入できない領域にも流入できる。
【0059】
上記ヘモグロビン-アルブミン複合体は、1分子のヘモグロビンに対して、3分子のアルブミンが架橋剤によって結合されている場合、約10nmの分子サイズであるが、結合させるアルブミンの数を増やしたり、アルブミン以外の成分をさらに結合させることにより、ヘモグロビン-アルブミン複合体のサイズを大きくできる。
前記ヘモグロビン-アルブミン複合体の平均粒径としては、30nm以下が好ましく、20nm以下がより好ましい。
前記ヘモグロビン-アルブミン複合体の平均粒径が30nm以下であると、わずかな隙間でも流入できる点で有利であり、平均粒径が20nm以下であると、同様の理由でより有利である。
【0060】
上記ヘモグロビン-アルブミン複合体の等電点としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜調整することができるが、4.0~6.5が好ましく、4.2~5.5がより好ましい。前記ヘモグロビン-アルブミン複合体の等電点は、7よりも低いため、生理条件では、分子表面が負に帯電している。そのため、血管内皮細胞の外側にある基底膜(負に帯電)との静電反発により、血管外に漏れ出しにくい。よって、ヘモグロビン-アルブミン複合体は、腎排泄や血管からの漏出に伴う血圧亢進などの副作用がなく、安全な赤血球代替物として機能する。
【0061】
上記ヘモグロビン-アルブミン複合体は、ヘモグロビンが酸素結合サイトであるため、安定な酸素化体を形成することが可能であり、体組織に効率良く酸素を供給することができる。また、ヘモグロビン及びアルブミンは生体物質であるため、生体適合性が高く、また、代謝が良いと考えられる。さらに、前記ヘモグロビン-アルブミン複合体は、調製が比較的容易であるにもかかわらず、三次元構造は明確である。
【0062】
上記ヘモグロビン-アルブミン複合体は、ヘモグロビンが酸素結合部位であることにより、酸素結合解離曲線がS字曲線となり、特に、末梢細胞の酸素分圧が低下した場合に、酸素運搬能力が向上するという効果を有することが予測される。
【0063】
アルブミンは、ヘモグロビンを被覆するように構成されているため、アルブミンの種類は、投与した個体の体内での免疫反応に影響し易い。したがって、ヘモグロビン-アルブミン複合体のアルブミンは、投与しようとする動物と同種に由来するものであることが望ましい。
一方、ヘモグロビンは、アルブミンにより被覆されているため、ヘモグロビンの種類は、投与した個体の体内での免疫反応に影響しにくい。したがって、免疫反応の観点で、ヘモグロビンの由来となる動物は、特に限定されない。
前記ヘモグロビン-アルブミン複合体は、アルブミンの由来となる動物と、ヘモグロビンの由来となる動物とが、異なっていてもよい。
【0064】
<<ヘモグロビン>>
上記ヘモグロビンの分子は、4つのサブユニットから構成され、各サブユニットは、それぞれ1つのプロトヘムを有する。酸素は、該プロトヘム内の鉄原子に結合する。即ち、1つのヘモグロビン分子には、4つの酸素分子が結合する。
前記ヘモグロビンとしては、脊椎動物のものである限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、入手容易性の観点からは、例えば、ヒトヘモグロビン、ウシヘモグロビン、ブタヘモグロビン、ウマヘモグロビン、イヌヘモグロビン、ネコヘモグロビン、ウサギヘモグロビン、組換えヒトヘモグロビン、及び分子内架橋ヘモグロビン、などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
また、前記ヘモグロビンは、赤血球を溶解して得られるヘモグロビン、遺伝子組換え技術により得られる組換えヘモグロビン、これらのヘモグロビンのサブユニットを架橋剤で分子内架橋して得られる分子内架橋ヘモグロビン、などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
これらの中でも、ウシヘモグロビン、ブタヘモグロビン、ウマヘモグロビン、特には、ウシヘモグロビン、ブタヘモグロビンは、産業動物のヘモグロビンとして、供給量の観点で入手が容易なため、ヘモグロビン-アルブミン複合体を大量に製造できるようになる点で有利である。
【0065】
<<アルブミン>>
上記アルブミンは、血液中ではコロイド浸透圧調整を主な役割とする単純タンパク質であるが、栄養物質、薬物等の輸送タンパク質としても機能し、その他、pH緩衝作用、エステラーゼ活性、などを有する。また、前記アルブミンは、血漿タンパク質であるから、生体への適用、特に、赤血球代替物としての利用に関して格段に有利である。
前記アルブミンの等電点は、7よりも低く、生理条件では、分子表面が強く負に帯電しているため、当該アルブミンをシェルとするヘモグロビン-アルブミン複合体は、血管内皮細胞の外側にある基底膜(負に帯電)との静電反発により、血管外に漏れ出しにくい。
【0066】
上記アルブミンとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、入手容易性の観点からは、例えば、ヒト血清アルブミン、ウシ血清アルブミン、ブタ血清アルブミン、ウマ血清アルブミン、イヌ血清アルブミン、ネコ血清アルブミン、ウサギ血清アルブミン、組換えヒト血清アルブミン、組換えウシ血清アルブミン、組換えイヌ血清アルブミン、組換えネコ血清アルブミン、などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0067】
上記ヘモグロビンに架橋剤を介して結合するアルブミンの数としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、1個~7個が好ましい。8個以上は、立体障害のため結合することが困難と考えられる。アルブミンの数が2~5個であると、ヘモグロビンを十分に囲むことができる点で、有利である。また、ヘモグロビン-アルブミン複合体を構成するヘモグロビンの数としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、1個が好ましい。
前記アルブミンの数の測定方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、(1)電気泳動法により測定したヘモグロビン-アルブミン複合体全体の分子量と、ヘモグロビンの分子量及びアルブミンの分子量とに基づいて算出する方法、(2)シアノメトヘモグロビン法(例えば、アルフレッサファーマ社、ネスコートヘモキットN、No.138016-14)を用いたヘムの定量により算出したヘモグロビンの濃度、及び660nm法(例えば、Pierce660nm Protein Assay Kit、サーモフィシャーサイエンティフィック社)を用いたタンパク質の定量により算出したタンパク質の濃度に基づいて算出する方法、(3)電子顕微鏡で観察する方法などが挙げられる。
また、アルブミンの数が異なるヘモグロビン-アルブミン複合体の混合物から、アルブミンの数が所定の個数であるヘモグロビン-アルブミン複合体を単離する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、カラムクロマトグラフィー(例えば、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィーなど)による単離方法、などが挙げられる。
【0068】
<<架橋剤>>
上記架橋剤としては、ヘモグロビンとアルブミンとを連結可能な2官能性架橋剤である限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、下記一般式(1)~(4)及び化学式(1)で表される化合物、などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
これらの中でも、α-(N-スクシンイミジル)-ω―ピリジルジチオ架橋剤(下記一般式(1)において、R
1が水素原子であり、nが5であるもの)、α-(N-スクシンイミジル)-ω―マレイミド架橋剤(下記一般式(4)において、R
3が水素原子であり、R
4が一般式(5)であるもの、さらには、R
3が水素原子であり、R
4が一般式(5)であり、かつn=5またはn=2であるもの、さらには、R
3が水素原子であり、R
4が化学式(3)であるもの)が好ましい。
【化11】
一般式(1)中、R
1は、水素原子及びSO
3
-Na
+のいずれかを表し、nは、1~10の整数を表す。例えば、n=5のものなどが一般的に挙げられる。
【化12】
【化13】
一般式(2)中、nは、1~10の整数を表す。例えば、n=2のものなどが一般的に挙げられる。
【化14】
一般式(3)中、R
2は、水素原子及びSO
3
-Na
+のいずれかを表し、nは、1~10の整数を表す。例えば、n=5のものなどが一般的に挙げられる。
【化15】
一般式(4)中、R
3は、水素原子及びSO
3
-Na
+のいずれかを表し、R
4は、下記一般式(5)~(6)及び下記化学式(2)~(4)のいずれかを表す。
【化16】
一般式(5)中、nは、1~10の整数を表す。
【化17】
【化18】
【化19】
一般式(6)中、nは、2、4、6、8、10又は12の整数を表す。
【化20】
【0069】
上記架橋剤におけるスクシンイミジル基と、ヘモグロビンにおけるリシンのアミノ基(-NH
2)とは、アミド結合(共有結合)を形成する。
前記アミド結合を形成するための方法としては、例えば、ヘモグロビン及び架橋剤を4℃~30℃で0.2時間~8時間攪拌すること、などが挙げられる。
前記架橋剤におけるピリジルジチオ基と、アルブミン分子におけるシステイン34(還元型システイン)とは、交換反応により新たなジスルフィド結合(共有結合)を形成する。なお、該ジスルフィド結合は、切断されやすいという特性を有する。
前記ジスルフィド結合を形成するための方法としては、例えば、アルブミン及び架橋剤を4℃~30℃で1時間~40時間攪拌すること、などが挙げられる。
前記架橋剤におけるマレイミド基と、アルブミン分子におけるシステイン34(還元型システイン)とは、スルフィド結合(共有結合)を形成する。
前記スルフィド結合を形成するための方法としては、例えば、アルブミン及び架橋剤を4℃~30℃で1時間~72時間攪拌すること、などが挙げられる。
アルブミン分子において、システイン34(還元型システイン)は1つしか存在しないため、本発明の治療剤の有効成分のヘモグロビン-アルブミン複合体は、星型のクラスター構造(例えば、
図1の構造)となり、分子構造が明確である。
【0070】
<<その他の部位>>
上記その他の部位としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、アルブミン表面に共有結合により導入されたポリ(エチレングリコール)、アルブミンとともにヘモグロビンに結合されたタンパク質、などが挙げられる。
【0071】
<<治療剤の製剤の形態>>
上記治療剤の製剤の形態としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、液状の形態、凍結乾燥された製剤の形態、などが挙げられる。凍結乾燥された製剤の場合は、使用前に無菌水等の無菌の溶媒で溶解又は懸濁して使用することができる。
前記治療剤は、フィルターによる濾過、加熱、殺菌剤の配合又はエネルギー線照射によって無菌化することが好ましい。
【0072】
<<その他の成分>>
上記ヘモグロビン-アルブミン複合体以外の、上記治療剤に含まれ得るその他の成分としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、水性又は非水性の溶液、pH緩衝剤、等張化剤、防腐剤、安定化剤、乳化剤、分散剤、局所麻酔剤、などが挙げられる。これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0073】
<<ヘモグロビン-アルブミン複合体の濃度>>
上記治療剤中の上記ヘモグロビン-アルブミン複合体の濃度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、治療剤が液状の形態の場合、ヘモグロビン成分が、30~70mg/mLであることが好ましく、40~60mg/mLであることがより好ましい。
【実施例】
【0074】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は下記の実施例になんら限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲において適宜変更可能である。
【0075】
(実施例1及び比較例1)
(1)治療剤の調製
-調製例1:ウシヘモグロビン-架橋剤結合体(Hb-SMCC)の調製-
ナス型フラスコ(300mL容量)にCO化ウシヘモグロビン(Hb)のリン酸緩衝生理食塩水(PBS)(pH7.4)溶液(0.1mM)120mLを入れ、撹拌子で撹拌(300rpm)しながら、スクシンイミジル-4-(N-マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボキシレート(Succinimidyl-4-(N-maleimidomethyl)cyclohexane-1-carboxylate)(SMCC、和光純薬工業社)のジメチルスルホキシド(DMSO)溶液(20mM)12mLをゆっくり添加し[SMCC/Hb=20(mol/mol)]、4℃、遮光下で6時間撹拌した(攪拌速度:100rpm)。得られた反応溶液をDISMICフィルター(DISMIC-25CS、孔径0.2μm)でろ過した後、ゲル濾過クロマトグラフィー(Sephadex G-25 Superfine、5.0cmφ、溶出液:PBS(pH7.4))にかけ、未反応の架橋剤を除去した。得られたウシヘモグロビン-架橋剤結合体(Hb-SMCC)のPBS(pH7.4)溶液を遠心限外ろ過器(VIVA SPIN20、限外分子量:10kDa)を用いて120mLまで濃縮し、0.1mMとした。
【0076】
-調製例2:ウシヘモグロビン-ヒト血清アルブミン複合体(Hb-HSA3)SMCCの調製-
ヒト血清アルブミン(HSA)のPBS(pH7.4)溶液(1.0mM)120mLをナス型フラスコ(500mL容量)に入れ、撹拌子で撹拌(300rpm)しながら、ウシヘモグロビン-架橋剤結合体(Hb-SMCC)のPBS(pH7.4)溶液(0.1mM)120mLをゆっくりと滴下し[HSA/Hb-SMCC=10(mol/mol)]、4℃、遮光下で16時間攪拌した(攪拌速度:100rpm)。
該反応溶液から、ゲルろ過クロマトグラフィー(Gel Filtration Chromatography、GFC)を用いて、未反応のHSAのみを除去することで、ウシヘモグロビン-ヒト血清アルブミン複合体を得た。具体的には、得られた反応溶液をDISMICフィルター(DISMIC-25CS、孔径0.2μm)でろ過した後、UV検出器(280nm)及びレコーダーを連結したゲル濾過クロマトグラフィー(Superdex 200pg、1L、溶出液:PBS(pH7.4))にかけ、HSA以外の高分子量成分を回収した。必要に応じて、遠心限外ろ過器(VIVASPIN、限外分子量:30kDa)を用いて溶液を濃縮した。シアノメトヘモグロビン法(ネスコートヘモキットN、アルフレッサファーマ社)によりHb濃度を、また660nm法(Pierce660nm Protein Assay Kit、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)によりタンパク質濃度を定量した。HSA/Hb比は3.0となり、HbにHSAが平均3つ結合したウシヘモグロビン-ヒト血清アルブミン複合体[(Hb-HSA3)SMCC]であることがわかった。
【0077】
-調製例3:治療剤Aの調製-
得られたヘモグロビン-アルブミン複合体(Hb-HSA3)SMCCを、PBS(pH7.4)で、[Hb]=5g/dLに溶解して、治療剤Aを調製した。ラットへの投与に際しては、37℃に加温したものを用いた。
【0078】
(2)虚血再灌流試験
脳梗塞のモデルとして一般的に用いられる一過性中大脳動脈閉塞(MCAO)モデルを用いて、虚血再灌流試験を行った。
8-9週齢のラット(Sparague-Dawely Rat(SD Rat)の雄280-320g)をイソフルレン吸入麻酔下に置き、糸栓子(4-0ナイロン糸にシリコンコートしたもの)を内頚動脈から挿入し、中大脳動脈起始部を閉塞するまで上行させて糸栓子を固定し、中大脳動脈領域に虚血状態を完成させた。虚血中の脳血流量の低下はレーザー血流計(FLO-C1;Omegawave)で確認し、前値の30%に低下したものだけをそのあとの実験に用いた。2時間の虚血後に再度ラットを麻酔下に置き、糸栓子を抜去し再灌流状態を作成した。再灌流では糸栓子が挿入されていた内頚動脈に新たに輸液のためのチューブ(PE10チューブ)を挿入し、虚血が生じていた領域に経動脈的に治療剤Aを80mL/kg/hで5分間投与した(実施例1、ヘモグロビン-アルブミン複合体投与群)。また、治療剤Aを投与せず糸栓子の抜去を行った群をコントロール群とした(比較例1、コントロール群)。
灌流後24時間において、神経障害度を評価した。その後、安楽死させて脳を摘出して、病理評価及び分子生物学的な評価に用いた。
【0079】
(3)神経障害度の評価
神経障害度は、Garciaらの方法(Stroke、26、627-634(1995))を用いて評価した。症状改善について、活動性、歩行状態、四肢の動きなどを18ポイントでスケール化し(正常状態で、最高の18点となる)、その点数を比較することで評価した。点数が高いほど、神経障害度が低いことを示す。結果を
図2に示す。
図2の縦軸は、神経障害度の点数を示す。
図2に示すように、再灌流24時間後の時点で、比較例1のコントロール群が8.6±0.7点であったのに対し、実施例1のヘモグロビン-アルブミン複合体投与群では12.9±0.5点と高く、統計学的に有意な症状改善効果が認められた(
図2)。
【0080】
(4)病理評価
病理評価は、脳の切片を2,3,5-塩化トリフェニルテトラゾリウム(TTC)染色で染色して、連続切片脳梗塞面積及び連続切片脳浮腫面積を測定し、脳梗塞体積(%)及び脳浮腫体積(%)を算出した。脳梗塞体積、脳浮腫体積が大きいほど、脳梗塞による障害が大きいことを示す。結果を
図3に示す。
図3Aでは、脳の冠状面切片のTTC染色写真を、冠状面で前方から後方の順に配置した。
図3B、
図3Cの縦軸は、ぞれぞれ、脳梗塞体積(%)、脳浮腫体積(%)を示す。
図3に示すように、再灌流24時間後の脳梗塞体積については、比較例1のコントロール群が55.2±3.6%であったのに対して、実施例1のヘモグロビン-アルブミン複合体投与群は20.2±3.1%に縮小しており(コントロール群の37%)、統計学的に有意な縮小効果が観測された。また、脳浮腫体積もコントロール群が26.4±2.8%であったのに対し、ヘモグロビン-アルブミン複合体投与群は14.1±1.75%と小さく、統計学的に有意な縮小効果が認められた(
図3)。
【0081】
(5)分子生物学的な評価
分子生物学的な評価は、脳組織を試料としたウエスタンブロティングにより、4-HNEの存在量、及びMMP-9の発現量を定量することで行った。試料中のβ-アクチン量を測定して、4-HNE存在量/β-アクチン発現量の割合、及びMMP-9発現量/β-アクチン発現量の割合を求めた。存在量、発現量の定量には、デンシトメトリーを用いた。4-HNEの存在量が高いほど、組織が酸化ストレスの影響を受けたこと示し、MMP-9の発現量が高いほど、炎症状態が亢進したことを示す。結果を
図4、5に示す。
図4、5に示すように、4-HNEの存在量及びMMP-9の発現量が、実施例1のヘモグロビン-アルブミン複合体投与群で有意に低下していることがわかった。これらの結果は、ヘモグロビン-アルブミン複合体の投与によってROS等の活性酸素種の産生が抑制されること、及びヘモグロビン-アルブミン複合体の投与によって炎症反応が抑制されることを示唆している。したがって、ヘモグロビン-アルブミン複合体の投与によって、組織保護効果が発現していることが、分子生物学的な観点からも強く示唆されている(
図4、5)。
【0082】
以上の結果から、コントロール群と比較してヘモグロビン-アルブミン複合体投与群では、神経症状の有意な改善、脳梗塞体積、脳浮腫体積の有意な減少が認められることがわかった。また、4-HNEの存在量およびMMP-9の発現量が、ヘモグロビン-アルブミン複合体投与群で有意に低下することがわかった。ヘモグロビン-アルブミン複合体は、狭小化している微小血管にまで酸素を効果的に運搬できるため、内皮細胞障害が抑えられ、最終的には活性酸素種産生及びMMP-9発現が抑制されて、神経・血管保護効果が発揮されるものと考えられる。
上記の通り、虚血性疾患の一種である脳梗塞の病態モデルにおいて、本発明の治療剤を投与することで、虚血再灌流傷害が低減され、組織保護効果が得られている。したがって、本発明の治療剤が、虚血性疾患の治療に有用であることが裏付けられている。実施例1では、脳梗塞の病態モデルの例を示したが、虚血性疾患は、脳に限らず、他の臓器においても同様のメカニズムで発症するため、本発明の治療剤は、脳以外の虚血性疾患についても、良好な治療効果が得られる。
【0083】
次に、再灌流超急性期に生じる微小血管周囲のアストロサイトの膨化現象に及ぼす、ヘモグロビン-アルブミン複合体の影響を検証した。一過性MCAOモデルを作製し、2時間の虚血後に再灌流状態とし、再灌流超急性期である15分後、2時間後、6時間後において、ラットを安楽死させて脳を摘出し、ヘモグロビン-アルブミン複合体の微小血管での灌流状態評価及び微小血管の形態変化を評価した。また別のラットを用いて、MCAO術前、術直後、再灌流直前、再灌流直後、2時間後、6時間後において生存した状態で脳組織酸素分圧と脳血流量を評価した。なお、虚血、再灌流、及び薬剤の投与は、上述の「(2)虚血再灌流試験」と同様の方法で行い、ヘモグロビン-アルブミン複合体投与群(実施例1)とコントロール群(比較例1)で比較した。
【0084】
(6)微小血管での灌流状態の評価
摘出した脳をパラフィン切片とし、免疫組織学的染色にて再灌流超急性期における再灌流領域のヘモグロビン-アルブミン複合体とラット自己赤血球との灌流状態の定量化を行った。ヘモグロビン-アルブミン複合体投与群では、抗ヒト-アルブミン抗体を用いてヘモグロビン-アルブミン複合体を検出し、コントロール群では、抗ラット赤血球抗体を用いてラット自己赤血球を検出した。再灌流領域において、それぞれの抗体陽性となる直径15μm以下の微小血管をカウントすることにより定量化した。結果を
図6、7に示す。
図6は、×400にて検鏡した所見を示し、
図6中のスケールバーは20μmを示している。黒矢頭は、抗体陽性となっている微小血管を示している。
図7は、一視野(×400)における、抗体陽性となる微小血管の数をカウントし、コントロール群とヘモグロビン-アルブミン複合体投与群で棒グラフにて比較している。自己赤血球が灌流する微小血管の数は、再灌流15分後、2時間後、6時間後で時間を追うごとに有意に低下していた。一方、ヘモグロビン-アルブミン複合体が灌流する微小血管の数は、再灌流15分後、2時間後、6時間後と時間が経過しても変化はなく、時間が経過しても微小血管において灌流が保たれていることが示唆された。
【0085】
(7)微小血管の形態変化
ヘモグロビン-アルブミン複合体の灌流評価の際と同様に、摘出した脳をパラフィン切片とし、免疫組織学的染色にて再灌流超急性期における再灌流領域の微小血管の血管内径変化の定量化を行った。抗Von Willebrand Factor抗体を用いて、血管内皮細胞を免疫染色し、血管内径(微小血管径)及び血管周囲腔の長さを計測し(
図8)、ヘモグロビン-アルブミン複合体投与群とコントロール群で比較した。
図8は、微小血管径に対する血管周囲腔と微小血管径との差の比率(%)の測定方法を示している。血管内径15μm以下の微小血管を計測対象とした。結果を
図9、10に示す。
図9では、×400で検鏡した所見を示している。
図10では、コントロール群では、再灌流2時間後、6時間後と時間の経過と共に微小血管内径の狭小化と微小血管径に対する血管周囲腔と微小血管径との差の比率の上昇を認め、再灌流超急性期における血管周囲腔の膨化による血管狭小化を認めた。一方、ヘモグロビン-アルブミン複合体投与群は、コントロール群に比較して、再灌流6時間後には有意に血管径の狭小化抑制及び微小血管径に対する血管周囲腔と微小血管径との差の比率の上昇抑制を認め、ヘモグロビン-アルブミン複合体が血管周囲のアストロサイトの膨化抑制を来していることが示唆された。
【0086】
(8)脳組織分圧と脳血流量
再灌流超急性期(MCAO直前、MCAO直後、再灌流直前、再灌流直後、2時間後、6時間後)における再灌流領域における脳組織酸素分圧と脳血流量の変化を計測し定量化した。脳組織酸素分圧の測定には、組織酸素分圧測定装置(POG-203、Unique Medical、Tokyo)を用いた。ラットのブレグマ(矢状縫合と冠状縫合の交点)から後方3mm、右外側3mmの場所に頭蓋骨に小孔を穿ち、脳表から3mmの位置に酸素電極を刺入しペナンブラ領域の酸素組織分圧を計測した。脳血流量は前述のレーザー血流計(FLO-C1;Omegawave)を使用し、プローブを右中大脳動脈領域の硬膜越しに当てて計測した。結果を
図11に示す。コントロール群では、再灌流2時間後から6時間後にかけて急激な脳血流量・脳組織酸素分圧の低下をきたし、再灌流6時間後にはヘモグロビン-アルブミン複合体投与群に比較して有意にペナンブラ領域の脳血流量・脳組織酸素分圧の低下を認めた。この結果により、ヘモグロビン-アルブミン複合体投与群は、再灌流超急性期においてペナンブラ領域の脳血流及び脳組織酸素分圧の低下を抑制し、維持することが示唆された。
【0087】
以上の結果から、コントロール群と比較して、ヘモグロビン-アルブミン複合体投与群では、再灌流超急性期のペナンブラ領域における、ヘモグロビン-アルブミン複合体の持続的で良好な微小循環での灌流・微小血管の狭小化の抑制・脳血流量と脳組織酸素分圧の維持が認められた。再灌流超急性期の、アストロサイトの膨化による微小血管狭小化は虚血再灌流障害を増悪させる重要な病態の一つとされている。ヘモグロビン-アルブミン複合体は、再灌流超急性期の微小血管の狭小化を抑制し、脳血流量を維持することにより酸素を運搬し、脳組織の虚血状態を改善させることができると考えられた。
【0088】
(実施例2及び比較例2)
(1)治療剤の調製
-調製例4:治療剤Bの調製-
liposome-encapsulated hemoglobin(LEH)を含有する治療剤Bを、下記の方法で調製した。
水素添加大豆ホスファチジルコリン182g、コレステロール89g、ステアリン酸65gから成る均一混合脂質に水336gを加えて、80℃で30分間加温して水和膨潤均一混合脂質を調製した。期限切れ濃厚赤血球製剤からヘモグロビンを精製、濃縮し、イノシトールヘキサリン酸をヘモグロビンに対して等モル添加したヘモグロビン濃度45w/w%の濃厚高純度ヘモグロビン溶液を調製した。前記水和膨潤均一混合脂質672gに前記濃厚高純度ヘモグロビン溶液2,688gを添加し、45℃以下の温度で、高速攪拌法により乳化し、ヘモグロビン含有リポソーム混合乳化液を得た。前記乳化液を生理食塩水により希釈して、孔径0.45μmの膜による循環濾過により粒子径の制御を行なった。更に、分画分子量30万の限外濾過による循環濾過システムを用いて、生理食塩水による加水濃縮操作で、リポソームに含有されなかったヘモグロビン及びイノシトールヘキサリン酸を除去、濃縮し、ヘモグロビン含有リポソームの生理食塩水による懸濁液を得た。
さらに、ポリエチレングリコール(PEG)-フォスファチジルエタノールアミンの生理食塩水溶液に上記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液を加え、ヘモグロビン濃度が6g/dLのヘモグロビン含有PEG修飾リポソームの生理食塩水による懸濁液(治療剤B)を得た。
【0089】
治療剤A及び治療剤Bのヘモグロビン成分濃度、ヘモグロビン-アルブミン複合体及びLEHの粒径、ヘモグロビン-アルブミン複合体及びLEHの表面電荷、並びに、ヘモグロビン-アルブミン複合体及びLEHの酸素飽和性を表1に示す。
【0090】
【0091】
(2)虚血再灌流試験
8-9週齢のラット(Sparague-Dawely Rat(SD Rat)の雄280-320g)をイソフルレン吸入麻酔下に置き、糸栓子(4-0ナイロン糸にシリコンコートしたもの)を内頚動脈から挿入し、中大脳動脈起始部を閉塞するまで上行させて糸栓子を固定し、中大脳動脈領域に虚血状態を完成させた。虚血中の脳血流量の低下はレーザー血流計(FLO-C1;Omegawave)で確認し、前値の30%に低下したものだけをそのあとの実験に用いた。2時間の虚血後に再度ラットを麻酔下に置き、糸栓子を抜去し再灌流状態を作成した。再灌流では糸栓子が挿入されていた内頚動脈に新たに輸液のためのチューブ(PE10チューブ)を挿入し、虚血が生じていた領域に経動脈的に、治療剤A又は治療剤Bを表2に記載の条件で投与した(実施例2、比較例2)。また、治療剤を投与せず糸栓子を抜去した群を、コントロール群とした。
再灌流から24時間後に安楽死させて脳を摘出して、TTC染色による病理評価に用いた。治療剤の投与を行わなかったコントロール群のラットの脳梗塞面積を100%としたときの、実施例2及び比較例2の脳梗塞面積の相対割合(%)を測定した。脳梗塞面積の相対割合が低いほど、脳の虚血傷害が軽減されたことを示す。結果を表2に示す。
【0092】
【0093】
実施例2と比較例2とを比較すると、本発明の治療剤である治療剤Aを一過性中大脳動脈閉塞モデルラットに投与すると、LEHを有効成分とする治療剤Bを投与するよりも、梗塞による組織障害を著しく軽減できた。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明により、虚血再灌流傷害を低減し組織保護効果を示す、虚血性疾患の治療剤を提供できる。
【符号の説明】
【0095】
10 ヘモグロビン
20 アルブミン
100 ヘモグロビン-アルブミン複合体