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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-27
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】幹細胞由来涙腺組織の作製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20220128BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220128BHJP
   A61P 27/04 20060101ALI20220128BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20220128BHJP
   A61K 35/24 20150101ALI20220128BHJP
   A61K 38/17 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/02
A61P27/04
A61K35/30
A61K35/24
A61K38/17
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020511023
(86)(22)【出願日】2019-03-28
(86)【国際出願番号】 JP2019013759
(87)【国際公開番号】W WO2019189640
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2020-08-21
(31)【優先権主張番号】P 2018063077
(32)【優先日】2018-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】西田 幸二
(72)【発明者】
【氏名】林 竜平
(72)【発明者】
【氏名】大久保 徹
(72)【発明者】
【氏名】本間 陽一
【審査官】中村 勇介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/114285(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/153027(WO,A1)
【文献】長田翔伍ほか,マイクロ流体デバイスを用いた三次元培養下におけるヒトiPS細胞からの神経上皮細胞誘導,第42回獣医神経病学会 2016 講演要旨集,2016年,p.27-28
【文献】KINOSHITA, S. et al.,Characteristics of the Human Ocular Surface Epithelium,Progress in Retinal and Eye Research,2001年,Vol.20, No.5,p.639-673
【文献】LU, Q. et al.,An In Vitro Model for Ocular Surface and Tear Film System,Scientific Reports,2017年,Vol.7, Article No.6163,p.1-11
【文献】Masatoshi Hirayama, et al.,Identification of transcription factors that promote the differentiation of human pluripotent stem cells into lacrimal gland epithelium-like cells,NPJ Aging and Mechanisms of Disease,2017年,Vol.3,p.1-9
【文献】Jae Hun Jung, et al.,Proteomic analysis of human lacrimal and tear fluid in dry eye disease,Scientific reports,2017年,7:13363,p.1-11
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/071
C12N 5/10
C12Q 1/02
A61P 27/02
A61P 27/04
A61K 35/30
A61K 35/545
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞から得られたSEAM細胞集団(self-formed ectodermal autonomous multi-zone細胞集団)から、SSEA4及びCD104共陽性の細胞を単離し、得られた細胞をEGF(Epidermal Growth Factor)及びROCK阻害剤を含む培地中で三次元培養することにより、涙腺の関連タンパクを発現する細胞集団を取得することを特徴とする、幹細胞由来涙腺組織の作製方法。
【請求項2】
単離した細胞が、さらにCD200陰性である、請求項1記載の作製方法。
【請求項3】
輪部幹細胞をEGF及びROCK阻害剤を含む培地中で三次元培養することにより、涙腺の関連タンパクを発現する細胞集団を取得することを特徴とする、幹細胞由来涙腺組織の作製方法。
【請求項4】
培地がさらにTGF-βを含む、請求項1~3いずれか記載の作製方法。
【請求項5】
関連タンパクがAQP5、LYZ、CNN1、BARX2、SOX9、SOX10、RUNX1、TFCP2L1、LTF及びHTN1から選ばれる1種以上である、請求項1~4いずれか記載の作製方法。
【請求項6】
請求項1~5いずれか記載の作製方法により幹細胞由来涙腺組織を作製する工程、及び得られた涙腺上皮細胞を培養する工程を含む、涙腺オルガノイドの製造方法。
【請求項7】
請求項1~5いずれか記載の作製方法により幹細胞由来涙腺組織を作製する工程、及び得られた涙腺上皮細胞を培養する工程を含む、涙腺に関連する疾患の薬剤スクリーニング方法。
【請求項8】
請求項6記載の方法により涙腺オルガノイドを作製する工程、及び得られた涙腺オルガノイドから分泌される涙液を回収する工程を含む、涙液の製造方法。
【請求項9】
請求項6記載の方法により涙腺オルガノイドを作製する工程、得られた涙腺オルガノイドから分泌される涙液を回収する工程、及び得られた涙液を配合する工程を含む、医薬組成物の製造方法。
【請求項10】
請求項1~6いずれか記載の方法により得られた涙腺様構造を有するオルガノイド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞由来涙腺組織の作製方法に関する。より詳しくは、多能性幹細胞や輪部幹細胞から涙腺組織を誘導する方法及びその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒトES細胞やヒトiPS細胞などのヒト多能性幹細胞は、その再生医療への応用が世界的に注目されている。ヒト多能性幹細胞を再生医療に応用するためには、これら幹細胞を高効率で安定的に体細胞に分化誘導する技術の開発が必要であり、ヒト多能性幹細胞から任意の体細胞への選択的分化誘導方法について各種検討が行われている。
【0003】
例えば、非特許文献1には、ヒトES細胞に、涙腺上皮細胞に豊富に存在する転写因子(PAX6、SIX1、FOXC1)を導入して、涙腺上皮細胞を分化誘導する方法が開示されている。
【0004】
また、本願の発明者らは、角膜上皮幹細胞疲弊症などの重篤な角膜疾患に対する新規治療法として、iPS細胞から角膜上皮細胞シートを作製する技術を開発し、動物モデルを用いてその有効性などを確認したことを報告している(特許文献1、非特許文献2、3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】WO2016/114285号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Hirayama et al., Npj Aging and Mechanisms of Disease, 3(1), 2017
【文献】Hayashi et al., Nature Protocols, 2017, 12(4), 683-696, doi: 10.1038/nprot.2017.007
【文献】Hayashi et al., Nature. 2016 Mar 17, 531, 376-80, doi: 10.1038/nature17000
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来技術に依って涙腺上皮細胞を分化誘導できたとしても、それを再生医療へ応用するには、当該涙腺上皮細胞から、涙腺組織に特徴的な、導管細胞、腺房細胞、筋上皮細胞の3種の細胞からなる三次元立体構造が形成されて、神経系の制御のもと、種々の機能性成分を含有した涙液を分泌することが可能な涙腺組織となることが必要とされるが、それらは現時点でも達成されていない。
【0008】
本発明は、再生医療などに適用可能な幹細胞由来涙腺組織の作製方法及びその利用に関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため鋭意検討した結果、本発明者らは非特許文献2に記載の方法に従って得られる同心円状の帯状構造(a self-formed ectodermal autonomous multi-zone:SEAM)から特定の細胞をFACSにより単離し、マトリゲルを用い、様々な成長因子を組み合わせて三次元的に誘導することで、涙腺関連タンパクを発現する涙腺様組織をin vitroで初めて作製できることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕~〔7〕に関する。
〔1〕 多能性幹細胞から得られたSEAM細胞集団(self-formed ectodermal autonomous multi-zone細胞集団)から、SSEA4及びCD104共陽性の細胞を単離し、得られた細胞をEGF(Epidermal Growth Factor)及びROCK阻害剤を含む培地中で三次元培養することにより、涙腺の関連タンパクを発現する細胞集団を取得することを特徴とする、幹細胞由来涙腺組織の作製方法。
〔2〕 単離した細胞が、さらにCD200陰性である、前記〔1〕記載の作製方法。
〔3〕 輪部幹細胞をEGF及びROCK阻害剤を含む培地中で三次元培養することにより、涙腺の関連タンパクを発現する細胞集団を取得することを特徴とする、幹細胞由来涙腺組織の作製方法。
〔4〕 培地がさらにTGF-βを含む、前記〔1〕~〔3〕いずれか記載の作製方法。
〔5〕 関連タンパクがAQP5、LYZ、CNN1、BARX2、SOX9、SOX10、RUNX1、TFCP2L1、LTF及びHTN1から選ばれる1種以上である、前記〔1〕~〔4〕いずれか記載の作製方法。
〔6〕 前記〔1〕~〔5〕いずれか記載の作製方法により得られた涙腺上皮細胞を培養する工程を含む、移植用涙腺オルガノイドの製造方法。
〔7〕 前記〔1〕~〔5〕いずれか記載の作製方法により得られた涙腺上皮細胞を培養する工程を含む、涙腺に関連する疾患の薬剤スクリーニング方法。
【0011】
また、本発明は、以下の〔8〕~〔12〕も含む。
〔8〕 前記〔6〕記載の方法により得られた涙腺上皮細胞オルガノイドから分泌される涙液。
〔9〕 前記〔8〕記載の涙液を含有する、医薬組成物。
〔10〕 前記〔1〕~〔5〕いずれか記載の作製方法において形成された細胞集団の形状を指標として選択することを特徴とする、幹細胞由来涙腺組織へ分化誘導しやすい細胞の選択方法。
〔11〕 前記〔1〕~〔6〕いずれか記載の方法により得られた涙腺オルガノイド。
〔12〕 前記〔10〕記載の方法により選択された細胞を培養して得られる、涙腺オルガノイド。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、幹細胞を用いて、涙腺が発現すべき機能タンパクを含む涙腺関連タンパクを確実に発現する組織が得られるため、得られる組織を用いることで涙腺自体の異常に起因する疾患の根本的な再生治療方法や次世代の治療方法を提供することができる。
【0013】
また、これまでに涙腺細胞の入手が困難であるがために実施されてこなかった、涙腺をターゲットとした薬剤スクリーニング等にも応用可能である。さらには、得られる涙腺組織から分泌される涙液を、新たな薬剤の構成成分として使用することも可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、iPS細胞から誘導された同心円状の4つの帯状構造からなる二次元組織体(SEAM)の免疫蛍光染色の結果を示す図である。
図2図2は、iPS細胞から涙腺オルガノイドへの誘導過程の模式的な一例を示す図である。
図3図3は、iPS細胞由来涙腺オルガノイドにおける遺伝子発現解析の結果を示す図である。
図4図4は、iPS細胞由来涙腺オルガノイドの免疫蛍光染色の結果を示す図である。
図5図5は、iPS細胞由来涙腺オルガノイドの誘導条件(成長因子の種類)を検討した結果を示す図である。
図6図6は、iPS細胞由来涙腺オルガノイドの誘導条件(TGF-β濃度)を検討した結果を示す図である。
図7図7は、iPS細胞由来涙腺オルガノイドの誘導条件(コロニー形状)を検討した結果を示す図である。
図8図8は、輪部幹細胞から誘導された細胞の形態と遺伝子発現解析の結果を示す図である。
図9図9は、iPS細胞由来涙腺オルガノイドをヌードラットへ移植した移植片をHE染色した結果を示す図である。
図10図10は、iPS細胞由来涙腺オルガノイドをヌードラットへ移植した移植片の免疫蛍光染色と移植片抽出物中のhLTFタンパク量の測定を行った結果を示す図である。
図11図11は、ES細胞由来涙腺オルガノイドの形成過程の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、これまで、iPS細胞から眼全体の発生を再現させた細胞集団(a self-formed ectodermal autonomous multi-zone:SEAM)を取得し、得られた細胞集団から特定の前駆細胞を単離後、当該細胞に分化誘導、必要により成熟培養を行うことにより高純度な細胞集団、例えば、角膜上皮細胞などを調製していた。ここで、SEAMから取得した細胞に対して分化誘導や成熟培養を行う際には、所望する細胞集団に応じた成長因子の存在下で培養できるのであれば、容器は細胞培養に使用されるものであれば特に限定されないものであった。また、前記したiPS細胞から再現させた眼の細胞集団においては、細胞ごとに対応する眼の部位が決まっていたが、涙腺上皮細胞に対応する前駆細胞が不明であった。そこで、本発明者らは、前記方法に従って得られた前駆細胞を涙腺上皮細胞に分化誘導させることを鋭意検討した結果、従来、角膜上皮細胞に分化誘導すると知られていた前駆細胞集団を、特定の成長因子の存在下で、かつ、三次元培養することにより、涙腺上皮細胞へと分化誘導され、涙腺と同等の機能タンパクなどの涙腺関連タンパクを発現する涙腺様組織が得られることを見出した。また、iPS細胞などの多能性幹細胞から得られる細胞集団以外についても同様に検討したところ、角膜上皮細胞に分化誘導する前駆細胞は種々あるものの、二次元培養では角膜上皮細胞に分化誘導する輪部幹細胞が、前記の三次元培養を行うことで涙腺上皮細胞へ分化誘導して涙腺様組織が得られることが判明した。このように、三次元培養によって涙腺上皮細胞へ分化誘導されるのは、詳細なるメカニズムは不明なるも、細胞の足場形成が三次元であることにより、従来の二次元培養とは異なって管腔側及び基底膜側の各極性を有しながら、あらゆる方向に展開することが可能であり、導管や腺房構造などの立体構造を形成することが特徴の涙腺上皮細胞が誘導されるからであると考えられる。ただし、これらの推測は、本発明を限定するものではない。
【0016】
本発明は、涙腺上皮細胞の分化誘導方法を提供するものであって、SEAMから得られた特定の前駆細胞を特定因子の存在下で三次元培養することに特徴を有する。具体的には、多能性幹細胞から得られたSEAM細胞集団(self-formed ectodermal autonomous multi-zone細胞集団)から、SSEA4及びCD104共陽性の細胞を単離し、得られた細胞をEGF(Epidermal Growth Factor)及びROCK阻害剤を含む培地中で三次元培養することにより、涙腺の関連タンパクを発現する細胞集団を取得することができる。
【0017】
本発明においては、先ず、多能性幹細胞からSEAM細胞集団を調製する。
【0018】
本発明における多能性幹細胞とは、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞のことである。具体的には、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(ntES細胞)、精子幹細胞(GS細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)などが挙げられる。好ましくは、ES細胞、ntES細胞及びiPS細胞であり、より好ましくはES細胞及びiPS細胞である。多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であることが好ましい。哺乳動物は特に限定されず、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ブタ等が挙げられる。なかでもヒトが好ましい。ヒト多能性幹細胞を用いることにより、ヒトの再生医療に利用可能な安全な細胞種に応じた細胞集団を取得することができる。
【0019】
SEAM細胞集団とは、多能性幹細胞を無血清培地でフィーダー細胞を用いることなく二次元培養することにより得られる、異なる外胚葉系細胞種で構成される同心円状の層からなるコロニーのことである。
【0020】
具体的には、例えば、ヒトiPS細胞を、動物細胞の培養に用いることができる公知の培地(例えば、DMEM培地、BME培地など)であって、無調整又は未精製の血清を含まない培地を使用して、二次元培養することにより得られる。その際に、培養容器としては、二次元の細胞培養に使用されるものであれば特に限定されないが、容器の内表面はコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン又はラミニンフラグメント等でコーティングされていることが好ましい。なお、培養条件は特に限定されず、技術常識に従って適宜設定することができる。
【0021】
このように培養して得られたSEAM細胞集団は、分化誘導剤や分化誘導促進剤等の外部からの刺激を受けることなく、細胞自らが自律的に分化して形成されたものであり、外胚葉系細胞種で構成される層状のコロニーを形成する。コロニーは、中心部から周辺部に向けて、各々異なる外胚葉系細胞種で構成される同心円状の層からなり、第1層(神経外胚葉系列細胞)、第2層(神経堤系列細胞/眼胚系列細胞)、第3層(眼表面外胚葉系列細胞)及び第4層(表面外胚葉系列細胞)を含む。この自律的分化の後には、引き続き、分化培養を行ってもよく、その際には、自律的分化で使用した培地に、後述する、ROCK阻害剤や血清代替物などの各種成長因子、細胞の維持増殖に必要な各種栄養源や分化誘導に必要な各成分を添加して培養することができる。なお、前記したSEAMの調製方法としては、例えば、非特許文献2、3及び特許文献1に記載の方法を参照することができる。
【0022】
得られたコロニーは、各層に含まれる細胞種は異なる系列であるため、これを利用して、特定の層に含まれる細胞を分離して用いてもよく、コロニー全体をそのまま用いてもよい。
【0023】
このように、本願明細書におけるSEAM細胞集団とは、例えば、多能性幹細胞を、ラミニン511E8フラグメントにてコーティングしたプレートに、100~700cells/cm2の密度で播種し、8~10日間、StemFit(登録商標)培地(味の素)で維持後、分化培地〔DM; 10% knockout serum replacement(KSR, Life Technologies)、1mM sodium pyruvate(Life Technologies)、0.1mM non-essential amino acids(Life Technologies)、2mM l-glutamine(Life Technologies)、1% penicillin-streptomycin solution(Life Technologies)及び55μM 2-mercaptoethanol(Life Technologies)を含有させたGMEM培地(Life Technologies)〕にて4週間培養し、次いで、分化培地〔CDM; 10~20ng/mL KGF(Wako)、10μM Y-27632(Wako)及び1% penicillin-streptomycin solutionを含有させたDM培地とCnT-20又はCnT-PR培地(EGF及びFGF2不含有、CELLnTEC Advanced Cell Systems)の1:1(v/v)混合培地〕にて4週間培養した後、所望により形成された第1層及び第2層を除去し、維持培地〔CEM; 2% B27 Supplement(Life Technologies)、1% penicillin-streptomycin solution、10~20ng/mL KGF、10μM Y-27632を含有させたDMEM/F-12(2:1(v/v))培地(Life Technologies)〕に交換後さらに3日~2週間程度培養して分化誘導させて得られる細胞集団のことを意味する。
【0024】
次に、得られたSEAM細胞集団から、SSEA4及びCD104共陽性の細胞を単離する。
【0025】
本発明においては、SSEA4及びCD104の発現を指標とするが、これらのマーカーを用いて取得された細胞集団は、本来角膜上皮前駆細胞に分化するものであったが、後述する三次元培養を行うことにより、意外にも、涙腺細胞にも分化誘導可能であるという特徴がある。
【0026】
単離方法としては、前記マーカーの発現を指標としてSEAM細胞集団から目的の細胞を単離できれば特に限定されず、常法に従って各マーカーに特異的な抗体を用いて容易に実施できる。具体的には、例えば、抗体で標識された磁気ビーズ、抗体を固相化したカラム、蛍光標識された抗体を用いたセルソーター(FACS)による分離を用いて単離すればよい。抗体は、市販のものを利用してもよいし、常法にしたがい作製したものを利用してもよい。なお、前記したSSEA4及びCD104による陽性選択の前に、CD200による陰性選択を、前記選択を参照にして行ってもよく、この場合、単離される細胞は、CD200-、SSEA4+、CD104+の細胞である。
【0027】
単離された細胞はそのまま三次元培養に供することもできるが、Spheroid(細胞凝集塊)を形成させることが好ましい。また、Spheroidを形成させる前に、単離された細胞をその特徴に基づいて分類してから用いてもよい。
【0028】
単離された細胞は、SSEA4及びCD104の発現を指標として選択されたものであるが、その状態としては様々なものが含まれていると考えられる。そこで、本発明者らは、単離された細胞を様々な特徴に基づいて分類して分化培養を検討したところ、その形状によって分化の進行程度が異なることを見出した。本発明においては、例えば、平面状(フラット型)、立体状(ドーム型)等の形状ごとに分類した細胞をまとめて培養することで、涙腺上皮細胞への分化誘導能を制御でき、好ましくは、ドーム型の細胞を用いてSpheroidを形成させる。
【0029】
Spheroidは、単離された細胞を培養して形成することができる。使用する培地は、動物細胞の培養に用いることができる公知の培地であって、無調整又は未精製の血清を含まない培地であれば特に限定されないが、必要であれば、ROCK阻害剤やKGF(Keratinocyte Growth Factor)、血清代替物などの各種成長因子を添加して行ってもよい。培養容器としては、特異的又は非特異的な固定化を抑制し、細胞を浮遊状態としてSpheroidを形成することが好ましいことから、例えば、低接着表面を有する培養容器が挙げられ、PrimeSurface(登録商標)96Uプレート等を利用することができる。培養条件は技術常識に従って適宜設定することができる。
【0030】
かくして、単離された細胞のSpheroidを形成することができる。Spheroidは、直径およそ10~1000μm、好ましくは100~500μmであり、BARX2、SOX9、KRT15など涙腺上皮細胞に特異的なマーカーや腺細胞への分化マーカーの発現が高くなるという特徴があり、次の三次元培養に好適に供される。
【0031】
三次元培養では、得られたSpheroidを、EGF、ROCK阻害剤を含む培地中で培養できるのであれば、公知の三次元培養方法を参照すればよい。具体的には、例えば、ハイドロゲル、ラミニン、コラーゲン、フィブリオネクチン、フィブリン、ビトロネクチン、マトリゲル(登録商標)、インテグリン、グリコサミノグリカン等の生体適合性材料を細胞培養担体として用いて培養する方法が挙げられる。
【0032】
三次元培養における培地は、涙腺上皮細胞への分化誘導を促すために、EGF、ROCK阻害剤の成長因子を含む。基本培地は、自律的分化で使用した培地など、上皮細胞の培養に用いることのできる培地(無血清培地)あればいずれも用いることができる。また、血清代替物も含むことができる。なお、本明細書において、「ROCK阻害剤」とは、Rhoキナーゼ(ROCK: Rho-associated,coiled-coil containing protein kinase)を阻害する物質を意味し、例えば、N-(4-ピリジニル)-4β-[(R)-1-アミノエチル]シクロヘキサン-1α-カルボアミド(Y-27632)、Fasudil(HA1077)、(2S)-2-メチル-1-[(4-メチル-5-イソキノリニル)スルホニル]ヘキサヒドロ-1H-1,4-ジアゼピン(H-1152)、4β-[(1R)-1-アミノエチル]-N-(4-ピリジル)ベンゼン-1αカルボアミド(Wf-536)、N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4β-[(R)-1-アミノエチル]シクロヘキサン-1αカルボアミド(Y-30141)、N-(3-{[2-(4-アミノ-1,2,5-オキサジアゾール-3-イル)-1-エチル-1H-イミダゾ[4, 5-c]ピリジン-6-イル]オキシ}フェニル)-4-{[2-(4-モルホリニル)エチル]-オキシ}ベンズアミド(GSK269962A)、N-(6-フルオロ-1H-インダゾール-5-イル)-6-メチル-2-オキソ-4-[4-(トリフルオロメチル)フェニル]-3,4-ジヒドロ-1H-ピリジン-5-カルボキサミド(GSK429286A)を利用できる。「血清代替物」としては、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素(例えば亜鉛、セレン)、B27(登録商標)サプリメント、N2サプリメント等が挙げられる。培地中の濃度は、B27サプリメントの場合、0.01~10重量%、好ましくは0.5~4重量%である。
【0033】
また、本発明においては、得られる細胞の成熟化を促すために、TGF-βを含むことができる。TGF-βであれば特に限定されず、TGF-β1、TGF-β2、TGF-β3のいずれであってもよい。培地中の濃度は、0.1~200ng/mL、好ましくは1~200ng/mLである。
【0034】
また、培地には、細胞の維持増殖に必要な各種栄養源や分化誘導に必要な各成分が適宜含まれていてもよい。例えば、栄養源としては、グリセロール、グルコース、果糖、ショ糖、乳糖、ハチミツ、デンプン、デキストリン等の炭素源、また、脂肪酸、油脂、レシチン、アルコール類等の炭化水素類、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、尿素、硝酸ナトリウム等の窒素源、食塩、カリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等の無機塩類(例えば、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、モリブデン酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム、硫酸マンガン)、各種ビタミン類、アミノ酸類等を含むことができる。これらの成分含有量は、技術常識に従って調整することができる。
【0035】
培養条件は技術常識に従って適宜設定することができる。例えば、36~38℃、好ましくは36.5~37.5℃で、1~25% O2、1~15% CO2の条件下で行われる。
【0036】
前記した三次元培養を経て、涙腺の関連タンパクを発現する細胞集団(涙腺上皮細胞)を取得することができる。かかる細胞集団はオルガノイド(涙腺オルガノイド)であってもよい。
【0037】
本発明において、涙腺の関連タンパクとは、涙液中に分泌されて眼表面で機能する機能タンパクを含む。具体的には、例えば、LTF、LYZ、HTN1、MUC1、MUC4、MUC5AC、MUC5B、MUC6、MUC7、LACRT、sIgAが挙げられる。LTFは鉄結合性の糖タンパクであり、抗菌、抗ウイルス活性を有するタンパクである。LYZは真正細菌の細胞壁を分解するタンパクである。HTN1は抗菌活性を有しているタンパクであり、涙腺上皮細胞のマーカーとしても用いられる。MUCファミリーは眼表面の保水に関する糖タンパクである。LACRTは眼表面細胞の増殖に寄与する。sIgAは粘膜免疫において中心的な役割を担っている。これらのうち、少なくとも1つの発現が確認されることが好ましい。
【0038】
また、得られた細胞の遺伝子解析おいては、前記した機能タンパクに関するもの以外に、AQP5、SOX9、SOX10、RUNX1、KRT14、TFCP2L1、CNN1、BARX2、PAX6などの発現を確認することができる。本発明においては、これらのタンパクと前記機能タンパクを含めて、涙腺の関連タンパク又は涙腺関連タンパクと記載する。AQP5は細胞膜に存在する細孔を持ったタンパクであり、涙腺においては腺房細胞で涙液の水の供給を担っている代表的なタンパクの1つである。SOX9、SOX10は涙腺の発生に重要な役割を果たす転写因子で、FGF10からのシグナルの下流に位置し涙腺の発生に寄与する。特にSOX10は腺房細胞の分化に寄与する。RUNX1も涙腺の発生に重要な役割を果たすことが知られる転写因子である。KRT14は涙腺の発生の際に、涙腺上皮細胞において基底層側の細胞で発現が認められる細胞骨格を形成するタンパクであり、成熟涙腺においては筋上皮細胞のマーカーとしても利用される。TFCP2L1は涙腺の導管細胞の分化に必要な転写因子であり、CNN1は涙腺の筋上皮細胞で発現し、アクトミオシン系の収縮を制御するタンパク質である。また、BARX2は転写因子であり、KRT15と同様に、涙腺の分化過程において発現が顕著になるものであるが、その直接的なターゲットとしてMMP2を有しており、涙腺組織の分岐形成に寄与することが知られており、それらの発現も確認される場合もある。本発明においては、得られる細胞集団において発現が確認されるタンパクとしては、涙腺の関連タンパクであれば特に限定はなく、例えば、AQP5、LYZ、CNN1、BARX2、SOX9、SOX10、RUNX1、TFCP2L1、LTF及びHTN1から選ばれる1種以上が挙げられる。
【0039】
本発明はまた、前記の分化誘導方法において、三次元培養に供する細胞として、輪部幹細胞を用いる態様も提供するものである。即ち、本発明は、輪部幹細胞をEGF及びROCK阻害剤を含む培地中で三次元培養することにより、涙腺の関連タンパクを発現する細胞集団を作製する方法を提供する。輪部幹細胞は、これまで二次元培養により角膜上皮細胞に分化することは知られていたが、三次元培養により、涙腺上皮細胞に分化することは本発明者らが初めて見出したことである。前記輪部幹細胞の分化誘導においても、得られる細胞の成熟化を促すためにTGF-βを培地に含ませてもよい。
【0040】
輪部幹細胞としては、多能性幹細胞から別途分化誘導して得られたものであってもよいし、生体から採取したものであってもよく、必要により、精製など行ってから用いてもよい。生体から採取したものであれば、得られた細胞集団は拒絶反応を生じる恐れがないという利点がある。なお、使用する細胞が輪部幹細胞となる以外は、三次元培養の条件は前記と同様である。
【0041】
本発明の作製方法により得られた涙腺上皮細胞は、それ自体、研究、再生医療などに利用することができる。
【0042】
具体的には、例えば、本発明の作製方法により製造された涙腺上皮細胞は、例えば、オルガイノイドをそのまま移植することで、生体内でより成熟化し、より機能的な涙腺組織になることが期待される。また、オルガノイドを一旦ばらばらにして、細胞を懸濁液として投与することによって、涙腺組織の一部として生着させ、再生を促進することも期待される。したがって、本願発明には、本発明の作製方法により製造された涙腺上皮細胞を培養する工程を含む移植用涙腺上皮細胞オルガノイドの製造方法が含まれる。涙腺上皮細胞の培養は、前記した三次元培養と同様にして行うことができるので、移植後の生体内での成熟化を考慮して、前記三次元培養培地としてはTGF-βを含まないものを用いてもよい。
【0043】
また、本発明の作製方法により製造された涙腺上皮細胞は、生体を反映した涙腺関連タンパクを有することから、例えば、涙腺に関連する疾患の治療剤の薬効評価や発症メカニズムの解析などに大きな貢献をもたらすことができる。涙腺に関連する疾患(涙腺自体の異常に起因する疾患)としては、例えば、ドライアイ、シェーグレン症候群、GvHD、涙腺腫瘍等が挙げられる。
【0044】
具体的には、例えば、涙腺については、アクアポリン類(例えば、AQP5)の発現を上げることで涙液量が増加することが知られている。また、ラクトフェリン(LTF)量の減少とドライアイ症状に相関があることが知られていることから、ラクトフェリン等の涙液中の機能タンパク発現を上げることでドライアイ症状の緩和が期待される。よって、本発明により得られた涙腺オルガノイドを用いて、前記した涙腺関連タンパクの発現や活性を向上させる薬剤を選択することで、ドライアイ治療用薬剤のスクリーニングに好適に用いることができると考えられる。よって、本願発明には、本発明の作製方法により製造された涙腺上皮細胞を培養する工程を含む、涙腺に関連する疾患の薬剤スクリーニング方法が含まれる。前記培養工程は、涙腺上皮細胞の分化誘導時における三次元培養と同様にして行うことができるので、涙腺関連タンパクの発現を考慮して、前記三次元培養培地としてはTGF-βを含むものを用いてもよい。
【0045】
本発明のスクリーニング方法としては、前記培養工程を含むものであれば特に限定はなく、例えば、前記培養工程により得られた本発明の涙腺上皮細胞において、涙腺関連タンパクをコードする遺伝子の発現又は涙腺関連タンパクの活性を指標とし、発現の促進又は活性の促進をする物質を、涙腺に関連する疾患を治療するための候補化合物として選択する態様が挙げられる。具体的には、例えば、被験物質を接触させた本発明の涙腺上皮細胞において、涙腺関連タンパクをコードする遺伝子の発現量又は涙腺関連タンパクの活性値を測定し、被験物質を接触させない対照細胞における発現量又は活性値より向上している場合に、被験物質が涙腺に関連する疾患を治療するための候補化合物と選択することができる。
【0046】
またさらに、本発明の作製方法により製造された涙腺上皮細胞は、生体組織を反映したものであり涙液を分泌することから、例えば、試験管内などで本発明の作製方法により製造された涙腺上皮細胞オルガノイドから得られる涙液を回収して、新たな薬剤の構成成分として使用することも可能になる。よって、本願発明はまた、本発明の作製方法により製造された涙腺上皮細胞オルガノイドから得られる涙液を含有する、医薬組成物を提供する。かかる医薬組成物としては、例えば、涙液点眼剤、ドライアイ点眼剤、抗菌点眼剤、抗ウイルス点眼剤、抗アレルギー点眼剤、角膜治療点眼剤、ステロイド性抗炎症点眼剤、非ステロイド性抗炎症点眼剤、眼精疲労点眼剤、白内障点眼剤、緑内障点眼剤等が挙げられ、前記した涙液を含有するのであれば、その他の成分の配合や調製方法は公知技術に従って適宜調整することができる。
【実施例
【0047】
以下、実施例によって本発明を詳述するが、これらの実施例は本発明の一例であり、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以降において、室温とは25℃を示し、各培養は36~38℃で、1~25% O2、1~15% CO2の条件下で行った。
【0048】
実施例1 眼表面幹細胞の誘導
iPS細胞から眼周囲細胞の分化誘導には、self-formed ectodermal autonomous multi-zone(SEAM)法を用いた(Hayashi et al. Nature. 2016 Mar 17;531(7594):376-80., Hayashi et al., Nature Protocols, 2017, 12(4), 683-696, doi: 10.1038/nprot.2017.007)。
【0049】
具体的には、ラミニン511E8フラグメントにてコーティングしたプレートに、ヒトiPS細胞株(201B7)を100~700cells/cm2の密度で播種し、8~10日間、StemFit(登録商標)培地(味の素)で維持後、分化培地〔DM; 10% knockout serum replacement(KSR, Life Technologies)、1mM sodium pyruvate(Life Technologies)、0.1mM non-essential amino acids(Life Technologies)、2mM l-glutamine(Life Technologies)、1% penicillin-streptomycin solution(Life Technologies)及び55μM 2-mercaptoethanol(Life Technologies)を含有させたGMEM培地(Life Technologies)〕にて4週間培養した。次いで、分化培地〔CDM; 10~20ng/mL KGF(Wako)、10μM Y-27632(Wako)及び1% penicillin-streptomycin solutionを含有させたDM培地とCnT-20又はCnT-PR培地(EGF及びFGF2不含有、CELLnTEC Advanced Cell Systems)の1:1(v/v)混合培地〕にて4週間培養した後、維持培地〔CEM; 2% B27 Supplement(Life Technologies)、1% penicillin-streptomycin solution、10~20ng/mL KGF、10μM Y-27632を含有させたDMEM/F-12(2:1(v/v))培地(Life Technologies)〕に交換後さらに2週程度培養して分化誘導した。
【0050】
SEAMの誘導6週目に、ウェルをPBSで洗浄後4%PFAを用いて30分間室温で固定した。その後、5%NST (5% Normal Donkey Serum, 3% Tritonを含むTBS)でブロッキング後に、3日間1%NST (1% Normal Donkey Serum, 3% Tritonを含むTBS)で透過処理を行い、その後3日間、抗PAX6抗体(sc-53108)、抗BARX2抗体(sc-9128)を用いて1次抗体反応を行い、洗浄後、それぞれをAlexa Fluor 488, 568で標識した2次抗体を1時間処理して染色した。二次抗体反応の最後の10分間はHoechst 33342で核を染色した。結果を図1に示す。
【0051】
図1より、得られたSEAMは、第1層(図中の1st)、第2層(図中の2nd)、第3層(図中の3rd)、第4層(図中の4th)から成る4層構造であり、眼表面幹細胞(PAX6/BARX2共陽性細胞)は第3層、なかでも第2層に近い第3層部分に多く存在するものであることが分かった。
【0052】
実施例2 涙腺オルガノイドへの誘導
実施例1で得られたSEAMから、CD200-、SSEA4+、CD104+の眼表面幹細胞を回収した。
【0053】
得られた眼表面幹細胞を、50,000cells/spheroidで、DMEM/F-12にB27 Supplementを加えたものに、Y-27632 10μM、KGF 20ng/mLで添加した培地を用いて、PrimeSurface(登録商標)96Uプレート(住友ベークライト)に播種して1日間培養してspheroidを形成した(直径が約560μm)。次に、これをマトリゲルGFR(コーニング)の中に包埋し、さらにDMEM/F-12にB27 Supplementを加えたものに、Y-27632 10μM、EGF 10ng/mL、さらにTGF-β3 100ng/mLを添加した培地を用いて2週間培養を行った。結果を図2に示す。
【0054】
図2より、眼表面幹細胞から、腺様構造を有するオルガノイドが形成されていることが確認された。
【0055】
実施例3 涙腺オルガノイド誘導過程における遺伝子発現解析
実施例1と同様にして、ヒトiPS細胞をStemFitで10日間培養したサンプル(iPSC)、SEAM誘導後8~10週間で得られたSSEA4/CD104共陽性の画分をソートしたサンプル(Sort)、実施例2と同様にして、spheroidを形成させたサンプル(Spheroid)、オルガノイドを形成させたサンプル(Organoid)、それぞれをQIAzol Lysis Reagent(QIAGEN)を用いて回収し、qRT-PCRに供し、それぞれの段階での各種マーカー発現を評価した。結果を図3に示す。
【0056】
図3より、Organoidでは、涙腺上皮細胞に関連するマーカーが発現していることが確認された。特に、分化途中で高発現となることが知られるBARX2やKRT15がSpheroidで高発現であり、その後減少していることから、Spheroidに比べてOrganoidは分化が進んだ状態である。また、Organoidでは、PAX6が維持された状態で、SOX9、RUNX1、また機能タンパクであるHTN1が高発現であることから、分化が進んだ涙腺であることが示唆された。
【0057】
実施例4 涙腺オルガノイドの免疫蛍光染色
培養した涙腺オルガノイドをそのまま、あるいは4% PFAで固定処理したものの切片を、5%NST (5% Normal Donkey Serum, 3% Tritonを含むTBS)でブロッキング後に、抗PAX6抗体(sc-53108)、抗HTN1抗体(sc-28110)、抗CAL抗体(ab46794)で1次抗体反応を行い、洗浄後、Alexa Fluor 488、あるいは Alexa Fluor 568で標識した2次抗体を1時間処理して染色した。さらに二次抗体反応の最後の10分間はHoechst 33342で核を染色した。結果を図4に示す。
【0058】
図4より、オルガノイドでは、PAX6の発現が維持され、機能タンパクであるHTN1や筋上皮細胞のマーカーであるCAL等の涙腺細胞に発現しうるタンパクも確実に発現していることが確認された。
【0059】
実施例5 涙腺オルガノイドの誘導条件検討(成長因子の種類)
実施例2と同様にして三次元培養する際に、EGF 10ng/mLを添加した効果、さらには、Y-27632 10μMや、涙腺誘導に関与すると報告のあるKGF 20ng/mL、FGF10 100ng/mL、BMP7 100ng/mLを加えて培養を行った。結果を図5Aに示す。
【0060】
また、同様に、DMEM/F-12にB27 Supplement、EGF 10ng/mL、Y-27632 10μMを加えたものに、さらにTGF-β1、2、3それぞれ100ng/mLを加え、培養を行った。結果を図5Bに示す。
【0061】
図5Aより、涙腺誘導に関与すると知られていたKGF、FGF10、BMP7ではそれほど誘導が進行しなかったのに対し、EGF 10ng/mLとY-27632 10μMを加えた場合には誘導が顕著であった。これより、EGFとY-27632の組み合わせが有効であると示唆される。また、図5Bより、TGF-βは種類に関係なく、その涙腺構造をより成熟化させるものであることが分かった。
【0062】
実施例6 涙腺オルガノイドの誘導条件検討(TGF-β濃度)
実施例2と同様にして三次元培養する際に、EGF 10ng/mL、Y-27632 10μMを加えた培地に、TGF-β3をそれぞれ4ng/mL、20ng/mL、100ng/mLで加えて培養を行った。結果を図6Aに示す。
【0063】
また、サンプルをQIAzolで回収し、実施例3と同様にして各種遺伝子発現解析を行った。代表的な結果を図6Bに示す。
【0064】
図6A及びBより、TGF-βは4ng/mLでもある程度成熟化が進行しており、その添加濃度に応じて、成熟化が進行することが示唆された。
【0065】
実施例7 涙腺オルガノイドの誘導条件検討(コロニー形状)
実施例2で回収したCD200-、SSEA4+、CD104+の眼表面幹細胞を、100~200cells/well(12well plate)で播種し、DMEM/F-12に2% B27 Supplementと20ng/mL KGFと10μM Y-27632を添加した培地で29日間培養した。コロニー形成の様子をタイムラプスで撮影したものを図7Aに示す。
【0066】
図7Aより、コロニーの形状には2種類(フラット型:F、ドーム型:D)の形があり、培養期間とともに、そのコロニーの形状は徐々にフラット型になっていくことが示された(図7Bは全コロニーにおけるドーム型のコロニーの割合を示す)。また、形成されたコロニーをピックアップし、マトリゲルGFR(コーニング)の中に包埋し、DMEM/F-12にB27 Supplementを加えたものに、Y-27632 10μM、EGF 10ng/mLを添加した培地を用いて三次元培養を行うと、フラット型コロニーは球体(Spheroid)のままで涙腺様構造をとる確率が低いのに対し、ドーム型コロニーは有意に涙腺様構造(Branch)をとる確率が高かった(図7C)。これらのことから、ドーム型のコロニーの方が涙腺様構造を形成しやすい性質を持っていることが推察された。
【0067】
実施例8 ヒト輪部幹細胞の涙腺オルガノイドへの誘導
ヒト輪部幹細胞を、iMatrix-511でコートしたディッシュに播種し、DMEM/F-12にB27 Supplementを加えたものに、KGF 20ng/mL、Y-27632 10μMを加えたもので16日間二次元培養した(Sheet)。また、ヒト輪部幹細胞20,000cellsを用いて、実施例2と同様にして形成したspheroidをマトリゲルGFRの中に包埋し、DMEM/F-12にB27 Supplementを加えたものに、EGF 10ng/mL、Y-27632 10μMを加えたもの(YE)、さらにTGF-β3 100ng/mLを加えたもの(YET3)でそれぞれ三次元培養を行った。結果を図8Aに示す。
【0068】
また、サンプルをQIAzolで回収し、実施例3と同様にして各種遺伝子発現解析を行った。代表的な結果を図8Bに示す。
【0069】
図8A及びBより、二次元的に培養をすると角膜上皮細胞シートが形成されるところ、三次元的に培養することでヒト輪部幹細胞から腺様構造を有するオルガノイドが形成されることが分かった。また、涙腺上皮細胞に関連するマーカーもYE、YET3と処理を変えることで段階的により発現が増強され、成熟化が促進されることが確認された。
【0070】
実施例9 ヌードラットへの移植実験と移植片の解析
F344/NJcl-rnu/rnu(ヌードラット)5週齢、メスの左眼窩外涙腺を摘出し、その場所へ、iPS細胞由来眼表面幹細胞50,000cellsからDMEM/F-12にB27 Supplement、EGF 10ng/mL、Y-27632 10μMを加えた培地で25日間培養を行って誘導した涙腺オルガノイドを移植した。34日後に安楽殺後、移植片(図9A、B、C)を摘出して解析を行った。
【0071】
先ず、移植片はOCTコンパウンドに包埋し、10%中性緩衝ホルマリン液で固定後、HE染色を行った(図9D)。
【0072】
また、移植片の切片を、5%NST (5% Normal Donkey Serum, 3% Tritonを含むTBS)でブロッキング後に、抗AQP5抗体(sc-9890)、抗LTF抗体(ab15811)、抗HTN1抗体(sc-28110)で1次抗体反応を行い、洗浄後、Alexa Fluor 488、あるいは Alexa Fluor 568で標識した2次抗体を1時間処理して染色した。さらに二次抗体反応の最後の10分間はHoechst 33342で核を染色した(図10A)。
【0073】
移植片の抽出液をhLTF ELISA(ab108882)に供し、ヌードラット涙腺の抽出液(NC)と水(Water)を比較対象として、移植片中に含まれるhLTFタンパクの量を測定した(図10B)。
【0074】
iPS細胞由来の涙腺オルガノイドは、移植後においても涙腺組織の主要な機能タンパクを発現しており、再生医療への適用可能性が十分示唆されるものであった。
【0075】
実施例10 ES細胞から涙腺オルガノイドへの誘導
実施例1、2と同様にして、オルガノイドを形成させた。具体的には、ヒトES細胞(KhES-1)を用いて実施例1と同様にしてSEAM細胞集団を調製し、実施例2と同様にして眼表面幹細胞を取得後、得られた眼表面幹細胞を、100,000cells/spheroidで、DMEM/F-12にB27 Supplementを加えたものに、Y-27632 10μM、KGF 20ng/mLで添加した培地を用いて、PrimeSurface(登録商標)96Uプレートに播種して1日間培養してspheroidを形成した。次に、これをマトリゲルGFRの中に包埋し、さらにDMEM/F-12にB27 Supplementを加えたものに、Y-27632 10μM、EGF 10ng/mLを添加した培地を用いて2週間培養を行い、Day1、day3、Day14にて明視野の写真を撮影した。結果を図11に示す。
【0076】
図11より、ES細胞由来眼表面幹細胞からも、腺様構造を有するオルガノイドが形成されていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明により、iPS細胞を含む多能性幹細胞から涙腺オルガノイドを製造することができることから、細胞医療による涙腺に関連する疾患の再生治療や前記疾患に関連する研究に極めて有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
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図8
図9
図10
図11