(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-01
(45)【発行日】2022-02-09
(54)【発明の名称】生体膜ホスホイノシタイドの分離方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20220202BHJP
B01J 20/285 20060101ALI20220202BHJP
G01N 30/02 20060101ALI20220202BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20220202BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20220202BHJP
【FI】
G01N30/88 E
B01J20/285 N
G01N30/02 N
G01N30/06 E
G01N30/72 C
(21)【出願番号】P 2020545914
(86)(22)【出願日】2019-08-30
(86)【国際出願番号】 JP2019034134
(87)【国際公開番号】W WO2020054462
(87)【国際公開日】2020-03-19
【審査請求日】2020-12-15
(31)【優先権主張番号】P 2018168584
(32)【優先日】2018-09-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100205981
【氏名又は名称】野口 大輔
(72)【発明者】
【氏名】松本 恵子
(72)【発明者】
【氏名】嶋中 雄太
(72)【発明者】
【氏名】河野 望
(72)【発明者】
【氏名】新井 洋由
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-194363(JP,A)
【文献】特開平04-135457(JP,A)
【文献】田口 良,脂質メタボロームのための基盤技術の構築とその適用,国立研究開発法人 科学技術振興機構 CREST平成21年度実績報告,日本,[オンライン],2009年,P1-15,[検索日 2019.11.5],https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/report/heisei18/pdf/pdf08/08_1/002.pdf,インターネット:<URL:https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/report/heisei18/pdf/pdf08/08_1/002.pdf>
【文献】高橋政友、その他,超臨界流体クロマトグラフィー/質量分析を用いたメタボリックプロファイリング,日本農薬学会誌,日本,[オンライン],2016年,[検索日 2011.11.5],41(2),P260-266,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpestics/41/2/41_W16-26/_pdf,インターネット:<URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpestics/41/2/41_W16-26/_pdf>
【文献】松原惇起,その他,メタボロミクスにおける超臨界クロマトグラフィーの可能性,公益社団法人 日本生物工学会[オンライン],[検索日 2011.11.05]第10号,日本,2010年,P529-531,https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/8810_tokushu_5.pdf,インターネット:<URL:https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/8810_tokushu_5.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00-30/96
B01J 20/285
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
β-シクロデキストリンを含む分離媒体が内部に充填された分離カラムを有する超臨界流体クロマトグラフの分析流路中に複数種類の生体膜ホスホイノシタイドを含む試料を注入し、超臨界流体クロマトグラフィーによって前記複数種類の生体膜ホスホイノシタイドを互いに分離する分離ステップを備える生体膜ホスホイノシタイドの分離方法。
【請求項2】
前記複数種類の生体膜ホスホイノシタイドが、生体膜ホスホイノシタイドの複数の異性体を含む、請求項1に記載の分離方法。
【請求項3】
前記複数の異性体が、PI(3)P、PI(4)P、PI(5)P、PI(3,4)P
2、PI(3,5)P
2、PI(4,5)P
2、PI(3,4,5)P
3のいずれかである、請求項2に記載の分離方法。
【請求項4】
前記分離ステップの前に、前記複数種類の生体膜ホスホイノシタイドのリン酸基をトリメチルシリル-ジアゾメタンによって誘導体化する誘導体化ステップを備え、
前記分離ステップの後、前記分離カラムで分離された前記複数種類の生体膜ホスホイノシタイドをそれぞれ質量分析計により検出する検出ステップを備えている、請求項1に記載の分離方法。
【請求項5】
前記分離ステップでは、ギ酸メタノール水溶液をモディファイアとして用いる、請求項1に記載の分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスファチジルイノシトールのイノシトール環の3,4,5位水酸基がリン酸化を受けたリン脂質である生体膜ホスホイノシタイドの分離方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図1に示されているように、ホスホイノシタイド(以下、PIPs)には、リン酸化を受けた数や位置が互いに異なるPI(3)P、PI(4)P、PI(5)P、PI(3,4)P
2、PI(3,5)P
2、PI(4,5)P
2、PI(3,4,5)P
3の7種が存在する。
【0003】
ジアシルグリセロール(DG)が同一である場合に、PI(3)P、PI(4)P、PI(5)Pの3種、PI(3,4)P2、PI(3,5)P2、PI(4,5)P2の3種はそれぞれ異性体であり同一の質量をもつため、7種のPIPsを個別に定量するためには、上記の異性体をクロマトグラフィーによって分離する必要がある。
【0004】
しかしながら、PIPsの異性体をクロマトグラフィーによって分離するメソッドは確立されていない。そのため、これまでは、PIPsの異性体を分離せずに一纏めで定量する方法や、PIPsのジアシルグリセロールを切断(脱アシル化)し、イノシトール環部分を使って異性体を分離する方法が採られていた(非特許文献1、2を参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】質量分析計を用いたイノシトールりん脂質の一斉定量分析法の開発 中西広樹、佐々木純子、佐々木雄彦ら 脂質生化学研究 Vol.54, P88-89, 2012
【文献】微量脂質成分測定のための質量分析技術の現状 田口良、中西広樹 実験医学 Vol.28, No.20(増刊), 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
PIPsの異性体を分離せずに一纏めで定量する方法では、PI(3)P、PI(4)P、PI(5)PをPIP1として、PI(3,4)P2、PI(3,5)P2、PI(4,5)P2をPIP2として、ジアシルグリセロール(DG)の種類の違いごとの定量がなされる。そのため、異性体ごとの定量を行なうことができない。
【0007】
また、PIPsを脱アシル化し、イノシトール環部分を使って異性体を分離する方法では、イノシトール環部分ごとの定量を行なうことができる一方で、DGに関する情報を得ることができない。
【0008】
本発明の目的は、PIPsを脱アシル化することなくPIPsの異性体を分離することが可能な分離方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、担体にβ-シクロデキストリンを結合させた分離媒体が充填された分離カラムを用いた超臨界流体クロマトグラフィーによって、脱アシル化を行なうことなくPIPsの異性体を分離することができることを見出した。これは、液体クロマトグラフィーに比べて分子形状認識能が高い超臨界クロマトグラフィーにおいて、分離媒体としてβ-シクロデキストリンを含むものを用いることで、
図4に示されているように、PIPsに対して疎水的相互作用、水素結合、包接、静電気的相互作用など複数種の作用が働き、これまで分離の困難であった非脱アシル化状態のPIPsの異性体が互いに分離されるものと考えられる。なお、
図4のR
1はアルキル基と極性基からなるスペーサである。
【0010】
すなわち、本発明に係るPIPsの分離方法は、β-シクロデキストリンを含む分離媒体が内部に充填された分離カラムを有する超臨界流体クロマトグラフの分析流路中に複数種類のPIPsを含む試料を注入し、超臨界流体クロマトグラフィーによって前記複数種類のPIPsを互いに分離する分離ステップを備えているものである。
【0011】
したがって、本発明の分離方法は、PIPsの複数の異性体を含む試料の分離に適している。
【0012】
前記複数の異性体とは、PI(3)P、PI(4)P、PI(5)P、PI(3,4)P2、PI(3,5)P2、PI(4,5)P2、PI(3,4,5)P3のいずれかである。
【0013】
前記分離ステップの前に、試料中に含まれる前記複数種類のPIPsのリン酸基をトリメチルシリル-ジアゾメタンによって誘導体化する誘導体化ステップを備え、前記分離ステップの後、前記分離カラムで分離された前記複数種類のPIPsをそれぞれ質量分析計により検出する検出ステップを備えていることが好ましい。そうすれば、β-シクロデキストリンを含む分離媒体が内部に充填された分離カラムを経て分離された異性体を含む各PIPsを質量分析計によって定量分析することができるので、試料中に含まれる複数種類のPIPsの個別定量を実現することができる。
【0014】
前記分離ステップでは、ギ酸メタノール水溶液をモディファイアとして用いることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るPIPsの分離方法は、β-シクロデキストリンを含む分離媒体が内部に充填された分離カラムを有する超臨界流体クロマトグラフの分析流路中に複数種類のPIPsを含む試料を注入し、超臨界流体クロマトグラフィーによって前記複数種類のPIPsを互いに分離する分離ステップを備えているので、脱アシル化を行なうことなくPIPsの異性体を分離することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】ホスファチジルイノシトール及び各PIPsの構造を示す構造式である。
【
図2】超臨界流体クロマトグラフの構成を示す流路構成図である。
【
図3】PIPsの分離方法の一実施例を示すフローチャートである。
【
図4】β-シクロデキストリンを含む分離媒体とPIPsとの間の相互作用を説明するための図である。
【
図5】同実施例の分離方法によって得られた質量分析計の信号に基づくクロマトグラムの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明に係るPIPsの分離方法の一実施例について説明する。
【0018】
この実施例の分離方法は超臨界流体クロマトグラフ(以下、SFC)を用いて実施する。この実施例で用いるSFCは、
図2に示されているように、分析流路2中において二酸化炭素とモディファイアを送液するための送液ポンプ4、6と、二酸化炭素とモディファイアの混合流体が流れる分析流路2中に試料を注入するための試料注入部8と、試料注入部8により注入された試料を分離するための分離カラム10と、少なくとも分離カラム10を流れる二酸化炭素が超臨界状態となるように分析流路2内の圧力を所定圧力に制御する背圧制御器(BPR)12と、感度良く検出するためのメイクアップを送液するポンプ15と、BPR12の後段側に設けられた質量分析計(MS)14と、を備えている。
【0019】
図示は省略されているが、分離カラム10はカラムオーブン内に収容されており、設定された温度に一定に制御される。分離カラム10は、有機物を包接し得るシクロデキストリンがシリカ担体に結合されている分離媒体が充填されたものであり、例えば、信和化工株式会社製のULTRON AF-HILIC-CDを用いることができる。
【0020】
上記のSFCで複数種類のPIPsを含む試料の分離分析を可能にするために、試料中のPIPsのリン酸基を誘導体化し、MS14によって各PIPsを検出可能な状態にする。
【0021】
誘導体化の処理は、例えば以下の(1)~(5)の手順により行なうことができる。
(1)PIPsを含む試料溶液に2M トリメチルシリル-ジアゾメタンヘキサン溶液を添加する。
(2)2M トリメチルシリル-ジアゾメタンヘキサン溶液の添加された試料溶液を室温で一定時間(例えば10分間)放置し、誘導体化反応を行なう。
(3)窒素雰囲気下で試料溶液に氷酢酸を添加し、誘導体化反応を停止させる。
(4)所定の洗浄液(例えば、クロロホルム:メタノール:水=8:4:3の混合液)を試料溶液に添加して混合した後、遠心分離して下層を回収する。同様の洗浄を複数回繰り返してもよい。最後に試料溶液にメタノール:水=9:1の溶液を添加する。
(5)窒素雰囲気下で試料溶液を乾固する。その後、試料に所定量のメタノールを添加し、超音波で溶解させる。さらに所定量の水を試料に添加する。
【0022】
上記のようなPIPsの誘導体化は、論文「Quantification of PtdInsP3 molecular species in cells and tissues by mass spectrometry Jonathan Clark, Karen E Anderson, Veronique Juvin, Trevor S Smith, Fredrik Karpe, Michael J O Wakelam, Len R Stephens & Phillip T Hawkins」に開示されている。
【0023】
超臨界流体クロマトグラフィーのモディファイアとしては、0.1%ギ酸メタノールと水の混合液(例えば、ギ酸メタノール:水=97.5:2.5)を用いることができる。また、モディファイアとしてギ酸又はギ酸アンモニウムを含むメタノール(例えば、0.1%ギ酸メタノール)を用いることができる。
【0024】
すなわち、この実施例のPIPsの分離方法は、
図3のフローチャートに示されているように、上述の誘導体化処理を実施した後(ステップS1)、試料注入部8によって試料をSFCの分析流路2中に注入し(ステップS2)、シクロデキストリンがシリカ担体に結合されている分離媒体が充填された分離カラム10によってPIPsの異性体を分離する(ステップS3)。さらに、分離カラム10で分離された各PIPsを順次、MS14に導入して検出する(ステップS4)。
【0025】
図5は、PI(3)P、PI(4)P、PI(5)P、PI(3,4)P
2、PI(3,5)P
2、PI(4,5)P
2、PI(3,4,5)P
3の7種のPIPsを含む試料を、上記実施例の方法を用いて分析して得られたクロマトグラムであり、横軸は時間、縦軸は信号強度である。この分析では、分離カラム10として信和化工株式会社製のULTRON AF-HILIC-CD(内径4.6mm、長さ250mm)を用い、分離カラム10の設定温度を4℃とした。また、モディファイアとして0.1%ギ酸メタノールと水の混合液(例えば、ギ酸メタノール:水=97.5:2.5)を用い、移動相中におけるモディファイア濃度を、0-7分の時間帯で5%、7.01-10分の時間帯で30%、10.01-16分までの時間帯で5%と時間ごとに変化させた。移動相の流量を3mL/min、メイクアップの流量を0.1mL/minとし、BPR12の設定圧力を10MPaとした。
【0026】
図5のクロマトグラムから、互いに異性体であるPI(3)P、PI(4)P、PI(5)Pの3種、PI(3,4)P
2、PI(3,5)P
2、PI(4,5)P
2の3種がそれぞれ分離していることがわかる。PI(3)P、PI(4)P、PI(5)Pの3種、PI(3,4)P
2、PI(3,5)P
2、PI(4,5)P
2の3種はそれぞれ同じ質量をもっているが、SFCによって分離されているため、各異性体をMS14によって個別に検出して定量することが可能である。
【0027】
以上のことから、シクロデキストリンがシリカ担体に結合されている分離媒体が充填された分離カラムをもつSFCとMSとの組合せにより、7種のPIPsの個別定量が可能であることがわかる。
【符号の説明】
【0028】
2 分析流路
4,6,15 送液ポンプ
8 試料注入部
10 分離カラム
12 背圧制御器(BPR)
14 質量分析計(MS)