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特許7017752超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた低雑音マイクロ波増幅器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-01
(45)【発行日】2022-02-09
(54)【発明の名称】超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた低雑音マイクロ波増幅器
(51)【国際特許分類】
   H03D 7/00 20060101AFI20220202BHJP
   H03F 1/26 20060101ALI20220202BHJP
   H03F 3/66 20060101ALI20220202BHJP
【FI】
H03D7/00 Z
H03F1/26
H03F3/66
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2017184211
(22)【出願日】2017-09-25
(65)【公開番号】P2019062318
(43)【公開日】2019-04-18
【審査請求日】2020-08-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)2017年7月17日から21日に開催された17th International Workshop on Low Temperature Detectors組織委員会主催の17th International Workshop on Low Temperature Detectors学会のポスターセッションにおいて、題「Investigation of SIS Up-Converters for Use in Multi-Pixel Receivers」で発表した。 (2)2017年8月25日に発行された応用物理学会主催の第78回応用物理学会秋季学術講演会の予稿集において、講演番号[7a-S43-9]、題「SIS接合による正利得・低雑音周波数アップコンバージョン」として公開した。 (3)2017年8月25日に発行された応用物理学会主催の第78回応用物理学会秋季学術講演会の予稿集において、講演番号[7a-S43-10]、題「SIS接合を用いた内部 LO注入型マイクロ波電力増幅」として公開した。
(73)【特許権者】
【識別番号】301022471
【氏名又は名称】国立研究開発法人情報通信研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100095337
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100174425
【弁理士】
【氏名又は名称】水崎 慎
(74)【代理人】
【識別番号】100203932
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 克宗
(72)【発明者】
【氏名】鵜澤 佳徳
(72)【発明者】
【氏名】小嶋 崇文
【審査官】志津木 康
(56)【参考文献】
【文献】特公昭49-033207(JP,B1)
【文献】特開平08-111547(JP,A)
【文献】米国特許第03237017(US,A)
【文献】特開平02-030203(JP,A)
【文献】特開平10-041763(JP,A)
【文献】斎藤 成文,講座 パラメトリック増幅器,航空学会誌,日本,1962年08月,第10巻、第103号,14-20
【文献】Hawal Rashid,THz Frequency Up-Conversion using Superconducting Tunnel Junction,IEEE Microwave and Wireless Components Letters,米国,IEEE,2016年10月,VOL.26,N0.10,831-833
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03D7/00-H03D9/06
H03F1/00-H03F1/56
H03F7/00-H03F7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた2つの準粒子ミキサを縦列に接続した回路を備え、
第1準粒子ミキサで第1準粒子ミキサへの入力信号の2倍以上の周波数の第1局部発振信号を用いて行う第1周波数混合と、第2準粒子ミキサで第2準粒子ミキサへの入力信号の2倍以下の周波数の第2局部発振信号を用いて行う第2周波数混合とを含み、第1周波数混合および第2周波数混合で生じた複数の信号から第1周波数混合および第2周波数混合を受ける前の信号の周波数帯以下の周波数帯の信号を出力することで、周波数コンバージョンによる変換利得を用いて信号増幅を行い、
上記2つの準粒子ミキサは、共通の基板上に設けられたものであり、
該基板上には、さらに単数または複数のジョセフソン発振器が設けられ、
上記第1局部発振信号は、第1ジョセフソン発振器からの信号であり、
上記第2局部発振信号は、第1あるいは第2ジョセフソン発振器からの信号であることを特徴とする超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた低雑音マイクロ波増幅器。
【請求項2】
超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた2つの準粒子ミキサを縦列に接続した回路を備え、
第1準粒子ミキサで第1準粒子ミキサへの入力信号の2倍以上の周波数の第1局部発振信号を用いて行う第1周波数混合と、第2準粒子ミキサで第2準粒子ミキサへの入力信号の2倍以下の周波数の第2局部発振信号を用いて行う第2周波数混合とを含み、第1周波数混合および第2周波数混合で生じた複数の信号から第1周波数混合および第2周波数混合を受ける前の信号の周波数帯以下の周波数帯の信号を出力することで、周波数コンバージョンによる変換利得を用いて信号増幅を行い、
複数の準粒子ミキサから1つを選択する選択手段を備え、
上記選択手段で選択された準粒子ミキサと、上記複数の準粒子ミキサ以外の他の準粒子ミキサと、の2つの準粒子ミキサを縦列に接続したもので、
上記複数の準粒子ミキサの各々の出力を選択的に上記他の準粒子ミキサで読み出すものであることを特徴とする超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた低雑音マイクロ波増幅器。
【請求項3】
上記2つの準粒子ミキサは、共通の基板上に設けられたものであり、
該基板上には、さらに単数または複数のジョセフソン発振器が設けられ、
上記第1局部発振信号は、第1ジョセフソン発振器からの信号であり、
上記第2局部発振信号は、第1あるいは第2ジョセフソン発振器からの信号であることを特徴とする請求項2に記載の超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた低雑音マイクロ波増幅器。
【請求項4】
上記回路に加えて濾波器を備え、
第1周波数混合および第2周波数混合で生じた複数の信号から第1周波数混合および第2周波数混合を受ける前の信号の周波数帯以下の周波数帯の信号を濾波器で抽出することで、周波数コンバージョンによる変換利得を用いて信号増幅を行うことを特徴とする請求項1から3のいずれか1つに記載の超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた低雑音マイクロ波増幅器。
【請求項5】
信号入力側に第1準粒子ミキサ、信号出力側に第2準粒子ミキサを設け、第1準粒子ミキサと第2準粒子ミキサとの間には、第2準粒子ミキサから第1準粒子ミキサへ進む信号を抑制するアイソレータを設け、
第1準粒子ミキサで用いる第1局部発振信号と、第2準粒子ミキサで用いる第2局部発振信号は、それぞれの準粒子ミキサの高周波数側の入力端または出力端から印加するものであることを特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた低雑音マイクロ波増幅器。
【請求項6】
第1局部発振信号と第2局部発振信号とは、共通の信号源からの信号であって、上記第1周波数混合および第2周波数混合による周波数増減が打ち消された信号成分を出力するものであることを特徴とする請求項1から5のいずれか1つに記載の超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた低雑音マイクロ波増幅器。
【請求項7】
第1準粒子ミキサ側で周波数アップコンバージョンを、かつ第2準粒子ミキサ側で周波数ダウンコンバージョンを行うものであって、
第1局部発振信号は第1準粒子ミキサと上記アイソレータ間で印加し、
第2局部発振信号は、上記アイソレータと第2準粒子ミキサ間で印加されたものであるか、あるいは、第1局部発振信号が上記アイソレータを透過した信号である、
ことを特徴とする請求項5に記載の超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた低雑音マイクロ波増幅器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、超伝導体-絶縁体-超伝導体(SIS)接合を用いたアップコンバータとダウンコンバータを直列に接続して構成した低雑音マイクロ波増幅器に関する。
【背景技術】
【0002】
低雑音電磁波増幅器は、様々な分野で用いられており、例えば電波天文分野では、宇宙からの微弱な電波を観測するために、観測信号の直接増幅やヘテロダイン変換した中間周波信号の増幅に用いられている。また、低雑音電磁波増幅器は、量子ビットの研究分野においても量子ビット回路からの微弱信号の検出に用いられており、電波天文分野と同様に極めて低雑音な性能が要求されている。これらの分野においては、極低温で動作し広帯域特性を有する半導体を用いた増幅器が主に用いられている。
【0003】
しかし、電波天文分野では、近年、観測装置の多ピクセル化が進んでおり、ピクセル毎に増幅器が必要となる。この際、低雑音電磁波増幅器の冷却に用いる冷凍機の冷凍能力によるピクセル数への強い制約があり、消費電力の大きい半導体デバイスを用いる場合には、この制約が問題になる。
【0004】
また、量子ビットの研究分野においても、超伝導量子ビットは極低温動作が必要であり、その低温環境を維持するため、増幅器の消費電力は極めて低いことが要求されており、上記と同様の制約がある。これについては、超伝導SQUID増幅器やジョセフソンパラメトリック増幅器が開発されているが、ダイナミックレンジが低い事や動作帯域が狭い事などの問題がある。
【0005】
上記の半導体を用いた電磁波増幅器、超伝導SQUID増幅器、ジョセフソンパラメトリック増幅器については、例えば、下記の開示がある。
非特許文献1(IEEE ELECTRON DEVICE LETTERS(スウェーデン), 第33巻, 2012年5月,pp. 664-666)には、インジウムリン(InP)系高電子移動度トランジスタ(HEMT)を用いた冷却低雑音半導体増幅器が記載されている。このデバイスでは、従来のガリウム砒素(GaAs)系HEMTよりも低消費電力低雑音動作を可能にしている。記載されている消費電力は動作最小値で0.33mW、性能最適値で4mWである。
また、非特許文献2(IEEE Trans. MTT(米国), 第64巻、2016年1月、p.178-p.187)には、シリコンゲルマニウム(SiGe)ヘテロ接合バイポーラトランジスタを用いた冷却低雑音半導体増幅器が記載されている。このデバイスでは、コレクタ―エミッタ間の電圧を極小化することで、低消費電力動作を可能にしている。消費電力は0.3mWである。
また、非特許文献3(Nature Physics(米国)、第8巻、2012年8月、p.623-p.627)には、NbTiNコプレーナ導波路を用いた超伝導パラメトリック増幅器が記載されている。このデバイスは、カイネティックインダクタンスの非線形効果を用いるものであり、この動作のためには、0.1ケルビン以下の冷却が必要である。
また、非特許文献4(IEEE Trans. Appl. Supercond.、第2巻、1992年6月、p.79-p.83)には、超伝導量子干渉素子を用いた超伝導増幅器が記載されている。このデバイスでは入力回路のインダクタンスが大きいため、動作周波数帯域が狭い、という特徴がある。
また、非特許文献5(Science(米国),第350巻, 2015年10月,pp. 307-310)には、ジョセフソン接合を用いた超伝導パラメトリック増幅器が記載されている。このデバイスはジョセフソン電流の非線形リアクタンスの効果を用いるものであり、動作温度は30mKである。
【0006】
また、パラメータ励振ミキサ回路やトンネルダイオードを用いたミキサ回路で構成したアップコンバータとダウンコンバータとを、一つずつ縦列にまたは縦つなぎにつないだ増幅器が特許文献1(米国特許第3237017号明細書)に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】米国特許第3237017号明細書
【非特許文献】
【0008】
【文献】IEEE ELECTRON DEVICE LETTERS(スウェーデン), 第33巻, 2012年5月,pp. 664-666
【文献】IEEE Trans. MTT(米国), 第64巻、2016年1月、p.178-p.187
【文献】Nature Physics(米国)、第8巻、2012年8月、p.623-p.627
【文献】IEEE Trans. Appl. Supercond.、第2巻、1992年6月、p.79-p.83
【文献】Science(米国),第350巻, 2015年10月,pp. 307-310
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、増幅器としての雑音温度が低く、周波数帯域が広帯域であり、かつ複数の増幅器を搭載する場合も超低消費電力特性を示すことで冷却や低温維持が容易である低雑音増幅器を実現するものである。
【0010】
このためには、低雑音増幅器が低発熱であること、またその動作温度域は冷却が困難な温度域でないことが求められていた。これは、従来の開示を用いたものでは不可能であった。つまり、従来の半導体増幅器の場合、例えばトンネルダイオードを用いる場合は、直流印加電力による発熱があり、極低温ステージへ搭載可能な増幅器数を制限せざるを得ない。また、従来の超伝導増幅器はデバイス自体の消費電力は低いが100mK以下での動作が想定されており、高い冷却能力を有する希釈冷凍機などが必要になる。このためシステムが大型化し、システム運用に大きな電力が必要になるなどの課題が生じる。大きな電力が必要な場合、たとえば、天体観測サイトは衛星・高山・砂漠・南極などの電力インフラの限られた場所が多く、使用が困難になる場合が多い。
【0011】
また、非特許文献3や非特許文献5に記載の超伝導増幅器では広帯域性が謳われているが、最も利得が得られるパラメータ励振用のポンプ周波数付近でポンプ用の信号成分を抑圧するために、周波数フィルタを用いる必要があり、実際に使用できる周波数帯域が制限されるという問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の超伝導体-絶縁体-超伝導体接合を用いた低雑音マイクロ波増幅器は、超伝導体-絶縁体-超伝導体(SIS)接合を用いた2つの準粒子ミキサ(周波数混合器)を縦列に接続した回路を備え、
第1準粒子ミキサで第1準粒子ミキサへの入力信号の2倍以上の周波数の第1局部発振信号を用いて行う第1周波数混合と、第2準粒子ミキサで第2準粒子ミキサへの入力信号の2倍以下の周波数の第2局部発振信号を用いて行う第2周波数混合とを含み、第1周波数混合および第2周波数混合で生じた複数の信号から第1周波数混合および第2周波数混合を受ける前の信号の周波数帯以下の周波数帯の信号を出力することで、周波数コンバージョンによる変換利得を用いて信号増幅を行うことを特徴とする。
本発明のこの組み合わせにおける動作上の特徴は、ダウンコンバージョンに限らず、アップコンバージョンにおいても信号増幅が行われることにも従来にない特徴がある。これは、SISを用いた周波数コンバージョンがミリ波・サブミリ波を受信するためのダウンコンバージョンに用いられてきたためであり、SISによるアップコンバージョンを用いたマイクロ波装置は、これまで報告されていない。
【0013】
また、本発明は、上記の回路に加えて濾波器を備え、
第1周波数混合および第2周波数混合で生じた複数の信号から第1周波数混合および第2周波数混合を受ける前の信号の周波数帯以下の周波数帯の信号を濾波器で抽出することで、周波数コンバージョンによる変換利得を用いて信号増幅を行うことを特徴とする。
【0014】
信号入力側に第1準粒子ミキサ、信号出力側に第2準粒子ミキサを設け、第1準粒子ミキサと第2準粒子ミキサとの間には、第2準粒子ミキサから第1準粒子ミキサへ進む信号を抑制するアイソレータを設け、
第1準粒子ミキサで用いる第1局部発振信号と、第2準粒子ミキサで用いる第2局部発振信号は、それぞれの準粒子ミキサの高周波数側の入力端または出力端から印加するものであることを特徴とする。
【0015】
また、第1局部発振信号と第2局部発振信号とは、共通の信号源からの信号であって、上記第1周波数混合および第2周波数混合による周波数増減が打ち消された信号成分を出力するものであることを特徴とする。
【0016】
また、第1準粒子ミキサ側で周波数アップコンバージョンを、かつ第2準粒子ミキサ側で周波数ダウンコンバージョンを行うものであって、
第1局部発振信号は第1準粒子ミキサと上記アイソレータ間で印加し、
第2局部発振信号は、上記アイソレータと第2準粒子ミキサ間で印加されたものであるか、あるいは、第1局部発振信号が上記アイソレータを透過した信号である、ことを特徴とする。
【0017】
また、上記2つの準粒子ミキサは、共通の基板上に設けられたものであり、
該基板上には、さらに単数または複数のジョセフソン発振器が設けられ、
上記第1局部発振信号は、第1ジョセフソン発振器からの信号であり、
上記第2局部発振信号は、第1あるいは第2ジョセフソン発振器からの信号であることを特徴とする。
【0018】
また、複数の準粒子ミキサから1つを選択する選択手段を備え、
上記選択手段で選択された準粒子ミキサと、上記複数の準粒子ミキサ以外の準粒子ミキサと、の2つの準粒子ミキサを縦列に接続したもので、
上記複数の準粒子ミキサの各々の出力を選択的に上記他の準粒子ミキサで読み出すものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
上記の様に、本発明は、これまで超低雑音の周波数ダウンコンバータとして広く利用されてきた超伝導体-絶縁体-超伝導体(SIS)接合型ミキサを超低雑音の周波数アップコンバータおよび周波数ダウンコンバータを用い、変換利得が得られる設定で動作させることでともに増幅作用のあるアップコンバータとダウンコンバータとして組み合わせることで、超低雑音の増幅器にしている。
【0020】
SISミキサを増幅素子としているため、SISミキサと同等の広い動作周波数帯域幅を有し、半導体に比べて極めて低い消費電力動作が可能である。また動作温度は、SISミキサの低雑音動作が可能となる超伝導材料の臨界温度の半分程度となる。これらにより本増幅器を冷凍機へ搭載する際に、冷凍機への熱的負荷が激減する。また、本増幅器はSISミキサの周波数変換時に起こる変換利得を利用して増幅を実現するものであり、原理上、進行波型超伝導パラメトリックアンプが持つような動作周波数帯域を制限する要素がない。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の基本概念図であり、2つの周波数混合器を直列に(つまり縦列にまたは縦つなぎに)接続した構成例である。(a)では、2つの周波数混合器のそれぞれに異なる局部発振器からの信号を用い、(b)では共通の局部発振器を用いる例を示す。
図2】本発明の基本概念図であり、各1つの周波数アップコンバータと周波数ダウンコンバータとを直列に(つまり縦列にまたは縦つなぎに)接続し、増幅器として動作させるものであって、アップコンバータとダウンコンバータは共に超伝導体-絶縁体-超伝導体(SIS)接合を用いた準粒子ミキサである。中間周波数(fIF)が、(a)、(b)では高く、(c)、(d)で低くなる。また、局部発振器について(a)、(c)では、アップコンバータとダウンコンバータにそれぞれ異なるものを使い、(b)、(d)では異なるものを用いる例を示す。
図3】準粒子ミキサの変換利得の数値シミュレーションに用いた(a)理論モデルと、(b)準粒子ミキサの計算に用いた電流-電圧特性を示す。
図4】準粒子アップコンバータの利得分布について、(s)および(a)から(d)に、この図3(a)、(b)のモデルを用いて計算した例を示す。
図5】(a)に、利得の実験的評価のために試作した低雑音マイクロ波増幅器のブロック図を示し、(b)にその評価結果の利得の周波数依存性を示す。
図6】複数の準粒子ミキサから1つを選択する選択手段を備え、上記選択手段で選択された準粒子ミキサと他の準粒子ミキサとの2つの準粒子ミキサを縦列に接続したもので、上記複数の準粒子ミキサの各々の出力を選択的に上記他の準粒子ミキサで読み出すマイクロ波イメージング装置の構成例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
先ず、縦列に接続された2つのミキサの動作について説明する。
角周波数ωRFの信号を入力するミキサAと、ミキサAの出力信号を入力するミキサBとが、図1(a)に示す様に縦列に接続されて周波数変換回路が構成されており、ミキサA、Bには、それぞれ局部発振器からcos(ωLO1t)、cos(ωLO2t)の局部発振信号が入力されているものとする。入力信号SIN=cos(ωRFt)に対して、この周波数変換回路の出力SOUTは次の様に、4波が合成されたものになる。
【0023】
【数1】
【0024】
また、図1(b)に示す様にミキサA、Bには、共通の局部発振器からの局部発振信号cos(ωLOt)を用いるものとすると、SOUTは次の様に、3波が合成されたものになる。
【0025】
【数2】
【0026】
本発明でミキサをアップコンバータに用いる場合は、その入力信号の周波数の周波数に対し、それに入力する局部発振信号の周波数を2倍以上に設定して出力側の両側波帯が入力信号よりも高い周波数帯にあることを想定している。また、それをダウンコンバータに用いる場合は、その入力信号よりも低い周波数の信号を含む出力となるようにするものとし、その入力信号よりも高い周波数の信号を除外する場合は、濾波器であるいは伝送路の濾波特性を利用して除外する。そのためには局部発振信号の周波数は、その入力信号の周波数の2倍以下となるようにして、出力側の両側波帯の内の一方は入力信号よりも低い周波数帯にあることを想定している。
この濾波器の設置位置は、上記のミキサA、Bよりも後段に設けることが望ましい。これは、ミキサ毎でなく両方で周波数混合を受けた後の上記の4波または3波から、所定の周波数の信号を選択するためである。なお、後段のデバイスで濾波するなどの場合は、図1(a)、(b)に示す濾波器(Filter)は省略することができる。
また、伝送路の濾波特性としては、導波管やストリップラインの伝搬モードなどを利用することができる。
【0027】
上記の4波の場合で、例えば、信号をアップコンバータ、ダウンコンバータの順で処理する場合、ωRF<ωLO1<ωLO2に設定し、濾波器で角周波数がωRFLO1-ωLO2の信号を選択することによって、出力信号の周波数を入力信号よりも下げることが出来る。
また上記の4波の場合で、信号をダウンコンバータ、アップコンバータの順で処理する場合、ωRF>ωLO1>ωLO2に設定し、濾波器で角周波数がωRF-ωLO1LO2の信号を選択することによって、出力信号の周波数を入力信号よりも下げることが出来る。
【0028】
上記の3波の場合、信号をアップコンバータ、ダウンコンバータの順で処理する場合局部発振信号の周波数は、上記の簡略化された数式上は任意に選択することができるように見える。しかし、実際には例えば変換利得が周波数依存性を持つためこの周波数依存性の観点から最適化を図ることが望ましい。また、出力信号における周波数ωRFの信号成分の強度は、他の成分の2倍になるため、この信号成分を濾波器で選択することは、利得の点で有利である。但し、上記の簡略化された数式では、局部発振信号間の位相差がないものと仮定しており、実際に用いるには特に、共通の局部発振器からミキサAを経てミキサBに至る経路と、その局部発振器から直接ミキサBに至る経路との線路長を電気的に同じ長さになるように配置することが望ましい。
【実施例1】
【0029】
図2(a)から(d)に、本発明の基本となる構成例を示す。この内、図2(a)は増幅器として動作させるものであって、1つの周波数アップコンバータと1つの周波数ダウンコンバータと直列に(つまり縦列にまたは縦つなぎに)接続したものである。アップコンバータ1とダウンコンバータ2は共に超伝導体-絶縁体-超伝導体(SIS)接合を用いた準粒子ミキサであり、それぞれのSIS準粒子ミキサは、SISが超伝導素子として動作する温度以下においてギャップ電圧幅(ΔVg)の周波数換算(eΔVg/h;eは素電荷、hはプランク定数)であるギャップ周波数以上の局部発振周波数信号について、両側波帯(DSB)ミキサとして動作する。図2(a)の構成は、周波数fRFの入力信号を、局部発振周波数をfLO1としたアップコンバータ1でfIF(=fLO±fRF)に利得GUPで周波数変換し、局部発振周波数をfLO2としたダウンコンバータ2でダウンコンバートする。この際必要な濾波器や濾波特性を持った伝送路は、アップコンバータ1とダウンコンバータ2と各々に具備されているものとする。
また図2(b)は、上記fLO1と同じ局部発振周波数の信号をダウンコンバータ2に用いることで、fOUT(=fIF-fLO1)に利得GDOWNで周波数変換して周波数fOUT(=fRF)の信号を得る増幅器である。
また、図2(c)の構成では、入力信号をダウンコンバータ2からアップコンバータ1に通し、各々の変換利得によって信号を増幅するものであり、特に図2(d)の構成では、入力信号と同じ周波数帯の信号を出力する。
【0030】
信号の伝送路として、伝送路自体に周波数選択性のある例えば矩形導波管を用いる場合には、矩形導波管の遮断周波数特性を用いて伝送信号の濾波を行うことができる。また、伝送路として周波数選択性を利用できないストリップ線路等を用いる場合には、アップコンバータやダウンコンバータ毎に、それぞれ所定の周波数成分を選択する濾波器を設けることもできる。しかし、2つの準粒子ミキサでそれぞれの周波数混合を行った後に、濾波器で所定の周波数成分を選択することによって、濾波に必要な濾波器の数を減ずることができる。
【0031】
この増幅器で鍵となるのが、準粒子ミキサにおいて、1より大きい変換利得(つまり、GUP×GDOWN>1)を得ることである。そこで、図2(b)の構成における総合的な利得を評価するための数値シミュレーションについて説明する。
【0032】
まず、図3(a)に、その数値シミュレーションで用いた、古典的な非線形ダイオードミキサ理論に量子効果を導入したTuckerのSIS準粒子ミキサ理論モデルと、図3(b)に、計算に用いたNb/AlOx/Nb接合の電流-電圧(I-V)特性を示す。そのSIS接合には標準的に得られるものを仮定し、臨界電流密度を3kA/cm、面積を1μm、静電容量を60fF/μmとした。
【0033】
SIS準粒子アップコンバータの利得分布について、図4(s)および(a)から(d)に、この図3(a)、(b)のモデルを用いて計算した例を示す。アップコンバータの入力に接続する信号源のインピーダンスを50Ωで固定し、アップコンバータの出力に接続する負荷インピーダンスを変化させた。スミスチャートは変化させた出力負荷インピーダンスを表しており、SIS接合の正常抵抗値(71Ω)で規格化している。LO周波数は30GHzである。
【0034】
図4(s)および(a)から(d)では、出力負荷インピーダンスの広い領域にわたって利得が得られることが分かる。ただし、利得が得られるためにはダウンコンバータと同様に、SIS接合のI-V特性における非線形性の電圧規模(ΔV)に相当する周波数より高い周波数を選ぶ必要がある。例えば今回の例では、ΔV~0.1mV~24GHz程度となる。
また、図4(s)から、高利得領域は、等インピーダンス線上よりもむしろ等コンダクタンス線に沿っており、このため高利得状態を維持するための回路調整は、等コンダクタンス線に沿って行うことが望ましいことが分かる。
【0035】
ダウンコンバータ側については、公知事項として既にSIS準粒子ミキサによって周波数変換利得や量子雑音性能が得られることが理論的、実験的にも分かっている。この公知事項を踏まえて、上記のシミュレーションによる解析から、アップコンバータでも同様に有効な周波数変換利得と量子雑音性能が得られると結論できる。
【0036】
アップコンバータとダウンコンバータとを縦列接続した場合、それぞれのSIS準粒子ミキサは両側波帯(DSB)ミキサとして動作するため、理論的最小雑音温度は、hをプランク定数、kをボルツマン定数として、それぞれhfRF/2k、hfIF/2kとなる。それぞれのミキサの利得をGUP、GDOWNとすると、増幅器全体の雑音温度Tampは、次の様になる。
【0037】
【数3】
【0038】
例えば、f=5GHz、fLO=50GHz、GUP=10(10dB)とすると、Tamp~0.24Kとなり、超低雑音特性を得ることが可能である。一方、利得Gampは、Gamp=GUP×GDOWNとなる。
【0039】
この増幅器は極低温の冷却を必要とするため、上記増幅器の消費電力はできる限り小さいことが望ましい。その消費電力は、アップコンバータとダウンコンバータの(1)LO電力分PLOと(2)SIS接合へのDCバイアス分PDCの合計である。
(1)LO電力分PLOについては、SIS接合にかかるLOの電圧をVLOとすると、LO電力PLOはVLO /2R程度となる。ここでRはSIS接合の正常抵抗である。SIS接合をポンプするLO電力の程度はパラメータαで表され、α=eVLO/hfLOである。ここでeは電子電荷である。周波数コンバータとしての最適なLO電力は通常α=1以下程度であるため、LO電力PLOは(hfLO/e)/2R程度と見積もられる。例えば、先の計算で用いたSIS接合の場合、fLOを50GHzとすると、PLO=0.3nWとなる。アップコンバータとダウンコンバータの合計で0.6nWの消費電力となる。ただし、必ずしも冷却を必要としない部分を含めると、例えば、通常はLO電力を1/20程度の方向性結合器を介して入力するため、本増幅器へのLO電力の合計は12nWとなる。
(2)SIS接合へのDCバイアス分PDCについては、DCバイアス点は、2.6mV、0.01mA程度であるため、消費電力は26nWとなり、アップコンバータとダウンコンバータの合計で52nWの消費電力となる。したがって、本増幅器の消費電力は64nWとなり、これがmWオーダーの半導体増幅器に比べると格段に消費電力が小さいことが分かる。
【実施例2】
【0040】
図5(a)に、利得の実験的評価のために試作した低雑音マイクロ波増幅器のブロック図を示す。アップコンバータ1とダウンコンバータ2に用いたSISミキサは100GHz帯で設計したもので同一である。回路内干渉を抑制する都合上、アップコンバータ1とダウンコンバータ2の間に減衰器8を挿入している。
この減衰器8は、アイソレータとして動作している。つまり、本発明のアイソレータに要求される特性は、第2準粒子ミキサから第1準粒子ミキサへ進む信号を抑制することである。この減衰器の代わりに、方向性結合器、マイクロ波アイソレータ、等も用いることができる。
図5(b)に利得の周波数依存性を示す。上記の減衰器があるにもかかわらず、LO周波数が約92GHzの時、5GHz帯で約3dBの利得を得た。同周波数での減衰器の減衰量は約5dBであることから、アップコンバータとダウンコンバータによる利得は8dBとなり、増幅器として動作していることが分かる。
図6(a)にはフィルタの記載は無いが、図5(b)のグラフ作成に用いた測定器には、実質的に周波数フィルタが用いられている。
【実施例3】
【0041】
図1(a)に関して上記で説明した様に、アップコンバータとダウンコンバータに用いる局部発振信号に異なる周波数の信号を用いることによって、入力信号を増幅しながら周波数変換することも可能である。この際、複数の局部発振信号を外部の信号源から各準粒子ミキサに導入することは、極低温の領域に外部の熱も導入することになる。このため、SISと類似構造の発振素子を上記コンバータと同じ基板上に作りこむことが望ましい。このような発振素子としては、ジョセフソン電流を用いたジョセフソン発振器が知られている。極低温環境にある発振素子からの熱雑音は極めて低いことが知られており、このような発振素子を用いることで、本発明の増幅器としての雑音指数を容易に改善することができる。これは、信号の流れがダウンコンバータからアップコンバータへと、上記と逆順に配置しRF増幅器として動作させる場合も同様である。
しかし、ジョセフソン発振器を用いる場合で、発振周波数が安定しない場合は、図1(b)、図2(b)、図2(f)または図5(a)に示す様に、アップコンバータとダウンコンバータには、共通の信号源からの局部発振信号を用いることが望ましい。
【実施例4】
【0042】
図6(a)は、複数の準粒子ミキサから1つを選択する選択手段を備え、上記選択手段で選択された準粒子ミキサと他の準粒子ミキサとの2つの準粒子ミキサを縦列に接続したもので、上記複数の準粒子ミキサの各々の出力を選択的に上記他の準粒子ミキサで読み出すものの構成例を示している。つまり、図6(a)に示すブロック図は、マイクロ波イメージング装置の構成例である。マイクロ波のセンサー領域としてマトリクス状に並んだ各セル(13-1から4)にそれぞれ準粒子ミキサを用いる。このマトリクス全体にマイクロ波が照射され、各セルのアンテナ(ANT)に入力される。このセンサー領域から行ごとに順次選択して、その出力を右端に接続された準粒子ミキサをセンスアンプ(12-1、2)として読み出すものである。この例では、読出された各行の信号は、並列に読出される。この様に行ごとに順次選択する場合は、Xデコーダ10のみで良いが、各セルを順次あるいはランダムに読出す場合は、図6(a)に示す様にXデコーダ10とYデコーダ11とを用いて上記のセルを1つずつ選択する。また、この様にセルを1つずつ選択する場合は、センサー領域の各準粒子ミキサの出力を1つの伝送線にまとめることもできる。
【0043】
図6に示すXデコーダの場合は、選択線には0V、非選択線にはΔ/2V、を出力する。ここでΔは、SISの動作時のバイアス電圧で、ほぼギャップ電圧である。また、このYデコーダは、選択線にはΔV、非選択線にはΔ/2V、を出力する。
【0044】
この様にして選択されたセルの準粒子ミキサは、例えばアップコンバージョンが可能になり、その出力は、そのセルの属する行のセンスアンプとしての準粒子ミキサで所定の周波数に変換される。
セルの準粒子ミキサでダウンコンバージョンを行い、センスアンプとしての準粒子ミキサでアップコンバージョンを行ってもよい
このセンスアンプの出力は、上記所定の周波数用の受信器で受信されデジタル信号に変換されて後信号処理される。
【0045】
図6(a)における各局部発振器LO-1、LO-2は、同じ周波数の信号を発するものでもよく、例えば一つの信号源からの信号を分岐して用いてもよいが、各行間での信号干渉を避けるためには、各信号源の発振周波数を異なるものとすることが望ましい。
【0046】
図6(b)は、準粒子ミキサを用いた上記各セル(13-1から13-4)の内部構成を示す図である。準粒子素子であるSISダイオードを用いたものであって、このSISダイオード間にギャップ電圧に相当する電位差を与えることにより、準粒子ミキサとして動作するようになる。
図6の構成は、各素子の温度を均一に保つ点で、1つの共通の基板上に集積化することが望ましい。このような集積化は、よく知られた半導体集積装置の製造プロセス技術を用いて容易に実現することができる。
【0047】
この集積化において局部発振器LOも上記の基板上に集積化することが、引き出し線の数を減らして極低温に維持するための冷凍のための負荷を抑制するためには望ましいことは明らかである。極低温の環境においてTHz帯で低消費電力で動作し、かつ高い集積度を容易に実現できる発振器として、例えば上記のジョセフソン発振器が知られており、その製造プロセスにおいて、SISミキサ用と発振器用の超伝導膜を共通の膜で構成することができる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明によって、THz帯の信号における低ノイズ増幅器や超高感度THz波イメージング分光装置が実現できる。これによって、THz波帯の電波資源としての価値を高めることになる。例えば電波天文では、これまで不可能であった広視野分光観測が可能となる。また大規模な超伝導量子コンピュータにも利用することができる。
【符号の説明】
【0049】
1 アップコンバータ
2 ダウンコンバータ
3 局部発振器
4a、4b 局部発振器
5 フィルタ
6、7 カプラ
8 アイソレータ
10 Xデコーダ
11 Yデコーダ
12 センスアンプ
13 セル
LO-1、2 局部発振器
図1
図2
図3
図4
図5
図6