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特許7018175共重合体、基材用表面処理剤および細胞培養基材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-02
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】共重合体、基材用表面処理剤および細胞培養基材
(51)【国際特許分類】
   C08F 220/56 20060101AFI20220203BHJP
   C08J 7/04 20200101ALI20220203BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20220203BHJP
【FI】
C08F220/56
C08J7/04 Z CET
C12N5/071
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2017236336
(22)【出願日】2017-12-08
(65)【公開番号】P2019104783
(43)【公開日】2019-06-27
【審査請求日】2020-11-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】近藤聡
(72)【発明者】
【氏名】久野豪士
(72)【発明者】
【氏名】佐藤雪絵
【審査官】工藤 友紀
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-510005(JP,A)
【文献】特開2015-151436(JP,A)
【文献】特開2000-143796(JP,A)
【文献】特開昭53-074588(JP,A)
【文献】SULTANA, Sabiha et al.,Thickness dependence of surface wettability change by photoreactive polymer nanosheets,953-957,2008年,40,953-957,DOI:10.1295/polymj.PJ2008088
【文献】ABU-SHARKH, B. F. et al.,Influence of hydrophobe content on phase coexistence curves of aqueous two-phase solutions of associative polyacrylamide copolymers and poly(ethylene glycol),Journal of Applied Polymer Science,2003年,89,1351-1355,DOI:10.1002/app.12306
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 220/00-220/70
C08L 33/00- 33/26
C08J 7/04
C12N 5/071
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)および(B)を含む共重合体を含む膜を基材表面に有する細胞培養基材。
(A)下記一般式(1)で表される繰り返し単位(a)
【化1】
(式中、Rは水素基またはメチル基であり、RおよびRは各々独立して、水素基、炭素数1~6の炭化水素基、フルフリル基またはテトラヒドロフルフリル基である。ただし、R またはR がフェニル基の場合を除く。
(B)下記一般式(2)で表される繰り返し単位(b)
【化2】
(式中、Rは水素原子またはメチル基であり、R、R、R、R及びRはそれぞれ独立して、水素原子または水酸基である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞の効率的な細胞培養を可能とすると共に、短時間での細胞剥離を可能にする細胞培養基材の表面処理剤として有用な共重合体、およびそれを基材表面に有する細胞培養基材に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養は生化学的な現象の理解や有用物質の産生などに用いられ、また近年、幹細胞の発見や培養技術の進歩により、再生医療を始めとする細胞を用いた治療に大きな注目が寄せられている。
【0003】
細胞の多くは接着性を有しており、体内においてはコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニンなどの生体高分子に接着し、増殖・分化することが知られている。同様に、細胞培養においても接着性を有する細胞の多くは、培養する際に何らかの基材に接着する必要がある。従来、基材としては表面処理したガラスあるいは高分子が用いられていた。例えば、ポリスチレンにγ線照射あるいはシリコーンコーティングを行なった基材がある。また、コラーゲンやフィブロネクチンのような生体高分子を表面に塗布した支持体も用いられる。
【0004】
増殖する細胞は基材上で培養後、一般的に別の基材に植え継ぐ必要が有り、多くの場合にはタンパク質分解酵素が用いられている。タンパク質分解酵素は細胞表面にあるタンパク質を分解し、細胞と基材の間の結合および細胞間の結合を切る役目を担っている。一方、タンパク質分解酵素は細胞の生存率に大きな影響を与えることが知られており、タンパク質分解酵素を用いずに細胞を基材から分離する手法は細胞にダメージを与えない方法として重要である。再生医療においても同様に、体外で培養した細胞にダメージを与えずに、さらに細胞間の結合を切断しない方法で細胞又は組織化した細胞を基材から分離し、体内に戻すことが求められており、タンパク質分解酵素を用いずに基材から分離する方法が求められている。
【0005】
上記問題を解決するために、温度応答性ポリマーを基材表面に被覆した細胞培養基材が特許文献1に開示されている。このような基材によれば、周囲環境の温度降下による温度応答性ポリマーのゾル転移で基材表面の接着力を弱めて、細胞を剥離させ、ダメージを与えることなく細胞を分別回収することができる。通常、細胞は体温付近で接着・培養する必要があり、培養後、体温以下で細胞を剥離できる基材が必要となる。
【0006】
特許文献2および3には、水中におけるゾル転移温度[下限臨界溶液温度(T)]が体温以下の範囲にある温度応答性ポリマーとして、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミド(T=32℃)、ポリ-N-n-プロピルアクリルアミド(T=21℃)、ポリ-N-n-プロピルメタクリルアミド(T=32℃)、ポリ-N-エトキシエチルアクリルアミド(T=約35℃)、ポリ-N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(T=約28℃)、ポリ-N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(T=約35℃)、及びポリ-N,N-ジエチルアクリルアミド(T=32℃)等が記載されている。
【0007】
上記温度応答性ポリマーを細胞培養基材に用いる場合、下限臨界溶液温度以下に細胞培養基材の温度を下げる必要があるが、同時に細胞を低温化してしまう。細胞の低温化は細胞の活性低下を及ぼすため、冷却時間の短縮が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】WO01/068799号公報
【文献】特公平6-104061号公報
【文献】特開平5-244938号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、多能性幹細胞の効率的な細胞培養を可能とすると共に、短時間での細胞剥離を可能にする細胞培養基材の表面処理剤として有用な共重合体、およびそれを被覆した細胞培養基材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、以上の点を鑑み、鋭意研究を重ねた結果、温度応答性構造単位と細胞接着性構造単位を含有する共重合体を基材上に被覆することで、多能性幹細胞の効率的な細胞培養を可能にすると共に、短時間での細胞剥離を可能にすることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち本発明によれば、下記(A)および(B)を有する共重合体が提供される。
【0012】
(A)下記一般式(1)で表される繰り返し単位(a)
【0013】
【化1】
【0014】
(式中、Rは水素基またはメチル基であり、RおよびRは各々独立して、水素基、炭素数1~6の炭化水素基、フルフリル基またはテトラヒドロフルフリル基である。)
(B)下記一般式(2)で表される繰り返し単位(b)
【0015】
【化2】
【0016】
(式中、Rは水素基またはメチル基であり、R、R、R、R及びRはそれぞれ独立して、水素基または水酸基である。)
また、本発明によれば、(A)と(B)を含む共重合体を含む、基材用の表面処理剤が提供される。
【0017】
さらに、本発明によれば、(A)と(B)を含む共重合体を含む膜を基材表面に有する細胞培養基材が提供される。
【発明の効果】
【0018】
温度応答性構造単位と細胞接着性構造単位を含む共重合体は、基板への接着性を確保しつつ培養時における細胞の接着性を高め、それにより高い細胞培養効率を可能にする。さらに細胞培養後に、温度降下させた場合に、基材表面の親水化が促進され、細胞の剥離性が高まる。これにより、細胞にダメージを与えることなく、短時間で細胞を分別回収できる細胞培養基材が得られるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。以下の本実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明を以下の内容に限定する趣旨ではない。本発明は、その趣旨の範囲内で適宜に変形して実施できる。
1.共重合体
本発明の共重合体は前記(A)、および前記(B)を含む。
【0020】
共重合体中の全繰り返し単位[(a)+(b)]に対する繰り返し単位(a)の比率は5~95mol%であることが好ましい。細胞の接着性を高める観点から、繰り返し単位(a)の比率は好ましくは10mol%以上であり、より好ましくは40mol%以上であり、さらに好ましくは50mol%以上である。一方で、温度低下の際に細胞の剥離性を高める観点から、繰り返し単位(a)の比率は95mol%以下であることが好ましく、より好ましくは90mol%以下である。細胞剥離に必要な冷却時間を短縮することを目的に、40~90mol%であることが好ましく、特に50~90mol%が好ましい。
【0021】
本発明の共重合体を構成する(A)は一般式(1)で表される繰り返し単位(a)からなる温度応答性構造単位である。
【0022】
は水素基またはメチル基であり、温度応答性構造単位の下限臨界溶液温度を体温以下にすることを目的に好ましくは水素基を用いる。
【0023】
およびRは各々独立して、水素基、炭素数1~6の炭化水素基、フルフリル基またはテトラヒドロフルフリル基であり、温度応答性構造単位の下限臨界溶液温度を体温以下にすると共に、細胞培養基材にした場合に細胞剥離に必要な冷却時間を短縮することを目的に、好ましくは炭素数1~6の炭化水素基を用いる。
【0024】
およびRの組み合わせとしては、温度応答性構造単位の下限臨界溶液温度を体温以下にすることを目的に、一方が水素基であることが好ましい。
【0025】
炭素数1~6の炭化水素基としてはメチル基、エチル基、n-プロピル基、iso-プロピル基、n-ブチル基、iso-ブチル基、tert.-ブチル基、1-メチル-プロピル基、n-ペンチル基、iso-ペンチル基、1-メチル-ブチル基、2-メチル-ブチル基、1,1-ジメチル-プロピル基、1,2-ジメチル-プロピル基、n-ヘキシル基、iso-ヘキシル基を例示することができる。温度応答性構造単位の下限臨界溶液温度を体温以下にすることを目的に、好ましくはiso-プロピル基を用いる。
【0026】
重合反応によって繰り返し単位(a)を生成するモノマーとしては、N-イソプロピルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、及びN,N-ジエチルアクリルアミドを例示することができる。温度応答性構造単位の下限臨界溶液温度を体温以下にすると共に、細胞培養基材にした場合に細胞剥離に必要な冷却時間を短縮することを目的に、好ましくはN-イソプロピルアクリルアミドを用いる。
【0027】
本発明の共重合体を構成する(B)は一般式(2)で表される繰り返し単位(b)からなる細胞接着性構造単位である。
【0028】
は水素基またはメチル基である。細胞培養基材にする場合に、基材と物理的な相互作用によって被覆させるためには、メチル基が好ましい。
【0029】
、R、R、R及びRはそれぞれ独立して、水素基または水酸基である。細胞培養基材にした場合に細胞剥離に必要な冷却時間を短縮することを目的に、少なくとも1つ以上は水酸基であることが好ましい。
【0030】
重合反応によって繰り返し単位(b)を生成するモノマーとしては、N-フェニルメタクリルアミド、N-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド、N-(3-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド、N-(2-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド、N-フェニルアクリルアミド、N-(4-ヒドロキシフェニル)アクリルアミド、N-(3-ヒドロキシフェニル)アクリルアミド、N-(2-ヒドロキシフェニル)アクリルアミドを例示することができる。細胞培養基材にした場合に細胞剥離に必要な冷却時間を短縮することを目的に、N-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド、N-(3-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド、N-(2-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミドを用いることが好ましく、N-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミドがさらに好ましい。
【0031】
共重合体中の繰り返し単位(a)及び(b)の配列はランダム配列またはブロック配列であり、細胞培養基材にした場合に細胞剥離に必要な冷却時間を短縮することを目的に、繰り返し単位(a)からなるセグメント及び繰り返し単位(b)からなるセグメントを含むブロック共重合体であることが好ましい。
【0032】
本発明の共重合体の数平均分子量(Mn)は特に限定はないが、基材への被覆に好適に用いることができることから、3,000以上1,000,000以下が好ましく、4,000以上500,000以下がさらに好ましく、5,000以上100,000以下が最も好ましい。3,000以上の場合は溶出が起こりにくく、また、1,000,000以下は溶液粘度が低く、被覆に際し好適である。
【0033】
本発明の共重合体の合成方法としては、特に限定はないが、ラジカル重合を用いると簡便に且つ効率よく重合体を得ることができる。より具体的なラジカル重合法として、フリーラジカル重合を利用したバルク重合、溶液重合、乳化重合などの公知の方法をあげることができる。ラジカル重合をより効率的に開始させるために、任意の量のラジカル開始剤を添加できる。反応に好適に用いられるラジカル開始剤として、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウムなどの無機過酸化物を例示でき、重合促進剤と呼ばれるN,N,N’,N’-テトラメチレンエチレンジアミン、N,N-ジメチルパラトルイジンなどのアミン化合物と組み合わせて用いることにより低温で迅速な重合が可能できる。さらに、ラジカル開始剤としてジラウロイルペルオキシド、ベンゾイルペルオキシド、ジーtert-ブチルペルオキシド、tert-ブチルヒドロペルオキシド、クメンヒドロペルオキシドなどの有機過酸化物、また、α、α’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、2,2’-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)(V-70)や1,1’-アゾビス(シクロヘキサン-1-カルボニトリル)(V-40)などのアゾ化合物を例示することができる。中でも、副反応を抑制する観点から、アゾ化合物が好適に用いられる。
【0034】
本発明の共重合体は、フリーラジカル重合を行うことにより製造できる他、可逆的付加開裂連鎖移動(RAFT)重合法を用いることによっても製造できる。RAFT剤としては、一般的にトリチオカーボネート化合物やジチオベンゾエート化合物などのRAFT重合に適した公知のものを使用することができる。RAFT剤の選択については、Macromolecules、第45巻、5321-5342頁(2012年)などの公知文献を参考にするとよい。
【0035】
通常、窒素ガスやアルゴンガスなどの不活性ガス雰囲気下または脱酸素下で重合を行うことで再現性よく本発明の共重合体を製造でき、溶媒を用いると重合反応が円滑に進行する。溶媒としては、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、テトラヒドロフラン(THF)、1,4-ジオキサンなどを用いることができるが、これらに限定されるものではない。また、これらの溶媒を二種以上混合して用いることもできる。重合反応は通常0℃~100℃に範囲内で円滑に進行する。
【0036】
重合するモノマーの順番としては、以下にN-イソプロピルアクリルアミドとN-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミドを例に説明するが、これらのモノマーに限定されるものではない。N-イソプロピルアクリルアミド、N-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミドを同時に重合(ランダム共重合)する方法、N-イソプロピルアクリルアミドを重合し、未反応モノマーを除いた後、N-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミドを共重合する方法、N-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミドを重合し、未反応モノマーを除いた後、N-イソプロピルアクリルアミドを共重合する方法を例示することができる。
【0037】
また、共重合体の合成方法としては、N-イソプロピルアクリルアミドとN-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミドのブロックポリマーをそれぞれ合成し、クリック反応等で互いに結合する方法を用いることができる。
2.表面処理剤
本発明の基材用の表面処理剤は、上記共重合体を含むものである。より好ましくは、シャーレ、マルチウェルプレート、フラスコなどの細胞培養基材用の表面処理剤である。本発明の表面処理剤は、基材に塗布するだけで表面処理を行うことができるものである。
【0038】
本発明の表面処理剤は、上記共重合体以外に、本共重合体を溶解することができる各種溶剤を含むものであってもよい。共重合体を溶解できる溶剤としては特に限定はされないが、適用後に蒸発して残留しない溶媒が好ましく、また、残留しても培養細胞に及ぼす影響が小さい、エタノール、水とエタノールの混合溶媒が特に好ましい。本発明の表面処理剤は、通常、溶液状のものであるが、上記の溶媒で溶解可能な粉末状であってもよい。
【0039】
本発明の表面処理剤の対象基材としては、特に限定はないが、前記共重合体は疎水性相互作用で基材に接着することから、好ましくは各種疎水性ポリマー材料が用いられる。疎水性ポリマー材料としては、例えば、ポリメタクリル酸メチル等のアクリル系ポリマー、ポリジメチルシロキサン等の各種シリコーンゴム、ポリスチレン、ポリエチレンテレフラレート、ポリカーボネート等が挙げられる。また、金属基材、セラミック基材あるいはガラス基材にシランカップリング剤で表面処理したものも用いることができる。
【0040】
また、基材の形状は、特に限定はないが、例えば、板状、ビーズ上および繊維状の形状のほか、板状の基材に設けられた穴や溝や突起なども挙げられる。
【0041】
本発明の表面処理剤を基材に塗布する方法としては、例えば、はけ塗り、ディップコーティング、スピンコーティング、バーコーティング、流し塗り、スプレー塗装、ロール塗装、エアーナイフコーティング、ブレードコーティングなど通常知られている各種の方法を用いることができる。
3.細胞培養基材
本発明の細胞培養基材は、上記共重合体を含む膜を基材表面に有する細胞培養基材である。共重合体を含む膜は、上記表面処理剤を基材に塗布した後に、乾燥することによって基材表面に得られる。
【0042】
膜の厚さは1nm以上1μm以下であることが好ましい。細胞培養基材に被覆した時に細胞の接着性を高める観点から、好ましくは200nm以下、更に好ましくは100nm以下である。一方で、細胞培養基材を被覆している膜上に細胞が接着した後に、細胞剥離に必要とあれる冷却時間を短縮する観点から、1nm以上であることが好ましく、更に好ましくは5nm以上、更に好ましくは10nm以上である。
【0043】
上記膜は、温度応答性構造単位(A)と細胞接着性構造単位(B)を含む共重合体を含む。細胞接着性(B)は細胞培養基材に対して接着性を有するとともに、タンパク質などの付着を可能とし、細胞の接着培養が可能となる。一方、温度応答性構造単位(A)は培養温度、例えば37℃以上では疎水性を示すことによりタンパク質などの付着を可能とし、細胞の接着培養が可能となる。細胞培養後に温度降下させることで、膜表面が親水性に変化し、細胞剥離を促すことができるため、剥離に必要な冷却時間を短縮することが可能になる。
【0044】
上記膜は、他の成分との混合物であってもよい。
【0045】
本発明の細胞培養基材を用いて培養される細胞としては、温度降下による刺激付与前の表面に接着可能なものであれば特に限定されるものではない。例えばチャイニーズハムスター卵巣由来CHO細胞やマウス結合組織L929、ヒト胎児腎臓由来HEK293細胞やヒト子宮頸部癌由来HeLa細胞等の種々の株化細胞に加え、例えば生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン細胞、グリア細胞、繊維芽細胞、生体の代謝に関与する肝実質細胞、肝非実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、種々の組織に存在する幹細胞、さらには骨髄細胞、ES細胞、iPS細胞、それらから分化誘導した細胞等を用いることができる。
【実施例
【0046】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例によりなんら制限されるものではない。なお、断りのない限り、試薬は市販品を用いた。
【0047】
共重合体のポリマー組成は、核磁気共鳴測定装置(日本電子製、商品名JNM-GX270)を用いたプロトン核磁気共鳴分光(H-NMR)スペクトル分析より求めた。
【0048】
共重合体の重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn)およびMwとMnの比(Mw/Mn)は、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC)によって測定した。GPC装置としては東ソー(株)製 HLC(登録商標)-8320GPCを用い、カラムとしては、東ソー製 TSKgel(登録商標) GMHHR-Hを用い、カラム温度を40℃に設定し、溶離液として10mM臭化リチウム含有N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)を用いて測定した。測定試料は1.0mg/mLで調製し、150μL注入して測定した。分子量の検量線は、分子量既知の標準ポリメタクリル酸メチル(PMMA)試料を用いて校正した。なお、MnとMwはポリメタクリル酸メチル換算の値として求めた。
【0049】
実施例1
[共重合体(1)の合成]
三方コックを備えた試験管にN-イソプロピルアクリルアミド(IPAAm)1.6g、N-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド(HPhMA)1.0g、α、α’-アゾビスイソブチルニトリル(AIBN)33mgを加え、DMF10mLで溶解した。窒素バブリングを30分行った後、65℃で12時間攪拌し重合した。重合反応後、反応溶液を大量のエーテルに注ぎ込み、析出した白色固体をろ過した後、溶媒を除去することによって、共重合体(1)を得た。
【0050】
得られた共重合体(1)のポリマー組成、MnおよびMw/Mnを表1に示す。
[細胞培養基材(1)の調製]
得られた共重合体(1)0.10gをエタノール49.9gに溶解し、共重合体(1)の0.2wt%エタノール溶液を作成した。さらに、0.2wt%エタノール溶液1mLとエタノール3mLを混合し、0.05wt%のエタノール溶液を調製した。この溶液を基材用表面処理剤として細胞培養用6ウェルプレート(コーニング製、材質:ポリスチレン)に0.42mLずつ加え、2時間減圧下で乾燥した。さらに、純水中に24時間浸漬させて洗浄し、共重合体が被覆された細胞培養基材(1)を調製した。
[細胞培養および剥離評価]
細胞培養基材(1)を用い、ヒトiPS細胞201B7株を13,000個/ウェルの密度で播種し、37℃、二酸化炭素濃度5%で培養した。培地はStemFit(登録商標)AK02N(味の素(株)製)を用いた。また、細胞播種から24時間後までは、前記培地にY-27632(和光純薬工業(株)製)(濃度10μM)とiMatrix(登録商標)-511溶液((株)ニッピ製)(4.8μL/ウェル)を添加し培養した。
【0051】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に、位相差顕微鏡で細胞の様子を観察し、いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は剥離し、凝集塊として回収できた。
【0052】
実施例2
[共重合体(2)の合成]
三方コックを備えた試験管にIPAAm2.0g、HPhMA0.37g、AIBN33mgを加え、DMF10mLで溶解した。窒素バブリングを30分行った後、65℃で12時間攪拌し重合した。重合反応後、反応溶液を大量のエーテルに注ぎ込み、析出した白色固体をろ過した後、溶媒を除去することによって、共重合体(2)を得た。
【0053】
得られた共重合体(2)のポリマー組成、MnおよびMw/Mnを表1に示す。
[細胞培養基材(2)の調製]
得られた共重合体(2)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養基材(1)の調製]と同様の方法で調製を行い、細胞培養基材(2)を調製した。
[細胞培養および剥離評価]
細胞培養基材(2)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養および剥離評価]と同様の方法で評価を行った。
【0054】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に、位相差顕微鏡で細胞の様子を観察し、いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は剥離し、凝集塊として回収できた。
【0055】
実施例3
[共重合体(3)の合成]
三方コックを備えた試験管にIPAAm5.1g、4-シアノ-4-[(ドデシルスルファニルチオカルボニル)スルファニル]ペンタノイックアシッド0.2g、AIBN25mgを加え、1,4-ジオキサン50mLで溶解した。窒素バブリングを30分行った後、70℃で24時間攪拌し重合した。重合終了後、反応液をヘキサン500mLに注ぎ、析出した白色固体を回収し、ヘキサン洗浄を2回行った後に、乾燥した。
【0056】
三方コックを備えた試験管に、先に得られた重合体0.56g、HPhMA0.14g、AIBN8mgを加え、DMF10mLに溶解した。窒素バブリングを30分行った後、70℃で24時間攪拌し重合した。重合終了後、反応液をエーテル500mLに注ぎ、析出した白色固体をろ過により回収し、乾燥して、共重合体(3)を得た。
【0057】
得られた共重合体(3)のポリマー組成、MnおよびMw/Mnを表1に示す。
[細胞培養基材(3)の調製]
得られた共重合体(3)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養基材(1)の調製]と同様の方法で調製を行い、細胞培養基材(3)を調製した。
[細胞培養および剥離評価]
細胞培養基材(3)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養および剥離評価]と同様の方法で評価を行った。
【0058】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に、位相差顕微鏡で細胞の様子を観察し、いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は剥離し、凝集塊として回収できた。
【0059】
実施例4
[共重合体(4)の合成]
三方コックを備えた試験管に、4-シアノペンタン酸ジチオベンゾエートのプロパーギルエステル体95mg、IPAAm6.8g、AIBN8mgを加え、1,4-ジオキサン20mlに溶解した。窒素バブリングを30分行った後、70℃で24時間攪拌し重合した。重合終了後、反応液をヘキサン500mLに注ぎ、析出した桃色固体をろ過により回収し、乾燥して、末端アルキンを有するN-イソプロピルアクリルアミド重合体を得た。
【0060】
一方、三方コックを備えた試験管に、4-シアノペンタン酸ジチオベンゾエートの3-アジドプロピルエステル体0.18g、HPhMA5.3g、AIBN26mgを加え、DMF20mLに溶解した。窒素バブリングを30分行った後、70℃で24時間攪拌し重合した。重合終了後、反応液を純水500mLに注ぎ、析出した桃色固体をろ過により回収し、乾燥して、末端アジドを有するN-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド重合体を得た。
【0061】
続いて、三方コックを備えた試験管に、前記末端アルキンを有するN-イソプロピルアクリルアミド重合体0.65g、上記末端アジドを有するN-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド重合体0.30gを加え、窒素置換を行った。窒素バブリングを行ったDMF9mLを加え溶解させた。臭化銅(I)14mg、2,2’-ビピリジル31mg、DMF1mLで別途調製した溶液を窒素気流下で試験管に加え、室温で48時間反応させた。反応終了後、三方コックを取り外し、空気を触れさせて銅触媒を失活させた。反応液を活性アルミナを詰めたカラムに通して銅触媒を取り除き、その溶液をロータリーエバポレーターで濃縮した。濃縮液をメタノール/アセトン混合溶媒へ溶解させて、ヘキサンを少しずつ加え、析出する重合体を回収した。再沈殿精製を3回繰り返し、共重合体(4)を得た。
【0062】
得られた共重合体(4)のポリマー組成、MnおよびMw/Mnを表1に示す。
[細胞培養基材(4)の調製]
得られた共重合体(4)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養基材(1)の調製]と同様の方法で調製を行い、細胞培養基材(4)を調製した。
[細胞培養および剥離評価]
細胞培養基材(4)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養および剥離評価]と同様の方法で評価を行った。
【0063】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に、位相差顕微鏡で細胞の様子を観察し、いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は剥離し、凝集塊として回収できた。
【0064】
実施例5
[共重合体(5)の合成]
三方コックを備えた試験管に、4-シアノペンタン酸ジチオベンゾエートのプロパーギルエステル体95mg、IPAAm6.8g、AIBN8mgを加え、1,4-ジオキサン20mlに溶解した。窒素バブリングを30分行った後、70℃で24時間攪拌し重合した。重合終了後、反応液をヘキサン500mLに注ぎ、析出した桃色固体をろ過により回収し、乾燥して、末端アルキンを有するN-イソプロピルアクリルアミド重合体を得た。
【0065】
一方、三方コックを備えた試験管に、4-シアノペンタン酸ジチオベンゾエートの3-アジドプロピルエステル体0.18g、N-フェニルメタクリルアミド(PhMA)4.8g、AIBN26mgを加え、DMF20mLに溶解した。窒素バブリングを30分行った後、70℃で24時間攪拌し重合した。重合終了後、反応液を純水500mLに注ぎ、析出した桃色固体をろ過により回収し、乾燥して、末端アジドを有するN-フェニルメタクリルアミド重合体を得た。
【0066】
続いて、三方コックを備えた試験管に、前記末端アルキンを有するN-イソプロピルアクリルアミド重合体0.65g、上記末端アジドを有するN-フェニルメタクリルアミド重合体0.30gを加え、窒素置換を行った。窒素バブリングを行ったDMF9mLを加え溶解させた。臭化銅(I)14mg、2,2’-ビピリジル31mg、DMF1mLで別途調製した溶液を窒素気流下で試験管に加え、室温で48時間反応させた。反応終了後、三方コックを取り外し、空気を触れさせて銅触媒を失活させた。反応液を活性アルミナを詰めたカラムに通して銅触媒を取り除き、その溶液をロータリーエバポレーターで濃縮した。濃縮液をメタノール/アセトン混合溶媒へ溶解させて、ヘキサンを少しずつ加え、析出する重合体を回収した。再沈殿精製を3回繰り返し、共重合体(5)を得た。
【0067】
得られた共重合体(5)のポリマー組成、MnおよびMw/Mnを表1に示す。
[細胞培養基材(5)の調製]
得られた共重合体(5)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養基材(1)の調製]と同様の方法で調製を行い、細胞培養基材(5)を調製した。
[細胞培養および剥離評価]
細胞培養基材(5)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養および剥離評価]と同様の方法で評価を行った。
【0068】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に、位相差顕微鏡で細胞の様子を観察し、いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は剥離し、凝集塊として回収できた。
【0069】
比較例1
[重合体(6)の合成]
三方コックを備えた試験管にHPhMA5.3g、4-シアノ-4-[(ドデシルスルファニルチオカルボニル)スルファニル]ペンタノイックアシッド0.2g、AIBN25mgを加え、DMF30mLで溶解した。窒素バブリングを30分行った後、70℃で24時間攪拌し重合した。重合終了後、反応液を純水500mLに注ぎ、析出した白色固体を回収した後、乾燥して、重合体(6)を得た。
【0070】
得られた重合体(6)のポリマー組成、MnおよびMw/Mnを表1に示す。
[細胞培養基材(6)の調製]
得られた重合体(6)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養基材(1)の調製]と同様の方法で調製を行い、細胞培養基材(6)を調製した。
[細胞培養および剥離評価]
細胞培養基材(6)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養および剥離評価]と同様の方法で評価を行った。
【0071】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に位相差顕微鏡で細胞の様子を観察した。いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は接着し、144時間後までは増殖したものの、冷却操作によって剥離しなかった。温度応答性構造単位(A)非存在下では温度低下によるヒトiPS細胞の回収はできなかった。
【0072】
比較例2
[重合体(7)の合成]
三方コックを備えた試験管にIPAAm5.1g、4-シアノ-4-[(ドデシルスルファニルチオカルボニル)スルファニル]ペンタノイックアシッド0.2g、AIBN25mgを加え、1,4-ジオキサン30mLで溶解した。窒素バブリングを30分行った後、70℃で24時間攪拌し重合した。重合終了後、反応液をヘキサン500mLに注ぎ、析出した白色固体を回収した後、乾燥して、重合体(7)を得た。
【0073】
得られた重合体(7)のポリマー組成、MnおよびMw/Mnを表1に示す。
[細胞培養基材(7)の調製]
得られた重合体(7)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養基材(1)の調製]と同様の方法で調製を行い、細胞培養基材(7)を調製した。
[細胞培養および剥離評価]
細胞培養基材(7)を用いたこと以外は実施例1[細胞培養および剥離評価]と同様の方法で評価を行った。
【0074】
細胞播種から24時間後に位相差顕微鏡で細胞接着を確認し、新しい前記培地に交換を行ったが、96時間後には細胞死が発生しており、培養が継続できなかった。以降の評価は中止した。細胞接着性構造単位(B)非存在下ではヒトiPS細胞の培養はできなかった。
【0075】
比較例3
基材に共重合体を被覆せず、コーニング製細胞培養用6ウェルプレートをそのまま用い、その他は実施例1と同様にして評価した。
[細胞培養および剥離評価]
基材に共重合体を被覆せず、コーニング製細胞培養用6ウェルプレートをそのままを用いた以外は実施例1[細胞培養および剥離評価]と同様の方法で評価を行った。
【0076】
細胞播種から2時間後、96時間後、144時間後に位相差顕微鏡で細胞の様子を観察した。いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は接着し、144時間後までは増殖したものの、冷却操作によって剥離しなかった。共重合体非存在下では温度低下によるヒトiPS細胞の回収はできなかった。
【0077】
【表1】