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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-03
(45)【発行日】2022-02-14
(54)【発明の名称】立体的細胞組織の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/07 20100101AFI20220204BHJP
   C07K 14/78 20060101ALN20220204BHJP
【FI】
C12N5/07
C07K14/78
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019125558
(22)【出願日】2019-07-04
(62)【分割の表示】P 2018501746の分割
【原出願日】2017-02-22
(65)【公開番号】P2019187443
(43)【公開日】2019-10-31
【審査請求日】2019-12-23
(31)【優先権主張番号】P 2016030916
(32)【優先日】2016-02-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】凸版印刷株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】松▲崎▼ 典弥
(72)【発明者】
【氏名】入江 新司
(72)【発明者】
【氏名】北野 史朗
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-113959(JP,A)
【文献】Advanced Materials, 2011, Vol.23, pp.3506-3510
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
立体的細胞組織を製造する方法であって、
細胞をカチオン性物質、および細胞外マトリックス成分を少なくとも含む溶液に懸濁されている混合物を得るA工程と、
得られた前記混合物から前記細胞を集め、基材上に細胞集合体を形成するB工程と、
前記細胞を培養し、立体的細胞組織を得るC工程と
を含み、
前記A工程および前記B工程を少なくとも1回行った後、前記C工程を行い、
前記細胞外マトリックス成分はコラーゲンであり、
前記混合物が高分子電解質を含み、
前記高分子電解質は、グリコサミノグリカン、デキストラン硫酸、ラムナン硫酸、フコイダン、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、ポリアクリル酸、ならびにそれらの組み合わせからなる群から選択され、
前記混合物中の前記細胞外マトリックス成分の濃度が、0.025mg/mL以上1.0mg/mL未満であり、
前記混合物中の前記高分子電解質の濃度が、0.025mg/mL以上1.0mg/mL未満である、立体的細胞組織を製造する方法。
【請求項2】
前記A工程の後に、得られた前記混合物から液体部分を除去し、細胞集合体を得るA’-1工程、および前記細胞集合体を溶液に懸濁して懸濁液を得るA’-2工程、をさらに含み、かつ
前記B工程に代えて、得られた前記懸濁液から前記細胞を沈殿させ、前記基材上に細胞集合体を形成するB’工程を含む、請求項1に記載の立体的細胞組織を製造する方法。
【請求項3】
前記A’-1工程における液体部分を除去する方法が、遠心分離またはろ過である、請求項2に記載の立体的細胞組織を製造する方法。
【請求項4】
前記B工程または前記B’工程における前記細胞を集める方法が、遠心分離、磁性分離、またはろ過である、請求項1~3のいずれか一項に記載の立体的細胞組織を製造する方法。
【請求項5】
前記カチオン性物質が、トリス-塩酸緩衝液、トリス-マレイン酸緩衝液、ビス-トリス-緩衝液、もしくはHEPES緩衝液からなる群から選択されるカチオン性緩衝液、ならびにエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリリシン、ポリヒスチジン、およびポリアルギニンからなる群から選択される、請求項1~4のいずれか一項に記載の立体的細胞組織を製造する方法。
【請求項6】
前記高分子電解質と前記細胞外マトリックス成分との配合比が1:2~2:1である、請求項1~5のいずれか一項に記載の立体的細胞組織を製造する方法。
【請求項7】
前記A工程における前記細胞が複数種類の細胞である、請求項1~6のいずれか一項に記載の立体的細胞組織を製造する方法。
【請求項8】
前記複数種類の細胞が、神経細胞、樹状細胞、免疫細胞、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、線維芽細胞、癌細胞、癌幹細胞、上皮細胞、心筋細胞、肝細胞、膵島細胞、組織幹細胞、iPS細胞、ES細胞および平滑筋細胞からなる群から選択される、請求項7に記載の立体的細胞組織を製造する方法。
【請求項9】
得られた前記立体的細胞組織の厚さが5~500μmである、請求項1~8のいずれか一項に記載の立体的細胞組織を製造する方法。
【請求項10】
得られた前記立体的細胞組織のさが最大となる位置を含む領域における前記厚さ方向100μm幅方向50μmの面積あたりの細胞数が70個以下である、請求項1~のいずれか一項に記載の立体的細胞組織を製造する方法。
【請求項11】
得られた前記立体的細胞組織のさが最大となる位置を含む領域における前記厚さ方向100μm幅方向50μmの面積あたりの最大径50μm以上の空隙の数が0個であり、
前記空隙は、前記立体的細胞組織をHE染色した場合に染色されない、請求項1~のいずれか一項に記載の立体的細胞組織を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立体的細胞組織の製造方法に関する。
本願は、2016年2月22日に日本に出願された特願2016-030916号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療はもとより、生体に近い環境が求められる薬剤のアッセイ系において、平板上で成育させた細胞よりも立体的に組織化させた三次元細胞組織を使用することの優位性が示されている。そのため、生体外で細胞の三次元組織を構築するための様々な技術が開発されている。例えば、細胞が付着できない表面基板上で塊を形成させる方法(特許文献1)や液滴中で塊を形成させる方法(特許文献2)、透過性膜上に細胞を集積させる方法(特許文献3)等が開発されている。このような細胞の組織化を維持するためには、生体自身が産生するコラーゲンなどの細胞外マトリックス(ECM)が細胞間の結合や足場形成に必要である。そのため、人為的に細胞組織を構築する際、ECMを外部から添加することが検討されてきた(特許文献4~7)。特許文献5には、酵素処理等により単離した細胞を、代表的なECMであって細胞保護作用を有する水溶性高分子であるコラーゲン等と接触させた後、三次元集合体として培養する方法が開示されている。この方法によれば、培養中に細胞周辺で水溶性高分子のゲルが形成される。
【0003】
特許文献8および非特許文献1には、温度応答性の樹脂であるpoly(N-isopropylacrylamide)(PIPAAm)を表面に固定化した培養皿を用いて細胞シートを作製し、作製した細胞シートを積層することで三次元組織を構築する方法が開示されている。この方法は細胞シートの剥離を必須とするが、細胞の形状を維持させつつ剥離するのは困難である。
【0004】
非特許文献2には、細胞膜と静電相互作用をするナノ磁性微粒子を含むマグネタイトカチオニックリポソーム(MCL)を用いて細胞の三次元組織を構築する方法が開示されている。しかしながら、この方法では、細胞層の厚みや三次元配置の制御が困難である。
【0005】
特許文献9には、細胞層の形成と、前記細胞層を第1物質含有液と第2物質含有液とに交互に接触させる工程とを繰り返し行い、ナノメートルサイズの厚みのECM(細胞外マトリックス)を介して連続的に細胞層を積層することで、三次元組織を構築する方法が開示されている。この方法では、単層の細胞シートの剥離や剥離した細胞シートの重ね合わせ等が不要であるため、優れた再現性・効率で三次元組織を製造できるとされている。しかしながら、細胞層を一層ずつ培養するため、三次元組織の構築に長時間を要する。また、同一平面内に多種細胞の配置をさせることが困難であるため、三次元配置のバリエーションに限界がある。
【0006】
特許文献10には、細胞の表面全体が接着膜で被覆された被覆細胞を作製し、接着膜を介して細胞を接着させることにより、三次元組織を構築する方法が開示されている。この方法では、被覆細胞の作製のために多数回の遠心分離工程が必要とされる。そのため、細胞の種類によっては物理的ダメージを受ける可能性がある。また、遠心分離時の上清除去と共に細胞が失われ、細胞の回収率が低下する場合もある。
【0007】
本発明者らは、以前に、正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)をフィブロネクチン(FN)、ヘパリン(Hep)、またはデキストラン硫酸(DS)と混合し、次いで混合物を遠心分離に供することよって、ゲル様の細胞集合体が形成されることを見出した(非特許文献3)。また、このゲル様の細胞集合体を特許文献10に記載の方法に用いることで、三次元組織を構築した。しかし、上記方法では、厚い組織を得ることは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】日本国特許第4159103号明細書
【文献】日本国特許第5847733号明細書
【文献】日本国特許第5669741号明細書
【文献】日本国特開昭63-222685号公報
【文献】日本国特許第2824081号明細書
【文献】日本国特許第5458259号明細書
【文献】日本国特許第5409009号明細書
【文献】国際公開第2002/008387号
【文献】日本国特許第4919464号明細書
【文献】日本国特許第5850419号明細書
【非特許文献】
【0009】
【文献】Joseph Yang et al.,Biomaterials,26,2005,6415-6422
【文献】Akira Ito et al.,Tissue engineering,10(5-6),2004,833-840
【文献】Akihiro Nishiguchi et al., Macromol Biosci. 2015 Mar;15(3):312-7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の解決すべき課題は、従来技術と比較して、より迅速かつ簡便に、より厚い立体的細胞組織を製造できる方法を提供すること等である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決せんと鋭意研究を重ねたところ、細胞をカチオン性物質、高分子電解質、および細胞外マトリックス成分と混合することにより得られた混合物を用いることにより、多数回の遠心処理を要するような従来技術と比較してより迅速かつ簡便に、より厚い立体的細胞組織を製造できる方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明の第一態様に係る立体的細胞組織を製造する方法は、立体的細胞組織を製造する方法であって、細胞をカチオン性物質、および細胞外マトリックス成分を少なくとも含む溶液に懸濁されている混合物を得るA工程と、得られた前記混合物から前記細胞を集め、基材上に細胞集合体を形成するB工程と、前記細胞を培養し、立体的細胞組織を得るC工程とを含み、前記A工程および前記B工程を少なくとも1回行った後、前記C工程を行い、前記細胞外マトリックス成分はコラーゲンであり、前記混合物が高分子電解質を含み、前記高分子電解質は、グリコサミノグリカン、デキストラン硫酸、ラムナン硫酸、フコイダン、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、ポリアクリル酸、ならびにそれらの組み合わせからなる群から選択され、前記混合物中の前記細胞外マトリックス成分の濃度が、0.025mg/mL以上1.0mg/mL未満であり、前記混合物中の前記高分子電解質の濃度が、0.025mg/mL以上1.0mg/mL未満であ
【発明の効果】
【0013】
本発明の上記各態様によれば、従来技術と比較してより迅速かつ簡便に立体的細胞組織を製造することができる。また、本発明の上記各態様の方法を用いることで、従来技術と比較してより厚い立体的細胞組織を製造することができる。これにより、これまで構築できなかった厚さの立体的細胞組織を製造することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】ヘパリンおよびコラーゲンを用いて構築された立体的細胞組織のHE染色の結果を示す。
図2】ヘパリンおよびコラーゲンを用いて構築された立体的細胞組織のHE染色の結果を示す。サンプルAでは、細胞とヘパリンおよびコラーゲンの混合物をそのままセルカルチャーインサートに播種した。サンプルBでは、細胞とヘパリンおよびコラーゲンの混合物を遠心して得られた粘稠体を用いた。
図3】ヘパリンおよびコラーゲンを用いて構築された立体的細胞組織のHE染色の結果を示す。
図4】連続積層によって構築した、3層組織体および5層組織体の蛍光顕微鏡観察結果を示す。
図5】癌組織モデルのHE染色の結果および蛍光顕微鏡観察結果を示す。
図6】組織体の収縮抑制の検討結果を示す。(a)3.5×10細胞/10%FBS含有DMEM、(b)3.5×10細胞/10%FBS含有DMEM(5μM Y-27632添加)、(c)5.0×10細胞/10%FBS含有DMEM(5μM Y-27632添加)。
図7】脈管構造を有する立体的細胞組織の蛍光顕微鏡観察結果を示す。(a)セルカルチャーインサートの全体像、(b)(a)において四角で囲った領域の拡大図。
図8】脈管構造を有する立体的細胞組織のHE染色および免疫染色の結果を示す。
図9】ヘパリンおよびコラーゲンを用いずに構築した組織体(比較例1)を示す。
図10】特許文献5に記載の方法を用いた場合の組織体(比較例2)を示す。(a)は得られた組織の全体図、(b)はその拡大図を示す。1×10細胞のNHDFを用いた。
図11】特許文献5に記載の方法を用いた場合の組織体(比較例2)を示す。(a)は得られた組織の全体図、(b)はその拡大図を示す。1×10細胞のNHDFを用いた。
図12】特許文献5に記載の方法を用いた場合の組織体(比較例2)を示す。(a)は得られた組織の全体図、(b)はその拡大図を示す。3.5×10細胞のNHDFを用いた。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一実施形態に係る立体的細胞組織を製造する方法は、
(A)細胞をカチオン性物質および細胞外マトリックス成分と混合する工程、
(B)得られた混合物から細胞を集め、基材上に細胞集合体を形成する工程、および
(C)細胞を培養し、立体的細胞組織を得る工程
を含む方法に関する。
【0016】
本発明においては、工程(A)において、細胞をカチオン性物質および細胞外マトリックス成分と混合し、この細胞混合物から細胞集合体を形成することにより、内部に大きな空隙が少ない立体的細胞組織を得ることができる。また、得られた立体的細胞組織は、比較的安定であるため、少なくとも数日間の培養が可能であり、かつ培地交換時にも組織が崩壊し難い。
【0017】
工程(A)において、細胞をさらに高分子電解質と混合することが好ましい。細胞をカチオン性物質、高分子電解質および細胞外マトリックス成分と混合することにより、より効率良く空隙が少なく厚みのある立体的細胞組織が得られる。
【0018】
本実施形態に係る方法は、工程(A)の後に、(A’-1)得られた混合物から液体部分を除去し、細胞集合体を得る工程、および(A’-2)細胞集合体を溶液に懸濁する工程、を含み、かつ工程(B)に代えて、(B’)得られた懸濁液から細胞を沈殿し、基材上に細胞の沈殿体を形成する工程を含んでもよい。上述の工程(A)~(C)を実施することで所望の組織体を得ることができるが、工程(A)の後に(A’-1)および(A’-2)を実施し、工程(B)に代えて工程(B’)を実施することで、より均質な組織体を得ることができる。
【0019】
本実施形態の方法において、細胞とカチオン性物質、高分子電解質、および細胞外マトリックス成分との混合は、ディッシュ、チューブ、フラスコ、ボトル、プレートなどの適当な容器中で行われてもよく、工程(B)において用いられる基材上で行われてもよい。工程(A’-2)における懸濁もまた、ディッシュ、チューブ、フラスコ、ボトル、プレートなどの適当な容器中で行われてもよく、工程(B’)において用いられる基材上で行われてもよい。
【0020】
本明細書において、「立体的細胞組織」とは、少なくとも一種類の細胞を含む立体的な集合体を意味する。本実施形態によって構築される立体的細胞組織には、皮膚、毛髪、骨、軟骨、歯、角膜、血管、リンパ管、心臓、肝臓、膵臓、神経、食道などの生体組織、ならびに固形癌モデル(例えば、胃癌、食道癌、大腸癌、結腸癌、直腸癌、膵臓癌、乳癌、卵巣癌、前立腺癌、腎細胞癌、肝癌など)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0021】
本明細書において、「細胞集合体」とは細胞の集団を意味する。細胞集合体には、遠心分離やろ過などによって得られる細胞の沈殿体(細胞を沈殿させることにより形成された細胞の集合体)も含まれる。ある実施形態では、細胞集合体はスラリー状の粘稠体である。本明細書において、「スラリー状の粘稠体」とは、Akihiro Nishiguchi et al., Macromol Biosci. 2015 Mar;15(3):312-7(非特許文献3)に記載されるようなゲル様の細胞集合体を指す。
【0022】
本実施形態で用いられるカチオン性物質としては、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、任意の正電荷を有する物質を用いることができる。カチオン性物質には、トリス-塩酸緩衝液、トリス-マレイン酸緩衝液、ビス-トリス-緩衝液、およびHEPESなどのカチオン性緩衝液、ならびにエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリリシン、ポリヒスチジン、およびポリアルギニンが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態で用いられるカチオン性物質はカチオン性緩衝液であることが好ましい。本実施形態で用いられるカチオン性物質はトリス-塩酸緩衝液であることがより好ましい。
【0023】
カチオン性物質の濃度は、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。本実施形態で用いられるカチオン性物質の濃度は10~100mMであることが好ましい。例えば、本実施形態で用いられるカチオン性物質の濃度は、20~90mM、30~80mM、40~70mM、45~60mMであることが好ましい。本実施形態で用いられるカチオン性物質の濃度は50mMであることがより好ましい。
【0024】
カチオン性物質としてカチオン性緩衝液が用いられる場合、カチオン性緩衝液のpHは、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。本実施形態で用いられるカチオン性緩衝液のpHは6.0~8.0であることが好ましい。例えば、本実施形態で用いられるカチオン性緩衝液のpHは、7.0、7.1、7.2、7.3、7.4、7.5、7.6、7.7、7.8、7.9、または8.0である。本実施形態で用いられるカチオン性緩衝液のpHは7.2~7.6であることがより好ましい。本実施形態で用いられるカチオン性緩衝液のpHは7.4であることがさらに好ましい。
【0025】
本明細書において、「高分子電解質」とは、高分子鎖中に解離可能な官能基を有する高分子を意味する。本実施形態で用いられる高分子電解質としては、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、任意の高分子電解質を用いることができる。高分子電解質には、ヘパリンや、コンドロイチン硫酸(例えば、コンドロイチン4-硫酸、コンドロイチン6-硫酸)、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ヒアルロン酸等のグリコサミノグリカン;デキストラン硫酸や、ラムナン硫酸、フコイダンや、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、およびポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、ポリアクリル酸等が挙げられるが、これらに限定されない。これらの高分子電解質は、単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。本実施形態で用いられる高分子電解質はグリコサミノグリカンであることが好ましい。また、本実施形態で用いられる高分子電解質はヘパリンまたはデキストラン硫酸、コンドロイチン硫酸、またはデルマタン硫酸であることがより好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質はヘパリンであることがさらに好ましい。細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、上述の高分子電解質の誘導体を用いてもよい。
【0026】
高分子電解質の濃度は、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。本実施形態で用いられる高分子電解質の濃度は0mg/mL超1.0mg/mL未満であることが好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質の濃度は0.025mg/mL以上0.1mg/mL以下がより好ましい。例えば、0.025、0.05、0.075、または0.1mg/mLである。本実施形態で用いられる高分子電解質の濃度は0.05mg/mL以上0.1mg/mL以下であることがさらに好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質の濃度は0.05mg/mLであることがさらに好ましい。本実施形態において、高分子電解質を適切な溶媒に溶解して用いてもよい。溶媒の例としては、水および緩衝液が挙げられるが、これらに限定されない。上述のカチオン性物質としてカチオン性緩衝液が用いられる場合、高分子電解質をカチオン性緩衝液に溶解して用いてもよい。
【0027】
本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分としては、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、細胞外マトリックス(ECM)を構成する任意の成分を用いることができる。細胞外マトリックス成分には、コラーゲンや、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン、およびプロテオグリカン等が挙げられるが、これらに限定されない。これらの細胞外マトリックス成分は、単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。プロテオグリカンには、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン、デルマタン硫酸プロテオグリカンが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分はコラーゲン、ラミニン、フィブロネクチンであり、中でもコラーゲンであることが好ましい。細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、上述の細胞外マトリックス成分の改変体およびバリアントを用いてもよい。
【0028】
細胞外マトリックス成分の濃度は、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度は0mg/mL超1.0mg/mL未満であることが好ましい。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度は0.025mg/mL以上0.1mg/mL以下であることがより好ましく、例えば、0.025、0.05、0.075、または0.1mg/mLである。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度は0.05mg/mL以上0.1mg/mL以下であることがさらに好ましい。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度は0.05mg/mLであることがさらに好ましい。本実施形態において、細胞外マトリックス成分を適切な溶媒に溶解して用いてもよい。溶媒の例としては、水、緩衝液、酢酸などが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態では、細胞外マトリックス成分は緩衝液または酢酸に溶解されることが好ましい。
【0029】
本実施形態では、高分子電解質と細胞外マトリックス成分との配合比は1:2~2:1であることが好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質と細胞外マトリックス成分との配合比は1:1.5~1.5:1であることがより好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質と細胞外マトリックス成分との配合比は1:1であることがさらに好ましい。
【0030】
本実施形態に係る方法に用いられる細胞は特に限定されないが、例えば、ヒトや、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、マウス、ラット等の動物に由来する細胞である。細胞の由来部位も特に限定されず、骨や、筋肉、内臓、神経、脳、骨、皮膚、血液等などに由来する体細胞であってもよく、生殖細胞であってもよい。さらに、本実施形態に係る方法に用いられる細胞は、誘導多能性幹細胞細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)であってもよい。あるいは、初代培養細胞や、継代培養細胞、および細胞株細胞などの培養細胞であってもよい。一種類の細胞を用いてもよいし、複数種類の細胞を用いてもよい。本実施形態に係る方法に用いられる細胞には、例えば、神経細胞や、樹状細胞、免疫細胞、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、線維芽細胞、肝癌細胞等の癌細胞、上皮細胞、心筋細胞、肝細胞、膵島細胞、組織幹細胞、平滑筋細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0031】
本実施形態に係る方法により得られる立体的細胞組織は、一種類の細胞を含んでいてもよく、複数種類の細胞を含んでいてもよい。本実施形態では、立体的細胞組織に含まれる細胞は、神経細胞、樹状細胞、免疫細胞、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、線維芽細胞、癌細胞、上皮細胞、心筋細胞、肝細胞、膵島細胞、組織幹細胞、および平滑筋細胞からなる群から選択される。また、本実施形態に係る方法により得られる立体的細胞組織は、脈管構造を有していてもよい。「脈管構造」とは、生体組織における血管網やリンパ管網のような、ネットワーク状の構造を指す。
【0032】
本実施形態の上記方法では、工程(A’-1)における液体部分を除去する手段として、当業者に公知の手法を用いることができる。例えば、遠心分離やろ過によって、液体部分を除去してもよい。遠心分離の条件は、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、混合物の入ったマイクロチューブを室温、400×gで1分間の遠心分離に供して液体部分と細胞集合体とを分離することによって、液体部分を除去する。あるいは、自然沈降によって細胞を集めた後、液体部分を除去してもよい。
【0033】
本実施形態の上記方法の工程(A’-2)において用いられる溶液は、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、使用される細胞に適した細胞培養培地または緩衝液が用いられる。
【0034】
本実施形態の上記方法の工程(B)または(B’)において用いられる基材には、細胞の培養に用いるための培養容器が挙げられる。培養容器は、細胞や微生物の培養に通常用いられている素材、形状を有する容器であってよい。培養容器の素材としては、ガラスや、ステンレス、プラスチックなどが挙げられるが、これらに限定されない。培養容器としては、ディッシュや、チューブ、フラスコ、ボトル、プレートなどが挙げられるが、これらに限定されない。基材は、例えば、液体中の細胞を通過させず、液体を通すことが可能な材料である。
本実施形態で用いられる基材は透過膜であることが好ましい。かかる透過膜を有する容器としては、Transwell(登録商標)インサート、Netwell(登録商標)インサート、Falcon(登録商標)セルカルチャーインサート、Millicell(登録商標)セルカルチャーインサートなどのセルカルチャーインサートが挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
本実施形態の上記方法では、工程(B)または(B’)における細胞を集める手段として、当業者に公知の手法を用いることができる。例えば、遠心分離、磁性分離、またはろ過によって、細胞を集めてもよい。遠心分離の条件は、細胞の生育に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、混合物または懸濁液をセルカルチャーインサートに播種し、10℃、400×gで1分間の遠心分離に供することで、細胞を集める。あるいは、自然沈降によって細胞を集めてもよい。工程(B’)では、例えば遠心分離やろ過によって懸濁液から液体部分を除去することで、基材上に細胞の沈殿体を形成してもよい。あるいは、自然沈降によって基材上に細胞の沈殿体を形成してもよい。工程(B)における細胞集合体または工程(B’)における細胞の沈殿体は層状であってもよい。
【0036】
本実施形態では、構築された立体的細胞組織の変形(例えば、組織の収縮、組織末端の剥離等)を抑制するための物質が用いられる。このような物質としては、選択的ROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)阻害剤であるY-27632が挙げられるが、これに限定されない。本実施形態では、当該物質の存在下で工程(C)を行う。当該物質の存在下で細胞集合体を培養することにより構築された立体的細胞組織の収縮が抑制される。その結果、構築された組織がセルカルチャーインサート等の基材から剥離することが抑制される。例えば、工程(A)において、このような物質をさらに混合してもよい。あるいは、工程(A’-2)において用いる溶液に、このような物質をさらに添加してもよい。あるいは、工程(C)で細胞を培養する際に、このような物質を培地に添加してもよい。
【0037】
本実施形態の上記方法の工程(C)において、細胞の培養は、培養される細胞に適した培養条件下で行うことができる。当業者は、細胞の種類や所望の機能に応じて適切な培地を選択することができる。培養温度や培養時間等の諸条件もまた、当業者が容易に定めうる。
【0038】
本実施形態の上記方法の工程(A)~(B)または(A)~(B’)を繰り返すことで、細胞集合体または細胞の沈殿体を積層することが可能である。これにより、複数の層を有する立体的細胞組織を構築することができる。この場合、複数種類の細胞を用いて、異なる種類の細胞によって構成される立体的細胞組織を構築してもよい。本実施形態では、構築される立体的細胞組織の厚さは約5~約300、約400、あるいは約500μmである。好ましくは、150μm以上、より好ましくは200μm以上、さらに好ましくは250μm以上である。本発明の上記方法の工程(A)~(B)または(A)~(B’)を繰り返すことにより、例えば、厚さが150~500μmと厚みがあるにもかかわらず、内部に空隙の少ない立体的細胞組織が得られる。本実施形態では、構築される立体的細胞組織における細胞層の数は1~約100層であることが好ましく、10~約100層であることがより好ましい。細胞層とは、立体的細胞組織の厚み方向の断面の切片画像において、細胞核を認識できる倍率、つまり、染色した切片の厚みの全体が視野に入る倍率で観察した際に、細胞の自重、高さ方向に対して細胞核が重ならない時に別の層と定義する。なお、その際、自重と垂直(横)方向の視野は、少なくとも200μm以上は確保する。なお、本実施形態においては、100~200倍の倍率で立体的細胞組織の厚み方向の断面の切片画像を観察する。
【0039】
本実施形態の上記方法の工程(A)~(B)または(A)~(B’)を繰り返すことで得られた立体的細胞組織は、従来の細胞の積層方法により得られた立体的細胞組織と比較して、単位厚み当たりの細胞層の数が少ない。本実施形態において、構築される立体的細胞組織は、生体外で得られる。また、本実施形態に係る立体的細胞組織は、細胞と、細胞外マトリックス成分とを含有し、厚み10μm当たりの細胞層の数が、2.8層以下であり、好ましくは2.5層以下であり、より好ましくは2.2層以下である。本実施形態において、得られた立体的細胞組織において、厚みが最大となる位置(最大地点)を含む領域における厚み方向100μm、幅方向50μmの面積あたりの細胞数が5個以上70個以下であることが好ましく、10個以上60個以下であることがより好ましく、15個以上50個以下であることがさらに好ましい。
本明細書において、立体的細胞組織の厚みとは組織の自重方向の長さである。自重方向とは重力のかかる方向である。本実施形態においては、組織の厚み方向の断面からなる切片を用いて、細胞数を以下のように測定することができる。当該切片において、所定の大きさ以上の空隙がない領域のうち、立体的細胞組織の厚みが最大になる位置(最大地点)を決定する。厚みの最大値付近を含む幅50μmの短冊状(組織の天面から底面までを含む)の領域を測定領域として、当該測定領域中に含まれる細胞核の数を計数する。当該測定領域には空隙を含まないようにする。なお、空隙の所定の大きさとは、最大径50μm以上をいう。空隙の最大径とは空隙が矩形の場合は長辺、球形の場合は直径、楕円形の場合は長径、不定形の場合は略楕円に近似した場合の長径をいう。なお、HE染色した切片上で空隙は染色されない。但し、厚みの最大値を含む領域の天面が凸形状の場合、組織が基材から剥離している場合もある。このような場合はその最大値近傍でかつ天面が比較的平坦な領域を測定領域とする。この場合、厚みの最大値付近を含む幅方向100μm~650μmの領域を測定領域とする。
計数した当該測定領域に少なくとも一部分が含まれている細胞核は、測定領域に含まれる細胞核として計数する。計数した細胞数から、厚み方向100μm、幅方向50μmの面積あたりの前記細胞数を算出する。
【0040】
本発明の一実施形態に係るキットは、上記実施形態に係る方法を実施するためのキットであって、細胞、カチオン性物質、高分子電解質または細胞外マトリックス成分から選択される少なくとも1つの試薬を含む。通常、これらの試薬は適切な容器に入れて提供される。かかるキットは、上記実施形態の方法の実施を簡便にするための適当な試薬、例えば希釈液や、バッファー、および洗浄試薬などを含んでもよい。また、ディッシュや、セルカルチャーインサート、チューブ、フラスコ、ボトル、プレートなどの適当な基材を含んでもよい。さらに、上記実施形態の方法の実施に必要な説明書などの資材を含んでもよい。
【0041】
本発明の上記実施形態に係る方法によれば、細胞を遠心分離に供する回数は2回までで済む。従来法は操作が煩雑であり、遠心分離も多用する。したがって、本発明の上記実施形態に係る方法を用いることで、遠心分離の回数を減らすことができ、細胞のダメージを低減できる。また、操作中の細胞のロスを減らすことができ、高い細胞回収率を達成することができる。
【0042】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例
【0043】
実施例1.ヘパリンおよびコラーゲンを用いた立体的細胞組織の構築(1)
以下の実施例において、特に説明がない限り、コラーゲンとしてコラーゲンIを用いた。
3.5×10細胞の正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)を、150μLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と150μLのコラーゲン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液との混合液に懸濁した。用いたヘパリンおよびコラーゲンの終濃度の組み合わせは図1に示す通りである。得られた懸濁液を24well セルカルチャーインサート(Corning Inc、カタログ番号:3470)内に播種し、10℃、400×gで1分間、遠心した。これにより、セルカルチャーインサート上に細胞層を形成した。次いで、10%ウシ胎児血清(FBS)含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)をセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を採取し、パラフィン包埋切片を作製した。パラフィン包埋切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片について、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)を行った。HE染色は公知の方法に従った。
【0044】
HE染色の結果を図1に示す。ヘパリン単独およびコラーゲン単独の場合では、組織の形成は見られなかった。ヘパリン濃度が1.0mg/mL以上かつコラーゲン濃度が1.0mg/mL以上の場合では、コラーゲンの凝集形成と組織の収縮が観察された。これらの結果から、NHDFを用いる場合には、ヘパリン濃度およびコラーゲン濃度は、いずれも、0mg/mL超1.0mg/mL未満が好ましいことが示された。なお、コラーゲンの凝集形成は、コラーゲン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液の代わりに、コラーゲン/酢酸溶液(pH3.7)を用いることで改善された。また、ヘパリン、コラーゲン、及び細胞の懸濁液をセルカルチャーインサート内に播種した後、遠心操作をせずに自然沈降よって細胞層を形成させた場合であっても、立体的細胞組織を構築することができた。
【0045】
実施例2.ヘパリンおよびコラーゲンを用いた立体的細胞組織の構築(2)
3.5×10細胞のNHDFを、250μLの0.1mg/mLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と250μLの0.1mg/mLのコラーゲン/酢酸溶液(pH3.7)との混合液(すなわち、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度はそれぞれ0.05mg/mLであった)に懸濁した。以下の通り、サンプルAおよびBを作製した。
【0046】
(i)サンプルA
得られた混合物を24well セルカルチャーインサート内に播種し、10℃、400×gで1分間、遠心した。これにより、セルカルチャーインサート上に細胞層を形成した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を採取し、パラフィン包埋切片を作製した。パラフィン包埋切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片についてHE染色を行った。HE染色は公知の方法に従った。
【0047】
(ii)サンプルB
得られた混合物を室温、400×gで1分間、遠心し、粘稠体を得た。得られた粘稠体を10%FBS含有DMEMに懸濁した。得られた懸濁液を24well セルカルチャーインサート内に播種し、10℃、400×g(重力加速度)で1分間、遠心した。これにより、セルカルチャーインサート上に細胞層を形成した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を採取し、パラフィン包埋切片を作製した。パラフィン包埋切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片についてHE染色を行った。HE染色は公知の方法に従った。
【0048】
HE染色の結果を図2に示す。サンプルAでは、構築された組織の末端がセルカルチャーインサート表面から剥離していた。中央付近の組織の解離もわずかながら観察されたが、全体として立体的細胞組織を得ることができた。サンプルBでは、サンプルAに比べて均一な立体的細胞組織が得られた。これらの結果から、細胞、ヘパリン、およびコラーゲンの混合物を培養容器に播種する前に、混合物から粘稠体を得て、この粘稠体を使用することで、より均一な立体的細胞組織を得ることができることが示された。また、サンプルBに関して、粘稠体の懸濁液をセルカルチャーインサート内に播種した後、遠心操作をせずに自然沈降によって細胞層を形成させた場合であっても、立体的細胞組織を構築することができた。
【0049】
実施例3.ヘパリンおよびコラーゲンの濃度のさらなる検討
3.5×10細胞のNHDFを、250μLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と250μLのコラーゲン/酢酸溶液(pH3.7)との混合液に懸濁した。用いたヘパリンおよびコラーゲンの濃度の組み合わせは図3に示す通りである。得られた混合物を室温、400×gで1分間、遠心し、粘稠体を得た。得られた粘稠体を10%FBS含有DMEMに懸濁した。得られた懸濁液を24well セルカルチャーインサート内に播種し、10℃、400×gで1分間、遠心した。これにより、セルカルチャーインサート上に細胞層を形成した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を採取し、パラフィン包埋切片を作製した。
パラフィン包埋切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片についてHE染色を行った。HE染色は公知の方法に従った。
【0050】
HE染色の結果を図3に示す。コラーゲンの終濃度が0.075mg/mL以上の場合、構築された組織の両端のセルカルチャーインサート表面からの剥離が顕著に観察された。
【0051】
実施例4.連続積層組織体の構築
セルトラッカーグリーンで予め蛍光染色したNHDFとセルトラッカーレッドで予め蛍光染色したNHDFとを用いて、連続積層組織体を構築した。組織体の構築手順は以下の通りである。
【0052】
(i)3層組織体
1.0×10細胞のセルトラッカーレッドで予め蛍光染色したNHDFを、150μLの0.2mg/mLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と150μLの0.2mg/mLのコラーゲン/酢酸溶液(pH3.7)との混合液(すなわち、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度はそれぞれ0.1mg/mLであった)に懸濁した。実施例2の(ii)の手順に従って、セルカルチャーインサート上に第1の細胞層を形成した。同様の手法により、1.0×10細胞のセルトラッカーグリーンで予め蛍光染色したNHDFを用いて、第1の細胞層上に第2の細胞層を形成した。さらに、同様の手法により、1.0×10細胞のセルトラッカーレッドで予め蛍光染色したNHDFを用いて、第2の細胞層上に第3の細胞層を形成した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を採取し、凍結切片を作製した。凍結切片の作製は公知の方法に従った。
【0053】
(ii)5層組織体
0.6×10細胞のセルトラッカーグリーンで予め蛍光染色したNHDFを、150μLの0.2mg/mLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と150μLの0.2mg/mLのコラーゲン/酢酸溶液(pH3.7)との混合液に懸濁した。実施例2の(ii)の手順に従って、セルカルチャーインサート上に第1の細胞層を形成した。同様の手法により、0.6×10細胞のセルトラッカーレッドで予め蛍光染色したNHDFを用いて、第1の細胞層上に第2の細胞層を形成した。さらに、同様の手法により、0.6×10細胞のセルトラッカーグリーンで予め蛍光染色したNHDFを用いて、第2の細胞層上に第3の細胞層を形成した。さらに、同様の手法により、0.6×10細胞のセルトラッカーレッドで予め蛍光染色したNHDFを用いて、第3の細胞層上に第4の細胞層を形成した。さらに、同様の手法により、0.6×10細胞のセルトラッカーグリーンで予め蛍光染色したNHDFを用いて、第4の細胞層上に第5の細胞層を形成した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を採取し、凍結切片を作製した。凍結切片の作製は公知の方法に従った。
【0054】
切片の蛍光顕微鏡観察結果を図4に示す。それぞれ、上図が組織体の全体図、下図がその拡大図である。構築された組織中に層構造が観察できる。
【0055】
実施例5.癌組織モデルの構築
NHDFと大腸癌細胞(HT29細胞)とを用いて、癌組織モデルを構築した。NHDFを予めセルトラッカーグリーンで蛍光染色した。また、HT29細胞を予めセルトラッカーレッドで蛍光染色した。3.5×10細胞(90% NHDF、10% HT29細胞)を、250μLの0.1mg/mLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と250μLの0.1mg/mLのコラーゲン/酢酸溶液(pH3.7)との混合液(すなわち、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度はそれぞれ0.05mg/mLであった)に懸濁した。実施例2の(ii)の手順に従って、セルカルチャーインサート上に細胞層を形成した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。
培養後、構築された組織を採取し、凍結切片を作製した。凍結切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片についてHE染色を行った。HE染色は公知の方法に従った。
【0056】
HE染色の結果および蛍光顕微鏡観察結果を図5に示す。(a)は凍結切片のHE染色の結果を示す。(b)は凍結切片の蛍光顕微鏡観察結果を示す。(c)は(a)の拡大図である。(d)は(b)の拡大図である。(d)中、白丸で囲った領域に、赤色で染色されたHT29細胞が観察された。
【0057】
実施例6.組織体の収縮抑制
Y-27632(Calbiochem、カタログ番号:688000)を用いて、構築された組織の収縮の抑制を検討した。本実施例では、実施例3(図3)において組織の両端のセルカルチャーインサート表面からの剥離が観察された、ヘパリンおよびコラーゲンの濃度を採用した。250μLの0.2mg/mLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と250μLの0.2mg/mLのコラーゲン/酢酸溶液(pH3.7)との混合液(すなわち、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度はそれぞれ0.1mg/mLであった)にNHDFを懸濁した。実施例2の(ii)の手順に従って、セルカルチャーインサート上に細胞層を形成した。用いた細胞数および粘稠体の懸濁に用いた溶液は、以下の表の通りである。
【表1】
次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を採取し、パラフィン包埋切片を作製した。パラフィン包埋切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片についてHE染色を行った。HE染色は公知の方法に従った。
【0058】
HE染色の結果を図6に示す。Y-27632を添加することで、構築された組織体の収縮が抑制され、より均一な組織が得られた。また、5.0×10細胞を用いた場合であっても、組織の両端はセルカルチャーインサート(基材)の表面から剥離せず、より均一な組織体を得ることができた。組織体の平均厚さは270μmであった。
【0059】
実施例7.脈管構造を有する立体的細胞組織の構築(1)
2.0×10細胞のNHDFと3.0×10細胞のヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)とを、150μLの0.2mg/mLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と150μLの0.2mg/mLのコラーゲン/酢酸溶液(pH3.7)との混合液(すなわち、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度はそれぞれ0.1mg/mLであった)に懸濁した後、室温、400×gで1分間、遠心し、粘稠体を得た。得られた粘稠体を10%FBS含有DMEMに懸濁後、得られた懸濁液を24well セルカルチャーインサート内に播種し、室温、400×gで1分間、遠心した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて8日間、培養した。培養後、抗CD31抗体(モノクローナルマウス抗ヒトCD31抗体、Clone JC70A、Code M0823、Dako)を一次抗体として、ヤギ抗マウスIgG-AlexaFluor(登録商標)488(Invitrogen(商標))を二次抗体として用いて、構築された組織を免疫染色した。免疫染色の方法は公知の方法に従った。
【0060】
免疫染色の結果を図7に示す。図7に示される通り、組織中にネットワーク血管網が形成された。
【0061】
実施例8.脈管構造を有する立体的細胞組織の構築(2)
1.0×10細胞のNHDFと1.0×10細胞のヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)とを、250μLの0.1mg/mLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と250μLの0.1mg/mLのコラーゲン/酢酸溶液(pH3.7)との混合液(すなわち、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度はそれぞれ0.05mg/mLであった)に懸濁した。実施例2の(ii)の手順に従って、セルカルチャーインサート上に細胞層を形成した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて3日間、培養した。
培養後、構築された組織を採取し、パラフィン包埋切片を作製した。パラフィン包埋切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片についてHE染色を行った。HE染色は公知の方法に従った。また、抗CD31抗体(モノクローナルマウス抗ヒトCD31抗体、Clone JC70A、Code M0823、Dako)を用いて免疫染色を行った。
免疫染色の方法は公知の方法に従った。発色基質には3,3’-Diaminobenzidine(DAB)、核染色試薬にはヘマトキシリンを用いた。
【0062】
HE染色の結果を図8に示す。図8に示される通り、CD31陽性細胞に囲まれた管腔構造が組織中に観察された。図7および図8に示される結果から、線維芽細胞と血管内皮細胞とを組み合わせて用いることで、血管網を有する立体的細胞組織を形成できることが示された。
【0063】
比較例1.ヘパリンおよびコラーゲンを用いない場合
10%FBS含有DMEMに懸濁した3.5×10細胞のNHDFを24well セルカルチャーインサート内に播種し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を採取し、パラフィン包埋切片を作製した。パラフィン包埋切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片についてHE染色を行った。HE染色は公知の方法に従った。
【0064】
比較例1のHE染色の結果を図9に示す。比較例1では、実施例よりも薄い組織しか構築できなかった。また組織の中央部分で解離が見られた。
【0065】
比較例2.特許文献5に記載の方法を用いた場合
特許文献5に記載の方法を採用した場合に、立体的細胞組織が構築できるかどうかを検証した。NHDFの培養液をマイクロチューブにて遠心し、上清を除去して細胞を回収した。回収した細胞を0.1%コラーゲン溶液(10%FBS含有DMEMに溶解したもの)と混合し、4℃で10分間、回転撹拌することによって細胞の懸濁液を得た。用いた細胞数は1×10細胞、1×10細胞、および3.5×10細胞であった。細胞懸濁液を室温、400×gで1分間、遠心し、上清を除去して、細胞集合体を得た。この細胞集合体をセルカルチャーインサートに播種し、室温、400×gで1分間、遠心した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を採取し、パラフィン包埋切片を作製した。パラフィン包埋切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片についてHE染色を行った。HE染色は公知の方法に従った。
【0066】
比較例2のHE染色の結果を図10~12に示す。各々の図において、(a)は得られた組織の全体図、(b)はその拡大図を示す。図10は1×10細胞のNHDFを用いた結果である。得られた組織の厚さは約5μmであり、組織中の個々の細胞は判別できなかった。図11は1×10細胞のNHDFを用いた結果である。得られた組織の厚さは約40μmであったが、組織中、細胞間に多数の隙間が見られた。図12は3.5×10細胞のNHDFを用いた結果である。得られた組織の厚さは約120μmであったが、組織中、細胞間に多数の隙間が見られた。すなわち、特許文献5に記載の方法を採用しても、所望の立体的細胞組織を得ることはできなかった。
【0067】
比較例3.LbL法
特許文献10に開示される三次元組織の製造方法(LbL法)に従って、フィブロネクチン-ゼラチン薄膜(FN-G薄膜)を形成した3.5×10細胞のNHDFをセルカルチャーインサートに播種した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を採取し、パラフィン包埋切片を作製した。パラフィン包埋切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片についてHE染色を行った。HE染色は公知の方法に従った。
【0068】
比較例3では、得られた組織の中央部分で解離が見られた。すなわち、3.5×10細胞以上の細胞を用いて、100μmを超える厚さの組織体を形成することができなかった。
【0069】
実施例9.様々なカチオン性物質を用いた立体的細胞組織の構築
カチオン性物質として、トリス、ビストリス、およびHEPESを用いて、ヘパリンとコラーゲンと共に細胞と混合し、立体的細胞組織を構築した。
【0070】
3.5×10細胞のNHDFを、250μLの0.1mg/mLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と250μLの0.1mg/mLのコラーゲン/酢酸溶液(pH3.7)との混合液(すなわち、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度はそれぞれ0.05mg/mLであった)に懸濁し混合物を調製した。
0.1mg/mLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液に代えて、0.1mg/mLのヘパリン/50mM ビストリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液、0.1mg/mLのヘパリン/50mM トリス-マレイン酸緩衝液(pH7.4)溶液、0.1mg/mLのヘパリン/50mM HEPES緩衝液(pH7.4)、または0.1mg/mLのヘパリン/DMEM(酢酸添加、pH7.4-7.8)を用いて、同様にして、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度がそれぞれ0.05mg/mLの混合物を調製した。
【0071】
また、3.5×10細胞のNHDFを、250μLの0.2mg/mLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と250μLの0.2mg/mLのコラーゲン/酢酸溶液(pH3.7)との混合液(すなわち、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度はそれぞれ0.1mg/mLであった)に懸濁し混合物を調製した。
さらに、この0.2mg/mLのヘパリン/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液に代えて、0.2mg/mLのヘパリン/50mM ビストリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液、0.2mg/mLのヘパリン/50mM トリス-マレイン酸緩衝液(pH7.4)溶液、0.2mg/mLのヘパリン/50mM HEPES緩衝液(pH7.4)、または0.2mg/mLのヘパリン/DMEM(酢酸添加、pH7.4-7.8)を用いて、同様にして、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度がそれぞれ0.1mg/mLの混合物を調製した。
【0072】
対照として、3.5×10細胞のNHDFを、500μLの50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液に懸濁し、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度がそれぞれ0mg/mLである混合物を調製した。さらに、この50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液に代えて、50mM ビストリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液、50mM トリス-マレイン酸緩衝液(pH7.4)溶液、50mM HEPES緩衝液(pH7.4)、またはDMEM(酢酸添加、pH7.4-7.8)を用いて、同様にして、コラーゲンおよびヘパリンの終濃度がそれぞれ0mg/mLの混合物を調製した。
【0073】
得られた混合物を室温、400×gで1分間、遠心し、粘稠体を得た。得られた粘稠体を10%FBS含有DMEMに懸濁した。得られた懸濁液を24well セルカルチャーインサート内に播種し、室温、400×gで1分間、遠心した。これにより、セルカルチャーインサート上に細胞層を形成した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を10%ホルマリンで固定し、70%エタノールで浸漬後、パラフィン包埋切片を作製した。パラフィン包埋切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片についてHE染色を行った。HE染色は公知の方法に従った。
【0074】
HE染色した各評価切片から、構築された各立体的細胞組織の最大厚みを測定した。測定結果を表2に示す。この結果、カチオン性物質、ヘパリン、およびコラーゲンを細胞と混合して得られた立体的細胞組織は、いずれのカチオン性物質を用いた組織であっても、充分な厚みを有しており、かつ内部に空隙がほとんど観察されなかった。また、数日間安定して培養することができ、培地交換にも問題がなかった。これに対して、カチオン性物質を用いずにDMEM、ヘパリン、およびコラーゲンを細胞と混合して得られた立体的細胞組織は、ある程度の厚みはあるものの、内部に細かい空隙が多数存在していた。また、ヘパリンおよびコラーゲンを含まずにカチオン性物質のみ、あるいはDMEMのみで得られた組織は、内部に細かい空隙が多数存在しており、さらに組織自体が脆かった。そのため、数日間の培養にも耐えられず、培地交換時には細胞がばらばらになってしまった。
【0075】
【表2】
【0076】
実施例10.脈管構造を有する立体的細胞組織の構築(3)
カチオン性物質としてトリスと、表3に記載の高分子電解質および細胞外マトリックス成分とをそれぞれ用いて、脈管構造を有する立体的細胞組織を構築した。
【0077】
2.0×10細胞のNHDFと3.0×10細胞のHUVECを、150μLの0.2mg/mLまたは0.1mg/mLの高分子電解質/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と150μLの0.2mg/mLまたは0.1mg/mLの細胞外マトリックス成分/酢酸溶液(pH3.7)との混合液(すなわち、高分子電解質および細胞外マトリックス成分の終濃度はそれぞれ0.1mg/mLまたは0.05mg/mLであった)に懸濁した。その後、懸濁液を室温、400×gで1分間、遠心し、粘稠体を得た。
【0078】
また、高分子電解質および細胞外マトリックス成分を用いない対照として、2.0×10細胞のNHDFと3.0×10細胞のHUVECを、150μLの50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と150μLの酢酸溶液(pH3.7)との混合液に懸濁した。その後、懸濁液を室温、400×gで1分間、遠心し、細胞集合体を得た。
さらに、カチオン性物質をも用いない対照として、2.0×10細胞のNHDFと3.0×10細胞のHUVECとを、150μLのDMEMと150μLの酢酸溶液(pH3.7)との混合液に懸濁した。その後、懸濁液を室温、400×gで1分間、遠心し、細胞集合体を得た。
【0079】
得られた細胞集合体を10%FBS含有DMEMに懸濁後、得られた懸濁液を24well セルカルチャーインサート内に播種し、室温、400×gで1分間、遠心した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて5日間、培養した。培養後、抗CD31抗体(モノクローナルマウス抗ヒトCD31抗体、Clone JC70A、Code M0823、Dako)を一次抗体として、ヤギ抗マウスIgG-AlexaFluor(登録商標)594(Invitrogen(商標))を二次抗体として用いて、構築された組織を免疫染色した。免疫染色の方法は公知の方法に従った。この結果、全ての評価切片において、組織中にネットワーク血管網が形成されていた。
【0080】
この結果、全ての評価切片において、すなわち、高分子電解質と細胞外マトリックス成分の種類にかかわらず、高分子電解質および細胞外マトリックス成分の終濃度がそれぞれ0.1mg/mLの細胞懸濁液から構築した組織と両成分の終濃度がそれぞれ0.05mg/mLの細胞懸濁液から構築した組織のいずれも、組織中にネットワーク血管網が形成されていた。ただし、3成分全てを用いずに構築した組織と、トリスのみを用いて構築した組織とは、構築直後はネットワーク血管網が形成された立体的細胞組織であったが、細胞同士の接着性が低く、培地交換時には細胞がほどけて組織が崩れてしまった。
【0081】
次いで、構築された各立体的細胞組織の細胞層の密度を測定した。
具体的には、3.5×10細胞のNHDFを、250μLの0.2mg/mLまたは0.1mg/mLの高分子電解質/50mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)溶液と250μLの0.2mg/mLまたは0.1mg/mLの細胞外マトリックス成分/酢酸溶液(pH3.7)との混合液(すなわち、高分子電解質および細胞外マトリックス成分の終濃度はそれぞれ0.1mg/mLまたは0.05mg/mLであった)に懸濁した。その後、懸濁液を室温、400×gで1分間、遠心し、粘稠体を得た。得られた粘稠体を10%FBS含有DMEMに懸濁後、得られた懸濁液を24well セルカルチャーインサート内に播種し、室温、400×gで1分間、遠心した。次いで、10%FBS含有DMEMをセルカルチャーインサートに添加し、COインキュベーター(37℃、5%CO)にて24時間、培養した。培養後、構築された組織を10%ホルマリンで固定し、70%エタノールで浸漬後、パラフィン包埋切片を作製した。パラフィン包埋切片の作製は公知の方法に従った。作製した切片についてHE染色を行った。HE染色は公知の方法に従った。
【0082】
HE染色した各評価切片から、構築された各立体的細胞組織の最大厚みを測定した。この結果、カチオン性物質と高分子電解質と細胞外マトリックス成分の3成分いずれも混合せずに構築した組織が、最大厚みが最も薄かった。カチオン性物質、高分子電解質、および細胞外マトリックス成分の少なくとも1種を含んで構築した組織の最大厚みはいずれも、最大厚みが3成分いずれも混合せずに構築した組織以上であった。
【0083】
また、HE染色した各評価切片から、構築された各立体的細胞組織の細胞層の密度を測定した。具体的には、まず、各評価切片にある組織の細胞層数の最大値と、細胞層数が最大値となる部分の厚み(μm)とを測定した。細胞層数の最大値と厚みの測定値とから、厚み10μm当たりの細胞層数を算出した。
【0084】
表3に、高分子電解質および細胞外マトリックス成分の終濃度がそれぞれ0.1mg/mLの細胞懸濁液から構築した組織の評価切片の結果を示す。ただし、細胞外マトリックス成分としてラミニンを、高分子電解質としてポリスチレンスルホン酸を用いた場合のみ、混合液におけるそれぞれの終濃度が0.05mg/mLとして得た組織の結果を示す。
【0085】
表3の上段に、3成分いずれも混合せずに構築した組織の厚み(80μm)を1とした場合の各組織の最大厚みの相対値を示す。中段に、算出した厚み10μm当たりの細胞層数を示す。下段に、算出した厚み10μm当たりの細胞層数から、3成分全てを用いずに構築した組織の厚み10μm当たりの細胞層数を差し引いた細胞層数を示す。なお、トリス、ヘパリン、およびコラーゲンを細胞に混合して構築した組織のみ、3検体行ったため、表3には3検体分全ての結果を示した。表中、「Tris」はトリス-塩酸緩衝液を示し、「PSS」はポリスチレンスルホン酸を示し、「細胞外マトリックス」の欄中の「none」は細胞外マトリックスを添加していないことを意味し、縦軸の「none」はトリスと高分子電解質のいずれも添加していないことを意味する。
【0086】
【表3】
【0087】
また、HE染色した各評価切片から、上記実施形態に記載の方法を用いて構築された各立体的細胞組織の細胞数を計数した。
【0088】
表4に、高分子電解質および細胞外マトリックス成分の終濃度がそれぞれ0.1mg/mLの細胞懸濁液から構築した組織の評価切片の結果を示す。ただし、高分子電解質を用いずにトリスと細胞外マトリックス成分としてコラーゲンIとを用いた場合、細胞外マトリックス成分としてラミニンを、高分子電解質としてデキストラン硫酸、コンドロイチン硫酸A、デルマタン硫酸、コンドロイチン硫酸C、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリル酸を用いた場合、細胞外マトリックス成分としてコラーゲンIを、高分子電解質としてコンドロイチン硫酸Cを用いた場合、細胞外マトリックス成分としてコラーゲンIV、高分子電解質としてヘパリンを用いた場合、細胞外マトリックス成分としてフィブロネクチンを、高分子電解質としてポリアクリル酸を用いた場合は、混合液におけるそれぞれの終濃度が0.05mg/mLとして得た組織の結果を示す。
【0089】
表4の上段に、3成分いずれも混合せずに構築した組織の細胞数を計数した領域の厚みを1として、各組織の細胞数を計数した領域の厚みの相対値を示す。中段に、算出した厚み方向100μm、幅方向50μmの面積当たりの細胞数を示す。下段に、上記面積当たりの細胞数から、3成分全てを用いずに構築した組織の上記面積当たりの細胞数を差し引いた細胞数を示す。
【0090】
【表4】
【0091】
この結果、トリスおよび細胞外マトリックス成分を用いて構築した組織と、トリス、高分子電解質、および細胞外マトリックス成分を用いて構築した組織とは、充分な厚みがあるにもかかわらず、内部に空隙がほとんどなく、非常に良好な立体的細胞組織であった。これに対して、細胞外マトリックス成分を用いずに構築した組織では、内部に空隙が多数存在していた。また、3成分全てを用いずに構築した組織と、トリスのみを用いて構築した組織とは、細胞同士の接着性が低く、培地交換時には細胞がほどけて組織が崩れてしまった。これに対して、少なくとも高分子電解質および細胞外マトリックス成分のいずれかを含む組織は、培地交換も問題なく実施でき、長期間の培養が可能であった。
【0092】
トリスのみを用いて構築した組織は、3成分全てを用いずに構築した組織よりも最大厚みが約2倍も厚くなったが、細胞層及び細胞の密度は同程度であった。これに対して、トリスと共に少なくとも高分子電解質と細胞外マトリックス成分のいずれかを含む組織は、3成分全てを用いずに構築した組織よりも最大厚みは1.3~5.5倍と厚くなっているが、細胞層及び細胞の密度はいずれも3成分全てを用いずに構築した組織よりも小さくなっていた。なお、高分子電解質および細胞外マトリックス成分の終濃度がそれぞれ0.05mg/mLの細胞懸濁液から構築した組織の評価切片においても、ほぼ同様の結果が得られた。これらの結果から、カチオン性物質に加えて少なくとも細胞外マトリックス成分を細胞と混合することにより、細胞層密度の低く、かつ厚みのある立体的細胞組織が得られることがわかった。
【0093】
表3及び表4の数値を比較すると、高分子電解質を含まずトリス及び細胞外マトリックス成分を含む組織は、トリスのみで構築した組織よりも、10μmあたりの層数が少なく細胞数は同程度であることがわかった。これは当該組織中で、細胞核の高さが同じ位置(同一層と見なされる位置)にある細胞数が多いからと考えられる。言い換えると、当該組織中で細胞(核)が同一層とみなされる位置にある細胞数が当該組織の幅方向(横方向)に多いからであると考えられる。このことから、高分子電解質を含まずトリス及び細胞外マトリックス成分を含む組織は、トリスのみで構築した組織よりも、細胞が同じ階層に集合しやすいのに対し、トリスのみで構築した組織はより自重方向に密に集合している。
生体内の細胞はマトリックス成分に囲まれているが、ランダムに分散しているのではなく互いに隣接して存在している。この点に鑑みて、本発明によれば、互いに細胞が適切に隣接した状態でかつ自重方向につぶれずに存在した立体的組織が構築できる。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明によれば、より迅速かつ簡便に、より厚い立体的細胞組織を製造することができる。したがって、本発明は、再生医療分野において有用である。本発明はまた、医薬品開発においても有用である。
図1
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図12