(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-07
(45)【発行日】2022-02-16
(54)【発明の名称】炭素繊維束
(51)【国際特許分類】
D06M 15/227 20060101AFI20220208BHJP
D06M 13/17 20060101ALI20220208BHJP
D06M 13/224 20060101ALI20220208BHJP
D06M 15/263 20060101ALI20220208BHJP
D06M 15/347 20060101ALI20220208BHJP
D06M 15/53 20060101ALI20220208BHJP
D06M 15/564 20060101ALI20220208BHJP
D06M 101/40 20060101ALN20220208BHJP
【FI】
D06M15/227
D06M13/17
D06M13/224
D06M15/263
D06M15/347
D06M15/53
D06M15/564
D06M101:40
(21)【出願番号】P 2021013284
(22)【出願日】2021-01-29
(62)【分割の表示】P 2020017994の分割
【原出願日】2015-03-05
【審査請求日】2021-02-24
(31)【優先権主張番号】P 2014043336
(32)【優先日】2014-03-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】大谷 忠
(72)【発明者】
【氏名】高橋 厚
(72)【発明者】
【氏名】藤田 沙紀
(72)【発明者】
【氏名】原田 明
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-007280(JP,A)
【文献】特開2013-119684(JP,A)
【文献】国際公開第2012/017877(WO,A1)
【文献】特開2006-233346(JP,A)
【文献】国際公開第2010/074118(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/038574(WO,A1)
【文献】国際公開第03/012188(WO,A1)
【文献】特開2013-129946(JP,A)
【文献】特開2013-067915(JP,A)
【文献】特開2005-226193(JP,A)
【文献】特開2006-124847(JP,A)
【文献】特開2002-317383(JP,A)
【文献】国際公開第2007/037260(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/147257(WO,A1)
【文献】特開平09-250087(JP,A)
【文献】特開2011-021281(JP,A)
【文献】特開2002-088656(JP,A)
【文献】特開2010-149353(JP,A)
【文献】特開2006-077334(JP,A)
【文献】特開2012-188770(JP,A)
【文献】国際公開第2006/101269(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M 13/00 - 15/715
B29B 11/16
B29B 15/08 - 15/14
C08J 5/04 - 5/10
C08J 5/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維束に、質量平均分子量が10000以上の有機高分子物質(A)と、下記測定条件で求められる熱減量率が5質量%以上である有機化合物(B)とを含む混合物が、
炭素繊維束の総質量に対し、0.1~5.0質量%付着しており、
前記有機化合物(B)が、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、ベヘニン酸、及びアジピン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の脂肪酸と、メチルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、n-オクチルアルコール、2-エチルヘキシルアルコール、n-デシルアルコール、イソデシルアルコール、ラウリルアルコール、イソトリデシルアルコール、ミリスチルアルコール、セチルアルコール、ステアリルアルコール、オクチルドデシルアルコール、グリセリン、エチレングリコール、及びプロピレングリコールからなる群より選ばれる少なくとも1種の脂肪族アルコールとからなるエステルを含む炭素繊維束。
<熱減量率の測定条件>
試験対象物を、円筒状の容器(底面の直径が50mm、高さ10mm)にW
0(g)採取し、50リットル(1気圧、25℃における体積)/分の空気気流中、200℃で10分間熱処理して、熱処理後の固形分の質量を測定してW
1(g)とし、次式より算出する。
(熱減量率(質量%))=[(W
0-W
1)/W
0]×100
【請求項2】
炭素繊維束に、質量平均分子量が10000以上の有機高分子物質(A)と、下記測定条件で求められる熱減量率が0.8質量%以上である有機化合物(B)とを含む混合物が、
炭素繊維束の総質量に対し、0.1~5.0質量%付着しており、
前記有機化合物(B)が、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、ベヘニン酸、及びアジピン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の脂肪酸と、メチルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、n-オクチルアルコール、2-エチルヘキシルアルコール、n-デシルアルコール、イソデシルアルコール、ラウリルアルコール、イソトリデシルアルコール、ミリスチルアルコール、セチルアルコール、ステアリルアルコール、オクチルドデシルアルコール、グリセリン、エチレングリコール、及びプロピレングリコールからなる群より選ばれる少なくとも1種の脂肪族アルコールとからなるエステルを含む炭素繊維束。
<熱減量率の測定条件>
空気雰囲気下、対象試験物W
0(g) を20℃/minで昇温して熱減量曲線を取得し、150℃における質量のW
1(g)と、200℃における質量のW
2(g)とを測定し、次式より算出する。
(熱減量率(質量%))=[(W
0―W
2)/W
0]×100-[(W
0-W
1)/W
0] × 100
【請求項3】
炭素繊維束に、質量平均分子量が10000以上の有機高分子物質(A)と、下記測定条件で求められる熱減量率が5質量%以上である有機化合物(B)とを含む混合物が、炭素繊維束の総質量に対し、0.1~1.8質量%付着しており、前記有機化合物(B)が、ウレタン樹脂を含む炭素繊維束。
<熱減量率の測定条件>
試験対象物を、円筒状の容器(底面の直径が50mm、高さ10mm)にW
0
(g)採取 し、50リットル(1気圧、25℃における体積)/分の空気気流中、200℃で10分 間熱処理して、熱処理後の固形分の質量を測定してW
1
(g)とし、次式より算出する。
(熱減量率(質量%))=[(W
0
-W
1
)/W
0
]×100
【請求項4】
炭素繊維束に、質量平均分子量が10000以上の有機高分子物質(A)と、下記測定条件で求められる熱減量率が0.8質量%以上である有機化合物(B)とを含む混合物が、炭素繊維束の総質量に対し、0.1~1.8質量%付着しており、前記有機化合物(B)が、ウレタン樹脂を含む炭素繊維束。
<熱減量率の測定条件>
空気雰囲気下、対象試験物W
0
(g) を20℃/minで昇温して熱減量曲線を取得し、150℃における質量のW
1
(g)と、200℃における質量のW
2
(g)とを測定し、次式より算出する。
(熱減量率(質量%))=[(W
0
―W
2
)/W
0
]×100-[(W
0
-W
1
)/W
0
] × 100
【請求項5】
炭素繊維束に、質量平均分子量が10000以上の有機高分子物質(A)と、下記測定条件で求められる熱減量率が5質量%以上である有機化合物(B)とを含む混合物が、炭素繊維束の総質量に対し、0.1~5.0質量%付着しており、前記有機化合物(B)が、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテルを含む炭素繊維束。
<熱減量率の測定条件>
試験対象物を、円筒状の容器(底面の直径が50mm、高さ10mm)にW
0
(g)採取 し、50リットル(1気圧、25℃における体積)/分の空気気流中、200℃で10分 間熱処理して、熱処理後の固形分の質量を測定してW
1
(g)とし、次式より算出する。
(熱減量率(質量%))=[(W
0
-W
1
)/W
0
]×100
【請求項6】
炭素繊維束に、質量平均分子量が10000以上の有機高分子物質(A)と、下記測定条件で求められる熱減量率が0.8質量%以上である有機化合物(B)とを含む混合物が、炭素繊維束の総質量に対し、0.1~5.0質量%付着しており、前記有機化合物(B)が、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテルを含む炭素繊維束。
<熱減量率の測定条件>
空気雰囲気下、対象試験物W
0
(g) を20℃/minで昇温して熱減量曲線を取得し、150℃における質量のW
1
(g)と、200℃における質量のW
2
(g)とを測定し、次式より算出する。
(熱減量率(質量%))=[(W
0
―W
2
)/W
0
]×100-[(W
0
-W
1
)/W
0
] × 100
【請求項7】
前記有機化合物(B)の炭素繊維に対する付着量が
炭素繊維束の総質量に対し、0.2~4.0質量%である請求項
1~6のいずれか一項に記載の
炭素繊維束。
【請求項8】
前記混合物中、[前記有機高分子物質(A)の質量]:[前記有機化合物(B)の質量]で表される質量比が8.5:1.5~2:8である請求項
1~7のいずれか一項に記載の
炭素繊維束。
【請求項9】
前記有機高分子物質(A)の主鎖が炭素-炭素単結合によって構成されている請求項
1~8のいずれか一項に記載の
炭素繊維束。
【請求項10】
前記有機高分子物質(A)が側鎖に酸性基を含有する変性ポリオレフィン、(メタ)アクリル共重合体、及び変性ポリアミドからなる群のうちの少なくとも一つである請求項
1~9のいずれか一項に記載の
炭素繊維束。
【請求項11】
前記有機化合物(B)の30℃における粘度が、2500Pa・s以下である請求項
1~10のいずれか一項に記載の
炭素繊維束。
【請求項12】
前記混合物が、炭素繊維束の総質量に対し、0.2質量%以上1.0質量%以下付着している請求項1~11のいずれか一項に記載の炭素繊維束。
【請求項13】
前記有機高分子物質(A)の付着量が炭素繊維束の総質量に対し、0.1質量%以上である、請求項1~12のいずれか一項に記載の炭素繊維束。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱可塑性樹脂の補強材として用いることのできる樹脂強化用炭素繊維束及びその製造方法、並びにその樹脂強化用炭素繊維束を用いた炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物及びその成形体の製造方法に関するものである。
本願は、2014年3月5日に、日本に出願された特願2014-043336号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維束は、炭素を主成分(最も多く含有する成分)として含む炭素単繊維が複数まとまった形態をなしている。この炭素繊維束を熱可塑性樹脂の補強材として用いて、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製する場合、従来は炭素繊維束を、3~15mm長に切断されたチョップの形態で用いることが多かった。しかし近年は、その強度利用率の高さ故に炭素繊維束を連続繊維の形態で使用する方法が広まりつつある。
【0003】
炭素繊維束を連続繊維の形態で、引き揃えたり織物にしたりして熱可塑性樹脂を含浸させたシート材料や、長繊維ペレットを製造する場合に、炭素繊維束は製造工程において毛羽が発生し易く、また、バラケ易く、その取扱いが難しい。なお、炭素繊維束を織物にして使用する場合には、炭素繊維束の製織性や製織後の織布の取扱い性なども重要な特性である。
【0004】
以上のような理由により、従来、炭素繊維束の取扱い性や、炭素繊維束を配合した材料の物性を向上させることを目的に、サイジング処理により集束された炭素繊維束が用いられている。このサイジング処理としては、通常、マトリックス樹脂として用いられる熱可塑性樹脂に適合性のある高分子物質をサイジング剤として、例えば炭素繊維束に対して0.2~5質量%程度、炭素繊維束表面に付与する方法が用いられる。この高分子物質としては、ポリオレフィン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂などがよく用いられる。
しかし、これらの高分子物質は常温で固体であるために、単独でサイジング剤として用いた場合には、特に炭素繊維束を連続繊維の形態で使用する際に求められる、巻き取り性や開繊性などの取扱い性に劣るという課題がある。
【0005】
そこで、熱可塑性樹脂に適合性があり、さらに炭素繊維束の取扱い性のあるサイジング剤として、例えば特許文献1では、高分子物質である酸変性ポリオレフィンとグリコールエーテル系化合物の混合物が記載されている。
また、特許文献2には、芳香族ビニル化合物を共重合成分として含む酸変性ポリオレフィンと、20℃で液体のノニオン系界面活性剤との混合物がサイジング剤として記載されている。
さらに、オレフィン系以外の高分子物質をサイジング剤として用いる例としては、特許文献3にポリアミドと20℃で液体のノニオン系界面活性剤との混合物が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2012-7280号公報
【文献】特開2013-119684号公報
【文献】特開2013-119686号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
炭素繊維とマトリクス樹脂との密着性について、特許文献1には、密着性の観点からは、サイジング剤に含まれるグリコールエーテル系化合物の含有量がポリオレフィン100質量部に対して、20質量部以下であることが好ましいと記載されている。しかしながら、擦過による毛羽立ちを防止できても、十分な開繊性を得るには添加量が不十分である。
特許文献2及び特許文献3には、サイジング剤に含有しているノニオン系界面活性剤は炭素繊維束に開繊性を付与するが、一定以上の含有量では、サイジング剤が付与された炭素繊維束を用いた各種材料の機械的物性を低下させると記載されている。
【0008】
本発明は、これらの事情を鑑みてなされたものである。本発明の目的は、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物中において、炭素繊維束と熱可塑性樹脂の間に良好な界面接着性を発現し、さらに、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の機械的物性を低下させることなく、良好な開繊性に代表される十分な取扱い性を持つ樹脂強化用炭素繊維束、及びその製造方法を提供することである。
また、本発明の他の目的は、この樹脂強化用炭素繊維束を用いた、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物及びその成形体の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下の態様を含む。
[1]複数本の単繊維が集束されている炭素繊維束に、質量平均分子量が10000以上の有機高分子物質(A)と、下記測定条件で求められる熱減量率が5質量%以上である有機化合物(B)とを含む混合物が、樹脂強化用炭素繊維束の総質量に対し、0.1~5.0質量%付着しており、かつ前記有機高分子物質(A)の付着量が樹脂強化用炭素繊維束の総質量に対し、0.1質量%以上である樹脂強化用炭素繊維束。
<熱減量率の測定条件>
試験対象物を、円筒状の容器(底面の直径が50mm、高さ10mm)にW0(g)採取し、50リットル(1気圧、25℃における体積)/分の空気気流中、200℃で10分間熱処理して、熱処理後の固形分の質量を測定してW1(g)とし、次式より算出する。
(熱減量率(質量%))=[(W0-W1)/W0]×100
[2]複数本の単繊維が集束されている炭素繊維束に、質量平均分子量が10000以上の有機高分子物質(A)と、下記測定条件で求められる熱減量率が0.8質量%以上である有機化合物(B)とを含む混合物が、樹脂強化用炭素繊維束の総質量に対し、0.1~5.0質量%付着しており、かつ前記有機高分子(A)の付着量が樹脂強化用炭素繊維束の総質量に対し、0.1質量%以上である樹脂強化用炭素繊維束。
<熱減量率の測定条件>
空気雰囲気下、対象試験物W0(g) を20℃/minで昇温して熱減量曲線を取得し、150℃における質量のW1(g)と、200℃における質量のW2(g)とを測定し、次式より算出する。
(熱減量率(質量%))=[(W0―W2)/W0]×100-[(W0-W1)/W0] × 100
[3]前記有機化合物(B)の炭素繊維に対する付着量が樹脂強化用炭素繊維束の総質量に対し、0.2~4.0質量%である請求項[1]又は[2]に記載の樹脂強化用炭素繊維束。
[4]前記混合物中、[前記有機高分子物質(A)の質量]:[前記有機化合物(B)の質量]で表される質量比が8.5:1.5~2:8である[1]~[3]のいずれか一項に記載の樹脂強化用炭素繊維束。
[5]前記有機高分子物質(A)の主鎖が炭素-炭素単結合によって構成されている[1]~[4]のいずれか一項に記載の樹脂強化用炭素繊維束。
[6]前記有機高分子物質(A)が側鎖に酸性基を含有する変性ポリオレフィン、及び(メタ)アクリル共重合体からなる群のうちの少なくとも一つである[1]~[4]のいずれか一項に記載の樹脂強化用炭素繊維束。
[7]前記有機高分子物質(A)が、水溶性及び/又は自己乳化性である[1]~[4]のいずれか一項に記載の樹脂強化用炭素繊維束。
[8]前記有機化合物(B)の30℃における粘度が、2500Pa・s以下である[1]~[7]のいずれか一項に記載の樹脂強化用炭素繊維束。
[9]前記有機化合物(B)が、ポリエーテル系界面活性剤である[1]~[8]のいずれか一項に記載の樹脂強化用炭素繊維束。
[10]前記有機化合物(B)が、低級脂肪酸低級アルコールエステルである[1]~[8]のいずれか一項に記載の樹脂強化用炭素繊維束。
[11]前記有機化合物(B)が、ウレタン樹脂である[1]~[8]のいずれか一項に記載の樹脂強化用炭素繊維束。
[12][1]~[11]のいずれか一項に記載の樹脂強化用炭素繊維束の製造方法であって、前記有機高分子物質(A)及び、前記有機化合物(B)を含有する水分散液又は溶液に、前記炭素繊維束を接触させたのちに、110℃以上、180℃以下で加熱して溶媒を除去する、樹脂強化用炭素繊維束の製造方法。
[13][1]~[11]のいずれか一項に記載の樹脂強化用炭素繊維束を開繊させたのちに、180℃以上に加熱した熱可塑性樹脂(C)を接触させて含浸させる工程を含む、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の製造方法。
[14]前記熱可塑性樹脂(C)が、ポリオレフィン及びポリアミドからなる群から選ばれる1以上の樹脂からなる[13]に記載の炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の製造方法。
[15][13]又は[14]に記載の製造方法によって得られた炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を、200℃以上に加熱する工程を含む、炭素繊維強化熱可塑性樹脂成形体の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製する際に、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の機械的物性を低下させることなく、炭素繊維束と熱可塑性樹脂の界面接着性と、炭素繊維束の取扱い性を両立できるサインジング剤を付着させた、樹脂強化用炭素繊維束、及びその製造方法が提供できる。また、本発明によれば、この炭素繊維束を用いた、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物及びその成形体が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例1におけるオートクレーブ成形の昇降温度条件を示すグラフである。
【
図2】実施例1における樹脂強化用炭素繊維束の糸道を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、これらの内容に特定されない。なお、本明細書において、「~」とは、その前後の数字等を含むものとする。
【0013】
≪樹脂強化用炭素繊維束≫
本発明の樹脂強化用炭素繊維束は、複数本の単繊維が集束されている炭素繊維束に、後述する有機高分子物質(A)と、後述する有機化合物(B)とを混合してなる混合物が、樹脂強化用炭素繊維束の総質量に対し、0.1~5.0質量%付着しており、かつ前記有機高分子物質(A)の付着量が樹脂強化用炭素繊維束の総質量に対し、0.1質量%以上であることを特徴とする。
【0014】
<混合物>
本発明において、炭素繊維束に付着させる混合物(以下、「サイジング剤」ともいう)は、質量平均分子量が10000以上の有機高分子物質(A)と、下記の二つの条件で求められる熱減量率のいずれかを満足する有機化合物(B)とを含むものである。
即ち、
測定条件1:
試験対象物を、円筒状の容器(底面の直径が50mm、高さ10mm)にW0(質量、単位:g)採取し、50リットル(1気圧、25℃における体積)/分の空気気流中、200℃で10分間熱処理して、熱処理後の固形分の質量を測定してW1(質量、単位:g)とし、次式より算出した熱減量率が5質量%以上。(熱減量率(質量%))=[(W0-W1)/W0]×100
又は、
測定条件2:
空気雰囲気下、対象試験物W0(質量、単位:g) を20℃/minで昇温して熱減量曲線を取得し、150℃における質量のW1(質量、単位:g)と、200℃における質量のW2(質量、単位:g)をと測定し、次式より算出した熱減量率が0.8質量%以上。
(熱減量率(質量%))=[(W0―W2)/W0]×100-[(W0-W1)/W0] × 100
【0015】
<有機高分子物質(A)>
本発明で炭素繊維束に付着している混合物(サイジング剤)は、質量平均分子量が10000以上の有機高分子物質(A)を含有する。この有機高分子物質(A)によって、樹脂強化用炭素繊維束とマトリクス樹脂である熱可塑性樹脂との界面接着性が発現する。
界面接着性の観点から、質量平均分子量の下限は10000である。質量平均分子量の上限は特に限定はないが、後述する樹脂強化用炭素繊維束の製造の際に、有機高分子物質(A)の水分散液又は水溶液を調整して使用するという観点から、水への分散又は溶解が容易である200000以下が好ましい。より好ましくは12000~200000であり、さらに好ましくは50000~180000である。
なお、本明細書において、「質量平均分子量」はゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて測定した分子量をポリスチレン換算して求めることができる。
【0016】
この有機高分子物質(A)の分子構造中においてもっとも長く共有結合が連続している部分を主鎖とする。高分子の主鎖を構成する結合は、炭素-炭素単結合、炭素-炭素二重結合、炭素-炭素三重結合、エステル結合、エーテル結合、ウレタン結合、アミド結合、イミド結合などがあげられるが、本発明における有機高分子物質(A)の主鎖は、得られる物質の取扱い性や化学的安定性、多様なマトリクス樹脂への適合性の観点から、炭素-炭素単結合によって構成されていることが好ましい。
【0017】
有機高分子物質(A)の例としては、主鎖が炭素-炭素単結合によって構成されている変性ポリオレフィン、(メタ)アクリル共重合体;主鎖がアミド結合によって構成されている変性ポリアミド;主鎖がエステル結合によって構成されているポリエステル:主鎖がイミド結合によって構成されているポリイミド;主鎖がエーテル結合によって構成されている変性セルロースなどがあげられるが、サイジング剤が付着した炭素繊維束の取扱い性とマトリクス樹脂との親和性の観点から脂肪族化合物であることが好ましい。さらに、樹脂強化用炭素繊維束との界面接着性の観点から、側鎖に酸性基を有することを特徴とする変性ポリオレフィン、及び(メタ)アクリル重合体からなる群のうちの少なくとも一つであることが好ましい。以下において、酸変性ポリオレフィンの好ましい態様である酸変性ポリオレフィン(A1)と(メタ)アクリル重合体の好ましい態様である(メタ)アクリル共重合体(A4)について説明する。
【0018】
<酸変性ポリオレフィン(A1)>
本発明の酸変性ポリオレフィン(A1)は、ポリオレフィン構造(a1)と酸性基(a2)とからなる。ポリオレフィン構造(a1)は、ポリオレフィン(a1-1)を酸(a2-1)で酸変性させたときの、ポリオレフィン(a1-1)に由来する部分構造であり、酸性基(a2)は酸(a2-1)に由来する部分構造である。
【0019】
・ポリオレフィン構造(a1)
ポリオレフィン構造(a1)を形成するポリオレフィン(a1-1)は、炭素繊維の分野で公知のポリオレフィンを用いることができ、特に限定されないが、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物に使用するマトリックス樹脂に応じて適宜選択することが好ましい。なお、このポリオレフィン(a1-1)は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0020】
例えば、マトリックス樹脂として、ポリオレフィン構造を少なくとも有するポリオレフィン系樹脂(特にポリプロピレン系樹脂)を用いる場合は、ポリオレフィン(a1-1)として、例えば、プロピレン単独重合体(ポリプロピレン)や、プロピレンとプロピレン以外の他のオレフィンとの共重合体(プロピレン-オレフィン共重合体)を用いることができる。
【0021】
なお、このプロピレン以外の他のオレフィンは、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。また、このプロピレン以外の他のオレフィンとしては、例えば、α-オレフィン(本発明においては、α-オレフィンにエチレンが含まれるものとする。)を用いることができる。α-オレフィンとしては、例えば、エチレン、1-ブテン、1-ペンテン、1-ヘキセン、1-ヘプテン、1-オクテン、シクロペンテン、シクロヘキセン、及びノルボルネンなどが挙げられる。これらの中でも、プロピレン以外の他のオレフィンとしては、樹脂の溶剤への溶解性の観点から、炭素数2以上6以下のα-オレフィンを用いることが好ましく、樹脂の溶融粘度の観点から、エチレンや1-ブテンを用いることがより好ましい。
【0022】
なお、ポリオレフィン(a1-1)としてプロピレン単独重合体を用いる場合は、溶剤への溶解性の観点から、アイソタクチックブロック及びアタクチックブロックを有するステレオブロックポリプロピレン重合体を用いることが好ましい。なお、結晶化度によるポリプロピレン単独重合体及びこれを酸変性させた酸変性ポリプロピレンの取扱性の観点からは、アイソタクチックブロックを構成する単量体単位が、このプロピレン単独重合体中に、プロピレン単独重合体を構成する単量体単位の総モル数に対し、20モル%以上70モル%以下含有されることが好ましい。一方、樹脂強化用炭素繊維束の機械的物性の観点からは、アタクチックブロックを構成する単量体単位が、プロピレン単独重合体中に、プロピレン単独重合体を構成する単量体単位の総モル数に対し、30モル%以上80モル%以下含有されることが好ましい。この重合体中の各ブロックの含有割合は、13C-NMRにより特定することができる。
【0023】
また、ポリオレフィン(a1-1)として、上記共重合体(例えば、プロピレン・α-オレフィン共重合体)を用いる場合は、この共重合体中のプロピレン単位の含有量は、マトリックス樹脂との親和性の観点から、共重合体を構成する単量体単位の総モル数に対し、50モル%以上が好ましく、70モル%以上がより好ましい。一方、上記共重合体中のプロピレン単位の含有量は100モル%未満である。なお、ポリオレフィン(a1-1)を構成する各単位の含有量は、NMR測定により特定することができる。
【0024】
以上より、本発明では、ポリオレフィン(a1-1)が、アイソタクチックブロック及びアタクチックブロックを有するステレオブロックポリプロピレン重合体、及び/又はプロピレン単位の含有量が、ポリオレフィン(a1-1)を構成する単量体単位の総モル数に対し、50モル%以上であるプロピレン・α-オレフィン共重合体であることが好ましい。すなわち、ポリオレフィン(a1-1)が、少なくとも、アイソタクチックブロック及びアタクチックブロックを有するステレオブロックポリプロピレン重合体、並びにプロピレン単位の含有量が50モル%以上であるプロピレン・α-オレフィン共重合体から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
【0025】
・酸性基(a2)
酸性基(a2)は、特に制限されないが、好ましいものとしては、例えば、カルボン酸由来基及びジカルボン酸無水物由来基が挙げられる。カルボン酸由来基は、ポリオレフィン構造を有するポリオレフィンをカルボン酸によって酸変性させたときに得られるカルボン酸に由来して形成される基である。また、ジカルボン酸無水物由来基は、ポリオレフィン構造を有するポリオレフィンをジカルボン酸無水物によって酸変性させたときに得られるジカルボン酸無水物に由来して形成される基である。
【0026】
カルボン酸由来基を形成するカルボン酸としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、フマル酸、クロトン酸や、不飽和ジカルボン酸のハーフエステル、ハーフアミド等が挙げられる。
【0027】
また、ジカルボン酸無水物由来基を形成するジカルボン酸無水物としては、例えば、無水マレイン酸や、無水イタコン酸を挙げることができる。ジカルボン酸無水物由来基としては、例えば、具体的には、以下の基(無水マレイン酸由来基)が挙げられる。
【0028】
【0029】
なお、酸変性ポリオレフィン(A1)が有する酸性基(a2)は1種であってもよいし、2種以上であってもよい。
【0030】
酸性基(a2)を形成する酸(a2-1)としては、これらの中でも、ポリオレフィン(a1-1)との反応性の観点から、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、無水マレイン酸が好ましく、特に無水マレイン酸が好ましい。
【0031】
なお、酸性基(a2)は、カルボン酸由来基及びジカルボン酸無水物由来基以外の酸性基であってもよい。カルボン酸由来基及びジカルボン酸無水物由来基以外の酸性基として、ヒドロキシル基、スルホ基、スルフィノ基、ホスホノ基、チオール基、リン酸基等が挙げられる。
【0032】
・酸変性ポリオレフィン(A1)の組成
本発明に用いる酸変性ポリオレフィン(A1)は、ポリオレフィン構造(a1)と、酸性基(a2)とを質量比(a1):(a2)で100:0.1~100:10で有する。なお、本明細書において、「~」は、この「~」の前後に記載された数値及び比等を含む。ポリオレフィン構造(a1)及び酸性基(a2)の質量比がこの範囲であれば、酸変性ポリオレフィン中のポリオレフィン構造の含有量が、酸性基に対して著しく不足することがないため、炭素繊維とマトリックス樹脂となる熱可塑性樹脂(C)との界面接着性が低下することがない。また、酸変性ポリオレフィン(A1)における、ポリオレフィン構造(a1)と、酸性基(a2)との質量比(a1):(a2)は、上記と同様の観点から、100:0.5~100:7であることが好ましい。
【0033】
また、酸変性ポリオレフィン(A1)中の酸性基(a2)の含有割合は、酸変性ポリオレフィン(A1)の総質量に対し、有機高分子物質(A)の分散性の観点から0.1質量%以上、マトリックス樹脂への相溶性の観点から10質量%以下とすることが好ましい。具体的には、1~5質量%であることがより好ましい。この酸変性ポリオレフィン(A)中の各構造の含有割合は、赤外吸収スペクトル測定(IR測定)により特定することができる。
【0034】
酸変性ポリオレフィン(A1)は、ポリオレフィン構造(a1)と酸性基(a2)とからなることもできるが、これらの構造の他に、例えば、(メタ)アクリル酸エステルによって形成される構造((メタ)アクリル酸エステル単位)を分子構造中に有することもできる。
【0035】
酸変性ポリオレフィン(A1)は、分子構造中に、ポリオレフィン構造(a1)と、酸性基(a2)とを有していればよく、その含有形態は特に限定されない。この酸変性ポリオレフィン(A1)は、例えば、ポリオレフィン(a1-1)と、酸(a2-1)との共重合体、具体的には、ランダム共重合体や、ブロック共重合体や、グラフト共重合体(グラフト)であることができる。
【0036】
酸変性ポリオレフィン(A1)の製造方法は特に制限されないが、例えば、ポリオレフィン構造(a1)を形成するポリオレフィン(a1-1)と、酸性基(a2)を形成する酸(a2-1)とを溶融混練する方法や有機溶媒等の溶液中で重合反応させる方法等が挙げられる。なお、これらの方法においては必要に応じ、有機過酸化物やアゾ化合物等の重合開始剤を用いてもよい。更には、ポリオレフィン(a1-1)の製造の際に、酸性基(a2)を形成する酸(a2-1)を共重合させることにより、酸変性ポリオレフィン(A1)を製造してもよい。
【0037】
・酸変性ポリオレフィン(A1)の質量平均分子量
酸変性ポリオレフィン(A1)のGPC(Gel PermeationChromatography)で測定し、標準ポリスチレンの検量線で換算した質量平均分子量(Mw)は、優れた分散性を有機高分子物質(A)に付与する観点から、500,000以下が好ましく、200,000以下がより好ましい。
【0038】
また、酸変性ポリオレフィン(A1)の質量平均分子量(Mw)は、10,000以上であることが好ましい。これにより、炭素繊維と熱可塑性樹脂マトリックス(すなわち、後述する炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物に含まれる、熱可塑性樹脂(C))との界面接着性や、炭素繊維束自身の集束性が優れる。また、水性樹脂分散体を用いて、サイジング剤を炭素繊維に付着させる場合に、前記水性樹脂分散体中で前記サイジング剤を容易に乳化することができ、水性樹脂分散体中の粒子径が大きくなることを容易に抑制することができる。
【0039】
また、酸変性ポリオレフィン(A1)は、質量平均分子量(Mw)が450以上の親水性高分子(A2)と結合させたものであってもよい。
【0040】
(親水性高分子(A2))
本発明に用いる親水性高分子(親水性高分子化合物)(A2)は、本発明の効果を著しく損なわない限り、特にその種類は限定されず、例えば、合成高分子、半合成高分子、及び天然高分子のいずれも用いることができる。これらの中でも親水性度合いの制御がしやすく、特性も安定しやすいことから、親水性高分子として、合成高分子を用いることが好ましい。なお、親水性高分子(A2)とは、25℃の水に10質量%の濃度で溶解させたときの不溶分が1質量%以下である高分子化合物を意味する。本発明では、質量平均分子量(Mw)が450以上の親水性高分子(A2)を使用する。親水性高分子(A2)のMwが450以上であれば、有機高分子物質(A)をエマルジョンと形態した際の乳化安定性が良好となる。
【0041】
本発明に用いる親水性高分子(A2)は、酸変性ポリオレフィン(A1)と反応しうるものであれば限定されないが、この親水性高分子(A2)は、反応性基(例えば、水酸基、エポキシ基、1級~3級アミノ基、イソシアナート基及び(メタ)アクリロイル基)を有していてもよい。
【0042】
上記合成高分子としては、例えば、ポリ(メタ)アクリル樹脂などのアクリル系樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルピロリドン樹脂、ポリエチレンイミン樹脂、及びポリエーテル樹脂が挙げられる。親水性高分子は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中でも、得られる有機高分子物質(A)を水に容易に安定に分散できることから、親水性高分子として、ポリエーテルアミン(PEA)を用いることが好ましい。このポリエーテルアミンは、ポリエーテル構造と、アミノ基(1級~3級アミノ基)とを有していればよく、特に限定されない。これらの中でもポリエーテル骨格を例えば主骨格(主鎖)として有する樹脂の片末端または両末端に、反応性基としての1級アミノ基(-NH2)を有するポリエーテルアミンが、親水性が高く特に好ましい。具体的に、ポリエーテルアミンとしては、例えば、メトキシポリ(オキシエチレン/オキシプロピレン)-2-プロピルアミンや、メトキシポリ(オキシエチレン/オキシブテン)-2-プロピルアミンを挙げることができる。
【0043】
また、有機高分子物質(A)の乳化安定性、並びに樹脂強化用炭素繊維束の耐水性の観点から、GPCで測定し、標準ポリスチレンの検量線で換算したポリエーテルアミンの質量平均分子量(Mw)は500以上3000以下であることが好ましい。
【0044】
なお、ポリエーテルアミンの市販品の例としてはハンツマン社製ジェファーミン(登録商標)Mシリーズ、ジェファーミン(登録商標)EDシリーズを挙げることができ、これらを適宜選択して用いることができる。
【0045】
本発明に用いる有機高分子物質(A)は、上記酸変性ポリオレフィン(A1)と、親水性高分子(A2)との反応生成物であることが好ましく、有機高分子物質(A)において、酸変性ポリオレフィン(A1)と、親水性高分子(A2)とは化学結合していることが好ましい。なお、酸変性ポリオレフィン(A1)と、親水性高分子(A2)との質量比(A1):(A2)は、100:1~100:100とすることが好ましい。この質量比であれば、炭素繊維の熱可塑性樹脂(C)への界面接着性と、有機高分子物質(A)の水分散性を両立することが出来る。特に、親水性高分子(A2)の質量比を上記上限値以下とすることにより、有機高分子物質(A)中の酸変性ポリオレフィン(A1)の量が相対的に多くなるため、より少ない有機高分子物質(A)の量でも熱可塑性樹脂(C)への界面接着性を発現するという効果を得ることができる。
【0046】
また、この質量比は、上記と同様の観点から、100:2~100:30とすることが好ましい。
【0047】
なお、酸変性ポリオレフィン(A1)と親水性高分子(A2)の質量比は、有機高分子物質(A)につき、1H-NMR及び13C-NMR測定を行うことにより親水性高分子由来の水素原子、炭素原子を同定することにより求めることができる。
【0048】
なお、有機高分子物質(A)は、特定の質量比で得られる、酸変性ポリオレフィン(A1)由来の構造と、親水性高分子(A2)由来の構造とを有していることが好ましく、有機高分子物質(A)における、酸変性ポリオレフィン(A1)と、親水性高分子(A2)との結合形態や結合位置は特に限定されない。この結合形態は、例えば、イオン結合や共有結合等であることができ、有機高分子物質(A)は、酸変性ポリオレフィン(A1)に親水性高分子(A2)がグラフト結合したグラフト共重合体であることが好ましい。有機高分子物質(A)が、このグラフト共重合体であれば、製造上、効率的に酸変性ポリオレフィン(A1)に親水性高分子(A2)を結合させて、有機高分子物質(A)(結合体)を得ることができる。
【0049】
なお、上記有機高分子物質(A)を、酸変性ポリオレフィン(A1)と、親水性高分子(A2)とから得る合成方法も特に限定されず、種々の反応方法を用いることができる。例えば、酸変性ポリオレフィン(A1)の酸性基(a2)と、親水性高分子(A2)の反応性基とを利用した反応を用いることができる。この反応は、酸変性ポリオレフィン(A1)が有する酸性基と、親水性高分子(A2)が有する反応性基とを反応させて結合させるものであり、これにより両者の間に、共有結合またはイオン結合が形成される。この反応としては、例えば、酸性基であるカルボキシ基と、反応性基であるヒドロキシル基とのエステル化反応、酸性基であるカルボキシ基と、反応性基であるエポキシ基との開環反応、酸性基であるカルボキシ基と、反応性基である1級又は2級アミノ基とのアミド化反応、酸性基であるカルボキシ基と、反応性基である3級アミノ基の4級アンモニウム化反応、酸性基であるカルボキシ基と、反応性基であるイソシアナート基とのウレタン化反応、等が挙げられる。各反応の反応率は1~100%の間で任意に選べばよく、有機高分子物質(A)の分散性の観点から、好ましくは10~100%、さらに好ましくは50~100%である。なお、本発明では、酸変性ポリオレフィン(A1)の酸性基(a2)を形成する酸(a2-1)が、二塩基酸もしくはその無水物である場合は、その二塩基酸のうちの1つの酸性基のみが親水性高分子(A2)と反応していてもよいし、2つの酸性基が反応していてもよい。
【0050】
(有機高分子物質(A)のpH)
炭素繊維束に付着させる有機高分子物質(A)を固形分濃度30質量%で水に分散させた水性樹脂分散体の温度25℃におけるpHは、6.0以上10.0以下であることが望ましい。このpHが6.0以上であると、容易に安定な有機高分子物質(A)の水性樹脂分散体を得ることができ、凝集物の発生を容易に抑制することができる。また、pHが10.0以下であると、有機高分子物質(A)の分散液が増粘傾向となることを容易に防ぐことができ、作業性の低下を容易に防ぐことができる。なお、酸変性ポリオレフィン(A1)と、親水性高分子(A2)との反応によって、酸性基(a2)が消費され、有機高分子物質(A)の段階で酸性基(a2)を有さない場合は、通常、上記pHは6.0~10.0の範囲内となる。しかし、有機高分子物質(A)の段階での酸性基(a2)の有無に関係なく、上記pHが6.0~10.0の範囲内にない場合は、以下の塩基性物質(A3)を用いて、炭素繊維束に付着させる有機高分子物質(A)のpHをこの範囲内に調整することが好ましい。
【0051】
・有機高分子物質(A)のpHの調整
本発明では、上述したように、炭素繊維束に付着させる有機高分子物質(A)の上記水性樹脂分散体におけるpHを塩基性物質(A3)を用いて調整することができる。即ち、本発明の樹脂強化用炭素繊維束は、有機高分子物質(A)と、塩基性物質(A3)とが付着した炭素繊維束であることができる。この際、有機高分子物質(A)と塩基性物質(A3)とは塩を形成した状態で炭素繊維束に付着していてもよいし、有機高分子物質(A)と塩基性物質(A3)とが反応した状態で炭素繊維束に付着していてもよい。
【0052】
なお、上述したように、有機高分子物質(A)の段階で酸性基(a2)を有さない場合は、通常、上記pHは6.0~10.0の範囲内となるため、以下においては有機高分子物質(A)の段階で酸性基(a2)を有する場合について説明する。
【0053】
この場合、有機高分子物質(A)中の酸性基(a2)は、塩基性物質(A3)で中和されるか、または塩基性物質(A3)と反応することになり、本発明の樹脂強化用炭素繊維束は、この塩基性物質(A3)で中和された、または塩基性物質(A3)と反応した有機高分子物質(A)が付着した炭素繊維束となる。この塩基性物質(A3)の添加量は、有機高分子物質(A)中に残存する酸性基(a2)の少なくとも一部を中和できる量またはその量以上とすることができる。この際、炭素繊維束に付着する上記塩基性物質(A3)で中和された、または塩基性物質(A3)と反応した有機高分子物質(A)を、固形分濃度30質量%で水に分散させた水性樹脂分散体の温度25℃におけるpHが、6.0以上10.0以下となるように塩基性物質(A3)の付着量(添加量)を調整する。
【0054】
・塩基性物質(A3)
塩基性物質(塩基性化合物)(A3)は、有機高分子物質(A)のpHを調整することができるものであれば特に限定されないが、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニア、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン、ヘキシルアミン、オクチルアミン、エタノールアミン、プロパノールアミン、ジエタノールアミン、N,N-ジメチルエタノールアミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、2-メチル-2-アミノ-プロパノール、モルホリンを使用することができる。これらの塩基性物質の中でも、分子量100以下の塩基性物質を用いることが望ましく、これにより、該塩基性物質(A3)のブリードアウトによる耐水性の低下を容易に抑制することができる。塩基性物質(A3)は1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。なお、本明細書において、塩基性物質(A3)の分子量は式量を含む概念として用いることとし、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等、分子として存在しないものについてはその式量の値を分子量とみなすこととする。また、前記親水性高分子(A2)の中には、塩基性物質(A3)と解されうるものも存在するが、本明細書においては親水性高分子(A2)であることとする。
【0055】
<(メタ)アクリル共重合体(A4)>
(メタ)アクリル共重合体(A4)はカルボキシル基、水酸基、アミド基及びポリエーテル基からなる群のうちの少なくとも1つの基を有するものであり、ラジカル重合性二重結合を有し、かつカルボキシル基、水酸基、アミド基及びポリエーテル基からなる群のうちの少なくとも1つの基を有するモノマーを重合して得られるものである。(メタ)アクリル共重合体(A4)はカルボキシル基、水酸基、アミド基及びポリエーテル基からなる群のうちの少なくとも1つの基を有することにより、後述の水溶性及び/又は自己乳化性を得る観点から好ましい。
【0056】
本発明の有機高分子物質(A)は水溶性及び/又は自己乳化性であることが好ましい。水溶性及び/又は自己乳化性であることによって、後述する樹脂強化用炭素繊維束の製造の際に、有機高分子物質(A)の水分散液又は水溶液を調整して使用する場合に、界面接着性に寄与しない界面活性剤を必須に使用しなくてもよいことから、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の機械的物性を低下させることなく、樹脂強化用炭素繊維束とマトリクス樹脂である熱可塑性樹脂(C)との界面接着性がより強固に発現する。
「自己乳化性」とは、物質が水中において界面活性剤を必須に使用しなくとも乳化することが可能な性質のことである。
「水溶性」とは、水90gと物質10gを秤量し、90℃の水に10質量%の濃度となるように溶解させたときの不溶分が1質量%以下であることを意味する。
【0057】
有機高分子物質(A)に水溶性及び/又は自己乳化性を付与する手法として、分子構造中の酸性基を後述の塩基性物質(A3)で中和する方法や、分子構造中に親水性高分子を含有させる方法が挙げられる。あるいは、有機高分子物質(A)が親水性高分子そのものであっても良い。
親水性高分子の例としては、ポリ(メタ)アクリル樹脂などのアクリル系樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルピロリドン樹脂、ポリエチレンイミン樹脂、及びポリエーテル樹脂が挙げられる。
【0058】
有機高分子物質(A)の炭素繊維束への付着量は、樹脂強化用炭素繊維束とマトリクス樹脂との接着性発現の観点から、樹脂強化用炭素繊維束の総質量に対し、0.1質量%以上が好ましい。また、樹脂強化用炭素繊維束の取扱い性の観点から、2.0質量%以下が好ましく、1.0質量%以下がより好ましく、0.5質量%以下がより好ましい。具体的には、0.1~2.0質量%が好ましく、0.1~1.0質量%がより好ましく、0.1~0.5質量%が特に好ましい。
【0059】
<有機化合物(B)>
本発明で炭素繊維束に付着している混合物は、有機高分子物質(A)に加えて、上述の測定条件で求められる熱減量率の値を持つ有機化合物(B)を含有する。
【0060】
本発明の炭素繊維束に付着した状態において、有機化合物(B)は炭素繊維束を構成する個々の単繊維上で薄く存在している。そのため、有機化合物(B)は、上記測定条件で求められる熱減量率の値以上であれば、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の製造時の高温下において大部分が熱によって分解することにより消失する。即ち、本発明の樹脂強化用炭素繊維束には有機化合物(B)が付着していることで良好な取扱い性を持ち、本発明の樹脂強化用炭素繊維束を用いて製造された炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物中には有機化合物(B)がほぼ存在しないことで、有機高分子物質(A)の持つ樹脂強化用炭素繊維と熱可塑性樹脂(C)との界面接着性を有機化合物(B)が阻害することがないために、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の機械的物性を低下させることない。
以上の観点から、上記測定条件1で求められる有機化合物(B)の熱減量率は5質量%以上、好ましくは7質量%以上である。
また、上記測定条件2で求められる有機化合物(B)の熱減量率は0.8質量%以上、好ましくは1質量%以上である。
測定条件2で求められる熱減量率に上限はないが、樹脂強化用炭素繊維束の製造性、特に、後述する本発明の樹脂強化用炭素繊維束の製造方法において、乾燥工程で有機化合物(B)を熱によって減量させないという観点から、上記測定条件2において150℃から200℃までの熱減量率を計算する代わりに、100℃から150℃で処理した条件における有機化合物(B)の熱減量率は2質量%以下であることが好ましく、1質量%以下であることがより好ましい。100℃から150℃で処理した条件における有機化合物(B)の熱減量率は、以下の測定条件により求めることができる。
<熱減量率の測定方法>
空気雰囲気下、対象試験物W0(質量、単位:g)を20℃/minで昇温して熱減量曲線を取得し、100℃における質量のW1(質量、単位:g)と、150℃における質量のW2(質量、単位:g)とを測定し、次式より算出する。
(熱減量率(質量%))=[(W0―W2)/W0]×100-[(W0-W1)/W0] × 100
【0061】
以上のような特徴を持つ可能性がある有機化合物(B)の例としては、ポリエーテル系界面活性剤や低級脂肪酸低級アルコールエステル化合物、ウレタン樹脂などがあげられる。
ポリエーテル系界面活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンモノブチルエーテルや、アルキルアミンEO付加物、アルキルジアミンEO付加物、アルキルアミンEOPO付加物、アルキルアミドエーテル、ポリオキシアルキレングリコール、アルキルグルコシド、アミンオキサイド、などのうち、特に分子量の比較的低い物質が有機化合物(B)として使用出来る可能性が高い。なお、EOはオキシエチレン基、POはオキシプロピレン基を意味する。
【0062】
また、低級脂肪酸低級アルコールエステル化合物としては、具体的には、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、ベヘニン酸、アジピン酸などの脂肪酸と、メチルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、n-オクチルアルコール、2-エチルヘキシルアルコール、n-デシルアルコール、イソデシルアルコール、ラウリルアルコール、イソトリデシルアルコール、ミリスチルアルコール、セチルアルコール、ステアリルアルコール、オクチルドデシルアルコール、グリセリン、エチレングリコール、プロピレングリコールなどの脂肪族アルコールのエステルのうち、比較的分子量の低い物質が有機化合物(B)として使用出来る可能性が高い。
【0063】
また、ウレタン樹脂としては、ポリオールとしてポリエーテルやポリエステルを、また、イソシアネートとして芳香族や脂肪族を用いたウレタン樹脂が挙げられ、特にポリオールとしてポリエーテルを用いたウレタン樹脂が有機化合物(B)として使用出来る可能性が高い。
【0064】
また、付着した炭素繊維束を柔軟にするという観点から、有機化合物(B)は、30℃における粘度が、2500Pa・s以下であることが好ましく、1000Pa・s以下であることがより好ましく、100Pa・s以下であることがさらに好ましい。なお、粘度は公知のレオメーターや粘度計(例えば回転式粘度計)を使用して測定することができる。
【0065】
有機化合物(B)の炭素繊維に対する付着量は、炭素繊維束の取扱い性の観点から、樹脂強化用炭素繊維束の総質量に対し、0.1質量%以上が好ましく、0.15質量%以上がより好ましく、0.2質量%以上がさらに好ましい。また、高温下でも除去されずに残存して、有機高分子物質(A)のもつ、樹脂強化用炭素繊維とマトリクス樹脂の接着性を阻害しないようにするという観点から、4.0質量%以下が好ましく、1.0質量%以下がより好ましい。具体的には、0.1~4.0質量%が好ましく、0.15~3.0質量%がより好ましく、0.2~1.0質量%がより好ましい。
【0066】
<その他の成分>
本発明において、樹脂強化用炭素繊維束は、上記有機高分子物質(A)及び有機化合物(B)以外に、他の物質(D)が付着した炭素繊維束であってもよい。
【0067】
他の物質(D)としては、エポキシ樹脂、酢酸ビニル樹脂、シランカップリング剤、帯電防止剤、潤滑剤、平滑剤、有機高分子物質が酸性物質であった場合に中和するための塩基性物質などが挙げられる。塩基性物質としては、塩基性物質(A3)として上述したものと同様のものを使用することができる。
【0068】
有機高分子物質(A)、有機化合物(B)、及び物質(D)は、順次炭素繊維束に付着させてもよいし;有機高分子物質(A)と有機化合物(B)との混合物を付着させた後、物質(D)を付着させてもよいし;予め各々の水性樹脂分散体を調製した後これらを混合し混合物(サイジング剤)を調製し、前記混合物を炭素繊維束に付着させてもよい。
【0069】
予め各々水性樹脂分散体を調製し、これらを混合した混合物を炭素繊維束に付着させる方法が、両成分が炭素繊維束に均一に付着し、また付着量の割合を制御しやすい点から好ましい。
【0070】
<有機高分子物質(A)と有機化合物(B)の比率>
本発明のサイジング剤(混合物)中の有機高分子物質(A)と有機化合物(B)の質量比は、[有機高分子物質(A)の質量]:[有機化合物(B)の質量]で表して、8.5:1.5~2:8であることが好ましい。この質量比の範囲であれば、有機高分子物質(A)のもつ、炭素繊維と熱可塑性樹脂(C)(以下、「マトリクス樹脂」ともいう)との界面接着性と、有機化合物(B)のもつ炭素繊維束の取扱い性を向上させる効果が両立でき、さらに、後述する炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の製造時に有機化合物(B)の残存がより少なくなる。同様の理由から、より好ましい範囲は、7.5:2.5~3:7である。より好ましくは7:3~4:6である。
【0071】
<混合物の付着量>
本発明の樹脂強化用炭素繊維束におけるサイジング剤(混合物)の付着量(含有量)は、目的とする複合材料の成形法や用途等に応じて設定することができるが、炭素繊維束と混合物との合計質量(即ち、樹脂強化用炭素繊維束の質量)に対し、0.1質量%以上5.0質量%以下とする。サイジング剤の付着量が0.1質量%以上5.0質量%以下であれば、炭素繊維束の適度な集束性が得られるため、成形加工時の工程通過性と、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物中での炭素繊維束と熱可塑性樹脂(C)(マトリクス樹脂)との界面接着性を両立することができる。また、このサイジング剤の付着量は、同様の観点から、炭素繊維束と混合物との合計質量に対し、0.15質量%以上1.8質量%以下とすることが好ましく、0.2質量%以上1.0質量%以下がより好ましい。本発明の炭素繊維束に付着しているサイジング剤(混合物)の含有量は、樹脂強化用炭素繊維束の質量と、サイジング剤を除去した後の炭素繊維束の質量を比較することで測定することが出来る。サイジング剤を除去する方法としては、重合体を高温下で熱分解させる方法や、溶剤に溶解させて除去する方法がある。
【0072】
本発明の樹脂強化用炭素繊維束において、混合物中、有機高分子物質(A)が酸変性ポリオレフィン、又は(メタ)アクリル重合体であり、有機化合物(B)がポリエーテル系界面活性剤、低級脂肪酸低級アルコールエステル、及びウレタン樹脂からなる群から選択される少なくとも一種の化合物であることが好ましい。
【0073】
本発明の樹脂強化用炭素繊維束において、混合物中、有機高分子物質(A)が無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体、又はヒドロキシエチルアクリルアミドとアクリル酸とから得られる(メタ)アクリル重合体であり、有機化合物(B)がポリオキシエチレンポリオキシプロピレンモノブチルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、及びポリオキシエチレンアルキルエーテルからなる群から選択される少なくとも一種の化合物であることが好ましい。
【0074】
<炭素繊維束>
上記混合物をサイジング剤として付着させる炭素繊維束は、炭素繊維の分野で公知の炭素繊維束を用いることができ、特に限定されない。通常の炭素繊維束は、平均直径が5μm以上15μm以下の単繊維を、1000本以上150000本以下束ねた形態を有している。ここで平均直径R(μm)は、炭素繊維束のフィラメント数N、目付(単位長さあたりの重量)M(g/m)、密度ρ(g/cm3)から、単繊維の繊維軸と直行する断面が円であると仮定して以下の数式より算出することができる。
【0075】
【0076】
この炭素繊維束を構成する単繊維は、例えば、アクリロニトリル系重合体(PAN系重合体)や、石油、石炭から得られるピッチ、レイヨン、リグニン等を繊維化し、炭素化することで得られる。特に、PAN系重合体を原料としたPAN系炭素繊維が、工業規模における生産性及び機械的特性に優れており好ましい。なお、PAN系重合体は、分子構造中にアクリロニトリル単位を有していればよく、アクリロニトリルの単独重合体や、アクリロニトリルと他のモノマー(例えば、メタクリル酸等)との共重合体であることができる。共重合体中のアクリロニトリル単位と他のモノマー単位との含有割合は、作製する炭素繊維束の性質に応じて適宜設定することができる。
【0077】
なお、上記混合物(サイジング剤)を付与する前の炭素繊維束を構成する単繊維は、表面に皺を有することができる。単繊維の表面の皺とは、ある方向に1μm以上の長さを有する凹凸の形態を有するものである。またその皺の方向には特に限定はなく、繊維軸方向に平行、あるいは垂直、あるいはある角度を有するものであってもよい。
【0078】
この中でも、本発明では、重合体付着前の炭素繊維束が、円周長さ2μm×繊維軸方向長さ1μmの領域、言い換えると、単繊維の円周方向の長さ2μmと繊維軸方向の長さ1μmとで画定される面領域における最高部と最低部の高低差が40nm以上となる皺を複数表面に有する単繊維を、複数束ねた炭素繊維束であることが好ましい。さらに、最高部と最低部の高低差は、樹脂強化用炭素繊維束の製造プロセスの安定性の観点から単繊維の平均直径の10%以下であることが好ましく、より具体的には、1.5μm以下であることが好ましい。これらの条件を満たす炭素繊維束として、例えば、三菱レイヨン社製のTR 50S、TR 30S、TRH 50、TRW 40、及びMR 60H(以上、いずれも商品名)などが挙げられる。
なお、上記皺を測定する際は、炭素繊維表面から、無作為に上記面領域を選択することができ、炭素繊維表面のどの部分を測定してもよい。
【0079】
上記混合物でサイジング処理される前の炭素繊維束は、炭素化処理後のもの、電解酸化処理を施して表面に酸素含有官能基(例えば、カルボキシル基)を導入したものや、あらかじめ他のサイジング剤(プレサイジング剤)が付与された状態のものも使用できる。
【0080】
≪樹脂強化用炭素繊維束の製造方法≫
本発明の樹脂強化用炭素繊維束は、サイジング剤付着前の炭素繊維束に、サイジング剤として上記混合物を付着させることにより得ることができる。このサイジング剤付着方法としては、特に限定されないが、例えば、上記混合物を分散液又は溶液(以下、「サイジング液」ともいう)にし、炭素繊維束に接触させる方法(以下、「サイジング処理」ともいう)を好ましく用いることができる。ここで分散液とは溶媒中にサイジング剤が微小な粒子として存在している液を意味する。ここで溶液や分散液の溶媒としては、水、エタノール、アセトン、イソプロピルアルコール、の単独又は混合物が挙げられ、水が50質量%以上含まれていることが望ましい。サイジング液中のサイジング剤濃度は、サイジング剤付着前の炭素繊維束の状態や種類、あるいはサイジング剤付着工程によって適宜選択することができる。具体的には、このサイジング液にロールの一部を浸漬させ表面転写した後、このロールに炭素繊維束を接触させてサイジング液を付与するタッチロール方式や、炭素繊維束を直接サイジング液中に浸漬させる浸漬方式等を用いることができる。炭素繊維束へのサイジング剤の付与量の調節は、サイジング液中の上記混合物の濃度調整や絞り量調整によって行うことができる。サイジング液は、工程管理の容易さや安全性などの観点から、水分散液又は水溶液であることがより好ましい。なお、サイジング液の製造方法は限定されないが、例えば、有機高分子物質(A)と有機化合物(B)をそれぞれ水分散液又は水溶液にしてから混合しても良いし、有機高分子物質(A)と有機化合物(B)を混合したのちに水分散液又は水溶液に調整しても良い。水分散液を調整する方法としては、水中に有機高分子物質(A)及び/又は有機化合物(B)を添加した状態で、添加した物質の融点以上の温度に加熱し、高せん断の条件下で攪拌して、さらに冷却する等の方法が挙げられる。
【0081】
サイジング処理の後は、溶媒を除去するための乾燥処理を施すことが好ましい。乾燥処理には、熱風式乾燥機、パネルヒーター乾燥機、マッフル炉、ロール式乾燥機などを用いることができる。加熱乾燥の方法としては、例えば、サイジング液を付与した炭素繊維束を連続で上記乾燥機に通して行う方法や、管状の部材にサイジング液を付与した炭素繊維束を巻きつけ、これらを熱風乾燥機やパネル乾燥機にてバッチ処理を行う方法を挙げることができる。乾燥処理する際は、均一な熱処理が可能な連続処理を行うことが好ましい。
【0082】
乾燥処理時の温度は、乾燥処理工程を効率的に行い、さらに有機化合物(B)の乾燥処理時の熱による減量を防止するために、110℃~180℃が好ましく、120℃~170℃がより好ましい。
【0083】
また、乾燥処理の時間は、同様の理由から、2秒間以上10分間以下が好ましく、より好ましくは5秒間以上5分間以下である。
【0084】
<炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物>
本発明において、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物は、本発明の樹脂強化用炭素繊維束を使用して、後述の炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の製造方法により得られる。
【0085】
≪炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の製造方法≫
本発明の樹脂強化用炭素繊維束は、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の強化繊維として好適に用いることができる。
本発明の樹脂強化用炭素繊維束を用いて製造される炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物としては、短繊維コンパウンド、長繊維ペレット、ランダムマット、バルクモールディングコンパウンド、一方向強化プリプレグ等の公知の形態を使用することができるが、製造工程において炭素繊維束が切断されずに連続して投入される形態が好ましい。
【0086】
また、樹脂強化用炭素繊維束に熱可塑性樹脂(C)を含浸させて炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を製造する方法としては、熱可塑性樹脂(C)を溶媒に溶解して樹脂強化用炭素繊維束に含浸させる方法や、熱可塑性樹脂(C)を粉末にして樹脂強化用炭素繊維束に含浸させる方法、熱可塑性樹脂(C)を溶融させて樹脂強化用炭素繊維束に含浸させる方法などがある。
炭素繊維束に付与された有機化合物(B)の除去の観点から、本発明の樹脂強化用炭素繊維束を用いる炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の製造方法は、樹脂強化用炭素繊維束を開繊させたのちに、熱可塑性樹脂(C)を接触させて180℃以上に加熱して含浸させる工程、又は180℃以上に加熱した熱可塑性樹脂(C)を接触させて含浸させる工程を含むことが好ましい。熱可塑性樹脂(C)を接触させて200℃以上に加熱して含浸させる工程、又は200℃以上に加熱した熱可塑性樹脂(C)を接触させて含浸させる工程を含むことがより好ましい。加熱する際の温度の上限は、一般的に、用いる熱可塑性樹脂が短時間で分解する温度であり、熱可塑性樹脂によって異なる。
ここで「開繊」とは、炭素繊維束の幅を、固体面への擦過、気流中への曝露、振動する固体との接触などの手法によって、押し広げる工程を意味する。
【0087】
<熱可塑性樹脂(C)>
本発明の樹脂強化用炭素繊維束を用いて製造される炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物に用いられる熱可塑性樹脂(C)としては、例えば、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS)、ポリプロピレン、マレイン酸変性ポリプロピレン、高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリスチレン、ポリフェニレンスルフィドなどのポリオレフィン;ナイロン6、ナイロン66などのポリアミド;ポリアセタール;ポリカーボネート;ポリエーテルイミド;ポリエーテルスルホン;ポリエーテルケトン;ポリエーテルエーテルケトンなどが挙げられる。この中でも、樹脂の機械的物性や熱特性、質量の観点から、熱可塑性樹脂(C)として、ポリオレフィン又はポリアミドからなる群から選ばれる樹脂を用いることが好ましい。
【0088】
炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物中、熱可塑性樹脂(C)の含有割合は、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の総質量に対し、5~90質量%であることが好ましく、10~80質量%であることがより好ましい。
【0089】
≪成形体の製造方法≫
本発明の炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の製造方法によって得られた炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物は、公知の成形法によって成形することにより、任意の形状の成形体(以下、「炭素繊維強化熱可塑性樹脂成形体」ともいう)を提供することができる。具体的には、用いた熱可塑性樹脂が軟化する温度迄加熱する工程を含むことが好ましい。
本発明の炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の製造方法によって得られた炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の成形には、サイジング剤由来の有機化合物(B)をより確実に除去するという観点から、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を200℃以上に加熱する工程を含むことが好ましい。具体的には220℃以上に加熱することが好ましく、250℃以上加熱することが好ましい。加熱する際の温度の上限は、一般的に、用いる熱可塑性樹脂が短時間で分解する温度であり、熱可塑性樹脂によって異なるが通常400℃以下である。
加熱時間は、主には成形手法によって適宜選択される。
本発明の製造方法によって得られる成形体は、機械的物性に優れると共に、生産性、経済性に優れる。
本発明の製造方法によって得られる成形体は、電子筐体、自動車部品、産業機械部品などに使用することができる。
【実施例】
【0090】
次に本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を越えない限り、以下の実施例に制限されるものでは無い。
【0091】
[製造例1:無水マレイン酸変性プロピレン系共重合体(A-1)の水系樹脂分散体の製造]
メタロセン触媒によって重合されたプロピレン-ブテン共重合体(ポリオレフィン(a1-1)に相当)であるタフマー(登録商標)XM-7070(商品名、三井化学社製、融点75℃、プロピレン単位の含有量74モル%、質量平均分子量[Mw]240,000(ポリプロピレン換算)、分子量分布[Mw/Mn]2.2)200kgと、無水マレイン酸(MAH)(酸(a2-1)に相当)5kgとをスーパーミキサーでドライブレンドした。その後、2軸押出機(日本製鋼所社製、商品名:TEX54αII)を用いて、このプロピレン-ブテン共重合体100質量部に対して1質量部となるように、パーブチル(登録商標)I(日本油脂社製、重合開始剤)を液添ポンプで途中フィードしながら、ニーディング部のシリンダー温度200℃、スクリュー回転数125rpm、吐出量80kg/時間の条件下で混練し、ペレット状の無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体前駆体を得た。
このようにして得られた無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体前駆体中の無水マレイン酸基のグラフト率は0.8質量%(無水マレイン酸基として0.08mmol/g、カルボン酸基として0.16mmol/g)であった。また、この前駆体の質量平均分子量(ポリスチレン換算)[Mw]は156,000、数平均分子量[Mn]は84,000であった。
還流冷却管、温度計、攪拌機のついたガラスフラスコ中に、得られた無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体前駆体100gと、トルエン50gとを入れ、容器内を窒素ガスで置換し、110℃に昇温してこの前駆体を溶解した。その後、この溶液に、無水マレイン酸を6.0g、パーブチル(登録商標)Iを2.0g加え、7時間同温度(110℃)で攪拌を続けて反応を行った。反応終了後、トルエン92gを加え、希釈を行った。次いで、70℃温水750gを加え、30分間撹拌を行い、その後、30分間静置し、分離した水相を抜出した。次いで、この溶液に、親水性高分子(A2)として、ハンツマン社製、商品名:ジェファーミン(登録商標)M-1000(メトキシポリ(オキシエチレン/オキシプロピレン)-2-プロピルアミン(質量平均分子量[Mw]1000))5g(5mmol;上記で得られた無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体100質量部に対し5質量部に相当)をイソプロパノール(IPA)50gに溶解した溶液を滴下して、70℃で1時間反応させ、有機高分子物質(A)に相当する重合体(反応生成物)液を得た。
続いて、この重合体液に、塩基性物質(A3)として、ジメチルエタノールアミン(DMEA)6.4g(6.4mmol:無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体に対して1.0質量%に相当)を蒸留水120gとIPA140gに溶解させて添加した。
その後、温度を70℃に保ち、攪拌しながら水155gを滴下し、減圧下にてトルエンとIPAを除くことにより、樹脂(重合体)固形分濃度が30質量%の乳白色の水性樹脂(A-1)の分散体を得た。この水性樹脂分散体を日機装(株)社製、商品名:マイクロトラック UPA(モデル9340 バッチ型 動的光散乱法)にて体積換算として粒径が細かい方から累積で50%粒子径を測定した結果、50%粒子径は0.10μm、90%粒子径は0.18μmであった。また、この水性樹脂分散体の温度25℃におけるpHは、8.2であった。なお、得られた水性樹脂は、重合体外部の乳化剤を添加せずに水分散体を得ることができたので、自己乳化性である。
なお、親水性高分子(A2)と反応させる前の無水マレイン酸変性プロピレン-ブテン共重合体溶液にアセトンを加えて、沈殿したこの共重合体を濾別し、さらに得られた共重合体をアセトンで洗浄した。そして、得られた共重合体を減圧乾燥することにより、白色粉末状の変性共重合体(酸変性ポリオレフィン)を得た。この共重合体の赤外線吸収スペクトル測定を行った結果、無水マレイン酸基のグラフト率は、3.0質量%(0.30mmol/g)であった。また、質量平均分子量(ポリスチレン換算)[Mw]は、140000であった。
【0092】
[製造例2:アクリル系重合体(A-2)の水溶液の製造]
還流冷却器、滴下ロート、温度計、窒素ガス導入管及び撹拌装置を備えた反応器にエタノール147 質量部を仕込み、滴下ロートにヒドロキシエチルアクリルアミド86質量部、アクリル酸14質量部、及びエタノール50質量部からなる単量体混合液を仕込み、反応器を窒素置換したのち80℃まで加熱した。反応器に、ジメチル2,2-アゾビス(2-メチルプロピオネイト)(V-601;和光純薬工業(株)製)0.2質量部、エタノール3質量部を投入後、単量体混合液を4時間かけて滴下した。滴下終了から6時間反応させた後、水750質量部を添加し、冷却した。反応器に25%NaOH水溶液31.1質量部、水20質量部を滴下し、アクリル酸を中和した。続いて、圧力を350Torrとし、エタノールを留去し、固形分30%になるように水を添加した。pH調整剤として50%クエン酸水溶液2.6部を添加し、アクリル系重合体(A-2)の水溶液を得た。
得られたアクリル系重合体(A-2)の質量平均分子量(Mw)は11700であった。なお、質量平均分子量の測定は次のように行った。ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(装置:東ソー株式会社製、SC8010,SD8022,RI8020,CO8011,PS8010、カラム:和光純薬工業株式会社Wakopak(Wakobeads G-50)、展開溶媒:水/メタノール/酢酸/酢酸ナトリウム=6/4/0.3/0.41)を用いて、ポリスチレンを標準物質として質量平均分子量を求めた。
【0093】
[製造例3:有機化合物(B-1)液の製造]
レオソルブ703B(ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンモノブチルエーテル;ライオン株式会社製)65質量部、ライオノールL-535(ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル;ライオン株式会社製)15質量部、レオコールSC-50(ポリオキシエチレンアルキルエーテル;ライオン株式会社製)25質量部を混合・攪拌し、樹脂組成物濃度が100質量%の有機化合物(B-1)液を得た。
【0094】
[製造例4:有機化合物(B-2)液の製造]
ビスフェノールAエチレンオキサイド60モル付加物(松本油脂製薬株式会社製)50質量部、ビスフェノールAエチレンオキサイド30モル付加物(松本油脂製薬株式会社製)50質量部の混合物を脱イオン水に投入して攪拌し、最終的に樹脂組成物濃度が70質量%の有機化合物(B-2)液を得た。
【0095】
[製造例5:マレイン酸変性ポリプロピレン含有樹脂組成物(C-1)の製造]
未変性ポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ株式会社製 製品名:ノバテック(登録商標)SA06GA)75質量部とマレイン酸変性ポリプロピレン樹脂(三菱化学株式会社製、製品名:モディックP958V)25質量部とをベント付き2軸押出機(日本製鋼所株式会社製 TEX30SST-42BW-7V)を用いて、シリンダー温度:180~200℃、スクリュー回転数:200rpm、押し出し量:15kg/hrで溶融混練し、ストランドを水冷した後、ペレタイザーによりペレット化してマレイン酸変性ポリプロピレン含有樹脂組成物(C-1)を製造した。
【0096】
[製造例6:有機化合物(B-3)液の製造]
ミキサー(特殊機化工業(株)製、商品名:ハイビスディスパーミックス、ホモミキサー仕様:型式3D-5型)を用い、ステアリン酸2-エチルヘキシル(エキセパール EH-S、花王)36質量部、ノニオン系界面活性剤プルロニックF88(商品名、BASF製)4質量部、イオン交換水60質量部を混合し、樹脂組成物濃度40質量%の有機化合物(B-3)液を得た。
【0097】
<有機化合物Bの熱分解特性評価1>
以降に記載する実施例において使用した、各有機化合物Bの熱減量率1を以下の手法にて評価した。
有機化合物Bを空気雰囲気下、70℃で12時間乾燥させ水分を除去した。その後、水分の除去後に得られた固形分を、円柱状の容器(底面の直径が50mm、高さ10mm)に5g(=W0)採取した。これをマッフル炉(ヤマト科学株式会社製、商品名:FP410)を用いて、50リットル(1気圧、25℃における体積)/分の空気気流中、200℃で10分間熱処理して、熱処理後の固形分の質量を測定してW1とした。熱減量率は次式より算出する。
(熱減量率1(質量%))=[(5-W1)/5]×100
使用した有機化合物Bの、熱減量率1を表1に示した。
【0098】
<有機化合物Bの熱分解特性評価2、3>
以降に記載する実施例において使用した、各有機化合物Bの熱減量率2および熱減量率3を以下の手法にて評価した。
有機化合物Bを空気雰囲気下、70℃で12時間乾燥させ水分を除去した。その後、水分の除去後に得られた固形分を、約10mg採取し、熱重量測定装置(TG/DTA6200、SIIナノテクノロジー株式会社製)を用いて、200ミリリットル(1気圧、25℃における体積)/分の空気気流中、20℃/minで昇温して熱減量曲線を取得し、昇温前の質量W0(g)と、100℃における質量W1(g)と、150℃における質量W2(g)と、200℃における質量W3(g)とを測定し、次式より算出した。
(熱減量率2(質量%))=[(W0―W3)/W0]×100-[(W0-W2)/W0] × 100
(熱減量率3(質量%))=[(W0―W2)/W0]×100-[(W0-W1)/W0] × 100
使用した有機化合物Bの、熱減量率2、熱減量率3を表1に示した。
【0099】
<有機化合物Bの粘度測定>
以降に記載する実施例において使用した、各有機化合物Bの粘度を以下の手法にて評価した。
有機化合物Bを空気雰囲気下、70℃で12時間乾燥させ水分を除去した。その後、水分の除去後に得られた固形分の30℃における粘度をレオメーター(AR-G2、TAインスツルメント社製)を用いて圧力300Pa、角速度10rad/sの条件下で測定した。
使用した有機化合物Bの粘度を表1に示した。なお、上記手法では粘度10000Pa・s以上は測定困難である。
【0100】
(実施例1)
サイジング剤が付着していない炭素繊維束(三菱レイヨン社製、商品名:パイロフィル(登録商標)TR 50S15L(フィラメント数15000本、ストランド強度5000MPa、ストランド弾性率242GPa))を、製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体と製造例3で得られた有機化合物(B-1)液を固形分の質量比が5:5になるように混合し、全体の固形分濃度を2.0質量%に調製した水分散液に浸漬させ、ニップロールを通過させた。その後、この炭素繊維束を、表面の温度を150℃とした加熱ロールに10秒間接触させることにより乾燥し、サイジング剤が付着した炭素繊維束(樹脂強化用炭素繊維束)を得た。
【0101】
<サイジング剤の含有量測定>
サイジング剤が付着した炭素繊維束(樹脂強化用炭素繊維束)を約2g採取し質量(W2)を測定した。その後、この樹脂強化用炭素繊維束を50リットル(1気圧、25℃における体積)/分の窒素気流中、温度450℃に設定したマッフル炉(ヤマト科学株式会社製、商品名:FP410)に15分間静置し、サイジング剤を完全に熱分解させた。
そして、20リットル(1気圧、25℃における体積)/分の乾燥窒素気流中の容器に移して、15分間冷却し、得られた炭素繊維束を秤量(W3)して、次式より、サイジング剤が付着した炭素繊維束中のサイジング剤の含有量を求めた。
(サイジング剤含有量(質量%))=[(W2-W3)/W2]×100
【0102】
<炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の作製及び物性測定>
(炭素繊維シート及びプリプレグの作製)
製造した樹脂強化用炭素繊維束を
図2に示す糸道で硬質クロムメッキ#200梨地加工、直径45mmのバーと擦過させた後に周長2mのドラムワインドにて巻き付け、炭素繊維の目付(FAW:単位面積当たりの質量)が145g/m
2の一方向の炭素繊維シートを幅300mmになるまで作製した。梨地のバーと接触する前の炭素繊維束の張力は炭素繊維束の目付け1gあたり2.0Nに設定した。
作製した炭素繊維シートに適度に張力を掛け、炭素繊維シートに両面から、未変性ポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ株式会社製 商品名:ノバテック(登録商標)SA06GA、日本ポリプロ株式会社製)を40μmの厚みに成形したフィルム、フッ素樹脂製フィルム(日東電工社製、商品名:ニトフロンフィルム970-4UL)、及びアルミ製の平板の順に挟み、前記加熱冷却二段プレスの加熱盤で230~240℃、5分、20kPa、さらに、冷却盤で5分、20kPaの条件で、炭素繊維が単一方向(UD)に配向している半含浸プリプレグ(連続繊維強化シート)を作製した。ここで、このプリプレグの目付(TAW)は、218g/m
2であった。
【0103】
(一方向炭素繊維複合材料成形板(12ply)の成形)
得られた一方向プリプレグを、長さ(0°方向(炭素繊維の繊維軸方向に対して平行な方向)の長さ)150mm×幅(90°方向(炭素繊維の繊維軸方向に直交する方向)の長さ)150mmにパターンカットした。次いで、パターンカットした一方向プリプレグを、0°方向に揃えて12枚積層(12ply)し、バギングした後、0.7MPaの窒素圧下、
図1に示す昇降温度条件でオートクレーブ成形を行い、厚み約2mmの一方向炭素繊維複合材料成形板を得た。
【0104】
(90°曲げ試験)
上記で得られた一方向炭素繊維複合材料成形板を湿式ダイヤモンドカッターにより長さ(90°方向の長さ)60mm×幅(10°方向の長さ)12.7mmの寸法に切断して試験片を作製した。万能試験機(Instron社製商品名:Instron5565)と、解析ソフト(商品名:Bluehill)とを用いて、ASTM D790に準拠(圧子R=5.0、L/D=16)した方法で得られた試験片に対して3点曲げ試験を行い、90°曲げ強度を算出した。
なお、一方向炭素繊維複合材料成形板の90°曲げ強度はマトリクス樹脂と炭素繊維束の界面接着性の指標であり、機械的物性の指標でもある。
【0105】
(実施例2)
製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体と製造例3で得られた有機化合物(B-1)液の固形分の質量比を8:2になるように混合し、使用した以外は、実施例1と同様にして、サイジング剤が付着した炭素繊維束、及び炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0106】
(実施例3)
炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の作製の際に、未変性ポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ株式会社製 商品名:ノバテック(登録商標)SA06GA)を40μmの厚みに成形したフィルムの代わりに、製造例5で製造した樹脂を40μmの厚みに成形したフィルムを用いた以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤が付着した炭素繊維束、及び炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0107】
(実施例4)
製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体と製造例3で得られた有機化合物(B-1)液の固形分の質量比を5:5になるように混合する代わりに、製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体と製造例6で得られた有機化合物(B-3)液の固形分の質量比を6:4になるように混合して使用した以外は、実施例1と同様にして、サイジング剤が付着した炭素繊維束、及び炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0108】
(実施例5)
製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体と製造例3で得られた有機化合物(B-1)液の固形分の質量比を5:5になるように混合する代わりに、製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体と製造例6で得られた有機化合物(B-3)液の固形分の質量比を6:4になるように混合して使用し、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の作製の際に、未変性ポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ株式会社製 商品名:ノバテック(登録商標)SA06GA)を40μmの厚みに成形したフィルムの代わりに、製造例5で製造した樹脂を40μmの厚みに成形したフィルムを用いた以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤が付着した炭素繊維束、及び炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0109】
(実施例6)
製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体と製造例3で得られた有機化合物(B-1)液の固形分の質量比を5:5になるように混合する代わりに、製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体と水性ウレタン樹脂エマルジョンSU-J1413(商品名、ジャパンコーティングレジン株式会社製、ポリオール成分:ポリエーテル、イソシアネート成分:芳香族)の質量比を6:4に混合して使用した以外は実施例1と同様にしてサイジング剤が付着した炭素繊維束を得た。さらに実施例1と同様にして炭素繊維シートを製造しようとしたところ、炭素繊維束が十分に開繊しなかったため、梨地のバーと接触する前の炭素繊維束の張力を炭素繊維束の目付け1gあたり4.0Nに設定したところ、炭素繊維シートを製造することができた。得られた炭素繊維シートを用いて実施例1と同様に炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0110】
(実施例7)
製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体の代わりに、自己乳化型マレイン酸変性ポリオレフィンエマルジョンNZ-1005(商品名、東洋紡株式会社製、重量平均分子量11万)を使用した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤が付着した炭素繊維束、及び炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0111】
(実施例8)
製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体の代わりに、外部乳化型マレイン酸変性ポリオレフィンエマルジョンCE-1000(商品名、中京油脂株式会社製、重量平均分子量8万)を使用した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤が付着した炭素繊維束、及び炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0112】
(実施例9)
製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体と製造例3で得られた有機化合物(B-1)液を固形分の質量比が5:5になるように混合し、全体の固形分濃度を2.0質量%に調製した水分散液の代わりに、全体の固形分濃度を10質量%に調整した以外は、実施例1と同様にしてサイジング剤が付着した炭素繊維束を得た。さらに実施例1と同様にして炭素繊維シートを製造しようとしたところ、炭素繊維束が十分に開繊しなかったため、梨地のバーと接触する前の炭素繊維束の張力を炭素繊維束の目付け1gあたり4.0Nに設定したところ、炭素繊維シートを製造することができた。得られた炭素繊維シートを用いて実施例1と同様に炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0113】
(比較例1)
製造例3で製造した有機化合物(B-1)液の代わりに、製造例4で製造した有機化合物(B-2)液を使用した以外は、実施例1と同様にして、サイジング剤が付着した炭素繊維束、及び炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0114】
(比較例2)
炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の作製の際に、未変性ポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ株式会社製 商品名:ノバテック(登録商標)SA06GA)を40μmの厚みに成形したフィルムの代わりに、製造例5で製造した樹脂を40μmの厚みに成形したフィルムを用いた以外は、比較例1と同様にしてサイジング剤が付着した炭素繊維束、及び炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0115】
(比較例3)
水性ウレタン樹脂エマルジョンSU-J1413の代わりに、水性樹脂エマルジョンHS-770(商品名、DIC株式会社製、ポリオール成分:ポリエステル、イソシアネート成分:脂肪族)を使用した以外は、実施例6と同様にしてサイジング剤が付着した炭素繊維束を得た。さらに実施例1と同様にして炭素繊維シートを製造しようとしたところ、炭素繊維束が十分に開繊しなかったため、梨地のバーと接触する前の炭素繊維束の張力を炭素繊維束の目付け1gあたり4.0Nに設定したところ、炭素繊維シートを製造することができた。得られた炭素繊維シートを用いて実施例1と同様に炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0116】
(比較例4)
製造例3で製造した有機化合物(B-1)液の代わりに、製造例4で製造した有機化合物(B-2)液を使用した以外は、実施例7と同様にして、サイジング剤が付着した炭素繊維束、及び炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0117】
(比較例5)
製造例3で製造した有機化合物(B-1)液の代わりに、製造例4で製造した有機化合物(B-2)液を使用した以外は、実施例8と同様にして、サイジング剤が付着した炭素繊維束、及び炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0118】
(比較例6)
製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体と製造例3で製造した有機化合物(B-1)液を固形分の質量比が5:5になるように混合し、全体の固形分濃度を2.0質量%に調製した水分散液の代わりに、製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体のみを全体の固形分濃度を2.0質量%に調製した水分散液を使用した以外は、実施例1と同様にして、サイジング剤が付着した炭素繊維束を得た。次に実施例1と同様にして炭素繊維シートを製造しようとしたところ、炭素繊維束が十分に開繊しなかったため、梨地のバーと接触する前の炭素繊維束の張力を炭素繊維束の目付け1gあたり4.0Nに設定したが、なお炭素繊維束は十分に開繊せず、炭素繊維シートを得ることはできなかった。従って、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物も得ることができなかった。
【0119】
(比較例7)
製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体の代わりに、製造例3で製造した有機化合物(B-1)液を用いた以外は、比較例6と同様にして、サイジング剤が付着した炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束を用いて、実施例1と同様にして炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0120】
実施例1~9、比較例1~7の結果を表2に示す。なお、実施例9は比較例である。
同様の有機高分子物質及びマトリクス樹脂を用いたとき、比較的近い構造の有機化合物であっても、熱減量率が高い物質と熱減量率が低い物質を比較した場合、熱減量率が高い物質を用いることで、炭素繊維とマトリクス樹脂がより良好な接着性を発現している。
【0121】
(実施例10)
製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体の代わりに、製造例2で得られたアクリル系重合体(A-2)水溶液を使用した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。
その後、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の作製の際に、ポリプロピレン樹脂SA06GAを40μmの厚みに成形したフィルムの代わりに、ナイロン6(商品名:6-ナイロン樹脂1013B、宇部興産株式会社製)を使用し、プレスの加熱盤の温度を250~260℃にした以外は実施例1と同様にして炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製し、評価した。
【0122】
(比較例8)
製造例1で得られた水性樹脂(A-1)分散体の代わりに、製造例2で得られたアクリル系重合体(A-2)水溶液を使用した以外は、比較例6と同様にして炭素繊維束を製造しようとしたが、炭素繊維束が固く、巻き取った状態で放置すると炭素繊維束の末端が解除されるために、炭素繊維束を製造することができなかった。なお、サイジング剤の付着量の測定に用いるサンプルは、巻き取らずに測定に必要なサンプルのみを採取して得た。
【0123】
実施例10、比較例8の結果を表3に示す。実施例の材料は、炭素繊維束の製造時の取扱い性と、炭素繊維束とマトリクス樹脂との界面接着性を両立していることが確認された。比較例8は取扱い性が悪く、炭素繊維束の巻き取りができなかった。
【0124】
【0125】
【0126】
【産業上の利用可能性】
【0127】
本発明によれば、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物を作製する際に、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物の機械的物性を低下させることなく、炭素繊維束と熱可塑性樹脂の界面接着性と、炭素繊維束の取扱い性を両立できるサインジング剤を付着させた、樹脂強化用炭素繊維束、及びその製造方法が提供できる。また、本発明によれば、この炭素繊維束を用いた、炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物及びその成形体が提供できる。