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特許7024180リチウムイオン二次電池用正極活物質の溶媒乾燥性評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-15
(45)【発行日】2022-02-24
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極活物質の溶媒乾燥性評価方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/36 20060101AFI20220216BHJP
   H01M 4/139 20100101ALI20220216BHJP
【FI】
H01M4/36 Z
H01M4/139
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2016212737
(22)【出願日】2016-10-31
(65)【公開番号】P2018073643
(43)【公開日】2018-05-10
【審査請求日】2019-10-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【弁理士】
【氏名又は名称】辻川 典範
(72)【発明者】
【氏名】近藤 光国
【審査官】佐宗 千春
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-065409(JP,A)
【文献】特開2000-048860(JP,A)
【文献】特開平09-115504(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00-4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モホロジー及び/又はアルカリ分による溶媒乾燥性への影響の程度が未知の研究開発段階のリチウムイオン二次電池用正極活物質を、導電助剤、バインダー及び溶媒と混合して粘度1000cps以上5000cps以下(粘度5000cpsを除く)の正極合剤ペーストを調製し、該正極合剤ペーストを集電体上に均一な膜厚で塗工してから該正極活物質の電池製造時の乾燥条件と同じ条件で乾燥処理を行った後、一定のサイズで無作為にカットして得た複数個の電極片の溶媒残留量を測定することで該正極活物質の溶媒乾燥性を評価する方法であって、前記正極合剤ペーストの塗工の際、頂部が凹状にへこんだ略富士山形状の貫通孔を有する板状治具をその板面を水平にして集電体上に載置し、該貫通孔内に正極合剤ペーストを過剰に充填してはみ出た余剰部分をスキージで除去した後、該板状治具を取り除いて該貫通孔と同じ頂部が凹状にへこんだ略富士山形状を有するペースト塊を形成し、該富士山形状の底部から頂部の方向にアプリケーターを移動させて該ペースト塊を押し拡げることを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の溶媒乾燥性の評価方法。
【請求項2】
前記乾燥処理では、乾燥機中の雰囲気ガスの種類及びその気流速度を常に一定に保つことを特徴とする、請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の溶媒乾燥性の評価方法。
【請求項3】
前記頂部が凹状にへこんだ略富士山形状が、前記アプリケーターの接ペースト部の長さよりも短い1本の第1直線部と、その両端部に同じ鋭角の隅部が形成されるようにそれぞれ接続する2本の同じ長さの第2直線部と、これら2本の第2直線部において前記第1直線部に接続する端部とは反対側の端部に両端部がそれぞれ接続し且つ前記第1直線部に向かって凸状に湾曲又は屈曲する曲線部とからなる形状を有していることを特徴とする、請求項1又は2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の溶媒乾燥性の評価方法。
【請求項4】
前記溶媒残留量の測定は、前記電極片を加熱することで生じるガスをガスクロマトグラフィーで測定することで行うことを特徴とする、請求項1~のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池正極活物質の溶媒乾燥性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池の正極に使用される活物質の溶媒乾燥性の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スマートフォン、タブレット型端末、ノート型パソコンなどの携帯情報機器の普及に伴い、近年、リチウムイオン二次電池の市場は大きく発展しており、2010年には1兆円規模に成長した。リチウムイオン二次電池はニッケル水素二次電池と比較してエネルギー密度が高いという特徴を有しており、ハイブリット自動車を始めとする電気自動車用電源や蓄電装置として盛んに研究開発が行われている。現在、リチウムイオン二次電池に用いられる正極活物質は、当初広く利用されたコバルト酸リチウムから、より低コストのニッケル酸リチウム、リチウム-ニッケル-コバルト-マンガン複合酸化物、リン酸鉄リチウムなどに移ってきており、なおも改良が進められている。
【0003】
これらの正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池の正極の代表的な製造方法には以下の方法がある。先ず、正極活物質に対して、アセチレンブラック、ケッチェンブラック(登録商標)、ハードカーボンなどの導電助剤と、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)などのバインダーとを加え、更にN-メチル-ピロリジノン(NMP)などの溶媒を混合してペースト化する。得られた正極合剤ペーストをロールコーター、グラビアコーター、スロットダイコーターなどの連続塗工装置を用いてアルミ集電体上に所定の膜厚、塗工幅となるように塗工する。得られた塗工膜を、塗工装置に付帯する連続式乾燥炉で溶媒を揮発することで乾燥させる。乾燥後は所定の大きさに切断することでリチウムイオン二次電池の正極が得られる。
【0004】
また、多品種少量の電極を作製する場合において、できるだけ均一な膜厚の塗工膜を形成して電極のバラつきを少なくするため、特殊な治具を用いて塗工することが提案されている。例えば先行文献1には、頂部が凹状にへこんだ略富士山形状の貫通孔を有する矩形板状部材からなる治具を用いてペーストを集電体上に拡げる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】発明協会公開技報公技番号2013-501776号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のリチウムイオン二次電池の正極の製造方法では、一般に乾燥速度(乾燥能力)によって電極の生産性がほぼ決まるので、生産性を上げるため乾燥炉の炉長を数十mと長くすることが多い。また、乾燥に要する時間は、集電体の単位面積当たりの塗工量、あるいは溶媒量でほぼ決まるが、正極活物質の例えば細孔の有無や細孔径に代表されるモホロジーなどの物性の影響も受ける。更に、正極活物質表面の残留リチウムなどのアルカリ分や、結晶性が悪いニッケル系複合酸化物表面でよく見られる表面アルカリ分などは、アルカリに弱いPVDFバインダーのゲル化を促進するので溶媒の揮発を妨げ、乾燥時間を長くすることがある。
【0007】
上記のように正極活物質の生産性に影響を及ぼす乾燥時の溶媒の揮発しやすさ
(以降、溶媒乾燥性とも称する)は、正極活物質の比表面積、細孔分布、粒度分布などの物性を把握することである程度は推定できるが、より細かなモホロジーや正極活物質表面のアルカリ分の違いによる溶媒乾燥性への影響は、実際に上記のような工程で電極を作製してみないと分からないことが多かった。そこで、より確実に溶媒乾燥性を評価するため、量産用の製造装置を用いて作製された電極にて評価を行うことが考えられるが、多品種少量の生産が行われる場合はコストがかかりすぎる上、作業効率の面からも好ましくない。
【0008】
ところで、正極活物質の研究開発の段階では、溶媒乾燥性を簡易に評価するため、高い平滑性と平面度を有するA4~A3サイズの塗工プレート上に所定のサイズにカットした集電体を置き、適量のペーストを垂らした後、アプリケーターなどの簡易塗工器具を使って均一な膜厚になるように押し拡げることで、数十センチ程度の長さを有する手塗り電極を作製することが多い。しかし、上記方法で成形した電極では、塗工膜の厚みや幅、及び目付量を精密に制御することが難しく、正極活物質の溶媒乾燥性の定量的評価を行うことが困難であった。
【0009】
すなわち、アプリケーターとして一般に用いられるベイカー式アプリケーターやドクターブレードなどの簡易塗工器具は、水平部とその両端に設けられた脚部とからなる門型構造を有しており、基準面となる該脚部の底面から水平部の下部(接ペースト部)までの隙間(クリアランス)の大きさを調整することで所望の厚みを有する塗工膜を形成することができるようになっている。
【0010】
しかし、集電体上に正極合剤ペーストを垂らした時にできるペースト塊に局所的に幅広の箇所や高い箇所があると、塗工器を用いても均一に拡げることができず、例えば局所的に高い箇所では塗工器による押圧によりペースト圧が他の箇所よりも高くなるため、塗工器が通過して押圧されなくなると該ペースト圧に応じた膨張により局所的に分厚い部分が生じる。このように簡易的な評価方法では均一な膜厚の塗工膜を形成するのが難しく、そこから一定形状の電極片を切り出して乾燥による溶媒の揮発量(即ち、極板中の溶媒残留量)を測定しても、塗工膜の厚みのバラつきが誤差因子として含まれてしまい、溶媒乾燥性を高い精度で再現性良く測定することができなかった。
【0011】
本発明は、上記した従来の問題点に鑑みてなされたものであり、リチウムイオン二次電池用の正極活物質の特性として工業上重要な溶媒乾燥性を、高い精度で再現性良く評価することが可能な評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の溶媒乾燥性の評価方法は、モホロジー及び/又はアルカリ分による溶媒乾燥性への影響の程度が未知の研究開発段階のリチウムイオン二次電池用正極活物質を、導電助剤、バインダー及び溶媒と混合して粘度1000cps以上5000cps以下(粘度5000cpsを除く)の正極合剤ペーストを調製し、該正極合剤ペーストを集電体上に均一な膜厚で塗工してから該正極活物質の電池製造時の乾燥条件と同じ条件で乾燥処理を行った後、一定のサイズで無作為にカットして得た複数個の電極片の溶媒残留量を測定することで該正極活物質の溶媒乾燥性を評価する方法であって、前記正極合剤ペーストの塗工の際、頂部が凹状にへこんだ略富士山形状の貫通孔を有する板状治具をその板面を水平にして集電体上に載置し、該貫通孔内に正極合剤ペーストを過剰に充填してはみ出た余剰部分をスキージで除去した後、該板状治具を取り除いて該貫通孔と同じ頂部が凹状にへこんだ略富士山形状を有するペースト塊を形成し、該富士山形状の底部から頂部の方向にアプリケーターを移動させて該ペースト塊を押し拡げることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、手塗りによる簡易な塗工を含むにもかかわらず、高い精度とで再現性良く正極活物質の溶媒乾燥性を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の評価方法を行う際に使用するペースト塊の形成用の板状治具の一具体例の正面図及び平面図である。
図2図1の板状治具を用いてペースト塊を形成する様子を示す斜視図である。
図3図1の板状治具を用いて形成したペースト塊をアプリケーターで押し拡げる様子を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の溶媒乾燥性の評価方法の一具体例について説明する。この本発明の一具体例の評価方法では、先ず正極活物質、導電助剤、バインダー及び溶媒を所定の配合割合で混合して正極合剤ペーストを調製する。上記導電助剤には、アセチレンブラック、ケッチェンブラック(登録商標)、ハードカーボンなどを用いることができ、評価対象となる正極活物質に適した導電助剤を適宜選択するのが好ましい。上記バインダーにはポリフッ化ビニリデン(PVDF)を用いるのが一般的であるが、これに限定されるものではなく、正極活物質や導電助剤に合わせて好適なものを選択してもよい。上記溶媒にはN-メチル-2-ピロリドン(NMP)を用いるのが一般的であるがこれに限定されるものではない。
【0016】
上記の正極活物質、導電助剤、バインダー及び溶媒の配合割合は、作製される電池の特性に大きく影響を及ぼすため、所望の電池性能を得るために通常は都度調整される。従って、溶媒乾燥性の評価では、評価対象の正極活物質を用いて実際に作製される電池の配合組成と同じ配合組成に調製した正極合剤ペーストを用いて評価することが望ましい。なお、実際に作製される電池の配合組成が不明の場合は、それに近い配合組成に調製することで、実際の電池製造時の溶媒乾燥性に近い傾向を示す評価結果を得ることができる。
【0017】
次に、上記の調製で得た正極合剤ペーストを、集電体上にほぼ均一な膜厚となるように塗布(塗工)する。従来、正極合剤ペーストを簡易に評価する場合は、適量の正極合剤ペーストを集電体上に垂らして円形ドーム状のペースト塊を形成し、このペースト塊をアプリケーターを用いて押し拡げるように塗工した後、一定のサイズの電極片を切り出してその含水率などを測定することが行われていた。
【0018】
しかし、円形ドーム状のペースト塊は、中央部が周縁部より厚いため、アプリケーターで押し拡げる際に該中央部では厚み方向により大きく圧縮されるため、その部分では塗工後の膜厚が局所的に厚くなることがあった。また、該ペースト塊の周縁部は厚みがアプリケーターのクリアランスよりも小さい部分が存在するため、その部分では塗工後に所望の膜厚が得られないことがあった。このように塗工後の膜厚を全領域に亘って均一にすることができなければ、そこから複数の電極片を無作為に切り取った時にそれらに含まれる正極活物質、導電助剤、バインダー、及び溶媒の量は大きくバラつくことがあった。また、従来の方法では均一な膜厚を有する塗工膜を安定的に形成することが困難なので、塗工膜の一定の部分(例えば中央部)を常に切り出す場合であってもバラつきが生ずることがあった。このように、従来の方法は高い精度で再現性良く溶媒乾燥性を評価することができなかった。
【0019】
そこで本発明の一具体例の評価方法では、図1に示すような頂部が凹状にへこんだ略富士山形状の貫通孔10を有する板状治具1を用いてペースト塊を形成している。この凹状にへこんだ略富士山形状は、具体的には、アプリケーターの接ペースト部の長さよりも短い1本の第1直線部11と、その両端部に同じ鋭角の隅部が形成されるようにそれぞれ接続する2本の同じ長さの第2直線部12と、これら2本の第2直線部12において第1直線部11に接続する端部とは反対側の端部に両端部がそれぞれ接続し且つ第1直線部11に向かって凸状に湾曲又は屈曲する曲線部13とからなる形状を有している。なお、上記の第1直線部11と第2直線部12とが交わる隅部や、第2直線部12と曲線部13とが交わる隅部には、図1に示すように湾曲部が形成されているのが好ましい。
【0020】
この板状治具1を、図2に示すようにその板面が水平になるように集電体上(図示せず)に載置し、貫通孔10内にその容量よりも過剰の正極合剤ペーストを注いで板面からはみ出るように盛り上がらせた後、スキージ2を、その先端部を板状治具1の上面に当接させたまま板状治具1の端から端まで白矢印の方向にスライドさせて余剰の正極合剤ペーストを除去する。その後、板状治具1だけを取り除くことで、貫通孔10と略同形状の頂部が凹状にへこんだ略富士山形状を有し且つ均一な厚みのペースト塊Pを形成することができる。
【0021】
次に、図3(a)~(b)に示すように、上記にて形成した頂部が凹状にへこんだ略富士山形状のペースト塊Pに対して、該富士山形状の底部から頂部に向かう白矢印の方向にアプリケーター3を移動させてペースト塊Pを押し拡げながら塗工することによって、全領域に亘ってほぼ均一な膜厚を有する略矩形の塗工膜Fを形成することができる。これにより、後述する乾燥処理後に無作為に複数個の電極片を切り出しても、厚みのバラつきを抑えることができる。また、常に同形状の塗工膜を形成することができるので、異なる塗工膜同士の厚みのバラつきを抑えることができる。
【0022】
このように均一な膜厚で塗工できる理由は、ペースト塊を押し拡げる時にアプリケーターの押圧によるペースト圧をほぼ均一にすることができるからである。即ち、略矩形のペースト塊に対してその短手方向の一端から他端に向かってアプリケーターを移動させて押し拡げた場合は、アプリケーターで押し拡げていくに従って、アプリケーターよりも移動方向の直前側では、該移動方向に垂直な方向の略中央部にペーストが集まりやすく、結果的に該中央部では両端部よりも塗工膜厚が厚くなってしまう。これに対して、上記の頂部が凹状にへこんだ略富士山形状のペースト塊は、アプリケーターの移動方向に垂直な方向における中央部から両端部にいくに従って徐々に押し拡げられる量が多くなる形状になっているので、上記したアプリケーターの移動に際してペーストが中央部に集まって該中央部で塗工膜の膜厚が厚くなる現象を緩和させることができる。
【0023】
上記の略富士山形状の高さや底部長さ等の具体的なサイズは、正極合剤ペーストの性状、特に粘度に応じて適宜変えてもよい。例えば、粘土が高い正極合剤ペーストを塗工する場合には、上記したアプリケーターの移動方向に垂直な方向の中央部の塗工膜の膜厚が両端部よりも厚くなりやすいため、該富士山形状の頂部においてより深くへこませるのが望ましい。また、凹状のへこみは、1箇所以上で屈曲する凹形状でもよいが、この場合は屈曲部でペーストが筋引きを起こすおそれがあるので、アプリケーターの移動方向に垂直な方向にペーストがスムーズに移動可能な湾曲する凹形状が好ましい。
【0024】
上記の正極合剤ペーストは、粘度が1000cps以上、5000cps以下となるように調製するのが望ましい。この粘度が1000cpsより小さいと、上記板状治具を外した時にペースト塊が板状治具の貫通孔の形状を保つことができず、所望の厚さを有する塗工膜を形成することが困難になる。一方、正極合剤ペーストの粘度が5000cpsを超えると、正極合剤ペーストの延展がスムーズに行われにくくなるため、塗工膜の厚さにムラができやすく、塗工膜切れを起こすこともある。
【0025】
上記塗工により集電体上に担持させたペースト塊は常に板状治具の貫通孔の容積と同じ容積を有しているので、ベイカー式アプリケーターやドクターブレードなどの一般的なアプリケーターを使用して一定の膜厚を有する塗工膜を形成することで、その面積も常に一定にすることができる。よって、乾燥機を用いた乾燥処理の際の溶媒の揮発量に影響する要因である、塗工膜形成のためのペースト量や、塗工膜の面積及び膜厚を常に一定にすることができる。
【0026】
溶媒乾燥性の評価は、塗工した正極合剤ペーストを一定の乾燥条件で乾燥処理した後、塗工膜の面積当たりの溶媒残留量を測定することにより行われる。このように一定の乾燥条件で乾燥処理する理由は、乾燥条件が毎回異なると、例えば同じ正極合剤ペーストを用いても乾燥処理後の溶媒残留量が異なることになるので、溶媒残留量を正確に比較することが困難になるからである。上記の乾燥条件は、評価対象の正極活物質の実際の電池製造時の乾燥条件と同じにするのが好ましい。一般的なリチウムイオン二次電池の電池製造工程では、雰囲気温度120~150℃で数分~数十分かけて乾燥されるので、この条件で乾燥処理を行うのが好ましい。なお、溶媒乾燥性の評価の際の乾燥条件が電池製造時の乾燥条件と異なっていても溶媒乾燥性の相対関係が逆転することはほとんどないので、正極活物質の溶媒乾燥性の相対評価を行うのであれば厳密に製造工程の乾燥条件に一致させなくても良い。
【0027】
乾燥処理時の雰囲気ガスは特に制約がなく、大気雰囲気、非大気雰囲気、真空下等のいずれの雰囲気中でも同様の評価を行うことができる。但し、雰囲気ガスの種類によって溶媒乾燥性が大きく影響を受ける上、乾燥中に塗工膜に接触する気流の状態によっても溶媒の揮発速度が変化するので、複数の試料で比較評価を行う場合は、乾燥機中の雰囲気ガスの種類及びその気流速度を常に一定に保つのが好ましい。
【0028】
上記の乾燥処理後の塗工膜の溶媒残留量を測定する時は、集電体と塗工膜を一定の形状に切断して得た試料片を用いることで、溶媒残留量の測定精度を向上させることができる。上述のように本発明の一具体例の評価方法は、膜厚が一定となるように塗工膜を形成するので、一定面積の試料片を切り出すことにより、試料片に含まれる塗工膜の質量のバラつきを小さくし、溶媒残留量をより精度良く求めることができる。
【0029】
この試料片中の溶媒残留量の測定方法は特に限定されないが、例えば一定条件の下で加熱処理を行い、その処理前後に測定した試料片の質量から減少量を算出し、これを溶媒の残留量とする一般的な方法を用いることができる。但し、この場合は試料片に含まれる塗工膜の質量が小さいと、質量減少の測定誤差が溶媒残留量の大きな測定誤差要因となる。また質量減少は溶媒以外の揮発成分をも含む可能性があるため、溶媒のみの乾燥性評価と一致しない場合もある。
【0030】
これらの誤差要因を小さくするため、目的とする溶媒のみの残留量を精度よく測定する方法を採用するのが好ましい。具体的には、測定ガスの分離能が良く且つ定量性に優れた分析方法であるガスクロマトグラフを用いて試料片の加熱処理時に発生するガスを定量分析するのが望ましい。この測定法で得た試料片の溶媒残留量を該加熱処理前の試料片の質量で除した値は、上記の一定条件で乾燥した後の溶媒残留量にほぼ一致するので、正極活物質の溶媒乾燥性の評価のための指標として極めて信頼性が高くなる。
【0031】
以上、本発明の溶媒乾燥性の評価方法について一具体例を挙げて説明したが、本発明は係る一具体例に限定されるものではなく、本発明の主旨から逸脱しない範囲の種々の態様で実施することが可能である。例えば、上記一具体例の評価方法では、集電体上に正極合剤ペーストを均一な膜厚で塗工し、この塗工後の正極合剤ペーストを一定の処理条件で乾燥処理し、その後一定のサイズにカットするものであったが、これに限定されるものではなく、正極合剤ペーストを集電体上に塗工してから乾燥処理を行った後、カットして電極片を作製してもよい。
【0032】
具体的には、集電体上に垂らした正極合剤ペースト塊に対して上記の板状治具を用いずにそのままアプリケーターで押し拡げてもよい。この場合は、乾燥処理及びカット後に得られる電極片の厚みが個々に異なることになるので、その補正のため一般的な膜厚計等を用いて乾燥処理前又は乾燥処理後に厚みを測定することが必要になる。また、乾燥処理後にカットするサイズが電極片ごとに異なっていてもよい。この場合は、電極片の面積が個々に異なることになるので、その補正のため切片重量法、格子分割求積法、モンテカルロ法等を用いて面積を測定することが必要になる。上記のように、電極片ごとに厚みやサイズが異なる場合は、その測定の際の測定誤差がある程度含まれることになるので、この点を考慮すれば、均一な膜厚となるように塗工したり一定形状の抜き型で常に同じ面積の電極片をカットしたりすることがより好ましい方法といえる。
【実施例
【0033】
(参考例1)
正極活物質としてリチウム-ニッケル-マンガン-コバルト複合酸化物(LiNi1/3Mn1/3Co1/3)を33.00g、及び導電助材としてアセチレンブラックを1.45gそれぞれ秤量し、ジルコニアビーズ(3mmφ)45gと共にポリプロピレン製の専用混合容器に入れ、株式会社シンキー製の自転・公転ミキサー「あわとり錬太郎ARE-310」を用いて1500rpmで15秒間×2回混合した。
【0034】
篩別によりジルコニアビーズを取り除いた後、得られた混合物にクレハ製PVDF溶液KF#1120(PVDF12wt%/NMP88wt%)を15.11g、及び粘度調整用NMPを11.0g加え、再度、あわとり錬太郎を用いて回転数1500rpmで5分間混練し、正極合剤ペーストを得た。得られた正極合剤ペーストの固形分率は60%で、ブルックフィールド社製の粘度計PV-II+PROを用いて測定した粘度は4800cpsであった。
【0035】
長さ380mm、幅230mmのガラス製塗工プレート上にエタノールを吹きかけ、長さ180mm、幅120mm、厚さ20μmのアルミニウム集電体を載置し、これをゴム製スキージで押さえつけて固定した。このアルミニウム集電体上の端部の塗工開始点に、図1に示すような頂部が凹状にへこんだ略富士山形状の貫通孔10を有する縦38mm、横140mm、厚み2mmのSUS304製の矩形の板状治具1をセットし、貫通孔10内にその容積よりも過剰の正極合剤ペーストを板面から盛り上がるように注いだ。
【0036】
このように板面上からはみ出るようにして貫通孔10内に充填したペーストに対して、図2に示すように、スキージ2の先端部を板状治具1の板面に当接させたまま白矢印の方向にスライドさせることにより貫通孔10の容積以上の余剰のペーストを取り除いた。なお、上記貫通孔10の具体的なサイズは、略富士山形状の高さが21mm、底部長さが78mmであり、頂部はR51の円弧により凹状にへこんでおり、そのへこみの深さは11mmとした。
【0037】
余剰ペーストを取り除いた後、板状治具を集電体上から外すことで該板状治具の貫通孔と同様に頂部が凹状にへこんだ略富士山形状のペースト塊を集電体上に残した。このペースト塊に対して、ベイカー式アプリケーター(幅150mm、クリアランス設定250μm)を、上記の略富士山形状の底部から頂部に向けてスライドさせることによりペースト塊を集電体上に押し拡げ、略矩形の塗工膜を形成した。このようにして得た塗工膜を塗工プレート及び集電体ごと株式会社東京理化機器製の真空乾燥機VOS-451SDに入れ、60℃の大気雰囲気中で10分間かけて仮乾燥させた。その後、乾燥機内を1Paに減圧し、残留溶媒分を完全に除去するため120℃の減圧雰囲気で8時間かけて乾燥処理を行った。
【0038】
上記の乾燥処理によって得た塗工膜の最大幅をノギスを使って測定した。また、円形ポンチを用いて塗工膜を集電体と共に14mmφの円形電極に打ち抜き、その質量を測定した。更に、上記の塗工プレート上のペーストの塗工から電極の打ち抜きまでの工程を上記の正極合剤ペーストを用いて同様に11回繰り返し、各々、塗工膜の最大幅と円形電極の質量を測定した。
【0039】
比較のため、上記と同様に調製した正極合剤ペーストを薬さじを用いて採取し、集電体上に幅100mm程度に塗り伸ばしてペースト塊を担持させたものを12個用意した。以降は上記と同様に塗工及び乾燥を行って塗工膜を形成し、それらの最大幅を測定してから各々円形電極を打ち抜いてその質量を測定した。上記の板状治具を用いた場合と薬さじを用いた場合の各々におけるNo.1~12の12枚の塗工膜の各最大幅及びそれらから各々打抜いた円形電極の質量、並びにそれらの平均値と標準偏差を下記表1に示す。
【0040】
【表1】
【0041】
上記表1の結果から、ペーストの塗工の際に図1の板状治具を用いることによって、薬さじを用いた場合に比べて塗工膜の最大幅及び円形電極の質量の両方とも標準偏差が小さくなっており、均一な膜厚を有する塗工膜を安定して作製できることが分かる。円形電極の質量のバラつきは電極に塗工された正極合剤量、即ち目付量のバラつきと見なせるので、板状部材を用いた場合の目付量のバラつきは、薬さじを用いた場合よりも小さいと言える。
【0042】
(参考例2)
板状治具を用いた上記参考例1の場合と同様にして塗工及び乾燥を行って塗工膜を1枚だけ形成し、得られた塗工膜に対して集電体と共に円形ポンチを用いて無作為に打ち抜き、14mmφの円形電極を12個作製した。また、比較のため、薬さじを用いた上記参考例1の場合と同様にして塗工及び乾燥を行って塗工膜を1枚だけ形成し、得られた塗工膜に対して集電体と共に円形ポンチを用いて無作為に打ち抜き、14mmφの円形電極を12個作製した。これら合計24個の円形電極の質量を各々測定した。上記の板状治具を用いた場合と薬さじを用いた場合の各々におけるNo.1~12の12個の円形電極の質量及びそれらの平均値と標準偏差を下記表2に示す。
【0043】
【表2】
【0044】
上記表2の結果から、ペーストの塗工の際に図1の板状治具を用いることによって、薬さじを用いた場合よりも円形電極の質量の標準偏差が小さくなっており、全領域に亘って均一な膜厚を有する塗工膜を作製できることが分かる。
【0045】
(実施例1)
板状治具を用いた上記参考例の場合と同様にして塗工プレートに正極合剤ペーストを塗工したものを12個用意した。これらを乾燥機に入れ、120℃の大気雰囲気中で3.5分間かけて乾燥させた後、各々、塗工膜を集電体と共に円形ポンチを用いて40mmφの円形電極に打ち抜き、すぐにアルミラミネート袋に入れて密閉保管した。このようにして作製したNo.1~12の12個の円形電極を各々アルミラミネート袋から取り出し、ガスクマトグラフ(株式会社島津製作所製、QP2010)を用いて円形電極中のNMPの残留量を測定した。なお、ガスクロマトグラフのカラムにはAgilente Technologies社製のDB-WAXETR(内径25mm、膜厚0.25μm、長さ30m)を使用し、昇温速度20℃/min、240℃で10分間保持して測定した。
【0046】
比較のため、上記と同様に調製した正極合剤ペーストを薬さじを用いて採取し、集電体上に幅100mm程度に塗り伸ばしてペースト塊を担持させたものを12個用意した。以降は上記と同様に塗工、乾燥、及び打ち抜きによって得たNo.1~12の12個の円形電極のNMPの残留量を測定した。上記の板状治具を用いた場合と薬さじを用いた場合の各々におけるNo.1~12の12個の円形電極のNMPの残留量及びそれらの平均値と標準偏差を下記表3に示す。
【0047】
【表3】
【0048】
上記表3の結果から、ペーストの塗工の際に図1の板状治具を用いることによって、薬さじを用いた場合よりもNMP残留量の標準偏差が小さくなっており、溶媒乾燥性の評価のバラつきが小さくなっていることが分かる。これは、円形電極あたりの目付量の精度が向上したことにより、NMP残留量を高い精度で測定できることを示している。
【0049】
(実施例2)
粘度調整用NMPの添加量(g)をそれぞれ20.0、18.0、16.0、14.0、12.0、10.0、8.0、6.0に変えた以外は実施例1と同様の方法で12種類の正極合剤ペーストを作成した。これら12種類のペーストの粘度(cps)をブルックフィールド社製の粘度計PV-II+PROを用いて測定したところ、それぞれ480、1060、1620、2700、3440、4470、4980、5630であった。
【0050】
これら12種類の正極合剤ペーストをそれぞれ用いた以外は実施例1と同様の方法で集電体上に塗工膜を形成し、乾燥及び円形電極の打ち抜きを行って、塗工膜の幅と円形電極の質量を測定した。これらNMP添加量を変えたNo.1~12の塗工膜幅と円形電極の質量、並びにそれらの平均値と標準偏差を下記表4に示す。
【0051】
【表4】
【0052】
上記表4の結果から、正極合剤ペーストの粘度が480cpsでは粘度が低すぎるため、目標とする塗工幅よりも塗工膜が広がってしまい、塗工幅が大きく、そのバラつきも大きくなっていることが分かる。また、塗工膜の薄い部分ができてしまい、電極の質量の平均が小さく、そのバラつきも大きい。逆に正極合剤ペーストの粘度が5630cpsでは粘度が高すぎ、塗工膜切れが起きていると共に、電極重量のバラつきも大きくなっている。以上の結果から、正極合剤ペーストの粘度としては1000cps以上、5000cps以下が望ましいことが分かる。
【符号の説明】
【0053】
1 板状治具
10 貫通孔
2 スキージ
3 アプリケーター
P ペースト塊
F 塗工膜


図1
図2
図3