(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-15
(45)【発行日】2022-02-24
(54)【発明の名称】汚染堆積物の定量方法および試料分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/04 20180101AFI20220216BHJP
G01B 15/02 20060101ALI20220216BHJP
G01N 23/20 20180101ALI20220216BHJP
H01J 37/26 20060101ALI20220216BHJP
【FI】
G01N23/04
G01B15/02 B
G01N23/20 380
H01J37/26
(21)【出願番号】P 2018029623
(22)【出願日】2018-02-22
【審査請求日】2020-10-19
(31)【優先権主張番号】P 2017034944
(32)【優先日】2017-02-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(72)【発明者】
【氏名】押村 信満
【審査官】佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-130428(JP,A)
【文献】特開2002-221413(JP,A)
【文献】特開2014-146523(JP,A)
【文献】特開2012-068197(JP,A)
【文献】特表2010-539991(JP,A)
【文献】特開平11-329328(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0060701(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC
G01B 15/00-G01B 15/08,
G01N 23/00-G01N 23/2276,
H01J 37/00-H01J 37/295
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を透過電子顕微鏡で分析するときに試料表面に堆積する汚染堆積物を定量する方法であって、
試料表面に電子線を照射し、雰囲気中に存在する炭化水素成分に由来する汚染堆積物を照射領域に堆積させる堆積工程と、
前記汚染堆積物が堆積する領域を含むように前記試料表面に電子線を照射し、高角度環状暗視野像を取得する取得工程と、
前記高角度環状暗視野像における前記汚染堆積物が堆積する領域の輝度を測定し、前記輝度から前記汚染堆積物を定量する定量工程と、を有する、汚染堆積物の定量方法。
【請求項2】
前記定量工程では、前記高角度環状暗視野像から輝度プロファイルを求め、前記輝度プロファイルにおける前記汚染堆積物が堆積する領域とその他の領域との輝度差から前記汚染堆積物の厚さを求める、
請求項1に記載の汚染堆積物の定量方法。
【請求項3】
前記取得工程では、前記堆積工程よりも低い倍率で電子線を照射する、
請求項1又は2に記載の汚染堆積物の定量方法。
【請求項4】
前記堆積工程は、
前記試料表面に電子線を照射し、前記試料表面に第1の汚染堆積物を堆積させる第1堆積工程と、
前記第1の汚染堆積物が堆積する領域を含むように前記試料表面に電子線を照射し、第2の汚染堆積物を堆積させる第2堆積工程と、を有する、
請求項1~
3のいずれか1項に記載の汚染堆積物の定量方法。
【請求項5】
前記第2堆積工程では、前記第1堆積工程よりも低い倍率で電子線を照射する、
請求項
4に記載の汚染堆積物の定量方法。
【請求項6】
透過電子顕微鏡により試料を分析する試料分析方法であって、
試料の分析箇所以外の領域に電子線を照射し、雰囲気中に存在する炭化水素成分に由来する汚染堆積物を照射領域に堆積させる堆積工程と、
前記汚染堆積物が堆積する領域を含むように前記試料表面に電子線を照射し、高角度環状暗視野像を取得する取得工程と、
前記高角度環状暗視野像において前記汚染堆積物が堆積する領域の輝度を測定し、前記輝度から前記汚染堆積物を定量する定量工程と、
前記定量工程の結果に応じて、前記試料表面の分析箇所に電子線を照射して透過電子像を取得し分析する分析工程と、を有する、試料分析方法。
【請求項7】
前記定量工程では、前記高角度環状暗視野像から輝度プロファイルを求め、前記輝度プロファイルにおける前記汚染堆積物が堆積する領域とその他の領域との輝度差を求め、
前記分析工程では、前記輝度差が所定値以下であれば、分析を行う、請求項
6に記載の試料分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、汚染堆積物の定量方法および試料分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
材料開発において、材料の物性を詳細に解析することは特性発現メカニズムを理解する上で重要である。近年では、目的とする材料特性を発現させるために、微細構造を形成したり、試料最表面に薄く機能性を持たせる成膜や処理を行ったりすることで新しい材料を開発する場合が多くなっている。このような微細な領域の物性を解析するため、透過電子顕微鏡が多く用いられている(例えば特許文献1を参照)。
【0003】
透過電子顕微鏡(以下、TEMともいう)は、例えば100nm以下の厚さまで薄片化した試料の分析箇所に、高電圧で加速した電子線を照射して透過させ、試料内で起こる様々な相互作用を受けた電子線を用いて分析する手法である。TEMによれば、走査電子顕微鏡に比べて電子線を狭く照射し、空間分解能が高い分析ができるため、極微細領域の形態や結晶構造、組成、化学状態などを解析することができる。
【0004】
TEMによる試料の分析では、試料をTEMのチャンバ内に載置して電子線を照射する。このときチャンバ内に炭化水素系ガスが存在していると、例えば元々チャンバ内に残留していたり試料などから発生したりすると、電子線により炭化水素成分からカーボン成分が解離し試料表面に堆積することがある。カーボン成分が試料表面に堆積すると、例えば試料の分析箇所が厚くなったり、照射した電子線がカーボン成分内で相互作用を受けたりすることで、透過する電子線が減少し、また透過する電子線に不要な情報が混ざってしまうため、高精度な分析ができなくなる。このように、カーボン成分は汚染堆積物としてコンタミネーションを引き起こす。
【0005】
そこで、TEMによる試料分析では、コンタミネーションによる影響を抑えるために、装置や試料を加熱したり、プラズマを用いて試料から汚染堆積物の元となる物質を除去したりすることが行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
TEMによる試料分析においてはコンタミネーションの抑制が重要である一方、分析精度をより高める観点からはコンタミネーションが生じたときにその量を把握することも重要となっている。例えばコンタミネーションの量が少なければ分析精度が高いといったようにコンタミネーションの量によって分析精度を確認することができるからである。ところが、これまでは試料表面に汚染堆積物があるかどうかでコンタミネーションの有無が判定されるだけで、その堆積量を定量的に評価する方法が確立されていない。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みて成されたものであり、透過電子顕微鏡で試料分析を行うときに試料表面に堆積する汚染堆積物を精度良く定量する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の態様によれば、
試料を透過電子顕微鏡で分析するときに試料表面に堆積する汚染堆積物を定量する方法であって、
試料表面に電子線を照射し、雰囲気中に存在する炭化水素成分に由来する汚染堆積物を照射領域に堆積させる堆積工程と、
前記汚染堆積物が堆積する領域を含むように前記試料表面に電子線を照射し、高角度環状暗視野像を取得する取得工程と、
前記高角度環状暗視野像における前記汚染堆積物が堆積する領域の輝度を測定し、前記輝度から前記汚染堆積物を定量する定量工程と、を有する、汚染堆積物の定量方法が提供される。
【0010】
本発明の第2の態様は、第1の態様において、
前記定量工程では、前記高角度環状暗視野像から輝度プロファイルを求め、前記輝度プロファイルにおける前記汚染堆積物が堆積する領域とその他の領域との輝度差から前記汚染堆積物の厚さを求める。
【0011】
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様において、
前記取得工程では、前記堆積工程よりも低い倍率で電子線を照射する。
【0012】
本発明の第4の態様は、第1~第3の態様のいずれかにおいて、
前記堆積工程では、倍率を10万倍以上100万倍以下の倍率で電子線を照射する。
【0013】
本発明の第5の態様は、第1~第4の態様のいずれかにおいて、
前記取得工程では、倍率を1万倍以上10万倍以下の倍率で電子線を照射する。
【0014】
本発明の第6の態様は、第1~第5の態様のいずれかにおいて、
前記堆積工程は、
前記試料表面に電子線を照射し、前記試料表面に第1の汚染堆積物を堆積させる第1堆積工程と、
前記第1の汚染堆積物が堆積する領域を含むように前記試料表面に電子線を照射し、第2の汚染堆積物を堆積させる第2堆積工程と、を有する。
【0015】
本発明の第7の態様は、第6の態様において、
前記第2堆積工程では、前記第1堆積工程よりも低い倍率で電子線を照射する。
【0016】
本発明の第8の態様によれば、
透過電子顕微鏡により試料を分析する試料分析方法であって、
試料の分析箇所以外の領域に電子線を照射し、雰囲気中に存在する炭化水素成分に由来する汚染堆積物を照射領域に堆積させる堆積工程と、
前記汚染堆積物が堆積する領域を含むように前記試料表面に電子線を照射し、高角度環状暗視野像を取得する取得工程と、
前記高角度環状暗視野像において前記汚染堆積物が堆積する領域の輝度を測定し、前記輝度から前記汚染堆積物を定量する定量工程と、
前記定量工程の結果に応じて、前記試料表面の分析箇所に電子線を照射して透過電子像を取得し分析する分析工程と、を有する、試料分析方法が提供される。
【0017】
本発明の第9の態様は、第8の態様において、
前記定量工程では、前記高角度環状暗視野像から輝度プロファイルを求め、前記輝度プロファイルにおける前記汚染堆積物が堆積する領域とその他の領域との輝度差を求め、
前記分析工程では、前記輝度差が所定値以下であれば、分析を行う。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、透過電子顕微鏡で試料分析を行うときに試料表面に堆積する汚染堆積物を精度良く定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1(a)は、試料表面に汚染堆積物を堆積させたときの試料表面の平面図であり、
図1(b)は、(a)において汚染堆積物を堆積させた領域を含むように撮像した高角度環状暗視野像であり、
図1(c)は、(b)中の矢印方向の輝度プロファイルである。
【
図2】
図2は、透過電子顕微鏡の概略断面図である。
【
図3】
図3(a)は、実施例の試料Aについて汚染堆積物を堆積させた後の高角度環状暗視野像であり、
図3(b)は、(a)の矢印方向に輝度を抽出した輝度プロファイルを示す。
【
図4】
図4(a)は、実施例の試料Bについて汚染堆積物を堆積させた後の高角度環状暗視野像であり、
図4(b)は、(a)の矢印方向に輝度を抽出した輝度プロファイルを示す。
【
図5】
図5(a)は、実施例の試料Cについて汚染堆積物を堆積させた後の高角度環状暗視野像であり、
図5(b)は、(a)の矢印方向に輝度を抽出した輝度プロファイルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施形態の説明に先立ち、本発明者が得た知見について説明する。
【0021】
本発明者は上記課題を解決するための手段について検討を行い、TEMにおいて試料に電子線を照射して取得できる高角度環状暗視野像に着目した。
【0022】
TEMでは、
図2に示すように、試料に電子線を照射し、試料を透過した透過電子線をCCDカメラやBF検出器で検出して結像することで、明視野像(Bright Fiefd Image:BF像)が取得できる。BF像によれば、回折を起こしている箇所は暗く、起こしていない箇所は明るく見え、試料の格子欠陥や膜厚を測定することができる。ただし、試料を透過した電子線は、試料中を透過する際に結晶構造や歪、組成などに起因して様々な相互作用を受けるため、透過電子線を結像したBF像は複雑なコントラストを有しており、像の解釈が困難である。
【0023】
一方、電子線を細く絞って試料に照射し、試料を透過した電子線の中で比較的大きく散乱した電子線を円環型検出器で検出して結像することで、高角度環状暗視野(High Angle Annular Dark Field)像(以下、HAADF像ともいう)が取得できる。
【0024】
HAADF像においては、試料を構成する原子の原子番号が大きくなるほど、試料を通過して高角度で散乱する電子線の確立が高くなることから、原子番号の大きいものほど明るく、原子番号の小さいものほど暗く観察される。また、試料が厚くなるのに応じて相互作用を与える原子数が増えて、高角度で散乱する電子線の量が増えることから、厚い箇所ほど明るく、薄い箇所ほど暗く観察される。また、HAADF像は、試料による相互作用の影響が少ないため、明確なコントラストが得られる。このように、HAADF像では、組成や厚さを表す単純なコントラストから像を容易に解釈することができ、原子番号の大きな原子が存在したり試料が厚かったりする箇所が相対的に明るく観察されることになる。
【0025】
本発明者はさらに検討を行い、汚染堆積物が堆積した試料表面についてHAADF像を取得し、そのコントラストを解析したところ、汚染堆積物を定量的に捉えられることを見出した。具体的には、HAADF像においては電子線の透過方向のカーボン成分の量、つまりカーボン成分を含む汚染堆積物の厚さに起因して、汚染堆積物が堆積した領域と堆積していない領域との間でコントラストが変化しており、そのコントラストを輝度で判断することによって汚染堆積物を厚さで定量的に評価できることを見出した。
【0026】
また、試料の分析箇所に電子線を照射して分析する前に、試料の分析箇所以外の領域に汚染堆積物を堆積させて定量し、試料についてコンタミネーションが生じにくいことを把握した後に分析を行うことにより、高精度な分析を効率よく行うことができることを見出した。
【0027】
本発明はこのような知見に基づいて成されたものである。
【0028】
<本発明の一実施形態>
以下、本発明の一実施形態にかかる試料分析方法について説明する。本実施形態では、TEMを用いて、試料の分析箇所以外の領域に汚染堆積物を堆積させて汚染堆積物を定量し、試料についてのコンタミネーションの具合を把握した後に、試料分析を行う。本実施形態の試料分析方法は、準備工程、堆積工程、取得工程、定量工程および分析工程を有する。各工程について
図1(a)~(c)を用いて詳述する。
図1(a)は、試料表面に汚染堆積物を堆積させたときの試料表面の平面図であり、
図1(b)は、(a)において汚染堆積物を堆積させた領域を含むように撮像した高角度環状暗視野像であり、
図1(c)は、(b)中の矢印方向の輝度プロファイルである。
【0029】
(準備工程)
まず、分析対象となる試料を準備する。試料としては、TEMで分析できるものであれば特に限定されない。例えば粉末試料を樹脂に埋め込み、この樹脂成形体を例えば厚さ100nm以下まで薄片化したものを用いることができる。
【0030】
(堆積工程)
続いて、試料を、HAADF検出器を備え付けたTEMの真空チャンバ内に導入する。その後、
図1(a)に示すように、試料10の表面における分析箇所以外の領域に電子線を照射して走査する。これにより、雰囲気中に存在する炭化水素成分に由来する汚染堆積物11を電子線の照射領域に堆積させる。なお、雰囲気中に存在する炭化水素成分は、試料10から生じたり、チャンバ内に残留していたりする成分を示す。
【0031】
堆積工程では、倍率を10万倍~100万倍として電子線を照射することが好ましい。このような倍率で電子線を照射することにより、単位面積当たりの照射量を大きくして汚染堆積物を効率よく堆積させることができるので、汚染堆積物を精度良く定量することができる。
【0032】
(取得工程)
続いて、汚染堆積物11が堆積する領域を含むような撮像領域12を決定し、撮像領域12に電子線を照射して走査する。そして、試料10や汚染堆積物11内を透過した電子線のうち、高角度で散乱した電子線を検出して撮像し、
図1(b)に示すような高角度環状暗視野像(HAADF像)を取得する。
図1(b)に示すHAADF像においては、カーボン成分を含む汚染堆積物11が堆積する領域は、汚染堆積物11が堆積していない他の領域と比べて、輝度が高く明るく観察される。すなわち、汚染堆積物11が堆積する領域と堆積していない領域との間では所定のコントラストが得られる。
【0033】
取得工程では、電子線を照射したときに汚染堆積物11を生成させないようにする観点から、堆積工程よりも倍率を低くして電子線を照射することが好ましい。具体的には、倍率を1万倍~10万倍として電子線を照射することが好ましい。1万倍以上とすることで汚染堆積物を適度な大きさで観察することができ、10万倍以下とすることで観察中での再堆積を抑制することができる。すなわち、再堆積を抑制しつつ、堆積工程で形成した汚染堆積物を適度な大きさで観察することができる。
【0034】
(定量工程)
続いて、取得工程で得られたHAADF像について、汚染堆積物11が堆積する領域の輝度を測定する。HAADF像においては、汚染堆積物11の堆積量(厚さ)が増えるほど、汚染堆積物11が堆積する領域が明るく観察され、輝度の数値が高くなる。そのため、汚染堆積物11が堆積する領域の輝度の数値から汚染堆積物11の量を把握することができる。例えば、汚染堆積物11の厚さと輝度との相関を予め求め、HAADF像から得られた輝度の数値から汚染堆積物11の厚さを算出するとよい。
【0035】
汚染堆積物をより精度よく定量する観点からは、定量工程において、HAADF像の輝度プロファイルを求め、汚染堆積物11が堆積する領域とその他の領域との輝度差から汚染堆積物11の厚さを求め、汚染堆積物11を定量することが好ましい。具体的に説明すると、
図1(c)に示すように、汚染堆積物11が堆積する領域は輝度が高い一方、堆積していない領域は輝度が低くなる。それぞれの輝度の数値はそれぞれの領域における厚さ情報を含んでおり、それらの輝度差によれば厚みの差、つまり汚染堆積物11の厚さを求めることができる。なお、輝度プロファイルは、HAADF像を画像解析することにより求めるとよい。
【0036】
(分析工程)
続いて、定量工程の結果に応じて分析工程を行う。具体的には、定量工程の結果に基づいて試料10のコンタミネーションの生じやすさを評価し、コンタミネーションが少なければ、試料10の元素の種類と量を特定するための分析を行う。例えば、汚染堆積物11の厚さと相関する、汚染堆積物が堆積する領域とその他の領域との輝度差が所望の値以下であれば、電子線照射によるコンタミネーションが少なく、所望の測定精度が維持されると判断し、定量工程の後にそのまま元素の種類と量を特定するための分析工程を行う。分析工程では試料10表面の分析箇所に電子線を照射して透過電子線を検出し試料10の分析を行う。一方、汚染堆積物が堆積する領域とその他の領域との輝度差が所望の値を超えるような場合、試料10は電子線照射によりコンタミネーションが生じやすく、分析精度を高く維持できないものと判断し、分析工程を行わない。この場合、コンタミネーションの原因を特定して試料10の作製条件を見直し、再びコンタミネーションを定量し分析工程を行うとよい。なお、コンタミネーションの評価基準となる汚染堆積物が堆積する領域とその他の領域との輝度差の数値は、要求される精度に応じて適宜変更するとよく、高い精度が求められる場合であれば汚染堆積物が堆積する領域とその他の領域との輝度差は低い数値に設定するとよい。
【0037】
<本実施形態にかかる効果>
本実施形態によれば、以下に示す1つ又は複数の効果を奏する。
【0038】
本実施形態によれば、試料表面に電子線を照射して汚染堆積物を堆積させた後にHAADF像を取得し、そのHAADF像において汚染堆積物が堆積する領域の輝度を求め、その輝度から汚染堆積物を定量している。これにより、試料について電子線を照射したときのコンタミネーション量を把握することができる。
【0039】
また、HAADF像から輝度プロファイルを求め、その輝度プロファイルから汚染堆積物が堆積する領域とその他の領域との輝度差を求めている。これにより、汚染堆積物の厚さを求めることができ、汚染堆積物をより高い精度で定量することができる。
【0040】
取得工程では、堆積工程よりも低い倍率で電子線を照射することが好ましく、堆積工程は10万倍から100万倍、取得工程は1万倍から10万倍とすることが好ましい。倍率を低くすることで試料表面に電子線を照射したときの単位面積当たりの照射量を低くして汚染堆積物の生成を抑制できる。すなわち、堆積工程では、比較的高い倍率で電子線を照射することで効率的に汚染堆積物を生成させる一方、取得工程では、汚染堆積物の生成を抑制してHAADF像の取得を妨げないようにすることができる。
【0041】
また本実施形態によれば、定量工程にて試料のコンタミネーション量を把握し、その結果に基づいて分析工程を行っている。すなわち、定量工程でコンタミネーションが少ないことが確認された(汚染堆積物が堆積する領域とその他の領域との輝度差が小さい、もしくは汚染堆積物11が薄い)試料の場合、そのまま分析箇所に電子線を照射することで精度よく分析することができる。一方、コンタミネーションが多いことが確認された試料の場合、分析を行わずに、コンタミネーションの原因を特定して試料を再度作成して分析するとよい。これにより、高い精度の分析を効率よく行うことができる。
【0042】
<他の実施形態>
以上、本発明の一実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。
【0043】
上述の実施形態では、堆積工程において電子線の照射を1回行って汚染堆積物を1層堆積させる場合について説明したが、電子線の照射を2回行い、汚染堆積物を2層積層させることが好ましい。具体的には、第1堆積工程として、試料表面に電子線を照射して試料表面に第1の汚染堆積物を堆積させ、第2堆積工程として、その第1の汚染堆積物が堆積する領域を含むように試料表面に電子線を照射して第2の汚染堆積物を第1の汚染堆積物を覆うように堆積させることが好ましい。このとき、第2堆積工程では第1堆積工程よりも低い倍率で電子線を照射することが好ましい。このように汚染堆積物を高倍率と低倍率とで2回積層させることで、試料について各倍率での堆積のしやすさを把握することができる。
【実施例】
【0044】
以下、本発明をさらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0045】
(実施例)
まず、粉末試料と2液硬化性エポキシ樹脂とを混合して硬化させ、樹脂に粉末試料が埋め込まれた樹脂成形体を形成する。この樹脂成形体を、収束イオン加工装置(日立ハイテクノロジーズ株式会社製「FB-2100」)を用いて薄片化し、厚さが100nm以下のTEM用の薄片試料(以下、単に試料ともいう)を作製した。本実施例では、市販の2液硬化性エポキシ樹脂を3種類用いて、試料A、試料Bおよび試料Cの3つを作製した。
【0046】
続いて、試料Aを透過電子顕微鏡(日本電子株式会社製「JEM-ARM200F」)に導入し、HAADF像観察を行った。具体的には、まず、試料Aの表面に対して、倍率を100万倍、画素数を1000×1000、30秒/フレームで電子線を照射(第1照射)して走査した。次に、試料Aの表面に対して、第1照射領域を含むように、倍率を50万倍、画素数を1000×1000、30秒/フレームで電子線を照射(第2照射)して走査した。そして最後に、試料Aの表面に対して、第2照射領域を含むように、倍率を10万倍、画素数を1000×1000、30秒/フレームで電子線を照射して走査することで、
図3(a)に示すようなHAADF像を取得した。また、
図3(a)のHAADF像を解析ソフト(GATAN株式会社製「DigitalMicrograph」)に読み込ませ、
図3(b)に示す輝度プロファイルを得た。
図3(b)は、
図3(a)の矢印方向に輝度を抽出した輝度プロファイルを示し、横軸に矢印の始点からの距離[nm]を、縦軸に輝度(強度)をとって作成したものである。
【0047】
図3(a)に示すように、試料AのHAADF像では、第1照射および第2照射により2回照射された領域(図中のR
1領域)が最も明るく、第2照射により1回照射された領域(図中のR
2領域)が次いで明るく、いずれでも照射されていない領域(図中のR
3領域)が暗く観察された。このことから、電子線の照射量(照射回数)が多いR
1領域ほど汚染堆積物が多く、輝度が高く明るく観察されることになる。
図3(b)によれば、
図3(a)の明暗に対応するように輝度が変化していることが確認できる。最も明るいR
1領域と最も暗いR
3領域との輝度差は汚染堆積物の厚さに対応し、輝度差が大きいほど汚染堆積物の厚さが厚くなる。試料Aは、この輝度差が100万程度であって汚染堆積物が厚く形成されており、電子線照射によるコンタミネーションが生じやすいことが分かった。つまり、試料Aによれば、このまま電子線を照射して透過電子像を取得したとしてもコンタミネーションが多く、精度よく分析できないおそれがある。
【0048】
試料Bおよび試料Cについても試料Aと同様にHAADF像を取得するとともに輝度プロファイルを得た。
図4(a)は、試料BについてのHAADF像であり、
図4(b)は、
図4(a)の矢印方向に輝度を抽出した輝度プロファイルを示す。
図5(a)は、試料CについてのHAADF像であり、
図5(b)は、
図5(a)の矢印方向に輝度を抽出した輝度プロファイルを示す。
【0049】
図4(a)および(b)に示すように、試料Bは、最も明るいR
1領域と最も暗いR
3領域との輝度差が試料Aと比べて小さいことから、汚染堆積物の厚さが薄く、コンタミネーションの量が少ないことが確認された。
また、
図5(a)および(b)に示すように、試料Cは、R
1領域からR
3領域の間で輝度差がほとんどなく、試料Aおよび試料Bに比べてコンタミネーションが生じていないことが確認された。
このことから、試料Bや試料Cは、電子線を照射したときにコンタミネーションが少ないため、透過電子像を取得して精度よく分析できることが分かる。
【0050】
以上に示すように、試料表面に汚染堆積物を堆積させてHAADF像を取得し、汚染堆積物が堆積する領域の輝度から汚染堆積物の量、つまりコンタミネーション量を把握することができる。また、汚染堆積物が堆積して最も明るく観察される領域と汚染堆積物が堆積せずに最も暗く観察される領域との輝度差から汚染堆積物の量(厚さ)を定量することができる。
【符号の説明】
【0051】
10 試料
11 汚染堆積物
12 撮像領域