(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-15
(45)【発行日】2022-02-24
(54)【発明の名称】無焼成セラミックス摩擦材、ブレーキパッド及び無焼成セラミックス摩擦材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C09K 3/14 20060101AFI20220216BHJP
F16D 69/00 20060101ALI20220216BHJP
F16D 69/02 20060101ALI20220216BHJP
【FI】
C09K3/14 520C
C09K3/14 530C
F16D69/00 R
F16D69/02 B
(21)【出願番号】P 2018065939
(22)【出願日】2018-03-29
【審査請求日】2020-12-10
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】特許業務法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】八木橋 将
(72)【発明者】
【氏名】尾畑 聡史
(72)【発明者】
【氏名】西澤 幸男
(72)【発明者】
【氏名】杉本 考司
(72)【発明者】
【氏名】藤 正督
【審査官】中野 孝一
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-239433(JP,A)
【文献】特開2009-203102(JP,A)
【文献】特開2009-203101(JP,A)
【文献】特開平11-311272(JP,A)
【文献】特開2008-281060(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K3/14
F16D69/00-69/04
C08J5/00-5/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の金属カチオンを含む接着剤層を介して、ケイ酸及びケイ酸塩の少なくともいずれか一方により構成されたセラミックス粒子が互いに接着されて固化されたマトリックスと、
前記マトリックスに保持された研削材と、
を備えた無焼成セラミックス摩擦材。
【請求項2】
前記金属カチオンとして、Alイオン、Tiイオン、Feイオンのうち少なくともいずれかを含む、
請求項1記載の無焼成セラミックス摩擦材。
【請求項3】
前記マトリックスに保持された摩擦材組成物としての繊維基材であるアラミド繊維を備えた、
請求項1または請求項2記載の無焼成セラミックス摩擦材。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の無焼成セラミックス摩擦材により構成されたライニングと、
前記ライニングを保持する裏板と、
を備えたブレーキパッド。
【請求項5】
ケイ酸及びケイ酸塩の少なくともいずれか一方により構成されたセラミックス粒子を少なくとも表面をメカノケミカル処理により活性化する摩砕過程と、
前記表面が活性化された前記セラミックス粒子に、金属カチオンを形成可能な金属原子を含み少なくとも表面が活性化された表面活性金属酸化物粒子及び摩擦材組成物を混合する混合過程と、
前記セラミックス粒子、表面活性金属酸化物粒子及び前記摩擦材組成物の混合物にアルカリ溶液を加えて混練してセラミックゲルを生成する混練過程と、
前記セラミックゲルから脱泡しつつ成形を行いセラミックス仮成形体を得る脱泡過程と、
前記セラミックス仮成形体を200℃以下の所定温度で固化及び乾燥を行って無焼成セラミックス摩擦材とする固化・乾燥過程と、
を備えた無焼成セラミックス摩擦材の製造方法。
【請求項6】
前記金属原子は、Al原子、Ti原子あるいはFe原子のうち少なくともいずれかを含む、
請求項5記載の無焼成セラミックス摩擦材の製造方法。
【請求項7】
前記セラミックス粒子は、シリカ粒子であり、
前記表面活性酸化金属粒子は、表面活性アルミナであり、
前記混合過程において、前記シリカ粒子に対して、前記表面活性アルミナを2.0~3.5vol%添加する、
請求項5又は請求項6記載の無焼成セラミックス摩擦材の製造方法。
【請求項8】
前記固化・乾燥過程は、前記セラミックス仮成形体を恒温炉で第1の温度で第1の所定時間乾燥し、さらに前記第1の温度より高い第2の温度で前記第1の所定時間より長い第2の所定時間乾燥を行う、
請求項5乃至請求項7のいずれかに記載の無焼成セラミックス摩擦材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無焼成セラミックス摩擦材、ブレーキパッド及び無焼成セラミックス摩擦材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ディスクロータと接触するライニングと、ライニングが固定された裏板と、を備えたブレーキパッドが知られている(例えば、特許文献1,2)。
この種のブレーキパッドとしては、摩擦材にセラミックスを用いたものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平11-311272号公報
【文献】特開2008-281060号公報
【文献】特開2008-239433号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、高温焼成が不要であり、固化の制御が容易で機械的な強度及び寸法精度の優れた無焼成セラミックス固化体が提案されている(特許文献3参照)。
このような無焼成セラミックス固化体は、製造時のエネルギー消費が少なく、環境にも優しいが、これをブレーキパッドに適用しようとした場合に、潤滑剤及び研削材を含む摩擦材原料を単純に混合した場合には、強度が低く、摩擦材中に研削材が保持されずに脱落し、所望の摩擦特性が得られないという不具合があった。
【0005】
そこで、本発明は、無焼成セラミックスを用いてブレーキパッドを形成するに際し、十分な強度を有し、所望の摩擦特性を得ることができる無焼成セラミックス摩擦材、ブレーキパッド及び無焼成セラミックス摩擦材の製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
実施形態の無焼成セラミックス摩擦材は、金属カチオンを含む接着剤層を介して、ケイ酸及びケイ酸塩の少なくともいずれか一方により構成されたセラミックス粒子が互いに接着されて固化されたマトリックスと、前記マトリックスに保持された研削材と、を備えている。
この構成によれば、無焼成セラミックス摩擦材を用いてブレーキパッドを形成するに際し、十分な強度を有し、所望の摩擦特性を得ることができる。
【0007】
上記構成において、金属カチオンとしてAlイオン、Tiイオン、Feイオンのうち少なくともいずれかを含むようにしてもよい。
この構成によれば、ケイ酸及びケイ酸塩の少なくともいずれか一方により構成されたセラミックス粒子を互いに確実に接着でき、十分な強度を有し、所望の摩擦特性を含む所望の性能を有するライニング(あるいはブレーキパッド)を形成することができる。
【0008】
上記構成において、マトリックスに保持された摩擦材組成物としての繊維基材であるアラミド繊維を備えるようにしてもよい。
この構成によれば、より強度を増すことができ、耐久性を向上することができる。
【0009】
実施形態のブレーキパッドは、上述したいずれかの無焼成セラミックス摩擦材により構成されたライニングと、ライニングを保持する裏板と、を備えている。
この構成によれば、十分な強度を有し、所望の摩擦特性を有するライニングを備えたブレーキパッド(あるいはライニングとして機能するブレーキパッド)を容易に得ることができる。
【0010】
実施形態の無焼成セラミックス摩擦材の製造方法は、ケイ酸及びケイ酸塩の少なくともいずれか一方により構成されたセラミックス粒子を少なくとも表面をメカノケミカル処理により活性化する摩砕過程と、表面が活性化されたセラミックス粒子に、金属カチオンを形成可能な金属原子を含み少なくとも表面が活性化された表面活性金属酸化物粒子及び摩擦材組成物を混合する混合過程と、セラミックス粒子、表面活性金属酸化物粒子及び前記摩擦材組成物の混合物にアルカリ溶液を加えて混練してセラミックゲルを生成する混練過程と、セラミックゲルから脱泡しつつ成形を行いセラミックス仮成形体を得る脱泡過程と、セラミックス仮成形体を200℃以下の所定温度で固化及び乾燥を行って無焼成セラミックス摩擦材とする固化・乾燥過程と、を備える。
【0011】
この構成によれば、製造時のエネルギー消費を抑制しつつブレーキパッドを形成するに際し、十分な強度を有し、所望の摩擦特性を得ることができる無焼成セラミックス摩擦材を得ることができる。
【0012】
上記構成において、セラミックス粒子は、シリカ粒子であり、表面活性酸化金属粒子は、表面活性アルミナであり、混合過程において、シリカ粒子に対して、前記表面活性アルミナを1.50~2.50wt%添加するようにしてもよい。
【0013】
この構成によれば、表面活性アルミナを構成しているアルミニウムがアルミニウムイオンとしてシリカ粒子間の接着剤として機能し、十分な強度を有し、所望の摩擦特性を得ることができる無焼成セラミックス摩擦材を得ることができる。
【0014】
上記構成において、固化・乾燥過程は、セラミックス仮成形体を恒温炉で第1の温度で第1の所定時間乾燥し、さらに前記第1の温度より高い第2の温度で第1の所定時間より長い第2の所定時間乾燥を行うようにしてもよい。
この構成によれば、十分な強度を有し、所望の摩擦特性を得ることができる無焼成セラミックス摩擦材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、実施形態のディスクパッドが適用されるディスクブレーキの模式斜視図である。
【
図3】
図3は、実施形態のブレーキパッドの外観斜視図である。
【
図4】
図4は、実施形態のライニングの製造工程の説明図である。
【
図5】
図5は、セラミックス粉体の処理状態の説明図である。
【
図6】
図6は、実施形態の無焼成セラミックス固化体の概要構成説明図である。
【
図7】
図7は、表面活性アルミナの添加量と摩擦係数μとの関係を説明する図である。
【
図8】
図8は、高面圧時の摩擦試験における摩擦係数μの時間的変化を説明する図である。
【
図9】
図9は、表面活性アルミナの添加量とせん断強度との関係を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に図面を参照して本発明の例示的な実施形態について詳細に説明する。
以下に示される実施形態の構成、ならびに当該構成によってもたらされる作用および結果(効果)は、一例である。本発明は、以下の実施形態に開示される構成以外によっても実現可能である。また、本発明によれば、構成によって得られる種々の効果(派生的な効果も含む)のうち少なくとも一つを得ることが可能である。
【0017】
図1は、実施形態のディスクパッドが適用されるディスクブレーキの模式斜視図である。
図2は、
図1のA-A線断面図である。
実施形態のディスクブレーキ1は、車軸ハブ(不図示の回転体)に組み付けられて車輪(不図示)と一体に回転するディスクロータ2と、ディスクロータ2の周縁部を跨いで配置されるキャリパ3と、を備えている。
【0018】
以下の説明においては、ディスクロータ2の軸方向をロータ軸方向、ディスクロータ2の径方向をロータ径方向、ディスクロータ2の周方向をロータ周方向と称するものとする。ロータ周方向は、ロータ径方向と交差する。
【0019】
キャリパ3は、車体に設けられた支持部材に固定されたマウンティング11と、ロータ軸方向に移動可能にマウンティング11に支持されたキャリパボディ12と、ロータ軸方向に移動可能にマウンティング11に支持された一対のブレーキパッド20,30と、を備えている。
【0020】
キャリパボディ12は、一対のスライドピン14によってマウンティング11に対してロータ軸方向に移動可能に取付けられている。キャリパボディ12は、車体側からディスクロータ2をロータ軸方向に跨いで延出している。キャリパボディ12は、ロータ軸方向の一方側の端部(
図2の左側、基端部)に、ピストン15(押圧部材)が挿入されるシリンダ部12aを有している。キャリパボディ12は、ロータ軸方向の他方側の端部(
図2の右側、先端部)に、一対の爪12b(押圧部材)を有している。爪12bは、ディスクロータ2のロータ軸方向の他方側に位置され、ロータ軸方向でディスクロータ2に間隔を空けて位置されている。
【0021】
図2に示されるように、ピストン15は、ディスクロータ2のロータ軸方向の一方側に位置され、ロータ軸方向でディスクロータ2に間隔を空けて位置されている。ピストン15は、キャリパ3に含まれる。ピストン15は、液圧によってディスクロータ2に向けて進出して、ディスクロータ2との間に介在したブレーキパッド20をディスクロータ2に向けて押す。詳細には、ピストン15は、ブレーキパッド20側の端部に含まれた押圧部15a(押圧面)を有し、押圧部15aによって、ブレーキパッド20をディスクロータ2に向けて押す。
【0022】
これに伴い、押圧部15aの押す力である押圧力の反力によってキャリパボディ12が移動して、キャリパボディ12の爪12bが、ディスクロータ2と爪12bとの間に介在したブレーキパッド30をディスクロータ2に向けて押す。
【0023】
より詳細には、爪12bは、ブレーキパッド30側の端部に含まれた押圧部12c(押圧面)を有し、押圧部12cによってブレーキパッド30をディスクロータ2に向けて押す。すなわち、一対のブレーキパッド20,30は、それぞれピストン15の押圧部15aまたは爪12bの押圧部12cによってディスクロータ2に押し付けられる。
また、ブレーキパッド20,30の裏板とキャリパボディ12との間には、シム40が介在している。
【0024】
次にブレーキパッドの構成について説明する。
この場合において、ブレーキパッド20及びブレーキパッド30は、同様の構成であるので、以下においては、ブレーキパッド20を例として説明する。
【0025】
図3は、実施形態のブレーキパッドの外観斜視図である。
ブレーキパッド20は、第一面F1を有した裏板21と、第一面F1と接し、厚さ方向の中央に対して第一面F1と反対側に位置され第一面F1と略平行な第二面F2を有したライニング22と、を備えている。
【0026】
ライニング22の原料としては、ケイ酸及びケイ酸塩の少なくともいずれか一方により構成されたセラミックス粒子、表面活性アルミナ及び摩擦材が含まれる。
例えば、ライニング22の原料となるケイ酸及びケイ酸塩の少なくともいずれか一方により構成されたセラミックス粒子としては、少なくとも表面がケイ酸及び/又はケイ酸塩からなることが要件とされる。このようなセラミックス粒子の材料としては、例えば、ベントナイト、カオリナイト、メタカオリン、モンモリロナイト等の粘土鉱物、石英、ムライト等のSiO2-Al2O3系無機質粉体等を用いることができる。
その他、フライアッシュ、キラ、ガラス、ペーパースラッジ、アルミドロス等の廃棄物をセラミックスとして用いることができる。
【0027】
また、表面のみがケイ酸及び/又はケイ酸塩からなるセラミックスとしては、例えば窒化ケイ素、炭化ケイ素、アルミノ珪酸塩(ゼオライト)、サイアロン(SiAlON)、シリコンオキシナイトライド(SiON)、シリコンオキシカーバイド(SiOC)等が挙げられる。
【0028】
また、表面活性アルミナは、比較的比表面積が大きいアルミナである。表面活性アルミナは、例えば、アルミナ(Al2O3)の水和物ゲルを300~500℃で脱水して製造される。水,ガスなどに対して高い吸着能をもつため、吸着剤,乾燥剤,触媒(特に脱水触媒)などに利用される。結晶型はγーアルミナである。
【0029】
また、摩擦材としては、従来の摩擦材組成物をそのまま用いることができる。すなわち、摩擦材組成物として、繊維基材、有機充填材および無機充填材を含む摩擦材組成物を用いることができる。
【0030】
ここで、基材繊維としては、ガラス繊維、炭素繊維、金属繊維、セラミック繊維、ロックウール、アラミド繊維、アクリル繊維等を用いることができる。
【0031】
有機充填材としては、カシューダスト、ゴムダスト等の有機粉末を用いることができる。
【0032】
無機充填材としては、アルミナやジルコニア等の無機粉末粒子、黒鉛、硫化アンチモン、硫化錫等の潤滑剤、銅、アルミニウム、亜鉛等の金属粉末粒子を用いることができる。
【0033】
次にライニングの製造工程について説明する。
図4は、実施形態のライニングの製造工程の説明図である。
ライニング22の製造工程としては、大別すると、摩砕工程(ステップS11)、混合工程(ステップS12)、混練工程(ステップS13)、脱泡工程(ステップS14)及び固化・乾燥工程(ステップS15)がある。
【0034】
以下、順番に説明する。
<摩砕工程>
まず、シリカ(SiO2)粉末を摩砕して、メカノケミカル処理により表面が活性化したシリカ粉末を得る(ステップS11)。
【0035】
図5は、セラミックス粉体の処理状態の説明図である。
図5(a)は、摩砕工程前の原料のセラミックス粉体51の説明図である。
摩砕工程前の原料のセラミックス粉体(シリカ粉末)51は、
図5(a)に示すように、全体的に結晶性を有する均質な粉末となっている。
【0036】
摩砕工程では、具体的には、セラミックス粉体51を遊星ボールミルで15分間摩砕することによって、
図5(b)に示すように、表面がメカノケミカル的に非晶質化された非晶質層52aを有する活性化セラミックス粉体52となる。
【0037】
すなわち、活性化セラミックス粉体52の非晶質層52aではセラミックス粉体51としてのシリカの網目構造が非晶質化した状態(アモルファス状態)とされており、アルカリによって侵食され易い状態となっている。
【0038】
この場合において、理想的には、粒度分布の経時変化がなくなるまで摩砕するのがアルカリ水溶液による溶解も進みやすくなり、得られるセラミックス固化体は緻密で機械的な強度の高いものとなると考えられる。しかしながら、15分程度遊星ボールミルで摩砕することにより、実効的には十分な状態となると考えられる。
【0039】
以上の説明においては、摩砕工程において、遊星ボールミルを用いていたが、メカノケミカル作用を行うためには、衝撃、摩擦、圧縮、剪断等の各種の力を複合的に作用させることが効果的であり、具体的には、上述した遊星ボールミルの他、ボールミル、振動ミル、媒体攪拌型ミル等の混合装置ボール媒体ミル、ローラーミル、乳鉢等の粉砕機などが挙げられる。また、衝撃、摩擦、圧縮、剪断等の各種の力を全て複合的に作用させる必要はなく、例えば、被粉砕物に対し、主として衝撃、摩砕等の力を作用させることができるジェット粉砕機等も用いることができる。さらに、メカノケミカル作用を行うための装置は、これらに限定されるものではない。
【0040】
<混合工程>
次に摩砕工程で表面活性化がなされたシリカ粉末に表面活性アルミナ及び研削材を含む所定の摩擦材組成物を加え(ステップS12)、混合処理を行う(ステップS13)。
この混合処理により、活性化セラミックス粉体52の表面に活性アルミナを均一に分布させることができる。
【0041】
混合処理は、具体的には、例えば、回転ボールミルにより900分間混合を行う。
この結果、
図5(c)に示すように、活性化セラミックス粉体52の非晶質層52aに活性アルミナが積層した活性アルミナ層53が薄く形成された活性化セラミックス粉体52が得られる。
【0042】
<アルカリ処理工程>
アルカリ処理工程では、活性アルミナ層53が形成された活性化セラミックス粉体52をアルカリ金属水酸化物及び/又はアルカリ土類金属水酸化物を含むアルカリ水溶液を添加し(ステップS14)、混練することとなる(ステップS15)。
【0043】
アルカリ水溶液と活性アルミナ層53が形成された活性化セラミックス粉体52との混合及び混練を行うための装置としては、例えば、双腕ニーダー、加圧ニーダー、アイリッヒミキサー、スーパーミキサー、プラネタリーミキサー、バンバリーミキサー、コンティニュアスミキサー、あるいは連続混練機等の公知の装置が挙げられる。
【0044】
さらに混合及び混練段階で不要な気泡を取り除くために真空土練機を用いるようにすることも可能である。固化前に不要な気泡を取り除くことにより、得られるセラミックス固化体の密度及び強度を向上することがより容易となる。
【0045】
このアルカリ処理工程により、活性アルミナ層53及び非晶質層52aは溶解し、脱水縮合され、ゲル状あるいは粘性の高いスラリー状となり、研削材粒子が均一に混じった状態となっている。
【0046】
この場合において、活性アルミナ層53に含まれるアルミニウムイオン(Al3+)は、負に帯電しやすい非晶質層52aに含まれるヒドロキシル基(OH基)及びシラノール基(Si-OH基)とイオン結合を形成しやすい状態となっていると考えられる。
【0047】
<脱泡工程>
以上のアルカリ処理工程においては、大気中で混練がなされるため、活性化セラミックス粉体52を含むゲル状あるいは粘性の高いスラリー状の物質(以下、活性化セラミックスゲルという。)は、多くの気泡を含んでいる。
【0048】
そこで、脱泡工程においては、アルカリ処理がなされた活性化セラミックス粉体52を含む活性化セラミックスゲルを成形型に入れ、プレス装置により加圧し、加振装置により加振し、減圧装置により減圧した状態で脱泡処理を行う(ステップS16)。
この結果、最終的に形成されるセラミックス固化体の密度及びマトリックスの強度が向上して、より確実に研削材粒子が保持された状態とすることができる。
【0049】
<固化・乾燥工程>
脱泡後の活性化セラミックスゲル中においては、アルミニウムイオンは、負極性となりやすいヒドロキシル基(OH基)あるいはシラノール基(Si-OH基)に引き寄せられ、活性化セラミックス粉体52の表面に吸着された状態となる。この吸着状態は、一つのアルミニウムイオンにより複数の活性化セラミックス粉体52の表面で発生することとなり、ひいては、活性化セラミックス粉体52同士の結合力を大きくすることとなる。
【0050】
さらに、アルミニウムイオンとヒドロキシル基(OH基)あるいはシラノール基(Si-OH基)の結合により脱水縮合するに際しては、連鎖重合により活性化セラミックス粉体52によりマトリックス(母材)が形成され、この強度の高まったマトリックス中に、混合工程において混合した研削材が保持された状態となる。
【0051】
そして、この状態の活性化セラミックスゲルを恒温炉において、第1の温度で第1の所定時間乾燥する第1固化・乾燥工程及び第1の温度より高い第2の温度で第2の所定時間乾燥する第2固化・乾燥工程を経ることで、アルカリ処理工程で溶解した非晶質層52aが再析出することにより、
図5(d)に示すように、析出層54aが生成される。
【0052】
この析出層54aの形成時においては、アルミニウムイオンがより流動的に活性化セラミックス粉体52表面のヒドロキシル基(OH基)あるいはシラノール基(Si-OH基)とより強固に結合され、活性化セラミックス粉体52同士の接着剤としての役割を果たす接着剤層54bが形成されて、セラミック固化体の強度が向上することとなる。
【0053】
具体的には、恒温炉で第1の温度=60℃で第1の所定時間=300分乾燥する第1固化・乾燥工程と、第2の温度=80℃で第2の所定時間=900分乾燥する第2固化・乾燥工程を経ることで、歪みを増加させることなく、活性化セラミックス粉体52の周囲のゲルを少量とすることができ、より強度の高いマトリックスを形成することが可能となっている。
【0054】
この場合において、第1固化・乾燥工程における第1の温度及び第2固化・乾燥工程における第2の温度は、原料となるセラミックスの種類やアルカリ水溶液の種類や濃度によって適宜選択すればよいが、第1の温度としては、室温~60℃の範囲が好ましい。また第2の温度は、室温~200℃の範囲が好ましい。さらに第2の温度は、第1の温度より高く、第2の所定時間は、第1の所定時間より長い方がより密度の高いマトリックスを得るために好ましい。
【0055】
図6は、実施形態の無焼成セラミックス固化体の概要構成説明図である。
図6においては、理解の容易の為、無焼成セラミックス固化体に研削材のみが含まれた状態を示している。
【0056】
ライニング22は、無焼成セラミックス固化体を構成しているマトリックス54MTXを備えている。
このマトリックス54MTXは、上述した析出層54a及び接着剤層54bを有するセラミックス粒子54X同士が接着剤層54bを介して互いに接着されて構成されている。
【0057】
そして、マトリックス54MTX内に研削材60が強固に保持された構成を採っている。
以上の処理の結果得られたこのような構成を有する無焼成セラミックス固化体のマトリックス(母材)54MTXは十分な強度(せん断強度として17Mpa以上)を有し、確実に研削材60を保持することが可能となっており、ブレーキパッドとして十分な摩擦係数(例えば、上述の例では、平均摩擦係数Ave.μ=0.45)を得ることができる。
【0058】
以上の説明においては、表面活性アルミナを用い、マトリックスを構成しているシリカ粒子同士の結合を強固にするためにアルミニウムイオン(Alイオン)を用いる場合を説明したが、表面活性酸化チタンを用い、マトリックスを構成しているシリカ粒子同士の結合を強固にするためにチタニウムイオン(Tiイオン)を用いたり、表面活性酸化鉄を用い、マトリックスを構成しているシリカ粒子同士の結合を強固にするために鉄イオン(Feイオン)を用いたりすることも可能である。
【0059】
以上の説明においては、ディスクブレーキ1としてフローティング型の場合を例として説明したが、押圧部材としてのピストンが対向配置され、対向配置されたピストンが一対のブレーキパッド用パッド組立体をディスクロータに押し付ける構成の所謂オポースド型(対向ピストン型)であっても同様に適用が可能である。
【0060】
以上の説明のように、本実施形態によれば、非焼成セラミックスを用いて研削材を保持可能なライニングとして構成することで、省エネルギーでライニング、ひいては、ブレーキパッドを製造できるとともに、ブレーキパッドのライニングとして十分な性能を発揮させることが可能となる。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を具体化した実施例について、詳細に説明する。
[1]第1実施例
第1実施例では、シリカ粉末を用い、アルカリ水溶液として水酸化カリウム水溶液を用いて、以下の各工程を経てブレーキパッドのライニングとして用いるセラミックス固化体を製造した。
【0062】
<摩砕工程>
所定量のシリカ粉末をアルミナ製の容器に入れ、所定数のアルミナボールを投入し、遊星ボールミル装置で15分間回転させて、活性化セラミックス粉末として、表面が活性化されて非晶質化されたシリカ粉末を得た。
【0063】
<混合工程>
摩砕工程で表面が活性化され非晶質化したシリカ粉末、シリカ粉末に対して0.82vol%の表面活性アルミナ及び他の原料として研削材を含む所定の摩擦組成物をボールミル装置に入れ、900分混合した。
【0064】
<アルカリ処理工程>
次に混合工程において得られた混合粉末に所定濃度(例えば、50質量%)の水酸化カリウム溶液を原料に対して所定質量%(例えば、65質量%)加え、5~10分練り合わせて活性化セラミックスゲルとする。
【0065】
<脱泡工程>
得られた活性化セラミックスゲルを成形型に入れ、プレス装置により加圧し、加振装置により加振し、減圧装置により減圧した状態で脱泡処理を行いセラミックス仮成形体を得る。
【0066】
<固化・乾燥工程>
得られたセラミックス仮成形体を恒温炉で第1の温度=60℃で第1の所定時間=300分乾燥し、さらに第2の温度=80℃で第2の所定時間=900分乾燥し、第1実施例のセラミックス固化体を得た。
【0067】
[2]第2実施例
第2実施例が第1実施例と異なる点は、混合工程においてシリカ粉末に対して1.00vol%の表面活性アルミナを用いた点である。
他の摩砕工程、アルカリ処理工程、脱泡工程及び固化・乾燥工程については、第1実施例と同様である。
【0068】
[3]第3実施例
第3実施例が第1実施例と異なる点は、混合工程においてシリカ粉末に対して2.00vol%の表面活性アルミナを用いた点である。
他の摩砕工程、アルカリ処理工程、脱泡工程及び固化・乾燥工程については、第1実施例と同様である。
【0069】
[4]第4実施例
第4実施例が第1実施例と異なる点は、混合工程においてシリカ粉末に対して3.00vol%の表面活性アルミナを用いた点である。
他の摩砕工程、アルカリ処理工程、脱泡工程及び固化・乾燥工程については、第1実施例と同様である。
【0070】
[5]第5実施例
第5実施例が第1実施例と異なる点は、混合工程においてシリカ粉末に対して4.00vol%の表面活性アルミナを用いた点である。
他の摩砕工程、アルカリ処理工程、脱泡工程及び固化・乾燥工程については、第1実施例と同様である。
【0071】
[6]第6実施例
第6実施例が第1実施例と異なる点は、混合工程においてシリカ粉末に対して4.93vol%の表面活性アルミナを用いた点である。
他の摩砕工程、アルカリ処理工程、脱泡工程及び固化・乾燥工程については、第1実施例と同様である。
【0072】
[7]第7実施例
第7実施例が第1実施例と異なる点は、混合工程においてシリカ粉末に対して10.00vol%の表面活性アルミナを用いた点である。
他の摩砕工程、アルカリ処理工程、脱泡工程及び固化・乾燥工程については、第1実施例と同様である。
【0073】
[8]比較例
比較例が第1実施例と異なる点は、表面活性アルミナを添加しなかった点(シリカ粉末に対して0vol%の添加量)であり、他の摩砕工程、アルカリ処理工程、脱泡工程及び固化・乾燥工程については、第1実施例と同様である。
【0074】
まず、成形性について検討する。
上記第1実施例~第7実施例及び比較例について、脱泡工程、固化乾燥工程を経て成形を行ったところ、混合工程においてシリカ粉末に対して4.93vol%の表面活性アルミナを添加した第6実施例及び混合工程において、シリカ粉末に対して10.00vol%の表面活性アルミナを添加した第7実施形態については、成形不良が発生した。
【0075】
第6実施例及び第7実施例の成形不良の状態に基づき、成形性については、シリカ粉末に対して0~4.11vol%の表面活性アルミナを添加することが可能であると推定された。
【0076】
次に得られたセラミック固化体をブレーキパッドのライニングとして用いる場合に必要とされる摩擦係数μについて検討する。
図7は、表面活性アルミナの添加量と摩擦係数μとの関係を説明する図である。
図7は、押しつけ面圧=8MPaの場合の摩擦係数μであり、必要とされる摩擦係数μ=0.525とした場合、シリカ粉末に対して0.75vol%~4.11vol%の表面活性アルミナを添加することが可能であると推定された。
【0077】
さらに必要とされる摩擦係数μ=0.53としてシリカ粉末に対して0.96~3.97vol%の表面活性アルミナを添加するのがより好ましい。
【0078】
図8は、高面圧時の摩擦試験における摩擦係数μの時間的変化を説明する図である。
図8(a)は、第3実施例のデータ、
図8(b)は比較例のデータ、
図8(c)は、現行の樹脂ライニングのデータである。
【0079】
図8(a)に示すように、第3実施例によれば、急激な摩擦係数μの上昇はなく、時間経過に伴う摩擦係数μの推移が安定化していることがわかる。また、平均摩擦係数Ave.μについては、0.45と大きな値を維持していた。
【0080】
また、
図8(b)に示すように、比較例によれば、初期段階において、摩擦係数μの値が小さくなっていた。この比較例の初期段階におけるライニングの表面を観察すると摺動痕(縦筋)が多くなっており、セラミック固化体の強度が低く、研削材が脱落することによりディスクロータを捉えにくくなっていたのが原因と考えられた。
【0081】
そしてその後は、研削材の脱落が一段落して摩擦係数μが上昇したものと考えられた。
しかしながら、平均摩擦係数Ave.μについては、0.29と実用上は適さない低い値となっていた。
【0082】
さらに、
図8(c)に示すように、現行の樹脂ライニングによれば、第3実施例と同様に、急激な摩擦係数μの上昇はなく、時間経過に伴う摩擦係数μの推移が安定化していることがわかるが、平均摩擦係数Ave.μについては、0.36となっており、制動力が第3実施例と比較して得られないことが分かる。
【0083】
次に得られたセラミック固化体をブレーキパッドのライニングとして用いる場合に必要とされるせん断強度について検討する。
図9は、表面活性アルミナの添加量とせん断強度との関係を説明する図である。
図9に示すように、実施例1~実施例5に対応する表面活性アルミナの添加量範囲では、比較例(=表面活性アルミナの添加量=0vol%)と比較して、せん断強度が増しており、特にシリカ粉末に対して2.00vol%の表面活性アルミナを添加した第2実施例及びシリカ粉末に対して3.00vol%の表面活性アルミナを添加した第3実施例のせん断強度がより高いという結果であった。
【0084】
これらを考慮し、必要とされるせん断強度=17.0[MPa]とした場合、シリカ粉末に対して1.37~3.56vol%表面活性アルミナを添加することが可能であると推定された。
さらに必要とされるせん断強度=18.0[MPa]としてシリカ粉末に対して2.05.~3.42vol%の表面活性アルミナを添加するのがより好ましい。
【0085】
以上の成形性、摩擦係数μ及びせん断強度を総合的に判断すると、セラミック固化体をブレーキパッドのライニングとして用いる場合には、シリカ粉末に対して2.05.~3.42vol%の表面活性アルミナを添加して作成したセラミック固化体を用いるのが好ましいことが分かる。
【0086】
以上の説明のように、セラミック固化体をブレーキパッドのライニングとして用いる場合には、シリカ粉末に対して2.05.~3.42vol%の表面活性アルミナを添加して作成した場合には、シリカ粉末の粒子同士を表面活性アルミナの添加に起因するアルミニウムイオンによりイオン結合を行わせることで、強固に結合し、得られるマトリックス中に存在する研削材を脱落しにくくして、所望の摩擦係数μを安定して長期にわたって得ることができるとともに、所望のせん断強度を有するライニングを得ることができる。
【0087】
以上の説明においては、表面活性酸化金属粒子として金属カチオンとしてのAl3+を形成可能な金属原子としてのAl原子を含む表面活性化アルミナの粒子を例として説明したが、表面活性酸化金属粒子として金属カチオンとしてのTi4+を形成可能な金属原子としてのTi原子を含む表面活性化酸化チタン、表面活性酸化金属粒子として金属カチオンとしてのFe2+あるいはFe3+を形成可能な金属原子としてのFe原子を含む表面活性化酸化鉄等の金属カチオンを形成可能な金属原子を含み少なくとも表面が活性化された表面活性金属酸化物粒子を用いるようにすることも可能である。
【0088】
以上の説明においては、ディスクブレーキに用いられるブレーキパッドのライニングを無焼成セラミックス摩擦材で構成し、裏板でライニングを支持してブレーキパッドとする構成について説明したが、裏板を設けずにブレーキパッドとして形成するようにすることも可能である。
【0089】
以上の説明においては、ディスクブレーキに用いられるライニングあるいはブレーキパッドについて説明したが、ドラムブレーキのブレーキシューを形成するようにすることも可能である。
【符号の説明】
【0090】
1…ディスクブレーキ、2…ディスクロータ、3…キャリパ、11…マウンティング、12…キャリパボディ、12a…シリンダ部、15…ピストン、20…ブレーキパッド、21…裏板、22…ライニング、30…ブレーキパッド、40…シム、51…セラミックス粉体、52…活性化セラミックス粉体、52a…非晶質層、53…活性アルミナ層、54MTX…マトリックス(母材)、54X…セラミックス粒子、54a…析出層、54b…接着剤層、60…研削材。