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  • 特許-電子管用カソードの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-16
(45)【発行日】2022-02-25
(54)【発明の名称】電子管用カソードの製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 9/04 20060101AFI20220217BHJP
   H01J 23/05 20060101ALI20220217BHJP
   H01J 25/50 20060101ALI20220217BHJP
【FI】
H01J9/04 G
H01J9/04 K
H01J23/05
H01J25/50
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2017183802
(22)【出願日】2017-09-25
(65)【公開番号】P2019061788
(43)【公開日】2019-04-18
【審査請求日】2020-07-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000191238
【氏名又は名称】日清紡マイクロデバイス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小畑 英幸
(72)【発明者】
【氏名】宮本 洋之
(72)【発明者】
【氏名】安井 靖尭
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-287824(JP,A)
【文献】特開昭61-288339(JP,A)
【文献】特開昭61-211932(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 9/04
H01J 23/05
H01J 25/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に熱電子放出物質を付着し、または含浸し、中空部にヒーターを配置するカソードスリーブを備える電子管用カソードの製造方法において、
前記カソードスリーブの中空部の表面に第1の金属膜を形成する工程と、前記第1の金属膜を加熱処理することにより、前記第1の金属膜が変化した第2の金属膜を形成する工程とを含み
前記第1の金属膜を形成する方法は、不活性ガスと酸素を含む混合ガス中で、前記第1の金属膜を形成する金属を加熱し昇華させ、線状あるいはウイスカー状の前記金属の酸化物からなる金属膜を前記カソードスリーブの中空部の表面に付着させる工程であり、
前記第2の金属膜を形成する方法は、前記第1の金属膜を加熱することにより前記金属の酸化物を還元して、前記線状あるいはウイスカー状の前記金属からなる金属膜を形成する工程であることを特徴とする電子管用カソードの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネトロン、クライストロン進行波管等に用いられる真空中で電子を放出する電子管用カソードの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、マイクロ波電子管に対する高出力化の要求が益々高まってきている。特に、マグネトロンはマイクロ波を効率良く発生することから、医療機器装置、レーダー装置等その他のマイクロ波応用機器の分野で広く使用されている。
【0003】
図3にマグネトロン7の一般的な構成を示す。通常マグネトロン7は、真空を保持した管球内にカソード12を配置する。またカソード12の同軸上の周囲にアノードとして、放射状に配置したベーン13と、このベーン13を接合するアノードシェル14を設けている。さらにカソード12の上下方向の位置に、ポールピース15a、15bを配置することにより軸方向に磁界が印加される。カソード12の内部には、ヒーター10を配置する。
【0004】
図4に電子管用カソードの一般的な構成を示す。ヒーター10に通電し加熱することで、ベースメタル9表面に設けた熱電子放出物質11を加熱し、熱電子を放出させる。カソード12とベーン13との間に高電圧を印加することにより、熱電子放出物質11から放出された熱電子は、作用空間中の電界と磁界により周回運動してベーン13に到達する。この電子運動によるエネルギーが、図3に示す隣り合ったベーン13とアノードシェル14とで囲まれた空間で形成される空洞共振器に与えられ、マイクロ波が発振する構成となっている。
【0005】
図4に示す電子管用カソードについて、熱電子が放出される過程を図4を参照して詳細に説明する。図4に示すように、カソードスリーブ8の外側にベースメタル9が嵌合しており、このベースメタル9の外側表面に熱電子放出物質11の一部が露出するように熱電子放出物質11が埋め込まれている。カソードスリーブ8の内部には、螺旋形状のヒーター10が配置されている。
【0006】
このヒーター10に電流を流すことにより、ヒーター10がカソードスリーブ8の中空部の表面を加熱すると、カソードスリーブ8の外側に配置されたベースメタル9、さらに熱電子放出物質11が加熱され、熱電子放出物質11から熱電子が放出される。
【0007】
ところでマグネトロンを安定して動作させるためには、ヒーター10で発生した熱を熱電子放出物質11に効率良く伝達する必要がある。しかし一般的なカソードスリーブ8の中空部の表面は、金属素材が露出した構造となっているため、ヒーター10で発生した熱を反射し、ヒーター10を加熱してしまう。ヒーター10の温度が上昇し、抵抗値が上がり電流が減少することにより、ヒーター10の発熱量が低下してしまうと、熱電子放出物質11に効率良く熱が伝わらなくなってしまう。
【0008】
一方加熱されたヒーター10からの一部の輻射熱が、カソードスリーブ8に効率的に吸収される方法も検討されている。例えばカソードスリーブの中空部の表面を薬液によるエッチング法により凹凸のある粗面とすることにより、ヒーター10からの輻射熱を受ける面積を増加させ、カソードスリーブ8の熱吸収率を高くする方法が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2002-343267号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来の製造方法によってカソードスリーブの中空部の表面を凹凸のある粗面としても、その凹凸のある表面は、カソードスリーブを構成する金属自体の表面が露出した構造となっているため、ヒーターからの輻射熱の反射を大幅に減少させる効果は得られなかった。特に高出力化が求められるマグネトロンのカソードの製造方法として、従来の製造方法を適用しても、ヒーターからの輻射熱は、カソードスリーブの中空部の表面で反射してしまい、その表面での熱吸収率が期待されるほど向上せず、高出力化が求められる電子管用カソードの製造方法として採用することができなかった。
【0011】
そこで本発明は、ヒーター10からの輻射熱を効率良く吸収するカソードスリーブを備えた電子管用カソードの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため本願発明に係る電子管用カソードの製造方法は、表面に熱電子放出物質を付着し、または含浸し、中空部にヒーターを配置するカソードスリーブを備える電子管用カソードの製造方法において、前記カソードスリーブの中空部の表面に第1の金属膜を形成する工程と、前記第1の金属膜を加熱処理することにより、前記第1の金属膜が変化した第2の金属膜を形成する工程とを含み、前記第1の金属膜を形成する方法は、不活性ガスと酸素を含む混合ガス中で、前記第1の金属膜を形成する金属を加熱し昇華させ、線状あるいはウイスカー状の前記金属の酸化膜からなる金属膜を形成する工程であり、前記第2の金属膜を形成する方法は、前記金属の酸化膜を加熱することにより前記金属の酸化物を還元して、前記線状あるいはウイスカー状の前記金属の膜を形成する工程であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の電子管用カソードの製造方法によれば、加熱処理により第1の金属膜から第2の金属膜へ変えることで、熱吸収率が優れた第2の金属膜をカソードスリーブの中空部の表面に形成することができる。
【0016】
また本発明の製造方法により形成した電子管用カソードのカソードスリーブは、ヒーターで発生した熱を熱電子放出物質に効率良く伝達することができるので、ヒーターの入力電力を低くしても電子管を安定動作させることが可能となる。特にカソードスリーブの中空部の表面に形成した第2の金属膜は、カソードスリーブを構成する金属自体の表面が露出したものではないので、ヒーター本体の異常加熱を防ぐことが可能である。
【0017】
具体的には、カソードスリーブに金属の酸化膜を付着させてから還元して金属膜とした場合、その表面は、金属の酸化膜が付着したときに形成される金属の微粒子が空隙部を介して層状に堆積した形状となり、ヒーターから放出される熱を効率的に吸収することが可能となる。またバインダーを除去することで形成した金属膜も、バインダーが除去された部分が空隙部となり、ヒーターから放出される熱を反射することなく効率的に吸収することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の第1および第2の実施例に係る電子管用カソードの製造方法を説明する図である。
図2】本発明の第1および第2の実施例に係る電子管用カソードの製造方法を説明する図である。
図3】一般的なマグネトロンを説明する図である。
図4】従来の電子管用カソードを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の電子管用カソードの製造方法は、熱吸収率に優れた金属膜をカソードスリーブの内側表面に均一な厚さで形成する方法である。
以下、本発明の実施例について詳細に説明する。
【実施例1】
【0020】
本発明の第1の実施例について、図1を用いて説明する。図1に示すように、モリブデンからなる円筒形状のカソードスリーブ1を準備する。カソードスリーブ1の材質は、高融点金属であればよく、モリブデンに限定されない。
【0021】
まずカソードスリーブ1とタングステン線とを密閉可能で排気装置を備えた容器の中に配置する。次に、容器内の空気を排気しながら所望する真空度にしたのち、酸素ガスと不活性ガスとして例えばアルゴンガスとからなる混合ガスを容器内に導入しながら減圧状態を維持する。このとき、酸素ガスの流量、アルゴンガスの流量、容器内の真空度は適宜選択することが可能である。
【0022】
各々のガスの流量と容器内の真空度とが所望する条件に安定してから、タングステン線に流す電流を制御しながら、1200℃程度に加熱する。加熱されたタングステン線は近傍の酸素ガスと反応して酸化物を形成する。この生成した酸化物は1000℃程度で昇華するので、酸化されるとすぐにタングステン線から解離し、加熱されたタングステン線によって作られる上昇気流により上方に搬送される。
このときにタングステン線の上方へカソードスリーブ1を配置しておくことで、少なくともカソードスリーブ1の内側表面上に昇華したタングステンの酸化物が堆積し、金属膜5(第1の金属膜に相当)を形成する。
ここで容器内の真空度を4×104Pa以上とすると、カソードスリーブ1の内側表面上に線状あるいはウイスカー状の酸化タングステンからなる金属膜5として堆積し、空隙の多い形状となる。
【0023】
この後、中空部の表面上に酸化タングステンからなる金属膜5を形成したカソードスリーブ1を還元装置内に載置し、酸化タングステンからなる金属膜5を400~500℃程度、乾燥水素雰囲気中で加熱し、または水素プラズマと接触させることにより酸化タングステンからなる金属膜5を還元する。この結果、酸化タングステンからなる金属膜5から酸素が除去され、タングステンからなる金属膜6(第2の金属膜に相当)が得られる(図2)。この金属膜6は、線状あるいはウイスカー状に堆積しており、空隙の多い形状となる。
【0024】
以下の工程は通常の電子管用カソードの製造方法と同様である。
まずカソードスリーブ1に嵌合可能な内径をもつ円筒形状のベースメタル2を準備する。ベースメタル2の材質は、一般的に高純度の金属ニッケルや金属ニッケルに微量のマグネシウムが含まれたものを使用する。カソードスリーブ1の外側に円筒形状のベースメタル2を嵌め込むことにより密着させ、カソードスリーブ1とベースメタル2とを一体化させる。
【0025】
または、カソードスリーブ1とベースメタル2とが一体である形状を、例えば機械的に削り出すことにより作製してもよい。
【0026】
次に円筒形状のベースメタル2の外側表面に溝を形成する。この溝は、機械的な金属加工により形成できる。溝の形成箇所は、図2のように円筒形状のベースメタル2の周方向に複数本設ける。または、ヒーター4の挿入方向と略平行に直線状に複数本設けたり、溝同士を交差させて格子状に設けたり、溝を島状に形成し千鳥状に設けたりする等種々変更可能である。
【0027】
ベースメタル2の外側表面に形成した溝の中に熱電子放出物質3を埋め込む。熱電子放出物質3としては、例えばバリウム、ストロンチウム、カルシウム等の混合塩が用いられる。熱電子放出物質3を埋め込む方法は、スプレーによる塗布、浸漬法、滴下による塗布等が考えられるが、いずれの方法でも構わない。
【0028】
また、ベースメタル2の外側表面を例えば粒状のタングステンを焼結して多孔質構造とし、熱電子放出物質3として例えばバリウム、カルシウム、アルミニウム等を含浸させた構造としても良い。
【0029】
次に、ベースメタル2と一体化したカソードスリーブ1の内部にヒーター4を挿入することにより、電子管用カソードが完成する(図2)。
【0030】
このようにして構成した電子管用カソードとして、いわゆるオキサイドカソードを選択した場合、ヒーター4を通電して加熱すると、ヒーター4からの熱が金属膜6から、カソードスリーブ1、ベースメタル2の順に伝わることによって、熱電子放出物質3を加熱する。そしてヒーター4への入力電力を調整することにより、熱電子放出物質3を800℃程度まで加熱すると、熱電子放出物質3の表面より熱電子が放出されるようになる。このとき、空隙部の多い構成となる金属膜6の存在により、ヒーター4からの輻射熱を効率良く吸収し、金属膜6が存在しない従来の電子管用カソードよりヒーター4の温度を30~50℃低くしても、またはヒーター4への入力電力を5.6~9.3%低減しても、確実に熱電子が放出される温度まで熱電子放出物質3を加熱することが可能である。
【0031】
一方、電子管用カソードとして、いわゆる含浸型カソードを選択した場合、ヒーター4を通電したことによる熱が、金属膜6、カソードスリーブ1、ベースメタル2の順に伝わり、最後に熱電子放出物質3を加熱する。このとき、ヒーター4への入力電力を調整することにより、熱電子放出物質3を1000℃程度まで加熱すると、熱電子放出物質3の表面より熱電子が放出されるようになる。また、空隙部の多い構成となる金属膜6の存在により、ヒーター4からの輻射熱を効率良く吸収することができるため、金属膜6が存在しない従来の電子管用カソードを用いたときより、ヒーター4の温度を40~70℃低くしても、またはヒーター4への入力電力を7.5~13.1%低減しても、確実に熱電子が放出される温度まで熱電子放出物質3を加熱することが可能である。
特に、熱電子放出物質3を高い温度まで加熱する必要がある含浸型カソードにおいては、金属膜6が存在することは有利となる。
【実施例2】
【0032】
次に第2の実施例について説明する。カソードスリーブ1の中空部の表面への金属膜の形成方法として、バインダーを用いて金属粒子を塗布することも可能である。例えば、バインダーとしてニトロセルロースと酢酸ブチルとを用い、粒径が0.2~0.8μm程度のタングステン粒子を所望する量だけ分散させたものをカソードスリーブの中空部の表面に塗布し、塗膜を形成する(図示省略)。カソードスリーブの内径に応じて塗布液の粘度を選択してもよい。例えばカソードスリーブの内径が小さい場合は、ニトロセルロースと酢酸ブチルとの混合比を調整することによりバインダーの流動性を上げたものを準備し、流し込めばよい。また、カソードスリーブの内径が大きい場合は、前述と同様にしてバインダーの流動性を所望する状態に調整したものを準備し、カソードスリーブの中空部の表面上に直接塗布したり、スプレー等を用いたりして塗布してもよい。
【0033】
続いて720~980℃の温度、5~20分の間、水素雰囲気下で加熱処理することにより、バインダーを除去しカソードスリーブ1の内側表面に仮焼結したタングステンからなる金属膜5'を形成する(図1)。
【0034】
続いて1200~1600℃の温度、30~120分の間、減圧雰囲気下における処理によりタングステンからなる金属膜5'を焼結し、カソードスリーブ1の内側表面にタングステンによる金属膜(図2の(6))(第2の金属膜に相当)を形成することができる。
このように形成した金属膜6は、バインダーが除去された空隙部の多い形状となる。
【0035】
以下の工程は、通常の電子管用カソードの製造方法と同様で、上述した方法により形成した第2の金属膜を中空部の表面上に有するカソードスリーブ1と熱電子放出物質3を表面に付着又は含浸したベースメタル2とを嵌め合わせ、ヒーター4をカソードスリーブ1の内部に挿入することにより電子管用カソードとすることができる。
【0036】
以上本発明の実施例について説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではないことは言うまでもない。例えばカソードスリーブの内側表面に形成する金属膜の金属種としては、高融点でかつ蒸気圧が低い金属であればよい。具体的には上述のタングステンの他に、モリブデン、ニクロム、ニッケル等があげられ、前記金属を単体でも、少なくとも1種類以上含む合金として用いてもよい。
また、バインダーと金属粒子の種類についても適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0037】
1,8:カソードスリーブ、2,9:ベースメタル、3,11:熱電子放出物質、4,10:ヒーター、5,5’:第1の金属膜、6:第2の金属膜、7:マグネトロン、12:カソード
図1
図2
図3
図4