(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-16
(45)【発行日】2022-02-25
(54)【発明の名称】低酸味発酵乳の製造方法
(51)【国際特許分類】
A23C 9/123 20060101AFI20220217BHJP
【FI】
A23C9/123
(21)【出願番号】P 2017030001
(22)【出願日】2017-02-21
【審査請求日】2020-02-20
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(72)【発明者】
【氏名】野澤 佑介
(72)【発明者】
【氏名】柏木 真理
(72)【発明者】
【氏名】高津 愉香
【審査官】植原 克典
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-161237(JP,A)
【文献】特開平09-121763(JP,A)
【文献】特開昭50-006745(JP,A)
【文献】Milchwissenschaft,1987年,Vol.42, No.3,p.146-148
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23C
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料ミックスに乳酸菌スタータが添加された発酵乳基材を,発酵促進温度域で一次発酵させる一次発酵工程と,
前記発酵乳基材のpHが4.65~4.6に達した時点で,前記一次発酵工程
を終了させるとともに,前記発酵乳基材を,前記発酵促進温度域よりも高温である5
5~63℃の中高温域で
15~30分間保持する熱処理工程と,
前記熱処理工程後の前記発酵乳基材を,前記発酵促進温度域で1時間以上二次発酵させる二次発酵工程と,を含む
濃縮発酵乳の製造方法。
【請求項2】
前記二次発酵工程において,前記発酵乳基材は静置される
ことでホエイと前記濃縮発酵乳とに分離され,その後前記ホエイが除去されることにより,前記濃縮発酵乳が得られる
請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記熱処理工程において前記発酵乳基材を前記中高温域に保持する時間が,15~30分である
請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記発酵促進温度域は,30~50℃であり,
前記一次発酵工程の後,前記発酵乳基材を冷却せずに前記中高温域まで加温する
請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記二次発酵工程において,前記発酵乳基材のpHが4.6から4.4になるまでの所要時間が,1.9時間以上である
請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記一次発酵工程の開始時から前記発酵乳基材のpHが4.6になるまでの所要時間が,30時間以下である
請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記乳酸菌スタータは,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌を含む
請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記一次発酵工程の開始時から7日経過後の前記発酵乳基材のpHが,4.2以上である
請求項1に記載の製造方法。
【請求項9】
原料ミックスを加熱殺菌する加熱殺菌工程と,
前記加熱殺菌工程後の前記原料ミックスを冷却する一次冷却工程と,
前記一次冷却工程中又は前記一次冷却工程後の前記原料ミックスに,前記乳酸菌スタータを添加して前記発酵乳基材を得るスタータ添加工程と,
前記スタータ添加工程後の前記発酵乳基材を前記発酵促進温度域まで加温する一次加温工程と,
前記一次発酵工程後の前記発酵乳基材を前記中高温域まで加温する二次加温工程と,
前記熱処理工程後の前記発酵乳基材を前記発酵促進温度域まで冷却する二次冷却工程と,をさらに含む
請求項1に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,発酵乳の製造方法に関する。具体的に説明すると,本発明は,発酵中の酸味の上昇を抑制した発酵乳の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
発酵乳は,日本の「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」(以下「乳等省令」という)において,乳又はこれと同等以上の無脂乳固形分を含む乳等を乳酸菌又は酵母で発酵させ,糊状又は液状にしたもの又はこれらを凍結したものをいうと定義されている。発酵乳の例は,セットタイプヨーグルト(固形状発酵乳),ソフトタイプヨーグルト(糊状発酵乳),及びドリンクタイプヨーグルト(液状発酵乳)である。セットタイプヨーグルトは,主に容器に充填した後に原料ミックスを発酵させ,容器内で固化させることにより得られる。ソフトヨーグルトは,原料ミックスを発酵させた後に大型のタンクなどでカードを破砕し,必要に応じて果肉やソースなどと混合してから容器に充填することにより得られる。ドリンクヨーグルトは,前記したセットタイプやソフトヨーグルトを均質機などで細かく砕いて液状とし,必要に応じて果肉やソースなどと混合してから容器に充填することにより得られる。
【0003】
また,日本の乳等省令の成分規格において,発酵乳は,無脂乳固形分が8.0%以上であって,総乳酸菌数が1.0×107cfu/g以上でなければならないと定められている。さらに,FAO/WHOによるヨーグルトの国際規格においても,最終製品中には,微生物(ブルガリア菌,サーモフィラス菌)が多量に生存していなければならないと規定されている。
【0004】
このように,発酵乳は,乳酸菌などの生菌を多量に含むものである。従って,発酵乳(又はその原料となる発酵乳基材)を長期間保存した場合,乳酸菌が生成する乳酸などによってpHが低下して,酸味が強くなってしまう。このように,発酵乳を長期保存した場合,製造直後のものと比べて,経時によりpHが低下することとなるため,発酵乳の風味や品質を長期間一定に保つことが困難であるとされていた。
【0005】
上記した発酵乳のpH低下の問題を解決すべく,従来より種々の方法が提案されている。発酵乳の酸味上昇を抑制する手段としては,例えば,パーオキシダーゼを添加する方法(特許文献1)や,低温感受性乳酸菌を使用する方法(特許文献2),及び発酵終了後に氷温帯で熟成する方法(特許文献3)などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平10-262550号公報
【文献】特開2000-270844号公報
【文献】特開2003-259802号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら,上記特許文献等に開示された従来の方法では,パーオキシダーゼのような新たな添加物を更に加えたり,適用できる乳酸菌が限られたり,あるいは氷温帯熟成などの新たな冷却工程を導入することにより製造が複雑化してしまうなどの問題がある。
【0008】
また,発酵乳の工業的に大量生産する場合において,その製造効率を考えると,pH6.6~pH4.6程度までの発酵前半期においては,原料ミックスの発酵速度を速く(発酵時間を短く)することが望ましい。しかし,発酵速度を速くすると,乳酸等が早期に産生されることとなるため,発酵乳を長期保存したときに,発酵後半期においてpHがより低下し,酸味の程度が強くなるという問題がある。この問題に対して,発酵前半期における発酵速度を発酵乳の大量生産に適した速度に維持しつつ,発酵後半期におけるpHの低下を効率的に抑制することのできる技術は未だ提案されていない。
【0009】
また,特にギリシャヨーグルトを代表とする濃縮発酵乳では,発酵乳を静置して軽液(ホエイ)と重液(濃縮発酵乳)とに分離する濃縮工程に数時間を要するため,その間にさらに発酵が進むことで,最終的に得られる製品の酸味がより強くなるという課題がある。このような課題の対策として,濃縮工程において,濃縮前の発酵乳の温度を下げることで発酵を抑制することもできるが,軽液と重液の分離効率が極めて低下する。また,その他の対策として,酸生成能力が低い乳酸菌スタータを用いるという方法もあるが,濃縮開始時と濃縮終了直前の濃縮発酵乳のpHの差が大きくなり,最終製品の品質,特に酸度の程度にばらつきが生じ,濃縮発酵乳の工業的な生産には適さないという問題がある。このため,濃縮発酵乳の工業的生産を考えた場合,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌などの一定の酸生成能力を持つ乳酸菌スタータを使用し,濃縮工程において発酵乳の温度を40℃前後に維持することが望ましい。しかし,このような条件では濃縮工程において発酵乳の発酵が進行してしまい,やはり最終製品(濃縮発酵乳)の酸味が強くなる。このように,濃縮発酵乳の酸味や発酵臭の抑制は困難であるとされている。
【0010】
そこで,本発明は,基本的に,発酵前半期においては発酵乳の発酵速度を維持しつつ,発酵後半期においてはpHの低下を効果的に抑制することのできる発酵乳の製造方法を提供することを目的とする。さらに,本発明は,例えば濃縮発酵乳を製造するにあたり,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌などの一定の酸生成能力を持つ乳酸菌スタータを使用し,濃縮工程において発酵乳の温度を40℃前後に維持する場合であっても,濃縮工程においてpHの低下を抑制し,酸味や発酵臭が抑制された濃縮発酵乳を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の発明者らは,上記従来発明の問題の解決手段について鋭意検討した結果,発酵乳基材を発酵促進温度域で一次発酵させた後,発酵工程の中で,それよりも高温である53~63℃の中高温域で一定時間保持する熱処理を行い,再び発酵促進温度域で二次発酵させることにより,発酵前半期での発酵速度を維持しつつ,発酵後半期でのpHの低下を効果的に抑制することができるという知見を得た。さらに,このような発酵技術を発展させれば,例えば,濃縮工程におけるpHの低下を抑制し,酸味や発酵臭が抑制された濃縮発酵乳を効率的に製造できることを見出した。そして,本発明者らは,上記知見に基づけば,従来技術の問題を解決できることに想到し,本発明を完成させた。以下,本発明に係る発酵乳の製造方法について具体的に説明する。
【0012】
本発明は,発酵乳の製造方法に関する。本発明の製造方法は,一次発酵工程,熱処理工程,及び二次発酵工程を含む。一次発酵工程は,原料ミックスに乳酸菌スタータが添加された発酵乳基材を,発酵促進温度域で一次発酵させる工程である。熱処理工程は,一次発酵工程後の発酵乳基材を,発酵促進温度域よりも高温である53~63℃の中高温域で一定時間保持する工程である。二次発酵工程は,熱処理工程後の発酵乳基材を,発酵促進温度域で二次発酵させる工程である。なお,発酵乳基材を二次発酵させる温度は,発酵促進温度域内であればよく,発酵乳基材を一次発酵させる温度と異なっていてもよい。
【0013】
上記工程のように,発酵途中の発酵乳基材を,発酵促進温度以上であって乳酸菌スタータが死滅しない程度の中高温域で一定時間保持することで,発酵前半期における発酵速度を低下させることなく,発酵後半期における発酵速度を緩やかにし,酸の生成を抑制することにすることに成功した。これにより,酸味や発酵臭が抑制された風味の良い発酵乳を効率的に製造することが可能となる。また,発酵乳の品質を長期間一定に保つことが困難であるという課題に対して,本発明によれば,長期保存中における酸度を制御することができる。さらに,酸味や発酵臭を低減することができるため,その他発酵乳に添加した風味物質やアジャンクトスタータ(カード形成には影響しないが風味付加などの役割をもったスタータ)によって付加された風味を維持することができる。
【0014】
本発明において,熱処理工程は,一次発酵工程において発酵乳基材のpH(酸性度)が、好ましくは6~4,より好ましくは5.8~4.1,さらに好ましくは5.5~4.2,特に好ましくは5.2~4.3となった段階で開始するのがよい。すなわち,熱処理工程は,発酵乳基材の発酵がある程度進行し,目標pHに到達する直前の期間に実行する。このように,熱処理工程の開始時期を厳密に制御することで,発酵前半期での発酵速度を維持しつつ,発酵後半期でのpHの低下を効果的に抑制することができる。すなわち,発酵乳基材のpHが5.2に達する前に熱処理工程を行うと,発酵乳基材のpHが目標値に到達するのが遅れることとなるため,製造効率が低下する。他方で,発酵乳基材のpHが4.3未満となってから熱処理工程を行うと,発酵乳のpHが低下し過ぎてしまい酸味及び発酵臭を抑制できない。従って,本発明では,発酵乳基材のpHを正確に測定し,好ましくは6~4、より好ましくは5.8~4.1、さらに好ましくは5.5~4.2、特に好ましくはpH5.2~4.3の範囲で熱処理工程を開始するのがよい。
【0015】
本発明において,熱処理工程において発酵乳基材を中高温域に保持する時間は,2~30分であるであることが好ましい。中高温域における保持時間が2分未満であると熱処理工程の効果を発揮できないが,30分を超えると発酵乳基材中の乳酸菌スタータが死滅するおそれがある。そこで,中高温域における保持時間を2~30分に制御することが好ましい。
【0016】
本発明において,発酵促進温度域は30~50℃である。この場合に,一次発酵工程の後,発酵乳基材を冷却せずに,発酵促進温度域にある発酵乳基材を中高温域まで連続的に加温して,この中高温域での熱処理を行うことが好ましい。30~50℃の発酵促進温度域にある発酵乳基材を一度冷却してから53~63℃の中高温域まで加温すると,温度差が大きくなり過ぎてしまい,発酵乳基材中の乳酸菌スタータが多く死滅するか,あるいは活力が著しく低下することが懸念される。そうすると,二次発酵工程において発酵乳基材の発酵が適度に行われなくなるという問題がある。また,熱処理工程の前に冷却工程で時間及びエネルギーを消費すると,生産効率が低下することとなるため,発酵乳の工業的生産に適さない。そこで,上記のとおり,一次発酵工程と熱処理工程は,冷却工程を経ずに,連続的に行うことが好ましい。従来は,発酵工程の途中で発酵乳基材をさらに加温すると,ヨーグルト組織の悪化を招くため,このような加温処理は好ましくないと考えられていたが,本発明のように,適切な加熱条件下(温度・時間)で熱処理を実施することで,最終的に得られる発酵乳の風味などに問題が生じることはなかった。
【0017】
本発明は,発酵乳基材のpHが4.6から4.4になるまでの所要時間が,1.9時間以上であることが好ましい。特に,この所要時間は4時間以上であることが好ましい。一例として,二次発酵工程においては,発酵乳基材を43℃にて静置すればよい。熱処理工程を経ずに発酵乳基材を発酵させた場合,pHが4.6から4.4になるまでの所要時間は一般的に1時間程度である。これに対して,本発明によれば,熱処理工程を行うことで,この所要時間を2倍以上とすることができる。従って,二次発酵工程において,発酵乳基材を40℃前後(±3℃程度)にて静置して,軽液(ホエイ)と重液(濃縮発酵乳)に分離する濃縮工程を行った場合であっても,得られる濃縮発酵乳の酸味及び発酵臭を抑制することができる。このため,本発明によれば,ギリシャヨーグルトを代表とした濃縮発酵乳を効率的に製造することができる。
【0018】
本発明において,一次発酵工程の開始時から発酵乳基材のpHが4.6になるまでの所要時間が,30時間以下であることが好ましく,8時間以下であることがより好ましく,4時間以下であることが特に好ましい。なお,一次発酵工程の開始時とは,原料ミックスに乳酸菌スタータの接種を完了した時点である。このように,一次発酵工程の開始時(乳酸菌スタータ接種完了時)からpH4.6に達するまでの時間を8時間以下とすることで,発酵乳の製造効率が低下するのを回避できる。また,熱処理工程を経ずに発酵乳基材を発酵させた場合,発酵工程の開始からpH4.6に到達するまでの所要時間は,一般的に4時間程度である。そこで,本発明においても,この所要時間を4時間以下とすることで,熱処理工程を行った場合であっても,一次発酵工程(発酵前半期)における発酵速度を,熱処理工程を行わない場合と変わらない速度に維持できる。
【0019】
本発明において,乳酸菌スタータは,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌を含むことが好ましい。ブルガリア菌及びサーモフィルス菌は一定の酸生成能力を有するものであるが,本発明によれば,このような乳酸菌スタータを使用した場合でも,発酵後半期における酸生成を抑制し,得られる発酵乳の酸味及び発酵臭を抑制することができる。
【0020】
本発明において,発酵乳基材のpHが4.6に達した時点で熱処理工程を開始し,その後10℃まで冷却して二次発酵工程を行った場合において,一次発酵工程の開始時から7日経過後の発酵乳基材のpHが,4.2以上であることが好ましい。また,この場合において,一次発酵工程の開始時から35日経過後の発酵乳基材における総乳酸菌数が,1.0×107cfu/g以上であることが好ましい。このように,本発明によれば,発酵乳を長期間保存した後であってもpH4.2以上を維持できるため,酸味が抑制されているといえる。また,35日経過後であっても,日本の乳等省令で定められた総乳酸菌数(1.0×107cfu/g以上)を維持できる。
【0021】
本発明の製造方法は,さらに,原料ミックスを加熱殺菌する加熱殺菌工程と,加熱殺菌工程後の原料ミックスを冷却する一次冷却工程と,一次冷却工程中又は一次冷却工程後の前記原料ミックスに乳酸菌スタータを添加して発酵乳基材を得るスタータ添加工程と,スタータ添加工程後の発酵乳基材を発酵促進温度域まで加温する一次加温工程と,一次発酵工程後の発酵乳基材を中高温域まで加温する二次加温工程と,熱処理工程後の発酵乳基材を発酵促進温度域まで冷却する二次冷却工程と,をさらに含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば,発酵前半期において発酵乳の発酵速度を維持しつつ,発酵後半期においてはpHの低下を効果的に抑制することができる。さらに,本発明によれば,濃縮発酵乳を製造するにあたり,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌などの一定の酸生成能力を持つ乳酸菌スタータを使用し,濃縮工程において発酵乳の温度を40℃前後に維持する場合であっても,濃縮工程においてpHの低下を抑制し,酸味や発酵臭が抑制された濃縮発酵乳を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】
図1は,本発明の一実施形態に係る製造方法の製造工程を示したフロー図である。
【
図2】
図2は,本発明による熱処理を行った場合における発酵乳基材のpHの推移(1)と,熱処理を行わない場合の発酵乳基材のpHの推移(2)を,模式的に示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下,図面を用いて本発明を実施するための形態について説明する。本発明は,以下に説明する形態に限定されるものではなく,以下の形態から当業者が自明な範囲で適宜変更したものも含む。
【0025】
本願明細書において,「原料ミックス」とは,生乳,全脂乳,脱脂乳,ホエイなどの乳成分を含む液体であり,スタータ添加工程前の状態のものを意味する。ここで,生乳とは,例えば,牛乳などの獣乳をいう。原料ミックスには,生乳,全脂乳,脱脂乳,ホエイなどの乳成分の他に,その加工品(例えば,全脂粉乳,全脂濃縮乳,脱脂粉乳,脱脂濃縮乳,練乳,ホエイ粉,バターミルク,バター,クリーム,チーズ,ホエイタンパク質濃縮物(WPC),ホエイタンパク質単離物(WPI),α-ラクトアルブミン(α-La),β-ラクトグロブリン(β-Lg)など)を含むことができる。また,「発酵乳基材(ヨーグルトベース)」とは,原料ミックスに乳酸菌スタータを添加した後の状態のものを意味する。また,「発酵乳」とは,発酵乳基材を発酵させることにより得られる,発酵工程終了後の状態の製造結果物を意味する。また,本願明細書において,「A~B」とは,「A以上B以下」であることを意味する。
【0026】
本発明は,発酵乳の製造方法に関する。発酵乳の例は,ヨーグルトである。発酵乳は,セットタイプヨーグルトやソフトタイプヨーグルトであってもよいし,ドリンクタイプタイプヨーグルトであってもよい。また,本発明によって製造された発酵乳を,フローズンヨーグルトの材料として用いることも可能である。また,本発明によって製造された発酵乳を,チーズの材料として用いることも可能である。本発明において,発酵乳とは,乳等省令で定義される「発酵乳」,「乳製品乳酸菌飲料」,「乳酸菌飲料」などのいずれであってもよい。
【0027】
図1は,本発明の一実施形態に係る製造方法の各工程を示したフロー図である。
図1に示されるように,本発明に係る発酵乳の製造方法は,原料ミックス調製工程(ステップS1),加熱殺菌工程(ステップS2),一次冷却工程(ステップS3),スタータ添加工程(ステップS4),一次加温工程(ステップS5),一次発酵工程(ステップS6),二次発酵工程(ステップS7),熱処理工程(ステップS8),二次冷却工程(ステップS9),二次発酵工程(ステップS10),及び三次冷却工程(ステップS11)を含むことが好ましい。
【0028】
図1に示されるように,発酵乳の製造にあたり,最初に,原料ミックス調製工程(ステップS1)が行われる。原料ミックス調製工程は,発酵乳の材料となる原料ミックスを調製する工程である。原料ミックスは,ヨーグルトミックスとも呼ばれる。本発明において,原料ミックスには,公知のものを用いることができる。例えば,原料ミックスは,生乳のみからなるもの(生乳100%)であってもよい。また,原料ミックスは,生乳,全脂乳,脱脂乳,ホエイなどの乳成分の他に、その加工品(例えば,全脂粉乳,全脂濃縮乳,脱脂粉乳,脱脂濃縮乳,練乳,ホエイ粉,バターミルク,バター,クリーム,チーズ,ホエイタンパク質濃縮物(WPC),ホエイタンパク質単離物(WPI),α-ラクトアルブミン(α-La),β-ラクトグロブリン(β-Lg)など)を混合して調製したものであってもよい。また,原料ミックスには,乳成分の他にも,豆乳,砂糖,糖類,甘味料,香料,果汁,果肉,ビタミン,ミネラル,油脂,セラミド,コラーゲン,ミルクリン脂質,ポリフェノールなどの食品,食品成分および食品添加物などを含むことができる。また,原料ミックスには,必要に応じて,ペクチン,大豆多糖類,CMC(カルボキシメチルセルロース),寒天,ゼラチン,カラギナン,ガム類などの安定剤,増粘剤,ゲル化剤などを含むことができる。原料ミックス調製工程では,原料ミックスを均質化する均質化工程により,原料ミックスに含まれる脂肪球などを微硫化(粉砕)することが好ましい。この均質化工程により,発酵乳の製造過程や製造後において,原料ミックス,発酵乳基材,発酵乳の脂肪分が分離することや浮上することを抑制や防止できる。
【0029】
加熱殺菌工程(ステップS2)は,原料ミックス調製工程後に行われる。殺菌工程は,原料ミックスを加熱して殺菌する工程である。例えば,加熱殺菌工程では,原料ミックスの雑菌を殺菌できる程度に,加熱温度及び加熱時間を調整して加熱処理すればよい。本発明において,加熱殺菌工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,加熱殺菌工程では,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,スチームインジェクション式加熱装置,スチームインフュージョン式加熱装置,通電式加熱装置などによって加熱処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって加熱処理を行ってもよい。そして,加熱殺菌工程では,ヨーグルトがプレーンタイプやハードタイプやソフトタイプの場合などにおいて,高温短時間殺菌処理(HTST)などの加熱処理を行えばよく,ヨーグルトがドリンクタイプの場合などにおいて,超高温殺菌処理(UHT)などの加熱処理を行ってもよい。さらに,例えば,加熱殺菌工程では,高温短時間殺菌処理(HTST)は,原料ミックスを80℃~100℃に,3分~15分間程度で加熱する処理であればよく,超高温殺菌処理(UHT)は,110℃~150℃に,1秒~30秒間程度で加熱する処理であればよい。
【0030】
一次冷却工程(ステップS3)は,加熱殺菌工程後に行われる。一次冷却工程は,加熱殺菌処理された原料ミックスを,所定温度に冷却などする工程である。一次冷却工程では,原料ミックスを発酵促進温度域(例えば,30℃~50℃)よりも低温になるまで冷却する。本発明において,一次冷却工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,一次冷却工程では,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,真空(減圧)蒸発冷却器によって冷却処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって冷却処理を行ってもよい。なお,具体的に,一次冷却工程では,原料ミックスが15℃以下まで冷却されていることが好ましい。そして,一次冷却工程では,原料ミックスが1℃~15℃に冷却されていることが好ましく,3℃~10℃に冷却されていることがより好ましく,5℃~8℃に冷却されていることがさらに好ましい。
【0031】
また,一次冷却工程では,加熱殺菌工程で温度が上昇した100℃程度の原料ミックスを低温(15℃以下)まで急速に冷却することが好ましい。そして,例えば,一次冷却工程では,殺菌工程が加熱処理の場合において,その殺菌工程で温度が上昇した100℃程度の原料ミックスを15℃まで冷却する時間は,10分間以内であることが好ましく,5分間以内であることがより好ましく,1分間以内であることがさらに好ましく,30秒間以内であることが特に好ましい。この冷却工程により,原料ミックスにおいて,タンパク質が変性することや糖質が褐変化することを抑制や防止できる。
【0032】
スタータ添加工程(ステップS4)は,冷却工程後又は冷却工程中に行われる。スタータ添加工程は,原料ミックスに乳酸菌スタータを添加(混合)して,発酵乳基材を得る工程である。すなわち,加熱殺菌工程後に,原料ミックスが所定温度まで低下した後に,乳酸菌スタータを添加してもよいし,加熱殺菌工程後の原料ミックスが所定温度まで低下している最中に,乳酸菌スタータを添加してもよい。本発明において,スタータ添加工程には,公知の方法を用いることができる。ただし,本発明において,乳酸菌スタータには,少なくとも,ブルガリア菌とサーモフィルス菌が含まれることが好ましい。すなわち,「ブルガリア菌」とは,ラクトバチルス・ブルガリカス(L. bulgaricus)であり,「サーモフィルス菌」とは,ストレプトコッカス・サーモフィルス(S.thermophilus)である。また,本発明において,スタータ添加工程では,ブルガリア菌とサーモフィルス菌の他に,公知の乳酸菌を添加(混合)してもよい。例えば,スタータ添加工程では,ガセリ菌(ラクトバチルス・ガッセリ(L. gasseri)),ラクティス菌(ラクトコッカス・ラクティス(L. lactis)),クレモリス菌(ラクトコッカス・クレモリス(L. cremoris)),ビフィズス菌(ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)など)を添加(混合)してもよい。なお,乳酸菌スタータは,乳酸菌として,ブルガリア菌とサーモフィルス菌のみからなるものが特に好ましい。一方,乳酸菌スタータの添加量は,公知の発酵乳の製造方法において採用されている数量であればよく,例えば,発酵乳基材の0.1~5重量%であることが好ましく,0.5~4重量%であることがより好ましく,1~3重量%であることがさらに好ましい。
【0033】
また,スタータ添加工程では,乳酸菌スタータに含まれるブルガリア菌とサーモフィルス菌の菌数(生菌数)は,公知の発酵乳の製造方法において採用されている数値であればよい。そして,例えば,乳酸菌スタータに含まれるブルガリア菌の菌数とサーモフィルス菌の菌数の比率では,1:4~1:5が一般的である。なお,具体的に,スタータ添加工程では,乳酸菌スタータに含まれるサーモフィルス菌の菌数を1(基準)としたときのブルガリア菌の菌数の比率(ブルガリア菌の菌数/サーモフィルス菌の菌数)は,0.01~0.8であればよく,0.05~0.7であることが好ましく,0.1~0.5であることがより好ましく,0.2~0.4であることがさらに好ましい。一方,スタータ添加工程では,乳酸菌スタータに含まれるブルガリア菌とサーモフィルス菌の菌数(生菌数)は,予め,サーモフィルス菌の菌数よりもブルガリア菌の菌数を多く含ませることもできる。例えば,乳酸菌スタータに含まれるサーモフィルス菌の菌数に対するブルガリア菌の菌数の比率は,1.0~5.0,又は1.5~4.0などであってもよい。なお,乳酸菌の菌数は,公知の方法に従って測定すればよい。
【0034】
一次加温工程(ステップS5)は,スタータ添加工程後に行われる。一次加温工程は,乳酸菌スタータを添加できる程度(1℃~15℃)まで冷却されていた発酵乳基材を,発酵促進温度域(例えば,30℃~50℃)まで加温する工程である。ここで,「発酵促進温度域」とは,微生物(乳酸菌など)が活性化して,発酵乳基材の発酵が進行や促進される温度を意味する。本発明において,一次加温工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,一次加温工程では,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器などによって加熱処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって加熱処理を行ってもよい。そして,例えば,乳酸菌の発酵促進温度域では,30℃~50℃が一般的である。なお,具体的に,加温工程では,発酵乳基材が30℃以上まで加温されていることが好ましい。さらに,一次加温工程では,発酵乳基材が30℃~50℃に加温されていることが好ましく,33℃~47℃に加温されていることがより好ましく,35℃~44℃に加温されていることがさらに好ましい。
【0035】
また,一次加温工程では,一次冷却工程で温度が低下した発酵乳基材を発酵促進温度域まで所定時間で(比較的に短時間で)加温することが好ましい。例えば,一次加温工程では,低温保持工程で温度が低下した10℃程度の発酵乳基材を発酵促進温度域まで加温する時間は,1時間以内であることが好ましく,30分間以内であることが好ましく,10分間以内であることがさらに好ましく,1分間以内であることが特に好ましい。なお,一次加温工程では,温度が低下している発酵乳基材を,そのまま30℃~50℃程度の室温に設定された発酵室に移動させて,発酵室内で徐々に昇温させながら加温処理を行うこともできる。
【0036】
一次発酵工程(ステップS6)は,一次加温工程後に行われる。一次発酵工程は,発酵促進温度域に加温された発酵乳基材を,この発酵促進温度域に保持しながら一次発酵させる工程である。なお,発酵乳基材は,一次発酵工程のみによっては十分には発酵せず,この一次発酵工程に加えて後に説明する二次発酵工程を行うことにより適度な発酵が終了する。本発明において,一次発酵工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,一次発酵工程では,発酵室などによって発酵処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって発酵処理を行ってもよい。さらに,例えば,一次発酵工程では,発酵室内の温度(発酵温度)を30℃~50℃に維持し,その発酵室内で発酵乳基材を発酵する処理であればよく,ジャケット付のタンク内の温度(発酵温度)を30℃~50℃に維持し,そのタンク内で発酵乳基材を発酵する処理であってもよい。ここで,一次発酵工程では,発酵乳基材を発酵させる条件を,原料ミックスや乳酸菌の種類や数量,発酵乳の風味や食感などを考慮して,発酵温度や発酵時間などを適宜調整すればよい。なお,具体的に,一次発酵工程では,発酵乳基材が30℃以上で保持されていることが好ましい。さらに,一次発酵工程では,発酵乳基材が30℃~50℃に保持されていることが好ましく,33℃~47℃で保持されていることがより好ましく,35℃~44℃で保持されていることがさらに好ましい。また,具体的に,一次発酵工程では,発酵乳基材が発酵促進温度域の状態に,1時間以上で保持されていることが好ましい。そして,発酵工程では,発酵乳基材を保持する期間(発酵時間)は,1時間~10時間であることが好ましく,1.5時間~6時間であることがより好ましく,2時間~4時間であることがさらに好ましい。
【0037】
また,一次発酵工程は,発酵乳基材のpHが所定値まで低下した段階で終了し,後の二次加温工程及び熱処理工程に移行する。一次発酵工程から二次加温工程及び熱処理工程へ移行する基準となるpHは,5.2~4.3であることが好ましく,5.1~4.5であることがより好ましく,5.0~4.6であることが特に好ましい。一次発酵工程においては,発酵乳基材のpHを測定しながら発酵を進行させ,所定のpHに達した時点で一次発酵を終了させることとしてもよい。発酵乳基材を発酵させて得られる発酵乳の酸味を抑制しつつ爽やかな風味を出すためには,発酵乳のpHは4.2以上であること,特にpHが4.6~4.2の範囲であることが好ましいといえる。本発明では,最終的に目的とする発酵乳のpHの範囲(pH4.6~4.2)の直前で,一次発酵工程を終了させて,二次加温工程及び熱処理工程へ移行する。これにより,発酵乳のpHを目的とする範囲(pH4.6~4.2)に長時間留まらせることが可能となる。その結果,酸味を抑制した風味豊かな発酵乳を長期保存することができ,さらには酸味の発生を抑制しつつ発酵乳を濃縮することが可能となる。
【0038】
本願明細書において,pHの測定は次の方法に従って行う。すなわち,ガラス電極式pH計(HM-30R,東亜ディーケーケー製,温度校正機能付き)を用い,試料100gにガラス電極を差し込み,値が一定となった段階で測定値を読み取り,試料のpHとする。
【0039】
二次加温工程(ステップS7は,)一次発酵工程の後に行われる。二次加温工程は,上記所定のpHを基準として一次発酵が終了した発酵乳基材を,後の熱処理工程に適した中高温域(具体的には,53~63℃)まで加温する工程である。二次加温工程では,一次発酵工程と同様に,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器などによって加熱処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって加熱処理を行ってもよい。また,二次加温工程では,発酵促進温度域にある発酵乳基材を中高温域まで所定時間で(比較的に短時間で)加温することが好ましい。例えば,二次加温工程では,発酵促進温度域にある発酵乳基材を中高温域まで加温する時間は,1時間以内であることが好ましく,30分間以内であることが好ましく,10分間以内であることがさらに好ましく,1分間以内であることが特に好ましい。
【0040】
また,二次加温工程は,一次発酵工程と連続的に行うことが好ましい。つまり,一次発酵工程で発酵促進温度域にある発酵乳基材の温度を低下させることなく,二次加温工程をおこなうとよい。このため,一次発酵工程と二次加温工程の間には,発酵乳基材が冷却されることはない。これにより,乳酸菌スタータの活力を維持しつつ,短時間で効率的に発酵乳を製造することができる。従来は,発酵工程の途中で発酵乳基材をさらに加温すると,ヨーグルト組織の悪化を招くため,このような加温処理は好ましくないと考えられていたが,後述するように,適切な加熱条件下(温度・時間)で熱処理を実施することで,発酵工程の途中で発酵乳基材をさらに加温しても,最終的に得られる発酵乳の風味などに問題が生じることはない。
【0041】
熱処理工程(ステップS8)は,二次加温工程の後に行われる。熱処理工程は,発酵途中の発酵乳基材を,発酵促進温度域よりも高い53~63℃の中高温域にて,所定時間保持する工程である。つまり,発酵乳基材のpHが,最終的に目的とするpHの範囲(pH4.6~4)の直前に達した段階で一次発酵工程が終了させ,中高温域での熱処理工程が開始する。熱処理工程を開始するタイミング(つまり一次発酵工程を終了するタイミング)は,発酵乳基材がpH6~4となった時点であることが好ましく,pH5.8~4.1がより好ましく,pH5.5~4.2がより好ましく,pH5.2~4.3がさらに好ましく,pH5.0~4.6であることが特に好ましい。その中でも,熱処理工程を開始するタイミングは,pH4.6近傍,つまりpH4.7~4.5であることがさらに好ましい。また,熱処理工程における加熱温度及び加熱時間は,発酵乳基材に含まれる乳酸菌スタータ(特にブルガリア菌及びサーモフィルス菌)が完全には死滅しない程度の温度及び時間に設定される。具体的には,熱処理工程での加熱温度は,53~63℃であり,特に53~60℃であることが好ましく,53~55℃であることがさらに好ましい。また,熱処理工程での加熱時間は,2~30分であり,特に5~30分であることが好ましく,10~30分又は15~30分であってもよく,20~30分又は25~30分であることがさらに好ましい。熱処理工程においては,二次加温工程と同様に,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器などによって加熱処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって加熱処理を行ってもよい。
【0042】
上記した加熱条件下(温度・時間)で適度な熱処理を実施することで,発酵工程の途中で発酵乳基材をさらに加温しても,最終的に得られる発酵乳の風味などに問題が生じることを回避できる。また,一次発酵工程中における発酵乳基材と熱処理工程中における発酵乳基材は,その温度差が,3~33℃であることが好ましく,5~30℃又は10~25℃であることがより好ましく,13~23℃であることが特に好ましい。連続的に行われる一次発酵工程と熱処理工程とで発酵乳基材の温度差が大きいと(例えば40℃を超えると),発酵乳基材中の乳酸菌スタータが多く死滅するか,あるいは活力が著しく低下することが懸念される。そうすると,後の二次発酵工程において発酵乳基材の発酵が適度に行われなくなるという問題がある。このため,一次発酵工程と熱処理工程とで発酵乳基材の温度差を適切な範囲(例えば33℃以下)に抑えることで,発酵乳基材中の乳酸菌スタータに与えられる負荷を軽減し,その活力を維持することができる。
【0043】
図2は,本発明における熱処理工程の効果を模式的に示している。
図2において,グラフ(1)は,最終的に目的とするpHが4.6~4.2の範囲である場合に,発酵乳基材のpHが目的のpHに達する直前のタイミングで熱処理を行った場合のpHの推移を示しており,グラフ(2)は,熱処理を行わなかった場合のpHの推移を示している。なお,
図2に示した例は,乳酸菌スタータが,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌のみからなる場合を想定している。
図2に示されるように,発酵乳基材に対して中高温域にて所定時間保持する熱処理を行った場合,発酵乳基材のpHは目的とする範囲(pH4.6~4.2)に長く留まることとなる。このため,このような熱処理を行うことで,長期間保存した場合であっても,最終的に得られる発酵乳の酸味を抑えることが可能となる。また,pH4.6~4.2の範囲において発酵乳基材を長期間保存することが可能となるため,発酵乳基材の二次発酵期間を長くして濃縮発酵乳を製造する場合であっても,得られた濃縮発酵乳の酸味を抑えることができる。また,
図2に示されるように,pH4.6の直前に熱処理を行う場合,発酵乳基材のpHが4.6にまで達するまでの時間は,熱処理を行った場合と行わなかった場合とで大きな差が生じていないことがわかる。すなわち,pH4.6の直前に熱処理を行うことで,一次発酵の終了までの発酵時間が大幅に遅くなることを回避できる。このため,熱処理を行った場合でも,効率的に発酵乳を製造することが可能となる。このように,所定のpH範囲で乳酸菌基材に対して熱処理を行うことで,発酵前半期においては発酵乳の発酵速度を維持しつつ,発酵後半期においてはpHの低下を効果的に抑制することができる。
【0044】
乳酸菌スタータがブルガリア菌及びサーモフィルス菌のみからなる場合,熱処理工程の開始時期,加熱温度,及び加熱時間は,次の通りであることが好ましい。すなわち,熱処理工程の開始時期は,発酵乳基材のpHが4.6近傍(pH4.7~4.5)となった時点であり,加熱温度は,55℃近傍(53~57℃)であり,加熱時間は,15~30分であることが好ましい。このような条件で熱処理工程を行うことで,発酵前半期における発酵時間を短くし,かつ,発酵後半期においてpHが低下することを特に効果的に抑制することができる。
【0045】
二次冷却工程(ステップS9)は,熱処理工程後に行われる。二次冷却工程は,熱処理工程において中高温域まで加温された発酵乳基材を,再度発酵促進温度域(例えば,30℃~50℃)まで冷却する工程である。二次冷却工程においては,一次冷却工程同様に,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,真空(減圧)蒸発冷却器によって冷却処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって冷却処理を行ってもよい。また,二次冷却工程では,中高温域まで上昇した発酵乳基材の温度を短時間で発酵促進温度域まで冷却することが好ましい。例えば,二次冷却工程の時間は,10分間以内であることが好ましく,5分間以内であることがより好ましく,1分間以内であることがさらに好ましく,30秒間以内であることが特に好ましい。
【0046】
二次発酵工程(ステップS10)は,二次冷却工程後に行われる。二次発酵工程は,中高温域から発酵促進温度域にまで冷却された発酵乳基材を,この発酵促進温度域に保持しながら二次発酵させる工程である。熱処理工程後の二次発酵工程において,発酵乳基材の十分な発酵が完了し,その結果として発酵乳が得られる。二次発酵工程は,一次発酵工程と同様に,発酵室などによって発酵処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって発酵処理を行ってもよい。二次発酵工程では,発酵乳基材を発酵させる条件を,原料ミックスや乳酸菌の種類や数量,発酵乳の風味や食感などを考慮して,発酵温度や発酵時間などを適宜調整すればよい。なお,具体的に,二次発酵工程では,発酵乳基材が30℃以上で保持されていることが好ましい。さらに,二次発酵工程では,発酵乳基材が30℃~50℃に保持されていることが好ましく,33℃~47℃で保持されていることがより好ましく,35℃~44℃で保持されていることがさらに好ましい。また,具体的に,二次発酵工程では,発酵乳基材が発酵促進温度域の状態に,1時間以上で保持されていることが好ましい。特に,二次発酵工程は,前述した一次発酵工程と比較して長い時間行われることが好ましい。例えば,二次発酵工程において発酵乳基材を保持する期間(発酵時間)は,5時間以上,8時間以上,又は10時間以上であることが好ましい。
【0047】
二次発酵工程は,後発酵処理と前発酵処理のどちらであってもよい。後発酵処理を行うときには,実際に製品として販売するための容器に発酵乳基材を充填した後に,発酵乳基材を二次発酵させる。例えば,後発酵処理を行うときには,発酵乳基材が充填された(密閉)容器を発酵室内に静置するなどして発酵させ,その得られた中間生成物である発酵乳(発酵乳カード)を,後述する再冷却工程にて冷却し,最終生成物である発酵乳(セットタイプヨーグルト,プレーンタイプヨーグルト)を得ればよい。また,前発酵処理を行うときには,実際に製品として販売するための容器に発酵乳基材を充填する前に,発酵乳基材を二次発酵させる。例えば,前発酵を行うときには,発酵乳基材が充填されたジャケット付のタンクを静置するなどして発酵させ,その得られた中間生成物である発酵乳(発酵乳カード)を破砕や微粒化してから,後述する再冷却工程にて冷却し,必要に応じて,果肉,野菜,果汁,野菜汁,ジャム,ソース,プレパレーションなどを混合した後に,(密閉)容器に充填して,最終生成物である発酵乳(ソフトタイプヨーグルト,ドリンクタイプヨーグルト)を得ればよい。
【0048】
また,本発明によれば,二次発酵工程において,発酵乳基材の酸味の上昇を抑えつつ,長期の発酵が可能である。このため,本発明は,酸味を抑えた濃縮発酵乳の製造に適している。そこで,二次発酵工程では,発酵乳基材を静置して,この発酵乳基材を軽液(ホエイ)と重液(濃縮発酵乳)とに分離する濃縮工程を行ってもよい。分離工程の後,発酵乳基材から軽液を除去することで,乳成分が濃縮された発酵乳(濃縮発酵乳)を得ることができる。なお,ここにいう「静置」とは,発酵乳基材を撹拌したり混合したりせず,自然状態で質量の軽い軽液と質量の重い重液とに分離できる程度に,発酵乳基材に外圧を加えず静かに置いておくことを意味する。このような濃縮工程を行う場合には,二次発酵工程における発酵乳基材の温度は,30℃~50℃(好ましくは43~47℃)の発酵促進温度域とすることが好ましい。二次発酵工程において発酵乳基材の温度を例えば10℃以下に冷却することもできるが,その場合には軽液と重液の分離速度が著しく遅くなるため好ましくない。なお,本発明において濃縮工程は必須の工程ではなく,濃縮工程を経ない通常の発酵乳(ヨーグルト)を製造することも可能である。
【0049】
また,二次発酵工程は,発酵乳基材のpHが所定値まで低下した段階で終了すればよい。二次発酵工程を終了させる基準となるpHは,4.4~4.2であることが好ましい。特に,二次発酵工程での発酵時間を5時間以上,8時間以上,又は10時間以上の長期間とした場合であっても,発酵乳基材のpHは4.2を下回らないことが好ましい。前述したとおり,二次発酵工程の前に熱処理工程を行うことで,このように,pHの低下を抑制しながら,長期間の発酵を行うことが可能となる。二次発酵工程は,所定時間の経過後であって,かつ,発酵乳基材のpHが所定値まで低下した段階で終了とする。
【0050】
三次冷却工程(ステップS11)は,二次発酵工程後に行われる。三次冷却工程は,二次発酵で得られた発酵乳(特に濃縮発酵乳)を冷却する工程である。三次冷却工程において,発酵乳の温度を低下させることで,発酵の進行が抑制される。このとき,三次冷却工程では,発酵乳を発酵促進温度域よりも低温になるまで冷却する。本発明において,三次冷却工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,三次冷却工程では,冷蔵室,冷凍室によって冷却処理を行えばよく,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,ジャケット付のタンクによって冷却処理を行ってもよい。なお,具体的に,三次冷却工程では,発酵乳が15℃以下まで冷却されていることが好ましい。そして,三次冷却工程では,発酵乳が1℃~15℃に冷却されていることが好ましく,3℃~10℃に冷却されていることがより好ましく,5℃~8℃に冷却されていることがさらに好ましい。この三次冷却工程により,発酵乳を食用に適した温度に冷却することで,発酵乳の風味(酸味など)や食感(舌触りなど)や物性(硬さなど)が変化することを抑制や防止できる。三次冷却工程後の発酵乳は,冷蔵庫などに格納して3℃~10℃の低温で長期間保存することができる。
【実施例】
【0051】
以下,実施例を用いて,本発明を具体的に説明する。ただし,本発明は,以下の実施例に限定されることなく,公知の手法に基づく様々な改良を加えることができるものである。
【0052】
1.ヨーグルトの発酵性
[実施例1-1~1-13]
脱脂粉乳:100g及び水道水:900gを混合してヨーグルトミックスを調製し,このヨーグルトミックスを95℃達温まで加熱殺菌した後に,10℃まで冷却した。その後,ブルガリア菌(L.bulgaricus OLL1171(NITE BP-01569))及びサーモフィルス菌(S.thermohilus OLS3615(NITE BP-01696))を含む乳酸菌スタータを2重量%でヨーグルトミックスに接種してヨーグルトベースを得た。その後,ヨーグルトベースを,40℃にて,所定の「熱処理開始pH」に低下するまで静置して一次発酵させた。一次発酵後のヨーグルトベースを,所定の「処理時間」及び「処理温度」にて熱処理した。その後,熱処理後のヨーグルトベースを冷却し,40℃にて,pH4.40に低下するまで二次発酵させて,本発明の実施例となる発酵乳を得た。ここで,実施例1-1~1-13では,表1及び表2に示すとおり,それぞれ,「熱処理開始pH」,「処理時間」,及び「処理温度」の熱処理条件を変えた。実施例に係る「熱処理開始pH」は,pH5.0,pH4.65,又はpH4.6のいずれかとし,「処理時間」は,5分,10分,15分,20分,25分,又は30分のいずれかとし,「処理温度」は,53℃,55℃,又は60℃のいずれかとした。各実施例においてにおいて,ヨーグルトベースのpHが4.55から4.40に達するまでの所要時間を,表1に示す。また,各実施例において,発酵の開始時からpH4.55に達するまでの所要時間を,表2に示す。なお,発酵の開始時は,原料ミックスに乳酸菌スタータの接種を完了した時点とした。
【0053】
なお,Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL1171は,独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(日本国 〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に,2013年3月13日付,受託番号:NITE BP-01569として国際寄託されている。また,Streptococcus thermophilus OLS3615は,独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに,2013年8月23日付,受託番号:NITE BP-01696として国際寄託されている。
【0054】
[比較例1-1,1-2]
続いて,ヨーグルトベースの発酵途中に熱処理を行わなかった点を除き,上記実施例と同じ条件で比較例となる発酵乳を製造した。すなわち,脱脂粉乳:100g及び水道水:900gを混合してヨーグルトミックスを調製し,このヨーグルトミックスを95℃達温まで加熱殺菌した後に,10℃まで冷却した。その後,ブルガリア菌(L.bulgaricus OLL1171(NITE BP-01569))及びサーモフィルス菌(S.thermohilus OLS3615(NITE BP-01696))を含む乳酸菌スタータを2重量%でヨーグルトミックスに接種してヨーグルトベースを得た。その後,ヨーグルトベースを,40℃にて,pH4.40に低下するまで発酵させて,比較例となる発酵乳を得た。ヨーグルトベースのpHが4.55から4.40に達するまでの所領時間を,表1に示す。また,発酵の開始時からpH4.55に達するまでの所要時間を,表2に示す。
【0055】
【0056】
【0057】
上記表1に示した実施例1-1~1-13のように,発酵途中のヨーグルトベースに対して,53~60℃中高温域で5~30分間保持する熱処理を行った場合,発酵後半期におけるpH4.55からpH4.40までの所要時間が,最短でも1.9時間となり,最長では7.4時間となった。各実施例では,熱処理を行わない比較例1-1や,50℃で熱処理を行った比較例1-2と比較し,pH4.55からpH4.40までの所要時間を少なくとも約2倍以上に延長することに成功した。
【0058】
また,上記表2に示した実施例1-1~1-13のように,発酵途中のヨーグルトベースに対して,53~60℃中高温域で5~30分間保持する熱処理を行った場合であっても,発酵前半期におけるpH4.55までの所要時間は,最短で3.4時間となり,最長でも6.3時間となった。比較例1-1及び1-2におけるH4.55までの所要時間が,3.5時間及び3.6時間であることを考慮すると,各実施例のように熱処理を行った場合であっても,発酵前半期の発酵速度は大幅に遅れることはなかった。特に,H4.55までの所要時間が4.5時間以下の実施例(実施例1-1,1-5,1-6,1-7,1-8,1-9,1-10,1-11,1-12,1-13)も存在し,これらの実施例は,比較例と同程度に発酵乳を効率的に製造できるものといえる。
【0059】
また,各種の実施例の中でも,実施例1-8,1-9,1-11,1-12,及び1-13は,pH4.55からpH4.40までの所要時間を5時間以上とすることができ,また,発酵開始からpH4.55までの所要時間も4.1時間以下であった。このことから,これらの実施例は,発酵前半期において発酵乳の発酵速度を維持しつつ,発酵後半期においてはpHの低下を効果的に抑制することが可能であり,特に好ましい実施例であるといえる。
【0060】
続いて,以下の表3及び表4に,発酵乳の酸味及び香気についての官能評価の結果を示す。官能評価は,比較例1-1の発酵乳との比較において,実施例1-1~1-13の発酵乳及び比較例1-2の発酵乳を評価した。
【0061】
【0062】
【0063】
上記表3及び表4に示したとおり,いずれの実施例においても,発酵乳の酸味及び香気が低下することが確認された。従って,発酵途中において所定条件下で熱処理を行うことにより,得られる発酵乳の風味が改善されることが確認された。
【0064】
2.乳酸菌の生残率及び発酵乳のpH変化
[実施例2-1~2-3]
乳脂肪分6重量%,たんぱく質8重量%の原料ミックスを調製し,この原料ミックスを95℃達温まで加熱殺菌した後に,10℃まで冷却した。その後,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌を含む乳酸菌スタータ(明治社製,明治ブルガリアヨーグルト LB81プレーンから分離したブルガリア菌とサーモフィラス菌)を2重量%でヨーグルトミックスに接種してヨーグルトベースを得た。その後,ヨーグルトベースを,43℃にて,pH4.6に低下するまで静置して一次発酵させた。一次発酵後のヨーグルトベースを,59℃,60℃,又は62℃の処理温度にて,2分間の熱処理を行った。その後,熱処理後のヨーグルトベースを冷却し二次発酵を行い,10℃に達した時点から静置した。各実施例について,24時間,7日間(168時間),17日間(408時間),24日間(576時間),35日間(840時間),及び45日間(1080時間)のそれぞれにおいて,発酵乳に含まれる乳酸菌の総数と,発酵乳のpHを測定した。その結果を,表5に示す。
【0065】
[比較例2]
続いて,ヨーグルトベースの発酵途中に熱処理を行わなかった点を除き,上記実施例と同じ条件で比較例となる発酵乳を製造した。すなわち,乳脂肪分6重量%,たんぱく質8重量%の原料ミックスを調製し,この原料ミックスを95℃達温まで加熱殺菌した後に,10℃まで冷却した。その後,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌を含む乳酸菌スタータ(明治社製,明治ブルガリアヨーグルト LB81プレーンから分離したブルガリア菌とサーモフィラス菌)を2重量%でヨーグルトミックスに接種してヨーグルトベースを得た。その後,ヨーグルトベースを,43℃にて,pH4.6に低下するまで静置して一次発酵させた。その後,ヨーグルトベースを10℃まで冷却して静置し,二次発酵させた。同条件の発酵乳を2通り作成した。各比較例について,発酵乳に含まれる乳酸菌の総数と,発酵乳のpHを測定した。その結果を,表5に示す。
【0066】
【0067】
上記表5に示されるように,実施例2-1~2-3では,比較例2と比較して,長期間冷蔵保存した場合であっても,発酵乳のpHが大きく低下していない。例えば,45日経過時点においても,実施例の発酵乳は,pH4.20以上を維持しており,比較例に比べて酸味が抑制されているといえる。全体として,実施例によれば,比較例とくらべて,pHの上昇を0.20~0.30程度抑制することに成功した。従って,発酵途中に熱処理を行うことで,長期保存時のpH上昇を効果的に抑制できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は,ヨーグルトなどの発酵乳の製造方法に関する。従って,本発明は,ヨーグルトなどの発酵乳の製造業において好適に利用しうる。