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特許7026903赤色フッ化物蛍光体及びその母体結晶の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-18
(45)【発行日】2022-03-01
(54)【発明の名称】赤色フッ化物蛍光体及びその母体結晶の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/08 20060101AFI20220221BHJP
   C01B 33/10 20060101ALI20220221BHJP
   C09K 11/61 20060101ALI20220221BHJP
【FI】
C09K11/08 A
C01B33/10
C09K11/61
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2018057330
(22)【出願日】2018-03-24
(65)【公開番号】P2019167474
(43)【公開日】2019-10-03
【審査請求日】2020-12-05
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】311016905
【氏名又は名称】N‐ルミネセンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140394
【弁理士】
【氏名又は名称】松浦 康次
(72)【発明者】
【氏名】戸田 健司
(72)【発明者】
【氏名】塩原 利夫
(72)【発明者】
【氏名】兼子 達朗
(72)【発明者】
【氏名】工藤 嘉昭
【審査官】川嶋 宏毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-224536(JP,A)
【文献】特開2016-219748(JP,A)
【文献】特開2016-147961(JP,A)
【文献】特開2017-145424(JP,A)
【文献】特開2015-020919(JP,A)
【文献】特開2015-193857(JP,A)
【文献】特開2011-012091(JP,A)
【文献】特開2013-139381(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 11/00-11/89
C01B 33/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カリウム源及びフッ素源としてフッ化カリウムを用意する工程と、
ケイ素源として、ポリシラザン、TEOS、SiO、ケイ酸カリウムから少なくとも一つを用意する工程と、
弱アルカリ性、中性、又は酸性の溶液を用意する工程と、
前記カリウム源及びフッ素源と、前記ケイ素源と、前記溶液とを混合する工程と、
前記混合物を反応させて粉末状のSiFを析出させる工程と、
を含み、かつ、
前記溶液を用意する工程では、HF及びKHF以外の化合物で作られた酸性、中性、又は弱アルカリ性の溶液を用いることを特徴とする赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
【請求項2】
前記溶液を用意する工程では、HCl、HPO、CHCOOH、又はHOを用いることを特徴とする請求項1に記載の赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
【請求項3】
カリウム源及びフッ素源としてフッ化カリウムを用意する工程と、
ケイ素源として、ポリシラザン、TEOS、SiO、ケイ酸カリウムから少なくとも一つを用意する工程と、
前記カリウム源及びフッ素源と、前記ケイ素源とを気体中で接触させて混合する工程と、
前記混合物を反応させてKSiFを析出させる工程と、
を含み、かつ、
前記混合物にはHF及びKHF を含まず、前記混合する工程は固相法により実施することを特徴とする赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
【請求項4】
カリウム源及びフッ素源としてフッ化カリウムを用意する工程と、
ケイ素源として、ポリシラザン、TEOS、SiO、ケイ酸カリウムから少なくとも一つを用意する工程と、
前記カリウム源及びフッ素源と、前記ケイ素源とを気体中で接触させ、少量の水又は酸性溶液を加えた後に混合する工程と、
を含み、かつ、
前記少量の水又は酸性溶液として、前記原料粉末の合計重量を1とした場合に、加える水又は酸性溶液の重量を、0.001~0.1に設定し、
前記混合物にはHF及びKHF を含まず、前記混合する工程は低温固相法により実施することを特徴とする赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
【請求項5】
カリウム源及びフッ素源としてフッ化カリウムを用意する工程と、
ケイ素源として、ポリシラザン、TEOS、SiO、ケイ酸カリウムから少なくとも一つを用意する工程と、
前記カリウム源及びフッ素源と、前記ケイ素源と、水又は酸性溶液とを容器中に収容・密閉し、該容器内で接触させて混合する工程と、
前記混合物を反応させてKSiFを析出させる工程と、
を含み、かつ、
前記混合物にはHF及びKHF を含まず、前記混合する工程は水熱法により実施することを特徴とする赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
【請求項6】
カリウム源及びフッ素源としてフッ化カリウムを用意する前記工程は、前記フッ化カリウムに加えて、フッ化アンモニウムをさらに用意することを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
【請求項7】
前記ケイ素源として、SiOを選択することを特徴とする請求項1~6のいずれかに記載の赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
【請求項8】
前記ケイ素源として、非晶質のSiOを選択することを特徴とする請求項1~6のいずれかに記載の赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
【請求項9】
請求項1~8のいずれかに記載の製造方法によって製造されたKSiFと、
MnF、Mn(HPO、Mn(CHCOO)・4HO、MnO(OH)、NaMnF6、又はKMnOの少なくとも一つを含んだマンガン源と、
を混合し、KSiF:Mn4+を析出させる工程を含むことを特徴とする赤色フッ化物蛍光体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤色フッ化物蛍光体及びその母体結晶の製造方法に関し、より具体的には、有害なフッ化水素やフッ素ガスを用いずに生成可能な、KSiFを母体とする蛍光体及びその母体結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(KSF)
ケイフッ化カリウムKSiF(組成式の頭文字をとって「KSF」とも呼ばれる。)は、鋳物用アルミニウムろう付けのフラックス、光学レンズ及び合成雲母の原料などに用いられている有用なフッ化物材料である。
【0003】
(KSFを母体とした蛍光体の用途)
KSFに4価のマンガン(Mn)を発光イオンとして加えた蛍光体(KSiF:Mn4+)は、LEDから出射される近紫外から青色領域の光によって励起可能であり、さらに励起状態から赤色光を発する。このような特徴により、Mn賦活KSF蛍光体は、近年、液晶ディスプレイ、携帯電話、及び携帯情報端末等のバックライト用光源として利用されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
(KSFを母体とした蛍光体に関する従来の製造方法)
次に、KSiF:Mn4+に関する従来の製造方法について説明する。従来の製造方法では、原料の一つにフッ化水素(HF)やフッ素ガスを用いることが一般的である(例えば、特許文献1~5参照)。特に、量産向きの従来の製造方法は、フッ化水素酸水溶液に他の原料を溶解し、KSFの沈殿を生成させるもの(溶液法とも呼ばれる。)である。
【0005】
(従来の溶液法の問題点)
しかしながら、溶液法の一種である上記の方法は、人体に有害なフッ化水素を大量に使用するため、取扱いに細心の注意を要し、製造者の安全を確保することが困難である。
【0006】
(フッ化水素を使わない(フッ化水素フリーな)代替的な製造方法)
上記問題点を解決するために、近年、フッ化水素を使わない代替的な製造方法が提案されている。例えば、非特許文献1では、フッ化水素カリウムKHFを用いてKSiF:Mn4+を製造する方法が開示されている。しかしながら、このKHFは、毒性を有するだけでなく腐食性が強いため、上記代替法も真に製造者等の安全を確保できる製法とは言い難い。
【0007】
以上のように、従来の製造方法では、その製造工程において、フッ化水素やフッ素ガス、フッ化水素カリウムなどの有害物質を排除することができず、安全性や生産性に劣ったり、コスト高になったりする等の課題があり、必ずしも満足でき得るものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2017-50525号公報
【文献】特表2009-528429号公報
【文献】特開2016-053178号公報
【文献】特開2015-212374号公報
【文献】特開2016-088949号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Lin Huangら、「HF-Free Hydrothermal Route for Synthesis of Highly Efficient Narrow-Band Red Emitting Phosphor K2Si1-xF6:xMn4+ for Warm White Light-Emitting Diodes」Chemistry of Materials 28 1495-1502 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明では上記事情に鑑み、フッ化水素HF等の有毒物質を使わない(HF-Freeな)、赤色フッ化物蛍光体及びその母体結晶の製造方法を提供することを目的とする。
【0011】
本発明の別の目的は、製造者の安全を確保し、生産性を高め、生産コストを抑えることができる赤色フッ化物蛍光体及びその母体結晶の製造方法を提供することでもある。
【0012】
本発明の更にもう一つの目的は、純度が高く、しかも工業規模の量産化が可能なKSFの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、有害なフッ化水素(HF)やフッ化水素カリウム(KHF)を用いずに、KSFの工業的規模の生産に耐え得る合成法を模索・詳細検討を行った結果、シリカ(SiO)、ポリシラザン及び/又はアルカリ金属のケイ酸塩をケイ素源、アルカリ金属フッ化物及び/又はフッ化アンモニウムをフッ素源として用いる事で、フッ化水素やフッ素ガス、フッ化水素カリウムを用いずにKSFの量産化が可能な事を見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明は、例えば、以下の構成・特徴を備えるものである。
(態様1)
カリウム源及びフッ素源としてフッ化カリウムを用意する工程と、
ケイ素源として、ポリシラザン、TEOS、SiO、ケイ酸カリウムから少なくとも一つを用意する工程と、
弱アルカリ性、中性、又は酸性の溶液を用意する工程と、
前記カリウム源及びフッ素源と、前記ケイ素源と、前記溶液とを混合する工程と、
前記混合物を反応させて粉末状のSiFを析出させる工程と、
を含み、かつ、
前記溶液を用意する工程では、HF及びKHF以外の化合物で作られた酸性、中性、又は弱アルカリ性の溶液を用いることを特徴とする赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
(態様2)
前記溶液を用意する工程では、HCl、HPO、CHCOOH、又はHOを用いることを特徴とする態様1に記載の赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
(態様3)
カリウム源及びフッ素源としてフッ化カリウムを用意する工程と、
ケイ素源として、ポリシラザン、TEOS、SiO、ケイ酸カリウムから少なくとも一つを用意する工程と、
前記カリウム源及びフッ素源と、前記ケイ素源とを気体中で接触させて混合する工程と、
前記混合物を反応させてKSiFを析出させる工程と、
を含み、かつ、
前記混合物にはHF及びKHF を含まず、前記混合する工程は固相法により実施することを特徴とする赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
(態様4)
カリウム源及びフッ素源としてフッ化カリウムを用意する工程と、
ケイ素源として、ポリシラザン、TEOS、SiO、ケイ酸カリウムから少なくとも一つを用意する工程と、
前記カリウム源及びフッ素源と、前記ケイ素源とを気体中で接触させ、少量の水又は酸性溶液を加えた後に混合する工程と、
を含み、かつ、
前記少量の水又は酸性溶液として、前記原料粉末の合計重量を1とした場合に、加える水又は酸性溶液の重量を、0.001~0.1に設定し、
前記混合物にはHF及びKHF を含まず、前記混合する工程は低温固相法により実施することを特徴とする赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
(態様5)
カリウム源及びフッ素源としてフッ化カリウムを用意する工程と、
ケイ素源として、ポリシラザン、TEOS、SiO、ケイ酸カリウムから少なくとも一つを用意する工程と、
前記カリウム源及びフッ素源と、前記ケイ素源と、水又は酸性溶液とを容器中に収容・密閉し、該容器内で接触させて混合する工程と、
前記混合物を反応させてKSiFを析出させる工程と、
を含み、かつ、
前記混合物にはHF及びKHF を含まず、前記混合する工程は水熱法により実施することを特徴とする赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
(態様6)
カリウム源及びフッ素源としてフッ化カリウムを用意する前記工程は、前記フッ化カリウムに加えて、フッ化アンモニウムをさらに用意することを特徴とする態様1~5のいずれかに記載の赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
(態様7)
前記ケイ素源として、SiOを選択することを特徴とする態様1~6のいずれかに記載の赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
(態様8)
前記ケイ素源として、非晶質のSiOを選択することを特徴とする態様1~6のいずれかに記載の赤色フッ化物蛍光体の母体結晶の製造方法。
(態様9)
態様1~8のいずれかに記載の製造方法によって製造されたKSiFと、
MnF、Mn(HPO、Mn(CHCOO)・4HO、MnO(OH)、NaMnF6、又はKMnOの少なくとも一つを含んだマンガン源と、
を混合し、KSiF:Mn4+を析出させる工程を含むことを特徴とする赤色フッ化物蛍光体の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
以上の製法で合成された本発明の蛍光体は、三波長型白色LEDに利用される従来の赤色蛍光体に代替可能であり、白色LEDの演色性の改善が期待できる。
【0016】
とりわけ、本発明では、フッ化水素HF等を使わない(HF-Freeな)、赤色フッ化物蛍光体及びその母体結晶を製造することができる。これにより、製造者の安全を確保し、生産性を高め、生産コストを抑えることができる。さらに、純度が高く、しかも工業規模の量産化が可能な赤色フッ化物蛍光体の製造が可能となる。
【0017】
また、本発明では、酸性溶液(人体等への影響が少ない酸)を使用した溶液法、又は酸を全く使わない溶液法を提案したばかりでなく、その他の方法(固相法、水熱法、又は低温固相法)によっても赤色フッ化物蛍光体を合成できることを証明した。本発明で提案したこれらの製法は、いずれも低温での目的物の合成が可能である。
【0018】
本発明によれば、例えば、100℃以下の低温において、固体生成物の生成と、それに引き続く固液分離によってKSFを製造することができる。この製造方法は簡便であり、安全上の問題も生じにくいため、量産が可能であり、コスト低減が図れる。また、KMnF、Mn(HPO、Mn(CHCOO)・4HO、MnO(OH)、NaMnF、又はKMnOで表されるマンガン化合物と反応させることにより4価のMnをドープさせたKSF蛍光体が得られる。得られるKSFは高い結晶性を持つ。それより製造した蛍光体の粒子径、粒子形状は揃っており、優れた蛍光特性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】実施例1の蛍光体の母体結晶の製造方法のフローチャート及び該方法によって得られた試料の粉末X線回析パターンである。
図2】実施例2の蛍光体の母体結晶の製造方法のフローチャート及び該方法によって得られた試料の粉末X線回析パターンである。
図3】実施例1,3~4の製造方法によって得られた試料の粉末X線回析パターンである。
図4】実施例6の蛍光体の製造方法のフローチャート及び該方法によって得られた試料の粉末X線回析パターンである。
図5】実施例6の製造方法によって得られた試料の励起及び発光スペクトルである。
図6】実施例7の蛍光体の製造方法のフローチャートである。
図7】実施例7の製造方法によって得られた試料の粉末X線回析パターン、並びに励起及び発光スペクトルである。
図8】実施例8の蛍光体の製造方法を示したフローチャートである。
図9】実施例8の製造方法によって得られた試料の粉末X線回析パターン、並びに励起及び発光スペクトルである。
図10】実施例9の蛍光体の母体結晶の製造方法を示したフローチャート及び該方法によって得られた試料の粉末X線回析パターンである。
図11】実施例10の蛍光体の製造方法を示したフローチャートである。
図12】実施例10の製造方法によって得られた試料の粉末X線回析パターン、並びに励起及び発光スペクトルである。
図13】実施例11の蛍光体の各製造方法を示したフローチャートである。
図14】実施例11の製造方法によって得られた試料の粉末X線回析パターン、並びに励起及び発光スペクトルである。
図15】実施例12の蛍光体の各製造方法を示したフローチャート及び該方法によって得られた試料の粉末X線回析パターンである。
図16】実施例12の製造方法によって得られた試料の励起及び発光スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(本発明の蛍光体 KSiF:Mn4+
Mn賦活赤色蛍光体の一種であり、本発明の製造方法の最終生成物であるKSiF:Mn4+について説明する。KSiF:Mn4+は、450nmの青色光励起により630nm付近でシャープな発光スペクトルを示すことから、三波長型白色LED用の赤色蛍光体として有望な材料である。
【0021】
(本発明のフッ素源及びカリウム源)
実施例1(実施例2~6も同様)のフッ素源及びカリウム源として、「フッ化カリウムKFのみ」を利用することが可能である。本発明(実施例1~6)のように、フッ素源及びカリウム源を単一の原料(化合物)だけで賄うことができれば、生産に係る工程が非常に簡素になり、生産コストや労力等を格段に抑えることができるようになる。
【0022】
一方、本発明のフッ素源とカリウム源として別々の化合物を選択しても良い。例えば、後述の実施例7~12のように、カリウム源としてフッ化カリウムKFを主に利用し、フッ素源としてフッ化アンモニウムNHFを追加的に使用するようにしても良い。これにより、本発明の製造時に、最終生成物(KSiF:Mn4+)や母体結晶(KSiF)内に、フッ素やカリウムの要素を効率的に導入することができるようになる。また、カリウム源及び後述のケイ素源としてケイ酸カリウム(例えば、KSiO、KSiO)を利用すれば、フッ素源として、フッ化カリウムKFを使用せずに、フッ化アンモニウムNHFだけを使用するようにしてもよい。
【0023】
(本発明のケイ素源)
また、本発明のケイ素源としてSiOを利用することが可能である。特に、非晶質状(アモルファス)のSiOを選択することが好ましい。これにより、SiO原料の表面上の水酸基が本発明の目的物の合成反応を起こしやすくなると考えられる。その他のケイ素源として、ポリシラザン(以下、「PSZ」とも呼ぶ。)、Si(OC(以下、「TEOS」とも呼ぶ。)、ケイ酸カリウム(例えば、KSiO、KSiO)を利用してもよい。本発明者らは、SiOに代えて上述のケイ素源を使用した場合も、KSiFを製造できることを確認済みである。
【0024】
(本発明のマンガン源)
本発明のマンガン源として、例えば、KMnF、Mn(HPO、Mn(CHCOO)・4HO、MnO(OH)、NaMnF6、又はKMnOの少なくとも一つを利用することが可能である。
【0025】
上述したように、従来のKSFの製造方法では、その製造工程において、フッ化水素(HF)やフッ素ガス、フッ化水素カリウム(KHF)等の有害物質を排除することができず、安全性や生産性に劣ったり、コストが高くなったりする等の課題があり、必ずしも満足でき得るものではなかった。
【実施例1】
【0026】
(KSF蛍光体の母体結晶の製造)
本発明者らは、先ず、マンガン源を用いずに、その他の原料のみ使用して蛍光体の母体結晶(KSiF)のみを合成できるかどうか検証することとした(実施例1)。図1(a)に、実施例1の母体結晶の製造方法のフローチャートを示す。
【0027】
(実施例1 溶液法(LSR))
実施例1の製造方法は、各種原料を溶液中に溶解させて混合する点では従来法と変わらないため、溶液法(LSR(Liquid State Reaction)、液相法とも呼ぶ。)の範疇に属する。なお、蛍光体業界における従来の常識に依れば、母体結晶に4価のMnを賦活させるためには、必要な各原料を混合させるための溶液は酸性領域(特に強い酸性)に設定しておくことが望ましいとされていた。
【0028】
しかしながら、本発明者らは、従来技術で使用されていた揮発性が高く有毒なフッ化水素HFを使用せずに、これに代わる酸性溶液(例えば、有害性や人体への影響が少ないもの)を使用することを考えた。さらに、本発明者らは、上記常識に反して酸を用いない水(中性や弱アルカリ性の溶液)を用いて上記の母体結晶を製造することも考えた。
【0029】
(実施例1の酸性、中性、又は弱アルカリ性の溶液の用意又は調整)
本発明者らは、イオン交換水(8ml)に、HCl(関東化学株式会社製,36%)又はCHCOOH(関東化学株式会社製,36%)の酸を更に2ml添加した溶液を用意した。つまり、イオン交換水と酸を、重量比で4:1となるように全量10mlの酸溶液を調整した(図1(a)を参照)。なお、上記酸溶液に代えてイオン交換水(HO)を更に2ml添加しただけの中性溶液も用意した(下記の表1を参照)。ここで、図示しないが、酸の例として、HPO、HNO等の酸を添加しても良く、図示しないが、実施例1と同様の結果を得ることを確認している。
【0030】
(溶液の酸性度合)
ここで、本発明の溶液法に用いる溶液は、HF及びKHF以外の化合物で作られた酸性溶液のみならず、水等の中性溶液又は弱アルカリ性溶液を使用してもよい。言い換えれば、本発明の溶液にはPH≦11の液体を用いることが可能である。ここで、「HF及びKHF以外」とは、これらの有害物質を完全に含まないか、ほぼ含んでいない状態(10重量%以下)であることを意味する。
【0031】
(実施例1の供試原料)
先ず、図1(a)に示すように、フッ化カリウムKF(関東化学株式会社製,99.0%、後述の実施例も同様)と、SiO(関東化学株式会社製,非晶質,99.9%、後述の実施例も同様)を以下の化学量論比に従って秤量した。KFを、Kの組成比に合せて秤量したものと、Fの組成比に合せて秤量したものとを用意した(表1も参照)。この表1は、酸性溶液の種類と、KFとSiOとの混合比との組合せを示しており、組合せの合計は6パターンであり、各組合せをサンプル1~6と名付けた。
【0032】
なお、本発明では、弱アルカリ性、中性、又は酸性に調整した溶液(図1(a)では、酸性又は中性の溶液)を予め用意し、カリウム源及びフッ素源(図1(a)ではKF)とケイ素源(図1(a)ではSiO)との双方の原料を前述の溶液に添加しているが、溶液を用意する順序や他の原料と混合する順序等については上記例に限定されない。例えば、前記カリウム源及びフッ素源と、前記ケイ素源と、のいずれか一方の原料(例えば、KF)を先に水に溶かし、この水を弱アルカリ性、中性、又は酸性の溶液に調整した後に、前記水に溶かしていない他方の原料(例えば、SiO)を前記溶液(例えば、酸性溶液)に添加するようにしてもよい。
【0033】
また、各原料と溶液との混合工程については、後述の蛍光体の製造の際も同様である。すなわち、弱アルカリ性、中性、又は酸性に予め調整された溶液を用意し、前記カリウム源及びフッ素源と、前記ケイ素源と、前記マンガン源とを前記溶液に添加するようにしても良いし、前記カリウム源及びフッ素源と、前記ケイ素源と、前記マンガン源とのいずれか一つの原料を水に溶かし、前記水を弱アルカリ性、中性、又は酸性の溶液に調整した後に前記水に溶かしていない残りの原料を前記溶液に添加するようにしても良い。
【0034】
【表1】
【0035】
(実施例1の合成条件)
上述した溶液に上記各原料を投与し、マグネチックスターラーを用いて室温で2時間、上述の混合物を攪拌し、吸引ろ過した。その後、80℃、5時間、乾燥させることで合成物(粉末)を得た。
【0036】
(実施例1に係るKSF母体結晶のXRDパターン)
図1(b)に、実施例1の上記サンプル1~6によって得られた試料(KSiF)の粉末X線回折(XRD)パターンを示す。実施例1の各試料のX線回折パターンと、シミュレーションした目標生成物(ターゲット化合物)の結晶パターン(同図の最下段を参照)とを比較すると、それぞれのピークが合致していることが観察された。従って、実施例1の各条件によって得られた粉末は、どれも目的物であるKSiF相(同図の最下段を参照)と同定された。
【0037】
但し、図1(b)では、酸無しの中性溶液(つまり、イオン交換水のみ)を用いて合成した条件(サンプル1及び2)に比べ、酸性溶液を用いて合成した条件(サンプル3~6)の方が、より明確にKSFのピークが現れていることが観察された。つまり、サンプル3ではKSFが単一相で得られているといえる。また、KFとSiOの混合比の変化がKSFの合成に及ぼす影響は観察されなかった。なお、サンプル1及び2のXRDでは全体にノイズがのっているが、KSFのピークも観察された。サンプル1及び2では、SiOが、投与量のある程度はKSFの合成に使用されたものの、反応せずに残ったままのものも多いと考えられる。このことから、実施例1においては、溶液中への酸性の付与は、KSFの合成反応を促進させる可能性がある。
【実施例2】
【0038】
(乾燥条件の影響)
次に、本発明者らは、実施例1の乾燥条件を変えてKSFの母体結晶の製造を試みた(実施例2)。具体的には、実施例1の乾燥工程では80℃の熱を5時間加えたが、実施例2の乾燥工程では室温のみで3日間、合成物を乾燥させた。その他の製造条件は、実施例1のサンプル2と同様である。図2(a)に、実施例2のKSF母体結晶の製造方法のフローチャートを示す。
【0039】
(実施例2に係るKSF母体結晶のXRDパターン)
図2(b)に、実施例2によって得られた試料(KSiF)の粉末X線回折(XRD)パターンを示す。実施例2によって得られた試料も、目的物であるKSiF相(同図の下段を参照)と同定された。このことより、乾燥工程で熱を付与しなくても目的物を得ることができることから、熱の付与は乾燥時間の短縮にのみ寄与すると考えられる。
【0040】
(溶液法以外の製造手法の検討)
実施例1,2や従来技術の製造方法は上述の溶液法(LSR)を採用したが、本発明者らは溶液を用いない手法(後述の固相法、水熱法、及び低温固相法、図3も参照)でも、本発明の蛍光体を製造できないかを検討した(後述の実施例3~5)。
【実施例3】
【0041】
(実施例3 固相法(SSR))
実施例3では、固相法(SSR(Solid State Reaction))により本発明の蛍光体の母体結晶を製造した。具体的には、実施例1と同様の方法で用意した各種原料粉末を気体中で接触させ(混合し)、200℃で6時間、上述の混合物を反応させて粉末を得た。
【実施例4】
【0042】
(実施例4 水熱法(HTR))
実施例4では、水熱法(HTR(Hydrothermal Reaction))により本発明の蛍光体の母体結晶を製造した。具体的には、実施例1と同様の方法で用意した各種原料粉末を混合し、0.1ml(目的物の10wt%)の水とともに上述の混合物を密閉容器に収容した。この密閉容器内の上記混合物を200℃で6時間、反応させて粉末を得た。
【0043】
また、実施例4や後述の実施例に係る製造法(HTR)では、前述の混合工程で得られた混合物を密閉又は半密閉の容器に収容する。そして、該容器内の温度を50℃~250℃に維持しながら前記混合物を低温加熱することが好ましい。
【実施例5】
【0044】
(実施例5 低温固相法(WASSR))
実施例5では、低温固相法(WASSR(Water Assisted Solid State Reaction))により本発明の蛍光体を製造した。具体的には、実施例1と同様の方法で用意した各種原料粉末を接触させ、少量0.1ml(目的物の10wt%)の水又は酸性溶液(例えば、酢)を加えて、室温で5分間、上述の混合物を混合(固相反応)させて粉末を得た。
【0045】
ここで、実施例5や後述の実施例(つまり、本発明の明細書及び特許請求の範囲)に係る上記製造法(WASSR)で添加する「少量の水」の範囲は以下の通りである。つまり、原料粉末の合計重量を1とした場合に、加える水の重量を1以下(より好ましくは、0.001~0.1)に設定することを特徴とするものである。なお、実施例5に用いた原料粉末の合計重量は1gであったため、原料粉末の合計重量を1とすると、水の上記付与量は0.1であった。
【0046】
なお、水の量が上記好適範囲の下限を超えた場合には、一般の固相反応と同様、原料粉末粒子同士の接触面で安定な中間生成物が生成されることによって、原料粉末粒子間のイオン拡散速度が遅くなり、反応が進行しにくい状態になってしまう。一方、水の量が上記好適範囲の上限を超えた場合には、原料粉末が溶媒中に浮遊し、原料粉末粒子同士の接触面積が減少するため、反応が起こりにくい状態になってしまう。
【0047】
(実施例1,3~4に係るKSF母体結晶のXRDパターンの比較)
前述の方法で合成した実施例1,3~5の試料(合成物)を、アルミナ乳鉢で粉砕した後、粉末X線回折装置により試料の同定を行なった。図3に、実施例1,3~4によって得られた試料(KSiF)の粉末X線回折(XRD)パターンを示す。どの方法で製造された試料も目的物であるKSiF相(同図の最下段を参照)と同定された。なお、図示しないが、実施例5の低温固相法(WASSR)で得られた試料でも同様のXRDパターンを得た。
【実施例6】
【0048】
(実施例6 KSF蛍光体の製造)
次に、実施例1~5で製造された母体結晶に、マンガン源であるKMnFを添加して混合した(実施例6)。図4(a)に、実施例6の蛍光体の製造方法を示す。混合比は、母体結晶99.7%に対し、マンガン源を0.3%とした。その後、1ml(目的物の100wt%)の水を添加し、200℃で6時間、密閉容器中で混合物を加熱した。
【0049】
(実施例6に係るKSF蛍光体のXRDパターン)
図4(b)に、実施例6の製法によって得られた試料(KSiF)の粉末X線回折(XRD)パターンを示す。実施例6の上記試料は、目的物であるKSiF相(同図の下段を参照)と同定された。なお、図4(b)で同定された試料(蛍光体)は、実施例1のサンプル6の条件で得られた母体結晶を原料として使用して製造されたものである。
【0050】
(実施例6に係るKSF蛍光体の蛍光特性)
図5は、実施例6の試料の蛍光特性(励起スペクトルおよび発光スペクトル)を示した図である。同図の横軸における短波長側の曲線が、実施例6の試料の励起スペクトルを示し、一方、長波長側の曲線が、前記励起条件に対応して発光した試料の発光スペクトルを示す。この図から、実施例6の試料は、約450nmの青色光を著しく吸収し、約630nm付近での最大ピークを有した赤色発光(Mn4+由来の発光)を示すことを確認した。
【0051】
なお、実施例6では、先ず、蛍光体の母体結晶を製造し、その後にマンガン源を添加して蛍光体を合成するといった二段階のステップを採用するが、必ずしもこれに限定されず、一段階のステップを採用してもよい。つまり、マンガン源を他の原料とともに添加して、最初から本発明の蛍光体を合成するようにしてもよい。
【0052】
(フッ素源及びカリウム源にフッ化アンモニウムNHFを更に添加した変形例)
上述の実施例1~6ではフッ素源及びカリウム源としてフッ化カリウムKFのみを利用したが、後述の実施例7~12のように、「フッ化カリウムKFとともに」、別の化合物(例えば、フッ化アンモニウムNHF)も使用してもよい。これにより、目的物(蛍光体及び蛍光体の母体結晶)の合成が促進する。なお、後述の実施例7~12では、フッ化アンモニウムNHFも原料に加えて、種々の条件を変えながら本発明の蛍光体や母体結晶が作製できるかを検討した。
【実施例7】
【0053】
(実施例7のカリウム源とフッ素源)
図6は、実施例7の赤色フッ化物蛍光体の製造方法のフローチャートである。先ず、化学量論比に従って秤量したフッ化カリウムKF(関東化学株式会社製,99.0%、後述の実施例も同様)とフッ化アンモニウムNHF(関東化学株式会社製,97.0%、後述の実施例も同様)とを用意し、イオン交換水8ml中に添加して溶解させた。
【0054】
(実施例7の酸性又は中性に調整された溶液)
その後、HCl(関東化学株式会社製,36%)、HPO(関東化学株式会社製,85%)、HNO(関東化学株式会社製,60%)、CHCOOH(関東化学株式会社製,36%)のいずれか、又はHO(コントロール)を更に添加した(添加量2ml)。つまり、イオン交換水と酸を、重量比で4:1となるように全量10mlの酸溶液を調整した。
【0055】
(実施例7のマンガン源)
その後、マンガン源としてMn(HPOを、後述のケイ素源中のSiと、該マンガン源中のMnが等モル量になるように添加した。
【0056】
(実施例7のケイ素源)
その後、ケイ素源であるポリシラザン(以下、「PSZ」とも呼ぶ。信越化学工業株式会社製,5%、後述の実施例も同様)を化学量論比に従って秤量し、添加した。
【0057】
その後、マグネチックスターラーを用いて室温で2時間、上述の混合物を攪拌し、吸引ろ過した。その後、80℃、5時間、乾燥させることで白色乃至薄い肌色を呈した粉末を得た。
【0058】
(実施例7の製法で製造されたKSF蛍光体の評価方法)
前述の方法で合成した実施例7の試料を、アルミナ乳鉢で粉砕した後、粉末X線回折装置により試料の同定を行なった。さらに、蛍光分光光度計を用いて、実施例7の蛍光体の蛍光特性を評価した。
【0059】
(実施例7に係るKSF蛍光体のXRDパターン)
図7(a)に、実施例7の各条件によって得られた試料(KSiF:Mn4+)の粉末X線回折(XRD)パターンを示す。図7(a)の最上段と、第2~5段は、それぞれ、酸無しの中性溶液(No acid(つまり、イオン交換水のみ)、酸性溶液(CHCOOH、HNO、HPO、HCl)を用いて作製された試料のXRDパターンを示す。各条件によって得られた粉末は、どれも目的物であるKSiF相(同図の最下段を参照)と同定された。
【0060】
(実施例7に係るKSF蛍光体の蛍光特性)
図7(b)は、実施例7の各試料の蛍光特性(励起スペクトルおよび発光スペクトル)を示した図である。同図の横軸における短波長側の曲線が、実施例7の各試料の励起スペクトルを示し、一方、長波長側の曲線が、前記励起条件に対応して発光した試料の発光スペクトルを示す。この図から、実施例7の各試料はいずれも、約450nmの青色光を著しく吸収し、約630nm付近での最大ピークを有した赤色発光(Mn4+由来の発光)を示すことを確認した。
【実施例8】
【0061】
(酸無し条件下で異なるケイ素源を使用した場合)
実施例7の実験結果より、製法に使用する溶液の酸性度による影響は観察されなかったことから、実施例8においては、実施例7に例示した酸性溶液を使用しない条件下(酸無し)で、添加するケイ素源の種類の違いを検討することにした。
【0062】
(実施例8のケイ素源)
図8は、実施例8の赤色フッ化物蛍光体の製造方法のフローチャートである。原料が添加・混合される溶液には、実施例7に例示したいずれの酸も使用せず、イオン交換水のみを使用した。つまり、実施例8の溶液は中性に調整された。実施例8における供試原料や製造工程は、ケイ素源以外は、実施例7の製造条件と同様である。実施例8のケイ素源としては、実施例7で使用したPSZの他、Si(OC(以下、「TEOS」とも呼ぶ。)(和光純試薬工業株式会社製,95.0%、後述の実施例も同様)、SiO(関東化学株式会社製,非晶質,99.9%、後述の実施例も同様)、KSiO溶液(和光純試薬工業株式会社製,50%、後述の実施例も同様)を用いた。
【0063】
(実施例8に係るKSF蛍光体のXRDパターン)
図9(a)に、実施例8の各条件(各ケイ素源の添加)によって得られた試料(KSiF:Mn4+)の粉末X線回折(XRD)パターンを示す。図9(a)の最上段~4段は、それぞれ、KSiO溶液、SiO、TEOS、PSZを添加して生成された試料のXRDパターンを示す。各条件によって得られた粉末は、どれも目的物であるKSiF相(同図の最下段を参照)と同定された。これらの結果より、KSiFの合成には、添加するケイ素源の種類は余り影響を与えないことが判った。
【0064】
また、図9(b)は、実施例8の各試料の蛍光特性(励起スペクトルおよび発光スペクトル)を示した図である。どの試料も青色光励起により赤色発光(Mn4+由来の発光)を示すことが確認された。なお、図9(b)ではKSiOを用いた場合の蛍光特性が顕著に現れていないが、目視や別の試験でははっきりと発光することが確認されている。
【実施例9】
【0065】
(KSF蛍光体の母体結晶の製造)
実施例8では、酸を付与しない溶液に各原料を添加しながらKSiF:Mn4+を合成したが、最終的にはマンガン源であるMn(HPOを付与していたため、完全に酸を除去していたとは言い難い。そこで、実施例9では、マンガン源を用いずに、その他の原料のみ使用して蛍光体の母体結晶(KSiF)のみを合成できるかどうか検証することとした。
【0066】
図10(a)に実施例9の蛍光体の母体結晶の製造方法のフローチャートを示す。実施例9の製法は、実施例8におけるマンガン源を添加する工程が無い以外は、実施例8の製法と略同様である。尚、実施例9でも、実施例8と同様に、ケイ素源としてKSiO溶液、SiO、TEOS、PSZを使用した。
【0067】
(実施例9に係るKSF蛍光体のXRDパターン)
図10(b)に、実施例9の各条件(各ケイ素源の添加)によって得られた試料(KSiF)の粉末X線回折(XRD)パターンを示す。これにより、ケイ素源として、TEOS、PSZ、KSiOを使用した場合、蛍光体の母体結晶であるKSiFが合成できていることが確認された。なお、図中のSiOを添加して生成された試料のXRDパターンはノイズが発生しているが、再実験した結果(再実験データは図示せず)、これらのケイ素源を添加した場合でもKSiFが合成できることが確認された。
【実施例10】
【0068】
(原料を錯形成させたKSF蛍光体の製造)
図11は、実施例10の蛍光体の製造方法を示したフローチャートである。実施例10の製法でも、化学量論比に従って秤量したフッ化カリウムKFとフッ化アンモニウムNHFとを用意し、混合した。
【0069】
また、本実施例では、ケイ素源としてSiOを選び、マンガン源としてKMnOを選んだ。そして、KMnOにギ酸(CH・K)を添加・混合・濾過し、この濾過物にさらにSiOとリン酸溶液(HPO)を添加した後に混合することで、PO 3-がMnおよびSiの夫々に配位するように錯形成し、最終的にSi(HPOとMn(HPOとが10:1のモル比で混ぜ合わされた溶液を予め用意(作製)した。このリン酸錯体溶液を、KFとNHFとの混合溶液に添加した。
【0070】
さらに、図11に示した条件1~5(付与量をそれぞれ0、5、10、20、40(wt%))に設定した水を更に添加した。その後、同図に示す加熱工程を実施し、KSF蛍光体を合成した。
【0071】
(実施例10に係るKSF蛍光体のXRDパターン)
図12(a)に、実施例10の各条件(水の付与量の違い)によって得られた試料の粉末X線回折(XRD)パターンを示す。条件1~5で生成されたいずれの試料もKSiFの相が確認された。
【0072】
(実施例10に係るKSF蛍光体の蛍光特性)
また、図12(b)に、実施例10によって製造された試料の蛍光特性(励起スペクトルおよび発光スペクトル)を示す。どの試料も青色光励起により赤色発光(Mn4+由来の発光)を示すことが確認された。この結果より、添加した水の量は発光強度に影響しないことといえる。各条件における発光強度の違いは、MnとSiとのリン酸錯体溶液中のMn4+の濃度とSi4+の濃度との違いによるものだと考えられる。
【実施例11】
【0073】
(固相法(SSR)又は水熱法(HTR)によるKSF蛍光体の製造)
実施例7~10の製法は、従来製法に必須であったHFを用いずとも、KSF蛍光体又はその母体結晶が合成できることを証明した。しかしながら、実施例7~10も、溶液法(LTR)である点では、従来法と共通していた。そこで、本発明者らは、固相法又は水熱法によっても、KSF蛍光体を合成できるかどうかについても検討した(図13を参照)。図13は、固相法(SSR)又は水熱法(HTR)によるKSF蛍光体の製造を示したフローチャートである。
【0074】
固相法(SSR)の第1の例として、図13の左側の工程に示すように、KSiFとMnO(OH)との原料を混合し加熱(加熱条件は図中参照、以下の例も同様)することで合成した。また、固相法(SSR)の第2の例として、図13の中央の工程に示すように、KFと、NHFと、SiOと、MnO(OH)とを混合し、加熱することで合成した。
【0075】
また、水熱法(HTR)の第1の例としては、図13の右側の工程に示すように、KFと、NHFと、SiOと、Mn(HPOと(固相法の第2の例に使用した各原料と同じ)を用意・混合し、高温高圧の熱水の存在下で加熱した。
【0076】
(実施例11に係るKSF蛍光体のXRDパターン)
図14(a)に、実施例11に示す各条件(固相法又は水熱法)によって得られた試料の粉末X線回折(XRD)パターンを示す。この図から、いずれの固相法から得られた試料でも単相でKSiFの相が確認された。また、水熱法から得られた試料でも主相でKSiFの相が確認された。この結果から、従来から提唱されていた溶液法とは異なった合成手法でも、KSF蛍光体の合成が可能であることが見出された。
【0077】
(実施例11に係るKSF蛍光体の蛍光特性)
また、図14(b)に、実施例11の各試料の蛍光特性(励起スペクトルおよび発光スペクトル)を示す。どの試料も青色光励起により赤色発光(Mn4+由来の発光)を示すことが確認された。特に、水熱法により合成された試料で最も高い発光強度が観察された。なお、実施例11の固相法(SSR)の第1の例では、図中の蛍光特性が顕著に現れていないが、目視や別の試験でははっきりと発光することが確認されている。
【実施例12】
【0078】
(KMnFを用いたKSF蛍光体の製造)
次に、マンガン源としてKMnFを使用してKSF蛍光体を合成することを検討した(実施例12)。なお、KMnFには、立方晶構造を有するものと六方晶構造を有するものとが存在するが、どちらの種類を使用しても良い。但し、発光イオン(Mn4+)のイオン交換の促進の観点からすれば、目的物たる蛍光体の母体結晶(KSiF)の母体結晶が立方晶構造であることから、立方晶構造を有したKMnFの使用が望ましいと考えられる。以下の実施例では、マンガン源として、六方晶構造を有したKMnFを使用した。また、KMnFに代えて、NaMnFを使用した。
【0079】
第1の例として、KSiF(例えば、実施例1~5,9で製造した母体結晶を用いても良い。)とKMnFとを混合し、さらに少量の水(目的物の10wt%)を加えて加熱(加熱条件は図15(a)を参照、後述の例の加熱条件も同様)し、乾燥させることで試料を合成した(低温固相法(WASSR))。
【0080】
第2の例として、KFと、NHFと、KMnFと、ケイ素源であるSiOと、を混合し、さらに少量の水(目的物の10wt%)を加えて加熱し、乾燥させることで試料を合成した(低温固相法(WASSR))。
【0081】
第3の例として、KFと、NHFと、KMnFと、を混合し、ケイ素源であるPSZさらに添加した(固相法)。この固相法による混合物を加熱し、乾燥させることで試料を合成した。
【0082】
第4の例は、ケイ素源としてTEOSを用いた以外は、第3の例(固相法)と略同様である。
【0083】
第5の例として、原料に第3・第4の例で用いたKFを添加せずに、NHFと、KMnFとのみを用いてこれらを混合した。そして、ケイ素源としてKSiO溶液をさらに添加した(固相法)。この固相法による混合物を加熱し、乾燥させることで試料を合成した。
【0084】
(実施例12に係るKSF蛍光体のXRDパターン)
図15(b)に、実施例12に示す各条件(低温固相法又は水熱法)によって得られた試料の粉末X線回折(XRD)パターンを示す。この図から、いずれの条件で得られた試料からでもKSiFが主相で確認された。なお、不純物の一つは、KHFであると考えられる。
【0085】
(実施例12に係るKSF蛍光体の蛍光特性)
また、図16(a)及び(b)に、実施例12で得られた試料のうちいくつかの試料の蛍光特性(励起スペクトルおよび発光スペクトル)を示す。詳しくは、図16(a)は、実施例12の第1の例の合成物の蛍光特性を示し、図16(b)は、実施例12の第2の例の合成物の蛍光特性を示す。どちらの場合でも、青色光励起により赤色発光(Mn4+由来の発光)を示すことが確認された。なお、Mn濃度を今後、最適化することにより、発光強度を更に増大させることが可能できるものと期待される。
【0086】
また、上述の実施例12の変形例として、図示しないが、マンガン源として、KMnFに代えて、NaMnFを使用した場合(その他の条件は同じ)でも、同様のXRDパターンと蛍光特性が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明の蛍光体は、三波長型白色LEDに利用される従来の赤色蛍光体に代替可能であり、白色LEDの演色性の改善が期待できる。
【0088】
とりわけ、本発明では、フッ化水素HF等の有毒物質を使わない(HF-Freeな)、赤色フッ化物蛍光体及びその母体結晶を製造することができる。これにより、製造者の安全を確保し、生産性を高め、生産コストを抑えることができる。さらに、純度が高く、しかも工業規模の量産化が可能な赤色フッ化物蛍光体の製造が可能となる。
【0089】
また、本発明では、酸性(人体等への影響が少ない酸)、中性、弱アルカリ性の溶液を使用した溶液法、又は酸を全く使わない溶液法を提案したばかりでなく、固相法又は水熱法によっても赤色フッ化物蛍光体を合成できることを証明した。本発明で提案したこれらの製法は、いずれも低温での目的物の合成が可能である。
【0090】
本発明で製造されるKSFの母体結晶は、必ずしもMnを賦活した蛍光体として利用する必要は無く、光学用レンズや合成雲母の原料などのその他の用途にも利用することができる。
【0091】
従って、本発明は、産業上の利用価値及び利用可能性が非常に高い。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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